乱気流回避操縦支援装置
【課題】航空機が飛行中に遠方の乱気流を検知した場合に、緊急回避最適経路を自動的に生成して、パイロットに報知する乱気流回避操縦支援装置を提供する。
【解決手段】航空機が飛行中に進行方向前方に乱気流等の危険領域が存在することを検出する手段と、該検出手段が危険領域を認識した場合に、その危険領域を直方体の集合で表し、半正定値計画法による初期推定解に基づいて、参照経路からの逸脱が最も少ない2次計画法を用いた回避経路の局所的最適解による飛行経路を生成する手段と、該飛行経路をパイロットに報知する手段とを備えるものとした。
【解決手段】航空機が飛行中に進行方向前方に乱気流等の危険領域が存在することを検出する手段と、該検出手段が危険領域を認識した場合に、その危険領域を直方体の集合で表し、半正定値計画法による初期推定解に基づいて、参照経路からの逸脱が最も少ない2次計画法を用いた回避経路の局所的最適解による飛行経路を生成する手段と、該飛行経路をパイロットに報知する手段とを備えるものとした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機が飛行中に前方20km程度までの遠隔領域に乱気流等の危険状態を検知した場合の、緊急回避最適経路をパイロットに報知する乱気流回避操縦支援装置に関するものである。危険状態としては乱気流が代表的なものであるが、氷晶や火山灰にも適用できる。
【背景技術】
【0002】
航空機事故の主要因として近年乱気流が注目されており、航空機に搭載して乱気流を事前に検知する装置として、レーザ光を利用したドップラーライダーが研究開発されている(例えば、特許文献1、非特許文献1を参照。)。なお、ライダー(LIDAR)とは、光を利用した検知手法で「Light Detection And Ranging」を略したものである。また、照射された光線が、大気中に浮遊する微小なエアロゾルによって散乱され、その散乱光を受信してドップラー効果による周波数変化量(波長変化量)を測定することによって風速を測定することからドップラーライダーと呼ばれている。一方、航空機搭載用として既に実用化されている気象レーダは、有効範囲が数100kmと広いため、通常は観測画面を常時表示させ、必要に応じてパイロットは観察するため、余裕を持った対応が可能である。ただし気象レーダは大気中の水滴によるマイクロ波の散乱を利用しているために晴天時には効果がない。これに対して、前記ドップラーライダーは、晴天時に有効であるものの、気象レーダと比較して有効範囲が極めて限られているために、パイロットが表示画面を監視しながら危険性の程度を判断して最適な回避行動を起こす場合には、対応可能時間の短さから、ヒューマンエラーを誘発する可能性がある。このため、最適回避経路を装置が自動的に判断して、パイロットに報知する機能が備えられていれば、パイロットはその経路通りに操縦すればよいこととなり、パイロットの負担を軽減することが可能となる。
【0003】
ドップラーライダーの有効距離は現在10km程度であり、その短さが実用化のネックとなっているため、長距離化の研究開発が行われている最中である。しかしながら、航空機に搭載するという点でそのサイズ、重量、消費電力に厳しい制約があり、大幅な出力増加は困難である。今後数年間の改良では20km程度までの長距離化が限度であり、その後に関しても光波を用いるという性質上、大幅な長距離化は不可能である。一方、緊急回避飛行については無数の条件が考えられるが、ここでは単純にジェット旅客機の最大巡航速度を250m/sとして、機首方位を90度変更するのに必要な距離を計算すると、平常時の30度バンク旋回で12.8km、旅客機に許容されている最大の60度バンク旋回で7.4kmを要する。したがって、航空機の性能上は現時点のドップラーライダーの有効距離であっても乱気流を回避することが可能な条件が多いと考えられるが、実際には余裕時間が極めて限られるため、人間の判断では最適な回避飛行ができない可能性がある。加えて、急激な操作を行うことにより乱気流に突入するよりも機体の動揺が大きくなってしまうことも想定される。
【0004】
航空機が乱気流に遭遇して機体が動揺した場合には、パイロットレポートが通報される。我が国では中程度の乱気流(Moderate)に遭遇したという報告は年間約10000回、強力な乱気流(Severe)に遭遇したという報告は年間約200回程度であり、このうち実際に乱気流事故に至るのは年間1〜2件程度である。このことからModerateの場合はあえて緊急回避の危険を犯す必要はなく、平常時の回避行動で充分であると考えられる。一方、Severeの場合には突入した場合の危険性と緊急回避した場合の危険性とを評価して、より安全な手段をとるべきである。しかし、これらの危険性を人間が瞬時に判断するのは難しく、ミスを犯す可能性も否定できない。
【0005】
なお現状の運航基準では、旅客機が予定された飛行経路から逸脱する場合には管制官の許可が必要である。したがって本発明装置を有効に活用するためには、TCAS(空中衝突防止装置)と同様に管制官の指示よりも優先されるように基準を変更するか、管制業務の電子的な自動化などの措置が必要であると考えられる。ただし着陸復行や上昇・下降時の経路角変更など、一部の飛行フェーズでは現状の基準のままでも効果的に活用できる。ちなみにTCASは、開発当初は誤動作が多く実用化初期には参考程度の利用しか認められていなかったが、長年の運用実績により信頼性が向上し、旅客機への搭載が義務化された上に、現在では管制官の指示よりも優先されるようになっている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の問題点を解決するものであり、その目的は、航空機が飛行中に遠方の乱気流を検知した場合に、緊急回避最適経路を自動的に生成して、パイロットに報知する乱気流回避操縦支援装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために本発明の乱気流回避操縦支援装置は、航空機が飛行中に進行方向前方に乱気流等の危険領域が存在することを検出する手段と、該検出手段が危険領域を認識した場合に、その危険領域を直方体の集合で表し、半正定値計画法による初期推定解に基づいて、参照経路からの逸脱が最も少ない2次計画法を用いた回避経路の局所的最適解による飛行経路を生成する手段と、該飛行経路をパイロットに報知する手段とを備えるものとした。また、最適回避経路には経路角一定を条件としたものと方位角一定を条件とした2経路が計算されるものとした。
前記危険領域の直方体の大きさは機体の初期位置を端面とし、機体の軸位置を該端面の中心位置とし、進行方向長さと上下、左右の幅寸法は検出手段の分解能に応じて設定されたものとした。
【0008】
また、本発明の乱気流回避操縦支援装置は、半正定値計画法における計算手法として、制約条件式をIF−THEN構文で定式化することを採用するものとした。
さらに、前記危険領域の直方体を乱気流の強度に応じて3分類し、航行経路が弱い乱気流のみの集合の場合は回避対象外として報知すると共に、中程度の乱気流領域が含まれる場合はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を、強い乱気流領域が含まれる場合はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成して報知する機能を備えるものとした。
【発明の効果】
【0009】
本発明による乱気流回避操縦支援装置が航空機に搭載されることによって、飛行前方の乱気流が検知された場合でもパイロットは危険を回避するための適切な措置を瞬間的に判断する必要がなく、本乱気流回避操縦支援装置の指示に従って対応すれば危険領域を回避することができる。また、乱気流領域が広く航空機の性能上回避不可能であったとしてもこの装置の指示に従って操縦すれば、乱気流境域の周辺部に最も近い経路をとることができる。従って、本乱気流回避操縦支援装置は、人為ミスを低減することができるため、航空機の乱気流事故を防止することが好適に期待でき、空の安全性を高めることに大きな貢献ができる。
また、本発明の乱気流回避操縦支援装置は、半正定値計画法における計算手法として、制約条件式をIF−THEN構文で定式化することにより、従来の論理和を用いた方式に比べ、実質的な制約条件式の数を大幅に少なくでき、計算速度の向上を図ることでできる。
危険領域の直方体を乱気流の強度に応じて3分類し、航行経路が弱い乱気流のみ集合の場合は回避対象外として報知すると共に、中程度の乱気流領域が含まれる場合はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を、強い乱気流領域が含まれる場合はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成して報知する機能を備えるものとした乱気流回避操縦支援装置では、危険性の少ない乱気流領域を回避するために過度なマヌーバ(軌道修正)を行い、乱気流域に突入するよりも大きな機体動揺が生ずる危険性を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明における各更新サイクルの計算開始時刻と,回避経路の初期時刻を説明する図である。
【図2】本発明における、回避経路の更新サイクルのフローチャートである。
【図3】経路角一定および方位角一定の回避経路を求める際に、それぞれで用いる局所座標系を説明する図である。
【図4】回避経路の各更新サイクルにおいて、回避経路が存在可能な領域を限定するための直方体を説明する図である。
【図5】本発明を単一の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図6】図5の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図7】図5の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図8】図5から図7の例とは異なるパラメータ設定のもと、本発明を単一の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図9】図8の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図10】図8の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図11】本発明を3個の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図12】図11の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図13】図11の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図14】本発明を10個の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図15】図14の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図16】図14の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図17】実際の乱気流領域を模擬した状況下で、本発明を適用した場合における最適経路の一例を示す図である。
【図18】図17の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図19】図17の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図に示す実施の形態を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
回避経路は所定の時間(Tc秒)毎に実時間で最適化問題を解くことによって更新する。図1は、1回の更新サイクルにおける計算開始時刻と計算される回避経路の初期時刻を示す図である。初期時刻を、計算開始時刻から一定時間(Tm秒)経過後に設定することで、計算に要する時間と経路を提示されてからのパイロットの反応時間を反映した、安全な経路の更新が可能となる。
【0012】
図2に示すように、1回の更新サイクルにおいては、経路角一定の最適回避経路と、方位角一定の最適回避経路を、それぞれ(N+1)個の節点として離散化した形で求め、両者のうち乱気流領域内に存在する節点の個数が少ない方を選択する。乱気流領域内に存在する節点の個数が同じである場合は、両者のうちで参照経路からの逸脱がより小さい方を選択する。参照経路からの逸脱の指標としては、数1式を用いる。
【数1】
それぞれの回避経路の計算においては、最初に半正定値計画問題を解くことで大域的最適解の推定解を求め、その推定解に基づいた2次計画問題を解くことで、妥当な局所的最適解を求めるという2段階の解法を適用する。
【0013】
航空機の状態方程式は、数2式によって表す。
【数2】
【0014】
図3に、経路角一定の回避経路を求める際に用いる局所座標系1と、方位角一定の回避経路を求める際に用いる局所座標系2を示す。局所座標系1においては、過去の経路計算結果から得られる初期時刻での航空機の予定位置を原点とし、初期時刻における航空機の予定速度ベクトル(以下、初期速度ベクトルと呼ぶ)を水平面上に射影したベクトルが指す方向をX軸、鉛直方向をZ軸、これらの軸と右手直交系をなす方向をY軸とする。また、局所座標系2は、局所座標系1をY軸周りに回転させ、X軸と初期時刻における航空機の初期速度ベクトル方向を一致させた座標系である。局部座標系1における航空機の位置座標を*1と表す。また、局部座標系2における航空機の位置座標を*2と表す。
【数3】
経路角一定および方位角一定の回避経路は、局所座標系1および局所座標系2のX軸方向についてそれぞれ(N+1)個の節点として等間隔に離散化して表現する。経路角一定の経路の計算においては、局所座標系1を用いることで、最適化計算を行う前に、数4式から各節点における高度および速度を予め決定することができる。
【数4】
また、同様に、方位角一定の経路の計算においては、局所座標系2を用いることで、最適化計算を行う前に、数5式から各節点におけるY座標値および速度を予め決定することができる。
【数5】
このように、局所座標系1および2をそれぞれ採用することによって、一部の変数を予め決定し、最適化の対象となる変数を減らすことができ、計算負荷を低減することが可能となる。
【0015】
最適化においては、数2式の状態方程式の近似として、線形化された差分方程式を数6式の等式制約条件として課す。
【数6】
また、危険領域を示す直方体の大きさは図4のような直方体、すなわち、機体の現在位置である初期位置を端面とし、機体の軸位置を該端面の中心位置とし、進行方向長さと上下、左右の幅寸法はドップラーライダー等の検出手段の分解能に応じて設定される。この直方体内部の任意の領域においては乱気流情報が計測されているとみなし、求める回避経路もこの直方体内部に限定するものとする。この条件に加え、物理的に飛行が可能な回避経路を得るために、旋回率とそのコマンド、経路角とそのコマンド、経路角レートに対してそれぞれ制約条件を課す。さらに、方位角の線形化が妥当となる範囲を限定するために、方位角の変化量X (k)に対する制約条件を課す。これらの条件は、数7式の不等式によって表される。
【数7】
【0016】
回避すべき乱気流領域(中程度の乱気流領域および強い乱気流領域)は、局所座標系1ないし2において、複数(L個)の直方体として表現する。Lの大きさおよび各直方体の大きさと配置は、時々刻々のドップラーライダーによる計測結果に依存して変化する。また、各直方体の大きさは、ドップラーライダーの分解能にも依存する。回避経路の表現に上記の離散化手法を適用することで、直方体で表される乱気流領域回避の制約条件式として、数8式に示す従来のような論理和(OR)を用いた式ではなく、数9式に示すIF−THEN構文での定式化を行うことが可能となる。
【数8】
【数9】
従来の論理和を用いた方式では、乱気流回避に関する制約条件式の個数がN×Lに比例するのに対し、本発明におけるIF−THEN構文での定式化においては、前提条件(IF部分)を満たさない場合は制約条件式が適用されないため、実質的な制約条件式の個数をN×Lよりも大幅に低減することができ、実時間計算にとって重要となる計算速度の向上を図ることができる。また、従来のように論理和を表すための余分な変数を必要としないことも、計算速度向上に大きく寄与する。
【0017】
最適化問題において最小化すべき評価関数は、参照経路からの逸脱誤差の2乗和と、制御入力の変化率の2乗和を重み付きで足し合わせた値とする。この形式の評価関数によって、参照経路からの逸脱が少なく、かつパイロットが緩徐な操作によって追従することが可能な回避経路を求めることが可能である。また、後述の2次計画問題においては、乱気流領域の回避条件の不満足度の指標である時々刻々のd(k)(k=1,…,N)の和も、重み付きで上記の値に足し合わせる。この付加項によって、確実に乱気流領域を回避するのが物理的に不可能な場合でも、できるだけ乱気流領域の中心から離れて短時間で乱気流領域を抜け出すような経路を求めることが可能となる。
【0018】
最適化問題の制約条件は、数6式、数7式、数9式で表わされるが、数6式、数7式が線形であるのに対し、数9式が非線形でかつ凸でないため複数の局所的最適解が存在し得る。このような問題に対し、大域的最適解を直接求めることは負荷が大き過ぎて実時間での計算が困難である。そこで、本発明においては、まず数9式で表された制約条件式を以下の数10式に緩和した問題を最初に解く。
【数10】
また、この問題における評価関数は、数11式を満たす補助変数のもと、数12式で与えることができる。
【数11】
【数12】
以上、本発明においては、まず、数6式、数7式、数10式、および数11式の制約条件のもとで、数12式を評価関数として最小化する問題を解く。これは半正定値計画問題であり、有限回の繰り返し計算で確実に収束するアルゴリズムが適用できるため、実時間計算における信頼性が高い。この半正定値計画問題の解は、非特許文献2にも述べられているように、制約条件を緩和しない最適化問題における大域的最適解の確率論的な平均値になっているため、大域的最適解の良い推定解とみなすことができる。そこで、この推定解を用いると、数10式の代わりに数13式を制約条件式として用いることができ、結局、数6式、数7式、数13式の制約条件のもと、数14式の評価関数を最小化する凸2次計画問題を構成することが可能となる。この凸2次計画問題を解くことで、制約条件を緩和しない最適化問題に対する局所的最適解を得ることができる。また、この凸2次計画問題も、有限回の繰り返し計算で確実に収束するアルゴリズムが適用できるため、実時間計算における信頼性が高い。
【数13】
【数14】
【0019】
方位角一定の回避経路を計算する場合、経路の初期時刻における旋回率が零でない場合があるが、この場合は、経路角一定で旋回率を零に収束させる区間を挿入する。この区間における状態変数の推移は、数15式の演算をω(k+1)が零に収束するまで繰り返すことで求める。
【数15】
また、方位角一定の回避経路における初期時刻と初期状態は、この区間における終端の時刻と状態に置き換える。
【実施例1】
【0020】
乱気流を強度に応じて3分類する。乱気流の強度を表す指数としては、例えば特許文献2で定義されているFh-ファクタ(レーザ光を前方に照射し被計測対象エリアの向かい風の風速度Uを取得し、その向かい風の風速度Uを時間微分し、重力加速度gで割ることにより無次元化したもの。)を使用することができ、このような指数と機体の動揺の程度は飛行データから相関をとっておく。機体の動揺の程度は垂直加速度の二乗平均平方根で分類し、0.1G未満を弱い乱気流による動揺、0.1G以上0.3G未満を中程度の乱気流による動揺、0.3G以上を強い乱気流による動揺と定義する。
以上の分類に基づき、弱い乱気流領域は回避対象外として乱気流が存在しない領域と同等に扱う。中程度の乱気流領域はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を生成する。強い乱気流領域はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成する。
【0021】
乱気流領域の回避シミュレーション結果の一例を図5から図7に示す。中程度の乱気流領域が検知されたことを想定し、バンク角の最大値は30度としている。機体の速度は当初の255m/sから240m/s(数2式のVc)に減速するものとし、図4に定義される直方体の大きさは、D=10km、W=7.279km、H=1.750kmとしている。経路の更新周期(Tc)は10s、マージン時間(Tm)は15s、経路角の上下限は±1.15deg、経路角の時間変化率の上下限は±0.45deg/s、数2式における時定数はそれぞれ、Tγ=3s、Tω=3s、Tω=10sである。数1式におけるσは100とし、数12式、数14式における重み係数は、それぞれ
【数16】
としている。得られた最適経路は、全域において経路角一定で方位角のみを変化させる経路であった。図5において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。最適経路では、単一の直方体で表される乱気流領域を確実に回避しており、回避後は参照経路に復帰していることが確認できる。図6は図5の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図7は図5の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例2】
【0022】
実施例1と同じ乱気流領域に対する別の回避シミュレーション結果の例を図8から図10に示す。各種パラメータの設定値は、σ=1に変更したことを除き、実施例1と同じである。図8において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。得られた最適経路は、全域において方位角一定で経路角のみを変化させる経路であった。この結果は、水平方向・垂直方向ともに安全な回避が可能であるならば、経路の逸脱の重みを変更することで、水平方向・垂直方向のどちらを志向するか変えられることを示している。図9は図8の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図10は図8の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例3】
【0023】
実施例1と同じパラメータ設定のもと、人為的に3個の乱気流領域を設定した場合のシミュレーション例を図11から図13に示す。図11において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。得られた最適経路は、全域において経路角一定で方位角のみを変化させる経路であったが、3個の乱気流領域を確実に回避した。各乱気流領域に対し、左に回避するか右に回避するかの選択の余地があるため、この問題においては少なくとも計8通りの局所的に最適な回避経路が存在すると考えられるが、得られた回避経路は、その中でも最も参照経路からの逸脱が少ない妥当なものとなっている。図12は図11の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図13は図11の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例4】
【0024】
実施例1と同じパラメータ設定のもと、人為的に10個の乱気流領域を設定した場合のシミュレーション例を図14から図16に示す。図14において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。最適経路は、経路角一定の区間および方位角一定の区間を組み合わせたものとなっており、10個の直方体で表わされる乱気流領域を全て回避している。また、回避後は参照経路に復帰する方向に経路角および方位角を向けていることが確認できる。図15は図14の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図16は図14の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例5】
【0025】
実際に発生した乱気流領域を模擬した状況下でのシミュレーション例を図17から図19に示す。D=20km、W=14.56km、H=3.500kmとしている以外は、パラメータ設定は実施例1と同じである。図17において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。乱気流の存在しない方向へ安全に回避しており、実際の乱気流領域に対しても、本発明の方法が有効であることが確認できる。図18は図17の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図19は図17の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の乱気流回避操縦支援装置は、航空機の前方の乱気流が検知された場合に、被害を最小にする危険回避手段として好適に適用することが出来るだけでなく、進行方向の領域に氷晶や火山灰が分布しているような危険領域の回避にも適用することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0027】
【特許文献1】特開2003−14845号公報(特許第3740525号公報)「風擾乱予知システム」 平成15年1月15日公開
【特許文献2】特開2007−232695号公報 「乱気流の検知方法」 平成19年9月13日公開
【非特許文献】
【0028】
【非特許文献1】H.Inokuchi, H.Tanaka, and T.Ando, ” Development of an Onboard Doppler LIDAR for Flight Safety," Journal of Aircraft, Vol. 46, No. 4, pp. 1411-1415, July-August 2009.
【非特許文献2】E.Frazzoli, Z.-H.Mao, J.-H.Oh, and E.Feron, “Resolution of Conflicts Involving Many Aircraft via Semidefinite Programming,” Journal. of Guidance, Control, and Dynamics, Vol. 24, No. 1, pp. 79-86, 2001.
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機が飛行中に前方20km程度までの遠隔領域に乱気流等の危険状態を検知した場合の、緊急回避最適経路をパイロットに報知する乱気流回避操縦支援装置に関するものである。危険状態としては乱気流が代表的なものであるが、氷晶や火山灰にも適用できる。
【背景技術】
【0002】
航空機事故の主要因として近年乱気流が注目されており、航空機に搭載して乱気流を事前に検知する装置として、レーザ光を利用したドップラーライダーが研究開発されている(例えば、特許文献1、非特許文献1を参照。)。なお、ライダー(LIDAR)とは、光を利用した検知手法で「Light Detection And Ranging」を略したものである。また、照射された光線が、大気中に浮遊する微小なエアロゾルによって散乱され、その散乱光を受信してドップラー効果による周波数変化量(波長変化量)を測定することによって風速を測定することからドップラーライダーと呼ばれている。一方、航空機搭載用として既に実用化されている気象レーダは、有効範囲が数100kmと広いため、通常は観測画面を常時表示させ、必要に応じてパイロットは観察するため、余裕を持った対応が可能である。ただし気象レーダは大気中の水滴によるマイクロ波の散乱を利用しているために晴天時には効果がない。これに対して、前記ドップラーライダーは、晴天時に有効であるものの、気象レーダと比較して有効範囲が極めて限られているために、パイロットが表示画面を監視しながら危険性の程度を判断して最適な回避行動を起こす場合には、対応可能時間の短さから、ヒューマンエラーを誘発する可能性がある。このため、最適回避経路を装置が自動的に判断して、パイロットに報知する機能が備えられていれば、パイロットはその経路通りに操縦すればよいこととなり、パイロットの負担を軽減することが可能となる。
【0003】
ドップラーライダーの有効距離は現在10km程度であり、その短さが実用化のネックとなっているため、長距離化の研究開発が行われている最中である。しかしながら、航空機に搭載するという点でそのサイズ、重量、消費電力に厳しい制約があり、大幅な出力増加は困難である。今後数年間の改良では20km程度までの長距離化が限度であり、その後に関しても光波を用いるという性質上、大幅な長距離化は不可能である。一方、緊急回避飛行については無数の条件が考えられるが、ここでは単純にジェット旅客機の最大巡航速度を250m/sとして、機首方位を90度変更するのに必要な距離を計算すると、平常時の30度バンク旋回で12.8km、旅客機に許容されている最大の60度バンク旋回で7.4kmを要する。したがって、航空機の性能上は現時点のドップラーライダーの有効距離であっても乱気流を回避することが可能な条件が多いと考えられるが、実際には余裕時間が極めて限られるため、人間の判断では最適な回避飛行ができない可能性がある。加えて、急激な操作を行うことにより乱気流に突入するよりも機体の動揺が大きくなってしまうことも想定される。
【0004】
航空機が乱気流に遭遇して機体が動揺した場合には、パイロットレポートが通報される。我が国では中程度の乱気流(Moderate)に遭遇したという報告は年間約10000回、強力な乱気流(Severe)に遭遇したという報告は年間約200回程度であり、このうち実際に乱気流事故に至るのは年間1〜2件程度である。このことからModerateの場合はあえて緊急回避の危険を犯す必要はなく、平常時の回避行動で充分であると考えられる。一方、Severeの場合には突入した場合の危険性と緊急回避した場合の危険性とを評価して、より安全な手段をとるべきである。しかし、これらの危険性を人間が瞬時に判断するのは難しく、ミスを犯す可能性も否定できない。
【0005】
なお現状の運航基準では、旅客機が予定された飛行経路から逸脱する場合には管制官の許可が必要である。したがって本発明装置を有効に活用するためには、TCAS(空中衝突防止装置)と同様に管制官の指示よりも優先されるように基準を変更するか、管制業務の電子的な自動化などの措置が必要であると考えられる。ただし着陸復行や上昇・下降時の経路角変更など、一部の飛行フェーズでは現状の基準のままでも効果的に活用できる。ちなみにTCASは、開発当初は誤動作が多く実用化初期には参考程度の利用しか認められていなかったが、長年の運用実績により信頼性が向上し、旅客機への搭載が義務化された上に、現在では管制官の指示よりも優先されるようになっている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の問題点を解決するものであり、その目的は、航空機が飛行中に遠方の乱気流を検知した場合に、緊急回避最適経路を自動的に生成して、パイロットに報知する乱気流回避操縦支援装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために本発明の乱気流回避操縦支援装置は、航空機が飛行中に進行方向前方に乱気流等の危険領域が存在することを検出する手段と、該検出手段が危険領域を認識した場合に、その危険領域を直方体の集合で表し、半正定値計画法による初期推定解に基づいて、参照経路からの逸脱が最も少ない2次計画法を用いた回避経路の局所的最適解による飛行経路を生成する手段と、該飛行経路をパイロットに報知する手段とを備えるものとした。また、最適回避経路には経路角一定を条件としたものと方位角一定を条件とした2経路が計算されるものとした。
前記危険領域の直方体の大きさは機体の初期位置を端面とし、機体の軸位置を該端面の中心位置とし、進行方向長さと上下、左右の幅寸法は検出手段の分解能に応じて設定されたものとした。
【0008】
また、本発明の乱気流回避操縦支援装置は、半正定値計画法における計算手法として、制約条件式をIF−THEN構文で定式化することを採用するものとした。
さらに、前記危険領域の直方体を乱気流の強度に応じて3分類し、航行経路が弱い乱気流のみの集合の場合は回避対象外として報知すると共に、中程度の乱気流領域が含まれる場合はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を、強い乱気流領域が含まれる場合はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成して報知する機能を備えるものとした。
【発明の効果】
【0009】
本発明による乱気流回避操縦支援装置が航空機に搭載されることによって、飛行前方の乱気流が検知された場合でもパイロットは危険を回避するための適切な措置を瞬間的に判断する必要がなく、本乱気流回避操縦支援装置の指示に従って対応すれば危険領域を回避することができる。また、乱気流領域が広く航空機の性能上回避不可能であったとしてもこの装置の指示に従って操縦すれば、乱気流境域の周辺部に最も近い経路をとることができる。従って、本乱気流回避操縦支援装置は、人為ミスを低減することができるため、航空機の乱気流事故を防止することが好適に期待でき、空の安全性を高めることに大きな貢献ができる。
また、本発明の乱気流回避操縦支援装置は、半正定値計画法における計算手法として、制約条件式をIF−THEN構文で定式化することにより、従来の論理和を用いた方式に比べ、実質的な制約条件式の数を大幅に少なくでき、計算速度の向上を図ることでできる。
危険領域の直方体を乱気流の強度に応じて3分類し、航行経路が弱い乱気流のみ集合の場合は回避対象外として報知すると共に、中程度の乱気流領域が含まれる場合はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を、強い乱気流領域が含まれる場合はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成して報知する機能を備えるものとした乱気流回避操縦支援装置では、危険性の少ない乱気流領域を回避するために過度なマヌーバ(軌道修正)を行い、乱気流域に突入するよりも大きな機体動揺が生ずる危険性を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明における各更新サイクルの計算開始時刻と,回避経路の初期時刻を説明する図である。
【図2】本発明における、回避経路の更新サイクルのフローチャートである。
【図3】経路角一定および方位角一定の回避経路を求める際に、それぞれで用いる局所座標系を説明する図である。
【図4】回避経路の各更新サイクルにおいて、回避経路が存在可能な領域を限定するための直方体を説明する図である。
【図5】本発明を単一の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図6】図5の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図7】図5の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図8】図5から図7の例とは異なるパラメータ設定のもと、本発明を単一の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図9】図8の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図10】図8の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図11】本発明を3個の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図12】図11の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図13】図11の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図14】本発明を10個の乱気流領域の回避に適用した場合における、最適経路の一例を示す図である。
【図15】図14の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図16】図14の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【図17】実際の乱気流領域を模擬した状況下で、本発明を適用した場合における最適経路の一例を示す図である。
【図18】図17の経路を実現する経路角の時歴を示す図である。
【図19】図17の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図に示す実施の形態を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
回避経路は所定の時間(Tc秒)毎に実時間で最適化問題を解くことによって更新する。図1は、1回の更新サイクルにおける計算開始時刻と計算される回避経路の初期時刻を示す図である。初期時刻を、計算開始時刻から一定時間(Tm秒)経過後に設定することで、計算に要する時間と経路を提示されてからのパイロットの反応時間を反映した、安全な経路の更新が可能となる。
【0012】
図2に示すように、1回の更新サイクルにおいては、経路角一定の最適回避経路と、方位角一定の最適回避経路を、それぞれ(N+1)個の節点として離散化した形で求め、両者のうち乱気流領域内に存在する節点の個数が少ない方を選択する。乱気流領域内に存在する節点の個数が同じである場合は、両者のうちで参照経路からの逸脱がより小さい方を選択する。参照経路からの逸脱の指標としては、数1式を用いる。
【数1】
それぞれの回避経路の計算においては、最初に半正定値計画問題を解くことで大域的最適解の推定解を求め、その推定解に基づいた2次計画問題を解くことで、妥当な局所的最適解を求めるという2段階の解法を適用する。
【0013】
航空機の状態方程式は、数2式によって表す。
【数2】
【0014】
図3に、経路角一定の回避経路を求める際に用いる局所座標系1と、方位角一定の回避経路を求める際に用いる局所座標系2を示す。局所座標系1においては、過去の経路計算結果から得られる初期時刻での航空機の予定位置を原点とし、初期時刻における航空機の予定速度ベクトル(以下、初期速度ベクトルと呼ぶ)を水平面上に射影したベクトルが指す方向をX軸、鉛直方向をZ軸、これらの軸と右手直交系をなす方向をY軸とする。また、局所座標系2は、局所座標系1をY軸周りに回転させ、X軸と初期時刻における航空機の初期速度ベクトル方向を一致させた座標系である。局部座標系1における航空機の位置座標を*1と表す。また、局部座標系2における航空機の位置座標を*2と表す。
【数3】
経路角一定および方位角一定の回避経路は、局所座標系1および局所座標系2のX軸方向についてそれぞれ(N+1)個の節点として等間隔に離散化して表現する。経路角一定の経路の計算においては、局所座標系1を用いることで、最適化計算を行う前に、数4式から各節点における高度および速度を予め決定することができる。
【数4】
また、同様に、方位角一定の経路の計算においては、局所座標系2を用いることで、最適化計算を行う前に、数5式から各節点におけるY座標値および速度を予め決定することができる。
【数5】
このように、局所座標系1および2をそれぞれ採用することによって、一部の変数を予め決定し、最適化の対象となる変数を減らすことができ、計算負荷を低減することが可能となる。
【0015】
最適化においては、数2式の状態方程式の近似として、線形化された差分方程式を数6式の等式制約条件として課す。
【数6】
また、危険領域を示す直方体の大きさは図4のような直方体、すなわち、機体の現在位置である初期位置を端面とし、機体の軸位置を該端面の中心位置とし、進行方向長さと上下、左右の幅寸法はドップラーライダー等の検出手段の分解能に応じて設定される。この直方体内部の任意の領域においては乱気流情報が計測されているとみなし、求める回避経路もこの直方体内部に限定するものとする。この条件に加え、物理的に飛行が可能な回避経路を得るために、旋回率とそのコマンド、経路角とそのコマンド、経路角レートに対してそれぞれ制約条件を課す。さらに、方位角の線形化が妥当となる範囲を限定するために、方位角の変化量X (k)に対する制約条件を課す。これらの条件は、数7式の不等式によって表される。
【数7】
【0016】
回避すべき乱気流領域(中程度の乱気流領域および強い乱気流領域)は、局所座標系1ないし2において、複数(L個)の直方体として表現する。Lの大きさおよび各直方体の大きさと配置は、時々刻々のドップラーライダーによる計測結果に依存して変化する。また、各直方体の大きさは、ドップラーライダーの分解能にも依存する。回避経路の表現に上記の離散化手法を適用することで、直方体で表される乱気流領域回避の制約条件式として、数8式に示す従来のような論理和(OR)を用いた式ではなく、数9式に示すIF−THEN構文での定式化を行うことが可能となる。
【数8】
【数9】
従来の論理和を用いた方式では、乱気流回避に関する制約条件式の個数がN×Lに比例するのに対し、本発明におけるIF−THEN構文での定式化においては、前提条件(IF部分)を満たさない場合は制約条件式が適用されないため、実質的な制約条件式の個数をN×Lよりも大幅に低減することができ、実時間計算にとって重要となる計算速度の向上を図ることができる。また、従来のように論理和を表すための余分な変数を必要としないことも、計算速度向上に大きく寄与する。
【0017】
最適化問題において最小化すべき評価関数は、参照経路からの逸脱誤差の2乗和と、制御入力の変化率の2乗和を重み付きで足し合わせた値とする。この形式の評価関数によって、参照経路からの逸脱が少なく、かつパイロットが緩徐な操作によって追従することが可能な回避経路を求めることが可能である。また、後述の2次計画問題においては、乱気流領域の回避条件の不満足度の指標である時々刻々のd(k)(k=1,…,N)の和も、重み付きで上記の値に足し合わせる。この付加項によって、確実に乱気流領域を回避するのが物理的に不可能な場合でも、できるだけ乱気流領域の中心から離れて短時間で乱気流領域を抜け出すような経路を求めることが可能となる。
【0018】
最適化問題の制約条件は、数6式、数7式、数9式で表わされるが、数6式、数7式が線形であるのに対し、数9式が非線形でかつ凸でないため複数の局所的最適解が存在し得る。このような問題に対し、大域的最適解を直接求めることは負荷が大き過ぎて実時間での計算が困難である。そこで、本発明においては、まず数9式で表された制約条件式を以下の数10式に緩和した問題を最初に解く。
【数10】
また、この問題における評価関数は、数11式を満たす補助変数のもと、数12式で与えることができる。
【数11】
【数12】
以上、本発明においては、まず、数6式、数7式、数10式、および数11式の制約条件のもとで、数12式を評価関数として最小化する問題を解く。これは半正定値計画問題であり、有限回の繰り返し計算で確実に収束するアルゴリズムが適用できるため、実時間計算における信頼性が高い。この半正定値計画問題の解は、非特許文献2にも述べられているように、制約条件を緩和しない最適化問題における大域的最適解の確率論的な平均値になっているため、大域的最適解の良い推定解とみなすことができる。そこで、この推定解を用いると、数10式の代わりに数13式を制約条件式として用いることができ、結局、数6式、数7式、数13式の制約条件のもと、数14式の評価関数を最小化する凸2次計画問題を構成することが可能となる。この凸2次計画問題を解くことで、制約条件を緩和しない最適化問題に対する局所的最適解を得ることができる。また、この凸2次計画問題も、有限回の繰り返し計算で確実に収束するアルゴリズムが適用できるため、実時間計算における信頼性が高い。
【数13】
【数14】
【0019】
方位角一定の回避経路を計算する場合、経路の初期時刻における旋回率が零でない場合があるが、この場合は、経路角一定で旋回率を零に収束させる区間を挿入する。この区間における状態変数の推移は、数15式の演算をω(k+1)が零に収束するまで繰り返すことで求める。
【数15】
また、方位角一定の回避経路における初期時刻と初期状態は、この区間における終端の時刻と状態に置き換える。
【実施例1】
【0020】
乱気流を強度に応じて3分類する。乱気流の強度を表す指数としては、例えば特許文献2で定義されているFh-ファクタ(レーザ光を前方に照射し被計測対象エリアの向かい風の風速度Uを取得し、その向かい風の風速度Uを時間微分し、重力加速度gで割ることにより無次元化したもの。)を使用することができ、このような指数と機体の動揺の程度は飛行データから相関をとっておく。機体の動揺の程度は垂直加速度の二乗平均平方根で分類し、0.1G未満を弱い乱気流による動揺、0.1G以上0.3G未満を中程度の乱気流による動揺、0.3G以上を強い乱気流による動揺と定義する。
以上の分類に基づき、弱い乱気流領域は回避対象外として乱気流が存在しない領域と同等に扱う。中程度の乱気流領域はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を生成する。強い乱気流領域はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成する。
【0021】
乱気流領域の回避シミュレーション結果の一例を図5から図7に示す。中程度の乱気流領域が検知されたことを想定し、バンク角の最大値は30度としている。機体の速度は当初の255m/sから240m/s(数2式のVc)に減速するものとし、図4に定義される直方体の大きさは、D=10km、W=7.279km、H=1.750kmとしている。経路の更新周期(Tc)は10s、マージン時間(Tm)は15s、経路角の上下限は±1.15deg、経路角の時間変化率の上下限は±0.45deg/s、数2式における時定数はそれぞれ、Tγ=3s、Tω=3s、Tω=10sである。数1式におけるσは100とし、数12式、数14式における重み係数は、それぞれ
【数16】
としている。得られた最適経路は、全域において経路角一定で方位角のみを変化させる経路であった。図5において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。最適経路では、単一の直方体で表される乱気流領域を確実に回避しており、回避後は参照経路に復帰していることが確認できる。図6は図5の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図7は図5の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例2】
【0022】
実施例1と同じ乱気流領域に対する別の回避シミュレーション結果の例を図8から図10に示す。各種パラメータの設定値は、σ=1に変更したことを除き、実施例1と同じである。図8において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。得られた最適経路は、全域において方位角一定で経路角のみを変化させる経路であった。この結果は、水平方向・垂直方向ともに安全な回避が可能であるならば、経路の逸脱の重みを変更することで、水平方向・垂直方向のどちらを志向するか変えられることを示している。図9は図8の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図10は図8の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例3】
【0023】
実施例1と同じパラメータ設定のもと、人為的に3個の乱気流領域を設定した場合のシミュレーション例を図11から図13に示す。図11において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。得られた最適経路は、全域において経路角一定で方位角のみを変化させる経路であったが、3個の乱気流領域を確実に回避した。各乱気流領域に対し、左に回避するか右に回避するかの選択の余地があるため、この問題においては少なくとも計8通りの局所的に最適な回避経路が存在すると考えられるが、得られた回避経路は、その中でも最も参照経路からの逸脱が少ない妥当なものとなっている。図12は図11の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図13は図11の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例4】
【0024】
実施例1と同じパラメータ設定のもと、人為的に10個の乱気流領域を設定した場合のシミュレーション例を図14から図16に示す。図14において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。最適経路は、経路角一定の区間および方位角一定の区間を組み合わせたものとなっており、10個の直方体で表わされる乱気流領域を全て回避している。また、回避後は参照経路に復帰する方向に経路角および方位角を向けていることが確認できる。図15は図14の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図16は図14の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【実施例5】
【0025】
実際に発生した乱気流領域を模擬した状況下でのシミュレーション例を図17から図19に示す。D=20km、W=14.56km、H=3.500kmとしている以外は、パラメータ設定は実施例1と同じである。図17において、参照経路は点線で、得られた最適経路は実線で示してある。乱気流の存在しない方向へ安全に回避しており、実際の乱気流領域に対しても、本発明の方法が有効であることが確認できる。図18は図17の経路を実現する経路角の時歴を示す図であり、図19は図17の経路を実現する旋回率の時歴を示す図である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の乱気流回避操縦支援装置は、航空機の前方の乱気流が検知された場合に、被害を最小にする危険回避手段として好適に適用することが出来るだけでなく、進行方向の領域に氷晶や火山灰が分布しているような危険領域の回避にも適用することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0027】
【特許文献1】特開2003−14845号公報(特許第3740525号公報)「風擾乱予知システム」 平成15年1月15日公開
【特許文献2】特開2007−232695号公報 「乱気流の検知方法」 平成19年9月13日公開
【非特許文献】
【0028】
【非特許文献1】H.Inokuchi, H.Tanaka, and T.Ando, ” Development of an Onboard Doppler LIDAR for Flight Safety," Journal of Aircraft, Vol. 46, No. 4, pp. 1411-1415, July-August 2009.
【非特許文献2】E.Frazzoli, Z.-H.Mao, J.-H.Oh, and E.Feron, “Resolution of Conflicts Involving Many Aircraft via Semidefinite Programming,” Journal. of Guidance, Control, and Dynamics, Vol. 24, No. 1, pp. 79-86, 2001.
【特許請求の範囲】
【請求項1】
航空機が飛行中に進行方向前方に乱気流等の危険領域が存在することを検出する手段と、該検出手段が危険領域を認識した場合に、その危険領域を直方体の集合で表し、半正定値計画法による初期推定解に基づいて、参照経路からの逸脱が最も少ない2次計画法を用いた回避経路の局所的最適解による飛行経路を生成する手段と、該飛行経路をパイロットに報知する手段とを備えた乱気流回避操縦支援装置。
【請求項2】
最適回避経路には経路角一定を条件としたものと方位角一定を条件とした2経路が計算されるものである請求項1に記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項3】
前記危険領域の直方体の大きさは機体の初期位置を端面とし、機体の軸位置を該端面の中心位置とし、進行方向長さと上下、左右の幅寸法は検出手段の分解能に応じて設定されたものである請求項1又は2に記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項4】
半正定値計画法における計算手法として、制約条件式をIF−THEN構文で定式化することを採用したものである請求項1乃至3のいずれかに記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項5】
前記危険領域の直方体を乱気流の強度に応じて3分類し、航行経路が弱い乱気流のみの集合の場合は回避対象外として報知すると共に、中程度の乱気流領域が含まれる場合はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を、強い乱気流領域が含まれる場合はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成して報知する機能を備えた請求項1乃至4のいずれかに記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項1】
航空機が飛行中に進行方向前方に乱気流等の危険領域が存在することを検出する手段と、該検出手段が危険領域を認識した場合に、その危険領域を直方体の集合で表し、半正定値計画法による初期推定解に基づいて、参照経路からの逸脱が最も少ない2次計画法を用いた回避経路の局所的最適解による飛行経路を生成する手段と、該飛行経路をパイロットに報知する手段とを備えた乱気流回避操縦支援装置。
【請求項2】
最適回避経路には経路角一定を条件としたものと方位角一定を条件とした2経路が計算されるものである請求項1に記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項3】
前記危険領域の直方体の大きさは機体の初期位置を端面とし、機体の軸位置を該端面の中心位置とし、進行方向長さと上下、左右の幅寸法は検出手段の分解能に応じて設定されたものである請求項1又は2に記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項4】
半正定値計画法における計算手法として、制約条件式をIF−THEN構文で定式化することを採用したものである請求項1乃至3のいずれかに記載の乱気流回避操縦支援装置。
【請求項5】
前記危険領域の直方体を乱気流の強度に応じて3分類し、航行経路が弱い乱気流のみの集合の場合は回避対象外として報知すると共に、中程度の乱気流領域が含まれる場合はバンク角30度以下の通常操舵による回避経路を、強い乱気流領域が含まれる場合はバンク角60度以下の緊急操舵による回避経路を生成して報知する機能を備えた請求項1乃至4のいずれかに記載の乱気流回避操縦支援装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図16】
【図18】
【図19】
【図14】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図16】
【図18】
【図19】
【図14】
【図17】
【公開番号】特開2011−143774(P2011−143774A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−4659(P2010−4659)
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第47回飛行機シンポジウムアブストラクト集 「乱気流領域回避のための実時間最適軌道生成アルゴリズムの研究」 社団法人日本航空宇宙学会 2009年11月4日発行
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第47回飛行機シンポジウムアブストラクト集 「乱気流領域回避のための実時間最適軌道生成アルゴリズムの研究」 社団法人日本航空宇宙学会 2009年11月4日発行
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】
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