説明

倒立振子移動体

【課題】利用者が歩行する時に用いることができる倒立振子型移動体を提供する。
【解決手段】倒立振子型移動装置1は、基体9が略水平方向に移動する利用者に並進する。移動動作部5は、基体9に接続され、略水平方向であって第1の方向(X軸方向)と前記第1の方向と異なる第2の方向(Y軸方向)によって定められる方向に基体9を移動可能とする。アクチュエータ装置7は、移動動作部5を駆動する。歩行動作推定部55は、利用者の歩行動作を推定する。制御ユニット50は、推定された利用者の歩行動作に応じて少なくとも第2の方向(Y軸方向)に移動動作部5を駆動するようにアクチュエータ装置7を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動可能な倒立振子移動体に関する。
【背景技術】
【0002】
移動可能な倒立振子移動体において、全方向(2次元的な全方向)に移動可能な車両としては、例えば、特許文献1、2に見られるものが本願出願人により提案されている。これらの特許文献1、2に見られる全方向移動車両にあっては、床面に接地しながら該床面上を全方向に移動可能な、球体状又は車輪状又はクローラ状の移動動作部と、該移動動作部を駆動する電動モータ等を有するアクチュエータ装置とが車両の基体に組付けられている。そして、この車両は、アクチュエータ装置により移動動作部を駆動することによって、床面上を移動する。
また、この種の全方向移動車両の移動動作を制御する技術としては、例えば特許文献3に見られる技術が本願出願人により提案されている。この技術では、車両の基体が球体状の移動動作部に対して前後・左右に傾動自在に設けられている。そして、基体の傾き角を計測し、この傾き角を所要の角度に保つように、移動動作部を駆動する電動モータのトルクを制御することによって、基体の傾動動作に応じて車両を移動させるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第08/132778号パンフレット
【特許文献2】国際公開第08/132779号パンフレット
【特許文献3】特許第3070015号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1,2、あるいは特許文献3に見られる如き全方向移動車両では、利用者がその車両に乗り込むタイプのものであった。そのため、車両を補助的に用いながら歩行を行うということができなかった。車両を補助的に用いながら歩行を行う場合は、車両が歩行を阻害しないようにして、車両の動作を行わせることが必要とする問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題を解決すべくなされたもので、その目的は、利用者が歩行する時に用いることができる倒立振子型移動体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記問題を解決するために、請求項1に記載した発明は、略水平方向に移動する利用者に並進する基体(例えば、実施形態による基体9)と、前記基体に接続され、略水平方向であって第1の方向と前記第1の方向と異なる第2の方向によって定められる方向に前記基体を移動可能とする移動動作部(例えば、実施形態による移動動作部5)と、前記移動動作部を駆動する駆動部(例えば、実施形態によるアクチュエータ装置7)と、前記利用者の歩行動作を推定する歩行動作推定部(例えば、実施形態による歩行動作推定部55)と、前記推定された歩行動作に応じて少なくとも前記第2の方向に前記移動動作部を駆動するように駆動部を制御する制御部(例えば、実施形態による制御ユニット50)とを備えることを特徴とする倒立振子型移動体(例えば、実施形態による倒立振子型移動装置1)である。
これにより、倒立振子型移動体は、歩行動作推定部が利用者の歩行動作を推定し、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部を移動するように制御部が駆動部を制御することができる。
【0007】
請求項2に記載した発明は、前記利用者から受ける荷重を検出する荷重検出部(例えば、実施形態による荷重センサ54)と、前記基体の傾斜を検出する傾斜検出部(例えば、実施形態による傾斜センサ52)とをさらに有し、前記制御部が、前記荷重検出部により検出される前記第1の方向周りのモーメントと鉛直方向周りのモーメントの少なくともいずれかの値が所定の値となるように前記第2の方向の駆動力を制御することを特徴とする。
これにより、荷重検出部が、利用者から受ける荷重に基づいた第1の方向周りのモーメントか、鉛直軸周りのモーメントのいずれかが所定の値となるように移動動作部を移動するように制御部が駆動部を制御することができる。
【0008】
請求項3に記載した発明は、前記歩行動作推定部が、前記利用者の足位置の推定を行い、
前記駆動部が、前記歩行動作推定部で推定した足位置に応じて前記移動動作部を駆動することを特徴とする。これにより、歩行動作推定部が、推定した利用者の足位置に基づいて、駆動部が、足位置推定部で推定した足位置に応じて前記移動動作部を駆動することができる。
【0009】
請求項4に記載した発明は、前記移動動作部は、前記利用者の左右の足位置の間を通り前記利用者の進行方向に向かう中心線によって分割される領域間を左右に移動可能であり、前記利用者の後方の足が前方向に移動することを前記歩行動作推定部が検出した結果に基づいて、前記中心線を挟んで前記前方向に移動する足のある方の前記領域側に移動することを特徴とする。
これにより、移動動作部が、利用者の後方の足が前方向に移動することを歩行動作推定部が検出した結果に基づいて、利用者の左右の足位置の間を通り前記利用者の進行方向に向かう中心線を越えて前方向に移動する足のある方の領域側に移動することができる。
【発明の効果】
【0010】
請求項1に記載した発明によれば、倒立振子型移動体は、歩行動作推定部が利用者の歩行動作を推定し、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部を移動するように制御部が駆動部を制御することにより、利用者が歩行する時に用いることができる。
【0011】
請求項2に記載した発明によれば、荷重検出部が、利用者から受ける荷重に基づいた第1の方向周りのモーメントか、鉛直軸周りのモーメントのいずれかが所定の値となるように移動動作部を移動するように制御部が制御することにより、歩行動作推定部が利用者の歩行動作を推定し、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部を移動させることができることから、利用者が歩行する時に用いることができる。
【0012】
請求項3に記載した発明によれば、歩行動作推定部が、推定した利用者の足位置に基づいて、駆動部が、歩行動作推定で推定した足位置に応じて前記移動動作部を駆動することにより、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部を移動するように制御部が制御することができることから、利用者が歩行する時に用いることができる。
【0013】
請求項4に記載した発明によれば、移動動作部が、利用者の後方の足が前方向に移動することを歩行動作推定部が検出した結果に基づいて、利用者の左右の足位置の間を通り前記利用者の進行方向に向かう中心線を越えて前方向に移動する足のある方の領域側に移動することにより、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部を移動するように制御部が制御することができることから、利用者が歩行する時に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明による実施形態の全方向移動装置の正面図。
【図2】本発明による実施形態の全方向移動装置の側面図。
【図3】本発明による実施形態の全方向移動装置の下部を拡大して示す図。
【図4】本発明による実施形態の全方向移動装置の下部の斜視図。
【図5】本発明による実施形態の全方向移動装置の移動動作部(車輪体)の斜視図。
【図6】本発明による実施形態の全方向移動装置の移動動作部(車輪体)とフリーローラとの配置関係を示す図。
【図7】本発明による実施形態の全方向移動装置の制御ユニットの処理を示すフローチャート。
【図8】本発明による実施形態の全方向移動装置の動力学的挙動を表現する倒立振子モデルを示す図。
【図9】図7のステップS9の処理に係わる処理機能を示すブロック図。
【図10】図9に示すゲイン調整部78の処理機能を示すブロック図。
【図11】図10に示すリミット処理部(又は図12に示すリミット処理部)の処理機能を示すブロック図。
【図12】図9に示す重心速度制限部76の処理機能を示すブロック図。
【図13】図9に示す姿勢制御演算部80の処理機能を示すブロック図。
【図14】図9に示す要求重心速度生成部74の処理を示すフローチャート。
【図15】図14のステップS23のサブルーチン処理を示すフローチャート。
【図16】図15のステップS23−5のサブルーチン処理の一部を示すフローチャート。
【図17】図15のステップS23−5のサブルーチン処理の残りの一部を示すフローチャート。
【図18】図15のステップS23−6のサブルーチン処理を示すフローチャート。
【図19】図14のステップS24のサブルーチン処理を示すフローチャート。
【図20】図14のステップS25のサブルーチン処理を示すフローチャート。
【図21】図14のステップS25のサブルーチン処理を示すフローチャート。
【図22】図7のステップS5のサブルーチン処理を示すフローチャート。
【図23】図9の目標値設定処理部520における処理の一部を示す図。
【図24】図9の歩行動作推定部の異なる形態を示す概略ブロック図。
【図25】本発明による実施形態の変形例を説明するための説明図。
【図26】図9の歩行動作推定部の異なる形態を示す概略ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[第1実施形態]
本発明の第1実施形態を以下に説明する。まず、図1〜図6を参照して、本実施形態における倒立振子型移動装置の構造を説明する。
図1及び図2に示すように、本実施形態における倒立振子型移動装置1(以下、車両1という)は、歩行補助が行なわれる利用者を支持するサポート部3と、床面に接地しながら該床面上を全方向(前後方向及び左右方向を含む2次元的な全方向)に移動可能な移動動作部5と、この移動動作部5を駆動する動力を該移動動作部5に付与するアクチュエータ装置7と、これらのサポート部3、移動動作部5及びアクチュエータ装置7が組付けられた基体9とを備える。
ここで、本実施形態の説明では、「前後方向」、「左右方向」は、それぞれ、サポート部3に標準的な姿勢で支持される利用者の前後方向、左右方向に一致もしくはほぼ一致する方向を意味する。
なお、「標準的な姿勢」は、サポート部3を利用者の腰部に合わせて背後から装着した状態として設計的に想定されている倒立振子型移動装置1の姿勢であり、利用者の上体の体幹軸を概ね上下方向に向け、且つ、上体を捻ったりしていない姿勢である。
この場合、図1においては、「前後方向」、「左右方向」はそれぞれ、紙面に垂直な方向、紙面の左右方向であり、図2においては、「前後方向」、「左右方向」はそれぞれ、紙面の左右方向、紙面に垂直な方向である。また、本実施形態の説明では、参照符号に付する添え字「R」,「L」は、それぞれ車両1の右側、左側に対応するものという意味で使用する。
【0016】
基体9は、移動動作部5及びアクチュエータ装置7とが組付けられた下部フレーム11と、この下部フレーム11の上端から上方に延設された支柱フレーム13とを備える。
支柱フレーム13の上部には、該支柱フレーム13から前方側に向けてサポート部基台15が設けられる。サポート部基台15には、サポート部3を左右に揺動自在に支持するジョイント部17が設けられ、サポート部3は、利用者の姿勢と、基体9の姿勢に応じてのジョイント部17の支軸を中心に左右に揺動する。サポート部3は、利用者に接し、利用者を支える面側はゴム状弾性材(またはスポンジなど)で覆われ、また、利用者の胴囲を覆うベルト3bを備える。サポート部3は、そのベルト3bの長さを利用者の胴囲に合わせて調整して、利用者の腰部に装着した装着位置がずれないように保持される。
従って、本実施形態における倒立振子型移動装置1(以降、単に車両1という)は、利用者がサポート部3を介して腰部に装着した状態で、床面上を移動するものである。
なお、移動可能とする床面は、略水平な面に限らず、設計的に想定されている傾斜、凹凸、段差などがある面であってもよい。
【0017】
下部フレーム11は、左右方向に間隔を存して二股状に対向するように配置された一対のカバー部材21R,21Lを備える。これらのカバー部材21R,21Lの上端部(二股の分岐部分)は、前後方向の軸心を有するヒンジ軸23を介して連結され、カバー部材21R,21Lの一方が他方に対して相対的にヒンジ軸23の周りに揺動可能となっている。この場合、カバー部材21R,21Lは、図示を省略するバネによって、カバー部材21R,21Lの下端部側(二股の先端側)が狭まる方向に付勢されている。
【0018】
移動動作部5及びアクチュエータ装置7は、下部フレーム11のカバー部材21R,21Lの間に配置されている。これらの移動動作部5及びアクチュエータ装置7の構造を図3〜図6を参照して説明する。
なお、本実施形態で例示する移動動作部5及びアクチュエータ装置7は、例えば前記特許文献2の図1に開示されているものと同じ構造のものである。従って、本実施形態の説明においては、移動動作部5及びアクチュエータ装置7の構成に関して、前記特許文献2に記載された事項については、簡略的な説明に留める。
【0019】
本実施形態では、移動動作部5は、ゴム状弾性材により円環状に形成された車輪体であり、ほぼ円形の横断面形状を有する。この移動動作部5(以降、車輪体5という)は、その弾性変形によって、図5及び図6の矢印Y1で示す如く、円形の横断面の中心C1(より詳しくは、円形の横断面中心C1を通って、車輪体5の軸心と同心となる円周線)の周りに回転可能となっている。
この車輪体5は、その軸心C2(車輪体5全体の直径方向に直交する軸心C2)を左右方向に向けた状態で、カバー部材21R,21Lの間に配置され、該車輪体5の外周面の下端部にて床面に接地する。
そして、車輪体5は、アクチュエータ装置7による駆動(詳細は後述する)によって、図5の矢印Y2で示す如く車輪体5の軸心C2の周りに回転する動作(床面上を輪転する動作)と、車輪体5の横断面中心C1の周りに回転する動作とを行なうことが可能である。その結果、車輪体5は、それらの回転動作の複合動作によって、床面上を全方向に移動することが可能となっている。
【0020】
アクチュエータ装置7は、車輪体5と右側のカバー部材21Rとの間に介装される回転部材27R及びフリーローラ29Rと、車輪体5と左側のカバー部材2117Lとの間に介装される回転部材27L及びフリーローラ29Lと、回転部材27R及びフリーローラ29Rの上方に配置されたアクチュエータとしての電動モータ31Rと、回転部材27L及びフリーローラ29Lの上方に配置されたアクチュエータとしての電動モータ31Lとを備える。
電動モータ31R,31Lは、それぞれのハウジングがカバー部材21R,21Lに各々取付けられている。なお、図示は省略するが、電動モータ31R,31Lの電源(蓄電器)は、支柱フレーム13等、基体9の適所に搭載されている。
【0021】
回転部材27Rは、左右方向の軸心を有する支軸33Rを介してカバー部材21Rに回転可能に支持されている。同様に、回転部材27Lは、左右方向の軸心を有する支軸33Lを介してカバー部材21Lに回転可能に支持されている。この場合、回転部材27Rの回転軸心(支軸33Rの軸心)と、回転部材27Lの回転軸心(支軸33Lの軸心)とは同軸心である。
回転部材27R,27Lは、それぞれ電動モータ31R,31Lの出力軸に、減速機としての機能を含む動力伝達機構を介して接続されており、電動モータ31R,31Lからそれぞれ伝達される動力(トルク)によって回転駆動される。各動力伝達機構は、例えばプーリ・ベルト式のものである。すなわち、図3に示す如く、回転部材27Rは、プーリ35Rとベルト37Rとを介して電動モータ31Rの出力軸に接続されている。同様に、回転部材27Lは、プーリ35Lとベルト37Lとを介して電動モータ31Lの出力軸に接続されている。
【0022】
なお、上記動力伝達機構は、例えば、スプロケットとリンクチェーンとにより構成されるもの、あるいは、複数のギヤにより構成されるものであってもよい。また、例えば、電動モータ31R,31Lを、それぞれの出力軸が各回転部材27R,27Lと同軸心になるように各回転部材27R,27Lに対向させて配置し、電動モータ31R,31Lのそれぞれの出力軸を回転部材27R,27Lに各々、減速機(遊星歯車装置等)を介して連結するようにしてもよい。
各回転部材27R,27Lは、車輪体5側に向かって縮径する円錐台と同様の形状に形成されており、その外周面がテーパ外周面39R,39Lとなっている。
回転部材27Rのテーパ外周面39Rの周囲には、回転部材27Rと同心の円周上に等間隔で並ぶようにして、複数のフリーローラ29Rが配列されている。そして、これらのフリーローラ29Rは、それぞれ、ブラケット41Rを介してテーパ外周面39Rに取付けられ、該ブラケット41Rに回転自在に支承されている。
同様に、回転部材27Lのテーパ外周面39Lの周囲には、回転部材27Lと同心の円周上に等間隔で並ぶようにして、複数(フリーローラ29Rと同数)のフリーローラ29Lが配列されている。そして、これらのフリーローラ29Lは、それぞれ、ブラケット41Lを介してテーパ外周面39Lに取付けられ、該ブラケット41Lに回転自在に支承されている。
【0023】
前記車輪体5は、回転部材27R側のフリーローラ29Rと、回転部材27L側のフリーローラ29Lとの間に挟まれるようにして、回転部材27R,27Lと同軸心に配置されている。
この場合、図1及び図6に示すように、各フリーローラ29R,29Lは、その軸心C3が車輪体5の軸心C2に対して傾斜すると共に、車輪体5の直径方向(車輪体5をその軸心C2の方向で見たときに、該軸心C2と各フリーローラ29R,29Lとを結ぶ径方向)に対して傾斜する姿勢で配置されている。そして、このような姿勢で、各フリーローラ29R,29Lのそれぞれの外周面が車輪体5の内周面に斜め方向に圧接されている。
【0024】
より一般的に言えば、右側のフリーローラ29Rは、回転部材27Rが軸心C2の周りに回転駆動されたときに、車輪体5との接触面で、軸心C2周りの方向の摩擦力成分(車輪体5の内周の接線方向の摩擦力成分)と、車輪体5の前記横断面中心C1の周り方向の摩擦力成分(円形の横断面の接線方向の摩擦力成分)とを車輪体5に作用させ得るような姿勢で、車輪体5の内周面に圧接されている。左側のフリーローラ29Lについても同様である。
この場合、前記したように、カバー部材21R,21Lは、図示しないバネによって、カバー部材21R,21Lの下端部側(二股の先端側)が狭まる方向に付勢されている。このため、この付勢力によって、右側のフリーローラ29Rと左側のフリーローラ29Lとの間に車輪体5が挟持されると共に、車輪体5に対する各フリーローラ29R,29Lの圧接状態(より詳しくはフリーローラ29R,29Lと車輪体5との間で摩擦力が作用し得る圧接状態)が維持される。
【0025】
以上説明した構造を有する車両1においては、電動モータ31R,31Lによりそれぞれ、回転部材27R,27Lを同方向に等速度で回転駆動した場合には、車輪体5が回転部材27R,27Lと同方向に軸心C2の周りに回転することとなる。これにより、車輪体5が床面上を前後方向に輪転して、車両1の全体が前後方向に移動することとなる。なお、この場合は、車輪体5は、その横断面中心C1の周りには回転しない。
また、例えば、回転部材27R,27Lを互いに逆方向に同じ大きさの速度で回転駆動した場合には、車輪体5は、その横断面中心C1の周りに回転することとなる。これにより、車輪体5がその軸心C2の方向(すなわち左右方向)に移動し、ひいては、車両1の全体が左右方向に移動することとなる。なお、この場合は、車輪体5は、その軸心C2の周りには回転しない。
【0026】
さらに、回転部材27R,27Lを、互いに異なる速度(方向を含めた速度)で、同方向又は逆方向に回転駆動した場合には、車輪体5は、その軸心C2の周りに回転すると同時に、その横断面中心C1の周りに回転することとなる。
この時、これらの回転動作の複合動作(合成動作)によって、前後方向及び左右方向に対して傾斜した方向に車輪体5が移動し、ひいては、車両1の全体が車輪体5と同方向に移動することとなる。この場合の車輪体5の移動方向は、回転部材27R,27Lの回転方向を含めた回転速度(回転方向に応じて極性が定義された回転速度ベクトル)の差に依存して変化するものとなる。
以上のように車輪体5の移動動作が行なわれるので、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転速度(回転方向を含む)を制御し、ひいては回転部材27R,27Lの回転速度を制御することによって、車両1の移動速度及び移動方向を制御できることとなる。
【0027】
次に、本実施形態の車両1の動作制御のための構成を説明する。なお、以降の説明では、図1及び図2に示すように、前後方向の水平軸をX軸、左右方向の水平軸をY軸、鉛直方向をZ軸とするXYZ座標系を想定し、前後方向、左右方向をそれぞれX軸方向、Y軸方向と言うことがある。
まず、車両1の概略的な動作制御を説明すると、本実施形態では、基本的には、サポート部3を腰部に装着した利用者の移動に応じた方向並びに速度によって並進する。利用者に装着されたサポート部3の高さ、すなわち利用者の腰部の高さが、一定或いはほぼ一定となるように、基体9の基体傾斜角度が調整される。そして、この時、基体9が傾いた側に車両1が移動するように、車輪体5の移動動作が制御される。例えば、利用者が前傾し、或いはしゃがみ込む姿勢をとることにより、基体9が前傾すると、車両1が前方に移動するように、車輪体5の移動動作が制御される。
すなわち、本実施形態では、利用者の姿勢に応じて変化する基体9の傾き補正することにより、車両1における1つの基本的な動作(車両1の動作要求)とされ、その基体傾斜角度に応じて車輪体5の移動動作がアクチュエータ装置7を介して制御される。
【0028】
ここで、本実施形態の車両1は、その全体の接地面としての車輪体5の接地面が、車両1全体を床面に投影した領域に比して面積が小さい単一の局所領域となり、その単一の局所領域だけに床反力が作用する。このため、基体9が傾倒しないようにするためには、車両1の全体の重心点が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置するように、車輪体5を動かす必要がある。
そこで、本実施形態では、車両1の全体の重心点が、車輪体5の中心点(軸心C2上の中心点)のほぼ真上に位置する状態(より正確には当該重心点が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態)での基体9の姿勢を確保することは、利用者が装着した状態では困難であることから、利用者に装着した状態を目標姿勢とし、基本的には、基体9の実際の姿勢を目標姿勢に収束させるように、車輪体5の移動動作が制御される。ここで、重心位置が車輪体5の上部からオフセットされることになるため、車輪体5の接地点を中心とした回転モーメントが生じる。車両1は、この回転モーメントを相殺するように、逆方向の回転モーメントを発生し、バランスのとれた姿勢を維持できるようにする。
【0029】
また、車両1を利用者が装着していない状態では、車両1の単体の重心点が、車輪体5の中心点(軸心C2上の中心点)のほぼ真上に位置する状態(より正確には当該重心点が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態)での基体9の姿勢を目標姿勢とし、該基体9の実際の姿勢を目標姿勢に収束させ、ひいては、基体9が傾倒することなく車両1が自立するように、車輪体5の移動動作が制御される。
【0030】
本実施形態では、以上の如き車両1の動作制御を行なうために、図1及び図2に示すように、マイクロコンピュータや電動モータ31R,31Lのドライブ回路ユニットなどを含む電子回路ユニットにより構成された制御ユニット50と、基体9の所定の部位の鉛直方向(重力方向)に対する傾斜角θb及びその変化速度(=dθb/dt)を計測するための傾斜センサ52と、車両1を利用者が装着しているか否かを検知するための荷重センサ54と、電動モータ31R,31Lのそれぞれの出力軸の回転角度及び回転角速度を検出するための角度センサとしてのロータリーエンコーダ56R,56Lと、利用者から作用を受ける荷重を測定する荷重センサー54と、利用者と基体9との角度を検出するヨー角検出部53がそれぞれ、車両1の適所に搭載されている。
この場合、制御ユニット50及び傾斜センサ52は、例えば、基体9の支柱フレーム13の内部に収容された状態で該支柱フレーム13に取付けられている。また、荷重センサ54は、ジョイント部17を介してサポート部3を支持するサポート部基台15に内蔵されている。また、ロータリーエンコーダ56R,56Lは、それぞれ、電動モータ31R,31Lと一体に設けられている。なお、ロータリーエンコーダ56R,56Lは、それぞれ、回転部材27R,27Lに装着してもよい。また、ヨー角検出部53は、サポート部3を支持するジョイント部17の支軸の角度(ヨー角θst_z_s)を検出可能な状態に設けられる。なお、ヨー角検出部53は、ロータリーエンコーダなどを適用できる。また、歩行動作推定部55は、例えば、基体9の支柱フレーム13の内部に収容された状態で該支柱フレーム13に取付けられている。歩行動作推定部55は、制御ユニット50の一部に搭載してもよい。
【0031】
上記傾斜センサ52は、より詳しくは、加速度センサとジャイロセンサ等のレートセンサ(角速度センサ)とから構成され、これらのセンサの検出信号を制御ユニット50に出力する。そして、制御ユニット50が、傾斜センサ52の加速度センサ及びレートセンサの出力を基に、所定の計測演算処理(これは公知の演算処理でよい)を実行することによって、傾斜センサ52を搭載した部位(本実施形態では支柱フレーム13)の、鉛直方向に対する傾斜角度θbの計測値とその変化速度(微分値)である傾斜角速度θbdotの計測値とを算出する。
この場合、計測する傾斜角度θb(以降、基体傾斜角度θbということがある)は、より詳しくは、それぞれ、Y軸周り方向(ピッチ方向)の成分θb_xと、X軸周り方向(ロール方向)の成分θb_yとから成る。同様に、計測する傾斜角速度θbdot(以降、基体傾斜角速度θbdotということがある)も、Y軸周り方向(ピッチ方向)の成分θbdot_x(=dθb_x/dt)と、X軸周り方向(ロール方向)の成分θbdot_y(=dθb_y/dt)とから成る。
なお、本実施形態の説明では、上記基体傾斜角度θbなど、X軸及びY軸の各方向(又は各軸周り方向)の成分を有する運動状態量等の変数、あるいは、該運動状態量に関連する係数等の変数に関しては、その各成分を区別して表記する場合に、該変数の参照符号に、添え字“_x”又は“_y”を付加する。
この場合において、並進速度等の並進運動に係わる変数については、そのX軸方向の成分に添え字“_x”を付加し、Y軸方向の成分に添え字“_y”を付加する。
【0032】
一方、角度、回転速度(角速度)、角加速度など、回転運動に係わる変数については、並進運動に係わる変数と添え字を揃えるために、便宜上、Y軸周り方向の成分に添え字“_x”を付加し、X軸周り方向の成分に添え字“_y”を付加する。
さらに、X軸方向の成分(又はY軸周り方向の成分)と、Y軸方向の成分(又はX軸周り方向の成分)との組として変数を表記する場合には、該変数の参照符号に添え字“_xy”を付加する。例えば、上記基体傾斜角度θbを、Y軸周り方向の成分θb_xとX軸周り方向の成分θb_yの組として表現する場合には、「基体傾斜角度θb_xy」というように表記する。
【0033】
前記荷重センサ54は、利用者が装着したサポート部3を介して検出される作用力を検出するようにサポート部基台15に内蔵され、その荷重に応じた検出信号を制御ユニット50に出力する。そして、制御ユニット50が、この荷重センサ54の出力により示される荷重の計測値に基づいて、車両1を利用者が装着しているか否かを判断する。
ロータリーエンコーダ56Rは、電動モータ31Rの出力軸が所定角度回転する毎にパルス信号を発生し、このパルス信号を制御ユニット50に出力する。そして、制御ユニット50が、そのパルス信号を基に、電動モータ53Rの出力軸の回転角度を計測し、さらにその回転角度の計測値の時間的変化率(微分値)を電動モータ53Rの回転角速度として計測する。電動モータ31L側のロータリーエンコーダ56Lについても同様である。
前記ヨー角検出部(ストロークセンサ)53は、基体9の左右の動き(ストローク)を検出する。このヨー角検出部53によって検出されたヨー角θst_z_sを取得する。このヨー角θst_z_sは、利用者の後方中心を基準とし、0度と設定する。また、検出されるヨー角θst_z_sは、鉛直軸(Z軸)周りの回転角を示し、反時計回りの方向を正とする。
歩行動作推定部55は、利用者の歩行動作を検出し、利用者の歩行動作による変化する足の位置を検出する。例えば、歩行動作推定部55は、車両1を装着した歩行者の腰部の回転を検出し、どちらの足が後方に位置するか、歩行により振り出される足はどちらの足であるかを検出する。利用者の腰部の回転の検出は、車両1に設けられたヨー角検出部53で検出されたヨー角θst_z_sを基本的に、傾斜角センサ52で検出された3軸方向の角度と各角速度などの状態量から、車両1の左右の移動量を補正することにより検出でき、推定される左右の足の位置情報(左足位置xL,右足位置xR)を出力する。ここで出力される左右の足の位置情報は、車両1の車輪体5が設置する位置を基準に、各足までの距離を推定する。すなわち、前足の位置情報は、後足の位置情報より大きな値を示す。
なお、傾斜センサ52、ヨー角検出部53、荷重センサ54及び歩行動作推定部55をまとめて状態検出部510(図9参照)とする。
【0034】
制御ユニット50は、上記の各計測値を用いて所定の演算処理を実行することによって、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度の目標値である速度指令を決定し、その速度指令に従って、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度をフィードバック制御する。
なお、電動モータ31Rの出力軸の回転角速度と、回転部材27Rの回転角速度との間の関係は、該出力軸と回転部材27Rとの間の一定値の減速比に応じた比例関係になるので、本実施形態の説明では、便宜上、電動モータ31Rの回転角速度は、回転部材27Rの回転角速度を意味するものとする。同様に、電動モータ31Lの回転角速度は、回転部材27Lの回転角速度を意味するものとする。
【0035】
以下に、制御ユニット50の制御処理をさらに詳細に説明する。
制御ユニット50は、所定の制御処理周期で図7のフローチャートに示す処理(メインルーチン処理)を実行する。
最初に、初期設定モードについて示す。
まず、ステップSi1において、制御ユニット50は、図示されない記憶領域に割り付けられる運転モード設定を示すフラグ(運転モードフラグ)を参照し、運転モード運転モードが通常モードであるか否かの判定を行う。制御ユニット50は、図示されない入力部に入力された情報に基づいて、運転モードフラグに記憶される状態を記録する。運転モードフラグは、入力部に入力された状態が、通常モードの処理を要求する入力である場合にセットされる。
制御ユニット50は、参照する運転モードフラグがセットされ、すなわち通常モード処理を行うと判定される場合には、ステップS0から始められる通常モードの処理を行う。
【0036】
次いで、制御ユニット50は、ステップSi1における判定の結果が否定的である場合には、ステップSi2から始められる初期設定モードの処理を行う。この初期設定モードの処理は、利用者に車両1を装着し、利用者が直立した状態で、基体9を後方中心に配置した状態で行われる。
ステップSi2において、制御ユニット50は、基体9の左右の動き(ストローク)を検出するヨー角検出部(ストロークセンサ)53によって検出されたヨー角θst_z_sを取得する。このヨー角θst_z_sは、利用者の後方中心に基体9が配置されることから、このときの角度を基準とし、0度と設定する。また、ヨー角θst_z_sは、鉛直軸(Z軸)周りの回転角を示し、反時計回りの方向を正とする。
次いで、ステップSi3において、制御ユニット50は、傾斜センサ52によって車両1における各軸方向の基体傾斜角度θb_xyz_sを検出する。
【0037】
次いで、ステップSi4において、荷重センサ54は、利用者から受ける荷重|↑F|を検出する。荷重センサ54によって検出される荷重は、方向成分を有する値、すなわちベクトル値として検出される。
次いで、ステップSi5において、制御ユニット50は、車両1の姿勢制御に必要とされる初期値を設定する。制御ユニット50は、図示されない操作部を介して入力された利用者の体重を検出し、制御ユニット50に備える図示されない記憶部に記録する。
制御ユニット50は、荷重センサ54によって検出される荷重検出値F_sと、傾斜センサ52によって検出されるシステム傾斜角度θb_xyz_sに基づいて演算処理する際に必要とされるアシスト量を定める初期値を設定し、制御ユニット50に備える記憶部に記録する。
また、制御ユニット50は、制御演算処理に必要とされる初期値を算出し、制御ユニット50に備える記憶部に記録する。例えば、算出される初期値には、傾斜センサ52によって検出された傾斜角度θb_xyz_s、及び、荷重センサ54によって検出された利用者から受ける荷重|↑F|基づいて、車両1がX軸方向に回転しようとするモーメントM_x_sを算出し、算出したモーメントM_x_sを打ち消す方向に車輪体5を逆回転させるバイアス値がある。
【0038】
次いで、ステップSi6において、制御ユニット50は、運転モードフラグの値をセットする値を記憶することにより、次回の運転モードを通常モードとし、初期設定モードの処理を終了する。
【0039】
続いて通常動作モードについて示す。
まず、ステップ0において、制御ユニット50は、アシスト力の設定を行う。アシスト力は、利用者の歩行を補助する際に、利用者の足にかかる体重による負担を軽減させる指標を示し、体重に対する割合によって示される。繰り返し行われる処理の中でアシスト力の設定を行うことにより、移動中であっても図示されない操作部などから入力されたアシスト量の変更指示を検出し、後述の演算処理に用いる係数を変更することにより、動作中であっても利用者を指示する力(アシスト量)を変更することができる。また、本実施形態に示す車両1は、アシスト量の設定を利用者の体重を支持する方向のアシストを行う設定と、移動量を補助する、例えば前進方向の歩行補助を行う移動速度を補助する設定を選択することができる。このアシスト力の設定では、その切り換えも行うことができる。
【0040】
次に、ステップS1において、制御ユニット50は、傾斜センサ52の出力を取得する。
次いで、ステップS2に進んで、制御ユニット50は、取得した傾斜センサ52の出力を基に、基体傾斜角度θbの計測値θb_xy_sと、基体傾斜角速度θbdotの計測値θbdot_xy_sとを算出する。
なお、以降の説明では、上記計測値θb_xy_sなど、変数(状態量)の実際の値の観測値(計測値又は推定値)を参照符号により表記する場合に、該変数の参照符号に、添え字“_s”を付加する。
次いで、制御ユニット50は、ステップS3において、荷重センサ54の出力を取得した後、ステップS4の判断処理を実行する。この判断処理においては、制御ユニット50は、取得した荷重センサ54の出力が示す荷重計測値があらかじめ設定された所定値よりも大きいか否かによって、車両1を利用者が装着しているか否か(サポート部3が利用者を支持しているか否か)を判断する。
【0041】
そして、制御ユニット50は、ステップS4の判断結果が肯定的である場合には、基体傾斜角度θbの目標値θb_xy_objを設定する処理と、車両1の動作制御用の定数パラメータ(各種ゲインの基本値など)の値を設定する処理とを、それぞれステップS5、6で実行する。
ステップS5においては、制御ユニット50は、基体傾斜角度θbの目標値θb_xy_objとして、あらかじめ定められたアシストモード用の目標値を設定する。
ここで、「アシストモード」は、車両1を利用者が装着している場合での車両1の動作モードを意味する。このアシストモード用の目標値θb_xy_objは、車両1を利用者が装着した状態となる基体9の姿勢において、傾斜センサ52の出力に基づき計測される基体傾斜角度θbの計測値θb_xy_sに一致又はほぼ一致するようにあらかじめ設定されている。
また、ステップS6においては、制御ユニット50は、車両1の動作制御用の定数パラメータの値として、あらかじめ定められたアシストモード用の値を設定する。なお、定数パラメータは、後述するhx,hy,Ki_a_x,Ki_b_x,Ki_a_y,Ki_b_y("x":i=1と6、"y":i=1から5)等である。
【0042】
一方、ステップS4の判断結果が否定的である場合には、制御ユニット50は、基体傾斜角度θb_xyの目標値θb_xy_objを設定する処理と、車両1の動作制御用の定数パラメータの値を設定する処理とを、ステップS7、8で実行する。
ステップS7においては、制御ユニット50は、傾斜角度θbの目標値θb_xy_objとして、あらかじめ定められた自立モード用の目標値を設定する。
ここで、「自立モード」は、車両1を利用者が装着していない場合での車両1の動作モードを意味する。この自立モード用の目標値θb_xy_objは、車両1単体の重心点(以降、車両単体重心点という)が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態となる基体9の姿勢において、傾斜センサ52の出力に基づき計測される基体傾斜角度θbの計測値θb_xy_sに一致又はほぼ一致するようにあらかじめ設定されている。この自立モード用の目標値θb_xy_objは、アシストモード用の目標値θb_xy_objと一般的には異なる。
また、ステップS8においては、制御ユニット50は、車両1の動作制御用の定数パラメータの値として、あらかじめ定められた自立モード用の値を設定する。この自立モード用の定数パラメータの値は、アシストモード用の定数パラメータの値と異なる。
アシストモードと自立モードとで、上記定数パラメータの値を異ならせるのは、それぞれのモードで車両1の目標とされる姿勢や、作用する応力等が異なることに起因して、制御入力に対する車両1の動作の応答特性が互いに異なるからである。
【0043】
以上のステップS4〜8の処理によって、アシストモード及び自立モードの動作モード毎に個別に、基体傾斜角度θb_xyの目標値θb_xy_objと定数パラメータの値とが設定される。
なお、ステップS5,6の処理、又はステップS7,8の処理は、制御処理周期毎に実行することは必須ではなく、ステップS4の判断結果が変化した場合にだけ実行するようにしてもよい。
補足すると、アシストモード及び自立モードのいずれにおいても、基体傾斜角速度θbdotのY軸周り方向の成分θbdot_xの目標値とX軸周り方向の成分θbdot_yの目標値は、いずれも“0”である。このため、基体傾斜角速度θbdot_xyの目標値を設定する処理は不要である。
以上の如くステップS5,6の処理、又はステップS7,8の処理を実行した後、制御ユニット50は、次にステップS9において、車両制御演算処理を実行することによって、電動モータ31R,31Lのそれぞれの速度指令を決定する。この車両制御演算処理の詳細は後述する。
次いで、ステップS10に進んで、制御ユニット50は、ステップS9で決定した速度指令に応じて電動モータ31R,31Lの動作制御処理を実行する。この動作制御処理では、制御ユニット50は、ステップS9で決定した電動モータ31Rの速度指令と、ロータリーエンコーダ56Rの出力に基づき計測した電動モータ31Rの回転速度の計測値との偏差に応じて、該偏差を“0”に収束させるように電動モータ31Rの出力トルクの目標値(目標トルク)を決定する。そして、制御ユニット50は、その目標トルクの出力トルクを電動モータ31Rに出力させるように該電動モータ31Rの通電電流を制御する。左側の電動モータ31Lの動作制御についても同様である。
以上が、制御ユニット50が実行する全体的な制御処理である。
【0044】
次に、上記ステップS9の車両制御演算処理の詳細を説明する。
なお、以降の説明においては、前記アシストモードにおける車両単体重心点と、前記自立モードにおける車両単体重心点とを総称的に、車両系重心点という。本実施形態における車両系重心点は、車両1の動作モードがアシストモードであっても、自立モードであっても、車両単体重心点を意味する。
また、以降の説明では、制御ユニット50が各制御処理周期で決定する値(更新する値)に関し、現在の(最新の)制御処理周期で決定する値を今回値、その1つ前の制御処理周期で決定した値を前回値ということがある。そして、今回値、前回値を特にことわらない値は、今回値を意味する。
また、X軸方向の速度及び加速度に関しては、前方向きを正の向きとし、Y軸方向の速度及び加速度に関しては、左向きを正の向きとする。
本実施形態では、前記車両系重心点の動力学的な挙動(詳しくは、Y軸方向からこれに直交する面(XZ平面)に投影して見た挙動と、X軸方向からこれに直交する面(YZ平面)に投影して見た挙動)が、近似的に、図8に示すような、倒立振子モデルの挙動(倒立振子の動力学的挙動)によって表現されるものとして、ステップS9の車両制御演算処理が行なわれる。
【0045】
なお、図8(a)において、括弧を付していない参照符号は、Y軸方向から見た倒立振子モデルに対応する参照符号であり、括弧付きの参照符号は、X軸方向から見た倒立振子モデルに対応する参照符号である。
この場合、Y軸方向から見た挙動を表現する倒立振子モデルは、車両系重心点に位置する質点60_xと、Y軸方向に平行な回転軸62a_xを有して床面上を輪転自在な仮想的な車輪62_x(以降、仮想車輪62_xという)とを備える。そして、質点60_xが、仮想車輪62_xの回転軸62a_xに直線状のロッド64_xを介して支持され、該回転軸62a_xを支点として該回転軸62a_xの周りに揺動自在とされている。
この倒立振子モデルでは、質点60_xの運動が、Y軸方向から見た車両系重心点の運動に相当する。また、鉛直方向に対するロッド64_xの傾斜角度θbe_xがY軸周り方向での基体傾斜角度計測値θb_x_sと基体傾斜角度目標値θb_x_objとの偏差θbe_x_s(=θb_x_s−θb_x_obj)に一致するものとされる。また、ロッド64_xの傾斜角度θbe_xの変化速度(=dθbe_x/dt)がY軸周り方向の基体傾斜角速度計測値θbdot_x_sに一致するものとされる。また、仮想車輪62_xの移動速度Vw_x(X軸方向の並進移動速度)は、車両1の車輪体5のX軸方向の移動速度に一致するものとされる。
【0046】
同様に、X軸方向から見た挙動を表現する倒立振子モデル(図8(a)の括弧付きの符号を参照)は、車両系重心点に位置する質点60_yと、X軸方向に平行な回転軸62a_yを有して床面上を輪転自在な仮想的な車輪62_y(以降、仮想車輪62_yという)とを備える。そして、質点60_yが、仮想車輪62_yの回転軸62a_yに直線状のロッド64_yを介して支持され、該回転軸62a_yを支点として該回転軸62a_yの周りに揺動自在とされている。
この倒立振子モデルでは、質点60_yの運動が、X軸方向から見た車両系重心点の運動に相当する。また、鉛直方向に対するロッド64_yの傾斜角度θbe_yがX軸周り方向での基体傾斜角度計測値θb_y_sと基体傾斜角度目標値θb_y_objとの偏差θbe_y_s(=θb_y_s−θb_y_obj)に一致するものとされる。また、ロッド64_yの傾斜角度θbe_yの変化速度(=dθbe_y/dt)がX軸周り方向の基体傾斜角速度計測値θbdot_y_sに一致するものとされる。また、仮想車輪62_yの移動速度Vw_y(Y軸方向の並進移動速度)は、車両1の車輪体5のY軸方向の移動速度に一致するものとされる。
なお、仮想車輪62_x,62_yは、それぞれ、あらかじめ定められた所定値Rw_x,Rw_yの半径を有するものとされる。
また、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度ωw_x,ωw_yと、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R,ω_L(より正確には、回転部材27R,27Lのそれぞれの回転角速度ω_R,ω_L)との間には、次式01a,01bの関係が成立するものとされる。
【0047】
ωw_x=(ω_R+ω_L)/2 ……式01a
【0048】
ωw_y=C・(ω_R−ω_L)/2 ……式01b
【0049】
なお、式01bにおける“C”は、前記フリーローラ29R,29Lと車輪体5との間の機構的な関係や滑りに依存する所定値の係数である。
ここで、図8(a)に示す倒立振子モデルの動力学は、次式03x,03yにより表現される。なお、式03xは、Y軸方向から見た倒立振子モデルの動力学を表現する式、式03yは、X軸方向から見た倒立振子モデルの動力学を表現する式である。
【0050】
2θbe_x/dt2=α_x・θbe_x+β_x・ωwdot_x ……式03x
【0051】
2θbe_y/dt2=α_y・θbe_y+β_y・ωwdot_y ……式03y
【0052】
式03xにおけるωwdot_xは仮想車輪62_xの回転角加速度(回転角速度ωw_xの1階微分値)、α_xは、質点60_xの質量や高さh_xに依存する係数、β_xは、仮想車輪62_xのイナーシャ(慣性モーメント)や半径Rw_xに依存する係数である。式03yにおけるωwdot_y、α_y、β_yについても上記と同様である。
これらの式03x,03yから判るように、倒立振子の質点60_x,60_yの運動(ひいては車両系重心点の運動)は、それぞれ、仮想車輪62_xの回転角加速度ωwdot_x、仮想車輪62_yの回転角加速度ωwdot_yに依存して規定される。
【0053】
図8(b)は、車両1を利用者に装着した場合の標準的な姿勢を示す側面図である。
この図に示されるように車両1は、利用者の腰部に装着される。制御ユニット50は、その状態の車両1の姿勢に基づいて、初期設定時の処理により基体傾斜角度目標値θb_x_objを取得する。車両1は、通常動作が行われる間、この姿勢を保持するように制御される。
また、利用者は、車両1が前進することによりベクトル↑Fの力を受ける。ベクトル↑Fで示される力は、鉛直方向成分FzとX軸方向成分Fxに分解される。すなわち、鉛直方向成分Fzでは、利用者を持ち上げる方向の力を与えることができ、利用者の体重によって足にかかる負担を軽減させることができる。X軸方向成分Fxは、利用者を前進方向に押し出す力を与えることができる。ただし、後述の進行方向を示す中心線からY軸方向にシフトされた車輪体5までの距離L1を”0”とする(図8(c)参照)。
【0054】
図に示される利用者の腰部の高さLegは、車輪体5の半径rwと、車輪体5の支軸からジョイント部17までの距離Lと、基体傾斜角θb_xから導くことができ、図8(a)のモデルを適用することができる。ただし、基体傾斜角θb_yは、“0”とする。
【0055】
図8(c)は、車両1を利用者に装着した場合の標準的な姿勢を示す上面図である。
この図に示されるように車両1は、利用者の腰部に装着された状態で、利用者の進行方向に向かう中心線に対し、利用者の後足と左右が反対の方向に車輪体5の接地位置がシフトされる。ここで、例えば、車輪体5の位置から、左足と右足の基準点までのX軸方向の距離をそれぞれxL、xRで示す。また、左足と右足のそれぞれの基準点は、踵あるいは足に付けたマーカーの位置などを選定し、左右の足での前後方向のバランスが取れた位置であることが望ましい。また、進行方向を示す中心線からY軸方向にシフトされた車輪体5までの距離をL1として示す。
すなわち、この図では、左足が後足(xL<xR)となる状態を示すものであり、車輪体5の接地位置は、後足と反対側である右側に移動した位置となる。このように車輪体5の横方向の位置を制御することにより、車両1は、後足と接触することなく利用者を支持しながら利用者と並進することが可能となる。
車両1の状態を初期設定時の処理により基体傾斜角度目標値θb_x_objを取得する。車両1は、通常動作が行われる間、この姿勢を保持するように制御される。
【0056】
そこで、本実施形態では、Y軸方向から見た車両系重心点の運動を制御するための操作量(制御入力)として、仮想車輪62_xの回転角加速度ωwdot_xを用いると共に、X軸方向から見た車両系重心点の運動を制御するための操作量(制御入力)として、仮想車輪62_yの回転角加速度ωwdot_yを用いる。
そして、ステップS9の車両制御演算処理を概略的に説明すると、制御ユニット50は、X軸方向で見た質点60_xの運動と、Y軸方向で見た質点60_yの運動とが、車両系重心点の所望の運動に対応する運動となるように、操作量としての上記回転角加速度ωwdot_x,ωwdot_yの指令値(目標値)である仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdを決定する。さらに、制御ユニット50は、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdをそれぞれ積分してなる値を、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度ωw_x,ωw_yの指令値(目標値)である仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdとして決定する。
【0057】
そして、制御ユニット50は、仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmdに対応する仮想車輪62_xの移動速度(=Rw_x・ωw_x_cmd)と、仮想車輪回転角速度指令ωw_y_cmdに対応する仮想車輪62_yの移動速度(=Rw_y・ωw_y_cmd)とを、それぞれ、車両1の車輪体5のX軸方向の目標移動速度、Y軸方向の目標移動速度とし、それらの目標移動速度を実現するように、電動モータ31R,31Lのそれぞれの速度指令ω_R_cmd,ω_L_cmdを決定する。
なお、本実施形態では、操作量(制御入力)としての上記仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdは、それぞれ、後述する式07x,07yに示す如く、3個の操作量成分を加え合わせることによって決定される。
【0058】
制御ユニット50は、上記の如き、ステップS9の車両制御演算処理を実行するための機能として、図9のブロック図で示す機能を備えている。
制御ユニット50は、状態検出部510から供給される各種情報基づいて、車両制御演算処理を行う。制御ユニット50は、供給される各種情報を変換する状態値変換処理部520と制御コントローラ部540からなる。状態値変換処理部520は、傾斜センサ52、ヨー角検出部53、荷重センサ54、歩行動作推定部55から供給される情報に基づいて、基体傾斜角度目標値θb_xy_obj、車輪体5のY軸方向の車輪位置Y_s、Y軸方向の偏移量Y_sの車輪位置変化量Ydot_s、Y軸方向の車輪位置目標値Y_aim、車輪体5のY軸方向の車輪位置変化量目標値Ydot_ aimなどがある。
また、制御ユニット50における制御コントローラ部540は、基体傾斜角度計測値θb_xy_sと基体傾斜角度目標値θb_xy_objとの偏差である基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sを算出する偏差演算部70と、前記車両系重心点の移動速度である重心速度Vb_xyの観測値としての重心速度推定値Vb_xy_sを算出する重心速度算出部72と、利用者等による車両1の操縦操作(車両1に推進力を付加する操作)によって要求されていると推定される上記重心速度Vb_xyの要求値としての要求重心速度Vb_xy_aimを生成する要求重心速度生成部74と、これらの重心速度推定値Vb_xy_s及び要求重心速度Vb_xy_aimから、電動モータ31R,31Lの回転角速度の許容範囲に応じた制限を加味して、重心速度Vb_xyの目標値としての制御用目標重心速度Vb_xy_mdfdを決定する重心速度制限部76と、後述する式07x,07yのゲイン係数の値を調整するためのゲイン調整パラメータKr_xyを決定するゲイン調整部78とを備える。
【0059】
制御コントローラ部540は、さらに、前記仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを算出する姿勢制御演算部80と、この仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを、右側の電動モータ31Rの速度指令ω_R_cmd(回転角速度の指令値)と左側の電動モータ31Lの速度指令ω_L_cmd(回転角速度の指令値)との組に変換するモータ指令演算部82とを備える。
なお、図9中の参照符号84を付したものは、姿勢制御演算部80が制御処理周期毎に算出する仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを入力する遅延要素を示している。該遅延要素84は、各制御処理周期において、仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdの前回値ωw_xy_cmd_pを出力する。
【0060】
前記ステップS9の車両制御演算処理では、これらの上記の各処理部の処理が以下に説明するように実行される。
すなわち、制御ユニット50は、まず、偏差演算部70の処理と重心速度算出部72の処理とを実行する。
偏差演算部70には、前記ステップS2で算出された基体傾斜角度計測値θb_xy_s(θb_x_s及びθb_y_s)と、前記ステップS5又はステップS7で設定された目標値θb_xy_obj(θb_x_obj及びθb_y_obj)とが入力される。そして、偏差演算部70は、θb_x_sからθb_x_objを減算することによって、Y軸周り方向の基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_s(=θb_x_s−θb_x_obj)を算出すると共に、θb_y_sからθb_y_objを減算することによって、X軸周り方向の基体傾斜角度偏差計測値θbe_y_s(=θb_y_s−θb_y_obj)を算出する。
なお、偏差演算部70の処理は、ステップS9の車両制御演算処理の前に行なうようにしてもよい。例えば、前記ステップS5又は7の処理の中で、偏差演算部70の処理を実行してもよい。
前記重心速度算出部72には、前記ステップS2で算出された基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_s(θbdot_x_s及びθbdot_y_s)の今回値が入力されると共に、仮想車輪速度指令ωw_xy_cmdの前回値ωw_xy_cmd_p(ωw_x_cmd_p及びωw_y_cmd_p)が遅延要素84から入力される。そして、重心速度算出部72は、これらの入力値から、前記倒立振子モデルに基づく所定の演算式によって、重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)を算出する。
具体的には、重心速度算出部72は、次式05x,05yにより、Vb_x_s及びVb_y_sをそれぞれ算出する。
【0061】
Vb_x_s=Rw_x・ωw_x_cmd_p+h_x・θbdot_x_s ……式05x
【0062】
Vb_y_s=Rw_y・ωw_y_cmd_p+h_y・θbdot_y_s ……式05y
【0063】
これらの式05x,05yにおいて、Rw_x,Rw_yは、前記したように、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの半径であり、これらの値は、あらかじめ設定された所定値である。また、h_x,h_yは、それぞれ倒立振子モデルの質点60_x,60_yの高さである。この場合、本実施形態では、車両系重心点の高さは、ほぼ一定に維持されるものとされる。そこで、h_x,h_yの値としては、それぞれ、あらかじめ設定された所定値が用いられる。補足すると、高さh_x,h_yは、前記ステップS6又は8において値を設定する定数パラメータに含まれるものである。
上記式05xの右辺の第1項は、仮想車輪62_xの速度指令の前回値ωw_x_cmd_pに対応する該仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度であり、この移動速度は、車輪体5のX軸方向の実際の移動速度の現在値に相当するものである。また、式05xの右辺の第2項は、基体9がY軸周り方向にθbdot_x_sの傾斜角速度で傾動することに起因して生じる車両系重心点のX軸方向の移動速度(車輪体5に対する相対的な移動速度)の現在値に相当するものである。これらのことは、式05yについても同様である。
なお、前記ロータリーエンコーダ56R,56Lの出力を基に計測される電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度の計測値(今回値)の組を、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度の組に変換し、それらの回転角速度を、式05x、05yのωw_x_cmd_p、ωw_y_cmd_pの代わりに用いてもよい。ただし、回転角速度の計測値に含まれるノイズの影響を排除する上では、目標値であるωw_x_cmd_p、ωw_y_cmd_pを使用することが有利である。
【0064】
次に、制御ユニット50は、要求重心速度生成部74の処理とゲイン調整部78の処理とを実行する。この場合、要求重心速度生成部74及びゲイン調整部78には、それぞれ、重心速度算出部72で上記の如く算出された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)が入力される。
そして、要求重心速度生成部74は、詳細は後述するが、車両1の動作モードがアシストモードである場合に、入力された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)を基に、要求重心速度Vb_xy_aim(Vb_x_aim,Vb_y_aim)を決定する。なお、本実施形態では、車両1の動作モードが自立モードである場合には、要求重心速度生成部74は、要求重心速度Vb_x_aim及びVb_y_aimをいずれも“0”とする。
【0065】
また、ゲイン調整部78は、入力された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)を基に、前記ゲイン調整パラメータKr_xy(Kr_x及びKr_y)を決定する。
このゲイン調整部78の処理を図10及び図11を参照して以下に説明する。
図10に示すように、ゲイン調整部78は、入力された重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sをリミット処理部86に入力する。このリミット処理部86では、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度の許容範囲に応じた制限を適宜、加えることによって、出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1を生成する。出力値Vw_x_lim1は、前記仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度Vw_xの制限後の値、出力値Vw_y_lim1は、前記仮想車輪62_yのY軸方向の移動速度Vw_yの制限後の値としての意味を持つ。
【0066】
このリミット処理部86の処理を、図11を参照してさらに詳細に説明する。なお、図11中の括弧付きの参照符号は、後述する重心速度制限部76のリミット処理部104の処理を示すものであり、リミット処理部86の処理に関する説明では無視してよい。
リミット処理部86は、まず、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sをそれぞれ処理部86a_x,86a_yに入力する。処理部86a_xは、Vb_x_sを仮想車輪62_xの半径Rw_xで除算することによって、仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度をVb_x_sに一致させたと仮定した場合の該仮想車輪62_xの回転角速度ωw_x_sを算出する。同様に、処理部86a_yは、仮想車輪62_yのY軸方向の移動速度をVb_y_sに一致させたと仮定した場合の該仮想車輪62_yの回転角速度ωw_y_s(=Vb_y_s/Rw_y)を算出する。
【0067】
次いで、リミット処理部86は、ωw_x_s,ωw_y_sの組を、XY−RL変換部86bにより、電動モータ31Rの回転角速度ω_R_sと電動モータ31Lの回転角速度ω_L_sとの組に変換する。
この変換は、本実施形態では、前記式01a,01bのωw_x,ωw_y,ω_R,ω_Lをそれぞれ、ωw_x_s,ωw_y_s,ω_R_s,ω_L_sに置き換えて得られる連立方程式を、ω_R_s,ω_L_sを未知数として解くことにより行なわれる。
【0068】
次いで、リミット処理部86は、XY−RL変換部86bの出力値ω_R_s,ω_L_sをそれぞれ、リミッタ86c_R,86c_Lに入力する。このとき、リミッタ86c_Rは、ω_R_sが、あらかじめ設定された所定値の上限値(>0)と下限値(<0)とを有する右モータ用許容範囲内に収まっている場合には、ω_R_sをそのまま出力値ω_R_lim1として出力する。また、リミッタ86c_Rは、ω_R_sが、右モータ用許容範囲から逸脱している場合には、該右モータ用許容範囲の上限値と下限値とのうちのω_R_sに近い方の境界値を出力値ω_R_lim1として出力する。これにより、リミッタ86c_Rの出力値ω_R_lim1は、右モータ用許容範囲内の値に制限される。
同様に、リミッタ86c_Lは、ω_L_sが、あらかじめ設定された所定値の上限値(>0)と下限値(<0)とを有する左モータ用許容範囲内に収まっている場合には、ω_L_sをそのまま出力値ω_L_lim1として出力する。また、リミッタ86c_Lは、ω_L_sが、左モータ用許容範囲から逸脱している場合には、該左モータ用許容範囲の上限値と下限値とのうちのω_L_sに近い方の境界値を出力値ω_L_lim1として出力する。これにより、リミッタ86c_Lの出力値ω_L_lim1は、左モータ用許容範囲内の値に制限される。
【0069】
上記右モータ用許容範囲は右側の電動モータ31Rの回転角速度(絶対値)が高くなり過ぎないようにし、ひいては、電動モータ31Rが出力可能なトルクの最大値が低下するのを防止するために設定された許容範囲である。このことは、左モータ用許容範囲についても同様である。
次いで、リミット処理部86は、リミッタ86c_R,86c_Lのそれぞれの出力値ω_R_lim1,ω_L_lim1の組を、RL−XY変換部86dにより、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度ωw_x_lim1,ωw_y_lim1の組に変換する。
この変換は、前記XY−RL変換部86bの変換処理の逆変換の処理である。この処理は、前記式01a,01bのωw_x,ωw_y,ω_R,ω_Lをそれぞれ、ωw_x_lim1,ωw_y_lim1,ω_R_lim1,ω_L_lim1に置き換えて得られる連立方程式を、ωw_x_lim1,ωw_y_lim1を未知数として解くことにより行なわれる。
【0070】
次いで、リミット処理部86は、RL−XY変換部86dの出力値ωw_x_lim1,ωw_y_lim1をそれぞれ処理部86e_x,86e_yに入力する。処理部86e_xは、ωw_x_lim1に仮想車輪62_xの半径Rw_xを乗じることによって、ωw_x_lim1を仮想車輪62_xの移動速度Vw_x_lim1に変換する。同様に、処理部86e_yは、ωw_y_lim1を仮想車輪62_yの移動速度Vw_y_lim1(=ωw_y_lim1・Rw_y)に変換する。
以上のリミット処理部86の処理によって、仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度Vw_xと、仮想車輪62_yのY軸方向の移動速度Vw_yとをそれぞれ重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに一致させたと仮定した場合(換言すれば、車輪体5のX軸方向の移動速度とY軸方向の移動速度とをそれぞれ、Vb_x_s,Vb_y_sに一致させたと仮定した場合)に、それらの移動速度を実現するために必要な電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R_s,ω_L_sが、両方とも、許容範囲内に収まっている場合には、Vb_x_s,Vb_y_sにそれぞれ一致する出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組がリミット処理部86から出力される。
【0071】
一方、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R_s,ω_L_sの両方又は一方が許容範囲から逸脱している場合には、その両方又は一方の回転角速度が強制的に許容範囲内に制限された上で、その制限後の電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R_lim1,ω_L_lim1の組に対応する、X軸方向及びY軸方向の移動速度Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組がリミット処理部86から出力される。
従って、リミット処理部86は、その出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組に対応する電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲を逸脱しないことを必須の必要条件として、その必要条件下で可能な限り、出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1をそれぞれVb_x_s,Vb_y_sに一致させるように、出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組を生成する。
【0072】
図10の説明に戻って、ゲイン調整部78は、次に、演算部88_x,88_yの処理を実行する。演算部88_xには、X軸方向の重心速度推定値Vb_x_sと、リミット処理部86の出力値Vw_x_lim1とが入力される。そして、演算部88_xは、Vw_x_lim1からVb_x_sを減算してなる値Vover_xを算出して出力する。また、演算部88_yには、Y軸方向の重心速度推定値Vb_y_sと、リミット処理部86の出力値Vw_y_lim1とが入力される。そして、演算部88_yは、Vw_y_lim1からVb_y_sを減算してなる値Vover_yを算出して出力する。
この場合、リミット処理部86での出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の強制的な制限が行なわれなかった場合には、Vw_x_lim1=Vb_x_s、Vw_y_lim1=Vb_y_sとなるので、演算部88_x,88_yのそれぞれの出力値Vover_x,Vover_yはいずれも“0”となる。
【0073】
一方、リミット処理部86の出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1が、入力値Vb_x_s,Vb_y_sに対して強制的な制限を施して生成された場合には、Vw_x_lim1のVb_x_sからの修正量(=Vw_x_lim1−Vb_x_s)と、Vw_y_lim1のVb_y_sからの修正量(=Vw_y_lim1−Vb_y_s)とがそれぞれ、演算部88_x,88_yから出力される。
【0074】
次いで、ゲイン調整部78は、演算部88_xの出力値Vover_xを処理部90_x,92_xに順番に通すことによって、ゲイン調整パラメータKr_xを決定する。また、ゲイン調整部78は、演算部88_yの出力値Vover_yを処理部90_y,92_yに順番に通すことによって、ゲイン調整パラメータKr_yを決定する。なお、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yは、いずれも“0”から“1”までの範囲内の値である。
上記処理部90_xは、入力されるVover_xの絶対値を算出して出力する。また、処理部92_xは、その出力値Kr_xが入力値|Vover_x|に対して単調に増加し、且つ、飽和特性を有するようにKr_xを生成する。該飽和特性は、入力値がある程度大きくなると、入力値の増加に対する出力値の変化量が“0”になるか、もしくは、“0”に近づく特性である。
この場合、本実施形態では、処理部92_xは、入力値|Vover_x|があらかじめ設定された所定値以下である場合には、該入力値|Vover_x|に所定値の比例係数を乗じてなる値をKr_xとして出力する。また、処理部92_xは、入力値|Vover_x|が所定値よりも大きい場合には、“1”をKr_xとして出力する。なお、上記比例係数は、|Vover_x|が所定値に一致するときに、|Vover_x|と比例係数との積が“1”になるように設定されている。
また、処理部90_y,92_yの処理は、それぞれ上記した処理部90_x,92_xの処理と同様である。
【0075】
以上説明したゲイン調整部78の処理によって、リミット処理部86での出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の強制的な制限が行なわれなかった場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度Vw_x,Vw_yを、それぞれ、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させても、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲内に収まるような場合には、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yはいずれも“0”に決定される。
【0076】
一方、リミット処理部86の出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1が、入力値Vb_x_s,Vb_y_sに対して強制的な制限を施して生成された場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度Vw_x,Vw_yを、それぞれ、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させると、電動モータ31R,31Lのいずれかの回転角速度が許容範囲を逸脱してしまう場合(いずれかの回転角速度の絶対値が高くなり過ぎる場合)には、前記修正量Vover_x,Vover_yのそれぞれの絶対値に応じて、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yの値がそれぞれ決定される。この場合、Kr_xは、“1”を上限値して、修正量Vx_overの絶対値が大きいほど、大きな値になるように決定される。このことは、Kr_yについても同様である。
【0077】
図9の説明に戻って、制御ユニット50は、重心速度算出部72及び要求重心速度生成部74の処理を前記した如く実行した後、次に、重心速度制限部76の処理を実行する。
この重心速度制限部76には、重心速度算出部72で算出された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)と、要求重心速度生成部74で決定された要求重心速度Vb_xy_aim(Vb_x_aim及びVb_y_aim)とが入力される。そして、重心速度制限部76は、これらの入力値を使用して、図12のブロック図で示す処理を実行することによって、制御用目標重心速度V_xy_mdfd(V_x_mdfd及びV_y_mdfd)を決定する。
具体的には、重心速度制限部76は、まず、定常偏差算出部94_x,94_yの処理を実行する。
この場合、定常偏差算出部94_xには、X軸方向の重心速度推定値Vb_x_sが入力されると共に、X軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdの前回値Vb_x_mdfd_pが遅延要素96_xを介して入力される。そして、定常偏差算出部94_xは、まず、入力されるVb_x_sが比例・微分補償要素(PD補償要素)94a_xに入力する。この比例・微分補償要素94_xは、その伝達関数が1+Kd・Sにより表される補償要素であり、入力されるVb_x_sと、その微分値(時間的変化率)に所定値の係数Kdを乗じてなる値とを加算し、その加算結果の値を出力する。
【0078】
次いで、定常偏差算出部94_xは、入力されるVb_x_mdfd_pを、比例・微分補償要素94_xの出力値から減算してなる値を演算部94b_xにより算出した後、この演算部94b_xの出力値を、位相補償機能を有するローパスフィルタ94c_xに入力する。このローパスフィルタ94c_xは、伝達関数が(1+T2・S)/(1+T1・S)により表されるフィルタである。そして、定常偏差算出部94_xは、このローパスフィルタ94c_xの出力値Vb_x_prdを出力する。
また、定常偏差算出部94_yには、Y軸方向の重心速度推定値Vb_y_sが入力されると共に、Y軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdの前回値Vb_y_mdfd_pが遅延要素96_yを介して入力される。
そして、定常偏差算出部94_yは、上記した定常偏差算出部94_xと同様に、比例・微分補償要素94a_y、演算部94b_y及びローパスフィルタ94c_yの処理を順次実行し、ローパスフィルタ94c_yの出力値Vb_y_prdを出力する。
【0079】
ここで、定常偏差算出部94_xの出力値Vb_x_prdは、Y軸方向から見た車両系重心点の現在の運動状態(換言すればY軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_xの運動状態)から推測される、将来のX軸方向の重心速度推定値の収束予測値の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdに対する定常偏差としての意味を持つものである。同様に、定常偏差算出部94_y出力値Vb_y_prdは、X軸方向から見た車両系重心点の現在の運動状態(換言すればX軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_yの運動状態)から推測される、将来のY軸方向の重心速度推定値の収束予測値の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdに対する定常偏差としての意味を持つものである。以降、定常偏差算出部94_x,94_yのそれぞれの出力値Vb_x_prd,Vb_y_prdを重心速度定常偏差予測値という。
重心速度制限部76は、上記の如く定常偏差算出部94_x,94_yの処理を実行した後、定常偏差算出部94_xの出力値Vb_x_prdに要求重心速度Vb_x_aimを加算する処理と、定常偏差算出部94_yの出力値Vb_y_prdに要求重心速度Vb_y_aimを加算する処理とをそれぞれ、演算部98_x,98_yにより実行する。
【0080】
従って、演算部98_xの出力値Vb_x_tは、X軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_x_prdに、X軸方向の要求重心速度Vb_x_aimを付加した速度となる。同様に、演算部98_yの出力値Vb_y_tは、Y軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_y_prdに、Y軸方向の要求重心速度Vb_y_aimを付加した速度となる。
なお、車両1の動作モードが自立モードである場合等、X軸方向の要求重心速度Vb_x_aimが“0”である場合には、X軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_x_prdがそのまま、演算部98_xの出力値Vb_x_tとなる。同様に、Y軸方向の要求重心速度Vb_y_aimが“0”である場合には、Y軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_y_prdがそのまま、演算部98_yの出力値Vb_y_tとなる。
【0081】
次いで、重心速度制限部76は、演算部98_x,98_yのそれぞれの出力値Vb_x_t,Vb_y_tを、リミット処理部100に入力する。このリミット処理部100の処理は、前記したゲイン調整部78のリミット処理部86の処理と同じである。この場合、図11に括弧付きに参照符号で示す如く、リミット処理部100の各処理部の入力値及び出力値だけがリミット処理部86と相違する。
具体的には、リミット処理部100では、前記仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの移動速度Vw_x,Vw_yを、Vb_x_t,Vb_y_tにそれぞれ一致させたと仮定した場合の各仮想車輪62_x,62_yの回転角速度ωw_x_t,ωw_y_tがそれぞれ処理部86a_x,86a_yにより算出される。そして、この回転角速度ωw_x_t,ωw_y_tの組が、XY−RL変換部86bにより、電動モータ31R,31Lの回転角速度ω_R_t,ω_L_tの組に変換される。
【0082】
さらに、これらの回転角速度ω_R_t,ω_L_tが、リミッタ86c_R,86c_Lによって、それぞれ、右モータ用許容範囲内の値と左モータ用許容範囲内の値とに制限される。そして、この制限処理後の値ω_R_lim2,ω_L_lim2が、RL−XY変換部86dによって、仮想車輪62_x,62_yの回転角速度ωw_x_lim2,ωw_y_lim2に変換される。
次いで、この各回転角速度ωw_x_lim2,ωw_y_lim2に対応する各仮想車輪62_x,62_yの移動速度Vw_x_lim2,Vw_y_lim2がそれぞれ処理部86e_x,86e_yによって算出され、これらの移動速度Vw_x_lim2,Vw_y_lim2がリミット処理部100から出力される。
以上のリミット処理部100の処理によって、リミット処理部100は、リミット処理部86と同様に、その出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2の組に対応する電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲を逸脱しないことを必須の必要条件として、その必要条件下で可能な限り、出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2をそれぞれVb_x_t,Vb_y_tに一致させるように、出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2の組を生成する。
【0083】
なお、リミット処理部100における右モータ用及び左モータ用の各許容範囲は、リミット処理部86における各許容範囲と同一である必要はなく、互いに異なる許容範囲に設定されていてもよい。
図12の説明に戻って、重心速度制限部76は、次に、演算部102_x,102_yの処理を実行することによって、それぞれ制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdを算出する。この場合、演算部102_xは、リミット処理部100の出力値Vw_x_lim2から、X軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_x_prdを減算してなる値をX軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdとして算出する。同様に、演算部102_yは、リミット処理部100の出力値Vw_y_lim2から、Y軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_y_prdを減算してなる値をY軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdとして算出する。
【0084】
以上のようにして決定される制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdは、リミット処理部100での出力値V_x_lim2,V_y_lim2の強制的な制限が行なわれなかった場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度を、それぞれ、演算部98_xの出力値Vb_x_tと演算部98_yの出力値Vb_y_tとに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させても、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲内に収まるような場合には、要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimがそれぞれ、そのまま、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdとして決定される。
なお、この場合、X軸方向の要求重心速度Vb_x_aimが“0”であれば、X軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdも“0”となり、Y軸方向の要求重心速度Vb_y_aimが“0”であれば、Y軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdも“0”となる。
【0085】
一方、リミット処理部100の出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2が、入力値Vb_x_t,Vb_y_tに対して強制的な制限を施して生成された場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度を、それぞれ、演算部98_xの出力値Vb_x_tと演算部98_yの出力値Vb_y_tとに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させると、電動モータ31R,31Lのいずれかの回転角速度が許容範囲を逸脱してしまう場合(いずれかの回転角速度の絶対値が高くなり過ぎる場合)には、X軸方向については、リミット処理部100の出力値Vw_x_lim2の入力値Vb_x_tからの修正量(=Vw_x_lim2−Vb_x_t)だけ、要求重心速度Vb_x_aimを補正してなる値(当該修正量をVb_x_aimに加算した値)が、X軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdとして決定される。
【0086】
また、Y軸方向については、リミット処理部100の出力値Vw_y_lim2の入力値Vb_y_tからの修正量(=Vw_y_lim2−Vb_y_t)だけ、要求重心速度Vb_y_aimを補正してなる値(当該修正量をVb_y_aimに加算した値)が、Y軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdとして決定される。
この場合において、例えばX軸方向の速度に関し、要求重心速度Vb_x_aimが“0”でない場合には、制御用目標重心速度Vb_x_mdfdは、要求重心速度Vb_x_aimよりも“0”に近づくか、もしくは、要求重心速度Vb_x_aimと逆向きの速度となる。また、要求重心速度Vb_x_aimが“0”である場合には、制御用目標重心速度Vb_x_mdfdは、定常偏差算出部94_xが出力するX軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_x_prdと逆向きの速度となる。これらのことは、Y軸方向の速度に関しても同様である。
以上が、重心速度制限部76の処理である。
【0087】
図9の説明に戻って、制御ユニット50は、以上の如く重心速度算出部72、重心速度制限部76、ゲイン調整部78、及び偏差演算部70の処理を実行した後、次に、姿勢制御演算部80の処理を実行する。
この姿勢制御演算部80の処理を、以下に図13を参照して説明する。なお、図13において、括弧を付していない参照符号は、X軸方向に輪転する仮想車輪62_xの回転角速度の目標値である前記仮想車輪回転角速度指令ωw_x_comを決定する処理に係わる参照符号であり、括弧付きの参照符合は、Y軸方向に輪転する仮想車輪62_yの回転角速度の目標値である前記仮想車輪回転角速度指令ωw_y_comを決定する処理に係わる参照符号である。
【0088】
姿勢制御演算部80には、偏差演算部70で算出された基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sと、前記ステップS2で算出された基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sと、重心速度算出部72で算出された重心速度推定値Vb_xy_sと、重心速度制限部76で算出された目標重心速度Vb_xy_cmdと、ゲイン調整部78で算出されたゲイン調整パラメータKr_xyと、Y軸周りの回転モーメントM_x_sと、Y軸方向への移動量Y_sと、同移動量に対する移動目標値Y_aimと、Y軸方向への移動量の変化量Ydot_sと、同移動量に対する移動目標値変化量Ydot_aimと、が入力される。
また、姿勢制御演算部80では、Y軸周りに回転モーメントM_x_sに反する方向の回転モーメントを発生するbiasが設定される。
そして、姿勢制御演算部80は、まず、これらの入力値を用いて、次式07x,07yにより、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_comを算出する。
【0089】
ωwdot_x_cmd=K1_x・θbe_x_s+K3_x・(Vb_x_s−Vb_x_mdfd)
+K6_x・M_x_s+bias ……式07x
【0090】
ωwdot_y_cmd=K1_y・θbe_y_s+K2_y・θbdot_y_s
+K3_y・(Vb_y_s−Vb_y_mdfd)
+K4_y・(Y_aim−Y_s)
+K5_y・(Ydot_aim−Ydot_s) ……式07y
【0091】
従って、本実施形態では、Y軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_xの運動(ひいては、Y軸方向から見た車両系重心点の運動)を制御するための操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_comは、4つの操作量成分(式07xの右辺の4つの項)、また、X軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_yの運動(ひいては、X軸方向から見た車両系重心点の運動)を制御するための操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_y_comは、5つの操作量成分(式07yの右辺の5つの項)を加え合わせることによって決定される。
【0092】
この場合、式07xにおける各操作量成分に係わるゲイン係数K1_x,K3_x,K6_xは、ゲイン調整パラメータKr_xに応じて可変的に設定され、式07yにおける各操作量成分に係わるゲイン係数K1_y,K2_y,K3_y,K4_y,K5_yは、ゲイン調整パラメータKr_yに応じて可変的に設定される。以降、式07xにおけるゲイン係数K1_x,K3_x,K6_xのそれぞれを第1ゲイン係数K1_x、第3ゲイン係数K3_x、第6ゲイン係数K6_xということがある。このことは、式07yにおけるゲイン係数K1_y,K2_y,K3_y,K4_y,K5_yについても同様とする。
式07xにおける第iゲイン係数Ki_x(i=1,3,6)と、式07yにおける第iゲイン係数Ki_y(i=1,2,3,4,5)とは、図13中にただし書きで示した如く、次式09x、09yにより、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yに応じて決定される。
【0093】
Ki_x=(1−Kr_x)・Ki_a_x+Kr_x・Ki_b_x ……式09x
(i=1,3,6)
【0094】
Ki_y=(1−Kr_y)・Ki_a_y+Kr_y・Ki_b_y ……式09y
(i=1,2,3,4,5)
【0095】
ここで、式09xにおけるKi_a_x、Ki_b_xは、それぞれ、第iゲイン係数Ki_xの最小側(“0”に近い側)のゲイン係数値、最大側(“0”から離れる側)のゲイン係数値としてあらかじめ設定された定数値である。このことは、式09yにおけるKi_a_y、Ki_b_yについても同様である。
従って、式07xの演算に用いる各第iゲイン係数Ki_x(i=1,3,6)は、それぞれに対応する定数値Ki_a_x、Ki_b_xの重み付き平均値として決定される。そして、この場合、Ki_a_x、Ki_b_xにそれぞれ掛かる重みが、ゲイン調整パラメータKr_xに応じて変化させられる。このため、Kr_x=0である場合には、Ki_x=Ki_a_xとなり、Kr_x=1である場合には、Ki_x=Ki_b_xとなる。そして、Kr_xが“0”から“1”に近づくに伴い、第iゲイン係数Ki_xはKi_a_xからKi_b_x近づいていく。
【0096】
同様に、式07yの演算に用いる各第iゲイン係数Ki_y(i=1,2,3,4,5)は、それぞれに対応する定数値Ki_a_y、Ki_b_yの重み付き平均値として決定される。そして、この場合、Ki_a_y、Ki_b_yにそれぞれ掛かる重みが、ゲイン調整パラメータKr_yに応じて変化させられる。このため、Ki_xの場合と同様に、Kr_yの値が“0”から“1”の間で変化するに伴い、第iゲイン係数Ki_yの値が、Ki_a_yとKi_b_yとの間で変化する。
補足すると、上記定数値Ki_a_x、Ki_b_x及びKi_a_y,Ki_b_y(i=1,2,3,4,5)は、前記ステップS6又は8において値が設定される定数パラメータに含まれるものである。
姿勢制御演算部80は、上記の如く決定した第1〜第6ゲイン係数K1_x,K3_x,K6_xを用いて前記式07xの演算を行なうことで、X軸方向に輪転する仮想車輪62_xに係わる仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmdを算出する。
なお、特定の第iゲイン係数Ki_xの値を0とすることにより、その項の成分による制御を行わないことができる。例えば、X軸方向の速度に基づいた制御を行わない場合には、第3ゲイン係数K3_xを0とする。
【0097】
さらに詳細には、図13を参照して、姿勢制御演算部80は、基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_sに第1ゲイン係数K1_xを乗じてなる操作量成分u1_xと、Y軸周りの基体傾斜モーメントM_x_sに第6ゲイン係数K6_xを乗じてなる操作量成分u6_xとをそれぞれ、処理部80a,80kで算出する。また、姿勢制御演算部80は、基体を傾けようとするY軸周りの基体傾斜モーメントM_x_sに応じた傾斜角調整値bias_xを初期設定モードの操作で予め定められる値に設定する。そして、姿勢制御演算部80は、これらの操作量成分u1_x,u3_x,u6_x,bias_xを演算部80eにて加え合わせることにより、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_comを算出する。
【0098】
同様に、姿勢制御演算部80は、上記の如く決定した第1〜第5ゲイン係数K1_y,K2_y,K3_y,K4_y,K5_yを用いて前記式07yの演算を行なうことで、Y軸方向に輪転する仮想車輪62_yに係わる仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_y_cmdを算出する。
この場合には、姿勢制御演算部80は、基体傾斜角度偏差計測値θbe_y_sに第1ゲイン係数K1_yを乗じてなる操作量成分u1_yと、基体傾斜角速度計測値θbdot_y_sに第2ゲイン係数K2_yを乗じてなる操作量成分u2_yとをそれぞれ、処理部80a,80bで算出する。姿勢制御演算部80は、重心速度推定値Vb_y_sと制御用目標重心速度Vb_y_mdfdとの偏差(=Vb_y_s−Vb_y_mdfd)を演算部80dで算出し、この偏差に第3ゲイン係数K3_yを乗じてなる操作量成分u3_yを処理部80cで算出する。姿勢制御演算部80は、車輪体5のY軸方向の目標偏移量Y_aimと偏移量Y_sとの偏差(=Y_aim−Y_s)を演算部80dで算出し、この偏差に第4ゲイン係数K4_yを乗じてなる操作量成分u4_yを処理部80cで算出する。さらに、姿勢制御演算部80は、Y軸方向の車輪体5の目標偏移速度Ydot_aimと偏移速度Ydot_sとの偏差(=Ydot_aim−Ydot_s)を演算部80dで算出し、この偏差に第5ゲイン係数K5_yを乗じてなる操作量成分u5_yを処理部80cで算出する。そして、姿勢制御演算部80は、これらの操作量成分u1_y,u2_y,u3_y,u4_y,u5_yを演算部80eにて加え合わせることにより、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_y_comを算出する。
【0099】
ここで、式07xの右辺の第1項(=第1操作量成分u1_x)及び第3項(=第6操作量成分u6_x)は、Y軸周り方向での基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_sを、フィードバック制御則としてのP則(比例則)により“0”に収束させる(基体傾斜角度計測値θb_x_sを目標値θb_x_objに収束させる)ためのフィードバック操作量成分としての意味を持つ。
また、式07xの右辺の第2項(=第3操作量成分u3_x)は、重心速度推定値Vb_x_sと目標重心速度Vb_x_mdfdとの偏差をフィードバック制御則としての比例則により“0”に収束させる(Vb_x_sをVb_x_mdfdに収束させる)ためのフィードバック操作量成分としての意味を持つ。また、式07xの右辺の第4項(=操作量設定成分bias_x)は、利用者に装着された基体9を標準的な姿勢に維持させるための操作量成分としての意味を持つ。
これらのことは、式07yの右辺の第1〜第5項(第1〜第5操作量成分u1_y,u2_y,u3_y,u4_y,u5_y)についても同様である。
式07yの右辺の第1項(=第1操作量成分u1_y)及び第2項(=第2操作量成分u2_y)は、X軸周り方向での基体傾斜角度偏差計測値θbe_y_sを、フィードバック制御則としてのPD則(比例・微分則)により“0”に収束させる(基体傾斜角度計測値θb_y_sを目標値θb_y_objに収束させる)ためのフィードバック操作量成分としての意味を持つ。
また、式07xの右辺の第3項(=第3操作量成分u3_y)は、重心速度推定値Vb_y_sと目標重心速度Vb_y_mdfdとの偏差をフィードバック制御則としての比例則により“0”に収束させる(Vb_y_sをVb_y_mdfdに収束させる)ためのフィードバック操作量成分としての意味を持つ。
姿勢制御演算部80は、上記の如く、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_com,ωwdot_y_comを算出した後、次に、これらのωwdot_x_com,ωwdot_y_comをそれぞれ積分器80fにより積分することによって、前記仮想車輪回転速度指令ωw_x_com,ωw_y_comを決定する。
【0100】
以上が姿勢制御演算部80の処理の詳細である。
補足すると、式07xの右辺の第3項を、Vb_x_sに応じた操作量成分(=K3_x・Vb_x_s)と、Vb_x_mdfdに応じた操作量成分(=−K3_x・Vb_x_mdfd)とに分離した式によって、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_comを算出するようにしてもよい。同様に、式07yの右辺の第3項を、Vb_y_sに応じた操作量成分(=K3_y・Vb_y_s)と、Vb_y_mdfdに応じた操作量成分(=−K3_y・Vb_y_mdfd)とに分離した式によって、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_y_comを算出するようにしてもよい。
また、本実施形態では、車両系重心点の挙動を制御するための操作量(制御入力)として、仮想車輪62_x,62_yの回転角加速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdを用いるようにしたが、例えば、仮想車輪62_x,62_yの駆動トルク、あるいは、この駆動トルクに各仮想車輪62_x,62_yの半径Rw_x,Rw_yを乗じてなる並進力(すなわち仮想車輪62_x,62_yと床面との間の摩擦力)を操作量として用いるようにしてもよい。
【0101】
図9の説明に戻って、制御ユニット50は、次に、姿勢制御演算部80で上記の如く決定した仮想車輪回転速度指令ωw_x_com,ωw_y_comをモータ指令演算部82に入力し、該モータ指令演算部82の処理を実行することによって、電動モータ31Rの速度指令ω_R_comと電動モータ31Lの速度指令ω_L_comとを決定する。このモータ指令演算部82の処理は、前記リミット処理部86(図11参照)のXY−RL変換部86bの処理と同じである。
具体的には、モータ指令演算部82は、前記式01a,01bのωw_x,ωw_y,ω_R,ω_Lをそれぞれ、ωw_x_com,ωw_y_com,ω_R_cmd,ω_L_cmdに置き換えて得られる連立方程式を、ω_R_cmd,ω_L_cmdを未知数として解くことによって、電動モータ31R,31Lのそれぞれの速度指令ω_R_com,ω_L_comを決定する。
以上により前記ステップS9の車両制御演算処理が完了する。
【0102】
以上説明した如く制御ユニット50が制御演算処理を実行することによって、前記自立モードでは、基本的には、基体9の姿勢が、前記基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_s,θbe_y_sの両方が“0”となる姿勢(以下、この姿勢を自立基本姿勢という)に保たれるように、換言すれば、車両系重心点(車両単体重心点)の位置が、車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態に保たれるように、操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_comが決定される。より詳しく言えば、基体9の姿勢を前記自立基本姿勢に保ちつつ、車両系重心点の移動速度の推定値としての重心速度推定値Vb_xy_sを制御用目標重心速度Vb_xy_mdfdに収束させるように、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_comが決定される。なお、制御用目標重心速度Vb_xy_mdfdは、通常は(詳しくは外部からの応力により車両1の付加的な推進力を付与しない限り)、“0”である。この場合には、基体9の姿勢を前記自立基本姿勢に保ちつつ、車両系重心点がほぼ静止するように、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_comが決定されることとなる。
一方、前記アシストモードでは、基本的には、基体9の姿勢が、前記基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_sは、利用者が車両1を装着した前記標準的な姿勢の状態で初期設定モードによって予め定められる目標値に保たれるように、操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_comが決定される。より詳しく言えば、基体を傾けようとするY軸周りの基体傾斜モーメントM_x_sの影響を打ち消すだけの傾斜角調整値bias_xが設定され、前記標準的な姿勢を保持するように仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_comが決定される。
また、前記基体傾斜角度偏差計測値θbe_y_sは、車両1を装着した利用者が歩行状態に応じて定められる目標値に保たれるように、操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_y_comが決定される。
なお、利用者の歩行状態は、足位置の検出によって行われる。
【0103】
そして、ωdotw_xy_comの各成分を積分してなる仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_comを変換してなる電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が、電動モータ31R,31Lの速度指令ω_R_cmd,ω_L_cmdとして決定される。さらに、その速度指令ω_R_cmd,ω_L_cmdに従って、各電動モータ31R,31Lの回転速度が制御される。ひいては車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度が、ωw_x_comに対応する仮想車輪62_xの移動速度と、ωw_y_comに対応する仮想車輪62_yの移動速度とに各々一致するように制御される。
このため、例えば、Y軸周り方向で、実際の基体傾斜角度θb_xが目標値θb_x_objから前傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_x_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が前方に向かって移動する。同様に、実際のθb_xが目標値θb_x_objから後傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_x_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が後方に向かって移動する。
また、例えば、X軸周り方向で、実際の基体傾斜角度θb_yが目標値θb_y_objから右傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_y_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が右向きに移動する。同様に、実際のθb_yが目標値θb_y_objから左傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_y_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が左向きに移動する。
【0104】
さらに、実際の基体傾斜角度θb_x,θb_yの両方が、それぞれ目標値θb_x_obj,θb_y_objからずれると、θb_xのずれを解消するための車輪体5の前後方向の移動動作と、θb_yのずれを解消するための車輪体5の左右方向の移動動作とが合成され、車輪体5がX軸方向及びY軸方向の合成方向(X軸方向及びY軸方向の両方向に対して傾斜した方向)に移動することとなる。
このようにして、基体9が前記基本姿勢から傾くと、その傾いた側に向かって、車輪体5が移動することとなる。従って、例えば前記アシストモードにおいて、利用者が前進すると車輪体5がX軸の正の方向に引かれることにより、Y軸周りのモーメントが発生する。利用者の移動に伴って発生したモーメントが、車両1単体の重心に作用する重力によって生じているモーメントに加わることにより、傾斜角調整値bias_xとのバランスが崩れて車両1は前方に傾斜する。これにより、実際の基体傾斜角度θb_xを目標値θb_x_objに合わせようとすることから、利用者が移動した方向に、車輪体5が移動することとなる。
なお、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdが“0”である場合には、基体9の姿勢が前記自立基本姿勢、あるいは歩行していない前記標準的な姿勢に収束すると、車輪体5の移動もほぼ停止する。
【0105】
また、例えば、前記要求重心速度生成部74で生成される要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimの両方が“0”となっている状況において、基体9の前記基本姿勢からの傾き量(基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_s,θbe_y_s)が比較的大きくなり、それを解消し、もしくはその傾き量を維持するために必要な車輪体5のX軸方向及びY軸方向の一方又は両方の移動速度(これらの移動速度は、それぞれ、図12に示した前記重心速度定常偏差予測値Vb_x_prd、Vb_y_prdに相当する)が、電動モータ31R,31Lの一方又は両方の回転角速度を許容範囲から逸脱させてしまうような、過大な移動速度になるような状況では、該車輪体5の移動速度に対して逆向きとなる速度(詳しくは、Vw_x_lim2−Vb_x_prd及びVw_y_lim2−Vb_y_prd)が制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdとして決定される。そして、制御入力を構成する操作量成分のうちの操作量成分u3_x,u3_yが、この制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdに重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sをそれぞれ収束させるように決定される。このため、基体9の前記基本姿勢からの傾き量が過大になるのを予防し、ひいては、電動モータ31R,31Lの一方又は両方の回転角速度が高速になり過ぎるのが防止される。
【0106】
さらに、前記ゲイン調整部78では、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sの一方又は両方が大きくなり、ひいては、基体9の前記基本姿勢からの傾きを解消し、もしくはその傾き量を維持するために必要な車輪体5のX軸方向及びY軸方向の一方又は両方の移動速度が、電動モータ31R,31Lの一方又は両方の回転角速度を許容範囲から逸脱させてしまうような、過大な移動速度になる恐れがある状況では、その逸脱が顕著になるほど(詳しくは、図10に示すVover_x,Vover_yの絶対値が大きくなるほど)、前記ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yの一方又は両方が“0”から“1”に近づけられる。
この場合、前記式09xにより算出される各第iゲイン係数Ki_x(i=1,2,3)は、Kr_xが“1”に近づくほど、最小側の定数値Ki_a_xから最大側の定数値Ki_b_xに近づく。このことは、前記式09yにより算出される各第iゲイン係数Ki_y(i=1,2,3)についても同様である。
【0107】
そして、上記ゲイン係数の絶対値が大きくなることによって、基体9の傾きの変化に対する操作量(仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_cmd,ωdotw_y_cmd)の感度が高まる。従って、基体9の基本姿勢からの傾き量が大きくなろうとすると、それを素早く解消するように、車輪体5の移動速度が制御されることとなる。従って、基体9が基本姿勢から大きく傾くことが強めに抑制され、ひいては、車輪体5のX軸方向及びY軸方向の一方又は両方の移動速度が、電動モータ31R,31Lの一方又は両方の回転角速度を許容範囲から逸脱させてしまうような、過大な移動速度になるのを防止することができる。
【0108】
また、アシストモードにおいて、要求重心速度生成部74が、利用者等の歩行動作や操縦操作による要求に応じて要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aim(Vb_x_aim,Vb_y_aimの一方又は両方が“0”でない要求重心速度)を生成した場合には、電動モータ31R,31Lの一方又は両方の回転角速度が許容範囲を逸脱するような高速の回転角速度にならない限り(詳しくは図12に示すVw_x_lim2,Vw_y_lim2がVb_x_t,Vb_y_tにそれぞれ一致する限り)、要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimがそれぞれ前記制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdとして決定される。このため、要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimを実現するように(実際の重心速度が要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimに近づくように)、車輪体5の移動速度が制御される。
【0109】
次に、説明を後回しにした、前記要求重心速度生成部74の処理の詳細を説明する。
要求重心速度生成部74は、本実施形態では、車両1の動作モードが自立モードである場合には、前記したように、要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimを“0”とする。
一方、要求重心速度生成部74は、車両1の動作モードがアシストモードである場合には、利用者等による歩行動作や車両1の操縦操作(車両1に推進力を付加する操作)に応じて、該操作により要求されると推定される要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimを決定する。
ここで、例えば、車両1の利用者が、歩行を開始時や車両1の発進時等において、車両1の移動速度(車両系重心点の移動速度)を積極的に増速させようとする場合には、自身の足により床を蹴り、それにより車両1に移動速度を増速させる推進力(利用者の足平と床との摩擦力による推進力)を車両1に付加する。あるいは、例えば、車両1の利用者の要求に応じて、外部の補助者等が、車両1にその移動速度を増速させる推進力を付加する場合もある。
【0110】
このような場合に、要求重心速度生成部74は、車両系重心点の実際の速度ベクトル(以降、重心速度ベクトル↑Vbという)の大きさ(絶対値)の時間的変化率に基づいて、車両1の移動速度を増加させる要求としての加速要求が発生したか否かを判断しつつ、それに応じて、↑Vbの目標値としての要求重心速度ベクトル↑Vb_aim(要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aimを2つの成分とする速度ベクトル)を逐次決定する。
その処理を概略的に説明すると、上記加速要求が発生した場合には、該加速要求が解消するまでの間、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの大きさを増加させるように、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimが決定される。そして、上記加速要求が解消すると、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの大きさを段階的に減衰させていくように、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimが決定される。この場合、本実施形態では、基本的には、加速要求が解消してから、所定時間の期間、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの大きさが一定に保たれる。そして、その後に、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの大きさが“0”まで連続的に減衰させられる。なお、この減衰時には、適宜、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの向きがX軸方向に近づけられる。
【0111】
このような処理を実行する要求重心速度生成部74を、図14〜図20のフローチャートを参照して以下に詳細に説明する。
図14を参照して、要求重心速度生成部74は、まず、ステップS21の処理を実行する。この処理では、要求重心速度生成部74は、入力される重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sを2つの成分とする速度ベクトル(実際の重心速度ベクトル↑Vbの観測値)である推定重心速度ベクトル↑Vb_sの大きさ|↑Vb_s|(=sqrt(Vb_x_s2+Vb_y_s2))の時間的変化率(微分値)DVb_sを算出する。このDVb_sは、実際の重心速度ベクトル↑Vbの大きさの時間的変化率の観測値(推定値)としての意味を持つ。以降、DVb_sを推定重心速度絶対値変化率DVb_sという。なお、上記sqrt( )は、平方根関数である。
【0112】
さらに、ステップS21では、要求重心速度生成部74は、入力される重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sのそれぞれの時間的変化率(微分値)である重心加速度推定値Vbdot_x_s,Vvdot_y_sを算出する。なお、Vbdot_x_s,Vvdot_y_sを2つの成分とするベクトルは、車両系重心点の実際の加速度ベクトルの観測値を意味する。
次いで、ステップS22に進んで、要求重心速度生成部74は、要求重心速度Vb_x_aimを算出するための現在の演算処理モードが、どのモードであるかを判断する。
ここで、本実施形態では、要求重心速度生成部74は、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの基本値(以降、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1という)を決定した上で、この基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1に要求重心速度ベクトル↑Vb_aimを追従させるように(定常的には一致させるように)、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimを決定する。
【0113】
上記演算処理モードは、上記基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の決定の仕方の種別を表すものである。そして、本実施形態では、該演算処理モードとしては、制動モード、速度追従モード、速度ホールドモードの3種類のモードがある。
制動モードは、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の大きさを“0”に減衰させていくか、又は“0”に保持するように↑Vb_aim1を決定するモードである。また、速度追従モードは、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1を、推定重心速度ベクトル↑Vb_sに追従させるように(一致又はほぼ一致させるように)決定するモードである。また、速度ホールドモードは、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の大きさを一定に保つように↑Vb_aim1を決定するモードである。
なお、制御ユニット50の起動時等に該制御ユニット50が初期化された状態での演算処理モード(初期演算処理モード)は、制動モードである。
要求重心速度生成部74は、上記ステップS22において、現在の演算処理モードが制動モードである場合と、速度追従モードである場合と、速度ホールドモードである場合とで、それぞれ、次に、ステップS23の演算処理、ステップS24の演算処理、ステップS25の演算処理を実行し、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1を決定する。
【0114】
これらの各モードに対応する演算処理は、次のように実行される。
ステップS23における制動モードの演算処理は、図15のフローチャートに示す如く実行される。具体的には、要求重心速度生成部74は、まず、前記ステップS21で算出した推定重心速度絶対値変化率DVb_sと、重心加速度推定値Vbdot_x_s,Vbdot_y_sとに関して、DVb_s>DV1、且つ、|Vbdot_x_s|>a1*|Vbdot_y_s|という条件が成立するか否かをステップS23−1で判断する。この判断処理は、車両1の移動速度を車両1の概略前後方向で増速させようとする加速要求が有るか否かを判断する処理である。
ここで、上記DV1は、あらかじめ設定された正の値の第1閾値DV1(>0)である。そして、DVb_s>DV1であるということは、実際の重心速度ベクトル↑Vbの大きさ|↑Vb|が第1閾値DV1よりも大きな時間的変化率で増加している状況を意味する。
【0115】
また、上記a1は、あらかじめ設定された正の値の係数値である。そして、|Vbdot_x_s|>a1*|Vbdot_y_s|であるということは、車両系重心点の実際の加速度ベクトルが“0”でないX軸方向の成分を有し、且つ、該加速度ベクトルのX軸方向に対する鋭角側の角度(=tan-1(|Vbdot_y_s|/|Vbdot_x_s|)が、所定角度(=tan-1(1/a1))よりも“0”に近い状況であることを意味する。本実施形態では、a1は、例えば“1”又はこれに近い値に設定されている。
従って、ステップS23−1の判断結果が肯定的になる状況は、利用者あるいは外部の補助者等により概略前後方向での重心速度ベクトル↑Vbの大きさを増加させようとする歩行動作や操縦操作(車両1に概略前後方向の推進力を付加する操縦操作)が行なわれている状況である。
ステップS23−1の判断結果が否定的となる場合、すなわち、車両1の加速要求(概略前後方向での車両1の加速要求)が無い場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−4の判断処理を実行する。
【0116】
ステップS23−4の判断処理では、要求重心速度生成部74は、ステップS21で算出した推定重心速度絶対値変化率DVb_sが、あらかじめ設定された負の値の第3閾値DV3(<0)よりも小さいか否かを判断する。この判断処理は、車両1の利用者が重心速度ベクトル↑Vbの大きさを積極的に減少させようとする減速要求が発生したか否かを判断するものである。この場合、車両1の利用者が歩行速度(移動速度)を低下させたような場合にステップS23−4の判断結果が肯定的になる。
そして、要求重心速度生成部74は、ステップS23−4の判断結果が否定的である場合(減速要求が発生していない場合)には、ステップS23−5で第1制動演算処理を実行することによって、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の大きさ|↑Vb_aim1|(以降、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|という)と方位角θvb_aim1(以降、基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1という)とを決定し、図15の処理を終了する。また、ステップS23−4の判断結果が肯定的である場合(減速要求が発生した場合には)、要求重心速度生成部74は、ステップS23−6で第2制動演算処理を実行することによって、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1とを決定し、図15の処理を終了する。
なお、本実施形態では、基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1は、sin(θvb_aim1)=Vb_x_aim1/|↑Vb_aim1|,cos(θvb_aim1)=Vb_y_aim1/|↑Vb_aim1|となる角度(180°≦θVb_aim≦180°)として定義される。また、|↑Vb_aim|=0である場合には、θVb_aim=0°であるとする。
【0117】
上記ステップS23−5の第1制動演算処理は、図16及び図17のフローチャートに示す如く実行される。
この第1制動演算処理では、要求重心速度生成部74は、まず、ステップS23−5−1において基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|の前回値|↑Vb_aim_p|からあらかじめ設定された正の所定値ΔVb1だけ減少させてなる値を、|↑Vb_aim1|の候補値ABS_Vbとして算出する。ΔVb1は、制御処理周期毎の|↑Vb_aim1|の減少量(ひいては|↑Vb_aim1|の時間的変化率)を規定する設定値である。
次いで、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−2において、この候補値ABS_Vbと、“0”とのうちの大きい方の値max(0,ABS_Vb)を、|↑Vb_aim1|の今回値として決定する。従って、ABS_Vb≧0である場合には、ABS_Vbがそのまま|↑Vb_aim1|の今回値として決定され、ABS_Vb<0である場合には、|↑Vb_aim1|の今回値は“0”とされる。
【0118】
次いで、要求重心速度生成部74は、上記の如く決定した|↑Vb_aim1|が“0”であるか否かをステップS23−5−3で判断する。この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−5−4において、θvb_aim1の今回値を0°とし、図16の処理を終了する。
ステップS23−5−3の判断結果が否定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−5−5からの処理によって、θvb_aim1の前回値θvb_aim1_pの値が、0°≦θvb_aim1_p≦θth1+、θth1-≦θvb_aim1_p<0°、θth2+≦θvb_aim1_p≦180°、−180°≦θvb_aim1_p≦θth2-、θth1+<θvb_aim1_p<θth2+、θth2-<θvb_aim1_p<θth1-のいずれの範囲内の値であるかに応じて、θvb_aim1の今回値を決定する。
ここで、θth1+は、0°と90°との間の値であらかじめ設定された正の方位角閾値、θth1-は、0°と−90°との間の値であらかじめ設定された負の方位角閾値、θth2+は、90°と180°との間の値であらかじめ設定された正の方位角閾値、θth2-は、−90°と−180°との間の値であらかじめ設定された負の方位角閾値である。本実施形態では、θth1+とθth1-とは、それらの絶対値が互いに同一の値(例えば45°もしくはその近辺の角度値)に設定されている。また、θth2+とθth2-とは、それらの絶対値が互いに同一の値(例えば135°もしくはその近辺の角度値)に設定されている。なお、θth1+とθth1-との差(=(θth1+)−(θth1-))と、θth2とθth2-との差(=(θth2+)−(θth2-))とは、互いに同一である必要なない。
【0119】
ステップS23−5−5からの処理は以下に説明する如く実行される。すなわち、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−5において、0°≦θvb_aim1_p≦θth1+であるか否かを判断する。この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−6において、θvb_aim1の前回値θvb_aim1_pからあらかじめ設定された正の所定値Δθvb1だけ減少させてなる値を、θvb_aim1の候補値ANG_Vbとして算出する。Δθvb1は、制御処理周期毎のθvb_aim1の変化量(ひいてはθvb_aim1の時間的変化率)を規定する設定値である。
そして、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−7において、この候補値ANG_Vbと、0°とのうちの大きい方の角度値max(0,ANG_Vb)をθvb_aim1の今回値として決定し、図16の処理を終了する。従って、ANG_Vb≧0°である場合には、ANG_Vbがそのままθvb_aim1の今回値として決定され、ANG_Vb<0°である場合には、θvb_aim1の今回値は0°とされる。
【0120】
ステップS23−5−5の判断結果が否定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−5−8において、θth1-≦θvb_aim1_p<0°であるか否かを判断する。この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−9において、θvb_aim1の前回値θvb_aim1_pから前記所定値Δθvb1だけ増加させてなる値を、θvb_aim1の候補値ANG_Vbとして算出する。
そして、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−10において、この候補値ANG_Vbと、0°とのうちの小さい方の角度値min(0,ANG_Vb)をθvb_aim1の今回値として決定し、図16の処理を終了する。従って、ANG_Vb≦0°である場合には、ANG_Vbがそのままθvb_aim1の今回値として決定され、ANG_Vb>0°である場合には、θvb_aim1の今回値は0°とされる。
【0121】
ステップS23−5−8の判断結果が否定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、図17のステップS23−5−11において、θth2+≦θvb_aim1_p≦180°であるか否かを判断する。この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−12において、θvb_aim1の前回値θvb_aim1_pから前記所定値Δθvb1だけ増加させてなる値を、θvb_aim1の候補値ANG_Vbとして算出する。
そして、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−13において、この候補値ANG_Vbと、0°とのうちの小さい方の角度値min(180,ANG_Vb)をθvb_aim1の今回値として決定し、図17の処理を終了する。従って、ANG_Vb≦180°である場合には、ANG_Vbがそのままθvb_aim1の今回値として決定され、ANG_Vb>180°である場合には、θvb_aim1の今回値は180°とされる。
ステップS23−5−11の判断結果が否定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−5−14において、−180°≦θvb_aim1_p≦θth2-であるか否かを判断する。この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−15において、θvb_aim1の前回値θvb_aim1_pから前記所定値Δθvb1だけ減少させてなる値を、θvb_aim1の候補値ANG_Vbとして算出する。
【0122】
そして、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−16において、この候補値ANG_Vbと、−180°とのうちの大きい方の角度値max(180,ANG_Vb)をθvb_aim1の今回値として決定し、図17の処理を終了する。従って、ANG_Vb≧−180°である場合には、ANG_Vbがそのままθvb_aim1の今回値として決定され、ANG_Vb<−180°である場合には、θvb_aim1の今回値は−180°とされる。
ステップS23−5−14の判断結果が否定的である場合、すなわち、θth1+<θvb_aim1_p<θth2+又はθth2-<θvb_aim1_p<θth1-である場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS23−5−17において、θvb_aim1の今回値を、前回値θvb_aim1_pと同じ値に決定し、図17の処理を終了する。
以上が、ステップS23−5の第1制動演算処理の詳細である。
【0123】
一方、前記ステップS23−6の第2制動演算処理は、図18のフローチャートに示す如く実行される。
この第2制動演算処理では、要求重心速度生成部74は、まず、ステップS23−6−1において基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|の前回値|↑Vb_aim_p|からあらかじめ設定された正の所定値ΔVb2だけ減少させてなる値を、|↑Vb_aim1|の候補値ABS_Vbとして算出する。ΔVb2は、第2制動演算処理での、制御処理周期毎の|↑Vb_aim1|の減少量(ひいては|↑Vb_aim1|の時間的変化率)を規定する設定値である。この場合、ΔVb2は、前記第1制動演算処理で使用する所定値ΔVb1よりも大きな値に設定されている。
次いで、要求重心速度生成部74は、ステップS23−6−2において、前記ステップS23−5−2と同様の処理を実行し、ステップS23−6−1で算出した候補値ABS_Vbと、“0”とのうちの大きい方の値max(0,ABS_Vb)を、|↑Vb_aim1|の今回値として決定する。
次いで、要求重心速度生成部74は、上記の如く決定した|↑Vb_aim1|が“0”であるか否かをステップS23−6−3で判断する。この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−6−4において、θvb_aim1の今回値を“0”とし、図18の処理を終了する。
また、ステップS23−6−3の判断結果が否定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS23−6−5において、θvb_aim1の今回値を、前回値θvb_aim1_pと同じ値に決定し、図18の処理を終了する。
以上が、ステップS23−6の第2制動演算処理の詳細である。
【0124】
図15の説明に戻って、前記ステップS23−1の判断結果が肯定的である場合、すなわち、概略前後方向での車両1の加速要求が有る場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS23−2で基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1とを決定する。要求重心速度生成部74は、ステップS23−3で演算処理モードを制動モードから速度追従モードに変更し、図15の処理を終了する。
上記ステップS23−2では、具体的には、前記推定重心速度ベクトル↑Vb_s(今回値)の大きさ|↑Vb_s|(=sqrt(Vb_x_s2+Vb_y_s2))に、あらかじめ設定された所定値の比率γを乗じてなる値が、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|として決定される。上記比率γは、本実施形態では、“1”よりも若干小さい正の値(例えば0.8)に設定されている。
【0125】
さらに、ステップS23−2では、推定重心速度ベクトル↑Vb_sの方位角θvb_s(=sin-1(Vb_x_s/|↑Vb_s|))がそのまま、基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1として決定される。従って、ステップS23−2では、結果的には、推定重心速度ベクトル↑Vb_sに上記比率γを乗じてなるベクトルが、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1として決定されることとなる。
このようなステップS23−2の処理は、|↑Vb_x_aim1|とθvb_aim1との決定の仕方を、次回の制御処理サイクルから開始する速度追従モードに合わせるものである。
なお、上記比率γの値が“1”よりも若干小さいことは必須ではなく、例えば、該比率γの値を“1”あるいはそれよりも若干大きい値に設定してもよい。本実施形態では、利用者が体感的(感覚的)に認識する車両1の移動速度が、実際の移動速度に比べて高速であるかのように認識されるのを防止するために、比率γの値を“1”よりも若干小さい値に設定している。
以上が、ステップS23における制動モードの演算処理である。
なお、ステップS23−1の判断結果が否定的となる場合には、演算処理モードは変更されないので、次回の制御処理周期においても、演算処理モードは、制動モードに維持されることとなる。
【0126】
次に、ステップS24における速度追従モードの演算処理は、図19のフローチャートに示す如く実行される。具体的には、要求重心速度生成部74は、まず、ステップS24−1において、前記ステップS23−4と同じ判断処理、すなわち、車両1の減速要求が発生したか否かの判断処理を実行する。
この判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS24−6において、前記ステップS23−6と同じ処理(図18のフローチャートに示す処理)を実行することによって、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1とを決定する。さらに、要求重心速度生成部74は、ステップS24−7において、演算処理モードを速度追従モードから制動モードに変更し、図19の処理を終了する。
一方、前記ステップS24−1の判断結果が否定的である場合、すなわち、車両1の減速要求が発生していない場合には、要求重心速度生成部74は、次にステップS24−2の処理を実行する。このステップS24−2では、要求重心速度生成部74は、前記ステップS23−2と同じ処理を実行し、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1とを決定する。すなわち、|↑Vb_x_s|*γが|↑Vb_aim1|として決定される共に、θvb_sがθvb_aim1として決定される。
【0127】
次いで、要求重心速度生成部74は、ステップS24−3において、前記推定重心速度絶対値変化率DVb_s(ステップS21で算出した値)が、あらかじめ設定された第2閾値DV2よりも小さいか否かを判断する。この第2閾値DV2は、本実施形態では、前記第3閾値DV3よりも大きい(DV3よりも“0”に近い)負の所定値に設定されている。なお、第2閾値DV2は、“0”もしくは“0”よりも若干大きい正の値(ただし、前記第1閾値DV1よりも小さい値)に設定されていてもよい。
このステップS24−3の判断処理は、速度追従モードから、前記速度ホールドモードへの移行タイミングを判断するものである。そして、要求重心速度生成部74は、ステップS24−3の判断結果が否定的である場合には、そのまま図19の処理を終了する。この場合には、演算処理モードは変更されないので、次回の制御処理周期においても、演算処理モードは、速度追従モードに維持されることとなる。
また、ステップS24−3の判断結果が肯定的である場合には、要求重心速度生成部74は、車両1の加速要求が完了したものとみなして、ステップS24−4において、カウントダウンタイマを初期化する。そして、要求重心速度生成部74は、ステップS24−5にて演算処理モードを速度追従モードから速度ホールドモードに変更し、図19の処理を終了する。
上記カウントダウンタイマは、次回の制御処理周期から開始する速度ホールドモードの開始後の経過時間を計時するタイマである。そして、ステップS24−4では、該タイマの計時値CNTに、あらかじめ設定された初期値Tmがセットされる。初期値Tm_xは、速度ホールドモードを継続させようとする時間の設定値を意味する。
以上が、ステップS24における速度追従モードの演算処理である。
【0128】
次に、ステップS25における速度ホールドモードの演算処理は、図20のフローチャートに示す如く実行される。具体的には、要求重心速度生成部74は、まず、ステップS25−1において、前記ステップS23−4と同じ判断処理、すなわち、車両1の減速要求が発生したか否かの判断処理を実行する。
そして、このステップS25−1の判断結果が肯定的である場合(車両1の減速要求が発生した場合)には、要求重心速度生成部74は、次に、ステップS25−2において、前記ステップS23−6と同じ処理(図18のフローチャートに示す処理)を実行することによって、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1とを決定する。さらに、要求重心速度生成部74は、ステップS25−3において、演算処理モードを速度ホールドモードから制動モードに変更し、図20の処理を終了する。
【0129】
一方、前記ステップS25−1の判断結果が否定的である場合(車両1の減速要求が発生していない場合)には、要求重心速度生成部74は、前記ステップS23−1と同じ判断処理、すなわち概略前後方向での車両1の加速要求が有るか否かの判断処理をステップS25−4で実行する。
そして、ステップS25−4の判断結果が肯定的である場合(概略前後方向での車両1の加速要求が再び発生した場合)には、要求重心速度生成部74は、ステップS25−5において、前記ステップS23−2と同じ処理を実行することによって、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1とを決定する。すなわち、|↑Vb_x_s|*γが|↑Vb_aim1|として決定される共に、θvb_sがθvb_aim1として決定される。
さらに、要求重心速度生成部74は、ステップS25−6において、演算処理モードを速度ホールドモードから速度追従モードに変更し、図20の処理を終了する。
【0130】
前記ステップS25−4の判断結果が否定的である場合(概略前後方向での加速要求が無い状態が継続している場合)には、要求重心速度生成部74は、ステップS25−7において、前記カウントダウンタイマの計時値CNTをデクリメントする。すなわち、計時値CNTの現在値から所定値ΔT(制御処理周期の時間)を差し引くことによって、計時値CNTを更新する。
次いで、要求重心速度生成部74は、カウントダウンタイマの計時値CNTが“0”よりも大きいか否か、すなわち、カウントダウンタイマの計時が終了したか否かをステップS25−8にて判断する。
このステップS25−8の判断結果が肯定的である場合は、速度ホールドモードが開始してから、カウントダウンタイマの前記初期値Tmにより表される時間が未だ経過していない場合である。この場合には、要求重心速度生成部74は、演算処理モードを速度ホールドモードに維持するものとして、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度方位角θvb_aim1とをステップS25−9にて決定し、図20の処理を終了する。
【0131】
この場合、ステップS25−9では、|↑Vb_aim1|の今回値は、前回値|↑Vb_aim1_p|と同じ値に決定される。また、θvb_aim1の今回値は、前回値θvb_aim1_pと同じ値に決定される。従って、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1_pの前回値がそのまま、↑Vb_aim1の今回値の速度ベクトルとして決定される。
なお、ステップS25−8の判断結果が肯定的である場合には、演算処理モードは変更されないので、次回の制御処理周期においても、演算処理モードは、速度ホールドモードに維持されることとなる。
前記ステップS25−8の判断結果が否定的となった場合、すなわち、速度ホールドモードが開始してから、カウントダウンタイマの前記初期値Tmにより表される所定時間が経過した場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS25−10において、前記ステップS23−5と同じ処理(図16及び図17のフローチャートの処理)を実行することによって、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|と基本要求重心速度方位角θvb_aim1とを決定する。
さらに、要求重心速度生成部74は、ステップS25−11にて、演算処理モードを速度ホールドモードから制動モードに変更し、図20の処理を終了する。
以上が、ステップS25における速度ホールドモードの演算処理である。
【0132】
図14の説明に戻って、要求重心速度生成部74は、以上の如くステップS23〜25のいずれかの演算処理を実行した後、次に、その演算処理により決定した|↑Vb_aim1|とθvb_aim1とをそれぞれフィルタに入力する処理(フィルタリング処理)をステップS26にて実行する。
ここで、|↑Vb_aim1|とθvb_aim1とをそれぞれ入力するフィルタは、特に、演算処理モードが制動モードから速度追従モードに変更された直後に、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの大きさ|↑Vb_aim|と方位角θvb_aimとがステップ状に急変するのを防止するための一次遅れ特性のローパスフィルタである。この場合、|↑Vb_aim|を入力するフィルタの時定数は比較的短い時定数に設定されており、|↑Vb_aim1|が急変した直後以外の状況では該フィルタの出力値が|↑Vb_aim1|に一致又はほぼ一致するようになっている。θvb_aim1を入力するフィルタについても同様である。
そして、ステップS26では、θvb_aim1を入力したフィルタの出力値が、そのまま、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの方位角θvb_aim(以降、要求重心速度ベクトル方位角θvb_aimという)として決定される。
【0133】
次いで、ステップS27に進んで、要求重心速度生成部74は、|↑Vb_aim1|を入力したフィルタの出力値を、リミッタに通してなる値を、最終的に要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの大きさ|↑Vb_aim|(以降、要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim|という)として決定する。この場合、該リミッタは、|↑Vb_aim|が過大になるのを防止するためのものであり、|↑Vb_aim1|を入力したフィルタの出力値があらかじめ設定された所定の上限値以下である場合には、該フィルタの出力値をそのまま|↑Vb_aim|として出力する。また、該リミッタは、フィルタの出力値が上記上限値を超えている場合には、該上限値を|↑Vb_aim|として出力する。換言すれば、該リミッタは、フィルタの出力値と上記上限値とのうちの小さい方の値を|↑Vb_aim|として出力する。
次いで、ステップS28に進んで、要求重心速度生成部74は、上記の如く決定した|↑Vb_aim|とθvb_aimとから、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimのX軸方向成分(X軸方向の要求重心速度)Vb_x_aimと、Y軸方向の成分(Y軸方向の要求重心速度)Vb_y_aimとを算出する。より詳しくは、|↑Vb_aim|*sin(θvb_aim)がVb_x_aimとして算出され、|↑Vb_aim|*cos(θvb_aim)がVb_y_aimとして算出される。
以上が要求重心速度生成部74の処理の詳細である。
【0134】
以上説明した要求重心速度生成部74の処理によって、要求重心速度ベクトル↑Vb_aimは(ひいては要求重心速度Vb_x_aim,Vb_y_aim)は、以下のような態様で決定されることとなる。
すなわち、例えば、車両1の移動速度を増速するために、利用者が移動を始めたり、移動速度を高めたりすることによって、あるいは、補助者等が車両1を押すことによって、車両1に対して、概略X軸方向の推進力(詳しくは、前記ステップS23−1の判断結果が肯定的となるような推進力)を付加した場合を想定する。
なお、推進力を付加する前の演算処理モードは、前記制動モードであるとする。また、ここでは、理解の便宜上、図14のステップS26で|↑Vb_aim1|を入力するフィルタの出力値は、ステップS27でのリミッタによる強制的な制限がかからない程度の範囲内に収まる値(該リミッタの上限値以下の値)であるとする。同様に、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sが、前記リミット処理部104での出力値V_x_lim2,V_y_lim2の強制的な制限が行なわれない程度の範囲内に収まるものとする。
この場合、車両1に推進力を付加することによって、前記ステップS23−1の判断結果が肯定的となると、図15のステップS23−3の処理によって、演算処理モードが制動モードから速度追従モードに変更されることとなる。
【0135】
この速度追従モードでは、減速要求が発生しない状況(ステップS24−1の判断結果が否定的となる状況)で、推定重心速度ベクトル↑Vb_sの今回値(現在値)に、所定値の比率γを乗じてなるベクトル、すなわち、↑Vb_sよりも大きさが若干小さく、且つ、↑Vb_sと同じ向きの速度ベクトルが、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1として逐次決定される。
このため、要求重心速度生成部74が逐次決定する要求重心速度ベクトル↑Vb_aimは、車両1に付加された推進力によって増速する(大きさが増加する)実際の重心速度ベクトル↑Vbにほぼ一致する速度ベクトル↑Vb_aim1(=γ*↑Vb_s)に追従するように、決定されることとなる。
そして、このように決定される要求重心速度ベクトル↑Vb_aimのX軸方向成分とY軸方向成分とが前記制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdとして決定される。さらに、各仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_cmd,ωdotw_y_cmdにそれぞれ含まれる操作量成分u3_x,u3_yは、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdに重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sを各々収束させるように決定される。
【0136】
この結果、利用者が車両1に付加した推進力による車両系重心点の実際の移動速度の増速(概略前後方向での増速)が該推進力による要求に即して速やかに行なわれるように、車輪体5の移動速度が制御されることとなる。従って、車両1が付加された推進力によって円滑に加速することとなる。
なお、速度追従モードにおいて、車両1に制動力を付加することによって、図19のステップS24−1の判断結果が肯定的になると(減速要求が発生すると)、演算処理モードが前記制動モードに変化する。このため、車両1の移動速度が減衰していくこととなる。この場合、減速要求の発生中は、ステップS23−6の第2制動演算処理(図18の処理)によって、|↑Vb_aim1|とθvb_aim1とが決定されるので、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1、あるいはこれに追従する要求重心速度ベクトル↑Vb_aimは、その向きを一定に保ったまま、大きさが一定の時間的変化率(前記所定値ΔVb2により規定される時間的変化率)で減衰していくように決定されることとなる。
【0137】
次に、速度追従モードにおいて、車両1への推進力の付加が終了し、推定重心速度絶対値変化率DVb_sが前記第2閾値DV2よりも小さくなると(図19のステップS24−3の判断結果が肯定的になると)、図19のステップS24−5の処理によって、演算処理モードが速度追従モードから速度ホールドモードに変更されることとなる。
この速度ホールドモードでは、加速要求及び減速要求が発生しない状況(図19のステップS25−1、25−4の判断結果がいずれも否定的となる状況)で、カウントダウンタイマの計時が終了するまで、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1は、前回値の速度ベクトル↑Vb_aim1_pと同じ速度ベクトルに設定される。
【0138】
従って、速度ホールドモードの開始後、カウントダウンタイマの計時が終了するまでの所定時間(カウントダウンタイマの初期値Tmの時間)の期間において、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1は、速度ホールドモードが開始する直前に決定された速度ベクトルと同じ速度ベクトルで一定に保持されることとなる。
このため、↑Vb_aim1に追従するように決定される要求重心速度ベクトル↑Vb_aimも、一定の速度ベクトル(速度ホールドモードが開始する直前に決定された↑Vb_aimと一致又はほぼ一致する速度ベクトル)に保たれるように決定されることとなる。
そして、上記の如く決定される要求重心速度ベクトル↑Vb_aimのX軸方向成分とY軸方向成分とが前記制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdとして決定される。さらに、各仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_cmd,ωdotw_y_cmdにそれぞれ含まれる操作量成分u3_x,u3_yは、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdに重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sを各々収束させるように決定される。
【0139】
この結果、車両1の増速後に、カウントダウンタイマの計時が終了するまでの期間(前記初期値Tmにより表される時間の期間)において、利用者が移動速度の頻繁に調整をすることなく、車両系重心点の実際の速度ベクトル↑Vbの大きさ及び向きが一定に保たれるように該車輪体5の移動速度が制御されることとなる。従って、この状況での車両1の実際の走行状態は、利用者がその移動速度を積極的に保持しようとせずとも、ほぼ一定の速度ベクトルで移動速度を補助するような状態となる。
なお、速度ホールドモードにおいて、再び車両1に概略前後方向の推進力を付加することによって、図20のステップS25−4の判断結果が肯定的になると(加速要求が発生すると)、演算処理モードが前記速度追従モードに戻る。このため、車両1が再び概略前後方向で加速することとなる。
また、速度ホールドモードにおいて、車両1に制動力を付加することによって、図20のステップS25−1の判断結果が肯定的になると(減速要求が発生すると)、演算処理モードが前記制動モードに変化する。このため、車両1の移動速度が減衰していくこととなる。この場合、速度追従モードで減速要求が発生した場合と同様に、減速要求の発生中は、ステップS23−6の第2制動演算処理(図18の処理)によって、|↑Vb_aim1|とθvb_aim1とが決定される
【0140】
次に、速度ホールドモードにおいて、加速要求及び減速要求が発生しない状況(図20のステップS25−1、25−4の判断結果がいずれも否定的となる状況)が保たれたまま、前記カウントダウンタイマの計時が終了すると、図20のステップS25−11の処理によって、演算処理モードが速度ホールドモードから制動モードに変更されることとなる。
この制動モードでは、加速要求及び減速要求が発生しない状況(図15のステップS23−1,23−4の判断結果がいずれも否定的となる状況)で、図16のステップS23−5−1,23−5−2の処理が制御処理周期毎に実行されることによって、基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|が、“0”まで一定の時間的変化率(前記ΔVb1により規定される時間的変化率)で連続的に減衰していくこととなる。そして、|↑Vb_aim1|が“0”まで減衰した後には、|↑Vb_aim1|が“0”に保持される。
【0141】
さらに、制動モードでは、加速要求及び減速要求が発生しない状況で、図16のステップS23−5−3以降の処理が制御処理周期毎に実行される。この場合、速度ホールドモードから制動モードへの移行直前に決定された基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の向き(図20のステップS25−8の判断結果が否定的となる制御処理周期の1つ前の制御処理周期で決定された↑Vb_aim1の向き)が、X軸方向と異なり、且つ、比較的X軸方向に近い向きである場合(より正確には、移行直前に決定された↑Vb_aim1の方位角θvb_aim1が、0°<θvb_aim1_p≦θth1+、θth1-≦θvb_aim1_p<0°、θth2+≦θvb_aim1_p<180°、−180°<θvb_aim1_p≦θth2-のいずれかの範囲内の角度値である場合)には、|↑Vb_aim1|が“0”に減衰するまでの期間内において、θvb_aim1が一定の時間的変化率で収束目標角度値としての0°又は180°又は−180°に近づいていき、最終的に、該収束目標角度値に保持される。従って、制動モードの開始後、|↑Vb_aim1|が“0”に減衰するまでの期間内において、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aimの向きが、連続的にX軸方向に近づいていくこととなる。換言すれば、当該期間内において、基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aimのX軸方向成分Vb_x_aim1の絶対値に対するY軸方向成分Vb_y_aim1の絶対値の比率が、“0”に近づいていくこととなる。そして、|↑Vb_aim1|が“0”に減衰するまでに、↑Vb_aim1の向きがX軸方向と同じ向きに到達すると(Vb_y_aim1=0になると)、↑Vb_aim1の向きがX軸方向と同じ向きに保持される。
従って、↑Vb_aim1は、その大きさが減衰しつつ、その向きがX軸方向に近づく(収束する)ように決定される。このように↑Vb_aim1が決定される状況では、↑Vb_aim1に追従するように決定される要求重心速度ベクトル↑Vb_aimも、その大きさが減衰しつつ、その向きがX軸方向に近づくように決定されることとなる。
【0142】
また、速度ホールドモードから制動モードへの移行直前に決定された基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の向きが、X軸方向と異なり、且つ、X軸方向から比較的乖離した向きである場合(より正確には、上記移行直前に決定された↑Vb_aim1の方位角θvb_aim1が、θth1+<θvb_aim1_p<θth2+、θth2-<θvb_aim1_p<θth1-のいずれかの範囲内の角度値である場合)には、|↑Vb_aim1|が“0”に減衰するまでの期間内において、θvb_aim1が、上記移行直前に決定された↑Vb_aim1の方位角θvb_aim1と同じ角度値で一定に保持される。
従って、↑Vb_aim1は、その大きさが減衰しつつ、その向きが一定に保たれるように決定される。このように↑Vb_aim1が決定される状況では、↑Vb_aim1に追従するように決定される要求重心速度ベクトル↑Vb_aimも、その大きさが減衰しつつ、その向きが一定に保たれるように決定されることとなる。
【0143】
なお、本実施形態では、速度ホールドモードでは、↑Vb_aim1は、その大きさ及び向きが一定に保持されるので、速度ホールドモードから制動モードへの移行直前に決定された基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1は、結果的には、速度追従モードから速度ホールドモードへの移行直前に決定された↑Vb_aim1(本実施形態では、図19のステップS24−3の判断結果が肯定的となる制御処理周期で決定された↑Vb_aim1)に一致する。
そして、制動モードで上記の如く決定される要求重心速度ベクトル↑Vb_aimのX軸方向成分とY軸方向成分とが前記制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdとして決定される。さらに、各仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_cmd,ωdotw_y_cmdにそれぞれ含まれる操作量成分u3_x,u3_yは、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdに重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sを各々収束させるように決定される。
この結果、前記制動モードの前の演算処理モードが速度ホールドモードである場合に、利用者がその移動速度を積極的に保持しようとせずとも、車両系重心点の実際の速度ベクルの大きさが速度ホールドモードでの大きさから連続的に減衰していくように車輪体5の移動速度が制御されることとなる。
【0144】
この場合、速度ホールドモードから制動モードへの移行直前に決定された↑Vb_aim1(=速度追従モードから速度ホールドモードへの移行直前に決定された↑Vb_aim1)の向きが、X軸方向と異なり、且つ、比較的X軸方向に近い向きである場合には、利用者がその移動速度を積極的に減速しようとせずとも、車両系重心点の速度ベクトルの大きさが減衰しながら、該速度ベクトルの向きが自動的にX軸方向(利用者の前後方向)に近づいていくこととなる。従って、利用者の前後方向に対する車両1の直進性が高まる。
ここで、車両1を加速しようとする場合、多くの場合、特に利用者の前後方向で車両1を加速することが要求される。この場合、本実施形態の車両1は、上記の如く前後方向に対する直進性が高いので、車両1に付加する推進力の向きが、前後方向から多少ずれていても、その後の速度ホールドモードに続く制動モードにおいて、自動的に車両系重心点の速度ベクトルが、前後方向に向くように車輪体5の移動速度が制御される。
【0145】
このため、車両1の移動方向のばらつきが生じにくく、利用者の前後方向に対して高い直進性を有する車両1(利用者の前後方向に進み易い車両1)が実現されている。ひいては、車両1を前後方向に移動させる場合に、車両1に付加する推進力を正確に前後方向に向けずとも、該車両1を前後方向に移動させることができる。その結果、車両1を前後方向に移動させる操縦操作が容易になる。
また、速度ホールドモードから制動モードへの移行直前に決定された基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1(=速度追従モードから速度ホールドモードへの移行直前に決定された↑Vb_aim1)の向きが、X軸方向と異なり、且つ、X軸方向から比較的乖離した向きである場合には、利用者がその移動速度を積極的に減速しようとずとも、車両系重心点の速度ベクトルの大きさが減衰しながら、該速度ベクトルの向きがほぼ一定に保たれる。すなわち、速度ホールドモードから制動モードへの移行直前に決定された↑Vb_aim1の向きが、X軸方向から比較的乖離した向きである場合には、速度追従モードで最終的に利用者が意図した車両系重心の速度ベクトルの向きが、X軸方向と異なる向きである可能性が高い。従って、速度追従モード以後に、車両系重心点が、利用者が意図する方向と乖離する向きに移動しようとするのを防止できる。
【0146】
続いて、ステップS5に示したアシストモード用の目標値設定について説明する。
本実施形態では、利用者の体重指示をサポートする「体重支持アシスト」について示す。
図は、図7のステップS5のアシストモード用の目標値設定処理を示すフローチャートである。
ステップS5−1において、制御ユニット50の目標値設定部520は、荷重センサ54によって検出される荷重検出値F_sと、傾斜センサ52によって検出されるシステム傾斜角度θb_xyz_sに基づいて、必要とされるアシスト力を算出する。
アシスト力の算出は、利用者の体重(重量)Fw_zに所定の比率K(Kは、0以上1以下の値)を乗じた値に設定される。すなわち、ステップSi5(図7参照)で設定された利用者の重量に、図示されない設定値入力手段によって入力された情報に基づいて、所定の比率を乗じた値、すなわち(重量Fw_z×所定の比率K)の値を、利用者の体重を支える鉛直軸方向の成分としてアシスト力の目標値に設定する。
このアシスト力は、荷重センサ54で検出された荷重検出値F_sの鉛直軸成分(荷重検出値F_z_s)として検出され、傾斜センサ52によって検出されるシステム傾斜角度θb_xyz_sから、鉛直軸成分を算出できる。
利用者の腰部に装着した高さが低くなるほど、Fzのアシスト量F_z_cmdを増やす。
利用者が直立した時の基体傾斜角度初期計測値θb_x_s0を、基体傾斜角制御目標値θb_x_aimと設定する。すなわち、鉛直方向のアシスト力に基づく指令値は、
式10によって示される。
【0147】
F_z_cmd= K(θb_x_aim―θb_x_s) …式10
【0148】
ステップS5−2において、ヨー角検出部53は、ヨー角θst_z_sを検出する。
ヨー角θst_z_sは、ステップSi2における処理と同様に行う。
ステップS5−3において、制御ユニット50の目標値設定部520は、ヨー角検出部53によって検出されたヨー角θst_z_sと、傾斜センサ52によって検出されるシステム傾斜角度θb_xyz_sに基づいて、基体9の横ずれ量yを算出する。基体9の横ずれ量yは、車輪体5の接地点と、利用者の腰部を連結するジョイント部17の支軸を通り、ベルト3に対して垂直の方向、すなわち利用者の後方中心を示す方向を示す基準線との距離L1を横ずれ量yの目標値(横ずれ目標量Y_aim)を算出する。横ずれ目標量Y_aimは、単調増加の関数から導かれる。
【0149】
また、同様に単位時間Δtの間に変化する横ずれ量yの変化量の目標値(横ずれ変化目標量Ydot_aim)を算出する。横ずれ変化量目標量Ydot_aimは、
式11に基づいて算出される。
【0150】
ydot_aim=y_aim/Δt …式11
【0151】
続いて、ステップS5−4において、歩行動作推定部55は、利用者の左右の足の位置を検出する。
歩行動作検出部55における足の位置を検出する方法は、歩行動作推定部55が、車両1を装着した歩行者の腰部の回転を検出し、どちらの足が後方に位置するか、歩行により振り出される足はどちらの足であるかを検出する。
腰部は、後方に位置する足方に回転し、足の振り出しに応じて反対の方向に回転する。
ヨー角検出部5は、利用者の腰部の回転を、車両1に設けられたヨー角検出部53で行う。そして、歩行動作検出部55は、検出されたヨー角θst_z_sと、検出傾斜角センサ52によって検出された3軸方向の角度と各角速度などの状態量とから、左右の足の位置を推定する。
推定される左右の足の位置情報(左足位置xL,右足位置xR)を出力する。ここで出力される左右の足の位置情報は、車両1の車輪体5が設置する位置を基準に、各足までの距離を示す。すなわち、足の位置情報は、前方に配置されるほど大きな値を示し、前足の位置情報が、後足の位置情報より大きな値を示す。
【0152】
ステップS5−5において、歩行動作検出部55左右の足のいずれかの足が後方に配置された状態であるかを判定する。歩行動作検出部55が判定した、左右の足の配置から左足位置xLと右足位置xRを比較し、右足位置xRが左足位置xLより大きいか否かにより判定する。
【0153】
ステップS5−6において、ステップS5−5の判定により肯定的な判定の結果、歩行動作検出部55は、左足が後方にあると判定し、そのときの動作モードを「左足モード」と定義する。左足モードでは、車両1が前述の中心線より、右側となるように車輪体5のY軸が負の方向に移動する。これにより車輪体5は、後足である左足と干渉することなくアシストができるように目標位置が設定される。歩行動作検出部55は、制御ユニット50内部に備える図示されない記憶部に判定結果を記録する。
【0154】
ステップS5−7において、ステップS5−5の判定により否定的な判定の結果、歩行動作検出部55は、右足が後方にあると判定し、そのときの動作モードを「右足モード」と定義する。右足モードでは、車両1が前述の中心線より、左側となるように車輪体5のY軸が正の方向に移動する。これにより車輪体5は、後足である右足と干渉することなくアシストができるように目標位置が設定される。歩行動作検出部55は、制御ユニット50内部に備える図示されない記憶部に判定結果を記録する。
【0155】
ここで、車輪体5の左右のシフト量の設定について示す。
図23(a)と(b)は、それぞれ右足モードと左足モードと判定された場合のY軸方向の指示値Yaimを示す。いずれのモードにおいても後方にあるほど移動量を大きく設定する関係が示される。
【0156】
以上に示した実施形態により、足の位置を判定して後方から利用者のアシストを行う車両1は、利用者の足との干渉を避けて左右に移動することが可能となる。
【0157】
ここで、本実施形態と本発明との対応関係を補足しておく。
本実施形態では、車両1を装着する利用者の前後方向(X軸方向)、左右方向(Y軸方向)が、それぞれ、本発明における第1の方向、第2の方向に相当する。
さらに、要求重心速度生成部74が実行する図14のステップS21の処理によって、本発明における速度変化率計測手段が実現される。この場合、本実施形態では、前記推定重心速度絶対値変化率DVb_sが、本発明における速度変化率の計測値に相当する。
また、要求重心速度生成部位74が実行する前記ステップS23−1,25−4の判断処理によって、本発明における加速要求判断手段が実現される。そして、減速要求が発生しない状態での速度追従モードの処理(ステップS24−1の判断結果が否定的となる状態での図19の処理)が本発明における増速処理に相当する。
【0158】
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態について図21を参照しつつ以下に説明する。なお、本実施形態は、前記速度ホールドモードでの一部の処理のみが前記第1実施形態と相違するものである。このため、本実施形態の説明では、第1実施形態と同一の構成及び処理については説明を省略する。
本実施形態では、図14のステップS25の速度ホールドモードの演算処理は、図21のフローチャートに示す如く実行される。この場合、図21のステップS25−8の判断結果が肯定的となった場合以外の処理は、第1実施形態で説明した処理(図20の処理)と同じである。
【0159】
そして、本実施形態では、図21のステップS25−8の判断結果が肯定的となった場合、すなわち、速度ホールドモードが開始してから、加速要求及び減速要求が発生しない状態で、カウントダウンタイマの初期値Tmにより表される所定時間が未だ経過していない場合には、要求重心速度生成部74は、ステップS25−9aにおいて基本要求重心速度ベクトル絶対値|↑Vb_aim1|を決定し、さらに、ステップS25−9bにおいて基本要求重心速度ベクトル方位角θvb_aim1を決定する。
この場合、ステップS25−9aでは、|↑Vb_aim1|の今回値は、第1実施形態の場合と同様に、前回値|↑Vb_aim1_p|と同じ値に決定される。
【0160】
また、ステップS25−9bでは、θvb_aim1の今回値は、前記第1実施形態で説明した図16、17のステップS25−5−5〜25−5−17と同じ処理によって決定される。従って、速度追従モードから速度ホールドモードへの移行直前に決定された基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の向き(図19のステップS24−3の判断結果が肯定的となる制御処理周期で決定された↑Vb_aim1の向き)が、X軸方向と異なり、且つ、比較的X軸方向に近い向きである場合(より正確には、移行直前に決定された↑Vb_aim1の方位角θvb_aim1が、0°<θvb_aim1_p≦θth1+、θth1-≦θvb_aim1_p<0°、θth2+≦θvb_aim1_p<180°、−180°<θvb_aim1_p≦θth2-のいずれかの範囲内の角度値である場合)には、速度ホールドモードの継続期間において、θvb_aim1が一定の時間的変化率で収束目標角度としての0°又は180°又は−180°に近づいていき、最終的に、0°又は180°又は−180°に保持されるようにθvb_aim1が決定される。
【0161】
このため、速度ホールドモードとこれに続く制動モードとを合わせた期間で、θvb_aim1が一定の時間的変化率で収束目標角度(0°又は180°又は−180°)に近づいていき、最終的に、該収束目標角度に保持されるようにθvb_aim1が決定される。
また、速度追従モードから速度ホールドモードへの移行直前に決定された基本要求重心速度ベクトル↑Vb_aim1の向き(図19のステップS24−3の判断結果が肯定的となる制御処理周期で決定された↑Vb_aim1の向き)が、X軸方向と異なり、且つ、X軸方向から比較的乖離した向きである場合(より正確には、上記移行直前に決定された↑Vb_aim1の方位角θvb_aim1が、θth1+<θvb_aim1_p<θth2+、θth2-<θvb_aim1_p<θth1-のいずれかの範囲内の角度値である場合)には、速度ホールドモードの継続期間において、θvb_aim1が、上記移行直前に決定された↑Vb_aim1の方位角θvb_aim1と同じ角度値で一定に保持される。従って、この場合における方位角θvb_aim1の決定処理は、第1実施形態と同じである。このため、速度ホールドモードとこれに続く制動モードとを合わせた期間で、θvb_aim1が一定に保持されるように決定される。
以上説明した以外の処理は、第1実施形態と同じである。
【0162】
[第3実施形態]
次に、本発明の第3実施形態について図7を参照しつつ以下に説明する。なお、本実施形態は、前記アシストモードでの一部の処理のみが前記第1実施形態と相違するものである。このため、本実施形態の説明では、第1実施形態と同一の構成及び処理については説明を省略する。
本実施形態では、図7のステップS5に示したアシストモード用の目標値設定について異なる実施形態について説明する。
本実施形態では、利用者の歩行推進力をサポートする「歩行推進力アシスト」について示す。
ステップS5−1’において、制御ユニット50の目標値設定部520は、ステップSi5(図7参照)で設定された歩行速度にしたがう一定の値を前方に移動する推進力Fxとしてアシスト量を設定する。
設定されるアシスト力は、歩行速度に応じて定められ歩行速度が大きくなるほど、アシスト力を大きくする。例えば、歩行速度に比例する値とすることができる。
【0163】
F_x_cmd=K×歩行速度 …式12
【0164】
なお、過剰な推進力を制限するための上限値設定を行う。
【0165】
利用者の歩行速度に所定の比率K(Kは、0以上1以下の値)を乗じた値に設定される。
また、ステップSi5(図7参照)で設定された利用者の重量に、図示されない設定値入力手段によって入力された情報に基づいて、所定の比率を乗じた値、すなわち(重量Fw_z×所定の比率K)の値を、利用者の体重を支える鉛直軸方向の成分としてアシスト力の目標値に設定することもできる。
【0166】
[第4実施形態]
次に、本発明の第4実施形態について図24を参照しつつ以下に説明する。なお、本実施形態は、前記歩行動作推定部55の一部の処理が前記第1実施形態と相違する。このため、本実施形態の説明では、第1実施形態と同一の構成及び処理については説明を省略する。
本実施形態では、図9の歩行動作推定部55に代わりとなる歩行動作推定部55aについて示す。
【0167】
歩行動作推定部55aは、カメラ部251と画像処理部252を備える。
カメラ部251は、車両1の基体9の前方側下部に内臓され、その光学系のみが外部に露出する。例えば、図1における制御ユニット50の下部に設けられる。
カメラ部251は、広角の光学系を備え、利用者が装着した標準的な姿勢で、利用者の両足の動きが撮像できるように画角が設定される。
画像処理部252は、カメラ部251によって撮像された映像信号に基づいて、フレーム間差分などにより移動する対象物の特徴抽出処理を行い左右の足を抽出する。また、特定された移動する対象物周辺の移動ベクトルを判定することにより、足の位置だけでなく動きをベクトル検出することも容易である。これらの抽出方法は、一般的に知られている画像処理技術を応用し実現できる。
【0168】
図25は、画角設定の例を示す図である。
この図に示されるように、左右の足の位置を判定することにより、いずれの足が後方に位置するかを検出することができる。
また、このときの動きベクトルから、歩く速さ、すなわち移動速度についても検出可能である。
この図には、足として検出した範囲の重心を代表箇所として選定した場合について、足の位置を捕捉する方法を示している。
動きベクトルに平行に引かれている足の間の中心線についても、左右の対称性から導くことも可能となる。車両1は、利用者の歩行動作に応じて左右に移動することから、得られる画像は都度変化するが、画角が変化しても、座標変換処理と組み合わせれば、絶対座標における足の位置を導くことも可能となる。
【0169】
なお、足の位置の検出は、必要に応じて片足の動きを検出することとしても良い。検出を行わない方の足の位置は、検出する足の位置から所定の歩幅の範囲に位置し、検出する足の移動方向と類似の方向に移動を行うことから、予測手法などを用いることにより、仮想的に検出されたものとすることも可能である。
ただし、利用者の歩行状態をより正確に検出するには、両足を対象として行うことが望ましい。
上記では、検出した移動対象の重心を検出することとして示したが、予め靴のかかとなどに特徴点(マーカーなど)を設けることにより、具体的な特徴を捕捉することができることから足の動きを検出しやすくできる。
【0170】
[第5実施形態]
次に、本発明の第5実施形態について図26を参照しつつ以下に説明する。なお、本実施形態は、前記歩行動作推定部55の一部の処理が前記第1実施形態、第4実施形態と相違する。このため、本実施形態の説明では、第1実施形態と同一の構成及び処理については説明を省略する。
本実施形態では、図9の歩行動作推定部55に代わりとなる歩行動作推定部55bについて示す。
【0171】
歩行動作推定部55bは、それぞれの足に設けられた左足センサ部351と右足センサ部352と、通信処理部353と、位置変換処理部354とを備える。
左足センサ部351と右足センサ部352は、少なくとも進行方向(X軸)に対する加速度を検出することにより、足の前後の動きを検出する。また多軸センサーとすることにより左右の移動についての情報も得ることが可能となる。
左足センサ部351と右足センサ部352は、検出した加速度情報を通信手段により、通信処理部353に通知する。
通信処理部353は、左足センサ部351と右足センサ部352と通信を行い、それぞれ検出された加速度情報を受信し、受信した情報を位置変換処理部354に提供する。
位置情報処理部354は、左足センサ部351と右足センサ部352から供給された加速度情報に基づいて、それぞれの足の軌跡を算出する。位置情報処理部354によって得られた軌跡は、それぞれの相対的な位置関係から直接的に関連付けることができないが、初期設定時に両足を揃え、その位置を基準とする軌跡を求めることにより、相互の相対的な位置関係を算出することが可能となる。
【0172】
また、前記各実施形態では、図1及び図2に示した構造の車両1を例示したが、本発明における倒立振子型移動体は、本実施形態で例示した車両に限られるものではない。
具体的には、本実施形態の車両1の移動動作部としての車輪体5は一体構造のものであるが、例えば、前記特許文献2の図10に記載されているような構造のものであってもよい。すなわち、剛性を有する円環状の軸体に、複数のローラをその軸心が該軸体の接線方向に向くようにして回転自在に外挿し、これらの複数のローラを軸体に沿って円周方向に配列させることによって、車輪体を構成してもよい。
さらに移動動作部は、例えば、特許文献1の図3に記載されているようなクローラ状の構造のものであってもよい。
あるいは、例えば、前記特許文献1の図5、特許文献2の図7、もしくは特許文献3の図1に記載されているように、移動動作部を球体により構成し、この球体を、アクチュエータ装置(例えば前記車輪体5を有するアクチュエータ装置)によりX軸周り方向及びY軸周り方向に回転駆動するように移動動作部を構成してもよい。
このように本発明は、前記特許文献1〜3等に見られる如き、各種の構造の倒立振子型移動装置に適用することが可能である。
さらには、本発明における倒立振子型移動体は、床面上を全方向に移動可能な移動動作部を複数(例えば、左右方向に2つ、あるいは、前後方向に2つ、あるいは、3つ以上)備えていてもよい。この場合、例えば、移動動作部を3つ以上備えた場合には、基体が傾動しないようにして、該基体の傾斜角度の制御を省略してもよい。
【0173】
なお、発明の実施形態による倒立振子型移動装置1は、歩行動作推定部55が利用者の歩行動作を推定し、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部5を移動するように制御ユニット50がアクチュエータ装置7を制御することにより、利用者が歩行する時に用いることができる。
【0174】
また、本実施形態の荷重センサー52が、利用者から受ける荷重に基づいた第1の方向周りのモーメントか、鉛直軸周りのモーメントのいずれかが所定の値となように移動動作部を移動するように制御部が制御することにより、歩行動作推定部55が利用者の歩行動作を推定し、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部5を移動するように制御ユニット50が制御することから、利用者が歩行する時に用いることができる。
【0175】
また、本実施形態の歩行動作推定部55が、推定した利用者の足位置に基づいて、アクチュエータ装置7が、歩行動作推定部55で推定した足位置に応じて前記移動動作部を駆動することにより、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部5を移動するように制御ユニット50が制御することから、利用者が歩行する時に用いることができる。
【0176】
また、本実施形態の移動動作部5は、利用者の後方の足が前方向に移動することを歩行動作推定部55が検出した結果に基づいて、利用者の左右の足位置の間を通り前記利用者の進行方向に向かう中心線を越えて前方向に移動する足のある方の領域側に移動することにより、利用者の歩行に支障がない位置に移動動作部5を移動するように制御ユニット50が制御することから、利用者が歩行する時に用いることができる。
なお、鉛直軸周りのモーメントは、実施形態に示したヨー角検出部53を用いて検出するほかに、荷重センサ54により検出される荷重に基づいて求めることとしても良い。荷重センサ54によって検出される横方向の成分により基体9を鉛直方向周りに旋回させるモーメントとして作用することとなる。
【符号の説明】
【0177】
1…倒立振子型移動装置(倒立振子型移動体)、5…移動動作部、7…アクチュエータ装置(駆動部)、9…基体、50…制御ユニット(制御部)、55…歩行動作推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
略水平方向に移動する利用者に並進する基体と、
前記基体に接続され、略水平方向であって第1の方向と前記第1の方向と異なる第2の方向によって定められる方向に前記基体を移動可能とする移動動作部と、
前記移動動作部を駆動する駆動部と、
前記利用者の歩行動作を推定する歩行動作推定部と、
前記推定された歩行動作に応じて少なくとも前記第2の方向に前記移動動作部を駆動するように駆動部を制御する制御部と
を備えることを特徴とする倒立振子型移動体。
【請求項2】
前記利用者から受ける荷重を検出する荷重検出部と、
前記基体の傾斜を検出する傾斜検出部と、
をさらに備え、
前記制御部が、
前記荷重検出部により検出される前記第1の方向周りのモーメントと鉛直方向周りのモーメントの少なくともいずれかの値が所定の値となるように前記第2の方向の駆動力を制御する
ことを特徴とする請求項1に記載の倒立振子型移動体。
【請求項3】
前記歩行動作推定部が、
前記利用者の足位置の推定を行い、
前記駆動部が、
前記歩行動作推定部で推定した足位置に応じて前記移動動作部を駆動する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の倒立振子型移動体。
【請求項4】
前記移動動作部は、
前記利用者の左右の足位置の間を通り前記利用者の進行方向に向かう中心線によって分割される領域間を左右に移動可能であり、
前記利用者の後方の足が前方向に移動することを前記歩行動作推定部が検出した結果に基づいて、前記中心線を挟んで前記前方向に移動する足のある方の前記領域側に移動する
ことを特徴とする請求項1から請求項3に記載の倒立振子型移動体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2011−63241(P2011−63241A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−218171(P2009−218171)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】