説明

リン酸カルシウム化合物被覆複合材およびその製造方法

【課題】人工骨、歯、歯根等のインプラント材として使用できるリン酸カルシウム化合物被覆材であって、金属基材とリン酸カルシウム化合物層とが強固に接着され、宿主による吸収を受けながらも一定期間は常にCaを放出して骨形成細胞を活性化する傾斜機能材料を提供する。
【解決手段】リン酸カルシウム化合物被覆複合材を、金属基材上にチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を介してリン酸カルシウム化合物層を形成した構造とする。チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を介在させることで、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を接着材として金属基材とリン酸カルシウム化合物とを強固に接着して剥離を抑えることができる。チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層とリン酸カルシウム化合物層とを交互に複数段に形成した多層構造とすれば、宿主による吸収を受けながらも所望期間は骨形成できる傾斜機能材料を実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、人工骨、歯、歯根等のインプラント材、それらの接合材、骨折固定材、人工関節材などの医用生体材料として、整形外科、歯科などで使用されるリン酸カルシウム化合物被覆複合材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工骨、歯、歯根等のインプラント材は、骨や歯が欠損した場合に、残っている骨に接合したり顎骨に植え込んだりして生来のものに近い形で使用できるので、高齢化が進むなか、健康保持、文化的生活維持のために重要度が増している。インプラント材は、人体等の生体に埋め込むものであるがゆえに、無害であることが必須であり、生体への親和性、強度、加工性、適度の比重、非溶出性、場合によってはCaイオンなどの適度な溶解性等も要求される。
【0003】
医用材料分野で従来より使用されているインプラント材には、α−アルミナ、貴金属類、ステンレス鋼等の合金などの金属類、アパタイトセラミックスなどがあるが、金属類はいずれも生体に対する親和性に欠けており、アパタイトセラミックスは、リン酸カルシウム化合物を主成分とするもので、骨や歯との親和性は極めて良好であるものの、強度、加工性の点で十分でなく、その用途は限定される。
【0004】
歯科分野で近年に使用されているインプラント材は大きく2つに分けられる。第1は純チタン材などを削り出し又は表面ブラスト処理したものである。第2はチタンなどを金属基材としてその表面をリン酸カルシウム化合物で被覆したものである。
【0005】
純チタン材などの金属材料は生体不活性(Bio-inert)材であり、顎骨内に植立すると、その表面は荷電していないため初期には材料界面に骨添加は起こらず、宿主側の骨界面に周囲骨から骨添加されながら(骨伝導 bone conduction)骨接着を生じる。しかし一旦骨接着を生じても、破骨細胞による骨吸収が生じ(骨改造現象、リモデリング)、結合力が次第に低下し、長期的な維持は難しい。
【0006】
リン酸カルシウム化合物、主に水酸アパタイトCa10(PO(OH)(以下、HAという)で被覆したものは生体活性(Bio-Active)材であり、チタン界面にHAコーティングして顎骨内に植立すると、宿主側の骨界面に骨伝導が生じると共に、電荷を持ったHA界面に骨形成細胞による骨誘導(bone induction)が生じ、HA界面と骨界面とはHA結晶によりイオン結合して、骨癒合を生じる。しかしこのように骨癒合を生じた場合も、破骨細胞による骨吸収が生じ(骨改造現象、リモデリング)、HAも同時に吸収されていくため、最終的には生体不活性、金属界面と骨接着の状態になり、長期的には骨結合能が低下する。
【0007】
ここで、リン酸カルシウム化合物層を形成する方法としては、プラズマ溶射法やスパッタ法や熱分解法が知られている。その内、プラズマ溶射法(20000℃)を用いると、厚み30μm〜50μmが得られるが、基材に対する結合力が弱く、亀裂、剥離が生じやすく、また吸収を受けやすい。また基材が複雑な形状や多孔質である場合に表面全体を被覆することが困難もしくは不可能である。スパッタ法を用いると、膜厚は約1μmが限界であり、用途に応じた任意の膜厚を得ることができない。
【0008】
熱分解法は、有機物を原料として燃焼させてセラミック等を作成する方法を言う。たとえば、金属基材上にリン酸カルシウム化合物の硝酸水溶液又は塩酸水溶液から加熱焼成してリン酸カルシウム化合物の下地層を形成し、その上にリン酸カルシウム化合物の被覆層をその懸濁液の加熱焼結により形成する方法が提案されており、これにより任意形状の基材表面に均一にリン酸カルシウム化合物被覆層を形成した複合材が入手可能になった(特許文献1)。しかしこの熱分解法による被覆層の厚みは5μm程度となるため、1〜2年で吸収されてしまう。またリン酸カルシウム化合物をその水溶液からそのまま基材表面に析出させるものであるがゆえに、リン酸カルシウム化合物被覆層と基材との密着性が不十分となり、長期間に亘って使用すると吸収、剥離が生じ易くなる。
【0009】
このようにリン酸カルシウム化合物を基材に直接にコーティングすると接着強度が低下することから、下層バインダーとしてチタン酸カルシウムを用いることが検討された。しかしチタン酸カルシウムの周知の作成法は1200℃で焼結するという乾式法であり、粒子径3〜5μ程度の粗粒の粉末しか得られない。つまりこのこの方法によるチタン酸カルシウムは、膜状にすることができず、したがって下層バインダーとして用いることはできず、また1200℃という高温によって金属基材の劣化を招くものであり、さらには生体不活性で骨形成能が弱い。
【0010】
このため歯科領域で用いるインプラント材としては、単独植立を可能にする材料が理想であり、咬合力が加わる状況で、生体骨に対する界面が10数年にわたって生体活性な状態に維持され、骨結合力(骨接着力)が持続する傾斜機能材料(functionally gradient material)の開発が課題となっている。
【0011】
一方、整形外科領域では、骨折固定材、人工関節及び骨内固定材(スクリューやプレート)に、加工性の良いステレンス鋼やチタン合金が用いられている。人工関節は10数年以上、生体内に維持できることが必要である。これに対し骨折時に用いられる骨内固定材料は、治癒に要する一定の期間は生体活性で骨結合が強く、かつ治癒後には骨結合能が低下し容易に除去できることが必要である。
【0012】
しかし現状の金属材料では、生体内で陽イオンが溶出し、蛋白吸着して、異物反応として組織障害を生ずるだけでなく、界面に繊維性組織が増加し、骨結合能は著しく低下する。リン酸カルシウム化合物でコーティングが施される場合もあるが、上述したように剥離、吸収を受け、骨結合能は低下する。
【0013】
このため整形外科領域においては、10数年以上にわたって生体内に維持可能である一方で、任意の時期に容易に除去できるようにCaイオンの溶出を調節できる、多機能な被覆材の開発が課題となっている。
【0014】
さらに、整形外科、歯科に関わらず、リン酸カルシウム化合物被覆材を生体骨内に植立すると一般に切傷、外科的処置により炎症等を生じ、組織液が酸性となり、一時的にリン酸カルシウム化合物層が溶解するため、リン酸カルシウム化合物単独で用いるのでなく、リン酸カルシウム化合物よりも吸収速度が遅く且つCaの溶出が持続するような生体活性材料(界面が(−)荷電)と組み合わせた、新しい傾斜機能材料の開発が課題となっている。
【特許文献1】特開昭62‐221359号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記問題に鑑みて、人工骨、歯、歯根等のインプラント材として使用できるリン酸カルシウム化合物被覆材であって、金属基材とリン酸カルシウム化合物層とが強固に接着され、宿主による吸収を受けながらも一定期間は常にCaを放出して骨形成細胞を活性化する傾斜機能材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために本発明は、金属基材とリン酸カルシウム化合物層との間にチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を介在させることで、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を接着材として金属基材とリン酸カルシウム化合物とを強固に接着して剥離を抑えるとともに、宿主による吸収を受けながらも所望期間は骨形成できる傾斜機能材料を実現したものである。
【0017】
すなわち本発明のリン酸カルシウム化合物被覆複合材は、金属基材上にチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を介してリン酸カルシウム化合物層を形成していることを特徴とする。
【0018】
また本発明のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法は、金属基材上に、リン酸カルシウム化合物層の形成に先立って、チタンおよびカルシウムを含んだ有機溶媒溶液を塗布液として塗布し、500〜650℃で加熱焼成することにより、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を形成することを特徴とする。
【0019】
塗布液は、有機または無機のカルシウム化合物と有機チタン化合物とを有機溶媒に溶解した溶液であってよい。
リン酸カルシウム化合物層は、リンおよびカルシウムを含んだ有機溶媒溶液を塗布液として塗布し、500〜650℃で加熱焼成することにより形成することができる。チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合層の機能を損なわなければ必ずしもこの熱分解法でなくともよいが、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合層と同一の経路であるため好都合である。
【0020】
塗布液は、有機または無機のカルシウム化合物と有機リン化合物とを有機溶媒に溶解した溶液であってよい。
本発明において、リン酸カルシウム化合物層を構成するリン酸カルシウム化合物とは、
主として水酸アパタイト(Ca10(PO(OH))、加熱焼成で副生すると思われるリン酸三カルシウム(Ca(PO)などを言う。
【0021】
チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を構成するチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物とは、上述の方法で合成されるものを言う。この合成品は、周知のチタン酸カルシウム合成法、つまり炭酸カルシウムと二酸化チタンの混合粉末を1200℃で加熱する乾式法で得られるチタン酸カルシウムと較べて、強度が大きく、絶縁性を有する点では同じであるが、結晶性がよく、膜状に形成することができ、生体内で溶解しないなどの点で性質が大きく異なることから、チタン酸カルシウムと非晶質炭素との複合物として存在するものと推察される。そしてこのチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物は、チタン、チタン合金などの金属となじみやすく、金属に対する接着力が高く、剥離を生じにくいことから、また上記したように膜状に形成できることから、金属被覆材料として用いて、下層バインダー(接着材)や金属保護膜として機能させることができる。
【0022】
合成チタン酸カルシウムの元素分析(TEM−EDX)の結果を図1に示す。図中の(a)が上述の方法(熱分解法、650℃で加熱)による合成チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物、(b)が乾式法(1200℃で加熱)による合成チタン酸カルシウムである。
【0023】
図2に上述の方法による合成チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物のモデル構造を示す。同複合物において、チタン酸カルシウムは、(a)に示すように、天然鉱物のCaTiOと同じ結晶構造を持つ酸化物、すなわちペロブスカイト型酸化物(一般にABOと表わされる)である。非晶質炭素は、(b)に示すように、結晶粒界への析出の他、結晶格子内への侵入、置換、格子欠陥部への析出として存在すると考えられる。このようなチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を下地層としてリン酸カルシウム化合物層を形成すると、ほぼ水酸アパタイトのみが形成され、高い骨結合能が発揮される。
【0024】
金属基材には、生体内で安定な、チタン、チタン合金、ステンレス鋼、コバルト−クロム合金から選択される金属又は合金が好適に使用される。ここでチタン又はチタン合金とは、金属チタンの他、Ta、Nb、Zr、白金族金属、Al、V等を添加したチタン合金を言い、ステンレス鋼とは、SUS304、SUS310、SUS316等の所謂ステンレス鋼を言い、コバルト−クロム合金とは、生体埋め込み用のコバルト−クロム合金等の耐腐蝕性合金を言う。板状、棒状等の形状のもの、平滑表面、スポンジ状の多孔表面を有するものであってよく、又エクスパンドメッシュや多孔板であってもよい。このような金属基材は、焼結体やガラスと比較して機械的強度が十分に大きくかつ工作が容易である。上述のチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物との親和性を向上させるために、また活性化させるために、金属基材の表面を予め、水洗、酸洗、超音波洗浄、蒸気洗浄等により浄化すること、更に必要に応じてブラスト及び/又はエッチング処理により粗面化することが望ましい。エッチングは、化学的方法、アルゴンエッチング、スパッタリング等の物理的方法のいずれでもよい。
【0025】
有機または無機のカルシウム化合物は、Ca源として用いるもので、化学的に安定で有機溶媒に可溶な金属石鹸、例えばナフテン酸、2−エチルヘキサン酸、ステアリン酸等のカルボン酸のカルシウム塩などを使用できる。これらの内、一定の化学組成を有し且つ分子量が比較的小さいためカルシウム含有量を多くできる2−エチルヘキサン酸のカルシウム塩が特に好ましい。2−エチルヘキサン酸には、約12%のカルシウムを含有させることが可能であるが、塗布液中に溶解している二酸化炭素分を除去するために、また非晶質炭素を残すために、未反応の2−エチルヘキサン酸を残すことが必要なので、5〜8%のカルシウムを含有する2−エチルヘキサン酸カルシウムとすることが好ましい。市販の金属石鹸をそのまま使用してもよいし、カルボン酸と酸化カルシウム等の無機カルシウム化合物との反応により調製してもよい。無機カルシウム化合物としては、たとえば硝酸カルシウムを使用できる。硝酸カルシウムの市販品は4.5〜5.5%のカルシウムを含んでいる。
【0026】
有機チタン化合物は、Ti源、C源として用いるもので、化学的に安定で有機溶媒に可溶なチタンアルコキシド、たとえばチタンテトライソプロポキシドを好適に使用できる。
有機リン化合物としては、化学的に安定で有機溶媒に可溶なリン酸エステル、たとえばリン酸トリメチル、リン酸トリ−n−ブチル、リン酸トリクレジル、リン酸トリ(2−エチルヘキシル、リン酸ジ−n−ブチル、リン酸ジ(2−エチルヘキシル)、リン酸水素ビス2−エチルヘキサン酸等を使用することができ、溶液中に溶解している二酸化炭素分を除去するために、リン酸水素ビス2−エチルヘキシル等のリン酸ジまたはモノエステルを一部ないし全量含有させて酸性にしておくことが好ましい。
【0027】
溶媒としては、上記化合物を安定に溶解することができ、かつチタン酸カルシウムに炭素Cをアモルファス(非晶質)状態で安定して保持させ得ることが必要であり、かつ添加される水と相互溶解することができ、又溶質濃度、粘度を調節できる溶媒であることが好ましいため、次の有機溶媒、2−プロパノール(イソプロピルアルコール)、1−ブタノール(n−ブタノール)、1−ペンタノール(n−アミルアルコール)、エチレングリコール等のアルコール類、またはこれらの混合物などが好適に使用される。水の添加は、水酸アパタイトの生成に水酸基源が必要なためである。水分が少ないとβ−TCP(リン酸三カルシウム)が半分以上生成する。
【0028】
塗布方法としては、ディップコーティング(引き上げ法)、スピンコーティング(回転法、遠心法)、噴霧法、刷毛塗り及び静電塗装等従来公知の方法を使用することができる。又塗布液にアセチルセルロースやエチルセルロース等の増粘剤を添加して印刷法、転写法によって塗布することも可能である。このなかでディップコーティングは複雑な形状の基材上にも均一に成膜できるため好ましく、人工歯根などにも用いることができる。また特殊な装置が不要で手作業も可能であるため都合よい。
【0029】
チタンTiおよびカルシウムCaを含んだ有機溶媒溶液を塗布した金属基材を加熱焼成すると、目的とするチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物(以下、CaTiO−Cと記す)層が表面に形成された金属基材を得ることができる。該加熱焼成の際の温度を500℃〜650℃とするのは、500℃よりも低いと、CaTiO−Cの結晶性が低下し、また炭酸カルシウムが多量に生成するため、脆く、溶解し易くなり、650℃を超えると、金属基材の表面の酸化が急速に進行して機械的性質が劣化し、CaTiO−Cの付着性も劣化するからである。なおこの際にCa/Tiの比を1.01〜1.10とすることが重要である。また20〜200℃/分程度に急速加熱することが重要である。このことにより炭酸カルシウムの生成が抑えられ、炭素がアモルファス(非晶質)状態でチタン酸カルシウム内に含有され、結晶性が良好になる。徐々に加熱した場合には、炭酸カルシウムが含まれ、結晶性が悪く、生体内で溶解しやすいものとなる。その上にリン酸カルシウム化合物層を形成すると、CaCOとの固相反応によってTCP(リン酸三カルシウム)が生成し、このTCPは溶解性が高いものである。また相変化の際の体積変化により亀裂が発生し、COの気泡も発生する。つまり徐々に加熱して形成されるCaTiOは下地層として不適格である。
【0030】
リンおよびカルシウムを含んだ有機溶媒溶液を塗布した金属基材を加熱焼成すると、目的とするリン酸カルシウム化合物層がチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層の上に形成される。該加熱焼成の際の温度は、500℃〜650℃であることが好ましい。リン酸カルシウム化合物は500℃〜600℃で結晶化が十分となるのであるが、上記したチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物の加熱焼成温度に合わせるのが都合よい。
【0031】
これらの加熱焼成は酸化性雰囲気中で行うのが好ましく、非酸化性雰囲気中で行うと前記有機化合物の分解が不十分となり、二酸化炭素が多量に残留し、炭酸カルシウムの生成を来たす。加熱焼成前及び/又は加熱焼成時に系中の二酸化炭素を可及的に除去することも、炭酸カルシウムの生成を防ぐために好ましい。
【0032】
上記した方法により、金属基材がどのような形状であっても、表面全体に均一なチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層およびリン酸カルシウム化合物層を形成することができるが、厚みが不足する場合には、塗布−焼成の操作を繰り返して複数の薄膜を形成することによって所望の厚さとすることができる。
【0033】
チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を形成する工程と、リン酸カルシウム化合物層を形成する工程とを複数回繰り返すことにより、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層とリン酸カルシウム化合物層とを交互に複数段に形成した多層構造とするのが好ましい。このような多層構造は、2つのリン酸カルシウム化合物層の間にチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を挟んでいることから、インプラントとして用いたときにインプラント界面での骨形成能を長期にわたって持続させることが可能となる。
【0034】
チタン酸カルシウム溶液、リン酸カルシウム化合物溶液は、ほとんど有機溶媒から成るため、チタン酸カルシウムや、水酸アパタイトやリン酸三カルシウム自体に対する溶解能を有していない。そのため塗布−焼成の操作を繰り返しても下地層が溶解することがなく、均一かつ強固な被覆層を形成することができる。又常温において何等の析出物も生ずることがないので長期に亘って安定に保存し使用することが可能である。
【発明の効果】
【0035】
本発明は、チタン等の金属基材の表面をリン酸カルシウム化合物層で被覆するに当たり、金属基材表面に予めチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を熱分解法によって形成するようにしたもので、このことにより以下のような効果が得られる。
(1) チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層は金属基材およびリン酸カルシウム化合物層と強固に結合するため、リン酸カルシウム化合物層の剥離等を防止することができ、リン酸カルシウム化合物層を単に金属基材上にプラズマ溶射法等で形成するのに較べて密着強度が高まる。
(2) 基材としてチタン、チタン合金又はステンレス鋼等を使用しているため、本発明品たるリン酸カルシウム化合物被覆複合材を人工骨や人工歯根にコーティングした場合に、生体に無害かつ安定で有害物質の溶出の可能性もなく、しかも軽量で機械強度が十分に大きく工作も容易である。
(3) リン酸カルシウム化合物層を表面に有しているため、生体内における親和性が十分に大きく、容易にかつ十分な強度をもって接合することができる。
(4) 少なくともチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を、場合によってはリン酸カルシウム化合物層をも、熱分解法、つまり塗布液の塗布−焼成によって形成するので、次のような利点がある。
【0036】
有機溶媒によって濃度を調節したり、焼結温度を調節することにより、1回の塗布−焼成で任意の膜厚を得ることができる。また塗布−焼成操作を複数回行うことで所望の層厚を得ることができる。またチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層とリン酸カルシウム化合物層とを交互に配した多層構造とすることができ、超薄膜の多層構造も任意に得ることができる。このような多層複合層は、接着力、骨誘導能、骨結合力が強く、吸収速度も調節可能である。
【0037】
チタン酸カルシウム・非晶質炭素層とリン酸カルシウム化合物層の双方を熱分解法によって形成する場合には、共通する有機溶媒を塗布液に用い、塗布液の調製方法、塗布−焼結の方法も統一できるので、各層を別々の経路で作成するのに比べて工程を簡素化することができる。
【0038】
どのような形状の基材にも表面全体に均一な被覆層を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明の実施の形態を具体例を挙げて説明する。
(チタン酸カルシウム・非晶質炭素層の作成)
高純度の炭酸カルシウムを空気中、1,050℃で2時間加熱して酸化カルシウムを得た。2−エチルヘキサン酸29.8gを100m1三角フラスコにとり、100〜120℃に加熱しながら、上記の酸化カルシウム粉末3.36gを徐々に加えて、2−エチルヘキサン酸化カルシウム溶液を調製した。この溶液を冷却した後、1−ブタノール48gを混合し、さらにチタンテトライソプロポキシド16.8gを混合し、十分に撹拌して、黄褐色かつ透明で粘稠な液体(比重0.92)約110mlを得た。これを塗布原液に用い、2−プロパノール3倍量(質量比)で希釈して、適度な濃度、粘度を持ったチタン酸カルシウム塗布液とした。
【0040】
35mm角、厚さ0.7mmのJIS2種のチタン板を、6N−HCI中で15分間煮沸するエッチング処理を施し、水道水で1回、蒸留水で3回洗浄し、60℃で乾燥させた。このエッチング処理チタン板を基材として、上記のチタン酸カルシウム塗布液に5分間浸漬し、ゆっくりと垂直に引き上げ、室温で10分、110℃で20分間乾燥させてから、空気中で650℃に急速加熱し、その温度に10分間保持した後、急冷した。この塗布、乾燥、焼成の操作を計3回繰り返して、チタン板の表面に被覆層を形成した。被覆層は灰褐色であった。
【0041】
このチタン板被覆物の結晶相をX線回折法で調べた結果(X線回折像)を図3に示す。チタン板からのα−Tiのピークとともに、結晶性の良いペロブスカイト(CaTiO)のピークが認められ、CaTiO層が形成されていることがわかる。またチタン板の酸化によるルチル(TiO)が認められる。このTiOのピーク強度は、チタン酸カルシウム塗布液を塗布しない以外は同様に処理した非被覆物(650℃、急速加熱、30分加熱)に較べて、1/10であった。CaTiO層がチタンの酸化を抑えていることがわかる。チタン板に較べての質量増加とCaTiOの理論密度(4.04g/cm)とから算出される被覆層の厚さは0.6μmであった。1回の塗布−焼成で0.2μmの薄膜が形成されている。このように薄膜が形成されていることから、CaTiO層は実際にはCaTiO−Cよりなるものと思われる。以下、この被覆層をCaTiO−Cの3回被覆層、これで被覆されたチタン板をCaTiO−Cの3回被覆物と称す。
(リン酸カルシウム化合物層の作成)
上述したのと同様にして2−工チルヘキサン酸カルシウム溶液を調製し、この溶液に1−ブタノール42gを混合し、さらにリン酸水素ビス(2−エチルヘキシル)10.7gおよび蒸留水(OH源)2.8gを混合し、十分に撹拌して、透明で粘稠な液体(比重0.89)約100m1を得た。これを塗布原液に用い、2−プロパノール2倍量(質量比)で希釈して、適度な濃度、粘度を持ったリン酸カルシウム化合物塗布液とした。この塗布液中のCa/P混合比は1.80であり、HAの理論値1.67よりも高くしている。β−TCPの生成を防ぐためにCa/P混合比を1.75〜1.85とするのが望ましいからである。また有効成分の一部が蒸発してしまうからである。
【0042】
次に、先に作成したCaTiO−Cの3回被覆物を上記のリン酸カルシウム化合物塗布液に5分間浸漬し、ゆっくりと垂直に引き上げ、室温で10分、110℃で20分間乾燥させてから、空気中で650℃に急速加熱し、その温度に10分間保持した後、急冷した。この塗布、乾燥、焼成の操作を計10回繰り返して、CaTiO−Cの3回被覆層の上にさらなる被覆層を形成した。
【0043】
このチタン板被覆物の結晶相をX線回折法で調べた結果(X線回折像)を図4に示す。α−Tiのピーク、結晶性の良いペロブスカイト(CaTiO)のピークとともに、ヒドロキシアパタイト(HA)のピークが認められ、被覆層がHA/CaTiO−C二重層を構成していることが確認された。チタン板の酸化による少量のルチル(TiO)も認められる。CaTiO−Cの3回被覆物に較べての質量増加と、HAの理論密度(3.16g/cm)とから算出されるHA層の厚さは2.4μであった。1回の塗布−焼成で0.24μmの薄膜が形成されている。
【0044】
上述した手順を繰り返せば、HA/CaTiO−C二重層を複数段に形成することができる。
図5に、(a)HA/CaTiO−C二重層が形成された本発明の被覆物、(b)HA/CaTiO−C二重層が2段に形成された本発明の被覆物、(c)従来のHA被覆物、のそれぞれの断面模式図を示す。
【0045】
上述したようにしてHA/CaTiO−C二重層(1段のみ)が形成された本発明被覆物について、被覆層の密着強度を調べた。試験方法は、塗料の測定法(JIS A6909:2003、建築用仕上げ塗材)に準じたもので、試料を鋼製治具に2液性エポキシ樹脂(アラルダイト)で接着し、引っ張り試験を行なった。
【0046】
HA/CaTiO−C二重層が形成された本発明の第1例の被覆物では4.9MPaと測定された。基材として用いたエッチング処理チタン板の表面粒さ(Ra)は、ダイヤモンド触針式表面粗さ計で2.5μであった。一般に密着強度は表面粗さに依存し、表面粗さが大きいほど密着強度が高くなる。70番アルミナでブラストしエッチング処理したチタン板(Ra4.5μ)を基材として、同様にHA/CaTiO−C二重層を形成した本発明の第2例の被覆物では、密着強度は6.7MPaに上昇した。これに対し、エッチング処理チタン板(Ra2.5μ)上にHAのみの10回被覆層を形成した被覆物では、密着強度は2.OMPaと低くなった。CaTiO−C層を介在させることで密着強度が著しく改善されることがわかる。
【0047】
別途に、上述したHA/CaTiO−C二重層(1段のみ)を形成する本発明の被覆処理を純チタン棒に施し、引き抜き試験を実施した。
純チタン棒は、直径3mm,長さ15mmのスクリュータイプのもの(商品名KOMインプラント)を用いた。比較のために、「機械研磨」処理として、NC旋盤および放電加工機による削り出しを行なった。また「表面ブラスト」処理として、水酸化脱水素法により製造された特殊形態を持った純チタン粉でブラストを施した。引き抜き試験は、上記の各処理を施したチタン棒を各3本、イヌ橈骨に植立し、4週間後に骨と共に摘出した。その際の回転除去トルクをロードセル型万能試験機(上島製作所)で測定し、平均値を求めた。結果を表1に示す。
【0048】
機械研磨あるいは表面ブラストを施したチタン棒に較べて、本発明被覆物は回転除去トルク値が増大している。本発明被覆物の引き抜き抵抗が大きいことがわかる。
【0049】
【表1】

さらに、CaTiO−C膜の生体内吸収速度はHA膜の10分の1であることも確認できた。したがって、HA/CaTiO−C二重層のような多層複合層とすることにより、上記したように接着力(密着強度)が増加するのみならず、吸収速度の調節を行なえるものである。
【0050】
よって、HA/CaTiO−Cの多層構造(傾斜機能材料)を金属基材の表面に配した本発明のリン酸カルシウム化合物被覆複合材は、歯科インプラントなどとして用いて、長期間、たとえば10年以上、骨内に維持させることが可能である。
【0051】
CaTiO−Cは接着能が強く、金属とHA結晶とをイオン結合するので、歯科充填材料、歯骨欠損のボンディング材料などとしても好適である。
基材の形状に関わらず、また基材が合金であっても、HA/CaTiO−Cを被覆層として形成できるので、人工関節等の形状が複雑なものとしても構成することができ、その界面の被覆層の吸収を遅くすることができる。
【0052】
HA/CaTiO−C層は任意の厚さに形成できるので、骨内スクリューやネジ等の一定期間後に除去するものなど、目的に応じて被覆層厚さを自由に設定できる。
歯科インプラントに用いる場合には、口腔内にあるために生じることがある細菌感染を防止するために、つまり抗菌性の性質を付与する目的で、HA/CaTiO−C層のカルシウムとキレート結合するテトラサイクリンを添加して、DDS(Drug Delivery System)材料とすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のリン酸カルシウム化合物被覆複合材は、インプラント材、その接合材、骨折固定材、人工関節材などの医用生体材料として整形外科や歯科などで使用できるほか、耐腐食性、耐アルカリ性、強度、絶縁性、傾斜機能等が要求される工業材料としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】合成チタン酸カルシウムの元素分析図
【図2】本発明の合成チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物のモデル構造図
【図3】チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層が形成されたチタン板のX線回折図
【図4】本発明のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の一実施例である、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層の上にリン酸カルシウム層が形成されたチタン板のX線回折図
【図5】本発明のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の構造を示す断面模式図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材上にチタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を介してリン酸カルシウム化合物層を形成したリン酸カルシウム化合物被覆複合材。
【請求項2】
チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層およびリン酸カルシウム化合物層をそれぞれ1または複数の薄膜で構成した請求項1記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材。
【請求項3】
チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層とリン酸カルシウム化合物層とを交互に複数段に形成した多層構造とした請求項1記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材。
【請求項4】
金属基材をリン酸カルシウム化合物層で被覆したリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法であって、前記金属基材上に、前記リン酸カルシウム化合物層の形成に先立って、チタンおよびカルシウムを含んだ有機溶媒溶液を塗布液として塗布し、500〜650℃で加熱焼成することにより、チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を形成することを特徴とするリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項5】
リン酸カルシウム化合物層は、リンおよびカルシウムを含んだ有機溶媒溶液を塗布液として塗布し、500〜650℃で加熱焼成することにより形成することを特徴とする請求項4記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項6】
チタン酸カルシウム・非晶質炭素複合物層を形成する工程と、リン酸カルシウム化合物層を形成する工程とを複数回繰り返して、多層構造を形成することを特徴とする請求項4記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項7】
塗布液の塗布と加熱焼成とを繰り返すことによって所望の厚みとすることを特徴とする請求項4または請求項5のいずれかに記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項8】
塗布液が、有機または無機のカルシウム化合物と有機チタン化合物とを有機溶媒に溶解した溶液であることを特徴とする請求項4記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項9】
塗布液が、有機または無機のカルシウム化合物と有機リン化合物とを有機溶媒に溶解した溶液であることを特徴とする請求項5記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項10】
金属基材が、チタン、チタン合金、ステンレス鋼、及びコバルト−クロム合金からなる群から選択される金属又は合金であることを特徴とする請求項4記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項11】
有機カルシウム化合物として2−エチルヘキサン酸カルシウムを使用することを特徴とする請求項8または請求項9のいずれかに記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項12】
有機チタン化合物としてチタンテトライソプロポキシドを使用することを特徴とする請求項8記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。
【請求項13】
有機リン化合物としてリン酸水素ビス2−エチルヘキシルを使用することを特徴とする請求項9記載のリン酸カルシウム化合物被覆複合材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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