説明

一般細菌数測定検査用標準試料及びその製造方法

【課題】 添加菌数のコントロールが容易であり、試料中の生菌数の変動が抑えられ、試料の作製が簡単であり、作製後少なくとも6〜8週間は安定で均一な状態を保持でき、検査における操作が容易な、生菌数測定用の標準試料を提供することが本発明の課題である。
【解決手段】 ゲル物質として寒天、保水剤としてグリセリンを基本組成とする基材中に枯草菌芽胞液等の芽胞形成性試験菌を均一に分散してなる一般細菌数測定検査用標準試料及び該調査標準試料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の一般生菌数測定の適正化のための安定で均一な検査用標準試料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
食品の衛生管理や食品由来感染症(食中毒を含む)など食品の安全性や品質保持を考える上で微生物学的評価は重要な意味をもつ。微生物学的評価には、定量的評価〔生菌数(または細菌数)検査と特定微生物数(大腸菌数・大腸菌群数、黄色ブドウ球菌数、耐熱性細菌数、乳酸菌数など)検査〕と定性的評価〔特定微生物(大腸菌・大腸菌群、黄色ブドウ球菌、サルモネラ菌、腸球菌、腸炎ビブリオ、カンピロバクター、リステリアなど)の有無を検査する方法〕がある。これらの検査については食品衛生法に基づいた成分の規格基準〔「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」(非特許文献1参照)や「食品、添加物等の規格基準」〕(非特許文献2参照)にその基準値や検査法などが示されている。その他の基準として「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」、「都道府県、政令指定都市の指導基準」、「衛生規範」などが挙げられ、先に示した規格基準の検査方法に加えて「食品衛生検査指針(微生物編)」(非特許文献3参照)や「衛生試験法・注解」(非特許文献4参照)などに示されている検査方法が採用されている。
【0003】
食品衛生法の一部改正に伴い、平成9年度から全国の食品衛生検査施設〔検疫所、地方衛生研究所、政令都市の衛生研究所、市場衛生検査所、食肉衛生検査所、保健所、登録検査機関(旧食品衛生指定検査機関)〕を対象に実施している食品衛生外部精度管理調査においても開始当初から一般細菌数測定を実施項目として取り入れてきた。一般細菌数検査に関する調査試料は、安定した試料の配布が困難な状況であったことから「生菌を含むろ紙(バイオロジカルインジケータとして普及している製品)」を調査試料として開始した。その後、汚染食品(カカオ外殻、そば粉)を調査試料としてきたが、汚染食品を用いると一般細菌数測定成績にバラツキが大きく、平成13年度以降は生菌(Bacillus subtilisの芽胞)を含む寒天状基材(自家調製)を調査試料として現在に至っている。
【非特許文献1】「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」厚生省令第52号(昭和26年12月27日)
【非特許文献2】「食品、添加物等の規格基準」厚生省告示第370号(昭和34年12月28日)
【非特許文献3】食品衛生検査指針(微生物編)厚生省生活衛生局監修、社団法人 日本食品衛生協会(1990)
【非特許文献4】衛生試験法・注解:日本薬学全編(2000)
【0004】
(1)のろ紙(バイオロジカルインジケータ)による一般細菌数検査は、安定で均一な調査標準試料であるが、ろ紙を採用する場合は、食品の生菌数検査としては異なり試料の秤量操作が省略される。試料としては均一・安定であっても食品とは異なる性質のものであるため、精度管理調査標準試料として適切なものであるかは問題である。また、試料原液の調製にあたって十分な試験菌の回収を行うには、日常の検査業務では使用しない界面活性剤(ポリソルベート80など)を含む希釈液が必要となる。調製した試料原液中の生菌数測定に関する検査手順の確認と測定結果の報告を目的とした場合には優れた調査標準試料と考えるが、食品中の生菌数を測定する目的に使用する場合は、食品とはかけ離れた形状であるため問題が残る調査標準試料と言える。
【0005】
(2)の自然汚染品(カカオ外殻、そば粉)を精度管理調査標準試料として採用した場合、ろ紙で問題となった試料形態は改善されるが、調査標準試料としての安定性・均一性に問題が残る。自然汚染品を調査標準試料として採用する場合には、自然汚染食品は食品としての利点はあるが、均一性・安定性・真菌の除去・生菌数のコントロールといった観点からの調査標準試料作製の難しさが残されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
添加菌数のコントロールが容易であり、試料中の生菌数の変動が抑えられ、試料の作製が簡単であり、作製後少なくとも6〜8週間は安定で均一な状態を保持でき、検査における操作が容易な、生菌数測定用の適正化のための標準試料を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は前記の課題を解決すべく鋭意研究の結果、寒天等のゲル物質及びグリセリン等の保水剤を基本組成とする基材中に試験菌を均一に分散してなる調査標準試料(外部精度管理)を含み、内部精度管理をも対象とする一般細菌数測定検査用標準試料が前記の課題を解決し得るものであることを見出し、本発明に到達した。なお本検査用標準試料は本発明者の所属する内部機関の外、外部機関の精度管理をも対象とし、外部機関の精度管理を対象とする場合は検査用調査標準試料と言う。即ち本発明は
(1)ゲル物質及び保水剤を基本組成とする基材中に試験菌を均一に分散してなる一般細菌数測定検査用標準試料、(2)ゲル物質が寒天またはゼラチンであり、保水剤がグリセリンである1記載の一般細菌数測定検査用標準試料、(3)基材中のゲル物質濃度が0.5〜0.7%(W/V)であり、保水剤濃度が9〜11%(V/V)である1又は2記載の一般細菌数測定検査用標準試料、(4)試験菌の菌株が芽胞を形成するものである1、2又は3記載の一般細菌数測定検査用標準試料、(5)試験菌の菌株がBacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液)である4記載の一般細菌数測定検査用標準試料、(6)基材中の試験菌の最終濃度が5×10〜5×106cfu/gである1、2、3、4又は5記載の一般細菌数測定検査用標準試料(cfu:colony forming units)、(7)基材中のゲル物質濃度が0.5〜0.7%(W/V)であり、保水剤濃度が9〜11%(V/V)である培養基材を加熱溶解し、40〜60℃に冷却したものに試験菌株液を試験菌の最終濃度が5×10〜5×106cfu/gであるように添加、混和し、その後10℃以下に冷却することからなる、基材中に試験菌を均一に分散させてなる一般細菌数測定検査用標準試料の製造方法、(8)試験菌の菌株が芽胞を形成するものである7記載の一般細菌数測定検査用標準試料の製造方法、及び(9)試験菌の菌株がBacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液)である8記載の一般細菌数測定検査用標準試料の製造方法、に関するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一般細菌数測定検査用標準試料は、添加菌数のコントロールが容易、菌が均一に分散した状態のもので、試料中の生菌数の変動が抑えられ、長期にわたって安定、即ち、作製後低温下に保管した場合、少なくとも6〜8週間は安定であり、試料の作製が簡単であり、検査手順における操作が簡便、容易であって、食品中の生菌検査の評価に適切なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
ゲル物質として寒天、保水剤としてグリセリンを構成成分とする基材を加熱溶解し、このものに試験菌としてのBacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液)を添加、混和、低温保存により固化して一般細菌数測定検査用標準試料とした。
基材として寒天のほかゼラチンも用いることができる。グリセリンは水になじみ保水性を保つのに最適であるが、その他の保水剤として知られているものはいずれも用いることができる。
基材中の寒天濃度は安定性や検査過程でのホモジナイズ処理のしやすさを考慮し、また原料の寒天のロットによる違いなどを考慮に入れて適宜選択する必要があるが、一般的には0.5〜0.7%(W/V)が適当で輸送中にも壊れず、検査過程でのホモジナイズ処理工程においても問題が生じない。0.5%(W/V)より低い濃度では輸送中に壊れることがあり、高濃度の寒天基材では検査過程でのホモジナイズ処理の際にかたまりが生じることがある。
基材中のグリセリン濃度は9〜11%(V/V)が適当で、濃度が低すぎると保湿性が低下し菌数に影響を与え、濃度が高すぎると固化しにくく保形性が低下して輸送中に基材の崩壊を生じやすく、検査試料として支障を来たす。
試験菌株は芽胞を形成するものがその安定性の点から好ましく、その例としてはBacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液)等が挙げられる。Bacillus subtilis sporeとしては、市販のもの、自家製のもの等、いずれのものも用いることができる。基材中の試験菌の濃度は適宜決めることができるが、低すぎると測定結果にバラツキが生じやすく、高すぎると操作上の問題がある。最終濃度は5×10〜5×106cfu/g cfu/gが一般細菌数測定検査用標準試料として好ましい範囲である。試験菌の添加濃度は最終濃度の100倍程度が通常用いられる。
本発明の一般細菌数測定検査用標準試料を製造するに当っては、寒天等のゲル物質及びグリセリン等の保水剤を基本組成とする基材を加熱溶解し、40〜60℃に冷却したものに試験菌株液を添加、混和し、その後室温から10℃以下に冷却することによって、基材中に試験菌が均一に分散してなる一般細菌数測定検査用標準試料を製造する。
【実施例1】
【0010】
1.基材の調製
1)基本組成
寒天〔0.6%(W/N)〕、グリセリン〔10%(V/V)〕
2)基材の調製方法(基本組成品)
(1)寒天末6gを秤量し、調製容器に入れ、グリセリン100mLを秤量し、上記調製容器に加えた。蒸留水900mLを量り、上記の容器に加え全量約1Lとした。この溶液を撹拌しながら加熱溶解し、寒天が完全に溶解した後、輸送用ガラス瓶に50gずつ秤量する。このガラス瓶を滅菌処理〔121℃で30〜40分のオートクレープ処理〕に付した。次いで室温に放置して冷却する。10℃以下の低温での保存により寒天を固化させ、1Lあたり20個の試料用基材を作製した。
2.基材への芽胞形成菌の添加
1)試験菌株
Bacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液;栄研器材より購入)を用いた。
2)芽胞菌液濃度
寒天基材中の最終濃度(例:5×10cfu/gと設定した場合)の100倍濃い試験菌胞液を調製した。芽胞液の希釈には、リン酸緩衝液を用いた。
3)調査標準試料の調製方法
基材の調製方法に従って作製した寒天基材(寒天が固化した状態)を加熱溶解する。その後、基材の温度を約50℃まで冷却した。調製芽胞液(例:1×10cfu/mLの調製液)を1容器あたり0.5mL添加した。芽胞液添加後、基材を良く混和する。その後低温保存により寒天を固化させた。最終菌液濃度5×10cfu/gの調査標準試料を得た。
【実施例2】
【0011】
1.微生物学検査
1−1 一般細菌数測定検査(寒天状基材中のBacillus subtilis)
1−1−1 一般細菌数測定検査用調査標準試料の作製と品質評価
1)一般細菌数測定検査用調査標準試料の作製
一般細菌数測定検査用調査標準試料に用いた細菌は、栄研器材株式会社より購入した枯草菌芽胞液(製品の規格を表1に示す)を用いた。
【表1】

送付用容器(ガラス製容器:200mL容量)に枯草菌芽胞液を含む寒天状模擬食材(100g)を作製し、これを発送まで冷蔵にて保管した。作製した調査標準試料の概要を表2に示す。
【表2】

【0012】
2)一般細菌数測定検査用調査標準試料の品質評価
作製した調査標準試料の品質評価は以下の手順で行った。作製した調査標準試料より無作為に20容器を選び、これらについて一般細菌数測定検査を行った。なお、一般細菌数測定検査は、「食品衛生検査指針−微生物編−」(厚生労働省 監修、2004)、ならびに「衛生試験法・注解、微生物試験法」(日本薬学会編、2000)に準拠して実施した。以下にその測定手順を示した。
(1)測定溶液の調製
調査標準試料10gをストマッカー用ポリ袋に秤量した後、これにリン酸緩衝液90mLを加えて1分間ストマッカーでホモジナイズ処理し生菌を洗い出し、測定原液を調製した。この原液1mLをリン酸緩衝液9mLに加えて十分撹拌した。同様の操作を繰り返し行い、10倍段階希釈液を調製した。
(2)生菌数測定
測定原液および希釈液について、その1mLずつを滅菌シャーレ2枚のそれぞれに分注し、標準寒天培地(滅菌後あらかじめ約45℃に保温したもの)を15〜20mL加えて混釈平板とし、寒天が固化した後、35±1℃で48±3時間培養した。生菌数測定には、1平板あたり300個以上の集落を形成する平板について出現した集落数を計測し、2枚のシャーレの平均値を求め、これを一般細菌数とした。なお、測定結果は表3に示した。
【表3】

【0013】
上記試料作製方法及び表3のデータから明らかなように、本発明の一般細菌数測定検査用標準試料は、添加菌数のコントロールが容易、菌が均一に分散した状態のもので、試料中の生菌数の変動が抑えられ、長期にわたって安定であり、試料の作製が簡単であり、検査手順における操作が簡便、容易であって、食品中の生菌検査の評価に適切なものである。
【0014】
3)一般細菌数測定検査の精度管理調査結果
上記1)で得られた一般調査標準試料を390者に配布し、この調査標準試料を用いて上記2)(1)の測定溶液の調製および(2)の生菌数測定を各者でそれぞれ行ったデータを収集し、解析した。データ・クリーニングを行ったところ、1者のデータが非常に外れていたためそれを除外した。そのため、389者を対象に基本統計量、順序統計量、ヒストグラム、正規確率プロット、z−スコアおよびx−(平均値:実施者から提出された3個の測定値の平均値)−R管理図の作成を行った。このときの「平均値±標準偏差」は4116.1371±1720.92388 cfu/gであった。しかしながら、1者の結果が平均値から大きく離れていたため、この者をさらに除外し解析を行ったところ、「平均値±標準偏差」は4043.8419±964.79707 cfu/g であった。x−(平均値)管理図における下部管理線を各参加者からの報告値の平均値(x−)の平均値(x=:各実施者から提出された測定値の平均値(x−)の平均値)の30%、上部管理線をx=(平均値)の300%と設定したとき、上部管理線(12131.5257 cfu/g)を上回った者は認められず、下部管理線(1213.15257 cfu/g)を下回った者は6者であった。またR管理図において管理線を上回った者が19者認められた。と同様、x−(平均値)−R管理図を用いた評価を行った。この下部管理線(1213.15257 cfu/g)を下回った6者、R管理図において管理線を上回った19者については、その細菌数測定環境条件の整備、測定技術等の改善について検討を促す資料提供などを行う。
参考としてz−スコアによる解析も行った。
また、ストマッカー用ポリ袋のフィルターの有無に伴う結果の変動についても解析を行った。その結果、フィルターなしの場合のほうが測定結果が高くなる傾向が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明の一般細菌数測定検査用標準試料を用いることにより適正な生菌数測定が行われるので、食品衛生管理上非常に有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル物質及び保水剤を基本組成とする基材中に試験菌を均一に分散してなる一般細菌数測定検査用標準試料。
【請求項2】
ゲル物質が寒天またはゼラチンであり、保水剤がグリセリンである請求項1記載の一般細菌数測定検査用標準試料。
【請求項3】
基材中のゲル物質濃度が0.5〜0.7%(W/V)であり、保水剤濃度が9〜11%(V/V)である請求項1又は2記載の一般細菌数測定検査用標準試料。
【請求項4】
試験菌の菌株が芽胞を形成するものである請求項1、2又は3記載の一般細菌数測定検査用標準試料。
【請求項5】
試験菌の菌株がBacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液)である請求項4記載の一般細菌数測定検査用標準試料。
【請求項6】
基材中の試験菌の最終濃度が5×10〜5×106cfu/gである請求項1、2、3、4又は5記載の一般細菌数測定検査用標準試料。
【請求項7】
基材中のゲル物質濃度が0.5〜0.7%(W/V)であり、保水剤濃度が9〜11%(V/V)である培養基材を加熱溶解し、40〜60℃に冷却したものに試験菌株液を試験菌の最終濃度が5×10〜5×106cfu/gであるように添加、混和し、その後10℃以下に冷却することからなる、基材中に試験菌を均一に分散させてなる一般細菌数測定検査用標準試料の製造方法。
【請求項8】
試験菌の菌株が芽胞を形成するものである請求項7記載の一般細菌数測定検査用標準試料の製造方法。
【請求項9】
試験菌の菌株がBacillus subtilis spore (枯草菌芽胞液)である請求項8記載の一般細菌数測定検査用標準試料の製造方法。

【公開番号】特開2006−333718(P2006−333718A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−158965(P2005−158965)
【出願日】平成17年5月31日(2005.5.31)
【出願人】(500481031)財団法人食品薬品安全センター          (2)
【Fターム(参考)】