説明

リチウムイオン二次電池用正極、リチウムイオン二次電池およびリチウムイオン二次電池用正極の製造方法

【課題】硫黄系正極活物質を含有しリチウムイオン二次電池のサイクル特性および放電レート特性を向上させ得る正極を提供すること。
【解決手段】リチウムイオン二次電池用正極を、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質と、硫黄(S)を含有する伝導材と、を含有するようにし、このうち伝導材の少なくとも一部を、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物であるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄系正極活物質を含有するリチウムイオン二次電池用正極、この正極を用いたリチウムイオン二次電池、および、この正極を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池は、充放電容量の大きな電池であり、主として携帯電子機器用の電池として用いられている。また、リチウムイオン二次電池は、電気自動車用の電池としても期待されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、コバルトやニッケル等のレアメタルを含有するものが一般的である。しかし、これらの金属は流通量が少なく高価であるため、近年では、これらのレアメタルにかわる物質を用いた正極活物質が求められている。
【0004】
リチウムイオン二次電池の正極活物質として、硫黄を用いる技術が知られている。硫黄を正極活物質として用いることで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくできる。例えば、硫黄を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は、一般的な正極材料であるコバルト酸リチウム正極材料を用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量の約6倍である。
【0005】
しかし、正極活物質として単体硫黄を用いたリチウムイオン二次電池においては、放電時に硫黄とリチウムとの化合物が生成する。この硫黄とリチウムとの化合物は、リチウムイオン二次電池の非水系電解液(例えば、エチレンカーボネートやジメチルカーボネート等)に可溶である。このため、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電を繰り返すと、硫黄の電解液への溶出により次第に劣化し、電池容量が低下する問題がある。以下、充放電の繰り返しに伴って充放電容量が低下するリチウムイオン二次電池の特性を「サイクル特性」と呼ぶ。この充放電容量低下の小さいリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池であり、この充放電容量低下の大きなリチウムイオン二次電池はサイクル特性に劣るリチウムイオン二次電池である。
【0006】
サイクル特性を向上させるため、硫黄を含む正極活物質(以下、硫黄系正極活物質と呼ぶ)に炭素材料を配合する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
特許文献1には、炭素と硫黄を主な構成要素とするポリ硫化カーボンを正極活物質として用いる技術が紹介されている。このポリ硫化カーボンは、直鎖状不飽和ポリマーに硫黄が付加されたものである。炭素材料によって電解液への硫黄の溶出を抑制でき、サイクル特性が向上すると考えられる。
【0008】
本発明の発明者等は、ポリアクリロニトリルと硫黄との混合物を熱処理して得られる正極活物質を発明した(特許文献2参照)。この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は大きく、かつ、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れる。
【0009】
しかしその一方で、上述したポリアクリロニトリルや直鎖状不飽和ポリマーを炭素材料として用いた正極活物質は、電気的に高抵抗であり、放電レート特性(所謂Cレート)が充分でない問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−154815号公報
【特許文献2】国際公開第2010/044437号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、硫黄系正極活物質を含有しリチウムイオン二次電池のサイクル特性および放電レート特性を向上させ得る正極およびリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質と、硫黄(S)を含有する伝導材と、を含有し、該伝導材の少なくとも一部は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物からなることを特徴とする。
【0013】
上記課題を解決する本発明のリチウムイオン二次電池は、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質と、硫黄(S)を含有する伝導材と、を含有し、該伝導材の少なくとも一部は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物からなるリチウムイオン二次電池用正極を用いていることを特徴とする。
【0014】
上記課題を解決する本発明の第1のリチウムイオン二次電池用正極の製造方法は、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質を含有するリチウムイオン二次電池用正極を製造する方法であって、炭素材料、硫黄、および、硫黄を含有する伝導材材料を含有する混合原料を加熱する熱処理工程を含み、該伝導材材料は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物であることを特徴とする。
【0015】
上記課題を解決する本発明の第2のリチウムイオン二次電池用正極の製造方法は、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質を含有するリチウムイオン二次電池用正極を製造する方法であって、炭素材料、硫黄、および、硫黄を含有しない伝導材材料を含有する混合原料を加熱する熱処理工程を含み、該伝導材材料は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の正極は、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質と、硫黄(S)を含有する伝導材と、を含有する。単体硫黄を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池は、上述したように、サイクル特性に劣る。しかし、硫黄を含有する正極活物質に炭素材料を配合することで、硫黄の電解液への溶出を抑制でき、サイクル特性を向上させることができる。また本発明の正極には、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物を配合している。これらの金属の硫化物は、自身が高い電気伝導度(導電率)を示すか、あるいは、正極のリチウムイオン伝導性を向上させ得る。このため、これらの金属の硫化物は伝導材として機能する。そして、これらの金属の硫化物を正極に配合することで、放電レート特性を向上させ得る。
【0017】
なお、伝導材は硫黄系正極活物質とともに正極に配合されるため、硫黄系正極活物質に含まれる硫黄によって、正極の製造時および/または電池の充放電時に硫化する場合がある。このため、伝導材として、硫化物の状態で電気伝導度の低い材料やリチウムイオン伝導性を向上させ得ない材料を用いる場合には、放電レート特性を向上させ難い問題がある。しかし本発明においては、伝導材として硫化物の状態で高い電気伝導度を示すか正極のリチウムイオン伝導性を向上させ得るものを用いているため、放電レート特性を充分に向上させ得る。
【0018】
本発明の正極は、これらの協働によって、リチウムイオン二次電池のサイクル特性および放電レート特性を向上させ得る。同様に、本発明のリチウムイオン二次電池は、サイクル特性および放電レート特性に優れる。
【0019】
本発明の第1のリチウムイオン二次電池用正極の製造方法においては、伝導材材料として金属硫化物を用いている。このため、上述したように、伝導材と正極活物質とを略均一に分散させることができ、放電レート特性を向上できる。なお、本発明の第2のリチウムイオン二次電池用正極の製造方法においては、未硫化の金属を用いている。この場合にも、製造時に伝導材材料が硫化して高い電気伝導度を示すか正極のリチウムイオン伝導性を向上させるため、放電レート特性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】硫黄変性ポリアクリロニトリルをX線回折した結果を表すグラフである。
【図2】硫黄変性ポリアクリロニトリルをラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図3】硫黄変性ピッチをX線回折した結果を表すグラフである。
【図4】硫黄変性ピッチをラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図5】実施例の正極の製造方法で用いた反応装置を模式的に表す説明図である。
【図6】実施例1の正極に用いた硫黄系正極活物質−伝導材複合体をX線回折した結果を表すグラフである。
【図7】実施例2の正極に用いた硫黄系正極活物質−伝導材複合体をX線回折した結果を表すグラフである。
【図8】実施例4の正極に用いた硫黄系正極活物質−伝導材複合体をX線回折した結果を表すグラフである。
【図9】実施例7の正極に用いた硫黄系正極活物質−伝導材複合体をX線回折した結果を表すグラフである。
【図10】実施例9の正極に用いた硫黄系正極活物質−伝導材複合体をX線回折した結果を表すグラフである。
【図11】比較例の正極に用いた硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図12】硫黄系正極活物質−伝導材(Fe)複合体をX線回折した結果を表すグラフである。
【図13】実施例1の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(充放電曲線)を表すグラフである。
【図14】実施例1の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図15】実施例2の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図16】実施例3の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図17】実施例4の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図18】実施例5の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(充放電曲線)を表すグラフである。
【図19】実施例5の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図20】実施例6の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(充放電曲線)を表すグラフである。
【図21】実施例6の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図22】実施例7の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(充放電曲線)を表すグラフである。
【図23】実施例7の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図24】実施例8の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(充放電曲線)を表すグラフである。
【図25】実施例8の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図26】実施例9の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(充放電曲線)を表すグラフである。
【図27】実施例9の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【図28】比較例の正極を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性(サイクル特性)を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極(以下、本発明の正極と呼ぶ)は、正極活物質と、伝導材とを含有する。本発明のリチウムイオン二次電池は、本発明の正極を用いた電池である。本発明のリチウムイオン二次電池用正極の製造方法(以下、本発明の製造方法と呼ぶ)は、炭素材料、硫黄、および、伝導材材料を含有する混合原料を加熱する熱処理工程を含み、正極活物質および伝導材を含有する正極を製造する。本発明の製造方法によると、本発明の正極を製造できる。
【0022】
〔伝導材材料〕
伝導材材料、すなわち、本発明の正極を製造する際に用いる伝導材の材料としては、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属、またはその硫化物を用いることができる。なお、本明細書でいう第4周期金属、第5周期金属および第6周期金属とは、周期律表によるものである。例えば第4周期金属とは、周期律表における第4周期元素に含まれる金属を指す。伝導材材料としては、硫化物の状態で自身が高い電気伝導性を示すか、あるいは、正極のリチウムイオン伝導性を大きく向上させ得るものが好ましく、例えば、Ti、Fe、La、Ce、Pr、Nd、Sm、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbからなる群から選ばれる少なくとも一種、またはその硫化物であるのが好ましい。なお伝導材は、正極中においては、上記金属とその硫化物との両方からなるか、或いは、上記金属の硫化物のみからなる。これらの伝導材材料は硫化物を多く含むのが好ましく、硫化物のみからなるのがより好ましい。上記金属を硫化物の状態で正極に配合することで、伝導材と硫黄系正極活物質とがなじみ易くなり、伝導材と正極活物質とが略均一に分散するためである。また、伝導材材料として硫化物を用いることで、伝導材における上記金属と硫黄との比率を所望する範囲に容易に制御できる利点もある。
【0023】
詳しくは、電気伝導度および/またはリチウムイオン伝導性の高い伝導材としては、TiS、FeS、Me(式中、MeはTi、La、Ce、Pr、Nd、Smから選ばれる一種である)、MeS(式中、MeはTi、La、Ce、Pr、Nd、Smから選ばれる一種である)、Me(式中、MeはTi、La、Ce、Pr、Nd、Smから選ばれる一種である)、Me(式中、MeはTi、Fe、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbから選ばれる一種であり、x、yは任意の整数である)が挙げられる。この場合、伝導材材料としてはTi、Fe、La、Ce、Pr、Nd、Sm、V、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbから選ばれる少なくとも一種を、そのまま、または、上記の伝導材のような硫化物の状態で用いれば良い。これらの伝導材材料を用いることで、正極全体の電気伝導度および/またはリチウムイオン伝導性を向上させることができ、リチウムイオン二次電池の放電レート特性を向上させ得る。なお、原料コストや調達のし易さ、資源量を鑑みると、TiS(式中、zは0.1〜2である)を用いるのがより好ましく、TiSを用いるのが特に好ましい。
【0024】
後述するポリアクリロニトリル等の炭素材料と、伝導材材料と、の配合比は、質量比で、10:0.5〜10:5であるのが好ましく、10:1〜10:3であるのがより好ましい。伝導材材料の配合量が過大であれば、正極全体に対する正極活物質の量が過小になるためである。伝導材を硫黄系正極活物質中に略均一に分散させるためには、伝導材材料は粉末状であるのが好ましい。伝導材材料は、電子顕微鏡などを用いて測定した粒径が0.1〜100μmであるのが好ましく、0.1〜50μmであるのがより好ましく、0.1〜20μmであるのがさらに好ましい。
【0025】
〔正極活物質〕
本発明の正極に用いられる正極活物質は、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質である。硫黄系正極活物質としては、例えば、特許文献1に開示されているもの(炭素材料として直鎖状不飽和ポリマーを用いたもの)や、上記の特許文献2に開示されているもの(炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いたもの)、その他炭素材料として各種のピッチ系炭素材料を用いたもの等が好ましく用いられる。以下、炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いた硫黄系正極活物質を、硫黄変性ポリアクリロニトリルと呼ぶ。炭素材料としてピッチ系炭素材料を用いた硫黄系正極活物質を、硫黄変性ピッチと呼ぶ。さらに、必要に応じて、ポリアクリロニトリルをPANと略記する。
【0026】
〈硫黄変性ポリアクリロニトリル〉
炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いる場合、硫黄が本来有する高容量を維持でき、かつ、硫黄の電解液への溶出が抑制されるため、サイクル特性が大きく向上する。これは、硫黄系正極活物質中で硫黄が単体として存在するのでなくポリアクリロニトリルと結合した安定な状態で存在するためだと考えられる。特許文献2に開示されている硫黄系正極活物質の製造方法において、硫黄はポリアクリロニトリルとともに加熱処理されている。ポリアクリロニトリルを加熱すると、ポリアクリロニトリルが3次元的に架橋して縮合環(主として6員環)を形成しつつ閉環すると考えられる。このため硫黄は、閉環の進行したポリアクリロニトリルと結合した状態で硫黄系正極活物質中に存在していると考えられる。ポリアクリロニトリルと硫黄とが結合することで、硫黄の電解液への溶出を抑制でき、サイクル特性を向上させ得る。
【0027】
炭素材料として用いるポリアクリロニトリルは、粉末状であるのが好ましく、質量平均分子量が10〜3×10程度であるのが好ましい。また、ポリアクリロニトリルの粒径は、電子顕微鏡によって観察した際に、0.5〜50μm程度であるのが好ましく、1〜10μm程度であるのがより好ましい。ポリアクリロニトリルの分子量および粒径がこれらの範囲内であれば、ポリアクリロニトリルと硫黄との接触面積を大きくでき、ポリアクリロニトリルと硫黄とを信頼性高く反応させ得る。このため、電解液への硫黄の溶出をより信頼性高く抑制できる。
【0028】
硫黄系正極活物質に用いられる硫黄もまた、粉末状であるのが好ましい。硫黄の粒径については特に限定しないが、篩いを用いて分級した際に、篩目開き40μmの篩を通過せず、かつ、150μmの篩を通過する大きさの範囲内にあるものが好ましく、篩目開き40μmの篩を通過せず、かつ、100μmの篩を通過する大きさの範囲内にあるものがより好ましい。
【0029】
硫黄系正極活物質に用いるポリアクリロニトリル粉末と硫黄粉末との配合比については特に限定しないが、質量比で、1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:0.5〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのがさらに好ましい。
【0030】
硫黄変性ポリアクリロニトリルは、元素分析の結果、炭素、窒素、及び硫黄を含み、更に、少量の酸素及び水素を含む場合もある。また、図1に示すように、硫黄変性ポリアクリロニトリルをCuKα線によりX線回折した結果、回折角(2θ)20〜30°の範囲では、25°付近にピーク位置を有するブロードなピークのみが確認された。参考までに、X線回折は、粉末X線回折装置(MAC Science社製、型番:M06XCE)により、CuKα線を用いてX線回折測定を行なった。測定条件は、電圧:40kV、電流:100mA、スキャン速度:4°/分、サンプリング:0.02°、積算回数:1回、測定範囲:回折角(2θ)10°〜60°であった。
【0031】
さらに硫黄変性ポリアクリロニトリルを、室温から900℃まで20℃/分の昇温速度で加熱した際の熱重量分析による質量減は400℃時点で10%以下である。これに対して、硫黄粉末とポリアクリロニトリル粉末の混合物を同様の条件で加熱すると120℃付近から質量減少が認められ、200℃以上になると急激に硫黄の消失に基づく大きな質量減が認められる。
【0032】
すなわち、硫黄変性ポリアクリロニトリルにおいて、硫黄は単体としては存在せず、閉環の進行したポリアクリロニトリルと結合した状態で存在していると考えられる。
【0033】
硫黄変性ポリアクリロニトリルのラマンスペクトルの一例を図2に示す。図2に示すラマンスペクトルにおいて、ラマンシフトの1331cm−1付近に主ピークが存在し、かつ、200cm−1〜1800cm−1の範囲で1548cm−1、939cm−1、479cm−1、381cm−1、317cm−1付近にピークが存在する。上記したラマンシフトのピークは、ポリアクリロニトリルに対する単体硫黄の比率を変更した場合にも同様の位置に観測される。このためこれらのピークは硫黄変性ポリアクリロニトリルを特徴づけるものである。上記した各ピークは、上記したピーク位置を中心としては、ほぼ±8cm−1の範囲内に存在する。なお、本明細書において、「主ピーク」とは、ラマンスペクトルで現れた全てのピークのなかでピーク高さが最大となるピークを指す。
【0034】
参考までに、上記したラマンシフトは、日本分光社製 RMP−320(励起波長λ=532nm、グレーチング:1800gr/mm、分解能:3cm−1)で測定したものである。なお、ラマンスペクトルのピークは、入射光の波長や分解能の違いなどにより、数が変化したり、ピークトップの位置がずれたりすることがある。したがって正極活物質として硫黄変性ポリアクリロニトリルを用いた本発明の正極のラマンスペクトルを測定すると、上記のピークと同じピーク、または、上記のピークとは数やピークトップの位置が僅かに異なるピークが確認される。
【0035】
〈硫黄変性ピッチ〉
本明細書において、ピッチ系炭素材料とは、石炭ピッチ、石油ピッチ、メソフェーズピッチ(異方性ピッチ)、アスファルト、コールタール、コールタールピッチ、縮合多環芳香族炭化水素化合物の重縮合で得られる有機合成ピッチ、またはヘテロ原子含有縮合多環芳香族炭化水素化合物の重縮合で得られる有機合成ピッチ、からなる群から選ばれる少なくとも一種を指す。これらは縮合多環芳香族を含む炭素材料として知られている。
【0036】
ピッチ系炭素材料の一種であるコールタールは、石炭を高温乾留(石炭乾留)して得られる黒い粘稠な油状液体である。コールタールを精製・熱処理(重合)することで、石炭ピッチを得ることができる。アスファルトは、黒褐色ないし黒色の固体あるいは半固体の可塑性物質である。アスファルトは、石油(原油)を減圧蒸留したときに釜残として得られるものと、天然に存在するものとに大別される。アスファルトはトルエン、二硫化炭素等に可溶である。アスファルトを精製・熱処理(重合)することで、石油ピッチを得ることができる。ピッチは、通常、無定形であり光学的に等方性である(等方性ピッチ)。等方性ピッチを不活性雰囲気中で熱処理することで、光学的に異方性のピッチ(異方性ピッチ、メソフェーズピッチ)を得ることができる。ピッチは、ベンゼン、トルエン、二硫化炭素等の有機溶剤に部分的に可溶である。
【0037】
ピッチ系炭素材料は様々な化合物の混合物であり、上述したように縮合多環芳香族を含む。ピッチ系炭素材料に含まれる縮合多環芳香族は、単一種であっても良いし、複数種であっても良い。例えば、ピッチ系炭素材料の一種である石炭ピッチの主成分は、縮合多環芳香族である。この縮合多環芳香族は、環の中に、炭素と水素以外にも、窒素や硫黄を含み得る。このため、石炭ピッチの主成分は、炭素と水素のみから成る縮合多環芳香族炭化水素と縮合環に窒素や硫黄等を含む複素芳香族化合物との混合物と考えられる。
【0038】
炭素材料としてピッチ系炭素材料を用いる場合にも、炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いる場合と同様に、硫黄が本来有する高容量を維持できかつ硫黄の電解液への溶出が抑制されるため、サイクル特性が大きく向上する。これは、硫黄系正極活物質中で硫黄が単体として存在するのでなく、硫黄がピッチ系炭素材料のグラフェン層間に取り込まれているか、或いは、縮合多環芳香族の環に含まれる水素が硫黄に置換されてC−S結合となっているためだと推測される。
【0039】
ピッチ系炭素材料の粒径は特に限定しない。また、炭素材料としてピッチ系炭素材料を用いる場合、硫黄の粒径もまた特に限定しない。ピッチ系炭素材料と硫黄との混合割合についてもまた特に限定しないが、混合原料中のピッチ系炭素材料と硫黄との配合比は、質量比で1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0040】
硫黄変性ピッチは、複数種の多環芳香族炭化水素を含む。本明細書でいう多環芳香族炭化水素(PAH)とは、上述した各種ピッチ系炭素材料自体、および、上述した各種ピッチ系炭素材料に含まれる各種多環芳香族炭化水素、からなる群から選ばれる少なくとも一種の炭素材料を指す。
【0041】
また、硫黄変性ピッチ(石炭ピッチ:硫黄=1:1、1:5、1:10)、単体石炭ピッチおよび単体硫黄をCuKα線によりX線回折した。回折条件は上記の硫黄変性ポリアクリロニトリルと同じである。
【0042】
図3に示すように、回折角(2θ)10〜60°の範囲では、単体硫黄の主ピークは22°付近に存在し、単体石炭ピッチの主ピークは26°付近に存在した。石炭ピッチと硫黄との配合比が1:1である硫黄変性ピッチのピークは単一ピークであり、26°付近に存在した。石炭ピッチと硫黄との配合比が1:5である硫黄変性ピッチ、および石炭ピッチと硫黄との配合比が1:10である硫黄変性ピッチの主ピークは、22°付近に存在した。
【0043】
硫黄変性ピッチは熱安定性に優れる。硫黄変性ピッチを、室温から550℃まで10℃/分の昇温速度で加熱した際の熱重量分析による質量減少は550℃時点で25%程度である。参考までに、石炭ピッチの質量減少は550℃時点で約30%程度である。単体硫黄の場合、170℃付近から徐々に質量減少し、200℃を超すと急激に減少する。石炭ピッチもまた質量減少し難く、250℃〜450℃付近では石炭ピッチの方が硫黄変性ピッチより質量減少し難い傾向がある。450℃以上では石炭ピッチよりも硫黄変性ピッチの方が質量減少し難い傾向がある。
【0044】
硫黄変性ピッチのラマンスペクトルの一例を図4に示す。参考までに、このラマンスペクトルは、上述した硫黄変性ポリアクリロニトリルのラマンスペクトルと同じ条件で測定したものである。
【0045】
図4に示すラマンスペクトルにおいて、ラマンシフトの1557cm−1付近に主ピークが存在し、かつ、200cm−1〜1800cm−1の範囲内で1371cm−1、1049cm−1、994cm−1、842cm−1、612cm−1、412cm−1、354cm−1、314cm−1付近にそれぞれピークが存在する。これらのピークは、ピッチ系炭素材料に対する単体硫黄の比率を変更した場合にも同様の位置に観測され、硫黄変性ピッチを特徴付けるピークである。正極活物質として硫黄変性ピッチを用いた本発明の正極のラマンスペクトルを測定すると、これらのピークと同じ、または、数やピークトップの位置が僅かに異なるピークが確認される。なお、硫黄変性ピッチのラマンスペクトルは、硫黄変性ポリアクリロニトリルのラマンスペクトルとは異なる。
【0046】
硫黄変性ピッチを元素分析した結果、炭素、窒素、および硫黄が検出された。また、場合によっては、少量の酸素および水素が検出された。したがって、硫黄変性ピッチは、C、S以外に、窒素、酸素、硫黄化合物等の少なくとも一種を不純物として含有する。
【0047】
〈その他の硫黄系正極活物質〉
本発明の正極に用いられるその他の硫黄系正極活物質としては、上述したポリ硫化カーボン、単体硫黄、硫黄変性多環芳香族炭化水素、硫黄変性ゴム、コーヒー豆や海草等の植物原料と硫黄を熱処理したもの、又はこれらの複合体等を挙げることができる。
【0048】
なお、正極活物質として硫黄変性ポリアクリロニトリルや硫黄変性ピッチを用いる場合には、正極活物質としてポリ硫化カーボンを用いる場合(正極活物質用の炭素材料として直鎖状不飽和ポリマーを用いる場合)に比べて、サイクル特性をさらに向上させることができる。これは、正極活物質としてポリ硫化カーボンを用いる場合には、放電時に硫黄とリチウムとが結合することにより、ポリ硫化カーボンに含まれる−CS−CS−結合や−S−S−結合が切断されて、ポリマーが切断されるためだと考えられる。したがって、本発明の正極の製造方法においては、炭素材料としてポリアクリロニトリルやピッチ系炭素材料を用いるのが好ましい。サイクル特性や容量の面ではポリアクリロニトリルを用いるのがより好ましく、コスト面ではピッチ系炭素材料を用いるのがより好ましい。また、炭素材料として、硫黄変性ポリアクリロニトリルと硫黄変性ピッチとを併用しても良い。
【0049】
(リチウムイオン二次電池用正極の製造方法)
本発明の製造方法においては、上述した硫黄系正極活物質の材料(すなわち炭素材料および硫黄)と伝導材材料とを混合した混合材料を加熱する。混合材料は、乳鉢やボールミル等の一般的な混合装置で混合すれば良い。混合原料としては、硫黄と炭素材料と伝導材材料とを単に混合したものを用いても良いが、例えば、混合原料をペレット状に成形して用いても良い。
【0050】
熱処理工程において混合原料を加熱することで、混合原料に含まれる硫黄と炭素材料とが結合する。伝導材材料として未硫化の金属を用いる場合には、金属の硫化も生じる。熱処理工程は、密閉系でおこなっても良いし開放系でおこなっても良いが、硫黄蒸気の散逸を抑制するためには、密閉系で行うのが好ましい。また、熱処理工程を如何なる雰囲気で行うかについては特に問わないが、炭素材料と硫黄との結合を妨げない雰囲気(例えば、水素を含有しない雰囲気、非酸化性雰囲気)下で行うのが好ましい。例えば、雰囲気中に水素が存在すると、反応系中の硫黄が水素と反応して硫化水素となるため、反応系中の硫黄が失われる場合がある。また、特に炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いる場合には、非酸化性雰囲気下で熱処理することで、ポリアクリロニトリルの閉環反応と同時に、蒸気状態の硫黄がポリアクリロニトリルと反応して、硫黄によって変性されたポリアクリロニトリルが得られると考えられる。ここでいう非酸化性雰囲気とは、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気、硫黄ガス雰囲気等を含む。
【0051】
密閉状態の非酸化性雰囲気とするための具体的な方法については特に限定はなく、例えば、硫黄蒸気が散逸しない程度の密閉性が保たれる容器中に混合原料を入れて、容器内を減圧または不活性ガス雰囲気にして加熱すれば良い。その他、混合原料を硫黄蒸気と反応し難い材料(例えばアルミニウムラミネートフィルム等)で真空包装した状態で加熱しても良い。この場合、発生した硫黄蒸気によって包装材料が破損しないように、例えば、水を入れたオートクレーブ等の耐圧容器中に、包装された原料を入れて加熱し、発生した水蒸気で包装材の外部から加圧することが好ましい。この方法によれば、包装材料の外部から水蒸気によって加圧されるので、硫黄蒸気によって包装材料が膨れて破損することが防止される。
【0052】
熱処理工程における混合原料の加熱時間は、加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、特に限定しない。上述した好ましい加熱温度は、硫黄と炭素材料との結合が進行し、かつ、伝導材が変質しないような温度であれば良い。
【0053】
例えば、炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いる場合、加熱温度は、250以上500℃以下とすることが好ましく、250以上400℃以下とすることがより好ましく、250以上300℃以下とすることがさらに好ましい。また、炭素材料としてピッチ系炭素材料を用いる場合、加熱温度は、200℃以上600℃以下であるのが好ましく、300℃以上500℃以下であるのがより好ましく、350℃以上500℃以下であるのがさらに好ましい。炭素材料としてピッチ系炭素材料を用いる場合には、熱処理工程においてピッチ系炭素材料の少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とが液体となる。換言すると、熱処理工程において、ピッチ系炭素材料の少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とは、液状で接触する。このため、熱処理工程におけるピッチ系炭素材料と硫黄との接触面積は大きく、ピッチ系炭素材料と硫黄とが充分に結合し、かつ硫黄系正極活物質からの硫黄の脱離が抑制される。
【0054】
熱処理工程においては、硫黄を還流するのが好ましい。この場合、混合原料の一部が気体となり、一部が液体となるように混合原料を加熱すれば良い。換言すると、混合原料の温度は、硫黄が気化する温度以上の温度であれば良い。ここで言う気化とは、硫黄が液体または固体から気体に相変化することを指し、沸騰、蒸発、昇華の何れによっても良い。参考までに、α硫黄(斜方硫黄、常温付近で最も安定な構造である)の融点は112.8℃、β硫黄(単斜硫黄)の融点は119.6℃、γ硫黄(単斜硫黄)の融点は106.8℃である。硫黄の沸点は444.7℃である。ところで、硫黄の蒸気圧は高いため、混合原料の温度が150℃以上になると、硫黄の蒸気の発生が目視でも確認できる。したがって、混合原料の温度が150℃以上であれば硫黄の還流は可能である。なお、熱処理工程において硫黄を還流する場合には、既知構造の還流装置を用いて硫黄を還流すれば良い。
【0055】
なお、混合材料中の硫黄の配合量が過大である場合にも、熱処理工程において炭素材料に充分な量の硫黄を取り込むことができる。このため、炭素材料に対して硫黄を過大に配合する場合には、熱処理工程後の被処理体(硫黄系正極活物質−炭素材料複合体)から単体硫黄を除去することで、上述した単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、混合原料中の炭素材料と硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、炭素材料に充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま硫黄系正極活物質として用いれば良い。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を硫黄系正極活物質として用いれば良い。
【0056】
(リチウムイオン二次電池用正極)
本発明の正極は、上述した本発明の製造方法で製造され、硫黄系正極活物質および伝導材を含有する。なお、本発明の正極が、硫黄変性ポリアクリロニトリルおよび/または硫黄変性ピッチを硫黄系正極活物質として含む場合、正極のラマンスペクトルには、図2に示す硫黄変性ポリアクリロニトリルに由来するピークや図4に示す硫黄変性ピッチに由来するピークが他のピークとともに認められる。
【0057】
正極は、正極活物質および伝導材以外は、一般的なリチウムイオン二次電池用正極と同様の構造にできる。例えば、本発明の正極は、硫黄系正極活物質と伝導材との混合物(すなわち熱処理工程により得られた被処理体)、導電助剤、バインダ、および溶媒を混合した正極材料を、集電体に塗布することによって製作できる。或いは、硫黄粉末、炭素材料粉末および伝導材材料粉末を混合した混合原料を、正極用集電体に充填した後に加熱する(熱処理工程を施す)こともできる。この方法によれば、硫黄系正極活物質と伝導材との混合物を製造すると同時に、バインダを用いることなく、この混合物と集電体とを一体化させることができる。バインダを用いなければ、正極質量あたり正極活物質の量を増大させることができ、正極質量当たりの容量を向上させることができる。
【0058】
正極は伝導材を含む。正極における硫黄系正極活物質と伝導材との含有比は、質量比で、10:0.1〜10:5であるのが好ましく、10:0.3〜10:2であるのがより好ましい。
【0059】
導電助剤としては、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛、アルミニウムやチタンなどの正極電位において安定な金属の微粉末等が例示される。なお、伝導材の構成によっては、導電助剤を配合しなくても良い場合もある。
【0060】
バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。
【0061】
溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアルデヒド、アルコール、水等が例示される。これら導電助剤、バインダおよび溶媒は、それぞれ複数種を混合して用いても良い。これらの材料の配合量は特に問わないが、例えば、硫黄系正極活物質100質量部に対して、導電助剤20〜100質量部程度、バインダ10〜20質量部程度を配合するのが好ましい。また、その他の方法として、本発明の硫黄系正極活物質と上述した導電助剤およびバインダとの混合物を乳鉢やプレス機などで混練しかつフィルム状にし、フィルム状の混合物をプレス機等で集電体に圧着することで、本発明のリチウムイオン二次電池用正極を製造することもできる。
【0062】
集電体としては、リチウムイオン二次電池用正極に一般に用いられるものを使用すれば良い。例えば集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布等が例示される。このうち黒鉛化度の高いカーボンから成るカーボン不織布/織布集電体は、水素を含まず、硫黄との反応性が低いために、硫黄系正極活物質用の集電体として好適である。黒鉛化度の高い炭素繊維の原料としては、カーボン繊維の材料となる各種のピッチ(すなわち、石油、石炭、コールタールなどの副生成物)やポリアクリロニトリル繊維等を用いることができる。
【0063】
(リチウムイオン二次電池)
以下、本発明の正極を用いたリチウムイオン二次電池の構成について説明する。以下、本発明の正極を用いたリチウムイオン二次電池を単にリチウムイオン二次電池用と略する。なお、正極に関しては、上述したとおりである。
【0064】
〔負極〕
負極材料としては、公知の金属リチウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅−錫やコバルト−錫などの合金系材料を使用できる。負極材料として、リチウムを含まない材料、例えば、上記した負極材料の内で、炭素系材料、シリコン系材料、合金系材料等を用いる場合には、デンドライドの発生による正負極間の短絡を生じ難い点で有利である。ただし、これらのリチウムを含まない負極材料を本発明の正極と組み合わせて用いる場合には、正極および負極が何れもリチウムを含まない。このため、負極および正極の何れか一方、または両方にあらかじめリチウムを挿入するリチウムプリドープ処理が必要となる。リチウムのプリドープ法としては公知の方法に従えば良い。例えば負極にリチウムをドープする場合には、対極に金属リチウムを用いて半電池を組み、電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法によってリチウムを挿入する方法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けたあと電解液の中に放置し電極へのリチウムの拡散を利用してドープする貼り付けプリドープ法によりリチウムを挿入する方法が挙げられる。また、正極にリチウムをプリドープする場合にも、上記した電解ドープ法を利用することが出来る。
【0065】
リチウムを含まない負極材料としては、特に、高容量の負極材料であるシリコン系材料が好ましく、その中でも電極厚さが薄くて体積当りの容量で有利となる薄膜シリコンがより好ましい。
【0066】
〔電解質〕
リチウムイオン二次電池に用いる電解質としては、有機溶媒に電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、ガンマ−ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水系溶媒から選ばれる少なくとも一種を用いるのが好ましい。電解質としては、LiPF、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiI、LiClO等を用いることができる。電解質の濃度は、0.5mol/l〜1.7mol/l程度であれば良い。なお、電解質は液状に限定されない。例えば、リチウムイオン二次電池がリチウムポリマー二次電池である場合、電解質は固体状(例えば高分子ゲル状)をなす。
【0067】
〔その他〕
リチウムイオン二次電池は、上述した負極、正極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えても良い。セパレータは、正極と負極との間に介在し、正極と負極との間のイオンの移動を許容するとともに、正極と負極との内部短絡を防止する。リチウムイオン二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。セパレータとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする薄肉かつ微多孔性または不織布状の膜を用いるのが好ましい。リチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型等、種々の形状にできる。
【実施例】
【0068】
以下、本発明の正極、伝導材材料および正極の製造方法を具体的に説明する。
【0069】
(実施例1)
〔1〕混合原料
硫黄粉末として、篩いを用いて分級した際に粒径50μm以下となるものを準備した。ポリアクリロニトリル粉末として、電子顕微鏡で確認した場合に粒径が0.2μm〜2μmの範囲にあるものを準備した。伝導材材料として、篩を用いて分級した際に粒径50μm以下であったLaを準備した。
【0070】
硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.1gと、を乳鉢で混合・粉砕して、混合原料を得た。
【0071】
〔2〕装置
図5に示すように、反応装置1は、反応容器2、蓋3、熱電対4、アルミナ保護管40、2つのアルミナ管(ガス導入管5、ガス排出管6)、アルゴンガス配管50、アルゴンガスを収容したガスタンク51、トラップ配管60、水酸化ナトリウム水溶液61を収容したトラップ槽62、電気炉7、電気炉に接続されている温度コントローラ70を持つ。
【0072】
反応容器2としては、有底筒状をなすガラス管(石英ガラス製)を用いた。後述する熱処理工程において、反応容器2には混合原料9を収容した。反応容器2の開口部は、3つの貫通孔を持つガラス製の蓋3で閉じた。貫通孔の1つには、熱電対4を収容したアルミナ保護管40(アルミナSSA−S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の他の1つには、ガス導入管5(アルミナSSA−S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の残りの1つには、ガス排出管6(アルミナSSA−S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。なお、反応容器2は、外径60mm、内径50mm、長さ300mmであった。アルミナ保護管40は、外径4mm、内径2mm、長さ250mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6は、外径6mm、内径4mm、長さ150mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6の先端は、蓋3の外部(反応容器2内)に露出した。この露出した部分の長さは3mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6の先端は、後述する熱処理工程においてほぼ100℃以下となる。このため、熱処理工程において生じる硫黄蒸気は、ガス導入管5およびガス排出管6から流出せず、反応容器2に戻される(還流する)。
【0073】
アルミナ保護管40に入れた熱電対4の先端は、間接的に反応容器2中の混合原料9の温度を測定した。熱電対4で測定した温度は、電気炉7の温度コントローラ70にフィードバックした。
【0074】
ガス導入管5にはアルゴンガス配管50を接続した。アルゴンガス配管50はアルゴンガスを収容したガスタンク51に接続した。ガス排出管6にはトラップ配管60の一端を接続した。トラップ配管60の他端は、トラップ槽62中の水酸化ナトリウム水溶液61に挿入した。なお、トラップ配管60およびトラップ槽62は、後述する熱処理工程で生じる硫化水素ガスのトラップである。
【0075】
〔3〕熱処理工程
混合原料9を収容した反応容器2を、電気炉7(ルツボ炉、開口幅φ80mm、加熱高さ100mm)に収容した。このとき、ガス導入管5を介して反応容器2の内部にアルゴンを導入した。このときのアルゴンガスの流速は100ml/分であった。アルゴンガスの導入開始10分後に、アルゴンガスの導入を継続しつつ反応容器2中の混合原料9の加熱を開始した。このときの昇温速度は5℃/分であった。混合原料9が100℃になった時点で、混合原料9の加熱を継続しつつアルゴンガスの導入を停止した。混合原料9が約200℃になるとガスが発生した。混合原料9が330℃になった時点で加熱を停止した。加熱停止後、混合原料9の温度は350℃にまで上昇し、その後低下した。したがって、この熱処理工程において、混合原料9は350℃にまで加熱された。その後、混合原料9を自然冷却し、混合原料9が室温(約25℃)にまで冷却された時点で反応容器2から生成物(すなわち、熱処理工程後の被処理体)を取り出した。なお、このときの加熱時間は350℃で約5分であり、硫黄は還流された。
【0076】
〔4〕単体硫黄除去工程
熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄(遊離の硫黄)を除去するために、以下の工程をおこなった。
【0077】
熱処理工程後の被処理体を乳鉢で粉砕した。粉砕物2gをガラスチューブオーブンに入れ、真空吸引しつつ250℃で3時間加熱した。このときの昇温温度は10℃/分であった。この工程により、熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄が蒸発・除去され、単体硫黄を含まない(または、ほぼ含まない)硫黄系正極活物質−伝導材複合体を得た。
【0078】
〈リチウムイオン二次電池の製作〉
〔1〕正極
硫黄系正極活物質−伝導材複合体3mgとアセチレンブラック2.7mgとポリテトラフルオロエチレン(PTFE)0.3mgとの混合物を、ヘキサンを適量加えつつ、メノウ製乳鉢でフィルム状になるまで混練し、フィルム状の正極材料を得た。この正極材料全量を、直径14mmの円形に打ち抜いたアルミニウムメッシュ(メッシュ粗さ#100)にプレス機で圧着し、80℃で一晩乾燥した。この工程で、実施例1のリチウムイオン二次電池用正極を得た。なお、この正極における伝導材はLaであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.6であった。
【0079】
〔2〕負極
負極としては、金属リチウム箔(直径14mm、厚さ500μmの円盤状、本城金属製)を用いた。
【0080】
〔3〕電解液
電解液としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒に、LiPFを溶解した非水電解質を用いた。エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとは体積比1:1で混合した。電解液中のLiPFの濃度は、1.0mol/lであった。
【0081】
〔4〕電池
〔1〕、〔2〕で得られた正極および負極を用いて、コイン電池を製作した。詳しくは、ドライルーム内で、セパレータ(Celgard社製Celgard2400、厚さ25μmのポリプロピレン微孔質膜)と、ガラス不織布フィルタ(厚さ440μm、ADVANTEC社製、GA100)と、を正極と負極との間に挟装して、電極体電池とした。この電極体電池を、ステンレス容器からなる電池ケース(CR2032型コイン電池用部材、宝泉株式会社製)に収容した。電池ケースには〔3〕で得られた電解液を注入した。電池ケースをカシメ機で密閉して、実施例1のリチウムイオン二次電池を得た。
【0082】
(実施例2)
実施例2の正極の製造方法は、混合原料として、硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.3gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例2の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.3であった。また、実施例2の正極における伝導材は実施例1と同じLaであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:1.8であった。実施例2のリチウムイオン二次電池は、実施例2の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0083】
(実施例3)
実施例3の正極の製造方法は、混合原料として、硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.5gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例3の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.5であった。また、実施例3の正極における伝導材は実施例1、2と同じLaであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:2.9であった。実施例3のリチウムイオン二次電池は、実施例3の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0084】
(実施例4)
実施例4の正極の製造方法は、伝導材材料としてTiSを用い、混合原料として硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.1gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例4の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.1であった。また、実施例4の正極における伝導材はTiSであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.6であった。実施例4のリチウムイオン二次電池は、実施例4の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0085】
(実施例5)
実施例5の正極の製造方法は、伝導材材料としてSmを用い、混合原料として硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.1gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例5の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.1であった。また、実施例5の正極における伝導材はSmであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.6であった。実施例5のリチウムイオン二次電池は、実施例5の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0086】
(実施例6)
実施例6の正極の製造方法は、伝導材材料としてCeを用い、混合原料として硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.1gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例6の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.1であった。また、実施例6の正極における伝導材はCeであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.6であった。実施例6のリチウムイオン二次電池は、実施例6の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0087】
(実施例7)
実施例7の正極の製造方法は、伝導材材料として未硫化のTiを用い、混合原料として硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.1gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例7の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.1であった。また、実施例7の正極における伝導材はTiSであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.6であった。実施例7のリチウムイオン二次電池は、実施例7の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0088】
(実施例8)
実施例8の正極の製造方法は、伝導材材料としてTiSを用い、混合原料として硫黄粉末5gと石炭ピッチ粉末(等方性ピッチ、CAS番号65996−93−2)1gと伝導材材料粉末0.1gとの混合物を用い、電極を真空下、200℃、3時間乾燥したこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例8の製造方法では、混合原料におけるピッチ系炭素材料と伝導材材料との質量比は1:0.1であった。また、実施例8の正極における伝導材はTiSであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.5であった。実施例8のリチウムイオン二次電池は、実施例8の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0089】
(実施例9)
実施例9の正極の製造方法は、伝導材材料としてMoSを用い、混合原料として硫黄粉末5gとポリアクリロニトリル粉末1gと伝導材材料粉末0.1gとの混合物を用いたこと以外は、実施例1の正極の製造方法と同じである。実施例9の製造方法では、混合原料におけるポリアクリロニトリルと伝導材材料との質量比は1:0.1であった。また、実施例9の正極における伝導材はMoSであり、硫黄系正極活物質と伝導材との含有比(質量比)は10:0.6であった。実施例9のリチウムイオン二次電池は、実施例9の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0090】
(比較例)
比較例の正極の製造方法は、伝導材材料を用いなかったこと以外は実施例1の正極の製造方法と同じである。比較例の正極は伝導材を含まないこと以外は実施例1の正極と同じである。また、比較例のリチウムイオン二次電池は、比較例の正極を用いたこと以外は実施例1のリチウムイオン二次電池と同じである。
【0091】
〔X線回折による硫黄系正極活物質の分析〕
実施例1〜4、7、9の硫黄系正極活物質−伝導材複合体、および、比較例の硫黄系正極活物質について、X線回折分析を行った。装置として粉末X線回折装置(MAC Science社製、M06XCE)を用いた。測定条件は、CuKα線、電圧:40kV、電流:100mA、スキャン速度:4°/分、サンプリング:0.02°、積算回数:1回、回折角(2θ):10°〜60°であった。X線回折で得られた回折パターンを図6〜11に示す。
【0092】
ASTMカードによるLaの主な回折ピーク位置は、24.7、25.1、26.9、33.5、37.2、42.8°等である。TiSの主な回折ピーク位置は、15.5、34.2、44.1、53.9°等である。Tiの主な回折ピーク位置は、35.1、38.4、40.2、53.0°等である。MoSの主な回折ピーク位置は、14.4、32.7、33.5、35.9、39.6、44.2、49.8、56.0、58.4°等である。Feの主な回折ピーク位置は、44.7、65.0、82.3°等である。図11に示すように、伝導材材料を配合せず炭素材料としてポリアクリロニトリルを用いた硫黄系正極活物質(比較例)では、回折角(2θ)20〜30°の範囲で、25°付近にブロードな単一ピークが認められる。これに対して、伝導材材料を配合した硫黄系正極活物質−伝導材複合体では、伝導材に由来するピークが現れる。例えば、図6、7に示すように伝導材材料としてLaを用いた場合、24.7、25.1、33.5、37.2°付近にLaのピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてLaを用いたこと(すなわち正極が伝導材としてLaを含むこと)を確認できる。また、図8に示すように伝導材材料としてTiSを用いた場合、殆どピークが確認できなかった。図9に示すように、伝導材材料としてTiを用いた場合35.1、38.4、40.2、53.0°付近にTiのピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてTiを用いたことを確認できる。上記したように伝導材材料としてTiOを用いた場合には、X線回折ではその存在を確認できないが、他の分析方法、例えばICP元素分析や蛍光X線分析などの方法を用いればTiを検出できるため、X線回折でピークが確認されない場合にもTiOの添加を推測できる。また、図10に示すように、伝導材材料としてMoSを用いた場合、14.4、32.7、33.5、35.9、39.6、44.2、49.8、56.0、58.4°付近にMoSのピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてMoSを用いたこと(すなわち正極が伝導材としてMoSを含むこと)を確認できる。参考までに、伝導材としてFeを用いた硫黄系正極活物質−伝導材複合体(ポリアクリロニトリル:Fe=1:0.1)の回折パターンを図12に示す。図12に示すように、伝導材材料としてFeを用いた場合、28.5、33.0、37.1、40.8、47.4、56.3、59.0°付近にFeSのピークが現れる。このピークにより、伝導材材料としてFeを用いたこと(すなわち正極が伝導材としてFeS、FeS、Feの少なくとも一種を含むこと)を確認できる。
【0093】
〔放電レート特性試験〕
実施例1〜8および比較例のリチウムイオン二次電池の放電レート特性を測定した。詳しくは、各リチウムイオン二次電池に、正極活物質の1gあたりの電流値を、Cレートで0.1C、0.2C、0.5C、1C、2C・・・と変化させ、繰り返し充放電を行った。このときのカットオフ電圧は3.0V〜1.0Vであった。温度は25〜30℃であった。放電レート特性試験の結果を図13〜28に示す。図13、14は実施例1、図15は実施例2、図16は実施例3、図17は実施例4、図18、19は実施例5、図20、21は実施例6、図22、23は実施例7、図24、25は実施例8、図26、27は実施例9、図28は比較例のリチウムイオン二次電池に関する。なお、このうち図13、18、20、22、24のグラフは充放電曲線であり、図14〜17、19、21、23、25、27、28のグラフはサイクル特性を表す。
【0094】
伝導材材料を配合しなかった比較例のリチウムイオン二次電池(図28)では、2Cのときの放電容量が350〜400mAh/gであり、5Cのときの放電容量は120〜150mAh/g程度であった。これに対して、伝導材材料としてのLaを正極材料(詳しくは混合原料)に配合した実施例1のリチウムイオン二次電池(図14)では、2Cのときの放電容量が500mAh/gを超え、5Cのときの放電容量も250mAh/g程度と非常に高い値を示した。この結果から、正極材料に伝導材材料を配合することで、硫黄系正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池の放電レート特性を向上させ得ることがわかる。さらに、図14に示すように、硫黄系正極活物質を用いたことで、28サイクル(0.1C)後にも容量低下が殆どみられなかった。これらの結果から、硫黄系正極活物質と伝導材材料とを併用した本発明のリチウムイオン二次電池用正極は放電レート特性とサイクル特性とに優れる、といえる。
【0095】
また、ポリアクリロニトリル1質量部に対して伝導材材料0.1質量部配合した実施例1のリチウムイオン二次電池(図14)と、伝導材材料0.3質量部配合した実施例2のリチウムイオン二次電池(図15)と、伝導材材料0.5質量部配合した実施例3のリチウムイオン二次電池(図16)と、を比較すると、放電レート特性は実施例1>実施例2>実施例3であった。これは、伝導材の容量が硫黄系正極活物質よりも低容量であるか、または、伝導材がリチウムイオン二次電池の活物質として不活性であるため、伝導材を大量に配合し正極活物質の配合量がすくなくなることで、正極全体の容量が低下するためだと考えられる。そしてこの結果から、容量と出力のバランスを考慮すると、伝導材材料の好ましい配合割合は硫黄系正極活物質1質量部に対して伝導材材料0.1〜0.3質量部となる範囲であることがわかる。
【0096】
また、伝導材材料としてTiSを用いた実施例4のリチウムイオン二次電池(図17)、伝導材材料としてSmを用いた実施例5のリチウムイオン二次電池(図19)、伝導材材料としてCeを用いた実施例6のリチウムイオン二次電池(図21)の何れも、2Cのときの放電容量が500mAh/gを超え、放電レート特性に優れていた。
【0097】
また、伝導材材料としてTiを用いた実施例7のリチウムイオン二次電池(図23)に関しても、2Cのときの放電容量が500mAh/g程度であった。この結果から、伝導材材料として非硫化物を用いても、リチウムイオン二次電池の放電レート特性を向上させ得ることがわかる。これは、未硫化のTiが熱処理工程において硫黄と反応し硫化されるためだと考えられる。なお、伝導材材料としてTiSを用いた実施例4のリチウムイオン二次電池(図17)は、伝導材材料としてTiを用いた実施例7のリチウムイオン二次電池(図23)よりも放電レート特性に優れる。この結果から、伝導材材料としては、金属硫化物がより好ましく用いられることがわかる。
【0098】
さらに、硫黄系正極活物質として硫黄変性ピッチを用いた実施例8のリチウムイオン二次電池(図25)は、硫黄系正極活物質として硫黄変性ポリアクリロニトリルを用いた実施例4のリチウムイオン二次電池(図17)に比べると容量自体は低いが、伝導材材料を配合したことで0.1Cから2.0C付近までの放電容量低下は少ない。したがって、硫黄系正極活物質として硫黄変性ピッチを用いる場合にも、硫黄系正極活物質と伝導材材料とを併用することで放電レート特性を高め得ることがわかる。なお、正極活物質として硫黄変性ピッチを用いたリチウムイオン二次電池は、正極活物質として硫黄変性ポリアクリロニトリルを用いたリチウムイオン二次電池に比べると容量が少なくサイクル特性にも劣るが、正極活物質として単体硫黄を用いたリチウムイオン二次電池に比べると遙かに優れたサイクル特性を示す。
さらに、伝導材材料としてのMoSを正極材料(詳しくは混合原料)に配合した実施例9のリチウムイオン二次電池(図27)では、2Cのときの放電容量が500mAh/gを超え、5Cのときの放電容量も200mAh/g程度と非常に高い値を示した。この結果から、伝導材材料としてMoSを用いる場合には、伝導材材料としてのLaを用いる場合と同程度にリチウムイオン二次電池の放電レート特性を向上させ得ることがわかる。
【0099】
以上の結果から、本発明の正極は、リチウムイオン二次電池のサイクル特性および放電レート特性を向上させ得ることがわかる。また、本発明のリチウムイオン二次電池は優れたサイクル特性および放電レート特性を示すことがわかる。さらに、本発明の正極の製造方法によると、リチウムイオン二次電池のサイクル特性および放電レート特性を向上させ得る正極を製造できることがわかる。
【符号の説明】
【0100】
1:反応装置 2:反応容器 3:蓋 4:熱電対
5:ガス導入管 6:ガス排出管 7:電気炉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質と、硫黄(S)を含有する伝導材と、を含有し、
該伝導材の少なくとも一部は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物からなることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項2】
前記金属は、Ti、Fe、La、Ce、Pr、Nd、Sm、V、Mn、Ni、Cu、Zn、Mo、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ta、W、Pbからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項3】
前記金属の硫化物は、La、TiS、Sm、Ce、MoSからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項4】
正極として、炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質と、硫黄(S)を含有する伝導材と、を含有し、該伝導材の少なくとも一部は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物からなるリチウムイオン二次電池用正極を用いていることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項5】
炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質を含有するリチウムイオン二次電池用正極を製造する方法であって、
炭素材料、硫黄、および、硫黄を含有する伝導材材料を含有する混合原料を加熱する熱処理工程を含み、
該伝導材材料は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属の硫化物であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極の製造方法。
【請求項6】
炭素(C)および硫黄(S)を含有する硫黄系正極活物質を含有するリチウムイオン二次電池用正極を製造する方法であって、
炭素材料、硫黄、および、硫黄を含有しない伝導材材料を含有する混合原料を加熱する熱処理工程を含み、
該伝導材材料は、第4周期金属、第5周期金属、第6周期金属および希土類元素からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図3】
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【図13】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【公開番号】特開2012−150948(P2012−150948A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7713(P2011−7713)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】