光制御分子スイッチおよびその使用方法
【課題】 光制御分子スイッチに関わる技術の提供。
【解決手段】 TLP1および/または変異型TLP1を用いることを特徴とする光制御分子スイッチ。TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用は光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する。TLP1のLOVドメインとVTC2、VTC2LおよびHDよりなる群より選ばれる相互作用因子とのタンパク質相互作用は光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する。上記光制御分子スイッチを用いる光による植物の生育制御方法。上記光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を、生物の細胞、組織、もしくは器官または生物全体に対し、光による遺伝子転写のオン/オフによる遺伝子発現制御のために使用する方法。生物は植物、酵母または動物である。上記合成遺伝子を含む細胞、組織、器官または生物全体。
【解決手段】 TLP1および/または変異型TLP1を用いることを特徴とする光制御分子スイッチ。TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用は光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する。TLP1のLOVドメインとVTC2、VTC2LおよびHDよりなる群より選ばれる相互作用因子とのタンパク質相互作用は光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する。上記光制御分子スイッチを用いる光による植物の生育制御方法。上記光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を、生物の細胞、組織、もしくは器官または生物全体に対し、光による遺伝子転写のオン/オフによる遺伝子発現制御のために使用する方法。生物は植物、酵母または動物である。上記合成遺伝子を含む細胞、組織、器官または生物全体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TLP1および/または変異型TLP1を用いる光制御分子スイッチに関する。
本発明において用いる略語は以下のとおりである。
ADO ADAGIO
APRR シロイヌナズナ偽応答調節因子
ASK シロイヌナズナSkp1様タンパク質
CCA1 概日時計関連因子1
CFP シアン蛍光タンパク質
COL CONSTANS LIKE
FKF1 フラビン結合性ケルヒ繰り返しF-box 1
GFP 緑色蛍光タンパク質
GUS β-グルクロニダーゼ
LD 長日光周期
LHY late elongated hypocotyl-1[後期伸長化胚軸因子-1]
LKP2 LOVケルヒタンパク質2
LOV light,oxygen and voltage
PHOT フォトトロピン
PHY フィトクローム
PRR 偽応答調節因子
SCF Skp1-Cullin-F-boxタンパク質
TLP1 AT2G02710,Accesion no. AB038798
TOC1 timing of cab expression 1[CAB発現タイミング因子1]
ZTL ZEITLUPE
【背景技術】
【0002】
植物は光を光合成のエネルギー源としてだけでなく、環境応答のためのシグナルとしても用いている。光発芽、光屈性、日長による花芽形成等はその例である。植物は光シグナルを細胞に存在する受容体により受容し、酵素活性変化や遺伝子発現レベルを変えてシグナルに応答する。植物の光受容体としてはこれまで、赤色・遠赤色光に対するファイトクローム、青色光に対応するクリプトクローム、フォトトロピンが知られている。
根、葉、茎の十分な生育とともに抽台時期ならびに開花時期を制御することができる主要作物や高価な花卉類など園芸植物のトランスジェニック植物の作製方法や、該作製方法により得られるトランスジェニック植物を提供することを目的として、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモータの下流に、LOVドメイン及びケルヒ(kelch)繰返しを有する青色光受容体タンパク質LKP1のプロモータを介して該LKP1遺伝子が連結されている発現ベクターにより植物を形質転換し、青色光受容体タンパク質を過剰発現するトランスジェニック植物を作製する発明が既に出願されている(特許文献1)。
【0003】
これまで、導入遺伝子の発現制御には化学物質受容体を用いる例がほとんどであり、青色光受容体であるLKPファミリータンパク質、あるいは、そのLOVドメインを単体で用いた例はない。化学物質で遺伝子発現を誘導する場合には、その化学物質のコスト、生体、環境に与える影響が問題となる。植物では光で発現誘導が起こるCAB遺伝子等のプロモータを遺伝子発現に利用する例はあるが、この場合は内在の光受容体とシグナル伝達系を用いるため、反応に必要な因子が多く、植物以外の生物には用いることができなかった。
【特許文献1】特開2001−352851号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、TLP1およびそのC296A変異を用いた光によるバイオスイッチで、光の量による相互作用のオン/オフ、ならびに、光のオン/オフによるTLP1制御の可逆性がある技術の、光制御分子スイッチに関わる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
植物の光受容体としてはこれまで、赤色・遠赤色光に対するファイトクローム、青色光に対応するクリプトクローム、フォトトロピンが知られているところ、本発明者らは、多種にわたる植物の光応答がこれらの光受容体だけでは説明できないと考え、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御、胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにして、本発明に到った。
【0006】
本発明は、以下の(1)〜(3)のいずれかの光制御分子スイッを要旨とする。
(1)TLP1および/または変異型TLP1を用いることを特徴とする光制御分子スイッチ。
(2)TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、(1)の光制御分子スイッチ。
(3)TLP1のLOVドメインとVTC2、VTC2LおよびHDよりなる群より選ばれる相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、(2)の光制御分子スイッチ。
【0007】
本発明は、以下の(4)の光による植物の生育制御方法を要旨とする。
(4)(1)ないし(3)のいずれかの光制御分子スイッチを用いることを特徴とする光による植物の生育制御方法。
【0008】
本発明は、以下の(5)〜(8)のいずれかの合成遺伝子の使用方法を要旨とする。(5)(1)、(2)または(3)の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を、生物の細胞、組織、もしくは器官または生物全体に対し、光による遺伝子転写のオン/オフによる遺伝子発現制御のために使用する合成遺伝子の使用方法。
(6)生物が植物であるの(5)の合成遺伝子の使用方法。
(7)生物が酵母であるの(5)の合成遺伝子の使用方法。
(8)生物が動物であるの(5)の合成遺伝子の使用方法。
【0009】
本発明は、以下の(9)の細胞、組織、器官または生物全体を要旨とする。
(9)(1)、(2)または(3)の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を含む細胞、組織、器官または生物全体。
【発明の効果】
【0010】
本発明者らは、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御。胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにしてきている(Kiyosue and Wada 2000, Schults et al. 2001, Yasuhara et al. 2004, Fukamatsu et al. 2005)。
LKP1、LKP2のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用が青色光に依存してオン/オフされるため、これを青色光スイッチに利用することができる。例えば、酵母2ハイブリッド系のマーカー遺伝子の代わりに任意の遺伝子を繋げば、青色光に依存してその遺伝子の転写がオン/オフできる。また、この系は他生物にも応用可能である。更に、光量に応じて、相互作用のオン/オフだけでなく、遺伝子導入細胞、個体のみを殺傷することも可能である。制御に薬剤を用いないので、化学物質と比べ、低コストであり、環境に与える影響も考慮しなくてよい(特願2004−270182,特願2005−26772、)。
TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用の活性が光によって変化すること、さらにこの影響はLOVドメインの変異によってより顕著になったことから、TLP1は光によってその相互作用を制御できる分子スイッチとして利用できる。同様な分子スイッチとしてLKP2があるが、LKP2の場合は特に強い光を当てた際に酵母の生育も阻害されるのに対して、TLP1ではそのような傾向は認められない。このことはそのような条件でも酵母が生存しているため光をオフにすることで相互作用をさせなくすることこと、すなわち光のオン/オフによるTLP1制御の可逆性があることを示している。このことからTLP1はより広い範囲の光強度条件下における分子スイッチとして有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明者らは、植物青色光受容体候補遺伝子LKP2の研究を行い、LKP2プロモータ活性が、幼植物体全体、ロゼット葉、根端、萼、若いさやで認められることを明らかにした。なお、LKP2は本発明者らによってアミノ酸配列が示されている(上記の特許文献1参照)。
【0012】
また、緑色蛍光タンパク質(GFP,green fluorescent protein)とLKP2を用いた解析から、LKP2が核タンパク質である証拠を得た。
【0013】
更に、酵母2ハイブリッド系を用いた解析から、LKP2がF-box領域で、ASK1、2、3、4、5、11、14、20a、20bと相互作用すること、LKP2がLKPファミリータンパク質であるLKP1、LKP2、FKF1と相互作用すること、LKP1およびLKP2が各々LOVドメインでTOC1とAPRR5と相互作用することを見いだした。
【0014】
LOVドメインを介したこれらの相互作用は強い光によって影響を受け、赤色、遠赤色、緑色では影響を受けないものの、青色光によって相互作用の阻害効果が認められた。
【0015】
LKP1及びLKP2のLOVドメインに位置する82番目のシステイン残基をアラニン置換した場合、この青色光による効果はさらに顕著となった。
【0016】
野生型のLKP1、LKP2は50μmol photon/m2/secの青色光では野生型のタンパク質を発現する酵母は生育に影響を受けなかったが、変異型のLKP1或いはLKP2タンパク質を発現する酵母は培地上で生育することができなかった。
【0017】
これは導入された変異型青色光受容体LKPタンパク質によって吸収された光エネルギーが生体内物質に悪影響を与えたためだと考えられる。
【0018】
これらの知見から、発明者は青色光バイオスイッチ、すなわち、LKP1、LKP2、変異型LKP1、LKP2を用いた青色光による遺伝子発現制御、生育制御を行う先願に係る発明を完成するに至った。
先願に係る発明(特願2004−270182,特願2005−26772、)を要約すると以下の通りである。
Arabidopsis thaliana Heynh.[シロイヌナズナ]のADO/FKF/LKP/ZTLファミリータンパク質には、LOVドメイン、F-boxモチーフ、ケルヒ繰り返し領域が一つずつ存在する。LKP2はこのファミリーのメンバーであり、シロイヌナズナの概日オシレータ内部または非常に近傍で機能している[Shultz et al., (2001) Plant Cell 13: 2659-2670]。プロモータ-GUS融合実験により、LKP2遺伝子はロゼット葉において高活性であることが判明した。CaMV35S:LKP2-GFP植物ではGFPに関連する蛍光が核内に検出され、そこからLKP2は核タンパク質であると考えられた。酵母2-ハイブリッド分析によれば、LKP2は一部のシロイヌナズナSkp-1様タンパク質(ASK)と相互作用し、これは他のADO/FKF/LKP/ZTLファミリータンパク質の場合と同様であることが示されているが、そこからLKP2はSCF(Skp1-Cullin-F-boxタンパク質)複合体を形成することが可能であり、これはユビキチンE3リガーゼとして機能すると考えられる。LKP2は自分自身だけでなく、ファミリーの他のメンバーであるLKP1やFKF1とも相互作用する。また2-ハイブリッド分析によれば、LKP2は時計成分であるTOC1と相互作用するが、TOC1遺伝子発現に対する負の調節因子であるCCA1やLHYとは相互作用しないことが示された。LKP2のLOVドメインはTOC1との相互作用について必要かつ十分であることが示された。LKP2とAPRR5(TOC1のパラログ)の相互作用も観察されたが、LKP2は他のTOC1パラログであるAPRR3、APRR7、APRR9と相互作用しなかった。
【0019】
本発明者らは多種にわたる植物の光応答がこれらの光受容体だけでは説明できないと考え、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御。胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにしてきている(Kiyosue and Wada 2000, Schults et al. 2001, Yasuhara et al. 2004, Fukamatsu et al. 2005)。
TLP1に関してみるならば、TLP1 (AT2G02710,Accesion no. AB038798)はPAS、F-box like,及びLOVからなるタンパク質をコードする遺伝子である。PASはタンパク質−タンパク質間相互作用を行うとされるドメインで、このうち光などに関係する因子に共通する配列をLOVドメインと言う。シロイヌナズナのフォトトロピンは2つのLOVを持ち,色素団と結合して青色光受容体として機能することが知られている(Christie et al. 1998, 1999)。F-boxはユビキチンE3リガーゼであるSCF複合体の構成要素のひとつSkp1 (シロイヌナズナではASK)との結合に必要な配列で、F-boxタンパク質もSCF複合体を構成する(Kuroda et al. 2002, Yasuhara et al. 2004)。これらのことからTLP1タンパク質は光受容体として機能しタンパク質分解系などの制御を行う分子である可能性が考えられる。
【0020】
TLP1遺伝子は選択的スプライシングにより2つの転写産物TLP1A (Accesion no. AB038798)及びTLP1B (Accesion no. NM_201672)となる。TLP1BではLOVドメインに2アミノ酸残基の挿入があり、光受容体としての機能に変化がある可能性がある。図1に、TLP1Aの塩基配列と推定アミノ酸配列、図2にTLP1Bの塩基配列と推定アミノ酸配列、図3にTLP1タンパク質のドメイン構造とTLP1選択的スプライシング産物の推定アミノ酸配列を示す。
【0021】
図4に、TLP1の各器官でのmRNA蓄積量を示す。各器官から調整した全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1 mRNAの蓄積を検出した。上パネルがDIGラベルの発光検出、下がrRNAのエチジウムブロミド染色である。
図5に、TLP1のmRNA蓄積量のストレス及びホルモンの影響を示す。各種ストレス及びホルモン処理後経時的にサンプリングした全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1のmRNA蓄積量の変化を検出した。mRNAはDIGラベルしたプローブの発光検出、下のパネルはrRNAのエチジウムブロミド染色である。
図6に、TLP1のmRNA蓄積量の概日リズムを示す。連続暗条件(上パネル)、16時間明/
8時間暗条件(中パネル)、連続明条件(下パネル)でのTLP1のmRNA蓄積量である。各パネルとも上がDIGラベルの発光検出、下がrRNAのエチジウムブロミド染色である。
【0022】
図7に、GFP-TLP1の細胞内局在を示す。GFP-TLP1、GFPともに実生の根を観察した。左がGFPの蛍光、右は明視野での観察写真(1000倍)、下のパネルは拡大したものである。
図8に、酵母Two-hybrid法によるTLP1との相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間3℃で培養した。上のパネルはベクターの形質転換のコントロール、下のパネルはヒスチジンとアデニン欠乏培地での生育である。
図9に、VTC2及びVTC2Lのアミノ酸配列の比較をしめす。
図10に、HDA及びHDBのアミノ酸配列の比較とドメイン構造を示す。
図11に、酵母Two-hybrid法によるTLP1AとVTC2及びVTC2Lの相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間30℃で培養した。上のパネルはTLP1A、下のパネルTLP1A C296Aとの相互作用である。0,50,100,190 μmol/m2/sの青色光照射下で生育させた。
図12に、酵母Two-hybrid法によるTLP1BとVTC2及びVTC2Lの相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間30℃で培養した。上のパネルはTLP1B、下のパネルTLP1B C296Aとの相互作用である。0,50,100,190 μmol/m2/sの青色光照射下で生育させた。
図13に、酵母Two-hybrid法によるTLP1AとHDの相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間30℃で培養した。上のパネルはTLP1A、下のパネルTLP1A C296Aとの相互作用である。0,50,100,190 μmol/m2/sの青色光照射下で生育させた。
【0023】
以下に、実施例を挙げてこの発明を更に具体的に説明するが、この発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
植物は光を光合成のエネルギー源としてだけでなく、環境応答のためのシグナルとしても用いている。光発芽、光屈性、日長による花芽形成等はその例である。植物は光シグナルを細胞に存在する受容体により受容し、酵素活性変化や遺伝子発現レベルを変えてシグナルに応答する。植物の光受容体としてはこれまで、赤色・遠赤色光に対するファイトクローム、青色光に対応するクリプトクローム、フォトトロピンが知られている。本発明者らは多種にわたる植物の光応答がこれらの光受容体だけでは説明できないと考え、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御。胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにしてきている(Kiyosue and Wada 2000, Schults et al. 2001, Yasuhara et al. 2004, Fukamatsu et al. 2005)。
【0025】
TLP1の塩基配列
TLP1 (AT2G02710,Accesion no. AB038798)はPAS、F-box like,及びLOVからなるタンパク質をコードする遺伝子である。PASはタンパク質−タンパク質間相互作用を行うとされるドメインで、このうち光などに関係する因子に共通する配列をLOVドメインと言う。シロイヌナズナのフォトトロピンは2つのLOVを持ち,色素団と結合して青色光受容体として機能することが知られている(Christie et al. 1998, 1999)。F-boxはユビキチンE3リガーゼであるSCF複合体の構成要素のひとつSkp1 (シロイヌナズナではASK)との結合に必要な配列で、F-boxタンパク質もSCF複合体を構成する(Kuroda et al. 2002, Yasuhara et al. 2004)。これらのことからTLP1タンパク質は光受容体として機能しタンパク質分解系などの制御を行う分子である可能性が考えられる。
【0026】
選択的スプライシングによる2つの産物
TLP1遺伝子は選択的スプライシングにより2つの転写産物TLP1A (Accesion no. AB038798、図1、配列番号1、2)及びTLP1B (Accesion no. NM_201672、図2、配列番号3、4)となる。TLP1BではLOVドメインに2アミノ酸残基の挿入があり、光受容体としての機能に変化がある可能性がある(図3)。
【0027】
TLP1の遺伝子発現解析
各器官での発現解析に使用したサンプルは、TLP1が概日リズムを刻むことを考慮に入れ、すべて14時にサンプリングを行った。根、ロゼット葉( 17日目 ) は低温処理後17日目にサンプリングを行い、茎、ロゼット葉 ( 35日目 )、花、さやは低温処理後35日目にサンプリングを行った。
播種後3日間の低温処理の後に、16時間明下、8時間暗下の長日条件下でMS寒天培地にて16日間生育させた植物体をMS液体培地に移植し、250 mM NaCl、1 mM GA3、1 mM ABA、1 mM IAA、50 μM MeJA、7 mM ethephone、1 mM kinetine,または10 mM H2O2を加え0、1、2、5、10、及び24時間後にサンプリングした。またピンセットで植物体のwounding処理を行い同様に0、1,2、5、10、及び24時間後にサンプリングした。乾燥条件下、35℃及び4℃で0、1、2、5、10、及び24時間後にサンプリングした。
サーカディアンリズム用のサンプルは、播種後3日間の低温処理の後に、16時間明下、8時間暗下の長日条件下でMS寒天培地にて9日間生育させた植物体を用いた。10日目の夜明けからサンプリングを開始し、以後4時間毎に48時間サンプリングを行った。サンプリングの際には植物体の地上部のみを採取した。
本実施例の実験で使用したRNAはTRI REAGENT ( Molecular Research Center. INC ) を使用して抽出を行った。植物体の重量が100mgを超える際には乳鉢、乳棒を使用してサンプルを破砕し、100mg未満となった際にはガラスビーズを入れたエッペンチューブ内で破砕した。
【0028】
1μgのRNAを含むサンプル5μlにRNA試料緩衝液 ( 50% グリセリン、0.1mg/ml BPB、0.1mg/ml キシレンシアノール、1mM EDTA ) を加え、65℃で10分間、氷上で5分間静置した。これをアガロースゲル ( 5% 20×MOPS ( 0.4M MOPS、0.1M 酢酸ナトリウム、0.02M EDTA )、1.0% Agarose、5% formaldehyde )にアプライし、泳動バッファー( 5% 20×MOPS ) 中で電気泳動を行った。電気泳動後にEtBrで染色し、UV照射によりRNAの泳動パターンを得た。このゲルを20×SSC ( 3M NaCl、0.3M Sodium citrate-2H2O、pH 7.0 ) でナイロン膜にブロッティングした.
TLP1 cDNAをAmpliScribeTM T7 HighYield Transcription Kit (EPICENTRE ) を用いてDIG標識したプローブを用いてDIG Easy Hyb ( Roche )中68℃で1晩ハイブリダイゼーションを行った。低インストリンジェンシーバッファー( 0.1% SDS、2×SSC ) で15分間、室温で2回洗浄し、高インストリンジェンシーバッファー ( 0.1% SDS、0.1×SSC ) で15分間、68℃で2回洗浄した。Wash Buffer ( 0.1M マレイン酸、0.15M NaCl、0.3% ( v/v ) Tween20、pH7.5 ) で2分洗浄後、blocking buffer ( Roche ) で1時間ブロッキングを行った。次に、150ml DIG抗体溶液 ( 15μl DIG抗体、150ml blocking buffer ) で30分間振とうした。その後、Wash bufferで15分間の洗浄を2回行い、Detection buffer ( 0.1M Tris-HCl、0.1M NaCl、pH9.5 ) で5分間振とうした。メンブレンをハイブリパックに移し、CDP-starをメンブレンの表面に適量広げ5分間静置した後、Cool sever ( ATTO ) で発光を検出した(図4)。
【0029】
植物体各器官での発現を検討したところ,TLP1は種子において特に強い発現が認められた.
各種ストレス及びホルモン処理による影響を検討したところ(図5)、TLP1の発現は250 mM NaCl及び乾燥処理後2時間で非常に強く誘導された。また傷害ストレス及び過酸化水素によっても弱いながらも2時間後から発現が誘導された。他のストレス及びホルモン処理に対しては顕著な差は認められなかった。
TLP1の発現は16時間明期8時間暗期ではZT0〜4にピークを持つ概日リズムを示すと考えられる(図6)。連続明条件では同様のリズムは示すもののサイクルごとに減衰し、連続暗条件では高い発現レベルを維持した。これらの結果からTLP1の発現は概日時計により制御されるが、暗期に発現が誘導されるという光制御も受けていると考えられる。
【0030】
GFP- TLP1融合タンパク質の局在
pBE2112ベクター(Mitsuhara et al. 1996)を用いてGFP(Davis and Vierstra,1998)及びGFP-TLP1融合タンパク質をCaMV 35Sプロモーターにより過剰発現するベクターを作製した。これらのプラスミドを適切な制限酵素で処理し、さらにPCRを行うことによりCaMV 35S promoter制御下に逆方向にインサートが挿入されていることを確認した。アグロバクテリウム法を用いて正しいコンストラクトを植物体 (Columbia ecotype ) に遺伝子導入した。
播種した種子は4℃暗所下に3日間置き、その後22℃、長日条件下 ( 16hr light、8hr dark )、約75μmol m-2s-1 ( 測定領域 400nm~700nm 測定機器 Basic Quantum Meter ) の光量下で生育した。T1種子、T2種子共にMS寒天培地+カナマイシン ( 25mg/ml ) でセレクションを行い、低温処理後2週間経過した植物体を、バーミキュライトを入れたポットに植え継いで生育させた。
得られた形質転換植物を共焦点レーザー顕微鏡によりGFPの蛍光を観察した。
【0031】
GFP-TLP1をCaMV 35Sプロモーターにより恒常的に発現させた形質転換植物を共焦点レーザー顕微鏡により観察し、TLP1の細胞内局在を検討した(図7)。GFPの蛍光からTLP1は核及び細胞質に存在していると考えられた。
【0032】
TLP1相互作用因子の塩基配列
TLP1の相互作用因子を酵母Two-hybrid法により行った.TLP1Aの全長cDNAをpGBK-T7に挿入し、GAL4タンパク質のDNA結合ドメインとTLP1Aとの融合タンパク質を発現するベクターを作製した。NaClで処理したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana Col-0) の葉からRNAを調整し、オリゴdTプライマー及びランダムプライマーを用いてcDNAの合成を行った。これをpGAD-T7に挿入し、GAL4タンパク質の転写活性化ドメインとの融合ライブラリー(6.3 x 105 cfu)を作製した。出芽酵母Saccharomyces cerevisiae AH109にpGBK-T7-TLP1及びpGAD-T7-Arabidopsis cDNA libraryを導入し、レポーター遺伝子HIS3及びADE2の発現によりヒスチジン及びアデニン欠乏培地で生育したコロニーを得た。このコロニーからpGAD-T7ベクターを単離し、再度pGBK-T7-TLP1とともにS. cerevisiae AH109に導入し、ヒスチジン及びアデニン欠乏培地で生育したものをTLP1相互作用候補因子とした。このpGAD-T7ベクターのインサートの塩基配列を決定した。これらの遺伝子の全長cDNAをpGAD-T7に挿入し、pGBK-T7-TLP1との相互作用を同様に確認した。
【0033】
酵母Two-hybrid法によりTLP1の相互作用候補因子としてVTC2 (AT4G26850)、VTC2L (AT5G55120)、及びHD (AT1G19700)を得た。VTC2はvitamin C(アスコルビン酸)の蓄積量が減少する突然変異体の原因遺伝子として見出された遺伝子であるが、VTC2タンパク質がアスコルビン酸生合成酵素であるのかその制御を行う因子であるのかは明らかにされていない。VTC2LはVTC2と非常に良く相似したアミノ酸配列をコードする遺伝子で、その機能は明らかにされていない。スクリーニングにより単離されたクローンはいずれもほぼ全長であったが、完全長でも同様にTLP1と相互作用を示した。またいずれもTLP1A及びTLP1Bともに相互作用を示した。
HDはホメオボックスドメインを持つタンパク質をコードする遺伝子で、選択的スプライシングにより、HDA及びHDBの二つのmRNAを産生する。HDAは268アミノ酸残基、HDBは538アミノ酸残基のタンパク質をコードする。HDAはHDBのC末端側半分を欠いた構造であり、ホメオドメインはHDBのC末端側に有り、HDAにはない。HDの生理学的な機能は明らかになっていない。スクリーニングで単離されたクローンはHDBの119-538アミノ酸残基の部分断片であるが、HDA及びHDBともに全長でもTLP1と相互作用を示した。HDA及びHDBはTLP1Aとは相互作用を示したが,TLP1Bとの相互作用は認められなかった。
【0034】
TLP1と相互作用因子との光による相互作用の変化
TLP1とVTC2、VTC2L、及びHDとの相互作用に対する青色光の影響を酵母Two-hybrid法により検討した(図8)。pGBK-T7-TLP1とpGAD-T7-VTC2、pGAD-T7-VTC2L、pGAD-T7-HAD、またはpGAD-T7-HDBをS. cerevisiae AH109に導入し、ヒスチジン及びアデニン欠乏培地で0、50、100、190 μmol/m2/sの青色光照射下、30℃で4日間生育させた。比較対象としてヒスチジン及びアデニンを含む培地でも生育させた。またTLP1の296番目のアミノ酸をシステインからアラニンに換えた変異体との相互作用も検討した。
【0035】
TLP1A及びTLP1BとVTC2,VTC2L(図9)との相互作用における青色光の影響を酵母Two-hybrid法により検討した(図11)。TLP1AとVTC2では青色光の影響は認められなかったが、TLP1BとVTC2でC296A変異により、190μmol/m2/sの青色光照射下で相互作用が阻害された。VTC2LはTLP1Aとは100 μmol/m2/sで、TLP1Bとは50μmol/m2/sで相互作用が阻害され、C296A変異ではTLP1Aとは100μmol/m2/sで、TLP1Bとは50μmol/m2/sで相互作用が完全に阻害された。
【0036】
TLP1AとHAD、HDB(図10)との相互作用における青色光の影響を酵母Two-hybrid法により検討した(図11)。TLP1AとHDAでは青色光照射下で相互作用が完全に阻害された。これはC296A変異でも同様であった。TLP1AとHDBでは50μmol/m2/sで相互作用が阻害され始め100μmol/m2/sで完全に阻害された。C296A変異ではHDAと同様50μmol/m2/sで相互作用が完全に阻害された。
【0037】
TLP1はLOVドメインを持つタンパク質であることから光受容体であると考えられ、LOVドメインによる光受容により、タンパク質活性が変化する光分子スイッチとしての機能が期待されていた。今回の結果ではTLP1がVTC2、VTC2L(図12)、及びHD(図13)と相互作用し、その活性が光によって変化することが確認された。さらにこの影響はLOVドメインの変異によってより顕著になった。これらのことからTLP1は光によってその相互作用を制御できる分子スイッチとして利用できるタンパク質であることがわかった。
同様な分子スイッチとしてLKP2があるが、LKP2の場合は特に強い光を当てた際に酵母の生育も阻害されるのに対して、TLP1ではそのような傾向は認められなかった。このことはそのような条件でも酵母が生存しているため光をオフにすることで相互作用をさせなくすることこと、すなわち光のオン/オフによるTLP1制御の可逆性があることを示している。このことからTLP1はより広い範囲の光強度条件下における分子スイッチとして有効であると考えられる。
【0038】
参考文献
1.Science. 1998 Nov 27;282(5394):1698-701.
2.Proc Natl Acad Sci U S A. 1999 Jul 20;96(15):8779-83.
3.Plant Mol Biol. 1998 Mar;36(4):521-8.
4.Plant Cell Physiol. 2005 Aug;46(8):1340-9. Epub 2005 Jun 4.
5.Plant Cell Physiol. 1996 Jan;37(1):49-59.
6.Plant J. 2000 Sep;23(6):807-15.
7.Plant Cell Physiol. 2002 Oct;43(10):1073-85.
8.Plant J. 2003 Jun;34(6):753-67.
9.Plant Cell. 2001 Dec;13(12):2659-70.
10.J Exp Bot. 2004 Sep;55(405):2015-27. Epub 2004 Aug 13.
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の主要なデータである光による相互作用のオン/オフ(遺伝子発現のオン/オフ)には光の質と強さが影響を与えているので、分子生物学実験キット、酵母内での遺伝子発現制御などの分野で実用化が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】TLP1Aの塩基配列と推定アミノ酸配列
【図2】TLP1Bの塩基配列と推定アミノ酸配列
【図3】TLP1タンパク質のドメイン構造とTLP1選択的スプライシング産物の推定アミノ酸配列
【図4】TLP1の各器官でのmRNA蓄積量 各器官から調整した全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1 mRNAの蓄積を検出.上パネルがDIGラベルの発光検出,下がrRNAのエチジウムブロミド染色.
【図5】TLP1のmRNA蓄積量のストレス及びホルモンの影響 各種ストレス及びホルモン処理後経時的にサンプリングした全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1のmRNA蓄積量の変化を検出.mRNAはDIGラベルしたプローブの発光検出,下のパネルはrRNAのエチジウムブロミド染色.
【図6】TLP1のmRNA蓄積量の概日リズム 連続暗条件(上パネル),16時間明/ 8時間暗条件(中パネル),連続明条件(下パネル)でのTLP1のmRNA蓄積量.各パネルとも上がDIGラベルの発光検出,下がrRNAのエチジウムブロミド染色.
【図7】GFP-TLP1の細胞内局在 GFP-TLP1,GFPともに実生の根を観察.左がGFPの蛍光,右は明視野での観察写真(1000倍).下のパネルは拡大したもの.
【図8】酵母Two-hybrid法によるTLP1との相互作用 濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし,4日間30℃で培養した.上のパネルはベクターの形質転換のコントロール.下のパネルはヒスチジンとアデニン欠乏培地での生育.
【図9】VTC2及びVTC2Lのアミノ酸配列の比較
【図10】HDA及びHDBのアミノ酸配列の比較とドメイン構造
【図11】酵母Two-hybrid法によるTLP1AとVTC2及びVTC2Lの相互作用
【図12】酵母Two-hybrid法によるTLP1BとVTC2及びVTC2Lの相互作用
【図13】酵母Two-hybrid法によるTLP1AとHDの相互作用
【技術分野】
【0001】
本発明は、TLP1および/または変異型TLP1を用いる光制御分子スイッチに関する。
本発明において用いる略語は以下のとおりである。
ADO ADAGIO
APRR シロイヌナズナ偽応答調節因子
ASK シロイヌナズナSkp1様タンパク質
CCA1 概日時計関連因子1
CFP シアン蛍光タンパク質
COL CONSTANS LIKE
FKF1 フラビン結合性ケルヒ繰り返しF-box 1
GFP 緑色蛍光タンパク質
GUS β-グルクロニダーゼ
LD 長日光周期
LHY late elongated hypocotyl-1[後期伸長化胚軸因子-1]
LKP2 LOVケルヒタンパク質2
LOV light,oxygen and voltage
PHOT フォトトロピン
PHY フィトクローム
PRR 偽応答調節因子
SCF Skp1-Cullin-F-boxタンパク質
TLP1 AT2G02710,Accesion no. AB038798
TOC1 timing of cab expression 1[CAB発現タイミング因子1]
ZTL ZEITLUPE
【背景技術】
【0002】
植物は光を光合成のエネルギー源としてだけでなく、環境応答のためのシグナルとしても用いている。光発芽、光屈性、日長による花芽形成等はその例である。植物は光シグナルを細胞に存在する受容体により受容し、酵素活性変化や遺伝子発現レベルを変えてシグナルに応答する。植物の光受容体としてはこれまで、赤色・遠赤色光に対するファイトクローム、青色光に対応するクリプトクローム、フォトトロピンが知られている。
根、葉、茎の十分な生育とともに抽台時期ならびに開花時期を制御することができる主要作物や高価な花卉類など園芸植物のトランスジェニック植物の作製方法や、該作製方法により得られるトランスジェニック植物を提供することを目的として、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモータの下流に、LOVドメイン及びケルヒ(kelch)繰返しを有する青色光受容体タンパク質LKP1のプロモータを介して該LKP1遺伝子が連結されている発現ベクターにより植物を形質転換し、青色光受容体タンパク質を過剰発現するトランスジェニック植物を作製する発明が既に出願されている(特許文献1)。
【0003】
これまで、導入遺伝子の発現制御には化学物質受容体を用いる例がほとんどであり、青色光受容体であるLKPファミリータンパク質、あるいは、そのLOVドメインを単体で用いた例はない。化学物質で遺伝子発現を誘導する場合には、その化学物質のコスト、生体、環境に与える影響が問題となる。植物では光で発現誘導が起こるCAB遺伝子等のプロモータを遺伝子発現に利用する例はあるが、この場合は内在の光受容体とシグナル伝達系を用いるため、反応に必要な因子が多く、植物以外の生物には用いることができなかった。
【特許文献1】特開2001−352851号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、TLP1およびそのC296A変異を用いた光によるバイオスイッチで、光の量による相互作用のオン/オフ、ならびに、光のオン/オフによるTLP1制御の可逆性がある技術の、光制御分子スイッチに関わる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
植物の光受容体としてはこれまで、赤色・遠赤色光に対するファイトクローム、青色光に対応するクリプトクローム、フォトトロピンが知られているところ、本発明者らは、多種にわたる植物の光応答がこれらの光受容体だけでは説明できないと考え、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御、胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにして、本発明に到った。
【0006】
本発明は、以下の(1)〜(3)のいずれかの光制御分子スイッを要旨とする。
(1)TLP1および/または変異型TLP1を用いることを特徴とする光制御分子スイッチ。
(2)TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、(1)の光制御分子スイッチ。
(3)TLP1のLOVドメインとVTC2、VTC2LおよびHDよりなる群より選ばれる相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、(2)の光制御分子スイッチ。
【0007】
本発明は、以下の(4)の光による植物の生育制御方法を要旨とする。
(4)(1)ないし(3)のいずれかの光制御分子スイッチを用いることを特徴とする光による植物の生育制御方法。
【0008】
本発明は、以下の(5)〜(8)のいずれかの合成遺伝子の使用方法を要旨とする。(5)(1)、(2)または(3)の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を、生物の細胞、組織、もしくは器官または生物全体に対し、光による遺伝子転写のオン/オフによる遺伝子発現制御のために使用する合成遺伝子の使用方法。
(6)生物が植物であるの(5)の合成遺伝子の使用方法。
(7)生物が酵母であるの(5)の合成遺伝子の使用方法。
(8)生物が動物であるの(5)の合成遺伝子の使用方法。
【0009】
本発明は、以下の(9)の細胞、組織、器官または生物全体を要旨とする。
(9)(1)、(2)または(3)の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を含む細胞、組織、器官または生物全体。
【発明の効果】
【0010】
本発明者らは、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御。胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにしてきている(Kiyosue and Wada 2000, Schults et al. 2001, Yasuhara et al. 2004, Fukamatsu et al. 2005)。
LKP1、LKP2のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用が青色光に依存してオン/オフされるため、これを青色光スイッチに利用することができる。例えば、酵母2ハイブリッド系のマーカー遺伝子の代わりに任意の遺伝子を繋げば、青色光に依存してその遺伝子の転写がオン/オフできる。また、この系は他生物にも応用可能である。更に、光量に応じて、相互作用のオン/オフだけでなく、遺伝子導入細胞、個体のみを殺傷することも可能である。制御に薬剤を用いないので、化学物質と比べ、低コストであり、環境に与える影響も考慮しなくてよい(特願2004−270182,特願2005−26772、)。
TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用の活性が光によって変化すること、さらにこの影響はLOVドメインの変異によってより顕著になったことから、TLP1は光によってその相互作用を制御できる分子スイッチとして利用できる。同様な分子スイッチとしてLKP2があるが、LKP2の場合は特に強い光を当てた際に酵母の生育も阻害されるのに対して、TLP1ではそのような傾向は認められない。このことはそのような条件でも酵母が生存しているため光をオフにすることで相互作用をさせなくすることこと、すなわち光のオン/オフによるTLP1制御の可逆性があることを示している。このことからTLP1はより広い範囲の光強度条件下における分子スイッチとして有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明者らは、植物青色光受容体候補遺伝子LKP2の研究を行い、LKP2プロモータ活性が、幼植物体全体、ロゼット葉、根端、萼、若いさやで認められることを明らかにした。なお、LKP2は本発明者らによってアミノ酸配列が示されている(上記の特許文献1参照)。
【0012】
また、緑色蛍光タンパク質(GFP,green fluorescent protein)とLKP2を用いた解析から、LKP2が核タンパク質である証拠を得た。
【0013】
更に、酵母2ハイブリッド系を用いた解析から、LKP2がF-box領域で、ASK1、2、3、4、5、11、14、20a、20bと相互作用すること、LKP2がLKPファミリータンパク質であるLKP1、LKP2、FKF1と相互作用すること、LKP1およびLKP2が各々LOVドメインでTOC1とAPRR5と相互作用することを見いだした。
【0014】
LOVドメインを介したこれらの相互作用は強い光によって影響を受け、赤色、遠赤色、緑色では影響を受けないものの、青色光によって相互作用の阻害効果が認められた。
【0015】
LKP1及びLKP2のLOVドメインに位置する82番目のシステイン残基をアラニン置換した場合、この青色光による効果はさらに顕著となった。
【0016】
野生型のLKP1、LKP2は50μmol photon/m2/secの青色光では野生型のタンパク質を発現する酵母は生育に影響を受けなかったが、変異型のLKP1或いはLKP2タンパク質を発現する酵母は培地上で生育することができなかった。
【0017】
これは導入された変異型青色光受容体LKPタンパク質によって吸収された光エネルギーが生体内物質に悪影響を与えたためだと考えられる。
【0018】
これらの知見から、発明者は青色光バイオスイッチ、すなわち、LKP1、LKP2、変異型LKP1、LKP2を用いた青色光による遺伝子発現制御、生育制御を行う先願に係る発明を完成するに至った。
先願に係る発明(特願2004−270182,特願2005−26772、)を要約すると以下の通りである。
Arabidopsis thaliana Heynh.[シロイヌナズナ]のADO/FKF/LKP/ZTLファミリータンパク質には、LOVドメイン、F-boxモチーフ、ケルヒ繰り返し領域が一つずつ存在する。LKP2はこのファミリーのメンバーであり、シロイヌナズナの概日オシレータ内部または非常に近傍で機能している[Shultz et al., (2001) Plant Cell 13: 2659-2670]。プロモータ-GUS融合実験により、LKP2遺伝子はロゼット葉において高活性であることが判明した。CaMV35S:LKP2-GFP植物ではGFPに関連する蛍光が核内に検出され、そこからLKP2は核タンパク質であると考えられた。酵母2-ハイブリッド分析によれば、LKP2は一部のシロイヌナズナSkp-1様タンパク質(ASK)と相互作用し、これは他のADO/FKF/LKP/ZTLファミリータンパク質の場合と同様であることが示されているが、そこからLKP2はSCF(Skp1-Cullin-F-boxタンパク質)複合体を形成することが可能であり、これはユビキチンE3リガーゼとして機能すると考えられる。LKP2は自分自身だけでなく、ファミリーの他のメンバーであるLKP1やFKF1とも相互作用する。また2-ハイブリッド分析によれば、LKP2は時計成分であるTOC1と相互作用するが、TOC1遺伝子発現に対する負の調節因子であるCCA1やLHYとは相互作用しないことが示された。LKP2のLOVドメインはTOC1との相互作用について必要かつ十分であることが示された。LKP2とAPRR5(TOC1のパラログ)の相互作用も観察されたが、LKP2は他のTOC1パラログであるAPRR3、APRR7、APRR9と相互作用しなかった。
【0019】
本発明者らは多種にわたる植物の光応答がこれらの光受容体だけでは説明できないと考え、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御。胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにしてきている(Kiyosue and Wada 2000, Schults et al. 2001, Yasuhara et al. 2004, Fukamatsu et al. 2005)。
TLP1に関してみるならば、TLP1 (AT2G02710,Accesion no. AB038798)はPAS、F-box like,及びLOVからなるタンパク質をコードする遺伝子である。PASはタンパク質−タンパク質間相互作用を行うとされるドメインで、このうち光などに関係する因子に共通する配列をLOVドメインと言う。シロイヌナズナのフォトトロピンは2つのLOVを持ち,色素団と結合して青色光受容体として機能することが知られている(Christie et al. 1998, 1999)。F-boxはユビキチンE3リガーゼであるSCF複合体の構成要素のひとつSkp1 (シロイヌナズナではASK)との結合に必要な配列で、F-boxタンパク質もSCF複合体を構成する(Kuroda et al. 2002, Yasuhara et al. 2004)。これらのことからTLP1タンパク質は光受容体として機能しタンパク質分解系などの制御を行う分子である可能性が考えられる。
【0020】
TLP1遺伝子は選択的スプライシングにより2つの転写産物TLP1A (Accesion no. AB038798)及びTLP1B (Accesion no. NM_201672)となる。TLP1BではLOVドメインに2アミノ酸残基の挿入があり、光受容体としての機能に変化がある可能性がある。図1に、TLP1Aの塩基配列と推定アミノ酸配列、図2にTLP1Bの塩基配列と推定アミノ酸配列、図3にTLP1タンパク質のドメイン構造とTLP1選択的スプライシング産物の推定アミノ酸配列を示す。
【0021】
図4に、TLP1の各器官でのmRNA蓄積量を示す。各器官から調整した全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1 mRNAの蓄積を検出した。上パネルがDIGラベルの発光検出、下がrRNAのエチジウムブロミド染色である。
図5に、TLP1のmRNA蓄積量のストレス及びホルモンの影響を示す。各種ストレス及びホルモン処理後経時的にサンプリングした全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1のmRNA蓄積量の変化を検出した。mRNAはDIGラベルしたプローブの発光検出、下のパネルはrRNAのエチジウムブロミド染色である。
図6に、TLP1のmRNA蓄積量の概日リズムを示す。連続暗条件(上パネル)、16時間明/
8時間暗条件(中パネル)、連続明条件(下パネル)でのTLP1のmRNA蓄積量である。各パネルとも上がDIGラベルの発光検出、下がrRNAのエチジウムブロミド染色である。
【0022】
図7に、GFP-TLP1の細胞内局在を示す。GFP-TLP1、GFPともに実生の根を観察した。左がGFPの蛍光、右は明視野での観察写真(1000倍)、下のパネルは拡大したものである。
図8に、酵母Two-hybrid法によるTLP1との相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間3℃で培養した。上のパネルはベクターの形質転換のコントロール、下のパネルはヒスチジンとアデニン欠乏培地での生育である。
図9に、VTC2及びVTC2Lのアミノ酸配列の比較をしめす。
図10に、HDA及びHDBのアミノ酸配列の比較とドメイン構造を示す。
図11に、酵母Two-hybrid法によるTLP1AとVTC2及びVTC2Lの相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間30℃で培養した。上のパネルはTLP1A、下のパネルTLP1A C296Aとの相互作用である。0,50,100,190 μmol/m2/sの青色光照射下で生育させた。
図12に、酵母Two-hybrid法によるTLP1BとVTC2及びVTC2Lの相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間30℃で培養した。上のパネルはTLP1B、下のパネルTLP1B C296Aとの相互作用である。0,50,100,190 μmol/m2/sの青色光照射下で生育させた。
図13に、酵母Two-hybrid法によるTLP1AとHDの相互作用を示す。濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし、4日間30℃で培養した。上のパネルはTLP1A、下のパネルTLP1A C296Aとの相互作用である。0,50,100,190 μmol/m2/sの青色光照射下で生育させた。
【0023】
以下に、実施例を挙げてこの発明を更に具体的に説明するが、この発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
植物は光を光合成のエネルギー源としてだけでなく、環境応答のためのシグナルとしても用いている。光発芽、光屈性、日長による花芽形成等はその例である。植物は光シグナルを細胞に存在する受容体により受容し、酵素活性変化や遺伝子発現レベルを変えてシグナルに応答する。植物の光受容体としてはこれまで、赤色・遠赤色光に対するファイトクローム、青色光に対応するクリプトクローム、フォトトロピンが知られている。本発明者らは多種にわたる植物の光応答がこれらの光受容体だけでは説明できないと考え、新しい青色光受容体の検索をモデル高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて行い、LKP1、LKP2、TLP1を見いだした。LKP1、LKP2は概日リズム制御、花芽形成時期制御。胚軸伸長制御等に関わっていることを明らかにしてきている(Kiyosue and Wada 2000, Schults et al. 2001, Yasuhara et al. 2004, Fukamatsu et al. 2005)。
【0025】
TLP1の塩基配列
TLP1 (AT2G02710,Accesion no. AB038798)はPAS、F-box like,及びLOVからなるタンパク質をコードする遺伝子である。PASはタンパク質−タンパク質間相互作用を行うとされるドメインで、このうち光などに関係する因子に共通する配列をLOVドメインと言う。シロイヌナズナのフォトトロピンは2つのLOVを持ち,色素団と結合して青色光受容体として機能することが知られている(Christie et al. 1998, 1999)。F-boxはユビキチンE3リガーゼであるSCF複合体の構成要素のひとつSkp1 (シロイヌナズナではASK)との結合に必要な配列で、F-boxタンパク質もSCF複合体を構成する(Kuroda et al. 2002, Yasuhara et al. 2004)。これらのことからTLP1タンパク質は光受容体として機能しタンパク質分解系などの制御を行う分子である可能性が考えられる。
【0026】
選択的スプライシングによる2つの産物
TLP1遺伝子は選択的スプライシングにより2つの転写産物TLP1A (Accesion no. AB038798、図1、配列番号1、2)及びTLP1B (Accesion no. NM_201672、図2、配列番号3、4)となる。TLP1BではLOVドメインに2アミノ酸残基の挿入があり、光受容体としての機能に変化がある可能性がある(図3)。
【0027】
TLP1の遺伝子発現解析
各器官での発現解析に使用したサンプルは、TLP1が概日リズムを刻むことを考慮に入れ、すべて14時にサンプリングを行った。根、ロゼット葉( 17日目 ) は低温処理後17日目にサンプリングを行い、茎、ロゼット葉 ( 35日目 )、花、さやは低温処理後35日目にサンプリングを行った。
播種後3日間の低温処理の後に、16時間明下、8時間暗下の長日条件下でMS寒天培地にて16日間生育させた植物体をMS液体培地に移植し、250 mM NaCl、1 mM GA3、1 mM ABA、1 mM IAA、50 μM MeJA、7 mM ethephone、1 mM kinetine,または10 mM H2O2を加え0、1、2、5、10、及び24時間後にサンプリングした。またピンセットで植物体のwounding処理を行い同様に0、1,2、5、10、及び24時間後にサンプリングした。乾燥条件下、35℃及び4℃で0、1、2、5、10、及び24時間後にサンプリングした。
サーカディアンリズム用のサンプルは、播種後3日間の低温処理の後に、16時間明下、8時間暗下の長日条件下でMS寒天培地にて9日間生育させた植物体を用いた。10日目の夜明けからサンプリングを開始し、以後4時間毎に48時間サンプリングを行った。サンプリングの際には植物体の地上部のみを採取した。
本実施例の実験で使用したRNAはTRI REAGENT ( Molecular Research Center. INC ) を使用して抽出を行った。植物体の重量が100mgを超える際には乳鉢、乳棒を使用してサンプルを破砕し、100mg未満となった際にはガラスビーズを入れたエッペンチューブ内で破砕した。
【0028】
1μgのRNAを含むサンプル5μlにRNA試料緩衝液 ( 50% グリセリン、0.1mg/ml BPB、0.1mg/ml キシレンシアノール、1mM EDTA ) を加え、65℃で10分間、氷上で5分間静置した。これをアガロースゲル ( 5% 20×MOPS ( 0.4M MOPS、0.1M 酢酸ナトリウム、0.02M EDTA )、1.0% Agarose、5% formaldehyde )にアプライし、泳動バッファー( 5% 20×MOPS ) 中で電気泳動を行った。電気泳動後にEtBrで染色し、UV照射によりRNAの泳動パターンを得た。このゲルを20×SSC ( 3M NaCl、0.3M Sodium citrate-2H2O、pH 7.0 ) でナイロン膜にブロッティングした.
TLP1 cDNAをAmpliScribeTM T7 HighYield Transcription Kit (EPICENTRE ) を用いてDIG標識したプローブを用いてDIG Easy Hyb ( Roche )中68℃で1晩ハイブリダイゼーションを行った。低インストリンジェンシーバッファー( 0.1% SDS、2×SSC ) で15分間、室温で2回洗浄し、高インストリンジェンシーバッファー ( 0.1% SDS、0.1×SSC ) で15分間、68℃で2回洗浄した。Wash Buffer ( 0.1M マレイン酸、0.15M NaCl、0.3% ( v/v ) Tween20、pH7.5 ) で2分洗浄後、blocking buffer ( Roche ) で1時間ブロッキングを行った。次に、150ml DIG抗体溶液 ( 15μl DIG抗体、150ml blocking buffer ) で30分間振とうした。その後、Wash bufferで15分間の洗浄を2回行い、Detection buffer ( 0.1M Tris-HCl、0.1M NaCl、pH9.5 ) で5分間振とうした。メンブレンをハイブリパックに移し、CDP-starをメンブレンの表面に適量広げ5分間静置した後、Cool sever ( ATTO ) で発光を検出した(図4)。
【0029】
植物体各器官での発現を検討したところ,TLP1は種子において特に強い発現が認められた.
各種ストレス及びホルモン処理による影響を検討したところ(図5)、TLP1の発現は250 mM NaCl及び乾燥処理後2時間で非常に強く誘導された。また傷害ストレス及び過酸化水素によっても弱いながらも2時間後から発現が誘導された。他のストレス及びホルモン処理に対しては顕著な差は認められなかった。
TLP1の発現は16時間明期8時間暗期ではZT0〜4にピークを持つ概日リズムを示すと考えられる(図6)。連続明条件では同様のリズムは示すもののサイクルごとに減衰し、連続暗条件では高い発現レベルを維持した。これらの結果からTLP1の発現は概日時計により制御されるが、暗期に発現が誘導されるという光制御も受けていると考えられる。
【0030】
GFP- TLP1融合タンパク質の局在
pBE2112ベクター(Mitsuhara et al. 1996)を用いてGFP(Davis and Vierstra,1998)及びGFP-TLP1融合タンパク質をCaMV 35Sプロモーターにより過剰発現するベクターを作製した。これらのプラスミドを適切な制限酵素で処理し、さらにPCRを行うことによりCaMV 35S promoter制御下に逆方向にインサートが挿入されていることを確認した。アグロバクテリウム法を用いて正しいコンストラクトを植物体 (Columbia ecotype ) に遺伝子導入した。
播種した種子は4℃暗所下に3日間置き、その後22℃、長日条件下 ( 16hr light、8hr dark )、約75μmol m-2s-1 ( 測定領域 400nm~700nm 測定機器 Basic Quantum Meter ) の光量下で生育した。T1種子、T2種子共にMS寒天培地+カナマイシン ( 25mg/ml ) でセレクションを行い、低温処理後2週間経過した植物体を、バーミキュライトを入れたポットに植え継いで生育させた。
得られた形質転換植物を共焦点レーザー顕微鏡によりGFPの蛍光を観察した。
【0031】
GFP-TLP1をCaMV 35Sプロモーターにより恒常的に発現させた形質転換植物を共焦点レーザー顕微鏡により観察し、TLP1の細胞内局在を検討した(図7)。GFPの蛍光からTLP1は核及び細胞質に存在していると考えられた。
【0032】
TLP1相互作用因子の塩基配列
TLP1の相互作用因子を酵母Two-hybrid法により行った.TLP1Aの全長cDNAをpGBK-T7に挿入し、GAL4タンパク質のDNA結合ドメインとTLP1Aとの融合タンパク質を発現するベクターを作製した。NaClで処理したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana Col-0) の葉からRNAを調整し、オリゴdTプライマー及びランダムプライマーを用いてcDNAの合成を行った。これをpGAD-T7に挿入し、GAL4タンパク質の転写活性化ドメインとの融合ライブラリー(6.3 x 105 cfu)を作製した。出芽酵母Saccharomyces cerevisiae AH109にpGBK-T7-TLP1及びpGAD-T7-Arabidopsis cDNA libraryを導入し、レポーター遺伝子HIS3及びADE2の発現によりヒスチジン及びアデニン欠乏培地で生育したコロニーを得た。このコロニーからpGAD-T7ベクターを単離し、再度pGBK-T7-TLP1とともにS. cerevisiae AH109に導入し、ヒスチジン及びアデニン欠乏培地で生育したものをTLP1相互作用候補因子とした。このpGAD-T7ベクターのインサートの塩基配列を決定した。これらの遺伝子の全長cDNAをpGAD-T7に挿入し、pGBK-T7-TLP1との相互作用を同様に確認した。
【0033】
酵母Two-hybrid法によりTLP1の相互作用候補因子としてVTC2 (AT4G26850)、VTC2L (AT5G55120)、及びHD (AT1G19700)を得た。VTC2はvitamin C(アスコルビン酸)の蓄積量が減少する突然変異体の原因遺伝子として見出された遺伝子であるが、VTC2タンパク質がアスコルビン酸生合成酵素であるのかその制御を行う因子であるのかは明らかにされていない。VTC2LはVTC2と非常に良く相似したアミノ酸配列をコードする遺伝子で、その機能は明らかにされていない。スクリーニングにより単離されたクローンはいずれもほぼ全長であったが、完全長でも同様にTLP1と相互作用を示した。またいずれもTLP1A及びTLP1Bともに相互作用を示した。
HDはホメオボックスドメインを持つタンパク質をコードする遺伝子で、選択的スプライシングにより、HDA及びHDBの二つのmRNAを産生する。HDAは268アミノ酸残基、HDBは538アミノ酸残基のタンパク質をコードする。HDAはHDBのC末端側半分を欠いた構造であり、ホメオドメインはHDBのC末端側に有り、HDAにはない。HDの生理学的な機能は明らかになっていない。スクリーニングで単離されたクローンはHDBの119-538アミノ酸残基の部分断片であるが、HDA及びHDBともに全長でもTLP1と相互作用を示した。HDA及びHDBはTLP1Aとは相互作用を示したが,TLP1Bとの相互作用は認められなかった。
【0034】
TLP1と相互作用因子との光による相互作用の変化
TLP1とVTC2、VTC2L、及びHDとの相互作用に対する青色光の影響を酵母Two-hybrid法により検討した(図8)。pGBK-T7-TLP1とpGAD-T7-VTC2、pGAD-T7-VTC2L、pGAD-T7-HAD、またはpGAD-T7-HDBをS. cerevisiae AH109に導入し、ヒスチジン及びアデニン欠乏培地で0、50、100、190 μmol/m2/sの青色光照射下、30℃で4日間生育させた。比較対象としてヒスチジン及びアデニンを含む培地でも生育させた。またTLP1の296番目のアミノ酸をシステインからアラニンに換えた変異体との相互作用も検討した。
【0035】
TLP1A及びTLP1BとVTC2,VTC2L(図9)との相互作用における青色光の影響を酵母Two-hybrid法により検討した(図11)。TLP1AとVTC2では青色光の影響は認められなかったが、TLP1BとVTC2でC296A変異により、190μmol/m2/sの青色光照射下で相互作用が阻害された。VTC2LはTLP1Aとは100 μmol/m2/sで、TLP1Bとは50μmol/m2/sで相互作用が阻害され、C296A変異ではTLP1Aとは100μmol/m2/sで、TLP1Bとは50μmol/m2/sで相互作用が完全に阻害された。
【0036】
TLP1AとHAD、HDB(図10)との相互作用における青色光の影響を酵母Two-hybrid法により検討した(図11)。TLP1AとHDAでは青色光照射下で相互作用が完全に阻害された。これはC296A変異でも同様であった。TLP1AとHDBでは50μmol/m2/sで相互作用が阻害され始め100μmol/m2/sで完全に阻害された。C296A変異ではHDAと同様50μmol/m2/sで相互作用が完全に阻害された。
【0037】
TLP1はLOVドメインを持つタンパク質であることから光受容体であると考えられ、LOVドメインによる光受容により、タンパク質活性が変化する光分子スイッチとしての機能が期待されていた。今回の結果ではTLP1がVTC2、VTC2L(図12)、及びHD(図13)と相互作用し、その活性が光によって変化することが確認された。さらにこの影響はLOVドメインの変異によってより顕著になった。これらのことからTLP1は光によってその相互作用を制御できる分子スイッチとして利用できるタンパク質であることがわかった。
同様な分子スイッチとしてLKP2があるが、LKP2の場合は特に強い光を当てた際に酵母の生育も阻害されるのに対して、TLP1ではそのような傾向は認められなかった。このことはそのような条件でも酵母が生存しているため光をオフにすることで相互作用をさせなくすることこと、すなわち光のオン/オフによるTLP1制御の可逆性があることを示している。このことからTLP1はより広い範囲の光強度条件下における分子スイッチとして有効であると考えられる。
【0038】
参考文献
1.Science. 1998 Nov 27;282(5394):1698-701.
2.Proc Natl Acad Sci U S A. 1999 Jul 20;96(15):8779-83.
3.Plant Mol Biol. 1998 Mar;36(4):521-8.
4.Plant Cell Physiol. 2005 Aug;46(8):1340-9. Epub 2005 Jun 4.
5.Plant Cell Physiol. 1996 Jan;37(1):49-59.
6.Plant J. 2000 Sep;23(6):807-15.
7.Plant Cell Physiol. 2002 Oct;43(10):1073-85.
8.Plant J. 2003 Jun;34(6):753-67.
9.Plant Cell. 2001 Dec;13(12):2659-70.
10.J Exp Bot. 2004 Sep;55(405):2015-27. Epub 2004 Aug 13.
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の主要なデータである光による相互作用のオン/オフ(遺伝子発現のオン/オフ)には光の質と強さが影響を与えているので、分子生物学実験キット、酵母内での遺伝子発現制御などの分野で実用化が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】TLP1Aの塩基配列と推定アミノ酸配列
【図2】TLP1Bの塩基配列と推定アミノ酸配列
【図3】TLP1タンパク質のドメイン構造とTLP1選択的スプライシング産物の推定アミノ酸配列
【図4】TLP1の各器官でのmRNA蓄積量 各器官から調整した全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1 mRNAの蓄積を検出.上パネルがDIGラベルの発光検出,下がrRNAのエチジウムブロミド染色.
【図5】TLP1のmRNA蓄積量のストレス及びホルモンの影響 各種ストレス及びホルモン処理後経時的にサンプリングした全RNAを用いてRNAゲルブロットによりTLP1のmRNA蓄積量の変化を検出.mRNAはDIGラベルしたプローブの発光検出,下のパネルはrRNAのエチジウムブロミド染色.
【図6】TLP1のmRNA蓄積量の概日リズム 連続暗条件(上パネル),16時間明/ 8時間暗条件(中パネル),連続明条件(下パネル)でのTLP1のmRNA蓄積量.各パネルとも上がDIGラベルの発光検出,下がrRNAのエチジウムブロミド染色.
【図7】GFP-TLP1の細胞内局在 GFP-TLP1,GFPともに実生の根を観察.左がGFPの蛍光,右は明視野での観察写真(1000倍).下のパネルは拡大したもの.
【図8】酵母Two-hybrid法によるTLP1との相互作用 濃度を揃えた酵母培養液をそれぞれの寒天培地にスポットし,4日間30℃で培養した.上のパネルはベクターの形質転換のコントロール.下のパネルはヒスチジンとアデニン欠乏培地での生育.
【図9】VTC2及びVTC2Lのアミノ酸配列の比較
【図10】HDA及びHDBのアミノ酸配列の比較とドメイン構造
【図11】酵母Two-hybrid法によるTLP1AとVTC2及びVTC2Lの相互作用
【図12】酵母Two-hybrid法によるTLP1BとVTC2及びVTC2Lの相互作用
【図13】酵母Two-hybrid法によるTLP1AとHDの相互作用
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TLP1および/または変異型TLP1を用いることを特徴とする光制御分子スイッチ。
【請求項2】
TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、請求項1の光制御分子スイッチ。
【請求項3】
TLP1のLOVドメインとVTC2、VTC2LおよびHDよりなる群より選ばれる相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、請求項2の光制御分子スイッチ。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかの光制御分子スイッチを用いることを特徴とする光による植物の生育制御方法。
【請求項5】
請求項1、2または3の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を、生物の細胞、組織、もしくは器官または生物全体に対し、光による遺伝子転写のオン/オフによる遺伝子発現制御のために使用する合成遺伝子の使用方法。
【請求項6】
生物が植物であるの請求項5の合成遺伝子の使用方法。
【請求項7】
生物が酵母であるの請求項5の合成遺伝子の使用方法。
【請求項8】
生物が動物であるの請求項5の合成遺伝子の使用方法。
【請求項9】
請求項1、2または3の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を含む細胞、組織、器官または生物全体。
【請求項1】
TLP1および/または変異型TLP1を用いることを特徴とする光制御分子スイッチ。
【請求項2】
TLP1のLOVドメインと相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、請求項1の光制御分子スイッチ。
【請求項3】
TLP1のLOVドメインとVTC2、VTC2LおよびHDよりなる群より選ばれる相互作用因子とのタンパク質相互作用が光に依存してオン/オフされる光スイッチを利用する、請求項2の光制御分子スイッチ。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかの光制御分子スイッチを用いることを特徴とする光による植物の生育制御方法。
【請求項5】
請求項1、2または3の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を、生物の細胞、組織、もしくは器官または生物全体に対し、光による遺伝子転写のオン/オフによる遺伝子発現制御のために使用する合成遺伝子の使用方法。
【請求項6】
生物が植物であるの請求項5の合成遺伝子の使用方法。
【請求項7】
生物が酵母であるの請求項5の合成遺伝子の使用方法。
【請求項8】
生物が動物であるの請求項5の合成遺伝子の使用方法。
【請求項9】
請求項1、2または3の光制御分子スイッチに用いるための合成遺伝子を含む細胞、組織、器官または生物全体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−282505(P2007−282505A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−109678(P2006−109678)
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】
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