説明

予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物

【課題】PCCI燃焼に適した新規の着火性指標を創出し、該着火性指標で燃料を規定することで、PCCI燃焼が成立する負荷条件の範囲を、ガソリンや軽油等の従来の自動車用燃料ではなし得ない範囲まで拡大することが可能な予混合圧縮自己着火式エンジン用の燃料油組成物を提供する。
【解決手段】硫黄分が10質量ppm以下で、90容量%留出温度が350℃以下で、水素/炭素比が1.85〜2.10で、アンチノック性指数(AKI)が55以上で、着火性指数(IQI)が30〜50で、CO2排出原単位(CO2I)が0.069(CO2−g/kJ)以下で、且つ芳香族性(Ha/Htotal)が0.05以下であることを特徴とする予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予混合圧縮自己着火式エンジン用の燃料油組成物に関し、特には、予混合圧縮自己着火式エンジンに用いた際に、予混合圧縮自己着火燃焼を確保できる負荷条件の範囲を、ガソリンや軽油等の従来の自動車用燃料ではなし得ない範囲まで拡大することが可能で、且つCO2の排出が少ない燃料油組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車から排出される窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)は、大気中におけるこれら有害成分濃度に一定の寄与があるため、大気環境改善の観点から、これら有害排出ガス成分の削減が強く求められている。一方、地球温暖化防止のためには、化石燃料の燃焼で排出されるCO2の削減が必要であり、自動車からのCO2排出の削減、即ち、自動車の燃料消費効率(燃費)の向上が強く求められている。このように、自動車においては、有害ガス成分の排出削減とCO2の排出削減を同時に達成する必要があり、昨今、その対応技術として、予混合圧縮自己着火式(PCCI:Premixed Charge Compression Ignition)エンジンが注目されている。
【0003】
PCCIエンジンでは、燃焼の開始(着火)を燃料の自己着火に依存しているので、燃焼室内の温度が低い冷機時や低負荷条件下では、着火性の良好な燃料が必要となる。しかしながら、着火性の良好な燃料は、燃焼室内の温度が高い高負荷条件下では、燃焼室内で多点同時着火による急激な燃焼を起こし、燃焼騒音の増大やエンジンの損傷を引き起こしてしまう。そのため、燃焼室内の温度が高い高負荷条件下では、着火性の低い燃料が求められる。従って、PCCIエンジン用燃料としては、低負荷条件では着火性が良好で、高負荷条件下では着火性が悪い燃料が望ましい。
【0004】
予混合圧縮自己着火(PCCI)燃焼が成立しないエンジンの負荷条件下では、従来型の燃焼形態(ディーゼルエンジン燃焼)を用いることとなるが、有害排出ガスの低減と燃費の向上を同時に達成できるPCCI燃焼の範囲が広い程、エンジン性能としては優れているため、適切な着火性を有する燃料が求められている。さらに、燃料からのCO2を削減するためには、単位発熱量当たりのCO2排出量が少ないことが望まれ、CO2排出原単位が小さく、且つPCCI燃焼範囲が広い燃料が必要である。
【0005】
これに対して、従来、燃料の着火性を表現する指標としては、低負荷条件下ではセタン価(CN)が、高負荷条件下ではリサーチ法オクタン価(RON)が用いられてきた。また、RONとCNの差を着火性指標とし、この差が小さいことが燃料の着火性を良好にするとの提案もされてきた。
【0006】
【特許文献1】特開2004−091657号公報
【非特許文献1】Paul W. Besonette, Charles H. Schleyer, Kevin P Duffy, William L. Hardy and Michael P. Liechty, ”Effects of Fuel Property Changes on Heavy-Duty HCCI Combustion”, SAE Paper 2007-01-0191, 2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のセタン価(CN)及びリサーチ法オクタン価(RON)は、元々PCCIエンジン用に規定された指標ではないため、PCCIエンジンに用いた場合の燃料の着火性の指標としては必ずしも適切とはいえない。
【0008】
そこで、本発明の目的は、PCCI燃焼に適した新規の着火性指標を創出し、該着火性指標で燃料を規定することで、PCCI燃焼が成立する負荷条件の範囲を、ガソリンや軽油等の従来の自動車用燃料ではなし得ない範囲まで拡大することが可能で、且つCO2の排出が少ない予混合圧縮自己着火式エンジン用の燃料油組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、特定の蒸留性状を有し、水素/炭素比が特定の範囲にある上、新規に創出した着火性指標が特定の範囲にある燃料油組成物を予混合圧縮自己着火式エンジンに用いることで、PCCI燃焼が成立する負荷条件の範囲が、従来の自動車用燃料(ガソリン、軽油)ではなし得ない範囲まで拡大することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本発明の予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物は、
・硫黄分が10質量ppm以下で、
・90容量%留出温度が350℃以下で、
・水素/炭素比が1.85〜2.10で、
・下記式(1):
AKI=Ha×(8321)+Ha×Ha×(1194)+Ho×(9818)+Ho×Ho×(4481)+Hα×(10660)+Hα×Hα×(−696)+Hβ×(9538)+Hβ×Hβ×(−209)+Hγ×(9479)+Hγ×Hγ×(97)−9447 ・・・ (1)
[式中、Haは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの9.2〜6.2ppmのピークの面積の割合であり、Hoは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの6.0〜4.2ppmのピークの面積の割合であり、Hαは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの4.2〜2.0ppmのピークの面積の割合であり、Hβは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの2.0〜1.0ppmのピークの面積の割合であり、Hγは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの1.0〜0.5ppmのピークの面積の割合であり、ここで、スペクトル位置は内部標準物質として用いたテトラメチルシラン(TMS)からの化学シフト位置を指し、0ppmはTMSのスペクトル位置である]で定義されるアンチノック性指数(AKI)が55以上で、
・下記式(2):
IQI=Ha×(−1723)+Ha×Ha×(228)+Ho×(−1988)+Ho×Ho×(3696)+Hα×(−1607)+Hα×Hα×(71)+Hβ×(−1529)+Hβ×Hβ×(41)+Hγ×(−1677)+Hγ×Hγ×(75)+1618 ・・・ (2)
[式中、Ha、Ho、Hα、Hβ、及びHγは、上記と同義である]で定義される着火性指数(IQI)が30〜50で、
・下記式(3):
CO2I=1000×{(16×2+12)/12}×(C/100)/(真発熱量)} ・・・ (3)
[式中、Cは、元素分析で求めた炭素の質量割合(%)で、真発熱量(kJ/kg)は、下記式(4):
真発熱量(kJ/kg)=4.184×[8100×C/100+29000×{H/100−O/(8×100)}+2200×0/1000000−600×0/1000000] ・・・ (4)
{式中、Cは元素分析で求めた炭素の質量割合(%)で、Hは元素分析で求めた水素の質量割合(%)で、Oは元素分析で求めた酸素の質量割合(%)である}で示した計算値である]で定義されるCO2排出原単位(CO2I)が0.069(CO2−g/kJ)以下で、且つ
・下記式(5):
Ha/Htotal=Ha/(Ha+Ho+Hα+Hβ+Hγ) ・・・ (5)
[式中、Haは上記と同義であり、HtotalはHa、Ho、Hα、Hβ、Hγの合計である]で定義される芳香族性(Ha/Htotal)が0.05以下である
ことを特徴とする。
【0011】
なお、本発明において、硫黄分はJIS K2541−6に従って測定され、90容量%留出温度はJIS K2254に従って測定され、1H−NMRスペクトルは日本電子(株)製核磁気共鳴装置(AL−400型)に従って測定され、水素/炭素比はLECO社製CHN−1000型に従って測定される。また、上記式(4)は、式の最後2項に示した様に硫黄分、水分の質量割合(ppm)を無視した経験式である。
【0012】
本発明の予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物は、更に、下記式(6):
CF=(AKI)+(IQI) ・・・ (6)
[式中、AKIは上記式(1)で定義され、IQIは上記式(2)で定義される]で定義されるCFが90以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、特定の蒸留性状を有し、水素/炭素比が特定の範囲にあり、CO2排出原単位が小さい上に、新規に創出した着火性指標が特定の範囲にある燃料油組成物を予混合圧縮自己着火式エンジンに用いることで、PCCI燃焼が成立する負荷条件の範囲を、従来の自動車用燃料(ガソリン、軽油)ではなし得ない範囲まで拡大することが可能となり、CO2の排出を削減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。本発明の予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物は、硫黄分が10質量ppm以下で、90容量%留出温度が350℃以下で、水素/炭素比が1.85〜2.10で、上記式(1)で定義されるアンチノック性指数(AKI)が55以上で、上記式(2)で定義される着火性指数(IQI)が30〜50で、上記式(3)で定義されるCO2排出原単位(CO2I)が0.069(CO2−g/kJ)以下で、且つ上記式(5)で定義される芳香族性(Ha/Htotal)が0.05以下であることを特徴とする。
【0015】
上述のように、従来、燃料の着火性の指標として用いられてきたセタン価(CN)及びリサーチ法オクタン価(RON)は、PCCIエンジンに用いた場合の燃料の着火性の指標としては必ずしも適切とはいえない。ところで、可燃混合気が形成された後の燃料の自己着火は化学反応であり、燃料分子の構造が支配的要因である。そのため、本発明者らは、着火性の指標として、燃料の分子構造を表現できるパラメータを開発する必要があるものと考えた。本発明者らは、この考えを基に、燃料の性状と、PCCIエンジンに用いた際の燃料の着火性との関係を鋭意検討したところ、燃料油の無数の分析値の中でも、1H−NMRスペクトルにおける各水素の割合がPCCIエンジンに用いた際の燃料の着火性と密接に関係しており、それらをパラメータとした上記式(1)で定義されるAKIが高負荷条件下での着火性の指標として最適であり、上記式(2)で定義されるIQIが低負荷条件下での着火性の指標として最適であることを見出した。なお、1H−NMRスペクトルにおいて、9.2〜6.2ppmのピークは芳香族環に結合する水素に対応し、6.0〜4.2ppmのピークは二重結合の炭素に結合する水素に対応し、4.2〜2.0ppmのピークは芳香族環に隣接したメチレン水素に対応し、2.0〜1.0ppmのピークはアルキル基に隣接したメチレン水素に対応し、1.0〜0.5ppmのピークはアルキル基に隣接したメチル水素に対応するものである。
【0016】
そして、本発明の燃料油組成物は、上記式(1)で定義されるAKIが十分高いため、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の上限値が十分高い。また、本発明の燃料油組成物は、上記式(2)で定義されるIQIが十分高いため、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の下限値が十分低い。従って、本発明の燃料油組成物は、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の上限値が十分高く且つ下限値が十分低いため、PCCI燃焼が成立する負荷条件の範囲を、従来の自動車用燃料(ガソリン、軽油)ではなし得ない範囲まで拡大することができ、予混合圧縮自己着火式エンジンに特に好適である。
【0017】
<硫黄分>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、硫黄分が10質量ppm以下であり、好ましくは1質量ppm以下である。本発明の燃料油組成物は、硫黄分が10質量ppm以下であるため、燃焼生成物である硫黄酸化物が少なく、環境負荷の低減に寄与できる。また、硫黄分は、排出ガス浄化触媒を被毒するので、硫黄分の低減は、排出ガス浄化触媒の性能の維持を通じても、環境負荷の低減に寄与できる。更に、NOx吸蔵還元触媒を装着した車輌においては、該触媒の硫黄被毒の再生に燃料を使用するので、硫黄分の低減は、燃費の向上にも寄与する。そして、これらの効果は、硫黄分が低い程顕著であるため、本発明の燃料油組成物中の硫黄分は、1質量ppm以下であることが好ましい。
【0018】
<90容量%留出温度(T90)>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、90容量%留出温度(T90)が350℃以下であり、好ましくは340℃以下、さらに好ましくは330℃以下である。90容量%留出温度(T90)が350℃を超えると、粒子状物質(PM)の排出量が増加して、環境負荷を十分に低減できない。更に、ディーゼルエンジンに比べて燃料を早期に噴射するPCCIエンジンでは、燃料の一部がシリンダーライナーに到達し、ピストンの下降で掻き落とされてオイルパンへと流れ込み、エンジンオイルの希釈を引き起こすことがあるが、90容量%留出温度(T90)が350℃以下の燃料組成物は、気化し易く、ピストンの下降前に十分気化するため、エンジンオイルの希釈が極めて少なない。従って、PCCIエンジン用燃料の性状としては、90容量%留出温度(T90)が350℃以下であることが必要である。そして、上記の問題に対応するには、90容量%留出温度(T90)が低い程好ましいため、本発明の燃料油組成物は、90容量%留出温度(T90)が340℃以下であることが好ましく、さらに好ましくは330℃以下である。また、特に限定されるものではないが、本発明の燃料油組成物は、燃料噴射ポンプの潤滑性維持や燃料噴射ノズル摩耗防止の観点から、90容量%留出温度(T90)が280℃以上であることが好ましい。
【0019】
<水素/炭素比>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、水素/炭素比が1.85〜2.10であり、好ましくは1.90〜2.05である。水素/炭素比が低過ぎると、エンジンから排出されるCO2が増加するため、水素/炭素比を1.85以上とすることが必要であり、1.90以上とすることが好ましい。また、水素/炭素比が高過ぎると、燃料油組成物の製造段階でのCO2排出量が増大するため、水素/炭素比を2.10以下とすることが必要であり、2.05以下とすることが好ましい。
【0020】
<アンチノック性指数(AKI)>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の上限値に影響を及ぼす上記式(1)で定義されるAKIが55以上であり、好ましくは57以上、さらに好ましくは60以上、特には62以上である。高負荷条件下での緩慢な燃焼を確保するためには、燃料油組成物のAKIを55以上とすることが必要である。なお、過早着火や急激な燃焼を回避するために、エンジン側では排気ガス再循環装置(EGR)の導入等の対策が講じられるが、高負荷条件下でPCCIエンジンとして許容できる騒音や燃焼圧力上昇率を確保するためには、燃料油組成物のAKIを55以上とすることが必要である。また、特に限定されるものではないが、本発明の燃料油組成物のAKIは、90以下であることが好ましく、80以下であることが更に好ましい。
【0021】
<着火性指数(IQI)>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の下限値に影響を及ぼす上記式(2)で定義されるIQIが30以上であり、好ましくは33以上、さらに好ましくは35以上である。燃料油の着火性を向上させるために、エンジン側では圧縮比の向上等の対策が採られるが、燃料油の確実な着火と燃焼の安定性とを確保するためには、燃料油自体のIQIを30以上とすることが必要である。また、燃料油のIQIが高過ぎると、燃料油の噴射から着火に至るまでの時間、即ち、着火遅れが短縮されるため、十分な予混合気が形成されなかったり、早期着火による着火時期の進み過ぎによって、エンジン性能の悪化を招くので、燃料油組成物のIQIは50以下であり、好ましくは47以下、さらに好ましくは45以下、特には40以下である。
【0022】
<CO2排出原単位(CO2I)>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、燃焼時の二酸化炭素排出量が少なく、上記式(3)で定義されるCO2Iが0.069(CO2−g/kJ)以下であり、好ましくは0.068(CO2−g/kJ)以下である。
【0023】
<芳香族性(Ha/Htotal)>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、PMの排出量を低減するために、上記式(5)で定義されるHa/Htotalが0.05以下であり、好ましくは0.04以下、さらに好ましくは0.03以下である。なお、特に限定されるものではないが、本発明の燃料油組成物のHa/Htotalは、0.01以上であることが好ましい。
【0024】
<CF>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、更に、上記式(6)で定義されるCFが90以上であることが好ましい。上記のように、上記式(1)で定義されるAKI及び上記式(2)で定義されるIQIの両方を上記の特定の範囲に規定することで、PCCI燃焼が成立する範囲を拡大することができるが、AKIとIQIの最適化を図り、上記式(6)で定義されるCFを90以上とすることで、PCCI燃焼が成立する範囲を更に拡大することができる。CFはより好ましくは93以上、より一層好ましくは95以上、特には98以上である。
【0025】
<燃料油組成物の調製>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物は、上記の性状を満たすように、例えば、中東原油を140〜350℃に蒸留分離した後、ニッケル・モリブデン系触媒を用い、反応温度330〜360℃、LHSV0.5〜1.0H-1、水素/オイル比100〜300L/L、水素分圧5〜15MPaに水素化分解することで得られる。また、沸点が140〜300℃の流動接触分解軽油を、ニッケル・モリブデン系触媒を用い、反応温度330〜360℃、LHSV0.5〜2.0H-1、水素/オイル比100〜300L/L、水素分圧5〜15MPaで水素化処理して調製することができる。
【0026】
<添加剤>
本発明のPCCIエンジン用燃料油組成物には、燃料油組成物の安定性を確保するための酸化防止剤、低温流動性を確保するための低温流動性向上剤、潤滑性を確保するための潤滑性向上剤、エンジンの清浄性を確保するための清浄剤等を適宜添加することができる。
【0027】
上記酸化防止剤としては、2,6-ジ-t-ブチルフェノール、2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール、2,4-ジメチル-6-t-ブチルフェノール、2,4,6-トリ-t-ブチルフェノール、2-t-ブチル-4,6-ジメチルフェノール、2-t-ブチルフェノール等のフェノール系酸化防止剤や、N,N'-ジイソプロピル-p-フェニレンジアミン、N,N'-ジ-sec-ブチル-p-フェニレンジアミン等のアミン系酸化防止剤、及びこれらの混合物が挙げられる。これら酸化防止剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて、適宜選択することができる。
【0028】
上記低温流動性向上剤としては、公知のエチレン共重合体等を用いることができるが、特には、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル等の飽和脂肪酸のビニルエステルが好ましく用いられる。これら低温流動性向上剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて、適宜選択することができる。
【0029】
上記潤滑性向上剤としては、例えば、長鎖(例えば、炭素数12〜24)の脂肪酸又はその脂肪酸エステルが好ましく用いられる。該潤滑性向上剤を10〜500質量ppmの範囲、好ましくは50〜100質量ppmの範囲で添加することで、耐摩耗性を十分に向上させることができる。
【0030】
上記清浄剤としては、コハク酸イミド、ポリアルキルアミン、ポリエーテルアミン等が挙げられる。これら清浄剤の添加量は、特に限定されず、目的に応じて、適宜選択することができる。
【0031】
<予混合圧縮自己着火式エンジン>
上述した本発明の燃料油組成物は、予混合圧縮自己着火式(PCCI)エンジンに用いられる。該PCCIエンジンは、HCCI(Homogeneous Charge Compression Ignition)エンジンとも呼ばれ、圧縮行程の前又は圧縮行程の早期段階において燃焼室又は吸気ポートに燃料を噴射し、噴射された燃料を空気と均一に混合させた後、圧縮行程の最終段階から膨張行程の早期段階において自然発火により燃料を着火燃焼させる方式のエンジンである。該予混合圧縮自己着火式エンジンにおいては、燃焼室内において燃料と空気とがほぼ均一に混合した状態で燃焼し、局所的に高温の領域が形成され難いため、従来のディーゼルエンジン(圧縮自己着火式エンジン)と比べて、NOxやPMの発生を抑制することができる。また、該予混合圧縮自己着火式エンジンは、高圧縮比で運転できることから、ガソリンエンジン(火花点火式エンジン)に比べて高効率であるという特徴を有する。
【0032】
そして、かかる予混合圧縮自己着火式エンジンに上述した本発明の燃料油組成物を用いることで、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の範囲を、従来の自動車用燃料(ガソリン、軽油)ではなし得ない範囲まで拡大できるため、従来の自動車用燃料を用いた場合よりも、窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)等の有害排出ガス成分を削減しつつ、自動車の燃費を向上させることができる。
【実施例】
【0033】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0034】
以下の供試燃料に対して、下記の方法で性状分析を行い、更に、下記のエンジンを下記の条件で使用して、PCCI燃焼を確保できる負荷条件の上限値及び下限値をそれぞれ測定し、PCCI燃焼が成立する負荷範囲(PCCI燃焼範囲)をADO(市販軽油)を基準として、上昇した場合を○とし、低下した場合を×とし、ほぼ同等の場合を△とした。結果を表1に示す。
【0035】
<供試燃料の調製>
・RG:市販のレギュラーガソリンを準備した。
・ADO:市販の軽油(JIS 2号)を準備した。
・KERO:市販の灯油を準備した。
・GTL:(株)ジョモサンエナジーからモスガス品を購入して準備した。
・燃料−1:中東原油を140〜350℃に蒸留分離した後、ニッケル・モリブデン系触媒を用い、反応温度330℃、LHSV1.0H-1、水素/オイル比250L/L、水素分圧5MPaに水素化分解した。この水素化分解軽油を35容量%に、市販イソパラ溶剤を65容量%混合して調製した。
・燃料−2:中東原油を常圧蒸留により170〜360℃の沸点に分離して、水素化脱硫を行い、さらに精密蒸留により280℃以上を抜き出したものを70容量%、市販イソパラ溶剤を30容量%混合して調製した。
【0036】
<燃料の性状分析法>
・密度:JIS K2249「原油及び石油製品密度試験法」
・蒸留性状:JIS K2254「蒸留試験法」
・硫黄分:JIS K2541−6「硫黄分試験法(紫外蛍光法)」
・セタン価(CN):JIS K2280「石油製品−燃料油−オクタン価及びセタン価試験方法並びにセタン指数算出方法」に規定された実測法(指数は適用できない)
・リサーチ法オクタン価(RON):JIS K2280「石油製品−燃料油−オクタン価及びセタン価試験方法並びにセタン指数算出方法」
・水素/炭素比:LECO社製CHN−1000型に従って測定
1H−NMR:日本電子(株)製核磁気共鳴装置(AL−400型)に従って測定
・炭素の質量割合:元素分析で測定
・真発熱量:元素分析で求めた炭素の質量割合、水素の質量割合、酸素の質量割合を用いて、上記式(4)に従って算出
【0037】
<供試機関諸元と運転条件>
・気筒数:1
・ボア、ストローク(mm):135、130
・排気量(cm3):1861
・圧縮比:18.1
・燃料供給方式
−筒内噴射:ピントールノズル(開弁圧:12MPa)
−吸気管噴射:噴射時期=256°BTDC
・回転速度(rpm)、燃料噴射量(mm3)及び燃料噴射圧力(MPa):可変(PCCI燃焼範囲をカバー)
【0038】
【表1】

【0039】
表1から明らかなように、本発明で規定する性状を満たす燃料油組成物は、負荷条件の下限値が低下及び/又は負荷条件の上限値が上昇しており、PCCI燃焼が成立する負荷条件の範囲が拡大していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄分が10質量ppm以下で、90容量%留出温度が350℃以下で、水素/炭素比が1.85〜2.10で、
下記式(1):
AKI=Ha×(8321)+Ha×Ha×(1194)+Ho×(9818)+Ho×Ho×(4481)+Hα×(10660)+Hα×Hα×(−696)+Hβ×(9538)+Hβ×Hβ×(−209)+Hγ×(9479)+Hγ×Hγ×(97)−9447 ・・・ (1)
[式中、Haは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの9.2〜6.2ppmのピークの面積の割合であり、Hoは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの6.0〜4.2ppmのピークの面積の割合であり、Hαは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの4.2〜2.0ppmのピークの面積の割合であり、Hβは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの2.0〜1.0ppmのピークの面積の割合であり、Hγは燃料油組成物の1H−NMRスペクトルの1.0〜0.5ppmのピークの面積の割合であり、ここで、スペクトル位置は内部標準物質として用いたテトラメチルシラン(TMS)からの化学シフト位置を指し、0ppmはTMSのスペクトル位置である]で定義されるアンチノック性指数(AKI)が55以上で、
下記式(2):
IQI=Ha×(−1723)+Ha×Ha×(228)+Ho×(−1988)+Ho×Ho×(3696)+Hα×(−1607)+Hα×Hα×(71)+Hβ×(−1529)+Hβ×Hβ×(41)+Hγ×(−1677)+Hγ×Hγ×(75)+1618 ・・・ (2)
[式中、Ha、Ho、Hα、Hβ、及びHγは、上記と同義である]で定義される着火性指数(IQI)が30〜50で、
下記式(3):
CO2I=1000×{(16×2+12)/12}×(C/100)/(真発熱量)} ・・・ (3)
[式中、Cは、元素分析で求めた炭素の質量割合(%)で、真発熱量(kJ/kg)は、下記式(4):
真発熱量(kJ/kg)=4.184×[8100×C/100+29000×{H/100−O/(8×100)}+2200×0/1000000−600×0/1000000] ・・・ (4)
{式中、Cは元素分析で求めた炭素の質量割合(%)で、Hは元素分析で求めた水素の質量割合(%)で、Oは元素分析で求めた酸素の質量割合(%)である}で示した計算値である]で定義されるCO2排出原単位(CO2I)が0.069(CO2−g/kJ)以下で、且つ
下記式(5):
Ha/Htotal=Ha/(Ha+Ho+Hα+Hβ+Hγ) ・・・ (5)
[式中、Haは上記と同義であり、HtotalはHa、Ho、Hα、Hβ、Hγの合計である]で定義される芳香族性(Ha/Htotal)が0.05以下である
ことを特徴とする予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物。
【請求項2】
更に、下記式(6):
CF=(AKI)+(IQI) ・・・ (6)
[式中、AKIは上記式(1)で定義され、IQIは上記式(2)で定義される]で定義されるCFが90以上であることを特徴とする請求項1に記載の予混合圧縮自己着火式エンジン用燃料油組成物。

【公開番号】特開2010−106184(P2010−106184A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−281257(P2008−281257)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)