説明

一方向クラッチ

【課題】一方向クラッチの空転する際に摩擦接触面に耐摩耗性が充分にあると共に、クラッチが噛みあった際にはできるだけ高い摩擦力で係合できるように、空転時の耐摩耗性と結合時に安定した高い摩擦力を併有した一方向クラッチとすることである。
【解決手段】プーリ1の内径面に圧入された外輪11と、その外輪11の内側に組込まれた内輪12と、その両輪11、12間に組込まれた係合子13と、この係合子13を保持する保持器14と、上記係合子13を係合方向に付勢する弾性部材15とから成り、係合子13の摩擦係合面をグリースで潤滑するグリース潤滑一方向クラッチ10において、潤滑するグリースが、最大粒子径0.1〜50μmの微粒子状のモリブデン酸アルカリ金属塩を分散状態で0.1〜20重量%含有するグリースであることを特徴とするグリース潤滑一方向クラッチとする。極圧条件でモリブデン酸アルカリ金属塩が反応し、摺動面に酸化モリブデンを生成し、これが摩耗抑制作用を発揮する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、回転トルクの伝達と遮断を行なう一方向クラッチに関し、詳しくは係合子の摩擦係合面をグリースで潤滑する一方向クラッチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、係合子を用いた機械式一方向クラッチは、外輪と内輪が一方向に相対回転したとき、外輪内周面および内輪外周面に係合して両輪を結合するスプラグやローラなどの係合子を有し、この係合子を弾性部材で外輪の内周面および内輪外周面に係合する方向に付勢しており、付勢状態では内輪と外輪が摩擦係合して一体に回転し、カムで係合を解いた状態では内輪と外輪は空転する。外輪と内輪間には潤滑グリースが充填され、これによって前記空転時の係合子と外輪および内輪の接触部を潤滑する。
【0003】
このような一方向クラッチは、例えばプーリユニットに内蔵されて、自動車のエンジンのクランクシャフトからベルトを介して駆動されるエアコンディショナ、オルタネータ、ウォータポンプ、冷却ファンなどの補機のロータに装備されている。
【0004】
装備された一方向クラッチでエンジン等からの主たる動力を従動する補機の動力軸に伝達する場合、補機側の動力軸をできるだけ慣性力で持続させて動力の伝達効率を高めるためには、例えばプーリとロータの回転差に応じて動力の伝達状態と遮断状態を一方向クラッチで切替えて補機のロータをできるだけ小さな動力で継続的に回転させるようにしている。動力伝達時には、楔効果を利用して摩擦接触面に強圧して高い摩擦力で係合する必要があり、動力遮断時には、空転する要所の摺動接触面に耐摩耗特性が必要である。
【0005】
ところで一方向クラッチの摺動接触面の耐摩耗特性は、封入される潤滑グリースによって大きく左右され、一方向クラッチを備えたプーリユニットに油膜切れのないようにアルキルジフェニルエーテルなどのエーテル系基油を採用したエーテル系グリースを使用することが知られている(特許文献1)。
【0006】
そして、高い面圧で金属接触する部位での油膜切れを防止するためには、潤滑グリースに、いわゆる極圧添加剤が添加されるが、極圧添加剤のジチオリン酸モリブデン化合物やジチオカルバミン酸モリブデン化合物は、極圧状態でも摩擦係数ができるだけ低減される条件で使用される(特許文献2、特許文献3)。
【0007】
【特許文献1】特開平11−082688号公報
【特許文献2】特開2002−180076号公報
【特許文献3】特開2004−256665号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前記したプーリユニット内の一方向クラッチは、空転する際の摩擦接触面に耐摩耗性が改善されているが、クラッチが噛みあった際には、すなわち摩擦接触面が強圧された際には潤滑剤が介在するために充分に高い摩擦力で係合するものではないという問題点がある。
【0009】
特に、一方向クラッチの急加速・急減速を繰り返す使用状態においては、空転時の耐摩耗性と共に、クラッチ結合時の安定した所定の摩擦力を併有することが要求されるが、このように相反する条件を併有させるように一方向クラッチを構成することは容易なことではなかった。
また、これらの特性は、クラッチ使用温度の高低によって影響を受けやすく、特に低温の使用条件(例えば0℃〜−30℃程度)では噛み合い時の高い摩擦係数が得られ難く、高温の使用条件(例えば90〜110℃程度)では空転時の耐摩耗性が得られ難いという問題点もある。
【0010】
そこで、この発明の課題は、上記した問題点を解決して、一方向クラッチの空転する際に摩擦接触面に耐摩耗性が充分にあり、しかもクラッチが噛みあった際には高い摩擦力で係合できるようにし、空転時の耐摩耗性と結合時の安定した高摩擦力を併有できる一方向クラッチとすることである。
さらに、一方向クラッチの使用温度条件によって、例えば低温の使用条件(例えば0℃〜−30℃程度)であっても、または高温の使用条件(例えば90〜110℃程度)であっても良好な空転時の耐摩耗性と結合時の安定した高摩擦力を併有できる一方向クラッチとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、この発明においては、機械式一方向クラッチの係合子の摩擦係合面をグリースで潤滑するグリース潤滑一方向クラッチにおいて、前記潤滑するグリースが、モリブデン酸アルカリ金属塩を分散状態で0.1〜20重量%含有するグリースであることを特徴とするグリース潤滑一方向クラッチとしたのである。
【0012】
すなわち、本願の発明者らは種々の試験結果から、モリブデン酸塩のなかでもアルカリ金属塩に顕著な耐摩耗性があることを見出し、しかもモリブデン酸アルカリ金属塩がグリースの低摩擦係数に貢献しない従来では不利と見られていた特性を積極的に逆手に利用し、この発明を完成させたものである。
【0013】
この発明の一方向クラッチは、モリブデン酸アルカリ金属塩を分散状態で所定量含有するグリースとすることにより、極圧条件で摺動面にモリブデン酸アルカリ金属塩が反応し、摺動面に酸化モリブデンを生成する。このことはXPS分析でも確認されており、この酸化モリブデンが摩耗抑制作用を発揮するものと考えられる。
【0014】
また、モリブデン酸アルカリ金属塩を潤滑グリースに添加しても摩擦係数は低減されないので、モリブデン酸アルカリ金属塩を潤滑グリースに添加することにより、極圧時の耐摩耗性と高摩擦係数を兼ね備えた一方向クラッチになる。
【0015】
このような特性の一方向クラッチとなるように、潤滑グリースに添加するモリブデン酸アルカリ金属塩は、分散状態で0.1〜20重量%含有させることが好ましく、またモリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムからなる群から選ばれる1種以上のモリブデン酸アルカリ金属塩であることが好ましい。
【0016】
そして、モリブデン酸アルカリ金属塩は、最大粒子径0.1〜50μmの微粒子状モリブデン酸アルカリ金属塩であることが、極圧条件で摺動面によく浸入して反応するために好ましい条件である。
また、上記の一方向クラッチにおいて、モリブデン酸アルカリ金属塩が、モリブデン酸ナトリウムであり、かつ基油がエーテル油とポリαオレフィン油の混合油であり、増ちょう剤が芳香族ジウレアであり、添加剤としてジチオリン酸亜鉛およびセバシン酸ナトリウムを含有することを特徴とする一方向クラッチとすることにより、基油および増ちょう剤の耐熱性によって高温の空転時に接触面での油膜切れがなくなり、低温での動力伝達時には、複数の添加剤の選択的使用によって摩擦接触面に高い摩擦力が得られ確実に係合することができる。
また上記の一方向クラッチにおいて、より確実に低温での高い摩擦係数と高温での耐摩耗性の作用が奏されるように、モリブデン酸ナトリウム1.5〜3重量%、ジチオリン酸亜鉛0.5〜1.5重量%およびセバシン酸ナトリウム1〜3重量%を含有することを特徴とする一方向クラッチとすることが好ましい。
【0017】
この発明の係合子を用いた機械式一方向クラッチの一つの形態としては、外輪と、その外輪に対して相対的に回転可能な内輪と、前記外輪と内輪間の周方向に間隔をおいて配置され、外輪と内輪が一方向に相対回転したとき、外輪内周面および内輪外周面に係合して両輪を結合する複数の係合子と、各係合子を保持する保持器と、前記各係合子を外輪の内周面および内輪外周面に係合する方向に付勢する弾性部材とから成り、前記外輪と内輪間に充填された潤滑グリースによって係合子と外輪および内輪の接触部を潤滑するようにした一方向クラッチを採用でき、前記の潤滑グリースとしてモリブデン酸アルカリ金属塩を分散状態で所定量含有するものを採用した一方向クラッチとすることができる。
【0018】
上記の構造における係合子は、外輪が内輪に対して相対回転したとき、内外輪の各周面に係合して、外輪の回転トルクを内輪に伝達する。このとき、潤滑グリースは、所定の摩擦係数を発揮して、係合子と内外輪の各周面の摩擦係合力を安定して発揮する。
【0019】
また、係合子は外輪が内輪に対して前記伝達時と反対方向に相対回転し、または外輪に対して同方向に回転する内輪の回転速度が外輪の回転速度を上回った場合に、内外輪の各周面に対する係合が解除されて外輪から内輪への回転伝達を遮断する。
【0020】
このようにして一方向クラッチが空転する際、複列の係合子は外輪および内輪に対して相対回転する。係合子は外輪の内周面および内輪の外周面を滑りながら保持器と共に公転するため、潤滑グリースは所定の耐摩耗性を発揮して、係合子と外輪の内周面、係合子と内輪の外周面との摩擦接触による異常摩耗は防止される。
【発明の効果】
【0021】
この発明は、一方向クラッチに使用する潤滑グリースに、所定量のモリブデン酸アルカリ金属塩を分散状態で配合することにより、一方向クラッチの空転する際に摩擦接触面に耐摩耗性が充分になり、さらにクラッチが噛みあった際には所要の高摩擦力で係合され、すなわちクラッチの空転時の耐摩耗性と、結合時に安定した高い摩擦力を併有できる一方向クラッチとなる利点がある。
【0022】
潤滑グリースに添加するモリブデン酸アルカリ金属塩を、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムからなる群から選ばれる1種以上のモリブデン酸アルカリ金属塩とし、さらに最大粒子径0.1〜50μmの微粒子状モリブデン酸アルカリ金属塩とすることにより、上記の効果はより確実に奏される。
一方向クラッチにおいて、潤滑グリースに配合される成分のモリブデン酸アルカリ金属塩としてモリブデン酸ナトリウムを採用し、かつ基油がエーテル油とポリαオレフィン油の混合油を採用し、増ちょう剤として芳香族ジウレアを採用し、添加剤としてジチオリン酸亜鉛およびセバシン酸ナトリウムを含有させることにより、低温の使用条件であっても、または高温の使用条件であっても良好な空転時の耐摩耗性と結合時に安定した高摩擦力を併有できる一方向クラッチとなる。この効果は、上記の所定成分を所定量だけ配合することにより、より確実に奏される。
【0023】
この発明では、外輪内周面および内輪外周面に係合して両輪を結合する複数の係合子を有する一方向クラッチであることにより、係合子と内外輪の各周面の摩擦係合力が安定して確実に発揮され、また空転時の係合子と外輪の内周面、係合子と内輪の外周面との摩擦接触による異常摩耗は防止される利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
この発明の実施形態を以下に添付図面に基づいて説明する。
図1および図2に示すように、この発明に係る一方向クラッチ10をプーリ1内に組込んでクラッチ内蔵プーリとしたものである。
【0025】
一方向クラッチ10は、プーリ1の内径面に圧入された外輪11と、その外輪11の内側に組込まれた内輪12と、その両輪11、12間に組込まれた係合子13と、この係合子13を保持する保持器14と、上記係合子13を係合方向に付勢する弾性部材15とから成る。
【0026】
外輪11は内輪12より軸方向長さが短く、その外輪11の内周に円筒面16が形成されている。内輪12の外周には、上記外輪11の円筒面16と径方向で対向する円筒面17が形成されている。また、内輪12の外周には、上記円筒面17の両側に軸受嵌合面18が形成され、各軸受嵌合面18に軸受19が支持されている。
【0027】
軸受19は片シール付き玉軸受から成る。この軸受19はシール20が外側に位置するように組付けられ、その軸受19によってプーリ1と内輪12とが相対的に回転自在とされている。この一対の軸受19間において、外輪11と内輪12間にグリースが封入されている。
【0028】
係合子13はスプラグから成る。係合子13は外輪11の円筒面16と内輪12の円筒面17間において周方向に間隔をおいて配置されている。
【0029】
保持器14は合成樹脂の成形品から成る。この保持器14には、図2に示すように、係合子13のそれぞれを個別に収容する複数のポケット21と、各ポケット21に連通するばね収容凹部22とが形成され、各ばね収容凹部22にスプリングから成る弾性部材15が組込まれている。弾性部材15は係合子13が外輪11の円筒面16および内輪12の円筒面17に係合する方向にその係合子13を付勢している。
【0030】
ここで、係合子13は、プーリ1と共に外輪11が内輪12に対して図2の矢印方向に相対回転したとき、各円筒面16、17に係合して、外輪11の回転トルクを内輪12に伝達する。また、係合子13は外輪11が内輪12に対して上記矢印で示す反対方向に相対回転する場合、あるいは矢印方向に回転する外輪11に対し、同方向に回転する内輪12の回転速度が外輪11の回転速度を上回った場合に、円筒面16、17に対する係合が解除して外輪11から内輪12への回転伝達を遮断するようになっている。保持器14の外周面における軸方向の両側にはフランジ23が設けられている。
【0031】
図1に示すように、保持器14の一端部は一方の軸受19内に位置して、その軸受19のボール19aを保持している。
【0032】
上記のように、一方向クラッチ10の保持器14によって一方の軸受19のボール19aを保持することにより、外輪11が内輪12に対して相対回転する一方向クラッチ10の空転時、保持器14は外輪11に対して1/2回転することになり、その保持器14と共に回転する係合子13を外輪11の円筒面16および内輪12の円筒面17に対して滑り移動させることができる。
【0033】
実施の形態で示すクラッチ内蔵プーリは上記の構造から成り、このクラッチ内蔵プーリにおいては、プーリ1が図2の矢印方向に回転すると、係合子13が外輪11の円筒面16および内輪12の円筒面17に係合し、プーリ1の回転が内輪12に伝達される。内輪12の回転速度が外輪11の回転速度を上回ると、各円筒面16、17に対する係合子13の係合が解除され、外輪11から内輪12への回転伝達が遮断される。
【0034】
このため、上記のようなクラッチ内蔵プーリを、例えばオルタネータの回転軸に取付けてクランクシャフトに取付けられたプーリと上記回転軸上のプーリ間にベルトをかけ渡してオルタネータを駆動すると、クランクシャフトの角速度増加時、一方向クラッチ10が係合状態となり、クランクシャフトの回転がオルタネータの回転軸に伝達される。
【0035】
また、クランクシャフトの角速度減少時、一方向クラッチ10が空転状態となって、クランクシャフトからオルタネータの回転軸への回転伝達が遮断されることになる。
【0036】
このため、プーリ1とこれにかかるベルトの相互間で滑りが生じるのが防止され、ベルトの摩耗を抑制することができる。
【0037】
ここで、一方向クラッチ10が空転するとき、係合子13は外輪11および内輪12に対して相対回転する。このとき、係合子13は外輪11の円筒面16および内輪12の円筒面17を滑りながら保持器14と共に公転する。
【0038】
この発明に用いる潤滑グリースに用いる基油としては、一般的に使用されている基油であれば制限なく使用できる。例えば、ナフテン系、パラフィン系、流動パラフィン、水素化脱ろう油などの鉱油、ポリアルキレングリコールなどのポリグリコール油、アルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテルなどのエーテル系合成油、ジエステル油、ポリオールエステル油などのエステル系合成油、ポリジメチルシロキサン、ポリフェニルメチルシロキサンなどのシリコーン油、GTL基油、ポリ−α−オレフィン油(PAO油と略称される)等の炭化水素系合成油、フッ素油等、また、これらの混合油が挙げられる。
エーテル油としてはジアルキルジフェニルエーテル油、アルキルトリフェニルエーテル油、アルキルテトラフェニルエーテル油等が挙げられる。
【0039】
PAO油としては、通常、α−オレフィンまたは異性化されたα−オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α−オレフィンの具体例としては、1−オクテン、1−ノネン、1−デセン、1−ドデセン、1−トリデセン、1−テトラデセン、1−ペンタデセン、1−ヘキサデセン、1−ヘプタデセン、1−オクタデセン、1−ノナデセン、1−エイコセン、1−ドコセン、1−テトラコセン等を挙げることができ、通常はこれらの混合物が使用される。
特に好ましい例としては、ポリエーテル油とポリαオレフィン油との混成油があり、これらの混成の割合は、任意であってよく、より好ましくはポリエーテル油とポリαオレフィン油の重量比で1:9〜5:5である。
【0040】
この発明においてベースグリースに用いる増ちょう剤は、潤滑グリースに配合できることの周知な増ちょう剤を広く使用できる。例えば、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、カルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、またはウレア化合物からなるウレア系増ちょう剤などが挙げられる。
【0041】
ウレア系増ちょう剤としては、例えば、ジウレア化合物、ポリウレア化合物が挙げられるが、特に限定されるものではない。ジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、フェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネート等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン、オレイルアミン、アニリン、p−トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン等が挙げられる。
【0042】
このうち、この発明に適用される増ちょう剤として、次の化1式で表わされるジウレア化合物が挙げられる。
【0043】
【化1】

【0044】
(式中、R及びR3は同一もしくは異なる炭素原子数4〜24の直鎖アルキル基または脂環族炭化水素基または炭素数6〜12の芳香族炭化水素基であり、R2は炭素数が6〜15の芳香族炭化水素基である。)
【0045】
ここで、R及びR3に使用される炭素数4〜24の脂環族炭化水素基としては、例えばシクロヘキシル基、シクロヘキシル誘導体が挙げられる。
また、R及びR3に使用される炭素数6〜12の芳香族炭化水素基としては、熱安定性、酸化安定性に優れた特性を有する例えばフェニル基、トルイル基、キシリル基、t−ブチルフェニル基、ベンジル基などが挙げられ、特に1価の芳香族炭化水素基が適している。すなわち、増ちょう剤として芳香族ジウレアを採用することは、潤滑グリースに所要の耐熱性を持たせるために特に好ましいことである。
【0046】
この発明に用いるモリブデン酸塩は、潤滑界面で反応して耐摩耗性等の特性を示す。モリブデン酸塩をグリース組成物に添加すると、摺動面においてモリブデン酸塩が反応し酸化モリブデンを生成することがXPS分析によりわかった。この酸化モリブデンが摩耗を抑制する効果を持つと考えられる。
【0047】
モリブデン酸塩の最大粒子径が大きすぎると潤滑部に進入し難く、小さ過ぎると摺動部の粗さの中にモリブデン酸塩が埋没してしまい、反応が起きず所期した効果が発揮できない。そのため、グリース中に添加されるモリブデン酸塩の最大粒子径は0.1μm〜50μmであることが望ましい。下限の0.1μm未満の粒径では軸受の転走面粗さにモリブデン酸塩が埋没する。上限の50μmは種々の実験から確認された値であり、50μmを超えると耐摩耗性等に劣る。
【0048】
この発明に用いるモリブデン酸塩はアルカリ金属塩であり、代表的なものとしてモリブデン酸カリウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸リチウムなどが挙げられる。
モリブデン酸のアルカリ金属塩は、油に不溶の固体であるので、グリース中においては、二硫化モリブデン等の固体潤滑剤と同様に分散した状態で存在する。モリブデン酸のアルカリ金属塩は、転がり軸受内の各摺動部の潤滑界面において反応し、金属表面上に酸化モリブデンを形成する。モリブデン酸のアルカリ金属塩により耐摩耗性が発揮される機構は明らかになってはいないが、上述したように生成される酸化モリブデンに耐摩耗性があるものと考えられる。
【0049】
この発明において潤滑グリース中に占めるモリブデン酸のアルカリ金属塩の配合量は、0.1〜20重量%であることが好ましい。なぜなら0.1重量%未満では、モリブデン酸アルカリ金属塩の量が過少になるため耐摩耗性の発現が不充分になる。また、20重量%を超えると、効果が頭打ちになりコスト的に不利になる。このような理由によって、より好ましい配合量は0.5〜10重量%である。
【0050】
この発明に用いる潤滑グリースは、その優れた性能を高めるため、必要に応じて公知の添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、石油スルフォネート、ジノニルナフタレンスルフォネート、ソルビタンエステル等の錆止め剤、硫化油脂、硫化オレフィンに代表される硫黄系化合物、チオフォスフェート、チオフォスファイトに代表される硫黄−リン系化合物、トリクレジルフォスフェートに代表されるリン系化合物等の極圧剤、金属スルフォネート、金属フォスフェート等の清浄分散剤、有機モリブデン等の摩擦低減剤、ワックス系化合物、脂肪酸アミド、脂肪酸、アミン、油脂類等の油性剤、ベンゾトリアゾール等の金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤等が挙げられる。これらを単独または2種類以上組合せて添加してもよい。
【0051】
上記したような材料が最も効率よく作用するように組み合わせた例としては、前述のようにモリブデン酸アルカリ金属塩が、モリブデン酸ナトリウムであり、かつ基油がエーテル油とポリαオレフィン油の混合油であり、増ちょう剤が芳香族ジウレアであり、添加剤としてジチオリン酸亜鉛およびセバシン酸ナトリウムを含有することであり、さらにそれらの配合割合は、モリブデン酸ナトリウム1.5〜3重量%、ジチオリン酸亜鉛0.5〜1.5重量%およびセバシン酸ナトリウム1〜3重量%であることが好ましい。そして、ソルビタントリオレート0.5〜2重量%を添加すれば、防錆性能も高められる。
【0052】
モリブデン酸ナトリウムを1.5〜3重量%配合することにより、摩耗により露出した金属新生面上でモリブデン酸ナトリウムが添加効率よく分解反応し、酸化鉄と共にモリブデン化合物皮膜が形成され、耐摩耗性を高めることができる。
ジチオリン酸亜鉛を0.5〜1.5重量%配合することにより、低温で摩擦面と高い摩擦係数で接触した際には極圧剤として殆ど作用せずに高い摩擦係数でクラッチが噛み合うようになり、高温では分解して耐摩耗性を発揮する。
また、セバシン酸ナトリウムを1〜3重量%添加することにより、高温での潤滑グリースの耐久性(寿命)が顕著に改善され、摩擦面の耐摩耗性がよくなる。
【実施例】
【0053】
[実施例1、3、5および比較例1〜4]
鉱油(100℃での動粘度が13.5mm/sec)2000g中で、60.6gのジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートと、31.3gのオクチルアミンと66.2gのステアリルアミンを反応させ、生成したウレア化合物を均一に分散させてグリースを得た。このベースグリースAに、表1に示す配合割合で添加剤を添加し、得られる化合物を三段ロールミルでJISちょう度No.1グレードに調整して、潤滑グリースを得た。
【0054】
[実施例2,4および6]
鉱油(100℃での動粘度が13.5mm/sec)2000g中で158.2gのジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートと、81.3gのオクチルアミンと58.9gのアニリンを反応させ、生成したウレア化合物を均一に分散させてグリースを得た。このベースグリースBに、表1に示す配合で添加剤を添加し、得られた化合物を三段ロールミルでJISちょう度No.1グレードに調整して潤滑グリースを得た。
【0055】
表1中のモリブデン化合物からなる添加剤1)から6)のうち、モリブデン酸ナトリウムは、太陽鉱工社製:モリソーを用い、その他の添加剤は、和光純薬社製の試薬を用いた。
【0056】
得られた潤滑グリースは、往復動(SRV)摩擦摩耗試験機により、以下の条件で一方向クラッチの使用状態を想定して耐摩耗性を調べ、さらに図1に示した構造のNTN社製一方向クラッチ内蔵プーリの外輪11と内輪12間に封入し、下記のクラッチ耐久試験を行なって、これらの結果をまとめて表1中に示した。
【0057】
<SRV往復動摩擦摩耗試験>
SRV往復動摩擦摩耗試験機を用いて以下の条件にて摩耗試験を行い、各種グリース組成物の耐摩耗性能を比較した。
・荷重800N ・振幅 1mm ・周波数 20Hz ・試験時間 5h
・ボール SUJ2φ10鋼球 ・ディスク SCM材
この条件での摩耗試験後に、ディスク摺動部の摩耗幅を測定し、これを耐摩耗性評価とした。
【0058】
<クラッチ耐久試験>
急加減速試験機を用い、供試クラッチをNTN製一方向クラッチ内蔵プーリ(図1、2参照)とし、ラジアル荷重1400N、試験雰囲気110℃の条件で、これを回転速度0から20000回転/分までの減速・停止工程を1サイクルとして繰り返し、500時間の耐久性の有無を調べた。
【0059】
【表1】

【0060】
各実施例では、摩擦係数の安定性があることに加えて要求される耐久時間500時間の終了後でもクラッチ機能(ロックおよび良好な空転状態)は健全に確保されていた。500時間未達で運転不良となった比較例については、耐久時間未満で異常摩耗またはポップアウトするという破損状態が見られた。
【0061】
[実施例7]
ポリエーテル油とポリαオレフィン油との(2:8[重量比])混成油2000g中で、269.4gのジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートと、288.3gのp−トルイジンを反応させ、生成した芳香族ジウレア化合物を均一に分散させてベースグリースを得た。このベースグリースに、モリブデン酸ナトリウム1.5重量%、ジチオリン酸亜鉛0.5重量%およびセバシン酸ナトリウム1重量%、ソルビタントリオレート0.5重量%の各配合割合で添加剤を添加し、得られる化合物を三段ロールミルでJISちょう度No.1グレードに調整して、潤滑グリースを得た。
【0062】
[実施例8]
ポリエーテル油とポリαオレフィン油との(5:5[重量比])混成油2000g中で、269.4gのジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートと、288.3gのp−トルイジンを反応させ、生成した芳香族ジウレア化合物を均一に分散させてベースグリースを得た。このベースグリースに、モリブデン酸ナトリウム3重量%、ジチオリン酸亜鉛1.5重量%およびセバシン酸ナトリウム3重量%、ソルビタントリオレート2重量%の各配合割合で添加剤を添加し、得られる化合物を三段ロールミルでJISちょう度No.1グレードに調整して、潤滑グリースを得た。
【0063】
得られた実施例7、8の潤滑グリースを評価するため、図1に示した構造のNTN社製一方向クラッチ内蔵プーリの外輪11と内輪12間に封入し、前記したクラッチ耐久試験を同じ条件で行なった。なお、回転速度0から20000回転/分までの減速・停止工程(ロック及び空転)の1サイクルは、加速1.2秒、定速9.0秒、減速1.0秒、停止9.0秒とした。
【0064】
このクラッチ耐久試験において、実施例7、8は、いずれも500時間以上の耐久時間があるとの評価が得られた。また、これらに対して−30℃で供試クラッチの噛み合い試験を行なったが、正常に動作することが確認された。
【0065】
[比較例5]
エーテル系合成油2000g中で、脂肪族ジウレア化合物を均一に分散させてベースグリースを得た。このベースグリースに、アミン系酸化防止剤2重量%、ナフテン酸塩防止剤0.5重量%およびコハク酸誘導体0.5重量%を添加し、得られる化合物を三段ロールミルでJISちょう度No.1グレードに調整して、潤滑グリースを得た。
【0066】
得られた潤滑グリースを、実施例8と全く同じ条件でクラッチ耐久試験に供したが、耐久時間は、約30時間という実施例8の1/10未満であった。
【0067】
[比較例6]
エステル系合成油2000g中で、脂環族ジウレアおよび脂肪族ジウレア化合物を均一に分散させてベースグリースを得た。このベースグリースに、アミン系酸化防止剤2重量%、ナフテン酸塩防止剤0.5重量%およびジチオリン酸亜鉛(Zn−DTP)0.5重量%を添加し、得られる化合物を三段ロールミルでJISちょう度No.1グレードに調整して、潤滑グリースを得た。
【0068】
得られた潤滑グリースを、実施例8と全く同じ条件でクラッチ耐久試験に供したが、耐久時間は、約50時間という実施例8の約1/10であった。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】実施形態の一方向クラッチをプーリ内に組込んだ状態の縦断正面図
【図2】図1のII−II線に沿った断面図
【符号の説明】
【0070】
1 プーリ
10 一方向クラッチ
11 外輪
12 内輪
13 係合子
14 保持器
15 弾性部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械式一方向クラッチの係合子の摩擦係合面をグリースで潤滑する一方向クラッチにおいて、
前記潤滑するグリースが、モリブデン酸アルカリ金属塩を分散状態で0.1〜20重量%含有するグリースであることを特徴とする一方向クラッチ。
【請求項2】
モリブデン酸アルカリ金属塩が、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムからなる群から選ばれる1種以上のモリブデン酸アルカリ金属塩である請求項1に記載の一方向クラッチ。
【請求項3】
モリブデン酸アルカリ金属塩が、最大粒子径0.1〜50μmの微粒子状モリブデン酸アルカリ金属塩である請求項1または2に記載の一方向クラッチ。
【請求項4】
請求項2に記載の一方向クラッチにおいて、モリブデン酸アルカリ金属塩が、モリブデン酸ナトリウムであり、かつ基油がエーテル油とポリαオレフィン油の混合油であり、増ちょう剤が芳香族ジウレアであり、添加剤としてジチオリン酸亜鉛およびセバシン酸ナトリウムを含有することを特徴とする一方向クラッチ。
【請求項5】
請求項4に記載の一方向クラッチにおいて、モリブデン酸ナトリウム1.5〜3重量%、ジチオリン酸亜鉛0.5〜1.5重量%およびセバシン酸ナトリウム1〜3重量%を含有することを特徴とする一方向クラッチ。
【請求項6】
係合子を用いた機械式一方向クラッチが、外輪と、その外輪に対して相対的に回転可能な内輪と、前記外輪と内輪間の周方向に間隔をおいて配置され、外輪と内輪が一方向に相対回転したとき、外輪内周面および内輪外周面に係合して両輪を結合する複数の係合子と、各係合子を保持する保持器と、前記各係合子を外輪の内周面および内輪外周面に係合する方向に付勢する弾性部材とから成り、前記外輪と内輪間に充填された潤滑グリースによって係合子と外輪および内輪の接触部を潤滑するようにした一方向クラッチである請求項1〜5のいずれかに記載の一方向クラッチ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−327638(P2007−327638A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−25394(P2007−25394)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】