説明

リン酸カルシウム組成物及びその用途

【課題】臨床現場で使用する際などに体温付近だけではなく、比較的低温においてもリン酸カルシウム組成物の硬化時間が適切な範囲にあり、かつ得られる硬化物の機械的強度が高いリン酸カルシウム組成物を提供する。
【解決手段】リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)からなるリン酸カルシウム組成物であって、下記式(1)によって表される比(IDCPA)が40以上であることを特徴とするリン酸カルシウム組成物とする。
DCPA=I(26.4°)×100/[I(26.4°)+{I(29.2°)+I(29.8°)}/2] (1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸四カルシウム粒子及びリン酸水素カルシウム粒子からなるリン酸カルシウム組成物及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸カルシウム組成物を焼結して得られるヒドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))は、骨や歯などの無機成分に近い組成を有し、骨と直接結合する性質である生体活性を有していることから、骨欠損部や骨空隙部の修復用材料としての利用が報告されている。しかし、このようなヒドロキシアパタイトからなる材料は、生体親和性は優れているが、複雑な形態を有する部位に応用するには、成形性という点で困難な場合があった。
【0003】
一方、リン酸カルシウム組成物の中でもセメントタイプ、即ち硬化性を有するリン酸カルシウム組成物は、生体内や口腔内において生体吸収性のヒドロキシアパタイトへ徐々に転化し、さらに形態を保ったままで生体硬組織と一体化し得ることが知られている。このようなリン酸カルシウム組成物は、生体親和性が優れているだけではなく、成形性を有することから複雑な形態を有する部位への応用が容易であるとされている。
【0004】
例えば、特許第3017536号公報(特許文献1)には、リン酸四カルシウムとリン酸水素カルシウム無水物の混合物が水の存在下で反応してヒドロキシアパタイトを生成することが記載されている。
【0005】
また、特許第3634945号公報(特許文献2)には、リン酸水素カルシウム粉末に対してメカノケミカル法により非晶質化の処理を施すことで、硬化に要する時間を短くすることができるとともに、湿潤環境における圧縮強度、即ち濡れ圧縮強度の高いリン酸カルシウムセメントを提供することができるとされている。具体的には、下記式(1)によって表される比(IDCPA)が37以下である場合に上述のような効果を有するリン酸カルシウムセメントを提供することができるとされている。
DCPA=I(26.4°)×100/[I(26.4°)+{I(29.2°)+I(29.8°)}/2] (1)
[ただし、I(26.4°)は2Θ=26.4°におけるリン酸水素カルシウムのX線回折強度であり、I(29.2°)とI(29.8°)とは、それぞれ2Θ=29.2°及び29.8°におけるリン酸四カルシウムのX線回折強度である。]
【0006】
しかしながら、これらのリン酸カルシウムセメントが、水を主成分とする液剤と混練されて硬化物となる際に、必ずしも適切な時間で硬化物とならない場合があり改善が望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特許第3017536号公報
【特許文献2】特許第3634945号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、臨床現場で使用する際などに体温付近だけではなく、比較的低温においてもリン酸カルシウム組成物の硬化時間が適切な範囲にあり、かつ得られる硬化物の機械的強度が高いリン酸カルシウム組成物を提供することを目的とするものである。また、そのようなリン酸カルシウム組成物の好適な用途を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題は、リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)からなるリン酸カルシウム組成物であって、下記式(1)によって表される比(IDCPA)が40以上であることを特徴とするリン酸カルシウム組成物を提供することによって解決される。
DCPA=I(26.4°)×100/[I(26.4°)+{I(29.2°)+I(29.8°)}/2] (1)
[ただし、I(26.4°)は2Θ=26.4°におけるリン酸水素カルシウムのX線回折強度であり、I(29.2°)とI(29.8°)とは、それぞれ2Θ=29.2°及び29.8°におけるリン酸四カルシウムのX線回折強度である。]
【0010】
このとき、リン酸水素カルシウム粒子(B)の平均粒径が0.5〜7μmであることが好適であり、リン酸四カルシウム粒子(A)の平均粒径が2〜30μmであることが好適である。また、リン酸水素カルシウム粒子(B)が100〜400℃の温度範囲で熱処理されたものであることが好適であり、リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)の配合割合(A/B)がモル比で40/60〜60/40であることも好適である。このようなリン酸カルシウム組成物の好適な実施態様は医療用組成物であり、特に骨セメントとして好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、臨床現場で使用する際などに体温付近だけではなく、比較的低温においてもリン酸カルシウム組成物の硬化時間が適切な範囲にあり、かつ得られる硬化物の機械的強度が高い。したがって、医療用材料、特に骨セメントに適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)からなるものである。
【0013】
リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)を含有するリン酸カルシウム組成物は、水の存在下で混練すると熱力学的に安定なヒドロキシアパタイトを生成して硬化する。
【0014】
リン酸四カルシウム粒子(A)[Ca(POO]の平均粒径は2〜30μmであることが好ましい。平均粒径が2μm未満の場合、リン酸四カルシウム粒子(A)の溶解が過度となり、水溶液のpHが高くなるおそれがある。このことにより、ヒドロキシアパタイトの析出が円滑でなくなり、硬化物の機械的強度が低下したり、リン酸カルシウム組成物ペーストの硬化時間が非常に長くなったりするおそれがある。平均粒径は、より好適には3μm以上であり、さらに好適には5μm以上である。一方、平均粒径が30μmを超える場合、液剤との混合により得られるペーストが十分な粘性を示さない、あるいはざらつき感が大きくなるなどペースト性状が好ましくない場合がある。また、歯科用の根管充填剤などとして使用する場合、狭い移植箇所へシリンジを用いて注入する際にノズルの先端が詰まったり、硬化時間が短いため臨床現場で使用する際などの操作性が困難となるおそれがある。平均粒径は、より好適には25μm以下であり、さらに好適には20μm以下である。ここで、本発明で使用するリン酸四カルシウム粒子(A)の平均粒径とは、レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定し、算出したものである。
【0015】
このような平均粒径を有するリン酸四カルシウム粒子(A)の製造方法は特に限定されず、市販品を入手できるのであればそれを使用してもよいが、市販品をさらに粉砕することが好ましい場合が多い。その場合、ボールミル、ライカイ機、ジェットミルなどの粉砕装置を使用することができる。また、リン酸四カルシウム原料を乾燥シクロヘキサンなどの液体の媒体と共にライカイ機、ボールミル等を用いて粉砕してスラリーを調製し、得られたスラリーを乾燥することによりリン酸四カルシウム粒子(A)を得ることもできる。このときの粉砕装置としては、ボールミルを用いることが好ましく、そのポット及びボールの材質としては、好適にはアルミナやジルコニアが採用される。
【0016】
本発明で使用されるリン酸水素カルシウム粒子(B)は、無水物[CaHPO]であっても、2水和物[CaHPO・2HO]であっても良いが、好適には無水物が使用される。リン酸水素カルシウム粒子(B)の平均粒径は0.5〜7μmであることが好ましい。平均粒径が0.5μm未満の場合、液剤との混合により得られるペーストの粘度が高くなり過ぎるおそれがあり、より好適には0.6μm以上であり、さらに好適には0.7μm以上である。一方、平均粒径が7μmを超える場合は、リン酸水素カルシウム粒子(B)が液剤へ溶解しにくくなるため、リン酸四カルシウム粒子(A)の溶解が過度となり、水溶液のpHが高くなる。このことにより、ヒドロキシアパタイトの析出が円滑でなくなり、硬化物の機械的強度が低下するおそれがある。平均粒径は、より好適には5μm以下であり、さらに好適には2μm以下である。リン酸水素カルシウム粒子(B)の平均粒径は、上記リン酸四カルシウム粒子(A)の平均粒径と同様にして算出される。
【0017】
このような平均粒径を有するリン酸水素カルシウム粒子(B)の製造方法は特に限定されず、市販品を入手できるのであればそれを使用してもよく、結晶性の高いものが好ましい。所望の粒径に調整する観点からは市販品をさらに粉砕することが好ましい場合が多い。その場合、ボールミル、ライカイ機、ジェットミルなどの粉砕装置を使用することができる。また、リン酸水素カルシウム原料粉体をアルコールなどの液体の媒体と共にライカイ機、ボールミル等を用いて粉砕してスラリーを調製し、得られたスラリーを乾燥することによりリン酸水素カルシウム粒子(B)を得ることもできる。このときの粉砕装置としては、ボールミルを用いることが好ましく、そのポット及びボールの材質としては、好適にはアルミナやジルコニアが採用される。
【0018】
本発明で用いられるリン酸水素カルシウム粒子(B)は、100〜400℃の温度範囲で熱処理されたものであることが好ましい。このことにより、リン酸水素カルシウム粒子(B)の結晶性を変化させることができ、結晶性の高いリン酸水素カルシウム粒子(B)を得ることができる。特に、リン酸水素カルシウム原料粉体を所望の粒径に粉砕することにより非晶化が進行した場合には、熱処理により再度結晶性を高くすることができるため好ましい。熱処理の温度が100℃未満の場合、リン酸水素カルシウム粒子(B)の結晶性を高める効果が低くなるおそれがあり、より好適には150℃以上である。一方、熱処理の温度が400℃を超える場合、リン酸水素カルシウム粒子(B)がγ−ピロリン酸カルシウムへと構造変化するおそれがあり、より好適には300℃以下である。
【0019】
本発明で用いられるリン酸水素カルシウム粒子(B)を熱処理する方法は特に限定されず、焼成器中で加熱する方法等が挙げられる。
【0020】
リン酸四カルシウム粒子(A)とリン酸水素カルシウム粒子(B)の配合割合(A/B)は、特に限定されないが、モル比で40/60〜60/40の範囲となるような配合割合で使用されることが好ましい。これによって、硬化物の機械的強度が高いリン酸カルシウム組成物を得ることができる。上記配合割合(A/B)は、より好適には45/55〜55/45であり、実質的に50/50であることが最適である。
【0021】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、下記式(1)によって表される比(IDCPA)が40以上である。
DCPA=I(26.4°)×100/[I(26.4°)+{I(29.2°)+I(29.8°)}/2] (1)
[ただし、I(26.4°)は2Θ=26.4°におけるリン酸水素カルシウムのX線回折強度であり、I(29.2°)とI(29.8°)とは、それぞれ2Θ=29.2°及び29.8°におけるリン酸四カルシウムのX線回折強度である。]
【0022】
ここで、比(IDCPA)は、リン酸四カルシウムの特定のX線回折ピークの強度とリン酸水素カルシウムの特定のX線回折ピークの強度から算出される比を示したものである。比(IDCPA)が40以上であることは、リン酸水素カルシウム粒子(B)の結晶化度が高いことを示しており、特にこのようなリン酸水素カルシウム粒子(B)の平均粒径が0.5〜7μmである場合には、リン酸カルシウム組成物を臨床現場で使用する際などに、体温付近だけではなく、比較的低温においても硬化時間が適切な範囲にあり、かつ得られる硬化物の機械的強度が高いことが見出された。比(IDCPA)が40未満の場合、上述のような効果が得られないおそれがあり、好適には45以上であり、より好適には50以上である。また、通常、比(IDCPA)は70以下である。
【0023】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、本発明の効果を阻害しない範囲でリン酸四カルシウム粒子(A)、リン酸水素カルシウム粒子(B)以外の成分を含有しても構わない。例えば必要に応じて増粘剤を配合することができる。これはリン酸カルシウム組成物ペーストの成形性又は均一な充填性を向上させるためである。増粘剤としては例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリアクリル酸、ポリグルタミン酸、ポリグルタミン酸塩、ポリアスパラギン酸、ポリアスパラギン酸塩、セルロース以外のデンプン、アルギン酸、ヒアルロン酸、ペクチン、キチン、キトサン等の多糖類、アルギン酸プロピレングリコールエステル等の酸性多糖類エステル、またコラーゲン、ゼラチン及びこれらの誘導体などのタンパク質類等の高分子などから選択される1つ又は2つ以上が挙げられるが、水への溶解性及び粘性の面からはカルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アルギン酸、キトサン、ポリグルタミン酸、ポリグルタミン酸塩から選択される少なくとも1つが好ましい。増粘剤は、リン酸カルシウム組成物に配合したり、液成分に配合したり、又は混練中のペーストに配合することができる。
【0024】
必要に応じてX線造影剤を含んでも良い。これはリン酸カルシウム組成物ペーストの充填操作のモニタリングや充填後の変化を追跡することができるからである。X線造影剤としては、例えば、硫酸バリウム、次炭酸ビスマス、酸化ビスマス、酸化ジルコニウム、フッ化イッテルビウム、ヨードホルム、バリウムアパタイト、チタン酸バリウム等から選択される1つ又は2つ以上が挙げられる。X線造影剤は、リン酸カルシウム組成物に配合したり、液成分に配合したり、又は混練中のペーストに配合することができる。
【0025】
また、薬理学的に許容できるあらゆる薬剤等を配合することができ、消毒剤、抗癌剤、抗生物質、抗菌剤、アクトシン、PEG1などの血行改善薬、bFGF、PDGF、BMPなどの増殖因子、骨芽細胞、象牙芽細胞、未分化な骨髄由来幹細胞など硬組織形成を促進させる細胞などを配合させることができる。
【0026】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、上記リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)からなるものであるが、その混合方法は特に限定されない。例えば、ライカイ機、ボールミルなどの容器駆動型ミル、もしくは回転羽を底部に有する高速回転ミルなどを用いて混合することにより得ることができる。好適には高速回転ミルが使用される。このとき、アルコールなど水を含まない液体の媒体を存在させて混合することも可能である。
【0027】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、粉体組成物として販売され、医療現場で使用する際などに液剤と混練してリン酸カルシウム組成物ペーストとなり、所望の部位に充填あるいは塗布されて使用することができる。このとき使用される液剤は、水以外の成分が溶解した水溶液、又は他の成分が分散した水分散液であってもよい。水に対して配合される成分としては、リン酸、リン酸二ナトリウム、リン酸一ナトリウム等のリン酸ナトリウム塩類ならびにこれらの混合物、リン酸カリウム塩類、リン酸アンモニウム塩類、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)−2−アミノエタンスルホン酸、N−トリス(ヒドロキシメチル)メチル−2−アミノエタンスルホン酸などのpH緩衝剤、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化アンモニウムなどのフッ化物塩、グリセリン、プロピレングリコールなどの水溶性多価アルコール、などが例示される。なかでも、安全性の面からはリン酸二ナトリウム、リン酸一ナトリウム等のリン酸ナトリウム塩類ならびにこれらの混合物を配合することが好ましい。
【0028】
リン酸カルシウム組成物ペーストを調製する際の、リン酸カルシウム組成物と液剤との質量比(リン酸カルシウム組成物/液剤)は特に限定されないが、好適には10/10〜60/10であり、より好適には25/10〜45/10である。リン酸カルシウム組成物と液剤とが均一に混じるように、十分に混練してから、速やかに所望の部位に充填あるいは塗布する。この場合、リン酸カルシウム組成物の硬化時間が適切な範囲内にあるため、水と混練する際の操作性が良好である。
【0029】
本発明のリン酸カルシウム組成物は、医療用の各種用途に好適に使用される。例えば、接着又は固着用の骨セメントとして好適に使用される。医療用として用いる際には、移植部分が体温付近(37℃)まで高いことはあまり多くないため、比較的低温において硬化時間が適切な範囲にあることが好ましい。本発明のリン酸カルシウム組成物を上記用途に使用した場合、ペーストの充填性に優れており、複雑な形態をした部位の隅々にまで充填することができ、歯牙、骨などの硬組織修復材に好適である。また、ペースト自体が生体内又は口腔内で短期間のうちにヒドロキシアパタイトに転化し、充填した部位で新生骨に置換され、生体硬組織との一体化が起こることから生体親和性に優れている。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。本実施例においてリン酸四カルシウム粒子(A)、及びリン酸水素カルシウム粒子(B)の平均粒径は、レーザー回折式粒度分布測定装置(株式会社島津製作所製「SALD−2100型」)を用いて測定し、測定の結果から算出されるメディアン径を平均粒径とした。
【0031】
実施例1
(1)リン酸四カルシウム粒子(A)の調製
本実施例で使用するリン酸四カルシウム粒子(A)(平均粒径11.9μm)は、以下の通り調製した粗リン酸四カルシウムを粉砕することにより得た。市販の無水リン酸水素カルシウム粒子(Product No. 1430, J.T.Baker Chemical Co., NJ)及び炭酸カルシウム(Product No. 1288, J.T.Baker Chemical Co., NJ)を等モルとなる様に水中に加え、1時間撹拌した後、ろ過・乾燥することで得られたケーキ状の等モル混合物を焼成器(Model 51333, Lindberg, Watertown, WI)中で1500℃、24時間加熱し、その後デシケータ中で室温まで冷却することでリン酸四カルシウム塊を調製した。さらに、乳鉢中で荒く砕き、その後篩がけを行うことで微粉ならびにリン酸四カルシウム塊を除き、0.5〜3mmの範囲に粒度を整え、粗リン酸四カルシウムを得た。この粗リン酸四カルシウム100g、及び直径が20mmのジルコニアボール300gを400mlのアルミナ製粉砕ポット(株式会社ニッカトー製「Type A−3 HDポットミル」)中に加え、200rpmの回転速度で12時間粉砕することでリン酸四カルシウム粒子(A)を得た。
【0032】
(2)リン酸水素カルシウム粒子(B)の調製
本実施例で使用する無水リン酸水素カルシウム粒子(B)「DCPA−1」(平均粒径1.1μm)は、市販の無水リン酸水素カルシウム粒子(Product No. 1430, J.T.Baker Chemical Co., NJ、平均粒径10.2μm)50g、95%エタノール(和光純薬工業株式会社製「Ethanol(95)」)240g、及び直径が10mmのジルコニアボール480gを1000mlのアルミナ製粉砕ポット(株式会社ニッカトー製「HD−B−104 ポットミル」)中に加え、1500rpmの回転速度で15時間湿式振動粉砕を行うことで得られたスラリーを、ロータリーエバポレータでエタノールを留去した後、60℃で6時間乾燥させ、さらに焼成器であるマッフル炉(ヤマト科学株式会社製「FP300」)を用いて250℃で24時間熱処理することで得た。
【0033】
(3)リン酸カルシウム組成物の調製
上記で得たリン酸四カルシウム粒子(A)145.8g及び無水リン酸水素カルシウム粒子(B)「DCPA−1」54.2gを高速回転ミル(アズワン株式会社製「SM−1」)中に加え、3000rpmの回転速度で3分間混合することでリン酸カルシウム組成物を得た。
【0034】
(4)硬化時間の測定
上記(3)で得たリン酸カルシウム組成物の硬化時間の測定をISO6876(Dental root canal sealing materials)に準じた方法で測定した。リン酸カルシウム組成物1.5gを精秤し、これに0.2MのNaHPO水溶液0.38gを加え混練することでリン酸カルシウム組成物ペーストを調製した(このときの粉/液混合質量比は4.0である)。このリン酸カルシウム組成物ペーストを、37℃、相対湿度98%に調整したキャビネット中において、ガラス板上に載せた内径10mm、高さ2mmの空洞を有するステンレス鋼製リング型に充填し、ペースト上部をスパチュラーを用いて平滑とした。次に、混練終了から180秒後より10秒毎に、重量が100gで直径が2mmの平らな末端部を有するインジケータを上記リン酸カルシウム組成物ペーストの垂直面へ垂直に静かに下げ、針先の痕が見えなくなるまでこの操作を繰り返し、混練より針先痕が見えなくなるまでの時間を測定した(n=5)。こうして得られたリン酸カルシウム組成物の硬化時間は5分5秒±6秒であった。また、同様の操作を25℃にて行った際のリン酸カルシウム組成物の硬化時間は4分49秒±8秒であった。
【0035】
(5)圧縮強度の測定
直径が6mm、深さが3mmの分割可能なステンレス製のモールドを平滑なガラス板上に乗せ、気体を含ませないように注意しながら上記(4)と同様にして調製したリン酸カルシウム組成物ペーストを充填し、上部より平滑なガラス板で圧縮することでリン酸カルシウム組成物ペーストを成型した(n=9)。その後、37℃、相対湿度100%の環境で4時間インキュベートした後、上記モールドよりリン酸カルシウム組成物の円柱状硬化物を取り出し、同じく37℃の蒸留水150ml中に浸漬し、さらに20時間保持した。その後、リン酸カルシウム組成物の硬化物の圧縮強度を、Chowら(L. C. Chow, S. Hirayama, S. Takagi, E. Parry, J. Biomed. Mater. Res. (Appl. Biomater.) 53: 511-517, 2000.)の方法に準じて、力学的強度測定装置(株式会社島津製作所製「AG−1 100kN」)を使用し、円柱状の硬化物の軸方向に1mm/minの速度で荷重をかけて測定した(n=9)。こうして得られたリン酸カルシウム組成物の硬化物の圧縮強度は58.7±3.5MPaであった。また、同様の操作を25℃にて行った際のリン酸カルシウム組成物の硬化物の圧縮強度は59.1±2.9MPaであった。
【0036】
(6)比(IDCPA
上記(3)で得たリン酸カルシウム組成物のX線回折パターンをX線回折装置(株式会社リガク製「RINT−2400」)を用いて測定し、上記式(1)により比(IDCPA)を求めたところ、比(IDCPA)は49.2であった。測定条件は以下のとおりであった。
X線出力:40kV、100mA
検出器:シンチレーションカウンター
スキャン幅:0.02°/ステップ
スキャン速度:1°/分
【0037】
実施例2
実施例1において、「DCPA−1」を用いる代わりに、「DCPA−3」(平均粒径4.8μm)を用いてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。「DCPA−3」は以下のように調製することで得た。市販の無水リン酸水素カルシウム粒子(Product No. 1430, J.T.Baker Chemical Co., NJ、平均粒径10.2μm)100gをジェットミル(株式会社セイシン企業製「CO−JET SYSTEM α−mkIII」)中に約1時間かけて加え、0.6MPaの圧縮空気条件下で粉砕することで「DCPA−2」(平均粒径4.9μm)を得た。得られた「DCPA−2」を焼成器であるマッフル炉(ヤマト科学株式会社製「FP300」)を用いて250℃で24時間熱処理することで無水リン酸水素カルシウム粒子(B)「DCPA−3」(平均粒径4.8μm)を得た。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0038】
実施例3
実施例1において、「DCPA−1」を用いる代わりに、「DCPA−5」(平均粒径5.3μm)を用いてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。「DCPA−5」は以下のように調製することで得た。市販の無水リン酸水素カルシウム粒子(Product No. 1430, J.T.Baker Chemical Co., NJ、平均粒径10.2μm)100g、95%エタノール(和光純薬工業株式会社製「Ethanol(95)」)240g、及び直径が10mmのジルコニアボール480gを1000mlのアルミナ製粉砕ポット(株式会社ニッカトー製「HD−B−104 ポットミル」)中に加え、1500rpmの回転速度で30分間湿式振動粉砕を行うことで得られたスラリーを、ロータリーエバポレータでエタノールを留去した後、60℃で6時間乾燥させ、さらに60℃で24時間真空乾燥することで「DCPA−4」(平均粒径5.3μm)を得た。次いで、得られた「DCPA−4」を焼成器であるマッフル炉(ヤマト科学株式会社製「FP300」)を用いて250℃で24時間熱処理することで「DCPA−5」(平均粒径5.3μm)を得た。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0039】
実施例4
実施例1において、「DCPA−1」を用いる代わりに、「DCPA−6」(平均粒径5.8μm)を用いてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。「DCPA−6」は以下のように調製することで得た。6Mのリン酸(和光純薬工業株式会社製)1Lを内温が40℃になるように加熱、撹拌し、この中に炭酸カルシウム粉末(和光純薬工業株式会社製)300g(3mol)を1時間かけて徐々に加え、添加後もさらに内温を40℃で23時間維持しながら反応を行った。炭酸カルシウム添加後、6Mのリン酸を逐次添加してpHを1.8±0.2の範囲に維持した。得られた沈殿はろ過後、蒸留水で30分間撹拌洗浄し、ろ過する工程を3回繰り返した後、90℃で24時間乾燥させることで「DCPA−6」(平均粒径5.8μm)を得た。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0040】
実施例5
実施例2において、リン酸四カルシウム粒子(A)と無水リン酸水素カルシウム粒子(B)のモル比(A/B)を0.7とした以外は実施例2と同様にしてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0041】
実施例6
実施例1において、「DCPA−1」を用いる代わりに、「DCPA−7」(J.T.Baker社製、平均粒径10.2μm)を用いてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0042】
比較例1
実施例1において、「DCPA−1」を用いる代わりに、「DCPA−2」を用いてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0043】
比較例2
実施例1において、「DCPA−1」を用いる代わりに、「DCPA−4」を用いてリン酸カルシウム組成物を調製して評価を行った。得られた結果を表1にまとめて示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1から分かるように、比(IDCPA)が40以上である実施例1〜6、特に平均粒径が0.5〜7μmのリン酸水素カルシウム粒子(B)を用いた実施例1〜5では、体温付近(37℃)だけではなく、比較的低温(25℃)においてもリン酸カルシウム組成物の硬化時間が適切な範囲にあるとともに、圧縮強度が高いことが分かった。これに対し、比(IDCPA)が26.1である比較例1、及び比(IDCPA)が30.5である比較例2では、いずれも37℃での硬化時間が延長し、圧縮強度が劣った。特に、25℃での硬化時間が大きく延長し、圧縮強度が大きく劣った。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】「DCPA−2」を用いて調製された比較例1のリン酸カルシウム組成物のX線回折パターンである。
【図2】「DCPA−5」を用いて調製された実施例3のリン酸カルシウム組成物のX線回折パターンである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)からなるリン酸カルシウム組成物であって、下記式(1)によって表される比(IDCPA)が40以上であることを特徴とするリン酸カルシウム組成物。
DCPA=I(26.4°)×100/[I(26.4°)+{I(29.2°)+I(29.8°)}/2] (1)
[ただし、I(26.4°)は2Θ=26.4°におけるリン酸水素カルシウムのX線回折強度であり、I(29.2°)とI(29.8°)とは、それぞれ2Θ=29.2°及び29.8°におけるリン酸四カルシウムのX線回折強度である。]
【請求項2】
リン酸水素カルシウム粒子(B)の平均粒径が0.5〜7μmである請求項1記載のリン酸カルシウム組成物。
【請求項3】
リン酸四カルシウム粒子(A)の平均粒径が2〜30μmである請求項1又は2記載のリン酸カルシウム組成物。
【請求項4】
リン酸水素カルシウム粒子(B)が100〜400℃の温度範囲で熱処理されたものである請求項1〜3のいずれか記載のリン酸カルシウム組成物。
【請求項5】
リン酸四カルシウム粒子(A)及びリン酸水素カルシウム粒子(B)の配合割合(A/B)がモル比で40/60〜60/40である請求項1〜4のいずれか記載のリン酸カルシウム組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載のリン酸カルシウム組成物からなる医療用組成物。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか記載のリン酸カルシウム組成物からなる骨セメント。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−142213(P2008−142213A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−331387(P2006−331387)
【出願日】平成18年12月8日(2006.12.8)
【出願人】(301069384)クラレメディカル株式会社 (110)
【Fターム(参考)】