説明

二枚貝等の底棲生物の多段式養殖装置及び養殖方法並びにこれを用いたバイオフィルター

【課題】二枚貝等の底棲生物を安価かつ安定して市場に提供することができるばかりでなく、単位面積当たりの育成数量を増加することができ、経済的且つ高品質の二枚貝を促成することができる養殖装置及び養殖方法を提供する。
【解決手段】上面が開放された長方矩形の育成函2を、育成水貯水部としての外槽2bと、育成すべき二枚貝(底棲生物)Sの収容部としての内槽2bとに組み合わせ且つ分離可能に構成する。内槽2bを外槽2aに収納した状態において、給水口となる間隙D と、沈降物を外槽2bの底面に堆積させるための空隙となる間隙D が区画現出するように形成する。貝収容部(内槽)2bの底面に複数の通水透孔2eを穿孔し、その上面にはメッシュフィルター等の網体2cを張設する。育成函2の前部と後部を千鳥状に、且つ鉛直方向に階層的に配置し、貝収容部2bの前面鍔部2dから越流した育成水Wを下方の育成函2の給水貯水部2bに流下させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二枚貝等の底棲生物の養殖技術に関するものであり、とくに、アサリやハマグリ、シジミのように海水、淡水を問わず潮流にさらされる環境で生息している底棲生物を養殖するために使用される装置及び養殖方法並びにこれを用いたバイオフィルターに関するものである。
【背景技術】
【0002】
アサリ、ハマグリ、シジミ等に代表される二枚貝類は、わが国の代表的な大衆魚介類であり、庶民が安価に摂取できる水産タンパク源である。しかし今日、海域や河川の水質汚染、沿岸の護岸工事等による砂浜と干潟の減少等により、資源量及び漁獲量は激減している。現在、二枚貝類の資源量及び漁獲量を確保するため、各地で養殖が行われているが、その養殖方法の多くは、稚貝を海浜等に人為的に撒いて自然環境の中で育成させるものである。しかし、このような従来の養殖方法は、周辺の環境変化に影響され、生産コストも決して安価ではなく、かつ安定した量を市場に供給できない。
【0003】
一方、二枚貝等の底棲生物が環境に及ぼす作用をみると、水中に浮遊懸濁している微細な植物プランクトンやそれらの破片であるデトライタスをエラによって濾過して摂食する。その濾過能力をみると、殻長3cm程度のアサリで一日当たり海水約3リットルを濾過しており、富栄養化物質を除去する海域浄化に貢献している。
【0004】
従来の貝類の養殖は、海中養殖と陸上養殖とに大別される。海中での養殖は稚貝を付着させる板等を網で囲んで海中に沈降して育成させるため、自然な生息状態に比較的近い環境を整え易いというメリットがある(特許文献1及び特許文献2参照。)。しかし、二枚貝類は売価が安いということもあり、生産コストが課題となって養殖魚介類としては低位に留まっている。とくに、陸上養殖に至ってはコスト面が過大となってほとんど実施されていないのが現状である。
【0005】
例えば、特許文献3には、陸上におけるアワビの養殖施設が記載されている。このアワビの養殖施設は、アワビの飼育水槽を多段に設置し、この飼育水槽に海水を供給する給水管とオーバーフロー管を備え、さらに飼育水槽に給気管及び給餌場が付設されている。そして、ポンプで給水管に海水を流入させると共に、オーバーフロー管を下げることによって海水を下段の水槽へ流し、海水の流動を促進させる。また、給気管にはブロアーで空気を吸入し、圧縮空気を泡状に噴出させる。これにより溶存酸素の補給を行うようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3913669号公報
【特許文献2】特許第3979746号公報
【特許文献3】特許第3493357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の貝類の陸上養殖装置では、貝類が生息しているような潮通しがよくてきれいな水環境を実現することが難しい。具体的には、水が淀みやすいために水中の溶存酸素量が減少し、残餌や排泄物を除去することが困難で病気に罹り易いという問題があった。本発明は、自然環境に委ねるしかなかった従来の養殖技術が抱える課題を解決するものであり、二枚貝等の底棲生物を安価かつ安定して市場に提供することができるばかりでなく、新鮮な水の流れを造り、自然の生息環境に近い水環境を整え、単位面積当たりの育成数量を増加することができ、且つ養殖用培地となる砂等の資材を使用することなく経済的且つ高品質の二枚貝を促成することができる養殖装置及び養殖方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の多段引出し式二枚貝等の底棲生物の養殖装置は、育成水が給水されるか又は育成水域中に浸漬される二枚貝等の底棲生物の育成床となる複数の函型容器を鉛直方向に階層し、前記育成水中から大気中に出し入れ可能なラック式に画成したことを第1の特徴とする。また、函型容器に底棲生物を過密状態に収納して育成することを第2の特徴とする。さらに、少なくとも函形容器の照明環境を室内昼光状態から遮光状態にし、育成する底棲生物の摂食態様に応じて調光することを第3の特徴とする。また、養殖水槽に投入された懸濁物混在原液を、底棲成物が有する濾過機能を利用して、再循環水又は水耕栽培水となる低懸濁浄水と発酵分解して液肥となる高濃度有機汚濁水に分離させるバイオフィルターとして使用することを第4の特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
従来の海浜を利用した養殖方法が、言わば「平屋建ての住宅」であるのに対し、本装置は「高層の集合住宅」と言うことができ、生産効率を飛躍的に高めるものである。さらに、生産効率を高めるため、階層した育成床を函型に形成し、これを多段に階層し水槽又は水中に出し入れ可能な引出し式にしたので、幼貝の播種や養殖の経過観察、清掃、収穫に際して極めて便利になる。また、函型容器に過密状態で二枚貝を投入したり、容器底面に、二枚貝が嵌り込んで立位するスリットを設けたものでは、従来必要と考えられていた砂等の資材が不要となり、貝の経過観察や育成状態が一目して判断可能となり極めて画期的な効果を得られる。すなわち、人為的に育成環境を制御するため、給排水量を調整するのであるが、これにより、水槽内の汚濁物や餌量の調整も容易になり、生産性が飛躍的に向上する。そして、こうした養殖装置を連設することで大規模な養殖プラントに発展させることができる。
【0010】
とくに、陸上養殖を可能とするが、海浜、河川または水田においても利用が可能であり、例えば、水田を利用したシジミ養殖、食品工業等から廃棄される有機性汚泥を餌料とし、且つこの汚泥を浄化し、さらに貝類が産物として得られるという各種産業の附帯施設として有用である。また、本装置は、一台から数千台といった大規模なシステムまで構成が可能であることから、単に水産養殖の分野に留まらず、医薬飲食業への原材料提供、観賞用ビオトープ施設、潮干狩り体験等のレジャー産業から大規模生産プラントまでその利用範囲は広い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係る育成函の一実施例を示す斜視図である。
【図2】本発明に係る養殖装置の設置状態を示す斜視図である。
【図3】育成函への給水状態を模式的に示す断面図である。
【図4】二枚貝がスリットに立位した状態を示す斜視図である。
【図5】一単位のラックを示す(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は正面図である。
【図6】本発明に係る養殖装置の設置状態の一例を模式的に示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図面に示す実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0013】
図1乃至図3に示すように、本発明に係る養殖装置10の育成床として使用される上面が開放された長方矩形の育成函2は、育成水貯水部としての外槽2bと、例えばアサリ、ハマグリ、シジミ、牡蠣等の育成すべき二枚貝(底棲生物)Sの収容部としての内槽2aとに組み合わせ且つ分離可能な函型容器として構成されている。内槽2aは外槽2bよりも奥行き方向に短尺かつ底浅に形成され、内槽2aを外槽2bに収納した状態において、給水口となる間隙D と、沈降物を外槽2bの底面に堆積させるための空隙となる間隙D が区画現出するように形成されている。また、外槽2bの底部にはドレンコック(図示せず)を付けて、高密度有機汚濁水を任意に分離排水できるようにしてある。すなわち、内槽2aは外槽2bとの関係は、水槽を上げ底と仕切り板で区画した構成を原理とするものである。
【0014】
ここで、貝収容部(内槽)2aの底面には、複数の通水透孔2eが穿孔され、その上面には網体2c等のメッシュフィルターが張設されている。そして、育成函2の前部と後部を千鳥状に、且つ鉛直方向に階層的に配置することで、貝収容部2aの前面鍔部2dから越流した育成水Wが下方の育成函2の給水貯水部2bに流下するようにされている。
【0015】
複数の育成函2を多段に積層する場合には、図2に示すように、育成函2同士が直接接触することなく階層できるように区画軸組みされた架台(ラック)1を用いるのが好ましい。ラック1の素材としては、木材、合成樹脂、金属等いずれでもよいが、剛性及び耐久性を考慮すると防錆機能の高いステンレス等の素材で製作するのが好ましい。また、ラック1にレールを配し、育成函2がラック1に引き出し状に出し入れできる機能を持たせると、育成生物の観察、収穫や洗浄等の作業性が格段に向上する。
【0016】
本実施例に係る育成函2は、設置場所や育成環境に応じて適宜変更が可能であり、その機能が発揮できる構造体であれば、その形状は限定されない。また、上述したように、貝収容部2bの底部は、穿孔又は網体により成に使用される育成水Wが通過できる構造となっているが、使用状況によっては底板を育成水Wが透過しない構造としても構わない。
【0017】
積層された各段の貝収容部2aには、図2に示すように、育成対象貝類Sに適した砂等の育成培地6を敷き詰め、そこにアサリ、ハマグリ、シジミ等の育成対象貝類Sを載置する。アサリ、ハマグリ、シジミは自ら潜砂して安定生息状態となる。しかしながら、本発明者の観察により、育成培地6は必ずしも必要ではないことが分かった。それは、そもそも二枚貝Sが原始的に備えている習性であると推測するが、図4に示すように、単純なストッリ7に嵌り込んで直立したり、過密状態の貝同士が互いに支え合って自立することが判明したからである。したがって、育成培地6を用いない方法によれば、当初から所謂砂抜き状態の貝を収穫することができる。
【0018】
本発明に係る養殖装置10では、育成函2を多段に組上げた後に、その頂部から給水する。つまり、装置の設置面積に対する養殖面積を飛躍的に引き上げている。尚、養殖装置10内で貝類を育成するためには、育成水(海水又は淡水)Wの流動や落水によってエアレーションを行う必要があるが、その点については公知手法を利用状況に応じて適宜選択、またこれらを合成した手法を用いて行う。
【0019】
二枚貝Sは、呼吸のため溶存酸素の取り込みと餌である育成水W中の懸濁態有機物を取り込み、入水管及び出水管を外殻から露出して直上の育成水Wから吸水、濾過摂食する。したがって、これら二枚貝Sが生息するための重要な条件は、貝Sの育成環境をいかに良好にするかということである。例えば、アサリは直上数センチ程度の幅の育成水Wしか吸水することができない。それ以上の上層にどれだけ良い育成水Wがあろうが、餌があろうが関係ないことが分かっている。
【0020】
そして、外槽2bには、育成水Wからの沈降物と、育成貝の糞や偽糞といわれる口から直接吐き出される凝集有機物態が吐き出され堆積してくる。これらの有機汚物は育成水W中のバクテリアによって分解されることになるが、育成水W中に十分な酸素が無いと、嫌気性の分解過程を経て、生息生物にとって有害な硫化水素等の汚染物質が増加して、いずれは育成生物が生息できなくなる。これを回避するためには、育成水Wや育成培地6中にも十分な酸素を供給し続ける必要がある。また、バクテリアによる分解によって生成された物質をできるだけ蓄積させないように、溶出、洗い出し作用を継続させる必要がある。本装置10では、各育成函2の間隙D からの給水により間隙D 内に常に水流が発生するので、間隙D の天井部、つまり貝収容部2aの底部の通水孔2eや網体2cも洗浄される。
【0021】
このように、育成函2の間隙D は、本養殖装置において肝要な働きをしており、溶存酸素及び餌量の運搬を可能にする。当然、育成函2内の育成水Wを交換しなければ汚染物質の濃度は上昇する。汚濁状況に応じて育成函2内の育成水Wは交換する必要があるが、育成生物Sに利用される育成水Wの比率は非常に高いために、無駄な育成水Wの交換の比率を下げることができ、結果的に、より少量な育成水W交換量で済み、育成水Wを供給するポンプ等の設備費やコスト削減につながる。
【0022】
また、育成水W中の餌量は育成貝類Sの摂餌活動で減少していくので、減少に応じた分の微細藻等の餌の供給は必要となるが、供給した育成水W中、あるいは育成函2内の貯留水W中に十分な餌量や酸素が存在していれば、敢えて新たな餌や酸素を供給する必要はない。また、生育期間が短くて良い場合は、育成函2への外部から常に新しい育成水Wの注入をしない独立循環型での利用も可能である。例えば、図5及び図6に示すように、揚水ポンプ5を介して給水管4を配した懸濁水受皿3上に育成函2を収納した複数のラック1を搭載する。こうした育成水循環型の装置によれば、養殖水槽である育成函2に投入された懸濁物混在原液を、二枚貝S等の底棲生物が有する濾過機能を利用して、再循環水又は水耕栽培水となる低懸濁浄水と発酵分解して液肥となる高濃度有機汚濁水に分離するバイオフィルターとして使用することができる。
【0023】
また、二枚貝類Sは、周囲が暗い環境で水管を延ばして摂食する習性があるので、養殖装置10全体あるいは、少なくとも育成函2を5000〜10000ルクス程度の室内昼光状態から遮光状態まで暗幕や暗渠等で覆うか、室内調光することで、育成する二枚貝の摂食態様に応じて照度を調整することが好ましい。すなわち、室内昼光照度以下の環境に置き、調光することで、生育の促成や藻類の繁殖抑制を図る重要な要素である。
【符号の説明】
【0024】
1 養殖装置のラック(ラックの多段載置架台)
2 育成函(育成床)
2a 貝収容部(内槽)
2b 貯水槽(外槽)
2c 網体(パンチングメタル又はメッシュフィルター)
2d 鍔部
2e 通水孔
3 懸濁水受皿
4 給水パイプ
4a 給水蛇口
5 揚水ポンプ
6 養殖培地(砂層)
7 スリット
8 エアホース
9 給水パイプ
9a 給水蛇口
10 養殖装置
S 二枚貝(底棲生物)
W 育成水
内槽と外槽の奥行き方向の間隙
内槽と外槽の底面同士の間隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
育成水が給水されるか又は育成水域中に浸漬される二枚貝等の底棲生物の育成床となる複数の函型容器を鉛直方向に階層し、前記育成水中から大気中に出し入れ可能なラック式に画成したことを特徴とする多段引出し式二枚貝等の底棲生物の養殖装置。
【請求項2】
函型容器内に、底棲生物を過密状態に収容して育成することを特徴とする請求項1記載の養殖装置を用いた二枚貝等の底棲生物の養殖方法。
【請求項3】
少なくとも函形容器の照明環境を室内昼光状態から遮光状態にし、育成する底棲生物の摂食態様に応じて調光することを特徴とする請求項1記載の養殖装置を用いた二枚貝等の底棲生物の養殖方法。
【請求項4】
養殖水槽に投入された懸濁物混在原液を、底棲成物が有する濾過機能を利用して、再循環水又は水耕栽培水となる低懸濁浄水と発酵分解して液肥となる高濃度有機汚濁水に分離させることを特徴とする二枚貝等の底棲生物を用いたバイオフィルター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−165649(P2012−165649A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−26460(P2011−26460)
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(510195537)
【Fターム(参考)】