説明

乳化剤の風味改良方法

【課題】 乳化剤としての機能を低下させることなく且つ容易に乳化剤の風味を改良することができる乳化剤の風味改良方法の提供。
【解決手段】 乳化剤を80℃における粘度が800cp以下となるように調製し、140℃以下の温度下で水蒸気蒸留により脱臭する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、乳化剤の風味改良方法に関する。本発明の方法により得られる乳化剤は、特に食品に好適に使用することができ、その場合、風味の良い食品を得ることができる。
【0002】
【従来の技術】乳化剤は、乳化、分散、可溶化、起泡、湿潤などの種々の機能を有しており、マーガリンおよびショートニングなどの加工油脂やホイップクリームなどの乳製品の製造に役立つ他、パンやケーキなどの多くの食品に利用されている。しかし、現在市販されている乳化剤は、種類によって質的量的な差はあるものの何れも特有の風味、あるいは、悪臭を呈する。このため、乳化剤の有用な機能はわかっていても、食品に添加できないか、または、その使用量を制限せざるを得なくなり、乳化剤の機能が十分発揮されない場合や、物性は優れているが食品としての美味しさを損なう結果を招いてしまう場合が多い。
【0003】また、乳化剤は、脂肪酸あるいは油脂と親水基を有する基質(例えばグリセリン、ショ糖など)に微量の触媒を加えて加熱、合成されるもの、あるいは、レシチンのように天然物から由来するものがある。合成反応物や天然物から粗抽出・分離されたばかりの乳化剤には、反応原料の一部や、熱などで生じた副反応生成物などの夾雑物が含まれており、食品に利用するためには、安全衛生面や、色、味、臭いなどの官能的性状面からも、これらの夾雑物を除去することが必要となる。このための精製法としては、水または溶剤による洗浄、分別、吸着剤の利用による脱色、脱塩などの他、分子蒸留などが用いられている(日高徹著、「食品用乳化剤」、11〜37頁、昭和62年幸書房発行、および、シュガーエステル物語編集委員会編集、「シュガーエステル物語」、42〜43頁、昭和59年第一工業製薬株式会社発行などを参照)。しかし、乳化剤は、同一分子内に親油基と親水基を持つため、反応性に富み、加熱などにより変性しやすく、また、粘度が高いものが多く、取り扱いにくいものであり、種々の精製方法の開発により乳化剤の風味は良くなってきているが、前述の通り、食品用に使用する場合には不十分なものであった。
【0004】また、脱臭方法としては、油脂の脱臭方法として水蒸気蒸留が知られている。油脂の脱臭操作は、油脂(トリグリセリド)の精製の最終工程が行われ、風味の良い油脂を得るための重要な工程である。水蒸気蒸留による油脂の脱臭は、通常、2〜5mmHgの減圧下、180〜250℃の温度で水蒸気を吹き込みながら行われている。また、乳化剤としてモノグリセリド(ジグリセリドを含む)を添加したショートニングのフライ時の発煙防止および風味改良のため、主成分の油脂の脱臭操作の終期にモノグリセリド(ジグリセリドを含む)を加えて上記ショートニングを製造する方法(米国特許第 2,132,437号明細書) が知られている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】乳化剤の風味を改良するために、上記の油脂の脱臭方法により乳化剤を脱臭すると、加熱による褐変、乳化剤の組成の変化による乳化剤本来の機能の低下など、乳化剤の価値を低下させてしまう。また、乳化剤は油脂と比べると粘度が非常に高いものが多いため、脱臭操作中、水蒸気を吹き込んでも脱臭装置内で、乳化剤がうまく対流せず、脱臭が効果的に行われなかったり、減圧時、発泡が生じるなど、非常に取扱いの難しいものであった。
【0006】従って、本発明の目的は、乳化剤としての機能を低下させることなく且つ容易に乳化剤の風味を改良することができる乳化剤の風味改良方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、種々検討した結果、乳化剤をその粘度が一定値以下となるように調製し、低温で水蒸気蒸留(脱臭)を行うことにより、上記目的が達成されることを知見した。
【0008】本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、乳化剤を80℃における粘度が800cp以下となるように調製し、140℃以下の温度下で水蒸気蒸留により脱臭することを特徴とする乳化剤の風味改良方法を提供するものである。
【0009】
【発明の実施の形態】本発明の風味改良方法の対象となる乳化剤としては、モノグリセリド、ショ糖脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、レシチン、モノグリセリド有機酸エステル(クエン酸モノグリセリド、ジアセチル酒石酸モノグリセリド、コハク酸モノグリセリドなど)、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム(CSL)などの乳化剤、およびこれらの乳化剤を2種以上混合した乳化剤組成物などが挙げられるが、これらの乳化剤および乳化剤組成物に限定されるものではない。
【0010】上記乳化剤は、80℃における粘度が800cp以下の場合はそのまま用いてもよいが、上記粘度が800cp超の場合は800cp以下、好ましくは300cp以下、より好ましくは300〜30cpとなるように調製される。この乳化剤の粘度の調製は、例えば、大豆油、菜種油、コーン油、サフラワー油、パーム油などの油脂およびこれら油脂を水素添加した油脂などを1種又は2種以上組み合わせて添加することにより行うことができる。
【0011】また、上記乳化剤の水蒸気蒸留による脱臭は、140℃以下、好ましくは125℃以下、より好ましくは120〜50℃の温度下で行われる。水蒸気蒸留は、温度を上記範囲内とする以外は0.1〜10mmHgの減圧下で常法に従って行えばよい。
【0012】脱臭温度が140℃超であると、脱臭中に乳化剤の組成が変化して、乳化剤本来の機能の低下が生じたり、乳化剤の褐変が起こってしまう。また、脱臭を行う場合、乳化剤の80℃における粘度が800cp超であると、脱臭操作中、水蒸気を吹き込んでも脱臭装置内で、乳化剤がうまく対流せず、脱臭の効果がほとんど見られなくなる。また、脱臭の際の減圧時に乳化剤の発泡が生じるなど、取扱いの非常に難しいものとなる。
【0013】本発明の方法により得られた乳化剤は、水溶性あるいは水分散性基材(糖類あるいは多糖類など)と混合あるいは乳化後スプレードライなどにより粉末化して使用することもできる。
【0014】また、本発明の方法により得られた乳化剤は、特に油脂製品および食品に好適に使用することができ、本発明の方法により得られた乳化剤を添加した油脂製品および食品は、非常に好ましい風味のものとなる。例えば、本発明の方法により得られた乳化剤を添加してパンやクッキーを製造する場合、製造段階での該乳化剤の機能は未脱臭の乳化剤の機能と同等であり、焼成後の臭いは非常によく、後味も好ましいパンやクッキーができあがる。また、本発明の方法により得られた乳化剤を配合して調製した起泡性乳化油脂、流動ショートニングまたは起泡剤を使用してケーキを製造すると、素材の風味(卵風味)がよく出た美味しいケーキを得ることができる。
【0015】
【実施例】以下、実施例を比較例とともに挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0016】実施例1ジアセチル酒石酸モノグリセリド750重量部およびパーム油750重量部の混合物を80℃にて溶解後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.1ローター、回転数30rpm)、63cpであった。次いで、この溶液を脱臭器に入れ、2mmHgの減圧下、100℃の温度で1時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行った。この時の水蒸気吹き込み量は試料の3重量%であった。脱臭物(乳化剤組成物)の風味は非常に良好であり、また、図1及び図2から明らかなように、脱臭前後で乳化剤の組成変化は見られなかった。なお、図1は、脱臭前の乳化剤の組成をTLC/FID(イアトロスキャン)分析〔TLC/FID装置:イアトロスキャンMK−5 TLC/FID Analyser(ヤトロン社製)、展開溶媒:■クロロホルム/メタノール/水(65:26:4)、■ベンゼン/クロロホルム/酢酸/メタノール(50:20:0.7:0.5)〕した結果を示すグラフであり、図2は、脱臭後の乳化剤の組成をTLC/FID分析した結果を示すグラフである。この乳化剤組成物を用いて、中種法(配合は表1に示した)により食パンを焼成し、パネルテストを行った結果は、表2の通り良好であった。
【0017】
【表1】


【0018】
【表2】


【0019】実施例2ポリグリセリン脂肪酸エステル(オレイン酸モノエステル)750重量部および米油750重量部の混合物を80℃に加温後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.2ローター、回転数30rpm)、180cpであった。次いで、この溶液を脱臭器に入れ、2mmHgの減圧下、120℃の温度で1.5時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行った。この時の水蒸気吹き込み量は試料の4重量%であった。脱臭物(乳化剤組成物)の風味は非常に良好であり、脱臭前後で乳化剤の組成変化は見られなかった。
【0020】実施例3市販ペーストレシチン750重量部および大豆油750重量部を60℃にて混合後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.1ローター、回転数30rpm)、60cpであった。この溶液を脱臭器に入れ、2mmHgの減圧下、70℃の温度で1.5時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行った。この時の水蒸気吹き込み量は試料の4重量%であった。脱臭物(乳化剤組成物)の風味は非常に良好であり、脱臭前後で乳化剤の組成変化は見られなかった。この乳化剤組成物8重量部および実施例2で得られた乳化剤組成物8重量部をやし硬化油334重量部に溶解した油相と、脱脂粉乳45重量部およびヘキサメタリン酸ナトリウム1重量部を水604重量部に溶解した水相とを混合し、常法によりホイップクリームを調製したところ、表3の通り乳化剤由来の不快な臭いや味のない美味しいホイップクリームが得られた。
【0021】
【表3】


【0022】実施例4ショ糖脂肪酸エステル(HLB5)60重量部、プロピレングリコール脂肪酸エステル200重量部およびモノグリセリド40重量部の混合物を80℃にて溶解後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.2ローター、回転数30rpm)、300cpであった。次いで、この溶液を1リットル容四口フラスコに入れ、0.5mmHgの減圧下、100℃の温度で1時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行った。この時の水蒸気吹き込み量は試料の3重量%であった。脱臭物(乳化剤組成物)の風味は非常に良好であり、脱臭前後で乳化剤の組成変化は見られなかった。この乳化剤組成物150重量部および実施例3で得られた乳化剤組成物10重量部を米油840重量部に溶解後、常法により流動ショートニングを調製した。この流動ショートニング30重量部、薄力粉100重量部、全卵150重量部、上白糖100重量部およびベーキングパウダー1重量部を配合し、オールインミックス法によりスポンジケーキを調製した。水蒸気蒸留を行っていない乳化剤を用いて別に調製した流動ショートニングと、本発明に係る乳化剤を用いて調製した上記流動ショートニングとを比較すると、バッターの起泡力、ケーキ焼成時の比容積、内相などには大きな違いは見られなかったが、ケーキの風味については表4の通り、本発明品の方が良好な結果であった。
【0023】
【表4】


【0024】実施例5ソルビタン脂肪酸エステル6000重量部および菜種硬化油1500重量部の混合物を80℃にて溶解後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.2ローター、回転数30rpm)、200cpであった。この溶液を脱臭器に入れ、6mmHgの減圧下、125℃の温度で1.5時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行った。この時の水蒸気吹き込み量は試料の4重量%であった。脱臭物(乳化剤組成物)の風味は非常に良好であり、脱臭前後で乳化剤の組成変化は見られなかった。
【0025】比較例1ポリグリセリン脂肪酸エステル(オレイン酸モノエステル)700重量部を80℃に加温後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.3ローター、回転数12rpm)、2000cpであった。この溶液を脱臭器に入れ、2mmHgの減圧下、120℃の温度で1時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行ったが、風味の改善はほとんど見られなかった。
【0026】比較例2ショ糖脂肪酸エステル(HLB5)850重量部および米油650重量部を80℃にて溶解後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.3ローター、回転数12rpm)、1700cpであった。この溶液を脱臭器に入れ、5mmHgの減圧下、180℃の温度で1時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行ったが、風味の改善はほとんど見られず、試料の褐変、組成変化が見られた。
【0027】比較例3市販ペーストレシチン300重量部を60℃にて溶解後、この溶液の80℃における粘度を測定したところ(東京計器製B型粘度計、No.3ローター、12rpm)、1100cpであった。この溶液を1リットル容四口フラスコに入れ、減圧を開始したところ、激しく発泡し、多量の試料が脱臭トラップに流入した。引き続き、160℃の温度下で1時間、水蒸気蒸留(脱臭)を行ったが、褐変が著しく、こげ臭が発生してしまい、処理前のレシチンより、風味、機能ともに悪いものであった。
【0028】
【発明の効果】本発明の乳化剤の風味改良方法によれば、乳化剤としての機能を低下させることなく且つ容易に乳化剤の風味を改良することができる。そのため、本発明の方法により得られる乳化剤は、特に食品に好適に使用することができ、その場合、風味が良好で且つ美味しい食品を得ることができる。また、これまで乳化剤として有効な機能がありながら、風味が悪いが故に使用量を制限しなくてはならなかった乳化剤の風味が改善され、乳化剤の機能が十分に発揮された美味しい食品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、実施例1における脱臭前の乳化剤の組成をTLC/FID分析した結果を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例1における脱臭後の乳化剤の組成をTLC/FID分析した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 乳化剤を80℃における粘度が800cp以下となるように調製し、140℃以下の温度下で水蒸気蒸留により脱臭することを特徴とする乳化剤の風味改良方法。
【請求項2】 脱臭温度を125℃以下とする請求項1記載の乳化剤の風味改良方法。
【請求項3】 乳化剤の粘度を300cp以下に調製する請求項1または請求項2記載の乳化剤の風味改良方法。
【請求項4】 請求項1〜3の何れかに記載の方法により風味の改良された乳化剤を含有する食品。

【図1】
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【図2】
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