光分解性架橋剤、光分解性ゲル、細胞培養器具、細胞配列・分別装置、細胞配列方法および細胞分別方法
【課題】光分解性ゲルの製造が容易であり、かつ適用範囲が広い光分解性架橋剤を提供する。
【解決手段】ポリエチレングリコールからなる主鎖2と、主鎖2の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基3と、ニトロベンジル基3の末端側に配置された活性エステル基4とを含む光分解性架橋剤1。活性エステル基4は、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有する。
【解決手段】ポリエチレングリコールからなる主鎖2と、主鎖2の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基3と、ニトロベンジル基3の末端側に配置された活性エステル基4とを含む光分解性架橋剤1。活性エステル基4は、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量分析を行うマイクロ化学分析システム(μ―TAS)、医薬品生産、細胞アッセイなどに使用される細胞培養器具、これを用いた細胞配列・分別装置、細胞配列方法および細胞分別方法、ならびに前記細胞培養器具に用いられる光分解性ゲルおよび光分解性架橋剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微細加工技術を利用して作製したマイクロチップ上でバイオアッセイや細胞操作を行うバイオチップが注目されている。バイオチップを用いることにより、微量サンプルの分析や、多サンプルの並列処理が可能となり、また、マイクロスケールの特殊な環境を利用した細胞操作等が可能となると期待されている。
一方、フォトリソグラフィーや光ディスク等に代表されるように、光を用いた技術は集積回路の製造や情報の記録技術として情報産業の発展に大きく貢献してきた。
光は微小領域に非接触に作用できるという特長を有しており、バイオチップ上の流体や細胞をチップの外部から自在に操作できる可能性を有している。
光照射によって体積変化したり分解したりする材料があれば、マイクロチップ上の流体制御技術および細胞配列を局所的に非接触で実現することが可能になると期待されている(非特許文献1、2を参照)。
【0003】
このような材料としては、光刺激に応答して収縮する材料である光応答性ゲル、および光により分解する材料である光分解性ゲルが知られている。光分解性ゲルとしては、例えばポリエチレングリコールを主鎖とし、ニトロベンジル基を分子内に有するものがある(特許文献1および非特許文献3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−108087号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】須丸公雄, 杉浦慎治, 金森敏幸 (2009). 光応答性ポリマー材料を用いたマイクロバイオチップの自在制御, "ヘルスケアとバイオ医療のための先端デバイス機器", (株)シーエムシー出版, pp. 176-188.
【非特許文献2】須丸公雄, 杉浦慎治, 金森敏幸 (2007). 光応答収縮ゲル, "医療用ゲルの最新技術と開発", (株)シーエムシー出版, pp. 96-107.
【非特許文献3】Kloxin, A.M., Kasko, A.M., Salinas, C.N. & Anseth, K.S. Photodegradable hydrogels for dynamic tuning of physical and chemical properties. Science 324, 59-63 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでに報告されている光応答性ゲルおよび光分解性ゲルは、ラジカル重合を利用してゲル化されるため、酸素の存在下で重合すると酸素の影響を受けて劣化することがある。
また、光応答性ゲルおよび光分解性ゲルにはラジカルが含まれることがあり、細胞や生理活性物質を固定化しようとすると、ラジカルが細胞や生理活性物質にダメージを与えてしまうおそれがある。また、主鎖として使用できる高分子化合物が、ラジカル重合できるモノマーの重合物に限定されるため、その利用が限定されてしまっている。
さらには、タンパク質等を固定化するためには、化学的に活性化することのできる官能基を有するモノマーが必要となるため、製造工程が複雑になるという問題がある。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、光分解性ゲルの製造が容易であり、かつ適用範囲が広い光分解性架橋剤、光分解性ゲル、細胞培養器具、細胞配列・分別装置、細胞配列方法および細胞分別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の構成は以下のとおりである。
(1)ポリエチレングリコールからなる主鎖と、前記主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、前記ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含み、前記活性エステル基が、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有する光分解性架橋剤。
(2)前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体である(1)記載の光分解性架橋剤。
(3)前記ポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は4から12の範囲にある(1)または(2)に記載の光分解性架橋剤。
(4)(1)〜(3)のうちいずれか1つに記載の光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されている光分解性ゲル。
(5)(4)に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つである光分解性ゲル。
(6)(5)に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、分岐型ポリエチレングリコール誘導体である光分解性ゲル。
(7)(4)〜(6)のうちいずれか1つに記載の光分解性ゲルからなる膜が、細胞培養基材の表面に形成されている細胞培養器具。
(8)前記細胞培養基材の少なくとも表面が、ポリスチレンまたは細胞接着性材料からなる(7)に記載の細胞培養器具。
(9)(7)または(8)に記載の細胞培養器具に光を照射する照射部を備え、前記照射部は、光源と、前記光源からの光を前記細胞培養器具の表面の任意の一部領域にのみ照射させる照射領域調整部を有する細胞配列・分別装置。
(10)光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する細胞分別方法。
(11)光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、
前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域に細胞を配列する細胞配列方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、前記構造を有する光分解性架橋剤を用いるので、高分子化合物と混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。
ラジカル重合を利用してゲル化される従来の光応答性ゲルおよび光分解性ゲルの製造工程は、重合の際に酸素が存在すると重合反応を阻害し、ゲル化が進行しない。この現象は特に薄膜状のゲルを調製する際に顕著になる。一方、本発明の光分解性架橋剤では、架橋反応時に酸素の影響を全く受けないため、このような重合反応阻害は起こらない。
ラジカル重合反応を利用する場合も無酸素雰囲気条件で反応を行えば薄膜状のゲルを調製することが可能となるかもしれないが、その場合には無酸素条件下で重合反応を行わせるための設備が必要となり、製造工程が複雑になる。
一方、本発明の光分解性架橋剤を用いると、無酸素雰囲気条件が必要ないため、薄膜状のゲルの製造工程が簡略であり、効率的かつ低コストで光分解性ゲルを調製できる。
また、本発明では、架橋反応にラジカル重合を利用しないため、ラジカルによってダメージを受けやすい物質を混合した状態で光分解性ゲルを調製することが可能となる。従って、光分解性ゲルを広範な用途、例えば細胞や生理活性物質を固定化する用途にも使用できる。また、ラジカル重合に対応できないモノマーの重合物も高分子化合物として使用できることから、高分子化合物の選択範囲が広いという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の光分解性架橋剤の一例を示す化学構造式である。
【図2】前図の光分解性架橋剤を模式的に表した図である。
【図3】前図の光分解性架橋剤の構造の説明図である。
【図4】(a)光分解性架橋剤の分解反応の反応式である。(b)(a)の反応式を模式的に表した図である。
【図5】光分解性ゲルの一例の生成反応を示す図である。
【図6】前図の光分解性ゲルの分解反応を示す図である。
【図7】本発明の細胞分別装置の一例を示す構成図である。
【図8】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図9】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図10】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図11】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図12】(a)は光照射前の光分解性ゲルであり、(b)は光照射後の光分解性ゲルである。
【図13】実施例における細胞培養器具の表面を示す写真であり、(a)は光照射後の状態であり、(b)は要部を拡大した写真である。
【図14】実施例における細胞培養器具の表面を示す写真であり、(a)は光照射前の状態、(b)は照射中の状態、(c)は照射後の状態、(d)は細胞培養器具にわずかに振動を与えた後の状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(a)光分解性架橋剤
本発明の光分解性架橋剤は、ポリエチレングリコールからなる主鎖と、主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含む。
主鎖を構成するポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は、4から12の範囲にあることが好ましい。
【0011】
活性エステル基は、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有することが好ましい。
前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体であることが好ましい。
光分解性のニトロベンジル基は、産業用の水銀ランプやレーザーによって発生する紫外線や可視光を照射することにより分解できることが好ましい。
【0012】
図1は、光分解性架橋剤の一例を示すものである。
式(1)に示す光分解性架橋剤1は、ポリエチレングリコール(PEG)からなる主鎖2と、この主鎖2の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基3、3と、ニトロベンジル基3、3の末端側に配置された活性エステル基4、4とからなる。
【0013】
図2は、式(1)の光分解性架橋剤1を模式的に表した図であって、この光分解性架橋剤1は、主鎖2と、ニトロベンジル基3、3と、活性エステル基4、4とからなる。
図2および図3に示すように、主鎖2はポリエチレングリコール(PEG)である。ニトロベンジル基3は、アミド結合部5(―NHCO―)を介して主鎖2に結合している。
【0014】
(b)光分解性ゲル
本発明の光分解性架橋剤は、高分子化合物と反応させることによって、光分解性ゲルを生成する。
高分子化合物は、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する水溶性高分子が好ましく、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つが好ましい。
【0015】
高分子化合物としては、特に、ポリエチレングリコールまたはその誘導体が、細胞との相互作用が少なく、しかも高分子化合物自体が水に可溶であるために好ましい。
なかでも、分岐型のポリエチレングリコールまたはその誘導体を用いると、網目構造が形成されやすく、ゲル化が進行しやすくなるため好ましい。分岐型ポリエチレングリコール(または誘導体)の分岐数は3以上が好ましい。特に、4分岐型のポリエチレングリコール(または誘導体)は入手しやすいため好適である。
ポリエチレングリコール(または誘導体)は、末端にアミノ基を有することが望ましい。
ポリエチレングリコール(または誘導体)の分子量は1万から4万の範囲にあることが好ましい。
塩基性多糖類としては、キトサンが好ましい。
【0016】
高分子化合物と光分解性架橋剤とを混合すると、高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基は、光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋される。
前記アミノ基は光分解性架橋剤の活性エステル基とアミド結合を形成し、前記ヒドロキシル基は活性エステル基とエステル結合を形成する。これによって、網目構造が形成され、ゲル化が進行し、光分解性ゲルが生成する。
本発明では、架橋反応を促進させるための添加剤は特に必要ないため、高分子化合物と光分解性ゲルとを混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。また、反応時の温度は常温でよい。
また、本発明における架橋反応は溶存酸素の影響を受けないため、薄膜状のゲルの形成が容易である。
【0017】
高分子化合物に対する光分解性架橋剤の添加量(光分解性架橋剤/高分子化合物)はモル比で1以上であることが好ましい。高分子化合物と光分解性架橋剤との混合比は、例えば4分岐型のポリエチレングリコール(またはその誘導体)を高分子化合物として用いる場合は、モル比(高分子化合物:光分解性架橋剤)で1:1から1:4の範囲が好ましい。
高分子化合物の使用量は、例えば4分岐型のポリエチレングリコール(または誘導体)の場合、光分解性ゲル中に7.5重量%以上含有されるように設定することができる。
【0018】
図5は、光分解性架橋剤1を用いて、光分解性ゲル10を生成させる反応を示すものである。
光分解性架橋剤1と、高分子化合物6とを反応させることによって、光分解性ゲル10を生成させる。
高分子化合物6は、末端にアミノ基を有する4分岐型のポリエチレングリコール誘導体である。
【0019】
高分子化合物6と光分解性架橋剤1とを混合すると、高分子化合物6のアミノ基は、光分解性架橋剤1の活性エステル基4と縮合して架橋される。
これによって、高分子化合物6は、光分解性架橋剤1を介して他の高分子化合物6と結合し、網目構造を有する光分解性ゲル10が生成する。
【0020】
図6に示すように、光の照射により光分解性架橋剤1が分解されることによって、光分解性ゲル10は分解される。これによって、光分解性ゲル10は水に溶解する。
具体的には、図4(a)に示すように、ニトロベンジル基3は、例えば波長330〜380nmの紫外線などの光の照射により、破線位置で分解可能である。図4(b)は、この分解反応を模式的に示すものである。
ニトロベンジル基3は、アミド結合部5のアミノ基との間の結合が切断され、ニトロソベンジル基3’となる。なお、ニトロベンジル基の構造によっては、前期光照射によりニトロベンジル基3と活性エステル基4との結合が切断されることもある。
【0021】
本発明によれば、前記構造を有する光分解性架橋剤を用いるので、高分子化合物と混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。
ラジカル重合を利用してゲル化される従来の光応答性ゲルおよび光分解性ゲルの製造工程は、重合の際に酸素が存在すると重合反応を阻害し、ゲル化が進行しない。この現象は特に薄膜状のゲルを調製する際に顕著になる。一方、本発明の光分解性架橋剤では、架橋反応時に酸素の影響を全く受けないため、このような重合反応阻害は起こらない。
ラジカル重合反応を利用する場合も無酸素雰囲気条件で反応を行えば薄膜状のゲルを調製することが可能となるかもしれないが、その場合には無酸素条件下で重合反応を行わせるための設備が必要となり、製造工程が複雑になる。
一方、本発明の光分解性架橋剤を用いると、無酸素雰囲気条件が必要ないため、薄膜状のゲルの製造工程が簡略であり、効率的かつ低コストで光分解性ゲルを調製できる。
また、本発明では、架橋反応にラジカル重合を利用しないため、ラジカルによってダメージを受けやすい物質を混合した状態で光分解性ゲルを調製することが可能となる。従って、光分解性ゲルを広範な用途、例えば細胞や生理活性物質を固定化する用途にも使用できる。また、ラジカル重合に対応できないモノマーの重合物も高分子化合物として使用できることから、高分子化合物の選択範囲が広いという利点もある。
【0022】
(c)細胞配列・分別装置
図7は、本発明の細胞配列・分別装置の一例であって、細胞培養器具11を保持する保持台12と、細胞培養器具11に光を照射する照射部13を備えている。
照射部13は、光源(図示略)と、細胞培養器具11の表面の任意の一部領域にのみ光照射する照射領域調整部14と、パソコンなどの制御部15とを有する。
照射領域調整部14は、所定のパターン16をなす光を細胞培養器具11に照射することができる。パターン16は表示装置17に表示される。
【0023】
照射領域調整部14は、例えばDMD(デジタルマイクロミラーデバイス(Digital Micromirror Device))とを備えている。DMDは複数のマイクロミラーを有し、各マイクロミラーは、制御部15からの信号により独立に角度を設定できるようにされ、光源からの光を反射することによって、前記信号に応じたパターンの光18を細胞培養器具11に照射できるようになっている。
照射領域調整部14は、レンズ19、ミラー20、レンズ21を経て、細胞培養器具11の任意の領域に光18を照射できる。細胞培養器具11の表面の任意形状の一部領域にのみ光18を照射することもできるし、全領域に光18を照射することもできる。
光源としては、光分解性架橋剤を分解させ得るものが選択され、例えば紫外線、可視光等の光を照射できるもの(例えば紫外線ランプ、可視光ランプ等)が使用できる。
光の波長域は、例えば200〜1000nmを例示できる。特に300〜600nm、なかでも350〜400nmは好適である。照射エネルギーは、通常は0.01〜1000J/cm2、好ましくは0.1〜100J/cm2、より好ましくは1〜10J/cm2である。
なお、光を細胞培養基材の一部領域にのみ照射させるための構成としては、DMDに限らず、液晶シャッターアレイ、光空間変調素子、所定形状のフォトマスク等も採用できる。
【0024】
図7に示す細胞配列・分別装置は、後述のように、光が照射される一部領域に細胞を配列する細胞配列装置としても使用できるし、前記光照射領域にある細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する分別装置としても使用できる。
【0025】
(d))細胞配列および分別方法
次に、光分解性ゲルを用いた細胞培養器具を使用し、細胞培養器具表面に細胞を配列する方法の第1の例について説明する。
この細胞配列方法では、細胞培養基材の表面に光分解性ゲルからなる膜が形成された細胞培養器具を使用する。
細胞培養基材の構成材料としては、プラスチック、ガラス、改質ガラス、金属等を挙げることができる。
プラスチックとして好適なものとしては、ポリスチレン系樹脂、アクリル系樹脂(例えばポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA))、ポリビニルピリジン系樹脂(ポリ(4−ビニルピリジン)、4−ビニルピリジン−スチレン共重合体等)、シリコーン系樹脂(例えばポリジメチルシロキサン樹脂)、ポリオレフィン系樹脂(例えばポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリメチルペンテン樹脂)、ポリエステル樹脂(ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET))、ポリカーボネート系樹脂、エポキシ系樹脂等がある。
細胞培養基材は、細胞培養に一般的に用いられる細胞培養ディッシュもしくはマイクロプレートと同様の構造の基材が好ましい。
細胞培養基材は、少なくとも表面が、ポリスチレンまたは細胞接着性材料からなることが好ましい。
【0026】
本発明において分別対象となる細胞は、特に限定されず、目的に応じて、動物由来の細胞(例えばヒト細胞)、植物由来の細胞、微生物由来の細胞等を使用できる。
具体例としては、例えば、造血幹細胞、骨髄系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞などの体性幹細胞や胚性幹細胞、人工多能性幹細胞がある。
また、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球(T細胞、NK細胞、B細胞等)等の白血球や、血小板、赤血球、血管内皮細胞、リンパ系幹細胞、赤芽球、骨髄芽球、単芽球、巨核芽球および巨核球等の血液細胞、内皮系細胞、上皮系細胞、肝実質細胞、膵ラ島細胞等のほか、研究用に樹立された各種株化細胞も本発明の対象となり得る。
【0027】
ここに説明する第1の例の細胞配列方法は、細胞培養器具11の一部領域にのみ光を照射することにより前記領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記領域に細胞を配列する方法である。
【0028】
以下、図8を参照しつつ、第1の例の細胞配列方法を詳しく説明する。図8(a)は細胞培養器具の模式図であり、図8(b)は要部を拡大した模式図である。
細胞接着性が高い材料、例えばポリスチレンからなる細胞培養基材31の表面に光分解性ゲルの反応溶液を塗布し、光分解性ゲル層32を形成して細胞培養器具30を得る。
光分解性ゲル層32の厚さは、100nm〜10μmが好ましい。
細胞培養器具30の光分解性ゲル層32の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により細胞培養基材31表面から除去される。
細胞培養器具30の表面に細胞34を播種すると、光分解性ゲル層32が失われた領域A1の細胞培養基材31表面にのみ細胞34は付着する。
細胞培養基材31表面に付着しなかった細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具30から除去することができる。これによって、領域A1に細胞34を選択的に配列することができる。
【0029】
なお、本発明において、細胞が付着する(接着する)とは、例えば、培地や緩衝液等による洗浄等の一定の物理的刺激によってもその位置から移動しなくなることである。例えば、培地や緩衝液等の流れによる所定の剪断応力(例えば0.1〜10N/m2)の洗浄操作により移動しない状態を「接着状態」(付着状態)とすることができる。
【0030】
次に、図9を参照しつつ、第2の例の細胞配列方法を説明する。図9(a)は細胞培養器具の模式図であり、図9(b)は要部を拡大した模式図である。なお、第1の例との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
細胞接着性が低い材料、例えばガラス、シリコーン樹脂等からなる細胞培養基材41の表面に、細胞接着性タンパク質からなるコート層42を形成する。
細胞接着性タンパク質は、ファイブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニンからなる群から選択された少なくとも1つであることが望ましい。
コート層42の表面に光分解性ゲルの反応溶液を塗布し、光分解性ゲル層32を形成して細胞培養器具40を得る。
細胞培養器具40の光分解性ゲル層32の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により除去される。
細胞培養器具40の表面に細胞34を播種すると、光分解性ゲル層32が失われた領域A1のコート層42表面にのみ細胞34は付着する。
コート層42表面に付着しなかった細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具40から除去することができる。これによって、領域A1に細胞34を選択的に配列することができる。
【0031】
次に、図10を参照しつつ、所定領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する細胞分別方法の第1の例を説明する。図10(a)は細胞培養器具の模式図であり、図10(b)は要部を拡大した模式図である。なお、上述の第1または第2の例の細胞配列方法との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
細胞培養基材31の表面に光分解性ゲル層32を形成し、その表面に細胞接着性材料からなるコート層52を形成して細胞培養器具50を得る。
細胞接着性材料としては、細胞接着性タンパク質もしくは細胞接着性ペプチドが好ましい。細胞接着性タンパク質は、ファイブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニンからなる群から選択された少なくとも1つであることが望ましい。細胞接着性ペプチドは、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸というアミノ酸配列(RGD配列)を有することが望ましい。
【0032】
細胞培養器具50の表面に細胞34を播種すると、コート層52表面に細胞34が付着する。
細胞培養器具50のコート層52の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により細胞培養基材31表面から除去される。領域A1では、光分解性ゲル層32上のコート層52とともに、これに付着した細胞34も細胞培養基材31表面から剥離する。
剥離した細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具50から選択的に除去することができる。
これによって、領域A1の細胞34と、それ以外の細胞34を分別することができる。
【0033】
次に、図11を参照しつつ、細胞分別方法の第2の例を説明する。図11(a)は細胞培養器具の模式図であり、図11(b)は要部を拡大した模式図である。なお、上述の細胞配列方法および第1の例の細胞分別方法との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
細胞接着性が高い材料、例えばポリスチレンからなる細胞培養基材31の表面に、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを含むコート層62を形成して細胞培養器具60を得る。
コート層62は、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを混合した混合材料であってもよいし、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとが化学的に結合した材料(例えばアミド結合によって化学的に結合した材料)であってもよい。
細胞培養器具60の表面に細胞34を播種すると、コート層62表面に細胞34が付着する。
細胞培養器具60のコート層62の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1のコート層62の光分解性ゲルを分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により細胞培養基材31表面から除去される。領域A1では、コート層62とともに、これに付着した細胞34も細胞培養基材31表面から剥離する。
剥離した細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具50から選択的に除去することができる。
これによって、領域A1の細胞34と、それ以外の細胞34を分別することができる。
【0034】
上記細胞配列方法および細胞分別方法によれば、細胞培養器具11の領域A1にのみ光を照射するので、光照射による細胞34への悪影響を極力抑えることができる。このため、細胞34の細胞外マトリックスや膜タンパク質が損なわれるのを防止し、器官特異的機能を維持することができる。このため、細胞工学分野、再生医療分野、バイオ関連工業分野、組織工学分野などにおいて有用である。
また、領域A1にのみの光照射によって細胞34の分別を行うため、目的の細胞を精度よく分別することができる。
【実施例】
【0035】
(実施例1)
(光分解性ゲルの反応溶液の組成)
アミノ末端4分岐型PEG(MW:10000)10mM(10w/v%)
光分解性架橋剤 20mM
溶媒(リン酸緩衝液(少量のDMSOを含む))
【0036】
容器35内の上記光分解性ゲル36(300μm)に、波長365nm、100mW/cm2の紫外線照射(照射時間5〜10分)を10回行った。
光照射前の光分解性ゲルの状態を図12(a)に示し、光照射後の光分解性ゲルの状態を図12(b)に示す。
図12(a)および図12(b)より、光照射前では、容器35底部の光分解性ゲル36は水37に溶解していないが、光照射後の光分解性ゲルは水に溶解したことが確認された。
この結果より、光照射によって光分解性ゲルが可溶化したことが確認された。
【0037】
(実施例2)
(光分解性ゲルの反応溶液の組成)
アミノ末端4分岐型PEG(MW:10000)1mM(1w/v%)
光分解性架橋剤 2mM
溶媒 (DMSO/MeOH(容積比10:90))
【0038】
ポリスチレンからなる細胞培養基材(細胞培養ディッシュ)(直径35mm)の表面に、前記光分解性ゲル溶液を塗布し、溶媒を蒸発させることによって、細胞培養基材の表面に薄膜状の光分解性ゲル層が形成された細胞培養器具30を得た。
図7に示す細胞配列・分別装置を用い、図13に示すように、細胞培養器具30の光分解性ゲル層表面の一部である領域A1に波長365nmの紫外線を照射した後(照射時間5秒)、CHO細胞34を播種した。付着しなかった細胞は緩衝液を用いた洗浄により除去した。
図13(a)は、細胞培養器具30を示す写真であり、図13(b)は要部を拡大した写真である。
これらの結果より、光照射した領域A1にのみ細胞34を付着させることができたことがわかった。
【0039】
(実施例3)
実施例2で用いたのと同様の光分解性ゲル溶液を、ポリスチレンからなる細胞培養基材(細胞培養ディッシュ)(直径35mm)の表面に塗布し、溶媒を蒸発させることによって、細胞培養基材の表面に薄膜状の光分解性ゲル層を形成した。
フィブロネクチン0.1mg/mLリン酸緩衝液溶液を細胞培養基材に入れ、常温で1時間振とうした後、表面を洗浄した。これによって、細胞培養基材表面の薄膜状の光分解性ゲル層の上に、細胞接着性タンパク質(フィブロネクチン)からなるコート層が形成された細胞培養器具50を得た。
細胞培養器具50の表面(コート層表面)に細胞34を播種した。
【0040】
図7に示す細胞配列・分別装置を用い、図14(a)および図14(b)に示すように、細胞培養器具50のコート層表面の一部である領域A1に波長365nmの紫外線を照射した(照射時間15秒)。
図14(c)は光照射後の状態を示す。領域A1にある細胞34(34a)は、大きさが変化していることから、凝集していると考えられる。
図14(d)は、図14(c)に示す状態の細胞培養器具50に、わずかに振動を与えた後の状態を示す写真である。図14(d)では、図14(c)に対して細胞34(34a)の位置が変化していることから、細胞34(34a)は、凝集するとともに、細胞培養器具50の表面から遊離した状態となったと考えられる。
これらの結果より、光照射によって、細胞34を剥離させることができたことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、細胞工学分野、再生医療分野、バイオ関連工業分野、組織工学分野などにおいて有用である。
【符号の説明】
【0042】
1・・・光分解性架橋剤、2・・・主鎖、3・・・ニトロベンジル基、4・・・活性エステル基、5・・・アミド結合部、6・・・高分子化合物、10・・・光分解性ゲル、11、30、40、50、60・・・細胞培養器具、31、41・・・細胞培養基材、32・・・光分解性ゲル層、13・・・照射部、14・・・照射領域調整部、42・・・細胞接着性タンパク質からなるコート層、52・・・細胞接着性材料からなるコート層、62・・・光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを含むコート層、A1・・・光が照射される一部領域。
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量分析を行うマイクロ化学分析システム(μ―TAS)、医薬品生産、細胞アッセイなどに使用される細胞培養器具、これを用いた細胞配列・分別装置、細胞配列方法および細胞分別方法、ならびに前記細胞培養器具に用いられる光分解性ゲルおよび光分解性架橋剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微細加工技術を利用して作製したマイクロチップ上でバイオアッセイや細胞操作を行うバイオチップが注目されている。バイオチップを用いることにより、微量サンプルの分析や、多サンプルの並列処理が可能となり、また、マイクロスケールの特殊な環境を利用した細胞操作等が可能となると期待されている。
一方、フォトリソグラフィーや光ディスク等に代表されるように、光を用いた技術は集積回路の製造や情報の記録技術として情報産業の発展に大きく貢献してきた。
光は微小領域に非接触に作用できるという特長を有しており、バイオチップ上の流体や細胞をチップの外部から自在に操作できる可能性を有している。
光照射によって体積変化したり分解したりする材料があれば、マイクロチップ上の流体制御技術および細胞配列を局所的に非接触で実現することが可能になると期待されている(非特許文献1、2を参照)。
【0003】
このような材料としては、光刺激に応答して収縮する材料である光応答性ゲル、および光により分解する材料である光分解性ゲルが知られている。光分解性ゲルとしては、例えばポリエチレングリコールを主鎖とし、ニトロベンジル基を分子内に有するものがある(特許文献1および非特許文献3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−108087号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】須丸公雄, 杉浦慎治, 金森敏幸 (2009). 光応答性ポリマー材料を用いたマイクロバイオチップの自在制御, "ヘルスケアとバイオ医療のための先端デバイス機器", (株)シーエムシー出版, pp. 176-188.
【非特許文献2】須丸公雄, 杉浦慎治, 金森敏幸 (2007). 光応答収縮ゲル, "医療用ゲルの最新技術と開発", (株)シーエムシー出版, pp. 96-107.
【非特許文献3】Kloxin, A.M., Kasko, A.M., Salinas, C.N. & Anseth, K.S. Photodegradable hydrogels for dynamic tuning of physical and chemical properties. Science 324, 59-63 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでに報告されている光応答性ゲルおよび光分解性ゲルは、ラジカル重合を利用してゲル化されるため、酸素の存在下で重合すると酸素の影響を受けて劣化することがある。
また、光応答性ゲルおよび光分解性ゲルにはラジカルが含まれることがあり、細胞や生理活性物質を固定化しようとすると、ラジカルが細胞や生理活性物質にダメージを与えてしまうおそれがある。また、主鎖として使用できる高分子化合物が、ラジカル重合できるモノマーの重合物に限定されるため、その利用が限定されてしまっている。
さらには、タンパク質等を固定化するためには、化学的に活性化することのできる官能基を有するモノマーが必要となるため、製造工程が複雑になるという問題がある。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、光分解性ゲルの製造が容易であり、かつ適用範囲が広い光分解性架橋剤、光分解性ゲル、細胞培養器具、細胞配列・分別装置、細胞配列方法および細胞分別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の構成は以下のとおりである。
(1)ポリエチレングリコールからなる主鎖と、前記主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、前記ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含み、前記活性エステル基が、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有する光分解性架橋剤。
(2)前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体である(1)記載の光分解性架橋剤。
(3)前記ポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は4から12の範囲にある(1)または(2)に記載の光分解性架橋剤。
(4)(1)〜(3)のうちいずれか1つに記載の光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されている光分解性ゲル。
(5)(4)に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つである光分解性ゲル。
(6)(5)に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、分岐型ポリエチレングリコール誘導体である光分解性ゲル。
(7)(4)〜(6)のうちいずれか1つに記載の光分解性ゲルからなる膜が、細胞培養基材の表面に形成されている細胞培養器具。
(8)前記細胞培養基材の少なくとも表面が、ポリスチレンまたは細胞接着性材料からなる(7)に記載の細胞培養器具。
(9)(7)または(8)に記載の細胞培養器具に光を照射する照射部を備え、前記照射部は、光源と、前記光源からの光を前記細胞培養器具の表面の任意の一部領域にのみ照射させる照射領域調整部を有する細胞配列・分別装置。
(10)光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する細胞分別方法。
(11)光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、
前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域に細胞を配列する細胞配列方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、前記構造を有する光分解性架橋剤を用いるので、高分子化合物と混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。
ラジカル重合を利用してゲル化される従来の光応答性ゲルおよび光分解性ゲルの製造工程は、重合の際に酸素が存在すると重合反応を阻害し、ゲル化が進行しない。この現象は特に薄膜状のゲルを調製する際に顕著になる。一方、本発明の光分解性架橋剤では、架橋反応時に酸素の影響を全く受けないため、このような重合反応阻害は起こらない。
ラジカル重合反応を利用する場合も無酸素雰囲気条件で反応を行えば薄膜状のゲルを調製することが可能となるかもしれないが、その場合には無酸素条件下で重合反応を行わせるための設備が必要となり、製造工程が複雑になる。
一方、本発明の光分解性架橋剤を用いると、無酸素雰囲気条件が必要ないため、薄膜状のゲルの製造工程が簡略であり、効率的かつ低コストで光分解性ゲルを調製できる。
また、本発明では、架橋反応にラジカル重合を利用しないため、ラジカルによってダメージを受けやすい物質を混合した状態で光分解性ゲルを調製することが可能となる。従って、光分解性ゲルを広範な用途、例えば細胞や生理活性物質を固定化する用途にも使用できる。また、ラジカル重合に対応できないモノマーの重合物も高分子化合物として使用できることから、高分子化合物の選択範囲が広いという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の光分解性架橋剤の一例を示す化学構造式である。
【図2】前図の光分解性架橋剤を模式的に表した図である。
【図3】前図の光分解性架橋剤の構造の説明図である。
【図4】(a)光分解性架橋剤の分解反応の反応式である。(b)(a)の反応式を模式的に表した図である。
【図5】光分解性ゲルの一例の生成反応を示す図である。
【図6】前図の光分解性ゲルの分解反応を示す図である。
【図7】本発明の細胞分別装置の一例を示す構成図である。
【図8】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図9】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図10】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図11】試験方法を説明する工程図であり、(a)は細胞培養器具の模式図であり、(b)は要部を拡大した模式図である。
【図12】(a)は光照射前の光分解性ゲルであり、(b)は光照射後の光分解性ゲルである。
【図13】実施例における細胞培養器具の表面を示す写真であり、(a)は光照射後の状態であり、(b)は要部を拡大した写真である。
【図14】実施例における細胞培養器具の表面を示す写真であり、(a)は光照射前の状態、(b)は照射中の状態、(c)は照射後の状態、(d)は細胞培養器具にわずかに振動を与えた後の状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(a)光分解性架橋剤
本発明の光分解性架橋剤は、ポリエチレングリコールからなる主鎖と、主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含む。
主鎖を構成するポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は、4から12の範囲にあることが好ましい。
【0011】
活性エステル基は、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有することが好ましい。
前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体であることが好ましい。
光分解性のニトロベンジル基は、産業用の水銀ランプやレーザーによって発生する紫外線や可視光を照射することにより分解できることが好ましい。
【0012】
図1は、光分解性架橋剤の一例を示すものである。
式(1)に示す光分解性架橋剤1は、ポリエチレングリコール(PEG)からなる主鎖2と、この主鎖2の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基3、3と、ニトロベンジル基3、3の末端側に配置された活性エステル基4、4とからなる。
【0013】
図2は、式(1)の光分解性架橋剤1を模式的に表した図であって、この光分解性架橋剤1は、主鎖2と、ニトロベンジル基3、3と、活性エステル基4、4とからなる。
図2および図3に示すように、主鎖2はポリエチレングリコール(PEG)である。ニトロベンジル基3は、アミド結合部5(―NHCO―)を介して主鎖2に結合している。
【0014】
(b)光分解性ゲル
本発明の光分解性架橋剤は、高分子化合物と反応させることによって、光分解性ゲルを生成する。
高分子化合物は、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する水溶性高分子が好ましく、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つが好ましい。
【0015】
高分子化合物としては、特に、ポリエチレングリコールまたはその誘導体が、細胞との相互作用が少なく、しかも高分子化合物自体が水に可溶であるために好ましい。
なかでも、分岐型のポリエチレングリコールまたはその誘導体を用いると、網目構造が形成されやすく、ゲル化が進行しやすくなるため好ましい。分岐型ポリエチレングリコール(または誘導体)の分岐数は3以上が好ましい。特に、4分岐型のポリエチレングリコール(または誘導体)は入手しやすいため好適である。
ポリエチレングリコール(または誘導体)は、末端にアミノ基を有することが望ましい。
ポリエチレングリコール(または誘導体)の分子量は1万から4万の範囲にあることが好ましい。
塩基性多糖類としては、キトサンが好ましい。
【0016】
高分子化合物と光分解性架橋剤とを混合すると、高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基は、光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋される。
前記アミノ基は光分解性架橋剤の活性エステル基とアミド結合を形成し、前記ヒドロキシル基は活性エステル基とエステル結合を形成する。これによって、網目構造が形成され、ゲル化が進行し、光分解性ゲルが生成する。
本発明では、架橋反応を促進させるための添加剤は特に必要ないため、高分子化合物と光分解性ゲルとを混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。また、反応時の温度は常温でよい。
また、本発明における架橋反応は溶存酸素の影響を受けないため、薄膜状のゲルの形成が容易である。
【0017】
高分子化合物に対する光分解性架橋剤の添加量(光分解性架橋剤/高分子化合物)はモル比で1以上であることが好ましい。高分子化合物と光分解性架橋剤との混合比は、例えば4分岐型のポリエチレングリコール(またはその誘導体)を高分子化合物として用いる場合は、モル比(高分子化合物:光分解性架橋剤)で1:1から1:4の範囲が好ましい。
高分子化合物の使用量は、例えば4分岐型のポリエチレングリコール(または誘導体)の場合、光分解性ゲル中に7.5重量%以上含有されるように設定することができる。
【0018】
図5は、光分解性架橋剤1を用いて、光分解性ゲル10を生成させる反応を示すものである。
光分解性架橋剤1と、高分子化合物6とを反応させることによって、光分解性ゲル10を生成させる。
高分子化合物6は、末端にアミノ基を有する4分岐型のポリエチレングリコール誘導体である。
【0019】
高分子化合物6と光分解性架橋剤1とを混合すると、高分子化合物6のアミノ基は、光分解性架橋剤1の活性エステル基4と縮合して架橋される。
これによって、高分子化合物6は、光分解性架橋剤1を介して他の高分子化合物6と結合し、網目構造を有する光分解性ゲル10が生成する。
【0020】
図6に示すように、光の照射により光分解性架橋剤1が分解されることによって、光分解性ゲル10は分解される。これによって、光分解性ゲル10は水に溶解する。
具体的には、図4(a)に示すように、ニトロベンジル基3は、例えば波長330〜380nmの紫外線などの光の照射により、破線位置で分解可能である。図4(b)は、この分解反応を模式的に示すものである。
ニトロベンジル基3は、アミド結合部5のアミノ基との間の結合が切断され、ニトロソベンジル基3’となる。なお、ニトロベンジル基の構造によっては、前期光照射によりニトロベンジル基3と活性エステル基4との結合が切断されることもある。
【0021】
本発明によれば、前記構造を有する光分解性架橋剤を用いるので、高分子化合物と混合するだけで架橋反応が起こり、ゲル化が進行する。
ラジカル重合を利用してゲル化される従来の光応答性ゲルおよび光分解性ゲルの製造工程は、重合の際に酸素が存在すると重合反応を阻害し、ゲル化が進行しない。この現象は特に薄膜状のゲルを調製する際に顕著になる。一方、本発明の光分解性架橋剤では、架橋反応時に酸素の影響を全く受けないため、このような重合反応阻害は起こらない。
ラジカル重合反応を利用する場合も無酸素雰囲気条件で反応を行えば薄膜状のゲルを調製することが可能となるかもしれないが、その場合には無酸素条件下で重合反応を行わせるための設備が必要となり、製造工程が複雑になる。
一方、本発明の光分解性架橋剤を用いると、無酸素雰囲気条件が必要ないため、薄膜状のゲルの製造工程が簡略であり、効率的かつ低コストで光分解性ゲルを調製できる。
また、本発明では、架橋反応にラジカル重合を利用しないため、ラジカルによってダメージを受けやすい物質を混合した状態で光分解性ゲルを調製することが可能となる。従って、光分解性ゲルを広範な用途、例えば細胞や生理活性物質を固定化する用途にも使用できる。また、ラジカル重合に対応できないモノマーの重合物も高分子化合物として使用できることから、高分子化合物の選択範囲が広いという利点もある。
【0022】
(c)細胞配列・分別装置
図7は、本発明の細胞配列・分別装置の一例であって、細胞培養器具11を保持する保持台12と、細胞培養器具11に光を照射する照射部13を備えている。
照射部13は、光源(図示略)と、細胞培養器具11の表面の任意の一部領域にのみ光照射する照射領域調整部14と、パソコンなどの制御部15とを有する。
照射領域調整部14は、所定のパターン16をなす光を細胞培養器具11に照射することができる。パターン16は表示装置17に表示される。
【0023】
照射領域調整部14は、例えばDMD(デジタルマイクロミラーデバイス(Digital Micromirror Device))とを備えている。DMDは複数のマイクロミラーを有し、各マイクロミラーは、制御部15からの信号により独立に角度を設定できるようにされ、光源からの光を反射することによって、前記信号に応じたパターンの光18を細胞培養器具11に照射できるようになっている。
照射領域調整部14は、レンズ19、ミラー20、レンズ21を経て、細胞培養器具11の任意の領域に光18を照射できる。細胞培養器具11の表面の任意形状の一部領域にのみ光18を照射することもできるし、全領域に光18を照射することもできる。
光源としては、光分解性架橋剤を分解させ得るものが選択され、例えば紫外線、可視光等の光を照射できるもの(例えば紫外線ランプ、可視光ランプ等)が使用できる。
光の波長域は、例えば200〜1000nmを例示できる。特に300〜600nm、なかでも350〜400nmは好適である。照射エネルギーは、通常は0.01〜1000J/cm2、好ましくは0.1〜100J/cm2、より好ましくは1〜10J/cm2である。
なお、光を細胞培養基材の一部領域にのみ照射させるための構成としては、DMDに限らず、液晶シャッターアレイ、光空間変調素子、所定形状のフォトマスク等も採用できる。
【0024】
図7に示す細胞配列・分別装置は、後述のように、光が照射される一部領域に細胞を配列する細胞配列装置としても使用できるし、前記光照射領域にある細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する分別装置としても使用できる。
【0025】
(d))細胞配列および分別方法
次に、光分解性ゲルを用いた細胞培養器具を使用し、細胞培養器具表面に細胞を配列する方法の第1の例について説明する。
この細胞配列方法では、細胞培養基材の表面に光分解性ゲルからなる膜が形成された細胞培養器具を使用する。
細胞培養基材の構成材料としては、プラスチック、ガラス、改質ガラス、金属等を挙げることができる。
プラスチックとして好適なものとしては、ポリスチレン系樹脂、アクリル系樹脂(例えばポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA))、ポリビニルピリジン系樹脂(ポリ(4−ビニルピリジン)、4−ビニルピリジン−スチレン共重合体等)、シリコーン系樹脂(例えばポリジメチルシロキサン樹脂)、ポリオレフィン系樹脂(例えばポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリメチルペンテン樹脂)、ポリエステル樹脂(ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET))、ポリカーボネート系樹脂、エポキシ系樹脂等がある。
細胞培養基材は、細胞培養に一般的に用いられる細胞培養ディッシュもしくはマイクロプレートと同様の構造の基材が好ましい。
細胞培養基材は、少なくとも表面が、ポリスチレンまたは細胞接着性材料からなることが好ましい。
【0026】
本発明において分別対象となる細胞は、特に限定されず、目的に応じて、動物由来の細胞(例えばヒト細胞)、植物由来の細胞、微生物由来の細胞等を使用できる。
具体例としては、例えば、造血幹細胞、骨髄系幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞などの体性幹細胞や胚性幹細胞、人工多能性幹細胞がある。
また、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球(T細胞、NK細胞、B細胞等)等の白血球や、血小板、赤血球、血管内皮細胞、リンパ系幹細胞、赤芽球、骨髄芽球、単芽球、巨核芽球および巨核球等の血液細胞、内皮系細胞、上皮系細胞、肝実質細胞、膵ラ島細胞等のほか、研究用に樹立された各種株化細胞も本発明の対象となり得る。
【0027】
ここに説明する第1の例の細胞配列方法は、細胞培養器具11の一部領域にのみ光を照射することにより前記領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記領域に細胞を配列する方法である。
【0028】
以下、図8を参照しつつ、第1の例の細胞配列方法を詳しく説明する。図8(a)は細胞培養器具の模式図であり、図8(b)は要部を拡大した模式図である。
細胞接着性が高い材料、例えばポリスチレンからなる細胞培養基材31の表面に光分解性ゲルの反応溶液を塗布し、光分解性ゲル層32を形成して細胞培養器具30を得る。
光分解性ゲル層32の厚さは、100nm〜10μmが好ましい。
細胞培養器具30の光分解性ゲル層32の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により細胞培養基材31表面から除去される。
細胞培養器具30の表面に細胞34を播種すると、光分解性ゲル層32が失われた領域A1の細胞培養基材31表面にのみ細胞34は付着する。
細胞培養基材31表面に付着しなかった細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具30から除去することができる。これによって、領域A1に細胞34を選択的に配列することができる。
【0029】
なお、本発明において、細胞が付着する(接着する)とは、例えば、培地や緩衝液等による洗浄等の一定の物理的刺激によってもその位置から移動しなくなることである。例えば、培地や緩衝液等の流れによる所定の剪断応力(例えば0.1〜10N/m2)の洗浄操作により移動しない状態を「接着状態」(付着状態)とすることができる。
【0030】
次に、図9を参照しつつ、第2の例の細胞配列方法を説明する。図9(a)は細胞培養器具の模式図であり、図9(b)は要部を拡大した模式図である。なお、第1の例との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
細胞接着性が低い材料、例えばガラス、シリコーン樹脂等からなる細胞培養基材41の表面に、細胞接着性タンパク質からなるコート層42を形成する。
細胞接着性タンパク質は、ファイブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニンからなる群から選択された少なくとも1つであることが望ましい。
コート層42の表面に光分解性ゲルの反応溶液を塗布し、光分解性ゲル層32を形成して細胞培養器具40を得る。
細胞培養器具40の光分解性ゲル層32の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により除去される。
細胞培養器具40の表面に細胞34を播種すると、光分解性ゲル層32が失われた領域A1のコート層42表面にのみ細胞34は付着する。
コート層42表面に付着しなかった細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具40から除去することができる。これによって、領域A1に細胞34を選択的に配列することができる。
【0031】
次に、図10を参照しつつ、所定領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別する細胞分別方法の第1の例を説明する。図10(a)は細胞培養器具の模式図であり、図10(b)は要部を拡大した模式図である。なお、上述の第1または第2の例の細胞配列方法との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
細胞培養基材31の表面に光分解性ゲル層32を形成し、その表面に細胞接着性材料からなるコート層52を形成して細胞培養器具50を得る。
細胞接着性材料としては、細胞接着性タンパク質もしくは細胞接着性ペプチドが好ましい。細胞接着性タンパク質は、ファイブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニンからなる群から選択された少なくとも1つであることが望ましい。細胞接着性ペプチドは、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸というアミノ酸配列(RGD配列)を有することが望ましい。
【0032】
細胞培養器具50の表面に細胞34を播種すると、コート層52表面に細胞34が付着する。
細胞培養器具50のコート層52の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1の光分解性ゲル層32を分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により細胞培養基材31表面から除去される。領域A1では、光分解性ゲル層32上のコート層52とともに、これに付着した細胞34も細胞培養基材31表面から剥離する。
剥離した細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具50から選択的に除去することができる。
これによって、領域A1の細胞34と、それ以外の細胞34を分別することができる。
【0033】
次に、図11を参照しつつ、細胞分別方法の第2の例を説明する。図11(a)は細胞培養器具の模式図であり、図11(b)は要部を拡大した模式図である。なお、上述の細胞配列方法および第1の例の細胞分別方法との共通部分については、同一符号を付してその説明を省略または簡略化する。
細胞接着性が高い材料、例えばポリスチレンからなる細胞培養基材31の表面に、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを含むコート層62を形成して細胞培養器具60を得る。
コート層62は、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを混合した混合材料であってもよいし、光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとが化学的に結合した材料(例えばアミド結合によって化学的に結合した材料)であってもよい。
細胞培養器具60の表面に細胞34を播種すると、コート層62表面に細胞34が付着する。
細胞培養器具60のコート層62の表面の一部である領域A1に光を照射し、領域A1のコート層62の光分解性ゲルを分解させる。この領域A1の光分解性ゲルは可溶化し、洗浄により細胞培養基材31表面から除去される。領域A1では、コート層62とともに、これに付着した細胞34も細胞培養基材31表面から剥離する。
剥離した細胞34は、培地や緩衝液等により洗浄すること等によって細胞培養器具50から選択的に除去することができる。
これによって、領域A1の細胞34と、それ以外の細胞34を分別することができる。
【0034】
上記細胞配列方法および細胞分別方法によれば、細胞培養器具11の領域A1にのみ光を照射するので、光照射による細胞34への悪影響を極力抑えることができる。このため、細胞34の細胞外マトリックスや膜タンパク質が損なわれるのを防止し、器官特異的機能を維持することができる。このため、細胞工学分野、再生医療分野、バイオ関連工業分野、組織工学分野などにおいて有用である。
また、領域A1にのみの光照射によって細胞34の分別を行うため、目的の細胞を精度よく分別することができる。
【実施例】
【0035】
(実施例1)
(光分解性ゲルの反応溶液の組成)
アミノ末端4分岐型PEG(MW:10000)10mM(10w/v%)
光分解性架橋剤 20mM
溶媒(リン酸緩衝液(少量のDMSOを含む))
【0036】
容器35内の上記光分解性ゲル36(300μm)に、波長365nm、100mW/cm2の紫外線照射(照射時間5〜10分)を10回行った。
光照射前の光分解性ゲルの状態を図12(a)に示し、光照射後の光分解性ゲルの状態を図12(b)に示す。
図12(a)および図12(b)より、光照射前では、容器35底部の光分解性ゲル36は水37に溶解していないが、光照射後の光分解性ゲルは水に溶解したことが確認された。
この結果より、光照射によって光分解性ゲルが可溶化したことが確認された。
【0037】
(実施例2)
(光分解性ゲルの反応溶液の組成)
アミノ末端4分岐型PEG(MW:10000)1mM(1w/v%)
光分解性架橋剤 2mM
溶媒 (DMSO/MeOH(容積比10:90))
【0038】
ポリスチレンからなる細胞培養基材(細胞培養ディッシュ)(直径35mm)の表面に、前記光分解性ゲル溶液を塗布し、溶媒を蒸発させることによって、細胞培養基材の表面に薄膜状の光分解性ゲル層が形成された細胞培養器具30を得た。
図7に示す細胞配列・分別装置を用い、図13に示すように、細胞培養器具30の光分解性ゲル層表面の一部である領域A1に波長365nmの紫外線を照射した後(照射時間5秒)、CHO細胞34を播種した。付着しなかった細胞は緩衝液を用いた洗浄により除去した。
図13(a)は、細胞培養器具30を示す写真であり、図13(b)は要部を拡大した写真である。
これらの結果より、光照射した領域A1にのみ細胞34を付着させることができたことがわかった。
【0039】
(実施例3)
実施例2で用いたのと同様の光分解性ゲル溶液を、ポリスチレンからなる細胞培養基材(細胞培養ディッシュ)(直径35mm)の表面に塗布し、溶媒を蒸発させることによって、細胞培養基材の表面に薄膜状の光分解性ゲル層を形成した。
フィブロネクチン0.1mg/mLリン酸緩衝液溶液を細胞培養基材に入れ、常温で1時間振とうした後、表面を洗浄した。これによって、細胞培養基材表面の薄膜状の光分解性ゲル層の上に、細胞接着性タンパク質(フィブロネクチン)からなるコート層が形成された細胞培養器具50を得た。
細胞培養器具50の表面(コート層表面)に細胞34を播種した。
【0040】
図7に示す細胞配列・分別装置を用い、図14(a)および図14(b)に示すように、細胞培養器具50のコート層表面の一部である領域A1に波長365nmの紫外線を照射した(照射時間15秒)。
図14(c)は光照射後の状態を示す。領域A1にある細胞34(34a)は、大きさが変化していることから、凝集していると考えられる。
図14(d)は、図14(c)に示す状態の細胞培養器具50に、わずかに振動を与えた後の状態を示す写真である。図14(d)では、図14(c)に対して細胞34(34a)の位置が変化していることから、細胞34(34a)は、凝集するとともに、細胞培養器具50の表面から遊離した状態となったと考えられる。
これらの結果より、光照射によって、細胞34を剥離させることができたことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、細胞工学分野、再生医療分野、バイオ関連工業分野、組織工学分野などにおいて有用である。
【符号の説明】
【0042】
1・・・光分解性架橋剤、2・・・主鎖、3・・・ニトロベンジル基、4・・・活性エステル基、5・・・アミド結合部、6・・・高分子化合物、10・・・光分解性ゲル、11、30、40、50、60・・・細胞培養器具、31、41・・・細胞培養基材、32・・・光分解性ゲル層、13・・・照射部、14・・・照射領域調整部、42・・・細胞接着性タンパク質からなるコート層、52・・・細胞接着性材料からなるコート層、62・・・光分解性ゲルと細胞接着性タンパクとを含むコート層、A1・・・光が照射される一部領域。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレングリコールからなる主鎖と、前記主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、前記ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含み、前記活性エステル基が、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有することを特徴とする光分解性架橋剤。
【請求項2】
前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体であることを特徴とする請求項1記載の光分解性架橋剤。
【請求項3】
前記ポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は4から12の範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載の光分解性架橋剤。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか1項に記載の光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、
前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されていることを特徴とする光分解性ゲル。
【請求項5】
請求項4に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする光分解性ゲル。
【請求項6】
請求項5に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、分岐型ポリエチレングリコール誘導体であることを特徴とする光分解性ゲル。
【請求項7】
請求項4〜6のうちいずれか1項に記載の光分解性ゲルからなる膜が、細胞培養基材の表面に形成されていることを特徴とする細胞培養器具。
【請求項8】
前記細胞培養基材の少なくとも表面が、ポリスチレンまたは細胞接着性材料からなることを特徴とする請求項7に記載の細胞培養器具。
【請求項9】
請求項7または8に記載の細胞培養器具に光を照射する照射部を備え、
前記照射部は、光源と、前記光源からの光を前記細胞培養器具の表面の任意の一部領域にのみ照射させる照射領域調整部を有することを特徴とする細胞配列・分別装置。
【請求項10】
光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、
前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、
前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別することを特徴とする細胞分別方法。
【請求項11】
光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、
前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、
前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域に細胞を配列することを特徴とする細胞配列方法。
【請求項1】
ポリエチレングリコールからなる主鎖と、前記主鎖の両末端側に配置された光分解性のニトロベンジル基と、前記ニトロベンジル基の末端側に配置された活性エステル基とを含み、前記活性エステル基が、アミノ基またはヒドロキシル基に対する反応性を有することを特徴とする光分解性架橋剤。
【請求項2】
前記活性エステル基は、N−ヒドロキシコハク酸イミドの誘導体であることを特徴とする請求項1記載の光分解性架橋剤。
【請求項3】
前記ポリエチレングリコールのエチレングリコールの平均繰り返し数は4から12の範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載の光分解性架橋剤。
【請求項4】
請求項1〜3のうちいずれか1項に記載の光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、
前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されていることを特徴とする光分解性ゲル。
【請求項5】
請求項4に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、塩基性多糖類、タンパク質、およびこれらのうちいずれかの誘導体からなる群より選択される少なくとも1つであることを特徴とする光分解性ゲル。
【請求項6】
請求項5に記載の光分解性ゲルであって、前記高分子化合物が、分岐型ポリエチレングリコール誘導体であることを特徴とする光分解性ゲル。
【請求項7】
請求項4〜6のうちいずれか1項に記載の光分解性ゲルからなる膜が、細胞培養基材の表面に形成されていることを特徴とする細胞培養器具。
【請求項8】
前記細胞培養基材の少なくとも表面が、ポリスチレンまたは細胞接着性材料からなることを特徴とする請求項7に記載の細胞培養器具。
【請求項9】
請求項7または8に記載の細胞培養器具に光を照射する照射部を備え、
前記照射部は、光源と、前記光源からの光を前記細胞培養器具の表面の任意の一部領域にのみ照射させる照射領域調整部を有することを特徴とする細胞配列・分別装置。
【請求項10】
光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、
前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、
前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域の細胞とそれ以外の領域にある細胞とを分別することを特徴とする細胞分別方法。
【請求項11】
光の照射により分解する光分解性ゲルを含む細胞培養器具を使用し、
前記光分解性ゲルが、光分解性架橋剤と、分子内に合計2以上のアミノ基またはヒドロキシル基を有する高分子化合物と、を反応させて得られ、前記高分子化合物のアミノ基またはヒドロキシル基が、前記光分解性架橋剤の活性エステル基と縮合して架橋されており、
前記細胞培養器具の一部領域にのみ前記光を照射することにより前記一部領域の光分解性ゲルを選択的に分解することによって、前記一部領域に細胞を配列することを特徴とする細胞配列方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2012−80844(P2012−80844A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231566(P2010−231566)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]