説明

光ファイバ型単一光子発生素子および単一光子発生装置

【課題】 光子放出の時間揺らぎを可能な限り小さくすることができ、かつ、光子を効率良く取り出すことができる光ファイバ型単一光子発生素子を提供する。
【解決手段】 光ファイバ2は、単一の光子を放出する少なくとも1つの量子ドット9と、上記単一の光子の波長において横モードが単一モードとされたコア6と、コア6の中心部に設けられ、量子ドット9が充填された中空細孔8とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子暗号通信に用いる、単一の光子を発生するための素子および装置に関する。ここで、「単一」とは、ただ1つであることを意味する。
【背景技術】
【0002】
半導体量子ドット(以下、単に量子ドットと記す。)は、直径が数nmから百nm程度の半導体微粒子であり、電子正孔対が空間的に強く閉じ込められることで励起子準位が離散化し、理想的な2準位系を提供する。この2準位系に1個の電子が励起されている場合は、パウリの排他率に従い2個目の電子を1個目の電子と同じエネルギー準位に励起することはできない。
【0003】
励起された電子が正孔と結合して光子を放出する時間間隔は、励起子の輻射寿命程度である。このため、量子ドットから放出される光子の時間間隔は、必ず輻射寿命以上の間隔となる。この性質によって、量子ドットから放出される光子の統計性が変化し、アンチバンチング光と呼ばれる光が発生する(非特許文献1参照)。
【0004】
上記の性質から、電子を励起するタイミングをパルス光によって制御することで、所望の時間に単一の光子を発生させることが可能になる。これにより、量子情報通信における単一光子光源を実現することができる。
【0005】
ところで、量子ドットの輻射寿命には、半導体の種類にもよるが、100ps〜数ns程度である。これは、単一の光子が放出されるタイミングが、量子ドット中の電子が励起された後に、この輻射寿命の範囲で揺らぐことを意味している。すなわち、量子ドットからの単一の光子の放出には、光子放出の時間揺らぎが存在する。量子暗号通信システムでは、送信側から単一の光子の時間パルス列を送信し、受信側でその送信された単一の光子の時間パルス列を受信することで、送受信者間での暗号鍵の共有を実現する。光子放出の時間揺らぎが、量子暗号通信システムで要求される処理時間、例えば受信側の単一光子検出器のゲート時間幅より大きいと、受信側で、単一の光子の時間パルス列を係数する際に、光子の数え落としを生じ、光子計数の確率が低下することになる。
【0006】
量子ドットが単一の光子を放出する自然放出確率(これは、輻射寿命の逆数で与えられる)を大きくすることで、光子放出の時間揺らぎを小さくすることができる。単位時間当たりの光子の自然放出確率は、1)量子ドットが存在する空間モードにおける電場の振幅の二乗、2)量子ドットが存在する空間の周波数モード密度、3)励起された電子の双極子モーメントの二乗、といった3つの項目の積に比例する。これら項目のうち、3)の項目は、半導体よりなる量子ドットに固有の量である。残りの1)および2)の項目は、量子ドットを配置する環境に依存する。
【0007】
また、量子暗号通信システムでは、量子ドットから放出された光子を、光学系を介して取り出す必要がある。光子は、量子ドットから全立体角中に放出されるが、光学系を介して光子を取り出す場合は、取り出すことが可能な光子の数は、その光学系の立体角によって制限されることになる。
【0008】
上記のことから、単一の量子ドットから放出される光子を量子暗号通信に利用するためには、1)自然放出確率を大きくして光子放出の時間揺らぎを可能な限り小さくすること(第1の技術課題)、2)全立体角中に放出される光子を効率良く取り出すことができるように、光子が放出される空間を制限すること(第2の技術課題)、といった2つの課題を解決し、暗号鍵の生成レートを向上させる必要がある。
【0009】
第1及び第2の技術課題を解決する手法として、微小共振器を用いて単一の量子ドットを電場と効率良く結合させる方法が考えられる。共振器長が波長程度の微小な共振器では、内部に許容される共振器モードの数が少なくなり、許容される共振器モードでは電場の閉じ込めが強く起こる。量子ドットの共鳴エネルギーに共振器モードを合わせることで、量子ドットを電場と強く結合させ、自然放出確率を大きくすることが可能である。非特許文献2、3には、微小共振器中の電場と量子ドットとの結合を実現した例が報告されている。これらの微小共振器は、高いQ値を示すことが知られており、量子ドットと電場の結合効率は高い。
【0010】
量子ドットと電場の効率の良い結合を図る手法としては、上記の微小共振器を用いる方法の他に、光ファイバ(シングルモードファイバ)の使用が考えられる。光ファイバ内では、特定の空間モードの光のみが伝搬されることから、量子ドットから放出された光子を特定の空間モードに結合させることで、光子を効率良く取り出すことが可能となる。特許文献1には、光ファイバのコア層において、光ファイバの径方向における電場の閉じ込めを利用するものが記載されている。この公報に記載のものでは、光ファイバは管状のガラスクラッドによって構成されており、量子ドット充填部全体がコアとされている。量子ドットを充填した光ファイバは、他の光ファイバ素子との結合が容易であり、また、その取り扱いが簡便である、という利点がある。
【0011】
最近では、光ファイバのコア近傍に、コアと平行して中心軸方向に多数の細孔を有するフォトニッククリスタルファイバが考案されている(非特許文献4参照)。このフォトニッククリスタルファイバでは、クラッド領域に周期的に設けられた細孔によって、コアとクラッドの屈折率差を大きくすることが可能であり、ファイバ中の横モードのモードフィールド径を通常のシングルモードファイバよりも小さくすることができる。特許文献2には、この特徴を利用して、フォトニッククリスタルファイバのコア部に集中する電場を利用する例が記載されている。さらに、特許文献2には、フォトニッククリスタルファイバのコア部分に光増幅作用または非線形光学効果を高める機能性材料をドープすることが提案されている。
【特許文献1】特表平10−506502
【特許文献2】特開2002−55239
【非特許文献1】Michlerら,Nature406巻,968ページ,2000年)
【非特許文献2】Solomonら,Physical Review Letters誌,86巻,3903ページ,2001年
【非特許文献3】Michlerら,Science誌,290巻,2282ページ,2000年
【非特許文献4】Knightら,Optics Letters誌,21巻,1547ページ,1996年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上述した従来の手法を適用して単一光子発生装置を実現する場合には、以下のような問題がある。
【0013】
微小共振器では、Q値が高く、許容される周波数モードが限定されているため、量子ドットが単一の光子を放出する自然放出確率が著しく大きくなることが知られている。このため、自然放出確率を大きくするという観点からは非常に有効な手法であると言える。しかしながら、Q値が大きいため、量子ドットから放出された光子が、共振器内に長く留まり、共振器外に出るまでに時間がかかる。このため、単一の光子の発生時間の制御し易さ(制御性)という点において、不利なものになってしまう。この単一の光子の発生時間の制御性も、単一光子発生装置を実現する上で重要とされている。
【0014】
量子ドットがコア全体に充填される特許文献1に記載の光ファイバでは、量子ドットから放出される光子は、光ファイバ内の特定の空間モードに結合し、光ファイバ内を伝搬することができることから、第2の技術課題を解決するという点においては、非常に有効である。また、微小共振器に見られるような共振器内への光子の閉じ込めも起きないため、光子の取り出しに時間がかかることもない。しかしながら、この場合は、以下のような問題がある。
【0015】
シングルモードファイバの場合、コアの径方向に形成される電場密度は、コアの中心部において最も高く、中心から離れるに従って除々に小さくなる。特許文献1に記載の光ファイバは、量子ドットを溶媒中に懸濁した液を管状のガラスクラッド中に充填する構造であるため、充填された量子ドットは、中空部分(コア部)を流動する。この量子ドットの流動は、径方向においても生じることから、量子ドットは、光ファイバ中の横モードの電場が一定である位置に安定して存在することができない。このため、一定の自然放出確率を得ることができない。加えて、量子ドットがコアの壁近傍に位置する場合の電場密度はコア中心に比較して低い値となり、その場合、自然放出確率は低いものとなる。このようなことから、特許文献1に記載の光ファイバを適用した場合は、第1の技術課題を解決するという点において、不十分なものとなってしまう。
【0016】
特許文献2に記載の光ファイバを適用した場合も、量子ドットをコア全体に充填するような構成となる。このため、量子ドットがコアの壁近傍に位置する場合は、電場密度がコア中心に比較して低い値となり、自然放出確率が低くなる。よって、この場合も、第1の技術課題を解決するという点において、不十分なものとなってしまう。
【0017】
本発明の目的は、上記問題を解決し、光子放出の時間揺らぎを可能な限り小さくすることができ、かつ、光子を効率良く取り出すことができる光ファイバ型単一光子発生素子およびそれを用いた単一光子発生装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するため、本発明は、単一の光子を放出する少なくとも1つの量子ドットが充填された中空細孔が、前記単一の光子の波長において横モードが単一モードとされたコアの中心部に設けられている。この構成によれば、コアの径方向に形成される単一横モード中の電場密度はコアの中心部ほど高くなることから、中空細孔は、電場密度のより高い部分に設けられる。このように形成された中空細孔においては、径方向において中心から最も離れた位置(壁付近)においても、十分に高い電場密度を得られ、その電場密度と中心における電場密度との差も十分に小さいものとなる。よって、量子ドットが中空細孔内を半径方向に流動したとしても、量子ドットを常に高い電場と結合させることが可能である。また、量子ドットが中空細孔内の壁付近に位置する場合も、量子ドットを高い電場と結合させることが可能である。このように、量子ドットは、中空細孔内のどの位置においても、高い電場との結合が安定し行われるので、自然放出確率は、コア全体に量子ドットが充填される従来のものと比較して、より高く、かつ、一定なものとなる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、自然放出確率をより高く、かつ、一定なものとすることができるので、光子放出の時間ゆらぎを可能な限り小さくすることができ、それにより、光子の数え落としが低減し、光子計数の確率が向上する、という効果がある。
【0020】
加えて、光子放出の時間ゆらぎを小さくすることで、単一の光子の発生時間の制御性も向上する、という効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
次に、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0022】
(実施形態1)
図1は、本発明の第1の実施形態である単一光子発生装置の構成を示す図である。この単一光子発生装置は、励起光源1と、半導体量子ドット(以下、単に量子ドットと記す)が充填された光ファイバ2とから構成されている。
【0023】
励起光源1は、外部信号によって駆動されるものであって、パルス状の励起光を発生する。励起光源1によって生成されたパルス状の励起光は、光ファイバ2内に供給され、光ファイバ2中に含まれている量子ドットを励起する。この励起光は、励起された量子ドットから放出される光子よりもエネルギーの高い励起状態に共鳴したエネルギーを持つ。励起光源1は、励起光の強度が量子ドットの電子をひとつだけ励起する程度の強度になるように調節する機能を備える。
【0024】
光ファイバ2は、最も特徴となる光ファイバ型単一光子発生素子を構成する部分であって、発生すべき波長の光子を放出する単一の量子ドットを、光ファイバ内の横モードにおける電場密度がより高い位置に保持するようにした点を特徴とする。以下、この光ファイバ2の構成について具体的に説明する。
【0025】
図2に、光ファイバ2の構成を示す。図2を参照すると、光ファイバ2は、中心部に中空細孔8を備えるコア6と、このコア6の外周を覆うように設けられたクラッド7とを有する。中空細孔8内には、少なくとも一つの量子ドット9が充填されている。量子ドット9は、発生すべき波長において単一の光子を放出するものであって、例えばPbSe、CdSeなどの有機化学的に合成されたものである。量子ドット9は、PbSeやCdSeの他、単一の光子を発生しうるIII−V族、II−VI族、I−VII族の直接ギャップ半導体で構
成してもよい。直接ギャップ半導体としては、例えば,ZnS,ZnO,TiO2,AgI,AgBr,ZnTe,CdTe,GaAsなどが挙げられる。
【0026】
コア6は、中空細孔8の内部に充填する媒質やコア6および中空細孔8の実効屈折率などを考慮し、所望の波長の範囲において、コア中の横モードが単一モードとなるように構成されている。ここで、所望の波長の範囲は、量子ドット9の共鳴エネルギーに相当する波長を含む。
【0027】
中空細孔8は、コア6内の電場密度がもっとも高い部分に位置するように、コア6の中心部(中心軸近傍)に設けられている。図3に、コア6の一部を中心軸に垂直な方向に切断した断面における電場密度の動径方向依存性を示す。図3中、上側には、コア6の断面が示されており、下側には、その断面における電場密度10が示されている。この図3から分かるように、コア6中の横モードが単一モードである場合、電場密度10はコア6の中心部において最も高くなり、中心から離れるに従って除々に小さくなる。モード分布の最も外側の位置では、電場密度10はほぼ0になる。
【0028】
前述したように、単位時間当たりの光子の自然放出確率は、1)量子ドットが存在する空間モードにおける電場の振幅の二乗、2)量子ドットが存在する空間の周波数モード密度、3)励起された電子の双極子モーメントの二乗、の3つの項目の積に比例することから、量子ドット9が電場密度10の高い位置にある場合は、量子ドット9が光子を放出する自然放出確率が大きくなる。図2の構造によれば、中空細孔8はコア6内の電場密度10のもっとも高い部分(図3の分布の頂部に対応する部分)に形成されているので、この中空細孔8内では、充填された量子ドット9は、どの位置にあっても電場密度10の高い位置に安定して存在することになる。よって、コア全体に量子ドットを充填する構造に比べて、量子ドット9が単一の光子を放出する自然放出確率を、より高く、かつ、安定したものとすることができる。
【0029】
径方向における電場密度の大きさは、図3に示した分布に従うことから、中空細孔8の直径が小さいほど、量子ドット9を電場密度のより高い位置に配置することができる。中空細孔8の直径をあまり大きくすると、量子ドット9が電場密度の低い位置に配置されることがあり、その場合は、量子ドット9が光子を放出する自然放出確率が低くなって、光子放出の時間ゆらぎが増大する。
【0030】
中空細孔8の径方向における最小の電場強度、すなわち中空細孔8の最外周部(コア部6との境界部)における電場強度は、コア6の中心の電場強度E0を最大値とすると、xE0(0≦x≦1)で与えられる。xが1に近い程、量子ドット9から単一の光子が放出される自然放出確率が高くなる。中空細孔8の径を小さくすることで、xを1に近づけることができる。
【0031】
中空細孔8の径の下限は、量子ドットを充填できる大きさであれば、どのような大きさであってもよいが、実際は、現状での製造上の限界により決まる。一方、中空細孔8の径の上限は、最外周部(コア部6との境界部)における電場強度によって決まる自然放出確率が量子暗号通信システムにおいて要求される処理時間(例えば、光子検出器の時間分解能)によって規定される条件を満たすように決定する。量子暗号通信システムにおいて要求される処理時間をTとし、コア6の中心に量子ドットが位置する場合の輻射寿命をτとするとき、中空細孔8の最外周部(コア部6との境界部)における電場強度は、以下の式1によって特徴付けられる。
【0032】
【数1】

【0033】
さらに,このようにして決定されたxに基づいて、中空細孔8の半径は、次式のrについて解くことで求められる。
【0034】
【数2】

【0035】
ここでは、光ファイバ中の単一モードをガウス関数で近似している。Wは、コアの径方向におけるモードフィールドの半径であり、2Wがモードフィールド径である。モードフィールドの半径Wは、コア中心の電場が1/eになる半径であり、これは、コア6とクラッドの屈折率分布及び光ファイバ中を伝播する波長によって一意的に決定される。式1および式2を解くと、中空細孔8の半径rは、次式によって表される。
【0036】
【数3】

【0037】
上記式3の条件を満たすように中空細孔8の半径を決定することで、光子放出の時間揺らぎを小さくすることができるとともに、量子暗号通信システムにおいて要求される処理時間によって規定される条件を満たすことができる。これにより、受信側での光子の数え落としが低減し、光子計数の確率を向上させることができる。
【0038】
以下、量子暗号通信システムにおいて要求される処理時間を、1.55μm帯のアバランシェフォトダイオードを用いた単一光子検出器の時間分解能として、上記式3により中空細孔8の半径を算出した例を挙げる。
【0039】
アバランシェフォトダイオードを用いた単一光子検出器の時間分解能は1ns程度であり、これは主に光子検出器のゲートパルスの時間幅で決定される。単一光子を検出するためには、このゲート時間内に、図1に示した単一光子発生装置で生成された単一の光子が受信側の光子検出器に到達する必要があり、そのためには、単一光子発生装置における光子放出の時間ゆらぎがゲートパルス時間幅を超えないようにする必要がある。光子放出の時間ゆらぎがゲートパルス時間幅を超えると、光子の数え落としが生じ、光子計数の確率が低下することになる。
【0040】
上記式3の条件を満たすように中空細孔8の半径を設定することで、光子放出の時間ゆらぎがゲートパルス時間幅を超えないようにすることができ、光子の数え落としを低減することができる。具体的には、光子検出器のゲートパルス時間幅1nsをTとして、中空細孔8の最外周部(コア部6との境界部)における電場強度を上記式1から求める。コア6の中心に位置する量子ドットが単一光子を放出する輻射寿命を500psと仮定した場合、xは0.7となる。この場合は、中空細孔8の最外周部(コア部6との境界部)における電場強度は、「(コア6の中心の電場強度E0)×0.7」の値となる。この値を許容するように、中空細孔8の半径が設定される。具体的には、中空細孔8を含むコア6において実現されているシングルモードのモードフィールド径が2W=9μmであるとする。このとき、モードフィールドをガウス関数で近似すると、x=0.7に相当する中空細孔の半径rは約2.75μmとなる。
【0041】
上記のようにして半径を設定した中空細孔8では、径方向において中心から最も離れた位置(コア6と中空細孔8の境界付近)の電場密度(最小電場密度)は、「(コア6の中心の電場強度E0)×0.7」の値となる。この場合、中空細孔8内では、量子ドット9はどの位置にあっても、必ず、「(コア6の中心の電場強度E0)×0.7」の値以上の電場と結合することになる。このように量子ドットと高い電場との結合が可能であるので、高い自然放出確率を得ることができ、光子放出の時間ゆらぎがゲートパルス時間幅を超えるといった問題は生じない。よって、光子の数え落としが低減し、光子計数の確率が向上する。
【0042】
次に、本実施形態の単一光子発生装置の動作について、図1、2を参照して説明する。
【0043】
励起光源1が外部信号によって駆動され、パルス状の光を発生する。励起光源1からのパルス状の励起光は、光ファイバ2内に入力され、コア6内を伝搬して中空細孔8内に充填された量子ドット9を励起する。このパルス状の励起光は、量子ドット9の電子をひとつのみ励起する。
【0044】
量子ドット9は、励起された電子が再結合する際に光子を発生する。すなわち、量子ドット9は、その励起準位に共鳴したエネルギーの単一の光子を放出する。量子ドット9から放出された単一の光子は、コア6内を効率よく伝搬し、光ファイバ2の出射側端面から外部に取り出される。
【0045】
なお、量子ドットを励起するのに用いられる励起光は、通常、単一光子レベルに比較して非常に強く、また、励起光のすべてが量子ドットによって吸収されることはない。このため、励起に用いられた励起光の残留した光を除去する波長選択素子(残留光除去手段)を、光ファイバ素子の光子取り出し端に別途付加する必要がある。励起光源の波長は、単一光子を取り出す所望の波長に比較して短いため、波長選択素子としてはショートカットフィルター(所望の波長から短い波長の光を遮断する)を用いることができる。ショートカットフィルターは、ファイバブラッググレーティングのような光ファイバ内の屈折率の周期的構造によって実現してもよいし、誘電多層膜の周期的構造によって実現してもよい。
【0046】
以上説明した実施形態の単一光子発生装置において、中空細孔8内には、単一の光子を放出する量子ドットを1個、または、複数個充填することができる。量子ドットを複数個充填した場合は、コア6内には、波長の異なる複数の単一光子が存在することになるが、複数の単一光子から選択的に所望の波長の単一光子を取り出すようにすることで、単一光子発生装置を実現することができる。
【0047】
中空細孔内への量子ドットの充填方法として、いくつかの方法が考えられる。一般に、量子ドットのサイズは、直径で数nmから百nm程度であり、相互作用する光の波長よりも小さい。また、量子ドットはその製法上、一度に多数製造されるが、その製造された量子ドットのサイズは不均一である。このようなことから、単一の量子ドット9を中空細孔8内に充填する場合は、多数の量子ドットから所望の波長の光子を放出する単一の量子ドットをいかにして選択するかが問題になる。この問題を解決する手法として、多数個の量子ドットを適当な基板上に低密度で分散させ、顕微分光法を用いて所望の波長の光子を放出する単一の量子ドットを空間的に分離する手法がいくつか報告されている。この他、近接場効果を利用して光の回折限界を超えた空間分解能を得る近接場顕微鏡を用いて単一の量子ドットを空間的に分離する手法もある。これらの手法を適用することで、所望の波長の光子を放出する単一の量子ドット9を選別して中空細孔8内に充填することができる。
【0048】
(実施形態2)
次に、本発明の第2の実施形態である単一光子発生装置の構成について説明する。この単一光子発生装置は、量子ドット含む光ファイバの構成が異なる以外は、上述した第1の実施形態のものと同じ構成のものである。
【0049】
図4は、本発明の第2の実施形態である単一光子発生装置に用いられる、量子ドットを含む光ファイバの構成を示す模式図である。この光ファイバは、所望の波長の光子を放出する量子ドット17が充填された中空細孔16を中心部(中心軸)に備えたコア部14の外周を、中心軸に平行かつ断面内で周期的に配置された多数個の細孔15で囲むように構成したものである。このような多数個の細孔をコア部の周りに設けた光ファイバは、フォトニッククリスタルファイバとして知られている。
【0050】
コア部14、多数個の細孔15、中空細孔16は、それぞれ図2に示したコア6、クラッド7、中空細孔8に対応する。量子ドット17は、第1の実施形態で説明した量子ドット9と同様のものである。中空細孔16内への量子ドット17の充填には、第1の実施形態で使用した光ファイバの場合と同様、顕微分光法や近接場顕微鏡を用いて単一の量子ドットを空間的に分離する手法が適用される。
【0051】
コア部14の直径と各細孔15の直径および分布は、各細孔15および中空細孔16の実効屈折率(内部に充填する媒質に応じて決まる)を考慮した上で、量子ドット17の共鳴エネルギーに相当する波長においてコア部14における横モードが単一モードとなるように設定される。
【0052】
本実施形態においても、中空細孔16の半径は、上述した式3の条件を満たすように設定される。多数個の細孔15によりクラッドが形成されたフォトニッククリスタルファイバの場合は、光ファイバを構成するガラス部材自身の屈折率に比較してクラッドの実行屈折率を小さくすることが可能であることから、第1の実施形態で使用した光ファイバに比較して、コアとクラッドの屈折率差を大きくすることができ、横モードのモードフィールド径(図3に示した分布の幅)を小さくすることができる。
【0053】
コア中心の電場E0はモードフィールド径に逆比例することから、本実施形態で使用するフォトニッククリスタルファイバの場合は、第1の実施形態で使用した光ファイバに比較して、コア中心においてより強い電場が得られる。よって、本実施形態によれば、中空細孔16の直径を制限することで、量子ドットが存在する位置の電場密度を一定にして、自然放出確率を一定にするという効果に加えて、第1の実施形態で使用した光ファイバに比較して、自然放出確率をより高くすることができる。
【0054】
例えば、第1の実施形態で使用した光ファイバにおいて、モードフィールド径が9μmで、コア中心に位置する量子ドットの輻射寿命が500psであったとする。これに対して、本実施形態で使用するフォトニッククリスタルファイバの場合は、モードフィールド径を3μmとすることができる。この場合、コア中心に位置する量子ドットの輻射寿命は、第1の実施形態で使用した光ファイバに比較して、モードフィールド径の二乗の比で短くなり、その値は約55psとなる。自然放出確率は輻射寿命の逆数で与えられることから、第1の実施形態で使用した光ファイバと比較して、本実施形態で使用するフォトニッククリスタルファイバの方が、自然放出確率がより高くなることが分かる。よって、光子放出の時間的ゆらぎをより小さくすることができ、光子の数え落としがより低減されて光子計数の確率が向上する。
【0055】
本実施形態の単一光子発生装置においても、第1の実施形態の場合と同様、励起に用いられた励起光の残留した光を除去する波長選択素子(残留光除去手段)を設けることが望ましい。
【0056】
(他の実施形態)
第1および第2の実施形態のものでは、顕微分光法や近接場顕微鏡を用いて単一の量子ドットを空間的に分離する手法を適用することで、コアの中心に設けられた中空細孔内に、所望の波長の光子を放出する量子ドットがただ1個だけ充填するようになっている。しかし、前述したように、量子ドットのサイズには、製法上、不均一性がある。このため、多数個の量子ドットを空間的に低密度に分散させ、顕微分光法や近接場顕微鏡を用いて所望の波長の光子を放出する単一の量子ドットを選別する手法では、所望の波長の光子を放出する量子ドットはは確率的にしか選別されないため、非常に効率が悪いものとなる。所望の波長の光子を放出する単一の量子ドットを効率良く中空細孔内に充填する手法として、中空細孔内に量子ドットを低密度に分散させる方法が考えられる。ここでは、低密度分散による充填方法を適用した例ついて詳細に説明する。
【0057】
まず、低密度分散による充填方法について、図2に示した光ファイバを例に挙げて具体的に説明する。
【0058】
図5に、多数個の量子ドットにおけるサイズ不均一性によるスペクトル広がり11と単一の量子ドットのスペクトル広がり12の波長スペクトル上での関係を示す。図5に示すように、量子ドットの個数がある限界を超えると、各量子ドットのスペクトル広がりが重なり合い、その結果、不均一幅σのスペクトル広がり11を示す。このときは、波長分散素子を用いても単一の量子ドットから放出される特定の波長の単一光子を外に取り出すことはできない。
【0059】
量子ドットの個数を十分少なくすると、図6に示すように、同一波長での量子ドットのスペクトルの重なり合いが統計的に少なくなり、その結果、個々の単一量子ドットのピーク13がそれぞれ分離された状態となる。このとき、個々の単一量子ドットのスペクトル広がりδが波長分散素子の波長分解能Δ以下であり、かつ、隣り合うピーク13の波長の差がその波長分解能Δ以上であれば、波長分散素子を用いて、発生させるべき光子の波長における単一光子を取り出すことができる。
【0060】
量子ドットのサイズ不均一性によるスペクトル広がりが、中心波長λ0、波長分散σ(不均一幅)によって特徴付けられる標準正規分布に従うとする。この場合の標準正規分布は、次の式で与えられる。
【0061】
【数4】

【0062】
また、単一の量子ドットが示すスペクトル広がりをδ、波長分散素子の波長分解能をΔとし、Δ>δの条件を満たす場合、多数個の量子ドットから一つの量子ドットを選んだときに、これが波長分散素子の波長分解能Δの範囲内で発生させるべき波長λ’の光子を放出する量子ドットである確率pは次の式で与えられる。
【0063】
【数5】

【0064】
中空細孔8内にN個の量子ドットを充填する場合、波長選択素子の分解能Δの範囲内で発生させるべき波長λ’の光子を放出する量子ドットがただ1つだけ存在する確率は次式で与えられる。この確率が、光ファイバ素子を製造する際の歩留まり率の上限値を与える。
【0065】
【数6】

【0066】
ここで、歩留まり率は、多数個の光ファイバ素子を作製した場合に、そのうちの何個の光ファイバ素子に所望の波長範囲における量子ドットが1個だけ含まれているか、ということを示す。したがって、1000個の光ファイバ素子を作製した場合は、「1000×式6」の個数の光ファイバ素子に、所望の範囲において量子ドットが1個だけ含まれることになる。歩留まり率の上限値が最大となるNmaxは次の式で与えられる。
【0067】
【数7】

【0068】
上記の式5〜7に関する記述は、正規分布関数のみだけではなく、任意の確率分布関数f(λ)に対して適用が可能である。
【0069】
ここで、上記式4〜7を用いて量子ドットの個数を計算した例を挙げる。量子ドットのサイズ不均一性に起因するスペクトル広がりσを40nmとし、単一の量子ドットに固有のスペクトル広がりδを0.1nmとし、波長分散素子の波長分解能Δを1nmとする。また、スペクトル広がりσの中心波長λ0および所望の波長λ’をともに1550nmとする。この場合、上記式5によって求められる確率pは0.00997であり、式7によって与えられる量子ドットの個数は約100個である。このときに、光ファイバ素子に所望の波長範囲に量子ドットが1個だけ含存在する確率は0.3697であり、これが所望の波長の光子を放出する光ファイバ素子を製造する際の最大の歩留まり確率を与える。
【0070】
上記の方法で決定された量子ドットの個数Nが有限な長さdの光ファイバの中空細孔8に吸引されるように、溶液中の量子ドット密度を調整する。中空細孔8の断面積はπc2で与えられ、溶液中の量子ドットの密度は次式で与えられる。
【0071】
【数8】

【0072】
上述のN=100個が得られた計算例について、式8を用いて密度を与える計算例を説明する。中空細孔8の直径を2c=1μm、光ファイバの長さをd=100mmとした場合、式8によって求められる溶液中の量子ドットの密度は約1.27×109個/mlとなる。こうして求めた密度の懸濁液が、例えば毛管現象を利用して中空細孔8内に充填される。
【0073】
中空細孔8内に懸濁液を充填する場合、量子ドットを懸濁した溶媒が揮発性の場合は、その溶媒を揮発させて量子ドットのみが中空細孔8の壁に残留するようにしてもよい。また、量子ドットを懸濁した溶媒が中空細孔8内に充填された状態で光ファイバ2の両端を封じるようにしてもよい。この場合は、溶媒により量子ドットが保護され、量子ドットが空気に晒されることがないので、量子ドットの劣化(例えば酸化)を防止することができる。有機溶媒としては、トルエンやヘキサンなどを使用することができる。また、溶媒を揮発させた場合は、例えばN2ガスやHeガス,Neガスなどの不活性ガスを充填した状態でファイバ素子端面を封じて、空気に晒されることによる量子ドットの劣化(例えば酸化など)を防止しても良い。
【0074】
上述した低密度分散による充填方法は、第2の実施形態で使用したフォトニッククリスタルファイバにおいても適用することができる。
【0075】
なお、中空細孔内に量子ドットを低密度に分散する場合、中空細孔内には、所望の波長の光子を放出する単一の量子ドットの他に、他の波長の光子を放出する複数の量子ドットが存在する。このため、図1に示した単一光子発生装置の構成において、光ファイバ2の出射端面からは、中空細孔内の各量子ドットから放出された、波長の異なる複数の光子が出射されることになる。このような場合は、光ファイバ2から出射された光子のうちから、所望の波長の光子を選択するための波長選択手段(波長分散素子など)が必要となる。波長選択手段を備える装置としては、いくつかの構成が考えられる。以下に、その構成例として、装置例1〜5を挙げる。
【0076】
(装置例1)
図7は、本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第1の構成例を示す図である。この単一光子発生装置は、図1に示した励起光源1および光ファイバ2に加えて、光サーキュレータ3、反射型ファイバブラッググレーティング4および出力用光ファイバ5を有する。
【0077】
光ファイバ2は、図2または図4に示した構造を有するものであって、その中空細孔には、低密度分散による充填方法により量子ドットが充填されている。光サーキュレータ3は、光ファイバ2から入射した光子をファイバブラッググレーティング4に結合させ、ファイバブラッググレーティング4から入射した光子を出力用光ファイバ5に結合させる方向性導波器である。ファイバブラッググレーティング4は、発生すべき光子の波長を選択可能なグレーティング周期を有する波長選択器であって、光サーキュレータ3から入射した光子のうち、グレーティング周期に対応する波長の光子を反射する。反射される光子の波長は、グレーティングの周期を任意に設定することで任意に設定することが可能である。
【0078】
本装置例においては、励起光源1が外部信号によって駆動され、パルス状の光を発生する。励起光源1からのパルス状の励起光は、光ファイバ2内に入力され、コア内を伝搬することで、中空細孔内に充填された各量子ドットを励起する。このパルス状の励起光は、各量子ドットの電子をひとつのみ励起する。
【0079】
各量子ドットは、励起された電子が再結合する際に光子を発生する。すなわち、各量子ドットは、それぞれの励起準位に共鳴したエネルギーの単一の光子を放出する。この結果、光ファイバ2のコア内には、中空細孔内に充填された量子ドットの個数と同じ数か、それ以下の数の光子が存在する。ただし、各光子の波長は異なっており、隣り合う波長の間隔は、ファイバブラッググレーティング5の分解能より大きい。
【0080】
量子ドットから放出された光子はそれぞれコア内を伝搬し、光サーキュレータ3を経由してファイバブラッググレーティング5に結合される。ファイバブラッググレーティング5では、所望の波長における単一の光子のみが反射されて光サーキュレータ3に戻される。光サーキュレータ3では、戻された単一の光子は出力用ファイバ5に結合される。こうして、出力用ファイバ5から所望の波長の単一の光子が外部に取り出される。
【0081】
(装置例2)
図8は、本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第2の構成例を示す図である。この単一光子発生装置は、励起光源18、量子ドットを含む光ファイバ19および透過型のファイバブラッググレーティング20から構成されている。励起光源18は、図1に示した励起光源1と同様のものである。光ファイバ19は、図2または図4に示した構造を有するものであって、その中空細孔には、低密度分散による充填方法により量子ドットが充填されている。
【0082】
本装置例においては、励起光源18が外部信号によって駆動され、パルス状の光を発生する。この励起光源18からのパルス状の励起光で、光ファイバ19内の各量子ドットを励起する。このパルス状の励起光は、各量子ドットの電子をひとつのみ励起する。励起された各量子ドットからは、それぞれの励起準位に共鳴したエネルギーの単一の光子が放出される。各光子の波長は異なっており、隣り合う波長の間隔は、ファイバブラッググレーティング20の分解能より大きい。
【0083】
各量子ドットから放出された光子はそれぞれ、コア内を伝搬し、ファイバブラッググレーティング20に結合される。ファイバブラッググレーティング20では、所望の波長における単一の光子のみが透過する。こうして、ファイバブラッググレーティング20から単一の光子が外部に取り出される。
【0084】
本装置例によれば、図7に示した構成と比較して、光サーキュレータ3および出力用光ファイバ5を省略することができ、その分、低コスト化を図ることができる。
【0085】
(装置例3)
図9は、本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第3の構成例を示す図である。この単一光子発生装置は、励起光源21と、透過型ファイバブラッググレーティングおよび量子ドットを含む光ファイバ22とから構成される。励起光源21は、図1に示した励起光源1と同様のものである。
【0086】
図10に、光ファイバ22の構成を示す。光ファイバ22は、図2に示した光ファイバのコアの一部に透過型ファイバブラッググレーティング25を設けたものであり、コア6中心に設けられた中空細孔8内には、低密度分散による充填方法により量子ドット9が充填されている。
【0087】
励起光源21からの励起光が一方の端面23aから供給され、所望の波長の単一の光子が他方の端面23bから取り出される。ファイバブラッググレーティング25は、他方の端面23b側に位置しており、この位置より端面23aの側に量子ドット9が分散されている。
【0088】
励起光源21が外部信号によって駆動され、パルス状の光を発生する。この励起光源21からのパルス状の励起光で、光ファイバ22内の各量子ドットを励起する。このパルス状の励起光は、各量子ドットの電子をひとつのみ励起する。
【0089】
励起された各量子ドットからは、それぞれの励起準位に共鳴したエネルギーの単一の光子が放出される。各光子の波長は異なっており、隣り合う波長の間隔は、ファイバブラッググレーティング25の分解能より大きい。
【0090】
各量子ドットから放出された光子はそれぞれ、コア6内を伝搬し、所望の波長の単一の光子のみがファイバブラッググレーティング25を透過する。こうして、ファイバブラッググレーティング25を透過した単一の光子が、他方の端面23bから外部に取り出される。
【0091】
本装置例においても、図7に示した構成と比較して、光サーキュレータ3および出力用光ファイバ5を省略することができ、その分、低コスト化を図ることができる。
【0092】
(装置例4)
次に、本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第4の構成例について説明する。この第4の構成例の単一光子発生装置は、光ファイバの構成が異なる以外は、上述した第3の構成例のものと同じ構成のものである。
【0093】
図11に、第4の構成例の単一光子発生装置に用いられる光ファイバの構成を示す。この光ファイバは、図4に示した光ファイバのコア部の一部に透過型ファイバブラッググレーティング28を設けたものであり、コア14中心に設けられた中空細孔16内には、低密度分散による充填方法により量子ドット17が充填されている。
【0094】
励起光源からの励起光が一方の端面26から供給され、他方の端面から所望の波長の単一の光子が取り出される。ファイバブラッググレーティング28は、他方の端面側に位置しており、この位置より端面26の側に量子ドット17が分散されている。
【0095】
励起光源21からのパルス状の励起光で光ファイバ内の各量子ドット17が励起される。励起された各量子ドットからは、それぞれの励起準位に共鳴したエネルギーの単一の光子が放出される。各光子の波長は異なっており、隣り合う波長の間隔は、ファイバブラッググレーティング28の分解能より大きい。
【0096】
各量子ドットから放出された光子はそれぞれ、コア部14内を伝搬し、所望の波長の単一の光子のみがファイバブラッググレーティング28を透過する。こうして、ファイバブラッググレーティング28を透過した単一の光子が、他方の端面から外部に取り出される。
【0097】
本装置例においても、図7に示した構成と比較して、光サーキュレータ3および出力用光ファイバ5を省略することができ、その分、低コスト化を図ることができる。
【0098】
(装置例5)
次に、本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第5の構成例について説明する。
【0099】
光を用いて量子ドットの電子を励起する方法としては、(1)量子ドットを構成する半導体のバンドギャップエネルギー以上のエネルギーを有する光を照射する方法(第1の励起方法)、(2)量子ドットの高次の励起状態に共鳴したエネルギーを有する光を照射する方法(第2の励起方法)の2つがある。
【0100】
第1乃至第4の装置例においては、第1の励起方法を用いており、光ファイバ中に含まれる全ての量子ドットにおいて電子が励起される。各量子ドットからは、それぞれの量子ドットのサイズに対応する波長の単一光子が放出される。各量子ドットから放出された光子のうち、所望の波長の単一光子が波長選択素子により取り出される。
【0101】
本装置例では、第2の励起方法を用いることで、ファイバブラッググレーティングのような波長選択素子を用いずに、同様な波長選択を行うことを可能としている。以下に、その原理を説明する。
【0102】
量子ドットは電子正孔対が空間的に非常に微小な領域に閉じ込められるため、励起子準位が離散化する。量子ドットを単一光子光源として利用する場合は、離散化した励起子準位のうち、エネルギーの最も低い準位から放出される蛍光を利用する。このエネルギーの最も低い準位への励起がなされる状態を第1励起状態と呼ぶ。量子ドットでは、この第1励起状態の他に、さらにエネルギーの高い準位への励起がなされる、第2励起状態、第3励起状態といった高次の励起状態も存在する。このような高次の励起状態のエネルギーも、量子ドットのサイズに依存して変換するため、多数個の単一量子ドットを同時に取り扱う場合には、高次の励起状態において、そのエネルギーの位置に量子ドットのサイズ分布に起因するばらつきを生じる。
【0103】
量子ドットの個数を十分に少なくすると、高次の励起状態においても、同一波長での量子ドットのエネルギー準位の重なり合いが統計的に少なくなる。すなわち、少数個の単一量子ドットが充填された光ファイバにおいては、単一の量子ドットのエネルギー準位が互いに分離された状態となり、その結果、それぞれの蛍光スペクトルが分離された状態となる。この場合、量子ドットに固有のスペクトル広がりδ以下のスペクトル幅を持つ励起光を用いて、第1の励起状態の共鳴波長が所望の波長にある量子ドットの高次の励起状態を選択的に励起すれば、その量子ドットからは、所望の波長の単一光子が放出される。例えば、特定かつ単一の量子ドットの第2の励起状態に電子を励起すると、その励起された電子は第2の励起状態から第1の励起状態に緩和し、第1の励起状態からその共鳴波長に対応する波長の単一の光子が放出される。
【0104】
図12に、光ファイバに充填された少数個の単一量子ドットにおいて、バンド間励起を行った場合の、各単一量子ドットから放出される蛍光スペクトルを示す。単一の量子ドットのエネルギー準位が互いに分離されているため、それぞれの量子ドットにおける蛍光スペクトルも互いに分離されたものとなる。図12中、図面に向かって右側に、各量子ドットの第1励起状態における蛍光スペクトルが、左側に、各量子ドットの第2励起状態における蛍光スペクトルがそれぞれ示されている。蛍光ピーク102は、ある1つの量子ドットAの第1励起状態における蛍光ピークである。この量子ドットAの第2の励起状態には、蛍光ピーク102に対応する蛍光ピーク101が存在する。この蛍光ピーク101と同じ波長の励起光を光ファイバに充填された少数個の単一量子ドットに照射すると、蛍光放出の逆過程として光の吸収が起こり、光ファイバ内に充填された量子ドットのうち、蛍光ピーク101の量子ドットAのみが選択的に励起される。ここで、励起された電子は、蛍光ピーク101の第2の励起状態から第1の励起状態にエネルギー緩和し、その結果、量子ドットAからは、蛍光ピーク102の波長の光子が放出される。
【0105】
本装置例では、上記の原理を利用することで、波長選択素子を用いずに、所望の波長の単一光子を取り出す。具体的な装置構成は、励起光源と、少数個の単一量子ドットが充填された光ファイバとからなる。励起光源からの励起光のパルス幅および波長が上記原理に基づき決定される。この励起光源からの励起光を光ファイバの一方の端面から供給することで、光ファイバの他方の端面から単一光子を取り出すことができる。
【0106】
上述した本他の実施形態の単一光子発生装置においても、第1の実施形態の場合と同様、励起に用いられた励起光の残留した光を除去する波長選択素子(残留光除去手段)を設けることが望ましい。
【0107】
以上説明した各実施形態は、本発明の一例であり、その構成は発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することができる。例えば、所望の波長の光子を取り出すための波長選択素子として、ファイバブラッググレーティングを用いた構成において、ファイバブラッググレーティングに代えて、干渉フィルターや回折格子型分光器を用いてもよい。干渉フィルターは、光ファイバ型単一光子発生素子と外部装置とを接続するコネクタ部分に形成することができる。
【0108】
また、各実施形態において、ファイバ型単一光子発生素子である光ファイバは、基本的には、既存の製造方法により作製することができる。第1および第2の実施形態においては、量子ドットを含む液を中空細孔内に充填するようにしてもよい。この場合、量子ドットを含む液が揮発性の場合は、その液を揮発させて量子ドットのみを中空細孔内の壁に残留させてもよい。また、量子ドットを含む液を中空細孔内に充填した状態で光ファイバの両端を封じるようにしてもよい。
【0109】
加えて、中空細孔内への量子ドットの充填に、ポンプや毛細管現象を利用した既存の手法を適用してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1】本発明の第1の実施形態である単一光子発生装置の構成を示す図である。
【図2】図1に示す光ファイバの構成の一例を示す模式図である。
【図3】中空細孔のある単一モードファイバの断面とコア中の電場密度の動径方向依存性を関係付ける模式図である。
【図4】本発明の第2の実施形態である単一光子発生装置に用いられる、量子ドットを含む光ファイバの構成を示す模式図である。
【図5】多数個の量子ドットが示すスペクトル広がりと単一の量子ドットが示すスペクトル広がりの関係を説明するための図である。
【図6】少数個の単一量子ドットの示すスペクトル広がりと波長分散素子の波長分解能の関係を説明するための図である。
【図7】本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第1の構成例を示す図である。
【図8】本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第2の構成例を示す図である。
【図9】本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第3の構成例を示す図である。
【図10】図9に示す光ファイバの構成を示す模式図である。
【図11】本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第4の構成例において用いられる光ファイバの構成を示す模式図である。
【図12】本発明の他の実施形態である単一光子発生装置の第5の構成例の原理を説明するための図である。
【符号の説明】
【0111】
1、18、21 励起光源
2、19、22 光ファイバ
3 光サーキュレーター
4 反射型ファイバブラッググレーティング
5 出力用光ファイバ
6 コア
7 クラッド
8、16 中空細孔
9、17 量子ドット
10 電場密度
11、12 スペクトル広がり
13 スペクトルのピーク
14 コア部
15 細孔
20、25、28 透過型ファイバブラッググレーティング
23a、23b、26 端面
101、102 蛍光ピーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単一の光子を放出する少なくとも1つの量子ドットと、
前記単一の光子の波長において横モードが単一モードとされたコアと、
前記コアの中心部に設けられ、前記量子ドットが充填された中空細孔とを有することを特徴とする光ファイバ型単一光子発生素子。
【請求項2】
前記コアが、当該コアの中心軸に平行な複数の細孔により囲まれている、請求項1に記載の光ファイバ型単一光子発生素子。
【請求項3】
前記量子ドットから放出された単一の光子を検出する外部の光子検出器のゲート時間幅によって決まる処理時間をT、前記量子ドットが前記コアの中心に位置するときの、当該量子ドットが光子を放出する輻射寿命をτ、前記コアの径方向におけるモードフィールドの半径をWとするとき、前記中空細孔の半径rが、
【数1】

の条件を満たすように規定されている、請求項1または2に記載の光ファイバ型単一光子発生素子。
【請求項4】
前記量子ドットから放出された単一の光子を選択するための波長選択手段をさらに有する、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の光ファイバ型単一光子発生素子。
【請求項5】
前記波長選択手段は、前記コアの一部に形成されたファイバブラッググレーティングである、請求項4に記載の光ファイバ型単一光子発生素子。
【請求項6】
外部から前記コア内に供給される、前記量子ドットを励起するための光のうち、前記コア内に残留する光を除去する残留光除去手段をさらに有する、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の光ファイバ型単一光子発生素子。
【請求項7】
単一の光子を放出する少なくとも1つの量子ドットが充填された中空細孔が、前記単一の光子の波長において横モードが単一モードとされたコアの中心部に設けられた光ファイバと、
前記量子ドットを励起するためのパルス状の光を発生する励起光源とを有することを特徴とする単一光子発生装置。
【請求項8】
前記光ファイバは、前記コアが、当該コアの中心軸に平行な複数の細孔により囲まれたフォトニッククリスタルファイバである、請求項7に記載の単一光子発生装置。
【請求項9】
前記量子ドットから放出された単一の光子を検出する外部の光子検出器のゲート時間幅によって決まる処理時間をT、前記量子ドットが前記コアの中心に位置するときの、当該量子ドットが光子を放出する輻射寿命をτ、前記コアの径方向におけるモードフィールドの半径をWとするとき、前記中空細孔の半径rが、
【数2】

の条件を満たすように規定されている、請求項7または8に記載の単一光子発生装置。
【請求項10】
前記量子ドットから放出された単一の光子を選択するための波長選択手段をさらに有する、請求項7ないし9のいずれか1項に記載の単一光子発生装置。
【請求項11】
前記波長選択手段は、前記光ファイバのコアの一部に形成されたファイバブラッググレーティングである、請求項10に記載の単一光子発生装置。
【請求項12】
前記励起光源は、前記量子ドットを高次の励起状態に選択的に励起するように構成されている、請求項7ないし11のいずれか1項に記載の単一光子発生装置。
【請求項13】
前記励起光源からの光のうち前記光ファイバのコア内に残留する光を除去する残留光除去手段をさらに有する、請求項7ないし12のいずれか1項に記載の単一光子発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−60143(P2006−60143A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−242676(P2004−242676)
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度独立行政法人科学技術振興機構「量子暗号の実用化に必要となる固体非線形光学素子開発」委託研究、産業活力再生特別措置法30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】