説明

低澱粉損傷量であるデュラム小麦粉およびこれを含有するイースト発酵食品用小麦粉組成物

【課題】 デュラム小麦粉の二次加工適性の改良、すなわち生地性状および製品品質の改良を行い、良好な食感と香りを有するイースト発酵食品を提供すること。
【解決手段】 損傷澱粉量を9.5質量%以下に抑えたデュラム小麦粉、および当該小麦粉を20質量%以上含有するイースト発酵食品用小麦粉組成物を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イースト発酵食品用に適したデュラム小麦粉、および当該小麦粉を用いたイースト発酵食品に関する。
【背景技術】
【0002】
通常の小麦は6倍体であって「普通系小麦」と呼ばれるのに対して、デュラム小麦は4倍体であり「二粒系小麦」と呼ばれている。このように、デュラム小麦は、強力粉、中力粉および薄力粉用の普通系小麦とは植物学的にも種類が異なっている。デュラム小麦の「デュラム」という名称はラテン語の「硬い」を意味するdurに由来し、硝子質粒を60%以上(大半のものが75%以上)含有している。そして、その蛋白含有率も平均で14%を越えており、硬質でかつ高蛋白質含量の小麦であり、そのグルテンの性質も他の小麦とは異なる。デュラム小麦は、通常の小麦とは異なる製粉工程で、粉砕、篩い分け、純化することにより(ブレーキング工程、グレーディング工程、ピュリフィケーション工程と呼ばれる。)、ふすま片の混入のない「セモリナ」を得る。得られたセモリナを、リダクション工程と呼ばれる複数の滑面ロールによる粉砕工程により粉砕し、篩い分けして、デュラム小麦粉を得る。
【0003】
「デュラムセモリナ」は、蛋白含量が高く、押出し成形しやすく、生地中で網目状になりやすいので、ゆでて熱変性したグルテンが硬質で弾力性のある食感を生み出すため、スパゲッティやマカロニ等のパスタ類の製造に特に好適に用いられてきた。
一方、デュラム小麦を製粉して得られるデュラム小麦粉については、従来からパン小麦など普通系小麦由来の小麦粉の代替品として、その一部を置き換える形で使用されてきた。しかしながら、従来の方法でデュラム小麦から得られた小麦粉は、普通系小麦から得られるパン用小麦粉と同程度の高蛋白質含量を有しているにも拘わらず、グルテン形成能が劣り、かつそこで生成したグルテンは伸展性が過剰に大きく抗張力が弱い。また、損傷澱粉量が通常の小麦粉より多い。そのため、イースト発酵食品用小麦粉としてデュラム小麦粉を用いる際に、その配合量を多くしようとすると、作業性、成形性が悪く、さらには香りや味も本来のデュラム小麦の特性が生かせない場合が多く、配合量を多くすることは難しかった。
【0004】
近年、デュラム小麦粉の有効な利用法についての研究・開発が活発となりピザ、パン、麺等、特に冷凍生地を用いるピザやパン等の種々の用途が提案されている(特許文献1〜9)。
しかしながら、イースト発酵食品用小麦としてみれば、まだ依然として普通系小麦の一部代替品としての用途でしかなく、本来のデュラム小麦の味や香り等の特性を十分に生かし、作業性のよいデュラム小麦粉を提供できたものではなかった。
【特許文献1】特許第2757486号公報
【特許文献2】特許第2920428号公報
【特許文献3】特許第3068339号公報
【特許文献4】特開平10−28515号公報
【特許文献5】特許第3667484号公報
【特許文献6】特許第3788671号公報
【特許文献7】特許第3693488号公報
【特許文献8】特開2002−119199号公報
【特許文献9】特開2003−210098号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、従来イースト発酵食品用に使用されているデュラム小麦粉の二次加工適性の改良、すなわち生地性状および製品品質の改良を行い、良好な食感と香りを有するイースト発酵食品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、デュラム小麦が通常の普通系小麦と異なり、きわめて硬質であるため、セモリナ画分を粉砕してデュラム小麦粉を得る際に、過粉砕状態を引き起こしていることに思い至った。そして、普通系小麦では、弱い力でも簡単に小麦粒が粉砕されるために、過粉砕の問題は起こらないが、硬いデュラム小麦の場合は、セモリナ画分がなかなか粉砕されないため、どうしても必要以上に滑面ロール相互の圧力を高めることになり、結果として、小麦粉粒に対して長時間にわたり強い圧力がかかる。そのため、小麦粉に含まれる澱粉粒が破砕し損傷澱粉量が増えることおよびグルテン活性が低下することとなり、それが原因でイースト発酵食品の製造に供する際に作業性および食感を著しく損なっていると考え、種々の検討を重ねてその推論の正しさを実証した。すなわち、リダクション工程でのロールの種類や回転速比などを工夫したり、他の粉砕方法に変更することにより、デュラム小麦粉に対する過粉砕の状態を抑えて、デュラム小麦粉中の損傷澱粉量を9.5質量%以下におさえることで、従来のデュラム小麦粉の問題点であったイースト発酵食品の製造に供する際に作業性および食感を著しく改善できるという知見を得た。
【0007】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、損傷澱粉量を9.5質量%以下に抑えたデュラム小麦粉、および当該小麦粉を20質量%以上含有するイースト発酵食品用小麦粉組成物を提供することにより、上記課題を解決したものである。
すなわち、本発明は、以下に記載の通りである。
(1) 損傷澱粉量が9.5質量%以下であるデュラム小麦粉。
(2) 前記(1)に記載のデュラム小麦粉を全穀粉類中に20質量%以上含有することを特徴とする、イースト発酵食品用小麦粉組成物。
(3) 前記(2)に記載のイースト発酵食品用小麦粉組成物を用いることを特徴とする、イースト発酵食品。
【発明の効果】
【0008】
本発明のデュラム小麦粉を全穀粉類中に20質量%以上配合した小麦粉組成物を用いることで、ミキシング耐性および分割・成形時の作業性に優れ、しかも内相、食感と共に味・香りが良好なパンなどのイースト発酵食品を提供することができる。本発明のデュラム小麦粉は、パンなどのイースト発酵食品の原料として非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のデュラム小麦粉は、その原料小麦として、カナダ産デュラム小麦、アメリカ産デュラム小麦、デザートデュラム小麦等のいずれでもよくこれらの混合物でもよい。
本発明のデュラム小麦は、その損傷澱粉量を9.5質量%以下に抑えたことを特徴とするものである。好ましくは、損傷澱粉量は8.0〜6.0質量%、より好ましくは7.0〜8.0質量%である。損傷澱粉量が9.5質量%より多いと、本発明の目的が達せられず、二次加工適性(生地性状、製品品質)が改良されない可能性がある。
「損傷澱粉」とは、小麦粉に含まれる澱粉の一部が機械的な損傷を受けて澱粉粒が破壊された状態のものであり、特に滑面ロール(smooth roller)のロール間隔をせばめて粉砕すると損傷を受けやすくなり、損傷澱粉含有量が増加する。この損傷澱粉は、澱粉粒の水透過性や酵素との結合性と関係するため、吸水や発酵力として数値化されることがある。一般に硬質小麦の粉は軟質小麦の粉に比べて損傷澱粉量が高い。損傷澱粉の吸水能は乾燥自重の3倍程度と見られ、健全な澱粉の吸水能(1/3)よりもはるかに大きい。なお、従来のデュラム小麦粉の損傷澱粉量は、10.5〜12質量%であった。
本発明において、損傷澱粉量は、典型的にはAACC Method 76−31に従って、試料中に含まれている損傷澱粉のみをカビ由来α−アミラーゼでマルトサッカライドと限界デキストリンに分解し、次いでアミログルコシダーゼでグルコースにまで分解し、生成されたグルコースを定量することにより測定することができるが、市販のキット(例えばMegaZyme製,Starch Damage Assay Kit)を用いてもよい。
【0010】
また、本発明のデュラム小麦粉の粒度は、平均粒径が60〜100μの範囲であり、かつ200μ以下の粒径部分が90%以上、好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは100質量%である。
なお、本発明において、デュラム小麦粉の平均粒径を求めるには、デュラム小麦粉の粒径分布を測定すればよい。この粒径分布は、例えば日機装株式会社製「マイクロトラック粒径分布測定装置9200FRA」を用いて乾式で測定することができる。なお粒径の頻度とは、粒径分布を解析し、計算した「検出頻度割合」である(日機装株式会社製の上記装置9200FRAに添付された資料「マイクロトラック粒度分析計測定結果の見方」参照)。
【0011】
損傷澱粉量が9.5質量%以下のデュラム小麦粉の好ましい製造方法を以下に説明する。
まず、常法に従って精選したデュラム小麦粒を、加水・調質(テンパリング)し、次に、前記調質した小麦粒を常法に従って、ブレーキング工程、グレーディング工程、ピュリフィケーション工程によりセモリナ画分を得る。そのセモリナ画分をリダクション工程で粉砕してデュラム小麦粉を得る。
本発明の好ましい実施態様では、セモリナ画分を得るまでの各工程は常法に従って行うが、セモリナ画分に対して行うリダクション工程における粉砕を、下記(1)〜(3)のいずれかの方法を単独もしくは組み合わせて適用する。
(1)リダクション工程で用いる複数の滑面ロールの一部又は全部を、目立ロール(目数:8〜32目/インチ)に変更する。(2)同複数の滑面ロールの一部又は全部の対において、滑面ロールの回転速比を小さくする。通常の回転比である1.25〜1.5:1を好ましくは1.10〜1.20:1とする。(3)同複数の滑面ロールの一部又は全部を、損傷澱粉量が増加しない衝撃式粉砕機に変更する。
【0012】
本発明のイースト発酵食品用小麦粉組成物は、損傷澱粉量を9.5質量%以下、好ましくは8.0〜6.0質量%に抑えたデュラム小麦粉を20質量%以上配合した小麦粉組成物である。
損傷澱粉量を9.5質量%以下に抑えたデュラム小麦粉の全穀粉類に占める配合割合は20質量%以上であればよく、イースト発酵食品の種類や形態、所望する風味や食感などにより、好ましい配合割合を適宜決めることができる。
【0013】
本発明のイースト発酵食品用小麦粉組成物は、損傷澱粉量9.5質量%以下のデュラム小麦粉以外の穀粉類として、通常の小麦粉(強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉、デュラム小麦粉、デュラムセモリナ等)の他に米粉、コーンフラワー、大麦粉等の穀粉類;タピオカ澱粉、コーンスターチ、ワキシーコーンスターチ、小麦澱粉等の澱粉類およびこれらのα化、エーテル化、エステル化、アセチル化、架橋処理等の加工澱粉類を適宜配合することができる。さらに、卵粉;増粘剤;油脂類;乳化剤;食塩等の無機塩類;グルテン;酵素剤等通常イースト発酵食品の製造に用いる原材料を使用することができる。
【0014】
また、本発明でいうイースト発酵食品とは、イーストを使用して発酵させる食品であって、パン類、ピザ類、菓子類、中華饅頭等をいう。また、これらイースト発酵食品を製造する手段としては、通常の焼成、蒸熱処理、電子レンジ調理等のいずれでもよい。また、その形態は、そのまま喫食可能な製品、冷凍品、冷蔵品等特に限定されない。冷凍品、冷蔵品については、電子レンジで再加熱(レンジアップ)してもよいし、蒸し器やオーブン等で再加熱してもよい。
【実施例】
【0015】
次に、本発明をさらに具体的に説明するために実施例を挙げるが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0016】
[製造例1]
通常のデュラム小麦の製粉工程において、ブレーキング工程、グレーディング工程、ピュリフィケーション工程から、粒径が約200〜1400μmのセモリナ画分を分取した。得られたセモリナ画分をリダクション工程において、滑面ロールで粉砕する代わりに、衝撃式微粉砕機(ACMパルベライザー,ホソカワミクロン製)を用いて粉砕した後、常法(篩い分け)に従って、平均粒径が約80μmで、かつ粒径200μm以下の部分が100質量%であるデュラム小麦粉を得た。
【0017】
[製造例2]
実施例1におけるリダクション工程において、衝撃式微粉砕機の代わりに目立てロール(目数:19目/インチ)を用いて粉砕した後、常法(篩い分け)に従って、平均粒径が約75μmで、かつ粒径200μm以下の部分が100質量%であるデュラム小麦粉を得た。
【0018】
[比較製造例1]
通常のデュラム小麦の製粉工程において、ブレーキング工程、グレーディング工程、ピュリフィケーション工程から、粒径が約200〜1400μmのセモリナ画分を分取した。得られたセモリナ画分をリダクション工程において、常法に従って滑面ロールで粉砕し、常法(篩い分け)に従って、平均粒径が約80μmで、かつ粒径200μm以下の部分が100質量%であるデュラム小麦粉を得た。
【0019】
[試験例1]
上記製造例1〜2、比較製造例1で得られたデュラム小麦粉中の損傷澱粉量を、市販のキット(MegaZyme製,Starch Damage Assay Kit)を用いて測定した。
具体的には、各デュラム小麦粉100mgに、α−アミラーゼ溶液(Aspergillus oryae由来,50unit/ml)を添加して、激しく撹拌した後、40℃で10分間処理する。次いで、希塩酸(0.2% v/v)5mlを添加して反応を停止させ、遠心分離(3,000rpm,5分)して上清を得る。この上清0.1mlにアミログルコシダーゼ溶液(Aspergillus niger由来,2unit/0.1ml)を添加して40℃で20分間処理した後、510nmで吸光度を測定し、得られた吸光度から損傷澱粉量を算出した。
【0020】
また、各製造例および比較製造例で得られたデュラム小麦粉を用いて、以下の各実施例および比較例として、典型的なイースト発酵食品である食パンの製造実験を行った。
各実施例、比較例に用いたデュラム小麦粉の損傷澱粉量および小麦組成物中の配合量を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
[実施例1]
製造例1で得られたデュラム小麦粉を100質量部、イースト3質量部、イーストフード0.1質量部、食塩2質量部、砂糖6質量部、脱脂粉乳2質量部および表2に記載する量の水を加えて低速で4分間、中速で5分間混捏した後ショートニング6質量部を加えた後、さらに低速で6分間、中速で2分間混捏してパン生地を得た(捏上げ温度27.0℃)。
得られた生地を室温で60分間発酵させ、次に1個260gに分割した後、20分間ベンチタイムをとった。次にこの生地を成形して1斤型に2個詰めた後、温度38℃および湿度85%の条件下で45分間ホイロをとった後、温度210℃の条件下で30分間焼成して食パンを得た。
得られた食パンを表3に示す評価基準により10名のパネラーで評価した。その評価結果を示せば表2のとおりである。
【0023】
[実施例2]
製造例2で得られたデュラム小麦粉を用いた以外は、上記実施例1と同様の製法で食パンを製造し、実施例1と同様に評価した。
【0024】
[実施例3]
製造例2のデュラム小麦粉100質量部の代わりに、製造例2で得られたデュラム小麦粉80質量部および市販のパン用小麦粉(日清製粉製「ミリオン」)20質量部からなる小麦粉組成物を用いて、上記実施例1と同様の製法で食パンを製造し、実施例1と同様に評価した。
【0025】
[実施例4]
製造例2のデュラム小麦粉100質量部の代わりに、製造例2で得られたデュラム小麦粉50質量部および市販のパン用小麦粉(日清製粉製「ミリオン」)50質量部からなる小麦粉組成物を用いて、上記実施例1と同様の製法で食パンを製造し、実施例1と同様に評価した。
【0026】
[実施例5]
製造例2のデュラム小麦粉100質量部の代わりに、製造例2で得られたデュラム小麦粉20質量部および市販のパン用小麦粉(日清製粉製「ミリオン」)80質量部からなる小麦粉組成物を用いて、上記実施例1と同様の製法で食パンを製造し、実施例1と同様に評価した。
【0027】
[比較例1]
比較製造例1で得られたデュラム小麦粉を用いた以外は、上記実施例1と同様の製法で食パンを製造し、実施例1と同様に評価した。
【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
上記評価結果からみて、本発明のデュラム小麦粉を全穀粉類中の20%以上用いた場合には、ミキシング耐性、分割・成形時の作用性に優れているばかりか、得られた食パンの内相が良好で、ソフトで口当たりの良い食感が得られ、コクと風味の良好なパンが得られることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
損傷澱粉量が9.5質量%以下であるデュラム小麦粉。
【請求項2】
請求項1に記載のデュラム小麦粉を全穀粉類中に20質量%以上含有することを特徴とする、イースト発酵食品用小麦粉組成物。
【請求項3】
請求項2に記載のイースト発酵食品用小麦粉組成物を用いることを特徴とする、イースト発酵食品。

【公開番号】特開2009−11277(P2009−11277A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−179370(P2007−179370)
【出願日】平成19年7月9日(2007.7.9)
【出願人】(301049777)日清製粉株式会社 (128)
【Fターム(参考)】