説明

体液遊離核酸検査における品質保証方法

【課題】1個ないし数個程度のごく微量の細胞が血漿または血清サンプル中に混入していても、そのような異常を検出することのできる品質保証方法を提供する。
【解決手段】1細胞中のコピー数(A)が、細胞由来のものが混入していない所定量の血清もしくは血漿中のコピー数(B)以上である遺伝子(たとえば18SrRNA)の、上記所定量の血清または血漿サンプル中のコピー数(C)またはそれを反映する指標値を測定するステップ、および上記サンプルに係るコピー数(C)またはそれを反映する指標値と、上記コピー数(B)またはそれを反映する指標値とを対比し、その結果を基に当該サンプル中に特定遺伝子を内包する細胞が混入しているか否かを判定するステップを含むことを特徴とする、血清または血漿サンプルの品質保証方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量の血球等の混入をも検出しうる、遊離核酸等を対象とする血液検査に供する試料の品質保証方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、血液(血漿または血清試料)中に遊離している核酸(DNA、mRNA、miRNA等)を疾患の診断や治療のために利用する手法に関して、盛んに研究開発が進められている。
【0003】
従来、血液検査に供される試料の異常を検出する方法として、たとえば血球分離工程における赤血球の破砕・溶血を赤血球血漿間で量比がことなる、乳酸脱水素酵素LD値の高値化により検出する方法が知られている(非特許文献1〜3)。しかしながらこの方法の感度は低く、一細胞レベルの赤血球の破砕を検出することはできない。また、mL単位のサンプル中に混入した微量の細胞を顕微鏡を用いて検出することも実際上不可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】日本医師会雑誌第135巻特別号(2)p31-p35
【非特許文献2】臨床研修プラクティス6(3)p45-51
【非特許文献3】日本臨床検査自動化学会会誌29(4)p338
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
腫瘍等の疾患の診断マーカーなどとして利用される血中遊離核酸の血中レベルの測定においては、その他の物質の血中レベルを測定する血液検査に比べて、さらに高い信頼性が要求される。
【0006】
血中遊離核酸レベルの測定の際には、まず赤血球、白血球等の血球等の固体成分と血漿または血清の液体成分とが分離される。しかしながら、血球等の細胞にも核酸は含まれているため、それらがわずか1個ないし数個程度混入しても、血中遊離核酸レベルの測定結果に大きな影響を及ぼす虞がある。したがって、何らかの手段により微量の血球の混入を検出できれば、そのような異常試料が分析に供されることを回避し、測定の信頼性を高めることができる。
【0007】
このような観点から、本発明は血液検査の信頼性を従来より向上させることを可能とする手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、本来測定対象とする核酸(病理マーカー等)とは別の、細胞内に大量に含まれる一方通常の血中にはほとんど遊離することのない核酸分子に含まれる遺伝子に注目し、もしもそのような遺伝子が血書または血清試料中で検出されればその試料には細胞が混入していることを示す指標となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の血清または血漿サンプルの品質保証方法は、1細胞中のコピー数(A)が、細胞由来のものが混入していない所定量の血清もしくは血漿中のコピー数(B)以上である遺伝子(以下「特定遺伝子」と呼ぶ。)の、上記所定量の血清または血漿サンプル中のコピー数(C)またはそれを反映する指標値を測定するステップ、および上記所定量の血清または血漿サンプル中のコピー数(C)またはそれを反映する指標値と、上記コピー数(B)またはそれを反映する指標値とを対比し、その結果を基に当該サンプル中に細胞が混入しているか否かを判定するステップを含むことを特徴とする。
【0010】
前記特定遺伝子としては、たとえば18SrRNAが好ましい。前記コピー数(A)は、たとえば前記コピー数(B)の100倍以上であることが好ましい。前記細胞としては、白血球、赤血球または血小板が挙げられる。また、前記対比は、統計学的に有意差があるか否かを検定する方法により行われることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法を用いることにより、わずか1個ないし数個程度の血球が混入したような異常であっても検出することが可能となる。そのため、誤って異常サンプルが分析に供される虞は著しく低下し、従来よりも格段に信頼性の高い血中遊離核酸レベル等の分析が行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、実施例で測定した細胞混入血清およびコントロール血清の、18S rRNAのRT-qPCRのCt値を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
− 特定遺伝子 −
本発明では、「1細胞中のコピー数(A)(以下、単に「コピー数(A)」とよぶこともある。)が、細胞由来のものが混入していない所定量の血清もしくは血漿中のコピー数(B)(以下、単に「コピー数(B)」とよぶこともある。)以上である遺伝子」、つまりコピー数(A)がコピー数(B)と同数かそれよりも多い遺伝子を用いる(本発明の説明において、このような遺伝子を「特定遺伝子」と呼ぶことにする)。
【0014】
コピー数(B)の基準となる「所定量」は任意であるが、血液分析における血清もしくは血漿サンプルの一般的な量(たとえば200μL)にすればよい。
コピー数(A)がコピー数(B)よりも多いほど異常を精度よく検出できるようになり、たとえばコピー数(A)やコピー数(B)の100倍以上であることが好ましい。なお、コピー数(B)は0、つまり血清もしくは血漿中に遺伝子のコピーが全く含まれていなくてもよく、そのような遺伝子も上記特定遺伝子に含まれる。
【0015】
特定遺伝子の種類は特に限定されるものではないが、たとえば、細胞中に大量に存在することが知られている、真核生物のリボソームの小サブユニットに含まれる18SrRNAが好適である。これ以外にも、細胞における主要な機能に関与しているなどのために細胞中に多量に存在する遺伝子、例えば、βアクチンやGAPDH等は、本発明の「特定遺伝子」に該当する蓋然性が高い。特定遺伝子として血球等を含む各種の細胞内に普遍的かつ多量に存在するものを選択すれば、広範な細胞の混入を安定的かつ高感度に検出することが可能であるため望ましい。一方、所定の細胞内だけに存在するものを特定遺伝子として選択することにより、その所定の細胞のみを対象として混入を検出することも可能となる。
【0016】
ある遺伝子の、細胞由来のものが混入していない所定量の血清もしくは血漿中のコピー数(B)は、慎重かつ正確に標準の遠心分離ないし密度勾配遠心分離を行うようにして、厳密に細胞の混入を抑制した所定量の血清または血漿試料をいくつか調製し、それぞれの試料中に含まれるその遺伝子のコピー数を求め、統計学的手法で処理することにより決定される。たとえば必要により外れ値を除外した上で算出された平均値(b)を上記コピー数(B)とみなすことができる。
【0017】
一方、1細胞中のコピー数(A)は、たとえば後述する実施例に示したようなやり方で試験的に1細胞を混入させた所定量の血清または血漿試料をいくつか調製し、それぞれの試料中に含まれるその遺伝子のコピー数を求め、統計学的手法で処理することにより決定された値(たとえば必要により外れ値を除外した上で算出した平均値(a))から、上述したコピー数(B)(たとえば前述の平均値(b))を差し引くことにより決定される。1細胞ではなく複数の細胞を混入させて上記と同様の方法を行ってもよく、その場合は上記(a)−(b)の値をさらに混入させた細胞数で除すればよい。
【0018】
コピー数(A)がコピー数(B)以上であれば、その遺伝子は本発明における「特定遺伝子」に該当する。サンプルの分析に先立って上記のような操作を行い、適切な特定遺伝子の選択と、サンプルの異常を検出するために必要なコピー数(B)に関するデータの入手をあらかじめ行っておくことが望ましい。
【0019】
なお、2種以上の特定遺伝子を併用し、それぞれについて有意差があるか否かを検定してそれらの結果を総合的に判断すれば、細胞が混入している異常サンプルをより厳格に検出することが可能となる。
【0020】
コピー数(A)および(B)は、たとえばリアルタイムRT−qPCR法で測定されるCt値、マイクロアレイ解析法やノーザンブロット分析法で検出される標識剤(蛍光色素等)によるシグナル強度など、それらのコピー数を反映する各種の測定値を換算することにより求められる。
【0021】
なお、コピー数(A)がコピー数(B)以上であることは、コピー数(A)に対応するCt値がコピー数(B)に対応するCt値以下である(コピー数が多いほどCt値は小さくなる)こと、またコピー数(A)に対するシグナル値がコピー数(B)に対応するシグナル値以上である(コピー数が多いほどシグナル値は大きくなる)ことと同義である。
【0022】
したがって本発明では、上述のようなCt値またはシグナル値に基づいて、コピー数(A)および(B)が所定の関係を満たすか否か、すなわち特定遺伝子に該当するか否かを決定することができる。また、本発明の方法において、特定遺伝子のコピー数について有意差があるか否かを検定する代わりに、コピー数に換算する前のCt値やシグナル値について有意差があるか否かを検定しても同様の判定結果が得られる。
【0023】
− 品質保証方法 −
本発明に係る血清または血漿サンプルの品質保証方法は、下記のステップ1および2を含むものである。必要に応じて適宜その他のステップを組み合わせてもよい。
【0024】
(ステップ1)1細胞中のコピー数(A)が、細胞由来のものが混入していない所定量の血清もしくは血漿中のコピー数(B)以上である遺伝子(特定遺伝子)の、上記所定量の血清または血漿サンプル中のコピー数(C)またはそれを反映する指標値を測定するステップ。
【0025】
(ステップ2)上記所定量の血清または血漿サンプル中のコピー数(C)またはそれを反映する指標値と、上記コピー数(B)またはそれを反映する指標値とを対比し、その結果を基に当該サンプル中に特定遺伝子を内包する細胞が混入しているか否かを判定するステップ。
【0026】
ステップ1において、所定量の血清または血漿サンプル中の特定遺伝子のコピー数(C)またはそれを反映する指標値を測定する方法は特に限定されるものではなく、公知の各種の方法を用いることができる。一般的には、被験者から採取した血液等の検体から血漿または血清試料を調製し、グアニジン−塩化セシウム超遠心法などによりこの試料中の全ての核酸を抽出した後、上述したようなリアルタイムRT−PCR検出法、マイクロアレイ解析法、ノーザンブロット分析法などの各種の方法により指標となる数値を測定すればよく、それらの数値からコピー数に換算することもできる。
【0027】
ステップ2において、ステップ1で得られたサンプルに係るコピー数(C)またはそれを反映する指標値と、特定遺伝子に係るコピー数(B)またはそれを反映する指標値とを対比するための方法は、特に限定されるものではない。必要とされる判定の精度(感度および特異度、または有意水準など)に応じて適切な手法を用いればよい。
【0028】
簡便、迅速な方法としては、特定遺伝子に係るコピー数(B)とみなした前述の平均値(b)またはそれを反映する指標値と、検査に供するあるサンプルに係るコピー数(C)またはそれを反映する指標値の大小を直接的に対比し、サンプルから求められたコピー数(C)が平均値(b)よりも大きい、たとえば2倍よりも大きいという結果であれば、特定遺伝子を含む細胞が混入していると判断するようにすることも可能である。なお、遺伝子のコピーが2倍であることは、たとえばリアルタイムRT−PCR検出法によるCt値が1小さくなることで表される。
【0029】
より判定の正確性を高めたい場合には、統計学的な手法を用いることが好適である。たとえば、特定遺伝子に係るコピー数(B)を決定するために複数の試料から得られた測定値群から、その平均値(b)および標準偏差(SD)を求め、検査に供するあるサンプルから得られた測定値が、b±1.96SDの範囲に含まれるか否かをみて、その範囲に含まれていなければ異常サンプルである(正常サンプルの中央の95%に含まれない)と判断してもよい。また、平均値(b)を母平均として、検査に供するサンプルから得られた測定値の平均値が母平均と異なるかをZ検定により検定し、P>0.05であれば異常サンプルであると判断してもよい。
【0030】
以上のような本発明の方法により、特定遺伝子を内包している細胞であれば特に限定されることなく、血漿もしくは血清サンプル中への混入を検出することができる。たとえば、血漿もしくは血清サンプルを調製する際の混入が懸念される白血球(顆粒球、リンパ球、単球)や血小板などの血球細胞は、検出対象として好適である。なお、脱核した赤血球は特定遺伝子を内包しないため、検出対象とするには適切でない。また、血液中に遊離することのあるがん細胞など、血球細胞以外の細胞を検出対象とすることも可能である。
【0031】
本発明の手法は、高い精度が要求される血中遊離核酸の測定に適用することが好適であるが、それ以外にもごく微量の細胞の混入が問題となる分析において、異常サンプルを検出するために用いることもできる。
【実施例】
【0032】
・コントロール血清の準備
血液3mLをテルモ社凝固促進剤入り真空採血管に採血後、転倒混和および10分間静置し、室温で1200G10分間遠心分離を行い、上清の血清を採取しコントロール血清とした。
【0033】
・添加評価用血球細胞の準備
一細胞単位混入を評価するため、GE社Ficoll paqueを用いてリンパ球細胞を抽出し、血球計算板により細胞数を任意の数で調整後PBS中に懸濁し、添加評価用血球細胞とした。
【0034】
・細胞混入血清の準備
血清に細胞が混入したことを示すため、細胞混入血清モデルサンプルを作成した。コントロール血清200μLに対して、添加評価用血球細胞が血清200μL中5,50, 500, 5000個になるように添加し、細胞混入血清モデル(1, 5, 10, 100, 1000)とした。
【0035】
・RNA抽出および18SrRNA遺伝子対象としたRT-qPCR
コントロール血清、細胞混入血清各々200μLを用いてPromega社SV total RNA extraction Kitにより常法通りRNAを抽出操作を行った。最終的にはnuclease free water 20μLに溶出しRNA溶液とした。
RNA溶液全量を使って、ABI社TaqMan 18SrRNA expression KitおよびGene expression kitを用いてRT-qPCRを行いリアルタイムPCRを行いCt値を得た(表1および図1参照)。
【0036】
・結果
コントロール血清とそれぞれの細胞混入血清モデルのCt値の間には有意差があった(t検定、p= 0.000408)。本発明により、数個レベルでの血球の混入を見分けられることが示された。
【0037】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1細胞中のコピー数(A)が、細胞由来のものが混入していない所定量の血清もしくは血漿中のコピー数(B)以上である遺伝子(以下「特定遺伝子」と呼ぶ。)の、上記所定量の血清または血漿サンプル中のコピー数(C)またはそれを反映する指標値を測定するステップ、および
上記サンプルに係るコピー数(C)またはそれを反映する指標値と、上記コピー数(B)またはそれを反映する指標値とを対比し、その結果を基に当該サンプル中に細胞が混入しているか否かを判定するステップを含むことを特徴とする、血清または血漿サンプルの品質保証方法。
【請求項2】
前記特定遺伝子が18SrRNAであることを特徴とする、請求項1に記載の品質保証方法。
【請求項3】
前記コピー数(A)が前記コピー数(B)の100倍以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載の品質保証方法。
【請求項4】
前記細胞が白血球、赤血球または血小板であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の品質保証方法。
【請求項5】
前記対比が、前記サンプルに係るコピー数(C)またはそれを反映する指標値が、上記コピー数(B)またはそれを反映する指標値と統計学的に有意差があるか否かを検定する方法により行われることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の品質保証方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−234673(P2011−234673A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−109057(P2010−109057)
【出願日】平成22年5月11日(2010.5.11)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】