低鉄損一方向性電磁鋼板
【課題】一方向電磁鋼板の板厚内部の応力状態を適性条件に制御することにより、従来に比べて鉄損に優れた低鉄損一方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板の板厚内部における1箇所又は複数箇所に、板厚方向に対する応力が引っ張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上鋼板素材の降伏応力値以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
【解決手段】鋼板の板厚内部における1箇所又は複数箇所に、板厚方向に対する応力が引っ張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上鋼板素材の降伏応力値以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスの鉄心等に利用され、一方向性電磁鋼板の性能、特に低鉄損性に優れた一方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼板の圧延方向に磁化容易軸をもつ一方向性電磁鋼板は、主に変圧器やその他の電力変換器の鉄心に用いられ、エネルギー変換時に生じる損失を小さくするために、鉄心の材料には、低い鉄損特性が強く要求されている。
【0003】
電磁鋼板の鉄損には、大別して、ヒステリシス損と渦電流損からなっている。ヒステリシス損は、結晶方位、欠陥、粒界等により影響を受け、渦電流損は、材料の板厚、電気抵抗および180°磁区幅等により決まる。
【0004】
従って、これまでは、ヒステリシス損低減の観点から結晶粒組織を(110)[001]方位に高度に揃え、結晶の欠陥を少なくするなどの方法が用いられ、渦電流損低減の観点から板厚を薄くし、Si含有量の増加などにより材料の抵抗値を高めたり、張力被膜の鋼板表面への塗布などにより180°磁区幅を細分化するなどの方法が用いられ、電磁鋼板の低損失化が試みられてきた。
【0005】
また、近年、鉄損を飛躍的に減少させるために、鉄損の大部分を占める渦電流損低減の観点から、上記の鋼板表面への張力付与以外の手段を用いて、人為的に鋼板に磁区細分化の芽を発生させ、180°磁区を細分化させる方法が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、鉄損の改善を目的とし、一方向性鋼板表面の圧延方向と直角方向に対して、レーザーを、所定のビーム幅、エネルギー密度、照射間隔で照射することにより、鋼板表面に局部的な高転位密度領域、すなわち微小塑性歪を加えることで、磁区細分化を行い、鉄損を低減する一方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。
【0007】
上記特許文献1の方法は、一方向性電磁鋼鈑表面に局部的な高転位密度領域(塑性歪領域)を生成させ、磁区の芽を生成して磁区の細分化を行なうことを技術思想とする技術であるが、これらの塑性歪を付与する方法で得られる鋼板の鉄損(W17/50)は0.80〜0.78 W/Kg 程度が限界であった。なお、前記W17/50は磁束密度1.7T、周波数50Hzにおける鉄損を示す。
【0008】
上記鉄損が不十分となる原因は、上記技術が、所定のビーム幅、エネルギー密度、照射間隔等のレーザの照射条件に基づき鉄損特性を規定したものであり、磁区幅低減(磁区細分化)による渦電流損低減の物理現象を、歪量あるいは歪から変換される応力値などの基本物理量に基づいて特性について検討がなされていないことと考えられる。後述するように本発明者らの検討によれば、塑性歪あるいは塑性域の応力が付与されると、磁区が細分化による渦電流損の低減はあるものの、逆にヒステリシス損が増加する結果、鉄損が低減しないことを確認している。
【0009】
一方、特許文献2は、鋼板表面の圧延方向に対する弾性引張り応力値と塑性歪の範囲を規定することにより、鉄損を低減する一方向性電磁鋼板が提案されている。一般に応力は、圧延方向、板厚方向、板幅方向を基準にした値であり、素材の表面、内部、各点において値を持つものである。しかしながら、特許文献2の技術は、鋼板表面の歪や引張り応力だけに着目し、鉄損特性を制御することを技術思想としている。これは、鋼板表面に張力皮膜を塗布することにより、表面内に引張り応力を発生させ、180度磁区内に発生したランセット磁区を消滅し(図1参照)、磁区の再構成を促し、180度磁区幅を細分化(渦損低減)する現象を利用した技術思想と同じである。また、特許文献2の技術は、本来あるべき板厚内部の歪あるいは応力状態の鉄損特性への効果については、全く言及しておらず、そのため、特許文献2の技術だけでは、更なる飛躍的な鉄損の低減は、十分ではなかった。
【0010】
【特許文献1】特開昭55−18566号公報
【特許文献2】特開2005−248291号公報
【特許文献3】特開平7−320921号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、一方向性電磁鋼板の鉄損をヒステリシス損と渦電流損に分けて、特に磁区細分化による渦電流損の観点から、歪および応力分布を表面内だけでなく、板厚内部も含めて定量的に適正な条件下で制御することにより、従来に比べて優れた一方向性電磁鋼板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その発明の要旨は次の通りである。
(1)鋼板の板厚内部における1箇所又は複数箇所に、板厚方向に対する応力が引っ張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上で鋼板素材の降伏応力値以下であることを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(2)前記引張り応力が存在する領域の圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ板厚方向の分布幅が板厚の80%以下の大きさを持つことを特徴とする(1)に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(3)前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に7.0mm以下の間隔で有することを特徴とする(1)または(2)に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(4)前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に対して60〜120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鉄損特性が非常に優れた一方向性電磁鋼板を提供でき、トランスのエネルギー損失が非常に小さくなる等、工業的効果および地球環境問題改善への効果が極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明者らは、一方向性電磁鋼鈑の板厚内部に局所的な歪を形成し、歪から変換される応力値と鉄損の相関を調べる試験を実施し、板厚内部の応力状態が鉄損改善に及ぼす効果を詳細に検討した。その結果、180度磁区細分化の促進、すなわち渦損の低減に飛躍的に効果を持つ歪あるいは応力状態は、特許文献2で提案された鋼板表面の応力や歪でなく、鋼板の板厚内部の応力状態、特に板厚方向に対する引張り応力こそが、還流磁区を発生させる芽であり、180度磁区細分化を促進させることを見出した。また、その引張り応力の値が塑性域の応力、すなわち降伏応力以上になると、板厚内部の塑性域が磁壁のピンニングサイトとして働き、鉄損の一部であるヒステリシス損が増加することも見出した。
【0016】
本発明は、一方向性電磁鋼板の板厚内部に形成される歪あるいは歪から変換される応力が、板厚方向に対して引張り応力が導入されるよう制御して、還流磁区を効果的に発生させ、180度磁区の細分化を促し、渦電流損を低減させ、さらに、板厚内部の応力値を降伏応力以下に定量的に制限することにより、ヒステリシス損の増加を抑え、従来の一方向性電磁鋼板に比べて大幅に鉄損を低減させることを技術思想とするものである。
【0017】
先ず、本発明の技術思想について説明する。
【0018】
図2の概念図に示すように、一般に、一方向性電磁鋼板の磁化容易軸は圧延方向に向いているため、磁区は圧延方向に平行および反平行な磁化で構成され180°磁区幅を形成する。特許文献2で提案されているように、この状態において、鋼板の表面に圧延方向に引張り応力を付与するだけでは、磁区を構成する磁化は、圧延方向に平行および反平行の方向に向く方がエネルギー的により安定となるので、磁区構造は図2の状態のままで、180度磁区幅の低減はあまり期待できない。
【0019】
圧延方向に引張り応力が加わった場合、磁化が圧延方向に向く方がエネルギー的に安定であるのは次の理由からである。一般に、磁化と応力が存在すると、電磁鋼板の磁化と応力の相互作用エネルギー=−C×M×σ×cos2θ (ここで、C:正の定数、M:磁化の大きさ、σ:応力の大きさ、θ:磁化と応力のなす角度)を生じる。特許文献2が提案するように、圧延方向に引張り応力が存在しても、磁化の向きは、応力とのなす角θ=0または180度の場合が最もエネルギーが低くなる。つまり、応力と磁化は、平行あるいは反平行の場合がエネルギー的に安定になる。従って、図2の状態に、鋼板表面の圧延方向に引張り応力が導入されても、現状の磁区構造に大きな変化を与えることはできず、180度磁区幅の低減もあまり期待できない。
【0020】
一方、本発明では、図3の概念図に示すように、板厚の内部の板厚方向に対して引張り応力あるいはそれに相当する歪を局所的に導入している。その結果、上述の電磁鋼板の磁化と応力の相互作用エネルギーは、応力σは張力なので正となり、磁化は、応力の向き、すなわち板厚方向に向く方がエネルギー的に安定となる。その結果、得られる磁区構造は、図4に示すように、圧延方向に対して垂直向きの磁化分布、すなわち、還流磁区が形成され、その結果鋼板全体の磁区の再構成が促進され、180度磁区幅の細分化、すなわち渦電流損が低減する。本発明は、上記の磁区解析結果を踏まえ、鋼板の板厚内部の板厚方向に対して引張り応力あるいはそれに相当する歪を局所的に導入することにより、一方向性電磁鋼板の鉄損を飛躍的に低減するものであり、従来とは異なる技術思想に基づいている。
【0021】
すなわち、特許文献2で提案されている鋼板表面内の応力量を規定し鉄損を改善させる技術思想は、鋼板表面への張力皮膜の塗布により、鉄損特性を良くする技術思想に基づくものである。一方、本発明は、鋼板の各点に発生してい応力、すなわち、圧延方向、板厚方向、板幅方向それぞれに対して定義される応力の中で、板厚内部の板厚方向に対する応力こそが、磁区細分化発生の芽であることに着目し、その応力の最大値を制御することにより、磁区細分化をより効率良く促進させ、一方向性電磁鋼板の鉄損を低減する技術思想に基づくものである。本発明は、鉄損を低減させる技術思想が従来とは全く異なるものである。
【0022】
本発明の低鉄損一方向性電磁鋼板は、第1に、板厚方向に対する応力が引張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上で素材の降伏応力値以下であるであることを特徴とする。
【0023】
本発明において、一方向性電磁鋼板の板厚内部に板厚方向に対する引張応力を導入する方法は特に限定するものではないが、例えば、レーザー照射法、ショットピーニング、超音波振動法、鋼板表面をナイフ等の金属やセラミック片等で罫書く機械加工法、鋼板表面へのイオン注入法、ドーピング法、放電加工法、メッキと熱処理を組み合わせた方法等があるがいずれの手法でも良い。
【0024】
図5は、一方向性電磁鋼板の表面にレーザーを照射し、鋼板の板厚内部に応力を発生させた試料を作成し、発生した応力の中で、板厚方向に対する引張り応力の最大値と鉄損(W17/50)との相関を示したグラフである。ここで、W17/50は単板磁気測定装置を用いて周波数50Hzで励磁した時の磁束密度(B)1.7Tの条件で測定した鉄損値を示す。また、一方向性電磁鋼板の板厚は約0.23mmであり、レーザーは照射ビーム径150μmのパルスYAGレーザーを使用した。照射条件は、鋼板を水中に置き、図6のように、鋼板の圧延方向に5.0mmの照射間隔(ピッチ)で、鋼板の圧延方向に対して直角方向に照射パルスが重なるように照射した。
【0025】
板厚内部の応力値は、X線回折法により、3方向の結晶格子の歪みを測定し、弾性率等の材料物性値を用いて、圧延方向、板厚方向、板幅方向、それぞれに対する応力値を求めた。3方向の結晶歪は、図6に示すように、X線を鋼板に照射することにより求めることができる。また、歪から応力値への変換は、例えば、弾性率やポアソン比を利用した歪みスキャンニング法(文献:日本機械学会論文集(A編)71巻711号2005年、pp.1530)を利用することにより可能である。
【0026】
鋼板内部に形成される板厚方向に対する引張り応力の最大値は、例えば、集光レンズの焦点距離などの光学条件を変えずにレーザー出力を調整することにより制御でき、レーザー出力の増加により板厚方向に対する引っ張り応力の最大値は増大する。
【0027】
本試験では、レーザー吸収層として水を選択したが、プラスチックテープ、ブラックペイント、金属箔などのいずれを利用しても良い。なお、本試験で使用した水中でのレーザー照射法は、レーザーピーニングと呼ばれ、橋梁の橋桁、自動車の足回り部品などの溶接構造物などの疲労特性を改善する方法として知られている。しかし、この場合のレーザー照射条件は、鋼板表面の全面に照射するのが特徴である。一方、本試験では、図7のように、鋼板の圧延方向に5.0mmの照射間隔(ピッチ)で、鋼板の圧延方向に対して直角方向に照射パルスが重なるように照射しており、疲労特性改善で使用されている照射条件とは異なる。
【0028】
図5から明らかなように、鉄損値(W17/50)が優れた一方向性電磁鋼鈑を得るためには、鋼板内部における板厚方向の引張り応力の最大値は40MPa以上必要であることが分かる。ここで、圧延方向の応力や板幅方向の応力は、数Mpa程度であり、板厚方向の引張り応力に比べて小さい値であり、鉄損特性との相関は得られなかった。
【0029】
図5の△値は、従来のレーザー照射条件、すなわち、パルスレーザーを空気中で照射し、鋼板の圧延方向に5.0mm、鋼板の圧延方向に対して直角方向に、パルス間隔が0.3mmピッチの条件で照射した鋼板の鉄損値を示す。このとき、鋼板内部の板厚方向の引張り応力値は、6Mpa程度であり、本発明に従い導入された鋼板内部における板厚方向の引張り応力値に比べて小さく、鉄損との相関はなかった。また、圧延方向の応力は、圧縮となり、その大きさは35MPa、板幅方向の応力は数MPaであり、本発明と従来の鋼板内部の応力状態は異なるものである。
【0030】
図5に示されているように、引張り応力の最大値が、300MPaを超える付近から鉄損が増加している。これは、引張り応力の最大値が大きくなると、塑性域が増加するため、磁壁がその塑性域にピンニングされ、ヒステリシス損が増加するものと考えられる。そのため、鋼板内部における板厚方向の引張り応力を導入することにより、磁区細分化、すなわち渦電流損は低減するものの、ヒステリシス損が増加するため、渦電流損とヒステリシス損を加えた全損失が低減しない。一般に、応力状態が弾性域から塑性域に大きく変わる点は素材の降伏応力により規定できる。素材の降伏応力は組成に依存するが、例えば、Fe-3%Siの組成を持つ一方向性電磁鋼板の降伏応力は、約350MPaであるので、図5における鉄損が増加した応力値とほぼ傾向が一致する。
【0031】
以上の理由から、本発明では、板厚内部における板厚方向の引張り応力の最大値は40MPa以上、素材の降伏応力値以下であることが必要である。
【0032】
本発明は、上記の実施態様により、低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を達成することができるが、これらの発明実施態様に加えてさらに以下の条件を規定することにより、安定して低鉄損特性を改善できる。
【0033】
図8は、上述で規定した応力、すなわち板厚内部における板厚方向の引張り応力の最大値が40MPa以上、素材の降伏応力値以下である応力の分布に関して、板厚方向に伸びる分布幅(板厚に対する比率)(図7参照)および圧延方向に伸びる分布幅(図7参照)と鉄損(W17/50)との関係を示したグラフである。図8から、より鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を達成するには、圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ、板厚方向の分布幅(板厚に対する比率)が80%以下であることが必要である。このように、応力分布の幅に上限が必要なのは、本発明が規定している応力値の応力分布が大きくなると、歪、欠陥等がより多くなり、これらが磁壁移動の妨げになり、ヒステリシス損が増加してしまうからである。
【0034】
以上のことから、本発明では、上記実施形態で規定する要件に加えて、さらに、引っ張り応力が存在する領域が、圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ、板厚方向の分布幅(板厚に対する比率)が80%以下であることが好ましい。
【0035】
上記発明の実施態様において、板厚内部の板厚方向に対する引張り応力が存在する領域の圧延方向の間隔は、それぞれの隣り合う領域間の相互作用により磁区細分化に影響を及ぼすため、その間隔が大き過ぎる場合は、鉄損を低減する効果が減少する。すなわち、引張り応力が存在する領域のそれぞれ隣り合う間隔が大きくなると、図9の概念図に示す180度磁壁の表面積が大きくなり、磁壁エネルギーの増加を招く。一般に、磁壁エネルギーは、180度磁区幅の大きさに反比例するので、磁壁の表面積の増加は180度磁区の細分化を鈍らせる。
【0036】
図10は、板厚内部の板厚方向に対する引張り応力の最大値が40Mpaであり、その応力が存在する圧延方向の、それぞれの隣り合う領域間の間隔を変化させたときの、鉄損(W17/50)の変化を示したグラフである。図10が示すように、7.0mm以下の方が渦電流損が低減し、鉄損特性が安定して低減している。
【0037】
以上のように、本発明の板厚内部の板厚方向に対する引張り応力の最大値が最適な条件下であっても、前記引張り応力が存在する領域の圧延方向の間隔が7.0mmを超える場合には、鋼板の磁区細分化作用は少なくなり、従来に比べて十分に鉄損値を低減することはできないことを確認した。このような理由から、本発明では、上記実施態様で規定する要件に加えて、さらに、引張り応力が存在する間隔を7.0mm以下とすることが好ましい。
【0038】
また、上記本発明の実施態様において、板厚内部における板厚方向の応力状態が存在する帯状範囲は、図7に示すように鋼板の圧延方向に対してほぼ直角方向が好ましい。しかし、実製造時には、コイルに巻き取りながら、鋼板内部の応力を形成することになるので、その応力が付与された帯状範囲の方向は、鋼板圧延方向に対してずれが生じてしまうことを確認した。
【0039】
前述した通り、磁区制御を施す前の一方向性電磁鋼板は、理想的には、鉄損を低減するために、圧延方向に磁化容易軸をもった(110)[001]方位の結晶粒で構成された集合組織鋼板であることが望ましい。しかし、実際に工業的に製造し得る一方向性電磁鋼板における磁化容易軸は圧延方向と完全に平行ではなく、磁化容易軸は圧延方向に対してずれ角度が存在する。前述した通り、一方向性電磁鋼板の磁区細分化により鉄損を低減するためには、鋼板の磁化方向、つまり、磁化容易軸に対して直角方向に帯状範囲を形成するのが有効であると考えられる。
【0040】
図11は、上述した水中でのレーザー照射法を用いて、本発明が規定した応力値や分布を形成し、この応力状態が存在する領域間の間隔を5mmにした場合の一方向性電磁鋼板において、板厚内部における板厚方向の引張り応力が存在する帯状範囲の、圧延方向に対する角度を変化させたときの鉄損との相関を示したグラフである。図12に、上記帯状範囲と圧延方向に対する角度を説明するための概念図を示す。図11は、圧延方向に対して60〜120°の方向に帯状範囲を形成する場合に、磁区細分化の効果による鉄損の低減が充分に得られることを示している。上記の角度範囲は、理想とする磁化容易軸方向、つまり、鋼板の圧延方向に対して直角な方向からずれ角度で30°以内の範囲に相当する。この角度範囲から外れると、鋼板の磁区細分化作用は少なくなるため、従来に比べてより安定して充分に鉄損値を向上するためには、板厚内部の板厚方向に対する引っ張り応力が存在する帯状範囲の方向を圧延方向に対して60〜120°の方向とするのが好ましい。
【0041】
したがって、本発明において、板厚内部の板厚方向に対する引っ張り応力が存在する帯状範囲は、鋼板圧延方向に対して60〜120°の角度をなす方向に存在することが好ましい。
【0042】
なお、上記で示した応力領域間の間隔や導入領域の角度に関しては、特許文献3に、鋼板表面に加工した溝について、その間隔や角度に関しての記述がある。しかしながら、本発明は、板厚内部に歪あるいは応力を付加しその板厚方向の引張り応力を制御することにより低鉄損を達成するものであり、特許文献3のように鋼板表面に溝を加工する技術とは全く異なる。
【実施例】
【0043】
板厚が0.23mmの一方向性電磁鋼板を用いて、この鋼板を水中に置き、ビーム径150μmのパルスYAGレーザーを照射パルスが重なるように照射した。このレーザーの出力を調整することにより、表1に示すような、板厚内部における板厚方向の引張り応力の最大値、本応力分布の板厚内部における圧延方向の分布幅および板厚方向の分布幅(対板厚率)、本応力が存在する領域の圧延方向の間隔、本領域の圧延方向に対する角度をそれぞれ変えた一方向性電磁鋼板を製造後、各鋼板の鉄損W17/50の測定を行った。なお、表1の板厚内部における板厚方向の引張り応力は、上述したように、X線回折法により、3方向の結晶格子の歪を測定し、弾性率等の物性値を用いて応用値に変換し求めた。また、鉄損値は、周波数50Hz、磁束密度1.7T時の鉄損W17/50を、単板磁気装置を用いて測定した。
【表1】
【0044】
表1から明らかなように、試験No.1〜7(本発明例)に示す一方向性電磁鋼板は何れも、板厚内部における板厚方向に対する引張り応力の最大値が本発明で規定する範囲内にあるため、これらの条件が外れる試験No.8〜10(比較例)に比べて低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼鈑が得られた。
【0045】
また、上記試験No.1〜7(本発明例)のうちで、板厚内部における板厚方向に対する引張り応力の最大値に加えて、さらに、この応力分布の板厚内部における圧延方向の分布幅および板厚方向の分布幅(対板厚率)、鋼板の圧延方向に対する応力存在領域(板厚内部における板厚方向に対する引張り応力が存在する領域)の圧延方向間隔、同領域の圧延方向に対する角度が好ましい範囲内にある試験No.1〜3(発明例)は、試験No.4〜7(発明例)に比べてより鉄損を低減することができた。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】鋼板に生じるランセット磁区を示す概念図。
【図2】鋼板に生じる磁区構造を示す概念図。
【図3】本発明の鋼板に導入した応力状態を示す概念図。
【図4】本発明に従い導入した応力により変化した磁化の分布を示す概念図。
【図5】鋼板内部に形成した板厚方向に対する引っ張り応力の最大値と鉄損の関係を示すグラフ。
【図6】X線回折法を用いて、板厚内部の3方向の応力値を測る場合の鋼板試料の配置を示す概念図。
【図7】本発明の鋼板内部に形成した板厚方向に対する引っ張り応力が形成された一実施形態を示す概念図。
【図8】板厚内部における板厚方向の引張り応力の圧延方向の分布幅および板厚方向の分布幅(対板厚率)と鉄損との関係を示すグラフ。
【図9】引っ張り応力が存在する領域のそれぞれ隣り合う間隔に存在する180度磁壁の表面積を示す概念図。
【図10】引っ張り応力が存在する領域のそれぞれ隣り合う間隔と鉄損の関係を示すグラフ。
【図11】板厚方向の引っ張り応力が存在する帯状範囲の圧延方向に対する角度と鉄損との関係を示すグラフ。
【図12】引っ張り応力が存在する領域と圧延方向とのなす角度を説明するための概念図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスの鉄心等に利用され、一方向性電磁鋼板の性能、特に低鉄損性に優れた一方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼板の圧延方向に磁化容易軸をもつ一方向性電磁鋼板は、主に変圧器やその他の電力変換器の鉄心に用いられ、エネルギー変換時に生じる損失を小さくするために、鉄心の材料には、低い鉄損特性が強く要求されている。
【0003】
電磁鋼板の鉄損には、大別して、ヒステリシス損と渦電流損からなっている。ヒステリシス損は、結晶方位、欠陥、粒界等により影響を受け、渦電流損は、材料の板厚、電気抵抗および180°磁区幅等により決まる。
【0004】
従って、これまでは、ヒステリシス損低減の観点から結晶粒組織を(110)[001]方位に高度に揃え、結晶の欠陥を少なくするなどの方法が用いられ、渦電流損低減の観点から板厚を薄くし、Si含有量の増加などにより材料の抵抗値を高めたり、張力被膜の鋼板表面への塗布などにより180°磁区幅を細分化するなどの方法が用いられ、電磁鋼板の低損失化が試みられてきた。
【0005】
また、近年、鉄損を飛躍的に減少させるために、鉄損の大部分を占める渦電流損低減の観点から、上記の鋼板表面への張力付与以外の手段を用いて、人為的に鋼板に磁区細分化の芽を発生させ、180°磁区を細分化させる方法が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、鉄損の改善を目的とし、一方向性鋼板表面の圧延方向と直角方向に対して、レーザーを、所定のビーム幅、エネルギー密度、照射間隔で照射することにより、鋼板表面に局部的な高転位密度領域、すなわち微小塑性歪を加えることで、磁区細分化を行い、鉄損を低減する一方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。
【0007】
上記特許文献1の方法は、一方向性電磁鋼鈑表面に局部的な高転位密度領域(塑性歪領域)を生成させ、磁区の芽を生成して磁区の細分化を行なうことを技術思想とする技術であるが、これらの塑性歪を付与する方法で得られる鋼板の鉄損(W17/50)は0.80〜0.78 W/Kg 程度が限界であった。なお、前記W17/50は磁束密度1.7T、周波数50Hzにおける鉄損を示す。
【0008】
上記鉄損が不十分となる原因は、上記技術が、所定のビーム幅、エネルギー密度、照射間隔等のレーザの照射条件に基づき鉄損特性を規定したものであり、磁区幅低減(磁区細分化)による渦電流損低減の物理現象を、歪量あるいは歪から変換される応力値などの基本物理量に基づいて特性について検討がなされていないことと考えられる。後述するように本発明者らの検討によれば、塑性歪あるいは塑性域の応力が付与されると、磁区が細分化による渦電流損の低減はあるものの、逆にヒステリシス損が増加する結果、鉄損が低減しないことを確認している。
【0009】
一方、特許文献2は、鋼板表面の圧延方向に対する弾性引張り応力値と塑性歪の範囲を規定することにより、鉄損を低減する一方向性電磁鋼板が提案されている。一般に応力は、圧延方向、板厚方向、板幅方向を基準にした値であり、素材の表面、内部、各点において値を持つものである。しかしながら、特許文献2の技術は、鋼板表面の歪や引張り応力だけに着目し、鉄損特性を制御することを技術思想としている。これは、鋼板表面に張力皮膜を塗布することにより、表面内に引張り応力を発生させ、180度磁区内に発生したランセット磁区を消滅し(図1参照)、磁区の再構成を促し、180度磁区幅を細分化(渦損低減)する現象を利用した技術思想と同じである。また、特許文献2の技術は、本来あるべき板厚内部の歪あるいは応力状態の鉄損特性への効果については、全く言及しておらず、そのため、特許文献2の技術だけでは、更なる飛躍的な鉄損の低減は、十分ではなかった。
【0010】
【特許文献1】特開昭55−18566号公報
【特許文献2】特開2005−248291号公報
【特許文献3】特開平7−320921号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、一方向性電磁鋼板の鉄損をヒステリシス損と渦電流損に分けて、特に磁区細分化による渦電流損の観点から、歪および応力分布を表面内だけでなく、板厚内部も含めて定量的に適正な条件下で制御することにより、従来に比べて優れた一方向性電磁鋼板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その発明の要旨は次の通りである。
(1)鋼板の板厚内部における1箇所又は複数箇所に、板厚方向に対する応力が引っ張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上で鋼板素材の降伏応力値以下であることを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(2)前記引張り応力が存在する領域の圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ板厚方向の分布幅が板厚の80%以下の大きさを持つことを特徴とする(1)に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(3)前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に7.0mm以下の間隔で有することを特徴とする(1)または(2)に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
(4)前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に対して60〜120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鉄損特性が非常に優れた一方向性電磁鋼板を提供でき、トランスのエネルギー損失が非常に小さくなる等、工業的効果および地球環境問題改善への効果が極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明者らは、一方向性電磁鋼鈑の板厚内部に局所的な歪を形成し、歪から変換される応力値と鉄損の相関を調べる試験を実施し、板厚内部の応力状態が鉄損改善に及ぼす効果を詳細に検討した。その結果、180度磁区細分化の促進、すなわち渦損の低減に飛躍的に効果を持つ歪あるいは応力状態は、特許文献2で提案された鋼板表面の応力や歪でなく、鋼板の板厚内部の応力状態、特に板厚方向に対する引張り応力こそが、還流磁区を発生させる芽であり、180度磁区細分化を促進させることを見出した。また、その引張り応力の値が塑性域の応力、すなわち降伏応力以上になると、板厚内部の塑性域が磁壁のピンニングサイトとして働き、鉄損の一部であるヒステリシス損が増加することも見出した。
【0016】
本発明は、一方向性電磁鋼板の板厚内部に形成される歪あるいは歪から変換される応力が、板厚方向に対して引張り応力が導入されるよう制御して、還流磁区を効果的に発生させ、180度磁区の細分化を促し、渦電流損を低減させ、さらに、板厚内部の応力値を降伏応力以下に定量的に制限することにより、ヒステリシス損の増加を抑え、従来の一方向性電磁鋼板に比べて大幅に鉄損を低減させることを技術思想とするものである。
【0017】
先ず、本発明の技術思想について説明する。
【0018】
図2の概念図に示すように、一般に、一方向性電磁鋼板の磁化容易軸は圧延方向に向いているため、磁区は圧延方向に平行および反平行な磁化で構成され180°磁区幅を形成する。特許文献2で提案されているように、この状態において、鋼板の表面に圧延方向に引張り応力を付与するだけでは、磁区を構成する磁化は、圧延方向に平行および反平行の方向に向く方がエネルギー的により安定となるので、磁区構造は図2の状態のままで、180度磁区幅の低減はあまり期待できない。
【0019】
圧延方向に引張り応力が加わった場合、磁化が圧延方向に向く方がエネルギー的に安定であるのは次の理由からである。一般に、磁化と応力が存在すると、電磁鋼板の磁化と応力の相互作用エネルギー=−C×M×σ×cos2θ (ここで、C:正の定数、M:磁化の大きさ、σ:応力の大きさ、θ:磁化と応力のなす角度)を生じる。特許文献2が提案するように、圧延方向に引張り応力が存在しても、磁化の向きは、応力とのなす角θ=0または180度の場合が最もエネルギーが低くなる。つまり、応力と磁化は、平行あるいは反平行の場合がエネルギー的に安定になる。従って、図2の状態に、鋼板表面の圧延方向に引張り応力が導入されても、現状の磁区構造に大きな変化を与えることはできず、180度磁区幅の低減もあまり期待できない。
【0020】
一方、本発明では、図3の概念図に示すように、板厚の内部の板厚方向に対して引張り応力あるいはそれに相当する歪を局所的に導入している。その結果、上述の電磁鋼板の磁化と応力の相互作用エネルギーは、応力σは張力なので正となり、磁化は、応力の向き、すなわち板厚方向に向く方がエネルギー的に安定となる。その結果、得られる磁区構造は、図4に示すように、圧延方向に対して垂直向きの磁化分布、すなわち、還流磁区が形成され、その結果鋼板全体の磁区の再構成が促進され、180度磁区幅の細分化、すなわち渦電流損が低減する。本発明は、上記の磁区解析結果を踏まえ、鋼板の板厚内部の板厚方向に対して引張り応力あるいはそれに相当する歪を局所的に導入することにより、一方向性電磁鋼板の鉄損を飛躍的に低減するものであり、従来とは異なる技術思想に基づいている。
【0021】
すなわち、特許文献2で提案されている鋼板表面内の応力量を規定し鉄損を改善させる技術思想は、鋼板表面への張力皮膜の塗布により、鉄損特性を良くする技術思想に基づくものである。一方、本発明は、鋼板の各点に発生してい応力、すなわち、圧延方向、板厚方向、板幅方向それぞれに対して定義される応力の中で、板厚内部の板厚方向に対する応力こそが、磁区細分化発生の芽であることに着目し、その応力の最大値を制御することにより、磁区細分化をより効率良く促進させ、一方向性電磁鋼板の鉄損を低減する技術思想に基づくものである。本発明は、鉄損を低減させる技術思想が従来とは全く異なるものである。
【0022】
本発明の低鉄損一方向性電磁鋼板は、第1に、板厚方向に対する応力が引張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上で素材の降伏応力値以下であるであることを特徴とする。
【0023】
本発明において、一方向性電磁鋼板の板厚内部に板厚方向に対する引張応力を導入する方法は特に限定するものではないが、例えば、レーザー照射法、ショットピーニング、超音波振動法、鋼板表面をナイフ等の金属やセラミック片等で罫書く機械加工法、鋼板表面へのイオン注入法、ドーピング法、放電加工法、メッキと熱処理を組み合わせた方法等があるがいずれの手法でも良い。
【0024】
図5は、一方向性電磁鋼板の表面にレーザーを照射し、鋼板の板厚内部に応力を発生させた試料を作成し、発生した応力の中で、板厚方向に対する引張り応力の最大値と鉄損(W17/50)との相関を示したグラフである。ここで、W17/50は単板磁気測定装置を用いて周波数50Hzで励磁した時の磁束密度(B)1.7Tの条件で測定した鉄損値を示す。また、一方向性電磁鋼板の板厚は約0.23mmであり、レーザーは照射ビーム径150μmのパルスYAGレーザーを使用した。照射条件は、鋼板を水中に置き、図6のように、鋼板の圧延方向に5.0mmの照射間隔(ピッチ)で、鋼板の圧延方向に対して直角方向に照射パルスが重なるように照射した。
【0025】
板厚内部の応力値は、X線回折法により、3方向の結晶格子の歪みを測定し、弾性率等の材料物性値を用いて、圧延方向、板厚方向、板幅方向、それぞれに対する応力値を求めた。3方向の結晶歪は、図6に示すように、X線を鋼板に照射することにより求めることができる。また、歪から応力値への変換は、例えば、弾性率やポアソン比を利用した歪みスキャンニング法(文献:日本機械学会論文集(A編)71巻711号2005年、pp.1530)を利用することにより可能である。
【0026】
鋼板内部に形成される板厚方向に対する引張り応力の最大値は、例えば、集光レンズの焦点距離などの光学条件を変えずにレーザー出力を調整することにより制御でき、レーザー出力の増加により板厚方向に対する引っ張り応力の最大値は増大する。
【0027】
本試験では、レーザー吸収層として水を選択したが、プラスチックテープ、ブラックペイント、金属箔などのいずれを利用しても良い。なお、本試験で使用した水中でのレーザー照射法は、レーザーピーニングと呼ばれ、橋梁の橋桁、自動車の足回り部品などの溶接構造物などの疲労特性を改善する方法として知られている。しかし、この場合のレーザー照射条件は、鋼板表面の全面に照射するのが特徴である。一方、本試験では、図7のように、鋼板の圧延方向に5.0mmの照射間隔(ピッチ)で、鋼板の圧延方向に対して直角方向に照射パルスが重なるように照射しており、疲労特性改善で使用されている照射条件とは異なる。
【0028】
図5から明らかなように、鉄損値(W17/50)が優れた一方向性電磁鋼鈑を得るためには、鋼板内部における板厚方向の引張り応力の最大値は40MPa以上必要であることが分かる。ここで、圧延方向の応力や板幅方向の応力は、数Mpa程度であり、板厚方向の引張り応力に比べて小さい値であり、鉄損特性との相関は得られなかった。
【0029】
図5の△値は、従来のレーザー照射条件、すなわち、パルスレーザーを空気中で照射し、鋼板の圧延方向に5.0mm、鋼板の圧延方向に対して直角方向に、パルス間隔が0.3mmピッチの条件で照射した鋼板の鉄損値を示す。このとき、鋼板内部の板厚方向の引張り応力値は、6Mpa程度であり、本発明に従い導入された鋼板内部における板厚方向の引張り応力値に比べて小さく、鉄損との相関はなかった。また、圧延方向の応力は、圧縮となり、その大きさは35MPa、板幅方向の応力は数MPaであり、本発明と従来の鋼板内部の応力状態は異なるものである。
【0030】
図5に示されているように、引張り応力の最大値が、300MPaを超える付近から鉄損が増加している。これは、引張り応力の最大値が大きくなると、塑性域が増加するため、磁壁がその塑性域にピンニングされ、ヒステリシス損が増加するものと考えられる。そのため、鋼板内部における板厚方向の引張り応力を導入することにより、磁区細分化、すなわち渦電流損は低減するものの、ヒステリシス損が増加するため、渦電流損とヒステリシス損を加えた全損失が低減しない。一般に、応力状態が弾性域から塑性域に大きく変わる点は素材の降伏応力により規定できる。素材の降伏応力は組成に依存するが、例えば、Fe-3%Siの組成を持つ一方向性電磁鋼板の降伏応力は、約350MPaであるので、図5における鉄損が増加した応力値とほぼ傾向が一致する。
【0031】
以上の理由から、本発明では、板厚内部における板厚方向の引張り応力の最大値は40MPa以上、素材の降伏応力値以下であることが必要である。
【0032】
本発明は、上記の実施態様により、低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を達成することができるが、これらの発明実施態様に加えてさらに以下の条件を規定することにより、安定して低鉄損特性を改善できる。
【0033】
図8は、上述で規定した応力、すなわち板厚内部における板厚方向の引張り応力の最大値が40MPa以上、素材の降伏応力値以下である応力の分布に関して、板厚方向に伸びる分布幅(板厚に対する比率)(図7参照)および圧延方向に伸びる分布幅(図7参照)と鉄損(W17/50)との関係を示したグラフである。図8から、より鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼板を達成するには、圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ、板厚方向の分布幅(板厚に対する比率)が80%以下であることが必要である。このように、応力分布の幅に上限が必要なのは、本発明が規定している応力値の応力分布が大きくなると、歪、欠陥等がより多くなり、これらが磁壁移動の妨げになり、ヒステリシス損が増加してしまうからである。
【0034】
以上のことから、本発明では、上記実施形態で規定する要件に加えて、さらに、引っ張り応力が存在する領域が、圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ、板厚方向の分布幅(板厚に対する比率)が80%以下であることが好ましい。
【0035】
上記発明の実施態様において、板厚内部の板厚方向に対する引張り応力が存在する領域の圧延方向の間隔は、それぞれの隣り合う領域間の相互作用により磁区細分化に影響を及ぼすため、その間隔が大き過ぎる場合は、鉄損を低減する効果が減少する。すなわち、引張り応力が存在する領域のそれぞれ隣り合う間隔が大きくなると、図9の概念図に示す180度磁壁の表面積が大きくなり、磁壁エネルギーの増加を招く。一般に、磁壁エネルギーは、180度磁区幅の大きさに反比例するので、磁壁の表面積の増加は180度磁区の細分化を鈍らせる。
【0036】
図10は、板厚内部の板厚方向に対する引張り応力の最大値が40Mpaであり、その応力が存在する圧延方向の、それぞれの隣り合う領域間の間隔を変化させたときの、鉄損(W17/50)の変化を示したグラフである。図10が示すように、7.0mm以下の方が渦電流損が低減し、鉄損特性が安定して低減している。
【0037】
以上のように、本発明の板厚内部の板厚方向に対する引張り応力の最大値が最適な条件下であっても、前記引張り応力が存在する領域の圧延方向の間隔が7.0mmを超える場合には、鋼板の磁区細分化作用は少なくなり、従来に比べて十分に鉄損値を低減することはできないことを確認した。このような理由から、本発明では、上記実施態様で規定する要件に加えて、さらに、引張り応力が存在する間隔を7.0mm以下とすることが好ましい。
【0038】
また、上記本発明の実施態様において、板厚内部における板厚方向の応力状態が存在する帯状範囲は、図7に示すように鋼板の圧延方向に対してほぼ直角方向が好ましい。しかし、実製造時には、コイルに巻き取りながら、鋼板内部の応力を形成することになるので、その応力が付与された帯状範囲の方向は、鋼板圧延方向に対してずれが生じてしまうことを確認した。
【0039】
前述した通り、磁区制御を施す前の一方向性電磁鋼板は、理想的には、鉄損を低減するために、圧延方向に磁化容易軸をもった(110)[001]方位の結晶粒で構成された集合組織鋼板であることが望ましい。しかし、実際に工業的に製造し得る一方向性電磁鋼板における磁化容易軸は圧延方向と完全に平行ではなく、磁化容易軸は圧延方向に対してずれ角度が存在する。前述した通り、一方向性電磁鋼板の磁区細分化により鉄損を低減するためには、鋼板の磁化方向、つまり、磁化容易軸に対して直角方向に帯状範囲を形成するのが有効であると考えられる。
【0040】
図11は、上述した水中でのレーザー照射法を用いて、本発明が規定した応力値や分布を形成し、この応力状態が存在する領域間の間隔を5mmにした場合の一方向性電磁鋼板において、板厚内部における板厚方向の引張り応力が存在する帯状範囲の、圧延方向に対する角度を変化させたときの鉄損との相関を示したグラフである。図12に、上記帯状範囲と圧延方向に対する角度を説明するための概念図を示す。図11は、圧延方向に対して60〜120°の方向に帯状範囲を形成する場合に、磁区細分化の効果による鉄損の低減が充分に得られることを示している。上記の角度範囲は、理想とする磁化容易軸方向、つまり、鋼板の圧延方向に対して直角な方向からずれ角度で30°以内の範囲に相当する。この角度範囲から外れると、鋼板の磁区細分化作用は少なくなるため、従来に比べてより安定して充分に鉄損値を向上するためには、板厚内部の板厚方向に対する引っ張り応力が存在する帯状範囲の方向を圧延方向に対して60〜120°の方向とするのが好ましい。
【0041】
したがって、本発明において、板厚内部の板厚方向に対する引っ張り応力が存在する帯状範囲は、鋼板圧延方向に対して60〜120°の角度をなす方向に存在することが好ましい。
【0042】
なお、上記で示した応力領域間の間隔や導入領域の角度に関しては、特許文献3に、鋼板表面に加工した溝について、その間隔や角度に関しての記述がある。しかしながら、本発明は、板厚内部に歪あるいは応力を付加しその板厚方向の引張り応力を制御することにより低鉄損を達成するものであり、特許文献3のように鋼板表面に溝を加工する技術とは全く異なる。
【実施例】
【0043】
板厚が0.23mmの一方向性電磁鋼板を用いて、この鋼板を水中に置き、ビーム径150μmのパルスYAGレーザーを照射パルスが重なるように照射した。このレーザーの出力を調整することにより、表1に示すような、板厚内部における板厚方向の引張り応力の最大値、本応力分布の板厚内部における圧延方向の分布幅および板厚方向の分布幅(対板厚率)、本応力が存在する領域の圧延方向の間隔、本領域の圧延方向に対する角度をそれぞれ変えた一方向性電磁鋼板を製造後、各鋼板の鉄損W17/50の測定を行った。なお、表1の板厚内部における板厚方向の引張り応力は、上述したように、X線回折法により、3方向の結晶格子の歪を測定し、弾性率等の物性値を用いて応用値に変換し求めた。また、鉄損値は、周波数50Hz、磁束密度1.7T時の鉄損W17/50を、単板磁気装置を用いて測定した。
【表1】
【0044】
表1から明らかなように、試験No.1〜7(本発明例)に示す一方向性電磁鋼板は何れも、板厚内部における板厚方向に対する引張り応力の最大値が本発明で規定する範囲内にあるため、これらの条件が外れる試験No.8〜10(比較例)に比べて低鉄損特性に優れた一方向性電磁鋼鈑が得られた。
【0045】
また、上記試験No.1〜7(本発明例)のうちで、板厚内部における板厚方向に対する引張り応力の最大値に加えて、さらに、この応力分布の板厚内部における圧延方向の分布幅および板厚方向の分布幅(対板厚率)、鋼板の圧延方向に対する応力存在領域(板厚内部における板厚方向に対する引張り応力が存在する領域)の圧延方向間隔、同領域の圧延方向に対する角度が好ましい範囲内にある試験No.1〜3(発明例)は、試験No.4〜7(発明例)に比べてより鉄損を低減することができた。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】鋼板に生じるランセット磁区を示す概念図。
【図2】鋼板に生じる磁区構造を示す概念図。
【図3】本発明の鋼板に導入した応力状態を示す概念図。
【図4】本発明に従い導入した応力により変化した磁化の分布を示す概念図。
【図5】鋼板内部に形成した板厚方向に対する引っ張り応力の最大値と鉄損の関係を示すグラフ。
【図6】X線回折法を用いて、板厚内部の3方向の応力値を測る場合の鋼板試料の配置を示す概念図。
【図7】本発明の鋼板内部に形成した板厚方向に対する引っ張り応力が形成された一実施形態を示す概念図。
【図8】板厚内部における板厚方向の引張り応力の圧延方向の分布幅および板厚方向の分布幅(対板厚率)と鉄損との関係を示すグラフ。
【図9】引っ張り応力が存在する領域のそれぞれ隣り合う間隔に存在する180度磁壁の表面積を示す概念図。
【図10】引っ張り応力が存在する領域のそれぞれ隣り合う間隔と鉄損の関係を示すグラフ。
【図11】板厚方向の引っ張り応力が存在する帯状範囲の圧延方向に対する角度と鉄損との関係を示すグラフ。
【図12】引っ張り応力が存在する領域と圧延方向とのなす角度を説明するための概念図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の板厚内部における1箇所又は複数箇所に、板厚方向に対する応力が引張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上で鋼板素材の降伏応力値以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記引張り応力が存在する領域の圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ板厚方向の分布幅が板厚の80%以下の大きさを持つことを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に7.0mm以下の間隔で有することを特徴とする請求項1または2に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に対して60〜120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項1】
鋼板の板厚内部における1箇所又は複数箇所に、板厚方向に対する応力が引張り応力であり、かつその最大値が40MPa以上で鋼板素材の降伏応力値以下であることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記引張り応力が存在する領域の圧延方向の分布幅が0.8mm以下であり、かつ板厚方向の分布幅が板厚の80%以下の大きさを持つことを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に7.0mm以下の間隔で有することを特徴とする請求項1または2に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記引張り応力が存在する領域が、鋼板の圧延方向に対して60〜120°の方向に連続的または所定間隔で形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の低鉄損一方向性電磁鋼板。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−127632(P2008−127632A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−314323(P2006−314323)
【出願日】平成18年11月21日(2006.11.21)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年11月21日(2006.11.21)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
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