説明

二次電池の状態推定装置

【課題】演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷を軽減しつつ、EV走行時においても高い精度でSOCを推定することができる二次電池の状態推定装置を提供する。
【解決手段】二次電池の状態推定装置においては、反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を推定し、且つ濃度過電圧(Δφ)が組み込まれた電圧−電流関係モデル式(M1a′)乃至(M1d′)式や(M3a′)乃至(M3d′)式を用いることにより、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池の状態推定装置に関する。より詳しくは、本発明は、正極−負極間での反応物質(反応関与種)の濃度差に起因する濃度過電圧を考慮に入れて、二次電池の状態(SOC:State of Charge)(例えば、充電率等)を高精度且つ簡易に推定することができる二次電池の状態推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
二次電池を使用する設備等においては、例えば、過放電又は過充電による二次電池の劣化防止や二次電池に蓄えられた電力の有効利用等を目的として、二次電池の状態(SOC)を監視・推定し、その結果に基づいて二次電池の充放電を制御することが求められる。かかる二次電池を使用する設備等の代表的な例としては、二次電池から供給される電力によって駆動力を生ずる電動機を動力源として備えるハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)等の車両を挙げることができる。
【0003】
HVにおいては、二次電池に蓄えられた電力が電動機の駆動電力として使用されることに加えて、減速時等において当該電動機が回生発電する際の発電電力や電動機以外の動力源(例えば、エンジン等)の回転によって発電する発電機からの発電電力等によって当該二次電池が充電される。かかる電源システムにおいては、二次電池が回生電力を受入れることができるように且つ要求に応じて電動機に対して電力を供給することができるように、二次電池の充電率をフル充電の状態(100%)と全く充電されていない状態(0%)の中間付近(50〜60%)に制御する必要がある。
【0004】
また、二次電池は、過放電又は過充電により電池性能が劣化し、寿命が短くなる虞がある。従って、上記のように中間的なSOCを維持する制御形態に限らず、二次電池の充電量を把握して過剰な充放電を抑制する観点からも、二次電池の状態推定を高精度に行なう必要性は高い。
【0005】
一方、電気化学反応式に基づく電池モデルを使用してリチウムイオン電池の熱的挙動及び電気化学的挙動を予測しようとする試みもなされており(例えば、非特許文献1を参照)、かかる電池モデルを使用して二次電池のSOCを推定する技術も開発されている。
【0006】
例えば、当該技術分野においては、車両等に搭載される(オンボード)制御装置(例えば、ECU(Electronic Control Unit)等)のように演算処理能力やメモリ容量に制約のある環境においてSOCを高精度に推定することを目的として、非特許文献1における電気化学反応式に基づく簡易SOC推定モデルが提案されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0007】
また、当該技術分野においては、二次電池の電池電圧と電池電流とをそれぞれ電池状態量として測定し、これらの電池状態量の一方につき、予め与えられた電池モデルに基づいて、これらの電池状態量の他方から推定し、斯くして得られた一方の電池状態量の推定値と測定値とに基づいて、二次電池の電池抵抗の上昇度合いを推定する技術が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−243373号公報
【特許文献2】特開2010−060406号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】グ及びワン(W.B.GU and C.Y.Wang)著、「リチウムイオン電池の熱−電気化学結合モデリング(THERMAL−ELECTROCHEMICAL COUPLED MODELING OF A LITHIUM−ION CELL)」、ECS Proceedings Vo1.99−25(1),2000(米国)、電気化学学会(ECS)、2000年、pp 748−762
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のように、二次電池を使用する設備等においては、例えば、過放電又は過充電による二次電池の劣化防止や二次電池に蓄えられた電力の有効利用等を目的として、二次電池の状態(SOC)を監視・推定し、その結果に基づいて二次電池の充放電を制御することが求められる。特許文献1を始めとする従来技術に係るSOC推定モデルにおいては、二次電池において検出される電圧及び温度を入力値としてSOCが推定される。
【0011】
ところで、二次電池において検出される電圧には、電解液における反応物質(例えば、リチウム塩等)の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)に起因する濃度過電圧による電圧降下が含まれている。従って、SOCを正確に推定するためには、濃度過電圧による電圧降下を考慮する必要がある。しかしながら、濃度過電圧による電圧降下をも考慮に入れようとすると、例えば、前述のように演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷が過大となる虞がある。
【0012】
一方、例えば、昨今普及しているHV等においては、前述のように、二次電池に蓄えられた電力が電動機の駆動電力として使用されることに加えて、減速時等において当該電動機が回生発電する際の発電電力や他の動力源(例えば、エンジン等)の回転によって発電する発電機からの発電電力等によって当該二次電池が充電される。即ち、HV等において電動機による駆動や他の動力源による駆動、電動機の回生発電や他の動力源による発電が行われるハイブリッド走行(HV走行)においては、二次電池の充電及び放電が比較的頻繁に切り替えられて行われる。このように二次電池の充放電が交互に行われるような状況においては、上述のような電解液における反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)が打ち消し合う。結果として、電解液における反応物質の濃度勾配は非常に小さくなるので、濃度過電圧による電圧降下も非常に小さくなる。
【0013】
従って、特許文献1を始めとする従来技術においては、電解液における反応物質の濃度を一定と仮定して、例えば、前述のように演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷が軽減された、簡易なSOC推定モデルを提案しているが、HV走行においては、上述のように、電解液における反応物質の濃度勾配が非常に小さくなるので、SOCの推定精度に大きな影響は及ばない。即ち、実用的には、濃度過電圧による電圧降下を無視することができる。
【0014】
しかしながら、例えば、近年普及が進みつつあるプラグインハイブリッド自動車(PHV)や電気自動車(EV)等においては、二次電池の充電及び放電が上述のHVのように頻繁に切り替えられて行われる訳ではない。換言すれば、PHVやEV等においては、上述のようなHV等と比較して、相対的に長い充電期間に亘って二次電池が充電され、また相対的に長い期間に亘って二次電池が放電される。かかる走行モードを、以降「EV走行」と称する場合がある。
【0015】
従って、PHVやEV等においては、電解液における反応物質の濃度勾配が打ち消し合う量はHVと比較して少なく、時間の経過と共に濃度勾配が大きくなり、濃度過電圧がSOCの推定精度にも大きな影響を及ぼすこととなる。換言すれば、PHVやEV等においては、上述のようなHV走行を前提とする従来技術のように濃度過電圧による電圧降下を無視すると、SOCの推定精度が低下する。
【0016】
また、HV走行においては、SOCが増大する状況と減少する状況とが入り乱れて生ずるため、SOCの推定における誤差についても、SOCが増大する方向の誤差と減少する方向の誤差とが入り乱れて発生し、これらが互いに打ち消し合う。一方、EV走行においては、二次電池が一旦充電されると(SOCが増大すると)、その後は二次電池の放電(SOCの減少)が比較的長期間に亘って生ずるため、SOCの推定における誤差についても、SOCが増大する方向の誤差と減少する方向の誤差とが互いに打ち消し合うのではなく、SOCが減少する方向の誤差が累積され、誤差が累積し易い傾向がある。かかる状況からも、EV走行においては、HV走行と比較して、より高い精度でのSOCの推定が望まれる。
【0017】
従って、当該技術分野においては、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷を軽減しつつ、EV走行時においても高い精度でSOCを推定することができる、二次電池の状態推定装置に対する要求が存在する。
【0018】
即ち、本発明は、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷を軽減しつつ、EV走行時においても高い精度でSOCを推定することができる二次電池の状態推定装置を提供することを1つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の上記目的は、
電気化学反応に寄与する反応物質を内部に含む活物質を含んでなる第1及び第2の電極と、イオン化した前記反応物質を前記第1及び第2の電極間で伝導するイオン伝導体とを備える二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極間の電池電圧を検出する電圧検出器と、
与えられた境界条件に基づいて前記活物質の内部での前記反応物質の濃度分布を規定する活物質拡散モデル式に従って、前記反応物質の濃度分布を推定する電極内拡散推定部と、
前記電極内拡散推定部によって推定された、前記活物質の電解液との界面での前記反応物質の濃度に基づいて、前記第1及び第2の電極間の開放電圧を推定する開放電圧推定部と、
前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を推定する電極間拡散推定部と、
前記電極間拡散推定部によって推定された、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布に基づいて、濃度過電圧を推定する濃度過電圧推定部と、
前記開放電圧と、前記二次電池の電池電流密度に応じて算出される過電圧と、前記電池電流密度に応じて発生する電圧降下と、前記濃度過電圧と、前記電池電圧との間の関係を表す、電気化学反応に基づく電圧電流関係モデル式に従って、前記二次電池の電池電流密度を推定する電流推定部と、
を備え、
前記電流推定部は、前記電圧検出器によって検出された前記電池電圧と、前記開放電圧推定部によって推定された前記開放電圧と、前記濃度過電圧推定部によって推定された前記濃度過電圧と、前記二次電池のパラメータ値とを前記電圧電流関係モデル式に代入することによって、前記電池電流密度を算出し、
前記電流推定部によって推定された前記電池電流密度に基づいて前記界面での反応電流密度を算出し、算出した反応電流密度に従って、前記活物質拡散モデル式の前記界面における前記境界条件を設定する境界条件設定部を更に備える、
二次電池の状態推定装置によって達成される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷を軽減しつつ、EV走行時においても高い精度でSOCを推定することができる二次電池の状態推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】二次電池を備える電源システムの構成例を説明する概略ブロック図である。
【図2】二次電池の概略構成図である。
【図3】電池モデル式において用いられる変数及び定数の一覧を示す図である。
【図4】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池のモデル化の概要を説明する概念図である。
【図5】極座標で示された活物質モデルを表す概念図である。
【図6】二次電池の端子電圧と各平均電位との関係を示す概念図である。
【図7】拡散係数の温度依存性を説明する概念図である。
【図8】開放電圧と局所SOCとの関係を示す概念図である。
【図9】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置の概略構成を説明するブロック図である。
【図10】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置におけるSOC推定構成を説明するブロック図である。
【図11】活物質内のリチウム平均濃度と充電率(SOC)との関係を示す図である。
【図12】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置による電池状態推定及びSOC推定の一連の処理を説明するフローチャートである。
【図13】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置によるSOC推定誤差の自己修正を説明する概念図である。
【図14】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置による、もう1つのSOC推定手法を説明するブロック図である。
【図15】電池電流のセンサ測定値とモデル推定値との関係を示す概念的な波形図である。
【図16】電流センサのオフセット誤差を示す概念的な波形図である。
【図17】図14に示したSOC推定処理をバッテリECU50によって実現するためのフローチャートである。
【図18】簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置による、更にもう1つのSOC推定手法を説明するブロック図である。
【図19】図18に示したSOC推定処理をバッテリECU50によって実現するためのフローチャートである。
【図20】二次電池の充放電時の正極と負極との間における反応物質の濃度分布の変化を表す模式図である。
【図21】二次電池の充放電時におけるSOCの推定誤差の蓄積の様子を表す模式図である。
【図22】ある電流レートにおいて二次電池を放電させた際の電圧の変化を表す模式的なグラフである。
【図23】放電を開始した直後の過渡期及び放電を停止した直後の緩和期における二次電池の電圧の変化を表す模式的なグラフである。
【図24】オリビン鉄(a)及びカーボン(b)における、反応物質(リチウム)の含有率に対する単極電位の変遷を示すグラフである。図24は、オリビン鉄(a)及びカーボン(b)における、反応物質(リチウム)の含有率に対する単極電位の変遷を示すグラフである。
【図25】参照極と負極との間の電圧(電位差)に基づいて濃度過電圧を実測する実施態様を表す模式図である。
【図26】参照極と負極との間の電圧(電位差)に基づいて濃度過電圧を実測する実施態様において参照極の位置が負極側にずれた場合を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(二次電池を備える電源システムの構成)
図1は、前述のように、二次電池を備える電源システムの構成例を説明する概略ブロック図である。尚、以下の説明においては、図中の同一または対応する部分には同一符号を付し、当該部分についての説明は原則的に繰返さないものとする。
【0023】
図1に示すように、電源システム5は、二次電池10と、負荷20と、電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)を含んでなる、バッテリECU50及び制御装置60とを備える。各ECUは、例えば、予めプログラムされた所定のシーケンス及び所定の演算を実行するための中央処理装置(CPU:Contral Processing Unit)(例えば、マイクロコンピュータ等)及びデータ記憶装置(例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、HDD(Hard Disk Drive)等)を含んでなる。
【0024】
充放電可能な二次電池10としては、例えば、リチウムイオン電池が用いられる。リチウムイオン電池は、電池内部、特に正極と負極との間における反応物質(例えばリチウム塩等)濃度の分布状態によって、その出力特性が異なってくるので、本発明を好適に適用することができる二次電池の1つの例示として挙げることができる。但し、本発明に係る二次電池の状態推定装置が適用される電源システムが備える二次電池は当該例示に係るリチウムイオン電池に限定されるものではない。
【0025】
二次電池10には、電池温度Tbを測定する温度センサ30と、二次電池10の入出力電流Ib(以下、「電池電流Ib」とも称する)を測定する電流センサ32、並びに正極と負極との間の端子間電圧Vb(以下、「電池電圧Vb」とも称する)を測定する電圧センサ34が設けられている。
【0026】
負荷20には、二次電池10から出力される電力が供給される。例えば、負荷20は、二次電池10から出力される電力によって駆動されることができる。また、負荷20は、その内部又は外部に、発電・給電要素(図示せず)を備えることができる。当該発電・給電要素からの充電電流によって二次電池10を充電することができるものとする。尚、本明細書においては、二次電池10の放電時に流れる電池電流Ibの値を正(>0)とし、二次電池10の充電時に流れる電池電流Ibの値を負(<0)とする。
【0027】
バッテリECU50は、二次電池10に設けられたセンサ群30、32、及び34からの検出値に基づき、電気化学反応に基づいて二次電池10の内部状態を推定可能な電池モデルに従って、電池状態を示す状態推定値を所定周期毎に逐次算出する(以下に詳細に説明する)。
【0028】
更に、バッテリECU50は、算出した状態推定値に基づき、二次電池の充放電制限のための電池情報を生成する。当該電池情報は、例えば、満充電状態(100%)に対する充電量(残存容量)を表すSOC(0%〜100%)、ある時点において許可される充電電力の上限値である入力可能電力Win及び放電電力の上限値である出力可能電力Wout等を含む。
【0029】
制御装置60は、負荷20への動作要求に基づき、且つバッテリECU50から得られる電池情報を考慮して、二次電池10の過充電や過放電が発生しないように充放電を制限しつつ、負荷20の動作指令を生成することができる。例えば、制御装置60は、二次電池10の入出力電力がそれぞれ入出力可能電力Win及びWout以下となるように制限しつつ、負荷20の動作指令を生成することができる。また、二次電池10のSOCが下限値以下となった場合に、負荷20による電力消費動作を禁止したり、負荷20の発電動作(二次電池10の充電動作)を強制的に起動したりすることができる。逆に、二次電池10のSOCが上限値以上となった場合には、負荷20の発電動作を強制的に禁止することもできる。
【0030】
(二次電池の構成)
図2は、前述のように、二次電池の概略構成図である。尚、ここでは、二次電池の一例として、リチウムイオン電池を採用するが、前述のように、本発明に係る二次電池の状態推定装置が適用される電源システムが備える二次電池は当該例示に係るリチウムイオン電池に限定されるものではない。
【0031】
図2に示すように、二次電池10は、負極12と、セパレータ14と、正極15とを含んでなる。セパレータ14は、例えば、電解液を浸透させた樹脂によって構成することができ、負極12と正極15との間に配設される。即ち、セパレータ14は、本発明に係る二次電池の状態推定装置が適用される電源システムが備える二次電池における「イオン伝導体」に対応するものである。また、横軸座標xは電極の厚み方向における位置を示す。
【0032】
負極12及び正極15の各々は、球状の活物質18の集合体によって構成される。放電時には、負極12の活物質18の界面上で、リチウムイオンLi及び電子eを放出する化学反応が起こる。一方、正極15の活物質18の界面上では、リチウムイオンLi及び電子eを吸収する化学反応が起こる。
【0033】
負極12には電子eを吸収する電流コレクタ13が設けられ、正極15には電子eを放出する電流コレクタ16が設けられる。負極の電流コレクタ13は、代表的には銅で構成され、正極の電流コレクタ16は、代表的にはアルミで構成される。電流コレクタ13には負極端子11nが設けられ、電流コレクタ16には正極端子11pが設けられる。セパレータ14を介するリチウムイオンLiの授受によって、二次電池10の充放電が行なわれ、充電電流Ib(<0)又は放電電流Ib(>0)が生ずる。
【0034】
先ず、図2に示した概略電池モデルに適用される、非特許文献1において開示された電池モデル式について説明する。
【0035】
(従来技術に係る基礎的な電池モデル式)
ここで、図2に示した概略電池モデルに適用される基礎的な電池モデル式について説明する。ここでは、本発明に係る二次電池の状態推定装置についての理解を容易なものとすることを目的として、前述の先行技術文献等に記載される従来技術に係る基礎的な電池モデル式について先ず説明する。当該基礎的な電池モデル式は上記非特許文献1に開示されるものに基づく従来技術に係る電池モデル式である。当該基礎的な電池モデル式は、以下の(1)乃至(11)式からなる基礎方程式によって表される。尚、当該電池モデル式において用いられる変数及び定数の一覧表を図3に示す。
【0036】
尚、以下に説明するモデル式中の変数及び定数において、添字eは電解液中の値であることを示し、添字sは活物質中の値であることを示す。添字jは正極と負極とを区別するものであり、j=1は正極における値を示し、j=2は負極における値を示すものとする。尚、正極及び負極での変数又は定数を包括的に表記する場合は、添字jを省略して表記することとする。また、時間の関数であることを示す(t)の表記、電池温度の依存性を示す(T)の表記、あるいは、局所SOCθの依存性を示す(θ)等について、明細書において表記を省略する場合がある。更に、変数又は定数に付された記号♯は、平均値を表わすものとする。
【0037】
【数1】

【0038】
上記(1)式及び(2)式は、電極(活物質)における電気化学反応を示す式であり、バトラー・ボルマーの式と称される。
【0039】
また、電解液中のリチウムイオン濃度保存則に関する式として、(3)式が成立する。一方、活物質内のリチウム濃度保存則に関する式として、(4)式の拡散方程式並びに(5)式及び(6)式に示す境界条件式が適用される。(5)式は、活物質の中心部における境界条件を示し、(6)式は、活物質の電解液との界面(以下、単に「界面」とも称する)における境界条件を示す。
【0040】
ここで、活物質界面における局所的なリチウム濃度分布である局所SOCθは(7)式によって定義される。(7)式中のcsejは、(8)式に示されるように、正極及び負極の活物質界面でのリチウム濃度を表している。また、csj,maxは、活物質内での限界リチウム濃度を表している。
【0041】
【数2】

【0042】
更に、電解液中の電荷保存則に関する式として(9)式が成立し、活物質中の電荷保存則に関する式として(10)式が成立する。また、活物質界面での電気化学反応式として、電流密度I(t)と、反応電流密度jLiとの関係を示す(11)式が成立する。
【0043】
【数3】

【0044】
(基礎的な電池モデル式の簡易化)
上記(1)乃至(11)式の基礎方程式は、非特許文献1において開示されたものであるが、実機に搭載されて二次電池の状態をオンラインで推定する状態推定装置に、これらの電池モデル式をそのまま適用することは、ECU(バッテリECU50)の演算負荷や演算時間の制約上、極めて困難である。従って、実機に搭載される状態推定装置においては、以下に説明するように、電池モデル式を簡易化して利用することが提案されている。
【0045】
上記基礎的な電池モデル式を簡易化するに当たっては、負極12及び正極15の各電極中における電気化学反応を一様なものと仮定する。即ち、各電極12及び15において、x方向においては反応が均一に起こるものと仮定する。また、負極12及び正極15の各電極内での各活物質の反応が均一であると仮定するので、負極12及び正極15のそれぞれについて、1個の活物質モデルを取扱うこととする。この結果、図2に示した二次電池の概略構造は、図4に示すようにモデル化される。即ち、図4は、前述のように、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池のモデル化の概要を説明する概念図である。
【0046】
図4に示すように、二次電池の放電時には、負極活物質モデル18n表面での電極反応により、活物質モデル18n内のリチウム原子Liが、電子eの放出によりリチウムイオンLiとなってセパレータ14中の電解液に放出される。一方、正極活物質モデル18p表面での電極反応においては、電解液中のリチウムイオンLiが取込まれて電子eを吸収する。これにより、正極活物質モデル18pの内部にリチウム原子Liが取込まれる。負極活物質モデル18nからのリチウムイオンLiの放出と、正極活物質モデル18pでのリチウムイオンLiの取込とによって、正極電流コレクタ16から負極電流コレクタ13に向かって電流が流れる。
【0047】
逆に、二次電池の充電時には、負極活物質モデル18n表面での電極反応により電解液中のリチウムイオンLiが取込まれ、正極活物質モデル18p表面での電極反応においてはリチウムイオンLiが電解液に放出される。電池モデル式においては、充放電時における活物質モデル18p(j=1)及び活物質モデル18n(j=2)の表面での電極反応、活物質モデル18p及び18n内部でのリチウムの拡散(径方向)、並びに電解液中のリチウム塩の拡散(濃度分布)や、各部位での電位分布や温度分布がモデル化される。
【0048】
図5に示すように、各活物質モデル18p及び18n内でのリチウム濃度cは周方向での位置には依存しないものと仮定し、半径方向の座標r(r:各点の中心からの距離、r:活物質の半径)上での関数として表すことができる。この活物質モデルは、界面での電気化学反応に伴う、活物質内部でのリチウム拡散現象を推定するためのものであり、径方向にN分割(N:2以上の自然数)された各領域(k=1〜N)について、リチウム濃度cs,k(t)が、後述する拡散方程式に従って推定される。
【0049】
上記のような仮定に基づき、非特許文献1における基礎方程式の上記(1)乃至(6)式、及び(8)式を簡素化し、下記(1′)乃至(6′)式、及び(8′)式とすることができる。
【0050】
【数4】

【0051】
上記(3′)式においては、電解液濃度を時間に対して不変であるとの仮定に基づき、cej(t)が一定値であると仮定している。また、各電極12及び15について1つずつ定義される活物質モデル18n及び18pについては、極座標方向の分布のみを考慮して、拡散方程式(4)乃至(6)式が拡散方程式(4′)乃至(6′)式に変形される。尚、(8′)式における活物質界面でのリチウム濃度csejは、図5に示したN分割領域のうちの最外周の領域におけるリチウム濃度csi(t)に対応する。
【0052】
更に、電解液中の電荷保存則に関する(9)式は、電極中の電気化学反応を一様とし、電解液濃度を時間に対して不変と仮定する(3′)式により、下記(12)式に簡易化される。即ち、電解液の電位φejは、xの二次関数によって近似される。そして、過電圧η♯の算出に用いる電解液中の平均電位φej♯は、電極厚さLで(12)式を積分することにより、下記(13)式として求められる。
【0053】
負極12については、(12)式より下記(14)式が成立するため、電解液平均電位φe2♯と負極12及びセパレータ14の間の境界における電解液電位との電位差は、下記(15)式によって表される。同様に、正極15についても、電解液平均電位φe1♯と正極15及びセパレータ14の間の境界における電解液電位との電位差は、下記(16)式によって表される。
【0054】
【数5】

【0055】
同様に、活物質中の電荷保存則に関する(10)式についても、下記(17)式に簡易化される。即ち、活物質の電位φsjについても、xの二次関数により近似される。そして、過電圧η♯の算出に用いられる活物質中の平均電位φsj♯は、電極厚さLで(17)式を積分することにより、下記(18)式として求められる。このため、電解液中の電位と同様にして、正極15における、活物質平均電位φs1♯と正極15及び集電体(電流コレクタ16)の間の境界における活物質電位との電位差は、下記(19)式によって表される。負極12についても同様に、(20)式が成立する。
【0056】
【数6】

【0057】
図6は、前述のように、二次電池の端子電圧と各平均電位との関係を示す概念図である。具体的には、図6は、二次電池の端子電圧V(t)と、上述のように求められた各平均電位との関係が示す概念図である。尚、図6に示すように、セパレータ14においては、反応電流密度jLi=0であるため、セパレータ14における電圧降下は電流密度I(t)に比例し、詳細にはL/κeff・I(t)となる。
【0058】
更に、上述のように、各電極中における電気化学反応を一様であると仮定したことにより、極板単位面積当たりの電流密度I(t)と反応電流密度(リチウム生成量)jLiとの間には、下記(21)式が成立することとなる。
【0059】
【数7】

【0060】
従って、図6に示した電位関係及び上記(21)式より、電池電圧V(t)について下記(22)式が成立する。尚、(22)式は、図6に示した(23)式の電位関係式を前提とするものである。
【0061】
次に、平均過電圧η♯(t)を算出する。jLiを一定とし、かつ、バトラー・ボルマーの関係式において、αaj=αcj=0.5(即ち、充放電効率が同一)とすると、下記(24)式が成立する。(24)式を逆変換することにより、平均過電圧η♯(t)が下記(25)式として求められる。
【0062】
【数8】

【0063】
そして、(15)式、(16)式、及び(25)式を(23)式に代入して求めた平均電位φs1#及びφs2#を(22)式に代入することによって、電気化学反応モデル式に従った電圧−電流関係モデル式(M1a)が導出される。
【0064】
更に、リチウム濃度保存則(拡散方程式)(4′)式と境界条件式である(5′)式及び(6′)式とによって、正極15及び負極12のそれぞれにおける活物質モデル18p及び18nについての活物質拡散モデル式(M2a)が求められる。
【0065】
【数9】

【0066】
尚、モデル式(M1a)の右辺第1項は、活物質表面での反応物質(リチウム)濃度により決定される開放電圧(OCV)を表し、右辺第2項は、過電圧(η♯−η♯)を表し、右辺第3項は、電池電流による電圧降下を表している。即ち、二次電池の直流純抵抗が、(M1a)式におけるRd(T)の部分によって表わされる。
【0067】
また、(M2a)式において、反応物質であるリチウムの拡散速度を規定するパラメータとして用いられる拡散係数Ds1及びDs2は温度依存性を有する。このため、拡散係数Ds1及びDs2は、温度センサ30によって検出された電池温度Tに対して可変に設定される可変パラメータとして、例えば図7に示すようなマップに従って設定される。図7に示すように、拡散係数Ds1及びDs2は、電池温度の低下に伴って相対的に低下する一方で、電池温度の上昇に伴って相対的に上昇する特性を有する。従って、かかる温度依存性を反映して、温度センサ30の検出値Tbに基づいて検知される電池温度Tに対応して、(M2a)式中の拡散係数Ds1及びDs2を電池パラメータ値として設定するマップを予め作成しておくことができる。
【0068】
尚、拡散係数Ds1及びDs2は、必要に応じて、温度依存性だけでなく局所SOCθ依存性を有してもよく、その場合、検知される電池温度Tと推定される局所SOCθに対応して、これらの拡散係数をパラメータ値として設定する二次元マップを予め作成しておくことができる。
【0069】
同様に、(M1a)式中の開放電圧U及びUについても、図8(a)及び(b)に示すように、局所SOCθの低下に伴って、それぞれ上昇又は低下するような依存性を有する。従って、かかる局所SOC依存性を反映して、推定された局所的SOCθに対応して、(M1a)式の開放電圧U及びUを設定するマップを予め作成しておくことができる。尚、図8(a)は、正極(j=1)における開放電圧Uの局所的SOCθ依存性を表し、図8(b)は、負極(j=2)における開放電圧Uの局所的SOCθ依存性を表すグラフである。
【0070】
更に、図示は省略するが、(M1a)式中の交換電流密度i01及びi02についても、局所SOCθ及び電池温度Tに対する依存性を有するので、θ及びTを引数とする二次元マップを予め準備しておき、ある時点における局所SOCθ及び電池温度Tに対応して交換電流密度i01及びi02が電池パラメータ値として決定されるようにすることもできる。
【0071】
同様に、直流純抵抗Rdも温度依存性を有するので、温度依存性を反映して、温度センサ30の検出値Tbに基づいて検知される電池温度Tに対応して、直流純抵抗Rdを電池パラメータ値として設定するマップを予め作成しておくことができる。
【0072】
尚、上述した種々のマップについては、例えば、二次電池10についての、周知の交流インピーダンス測定等の実験結果に基づいて作成することが可能であることを確認的に記載しておく。
【0073】
(活物質モデルの共通化)
以上の説明においては、負極12及び正極15のそれぞれに別個の活物質モデルを使用する方法を例示したが(図4を参照)、これに代えて、負極12及び正極15に共通の活物質モデルを適用して、演算負荷を更に軽減するモデル化も可能である。この場合、負極12及び正極15の活物質モデル18n及び18pをまとめて単独の素子として扱うため、下記(26)式に示すような式の置き換えが必要となる。(26)式においては、正極及び負極の区別を示す添字jが削除される。
【0074】
【数10】

【0075】
この結果、モデル式(M1a)及び(M2a)を更に簡易化したモデルとして、下記(M1b)式及び(M2b)式が得られる。また、このように正極及び負極を共通化した活物質モデルを適用した電池モデル式における電流密度I(t)と反応電流密度jLiとの関係式としては、(21)式に代えて下記(21′)式が適用される。
【0076】
【数11】

【0077】
(分極電圧項の線形近似)
ところで、上述の(M1a)式においては、過電圧を表す右辺第2項にarcsinh項が存在するため、非線形式を解く必要が生じる。このため、(M1a)式の演算には繰返し計算が必要となり、演算負荷が増大するのみならず、演算の安定性を損なう虞もある。従って、(M1a)式中のarcsinh項を一次近似(線形近似)した電圧−電流関係モデル式(M1c)式が導出される。
【0078】
【数12】

【0079】
尚、(M1c)式においては、線形近似の結果、右辺第2項も電流密度I(t)と反応抵抗Rrとの積で示されることとなる。反応抵抗Rrは、上記(27)式に示されるように、交換電流密度i01及びi02についての局所SOCθ並びに電池温度Tに対する依存性を有する。従って、電圧−電流関係モデル式(M1c)式を用いる場合は、反応抵抗Rr(θ,T)についても、局所SOCθ及び電池温度Tに対する依存性を反映したマップを実験結果等に基づいて予め作成しておき、電池パラメータの1つとしてマップ参照により適宜設定することが必要となる。
【0080】
この結果、電圧−電流関係モデル式である上記(M1c)式は、上記(28)式に示すように電池電圧V(t)、電池電流密度I(t)、電池パラメータとしてのRr(θ,T)及びRd(T)、並びに開放電圧U及びUの間に成立する線形モデル式として表現することができる。
【0081】
同様に、上述の(M1b)式についても、右辺第2項のarcsinh項を線形近似することによって、下記(M1d)式が得られる。(M1d)式についても、(M1c)式と同様に線形モデル式として表現される。
【0082】
【数13】

【0083】
(二次電池の状態推定装置の構成)
次に、上記電圧−電流関係モデル(M1a)乃至(M1d)式の何れかと、これに対応する活物資拡散モデル(M2a)式又は(M2b)式との組み合わせによって実現される、二次電池の状態推定装置の構成について説明する。尚、以下に説明する状態推定装置は、基本的には、図1に示したバッテリECU50によるプログラム処理により実現されるものとする。
【0084】
図9は、前述のように、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置の概略構成を説明する概略ブロック図である。図9に示す各ブロックは、基本的には、バッテリECU50によるプログラム処理によって実現される。
【0085】
図9に示すように、状態推定装置52は、拡散推定部100と、開放電圧推定部110と、電流推定部120と、電池パラメータ値設定部130と、境界条件設定部140とを含む。
【0086】
拡散推定部100は、活物質拡散モデル式である(M2a)式又は(M2b)式により、境界条件設定部140によって(5′)式及び(6′)式に従って設定された境界条件に基づいて、活物質内部でのリチウム濃度分布を、例えば差分形式により逐次演算する。また、拡散推定部100は、推定されたリチウム濃度分布に基づき、最外周の領域におけるリチウム濃度を活物質界面でのリチウム濃度csejとして、(7)式に従って局所SOCθを設定する。
【0087】
開放電圧推定部110は、図8に示した特性を反映したマップに従い、正極及び負極それぞれの開放電圧、又は正極及び負極を合成した開放電圧を求める。尚、図9においては、これらを包括的に開放電圧U(θ)と表記している。
【0088】
電池パラメータ値設定部130は、温度センサ30の検出値Tbに基づいて検知される電池温度T、及び拡散推定部100による推定に基づく、ある時点における局所SOCθに応じて、使用する電池モデル式中の電池パラメータを設定する。上述のように、拡散推定部100において用いられる、モデル式(M2a)又は(M2b)の拡散定数Ds1、Ds2、又はDが電池温度Tに応じて設定されるのみならず、モデル式(M1a)乃至(M1d)中の直流純抵抗Rt、又はモデル式(M1a)若しくは(M1b)中の交換電流密度i01、i02、又はモデル式(M1c)若しくは(M1d)中の反応抵抗Rr等が、電池パラメータ値設定部130により設定される。
【0089】
電流推定部120は、上述の(M1a)乃至(M1d)式に基づいて、電池電流密度I(t)を算出するための下記(M3a)乃至(M3d)式の何れかに従って、開放電圧推定部110によって推定された開放電圧U(θ)と、電圧センサ34の検出値Vbに従って検知される現在の電池電圧V(t)とを代入して、電池電流密度I(t)を算出する。
【0090】
【数14】

【0091】
例えば、(M3a)式は、(M1a)式を電池電流密度I(t)について解いたものに相当する。非線形方程式である(M3a)式をニュートン法等で解く場合は、I(t)の初期値を仮定し、更に、電池電圧V(t)、開放電圧U(θ)、及び電池パラメータ値を代入してI(t)を算出して、算出したI(t)と仮定したI(t)とが一致するまで反復計算を行なうことにより解くことができる。
【0092】
同様に、(M1b)式を用いる電池モデル式においては、下記(M3b)式を(M3a)式と同様の手法で解くことにより、電池電流密度I(t)を算出することができる。
【0093】
【数15】

【0094】
また、線形近似された(M1c)、(M1d)式を用いる電池モデル式においては、下記(M3c)や(M3d)式に従って、非線形方程式のような反復計算を行なうこと無く、電池電圧V(t)、開放電圧U(θ)、及び電池パラメータ値を代入して、一意に電池電流密度I(t)を算出することができる。これにより、演算負荷の軽減、及び演算の安定性向上が図られる。
【0095】
【数16】

【0096】
次に、境界条件設定部140は、上記(21)式または(21′)式に従って、演算された電流密度I(t)を反応電流密度(リチウム生成量)jLiに換算して、(6′)式に従って活物質拡散モデル式である(M2a)や(M2b)式の境界条件を更新する。
【0097】
従って、上記のように簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置においては、電圧センサ34の検出値に基づく電池電圧V(t)及び温度センサ30の検出値に基づく現在の電池温度Tを入力として、活物質中の反応物質(リチウム)の拡散モデル式(M2a)や(M2b)式に基づいて推定すると共に、電気化学反応モデル式に従う簡易化された電圧−電流関係モデル式(M1a)乃至(M1d)式と組み合わせることによって、活物質中での反応物質(リチウム)の濃度分布を推定し、この濃度分布に基づいて二次電池の内部状態を推定することができる。これにより、簡易化された電気化学反応モデル式の採用によって演算負荷を軽減しつつ二次電池の内部状態を電気化学反応に基づいて推定する、実機搭載に適した電池モデル式を実現することができる。
【0098】
(SOCの推定手法1)
上記のように簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置においては、推定された二次電池の内部状態に基づいて、二次電池10の充電率(SOC)を更に推定することができる。
【0099】
図10は、前述のように、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置におけるSOC推定構成を説明するブロック図である。
【0100】
図10に示すように、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置は、平均濃度算出部160と、SOC推定部200とを更に含む。
【0101】
平均濃度算出部160は、下記(29)式により、正極活物質モデル18p内のリチウム平均濃度csave(t)を求める。更に、SOC推定部200は、下記(30)式に従って、二次電池10全体のSOC推定値SOCeを生成する。
【0102】
【数17】

【0103】
上述のように、式(29)中のリチウム濃度cs1,k(t)(k=1〜N)は、図5に示したように、活物質モデル18pを径方向にN分割した各領域のリチウム濃度であり、拡散モデル式(M2a)又は(M2b)式により推定される。また、ΔVは、それぞれの分割領域の体積を表し、Vは活物質全体の体積を表す。正負極間で活物質モデルを共通化した場合には、共通化された活物質モデル内の各領域のリチウム濃度cs,k(t)(k=1〜N)の平均値を式(29)と同様に求めることによって、リチウム平均濃度csave(t)を求めることができる。
【0104】
ここで、一例として、正極15の活物質内のリチウム平均濃度と、SOC推定値SOCeとの関係を図11に示す。図11に示すように、正極活物質内のリチウム平均濃度の上昇に伴いSOCが低下する。従って、満充電時(SOC=100%)におけるリチウム平均濃度Cfと、完全に放電した場合(SOC=0%)におけるリチウム平均濃度C0とを予め求めておき、両者の間を線形補間することにより、上記(30)式に従ってSOCを推定することができる。
【0105】
図12は、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置による電池状態推定及びSOC推定の一連の処理を説明するフローチャートである。図12に示す一連の処理は、バッテリECU50において所定の演算周期毎に呼出され、実行されるようにすることができる。
【0106】
図12に示すように、バッテリECU50は、ステップS100において、電圧センサ34の検出値Vbに基づいて電池電圧V(t)を取得し、ステップS110において、温度センサ30の検出値Tbに基づいて、その時点における電池温度Tを取得する。
【0107】
更に、バッテリECU50は、ステップS120において、拡散モデル式(M2a)又は(M2b)式による前回の演算時に得られたリチウム濃度分布に基づき、活物質表面のリチウム濃度に基づいて局所的SOCθを算出する。
【0108】
そして、バッテリECU50は、ステップS130において、例えば、図8に示した特性に従うマップの参照により、負極12及び正極15毎に、又は正負極共通に、局所的SOCθから開放電圧U(θ)値を算出する。即ち、ステップS130において実行される処理は、図9における開放電圧推定部110の機能に相当する。
【0109】
更に、バッテリECU50は、ステップS140において、図9に示した電流推定部120の機能により、電池電圧V(t)、開放電圧U(θ)、及び電池温度Tに応じて設定された電池パラメータ値に基づいて、電圧−電流関係モデル式(M1a)乃至(M1d)の何れかに従って、電池電流密度I(t)の推定値を算出する。
【0110】
更に、バッテリECU50は、ステップS150において、推定された電池電流密度I(t)から、(21)式又は(21′)式に基づいて、反応電流密度(リチウム生成量)jLiを算出すると共に、算出した反応電流密度を用いて拡散モデル方程式(M2a)又は(M2b)の活物質界面における境界条件(活物質界面)を設定する。即ち、ステップS150において実行される処理は、図9における境界条件設定部140の機能に相当する。
【0111】
そして、バッテリECU50は、ステップS160において、拡散方程式モデル(M2a)又は(M2b)に従って、負極12及び正極15毎に、又は正負極共通に、設定された活物質モデル内のリチウム濃度分布を計算し、各領域のリチウム濃度推定値を更新する。即ち、ステップS160において実行される処理は、図9における拡散推定部100の機能に相当する。尚、上述のように、この際に演算された最外周の分割領域におけるリチウム濃度は、次回の演算実行時に、活物質表面における局所的SOCθの算出に用いられる。
【0112】
更なる処理として、バッテリECU50は、ステップS170において、ステップS100乃至S160において求められた二次電池の内部状態に基づいて、二次電池10全体の充電率(SOC)を推定することができる。
【0113】
例えば、ステップS170は、ステップS160において求められた活物質内のリチウム濃度分布に基づいてリチウム平均濃度csaveを算出するステップS171と、ステップS171において求められたリチウム平均濃度csaveに基づいて二次電池の充電率を算出するステップS172とにより構成される。ステップS171において実行される処理は、図10の平均濃度算出部160の機能に相当し、ステップS172において実行される処理は図10のSOC推定部200による処理に相当する。
【0114】
上記のように、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の充電推定装置によれば、電池電圧V(t)を入力として、電池電流(電池電流密度I(t))を推定し、これに基づいて二次電池の内部状態を推定する。このため、図13を参照しながら以下に説明するように、モデル誤差が発生しても自己修正する機能を有することとなる。
【0115】
図13は、前述のように、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置によるSOC推定誤差の自己修正を説明する概念図である。上記電池モデル(M1a)式等から理解されるように、二次電池10の電池電圧V(t)と開放電圧OCVとの間には、充電時には図13に示すような分極電圧ΔVが発生する。そして、線形近似された(M1c)や(M1d)式からも理解されるように、この分極電圧ΔVは、電池電流密度Iに応じた値となる。
【0116】
そのため、仮に電池モデルにおいて演算誤差が発生し、開放電圧を真値に対して過小に推定した場合、OCV(推定値)<OCV(真値)及びSOC(推定値)<SOC(真値)となり、分極電圧ΔV(推定値)>ΔV(真値)となる。従って、電池電流密度I(t)は、真値に対して過大に推定されることとなる。この結果、(21)式又は(21′)式によって反応電流密度jLiも過大に推定されるため、次の演算周期では、SOC上昇量を過大に推定することになるので、SOCに関するモデル誤差は自己修正されることになる。同様に、開放電圧を真値に対して過大に推定した場合にも、上記と反対の方向にSOCに関するモデル誤差を自己修正することができる。
【0117】
即ち、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の充電推定装置においては、一旦発生したモデル推定誤差を次回以降の演算時に自己修正することができるので、電池モデル誤差が積算されること無く、二次電池の内部状態及び充電率(SOC)を精度良く推定することができる。
【0118】
(SOCの推定手法2)
簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置において推定された二次電池の内部状態に基づいて二次電池10の充電率(SOC)を推定する手法の一例につき、上記に説明してきたが、二次電池10の充電率(SOC)の推定手法は上記に限定されるものではなく、二次電池10の充電率(SOC)を、他の手法によって推定することもできる。
【0119】
図14は、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置による、もう1つのSOC推定手法を説明するブロック図である。
【0120】
図14に示すように、当該SOC推定手法においては、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置は、オフセット推定部170と、電流積算部180と、SOC推定部210とを含んでなる。
【0121】
オフセット推定部170は、電流推定部120によって推定された電池電流密度I(t)及び電流センサ32によって測定された電池電流Ib(t)に基づいて、下記(31)式に従って、電流センサ32のオフセット誤差Iofを算出する。(31)式中のモデル電池電流Im(t)は、電流推定部120によって推定された電池電流密度I(t)と電極表面積との乗算によって求められる。(31)式に示されるように、オフセット推定部170は、モデル電池電流Im(t)と電流センサ32によって測定された電池電流Ib(t)との偏差を積算し、且つ当該積算値を積算時間Tmで除算することによって、電流オフセット誤差Iofを算出する。
【0122】
【数18】

【0123】
そして、演算部175は、電流センサ32によって検出された電池電流Ib(t)からオフセット推定部170により推定されたオフセット誤差Iofを差し引くことにより、補正電池電流Ibc(t)を求める。
【0124】
電流積算部180は、演算部175によって算出された補正電池電流Ibc(t)の積算値ΣIbcを求める。そして、SOC推定部210は、上記(32)式に従って、補正電池電流Ibc(t)の積算値ΣIbcに基づいてSOC変化量ΔSOCiを求める。SOC変化量ΔSOCiは、前回のSOC推定演算時から、その時点までにおけるSOCの変化量を示すものとなる。更に、SOC推定部210は、上記(33)式に従って、前回の推定演算時におけるSOC推定値SOCe(0)と、(32)式によって求められたSOC変化量ΔSOCiとの和に従って、その時点におけるSOC推定値SOCeを算出する。
【0125】
ここで、冒頭で述べたように、例えば、HV等において電動機による駆動や他の動力源による駆動、電動機の回生発電や他の動力源による発電が行われるHV走行においては、二次電池の充電及び放電が比較的頻繁に切り替えられて行われる。このように二次電池の充放電が交互に行われるような状況においては、図15に示すように、電池モデルによる電流推定誤差は、一般的にはオフセット的な成分は含まないことから、長期間に亘って積分すれば0に近づくこととなる。これに対して、図16に示すように、電流センサ32のオフセット誤差は一定値に維持されるため、センサ測定値である電池電流Ib(t)とモデル推定値Im(t)との偏差は、常に一定の直流分を有することとなる。従って、上記(31)式に基づくオフセット推定部170における演算により、電流センサ32のオフセット誤差Iofを算出することができる。
【0126】
図17は、図14に示したSOC推定処理をバッテリECU50によって実現するためのフローチャートである。上述のようなSOC推定処理は、図12におけるステップS170を、図17に示すステップS173乃至S175により置き換えることにより実現される。
【0127】
図17に示すように、バッテリECU50は、ステップS173において、電池モデルにより電池電圧V(t)を入力として求められた電池電流密度I(t)に基づく電池電流のモデル推定値Im(t)と、電流センサ32によるセンサ値Ib(t)との偏差の積算により、オフセット誤差Iofを算出する。即ち、ステップS173において実行される処理は、図14におけるオフセット推定部170の機能に相当する。
【0128】
更に、バッテリECU50は、ステップS174において、オフセット誤差Iofを用いてセンサ値Ib(t)を補正することにより、補正電池電流Ibc(t)を算出する。ステップS174において実行される処理は、図14における演算部175の機能に相当する。
【0129】
そして、バッテリECU50は、ステップS175において、補正電池電流Ibc(t)の積算に基づき、二次電池の充電率推定値SOCeを算出する。即ち、ステップS175において実行される処理は、図14における電流積算部180及びSOC推定部210の機能に相当する。
【0130】
以上説明した簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置によるSOC推定手法によれば、電池モデル式に基づいてオフセット誤差を検出すると共に、オフセット誤差を除去した電流積算に基づいて、二次電池10の充電率(SOC)を精度良く推定することができる。
【0131】
(SOCの推定手法3)
図18は、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置による、更にもう1つのSOC推定手法を説明するブロック図である。
【0132】
図18に示すように、当該SOC推定手法においては、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置は、図10を参照しながらSOCの推定手法1に関して説明したSOC推定部200と、電流積算に基づくSOC推定部210♯と、両者によるSOC推定結果を総合して最終的なSOC推定値SOCeを生成するSOC推定部220とを含んでなる。
【0133】
SOC推定部200は、SOCの推定手法1と同様に、簡易化された電池モデル式に基づく二次電池の内部状態推定に従い、活物質内のリチウム平均濃度に基づいて、SOCモデル推定値SOCmを推定する。この詳細については、図10で説明したのと同様であるので説明は繰り返さない。
【0134】
一方、SOC推定部210♯は、電流センサ32によって測定された電池電流Ib(t)の積算に基づいて、SOCの推定演算周期間でのSOC変化量ΔSOCiを求める。
【0135】
尚、SOC推定部210♯は、図14を参照しながら説明したような、電池モデルに基づく電流センサ32のオフセット誤差推定、及びオフセット誤差を補正した補正電池電流Ibc(t)の積算に基づいてSOC変化量ΔSOCiを求める構成に限定されること無く、電流センサ32によって測定された電池電流Ib(t)の積算によってSOC変化量ΔSOCiを求める構成としてもよい。但し、図14に示したSOC推定部210を、図18のSOC推定部210♯として用いる構成とした方が、オフセット誤差補正の効果によりSOC変化量ΔSOCiを精度良く求めることができるので、より望ましい。
【0136】
SOC推定部220は、下記(34)式に基づいて、最終的なSOC推定値SOCeを算出する。
【0137】
【数19】

【0138】
上記(34)式において、SOC推定値SOCeは、前回SOC推定値SOCe(0)に対して、電流積算に基づくSOC変化量ΔSOCiにゲインk1を乗じた項と、SOCモデル推定値SOCmと前回SOC推定値SOCe(0)との差分にゲインk2を乗じた項との和によって求められる。
【0139】
ゲインk1、k2については、k1>k2とすることにより(例えば、ゲインk1=1.0とし、ゲインk2<1.0とすることにより)、電流積算と電池モデルによる内部状態推定とを組合せたSOC推定を実行することができる。このように短期間のSOC変化推定については信頼性の高いSOC変化量ΔSOCiを小さい時定数で反映すると共に、二次電池の内部状態変化を反映したモデル推定値SOCmを相対的に大きい時定数で反映することにより、短期間のSOC推定誤差のみならず、長期間の電池使用に伴って発生するSOC推定誤差をも解消することができる。
【0140】
あるいは、ゲインk1及び/又はk2を電池状態に応じて変化させてもよい。例えば、電池モデルの精度が低下する低温時、又は大電池電流の充放電時には、ゲインk2を低下させて、電流積算に基づくSOC推定をメインに実行することが望ましい。特に、電圧−電流関係モデル式(M1c)及び(M1d)においては、arcsinh項の線形近似により、I(t)/{2Lsjoj(θ,T)}項の絶対値が所定値以上となると、電池モデル式の誤差が増大する。即ち、大電流時(|I(t)|≫0)、及び交換電流密度iej(θ,T)が低下する電池温度Tが低い時には、上記項の絶対値が大きくなることによって、電池モデル誤差が増大する。従って、かかるケースにおいては、例えばk2=0として、電池モデルによるSOC推定を停止することによって、電池モデル誤差によって二次電池10の充電率(SOC)の推定誤差が増大することを防止することもできる。
【0141】
図19は、図18に示したSOC推定処理をバッテリECU50によって実現するためのフローチャートである。
【0142】
図19に示すように、バッテリECU50は、図12におけるステップS170に代えて、図19に示したステップS171、S172♯、S173、S174、S175♯、及びS176を実行することによって、図18に示したSOC推定を実行することができる。
【0143】
図19に示すように、バッテリECU50は、ステップS171(図12と同様)における処理の後、ステップS172♯において、ステップS172と同様に、ステップS171において求められたリチウム平均濃度csaveより、モデルSOC推定値SOCmを算出する。
【0144】
一方、バッテリECU50は、ステップS173及びS174(図17と同様)における処理の後、ステップS175♯において、補正電流値Ibc(t)の積算に基づき、SOCの推定演算実行期間内におけるSOC変化量ΔSOCiを算出する。尚、上述のように、ステップS175♯におけるSOC変化量ΔSOCiの算出は、オフセット誤差Iofの補正を伴わない、電流センサ32による測定値Ib(t)の積算によって行うこともできる。
【0145】
更に、バッテリECU50は、ステップS176において、前回SOC推定値SOCe(0)と、ステップS172において求められたモデルSOC推定値SOCmとステップS175♯において求められたSOC変化量ΔSOCiとに基づいて、式(34)に従って現在のSOC推定値SOCeを算出する。
【0146】
上記のような構成とすることにより、短期間のSOC変化推定については信頼性の高い電流積算によるSOC推定と、二次電池の内部状態変化を反映した電池モデル式によるSOC推定とを適切に組み合わせることによって、二次電池の充電率(SOC)を精度良く推定することができる。
【0147】
(本発明の第1の実施態様)
上述のように、従来技術に係る電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置においては、電圧センサ34の検出値に基づく電池電圧V(t)及び温度センサ30の検出値に基づく現在の電池温度Tを入力として、活物質中の反応物質(リチウム)の拡散モデル式(M2a)や(M2b)式と電気化学反応モデル式に従う簡易化された電圧−電流関係モデル式(M1a)乃至(M1d)式とを組み合わせることによって、活物質中での反応物質(リチウム)の濃度分布を推定し、この濃度分布に基づいて二次電池の内部状態を推定することができる。また、推定された二次電池の内部状態に基づいて、二次電池10の充電率(SOC)を更に推定することができる。
【0148】
しかしながら、前述の従来技術に係る電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置においては、電解液における反応物質(例えばリチウム塩等)の濃度を一定と仮定することによって簡易化されたSOC推定モデルを利用している。即ち、従来技術に係る電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置においては、電解液における反応物質の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)に起因する濃度過電圧による電圧降下が考慮されていない。
【0149】
冒頭で述べたように、HV等においては、電動機による駆動や他の動力源による駆動、電動機の回生発電や他の動力源による発電が行われるHV走行においては、二次電池の充電及び放電が比較的頻繁に切り替えられて行われる。このように二次電池の充放電が交互に行われるような状況においては、上述のような電解液における反応物質の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)が打ち消し合い、電解液における反応物質の濃度勾配は非常に小さくなるので、濃度過電圧による電圧降下も非常に小さくなる(図20(a)を参照)。従って、このように二次電池の充放電が交互に行われるような状況においては、濃度過電圧による電圧降下が考慮されなくても、SOCの推定精度等に大きな影響は及ばない。
【0150】
しかしながら、前述のように、PHVやEV等においては、上述のようなHV等と比較して、相対的に長い充電期間に亘って二次電池が充電され、また相対的に長い期間に亘って二次電池が放電されるEV走行が行われる。EV走行時には、HV走行のように電解液における反応物質の濃度勾配が打ち消し合う訳ではなく、時間の経過(時刻tが、t、t、t、tと進む)と共に濃度勾配が大きくなり、濃度過電圧がSOCの推定精度にも大きな影響を及ぼすこととなる(図20(b)を参照)。
【0151】
また、SOCの推定における誤差についても、HV走行においては、所定のSOC中心値(例えば、50%)を中心として、SOCが増大する状況と減少する状況とが入り乱れて生ずるため、SOCが増大する方向の誤差と減少する方向の誤差とが入り乱れて発生し、これらが互いに打ち消し合う(図21(a)を参照)。一方、EV走行においては、二次電池が一旦充電されると(SOCが増大すると)、その後は二次電池の放電(SOCの減少)が比較的長期間に亘って生ずる。即ち、EV走行においては、EV走行の開始時のSOC(開始SOC。例えば、90%)から、EV走行の終了時のSOC(終了SOC。例えば、10%)まで、SOCが徐々に減少してゆく。従って、SOCの推定における誤差についても、SOCが増大する方向の誤差と減少する方向の誤差とが互いに打ち消し合うのではなく、SOCが減少する方向の誤差が累積され、誤差が累積し易い(図21(b)を参照)。かかる状況からも、EV走行においては、HV走行と比較して、より高い精度でのSOCの推定が望まれる。
【0152】
上記のように、当該技術分野においては、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷を軽減しつつ、EV走行時においても高い精度でSOCを推定することができる、二次電池の状態推定装置に対する要求が存在する。即ち、当該技術分野においては、電解液における反応物質の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)に起因する濃度過電圧による電圧降下を考慮した、新たな電池モデル式に基づく二次電池の状態推定装置が求められている。
【0153】
濃度過電圧(Δφ)を考慮に入れる場合、前述の電圧−電流関係モデル式(M1a)乃至(M1d)式は、それぞれ、以下の電圧−電流関係モデル式(M1a′)乃至(M1d′)式に置き換える必要がある。
【0154】
【数20】

【0155】
また、上記のように、前述の電圧−電流関係モデル式(M1c)式が(M1c′)式に置き換えられることに伴い、前述の電圧−電流関係モデル式(28)式もまた、下記(28′)式に置き換えられる必要がある。
【0156】
【数21】

【0157】
更に、電池電流密度I(t)を算出するための前述の(M3a)乃至(M3d)式もまた、それぞれ、以下の(M3a′)乃至(M3d′)式に置き換える必要がある。
【0158】
【数22】

【0159】
上記のように、電解液における反応物質の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)に起因する濃度過電圧(Δφ)を電圧−電流関係モデル式(M1a′)乃至(M1d′)式や(M3a′)乃至(M3d′)式等に組み込むことにより、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。
【0160】
ところで、上記濃度過電圧(Δφ)は、電解液における反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での濃度分布(Δc)から推定することができる。また、反応物質の正極と負極との間での濃度分布(Δc)は、例えば、下記(51)式及び(52)式に基づいて推定することができる。
【0161】
【数23】

【0162】
一方、例えば、実機評価により、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係を求めておき、当該関係に基づいて、濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を推定することができる。尚、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係は、例えばデータテーブル等のマップとして、又は例えば回帰式等の関数として、予め定めておくことができる。
【0163】
即ち、本発明の第1の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
電気化学反応に寄与する反応物質を内部に含む活物質を含んでなる第1及び第2の電極と、イオン化した前記反応物質を前記第1及び第2の電極間で伝導するイオン伝導体とを備える二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極間の電池電圧を検出する電圧検出器と、
与えられた境界条件に基づいて前記活物質の内部での前記反応物質の濃度分布を規定する活物質拡散モデル式に従って、前記反応物質の濃度分布を推定する電極内拡散推定部と、
前記電極内拡散推定部によって推定された、前記活物質の電解液との界面での前記反応物質の濃度に基づいて、前記第1及び第2の電極間の開放電圧を推定する開放電圧推定部と、
前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を推定する電極間拡散推定部と、
前記電極間拡散推定部によって推定された、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布に基づいて、濃度過電圧を推定する濃度過電圧推定部と、
前記開放電圧と、前記二次電池の電池電流密度に応じて算出される過電圧と、前記電池電流密度に応じて発生する電圧降下と、前記濃度過電圧と、前記電池電圧との間の関係を表す、電気化学反応に基づく電圧電流関係モデル式に従って、前記二次電池の電池電流密度を推定する電流推定部と、
を備え、
前記電流推定部は、前記電圧検出器によって検出された前記電池電圧と、前記開放電圧推定部によって推定された前記開放電圧と、前記濃度過電圧推定部によって推定された前記濃度過電圧と、前記二次電池のパラメータ値とを前記電圧電流関係モデル式に代入することによって、前記電池電流密度を算出し、
前記電流推定部によって推定された前記電池電流密度に基づいて前記界面での反応電流密度を算出し、算出した反応電流密度に従って、前記活物質拡散モデル式の前記界面における前記境界条件を設定する境界条件設定部を更に備える、
二次電池の状態推定装置である。
【0164】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を推定し、且つ濃度過電圧(Δφ)が組み込まれた電圧−電流関係モデル式(M1a′)乃至(M1d′)式や(M3a′)乃至(M3d′)式を用いることにより、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。
【0165】
(本発明の第2の実施態様)
ところで、例えば、従来技術に係る電圧−電流関係モデル式である(M1a)式と同様に、前述の電圧−電流関係モデル式(M1a′)式においても、過電圧を表す右辺第2項にarcsinh項が存在するため、非線形式を解く必要が生じる。このため、(M1a′)式の演算には繰返し計算が必要となり、演算負荷が増大するのみならず、演算の安定性を損なう虞もある。従って、冒頭で述べたように、例えば、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷を軽減するためには、(M1a′)式中のarcsinh項を一次近似(線形近似)した電圧−電流関係モデル式(M1c′)式を利用することが望ましい。同様に、(M1b′)式についても、右辺第2項のarcsinh項を線形近似することによって得られる(M1d′)式を利用することが望ましい。
【0166】
即ち、本発明の第2の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1の実施態様に係る二次電池の状態推定装置であって、
前記電圧電流関係モデル式は、前記電池電流密度及び前記パラメータ値としての電極単位面積当たりの電気抵抗の積を前記開放電圧から減算し、前記濃度過電圧を加算した電圧が、前記電池電圧に等しいことを示す線形近似式により構成される、
二次電池の状態推定装置である。
【0167】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、線形近似された電圧電流関係モデル式(例えば、(M1c′)式及び(M1d′)式)を用いるので、非線形方程式のような反復計算を行なうこと無く、電池電圧V(t)、開放電圧U(θ)、濃度過電圧(Δφ)、及び電池パラメータ値を代入して、一意に電池電流密度I(t)を算出することができる。これにより、演算負荷の軽減、及び演算の安定性向上を図ることができる。
【0168】
(本発明の第3の実施態様)
ところで、前述のように、例えば、前記反応物質(例えばリチウム)の拡散速度を規定するパラメータとして用いられる拡散係数Ds1及びDs2、交換電流密度i01及びi02、直流純抵抗Rd等は温度依存性を有する。このため、これらのパラメータ値を温度センサ30によって検出された電池温度Tに対して可変に設定される可変パラメータとして設定することが望ましい。
【0169】
即ち、本発明の第3の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1又は第2の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記二次電池の電池温度を検出する温度検出器と、
少なくとも前記電池温度に応じて前記パラメータ値を可変に設定するためのパラメータ値設定部と、
を更に備え、
前記パラメータ値設定部は、更に、前記活物質拡散モデル式中の拡散速度を表わすパラメータ値を、少なくとも前記電池温度に応じて可変に設定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0170】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、前記パラメータ値設定部により、少なくとも前記電池温度に応じて前記パラメータ値を可変に設定することができるので、前述のように温度依存性を有するパラメータを電池温度Tに応じた値に設定することができる。その結果、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、二次電池の内部状態及びSOCをより一層高精度に推定することができる。尚、温度依存性を有するパラメータの値と電池温度Tとの対応関係は、例えばデータテーブル等のマップとして予め作成しておくことができる。
【0171】
(本発明の第4の実施態様)
また、前記パラメータ値設定部により、電池温度T以外の要因(例えば、局所SOCθ等)に対しても依存性を有するパラメータを、これらの複数の要因に応じた値に設定することもできる。
【0172】
即ち、本発明の第4の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第3の実施態様に係る二次電池の状態推定装置であって、
前記パラメータ値設定部は、前記拡散推定部によって推定された前記界面での前記反応物質の濃度及び前記温度検出器によって検出された前記電池温度に応じて、前記電気抵抗を可変に設定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0173】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、前記パラメータ値設定部により、前記電池温度のみならず、前記界面での前記反応物質の濃度にも応じて前記電気抵抗を可変に設定することができるので、二次電池の内部状態及びSOCをより一層高精度に推定することができる。尚、本実施態様におけるように、電池温度T以外の要因に対しても依存性を有するパラメータをこれらの複数の要因に応じて設定しようとする場合は、これらの複数の要因とパラメータ値との多次元マップ(例えば、二次元マップ)を予め作成しておくことができる。
【0174】
(本発明の第5の実施態様)
前述のように、本発明に係る二次電池の状態推定装置においては、反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を推定し、且つ濃度過電圧(Δφ)が組み込まれた電圧−電流関係モデル式(M1a′)乃至(M1d′)式や(M3a′)乃至(M3d′)式を用いることにより、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。また、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係は、例えば実機評価等によって求めることができ、例えばデータテーブル等のマップとして、又は例えば回帰式等の関数として、予め定めておくことができる。
【0175】
ところで、電解液における反応物質の正極と負極との間での不均一な濃度分布(濃度勾配)に起因する濃度過電圧(Δφ)は、下記(41)式によって表すことができる。
【0176】
【数24】

【0177】
従って、上記(41)式に基づき、電解液における反応物質の正極と負極との間での濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を算出し、上記電圧−電流関係モデル式に代入して、二次電池の電池電流密度を推定することができる。しかしながら、実用上は、上記(41)式のように対数を含む関数を演算すると、計算負荷が増大する。一方、前述のように、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係を、例えば、データテーブル等のマップとして予め定めておくこともできる。しかしながら、濃度分布(Δc)及び濃度過電圧(Δφ)は電池温度Tに対する依存性を有するため、これらの対応関係を二次元マップとして作成する必要があり、例えば、オンボードECU等において必要とされるメモリ容量の増大に繋がる虞がある。
【0178】
従って、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係を、簡易化された関数とすることができれば、例えば、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷や必要とされるメモリ容量の増大を伴うこと無く、当該関数を利用して濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を算出することができるので望ましい。
【0179】
そこで、電解液内における直流抵抗による電圧降下と濃度過電圧とが互いに独立であるとみなすと、上記(41)式に基づく差分式である下記(42)式から、下記(44)式を導き出すことができる。
【0180】
【数25】

【0181】
上記(44)式から、濃度過電圧(Δφ)を、反応物質(例えばリチウム塩等)の電解液中での濃度(c)の関数として、下記(45)式によって表すことができる。
【0182】
【数26】

【0183】
更に、上記(45)式を下記のように変形して、濃度過電圧(Δφ)を濃度分布(Δc)の関数である下記(46)式として表す。
【0184】
【数27】

【0185】
上記(46)式には対数が未だ含まれている。そこで、上記(46)式を線形近似して、濃度過電圧(Δφ)を濃度分布(Δc)の一次近似式である下記(47)式として表す。
【0186】
【数28】

【0187】
上記(47)式によれば、濃度過電圧(Δφ)を濃度分布(Δc)の線形関数として表される。従って、上記(47)式に基づいて濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を容易に算出することができ、例えば、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等における計算負荷や必要とされるメモリ容量の増大を伴うこと無く、濃度過電圧(Δφ)を考慮に入れて、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。
【0188】
即ち、本発明の第5の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記濃度過電圧推定部は、前記イオン伝導体中の前記反応物質の濃度と前記イオン伝導体の電位との関係を表すモデル式から導き出される、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と濃度過電圧との関係式の線形近似式に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0189】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、前記濃度過電圧推定部が、前記反応物質の濃度分布と濃度過電圧との関係式の線形近似式に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する。従って、計算負荷や必要とされるメモリ容量の増大を伴うこと無く、濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を容易に算出することができるので、例えば、演算処理能力やメモリ容量に制約のあるオンボードECU等によっても、濃度過電圧(Δφ)を考慮に入れて、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。
【0190】
(本発明の第6の実施態様)
前述のように、本発明に係る二次電池の状態推定装置においては、反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を推定し、且つ濃度過電圧(Δφ)が組み込まれた電圧−電流関係モデル式(M1a′)乃至(M1d′)式や(M3a′)乃至(M3d′)式を用いることにより、二次電池の内部状態及びSOCをより高精度に推定することができる。また、濃度分布(Δc)から濃度過電圧(Δφ)を推定するには、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係を、例えば実機評価等によって予め求めておくことができ、斯くして求められた対応関係は、例えばデータテーブル等のマップとして、又は例えば回帰式等の関数として、予め定めておくことができる。
【0191】
ここで、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係を実機評価によって求めるための手法につき、図22を参照しながら説明する。図22は、前述のように、ある電流レートにおいて二次電池を放電させた際の電圧の変化を表す模式的なグラフである。図22において、実線は実測電圧(端子間電圧)を表す。
【0192】
先ず、時刻tにおいて放電が開始されると、図22のグラフ中の点線の楕円によって囲まれた部分に示すように、端子間電圧はVからVに低下する。この電圧降下は、当該二次電池の直流抵抗及び反応抵抗によるものである。その後、端子間電圧は、図22のグラフ中の破線によって示されるように一定の電圧を維持するのではなく、実線の曲線で示されるように、VからVへと徐々に降下を続ける。この電圧降下は、二次電池の電極を構成する活物質内での反応物質(例えばリチウム)の拡散現象と、イオン化した前記反応物質を電極間で伝導するイオン伝導体(例えば電解液)内での反応物質の拡散現象と、によるものである。尚、厳密には、放電に伴う開放電圧(OCV)の低下の影響も含まれるが、ここでの議論においては無視できる程度の微少なものとする。
【0193】
上記のように、二次電池の端子間電圧は、放電の継続に伴い、活物質内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧(図22のグラフ中の(a)の部分に相当)と、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧(図22のグラフ中の(b)の部分に相当)と、によって徐々に降下する。このように、放電の継続に伴う端子間電圧の降下には、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布のみならず、活物質内での反応物質の濃度分布による寄与も含まれている。従って、かかる端子間電圧の降下を観測するのみでは、濃度過電圧(Δφ)を知ることはできない。
【0194】
ところで、活物質内での反応物質の拡散現象は、当該活物質が構成する電極の電位に依存する。また、活物質として使用される材料の中には、反応物質の含有率の特定の領域において、反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定(電位平坦)となるものがある。以降、このように反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる反応物質の含有率の領域を「電位平坦領域」と称する場合がある。このような電位平坦領域を有する材料を活物質とする電極においては、活物質内での反応物質の含有率が電位平坦領域に該当する限り、充電や放電が進行しても(それに伴い活物質内での反応物質の含有率が変化しても)電極電位が一定である。かかる電位平坦領域を有する材料の具体例としては、例えば、オリビン型燐酸鉄リチウム(以降、単に「オリビン鉄」と称する)、カーボン等を挙げることができる。
【0195】
図24は、オリビン鉄(a)及びカーボン(b)における、反応物質(リチウム)の含有率に対する単極電位の変遷を示すグラフである。図24(a)に示すように、オリビン鉄を活物質とする電極においては、全体的には、活物質内であるオリビン鉄におけるリチウムの含有率が低下するのに伴って単極電位が上昇するものの、点線で囲まれた領域(電位平坦領域)においては、リチウムの含有率が変化しても単極電位が一定になっている。また、図24(b)に示すように、カーボンを活物質とする電極においては、全体的には、活物質内であるカーボンにおけるリチウムの含有率が低下するのに伴って単極電位が低下するものの、点線で囲まれた領域においては、リチウムの含有率が変化しても単極電位が一定になっている。
【0196】
上記のような電位平坦領域を有する材料を二次電池の電極を構成する活物質として使用することにより、少なくとも部分的には、放電の継続に伴う活物質内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧(図22のグラフ中の(a)の部分に相当)が生じない電池を構成することができる。より具体的には、かかる電池の正極及び負極の電位が反応物質の含有率の変化に対して共に平坦となる領域において当該電池の放電を行う場合は、放電の継続に伴う端子間電位の降下には、活物質内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧(図22のグラフ中の(a)の部分に相当)は含まれず、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧(図22のグラフ中の(b)の部分に相当)のみが含まれる。即ち、かかる電池においては、放電の継続に伴う端子間電位の降下を実測することにより、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧を実測することができる。
【0197】
一方で、反応物質(例えばリチウム塩等)の正極と負極との間での濃度分布(Δc)を、例えば、前述のように、下記(51)式及び(52)式に基づいて算出しておき、上記のようにして得られるイオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧(Δφ)と濃度分布(Δc)との対応関係を、例えばデータテーブル等のマップとして、又は例えば回帰式等の関数として、予め定めておくことができる。
【0198】
即ち、本発明の第6の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電時又は充電時に前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0199】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、当該二次電池の放電時又は充電時に、前記第1の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域と、前記第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域とが、少なくとも部分的に重なる。従って、これらの電位平坦領域が重なる状態においては、前記第1及び第2の電極の何れも電極電位が変化しない。従って、当該状態においては、当該二次電池の放電の継続又は充電の継続に伴う端子間電圧の変化は、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧のみに起因するとみなすことができる。これにより、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧そのものを実測することができる。また、斯くして実測される濃度過電圧と、前述のように求められる反応物質の電極間での濃度分布とを用いて、濃度分布(Δc)と濃度過電圧(Δφ)との対応関係を求め、例えばデータテーブル等のマップとして、又は例えば回帰式等の関数として、予め定めておくことができる。
【0200】
(本発明の第7の実施態様)
ところで、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置が適用される二次電池におけるイオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧の実測方法に関する上記説明においては、二次電池の放電を開始した直後の過渡期における端子間電圧の降下に特に着目して説明した。しかしながら、二次電池の充電や放電の最中に起こる反応抵抗の変化による端子間電圧の降下への影響を考慮すると、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧の測定は、二次電池の充電や放電を停止した直後の緩和期に行うことがより望ましい。
【0201】
ここで、上記につき、図23を参照しながら改めて説明する。図23は、前述のように、放電を開始した直後の過渡期及び放電を停止した直後の緩和期における二次電池の電圧の変化を表す模式的なグラフである。図23に示すように、先ず、時刻tにおいて放電が開始されると、端子間電圧はVからVに低下する。この電圧降下は、当該二次電池の直流抵抗及び反応抵抗によるものである。その後、端子間電圧は、図23のグラフ中の破線によって示されるようにVにおいて一定の電圧を維持するのではなく、図23のグラフ中の点線で囲まれた領域Tに含まれる実線の曲線で示されるように、VからVへと徐々に降下を続ける。
【0202】
上記電圧降下は、一般的には、二次電池の電極を構成する活物質内での反応物質(例えばリチウム)の拡散現象と、イオン化した前記反応物質を電極間で伝導するイオン伝導体(例えば電解液)内での反応物質の拡散現象とによるものである。また、本発明の上記第6の実施態様におけるように電位平坦領域を有する活物質によって電極を構成した場合は、上記電圧降下における活物質内での反応物質の拡散現象に起因する濃度過電圧の寄与を排除することができる。しかしながら、上記領域Tに含まれる実線の曲線に該当する期間(即ち、図23のグラフにおける時刻tからtまでの期間)は、二次電池の放電が進行している期間(過渡期)であり、この期間中の端子間電圧の降下には、放電の進行に伴う反応抵抗の変化による影響が含まれている。
【0203】
その後、時刻tにおいて放電が停止されると、端子間電圧はVからVへと上昇する。この電圧上昇もまた、当該二次電池の直流抵抗及び反応抵抗によるものである。その後、端子間電圧は、図23のグラフ中の点線で囲まれた領域Rに含まれる実線の曲線で示されるように、VからVへと徐々に上昇を続ける。尚、ここでの議論においても、放電に伴う開放電圧(OCV)の低下の影響は無視できる程度の微少なものとした。
【0204】
上記電圧上昇もまた、一般的には、二次電池の電極を構成する活物質内での反応物質(例えばリチウム)の拡散現象と、イオン化した前記反応物質を電極間で伝導するイオン伝導体(例えば電解液)内での反応物質の拡散現象とによるものである。また、本発明の上記第6の実施態様におけるように電位平坦領域を有する活物質によって電極を構成した場合は、上記電圧上昇における活物質内での反応物質の拡散現象に起因する濃度過電圧の寄与を排除することができる。しかも、上記領域Rに含まれる実線の曲線に該当する期間(即ち、図23のグラフにおける時刻t以降の期間)は、二次電池の放電は停止されている期間(緩和期)であり、この期間中の端子間電圧の変化には、放電の進行に伴う反応抵抗の変化による影響は含まれていない。
【0205】
即ち、活物質内での反応物質の拡散現象に起因する濃度過電圧の寄与を排除することができる場合、この期間中の端子間電圧の上昇は全て、イオン化した前記反応物質を電極間で伝導するイオン伝導体(例えば電解液)内での反応物質の拡散現象に起因するものとみなすことができる。このように、二次電池の充電や放電の最中に起こる反応抵抗の変化による端子間電圧の降下への影響を考慮すると、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧の測定は、二次電池の充電や放電が進行している過渡期ではなく、二次電池の充電や放電を停止した直後の緩和期に行うことがより望ましい。
【0206】
即ち、本発明の第7の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中における前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0207】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中(即ち、緩和期)において、且つ前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において、当該二次電池の端子間電圧の変化を実測することにより、前記反応物質による濃度過電圧を実測する。これにより、活物質内での反応物質の拡散現象に起因する濃度過電圧の影響のみならず、二次電池の充電や放電の最中に起こる反応抵抗の変化による影響をも排除して、反応物質による濃度過電圧をより正確に実測することができる。本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、斯くして得られた前記反応物質による濃度過電圧と電極間での前記反応物質の濃度分布との対応関係を予め求めておき、当該対応関係に基づいて前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定するので、濃度過電圧の推定精度をより高めることができる。
【0208】
(本発明の第8の実施態様)
ところで、実際の二次電池においては、必ずしも、前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が電位平坦領域を有する材質からなるとは限らない。現実には、負極に含まれる活物質としては、電位平坦領域を有する材質の1種であるカーボンが使用されることが多い。しかしながら、正極に含まれる活物質としては、例えば、コバルト系、ニッケル系、マンガン系等、電位平坦領域が殆ど存在しない材質も広く利用されているのが実状である。また、前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が電位平坦領域を有する材質からなっていても、二次電池の充電や放電の過渡期や緩和期において、これらの活物質の両方が電位平坦領域に同時に該当する状態を達成することができる(これらの活物質の電位平坦領域が重なる)とは限らない。
【0209】
そこで、本発明者らは、上記のような二次電池についても、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧を実測することができる方法を見出すべく、鋭意研究してきた結果、図25に示すように、第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質のうちの少なくとも一方が電位平坦領域を有する材質からなる二次電池において、イオン伝導体中の第1の電極と第2の電極との中間の位置に参照極を更に配設し、当該参照極と電位平坦領域を有する材質からなる活物質を含んでなる電極との間の電圧(電位差)に基づいて、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧を実測することができることを見出した。尚、図25は、参照極と負極との間の電圧(電位差)に基づいて濃度過電圧を実測する実施態様を表す模式図であるが、当然のことながら、正極に含まれる活物質が電位平坦領域を有する場合は、参照極と正極との間の電圧(電位差)に基づいて濃度過電圧を実測してもよい。
【0210】
具体的には、上記のように参照極が第1及び第2の電極のちょうど中間に配設され、且つ電極における反応物質の移動距離に影響を及ぼす要因(例えば電極の厚さや多孔度等)が第1及び第2の電極の間において同等であれば、電位平坦領域を有する材質からなる活物質を含んでなる電極(以降、「電位平坦電極」とも称する)と参照極との間の電圧(電位差)に基づいて実測される電位平坦電極と参照極との間の濃度過電圧を2倍することにより、第1及び第2の電極の間での濃度過電圧を求めることができる。
【0211】
即ち、本発明の第8の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の少なくとも一方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記イオン伝導体中の前記第1の電極と前記第2の電極との中間の位置に参照極が更に配設されており、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電時又は充電時に前記電位平坦領域に該当する状態において前記電位平坦領域を有する材質からなる前記活物質を含む電極と前記参照極との間の電位差に基づいて推定された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0212】
(本発明の第9の実施態様)
また、図23を参照しながら前に説明したように、二次電池の充電や放電の最中に起こる反応抵抗の変化による端子間電圧の降下への影響を考慮すると、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧の測定は、二次電池の充電や放電が進行している過渡期ではなく、二次電池の充電や放電を停止した直後の緩和期に行うことがより望ましい。このことは、上記のように参照極を利用する実施態様にも当てはまる。
【0213】
従って、本発明の第9の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の少なくとも一方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記イオン伝導体中の前記第1の電極と前記第2の電極との中間の位置に参照極が更に配設されており、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中における前記電位平坦領域に該当する状態において前記電位平坦領域を有する材質からなる前記活物質を含む電極と前記参照極との間の電位差に基づいて推定された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0214】
(本発明の第10の実施態様)
ところで、参照極を利用する実施態様においては、前述のように、参照極が第1及び第2の電極のちょうど中間に配設されることを前提としている。しかしながら、現実には、参照極の配設位置が第1及び第2の電極のちょうど中間からずれることは起こり得る。一方、参照極を利用する実施態様において求められる濃度過電圧は、参照極の配設位置への大きな依存性を有する。例えば、負極の活物質が電圧平坦領域を有する活物質を含んでなる電極である場合、正極と負極とのちょうど中間の位置よりも負極寄りに参照極が配設されると(図26を参照)、参照極と負極との間の濃度過電圧が過小に見積もられることとなる。また、例えば、正極と負極との間の温度分布等に起因する電池反応の斑による影響も受ける。
【0215】
以上のように、現実に使用される一般的な構成を有する二次電池においては、第1及び第2の電極に含まれる活物質の両方が電位平坦領域を有し且つこれらの電位平坦領域が少なくとも部分的に重なるという条件を満足することが困難である場合がある。また、かかる状況に対する対策となる参照極を利用する実施態様においては、上述のように、参照極の配設位置を厳密に制御する必要がある。
【0216】
かかる状況に鑑み、本発明者らは、反応物質による濃度過電圧を正確且つ確実に実測することができる方法を見出すべく、鋭意研究してきた。その結果、第1及び第2の電極の両方の電極に含まれる活物質として電位平坦領域を有する同じ材質を採用した対称セル(シンメトリーセル)を作成し、これを、濃度過電圧を実測するための二次電池として利用することにより、反応物質による濃度過電圧を正確且つ確実に実測することができることを見出した。
【0217】
即ち、本発明の第10の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する同一の材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電時又は充電時に前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0218】
上記のように、本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、第1及び第2の電極の両方の電極に含まれる活物質として電位平坦領域を有する同じ材質を採用したシンメトリーセルを作成し、当該シンメトリーセルの放電中又は充電中、前記第1及び第2の電極に含まれる活物質における反応物質の含有率が電位平坦領域に該当する状態において、当該シンメトリーセルの端子間電圧の変化を実測することにより、前記反応物質による濃度過電圧を実測する。これにより、活物質内での反応物質の拡散現象に起因する濃度過電圧の影響のみならず、二次電池の充電や放電の最中に起こる反応抵抗の変化による影響や電池反応の斑による影響をも排除して、反応物質による濃度過電圧を確実且つ正確に実測することができる。本実施態様に係る二次電池の状態推定装置においては、斯くして得られた前記反応物質による濃度過電圧と電極間での前記反応物質の濃度分布との対応関係を予め求めておき、当該対応関係に基づいて前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定するので、濃度過電圧の推定精度をより一層高めることができる。
【0219】
尚、本実施態様においては、上記のように、第1及び第2の電極に含まれる活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する同一の材質からなる。かかるシンメトリーセルの構成は、現実に使用される二次電池の構成とは異なる。しかしながら、前述のように、現実に使用される二次電池の活物質とシンメトリーセルにおける活物質との間において、電極における反応物質の移動距離に影響を及ぼす要因(例えば電極の厚さや多孔度等)が同等であれば、シンメトリーセルにおいて実測される濃度過電圧が、現実に使用される二次電池における濃度過電圧に等しいとみなすことができる。
【0220】
(本発明の第11の実施態様)
また、図23を参照しながら前に説明したように、二次電池の充電や放電の最中に起こる反応抵抗の変化による端子間電圧の降下への影響を考慮すると、イオン伝導体内での反応物質の濃度分布に起因する濃度過電圧の測定は、二次電池の充電や放電が進行している過渡期ではなく、二次電池の充電や放電を停止した直後の緩和期に行うことがより望ましい。このことは、上記のようにシンメトリーセルを利用する実施態様にも当てはまる。
【0221】
従って、本発明の第11の実施態様に係る二次電池の状態推定装置は、
本発明の前記第1乃至第4の実施態様の何れかに係る二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する同一の材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中における前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置である。
【0222】
尚、本発明に係る二次電池の状態推定装置は、前述のように、リチウムイオン電池以外の他の二次電池にも、負荷の種類を特に限定することなく適用することが可能である。例えば、ニッケル水素電池においては、活物質内部での反応物質(反応関与種)としてのプロトンの濃度分布を拡散方程式により算出し、開放電圧を活物質表面のプロトンの関数として定義することによって、本発明に係る二次電池の状態推定装置を同様に適用することができる。
【0223】
また、上記において説明した二次電池の状態推定装置による反応物質の濃度分布推定と、本明細書で説明した以外のSOC推定手法とを組合せて、二次電池の充電率(SOC)推定装置を実現することも可能である点についても、確認的に記載しておく。
【0224】
更に、上記において開示した各種実施態様はあくまでも例示に過ぎず、これらの実施態様に本発明が制限されると解釈されるべきものではない。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での総ての変更を含むものと理解されるべきである。
【符号の説明】
【0225】
5…電源システム、10…二次電池、11p…正極端子、11n…負極端子、12…負極、13…負極電流コレクタ、14…セパレータ、15…正極、16…正極電流コレクタ、18p…正極活物質モデル、18p…負極活物質モデル、19…電気二重層キャパシタ、20…負荷、30…温度センサ、32…電流センサ、34…電圧センサ、50…バッテリECU、52…状態推定装置、60…制御装置、100…拡散推定部、110…開放電圧推定部、120…電流推定部、125…電流演算部、130…電池パラメータ値設定部、140…境界条件設定部、160…平均濃度算出部、170…オフセット推定部、175…演算部、180…電流積算部、及び200、210、210♯、220…SOC推定部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学反応に寄与する反応物質を内部に含む活物質を含んでなる第1及び第2の電極と、イオン化した前記反応物質を前記第1及び第2の電極間で伝導するイオン伝導体とを備える二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極間の電池電圧を検出する電圧検出器と、
与えられた境界条件に基づいて前記活物質の内部での前記反応物質の濃度分布を規定する活物質拡散モデル式に従って、前記反応物質の濃度分布を推定する電極内拡散推定部と、
前記電極内拡散推定部によって推定された、前記活物質の電解液との界面での前記反応物質の濃度に基づいて、前記第1及び第2の電極間の開放電圧を推定する開放電圧推定部と、
前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を推定する電極間拡散推定部と、
前記電極間拡散推定部によって推定された、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布に基づいて、濃度過電圧を推定する濃度過電圧推定部と、
前記開放電圧と、前記二次電池の電池電流密度に応じて算出される過電圧と、前記電池電流密度に応じて発生する電圧降下と、前記濃度過電圧と、前記電池電圧との間の関係を表す、電気化学反応に基づく電圧電流関係モデル式に従って、前記二次電池の電池電流密度を推定する電流推定部と、
を備え、
前記電流推定部は、前記電圧検出器によって検出された前記電池電圧と、前記開放電圧推定部によって推定された前記開放電圧と、前記濃度過電圧推定部によって推定された前記濃度過電圧と、前記二次電池のパラメータ値とを前記電圧電流関係モデル式に代入することによって、前記電池電流密度を算出し、
前記電流推定部によって推定された前記電池電流密度に基づいて前記界面での反応電流密度を算出し、算出した反応電流密度に従って、前記活物質拡散モデル式の前記界面における前記境界条件を設定する境界条件設定部を更に備える、
二次電池の状態推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記電圧電流関係モデル式は、前記電池電流密度及び前記パラメータ値としての電極単位面積当たりの電気抵抗の積を前記開放電圧から減算し、前記濃度過電圧を加算した電圧が、前記電池電圧に等しいことを示す線形近似式により構成される、
二次電池の状態推定装置。
【請求項3】
請求項1又は2の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記二次電池の電池温度を検出する温度検出器と、
少なくとも前記電池温度に応じて前記パラメータ値を可変に設定するためのパラメータ値設定部と、
を更に備え、
前記パラメータ値設定部は、更に、前記活物質拡散モデル式中の拡散速度を表わすパラメータ値を、少なくとも前記電池温度に応じて可変に設定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記パラメータ値設定部は、前記拡散推定部によって推定された前記界面での前記反応物質の濃度及び前記温度検出器によって検出された前記電池温度に応じて、前記電気抵抗を可変に設定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記濃度過電圧推定部は、前記イオン伝導体中の前記反応物質の濃度と前記イオン伝導体の電位との関係を表すモデル式から導き出される、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と濃度過電圧との関係式の線形近似式に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項6】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電時又は充電時に前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項7】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中における前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項8】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の少なくとも一方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記イオン伝導体中の前記第1の電極と前記第2の電極との中間の位置に参照極が更に配設されており、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電時又は充電時に前記電位平坦領域に該当する状態において前記電位平坦領域を有する材質からなる前記活物質を含む電極と前記参照極との間の電位差に基づいて推定された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項9】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の少なくとも一方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する材質からなり、
前記イオン伝導体中の前記第1の電極と前記第2の電極との中間の位置に参照極が更に配設されており、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中における前記電位平坦領域に該当する状態において前記電位平坦領域を有する材質からなる前記活物質を含む電極と前記参照極との間の電位差に基づいて推定された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項10】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する同一の材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電時又は充電時に前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。
【請求項11】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の二次電池の状態推定装置であって、
前記第1及び第2の電極に含まれる各々の活物質の両方が、前記反応物質の含有率が変化しても電極電位が一定となる前記反応物質の含有率の領域である電位平坦領域を有する同一の材質からなり、
前記濃度過電圧推定部は、当該二次電池の放電又は充電を停止してから当該二次電池の電池電圧が安定するまでの期間中における前記第1及び第2の電極に含まれる活物質が有する電位平坦領域が重なる状態において実測された前記反応物質による濃度過電圧と、前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布を規定する電極間拡散モデル式に従って推定された、同状態における前記第1及び第2の電極間での前記反応物質の濃度分布と、の対応関係に基づいて、前記反応物質の濃度分布から濃度過電圧を推定する、
二次電池の状態推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2013−72659(P2013−72659A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−209790(P2011−209790)
【出願日】平成23年9月26日(2011.9.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】