説明

人工多能性幹細胞の選択方法

本発明は、樹立した人工多能性幹(以下、iPSという)細胞の選択方法に関する。より詳細には、本発明は、(1a) 試験iPS細胞において外来性の導入遺伝子の発現量を測定する工程、(2a) 当該外来性の導入遺伝子の発現量が対照iPS細胞における発現量以下である試験iPS細胞を選択する工程を含む、iPS細胞の選択方法、または、(1b)試験iPS細胞の外来性の導入遺伝子の発現量および該外来性導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を測定する工程、(2b)外来性導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合が、対照iPS細胞における割合以下である試験iPS細胞を選択する工程を含む、iPS細胞の選択方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安全性の高い人工多能性幹(以下、iPSという)細胞の選択方法に関する。より詳細には、本発明は、(1a) 試験iPS細胞において外来性の導入遺伝子の発現量を測定する工程、(2a)当該外来性の導入遺伝子の発現量が対照iPS細胞における発現量と同じまたはそれ以下である試験iPS細胞を選択する工程を含む、iPS細胞の選択方法、に関する。本発明はまた、(1b)試験iPS細胞において外来性の導入遺伝子の発現量と、該外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を測定する工程、(2b)外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合が対照iPS細胞における割合と同じまたはそれ以下である試験iPS細胞を選択する工程を含む、iPS細胞の選択方法に関する。
【0002】
本発明はまた、外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量、および外来性の導入遺伝子のみの発現量を測定するためのPCR用プライマーセットに関する。
【背景技術】
【0003】
近年、マウスおよびヒトのiPS細胞が相次いで樹立された。Yamanakaらは、マウス由来の線維芽細胞に、Oct3/4, Sox2, Klf4及びc-Myc遺伝子を導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した(特許文献1, 非特許文献1)。その後、c-Myc遺伝子を除いた3因子によってもiPS細胞を作製できることが明らかとなった(非特許文献2)。さらに、Yamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(特許文献1、非特許文献3)。一方、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を作製した(特許文献2, 非特許文献4)。
【0004】
レトロウイルスやレンチウイルスなどのウイルス性ベクターは、非ウイルス性ベクターに比べて遺伝子導入効率が高く、そのためiPS細胞を容易に作製することができるという点で優れたベクターである。しかし、レトロウイルスやレンチウイルスは染色体中に組み込まれてしまう。同様に、iPS細胞の樹立には初期化因子の持続的な高発現が要求されるためか、一般的に組込みが起こりにくいとされているプラスミドベクターを用いても、ある頻度で初期化因子が染色体に組み込まれた安定発現株が得られる場合がある(非特許文献5, 6)。
【0005】
一方、iPS細胞の樹立後には、この組み込まれた外来性の遺伝子に対して発現の抑制(サイレンシング)が起きている場合がある。このように組み込まれた外来性の遺伝子のサイレンシングが起きているiPS細胞を選択して使用することが望ましい。
【0006】
そこで、サイレンシングが起きているのかを測定する方法やサイレンシングを見極めて樹立したiPS細胞を選択する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO 2007/069666 A1
【特許文献2】WO 2008/118820 A2
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006)
【非特許文献2】Nakagawa, M. et al., Nat. Biotechnol., 26: 101-106 (2008)
【非特許文献3】Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)
【非特許文献4】Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)
【非特許文献5】Okita, K. et al., Science, 322: 949-953 (2008)
【非特許文献6】Kaji, K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)
【発明の概要】
【0009】
本発明の目的は、臨床応用に適した安全なヒトiPS細胞を効率よく選択することである。したがって、本発明の第一の課題は、iPS細胞、特にヒトiPS細胞において導入遺伝子の発現が抑制されたiPS細胞を選択する手段を提供することであり、それを用いた安全なiPS細胞の製造方法を提供することである。
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、まず定量PCRを用いて、トランスフェクション直後の細胞を比較することにより既にサイレンシングが確認されていたヒトiPS細胞株201B2および201B7(Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007))において外来性の導入遺伝子の発現量、および該外来性導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を測定した。すると、外来性の導入遺伝子の発現量は、一定の値以下であること、ならびに、外来性導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対して一定の割合以下であることが確認された。逆に、サイレンシングがおきていないiPS細胞においては、外来性導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対して外来性の導入遺伝子の発現量が高い割合を占めることが確認された。
【0011】
以上の結果から、本発明者らは、外来性の導入遺伝子の発現量、または外来性導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合から外来性導入遺伝子のサイレンシングのおきているiPS細胞を選択することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]外来性の導入遺伝子の発現が抑制された人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程を含む方法
(a)人工多能性幹細胞において外来性の導入遺伝子の発現量を測定する工程、および
(b)当該外来性の導入遺伝子の発現量が、対照値と同じまたはそれ以下である人工多能性幹細胞を選択する工程。
[2]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも一つを含む、[1]に記載の方法。
[3]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも二つを含む、[2]に記載の方法。
[4]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも三つを含む、[3]に記載の方法。
[5]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、およびc-Mycである、[4]に記載の方法。
[6]対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり10000コピー又はそれ以下である、[1]に記載の方法。
[7]対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり1000コピー又はそれ以下である、[6]に記載の方法。
[8]対照値が、以下の(1)から(4)である、[2]に記載の方法;
(i)測定する導入遺伝子がOct3/4である場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA
50ngあたり18700コピー、
(ii)測定する導入遺伝子がSox2である場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり7950コピー、
(iii)測定する導入遺伝子がKLF4である場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA
50ngあたり2990コピー、および
(iv)測定する導入遺伝子がc-Mycである場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA
50ngあたり4020コピー。
[9]対照値が、201B7細胞及び/又は201B2細胞における導入遺伝子の発現量である、[1]に記載の方法。
[10]外来性の導入遺伝子の発現が抑制された人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程を含む方法
(a)人工多能性幹細胞において、該外来性の導入遺伝子の発現量と、該外来性の導入遺伝子とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を測定する工程、および
(b)外来性の導入遺伝子とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合が、対照割合と同じまたはそれ以下である人工多能性幹細胞を選択する工程。
[11]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも一つを含む、[10]に記載の方法。
[12]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも二つを含む、[11]に記載の方法。
[13]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも三つを含む、[12]に記載の方法。
[14]測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、KLF4、およびc-Mycである、[13]に記載の方法。
[15]対照割合が、5%又はそれ以下である、[10]に記載の方法。
[16]対照割合が、2%又はそれ以下である、[15]に記載の方法。
[17]対照割合が、以下の(1)から(4)である、[11]に記載の方法;
(i)測定する導入遺伝子がOct3/4である場合の対照割合が、1.8%、
(ii)測定する導入遺伝子がSox2である場合の対照割合が、0.16%、
(iii)測定する導入遺伝子がKLF4である場合の対照割合が、10.4%、および
(iv)測定する導入遺伝子がc-Mycである場合の対照割合が、4.7%。
[18]対照割合が、201B7細胞及び/又は201B2細胞における外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合である、[10]に記載の方法。
[19]導入遺伝子の発現量を、表3に記載のプライマーセットを用いて測定する工程を含む、[2]に記載の方法。
[20]外来性の導入遺伝子の発現量および該外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を、表3に記載のプライマーセットを用いて測定する工程を含む、[11]に記載の方法。
[21]表3に記載のいずれか1組のPCR用プライマーセット。
[22]表3に記載のいずれか1組のPCR用プライマーセットを含む人工多能性幹細胞の選択用キット。
【0013】
本発明を用いることで、導入遺伝子の発現が抑制されたiPS細胞が選択できる。このことより、レトロウイルス等を用いて誘導したヒトiPS細胞の再生医療などへの応用において極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
これらのグラフにおいて、縦軸は、細胞中の全RNA 50ngあたりの導入遺伝子のコピー数を示す。ここで、コピー数とは、mRNAの個数を指す。黒色バーは、各細胞における外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を表し、
白抜きのバーは、外来性の導入遺伝子の発現量を表す。
4F2, 4F3, 4F4, 4F5, 4F6、4F7, 4F8, 4F10, 4F12,4F16、4F19, 4F20, 4F21、4F24、4F25、4F26および4F31は、作製したサンプルiPS細胞であり、201B7および201B2は、外来性の遺伝子の発現が抑制されている対照iPS細胞である。87E6は、外来性の遺伝子の発現が抑制されていない対照iPS細胞である。
【図1】Oct3/4のmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図2】Sox2のmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図3】Klf4のmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図4】c-MycのmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図5】Oct3/4のmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図6】Sox2のmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図7】Klf4のmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【図8】c-MycのmRNAの発現量を測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、iPS細胞の製造の際に用いた外来性導入遺伝子(核初期化遺伝子)発現が抑制されたiPS細胞を選択する方法を提供する。
【0016】
I.iPS細胞の製造方法
(A) 体細胞ソース
iPS細胞作製のための出発材料として用いることのできる体細胞は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0017】
体細胞を採取するソースとなる哺乳動物個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる。また、ヒトに投与(移植)しない場合、例えば、患者の薬剤感受性や副作用の有無を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとしてiPS細胞を使用する場合には、同様に患者本人または薬剤感受性や副作用と相関する遺伝子型が同一である他人から体細胞を採取することが望ましい。
【0018】
哺乳動物から分離した体細胞は、核初期化工程に供するに先立って、細胞の種類に応じ
てその培養に適した自体公知の培地で前培養することができる。そのような培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、それらに限定されない。核初期化遺伝子(さらに必要に応じて、他のiPS細胞の樹立効率改善物質)との接触に際し、例えば、カチオニックリポソームなど導入試薬を用いる場合には、導入効率の低下を防ぐため、無血清培地に交換しておくことが好ましい場合がある。
【0019】
(B) 導入遺伝子
本発明に用いられる導入遺伝子とは、体細胞の核を初期化してiPS細胞を樹立するために体細胞において外来的に発現させた核初期化機能を有する遺伝子(核初期化遺伝子)であり、WO 2007/069666に記載の遺伝子であってもよい。より詳細には、Oct3/4, Klf4, Klf1, Klf2, Klf5, Sox2, Sox1, Sox3, Sox15, Sox17, Sox18, c-Myc, L-Myc, N-Myc, TERT, SV40 Large T antigen, HPV16 E6, HPV16 E7, Bmil, Lin28, Lin28b, Nanog, EsrrbまたはEsrrgが例示される。また、本導入遺伝子は、必ずしもタンパク質をコードする必要がなく、例えば、Science, 296, 550-553 (2002)に記載のp53に対するRNA干渉機能を有するRNAを発現するDNAであってもよい。
【0020】
iPS細胞樹立のためには、これらの導入遺伝子を任意の組み合わせで複数個の使用をしてもよい。また、任意の他の物質をさらに含む組み合わせで、iPS細胞樹立してもよい。
【0021】
これらの組み合わせの中で、Oct3/4, Sox2, Klf4およびc-Mycの4遺伝子が、好ましい導入遺伝子の例として挙げられる。
【0022】
上記の各核初期化物質のマウスおよびヒトcDNA配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ(尚、Oct3/4, Sox2, Klf4、c-Myc、Lin28、Lin28b、Esrrb、EsrrgのマウスおよびヒトcDNA配列情報は、それぞれ下記NCBI accession numbersを参照することにより取得できる。)、当業者は容易にこれらのcDNAを単離することができる。
遺伝子名 マウス ヒト
Oct3/4 NM_013633 NM_002701
Sox2 NM_011443 NM_003106
Klf4 NM_010637 NM_004235
c-Myc NM_010849 NM_002467
Lin28 NM_145833 NM_024674
Lin28b NM_001031772 NM_001004317
Esrrb NM_011934 NM_004452
Esrrg NM_011935 NM_001438
【0023】
核初期化物質としてタンパク性因子をコードする核酸を用いる場合、得られたcDNAを、ウイルスベクター、プラスミドベクター、エピゾーマルベクター等に挿入して発現ベクターを構築し、核初期化工程に供される。
【0024】
(C)体細胞への導入方法
核初期化遺伝子のcDNAは、宿主となる体細胞で機能し得るプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入される。発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、ヘルペスウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。
【0025】
用いるベクターの種類は、得られるiPS細胞の用途に応じて適宜選択することができる。
【0026】
発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0027】
発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、レポーター遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。レポーター遺伝子として、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)のような蛍光タンパク質、イクオリンのような発光タンパク質またはルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ、アルカリホスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)のような酵素をコードする遺伝子等が挙げられる。
【0028】
導入遺伝子は、各々別個の発現ベクター上に組み込んでもよいし、1つの発現ベクターに2種類以上、好ましくは2〜3種類の遺伝子を組み込んでもよい。さらに、2種類以上の遺伝子を組み込んだ発現ベクターと、1遺伝子のみを組み込んだ発現ベクターとを併用することもできる。
【0029】
上記において複数の導入遺伝子(例えば、Oct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycから選択される2つ以上、好ましくは2〜3遺伝子)を1つの発現ベクターに組み込む場合、これら複数の遺伝子は、好ましくはポリシストロニック発現を可能にする配列を介して発現ベクターに組み込むことができる。ポリシストロニック発現を可能にする配列を用いることにより、1種類の発現ベクターに組み込まれている複数の遺伝子をより効率的に発現させることが可能になる。ポリシストロニック発現を可能にする配列としては、例えば、口蹄疫ウイルスの2A配列(配列番号:2; PLoS ONE3, e2532, 2008、Stem Cells 25, 1707, 2007)、IRES配列(U.S. Patent No. 4,937,190)など、好ましくは2A配列を用いることができる。複数の初期化遺伝子を1つの発現ベクターにポリシストロニックに連結して挿入する場合、初期化遺伝子の順序は特に制限はないが、例えば、5’から3’方向に(i) Sox2およびKlf4、(ii)Oct3/4およびc-Mycをこの順序で連結することができる。
【0030】
また、siRNAを発現するベクターには、タンデムタイプとステムループ(ヘアピン)タイプとがある。前者はsiRNAのセンス鎖の発現カセットとアンチセンス鎖の発現カセットをタンデムに連結したもので、細胞内で各鎖が発現してアニーリングすることにより2本鎖のsiRNA(dsRNA)を形成するというものである。一方、後者はshRNAの発現カセットをベクターに挿入したもので、細胞内でshRNAが発現しdicerによるプロセシングを受けてdsRNAを形成するというものである。プロモーターとしては、polII系プロモーター(例えば、CMV前初期プロモーター)を使用することもできるが、短いRNAの転写を正確に行わせるために、polIII系プロモーターを使用するのが一般的である。polIII系プロモーターとしては、マウスおよびヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーターなどが挙げられる。また、転写終結シグナルとして4個以上Tが連続した配列が用いられる。
【0031】
導入遺伝子を含む発現ベクターは、ベクターの種類に応じて、自体公知の手法により細胞に導入することができる。例えば、ウイルスベクターの場合、該核酸を含むプラスミドを適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適
切な方法により、該ベクターを細胞に感染させる。例えば、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる具体的手段が WO2007/69666、Cell, 126, 663-676 (2006) 及び Cell, 131, 861-872 (2007) に開示されており、ベクターとしてレンチウイルスベクターを用いる場合については、Science, 318, 1917-1920 (2007) に開示がある。
【0032】
一方、非ウイルスベクターであるプラスミドベクターの場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。ベクターとしてプラスミドを用いる具体的手段は、例えばScience, 322, 949-953 (2008) 等に記載されている。
【0033】
プラスミドベクターを用いる場合、遺伝子導入は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができる。2種以上の発現ベクターを体細胞に導入する場合には、これらの全ての種類の発現ベクターを同時に体細胞に導入することが好ましいが、この場合においても、導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。
【0034】
(D) iPS細胞の樹立効率改善物質
iPS細胞は、樹立効率を高めるために、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤]、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤]、L-calcium channel agonist [例えばBayk8644 (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、UTF1(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、2i/LIF (2iはmitogen-activated protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤)、(PLoS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))]等が挙げられるが、それらに限定されない。
【0035】
(E) 樹立条件等
iPS細胞の樹立のため、核初期化遺伝子が導入された細胞は例えばES細胞の培養に適した条件下で培養することができる。マウス細胞の場合、通常の培地に分化抑制因子としてLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を添加して培養を行う。一方、ヒト細胞の場合には、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および/または幹細胞因子(SCF)を添加することが望ましい。また通常、細胞は、フィーダー細胞として、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させたマウス胎仔由来の線維芽細胞の共存下で培養される。マウス胎仔由来の線維芽細胞としては、通常STO細胞株(ATCC CRL-1503)等がフィーダーとしてよく使われるが、iPS細胞の誘導には、STO細胞にネオマイシン耐性遺伝子とLIF遺伝子を安定に組み込んだSNL細胞(SNL76/7 STO細胞; ECACC 07032801)(McMahon, A. P. &
Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))等がよく使われている。しかしながら、本発明においては、マウス胎仔由来の初代線維芽細胞(MEF)を用いた方がヒトiPS細胞の樹立効率がより改善されるので、MEFの使用がより好ましい。マイトマイシンC処理済のMEFは、ミリポア社やリプロセル社から市販されている。これらのフィーダー細胞との共培養は、核初期化物質の接触より前から開始してもよいし、該接触時から、あるいは該接触より後(例えば1-10日後)から開始してもよい。
【0036】
また、体細胞の核初期化工程において低酸素条件下で細胞を培養することにより、iPS細胞の樹立効率をさらに改善することができる。本明細書において「低酸素条件」とは、細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、大気中のそれよりも有意に低いことを意味する。具体的には、通常の細胞培養で一般的に使用される5-10% CO2/95-90%大気の雰囲気中
の酸素濃度よりも低い酸素濃度の条件が挙げられ、例えば雰囲気中の酸素濃度が18%以下の条件が該当する。好ましくは、雰囲気中の酸素濃度は15%以下(例、14%以下、13%以下、12%以下、11%以下など)、10%以下(例、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下など)、または5%以下(例、4%以下、3%以下、2%以下など)である。また、雰囲気中の酸素濃度は、好ましくは0.1%以上(例、0.2%以上、0.3%以上、0.4%以上など)、0.5%以上(例、0.6%以上、0.7%以上、0.8%以上、0.95%以上など)、または1%以上(例、1.1%以上、1.2%以上、1.3%以上、1.4%以上など)である。
【0037】
細胞の環境において低酸素状態を創出する手法は特に制限されないが、酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーター内で細胞を培養する方法が最も容易であり、好適な例として挙げられる。酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーターは、種々の機器メーカーから販売されている(例えば、Thermo scientific社、池本理化学工業、十慈フィールド、和研薬株式会社などのメーカー製の低酸素培養用CO2インキュベーターを用いることができる)。
【0038】
低酸素条件下で細胞培養を開始する時期は、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、体細胞への核初期化物質の接触より前であっても、該接触と同時であっても、該接触より後であってもよいが、例えば、体細胞に核初期化物質を接触させた直後から、あるいは接触後一定期間(例えば、1ないし10(例、2,3,4,5,6,7,8または9)日)おいた後に低酸素条件下で培養することが好ましい。
【0039】
低酸素条件下で細胞を培養する期間も、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、例えば3日以上、5日以上、7日以上または10日以上で、50日以下、40日以下、35日以下または30日以下の期間等が挙げられるが、それらに限定されない。低酸素条件下での好ましい培養期間は、雰囲気中の酸素濃度によっても変動し、当業者は用いる酸素濃度に応じて適宜当該培養期間を調整することができる。また、一実施態様において、iPS細胞の候補コロニーの選択を、薬剤耐性を指標にして行う場合には、薬剤選択を開始する迄に低酸素条件から正常酸素濃度に戻すことが好ましい。
【0040】
さらに、低酸素条件下で細胞培養を開始する好ましい時期および好ましい培養期間は、用いられる核初期化物質の種類、正常酸素濃度条件下でのiPS細胞樹立効率などによっても変動する。
【0041】
iPS細胞の候補コロニーの選択は、薬剤耐性とレポーター活性を指標とする方法と目視による形態観察による方法とが挙げられる。前者としては、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4など、好ましくはNanog又はOct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子及び/又はレポーター遺伝子をターゲッティングした組換え体細胞を用い、薬剤耐性及び/又はレポーター活性陽性のコロニーを選択するというものである。そのような組換え体細胞としては、例えばFbx15遺伝子座にβgeo(β-ガラクトシダーゼとネオマイシンホスホトランスフェラーゼとの融合タンパク質をコードする)遺伝子をノックインしたマウス由来のMEF(Takahashi & Yamanaka, Cell, 126, 663-676 (2006))、あるいはNanog遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス由来のMEF(Okita et al., Nature, 448, 313-317 (2007))等が挙げられる。一方、目視による形態観察で候補コロニーを選択する方法としては、例えばTakahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の方法が挙げられる。レポーター細胞を用いる方法は簡便で効率的ではあるが、iPS細胞がヒトの治療用途を目的として作製される場合、安全性の観点から目視によるコロニー選択が望ましい。
【0042】
選択されたコロニーの細胞がiPS細胞であることの確認は、上記したNanog(もしくはOct3/4)レポーター陽性(ピューロマイシン耐性、GFP陽性など)および目視によるES細胞様コロニーの形成によっても行い得るが、より正確を期すために、アルカリフォスファターゼ染色や、各種ES細胞特異的遺伝子の発現を解析したり、選択された細胞をマウスに移植してテラトーマ形成を確認する等の試験を実施することもできる。
【0043】
II.導入遺伝子の発現量の測定方法
上記のように樹立されたiPS細胞における外来性の導入遺伝子の発現量と、外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を区別して測定する方法以下に示す。ここで、それ(外来性の導入遺伝子)に対応する内在性遺伝子とは、例えば、外来性の導入遺伝子がOct3/4の場合に、細胞が内在的に発現しているOct3/4遺伝子を意味する。
【0044】
遺伝子の発現量は、例えば、PCR法、LAMP法、ノザンハイブリダイゼーション法などによって、転写産物(hnRNA、mRNAなど)を検出してもよく、また、遺伝子がタンパク質を発現する遺伝子である場合にRIA法、IRMA法、EIA法、ELISA法、LPIA法、CLIA法,あるいはイムノブロット法などによって、翻訳産物(ペプチド、修飾ペプチドなど)を検出することで発現量を測定してもよい。
【0045】
ここで、外来性の導入遺伝子の発現量を測定するためには、PCR法を用いる場合は、用いるプライマーの一つに、内在性発現遺伝子のコード領域ではなく導入に用いた発現ベクターに特有の配列を少なくとも利用し、もう一つは、内在性発現遺伝子のコード領域の配列を用いることが望ましい。
【0046】
例えば、実施例に記載の表3のプライマーセットが挙げられる。
Oct3/4:外来性+内在性 配列番号1と2のプライマーセット
外来性のみ 配列番号9と10のプライマーセット
Sox2:外来性+内在性 配列番号3と4のプライマーセット
外来性のみ 配列番号11と12のプライマーセット
Klf4:外来性+内在性 配列番号5と6のプライマーセットまたは配列番号17と18のプライマーセット
外来性のみ 配列番号13と14のプライマーセット
c-Myc:外来性+内在性 配列番号7と8のプライマーセット配列番号7と19のプライマーセット
外来性のみ 配列番号15と16のプライマーセット
【0047】
また、ノザンハイブリダイゼーション法を用いる場合も同様に、導入に用いた発現ベクターに特有で内因性転写物に含まれていない配列を含んだプローブを用いることが望ましい。一方、翻訳産物を測定する場合は、遺伝子を導入する際に同時に発現されたレポーター遺伝子を測定してもよい。
外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量は、当業者に周知の方法により、外来性と内在性の共通する部分を測定すればよい。
【0048】
このように測定された外来性の導入遺伝子の発現量、または外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量は、数値化することが望ましい。例えば、PCR法を用いた場合は、発現量は、PCR産物にインターカレートされた臭化エチジウムに紫外線を照射して可視化し、濃淡により発現量を数値化する方法や、SYBRグリーンを用いてPCR産物を蛍光強度により数値化する方法が挙げられる。この他にも、リアルタイムPCRを用いて、当業者に周知の方法でPCR産物の量を数値化することができる。こ
の他にも、ノザンハイブリダイゼーション法を用いる場合も、プローブに付加した蛍光や放射線同位体の量を測定することで、発現量を数値化することができる。
【0049】
一方で、遺伝子がタンパク質を発現するものであり、外来性の導入遺伝子の翻訳産物が測定されるとき、遺伝子の発現量は、例えば、外来性遺伝子と同時に発現するタグ遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定することによっても測定できる。タグ遺伝子の例として、GSTタグ、6×Hisタグ、c-Mycタグ、およびHAタグが挙げられる。これらのタグ遺伝子の発現量は、当業者に周知の方法により、抗体を用いた方法で測定できる。レポーター遺伝子の例として、緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)のような上述の蛍光タンパク質、イクオリンのような発光タンパク質、ならびにルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ、アルカリホスファターゼ、および西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)が挙げられる。これらのレポーター遺伝子の発現量は、当業者に周知の方法により、蛍光強度、発光強度、酵素活性などを測定することによって測定できる。
【0050】
上述の翻訳産物を測定するときはまた、外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量は、当業者に周知の方法により、外来性遺伝子と内在性遺伝子とに共通する部分を認識する抗体を用いて測定することができる。
【0051】
III. 導入遺伝子の発現が抑制されているiPS細胞の選択方法
(A)絶対的評価による選択方法
上記のように測定した導入遺伝子の発現量に対応する数値は、測定に用いた機器等の特性又は能力に依存するため、標準溶液を用いて同様の測定を行った結果の値に対する相対値として換算されることが望ましい。ここで用いる標準溶液としては、分子量が既知であるiPS細胞の樹立に用いた発現ベクターを溶解させた標準溶液が挙げられる。換算される単位としては、1つの細胞に含まれるmRNAの個数(以下、コピー数)が例示される。この他にも、細胞量に比例する物、例えば、細胞内全RNA量または全DNA量に対するコピー数も換算されるべき単位として挙げられる。
【0052】
続いて、外来性の導入遺伝子の発現が抑制されているiPS細胞の選択に際して、事実上外来性の導入遺伝子の発現が抑制されている対照iPS細胞における換算値(以下、対照値)と同じかそれ以下のiPS細胞を選択することが好ましい。ここで、対照値は、外来性の導入遺伝子の発現の状態が知られている入手可能な任意のiPS細胞株の外来性の導入遺伝子の発現の換算値を調べて表1を作成し、表1に示す感度および/または特異性の値が共に0.9以上、0.95以上または0.99以上になるように予め設定した値を用いてもよい。より好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性が共に1を示すということは、偽陽性および偽陰性が全くない理想的な対照値である事を意味する。前記入手可能な任意のiPS細胞株は、例えば、Takahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の201B1、201B2、201B3、201B6または201B7が例示される。
【0053】
【表1】

【0054】
ここで、好ましい対照値として、各導入遺伝子に対して、細胞内RNA 50ngあたり10000,
5000, 1000、900、850、840、830、820、810または800コピーと同じかそれ以下である。より好ましくは、導入遺伝子ごとの対照値を用いることであり、例えば、導入遺伝子がOct3/4である場合の対照値は、細胞内RNA 50ngあたり18700, 853, 800、700、600、500、400または345コピーであり、導入遺伝子がSox2である場合の対照値は、細胞内RNA 50ngあたり7950, 5000, 1000、900、810又は379コピーであり、導入遺伝子がKLF4である場合の対照値が、細胞内RNA 50ngあたり2990, 1000, 685,500、400、300、200、100、50または23コピーであり、導入遺伝子がc-Mycである場合の対照値は、細胞内RNA 50ngあたり4020, 1890, 500、400、300または270コピーである。iPS細胞の選択に際しては、導入遺伝子全てにおいて対照値と同じかそれ以下であるiPS細胞を選択してもよく、導入遺伝子の中のいずれか、3遺伝子、2遺伝子もしくは1遺伝子のみが対照値以下であるiPS細胞を選択してもよい。
【0055】
(B)相対的評価による選択方法
測定した外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合を算出して、外来性の導入遺伝子の発現が抑制されているiPS細胞の選択を行うことができる。例えば、事実上外来性の導入遺伝子の発現が抑制されている対照iPS細胞における割合(以下、対照割合)以下のiPS細胞を選択することが好ましい。ここで、対照割合は、外来性の導入遺伝子の発現の状態が知られている入手可能な任意のiPS細胞株の外来性の導入遺伝子の発現の換算値を調べて表2を作成し、表2に示す感度および/または特異性の値が共に0.9以上、0.95以上または0.99以上になるように予め設定した値を用いるてもよい。より好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性が共に1を示すということは、偽陽性および偽陰性が全くない理想的な対照割合である事を意味する。前記入手可能な任意の細胞株は、例えば、Takahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の201B1、201B2、201B3、201B6または201B7が例示される。。
【0056】
【表2】

【0057】
ここで、好ましい対照割合として、いかなる導入遺伝子に対しても、5%、4%、3%、2%、1.5%、1.4%、1.1%または1%である。より好ましくは、導入遺伝子ごとの対照割合を用いることであり、例えば、導入遺伝子がOct3/4である場合の対照割合は、1.8%, 1.0%, 0.5%, 0.1%、0.09%、0.08%、0.07%、0.06%または0.05%、であり、導入遺伝子がSox2である場合の対照割合は、0.2%、0.19%、0.18%、0.17%または0.16%であり、導入遺伝子がKLF4である場合の対照割合は、10.3%, 5%, 1.18%, 1%, 0.9%, 0.8%, 0.7%、0.69%、0.68%または0.67%であり、導入遺伝子がc-Mycである場合の対照割合は、5%、4.7%, 4%、3%、2.7%, 2%、1.5%、1.4%、1.1%または1%である。iPS細胞の選択に際しては、導入遺伝子全てにおいて対照割合と同じかそれ以下であるiPS細胞を選択してもよく、導入遺伝子の中のいずれか、3遺伝子、2遺伝子もしくは1遺伝子のみが対照割合以下であるiPS細胞を選択してもよい。
【0058】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0059】
レトロウイルスによるヒトiPS細胞の樹立
Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)に記載の方法でヒトiPS細胞を樹立した。201B7および201B2細胞株は、この文献で樹立したものを使用した。同様の方法により、ヒトOCT3/4、ヒトSOX2、ヒトKLF4、ヒトc-MYCを発現するレトロウイルスを用いて、Chronic Infantile Neurologic, Cutaneous, Articular syndrome (CINCA 症候群)の患者から同意を得て生検した皮膚から樹立した線維芽細胞よりサンプルiPS細胞株を樹立した。このサンプルiPS細胞は、4F2, 4F3, 4F4, 4F5, 4F6、4F7, 4F8, 4F10, 4F12, 4F16、4F19, 4F20, 4F21、4F24、4F25、4F26、4F31と命名した。
【0060】
遺伝子の発現量の測定と外因性遺伝子がサイレンシングされているiPS細胞の選択
各iPS細胞から、全RNAを抽出し、このうち1μgをプライマーdT(20)および逆転写酵素Rever Tra Ace(TOYOBO)を用いてmRNAを相補鎖DNAへと逆転写した。反応物の最終容量は、20μlであった。この逆転写物1μl(50ngのRNA量に相当)を鋳型として、表3に記載の外来性遺伝子の発現量と内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量測定用および外来性遺伝子発現量測定用プライマーセットを用いて、SYBR Green IIを指標として導入遺伝子ごとに定量PCRを行った。増幅のための条件は以下の通りであった。すなわち、95℃/30秒で1サイクル、次に、表3におけるKlf4(total)#2を除くプライマーセットの場合には(95℃/5秒、60℃/30秒)を50サイクル、Klf4(total)#2のプライマーセットの場合には(95℃/10秒、60℃/10秒、72℃/40秒)を50サイクルであった。
【0061】
次に、遺伝子導入に用いたレトロウイルスベクターである、pMXs-ヒトOCT3/4(5833 base pairs, 1802397g/mol)、pMXs-ヒトSOX2(5560 base pairs, 1718040 g/mol)、pMXs-ヒトKLF4(6020 base pairs, 1860180 g/mol)またはpMXs-ヒトc-Myc(5920 base pairs, 1829280 g/mol)を10個(以下コピー)/μlに調製した溶液およびこの溶液を1/10ずつ希釈した溶液を鋳型として同様に定量PCRを行い、各核初期化遺伝子について、外来性遺伝子の発現量と内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量測定用プライマーセットおよび外来性遺伝子発現量測定用プライマーセットごとの検量線を作成した。この検量線を用いて、各iPS細胞における定量PCRの結果を変換して、全RNA 50ngに対するコピー数を、外来性遺伝子の発現量と内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量および外来性遺伝子発現量として算出した。このコピー数を縦軸に表したグラフを図1から8に示した。
図1〜4には、外来性遺伝子の陰性対照として、iPS細胞の作成の由来となった線維芽細胞4F6, 4F16, 4F21, 4F24, 4F25, 4F26, 4F31, 201B7、フィーダー細胞として用いたSN
L細胞、胚性幹細胞(H9)およびサイレンシングされていない陽性対照iPS細胞として87E6の結果を示した。図3及び4では、外来性とこれに対応する内在性のKlf4遺伝子の発現量を合わせた発現量、及びc-Myc遺伝子の場合における発現量を測定するために、Klf4(total)#1及びc-Myc(total)#1のプライマーセットをそれぞれ用いた。これらの線維芽細胞、SNL細胞および陰性対照H9細胞では、外来性の導入遺伝子の発現は全く見られなかったが、内在性の遺伝子の発現は確認された。一方、サイレンシングされている対照iPS細胞である201B7の結果を表4にも示した。
【0062】
4F2, 4F3, 4F4, 4F5, 4F6、4F7, 4F8, 4F10, 4F12, 4F19, 4F20, 201B7, 201B2, 陰性対照である線維芽細胞、SNL細胞、H9、87E6の結果を図5〜8に示す。図7及び8では、外来性とこれに対応する内在性のKlf4遺伝子の発現量を合わせた発現量、及びc-Myc遺伝子の場合の発現量を測定するために、Klf4(total)#2及びc-Myc(total)#2のプライマーセットをそれぞれ用いた。サイレンシングされている対照iPS細胞株である201B7及び201B2細胞株の結果もまた図5及び6に示す。
【0063】
以上の結果をもとに、対照iPS細胞株での外因性遺伝子の発現レベルの値と比較することで、導入遺伝子がサイレンシングされたサンプルiPS細胞を選択したところ、4F3, 4F6,
4F12, 4F16 および 4F20 では外因性遺伝子がサイレンシングされていることが確認された(表7)。
さらに、対照値として全RNA 50ngあたり10000 コピーを用いた場合、4F3, 4F4, 4F5, 4F6, 4F10, 4F20, 4F24 および 4F26では、外因性遺伝子が抑制されることが見い出された(表7)。この場合において、表1におけるOct3/4, Sox2, Klf4, およびc-Mycの外因性発現に対する「感度」は、それぞれ88%, 100%, 100%, および100%であった。また表1におけるOct3/4, Sox2, Klf4, およびc-Mycの外因性発現に対する「特異性」は、それぞれ100%, 100%, 60%, および14%であった。
【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
【表5】

【0067】
【表6】

【0068】
【表7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
外来性の導入遺伝子の発現が抑制された人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程を含む方法
(a)人工多能性幹細胞において外来性の導入遺伝子の発現量を測定する工程、および
(b)当該外来性の導入遺伝子の発現量が、対照値と同じかそれ以下である人工多能性幹細胞を選択する工程。
【請求項2】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも一つを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも二つを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも三つを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、およびc-Mycである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり10000コピー又はそれ以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり1000コピー又はそれ以下である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
対照値が、以下の(1)から(4)である、請求項2に記載の方法;
(i)測定する導入遺伝子がOct3/4である場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり18700コピー、
(ii)測定する導入遺伝子がSox2である場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり7950コピー、
(iii)測定する導入遺伝子がKlf4である場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり2990コピー、および
(iv)測定する導入遺伝子がc-Mycである場合の対照値が、人工多能性幹細胞内の全RNA 50ngあたり4020コピー。
【請求項9】
対照値が、201B7細胞及び/又は201B2細胞における導入遺伝子の発現量である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
外来性の導入遺伝子の発現が抑制された人工多能性幹細胞を選別する方法であって、以下の工程を含む方法
(a)人工多能性幹細胞において、該外来性の導入遺伝子の発現量と、該外来性の導入遺伝子とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を測定する工程、および
(b)外来性の導入遺伝子とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合が、対照割合と同じかそれ以下である人工多能性幹細胞を選択する工程。
【請求項11】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも一つを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも二つを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycから成る群より選択された少なくとも三つを含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
測定する導入遺伝子がOct3/4、Sox2、Klf4、およびc-Mycである、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
対照割合が、5%又はそれ以下である、請求項10に記載の方法。
【請求項16】
対照割合が、2%又はそれ以下である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
対照割合が、以下の(1)から(4)である、請求項11に記載の方法;
(1)測定する導入遺伝子がOct3/4である場合の対照割合が、1.8%、
(2)測定する導入遺伝子がSox2である場合の対照割合が、0.16%、
(3)測定する導入遺伝子がKlf4である場合の対照割合が、10.4%、および
(4)測定する導入遺伝子がc-Mycである場合の対照割合が、4.7%。
【請求項18】
対照割合が、201B7細胞及び/又は201B2細胞における外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量に対する外来性の導入遺伝子の発現量の割合である、請求項10に記載の方法。
【請求項19】
導入遺伝子の発現量を、表3に記載のプライマーセットを用いて測定する工程を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項20】
外来性の導入遺伝子の発現量、および該外来性の導入遺伝子の発現量とそれに対応する内在性遺伝子の発現量を合わせた発現量を、表3に記載のプライマーセットを用いて測定する工程を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項21】
表3に記載のいずれか1組のPCR用プライマーセット。
【請求項22】
表3に記載のいずれか1組のPCR用プライマーセットを含む人工多能性幹細胞の選択用キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公表番号】特表2013−503602(P2013−503602A)
【公表日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−509793(P2012−509793)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【国際出願番号】PCT/JP2010/065357
【国際公開番号】WO2011/027901
【国際公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】