説明

二枚貝浮遊幼生飼育方法およびその飼育装置

【課題】本発明は二枚貝(タイラギ、マガキ、イワガキ、アコヤガイ、アカガイ、クマサルボウ、トリガイ、アサリ、ハマグリ、バカガイ)の浮遊幼生飼育において、従来の方法では回避できない浮遊幼生の水面への浮上現象を解消するための飼育方法および飼育装置を提供する。
【解決手段】飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水すると共に、飼育水槽内の浮遊幼生を含む飼育水を、飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入し飼育水槽底面側に向けて送水することで、浮上した幼生を飼育水中に沈降させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は二枚貝種苗生産においてしばしば発生する浮遊幼生の浮上現象に効果を示す二枚貝浮遊幼生飼育装置およびその飼育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二枚貝浮遊幼生の浮上現象は特にタイラギ浮遊幼生で顕著であり、これまでこの現象を防止する有効な方法がなかった。このため、タイラギ種苗生産はこの現象が主要因となって飼育の初期段階で全滅状態となることが数多く報告され、種苗生産成功例はごく小規模な生産で成功しているに過ぎない。
【特許文献1】特開2006−271208
【特許文献2】特開2006−271209
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は浮遊幼生の浮上現象のうち、通気による物理衝撃や飼育水の表面張力によると考えられるものについて給水および浮遊幼生の分散方法の改良が一定の効果を示すことに着目し、これらの方法を組み合わせることによって効果的な浮上現象を防止した飼育を目論み、目的を達成するための飼育装置を開発したものである。発明者は従来の二枚貝浮遊幼生飼育方法との比較試験および改良試験を行った結果、有効な飼育方法および飼育装置の形状を見出すに至った。
【0004】
本発明は、上記のような課題に鑑み、その課題を解決すべく創案されたものであって、その目的とするところは、二枚貝(タイラギ、マガキ、イワガキ、アコヤガイ、アカガイ、クマサルボウ、トリガイ、アサリ、ハマグリ、バカガイ)の浮遊幼生飼育において、従来の方法では回避できない浮遊幼生の水面への浮上現象の解消を図ることのできる二枚貝浮遊幼生飼育方法およびその飼育装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、請求項1の発明は、飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水すると共に、飼育水槽内の浮遊幼生を含む飼育水を、飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入し飼育水槽底面側に向けて送水することで、浮上した幼生を飼育水中に沈降させることを特徴とする二枚貝浮遊幼生飼育方法である。
【0006】
請求項1の発明の好ましい態様として、飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水する際に飼育水面に均等に水滴を散水し、散水による飼育水への影響を最小限に留めて浮上した幼生を飼育水中に沈降させる。
【0007】
また、請求項1の発明の別の好ましい態様として、低濃度海水あるいは淡水を散水することで、飼育水面に塩分比の異なる躍層を形成し沈降した浮遊幼生をより効率的に飼育水中に留める。
【0008】
また、請求項1〜3の発明の別の好ましい態様として、飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を断続的に散水する。
【0009】
また、請求項1の発明の別の好ましい態様として、浮上した浮遊幼生および表層に謂集した浮遊幼生を飼育水とともに吸入することにより飼育水中に沈降させる。
【0010】
また、請求項1の発明の別の好ましい態様として、飼育水槽底面に吹き付けて分散させ、浮遊幼生を飼育水中に均等に浮遊させる。
【0011】
また、請求項1の発明の別の好ましい態様として、卵磨砕物を餌料に添加することで殻頂期幼生への成長を促進する。
【0012】
以上の課題を解決するために、請求項8の発明は、飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水する散水装置と、飼育水槽内の浮遊幼生を含む飼育水を飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入し飼育水槽底面側に向けて送水する水中ポンプとを備え、浮上した幼生を飼育水中に沈降させることを特徴とする二枚貝浮遊幼生飼育装置である。
【0013】
また、請求項8の発明の好ましい態様として、断続的に散水する間歇装置を散水装置に設けた。
【0014】
また、請求項8の発明の別の好ましい態様として、散水装置に小噴量定量型の散水ノズルを装着した。
【0015】
また、請求項8の発明の別の好ましい態様として、水中ポンプの吸水口を飼育水中から水面に向けて飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位に設置した。
【発明の効果】
【0016】
以上の課題を解決するための手段を備えた本発明によれば、請求項1の飼育方法および請求項8の飼育装置を用いることで、二枚貝浮遊幼生の浮上現象は解消され、飼育水中に均等な分布を示し浮上現象による減耗を回避することができる。
【0017】
また、請求項2によれば、散水による飼育水への影響を最小限に留めて浮上した幼生を飼育水中に沈降させることができる。
【0018】
また、請求項3によれば、飼育水面に塩分比の異なる躍層を形成し沈降した浮遊幼生をより効率的に飼育水中に留めることができる。
【0019】
また、請求項4によれば、断続的に散水することにより、飼育水槽内の飼育水を短時間に増水させることなく長時間にわたって二枚貝浮遊幼生の浮上現象を解消させることができる。
【0020】
また、請求項5によれば、浮上した幼生を浮遊幼生を飼育水中に沈降させることができる。
【0021】
また、請求項6によれば、浮遊幼生を飼育水中に均等に浮遊させることができる。
【0022】
また、請求項7によれば、殻頂期幼生への成長を促進することができる。
【0023】
また、請求項9によれば、断続的に散水できるので、飼育水槽内の飼育水を短時間に増水させることなく長時間にわたって二枚貝浮遊幼生の浮上現象を解消させることができる。
【0024】
また、請求項10によれば、少量の水によって飼育水面への均等な散水が可能となり、飼育水槽内の飼育水を短時間に増水させることなく均等に二枚貝浮遊幼生の浮上現象を解消させることができる。
【0025】
また、請求項11によれば、発生する気泡による物理衝撃によって浮遊幼生が浮上することなく浮遊幼生を飼育水中に飼育水中に沈降させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、タイラギ浮遊幼生を用いて試行した図1に基づいて説明する。
【0027】
本発明による二枚貝浮遊幼生飼育装置は図1に図示するごとく、飼育される浮遊幼生を含む飼育水が入っている飼育水槽1、飼育水槽1の上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水する例えば定量・小噴量式の散水装置2、飼育水槽1内の浮遊幼生を含む飼育水を飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入し飼育水槽1の底面側に向けて送水する水中ポンプ3などから主に構成される。
【0028】
例えば定量・小噴量式の散水装置2は、散水ノズル21、散水給水管22、散水用貯水槽23、散水供給用水中ポンプ24、間歇装置25などから構成される。散水ノズル21は飼育水槽1の上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を飼育水面に均一に散水するもので、散水給水管22の先端に下向きに装着されている。散水ノズル21には例えば小噴量定量型が使用される。
【0029】
散水給水管22は散水用貯水槽23内の飼育水を飼育水槽1に供給するための管で、その先端には上記散水ノズル21が装着されている。散水ノズル21が装着される先端側が飼育水槽1の上面側に位置するように、散水給水管22は飼育水槽1の上面側を横断するように設置された支架台13に支持されている。叉散水給水管22の後端側は飼育水槽1の近くに設置された散水用貯水槽23内の底面側に沈んでいる。散水用貯水槽23内には飼育水槽1に供給するための飼育水が入っている。
【0030】
散水用貯水槽23内の底面側に沈んでいる散水給水管22の後端には散水供給用水中ポンプ24が装着されている。散水用貯水槽23内の飼育水は散水供給用水中ポンプ24によって散水給水管22を圧送されてその先端の散水ノズル21から飼育水槽1の水面に向けて散水される。
【0031】
この散水供給用水中ポンプ24には例えば間歇作動用電動タイマーからなる間歇装置25が取り付けられていて、間歇散水、例えば1時間〜30分間隔で1〜2分間の散水を行うように調整されている。これは連続散水によって飼育水槽1内の飼育水が短時間で満杯になるのを防ぐためである。
【0032】
水中ポンプ3は、飼育水槽1内の浮遊幼生を含む飼育水を飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入できる位置の水面下に設置されている。そして、水中ポンプ3の吸水口31は飼育水中から水面に向けて飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位、例えば水面から3〜5cmの位置に上面を向いて位置するように設置されている。
【0033】
水中ポンプ3の下部には送水補助管32が飼育水槽1の底面側に向けて取り付けられている。送水補助管32の下端側は飼育水槽1の底面側の近くまで延設されている。浮遊幼生を含む飼育水はこの送水する水中ポンプ3の吸水口31から吸引されて送水補助管32によって飼育水槽1の底面側の近くまで送られる。
【0034】
水中ポンプ3は飼育水槽1の上面側に設置された支架台13に下向きに支持された水中ポンプ支柱33の下部に取り付けられている。水中ポンプ3は支架台13及び水中ポンプ支柱33を通じて飼育水槽1の中央部に位置するように取り付けられていて、浮遊幼生を飼育水中に均等に浮遊させるようになっている。
【0035】
次に、上記発明を実施するための最良の形態の構成に基づく飼育方法について図1を参照しながら以下説明する。図1において、散水ノズルからの矢印(点線)及び飼育水中の矢印(実線)は、それぞれ散水及び飼育水の動きを示す。
【0036】
定量・小噴量式の散水装置2の散水ノズル21を飼育水槽1の上面に固定し、図示の例えば間歇作動用電動タイマーからなる間歇装置25を用いて散水給水管22を通じて送水し、散水ノズル21から1時間〜30分間隔で1〜2分間の散水を飼育水表面に向かって行う。水中ポンプ3は浮遊幼生を含む飼育水塊を常に上面から吸入し送水補助管32を通して底面に向かって送水する。図中の符号で12は飼育水槽1の増水位を、11は飼育水槽1の初水位を示す。
【0037】
散水用貯水槽23には0〜80%の淡水〜低塩分海水を満たし、散水供給のために例えば間歇作動用電動タイマーからなる間歇装置25を用いて1時間〜30分間隔で1〜2分間作動する散水供給用水中ポンプ24を設置する。飼育水は500リットル円形水槽を用いる場合で定量・小噴量式の散水装置2により1日あたり約50〜100リットル増水するため、タイラギが飼育可能で求める塩分濃度となるよう散水装置用の低塩分海水濃度は調整する。増水した海水は1日1回実施する換水時に調整することが望ましい。餌料藻類の給餌は一般的な飼育方法に準じ、殻頂期幼生への成長促進のためマガキあるいはタイラギ卵磨砕物を添加する。表1に各浮上防止方法の組み合わせによる効果の対比を示している。
【0038】
【表1】

【実施例】
【0039】
以下本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定したものではなくマガキ、イワガキ、アコヤガイ、アカガイ、クマサルボウ、トリガイ、アサリ、ハマグリ、バカガイの種苗生産において同様な現象が発生した場合も有効である。
【0040】
〔実施例1〕
エアーストーンによる通気攪拌を用いる従来の止水式二枚貝浮遊幼生飼育と本装置を用いた飼育によるタイラギ浮遊幼生の生残率の推移を図2に示す。本装置は500リットルポリカーボネイト水槽(高さ78cm、底面径90cm、上面径109cm)仕様で作成した。対照として行った従来の止水式浮遊幼生飼育は上述の水槽に450リットルの飼育水を注入し、エアーストーンによる微通気(40ml/分)でゆるやかに飼育水を攪拌した。本装置を用いた実験区の浮遊幼生飼育は上述の水槽に400リットルの飼育水を注入し、支架台を用いて飼育水面中央、高さ30cmの位置に散水ノズル(株式会社いけうち製、JJXP2*120/3PVC)を設置し、間歇作動用電動タイマーによって1.5リットル/分の水量で60分毎に1分間散水した。散水により水位は約5cm上昇した。また、支架台に固定した水中ポンプ支柱に水中ポンプ(株式会社ニッソー製、プライムミオ50型)を取り付け、水深3〜5cmに吸水口が上面を向いて位置するように設置し、10リットル/分の送水量で常時飼育水を底面に向けて送水した。実験は5月2日(実験1)と5月18日(実験2)の2回実施した。浮遊幼生の飼育密度は実験1は実験区1が9.5個体/ml、対照区1が10.8個体/ml、実験2は実験区2が1.9個体/ml、対照区2が1.8個体/mlであった。飼料藻類、飼料添加物、水温調整および飼育水の交換は両区とも同様に行った。従来の飼育装置を用いた対照事例はいずれも日令3までに大幅に減耗し、日令5までに全滅した。本発明装置を用いると日令3における生残率は67〜82%,日令5および6における生残率は33〜55%であった。対照区では飼育開始直後から浮上した幼生が常に水面を覆い、生残数が急速に減耗した。
【0041】
〔実施例2〕
本装置における飼育例の生残率の推移を図3に示す。装置は実施例1と同様の仕様とし、散水間隔を1.5リットル/分の水量で30分毎に1分間とした。9例の採卵群のうち8例で日令5における生残率が30%以上を、9例のうち7例で約20%以上を示した。タイラギ浮遊幼生は日令5で殻頂期幼生に成長したものが出現し日令7前後で成長が完了するため、本装置の使用により殻頂期幼生への成長が保護され、卵磨砕物の添加によって成長が促進されたと考えられた。これまでの飼育例では少数の事例を除き殻頂期幼生に成長する前に全滅しており、本装置による生残率の向上効果が示されたと考えられる。なお、その後の減耗は殻頂期成長後の器官形成の良否が関与しており飼育装置による影響とは考えにくい。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は産業上有用な二枚貝人工種苗生産における安定生産可能な飼育装置として水産業における増養殖分野(養殖業および栽培漁業)において貢献度が高い。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】この発明を実施するための最良の形態を示す二枚貝浮遊幼生の浮上現象防止飼育装置の縦断面図である。
【図2】この発明を実施するための最良の形態の本発明装置と通常装置におけるタイラギ幼生の生存率推移を示す比較図である。
【図3】この発明を実施するための最良の形態の本発明装置によるタイラギ飼育の生存率推移を示す図である。
【符号の説明】
【0044】
1 飼育水槽
11 初水位
12 増水位
13 支架台
2 定量・小噴量式の散水装置
21 散水ノズル
22 散水給水管
23 散水用貯水槽
24 散水供給用水中ポンプ
25 間歇装置
3 水中ポンプ
31 吸水口
32 送水補助管
33 水中ポンプ支柱

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水すると共に、飼育水槽内の浮遊幼生を含む飼育水を、飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入し飼育水槽底面側に向けて送水することで、浮上した幼生を飼育水中に沈降させることを特徴とする二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項2】
飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水する際に飼育水面に均等に水滴を散水し、散水による飼育水への影響を最小限に留めて浮上した幼生を飼育水中に沈降させる請求項1記載の二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項3】
低濃度海水あるいは淡水を散水することで、飼育水面に塩分比の異なる躍層を形成し沈降した浮遊幼生をより効率的に飼育水中に留める請求項1記載の二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項4】
飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を断続的に散水する請求項1〜3記載の二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項5】
浮上した浮遊幼生および表層に謂集した浮遊幼生を飼育水とともに吸入することにより飼育水中に沈降させる請求項1記載の二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項6】
飼育水槽底面に吹き付けて分散させ、浮遊幼生を飼育水中に均等に浮遊させる請求項1記載の二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項7】
卵磨砕物を餌料に添加することで殻頂期幼生への成長を促進する請求項1記載の二枚貝浮遊幼生飼育方法。
【請求項8】
飼育水槽上面より海水、低塩分海水あるいは淡水を散水する散水装置と、飼育水槽内の浮遊幼生を含む飼育水を飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位から吸入し飼育水槽底面側に向けて送水する水中ポンプとを備え、浮上した幼生を飼育水中に沈降させることを特徴とする二枚貝浮遊幼生飼育装置。
【請求項9】
断続的に散水する間歇装置を散水装置に設けた請求項8記載の二枚貝浮遊幼生飼育装置。
【請求項10】
散水装置に小噴量定量型の散水ノズルを装着した請求項8記載の二枚貝浮遊幼生飼育装置。
【請求項11】
水中ポンプの吸水口を飼育水中から水面に向けて飼育水表面からの大気混入による気泡形成を発生させない上限水位に設置した請求項8記載の二枚貝浮遊幼生飼育装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−201408(P2009−201408A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46964(P2008−46964)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【出願人】(000214191)長崎県 (106)
【出願人】(390037039)田崎真珠株式会社 (15)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】