説明

上皮細胞障害抑制剤及びその用途

【課題】外用組成物に含有される塩化ベンザルコニウムの上皮細胞障害性を抑制すること。
【解決手段】両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油からなる群から選択される1以上の物質を含有してなる、塩化ベンザルコニウムによる上皮細胞障害の抑制剤を提供する。このような物質を配合した、BAC含有低上皮細胞障害誘発性外用医薬組成物(特に点眼薬)もまた提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、点眼薬等に防腐剤等として含まれる塩化ベンザルコニウムによる上皮細胞障害を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、点眼薬中には防腐剤として塩化ベンザルコニウム(BAC)が含まれているが、BACには角膜毒性(角膜障害性)があり、緑内障などのように長期間にわたる毎日の点眼治療が必要な慢性の眼疾患の場合、BACの影響が大きくなる。特に、最も普及している抗緑内障点眼薬であるLatanoprost製剤(Xalatan(登録商標)、Pfizer)は0.02%と高濃度のBACを含有しており、BACに起因した角膜障害がしばしば問題となっている。また、BACは、外用薬、化粧品、シャンプー等にも配合されているため、それらが適用される皮膚などの上皮細胞にも障害が出る恐れがある。
この毒性を緩和するためには組成物中のBACの濃度を下げるしか方法がない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、塩化ベンザルコニウムによる上皮細胞障害を抑制することが可能な物質を同定し、このような物質を含む、塩化ベンザルコニウムによる上皮細胞障害の予防、並びに該当物質を配合したBAC含有低上皮細胞障害誘発性組成物を提供することなどを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、特定の界面活性剤がBACの上皮細胞障害性を抑制し得ることを初めて見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
即ち、本発明は以下を提供する:
[1] 両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油からなる群から選択される1以上の物質を含有してなる、塩化ベンザルコニウムによる上皮細胞障害の抑制剤。
[2] 両性イオン界面活性剤がホスファチジルコリンである、上記[1]記載の剤。
[3] ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油が、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油10又は40である、上記[1]記載の剤。
[4] 塩化ベンザルコニウムを含有する組成物と組み合わせてなる、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の剤。
[5] 塩化ベンザルコニウムを含有する低上皮細胞障害誘発性組成物の製造のための、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の剤。
[6] 組成物が外用医薬組成物である、上記[4]又は[5]記載の剤。
[7] 外用医薬組成物が点眼薬である、上記[6]記載の剤。
[8] 塩化ベンザルコニウム、並びに両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油からなる群から選択される1以上の物質を含有してなる、低上皮細胞障害誘発性外用医薬組成物(但し、
トラボプロスト 0.004%(w/v)
塩化ベンザルコニウム 0.015%(w/v)及び
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40 0.5%(w/v)
を含む組成物を除く)。
[9] プロスタグランジン誘導体を有効成分とする抗緑内障点眼薬である、上記[8]記載の外用医薬組成物。
[10] プロスタグランジン誘導体が、ビマトプロスト、ラタノプロスト、イソプロピルウノプロストン、トラボプロスト又はタフルプロストである、上記[9]記載の外用医薬組成物。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、点眼薬等の外用組成物に含まれるBACによる上皮細胞障害を抑制する物質が提供され得る。このような物質を用いることにより、BACを含有していても上皮細胞障害を引き起こさない外用組成物の開発等が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
塩化ベンザルコニウム(BAC)は、式:
【0008】
【化1】

【0009】
で示され(式中、RはC17〜C1837である)、主にR=C1225、C1429及びC1633のものからなる。例えば点眼薬の場合、BACは一般に0.001〜0.02%の濃度で防腐剤として含まれているが、後記参考例に示される通り、0.005%以上の濃度で経上皮電気抵抗(TER)値の低下が認められ、角膜障害を引き起こす。
【0010】
本発明は、点眼薬等の外用組成物に防腐剤などとして配合されるBACによる上皮細胞障害を抑制するための薬剤(以下、本発明の上皮細胞障害抑制剤ともいう)を提供する。
上皮細胞障害の「抑制」とは、BACによって引き起こされる上皮細胞障害を予防、改善、緩和、軽減させること等を意味する。上皮細胞障害の程度は、自体公知の任意の手法により測定・評価することができるが、例えば、角膜障害の場合、以下に記載した経上皮電気抵抗値(TER)測定、細胞毒性試験、走査型電子顕微鏡(SEM)などの方法によって測定することができる。試験物質の有無で得られた結果を比較することにより、試験物質の角膜障害抑制能を評価することができる。
【0011】
本発明の上皮細胞障害抑制剤は、両性イオン界面活性剤(ホスファチジルコリンなど)及び/又はポリオキシエチレン硬化ヒマシ油を含有する。
【0012】
「両性イオン界面活性剤」とは、溶液のpHに依存して、陰イオン界面活性剤の性質又は陽イオン界面活性剤の性質を示す界面活性剤である。両性イオン界面活性剤の例としては、グリシン型、アミノプロピオン酸型などのアミノ酸型界面活性剤、アミノ酢酸ベタイン型、スルホベタイン型などのベタイン型界面活性剤、イミダゾリン型界面活性剤、リン酸型界面活性剤などが挙げられるが、これらに限定されない。なかでも、本発明での使用に好ましい両性イオン界面活性剤は、両性リン脂質(例、ホスファチジルコリン)であり、より好ましくは、炭素数8〜24、好ましくは12〜20の飽和・不飽和脂肪酸を含むホスファチジルコリン(PC)である。PCは生体膜の構成成分として広く動植物中に存在し(卵黄、大豆等に由来するものなどが挙げられるが、これらに限定されない)、本発明での使用には、卵黄PC(Egg PC)が特に好ましい。
【0013】
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油としては、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油5、10、20、30、40、50、60、80、100などが挙げられ、好ましくはポリオキシエチレン硬化ヒマシ油10又は40(日光ケミカルズHCO-10、HCO-40など)を使用することができる。
【0014】
上記界面活性剤は、BACの上皮細胞障害作用を抑制し得る限り、1種類を使用しても複数種を組み合わせて使用してもよい。上記両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油は、好ましくは、対象に外用(例、点眼等)しても有害な影響を示さないものから選択すべきである。
【0015】
BACは、種々の外用組成物、例えば、外用医薬組成物、化粧品組成物等において防腐剤として使用されている。よって、上記両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油は、BACを含有する組成物に用いることができる。外用医薬組成物(単に外用剤ともいう)の例としては、軟膏、クリーム、点眼薬、点鼻薬、点耳薬、外用液剤、貼付剤、坐剤などが挙げられる。化粧品組成物の例としては、クリーム、ゲル、美容液、化粧水、乳液、洗顔料、各種メイクアップ化粧品、整髪料、日焼け止め、香水、歯磨き、シャンプー、リンス、ボディーシャンプー、浴用石鹸、入浴剤等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
上記両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油は、BAC含有外用組成物に添加してもよいし、別の組成物としてBAC含有外用組成物と併用してもよい。言い換えると、本発明の上皮細胞障害抑制剤は、活性成分及びBACを含む外用組成物中に配合されてもよく、それらを含まない別個の組成物として製剤化されてもよい。使用の簡便さを考慮すると、本発明の上皮細胞障害抑制剤はBACと共に外用組成物に添加して用いることが好ましい。従って、本発明はまた、BACを含有し、かつ上皮細胞障害誘発性が低減された外用組成物の製造のための、上記上皮細胞障害抑制剤を提供する。
【0017】
本発明の上皮細胞障害抑制剤が用いられる外用組成物は、上皮細胞障害性を示す濃度のBACを含有するものである限り特に限定されないが、例えば、該組成物が点眼薬の場合、0.0005〜0.05%(w/w)、好ましくは0.005〜0.02%(w/w)のBACを含有する外用組成物である。また、多数回投与により上皮細胞障害発現の危険度が増すことを考慮すると、長期間にわたる適用が想定される外用組成物への使用がより好ましい。
【0018】
外用組成物の活性成分としては任意の活性成分を使用することができ、該組成物が点眼薬の場合、このような活性成分としては、例えば、充血除去成分、筋調整機能剤、抗炎症・収斂剤、抗ヒスタミン剤、ビタミン類、サルファ剤、抗アレルギー剤、細胞賦活剤等が挙げられる。具体的には、エピネフリン、塩酸エピネフリン、塩酸エフェドリン、塩酸テトラヒドロゾリン、塩酸ナファゾリン、硝酸ナファゾリン、塩酸フェニレフリン、dl−塩酸メチルエフェドリン等の充血除去成分、メチル硫酸ネオスチグミン等の筋調整機能剤、イプシロン−アミノカプロン酸、アラントイン、塩化ベルベリン、硫酸ベルベリン、アズレンスルホン酸ナトリウム、グリチルリチン酸二カリウム、硫酸亜鉛、乳酸亜鉛、塩化リゾチーム等の消炎・収斂成分、塩酸ジフェンヒドラミン、マレイン酸クロルフェニラミン等の抗ヒスタミン剤、フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウム、シアノコバラミン、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール、塩酸ピリドキシン、パンテノール、パントテン酸カルシウム、パントテン酸ナトリウム、酢酸トコフェロール、リボフラビン等のビタミン類、スルファメトキサゾール、スルファメトキサゾールナトリウム、スルフイソキサゾール、スルフイソミジンナトリウム等のサルファ剤、クロモグリク酸ナトリウム、フマル酸ケトチフェン、アンレキサノクス、ペミロラストカリウム、トラニラスト等の抗アレルギー剤、L-アスパラギン酸カリウム、L-アスパラギン酸マグネシウム、L-アスパラギン酸マグネシウム・カリウム、アミノエチルスルホン酸、コンドロイチン硫酸ナトリウム等の細胞賦活剤が挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
例えば、点眼薬の活性成分としては、抗緑内障成分が挙げられるが、これに限定されない。
緑内障の予防・治療には、ベータ遮断薬(ベータブロッカー)、プロスタグランジン誘導体、アルファ作動薬、炭酸脱水酵素阻害薬、コリン作動薬などの活性成分を含む点眼薬が用いられる。ベータ遮断薬の例としては、ベタキソロール、カルテオロール、レボベタキサロール、レボブノロール、メチプラノロール、チモロールなどが挙げられる。プロスタグランジン誘導体の例としては、ビマトプロスト、ラタノプロスト、トラボプロスト、タフルプロスト、イソプロピルウノプロストンなどが挙げられる。アルファ作動薬の例としては、アプラクロニジン、ブリモニジン、ジピベフリン、エピネフリンなどが挙げられる。炭酸脱水酵素阻害薬の例としては、アセタゾラミド、ブリンゾラミド、ドルゾラミド、メタゾラミドなどが挙げられる。コリン作動薬の例としては、カルバコール、デメカリウム、エコチオフェート、フィゾスチグミン、ピロカルピンなどが挙げられる。
【0020】
両性イオン界面活性剤及び/又はポリオキシエチレン硬化ヒマシ油をBAC含有外用組成物に添加する場合、上皮細胞障害を抑制し得るに十分な濃度であれば特に制限はないが、例えば、点眼薬に添加する場合、これら界面活性剤全体で、0.01〜10%(w/w)、好ましくは0.5〜2%(w/w)の濃度となるように添加する。点眼薬以外の外用組成物についても、同様の濃度を用いればよい。
【0021】
本発明の上皮細胞障害抑制剤は、BAC含有外用組成物に添加する場合であれ、それとは別の組成物として製剤化する場合であれ、外用医薬組成物又は化粧品組成物に通常用いられる防腐剤、緩衝剤、増粘剤、溶解補助剤、キレート剤、安定化剤、pH調節剤、等張化剤、清涼化剤等の各種添加剤を適宜配合して製剤化することができる。これらの添加剤は、眼や皮膚などの適用部位に対して有害でない濃度範囲内で適宜選択・配合することができ、使用する添加剤の種類や濃度などは当業者により適切に決定される。
【0022】
防腐剤としては、例えば、クロロブタノール、デヒドロ酢酸ナトリウム、塩化ベンザルコニウム、塩化セチルピリジニウム、フェネチルアルコール、パラオキシ安息香酸エステル類、塩化ベンゼトニウム等が挙げられる。緩衝剤としては、例えば、ホウ酸緩衝剤、リン酸塩緩衝剤、炭酸塩緩衝剤、酢酸塩緩衝剤などが挙げられる。増粘剤としては、例えば、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、コンドロイチン硫酸およびそれらの塩が挙げられる。溶解補助剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレンモノステアレート等が挙げられる。キレート剤としては、例えば、エデト酸ナトリウム、クエン酸などが挙げられる。安定化剤としては、例えば、エデト酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられる。pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、クエン酸、リン酸、酢酸、塩酸などが挙げられる。等張化剤としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グリセリン、プロピレングリコール、ブドウ糖、マンニトール、ソルビトール等が挙げられる。清涼化剤としては、例えば、カフェイン、メントール、カンフル、ボルネオール、ゲラニオール、シネオール、アネトール、リモネン、オイゲノール、ユーカリ油、ベルガモット油、ペパーミント油、クールミント油、スペアミント油等が挙げられる。
【0023】
本発明の上皮細胞障害抑制剤及びそれとBACとを含有してなる低上皮細胞障害誘発性外用組成物のpHは特に制限されないが、例えば該組成物が点眼薬の場合、眼科的に許容される範囲であり、常法により、通常3〜9程度、好ましくは5〜8程度に調整する。またこれら薬剤の浸透圧も特に制限されないが、例えば該組成物が点眼薬の場合、眼科的に許容される範囲であり、通常、生理食塩水に対して浸透圧比0.2〜1.5程度、好ましくは0.8〜1.1程度に調整する。
【0024】
本発明の上皮細胞障害抑制剤を配合したBAC含有外用組成物は、該組成物が通常使用されるのと同様の様式で対象に対して適用される。例えば、該組成物が点眼薬の場合、自体公知の点眼容器に封入して提供され、1回当たり1〜数滴を点眼する。投与回数は活性成分や患者の状態等に応じて適宜選択される。通常1〜10回/日程度である。本発明の上皮細胞障害抑制剤をBAC含有点眼薬とは別の点眼薬として適用する場合、両点眼薬はほぼ同時(例えば数十秒以内、好ましくは数秒以内)に用いることが好ましい。
【0025】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
角膜障害の評価方法
(1)経上皮電気抵抗値(TER)測定
日本白色家兎を全身麻酔する。生体兎の眼の前房内に銀-塩化銀電極を設置し、角膜中心部に銀-塩化銀電極を設置する。眼にHBSS(-)液を適用し、その後試験溶液を1分間適用し、再度HBSS(-)液を1分間適用する。この間のTERの変化を測定し、角膜障害の程度を評価する。試験溶液を適用しない場合のTERと比較してTERが低下した場合、角膜障害が生じているといえる。Uematsu M.ら,Ophthalmic Research,39,308−314,2007もまた参照のこと。本方法は、試験溶液の急性毒性を良好に検出できる方法である。
(2)走査型電子顕微鏡(SEM)
日本白色家兎に全身麻酔をかける。兎の角膜表面に試験溶液を1分間適用する。その後眼球を摘出し、4%グルタルアルデヒドで角膜を固定する。この標本を用い、走査型電子顕微鏡で角膜障害の状態を観察する。
(3)細胞毒性試験
正常ウサギ角膜上皮(NRCE(normal rabbit corneal epithelial))細胞を96ウェルプレートに播種し、37℃で6日間培養後、試験溶液に1分間曝露し、WST-1 Assayを用いて細胞生存率を測定する。WST-1 Assayは、Premix WST-1 Cell Proliferation Assay System(タカラバイオ)等の市販の試薬を用いて、製造業者の指示に従って行なうことができる。
【0027】
参考例
0.001%、0.002%、0.005%、0.01%及び0.02%の濃度のBACを用い、上記TER測定を行なった(図1)。この方法により、試験溶液の急性角膜障害が鋭敏に定量化できることが示された。BACは1分以内の急性障害を引き起こした。
【0028】
実施例
以下の市販の点眼薬等について、その角膜障害性をTER測定によって比較した:
・HBSS(コントロール)
・BAC-free Travoprost(TRAVATAN ZTM、Alcon)
・0.015% BAC含有Travoprost(TRAVATANTM、Alcon)
・0.015% BAC(コントロール)
結果を図2に示す。0.015% BAC含有Travoprostは、BACを含んでいるにもかかわらず、角膜障害性を示さなかった。
【0029】
そこで、このBAC含有点眼薬中に含まれる添加剤について、0.02% BACの角膜障害性に対する抑制効果を検討した。
・EDTA
・ホウ酸(BA)
・Mannitol
・Trometamol
・ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(HCO40)
TER及び細胞生存率についての結果を、それぞれ図3及び図4に示す。
TERの測定では、上記添加剤単独での適用の場合は、角膜障害性を示さなかった(図3A)。一方、これらの添加剤を0.02% BACと共に適用した場合、HCO40はBACの角膜障害性を抑制したが、EDTA、BA、Mannnitol及びTrometamolはBACの角膜障害性を抑制しなかった(図3B)。細胞生存率についても同様の結果が得られた(図4)。
【0030】
HCO40について、濃度を0%、0.01%、0.1%、0.5%、1%及び2%として同様の実験を行なったところ、HCO40が濃度依存的に0.02%BACの角膜障害を抑制することが示された(図5)。
【0031】
また、HCO40以外の各種界面活性剤についても、細胞生存率を指標としてBAC角膜障害の抑制効果を検討した。界面活性剤の濃度は全て1%とした。
・陽イオン界面活性剤(CTAB(セチルトリメチルアンモニウムブロマイド))
・陰イオン界面活性剤(SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)、OSNa(オクタンスルホン酸ナトリウム)、LS(ラウロイルザルコシン))
・両性イオン界面活性剤Egg PC(ホスファチジルコリン)
・非イオン界面活性剤(PS20、PS80、HCO10、HCO40)
結果を図6に示す。両性イオン界面活性剤Egg PC、並びに非イオン界面活性剤PS20、PS80及びHCO10もまた、0.02%BACによる角膜障害を抑制した。
【0032】
HCO10の角膜障害抑制効果をSEMにより確認したところ、図7に示すような結果が得られた。
【0033】
0.02%のBACを含むLatanoprost点眼薬(Xalatan(登録商標)、Pfizer)の角膜障害性をTERによって測定した結果、Xalatanは0.02%BACコントロールと同程度の角膜障害性を有することが示された(図8)。
【0034】
この角膜障害性が、非イオン界面活性剤HCO10、PS80及びPS20によって抑制されるか否かを、TERによって確認した。界面活性剤の濃度は全て1%とした。図9に示されるように、これらの界面活性剤はいずれも、XalatanのBAC角膜障害性を抑制した。
【0035】
HCO40とPS80をLatanoprost点眼薬(Xalatan(登録商標)、Pfizer)に加え角膜障害抑制効果をSEMにより確認したところ、図10に示すような結果が得られた。各界面活性剤の濃度は1%とした。
【0036】
まとめ
以上より、非イオン界面活性剤及び両性イオン界面活性剤が、BACの角膜障害を抑制する効果を有することが示された。これらをXalatanなどのBAC含有点眼剤と併用することで、BAC含有点眼剤の角膜障害を抑制することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明により、BACの上皮細胞障害性を抑制し得る物質が提供される。BACは防腐剤として市販の点眼薬に一般に含まれているため、このような物質を用いることで点眼薬の角膜障害性を改善することが可能となる。角膜障害性の抑制は、抗緑内障点眼薬などの長期の使用が想定される点眼剤においてより重要性が高い。また、BACは点眼薬以外の外用組成物にも含有されるので、上記物質は、該組成物が適用される部位の上皮細胞障害を抑制するのにも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、本明細書中に記載したTER測定法が、試験溶液(BAC)の角膜障害性を鋭敏に定量化できる方法であることを示す図である。
【図2】図2は、市販のTravoprost点眼薬(TRAVATAN Z(BAC非含有)、TRAVATAN(BAC含有))の角膜障害性を示す図である。
【図3】図3は、BAC含有Travoprost点眼薬に含まれる添加物の、BAC角膜障害抑制効果を示す図である(TER)。
【図4】図4は、BAC含有Travoprost点眼薬に含まれる添加物の、BAC角膜障害抑制効果を示す図である(細胞生存率)。
【図5】図5は、HCO40の濃度依存的なBAC角膜障害抑制効果を示す図である。
【図6】図6は、各種界面活性剤のBAC角膜障害抑制効果を示す図である(細胞生存率)。
【図7】図7は、HCO10のBAC角膜障害抑制効果を示すSEM写真である。
【図8】図8は、市販のLatanoprost点眼薬(Xalatan)の角膜障害性を示す図である(TER)。
【図9】図9は、示された界面活性剤による、Latanoprost点眼薬(Xalatan)のBAC角膜障害性の抑制を示す図である(TER)。
【図10】図10は、HCO40とPS80がLatanoprost点眼薬(Xalatan)による角膜障害を抑制することを示すSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油からなる群から選択される1以上の物質を含有してなる、塩化ベンザルコニウムによる上皮細胞障害の抑制剤。
【請求項2】
両性イオン界面活性剤がホスファチジルコリンである、請求項1記載の剤。
【請求項3】
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油が、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油10又は40である、請求項1記載の剤。
【請求項4】
塩化ベンザルコニウムを含有する組成物と組み合わせてなる、請求項1〜3のいずれかに記載の剤。
【請求項5】
塩化ベンザルコニウムを含有する低上皮細胞障害誘発性組成物の製造のための、請求項1〜3のいずれかに記載の剤。
【請求項6】
組成物が外用医薬組成物である、請求項4又は5記載の剤。
【請求項7】
外用医薬組成物が点眼薬である、請求項6記載の剤。
【請求項8】
塩化ベンザルコニウム、並びに両性イオン界面活性剤及びポリオキシエチレン硬化ヒマシ油からなる群から選択される1以上の物質を含有してなる、低上皮細胞障害誘発性外用医薬組成物(但し、
トラボプロスト 0.004%(w/v)
塩化ベンザルコニウム 0.015%(w/v)及び
ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40 0.5%(w/v)
を含む組成物を除く)。
【請求項9】
プロスタグランジン誘導体を有効成分とする抗緑内障点眼薬である、請求項8記載の外用医薬組成物。
【請求項10】
プロスタグランジン誘導体が、ビマトプロスト、ラタノプロスト、イソプロピルウノプロストン、トラボプロスト又はタフルプロストである、請求項9記載の外用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図7】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−65011(P2010−65011A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−235695(P2008−235695)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】