説明

リチウムフリーシリケート系化合物とその製造方法及びリチウムイオン二次電池用正極とリチウムイオン二次電池

【課題】リチウムイオン二次電池用正極材料として有用なリチウムフリーシリケート系材料と、そのリチウムフリーシリケート系材料を比較的簡単な手段によって製造できる方法を提供する。
【解決手段】アルカリ金属塩から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、珪酸リチウム化合物と、第一金属元素含有物質と、第二金属元素含有物質と、を350℃以上600℃以下で反応させることで、(Fe1-xMgx2SiO4などと表されるリチウムフリーシリケート系化合物を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてリチウムイオン二次電池の正極活物質として有用なリチウムフリーシリケート系化合物とその製造方法、及びこの化合物を用いたリチウムイオン二次電池用正極とリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、小型でエネルギー密度が高く、ポータブル電子機器の電源として広く用いられている。近年、その正極活物質として、Li2FeSiO4(理論容量331.3mAh/g)、Li2MnSiO4(理論容量333.2mAh/g)等のリチウムシリケート系化合物が注目されている。リチウムシリケート系化合物は、安価で、資源量の豊富な構成金属元素のみからなるために環境負荷が低く、高いリチウムイオンの理論充放電容量を有し、かつ高温時に酸素を放出しにくい材料であることから、次世代リチウムイオン二次電池正極材料として注目されている。
【0003】
リチウムシリケート系化合物の合成法としては、水熱合成法と固相反応法が知られている。これらの方法のうち、水熱合成法によれば、粒径1〜10nm程度の微粒子を得ることが可能である。しかし、水熱合成法により得られたシリケート系化合物は、ドープ元素が固溶し難い、不純物相が混在し易い、また、発現する電池特性もさほど良好ではない、という問題がある。これは、合成温度が低く反応に長時間を要する上に、リチウム原料を過剰に仕込まないとリチウムシリケート系化合物の合成が困難であるためと考えられる。また、このような方法に用いる水熱反応装置は、高圧処理が必要なため特殊な設備が必要であり、量産化には不利である。
【0004】
一方、固相反応法では、650℃以上という高温で長時間反応させることが必要であり、ドープ元素を固溶させることは可能であるが、結晶粒が10μm以上と大きくなり、イオンの拡散が遅いという問題がある。高温で反応させるため、冷却過程で固溶しきれないドープ元素が析出して不純物が生成し、抵抗が高くなるという問題もある。さらに、高温まで加熱するために、リチウム欠損や酸素欠損のリチウムシリケート系化合物ができ、容量の増加やサイクル特性の向上が難しいという問題もある(下記特許文献1〜4等参考)。
【0005】
たとえば、上記のような方法により合成されるリチウムシリケート系材料のうちで、現在報告されている最も高い充放電特性を示す材料は、Li2FeSiO4であり、160mAh/g程度の容量を示す。しかし、Li2FeSiO4について60℃で評価すると150mAh/g程度の容量が見られるものの、室温において同様な条件で評価すると容量が大幅に低下して60mAh/g程度の容量しか見られない、という問題がある。
【0006】
本発明者等は、サイクル特性、容量等が改善された、優れた性能を有する材料を比較的簡単な手段によって製造できる方法を見出した。特許文献5には、実施例1として、炭酸リチウムを含む炭酸塩溶融塩中で、還元雰囲気下において、珪酸リチウム化合物とシュウ酸鉄とを550℃で反応させることで合成した、鉄含有リチウムシリケート系化合物(Li2FeSiO4)が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−218303号公報
【特許文献2】特開2007−335325号公報
【特許文献3】特開2001−266882号公報
【特許文献4】特開2008−293661号公報
【特許文献5】国際公開2010/089931号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献5に記載の方法によれば、従来の固相反応法よりもサイクル特性が良好で高容量のリチウムシリケート系化合物を合成することができた。しかし、鉄含有リチウムシリケート系化合物(Li2FeSiO4)などは、リチウムを含んでいるためにコストが高いという問題があった。そこで本願発明者らは、リチウムを含まないシリケート正極活物質の探索を行い、特許文献5に記載の方法で製造することで得られたいくつかのシリケート系化合物がリチウムイオン電池の正極活物質として有用であることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、リチウムイオン二次電池用正極材料として有用なリチウムフリーシリケート系材料と、そのリチウムフリーシリケート系材料を比較的簡単な手段によって製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明のリチウムフリーシリケート系化合物の特徴は、組成式:(M1-xM'x2SiO4(式中、Mは、Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、M'は、Mg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、0≦x≦0.5である)で表されることにある。
【0011】
また上記リチウムフリーシリケート系化合物を製造できる本発明の製造方法の特徴は、アルカリ金属塩から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、
Li2SiO3で表される珪酸リチウム化合物と、
Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含む第一金属元素含有物質と、
Mg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含む第二金属元素含有物質と、を350℃以上600℃以下で反応させることにある。
【発明の効果】
【0012】
本発明のリチウムフリーシリケート系化合物を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池では、放電時に負極から供給されたリチウムが(M1-xM'x2SiO4の結晶格子間に挿入される。そして充電時には、正極からのリチウムの離脱とともにM'の析出が生じる。このとき、M'が析出することによって正極には空隙が生じ、次の放電時にリチウムが挿入されるサイトが増えるため、高い容量が発現される。またM'の析出によって電解液の分解で生じるフッ酸に対する正極の耐性が向上し、サイクル特性が向上するという効果も発現される。
【0013】
また本発明のリチウムフリーシリケート系化合物は、格子間にケイ酸イオンが存在するため結晶構造が安定化し、正極材料として用いた場合に二次電池のサイクル特性を安定化させる効果があると推測される。さらに、格子間に陽イオンであるケイ酸イオンが存在することで、陰イオンであるリチウムイオンとの距離が近接するため、静電作用によりリチウムイオンが抜けやすくなり、充電電圧を下げる効果も期待される。その結果、高電圧まで充電しなくても、高い充電容量を得ることが可能となる。また、充電電圧を下げることで電解液の分解による不可逆容量を低減でき、高い充放電効率を有する材料となりえる。
【0014】
そして本発明のリチウムフリーシリケート系化合物は、リチウムを含まないので安価となる。したがって本発明のリチウムフリーシリケート系化合物を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池も安価となる。
【0015】
そして本発明のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法によれば、安価で、資源量が多くかつ環境負荷が低い原料を用いて、リチウムフリーシリケート系化合物が容易に得られる。また、本発明の製造方法により得られるリチウムフリーシリケート系化合物は、リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いた場合に、優れた電池特性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1の製造方法により合成された化合物と標準品のX線回折パターンを示す。
【図2】(Fe1-xMgx2SiO4におけるxとa軸の格子定数との関係を示すグラフである。
【図3】(Fe1-xMgx2SiO4におけるxとb軸の格子定数との関係を示すグラフである。
【図4】(Fe1-xMgx2SiO4におけるxとc軸の格子定数との関係を示すグラフである。
【図5】実施例1に係るリチウムフリーシリケート系化合物を正極活物質としたリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のリチウムフリーシリケート系化合物は、組成式:(M1-xM'x2SiO4(式中、Mは、Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、M'は、Mg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、0≦x≦0.5である)で表される。
【0018】
金属MがFeであり、金属M'がMgの場合には、本発明のリチウムフリーシリケート系化合物は(Fe1-xMgx2SiO4の組成式で表される。このリチウムフリーシリケート系化合物は、CuKα線を用いるX線回折測定において、回折角(2θ)が25.3°付近に現れる回折ピークと22.7°付近に現れる回折ピークとを有し、このことによって同定することが可能である。一方、格子定数の組成依存性は線形関係に従う。またxが0、0.5、1の場合のa軸、b軸、c軸のそれぞれについて格子定数が報告されている。したがってa軸、b軸、c軸についてそれぞれ近似直線を算出し、実測された格子定数からxの値を算出することができる。
【0019】
以下、本発明の製造方法を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書でいう「p〜q」は下限pおよび上限qを含む。
<溶融塩の組成>
本発明のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法では、アルカリ金属塩から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中において、リチウムフリーシリケート系化合物の合成反応を行う。アルカリ金属塩としては、カリウム塩、ナトリウム塩、ルビシウム塩およびセシウム塩からなる群から選ばれる少なくとも一種が挙げられる。また、アルカリ金属塩の種類に特に限定はないが、アルカリ金属塩化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ金属硝酸塩などから選択して用いることができる。場合によっては、アルカリ金属水酸化物を用いることもできる。
【0020】
溶融塩は、溶融温度が600℃以下となるように上記のアルカリ金属塩から選択し、アルカリ金属塩を混合して用いるのであれば混合物の溶融温度が600℃以下となるように混合比を調節して混合溶融塩を得ればよい。混合比は、塩の種類に応じて異なるため、一概に規定することは困難である。
<原料化合物>
本発明では、Li2SiO3で表される珪酸リチウム化合物と、第一金属元素含有物質と、第二金属元素含有物質とを原料化合物とする。第一金属元素含有物質としては、Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の第一金属元素とを含む物質を用いる。また第二金属元素含有物質としては、Mg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の第二金属元素を含む物質を用いる。
【0021】
Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の第一金属元素を含む物質、あるいはMg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の第二金属元素を含む物質としては、これらから選択された金属、これらから選択された金属元素の塩、これらから選択された金属元素を含む水溶液をアルカリ性にして形成される沈殿物などが例示される。第一金属元素含有物質は金属粉末であることが好ましく、第二金属元素含有物質は塩化物であることが好ましい。
【0022】
第一金属元素含有物質と第二金属元素含有物質との混合量は、第一金属元素(M)がモル量(1−x)であり、第二金属元素(M')がモル量(x)となるようにする。xの範囲は、0≦x≦0.5である。xが0.5を超えると、置換されるリチウムイオンの量が過剰となるため好ましくない。
【0023】
Li2SiO3で表される珪酸リチウム化合物と、第一金属元素及び第二金属元素との混合割合については、通常、珪酸リチウム化合物1モルに対して、第一金属元素と第二金属元素との合計量が0.9〜1.2モルとなる量とすることが好ましく、0.95〜1.1モルとなる量とすることがより好ましい。
<リチウムフリーシリケート系化合物の製造方法>
本発明のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法では、上記の溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、上記の原料化合物を350〜600℃で反応させることが必要である。
【0024】
具体的な反応方法については特に限定的ではないが、通常は、上記したアルカリ金属塩から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩原料、珪酸リチウム化合物、第一金属元素含有物質、第二金属元素含有物質を混合し、ボールミル等を用いて均一に混合した後、溶融塩原料の融点以上に加熱して溶融塩原料を溶融させればよい。これにより、溶融塩中において、リチウム、珪素、第一金属元素、第二金属元素の反応が進行して、目的とするリチウムフリーシリケート系化合物を得ることができる。
【0025】
この際、溶融塩原料と、珪酸リチウム化合物と、第一金属元素含有物質と、第二金属元素含有物質と、の混合割合については特に限定的ではなく、溶融塩中において、原料を均一に分散できる量であればよい。たとえば、珪酸リチウム化合物と第一金属元素含有物質及び第二金属元素含有物質の合計量100質量部に対して、溶融塩原料の合計量が20〜300質量部の範囲となる量であることが好ましく、50〜200質量部さらには60〜120質量部の範囲となる量であることがより好ましい。
【0026】
溶融塩中における反応温度は、350〜600℃さらには400〜560℃であればよい。350℃未満では、溶融塩中にO2-が放出されにくく、リチウムフリーシリケート系化合物が合成されるまでに長時間を要するため、実用的ではない。また、600℃を超えると、得られるリチウムフリーシリケート系化合物の粒子が粗大化し易くなるため好ましくない。
【0027】
上記した反応は、反応時において、第一金属元素含有物質及び第二金属元素含有物質に含まれる金属元素を二価イオンとして溶融塩中に安定に存在させるために、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下で行う。この雰囲気下では、反応前の酸化数が二価以外の金属元素であっても二価の状態で安定に維持することが可能となる。二酸化炭素と還元性ガスの比率に特に限定はないが、還元性ガスを多く用いると、酸化雰囲気を制御する二酸化炭素が減少するため、溶融塩原料の分解が促進されて反応速度が速くなる。しかし、還元性ガスが過多では、高過ぎる還元性によりリチウムフリーシリケート系化合物の2価の金属元素が還元されて、反応生成物が破壊する恐れがある。そのため、好ましい混合ガスの混合比率は、体積比で、二酸化炭素100モルに対して還元性ガスを1〜40モルさらには3〜20モルとすることが好ましい。還元性ガスとしては、たとえば、水素、一酸化炭素などを用いることができ、水素が特に好ましい。
【0028】
二酸化炭素と還元性ガスの混合ガスの圧力については、特に限定はなく、通常、大気圧とすればよいが、加圧下、あるいは減圧下のいずれであってもよい。また反応時間は、通常、10分間〜48時間とすればよく、好ましくは30分間〜24時間さらには60分間〜12時間とすればよい。
【0029】
上記の反応終了後、冷却し、フラックスとして用いたアルカリ金属塩を除去することで、リチウムフリーシリケート系化合物が得られる。アルカリ金属塩を除去する方法としては、反応後の冷却により固化したアルカリ金属塩を溶解できる溶媒を用いて、生成物を洗浄することによって、アルカリ金属塩を溶解除去すればよい。たとえば、溶媒として、水を用いるとよい。このとき、反応で生成するリチウム塩も溶解除去されると考えられる。
【0030】
また、溶融塩中において、500℃以下という低温で反応を行うことによって、結晶粒の成長が抑制され、平均粒径が数μm以下の微細な粒子となり、さらに、不純物相の量が大きく減少する。その結果、リチウムイオン二次電池の正極活物質として用いる場合に、良好なサイクル特性およびレート特性を示すとともに高容量を有する材料となる。
【0031】
なお、平均粒径は、レーザー回折粒度分布測定装置(株式会社島津製作所製「SALD7100」など)またはTEM、SEMなどの電子顕微鏡観察によって求めることができる。たとえば、リチウムフリーシリケート系化合物を電子顕微鏡で観察し、顕微鏡写真にて識別できる粒子の寸法を複数個実測して、その数平均を求めるとよい。
【0032】
本発明の製造方法により得られるリチウムフリーシリケート系化合物について、CuKα線(波長1.54Å)のX線を用いてX線回折測定を行うと、回折角(2θ)が25.3°付近に現れる回折ピークと、22.7°付近に現れる回折ピークとを有し、このことによって同定することが可能である。
<カーボン被覆処理>
上記した方法で得られる本発明のリチウムフリーシリケート系化合物は、さらに、カーボンによる被覆処理を行って導電性を向上させてもよい。
【0033】
カーボン被覆処理の具体的な方法については、特に限定的ではなく、メタンガス、エタンガス、プロパンガス、ブタンガス、アセチレンガスなどのような炭素含有ガスを含む雰囲気において熱処理を行う気相法の他、炭素源となる有機物とリチウムフリーシリケート系化合物とを均一に混合した後に熱処理によって有機物を炭化させることによる熱分解法も適用可能である。
【0034】
特に、上記リチウムフリーシリケート系化合物に、カーボン材料を加え、ボールミルによってリチウムフリーシリケート系化合物がアモルファス化するまで均一に混合した後、熱処理を行うボールミリング法を適用することが好ましい。この方法によれば、ボールミリングによって正極活物質であるリチウムフリーシリケート系化合物がアモルファス化され、カーボンと均一に混合されて密着性が増加し、さらに熱処理により、リチウムフリーシリケート系化合物の再結晶化と同時にカーボンがリチウムフリーシリケート系化合物の周りに均一に析出して被覆することができる。
【0035】
この方法では、カーボン材料としては、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛等を用いることができる。リチウムフリーシリケート系化合物、カーボン材料の混合割合については、リチウムフリーシリケート系化合物100質量部に対して、カーボン系材料を20〜40質量部とすればよい。
【0036】
リチウムフリーシリケート系化合物がアモルファス化するまでボールミリング処理を行った後、熱処理を行う。熱処理は、リチウムフリーシリケート系化合物に含まれる遷移金属イオンを二価に保持するために、還元性雰囲気下で行う。この場合の還元性雰囲気としては、溶融塩中でのリチウムフリーシリケート系化合物の合成反応と同様に、二価の遷移金属イオンが金属状態まで還元されることを抑制するために、二酸化炭素と還元性ガスの混合ガス雰囲気中であることが好ましい。二酸化炭素と還元性ガスの混合割合は、リチウムフリーシリケート系化合物の合成反応時と同様とすればよい。
【0037】
熱処理温度は、500〜800℃とすることが好ましい。熱処理温度が低すぎる場合には、リチウムフリーシリケート系化合物の周りにカーボンを均一に析出させることが難しく、一方、熱処理温度が高すぎると、リチウムフリーシリケート系化合物の分解が生じることがあり、充放電容量が低下するので好ましくない。また、熱処理時間は、通常、1〜10時間とすればよい。
<リチウムイオン二次電池用正極>
本発明の製造方法により得られるリチウムフリーシリケート系化合物はもちろん、カーボン被覆処理を行ったリチウムフリーシリケート系化合物は、いずれもリチウム二次電池正極用活物質として有効に使用できる。これらのリチウムフリーシリケート系化合物を用いる正極は、通常のリチウムイオン二次電池用正極と同様の構造とすることができる。
【0038】
たとえば、本発明のリチウムフリーシリケート系化合物に、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、気相法炭素繊維(VaporGrownCarbonFiber:VGCF)等の導電助剤、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidineDiFluoride:PVdF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)等のバインダー、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)等の溶媒を加えてペースト状として、これを集電体に塗布することによって正極を作製することができる。
【0039】
導電助剤の使用量については、特に限定的ではないが、たとえば、リチウムフリーシリケート系化合物100質量部に対して、5〜20質量部とすることができる。また、バインダーの使用量についても、特に限定的ではないが、たとえば、リチウムフリーシリケート系化合物100質量部に対して、5〜20質量部とすることができる。また、その他の方法として、リチウムフリーシリケート系化合物と、上記の導電助剤およびバインダーを混合したものを、乳鉢やプレス機を用いて混練してフィルム状とし、これを集電体へプレス機で圧着する方法によっても正極を製造することが出来る。
【0040】
集電体としては、特に限定はなく、従来からリチウムイオン二次電池用正極として使用されている材料、たとえば、アルミ箔、アルミメッシュ、ステンレスメッシュなどを用いることができる。さらに、カーボン不織布、カーボン織布なども集電体として使用できる。
【0041】
本発明のリチウムフリーシリケート系化合物を用いたリチウムイオン二次電池用正極は、その形状、厚さなどについては特に限定的ではないが、たとえば、活物質を充填した後、圧縮することによって、厚さを10〜200μm、より好ましくは20〜100μmとすることが好ましい。従って、使用する集電体の種類、構造等に応じて、圧縮後に上記した厚さとなるように、活物質の充填量を適宜決めればよい。
<充電状態または放電状態のリチウムフリーシリケート系化合物シリケート系化合物>
本発明のリチウムフリーシリケート系化合物はもちろん、カーボン被覆処理を行ったリチウムフリーシリケート系化合物は、これをリチウムイオン二次電池用正極活物質として用いてリチウムイオン二次電池を作製し、充電および放電を行うことによって、その結晶構造が変化する。溶融塩中で合成して得たリチウムフリーシリケート系化合物は、構造が不安定であり、充電容量も少ないが、充放電により構造が変化して安定化することによって、安定した充放電容量が得られるようになる。一旦、充放電を行ってリチウムフリーシリケート系化合物の結晶構造を変化させた後は、充電状態と放電状態でそれぞれ異なる結晶構造となるが、高い安定性を維持することができる。
<リチウムイオン二次電池>
上記したリチウムイオン二次電池用正極を用いるリチウムイオン二次電池は、公知の手法により製造することができる。すなわち、正極材料として、上記した正極を使用し、負極材料として、公知の金属リチウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅−錫やコバルト−錫などの合金系材料、チタン酸リチウムなどの酸化物材料を使用し、電解液として、公知のエチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどの非水系溶媒に過塩素酸リチウム、LiPF6、LiBF4、LiCF3SO3などのリチウム塩を0.5mol/Lから1.7mol/Lの濃度で溶解させた溶液を使用し、さらにその他の公知の電池構成要素を使用して、常法に従って、リチウムイオン二次電池を組立てればよい。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
<混合粉Aの調製>
リチウムシリケート(Li2SiO3)粉末(キシダ化学社製、純度99.5%)を0.5モルと、鉄粉(高純度化学社製、純度99.9%)を0.5モルと、をエタノールと共に混合し、ボールミルを用いて500rpmで2時間ミリングした後、115℃で1時間乾燥した。
<混合粉Bの調製>
塩化マグネシウム(キシダ化学社製、純度98%)を0.6モルと、塩化ナトリウム(シグマアルドリッチジャパン社製、純度99.5%)を0.2モルと、塩化カリウム(キシダ化学社製、純度99.5%)を0.2モルと、を混合し、500℃に加熱して溶融させた後に急冷固化し、粉砕した後115℃で乾燥した。
<リチウムフリーシリケート系化合物の合成>
混合粉Aを1.1839gと、混合粉Bを1.1296gと、をエタノールと共に乳鉢でよく混合し、115℃で乾燥した。この混合粉末をアルミナ(SSA-S)坩堝に入れ、二酸化炭素と水素の混合ガス雰囲気(CO2:H2=100:3)中にて500℃で13時間焼成した。このとき主として塩化ナトリウムと塩化カリウムとが溶融塩を形成し、その溶融塩中にて反応が進行した。反応後、反応系である炉心全体(坩堝含む)を電気炉から取り出して、混合ガスを通じたまま室温まで急冷した。
【0043】
乳鉢中において得られた生成物に水(20mL)を加えて、乳棒および乳鉢を用いて擦り潰した。こうして得られた粉体から塩等を取り除くために、粉体を水に分散させてから濾過及び洗浄し、115℃で乾燥した。
<同定>
得られた生成物について、粉末X線回折装置により、CuKα線(波長:1.54Å)を用いてX線回折測定を行った。XRDパターンを図1に示した。このXRDパターンは、図1に示すように、報告されているFe2SiO4及びMg2SiO4のパターンとほぼ一致したが、回折角(2θ)が25.3°付近に現れる回折ピークと22.7°付近に現れる回折ピークとの両方を有する点でFe2SiO4及びMg2SiO4のパターンとは異なり、(Fe0.5Mg0.52SiO4のパターンとよく類似している。したがって得られた生成物は、(Fe1-xMgx2SiO4で表されるリチウムフリーシリケート系化合物であると考えられる。
【0044】
そこで"x"の値を求める。(Fe1-xMgx2SiO4における組成x=0、0.5、1において、a,b,c各軸の格子定数が表1のように報告されている。格子定数の組成依存性は線形関係に従うので、各軸の格子定数をそれぞれプロットすると図2〜4のようになり、最小二乗法によって回帰式を求めた。その結果、a軸:y=-0.036x+4.7997、b軸:y=-0.165x+10.396、c軸:y=-0.061+6.0595と、それぞれ回帰式が求められた。
【0045】
得られた生成物の格子定数は、表1に示したとおりであったので、その値を回帰式に当てはめ、x≒0.5が求められた。
【0046】
【表1】

【0047】
すなわち本実施例で得られた生成物は、(Fe0.5Mg0.52SiO4で表されるリチウムフリーシリケート系化合物であった。つまり、原料にリチウムシリケート(Li2SiO3)を用いているにも関わらず、生成物にはリチウムが含まれていない。これは、反応中にLiとMgがイオン交換したことに起因すると推察される。
<リチウムイオン二次電池の作製>
実施例1の方法により得られたリチウムフリーシリケート系化合物を正極活物質として用い、カーボン複合化を行った後、リチウムイオン二次電池を作製した。
【0048】
カーボン複合化は下記の手順で実施した。リチウムフリーシリケート系化合物とアセチレンブラック(AB)を質量比5対4の割合で秤量し、ボールミルを用いて450rpm、5時間均一混合した。その後、二酸化炭素対水素を体積比100対3の和居合いに調製した混合ガス気流下、700℃にて2時間熱処理した。
【0049】
カーボン複合したリチウムフリーシリケート系化合物に対して、アセチレンブラック(AB)と、PTFEとを添加し、混練した後フィルム状にして、アルミニウム製の集電体に圧着して電極を作製し、140℃で3時間真空乾燥した。組成は、質量比でリチウムフリーシリケート系化合物:AB:PTFE=17.1:4.4:1である。その後、エチレンカーボネート(EC):ジメチレンカーボネート(DMC)=3:7にLiPF6を溶解して1mol/Lとした溶液を電解液として用い、セパレータとしてポリプロピレン膜(セルガード製、Celgard2400)とガラスフィルター、負極としてリチウム金属箔を用いたコイン電池を試作した。
<充放電試験>
このコイン電池について、放電開始で充放電特性を評価した。試験条件は、試験温度30℃、0.01mAh/cm2にて電圧1.5〜4.5V(ただし初回充電のみ1.5〜4.8V)とした。結果を図5に示した。図5は、1〜4サイクルまでの充放電曲線図である。
【0050】
図5から、本実施例のリチウムイオン二次電池は約100mAh/gの充放電容量を発現し、またサイクル特性にも優れているので、本発明のリチウムフリーシリケート系化合物は正極活物質として有用であることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式:(M1-xM'x2SiO4(式中、Mは、Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、M'は、Mg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、0≦x≦0.5である)で表されることを特徴とするリチウムフリーシリケート系化合物。
【請求項2】
前記MはFe元素であり、前記M'はMg元素である請求項1に記載のリチウムフリーシリケート系化合物。
【請求項3】
CuKα線を用いるX線回折測定において、回折角(2θ)が25.3°付近に現れる回折ピークと22.7°付近に現れる回折ピークとをもつ請求項2に記載のリチウムフリーシリケート系化合物。
【請求項4】
アルカリ金属塩から選ばれた少なくとも一種を含む溶融塩中で、二酸化炭素および還元性ガスを含む混合ガス雰囲気下において、
Li2SiO3で表される珪酸リチウム化合物と、
Fe、Co、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含む第一金属元素含有物質と、
Mg、Ca、Fe、Co、Ni、Mn、ZnおよびVからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含む第二金属元素含有物質と、
を350℃以上600℃以下で反応させることを特徴とするリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法。
【請求項5】
前記第一金属元素含有物質は、該第一金属元素含有物質と前記第二金属元素含有物質に含まれる金属元素の合計量を100モル%として、Fe、NiおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の金属元素を50〜100モル%含む請求項4に記載のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法。
【請求項6】
前記第一金属元素含有物質は金属粉末である請求項4又は請求項5に記載のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法。
【請求項7】
前記第二金属元素含有物質は塩化物である請求項4〜6のいずれかに記載のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法。
【請求項8】
リチウムフリーシリケート系化合物を製造した後、前記アルカリ金属塩を溶媒により除去する工程を含む請求項4〜7のいずれかに記載のリチウムフリーシリケート系化合物の製造方法。
【請求項9】
請求項1、2または3に記載のリチウムフリーシリケート系化合物、あるいは請求項4〜8のいずれかに記載の方法によって得られたリチウムフリーシリケート系化合物からなるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項10】
請求項9に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含むリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項11】
請求項10に記載のリチウムイオン二次電池用正極を構成要素として含むリチウムイオン二次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−171825(P2012−171825A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−34508(P2011−34508)
【出願日】平成23年2月21日(2011.2.21)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】