説明

ルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の製造方法

本発明は(L)(L’)XRu(II)(アリール−インデニリデン)型のルテニウムインデニリデンカルベン触媒の製造方法に関する。本方法は、前駆体化合物Ru(PPh(n=3−4)とプロパルギルアルコール誘導体とを、環状ジエーテル溶剤、例えば、1,4−ジオキサン中で80〜130℃の範囲の温度で且つ1〜60分の反応時間で反応させる工程を含む。場合により、追加の中性の電子供与配位子、例えば、PCy、ホスバン配位子又はNHC配位子を、配位子交換のために反応混合物に添加する。本方法は、精製のための析出工程を含み、その後、生成物が単離される。ルテニウム−インデニリデンカルベン触媒は高純度で得られ、メタセシス反応(RCM、ROMP及びCM)のための触媒として使用され、且つ改質されたルテニウムカルベン触媒の合成のための前駆体として使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の詳細な説明
本発明は、メタセシスのためのルテニウムカルベン触媒の製法に関し、特に(L)(L’)XRu(II)(アリール−インデニリデン)(式中、Ru=CRカルベン基は二環式インデニル環系の一部である)型のルテニウムインデニリデンカルベン触媒の合成に関する。これらの触媒は、種々のオレフィンメタセシス反応において有用であり、且つ他のルテニウムカルベン触媒型の合成のための前駆体として有用である。本発明の方法は、単純であり、環境に優しく、且つ高純度の生成物が得られる。
【0002】
オレフィンメタセシスは基本的な触媒反応であり、且つ炭素−炭素多重結合の形成及び転位による新規な分子を設計するための最も応用のきく方法の1つである。メタセシス反応は、定義された標的分子への合成経路を有意に短縮するだけでなく、有機化学の従来法では実行不可能な新規な用途への利用を可能にする。様々な種類のメタセシス反応、例えば、閉環メタセシス(RCM)、開環メタセシス重合(ROMP)又は交差メタセシス(CM)などが公知である。過去長年、メタセシスは有機合成及びポリマー化学における炭素−炭素結合の形成のために広範に使用される方法であった。
【0003】
Schrock及びGrubbsによる明確に定義されたルテニウムベースのカルベン触媒の開発は、メタセシスの分野において急速な発展をもたらした。ますます、メタセシス反応が利用され且つ有機化合物の合成設計に組み込まれ、工業試験所におけるメタセシス触媒の使用が増大する。この傾向は、今後数年続く。
【0004】
高い活性、官能基に対する低い反応性並びに十分な安定性を示す最初の触媒の1つは、Grubbsの「第1世代」触媒、特に(PCyClRu=CR(式中、CRはCHPhである)であった。これらの触媒は、2つのホスフィン配位子、2つのクロリド配位子及び非環状アルキリデン基を有する五配位Ru(II)金属中心を特徴とする。これらの触媒は、有機合成の分野で急速に受け入れられることが分かった。
【0005】
この触媒系統の後に、N−複素環式カルベン("NHC")配位子が1つのホスフィン配位子を置換する、「第2世代」触媒の開発が続いた。その間に、全範囲の種々のメタセシス触媒は、それぞれ特定の特徴及び特性を示し、市販されている。
【0006】
過去数年にわたり、特定の種類のメタセシス触媒、いわゆるルテニウムインデニリデンカルベン触媒は重要性が高まってきた。これらの種類のRu−カルベン触媒は、形式酸化状態+IIでRu原子を含有し;それらは主に五配位であり、インデニリデン部分のカルベンC−原子は二環式の縮合した環系の一部である二環式インデニリデン環を含む。
【0007】
これらの錯体は以下の一般的な構造(図1)を示す。
【化1】

【0008】
図1において、L及びL’は、互いに独立して、中性の2つの電子供与配位子を表す。例は、ホスフィン配位子、例えば、PPh、PCy、ホスファビシクロノナン(いわゆる"ホバン")配位子、例えば、9−シクロヘキシル−9−ホスファ−ビシクロ−[3.3.1.]−ノナン、9−イソブチル−9−ホスファ−ビシクロ−[3.3.1.]−ノナン、9−エイコシル−9−ホスファ−ビシクロ−[3.3.1.]−ノナン、並びにN−複素環式カルベン("NHC")配位子、例えば、不飽和1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリン−2−イリデン("I−Mes")、飽和1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリジン−2−イリデン("S−IMes")又は不飽和1,3−ビス(2,6−ジ−イソプロピルフェニル)−イミダゾリン−2−イリド("IPr")、Xはアニオンのハロゲン化物イオン(例えば、フルオリド、クロリド、ブロミド又はヨージドイオン)を表し、Rはアリール、フェニル又は置換フェニル基を表す。ルテニウム錯体(ここでメタセシス活性カルベン基(M=C<部分における)はフェニルインデニリデン基である)が有利である。場合により、Ru金属中心に六配位を与えるために、これらの錯体中に追加の配位子が存在してよい。この追加の配位子は任意の中性の電子供与配位子、例えば、ピリジン、ジオキサンなどであってよい。その上、配位子L又はL’の1つ及び配位子Xの1つは一緒に結合されてよく、それ自体がキレートモノアニオンの配位子を形成してよい。
【0009】
Ruインデニリデン触媒は、メタセシス反応において固有の適用プロフィル(F. Boeda, H. Clavier, S.P. Nolan, Chem. Commun. 2008年, 2726-2740頁及びS. Monsaert, R. Drozdzak, V. Dragutan, I. Dragutan, F. Verpoort, Eur. J. Inorg. Chem., 2008年, 432-440頁を参照のこと)を示し且つ複数の適用において触媒負荷を低減させ得る。触媒は向上した熱安定性(S. Monsaert, R. Drozdarekら、Eur. J. Inorg. Chem. 2008年、432-440頁を参照のこと)を示し、ますますメタセシス用途における重要性が高まっている。従って、これらの触媒材料の工業利用のために、最適化された製造方法が必要とされている。
【0010】
この分野で相当な研究を行ったにも関わらず、現在使用されているルテニウムベースの触媒は高価である。有害な化学物質、例えば、ジアゾ試薬(例えば、ジアゾアルケン)は標準的なルテニウムカルベン錯体の製造に使用される。更に、得られた触媒生成物の収率及び純度が改善されることが求められている。
【0011】
米国特許第5,312,940号は、(PPhRuClとシクロプロペン又はホスホランなどの反応物との反応によるRuカルベン錯体の製造を記載している。
【0012】
米国特許第5,831,108号において、一般式RC(N)Rを有するジアゾ化合物を使用するRuカルベン錯体の製造が開示されている。
【0013】
1998年の初めに、最初のRuインデニリデン錯体(PPhClRu(3−フェニル−インデニリデン)が、(PPhRuClと1,1−ジフェニル−プロパルギル−アルコールとをTHF還流で反応させることによって得られた(K. J. Harlow, A.F. Hillら、J. Chem. Soc. Dalton Trans., 1999年, 285-291頁を参照のこと)。まず、反応によって対応するアレニリデン錯体(PPhClRu=C=C=CPhが得られることが考えられた。しかしながら、Fuerstnerらによって、この錯体の構造はアレニリデン錯体ではなく、「インデニリデン」錯体に再配置されたことが後に判明した(Fuerstnerら、Chem. Eur. J. 2001年, 7月, 第22号、4811-4820頁を参照のこと)。Fuerstnerは、THFの還流下で2.5時間にわたる(PPhRuClと1,1−ジフェニル−プロパルギルアルコールとの反応をベースとした、最適化された製造方法を記載している。この方法で利用される長い反応時間のために、副生物(主にホスフィン酸化物)が形成される。
【0014】
近年、ルテニウムフェニルインデニリデン錯体の合成が、E. A. Shaffer, H.-J. Schanzらによって、J. Organomet. Chem. 692, 5221-5233頁(2007年)において詳細に研究されていた。(PPh3−4RuClと1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オール("ジフェニルプロパルギルアルコール")との反応が、1.5時間のTHF還流下で行われて(PPhClRu(フェニル−インデニリデン)錯体が生成された。酸触媒によって(即ち、塩化アセチル(CHCOCl)の反応への添加によって)収率が向上し、高純度の生成物が報告された。しかしながら、本発明者らによって、酸触媒が利用される場合でも、Shafferらによる製造方法が不純な触媒生成物をもたらし、これが特にダイマー化合物を含有することが発見された。
【0015】
WO2007/010453号において、2つのシクロヘキシルホバン配位子(2つの異性体の混合物9−シクロヘキシル−9−ホスファ−ビシクロ−[3.3.1.]−ノナン)を有する、Ru−インデニリデン錯体の製造が開示されている。この錯体の製造は、THF還流下で連続モードで行われる(THF還流下でインデニリデン環が形成された後、配位子が交換される)。
【0016】
R. Dorta, R. A. Kelly III及びS. P. Nolan, Adv. Synth. Catal. 2004年, 346, 917-920頁は、(PPhRuClと1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オールとをTHF還流下で反応させ、その後、得られた(PPhClRu(3−フェニルインデニリデン)錯体とPCyとを同じ溶媒中で室温にて一晩撹拌することによって配位子交換反応させる、(PCyClRu(3−フェニルインデニリデン)の合成を記載している。錯体は揮発物の除去によって単離し、残留物をジエチルエーテル中に懸濁させる。その後、生成物を濾過し、低沸点の有害な溶剤、例えば、ジエチルエーテル及びペンタンで頻繁に洗った。この手順は非常に時間がかかり、費用がかかり、且つ低純度の生成物が得られる。長い反応時間が利用されるので、副生物の量は極めて高い。従って、この方法は、工業規模の製造には適していない。
【0017】
典型的には、当該技術水準において、インデニリデン環の形成は、還流条件下でテトラヒドロフラン(THF)溶剤中で行われ、これによって、この溶剤の沸点周辺の反応温度(即ち、64〜67℃)及び1.5〜2.5時間の反応時間がもたらされる。その後、配位子交換反応が、塩素化溶剤(典型的にはジクロロメタン又はクロロホルム)中で室温(即ち、20〜25℃)にて行われる。長い反応時間が適用されるので、不純物及び副生物の量は増大する。更に、現在公知の手順が、(残留物質の溶剤による洗浄以外の)特定の精製工程を含まないので、不純物は最終生成物から効果的に除去されていない。これらの不純物(ダイマー化合物、ホスフィン酸化物など)は、得られた触媒生成物の性能低下、例えば、低い活性、高い触媒消費及び低いターンオーバー数(TON)をもたらす。要約すれば、Ru−インデニリデン錯体の現在公知の製造方法は、非常に長く、長い反応時間を含み、低純度の生成物をもたらし、且つ溶媒がほとんどの場合に蒸発乾固するという事実のために、工業規模の生産に適用できない。
【0018】
従って、本発明の課題は、Ru−インデニリデンカルベン触媒の改良された製造方法を提供することであった。この方法は単純で、直接に且つ簡単に測定可能であり;これは短い反応時間を容易に達成し、高純度で且つ良好な収率で、有利には一段階の(「ワンポット」)反応で、Ru−インデニリデン錯体が得られる。更に、本方法は非有害溶剤の使用に基づくべきであり、環境に優しく、費用がかからず且つ工業生産に適用可能であるべきである。
【0019】
本発明は、式1
【化2】

(式中、
− Ruは形式酸化状態+IIで五配位し、
− XはF、Cl、Br及びIなどのアニオン配位子であり、
− L又はL’は、互いに独立して、PPh、PCy、ホバン配位子、NHC配位子又はそれらの混合物などの中性の電子供与配位子であり、
− Rはアリール、フェニル又は置換したフェニル基である)
のルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の製造方法であって、
a)前駆体化合物Ru(PPh(n=3−4)と式フェニル−C(R)(OH)−C≡C−Hのプロパルギルアルコール誘導体とを、環状ジエーテル溶剤との反応混合物中で80℃〜130℃の範囲の温度で反応させる工程、
b)場合により、中性の電子供与配位子L又はL’(PPhを除く)を反応混合物に添加する工程、及び
c)前記反応混合物から得られたルテニウム−インデニリデンカルベン触媒を析出させる工程
を含む、ルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の製造方法を提供する。
【0020】
本方法は、場合により更に、反応混合物からルテニウム−インデニリデンカルベン触媒を分離するための少なくとも1つの濾過工程並びに追加の洗浄及び/又は乾燥工程を含む。
【0021】
本発明の方法の第1の実施態様において、式1aに示した種類のRu−アリール−インデニリデンカルベン錯体が製造される。
【化3】

【0022】
この第1の実施態様において、前駆体化合物Ru(PPh(n=3−4)は、フェニル−C(R)(OH)−C≡C−H型のプロパルギルアルコール誘導体と環状ジエーテル溶剤中で反応し、反応工程b)は省略される。追加の中性の電子供与配位子L又はL’は、配位子交換のために反応混合物に添加されない。得られたRu−インデニリデンカルベン錯体は、2つのPPh配位子を含有し、溶液からの単純な析出工程によって反応混合物から分離される。
【0023】
本発明の第2の実施態様において、反応工程b)が含まれ且つ中性の電子供与配位子(即ち、L及び/又はL’の群に挙げられた配位子であるが、PPhを除く)が、反応混合物に添加される。中性の電子供与配位子による配位子PPhの交換を含む、この工程の後、得られた生成物は、溶液からの析出工程によって反応混合物から再度分離される。この第2の実施態様は、「ワンポット」反応において種々の混合された電子供与配位子L及び/又はL’を含む、Ru−アリール−インデニリデンカルベン錯体の単純で且つ高速な製造を可能にする。例として、(PCyClRu(フェニル−インデニリデン)は、中間体(PPhClRu(フェニル−インデニリデン)を先に単離しないで、Ru(PPh(n=3−4)から一段階で合成され、析出工程c)後に高純度で得られる。
【0024】
本発明の発明者らは、インデニリデン環の形成が上述の通り80〜130℃の範囲の高温で行われる時、環形成の反応時間が有意に短縮されることを発見した。1〜60分の範囲、有利には1〜30分の範囲、最も有利には1〜15分の範囲の反応時間が可能である。この測定によって、望ましくない不純物(ホスフィン酸化物、ダイマー化合物など)の形成が低減し、有意に高純度の生成物が得られる。その上、高収率が得られる。
【0025】
本発明者らは、高沸点及び特定の極性範囲を有する環状ジエーテル溶剤が、本発明の方法のために有利に使用されることを更に見出した。媒体中で極性を有する環状ジエーテル溶剤は、反応混合物中での反応生成物の溶解性を低領域まで低下させ、従って、反応混合物の冷却及び/又は濃縮時に、単独で触媒生成物の析出/結晶化を可能にする。
【0026】
有機溶媒の極性について、一般的に電気の双極子モーメント(デバイ(D);ID=3.33564×10−30Cmで示される)が考慮されている。一般的に、最良の結果のために、環状ジエーテル溶剤は、中程度〜低い双極子モーメントを有し、有利には約0.3〜1.7デバイの範囲である。高い双極子モーメントを有する溶剤は、Ru−インデニリデン錯体を溶液中に保持し;低い双極子モーメントを有する溶剤は十分に試薬を溶解させない。一般に先行技術で使用される、テトラヒドロフラン(THF)、環状モノエーテルの極性は高すぎるので、この溶剤は本発明の析出/結晶化工程に使用することができない。
【0027】
好適な環状ジエーテル溶剤は、周囲圧力(標準圧力、1気圧)で、80〜130℃の範囲、有利には85〜120℃の範囲の沸点を有するはずである。これらの環状ジエーテル溶剤の使用によって、先行技術と比較して高い反応温度及び短い反応時間が実現できる。
【0028】
好適な環状ジエーテル溶剤は、1,3−ジオキサン(沸点105〜106℃)、1,4−ジオキサン(沸点100〜102℃)、5−メチル−1,3−ジオキサン(沸点約114℃)並びにそれらの混合物である。有利な環状ジエーテル溶剤は、1,3−ジオキサン又は1,4−ジオキサンであり、最も有利な溶剤は1,4−ジオキサンである。追加の助溶剤(例えば、THFなど)は、得られた混合物の沸点/沸点範囲が80〜130℃の規定範囲であり且つ溶剤混合物の極性が影響を受けない限り、添加してよい。
【0029】
本発明の方法のために、フェニル−(R)C(OH)−C≡C−H型の置換されたプロパルギルアルコールが利用される。この式中で、Rはアリール、フェニル又は置換したフェニル基を表す。(フェニル)C(OH)−C≡C−Hの構造を有する1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オールが有利である。この化学化合物は市場で容易に入手可能である。一般的に、プロパルギルアルコール化合物の純度は>95%であるべきである。最良の結果のために、プロパルギルアルコール成分はわずかに過剰に(即ち、Ru前駆体を基準として1.1〜1.4当量の量で)反応混合物に添加される。
【0030】
Shafferらによって記載された通り、アレニリデン−インデニリデン転位は酸触媒されている。従って、結果の向上のために、本発明の方法の工程a)は、酸性化合物の存在下で行われるべきである。有利には、HCl、HBr、HI、HSO又はHNOなどのプロトン酸が使用される。これらの酸は、1〜1.5当量の量で反応混合物に添加することができる。本発明の有利な変法では、酸性化合物(即ち、プロトン酸)は、同じ環状ジエーテル溶剤に溶解し、これは本発明の溶剤として使用され、次いで反応混合物に添加される。有利な酸性化合物はHCl/ジオキサン溶液であり、これは種々の供給業者(例えば、Sigma-Aldrich GmbH, Munich社製のジオキサン中の4M HCl溶液)から市販されている。しかしながら、他の酸、例えば、HBF又はトリフリン酸(CFSOH)も利用してよい。
【0031】
ルテニウム前駆体化合物として、Ru(PPh(n=3−4)型のRu(II)複合体が利用され、その際、Xはアニオン配位子、例えば、ハロゲン化物アニオンフルオリド(F)、クロリド(Cl)、ブロミド(Br)、ヨード(I)又はそれらの混合物を表す。有利なRu(II)前駆体はジクロロ−トリス−(トリフェニルホスフィン)ルテニウム(II)[(Ru(PPhCl)](式中、n=3)である。この錯体は種々の供給業者から市販されている。この化合物のRu含量は>9質量%Ruでなければならない(理論上のRu含量は10.54質量%である);少量の追加のホスフィン配位子PPhが存在し得る(P. S. Hallmanら、Inorganic Synthesis, 12, (1970年), 237-245頁を参照のこと)。
【0032】
有利には、コンデンサ及び撹拌機を有するガラス反応器又はフラスコは本発明の方法に使用される。反応器は、使用前に不活性な乾燥ガス(アルゴン、窒素)でフラッシュしてよい。反応器に反応物を装填した後、反応物を加熱し、上記の条件(即ち、80〜130℃の範囲、有利には85〜120℃の範囲の温度;反応時間は1〜60分の範囲、有利には1〜30分の範囲、最も有利には1〜15分の範囲である)で反応工程a)を行う。
【0033】
その後、反応工程b)が行われる場合、追加の中性の電子供与配位子L及び/又はL’(PPhを除く)が反応混合物に添加される。配位子交換を促進するために、わずかに過剰の追加の配位子が推奨される(2つのPPh配位子が交換される場合に約2.2〜3当量)。有利な追加の配位子L/L’は、トリシクロヘキシルホスフィン(PCy)、ホバン配位子又はNHC配位子、例えば、不飽和1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリン−2−イリデン("I−Mes")、飽和1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリジン−2−イリデン("S−IMes")又は不飽和1,3−ビス−(2,6−ジ−イソプロピルフェニル)−イミダゾリン−2−イリド("IPr")である。工程b)の間、反応温度は、80〜130℃の規定範囲で維持してよいが、追加される配位子の種類に応じて、60〜130℃の範囲の低温も利用されてよい。典型的には、工程b)の反応時間は15分〜6時間の範囲である。
【0034】
反応工程b)が種々の電子供与配位子L及び/又はL’を使用している場合、かかる配位子の反応混合物への添加は、使用される配位子の種類に応じて同時に又は連続して行ってよい。強い塩基性の配位子、例えば、NHC配位子を使用する時、かかる配位子の添加前に、例えば、減圧蒸留によって、反応混合物から酸性の化合物(即ち、HClなど)を除去することが有利である。この量のかかる真空操作において除去される環状ジエーテル溶剤が、他の好適な溶剤と交換されてよい。例として、化合物(PCy)(S−IMes)ClRu(フェニルインデニリデン)は、反応工程b)において配位子L=PCy及びL’=S−IMesの反応混合物への連続添加によって製造することができる。
【0035】
工程a)及び任意の工程b)におけるRu−インデニリデンカルベン錯体の形成後、反応混合物を20〜40℃の範囲の温度に冷却し、それによって反応混合物からの生成物の析出を開始させる。適切であれば、反応混合物は析出/結晶化工程の前に付加的に濃縮してよい。このために、環状ジエーテル溶剤が、反応混合物から部分的に除去される。最初の溶剤量の80〜90%までの量は、例えば、減圧蒸留によって留去してよい。あるいは、析出を助けるために、高い極性又は低い極性を有する好適な溶剤を反応混合物に添加してよい。
【0036】
本発明の方法は、反応混合物から析出した触媒を分離するための少なくとも1つの工程、例えば、濾過、遠心処理又はデカントを更に含む。更に、追加の洗浄及び/又は乾燥工程を利用してよい。かかる手順は標準法であり、当業者に周知である。最終的な触媒生成物の洗浄又はすすぎのために、メタノール又はエタノールなどの溶剤が有利である。
【0037】
本発明の製造方法のために、得られたRu−インデニリデン触媒は、生成物の品質が高く、特に高純度を示す。更に、容易に測定可能な析出プロセスが利用されているという事実のために、この製造方法は工業的な生産規模に適用可能である。
【0038】
本発明の触媒は、種々のオレフィンメタセシス反応、例えば、閉環メタセシス(RCM)、開環メタセシス重合(ROMP)又は交差メタセシス(CM)に有用である。更に、それらの触媒は、他の合成に対して価値のある前駆体、更に改質されたルテニウムカルベン触媒である。
【0039】
純度の分析:
本発明のP含有Ruインデニリデン触媒の純度測定のために、31P−NMR分光法が適用されている。31P−NMRスペクトルは、約25℃でデカップリングしている完全なプロトンを用いて200MHzにおいてBRUKER DRX 500 NMR分光計で記録される。リン共鳴の化学シフトは、外部標準(HPO:δ=0.0ppm)としてリン酸に対して測定される。化合物は重水素化溶剤(CDCl)中に溶解される。純度の定量のために、ピーク積分法が利用される。典型的には、本発明によって製造されたRu−インデニリデン触媒の純度は≧90%であり、有利には≧95%である(31P−NMR分光法によって測定される)。
【0040】
本発明は、その保護範囲を制限することなく以下の実施例に更に記載されている。
【0041】
実施例1
(PPhClRu(フェニルインデニリデン)の製造
コンデンサ及び撹拌機を有する1リットルのガラス反応器をアルゴンで充填し、その後、800mlの1,4−ジオキサンで充填する。溶剤を90℃に加熱する。
【0042】
次に、29.3g(140ミリモル)の1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オール(ジフェニルプロパルギルアルコール、GFS Chemicals社、Powell, OH, USA)及び120g(120ミリモル)のRu(PPhCl(Ru含量10.0質量%;Umicore AG & Co KG社、Hanau、独国)を、撹拌の間に連続的に添加する。完了後、30mlの1,4−ジオキサン中の4M HCl(Sigma-Aldrich社、Munich)を添加する。反応混合物を90℃で10分間、更に撹拌する。
【0043】
一定時間後に、反応混合物を40℃に冷却し、780mlの1,4−ジオキサン溶剤を真空下で留去する(初期量の約80〜90%)。生成物を赤煉瓦色の粉末として析出させ、母液から分離し、エタノールで洗い、最終的に真空下で乾燥させる。
収率:92%(Ru含量を基準として)
31P−NMR(CDCl):δ=29.3ppm(一重項、生成物)
純度(31P−NMRを基準として):97%
【0044】
実施例2
(PCyClRu(フェニルインデニリデン)の製造
コンデンサ及び撹拌機を有する1リットルのガラス反応器をアルゴンで充填し、その後、700mlの1,4−ジオキサンで充填する。溶剤を90℃に加熱する。次に、21.5g(100ミリモル)の1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オール(ジフェニルプロパルギルアルコール、GFS)及び90g(90ミリモル)のRu(PPhCl(Ru含量10.0質量%;Umicore AG & Co KG社、Hanau)を、撹拌の間に連続的に添加する。完了後、1,4−ジオキサンに溶かした26mlの4M HCl(Sigma-Aldrich社、Munich)を添加する。
【0045】
反応混合物を90℃で10分間、更に撹拌する。その後、50mlの1,4−ジオキサン中に溶解させた61.6g(210ミリモル)のトリシクロヘキシルホスフィン(PCy;Aldrich社, Munich)を添加し、温度を25℃まで連続的に冷却する。次に、400mlのジオキサン溶剤(約60%)を真空下で留去して、残りの母液から生成物を析出させる。析出物を濾別し、メタノールで洗うと77gの生成物が得られる。
収率:90%(Ru含量を基準として)
31P−NMR(CDCl):δ=33.2ppm(一重項、生成物)
純度(31P−NMRを基準として):95%
【0046】
実施例3
(PCy)(S−IMes)ClRu(フェニルインデニリデン)の製造
コンデンサ及び撹拌機を有する500mlのガラス反応器をアルゴンで充填し、その後、200mlの1,4−ジオキサンで充填する。溶剤を90℃に加熱する。次に、7.3g(34ミリモル)の1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オール(ジフェニルプロパルギルアルコール、GFS)及び30g(31ミリモル)のRu(PPhCl(Ru含量10.0質量%;Umicore AG & Co KG社、Hanau)を、撹拌の間に連続的に添加する。完了後、1,4−ジオキサンに溶かした7.1mlの4M HCl(Sigma-Aldrich社、Munich)を添加する。
【0047】
反応混合物を更に90℃で10分間撹拌し、50mlの1,4−ジオキサン中に溶解させた4.15g(10ミリモル)のトリシクロヘキシルホスフィン(PCy;Aldrich社, Munich)を添加する。その後、残留HClは、約170mlの1,4−ジオキサンの留去によって除去する。その後、200mlのn-ヘキサンを添加し、温度を70℃に調整する。その後、21.8g(71ミリモル)のS−IMes(1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリジン−2−イリデン;Aldrich社、Munich)を添加し、反応混合物の温度を5時間70℃に維持する。次に、100mlの溶剤混合物(約50%)を真空下で留去して、残りの母液から生成物を析出させる。析出物を濾別し、石油エーテルで洗うと高純度の生成物が得られる。
31P−NMR(CDCl):δ=27.1ppm(一重項、生成物)
純度(31P−NMRを基準として):90%
【0048】
比較例1(CE1)
THFにおける(PPhClRu(フェニルインデニリデン)の製造(先行技術;Fuerstnerら、Chem. Eur. J. 2001年.7月.第22号、第4811−4820頁を参照のこと)
コンデンサ及び撹拌機を有する1リットルのガラス反応器をアルゴンで充填し、その後、800mlのTHFで充填する。溶剤を加熱還流(65℃)する。
【0049】
次に、29.3g(140ミリモル)の1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オール(ジフェニルプロパルギルアルコール、GFS、独国)及び120g(120ミリモル)のRu(PPhCl(Ru含量10.0質量%;Umicore AG & Co KG社、Hanau)を、撹拌の間に連続的に添加する。反応混合物を65℃で2.5時間、更に撹拌する。
【0050】
一定時間後に、反応混合物を室温に冷却し、THF溶剤を真空下で留去する。褐色の固体残留物を、3時間の十分な撹拌によってn−ヘキサン中に懸濁させる。得られた析出物を濾別し且つ真空下で乾燥させる。
収率:85%(Ru含量を基準として)
31P−NMR(CDCl):δ=29.3ppm(一重項、生成物)
追加のシグナル:
δ=28.6ppm(一重項,PhP=O)
δ=54.0,47.0,42.5,38.5ppm(副生物)
純度(31P−NMRを基準として):〜80%
【0051】
比較例(CE2)
THFにおける(PPhClRu(フェニルインデニリデン)の製造[先行技術;Shafferら、J. Organomet Chemistry. 692.第5221−5233頁(2007年)を参照のこと]
コンデンサ及び撹拌機を有する100mlのガラスフラスコをアルゴンで充填し、その後、40mlのTHFで充填する。次に、1.45g(10ミリモル)の1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オール(ジフェニルプロパルギルアルコール、GFS、独国)及び1.4−ジオキサンに溶かした0.625mlの4M HCl(Sigma-Aldrich社)並びに6.0g(10ミリモル)のRu(PPhCl(Ru含量10.0質量%;Umicore AG & Co KG社、Hanau)を添加する。この混合物を加熱還流(65℃)し且つ1.5時間還流下で撹拌する。
【0052】
その後、反応混合物を室温に冷却し、THF溶剤を真空下で留去する。次に、2−プロパノールを添加し、残留物をこの溶剤中に分散させる。得られたスラリーを濾過し、生成物を2−プロパノールで洗い且つ真空下で乾燥させる。
収率:約80%(Ru含量を基準として)
31P−NMR(CDCl):δ=29.3ppm(一重項、生成物)
追加のシグナル:
δ=28.6ppm(一重項,PhP=O)
δ=50.2,48.4,48.1,46.2,42.0,40.0ppm(副生物)
純度(31P−NMRを基準として):76%

【特許請求の範囲】
【請求項1】

【化1】

(式中、
− Ruは形式酸化状態+IIで五配位し、
− XはF、Cl、Br及びIなどのアニオン配位子であり、
− L又はL’は、互いに独立して、PPh、PCy、ホバン配位子、NHC配位子又はそれらの混合物などの中性の電子供与配位子であり、
− Rはアリール、フェニル又は置換したフェニル基である)
のルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の製造方法であって、
a)前駆体化合物Ru(PPh(n=3−4)と式フェニル−C(R)(OH)−C≡C−Hのプロパルギルアルコール誘導体とを、環状ジエーテル溶剤との反応混合物中で80℃〜130℃の範囲の温度で反応させる工程、
b)場合により前記中性の電子供与配位子L又はL’(PPhを除く)を反応混合物に添加する工程、及び
c)前記反応混合物から得られたルテニウム−インデニリデンカルベン触媒を析出させる工程
を含む、ルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の製造方法。
【請求項2】
工程a)の反応時間が1〜60分の範囲、有利には1〜30分の範囲、最も有利には1〜15分の範囲である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
環状ジエーテル溶剤が、周囲圧力で、80〜130℃の範囲、有利には85〜120℃の範囲の沸点を有する、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
環状ジエーテル溶剤が1,3−ジオキサン、1,4−ジオキサン、5−メチル−1,3−ジオキサン及びそれらの混合物の群から選択される、請求項1から3までのいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
環状ジエーテル溶剤が1,4−ジオキサンである、請求項1から4までのいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
プロパルギルアルコール誘導体が1,1−ジフェニル−2−プロピン−1−オールである、請求項1から5までのいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
反応工程a)を酸性化合物の存在下で行う、請求項1から6までのいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
酸性化合物が、HCl、HBr、HSO、HNO、HBF、トリフリン酸(CFSOH)及びそれらの混合物の群から選択されるプロトン酸である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
酸性化合物がHCl/1,4−ジオキサン溶液である、請求項7又は8記載の方法。
【請求項10】
Ru前駆体化合物が>9質量%RuのRu含量を有するRu(PPhClである、請求項1から9までのいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
工程b)で添加されたホバン配位子が9−シクロヘキシル−9−ホスファ−ビシクロ−[3.3.1.]−ノナンなどのシクロヘキシル−ホバンである、請求項1から10までのいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
工程b)で添加されたホバン配位子が9−イソブチル−9−ホスファ−ビシクロ−[3.3.1.]−ノナンなどのイソブチル−ホバンである、請求項1から10までのいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
工程b)で添加されたNHC配位子が1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリン−2−イリデン("I−Mes")、1,3−ビス(メシチル)−イミダゾリジン−2−イリデン("S−IMes")又は1,3−ビス−(2,6−ジ−イソプロピルフェニル)−イミダゾリン−2−イリド("IPr")又はそれらの混合物である、請求項1から10までのいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
中性の電子供与配位子L及び/又はL’を同時に又は連続的に反応混合物に添加する、請求項1から10までのいずれか1項記載の方法。
【請求項15】
反応混合物を20〜40℃の範囲の温度に冷却することによって析出工程c)を開始させる、請求項1から14までのいずれか1項記載の方法。
【請求項16】
環状ジエーテル溶剤を反応混合物から部分的に除去することによって析出工程c)を開始させる、請求項1から15までのいずれか1項記載の方法。
【請求項17】
高い又は低い極性を有する少なくとも1種の溶剤を反応混合物に添加することによって析出工程c)を維持する、請求項1から16までのいずれか1項記載の方法。
【請求項18】
ルテニウム−インデニリデンカルベン触媒を濾過工程によって反応混合物から単離することを更に含む、請求項1から17までのいずれか1項記載の方法。
【請求項19】
≧90%、有利には≧95%の純度(31P−NMRによって測定される)を有する、請求項1から17までのいずれか1項記載の方法によって得られた、ルテニウム−インデニリデンカルベン触媒。
【請求項20】
請求項1から18までのいずれか1項記載の方法によって得られたルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の、閉環メタセシス(RCM)、開環メタセシス重合(ROMP)又は交差メタセシス(CM)などのメタセシス反応のための使用。
【請求項21】
請求項1から18までのいずれか1項記載の方法によって得られたルテニウム−インデニリデンカルベン触媒の、改質されたルテニウムカルベン触媒の合成のための前駆体としての使用。

【公表番号】特表2012−504565(P2012−504565A)
【公表日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−529480(P2011−529480)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【国際出願番号】PCT/EP2009/007072
【国際公開番号】WO2010/037550
【国際公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【出願人】(501399500)ユミコア・アクチエンゲゼルシャフト・ウント・コムパニー・コマンディットゲゼルシャフト (139)
【氏名又は名称原語表記】Umicore AG & Co.KG
【住所又は居所原語表記】Rodenbacher Chaussee 4,D−63457 Hanau,Germany
【Fターム(参考)】