説明

光学活性アルコールの製造方法

【課題】生成物のラセミ化を抑制し、高い光学純度の光学活性アルコールを得るための、より改善された反応条件を見出す。
【解決手段】不斉触媒およびギ酸塩を溶解し得る溶媒系を使用して、不斉触媒と同じ相に水素源を存在させる。





【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性アルコールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スルホニルジアミンを配位子とする不斉ルテニウム錯体、ロジウム錯体およびイリジウム錯体は有用な不斉還元触媒である。それらを用いてケトン基質を不斉還元すると、光学活性アルコールが効率的に製造できる(特許文献1、2)。
【0003】
非特許文献1では、水素源として、2−プロパノールを使用している。この反応は、ケトン基質と2−プロパノールから、光学活性アルコールとアセトンを与える可逆な平衡反応であるため、例えば、(S,S)の触媒は、アセトフェノンを還元して99:1の比で(S)−フェニルエタノールを与える。しかしながら、(R)−フェニルエタノールに比べ、(S)−フェニルエタノールを99:1の比で優先的に脱水素して、アセトフェノンを与える。このため、水素源である2−プロパノールの濃度が高い反応初期には、系中には(S)−フェニルエタノールと(R)−フェニルエタノールが99:1の比で生成する。しかしながら、反応が進み、(S)−フェニルエタノールの濃度が増加すると、逆反応により、系中の、(S)および(R)−フェニルエタノールの組成比率(光学純度)は減衰し、75%転化時には、両者の比は97:3に低下する。このような平衡反応であることから、2−プロパノールを水素源とする反応系において、高い光学純度の光学活性アルコールを得るためには、水素源である2−プロパノールが、生成物の光学活性アルコールよりも大過剰に存在する条件が必要であり、ケトン基質が0.1M程度の、希薄な濃度条件下で反応を行わなければならない、といった問題があった。
【0004】
この問題点を解決するため、非特許文献2では、水素源にギ酸を用いている。この方法では、ギ酸が水素を与えた後、二酸化炭素として系外に放出されるため、この反応が不可逆反応になり、生成物である光学活性アルコールの光学純度は高くなる。この方法を用いると、2−プロパノールを水素源とする反応に比べて光学活性アルコールの光学純度やS/C(基質/触媒モル比)は向上したものの、S/C(基質/触媒モル比)等の観点から、改善の余地が見られた。
【0005】
その後、非特許文献3では、水を溶媒とする二相系反応条件で、ギ酸ナトリウムを水素源とする方法を提案している。この方法では、ギ酸を使用する反応に比べて反応速度は大幅に増大し、S/C(基質/触媒モル比)の向上が見られるものの、アルコールの光学純度が低下する。例えば、アセトフェノンの反応において、ギ酸を用いると97%eeのフェニルエタノールが得られるのに対し、二相系反応では95%eeのフェニルエタノールが得られる。
【0006】
一方、二相系反応の高い触媒活性は水の効果であると解釈されており(非特許文献3、4)、非特許文献5では、高い光学純度を得るための検討の多くは、水の存在する条件は変えずに、触媒の構造の最適化や、水溶性の触媒を開発することに主眼がおかれた。なお、非特許文献6では、反応条件の改良検討として、ポリエチレングリコール中のギ酸カリウムを水素源とする均一系反応が報告されたが、この検討は触媒をポリエチレングリコール相に残すことで触媒のリサイクルをおこなうことを主眼にしており、均一反応により生成物のアルコールのラセミ化が抑制される効果には触れられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2962668号
【特許文献2】特許第4090078号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S. Hashiguchi, A. Fujii, J. Takehara, T. Ikariya, R. Noyori, J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 7562
【非特許文献2】A. Fujii, S. Hashiguchi, N. Uematsu, T. Ikariya, R. Noyori, J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 2521
【非特許文献3】X. Wu, X. Li, W. Hems, F. Hems, F. King, J. Xiao, Org. Biomol. Chem. 2004, 2, 1818
【非特許文献4】X. Wu, C. Wang, J. Xiao, Platiunm Metals Rev. 2010, 54, 3
【非特許文献5】C. Wang, X. Wu, J. Xiao, Chem. Asian, J. 2008, 3, 1750
【非特許文献6】H. F. Zhou, Q. H. Fan, Y. Y. Huang, L. Wu, Y. M. He, W. J. Tang, L. Q. Gu, A. S. C. Chan, J. Mol. Catal. A: Chem. 2007, 275, 47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、本発明の課題は、従来技術の問題点を解消し、生成物のラセミ化を抑制し、高い光学純度の光学活性アルコールを得るための、より改善された反応条件を見出すことにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記のような現状を踏まえ、本発明者らは、鋭意研究する中で、前記問題の解決においては、配位子構造を変更することは触媒のコスト増大を招くことから、触媒のチューニングでなく、反応条件を最適化することに着眼した。そして前記非特許文献2では97%eeであった光学純度が、非特許文献3の二相系反応においては95%eeに低下していることに着目し、このほとんど関心がもたれていなかった、わずかな光学純度の低下が意味するところを追求した。そして、実際に種々のケトン基質の反応をおこなった結果、ケトン基質の種類によっては、光学純度が5%ee以上低下することから、これは二相系反応における大きな問題であると認識するに至った。
【0011】
かかる認識のもと、本発明者らは、さらに研究を進めたところ、二相系反応における生成物である光学活性アルコールの光学純度の低下は、生成した光学活性アルコール、および触媒が有機相にあり、水素源が水相に存在するため、反応の後半において、触媒に対する水素源の供給が追い付かず、触媒の近傍に存在する光学活性アルコールからの脱水素が進行し、上述した反応機構に従って、光学純度の低下が起こるのではないかとの推論に達したが、かかる推論は、攪拌スピードを低下させるとラセミ化のスピードが大きくなることからも、首肯されるものであった。そこで、ギ酸塩および不斉触媒を溶解し得る溶媒系を使用して、不斉触媒と同じ相に水素源を存在させることができれば、二相系反応における光学活性アルコールのラセミ化の問題を解決できると考え、さらに研究を進めた結果、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、不斉触媒の存在下で、水素源を用いて、溶媒中でケトン基質を反応させて光学活性アルコールを製造する方法において、
不斉触媒が、下記一般式(1):
【化1】

式中、
1およびR2は、互いに同一であっても異なっていてもよく、水素原子、アルキル基、置換基を有していてもよいフェニル基、置換基を有していてもよいナフチル基、置換基を有していてもよいシクロアルキル基、またはR1とR2とが一緒になって形成された非置換もしくは置換基を有する脂環式環であり、
3は、アルキル基、パーフルオロアルキル基、置換基を有していてもよいナフチル基、置換基を有していてもよいベンジル基、置換基を有していてもよいフェニル基、または置換基を有していてもよいカンファー基であり、
4は、水素原子またはアルキル基であり、
Arは、置換基を有していてもよいベンゼン、または置換基を有していてもよいシクロペンタジエニル基であり、
Xは、アニオン性基であり、
Mは、ルテニウム、ロジウムまたはイリジウムであり、
nは、0または1を表し、nが0の場合にはXは存在せず、
*は、不斉炭素を示す、
で表される金属錯体であり、
水素源が、ギ酸塩であり、
溶媒が、不斉触媒およびギ酸塩を溶解し得る(1)有機溶媒(ただし、ポリエチレングリコールを除く)および/または(2)水および水と混和し得る非プロトン性溶媒である、前記方法。
【0013】
さらに、有機溶媒が、プロトン性溶媒である、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
また、有機溶媒が、炭素数1〜5のアルコールである、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
さらに、有機溶媒が、メタノールおよび/またはエタノールである、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
また、溶媒が、有機溶媒(ただし、ポリエチレングリコールを除く)であり、さらに水を含む、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
さらに、溶媒が、有機溶媒(ただし、ポリエチレングリコールを除く)であり、さらに非プロトン性溶媒を含む、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
【0014】
また、溶媒が、水および水と混和し得る非プロトン性溶媒である、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
さらに、非プロトン性溶媒が、DMF(ジメチルホルムアミド)および/またはDMSO(ジメチルスルホキシド)である、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
また、ギ酸塩が、ギ酸カリウムおよび/またはギ酸ナトリウムである、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
さらに、ケトン基質が、環状ケトン、オレフィン部位を有するケトン、アセチレン部位を有するケトン、水酸基を有するケトン、ハロゲン原子を有するケトン、ジケトン、ケトエステルまたはケトアミドである、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
また、反応が均一相で行われる、前記の光学活性アルコールの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、従来技術の問題点を解消し、生成物のラセミ化を抑制し、種々のケトン基質を高効率的に不斉還元し、高純度の光学活性アルコールを得ることができる。さらに、得られた光学活性アルコールの精製において、複雑な工程を必要とすることなく、簡易に精製することができる。また、特別な精製方法を用いることなく、公知の精製方法で、極めて高純度の光学活性アルコールを得ることができる。なお、不斉触媒およびギ酸塩を溶解し得る溶媒を用いることは、不斉触媒と水素源を同じ相に共存させること(均一相として存在)が目的であり、水素源として用いるためではない。
【0016】
具体的には、光学活性環状アルコール(環状ケトンを不斉還元)、オレフィン部位またはアセチレン部位を有する光学活性アルコール(オレフィン部位またはアセチレン部位を有するケトン(特にα,β−結合がオレフィン部位またはアセチレン部位であるケトン)を不斉還元)、水酸基を有する光学活性アルコール(水酸基を有するケトンを不斉還元)、ハロゲン原子を有する光学活性アルコール(ハロゲン原子を有するケトン(特にα位にハロゲン原子を有するケトン)を不斉還元)、光学活性クロマノール(クロマノン誘導体を不斉還元)、光学活性ジオール(ジケトンを不斉還元)、光学活性ヒドロキシエステル(ケトエステルを不斉還元)、光学活性ヒドロキシアミド(ケトアミドを不斉還元)を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の、不斉触媒の存在下で、水素源を用いて、溶媒中でケトン基質を反応させて光学活性アルコールを製造する方法は、不斉触媒およびギ酸塩を溶解し得る溶媒中で行うものである。
【0018】
本発明の方法に用いる不斉触媒は、ケトン基質を光学活性アルコールに不斉還元できるものであれば特に限定されないが、典型的には、下記一般式(1)で表される。
【化2】

【0019】
一般式(1)におけるRおよびRは、例えば、水素原子、炭素数1〜10のアルキル基、無置換のフェニル基、炭素数1〜5のアルキル基を有するフェニル基、ハロゲン原子を有するフェニル基、アルコキシ基を有するフェニル基、置換基を有してもよいナフチル基、炭素数3〜10のシクロアルキル基、およびRとRとが結合して環を形成した非置換、または置換基を有する脂環式環などが挙げられる。
【0020】
上記炭素数1〜10のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基などが挙げられる。
上記炭素数1〜5のアルキル基を有するフェニル基としては、例えば、4−メチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基などが挙げられる。
上記ハロゲン原子を有するフェニル基としては、例えば、4−フルオロフェニル基、4−クロロフェニル基、4−トリフルオロメチルフェニル基などが挙げられる。
【0021】
上記アルコキシ基を有するフェニル基としては、例えば、4−メトキシフェニル基、4−エトキシフェニル基、4−メトキシメチルフェニル基、3−メトキシフェニル基、3−エトキシフェニル基、3−メトキシメチルフェニル基、2−メトキシフェニル基、2−エトキシフェニル基、2−メトキシメチルフェニル基などが挙げられる。
上記置換基を有していてもよいナフチル基としては、例えば、無置換のナフチル基、5,6,7,8−テトラヒドロ−1−ナフチル基、5,6,7,8−テトラヒドロ−2−ナフチル基などが挙げられる。
上記炭素数3〜10のシクロアルキル基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などが挙げられる。
【0022】
上記RとRとが結合して環を形成した非置換、または置換基を有する脂環式環としては、例えば、RとRとが結合して環を形成したシクロペンタン環やシクロヘキサン環などが挙げられる。
これらのうち、RおよびRの置換基としては、合成が容易である、また、市販品が入手できるとの観点から、好ましくは、水素原子、置換基を有してもよいフェニル基、RとRとが結合して環を形成したシクロヘキサン環であり、より好ましくは、共にフェニル基であるか、RとRとが結合して環を形成したシクロヘキサン環である。
【0023】
一般式(1)におけるRは、例えば、炭素数1〜10のアルキル基、炭素数3〜10のシクロアルキル基、置換基を有してもよいベンジル基、置換基を有してもよいナフチル基、置換基を有してもよいフェニル基、および置換基を有してもよいカンファー基などが挙げられる。
上記炭素数1〜10のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基などが挙げられ、該アルキル基は、さらに置換基を有していてもよく、例えば、置換基としてフッ素原子を1個以上有していてもよい。フッ素原子を1個以上含むアルキル基としては、例えば、フロオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、ペンタフルオロエチル基などが挙げられる。
上記炭素数3〜10のシクロアルキル基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などが挙げられる。
【0024】
上記置換基を有してもよいベンジル基としては、例えば、無置換のベンジル基、2,6−ジメチルベンジル基などが挙げられる。
上記置換基を有してもよいナフチル基としては、例えば、無置換のナフチル基、5,6,7,8−テトラヒドロ−1−ナフチル基、5,6,7,8−テトラヒドロ−2−ナフチル基などが挙げられる。
上記置換基を有してもよいフェニル基としては、例えば、無置換のフェニル基、4−メチルフェニル基、3,5−ジメチルフェニル基、2,4,6−トリメチルフェニル基、2,4,6−トリイソプロピルフェニル基などのアルキル基を有するフェニル基、4−フルオロフェニル基、4−クロロフェニル基、2,4,6−トリクロロフェニル基などのハロゲン原子を有するフェニル基、4−メトキシフェニル基などのアルコキシ基を有するフェニル基、置換基を有してもよいカンファー基などが挙げられる。
【0025】
一般式(1)における、Rは、例えば、メチル基、エチル基などの炭素数1〜5のアルキル基、および水素原子などが挙げられる。
これらのうち、高い触媒活性を得ることができるとの観点から、好ましくは、メチル基、水素原子であり、より好ましくは、水素原子である。
【0026】
一般式(1)における、Arは、例えば、無置換のベンゼン、アルキル基を有するベンゼン、および置換基を有してもよいシクロペンタジエニル基などが挙げられる。
上記アルキル基を有するベンゼンとしては、例えば、トルエン、o−、m−、およびp−キシレン、o−、m−、およびp−シメン、1,2,3−、1,2,4−、および1,3,5−トリメチルベンゼン、1,2,4,5−テトラメチルベンゼン、1,2,3,4−テトラメチルベンゼン、ペンタメチルベンゼン、ヘキサメチルベンゼンなどが挙げられる。
上記置換基を有してもよいシクロペンタジエニル基としては、例えば、シクロペンタジエニル基、メチルシクロペンタジエニル基、1,2−ジメチルシクロペンタジエニル基、1,3−ジメチルシクロペンタジエニル基、1,2,3−トリメチルシクロペンタジエニル基、1,2,4−トリメチルシクロペンタジエニル基、1,2,3,4−テトラメチルシクロペンタジエニル基および1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエニル基などが挙げられる。
これらのうち、Arとしては、高い不斉収率を得ることができ、さらに、原料の入手が容易であるとの観点から、好ましくは、p−シメン、1,3,5−トリメチルベンゼン、1,2、4,5−テトラメチルベンゼン、ヘキサメチルベンゼン、1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエンであり、より好ましくは、p−シメン、1,3,5−トリメチルベンゼン、1,2,3,4,5−ペンタメチルシクロペンタジエンである。
【0027】
一般式(1)におけるXは、例えば、アニオン性基であり、本明細書においてアニオン性基にはハロゲン原子が含まれる。
上記アニオン性基としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、テトラフルオロボラート基、テトラヒドロボラート基、テトラキス[3,5−ビス(トリフルオロメチル)フェニル]ボラート基、アセトキシ基、ベンゾイルオキシ基、(2,6−ジヒドロキシベンゾイル)オキシ基、(2,5−ジヒドロキシベンゾイル)オキシ基、(3−アミノベンゾイル)オキシ基、(2,6−メトキシベンゾイル)オキシ基、(2,4,6−トリイソプロピルベンゾイル)オキシ基、1−ナフタレンカルボン酸基、2−ナフタレンカルボン酸基、トリフルオロアセトキシ基、トリフルオロメタンスルホキシ基、トリフルオロメタンスルホンイミド基などが挙げられる。
これらのうち、アニオン性基としては、原料の入手が容易であるとの観点から、好ましくは、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、トリフルオロメタンスルホキシ基であり、より好ましくは、塩素原子、トリフルオロメタンスルホキシ基である。
【0028】
一般式(1)におけるMは、例えば、ルテニウム、ロジウムおよびイリジウムなどが挙げられる。
これらのうち、Mとしては、コストの観点から、好ましくは、ルテニウム、イリジウムである。
【0029】
一般式(1)で表される金属錯体は、ルテニウム、ロジウムまたはイリジウムに、2座配位子であるエチレンジアミン誘導体、またはシクロヘキサンジアミン誘導体(一般式(1)の配位子:RSONHCHRCHRNHR)が配位している構造を有する。基質の構造により、高い反応性や不斉収率が得られる配位子の構造は異なるため、基質の構造に応じて、最適なエチレンジアミン誘導体またはシクロヘキサンジアミン誘導体を選択することができる。
上記エチレンジアミン誘導体としては、特に限定されないが、例えば、TsDPEN(N−(p−トルエンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン)、MsDPEN(N−メタンスルホニル−1,2−ジフェニルエチレンジアミン)、N−(ベンジルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(シクロヘキサンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(2,5−ジメチルベンジルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(sec−ブチルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−メチル−N’−(p−トルエンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(p−メトキシフェニルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(p−クロロフェニルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−トリフルオロメタンスルホニル−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(2,4,6−トリメチルベンゼンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(4−tert−ブチルベンゼンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(2−ナフチルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(3,5−ジメチルベンゼンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−ペンタメチルベンゼンスルホニル−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(10−カンファースルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(ベンジルスルホニル)−1,2−エタンジアミン、N−(sec―ブチルスルホニル)−1,2−エタンジアミンなどが挙げられる。
これらのエチレンジアミン誘導体は、ケトン基質の構造に応じて選択される。一般的に使用されるとの観点から、TsDPENおよびMsDPENを挙げることができ、また、各種ケトン類の反応において、比較的高い不斉収率が得られるとの観点から、N−(ベンジルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(シクロヘキサンスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(2,5−ジメチルベンジルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミン、N−(sec−ブチルスルホニル)−1,2−ジフェニルエチレンジアミンなどが好ましい。
【0030】
上記シクロヘキサンジアミン誘導体としては、特に限定されないが、例えば、TsCYDN(N−(p−トルエンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン)、MsCYDN(N−(p−メタンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン)、N−(ベンジルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(シクロヘキサンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(シクロヘキサンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(2,5−ジメチルベンジルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(sec−ブチルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−メチル−N′−(p−トルエンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(p−メトキシフェニルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(p−クロロフェニルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−トリフルオロメタンスルホニル−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(2,4,6−トリメチルベンゼンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(2,4,6−トリイソプロピルベンゼンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(4−tert−ブチルベンゼンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(2−ナフチルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(3,5−ジメチルベンゼンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−ペンタメチルベンゼンスルホニル−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(p−トルエンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(10−カンファースルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミンなどが挙げられる。
これらのシクロヘキサンジアミン誘導体は、ケトン基質の構造に応じて選択される。一般的に使用されるとの観点から、TsCYDNおよびMsCYDNを挙げることができ、また、各種ケトン類の反応において、比較的高い不斉収率が得られるとの観点から、N−(ベンジルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(sec−スルホニル)−1,2−シクロヘキサンスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミン、N−(2,5−ジメチルベンジルスルホニル)−1,2−シクロヘキサンジアミンなどが好ましい。
【0031】
一般式(1)で表されるルテニウム錯体の出発原料となるルテニウム化合物としては、例えば、塩化ルテニウム(III)水和物、臭化ルテニウム(III)水和物、沃化ルテニウム(III)水和物等の無機ルテニウム化合物、[二塩化ルテニウム(ノルボルナジエン)]多核錯体、[二塩化ルテニウム(シクロオクタ−1,5−ジエン)]多核錯体、ビス(メチルアリル)ルテニウム(シクロオクタ−1,5−ジエン)等のジエンが配位したルテニウム錯体、[二塩化ルテニウム(ベンゼン)]多核錯体、[二塩化ルテニウム(p−シメン)]多核錯体、[二塩化ルテニウム(トリメチルベンゼン)]多核錯体、[二塩化ルテニウム(ヘキサメチルベンゼン)]多核錯体等の、芳香族化合物が配位したルテニウム錯体、ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム等のホスフィンが配位したルテニウム錯体、二塩化ルテニウム(ジメチルホルムアミド)、クロロヒドリドトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウムなどが挙げられる。
【0032】
その他、光学活性ジホスフィン化合物、光学活性ジアミン化合物と置換可能な配位子を有するルテニウム錯体であれば、特に、上記に限定されるものではない。例えば、COMPREHENSIVE ORGANOMETALLIC CHEMISTRY II Vol.7 p294−296(PERGAMON)に示された、種々のルテニウム錯体を出発原料として用いることができる。
【0033】
同様に、一般式(1)で表されるロジウム錯体およびイリジウム錯体の出発原料となる、ロジウム化合物としては、例えば、塩化ロジウム(III)水和物、臭化ロジウム(III)水和物、沃化ロジウム(III)水和物等の無機ルテニウム化合物、[二塩化ペンタメチルシクロペンタジエニルロジウム]多核錯体、[二臭化ペンタメチルシクロペンタジエニルロジウム]多核錯体、[二ヨウ化ペンタメチルシクロペンタジエニルロジウム]多核錯体などが用いられ、イリジウム化合物としては、例えば、塩化イリジウム(III)水和物、臭化イリジウム(III)水和物、沃化イリジウム(III)水和物等の無機イリジウム化合物、[二塩化ペンタメチルシクロペンタジエニルイリジウム]多核錯体、[二臭化ペンタメチルシクロペンタジエニルイリジウム]多核錯体、[二沃化ペンタメチルシクロペンタジエニルイリジウム]多核錯体などが用いられる。
【0034】
出発原料である、ルテニウム、ロジウムおよびイリジウム化合物と配位子との反応は、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素系溶媒、塩化メチレンなどのハロゲン含有炭化水素系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ベンジルアルコールなどのアルコール系溶媒、アセトニトリル、DMF(ジメチルホルムアミド)、N−メチルピロリドン、およびDMSO(ジメチルスルホキシド)などヘテロ原子を含む有機溶媒からなる群より選ばれた、1種または2種以上の溶媒中で、反応温度0℃から200℃の間で行われ、この反応により、本発明の方法に用いる不斉触媒である金属錯体を得ることができる。
【0035】
本発明の方法において不斉触媒として用いる、一般式(1)で表される金属錯体中の2個の不斉炭素は、光学活性アルコールを得るためにはいずれも(R)体であるか、またはいずれも(S)体である必要がある。これらの(R)体または(S)体のいずれかを選択することにより、所望する絶対配置の光学活性アルコールを高選択的に得ることができる。また、これらの金属錯体を、1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0036】
本発明の方法に用いる、一般式(1)で表される金属錯体の量は、金属錯体のモルに対するケトン基質のモル比をS/C(Sは基質、Cは触媒)で表すと、S/Cが10〜20,000の範囲で用いることができる。この範囲において、反応効率や経済性の観点から、好ましくは、100〜10,000の範囲であり、より好ましくは1,000〜10,000の範囲である。
【0037】
本発明の方法に用いる、不斉触媒およびギ酸塩を溶解し得る溶媒は、不斉触媒である金属錯体およびギ酸塩を溶解し得る溶媒であれば、ポリエチレングリコールを除き、種類を問わず、例えば、有機溶媒として、プロトン性溶媒、有機酸、イオン液体などが挙げられ、また、水と、水と混和し得る非プロトン性溶媒との混合溶媒などが挙げられる。前記有機溶媒は、さらに、水および/または水と混和し得る非プロトン性溶媒を含んでいてもよい。
上記プロトン性溶媒としては、脂肪族アルコール、多価アルコール、有機酸等が挙げられる。これらのうち、好ましくは、炭素数1〜5のプロトン性溶媒である。また、これらのプロトン性溶媒は、1種または2種以上を組み合わせて用いてもよい。
上記脂肪族アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、2−プロパノール、n−プロピルアルコール、2−メチル−2−プロパノール、2−メチル−2−ブタノールなどが挙げられる。これらのうち、脂肪族アルコールとしては、ギ酸塩の溶解度が高いことにより、高い反応性を得ることができるとの観点から、好ましくは、炭素数1〜5のアルコールであり、より好ましくは、メタノールまたはエタノールであり、最も好ましくは、メタノールである。
上記多価アルコールとしては、例えば、エチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコールなどが挙げられる。
上記有機酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、トリフルオロ酢酸などが挙げられる。
【0038】
上記イオン液体としては、1−エチルー3−メチルイミダゾリウム ブロミド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ヘキサフロオロホスフェート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム トリフロオロメタンスルホネートなどのイミダゾリウムをカチオンとするイオン液体、1−エチルピリジニウム ブロミド、1−ヘキシルピリジニウム テトラフルオロボラートなどのピリジニウムをカチオンとするイオン液体、N,N,N−トリメチル−N−プロピルアンモニウム ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドなどの四級アンモニウムをカチオンとするイオン液体、(1−ナフチル)トリフェニルホスホニウム クロリドなどのホスホニウムをカチオンとするイオン液体などが挙げられる。
【0039】
上記水と混和し得る非プロトン性溶媒は、例えば、DMF(ジメチルホルムアミド)、DMSO(ジメチルスルホキシド)、THF(テトラヒドロフラン)、1,4−ジオキサン、アセトニトリル、ピリジンなどの、水と混和し、かつ不斉触媒である金属錯体およびギ酸塩を溶解し得る溶媒であれば、種類は問わない。これらの非プロトン性溶媒は、1種または2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
本発明の方法に用いる、ケトン基質は、例えば、環状ケトン、オレフィン部位を有するケトン、アセチレン部位を有するケトン、水酸基を有するケトン、ハロゲン原子を有するケトン、ジケトン、ケトエステル、ケトアミドなどが挙げられ、カルボニル基の近傍にπ電子をもつ置換基、例えば、芳香環、ヘテロ芳香環、炭素−炭素三重結合、炭素−炭素二重結合、また、他の置換基としては、カルボン酸基、エステル基、カルボン酸アミド基、カルボニル基、アミノ基、アミド基、シアノ基、ニトロ基、塩素基、臭素基、沃素基、トリフルオロメチル基、水酸基、アルコキシ基、チオール基、トリメチルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、その他のヘテロ原子を含む置換基を1または2以上有していてもよい。
【0041】
本発明に記載の、光学活性アルコールを製造する方法は、様々な置換基をもつケトン基質類の反応に有効であり、特にケトン基質の構造を限定する必要はないが、例えば、芳香族ケトンとして、アセトフェノンやプロピオフェノン、3’−クロロアセトフェノン、2’−トリフルオロメチルアセトフェノン、3’,5’−ビス(トリフルオロメチル)アセトフェノン、3’−ヒドロキシアセトフェノンなどが挙げられる。また、環状ケトンとしては、4−クロマノン、1−インダノン、1−テトラロンなどが挙げられる。他の官能基をもつケトンとしては、フェナシルクロリド、α−ヒドロキシアセトフェノン、ベンゾイン、α−ニトロアセトフェノン、α−シアノアセトフェノン、α−アジドアセトフェノン、α−(メトキシカルボニル)アセトフェノン、α−(エトキシカルボニル)アセトフェノン、1−(tert−ブチルジメチルシリル)−1−ブチン−3−オン、1−(トリメチルシリル)−1−ブチン−3−オンなどが挙げられる。
【0042】
ケトン基質に水素原子を供給する水素源として使用するギ酸塩は、例えば、ギ酸とアルカリ金属またはアルカリ土類金属との塩などが挙げられ、これらのうち、1種または2種以上を組み合わせて用いてもよい。
上記ギ酸とアルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩としては、ギ酸リチウム、ギ酸ナトリウム、ギ酸カリウム、ギ酸セシウム、ギ酸マグネシウム、ギ酸カルシウムなどが挙げられる。これらのうち、ギ酸とアルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩としては、高い反応性が得られるとの観点から、好ましくは、ギ酸カリウムまたはギ酸ナトリウムであり、より好ましくは、ギ酸カリウムである。
【0043】
また、本発明の方法において、必要に応じ、酸または塩基を添加してもよい。添加する酸としては、特に限定されないが、例えば、ギ酸、酢酸などの有機酸類が挙げられ、また、塩基としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウムなどの無機塩基化合物、またはトリエチルアミン、DBUなどの有機塩基化合物が挙げられる。これらの酸または塩基は、1種または2種以上を組み合わせて用いてもよく、これらを混合してケトン基質の不斉還元反応を行うことができる。
【0044】
反応温度は、特に限定されないが、経済性を考慮すると、好ましくは、0〜70℃であり、より好ましくは、20〜60℃の範囲である。
反応時間は反応基質の種類、濃度、S/C、温度等の反応条件や、触媒の種類によって異なるため、数分〜数日で反応が終了するように諸条件を設定すればよく、特に5〜24時間で反応が終了するように諸条件を設定することが好ましい。
【0045】
また、反応生成物である光学活性アルコールの精製は、その方法において、特に限定されない。例えば、カラムクロマトグラフィー、蒸留、再結晶等の公知の方法を用いることができる。
本発明の製造方法におけるケトン基質の不斉還元反応は、反応形式が、バッチ式においても連続式においても実施することができる。
【実施例】
【0046】
以下に、本発明の実施例および比較例を示し、さらに詳しく本発明について説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0047】
下記の実施例において、反応に使用した溶媒は試薬購入品を用いた。また、生成物の同定は、核磁気共鳴分光法(NMR)により、JNM−LA400(400MHz、日本電子社製)を用いて行った。HNMRにおける測定時には、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準物質に用い、その信号をδ=0(δは化学シフト)とした。光学純度は、ガスクロマトグラフィー(GC)または高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。GCはChirasil−DEX CB(0.25mm×25m、DF=0.25μm)(CHROMPACK社製)を用い、HPLCはCHIRALCEL OD(0.46cm×25cm)、CHIRALCEL OJ(0.46cm×25cm)、CHIRALCEL OB−H(0.46cm×25cm)、CHIRALCEL OJ−H(0.46cm×25cm)(ダイセル社製)を用いた。
【0048】
[実施例1]
アルゴン雰囲気下、20mLのガラス製シュレンク型反応管に、ルテニウム錯体RuCl[(R,R)−Tsdpen](p−cymene)(6.4mg、0.01mmol)、ギ酸カリウム(1.0g、12mmol)、および、4−クロマノン(1.48g、10mmol、基質/触媒比1000)を仕込んだ。メタノール(6mL)を添加し、50℃で攪拌した。3時間反応させた時点では、(R)−4−クロマノールの収率は99%、光学純度は99%eeであった。さらに反応を継続させ、6時間後の収率100%、光学純度99%ee。24時間後には、収率100%、光学純度は99%eeの(R)−4−クロマノールが生成していた。
このことから、本反応系では、経時による(R)−4−クロマノールのラセミ化は進行しないことが確認された。
【0049】
[比較例1]
アルゴン雰囲気下、20mLのガラス製シュレンク型反応管に、ルテニウム錯体RuCl[(R,R)−Tsdpen](p−cymene)(6.4mg、0.01mmol)、TBAB(テトラブチルアンモニウムブロミド)(32.2mg、0.1mmol)、ギ酸カリウム(1.0g、12mmol)、および、4−クロマノン(1.48g、10mmol、基質/触媒比1000)を仕込んだ。水(2mL)、トルエン(2mL)を添加し、50℃で攪拌した。3時間反応させた時点では、生成物(R)−4−クロマノールの収率は90%、光学純度は92%eeであった。さらに反応を継続させ、6時間後の収率99%、光学純度92%ee。24時間後には、収率99%、光学純度90%eeの(R)−4−クロマノールが生成していた。
このことから、二相系還元反応系では、経時による(R)−4−クロマノールのラセミ化が進行することが確認された。
【0050】
[比較例2]
20mLシュレンク型反応管をアルゴン置換し、氷浴につけた後、トリエチルアミン(3.6mL、26mmol)、ギ酸(1.2mL、31mmol)、4−クロマノン(1.48g、10mmol、基質/触媒比500)、ルテニウム錯体RuCl[(R,R)−Tsdpen](p−cymene)(12.7mg、0.02mmol)を仕込み、30℃で24時間攪拌した。途中、3時間後にサンプリングを行い、生成物のHNMRとHPLC分析を行った。3時間後の変換率66%、光学純度99%ee。さらに反応を継続させると、24時間には、収率100%、光学純度99%eeの(R)−4−クロマノールが生成していた。
このことから、ギ酸反応系では、経時による(R)−4−クロマノールのラセミ化は進行しないが、反応効率が低いことが確認された。
【0051】
[実施例2−7]
溶媒および水素源であるギ酸塩の種類を変更した以外は、実施例1と同じ50℃、24時間の条件で反応を実施して、(R)−4−クロマノールを合成した。結果を表1にまとめて示す。
【0052】
【化3】

【0053】
【表1】

【0054】
[実施例8−13]
RuCl[(R,R)−Tsdpen](p−cymene)を用いてより高いS/Cで反応させた、あるいは、使用する触媒を変えた以外は、実施例1と同じ50℃、24時間の条件で反応を実施して、(R)−4−クロマノールを合成した。結果を表2にまとめて示す。なお、実施例9は反応溶媒をメタノール4mLと水2mLの混合溶媒で行った。
【0055】
【化4】

【0056】
【表2】

【0057】
[実施例14]
アルゴン雰囲気下、20mLのガラス製シュレンク型反応管に、ルテニウム錯体RuCl[(R,R)−Tsdpen](p−cymene)(6.4mg、0.01mmol)、ギ酸カリウム(1.0g、12mmol)、および、アセトフェノン(1.20g、10mmol、基質/触媒比1000)を仕込んだ。メタノール(6mL)を添加し、50℃で24時間攪拌したところ、(R)−1−フェニルエタノールの収率は100%、光学純度は96.2%eeであった。
【0058】
[実施例15−20]
ケトン基質を変更した以外には、実施例14と同じ条件で反応を実施して、各光学活性アルコールを合成した。結果を表3にまとめて示す。なお、実施例15は反応温度を30℃に設定して反応を行い、実施例19は16時間かけて反応を行った。
【0059】
【化5】

【0060】
【表3】

【0061】
〔実施例21〕
アルゴン雰囲気下、20mLのガラス製シュレンク型反応管に、ルテニウム錯体RuCl[(R,R)−Tsdpen](mesitylene)(2.1mg、0.0033mmol)、ギ酸カリウム(1.0g、12mmol)、ギ酸(138mg、3mmol)および、3’−クロロアセトフェノン(1.55g、10mmol、基質/触媒比3000)を仕込んだ。メタノール(6mL)を添加し、50℃で24時間攪拌したところ、(R)−1−(3’−クロロフェニル)エタノールの収率は100%、光学純度は96.5%eeであった。
【0062】
〔実施例22〕
アルゴン雰囲気下、20mLのガラス製シュレンク型反応管に、ルテニウム錯体RuCl[(S,S)−BnSOdpen](mesitylene)(1.2mg、0.002mmol)、ギ酸カリウム(1.0g、12mmol)、ギ酸(138mg、3mmol)および、3’−クロロアセトフェノン(1.55g、10mmol、基質/触媒比5000)を仕込んだ。メタノール(6mL)を添加し、50℃で24時間攪拌したところ、(S)−1−(3’−クロロフェニル)エタノールの収率は85%、光学純度は96.5%eeであった。
【0063】
〔実施例23〕
アルゴン雰囲気下、20mLのガラス製シュレンク型反応管に、ルテニウム錯体Ru(OTf)[(S,S)−sec−BuSOdpen](p−cymene)(1.4mg、0.002mmol)、ギ酸カリウム(1.0g、12mmol)、および、3’,5’−ビス(トリフルオロメチル)アセトフェノン(2.56g、10mmol、基質/触媒比5000)を仕込んだ。メタノール(6mL)を添加し、50℃で24時間攪拌したところ、(S)−1−[3’,5’−ビス(トリフルオロメチル)フェニル]エタノールの収率は100%、光学純度は87.7%eeであった。
【0064】
以上により、本発明の効果は、二相系反応の高い反応性を維持したまま、生成物のラセミ化を抑制し、高い光学純度の光学活性アルコールが得られることである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不斉触媒の存在下で、水素源を用いて、溶媒中でケトン基質を反応させて光学活性アルコールを製造する方法において、
不斉触媒が、下記一般式(1):
【化1】

式中、
1およびR2は、互いに同一であっても異なっていてもよく、水素原子、アルキル基、置換基を有していてもよいフェニル基、置換基を有していてもよいナフチル基、置換基を有していてもよいシクロアルキル基、またはR1とR2とが一緒になって形成された非置換もしくは置換基を有する脂環式環であり、
3は、アルキル基、パーフルオロアルキル基、置換基を有していてもよいナフチル基、置換基を有していてもよいベンジル基、置換基を有していてもよいフェニル基、または置換基を有していてもよいカンファー基であり、
4は、水素原子またはアルキル基であり、
Arは、置換基を有していてもよいベンゼン、または置換基を有していてもよいシクロペンタジエニル基であり、
Xは、アニオン性基であり、
Mは、ルテニウム、ロジウムまたはイリジウムであり、
nは、0または1を表し、nが0の場合にはXは存在せず、
*は、不斉炭素を示す、
で表される金属錯体であり、
水素源が、ギ酸塩であり、
溶媒が、不斉触媒およびギ酸塩を溶解し得る(1)有機溶媒(ただし、ポリエチレングリコールを除く)および/または(2)水および水と混和し得る非プロトン性溶媒である、前記方法。
【請求項2】
有機溶媒が、プロトン性溶媒である、請求項1に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項3】
有機溶媒が、炭素数1〜5のアルコールである、請求項1または2に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項4】
有機溶媒が、メタノールおよび/またはエタノールである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項5】
溶媒が、有機溶媒(ただし、ポリエチレングリコールを除く)であり、さらに水を含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項6】
溶媒が、有機溶媒(ただし、ポリエチレングリコールを除く)であり、さらに非プロトン性溶媒を含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項7】
溶媒が、水および水と混和し得る非プロトン性溶媒である、請求項1に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項8】
非プロトン性溶媒が、DMF(ジメチルホルムアミド)および/またはDMSO(ジメチルスルホキシド)である、請求項6または7に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項9】
ギ酸塩が、ギ酸カリウムおよび/またはギ酸ナトリウムである、請求項1〜8のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項10】
ケトン基質が、環状ケトン、オレフィン部位を有するケトン、アセチレン部位を有するケトン、水酸基を有するケトン、ハロゲン原子を有するケトン、ジケトン、ケトエステルまたはケトアミドである、請求項1〜9のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。
【請求項11】
反応が均一相で行われる、請求項1〜10のいずれか一項に記載の光学活性アルコールの製造方法。

【公開番号】特開2011−236180(P2011−236180A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−111120(P2010−111120)
【出願日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【出願人】(591045677)関東化学株式会社 (99)
【Fターム(参考)】