説明

交流交流直接変換器の制御装置

【課題】演算負荷や記憶手段の容量を低減し、出力電圧や入力電流の制御性能を向上させた制御装置を低コストにて提供する。
【解決手段】マトリクスコンバータ等の交流交流直接変換器において、変換器の入力電圧を検出する手段4と、入力電圧検出値を所定周期でサンプリングしてディジタル信号に変換するAD変換手段5と、今回サンプリング値からN(Nは1以上の整数)回前までのサンプリング値を保存する記憶手段6と、N回前、今回及び前回のサンプリング値を用いて将来のサンプリング値を予測する予測手段7と、予測した将来のサンプリング値を用いて前記オンオフ時間比率を演算するための制御信号演算手段8及びオンオフ時間比率演算手段9とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型のエネルギーバッファを用いずに双方向スイッチをオンオフさせて交流入力電圧を任意の大きさ、周波数の交流電圧に直接変換する交流交流直接変換器において、前記直接変換器の出力電圧や入力電流の歪みを低減可能とした制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の直接変換器の一例として、マトリクスコンバータが知られている。
図8は、一般的なマトリクスコンバータの制御装置の構成を示すブロック図である。
まず、図8の主回路において、1は三相交流電源、2はマトリクスコンバータ、3は交流電動機等の負荷であり、制御装置は、マトリクスコンバータ2の入力電圧を検出して種々の演算を行い、マトリクスコンバータ2内の双方向スイッチを構成する半導体スイッチング素子に対するオンオフ信号をPWM制御により生成する。
【0003】
以下、制御装置の具体的構成及び動作を説明する。
まず、入力電圧検出手段4により検出されたマトリクスコンバータ2の入力電圧は所定周期(例えばPWM制御のキャリア周期)でサンプリングされ、AD変換手段5によりディジタル信号に変換されてマイクロプロセッサ11に入力される。ここで、入力電圧検出手段4は、例えば計器用変圧器、アナログフィルタ、サンプルホルダ等によって構成されている。
【0004】
前記プロセッサ11内の入力電流制御信号演算手段8は、AD変換手段5からの入力電圧検出値に基づいて入力電流制御信号を生成し、この制御信号を出力電圧指令値と共にオンオフ時間比率演算手段9に入力する。
【0005】
オンオフ時間比率演算手段9では、入力電流制御信号と出力電圧指令値とを合成してマトリクスコンバータ2内のスイッチング素子のオンオフ時間比率を演算し、これを指令値としてPWM発生手段10に出力する。PWM発生手段10では、前記オンオフ時間比率とキャリアとを比較してマトリクスコンバータ2内の各スイッチング素子に対するオンオフ信号を生成する。このオンオフ信号を用いてスイッチング素子を制御することにより、マトリクスコンバータ2が交流入力電圧を直接切り出して所定の大きさ、周波数の交流電圧を生成し、負荷3に出力する。
【0006】
ここで、制御装置としては、図示するようにマイクロプロセッサ11やDSP(Digital Signal Processor)等のディジタル演算器を用いるのが一般的であり、入力電圧検出値のサンプリング値を用いてオンオフ時間比率を計算している。
【0007】
さて、一般にディジタル制御では、サンプリング周期毎に値を固定して用いるため、実際に検出される電圧値とAD変換後のサンプリング値との間には時間遅れがある。また、ノイズの影響による誤動作を防止するため、アナログ信号の検出部にローパスフィルタ等を用いているので、このフィルタによる入出力信号の時間遅れも存在する。更に、マイクロプロセッサ等のディジタル演算器による演算遅れも無視できない。
【0008】
制御に用いるサンプリング値が時間遅れを持っていると、実際の検出値との間に誤差が発生するので制御性能が悪化する。その結果として、例えばマトリクスコンバータの制御においては、出力電圧や入力電流に誤差が現れる。
ここで、出力電圧の誤差は、負荷3として交流電動機を駆動している場合にトルクリプルや回転むら等を引き起こし、電動機の損失を増大させる原因となる。また、入力電流の誤差は入力電流の歪みとなって現れ、マトリクスコンバータの入力側に接続されているトランスの過熱やその他の電源側の機器の誤動作を引き起こすため、好ましくない。
【0009】
上述したようなサンプリング値の時間遅れを補正するには、例えば、入力電圧の位相角をPLL(Phase Locked Loop)やアークタンジェントにより演算し、得られた位相角に基づき交流入力電圧検出値を座標変換して直流量に変換すると共に、特許文献1の数式1に記載されているように、得られた位相角に補正角度を加算して位相角を進め、この位相角を用いて直流量の交流入力電圧検出値を再び交流信号に復元することが考えられる。
なお、前記補正角度は、サンプリング遅れやフィルタによる時間遅れ等を考慮して設定すれば良い。
【0010】
【特許文献1】特開2005−168197号公報(段落[0027]〜[0029]、図2,図4等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、上述した方法では、入力電圧の位相角の検出にPLLやアークタンジェント等の複雑な演算が必要であるため、演算装置の負荷が重くなり、コスト高の要因となる。
更に、アークタンジェント演算をテーブル化して演算量を低減するとしても、大容量の記憶手段が必要である。また、アークタンジェントの値に不連続点が存在するため、高精度が望めないといった問題もある。
【0012】
そこで、本発明の解決課題は、入力電圧の位相角の演算を不要にして演算負荷を低減すると共に、テーブル化による記憶容量の増大を回避し、簡単な演算により入力電圧を高精度に予測して出力電圧や入力電流の制御性能を向上させた制御装置を低コストにて提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、請求項1に記載した発明は、交流電源と負荷との間に直接接続された双方向スイッチを備え、出力電圧指令値に応じたオンオフ時間比率にて前記双方向スイッチをスイッチングすることにより、交流入力電圧を任意の大きさ、周波数の交流電圧に直接変換する交流交流直接変換器において、
前記変換器の入力電圧を検出する手段と、検出した入力電圧を所定周期でサンプリングする手段と、前記入力電圧のサンプリング値のN(Nは1以上の整数)回前までの履歴を保存する記憶手段と、N回前のサンプリング値と今回及び前回のサンプリング値とを用いて将来のサンプリング値を予測する予測手段と、前記予測手段により予測した将来のサンプリング値を用いて前記オンオフ時間比率を演算する手段と、を備えたものである。
【0014】
請求項2に記載した発明は、請求項1に記載した交流交流直接変換器の制御装置において、
前記予測手段は、N回前のサンプリング値と今回のサンプリング値との差分値を演算する手段と、今回のサンプリング値と前回のサンプリング値との大小関係に応じて、前記差分値と今回のサンプリング値との和または差を将来のサンプリング値として出力する手段と、を備えたものである。
【0015】
請求項3に記載した発明は、請求項2に記載した交流交流直接変換器の制御装置において、前記予測手段は、前記将来のサンプリング値または差分値に所定のゲインを乗じる乗算手段を備えたものである。
【0016】
請求項4に記載した発明は、請求項2または3に記載した交流交流直接変換器の制御装置において、前記予測手段の前段または後段にバンドパスフィルタを備えたものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、直接変換器を制御するための入力電圧のサンプリング値の時間遅れを、入力電圧の位相角演算や膨大なテーブルを用いずに、簡単な四則演算と少量の記憶データによって補正することができ、制御性能の向上やコストの低減を可能にした制御装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
まず、図1は本発明の第1実施形態を示すブロック図であり、図8と同一の構成要素には同一の番号を付してある。以下では、図8と異なる部分を中心に説明する。
【0019】
図1において、例えばPWM制御のキャリア周期にてサンプリングされてAD変換手段5によりディジタル信号に変換された入力電圧検出値は、マイクロプロセッサ11A内の記憶手段6に入力される。この記憶手段6は、その入力信号の今回のサンプリング値とN(Nは1以上の整数)回前のサンプリング値とを記憶するように構成されている。なお、N回前のサンプリング値には、前回のサンプリング値(N=1)も含む。
ここで、上記のNの設定値を比較的小さい値にすれば、記憶手段6として小容量のものを使用することができる。
【0020】
次に、予測手段7は、記憶手段6の記憶データを用いて将来(何回か後)のサンプリング値を予測するものであり、この予測値を用いて入力電流制御信号作成手段8が入力電流制御信号を作成する。なお、入力電流制御信号の演算方法は種々存在するが、本発明では特に限定されない。
入力電流制御信号作成手段8以降については、図8と同様にオンオフ時間比率演算手段9がオンオフ時間比率を演算してPWM発生手段10に出力する。
【0021】
図2は、前記予測手段7の構成図である。
図2において、前記記憶手段6により記憶されたN回前のサンプリング値(N回前の値という)と今回のサンプリング値(今回値という)との差分値を加減算手段701により演算し、絶対値演算手段702によって前記差分値の絶対値を演算する。この絶対値は後段の加減算手段703,704に入力され、それぞれ今回値との和と今回値との差が演算されると共に、これらの和及び差は、切替手段706の切替端子側にそれぞれ与えられる。
【0022】
一方、前記記憶手段6により記憶された今回値及び前回値は比較手段705に入力されており、比較手段705は、今回値と前回値との大小関係を判断して前記切替手段706に切替信号を出力する。
切替信号による切替手段706の動作は、図2の括弧内に示す通りであり、今回値>前回値の場合には、加減算手段703の出力(差分値の絶対値と今回値との和)を選択して予測値とし、また、今回値<前回値の場合には、加減算手段704の出力(今回値と差分値の絶対値との差)を選択して予測値とし、この予測値を図1の入力電流制御信号作成手段8に送るようになっている。
【0023】
上記の動作を数式により表すと、数式1のようになる。
[数式1]
det=Vdet0+ABS(VdetN−Vdet0
(Vdet0>Vdet1の場合),
det=Vdet0−ABS(VdetN−Vdet0
(Vdet0<Vdet1の場合)
ただし、Vdet:予測値、Vdet0:今回値、Vdet1:前回値、VdetN:N回前の値、ABS:絶対値演算子である。
【0024】
図3は、数式1における各サンプリング値の関係を電圧波形上に示したものであり、図3(a)はVdet0>Vdet1の場合、図3(b)はVdet0<Vdet1の場合である。ここでは、予測値Vdetを2回後のサンプリング値とし、その予測に今回値Vdet0、前回値Vdet1、及び2回前のサンプリング値Vdet2を用いている。
すなわち、本実施形態においては、前回値Vdet1からの今回値Vdet0の増減傾向に応じて、N(図3ではN=2)回前の値VdetNと今回値Vdet0との差分値を今回値Vdet0に加算、または今回値Vdet0から減算することにより、N回後のサンプリング値Vdetを予測するものである。
【0025】
図4は、この実施形態により得た、入力電圧の2回後のサンプリング値の予測値(2回後予測値)と理論値(2回後理論値)との比較結果を示す波形図であり、今回値と2回前のサンプリング値も併せて示してある。
また、図4では、入力電圧波形を余弦波によって単位法表示してあり、サンプリング周期は500μs、余弦波の周期は20msである。なお、前述したように2回後のサンプリング値を予測するため、N=2とし、予測には2回前のサンプリング値を今回値及び前回値と共に用いている。
【0026】
図4によれば、数式1によって得られた予測値は、特に余弦波のゼロ近傍で理論値とほぼ一致している。また、余弦波の頂点付近では予測値と理論値との間に若干誤差があるものの、理論値とほぼ等しい予測値が得られている。
ここでは、サンプリングの遅れを考慮して2回後のサンプリング値を予測したが、制御装置によっては、サンプリングによる遅れ時間が3サンプリングや1サンプリングなど、様々であるから、2回後以外のサンプリング値を予測する場合は、数式1におけるNの値を回数に応じて変更すれば良い。
【0027】
また、図5は、本発明(本実施形態)をマトリクスコンバータの制御に適用した場合及び適用しない場合のシミュレーション結果を示す波形図であり、上からマトリクスコンバータの入力電圧、入力電流、出力電圧波形を示している。
本発明を適用しない場合には、サンプリング値を予測しておらずサンプリング遅れがそのまま制御に影響しているため、特に入力電流に歪みが現れているが、これは、実際の入力電圧値と制御に用いる入力電圧検出値との間には時間遅れに起因する数値誤差が大きく、入力電圧の切り替わり付近で特に入力電流の波形を悪化させるからである。
これに対し、本発明を適用してサンプリング値を予測することにより、特に入力電流については歪みのない良好な波形が得られているのがわかる。
【0028】
次に、本発明の第2実施形態を説明する。
図6は、第2実施形態における予測手段7の構成図であり、図2に示した切替手段706の出力をゲイン乗算手段707に入力してゲインkを乗算し、その出力を予測値としている点が図2と異なっている。
この実施形態は、前述した図4の余弦波の頂点付近における予測値と理論値との誤差を少なくするために、予測値の振幅を補正して理論値により近い波形を得るようにしたものである。
【0029】
上記補正ゲインkは、数式2のように入力信号の最大振幅値と予測値の最大振幅値との比に設定すればよい。最大振幅値としては、少なくとも1周期中で振幅の絶対値が最大となる点を記憶させておけばよい。
[数式2]
k=入力信号の最大振幅値/予測値の最大振幅値
【0030】
また、図示されていないが、絶対値演算手段702の出力側に補正ゲイン乗算手段707を配置する(差分値(VdetN−Vdet0)に補正ゲインkを乗じる)と共にこの補正ゲインkを小数に設定し、以下の数式3によって予測値を得るようにすれば、図1の入力電圧検出手段4等のアナログ回路における時間遅れのように、ディジタル演算器以外の要素における時間遅れを補正することができる。
[数式3]
det=Vdet0+k×ABS(VdetN−Vdet0
(Vdet0>Vdet1の場合),
det=Vdet0−k×ABS(VdetN−Vdet0
(Vdet0<Vdet1の場合)
【0031】
例えば、アナログ回路における時間遅れが50μsであり、サンプリング周期が100μsのディジタル演算器で、遅れが1サンプリング周期ある場合には、補正ゲインkを1.5とすることによってアナログ回路の遅れも考慮して補正することができ、実際の検出値との誤差を少なくして制御性能の向上を見込むことができる。
【0032】
次に、図7は本発明の第3実施形態を示すブロック図である。
前述した数式1や数式3では、今回値Vdet0と前回値Vdet1との大小関係に応じて予測値Vdetを求めているため、予測手段7への入力信号に歪みやリプルが重畳されていると大小関係の場合分けに誤差を生じ、結果として予測値の演算精度が低下する恐れがある。
【0033】
そこで、第3実施形態では、図7に示すように、例えばマイクロプロセッサ11Bの入力段にバンドパスフィルタ20を設け、入力信号から所望の周波数成分のみをバンドパスフィルタ20により抽出するようにして歪みやリプルを除去し、今回値Vdet0と前回値Vdet1との大小関係を正確に検出して予測値の誤差を低減するようにした。なお、バンドパスフィルタ20を予測手段7の出力側に設ければ、予測値として所望の周波数成分の滑らかな正弦波を得ることができる。
【0034】
バンドパスフィルタ20の通過帯域は入力電圧の周波数に応じて設定すれば良く、例えば、入力電圧の周波数が50Hzであれば50Hzを中心周波数としたバンドパスフィルタを用いれば良い。また、バンドパスフィルタ以外でも、ローパスフィルタやハイパスフィルタ等を用いても同様な効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の第1実施形態を示すブロック図である。
【図2】図1における予測手段の構成図である。
【図3】第1実施形態における数式1を説明するための波形図である。
【図4】第1実施形態により得た予測値と理論値等を示す波形図である。
【図5】第1実施形態をマトリクスコンバータの制御に適用した場合及び適用しない場合のシミュレーション結果を示す波形図である。
【図6】本発明の第2実施形態における予測手段の構成図である。
【図7】本発明の第3実施形態を示すブロック図である。
【図8】従来技術を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0036】
1:交流電源
2:マトリクスコンバータ
3:負荷
4:入力電圧検出手段
5:AD変換手段
6:記憶手段
7:予測手段
701,703,704:加減算手段
702:絶対値演算手段
705:比較手段
706:切替手段
707:ゲイン乗算手段
8:入力電流制御信号演算手段
9:オンオフ時間比率演算手段
10:PWM発生手段
11A,11B:マイクロプロセッサ
20:バンドパスフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電源と負荷との間に直接接続された双方向スイッチを備え、出力電圧指令値に応じたオンオフ時間比率にて前記双方向スイッチをスイッチングすることにより、交流入力電圧を任意の大きさ、周波数の交流電圧に直接変換する交流交流直接変換器において、
前記変換器の入力電圧を検出する手段と、
検出した入力電圧を所定周期でサンプリングする手段と、
前記入力電圧の今回のサンプリング値からN(Nは1以上の整数)回前までのサンプリング値を保存する記憶手段と、
N回前のサンプリング値と今回及び前回のサンプリング値とを用いて将来のサンプリング値を予測する予測手段と、
前記予測手段により予測した将来のサンプリング値を用いて前記オンオフ時間比率を演算する手段と、
を備えたことを特徴とする交流交流直接変換器の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載した交流交流直接変換器の制御装置において、
前記予測手段は、
N回前のサンプリング値と今回のサンプリング値との差分値を演算する手段と、
今回のサンプリング値と前回のサンプリング値との大小関係に応じて、前記差分値と今回のサンプリング値との和または差を将来のサンプリング値として出力する手段と、
を備えたことを特徴とする交流交流直接変換器の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載した交流交流直接変換器の制御装置において、
前記予測手段は、
前記将来のサンプリング値または前記差分値に所定のゲインを乗じる乗算手段を備えたことを特徴とする交流交流直接変換器の制御装置。
【請求項4】
請求項2または3に記載した交流交流直接変換器の制御装置において、
前記予測手段の前段または後段に、バンドパスフィルタを備えたことを特徴とする交流交流直接変換器の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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