説明

光学活性シアノヒドリン類の製造方法

【課題】脂肪族アルデヒドから、工業的に簡便な方法により、高純度かつ高収率で、医薬、農薬の原料として幅広く利用されている光学活性シアノヒドリン類を取得する方法を提供する。
【解決手段】(R,R)−または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類と塩化アルミニウムとからなる有機金属錯体を触媒として用いることにより、脂肪族アルデヒド類と安価なシアン化水素、またはアセトンシアンヒドリンのようなシアノ化剤から高純度かつ高収率、工業的に容易に光学活性シアノヒドリン類を取得可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪族アルデヒド類をシアン化水素またはアセトンシアンヒドリンをシアノ化剤として、(R,R)−、または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類と塩化アルミニウムからなる有機金属錯体を不斉誘起触媒とする光学活性シアノヒドリン類の製造法に関する。本発明により高収率かつ高光学純度で得られる光学活性シアノヒドリン類は医薬、農薬の原料として幅広く利用されているα−ヒドロキシ酸、α−ヒドロキシケトン、β−アミノアルコール、α−アミノ酸、合成ピレスレノイド中間体等に容易に誘導可能であり、医薬、農薬中間体の製造方法として大変有用である。
【背景技術】
【0002】
光学活性シアノヒドリン類は、医薬、農薬の原料として幅広く利用されており、特にα−ヒドロキシ酸、α−ヒドロキシケトン、β−アミノアルコール、α−アミノ酸、合成ピレスレノイド中間体等の合成に重要である。
【0003】
光学活性シアノヒドリン類の不斉選択的製造方法は、(1)バイオ触媒を利用した製造法、(2)不斉有機合成技術を利用した製造法に分類される。バイオ触媒を利用した製造法は、微生物等が有する酵素を利用した酵素反応が広く知られている。例えば、酵素反応に利用される酵素として、オキシニトリラーゼ、リパーゼ、ヒドロキシニトリルリアーゼ、アミノデヒドロゲナーゼなどが挙げられる。脂肪族アルデヒド類から光学活性シアノヒドリン類を取得する方法にはヘベアブラシリエンシス(Hevea brasiliensis)由来のオキシニトリラーゼ及びシアン化水素と立体選択的に反応させる製造法(特許文献1)が報告されている。しかし、バイオ触媒を利用した製造法は、酵素の基質適用範囲が非常に狭いため、特定の置換基を持つアルデヒド類のみにしか適用できない場合が多い。また、酵素反応に用いる酵素が使用できる温度、pH、基質濃度、溶媒等の条件は限定されており、使用条件を逸脱すると酵素の反応活性は著しく低下してしまう。したがって、酵素反応は穏やかな条件で行わなくてはならず、酵素反応の速度も遅いため、生産効率の面では問題がある。
【0004】
そのため、不斉有機合成技術を利用した光学活性シアノヒドリン類の製造法は現在最も広く利用されている。有機金属錯体触媒を用いた触媒的不斉シアノ化反応は幅広い基質に適用可能であり、配位子の構造を変更することによる基質アルデヒド類の立体選択性の向上、反応性の向上が容易である。例えば、光学活性ビナフトール類と塩化ジエチルアルミニウムから調製される有機金属錯体触媒を用いる光学活性シアノヒドリン類の製造法(特許文献2)が報告されている。また、光学活性β−アミノアルコール類とサリチルアルデヒド類からなるシッフ塩基配位子とチタンテトラアルコキシド化合物および水から調製される有機金属錯体触媒を用いる光学活性シアノヒドリン類の製造法(特許文献3)も報告されている。しかし、光学活性ビナフトール類と塩化ジエチルアルミニウムから調製される有機金属錯体触媒はその配位子の合成に多段階を要することから入手困難なこと、反応温度が−40℃以下の低温下でのみ高い光学収率が得られることなど工業的に使用することは困難である。また、シッフ塩基配位子とチタンテトラアルコキシド化合物および水から調製される有機金属錯体触媒は用いる配位子の合成が容易であり、反応に用いられる触媒量も少量でよいメリットがあるが、触媒調製時、もしくは反応溶液に含まれる水分含量が反応成績に大きく影響し、また、その水分量の制御も困難である。さらにシアノ化剤としてはトリメチルシリルシアニドが好適であり安価なシアノ化剤であるシアン化水素を用いた場合には反応の進行が認められないことからも工業的に使用することは困難である。したがって、安価かつ取り扱いの容易な有機金属錯体触媒を用いて高収率、高光学収率で脂肪族アルデヒド類のシアノ化反応を進行させる光学活性シアノヒドリン類の製造法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】欧州特許出願公開第0927130号明細書
【特許文献2】特開2001−348392号公報
【特許文献3】国際公開第2006/041000号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記実情に鑑み、より安価な不斉触媒、およびシアノ化剤を用いて光学活性シアノヒドリン類を高純度かつ高収率で製造する方法の開発が求められている。しかしながら、不斉有機合成技術を用いて脂肪族アルデヒド類から光学活性シアノヒドリン類を高収率、高光学収率で取得することは困難であり、実際に有機金属錯体触媒を用いて高光学収率で脂肪族アルデヒド類から光学活性シアノヒドリン類を取得した例は少ない。通常は、脂肪族アルデヒド類は触媒となる有機金属配位子との軌道の重なり等による相互作用が得られ難いため、有機金属錯体触媒による不斉誘起効果はそれ程期待できない。一方、これらの触媒的不斉シアノ化反応はシアノ化剤としてトリメチルシリルシアニド等のかさ高いシアノ化剤を用いた場合、効果的に生成物の光学純度を高める作用があることが提唱されている。しかしながら、トリアルキル置換シリルシアニド類等のシアノ化剤は高価であることから工業的に用いることは困難である。
【0007】
そこで、本発明は、医薬、農薬の原料として幅広く利用されている光学活性シアノヒドリン類を、脂肪族アルデヒド類と安価なシアン化水素、またはアセトンシアンヒドリンのようなシアノ化剤から合成する際に、工業的に容易に実施可能な(R,R)−または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類と塩化アルミニウムからなる有機金属錯体を触媒として用いることで高純度かつ高収率に取得する方法を提供することを主目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
有機金属配位子と金属試薬から調製される有機金属錯体触媒を用いた不斉シアノ化反応を工業的に用いるためには反応条件に対する制限が緩やかであることが重要である。しかし、一般的に1)水分により触媒が失活する、2)−20〜−78℃程度の低温条件を必要とする、3)有機金属錯体触媒に用いる有機金属配位子が高価であり、かつ合成に多段階を要するものが多い、4)トリメチルシリルシアニド等の高価なシアノ化剤が必要である等の要因により、工業的には実施することが困難な場合が多い。
【0009】
また、基質とするアルデヒド類による化学収率、光学収率の差も大きく、報告されている多くの有機金属錯体触媒が芳香族アルデヒド類では良好な成績を示す場合でも脂肪族アルデヒド類を基質とする場合には十分な成績が得られない場合が多い。したがって、脂肪族アルデヒド類を標的とした不斉シアノ化反応の立体選択性の予測は困難であり、脂肪族アルデヒド類に対しても高い選択性でシアノ化が進行する触媒の探索とその使用条件の探索を幅広く行う必要がある。
【0010】
一般的に脂肪族アルデヒド類は芳香族アルデヒド類をシアノ化する場合と異なり、多くの不斉有機金属錯体触媒が持つ芳香環や共役二重結合との軌道の重なりを用いた相互作用や不斉誘起効果が期待できない。そのため、有機金属錯体触媒、シアノ化剤、およびアルデヒド類からなる反応の遷移状態において十分に立体選択性を出すことが困難であり、トリメチルシアニドのような立体的にかさ高いシアノ化剤を用いた場合でも得られるシアノヒドリンの光学純度は低いものとなる。つまり、立体障害がほとんどないシアン化水素のような安価なシアノ化剤を不斉シアノ化反応に用いることは非常に困難である。
【0011】
そこで、安価で工業的に入手容易なシアン化水素あるいはアセトンシアンヒドリンを用いた場合にも脂肪族アルデヒド類のシアノ化反応を高い収率、高光学純度で進行させ得る有機金属錯体触媒のスクリーニングを行った。その結果、ビスオキサゾリルピリジン類と塩化アルミニウムからなる触媒を用いた場合に脂肪族アルデヒド類の化学収率、光学収率ともに良好な成績となることを見いだした。
【0012】
従来、光学活性シアノヒドリン類の製造法としてビスオキサゾリルピリジン類と金属試薬からなる有機金属錯体を触媒とするアルデヒド類のシアノ化反応を用いる方法としては、Edmunds Lukevicsらによるジイソプロピルオキサゾリルピリジンと塩化アルミニウムを有機金属錯体触媒として、トリメチルシリルシアニドをシアノ化剤とするベンズアルデヒドからの光学活性マンデロニトリルの合成法(Tetrahedron: Asymmetry, 1997, 8(8), 1279−1285)、Peter M.Smithらがビスオキサゾリルピリジン類とランタノイド類、特に塩化イッテルビウムからなる有機金属錯体触媒を用いたアルデヒド類からの光学活性シアノヒドリン類の合成法(Tetrahedron Letter, 1999, 40, 1763−1766)が、知られていた。これらの方法では有機金属錯体触媒を少なくとも10 mol%以上必要とし、シアノ化剤としては高価なトリメチルシリルシアニドが使用されている。さらに、芳香族アルデヒドを基質とした場合には高い不斉収率で目的のシアノヒドリンを取得することに成功しているが脂肪族アルデヒドに関しては得られるシアノヒドリンの光学純度は約40%e.e.であり、工業的に使用するためには実用的ではない。
【0013】
しかし、本発明による該ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比を1.2〜10となるように調製した有機金属錯体触媒の存在下、シアン化水素またはアセトンシアンヒドリンをシアノ化剤として基質アルデヒドのモル濃度を1〜30 mol/Lの範囲で反応させる方法は、従来のトリアルキル置換シリルシアニド類をシアノ化剤としたビスオキサゾリルピリジン類と金属試薬からなる有機金属錯体触媒による脂肪族アルデヒド類からの光学活性シアノヒドリンの製造法と比較して、高収率、高光学純度の光学活性シアノヒドリン類が得られることに加え、通常2〜24時間必要とする反応時間を短縮することができるという性質を有している。さらに、塩化アルミニウムに対してビスオキサゾリルピリジン類のモル比が過剰となるように調製することで、短時間、高収率、かつ高光学純度で光学活性シアノヒドリンを工業的に容易に取得できることを見出し、本発明に到達した。
【0014】
即ち、本発明は、一般式(2)に示される(R,R)−または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類と塩化アルミニウムからなり、該ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比が1.2〜10である有機金属錯体触媒の存在下、
シアン化水素またはアセトンシアンヒドリンと、溶媒に対するモル濃度が1~30 mol/Lである一般式(1)で示されるアルデヒドとを作用させることを特徴とする一般式(3)で示される光学活性シアノヒドリン類の製造方法。
【化1】

(式中、R1は炭素数1〜9のアルキル基を表す。)
【化2】

(式中、R2、R3は水素原子、炭素数1〜9のアルキル基、または炭素数6〜14のアリール基を表す。但し、R2、R3が同じ置換基である場合を除く。)
【化3】

(式中、R1は炭素数1〜9のアルキル基を表す。)
【発明の効果】
【0015】
本発明の(R,R)−または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比を1.2〜10となるように調製した触媒の存在下、シアン化水素、またはアセトンシアンヒドリンをシアノ化剤として脂肪族アルデヒド類から光学活性シアノヒドリン類を製造する方法は、有機金属錯体触媒を用いた場合に不斉誘起が困難であり、通常脂肪族アルデヒド類から40〜50%e.e.程度の光学純度として得られる光学活性シアノヒドリン類の光学純度を約75%e.e.まで向上させ、かつ高収率で工業的に容易に製造するものである。
【0016】
シアノ化剤としてシアン化水素またはアセトンシアンヒドリンを用いた場合には、短時間で光学活性シアノヒドリン類の高収率、高光学純度での取得が可能となり、トリアルキル置換シリルシアニド等のシアノ化剤を用いる場合よりも触媒量を大幅に低減することが可能となった。
【0017】
また、基質となる脂肪族アルデヒドのモル濃度を1〜30 mol/Lの範囲にすることで、反応に必要な触媒量はさらに低減可能であることが判明し、本発明により少量の触媒使用でシアノ化剤添加後、短時間での反応完結が可能となった。
また、光学分割等の手法を組み合わせることで高光学純度の光学活性シアノヒドリン類が取得できるため、その場合ラセミ体の光学異性体分割を行うよりも効率的な光学活性シアノヒドリン類の取得が可能であり、工業的に安価な光学活性シアノヒドリン類の製造法として経済面からも有利なプロセスとなる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の方法において、出発原料として用いることのできるアルデヒド類は特に制限はないが、代表例としては、プロピオンアルデヒド、ブチルアルデヒド、バレルアルデヒド、イソバレルアルデヒド、ヘキサアルデヒド、へプトアルデヒド、オクチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、2−メチルブチルアルデヒド、2−エチルブチルアルデヒド、2−エチルヘキサナール、ピバルアルデヒド、2,2−ジメチルペンタナール、シクロプロパンカルボアルデヒド、シクロヘキサンカルボアルデヒド、クロトンアルデヒド、3−メチルクロトンアルデヒド、メタクロレイン、またはトランス−2−ヘキセナールが挙げられ、とくにブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、バレルアルデヒド、ピバルアルデヒド、プロピオンアルデヒド、シクロヘキサンカルボキサルデヒドが好適に用いられる。
【0019】
また、本発明の反応において用いられるシアノ化剤としては、シアン化水素、またはアセトンシアンヒドリンがあげられ、とりわけシアン化水素を使用した場合に反応時間の短縮、光学収率の向上が顕著である。
【0020】
本発明の方法はこれらの脂肪族アルデヒド類とシアノ化剤との反応において、一般式(2)
【化4】

(R2,R3は水素原子、炭素数1〜9のアルキル基、または炭素数6〜14のアリール基を表す。但し、R2、R3が同じ置換基である場合を除く。)で示される(R,R)−、または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類のアルミニウム錯体を触媒とすることを特徴とする。
【0021】
オキサゾリン環の置換基としては一般式(2)で示される構造を有するものであればどのような置換基でも可能であり、例えば、イソブチル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−プロピル基、tert−ブチル基、フェニル基、またはナフチル基などがあげられる。アルミニウム化合物としては塩化アルミニウムが好適に用いられる。
【0022】
すなわち本発明の方法は、一般式(A)(式中R1は前記と同じ。*の符号は不斉炭素原子を表わす。)のように、
【化5】

アルデヒド類にシアノ化剤を作用させる際に、一般式(2)で示される触媒を用いて光学活性シアノヒドリン類を製造する方法である。
【0023】
本発明の反応に用いる不斉シアノ化触媒は、(R,R)−、または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比が1.2〜10となるように調製することが望ましい。該ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比が1.2未満の場合には反応性が低くなるとともに、光学純度の著しい低下が見られる。一方、該ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比が10より大きい場合は特に問題ないが、該ビスオキサゾリルピリジン類を大量に用いることは、経費がかかり実用的ではない。
【0024】
不斉シアノ化触媒の調製は、具体的には下記にあげたような、本発明の反応を行わせる際に使用する溶媒100 mLに対して、窒素気流下、塩化アルミニウムを1ミリモル〜0.59モル、好ましくは2ミリモル〜0.2モル懸濁させ、 次いで、(R,R)−、または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類を1.2ミリモル〜5.9モル、好ましくは2.4ミリモル〜2モル加えて−30〜50℃、好ましくは−10〜30℃の温度で、0.5〜12時間攪拌することにより得られる。本発明の反応はさらに、引き続きこの溶液に反応剤を加えて実施すればよく、触媒を単離したのちに使用しても構わない。
【0025】
本発明の反応には、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素、酢酸エチル、酢酸ブチル、1,4−ジオキサン、トルエン、ベンゼンなどが溶媒として用いられ、中でも塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素が好ましい。
【0026】
溶媒はアルデヒド類1ミリモルに対して0.034〜1 mL(モル濃度が1~30 mol/L)、好ましくは0.1〜1 mL(モル濃度が1〜10 mol/L)程度用いることが好適である。基質アルデヒドのモル濃度が30 mol/Lよりも大きい場合は溶媒による触媒の安定化効果が得られなくなることから反応性の低下、並びに生成するシアノヒドリンの光学純度の低下が見られる。一方、基質アルデヒドのモル濃度が1 mol/L未満になるとシアンヒドリンの収率、光学純度の低下が見られ、さらに基質アルデヒドの酸化反応が優先的に起こり対応するカルボン酸の副生を認めるため好ましくない。
【0027】
本発明の反応においては、アルデヒド類1モルに対して1〜3モル、好ましくは1.2〜2.5モルのシアノ化剤を使用する。
【0028】
すなわち、上記触媒は、アルデヒド類1モルに対して0.001〜0.5モル、好ましくは0.02〜0.1モル使用することになる。
【0029】
本発明の反応は、これらのアルデヒド類、シアノ化剤を引き続き、前記の触媒溶液に加え、−20〜40℃、好ましくは−10〜30℃で0.1〜24時間攪拌し、反応させることにより実施できる。
【0030】
このように、本発明の方法を用いることによって、脂肪族アルデヒド類から光学活性シアノヒドリン類を高純度かつ高収率で工業的に容易に取得することが可能となり、例えば、医薬、農薬の原料として幅広く利用されているα−ヒドロキシ酸、α−ヒドロキシケトン、β−アミノアルコール、α−アミノ酸、合成ピレスレノイド中間体等を高純度かつ高収率で、特別な装置も必要とすることなく効率的かつ経済的に製造することも可能とした。
【実施例】
【0031】
実施例および比較例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例にのみ限定されるものではない。また、以下の実施例において、シアノヒドリンの光学純度は、GC分析により決定した。なお、分析には下記条件を使用した。
【0032】
カラム;β−Dex325(30 m×0.25 mm×0.25 μm thickness,SUPELCO社製)
キャリヤーガス;ヘリウム
検出;FID
検出温度;230℃
インジェクション温度;180℃
カラム温度;120℃
【0033】
実施例1
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)
【0034】
【化6】

【0035】
1.13 g(3.8ミリモル)を塩化メチレン50 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム0.34 g(2.5ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド4.33 g(50ミリモル)を加え、溶液を0℃に冷却してシアン化水素1.6 g(60ミリモル)を加えて、10分間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は99.8%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は75.7%e.e.であった。
【0036】
実施例2
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)450 mg(1.5ミリモル)を塩化メチレン50 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム136 mg(1ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド4.33 g(50ミリモル)を加え、溶液を0℃に冷却してシアン化水素1.6 g(60ミリモル)を加えて、4時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は82.7%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は65.8%e.e.であった。
【0037】
実施例3
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)604 mg(2.04ミリモル)を塩化メチレン2 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム223 mg(1.7ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド1.44 g(16.6ミリモル)、アセトンシアンヒドリン1.68 g(20ミリモル)を加えて、室温で1時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は99.8%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は67.1%e.e.であった。
【0038】
比較例1
溶媒量を100 mLとした以外は、実施例3と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は64.2%でピバリン酸のみが生成した。
【0039】
実施例4
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)181 mg(0.6ミリモル)を塩化メチレン2 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム67 mg(0.5ミリモル)を加え、室温で1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド216 mg(2.5ミリモル)、アセトンシアンヒドリン234 mg(2.8ミリモル)を加えて、室温で2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は97.7%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は66.4%e.e.であった。
【0040】
比較例2
シアノ化剤をトリメチルシリルシアニド295 mg(2.8ミリモル)とした以外は、実施例4と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は88.4%、シロキシ基の除去を行った後、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は38.6%e.e.であった。
【0041】
比較例3
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)151 mg(0.5ミリモル)を塩化メチレン2 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム67 mg(0.5ミリモル)を加え、室温にて2時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド216 mg(2.5ミリモル)、アセトンシアンヒドリン298 mg(3.5ミリモル)を加えて、室温で2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は10%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は53.8%e.e.であった。
【0042】
実施例5
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)1.51 g(5ミリモル)を塩化メチレン25 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム0.34 g(2.5ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド2.15 g(25ミリモル)を加え、溶液を0℃に冷却してシアン化水素 1.01g(38ミリモル)を加えて、2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は92.3%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は70.3%e.e.であった。
【0043】
比較例4
(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)の使用量を760 mg(2.5ミリモル)とした以外は、実施例5と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は52.1%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は50.8%e.e.であった。
【0044】
実施例6
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)151 mg(0.51ミリモル)を塩化メチレン1.5 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム22 mg(0.17ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド144 mg(1.66ミリモル)、アセトンシアンヒドリン168 mg(2ミリモル)を加えて、室温で1時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は98.8%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は69.8%e.e.であった。
【0045】
比較例5
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)101 mg(0.34ミリモル)を塩化メチレン2 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム22 mg(0.17ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド144 mg(1.66ミリモル)、トリメチルシリルシアニド168 mg(2ミリモル)を加えて、室温で22時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は78.2%、シロキシ基の除去を行った後、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は42.0%e.e.であった。
【0046】
実施例7
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)76 mg(0.23ミリモル)を塩化メチレン1 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム22 mg(0.17ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド288 mg(3.32ミリモル)、アセトンシアンヒドリン336 mg(4ミリモル)を加えて、室温で2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は95.4%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は68.3%e.e.であった。
【0047】
比較例6
溶媒量を0.1 mLとした以外は、実施例7と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は52.1%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの化学収率は24.7%、光学純度は41.1%e.e.であった。
【0048】
実施例8
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)60 mg(0.2ミリモル)を塩化メチレン1 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム22 mg(0.17ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にイソブチルアルデヒド120 mg(1.66ミリモル)、アセトンシアンヒドリン168 mg(2ミリモル)を加えて、室温で2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は98.4%、生成した2−ヒドロキシ−3−メチルブタンニトリルの光学純度は67.6%e.e.であった。
【0049】
実施例9
アルデヒドをプロピオンアルデヒド96 mg(1.66ミリモル)とした以外は、実施例8と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は99.1%、生成した2−ヒドロキシブタンニトリル光学純度は68.5%e.e.であった。
【0050】
実施例10
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)1.13 g(3.8ミリモル)を1,2−ジクロロエタン50 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム0.34 g(2.5ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド4.33 g(50ミリモル)を加え、溶液を0℃に冷却してシアン化水素1.6 g(60ミリモル)を加えて、10分攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は100%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は76.4%e.e.であった。
【0051】
実施例11
溶媒を1,4−ジオキサン50 mLとした以外は、実施例10と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は92.9%、生成した2−ヒドロキシブタンニトリルの光学純度は71.7%e.e.であった。
【0052】
実施例12
溶媒をトルエン50 mLとした以外は、実施例10と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は95.8%、生成した2−ヒドロキシブタンニトリルの光学純度は65.8%e.e.であった。
【0053】
実施例13
溶媒をクロロベンゼン50 mLとした以外は、実施例10と同様に反応を行った。不斉シアノ化反応の攪拌開始から2時間後に分析を行ったところ、基質の転化率は97.5%、生成した2−ヒドロキシブタンニトリル光学純度は72.6%e.e.であった。
【0054】
比較例7
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)112 mg(0.37ミリモル)をアセトニトリル5 mLに溶解させ、さらに塩化イッテルビウム102 mg(0.37ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。0℃でこの溶液にピバルアルデヒド320 mg(3.7ミリモル)、アセトンシアンヒドリン376 mg(4.4ミリモル)を加えて、0℃で2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は0%であった。
【0055】
比較例8
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−イソプロピル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(4)198 mg(0.66ミリモル)をアセトニトリル10 mLに溶解させ、さらに塩化イッテルビウム183 mg(0.66ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。0℃でこの溶液にピバルアルデヒド570 mg(6.57ミリモル)、トリメチルシリルシアニド987 mg(7.88ミリモル)を加えて、0℃で2時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は95.4%、シロキシ基の除去を行った後、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は13.4%e.e.であった。
【0056】
実施例14
窒素雰囲気下、(R,R)−2,6−ビス(4−フェニル−2−オキサゾリン−2−イル)ピリジン(5)
【0057】
【化7】

【0058】
1.0 g(2.71ミリモル)を塩化メチレン35 mLに溶解させ、さらに塩化アルミニウム0.25 g(1.96ミリモル)を加え、室温にて1時間攪拌した。この溶液にピバルアルデヒド3.57 g(41.4ミリモル)を加え、溶液を0℃に冷却してシアン化水素1.96 g(72.5ミリモル)を加えて、4時間攪拌して反応させ、GC分析を行ったところ、基質の転化率は93.2%、生成した2−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブタンニトリルの光学純度は56.4%e.e.であった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
医薬、農薬の分野に有用である。特に医薬、農薬の原料として幅広く利用されているα−ヒドロキシ酸、α−ヒドロキシケトン、β−アミノアルコール、α−アミノ酸、合成ピレスレノイド中間体等を高純度かつ高収率で、特別な装置も必要とすることなく効率的かつ経済的に製造することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(2)に示される(R,R)−または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類と塩化アルミニウムからなり、該ビスオキサゾリルピリジン類の塩化アルミニウムに対するモル比が1.2〜10である有機金属錯体触媒の存在下、
シアン化水素またはアセトンシアンヒドリンと、溶媒に対するモル濃度が1~30 mol/Lである一般式(1)で示されるアルデヒドとを作用させることを特徴とする一般式(3)で示される光学活性シアノヒドリン類の製造方法。
【化1】

(式中、R1は炭素数1〜9のアルキル基を表す。)
【化2】

(式中、R2、R3は水素原子、炭素数1〜9のアルキル基、または炭素数6〜14のアリール基を表す。但し、R2、R3が同じ置換基である場合を除く。)
【化3】

(式中、R1は炭素数1〜9のアルキル基を表す。)
【請求項2】
前記(R,R)−または(S,S)−ビスオキサゾリルピリジン類の置換基R2、R3が水素原子、イソブチル基、sec−ブチル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−プロピル基、tert−ブチル基、フェニル基、またはナフチル基からなる群より選ばれた置換基であることを特徴とする請求項1に記載の光学活性シアノヒドリン類の製造法。
【請求項3】
前記一般式(1)に示されるアルデヒドの置換基R1がn−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、tert−ブチル基、エチル基、シクロヘキシル基であることを特徴とする請求項1から2に記載の光学活性シアノヒドリン類の製造法。
【請求項4】
前記溶媒が塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、クロロホルム、クロロベンゼン、ベンゼン、トルエン、酢酸エチル、酢酸ブチル、1,4−ジオキサンからなる群より選ばれることを特徴とする請求項1から3に記載の光学活性シアノヒドリン類の製造法。
【請求項5】
反応温度が−20℃から40℃であることを特徴とする請求項1から4に記載の光学活性シアノヒドリン類の製造法。

【公開番号】特開2011−105608(P2011−105608A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−259276(P2009−259276)
【出願日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】