説明

リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法

【課題】 焼成工程における原料中の熱伝導を促進し、それにより焼成時間の短縮、及び、原料充填量の増加を実現して低製造コストで高品質のリチウムイオン電池用正極活物質を製造する。
【解決手段】 リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法は、リチウムイオン電池用正極活物質前駆体であるリチウム含有炭酸塩に対してヒーター加熱とマイクロ波加熱との併用により焼成を行う工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池用正極活物質として、リチウム遷移金属複合酸化物が知られている。リチウム遷移金属複合酸化物は、例えば、特許文献1に記載されているように、リチウム化合物と遷移金属化合物とを混合してリチウムイオン電池用正極活物質前駆体を作製した後、焼成して複合化することにより製造されている。
リチウムイオン電池は、その用途から、長期に亘って使用され、かつ充放電が繰り返されるため、サイクル特性、保存特性など種々の特性が求められ、また、極めて高いレベルでの高容量化が求められつつある。また、携帯電話、パーソナルコンピュータ等の民生機器や車載用のリチウム電池の需要拡大につれて、リチウムイオン電池を低コストで効率良く製造することが要求されている。
このようなことから、リチウムイオン電池の電極材料としてのリチウムイオン電池用正極活物質の工業生産においても、リチウムイオン電池に要求される高い品質のものを効率良く製造し、製造コストを低減させることが要求されるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3334179号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来、リチウムイオン電池に要求される高い品質のものを効率良く製造することについては十分な検討がなされていない。
【0005】
そこで、本発明は、低製造コストで高品質のリチウムイオン電池用正極活物質を製造することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意検討した結果、原料の焼成に、通常のヒーター加熱に加え、マイクロ波加熱を用いることにより、焼成工程における原料中の熱伝導を促進し、それにより焼成時間の短縮、及び、原料充填量の増加を実現して低製造コストで高品質のリチウムイオン電池用正極活物質が得られることを見出した。
【0007】
上記知見を基礎にして完成した本発明は一側面において、リチウムイオン電池用正極活物質前駆体であるリチウム含有炭酸塩に対してヒーター加熱とマイクロ波加熱との併用により焼成を行う工程を含むリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法である。
【0008】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法は一実施形態において、ヒーター加熱とマイクロ波加熱との併用を、焼成開始から焼成時間の50%までの間に行う。
【0009】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法は別の実施形態において、正極活物質が、組成式:LixNi1-yy2+α
(前記式において、MはSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上であり、0.9≦x≦1.1であり、0<y≦0.7であり、0.05≦α≦0.2である。)
で表される。
【0010】
本発明に係るリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法は更に別の実施形態において、Mが、Mn及びCoから選択される1種以上である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、焼成工程における原料中の熱伝導を促進し、それにより焼成時間の短縮、及び、原料充填量の増加を実現して低製造コストで高品質のリチウムイオン電池用正極活物質を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(リチウムイオン電池用正極活物質の構成)
本発明において製造されるリチウムイオン電池用正極活物質の材料としては、一般的なリチウムイオン電池用正極用の正極活物質として有用な化合物を広く用いることができるが、特に、コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn24)等のリチウム含有遷移金属酸化物を用いるのが好ましい。このような材料を用いて作製されるリチウムイオン電池用正極活物質は、例えば、
組成式:LixNi1-yy2+α
(前記式において、MはSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上であり、0.9≦x≦1.1であり、0<y≦0.7であり、0.05≦α≦0.2である。)
で表される。
リチウムイオン電池用正極活物質における全金属に対するリチウムの比率が0.9〜1.1であるが、これは、0.9未満では、安定した結晶構造を保持し難く、1.1超では容量が低くなるためである。
【0013】
本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、酸素が組成式において上記のようにO2+α(0.05≦α≦0.2)と示され、過剰に含まれており、リチウムイオン電池に用いた場合、容量、レート特性及び容量保持率等の電池特性が良好となる。
また、本発明のリチウムイオン電池用正極活物質は、組成式において、Mが、Mn及びCoから選択される1種以上であるのが好ましい。
【0014】
(リチウムイオン電池用正極活物質の製造方法)
次に、本発明の実施形態に係るリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法について詳細に説明する。
まず、金属塩溶液を作製する。当該金属は、Ni、及び、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上である。また、金属塩は硫酸塩、塩化物、硝酸塩、酢酸塩等であり、特に硝酸塩が好ましい。これは、焼成原料中に不純物として混入してもそのまま焼成できるため洗浄工程が省けることと、硝酸塩が酸化剤として機能し、焼成原料中の金属の酸化を促進する働きがあるためである。金属塩に含まれる各金属を所望のモル比率となるように調整しておく。これにより、正極活物質中の各金属のモル比率が決定する。
【0015】
次に、炭酸リチウムを純水に懸濁させ、その後、上記金属の金属塩溶液を投入してリチウム塩溶液スラリーを作製する。このとき、スラリー中に微小粒のリチウム含有炭酸塩が析出する。なお、金属塩として硫酸塩や塩化物等熱処理時にそのリチウム化合物が反応しない場合は飽和炭酸リチウム溶液で洗浄した後、濾別する。硝酸塩や酢酸塩のように、そのリチウム化合物が熱処理中にリチウム原料として反応する場合は洗浄せず、そのまま濾別し、乾燥することにより焼成前駆体として用いることができる。
次に、濾別したリチウム含有炭酸塩を乾燥することにより、リチウム塩の複合体(リチウムイオン電池正極材用前駆体)の粉末を得る。
【0016】
次に、所定の大きさの容量を有する焼成容器を準備し、この焼成容器にリチウムイオン電池正極材用前駆体の粉末を充填する。焼成容器は、特に限定されず、ヒーター加熱及びマイクロ波加熱による熱の伝導性が良好なセラミック製容器又は金属製容器等を用いることができるが、特に他の金属との接触による正極材用前駆体の汚染を抑制するために、セラミック製容器を用いるのが好ましい。次に、リチウムイオン電池正極材用前駆体の粉末が充填された焼成容器を、焼成炉へ移設し、焼成を行う。
焼成炉には、ヒーター加熱部及びマイクロ波加熱部が設けられており、ヒーターにより前駆体の粉末を加熱しながら、同時にマイクロ波を照射することによりマイクロ波加熱も行う。マイクロ波加熱は、全焼成時間の全てに亘って行ってもよく、部分的に行ってもよい。これらは、製造コストと製造効率との関係から適宜調製することができる。前駆体の粉末の初めの温度上昇を速やかに行う目的から、特に焼成開始から焼成時間の50%までの間にマイクロ波加熱を行うのが好ましい。
このように、マイクロ波加熱をヒーター加熱と併用することで、前駆体粉末を内部から急速に且つ均一に加熱することができ、加熱時間の短縮、及び、大量の前駆体粉末の焼成処理が可能となり、製造コストが良好となる。また、前駆体粉末が焼成容器内で均一に焼成されるため、それを用いたリチウムイオン電池用正極の品質が良好となる。
焼成は、大気圧雰囲気下、好ましくは酸素雰囲気下で、所定時間加熱保持することにより行う。また、101〜202KPaでの加圧下で焼成を行うと、さらに組成中の酸素量が増加するため、好ましい。
その後、焼成容器から粉末を取り出し、粉砕を行うことにより正極活物質の粉体を得る。
【実施例】
【0017】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を提供するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【0018】
(実施例1〜17)
まず、表1に記載の投入量の炭酸リチウムを純水3.2リットルに懸濁させた後、金属塩溶液を4.8リットル投入した。ここで、金属塩溶液は、各金属の硝酸塩の水和物を、各金属が表1に記載の組成比になるように調整し、また全金属モル数が14モルになるように調整した。
なお、炭酸リチウムの懸濁量は、製品(リチウムイオン二次電池正極材料、すなわち正極活物質)をLixNi1-yy2+αでxが表1の値となる量であって、それぞれ次式で算出されたものである。
W(g)=73.9×14×(1+0.5X)×A
上記式において、「A」は、析出反応として必要な量の他に、ろ過後の原料に残留する炭酸リチウム以外のリチウム化合物によるリチウムの量をあらかじめ懸濁量から引いておくために掛ける数値である。「A」は、硝酸塩や酢酸塩のように、リチウム塩が焼成原料として反応する場合は0.9であり、硫酸塩や塩化物のように、リチウム塩が焼成原料として反応しない場合は1.0である。
この処理により溶液中に微小粒のリチウム含有炭酸塩が析出したが、この析出物を、フィルタープレスを使用して濾別した。
続いて、析出物を乾燥してリチウム含有炭酸塩(リチウムイオン電池正極材用前駆体)を得た。
次に、内部が縦×横=300mm×300mm、且つ、深さ115mmの大きさに形成されたセラミック製の焼成容器を準備し、この焼成容器内にリチウム含有炭酸塩を充填した。次に、焼成容器を空気雰囲気炉に入れて、ヒーター加熱及びマイクロ波加熱を同時に開始した。マイクロ波加熱は、株式会社ニッシン製MPS−60DA−ACを用いて行った。
このときの全焼成時間Tt(h)とそのうちのマイクロ波加熱を行った時間Tm(h)とを表1に示す。このようにして焼成容器内の試料を加熱し、表1に記載の保持温度で2時間保持した後、3時間で放冷して酸化物を得た。次に、得られた酸化物を解砕し、リチウムイオン二次電池正極材の粉末を得た。
【0019】
(実施例18)
実施例18として、原料の各金属を表1に示すような組成とし、金属塩を塩化物とし、リチウム含有炭酸塩を析出させた後、飽和炭酸リチウム溶液で洗浄し、濾過する以外は、実施例1〜17と同様の処理を行った。
【0020】
(実施例19)
実施例19として、原料の各金属を表1に示すような組成とし、金属塩を硫酸塩とし、リチウム含有炭酸塩を析出させた後、飽和炭酸リチウム溶液で洗浄し、濾過する以外は、実施例1〜17と同様の処理を行った。
【0021】
(実施例20)
実施例20として、原料の各金属を表1に示すような組成とし、焼成を大気圧下ではなく120KPaの加圧下で行った以外は、実施例1〜17と同様の処理を行った。
【0022】
(比較例1〜3)
比較例1〜3として、原料の各金属を表1に示すような組成とし、マイクロ波加熱を行わない以外は、実施例1〜17と同様の処理を行った。
【0023】
(評価)
焼成後の上述の深さ150mmの焼成容器において、上から10mmの深さの部分、及び、140mmの深さの部分の試料をそれぞれ採取し、解砕して粉末状にした後、(003)面のピーク強度(Ps003)と、(104)面のピーク強度(Ps104)とを、粉末X線回折装置(CuKα線、電圧40V、電流30A)によって測定し、これらの比(Ps104/Ps003)を算出した。
各正極材中の金属含有量は、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP−OES)で測定し、各金属の組成比(モル比)を算出した。また、酸素含有量はLECO法で測定しαを算出した。
また、正極材:バインダー:導電材=85:8:7の比率で有機溶媒であるNMP(N−メチルピロリドン)に混錬したものを準備し、これをAl箔に塗布して乾燥した後、プレスして正極を作製した。
これらを用いて対極をLiとした評価用の2032型コイン電池を作製し、1MのLiPF6を含むエチレンカーボネート(EC)及びジメチルカーボネート(DMC)を体積比1:1となるように溶解したものを電解液として使用し、充電は定電流定電圧モードで電圧を4.3V、放電は定電流モードで電圧を3.0Vとして充放電を行った。初期容量と初期効率(放電量/充電量)との確認は0.1Cでの充放電で確認し、電池特性(放電容量及びレート特性)を評価した。
これらの結果を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
実施例1〜20は、焼成にマイクロ波加熱を併用しており、マイクロ波加熱をしなかった比較例1〜3に対して、(003)面のピーク強度(Ps003)と、(104)面のピーク強度(Ps104)との比(Ps104/Ps003)が0.80未満と小さかった。このため、良好な結晶性を有する正極活物質が得られたことが確認された。このように良好な結晶性を有する正極活物質は、Niの2価イオンがLiサイトに混入する、いわゆるカチオンミキシング量が少なくなる。また、実施例1〜20は、比較例1〜3に対して電池特性も良好となった。また、特に実施例1〜17及び20は、リチウム塩溶液スラリーの作製の際に、投入する金属塩として硝酸塩を用いており、組成式において酸素を過剰に含んだ正極活物質が最終的に作製されている。このため、金属塩として塩化物及び硫酸塩を用いた実施例18及び19と、その他の条件が同じものを比較すると、電池特性がより良好となった(例えば、実施例2と、実施例18及び19との比較)。
さらに、正極材用前駆体の焼成を大気圧下ではなく所定の加圧下で行った実施例20では、組成式において酸素をさらに過剰に含んだ正極活物質が最終的に作製されたため、その他の条件が同じものと比較すると、電池特性がより良好となった(例えば、実施例2と実施例20との比較)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン電池用正極活物質前駆体であるリチウム含有炭酸塩に対してヒーター加熱とマイクロ波加熱との併用により焼成を行う工程を含むリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記ヒーター加熱とマイクロ波加熱との併用を、焼成開始から焼成時間の50%までの間に行う請求項1に記載のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記正極活物質が、組成式:LixNi1-yy2+α
(前記式において、MはSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ga、Ge、Al、Bi、Sn、Mg、Ca、B及びZrから選択される1種以上であり、0.9≦x≦1.1であり、0<y≦0.7であり、0.05≦α≦0.2である。)
で表される請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。
【請求項4】
前記Mが、Mn及びCoから選択される1種以上である請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法。

【公開番号】特開2011−210463(P2011−210463A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−75649(P2010−75649)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】