説明

乳酸の製造方法

【課題】微生物の乳酸発酵において、発酵終了後、発酵培養液から乳酸を分離精製する場合、上記着色成分を除去しないまま蒸留等の操作により乳酸溶液を加熱すると、メイラード反応により、乳酸が着色するという問題点がある。上記着色発生前に着色成分を除去する工程を含む、乳酸の製造方法を提供する。
【解決手段】微生物の乳酸発酵培養液をナノフィルターに通じて濾過することで、着色成分を効果的に分離除去することができる乳酸の精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の発酵培養により培養液中に生産された乳酸を精製する工程を含む、乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸は、食品用、医薬用などといった用途の他に、生分解性プラスチックのモノマー原料として工業的用途にまで広く適用され、需要が増加している。2−ヒドロキシプロピオン酸、即ち乳酸は、微生物による発酵により生産されることが知られており、微生物はグルコースに代表される炭水化物を含有する基質を乳酸に変換する。乳酸は、カルボニルα位の炭素の立体配座により、(L)−体および(D)−体の光学異性体に分類される。微生物発酵によれば、微生物を適宜選択することにより(L)−体または(D)−体の乳酸を選択的に、または(L)−体及び(D)−体の混合体(ラセミ体)の乳酸を生産することができる。
【0003】
微生物発酵による乳酸の生産は、一般に、発酵栄養源として液体培地が用いられ、炭素源としては、グルコース、シュークロース等の糖類が用いられ、窒素源としては、アンモニアガス、硫酸アンモニウム等が用いられる。また、必要に応じてアミノ酸類、ビタミン類、酵母エキス、ペプチド類などの天然物成分が添加される。発酵培養液中に含まれる上記栄養源は、一般に、茶褐色を呈しており、特に、着色成分の原因としては、アミノ酸類やペプチド類のアミノ基と糖類のカルボニル基によるメイラード反応によるものであることが知られている。また、メイラード反応は加熱条件により加速する。発酵終了後、発酵培養液から乳酸を分離精製する場合、上記着色成分を除去しないまま蒸留等の操作により乳酸溶液を加熱すると、メイラード反応により、乳酸が着色するという問題点がある。さらに、着色した乳酸の重合を行うと、着色成分が重合を阻害する原因となり、目的とする分子量を持ったポリ乳酸を得ることができないという問題点もある。さらに、重合したポリ乳酸が着色するという問題点もある。そのために、発酵培養液中に含まれる、着色成分を効果的に除去する方法が求められている。
【0004】
発酵培養液中の着色成分を除去する方法としては、活性炭を用いる方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、活性炭を用いる場合、除去したい着色成分が活性炭に吸着される一方で、目的とする乳酸の活性炭への吸着によりロスが生じるという問題点があった。また、活性炭による着色成分の除去では、不十分であるという問題点があった。
【特許文献1】特開昭63−264548号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述したような課題、すなわち、微生物発酵により生産された乳酸を精製する場合において、培養液中の着色成分を効果的に除去するという課題を解決し、効率よく乳酸を精製する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、微生物発酵培養液をナノフィルターを用いて濾過することにより、培養液中の着色成分を高効率で除去することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、次の(1)〜(7)から構成される。
(1)微生物の発酵培養により培養液中に生産された乳酸を精製する工程を含む乳酸の製造方法であって、該培養液をナノフィルターに通じて濾過して、APHA単位色数が200以下の着色度である乳酸溶液を得る工程Aを含む、乳酸の製造方法。
(2)前記ナノフィルターの機能層がポリアミドを含む、(1)に記載の乳酸の製造方法。
(3)前記ポリアミドが架橋ピペラジンポリアミドを主成分とし、かつ、化学式1で示される構成成分を含有することを特徴とする(2)に記載の乳酸の製造方法。
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、Rは−Hまたは−CH、nは0から3までの整数を表す。)
(4)前記工程Aにおける培養液のpHが7以下である、(1)から(3)のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
(5)前記工程Aにおける培養液の濾過圧が0.1MPa以上、8MPa以下である、(1)から(4)のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
(6)前記工程Aで得られる乳酸溶液を、さらに、1Pa以上、大気圧以下の圧力下において、25℃以上200℃以下で蒸留する工程に供する、(1)から(5)のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
(7)前記培養液に活性炭を添加する工程Bと、該工程Bの後に定性濾紙で濾過する工程Cの後に得られる乳酸を含む分離液を前記工程Aに供する、(1)から(6)のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の乳酸の製造方法は、発酵培養液中に含まれる着色成分を簡単な操作により効果的に除去することができる。従って、例えば、本発明の乳酸の製造方法で得られた乳酸溶液に対してその後に加熱操作を行った場合においても、乳酸溶液の着色を抑制することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0012】
本発明は、微生物の発酵培養により培養液中に生産された乳酸を精製する工程を含む、乳酸の製造方法であって、該培養液をナノフィルターに通じて濾過して、APHA単位色数が200以下の着色度である乳酸溶液を得る工程Aを含むものである。
【0013】
本発明の乳酸の製造方法の工程Aで用いるナノフィルターとは、ナノ濾過膜(ナノフィルトレーション膜、NF膜)とも呼ばれるものであり、一般に一価のイオンは透過し、二価のイオンを阻止する性質を有するとされる膜である。数ナノメートル程度の微小空隙を有していると考えられる膜で、主として、水中の微小粒子や分子、イオン、塩類等を阻止するために用いられる。
【0014】
ナノフィルターの素材には、酢酸セルロース系ポリマー、ポリアミド、ポリエステル、ポリイミド、ビニルポリマーなどの高分子素材を使用することができる。また、その膜構造として、膜の少なくとも片面に緻密層を持ち、緻密層から膜内部あるいはもう片方の面に向けて徐々に大きな孔径の微細孔を有する非対称膜や、非対称膜の緻密層の上に別の素材で形成された非常に薄い機能層を有する複合膜のどちらでも用いることができる。
【0015】
これらの中でも高耐圧性と高透水性、高溶質除去性能を兼ね備え、優れたポテンシャルを有する、ポリアミドを機能層とした複合膜が好ましい。操作圧力に対する耐久性と、高い透水性、阻止性能を維持できるためには、ポリアミドを機能層とし、それを多孔質膜や不織布からなる支持体で保持する構造のものが適している。また、ポリアミド半透膜としては、多官能アミンと多官能酸ハロゲン化物との重縮合反応により得られる架橋ポリアミドの機能層を支持体に有してなる複合半透膜が適している。
【0016】
ポリアミドを膜素材として含むナノフィルターにおいて、ポリアミドを構成する単量体の好ましいカルボン酸成分としては、例えば、トリメシン酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸、トリメリット酸、ピロメット酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルカルボン酸、ピリジンカルボン酸などの芳香族カルボン酸が挙げられるが、製膜溶媒に対する溶解性を考慮すると、トリメシン酸、イソフタル酸、テレフタル酸、およびこれらの混合物がより好ましい。前記ポリアミドを構成する単量体の好ましいアミン成分としては、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、ベンジジン、メチレンビスジアニリン、4,4’−ジアミノビフェニルエーテル、ジアニシジン、3,3’,4−トリアミノビフェニルエーテル、3,3’,4,4’−テトラアミノビフェニルエーテル、3,3’−ジオキシベンジジン、1,8−ナフタレンジアミン、m(p)−モノメチルフェニレンジアミン、3,3’−モノメチルアミノ−4,4’−ジアミノビフェニルエーテル、4,N,N’−(4−アミノベンゾイル)−p(m)−フェニレンジアミン−2,2’−ビス(4−アミノフェニルベンゾイミダゾール)、2,2’−ビス(4−アミノフェニルベンゾオキサゾール)、2,2’−ビス(4−アミノフェニルベンゾチアゾール)等の芳香環を有する一級ジアミン、ピペラジン、ピペリジンまたはこれらの誘導体等の二級ジアミンが挙げられ、中でもピペラジンまたはピペリジンを単量体として含む架橋ポリアミドを機能層とするナノフィルターは耐圧性、耐久性の他に、耐熱性、耐薬品性を有していることから好ましく用いられ、架橋ピペラジンポリアミドを主成分とし、かつ、前記化学式1で示される構成成分を含有するアミン成分が好ましく、また、化学式1中、n=3のものがより好ましく用いられる。上記化学式1で示される構成成分としては、例えば、特開昭62−201606号公報に記載のものが挙げられる。
【0017】
ナノフィルターは一般にスパイラル型の膜エレメントとして使用されるが、本発明で用いるナノフィルターも、スパイラル型の膜エレメントとして使用されることが好ましく採用できる。好ましいナノフィルターの具体例としては、例えば、架橋ピペラジンポリアミドを主成分とし、かつ前記化学式1で示される構成成分を含有するポリアミドを機能層とする、東レ株式会社製のUTC60を含む同社製ナノフィルターモジュールSU−210、SU−220、SU−600、SU−610も使用することができる。また、架橋ピペラジンポリアミドを機能層とするフィルムテック社製ナノフィルターのNF−45、NF−90、NF−200、NF−400、あるいはポリアミドを機能層とするアルファラバル社製ナノフィルターのNF99、NF97,NF99HF、酢酸セルロース系のナノフィルターであるGE Osmonics社製のGEsepaなどが挙げられる。
【0018】
本発明の乳酸の製造方法の工程Aで用いるナノフィルターは、上記の1種類の素材で構成する膜に限定されず、複数の膜素材を含む膜又は複数の膜を組み合わせた複合膜であってもよい。例えば、特開昭62−201606号公報に記載のように、ポリスルホンを膜素材とする支持膜に上記素材からなるナノフィルターを構成させた複合膜を用いることができる。
【0019】
本発明の乳酸の製造方法の工程Aにおける「ナノフィルターに通じて濾過する」とは、微生物の発酵培養により生産された乳酸を含む培養液を、ナノフィルターに通じて濾過し、着色成分を除去または透過阻止または濾別し、乳酸溶液を濾液として透過させることを意味する。ここで、培養液の着色成分としては、主に糖類、ペプチド類等の栄養源、または酵母エキス等の天然物由来成分等が挙げられるが、培養液中において着色を呈しているものであればいずれも含まれる。
【0020】
乳酸水溶液のナノフィルター透過性の評価方法としては、乳酸透過率を算出して評価する方法が挙げられるが、この方法に限定されるものではない。乳酸透過率は、高速液体クロマトグラフィーに代表される分析により、原水(培養液)中に含まれる乳酸濃度(原水乳酸濃度)および透過水(乳酸溶液)中に含まれる乳酸濃度(透過水乳酸濃度)を測定することで、式1によって算出することができる。
【0021】
乳酸透過率(%)=(透過水乳酸濃度/原水乳酸濃度)×100‥‥‥(式1)。
【0022】
膜単位面積、単位圧力当たりの透過流量(膜透過流束)の評価方法として、透過水量および透過水量を採水した時間および膜面積を測定することで、式2によって算出することができる。
【0023】
膜透過流束(m/(m・日))=透過水量/(膜面積×採水時間)‥‥‥(式2)。
【0024】
本発明の乳酸の製造方法の工程Aにおいて、微生物培養液のナノフィルターによる濾過は、圧力をかけて分離を行ってもよい。その濾過圧は、0.1MPa以上8MPa以下の範囲で好ましく行われる。濾過圧が0.1MPaより低ければ膜透過速度が低下し、8MPaより高ければ膜の損傷に影響を与えるため、0.5MPa以上7MPa以下で行うことが、膜透過流束が高いく、乳酸溶液を効率的に透過させることができ、膜の損傷に影響を与える可能性が少ないことからより好ましく、1MPa以上6MPa以下で行うことが特に好ましい。
【0025】
本発明の乳酸の製造方法の工程Aにおいて、ナノフィルターによる濾過に供する培養液のpHは、7以下であることが好ましい。ナノフィルターは、一般に溶液中にイオン化している物質の方が、イオン化していない物質に比べて除去または阻止しやすいことが知られている。培養液のpHを7以下とすることで、乳酸が培養液中で解離して乳酸イオンとして存在している割合を少なくし、乳酸が透過しやすくすることができる。より好ましくは、培養液のpH4を以下とする。さらに、乳酸のpKaが3.86であることから、pHを3.86以下とすることで、解離していない乳酸の方が乳酸イオンより培養溶液中に多く含まれるため、効率的に乳酸を透過することができることから、より好ましい。
【0026】
本発明の乳酸の製造方法の工程Aで用いるナノフィルターの膜分離性能としては、塩化ナトリウム(500mg/L)の除去率が45%以上のものが好ましく用いられる。また、ナノフィルターの膜の透過性能としては、塩化ナトリウム(500mg/L)で0.3MPaの濾過圧において、水の透過水量(m/日)が4以上のものが好ましく用いられる。
【0027】
ナノフィルターによる濾過で用いる微生物培養液中の乳酸溶液中の乳酸の濃度は、特に限定されないが、高濃度であれば、透過液中に含まれる乳酸の濃度も高いため、濃縮する時間を短縮することができることからコスト削減に好適である。
【0028】
ナノフィルターによる分離で用いる微生物培養液中の乳酸溶液中の乳酸の濃度は、特に限定されないが、高濃度であれば、透過液中に含まれる乳酸の濃度も高いため、濃縮する時間を短縮することができることからコスト削減に好適である。例えば、培養液中の乳酸の濃度は10g/L以上100g/L以下が好ましい。
【0029】
培養液またはナノフィルターを透過した乳酸溶液の着色度を示す指標として、APHA単位色数を用いることができる。APHA単位色数(ハーゼン単位色数)は、JISK0071−1(1998年10月20日制定)の測定法に従って求められる値である。APHA単位色数(ハーゼン単位色数)以外の着色度を示す指標として、ガードナー色数(JISK0071−2、1998年10月20日制定)も用いることができる。
【0030】
精製する前の培養液の着色度は、通常の培養条件で行えば、APHA単位色数とで500以下、ガードナー色数で18以下である。本発明によれば、工程Aの操作、すなわち、培養液をナノフィルターで濾過することで、APHA単位色数が200以下、ガードナー色数が8以下の着色度である乳酸溶液を得ることができる。
【0031】
本発明の乳酸の製造方法において、培養液に活性炭を添加する工程Bと、該工程Bの後に定性濾紙などで濾過する工程Cの後に得られる乳酸溶液を工程Aに供してもよい。活性炭を添加することにより、着色成分をAPHA単位色数として300程度、ガードナー色数として11程度まで低減することができることから好ましい。活性炭の形状としては、粉末、粒状でもよく、これらをシート状、筒状にしたものでもよく、上記活性炭を培養液に添加または、培養液を上記活性炭に通過させてもよく、これらに限定されず使用することができる。
【0032】
本発明の乳酸の製造方法において、工程Aにおいて培養液をナノフィルターで濾過して得られる乳酸溶液を、さらに蒸留する工程に供することで、高純度の乳酸を得ることができる。蒸留工程は、1Pa以上大気圧(常圧、約101kPa)以下の減圧下で行うことが好ましい。減圧下で行う場合の蒸留温度は、25℃以上200℃以下で行うことが好ましいが、180℃以上で蒸留を行った場合、不純物の影響により、乳酸がラセミ化する虞があるため、50℃以上180℃以下であれば、好適に乳酸の蒸留を行うことができる。この蒸留工程に供する前に、ナノフィルターを透過した乳酸溶液を、一旦エバポレーターに代表される濃縮装置を用いて乳酸溶液を濃縮してもよい。APHA単位色数が200以上、ガードナー色数が8以上の着色度である乳酸溶液を蒸留する場合には、得られた乳酸が蒸留時の加熱のためにさらに着色する虞がある。そして、着色したままの乳酸を原料として重合反応を行うと、得られるポリ乳酸も着色する。さらに、重合反応時に着色成分が重合阻害剤として働き、目的とする分子量のポリ乳酸を得ることが出来ない虞がある。
【0033】
本発明の乳酸の製造方法によれば、工程Aにおいて培養液をナノフィルターで濾過することにより、得られる乳酸溶液の着色度をAPHA単位色数として200以下、ガードナー色数として8以下にすることができる。また、得られた乳酸溶液をさらに蒸留工程に供することにより、APHA単位色数100以下、ガードナー色数4以下の着色度の乳酸溶液を得ることができる。さらに、乳酸溶液の蒸留残査を再び工程Aに供することで、蒸留のロスを防ぐことができ、乳酸の単離収率を向上させることができる。さらに、上記蒸留により得られた乳酸を原料として重合反応を行うことで、目的とする分子量を持った、着色度の低いポリ乳酸を得ることができる。
【0034】
以下、本発明の乳酸の製造方法に供される、微生物の発酵培養による乳酸生産について説明する。
【0035】
微生物の発酵培養による乳酸生産に使用する発酵原料としては、培養する微生物の生育を促し、目的とする発酵生産物である乳酸を良好に生産させうるものであればよく、炭素源、窒素源、無機塩類、及び必要に応じてアミノ酸、ビタミンなどの有機微量栄養素を適宜含有する通常の液体培地が良い。炭素源としては、グルコース、シュークロース、フラクトース、ガラクトース、ラクトース等の糖類、これら糖類を含有する澱粉糖化液、甘藷糖蜜、甜菜糖蜜、ハイテストモラセス、更には酢酸等の有機酸、エタノールなどのアルコール類、グリセリンなども使用される。窒素源としてはアンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩類、尿素、硝酸塩類、その他補助的に使用される有機窒素源、例えば油粕類、大豆加水分解液、カゼイン分解物、その他のアミノ酸、ビタミン類、コーンスティープリカー、酵母または酵母エキス、肉エキス、ペプトン等のペプチド類、各種発酵菌体およびその加水分解物などが使用される。無機塩類としてはリン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等を適宜添加することができる。本発明における発酵培養に使用する微生物が生育のために特定の栄養素(例えば、アミノ酸など)を必要とする場合には、その栄養物をそれ自体もしくはそれを含有する天然物として添加する。また、消泡剤も必要に応じて使用してもよい。培養液に追加する発酵原料の組成は、目的とする乳酸の生産性が高くなるように、培養開始時の発酵原料組成から適宜変更しても良い。
【0036】
本発明における微生物の培養は、通常pH4−8、温度20−40℃の範囲で行うことができる。培養液のpHはアルカリ性物質、具体的には塩基性のカルシウム塩によって上記範囲内のあらかじめ定められた値に調節することができる。塩基性カルシウム塩としては、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、酸化カルシウム、酢酸カルシウムなどが好ましく用いられる。
【0037】
微生物の培養において、酸素の供給速度を上げる必要があれば、空気に酸素を加えて酸素濃度を21%以上に保つ、あるいは培養を加圧する、攪拌速度を上げる、通気量を上げるなどの手段を用いることができる。
【0038】
微生物の培養初期にBatch培養またはFed−Batch培養を行って微生物濃度を高くした後に、連続培養(引き抜き)を開始しても良いし、高濃度の菌体をシードし、培養開始とともに連続培養を行っても良い。適当な時期から原料培養液の供給及び培養物の引き抜きを行うことが可能である。原料培養液供給と培養物の引き抜きの開始時期は必ずしも同じである必要はない。また、原料培養液の供給と培養物の引き抜きは連続的であってもよいし、間欠的であってもよい。原料培養液には上記に示したような菌体増殖に必要な栄養素を添加し、菌体増殖が連続的に行われるようにすればよい。培養液中の微生物の濃度は、培養液の環境が微生物の増殖にとって不適切となって死滅する比率が高くならない範囲で、高い状態で維持することが効率よい生産性を得るのに好ましく、一例として、乾燥重量として5g/L以上に維持することで良好な生産効率が得られる。
【0039】
発酵生産能力のあるフレッシュな菌体を増殖させつつ行う連続培養操作は、通常、単一の発酵槽で行うのが、培養管理上好ましい。しかしながら、菌体を増殖しつつ生産物を生成する連続培養法であれば、発酵槽の数は問わない。発酵槽の容量が小さい等の理由から、複数の発酵槽を用いることもあり得る。この場合、複数の発酵槽を配管で並列または直列に接続して連続培養を行っても発酵生産物の高生産性は得られる。
【0040】
本発明で使用される微生物については特に制限はないが、例えば、発酵工業においてよく使用されるパン酵母などの酵母、大腸菌、コリネ型細菌などのバクテリア、糸状菌、放線菌などが挙げられる。動物細胞、昆虫細胞等の培養細胞も、本発明で使用される微生物に含まれる。使用する微生物は、自然環境から単離されたものでもよく、また、突然変異や遺伝子組換えによって一部性質が改変されたものであってもよい。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0042】
(乳酸生産能力を持つ酵母株の作製)
参考例1 乳酸生産能力を持つ酵母株の作製
乳酸生産能力を持つ酵母株を下記のように造成した。具体的には、ヒト由来LDH遺伝子を酵母ゲノム上のPDC1プロモーターの下流に連結することでL−乳酸生産能力を持つ酵母株を造成した。ポリメラーゼ・チェーン・リアクション(PCR)には、La−Taq(宝酒造社製)、あるいはKOD-Plus-polymerase(東洋紡社製)を用い、付属の取扱説明に従って行った。
【0043】
ヒト乳ガン株化細胞(MCF−7)を培養回収後、TRIZOL Reagent(Invitrogen社製)を用いてtotal RNAを抽出し、得られたtotal RNAを鋳型としてSuperScript Choice System(Invitrogen社製)を用いた逆転写反応によりcDNAの合成を行った。これらの操作の詳細は、それぞれ付属のプロトコールに従った。得られたcDNAを続くPCRの増幅鋳型とした。
【0044】
上記操作で得られたcDNAを増幅鋳型とし、配列番号1および配列番号2で表されるオリゴヌクレオチドをプライマーセットとしたKOD-Plus-polymeraseによるPCRによりL−ldh遺伝子のクローニングを行った。各PCR増幅断片を精製し末端をT4 Polynucleotide Kinase(TAKARA社製)によりリン酸化後、pUC118ベクター(制限酵素HincIIで切断し、切断面を脱リン酸化処理したもの)にライゲーションした。ライゲーションは、DNA Ligation Kit Ver.2(TAKARA社製)を用いて行った。ライゲーションプラスミド産物で大腸菌DH5αを形質転換し、プラスミドDNAを回収することにより各種L−ldh遺伝子(アクセッションナンバー;AY009108、配列番号3)がサブクローニングされたプラスミドを得た。得られたL−ldh遺伝子が挿入されたpUC118プラスミドを制限酵素XhoIおよびNotIで消化し、得られた各DNA断片を酵母発現用ベクターpTRS11のXhoI/NotI切断部位に挿入した。このようにしてヒト由来L−ldh遺伝子発現プラスミドpL−ldh5(L−ldh遺伝子)を得た。
【0045】
ヒト由来LDH遺伝子を含むプラスミドpL−ldh5を増幅鋳型とし、配列番号4および配列番号5で表されるオリゴヌクレオチドをプライマーセットとしたPCRにより1.3kbのヒト由来LDH遺伝子、及びサッカロミセス・セレビセ由来のTDH3遺伝子のターミネーター配列含むDNA断片を増幅した。また、プラスミドpRS424を増幅鋳型として、配列番号6および配列番号7で表されるオリゴヌクレオチドをプライマーセットとしたPCRにより1.2kbのサッカロミセス・セレビセ由来のTRP1遺伝子を含むDNA断片を増幅した。それぞれのDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離、常法に従い精製した。ここで得られた1.3kb断片、1.2kb断片を混合したものを増幅鋳型とし、配列番号4および配列番号7で表されるオリゴヌクレオチドをプライマーセットとしたPCR法によって得られた産物を1.5%アガロースゲル電気泳動して、ヒト由来LDH遺伝子及びTRP1遺伝子が連結された2.5kbのDNA断片を常法に従い調製した。この2.5kbのDNA断片で出芽酵母NBRC10505株を常法に従いトリプトファン非要求性に形質転換した。
【0046】
得られた形質転換細胞がヒト由来LDH遺伝子を酵母ゲノム上のPDC1プロモーターの下流に連結されている細胞であることの確認は、下記のように行った。まず、形質転換細胞のゲノムDNAを常法に従って調製し、これを増幅鋳型とした配列番号8および配列番号9で表されるオリゴヌクレオチドをプライマーセットとしたPCRにより0.7kbの増幅DNA断片が得られることで確認した。また、形質転換細胞が乳酸生産能力を持つかどうかは、SC培地(「METHODS IN YEAST GENETICS 2000 EDITION」、CSHL PRESS)で形質転換細胞を培養した培養上澄に乳酸が含まれていることを下記に示す条件でHPLC法により乳酸量を測定することで確認した。
【0047】
カラム:Shim-Pack SPR-H(島津社製)
移動相:5mM p−トルエンスルホン酸(流速0.8mL/min)
反応液:5mM p−トルエンスルホン酸、20mM ビストリス、0.1mM EDTA・2Na(流速0.8mL/min)
検出方法:電気伝導度
温度:45℃。
【0048】
また、L−乳酸の光学純度測定は以下の条件でHPLC法により測定した。
【0049】
カラム:TSK-gel Enantio L1(東ソー社製)
移動相:1mM 硫酸銅水溶液
流速:1.0ml/min
検出方法 :UV254nm
温度 :30℃。
【0050】
また、L−乳酸の光学純度は式3で計算される。ここで、LはL−乳酸の濃度、DはD−乳酸の濃度を表す。
【0051】
光学純度(%)=100×(L−D)/(L+D)‥‥‥(式3)。
【0052】
HPLC分析の結果、4g/LのL−乳酸が検出され、D−乳酸は検出限界以下であった。以上の検討により、この形質転換体がL−乳酸生産能力を持つことを確認した。得られた形質転換細胞を酵母SW−1株として、続く実施例に用いた。
【0053】
参考例2 バッチ発酵によるL−乳酸の製造
微生物を用いた発酵形態として最も典型的なバッチ発酵を行い、その乳酸生産性を評価した。表1に示す乳酸発酵培地を用い、バッチ発酵試験を行った。該培地は高圧蒸気滅菌(121℃、15分)して用いた。微生物として参考例1で造成した酵母SW−1株を用い、生産物である乳酸の濃度の評価には、参考例1に示したHPLCを用いて評価し、グルコース濃度の測定にはグルコーステストワコーC(和光純薬)を用いた。参考例2の運転条件を以下に示す。
【0054】
反応槽容量(乳酸発酵培地量):2(L)
温度調整:30(℃)
反応槽通気量:0.2(L/min)
反応槽攪拌速度:400(rpm)
pH調整:1N 水酸化カルシウムによりpH7に調整。
【0055】
【表1】

【0056】
まず、SW−1株を試験管で5mlの乳酸発酵培地で一晩振とう培養した(前々培養)。前々培養液を新鮮な乳酸発酵培地100mlに植菌し500ml容坂口フラスコで24時間振とう培養した(前培養)。温度調整、pH調整を行い、発酵培養を行った。この時の菌体増殖量は、600nmでの吸光度で15であった。回分発酵の結果を表2に示す。
【0057】
【表2】

【0058】
実施例1〜16
(ナノフィルターで精製する培養液の準備)
参考例1、2で乳酸発酵した培養液(2L)をそれぞれpHが1.9、pHが2.6、pHが4.0、pHが6.0になるまで濃硫酸(和光純薬製)を滴下後、25℃で1時間撹拌し、培養液中の乳酸カルシウムを乳酸と硫酸カルシウムに変換した。次いで、沈殿した硫酸カルシウムを定性濾紙No2(アドバンテック製)を用いて吸引濾過により、沈殿物を濾別し、濾液2Lを回収した。
【0059】
(ナノフィルターによる分離実験)
次いで、図1に示す膜濾過装置の原水槽1に上記で得られた濾液2Lを注入した。図2の符号7に示される90φナノフィルターとして、架橋ピペラジンポリアミド半透膜“UTC60”(ナノフィルター1;東レ株式会社製)、架橋ピペラジンポリアミド半透膜“NF−400”(ナノフィルター2;フィルムテック製)、ポリアミド半透膜“NF99”(ナノフィルター3;アルファラバル製)、酢酸セルロース半透膜“GEsepa”(ナノフィルター4;GE Osmonics製)をそれぞれステンレス(SUS316製)製のセルにセットし、高圧ポンプ3の圧力をそれぞれ4MPaに調整し、それぞれのpHにおける透過水4を回収した。原水槽1、透過水4に含まれる、乳酸濃度を、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製)、着色度を比色計(日本電色製)によりAPHA単位色数として分析した。結果を表3に示す。
【0060】
【表3】

【0061】
表3に示すように、pHがそれぞれ1.9、2.6、4.0、6.0で行ったすべての実施例において、着色成分が高効率で除去されたことがわかった。
【0062】
また、上記実施例1から実施例16において、ナノフィルターを途中で新しい膜に取り換えることなく始終同一の膜を用いて実施したが、上記の濾加圧の範囲内において、着色成分が高効率で除去された。
【0063】
実施例5
(乳酸溶液の蒸留)
実施例1においてpH1.9に調整してナノフィルターで精製した透過液1L(乳酸濃度:23g/L、APHA単位色数140)を、ロータリーエバポレーター(東京理化社製)を用いて、減圧下(50hPa)で水を蒸発させて濃縮した。
【0064】
次いで、133Pa、130℃で減圧蒸留を行った。また、蒸留した乳酸の着色度を比色計により測定したところ、APHA単位色数の増加はみられなかった。表4に結果を示す。
【0065】
【表4】

【0066】
比較例1
(活性炭による着色成分除去実験)
実施例1と同様に、参考例1、2の乳酸発酵で得られた培養液(2L)に、粒状活性炭(白鷺、日本エンバイロケミカルズ(株)製)を1g添加し、25℃で2時間攪拌した。次いで、pHが1.9になるまで濃硫酸(和光純薬製)を滴下後、1時間25℃で攪拌した。沈殿した硫酸カルシウムおよび粒状活性炭を定性濾紙No2(アドバンテック製)を用いて吸引濾過により濾別した。濾液の着色度はAPHA単位色で300であった。このことから、着色成分が十分に除去されていないことがわかった。
【0067】
比較例2
(乳酸の蒸留)
比較例1で得られた濾液1L(乳酸濃度:23g/L、APHA単位色300)をロータリーエバポレーター(東京理化製)を用いて、減圧下(50hPa)で水を蒸発させた。
【0068】
次いで、133Pa、130℃で減圧蒸留を行ったところ、蒸留した乳酸に着色がみられた。また、蒸留残渣には、一部オリゴマー化した乳酸が確認された。表5に結果を示す。
【0069】
【表5】

【0070】
以上の実施例及び比較例の結果から、培養液の濾過にナノフィルターを用いることにより、培養液中の着色成分を高効率で除去できることが明らかとなった。すなわち、本発明によって、微生物培養液中の乳酸溶液中の着色成分を高効率で除去することができることが明らかとなった。また、ナノフィルターによる濾過によって得られた乳酸溶液を、さらに蒸留工程に供した場合でも、加熱条件でもオリゴマー化が進行せず、乳酸が着色しないことが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の精製方法で用いたナノフィルター膜分離装置の一つの実施の形態を示す概要図である。
【図2】本発明の精製方法で用いたナノフィルター膜分離装置のナノフィルターが装着されたセル断面図の一つの実施の形態を示す概要図である。
【符号の説明】
【0072】
1 原水槽
2 ナノフィルター膜が装着されたセル
3 高圧ポンプ
4 膜透過液の流れ
5 膜濃縮液の流れ
6 高圧ポンプにより送液された培養液の流れ
7 ナノフィルター
8 支持板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物の発酵培養により培養液中に生産された乳酸を精製する工程を含む乳酸の製造方法であって、該培養液をナノフィルターに通じて濾過して、APHA単位色数が200以下の着色度である乳酸溶液を得る工程Aを含む、乳酸の製造方法。
【請求項2】
前記ナノフィルターの機能層がポリアミドを含む、請求項1に記載の乳酸の製造方法。
【請求項3】
前記ポリアミドが架橋ピペラジンポリアミドを主成分とし、かつ、化学式1で示される構成成分を含有することを特徴とする請求項2に記載の乳酸の製造方法。
【化1】

(式中、Rは−Hまたは−CH、nは0から3までの整数を表す。)
【請求項4】
前記工程Aにおける培養液のpHが7以下である、請求項1から3のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
【請求項5】
前記工程Aにおける培養液の濾過圧が0.1MPa以上、8MPa以下である、請求項1から4のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
【請求項6】
前記工程Aで得られる乳酸溶液を、さらに、1Pa以上、大気圧以下の圧力下において、25℃以上200℃以下で蒸留する工程に供する、請求項1から5のいずれかに記載の乳酸の製造方法。
【請求項7】
前記培養液に活性炭を添加する工程Bと、該工程Bの後に定性濾紙で濾過する工程Cの後に得られる乳酸を含む分離液を前記工程Aに供する、請求項1から6のいずれかに記載の乳酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−142265(P2009−142265A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−282820(P2008−282820)
【出願日】平成20年11月4日(2008.11.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、「微生物機能を活用した環境調和型製造基盤技術開発/微生物機能を活用した高度製造基盤技術開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】