説明

光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法

【課題】
光学活性体の生産方法として有利な立体選択性を有する生体触媒を用いた生物学的生産方法において、水に溶けにくいことから、基質濃度が上げられず工業的生産原料として不向きとされてきた芳香族アミノ酸アミドより、高い反応収率と立体選択性で光学活性芳香族アミノ酸および対掌体の関係にあった光学活性芳香族アミノ酸アミドを生産する方法を確立し提供する。
【解決手段】
Mycoplana属若しくはMycobacterium属に属する微生物の菌体またはその処理物を用い、有機溶媒を溶存させた水溶液中、pH7.5〜10.5の塩基性条件下で反応させることにより、難水溶性の芳香属アミノ酸アミドより光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドを効率的に生産することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族アミノ酸アミドから、光学活性芳香族アミノ酸および対掌体として含まれていた光学活性芳香族アミノ酸アミドを製造する方法に関する。さらに詳しくは、Mycoplana属若しくはMycobacterium属に属する微生物の菌体またはその処理物を、有機溶媒水溶液中、pH7.5〜10.5の塩基性条件下で生体触媒として作用させることにより、水に溶けにくい一般式(1)で示される芳香族アミノ酸アミドを立体選択的に効率よく加水分解して、一般式(2)で示される光学活性芳香族アミノ酸および対掌体として含まれていた一般式(3)で示される光学活性アミノ酸アミドを製造することを特徴とする、光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法に関する。光学活性芳香族アミノ酸や光学活性芳香族アミノ酸アミドは、薬理面で光学活性が要求される医薬品や農薬等の合成原料として、大変有用である。
【化1】

(但し、一般式(1)、(2)、(3)中のRはフェニル基であり、フェニル基上の水素原子がハロゲン原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数6以下の酸素含有基または炭素数6以下の窒素含有基に置換していてもよい。)
【背景技術】
【0002】
従来、芳香環を有する光学活性芳香族アミノ酸誘導体の合成方法としては、光学活性フェニルグリシン誘導体の化学的手法による不斉合成法または生物学的手法による立体選択的な酵素反応法が知られている。前者の化学的手法による不斉合成法としては、ピバロイル基のような嵩高い基を有する2,3,4,6−テトラ−O−ピバロイル−β−D−ガラクトピラノシルアミンをアルデヒドに作用させるUgi反応を経て、目的とする光学活性フェニルグリシンを合成する方法(例えば、非特許文献1〜4参照)がある。しかしながら、Ugi反応は非常に活性の高い反応であるため、−78〜0℃の低温下で温度制御しつつ行う必要があり、反応の実施は危険かつ困難性を伴う。また、Ugi反応後には2,3,4,6−テトラ−O−ピバロイル−β−D−ガラクトピラノシル基を切断し除去しなければならないため工程が煩雑になる問題点もある。さらに、2,3,4,6−テトラ−O−ピバロイル−β−D−ガラクトピラノシルアミンが高価であるため、工業的に実施するうえでコスト的に不利である。
【0003】
一方、生物化学的手法としては、ヒダントイナーゼを利用したヒダントイン法(例えば、特許文献1、非特許文献5参照)が挙げられる。ヒダントイン法では5位置換ヒダントインにヒダントイナーゼを作用させて、立体選択的にヒダントインを加水分解し、光学活性カルバモイルアミノ酸を取得する。得られた光学活性カルバモイルアミノ酸をカルバモイラーゼや酸により処理することによって目的の光学活性アミノ酸が得られる。この方法は、未反応のヒダントインが容易にラセミ化するため、目的の光学活性カルバモイルアミノ酸のみを取得できる利点を有するが、ヒダントイナーゼは水系で基質に作用させるため、例えばフェニルグリシン誘導体のような水に溶けにくい基質では十分な溶解度を得ることができない。従って、低い基質濃度または基質が水に懸濁した状態で反応を行う必要があるため、反応速度も遅くなり生産性は低い。
一方、ミコプラーナ属の微生物を用いてアミノ酸アミドを立体選択的加水分解し、フェニルアラニンのような水に溶けにくい光学活性芳香族アミノ酸を取得した例もあるが(例えば、特許文献2参照)、この反応も水系で行われており、反応基質濃度が1%にも満たない低濃度であるため生産性が低い。
【0004】
なお、ミコプラーナ属の微生物を用い、30体積%のメタノール水溶液中で1,3−チアゾリジン−4−カルボン酸アミドの立体選択的加水分解を行い、光学活性(4R)−1,3−チアゾリジン−4−カルボン酸を合成する方法がある(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、水に溶けにくい芳香族アミノ酸に対しても同様に適用できるかについては何ら示されておらず、しかも、反応に対する有機溶媒濃度等の影響や効果についても示されていない。
【0005】
さらに、水に溶けにくい基質への対応法として、樹脂に固定化したセリンプロテアーゼ(EC 3.4.4.16)を触媒に用い、有機溶媒と水の二層系で反応させる方法(例えば、非特許文献6参照)がある。この方法では、有機溶媒への溶解性を有するN−アシルアミノ酸エステルを基質として、立体選択的エステル加水分解を行う。この方法は固定化酵素の回収と再利用が可能という特徴を有するが、あらかじめDL混合アミノ酸のアシル化とエステル化が必要であること、および反応後に得られる光学活性N−アシルアミノ酸を再び加水分解しないと目的の光学活性アミノ酸が得られないという煩雑さを伴う。一方、水に溶けにくいが高温では安定なベンジルコハク酸エステルを、生体触媒を用いて有機溶媒存在下高温で立体選択的に加水分解する方法が報告されている(例えば、特許文献4参照)。しかしながら、この方法は熱分解を起こしやすいアミノ酸については適用できない。
【0006】
その他、アミノニトリラーゼとアミダーゼの両酵素を有する菌(Rhodococcus sp.AJ270)を使用し、DL体のアミノニトリルから、目的の光学活性アミノ酸を取得する方法が報告されている。しかしながら、当該菌のアミノニトリラーゼは立体選択性が低く不充分であるうえ、アミダーゼも立体選択性が低く対象となる基質の種類も限定されるという問題を有する。また、水中で反応させるため、基質濃度を上げられないという生産性に直結する問題点も有する。
【0007】
【特許文献1】特開平9−187286号公報
【特許文献2】特開平1−277499号公報
【特許文献3】PCT WO2002/048383パンフレット
【特許文献4】特開平10−248561号公報
【非特許文献1】Kunz Horst,J.Am.Chem.Soc.,110(2),651(1988).
【非特許文献2】Kunz Horst,Tetrahedron,44(17),5487(1988).
【非特許文献3】Kunz Horst,Liebigs Annalen der Chemie,(7),649(1991).
【非特許文献4】Zhou Guobin,Organic Preparations and Procedures International,37(1),65(2005).
【非特許文献5】Garcia Maria J.,Tetrahedron Asymmetry,8(1),85(1997).
【非特許文献6】Hermann Schutt,Biotechnology and Bioengineering,27,420(1985).
【非特許文献7】Mei−Xiang Wang,J.Org.Chem.,67,6542(2002).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、光学活性体の生産方法として有利な立体選択性を有する生体触媒を用いた生物学的生産方法において、水に溶けにくいという性質を有するがために基質濃度が上げられず工業的生産原料として不向きとされてきた芳香族アミノ酸アミドより、高い反応収率と立体選択性で光学活性芳香族アミノ酸および対掌体の関係にあった光学活性芳香族アミノ酸アミドを生産する方法を確立し提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
水に溶けにくい芳香族アミノ酸アミドを高濃度に含む基質溶液を調製し、そこから高い収率と立体選択性で効率よく光学活性アミノ酸や光学活性アミノ酸アミドを生産するためは、基質溶解性が高くかつ使用する生体触媒に対する阻害作用が少ない有機溶媒を見出すとともに、そのような有機溶媒を含んだ反応系においても優れた活性を示す生体触媒を見出して、反応系を確立する必要がある。
【0010】
従来のアミノ酸アミド加水分解酵素は、水単独の系では高活性であっても、アルコールやアセトン等の有機溶媒存在下では容易に失活してしまい利用できないことから、本発明者らは前記要件に適う有機溶媒と、そのような有機溶媒を含ませた反応系においても高い反応収率と立体選択性を示す微生物のスクリーニングを行った。その結果、メタノールやエタノールなどのアルコール類、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフランやジオキサンなどのエーテル類を含ませた反応系でも優れた触媒活性を示すアミノ酸アミド加水分解菌株を発見した。また、このようにして見出した有機溶媒や微生物由来の生体触媒を用い、pH7.5〜10.5の塩基性条件下で反応させることにより、高い収率と立体選択性で光学活性芳香族アミノ酸と残った対掌体であった光学活性芳香族アミノ酸アミドを効率よく生成させ分離取得できることを見出し、本発明に到達した。
【0011】
即ち、本発明は、一般式(1)に示す側鎖Rがフェニル基からなる芳香族アミノ酸アミドから、光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸を効率的に生産するための、以下の1)〜10)に示す製造方法に関する。
1)Mycoplana属若しくはMycobacterium属に属する微生物の菌体またはその処理物を、有機溶媒水溶液中、pH7.5〜10.5の塩基性条件下で生体触媒として作用させることにより、一般式(1)に示す芳香族アミノ酸アミドを立体選択的に加水分解して、一般式(2)に示す光学活性芳香族アミノ酸および対掌体として含まれていた一般式(3)に示す光学活性芳香族アミノ酸アミドを得ることを特徴とする、光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【化2】

(但し、一般式(1)、(2)、(3)中のRはフェニル基であり、フェニル基上の水素原子がハロゲン原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数6以下の酸素含有基または炭素数6以下の窒素含有基に置換していてもよい。)
2)Mycoplanaに属する微生物が、Mycoplana ramosaまたはMycoplana dimorphaである、1)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
3)Mycoplana ramosaが、Mycoplana ramosa ATCC49678である、2)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
4)Mycoplana dimorphaが、Mycoplana dimorpha ATCC4279T、NCIB9439T、4N−27(K−208)またはTK0066である、2)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
5)Mycobacteriumに属する微生物が、Mycobacterium methanolicaまたはMycobacterium smegmatisである、1)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
6)Mycobacterium methanolicaが、Mycobacterium methanolica P−86である、5)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
7)Mycobacterium smegmatisがMycobacterium smegmatis ATCC19420Tである、5)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
8)有機溶媒水溶液中に含まれる有機溶媒がメタノール、エタノール、アセトンから選ばれる一種以上の有機溶媒である、1)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
9)有機溶媒水溶液中に含まれる有機溶媒の量が30〜90体積%である、1)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
10)一般式(1)、(2)、(3)中のRが4−クロロフェニル基である、1)に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明で用いる微生物の菌体またはその処理物は、有機溶媒水溶液中で、一般式(1)で示される高濃度の芳香族アミノ酸アミドのアミド結合を、高い反応率かつ立体特異性で加水分解する生体触媒活性を有するものである。これによって、原料の芳香族アミノ酸アミドから、目的とする光学活性芳香族アミノ酸と対掌体の関係にあり加水分解作用を受けなかった光学活性芳香族アミノ酸アミドを、効率的に製造することが可能になる。本発明の方法を用いることによって、医薬品原料として重要な、例えば、光学活性フェニルグリシン誘導体のような光学活性芳香族アミノ酸を、経済的に製造し供給することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の原料基質となる芳香族アミノ酸アミドは、一般式(1)に示される側鎖Rにフェニル基を有する芳香族アミノ酸アミドである。該フェニル基は、フェニル基の一つ以上の水素原子がハロゲン原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数6以下の酸素含有基または炭素数6以下の窒素含有基等に置換していてもよい。また、反応に使用するアミノ酸アミドは、塩酸、硫酸若しくは硝酸等の鉱酸塩、または水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム若しくは水酸化カリウム等の塩基塩の形態でもよいが、反応後の塩の除去の手間を省略するためからも遊離体の形態であることが好ましい。
【0014】
本発明の、一般式(1)で示されるアミノ酸アミドを立体選択的に加水分解する活性を有する微生物またはその処理物は、アミノ酸アミドのアミド結合を立体選択的に加水分解する活性を有しており、かつ有機溶媒を含む水混合溶媒系でも高い活性を保持するものが相応しい。このような生体触媒活性を有する微生物としては、Mycoplana属またはMycobacterium属に属する微生物、具体的にはMycoplana ramosa、Mycoplana dimorpha、Mycobacterium methanolica、Mycobacterium smegmatisが挙げられる。
【0015】
これに対して、従来のアミノ酸アミド加水分解活性を有する微生物、例えば、Xanthobacter属やProtaminobacter属に属する微生物由来の菌体またはその処理物を生体触媒として用いた場合は、メタノールやエタノールなどのアルコール類、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフランやジオキサンなどのエーテル類が、水混合溶媒中に有機溶媒として5体積%以上含まれると、生体触媒が失活しアミノ酸アミドの加水分解活性が著しく低下する。
【0016】
一方、本発明者らが見出した微生物、即ち、Mycoplana属、Mycobacterium属に属する微生物、特にMycoplana ramosa ATCC49678、Mycoplana dimorpha ATCC4279T、Mycoplana dimorpha NCIB9439T、Mycoplana dimorpha 4N−27(K−208)、Mycoplana dimorpha TK0066、Mycobacterium methanolica P−86、 Mycobacterium smegmatis ATCC19420Tの菌体またはその処理物を生体触媒として用いた場合には、基質となる芳香族アミノ酸アミドの溶解性を高めるため有機溶媒を高濃度に含ませた水混合溶媒を反応系に用いた場合でも、高い生体触媒活性を保持することが可能となる。
なお、上記の微生物から人工的変異手段によって誘導される変異株や細胞融合株、または遺伝子組換え法等の遺伝学的手法により誘導される組換え株等の何れの株であっても上記能力を有するものであれば、本発明に使用できる。
【0017】
これら微生物の培養は通常、資化し得る炭素源、窒素源、各微生物に必須の無機塩、栄養等を含有させた培地を用いて行われる。培養時のpHは4〜10の範囲であり、温度は20〜50℃である。培養は1日〜1週間程度好気的に行われる。このようにして培養した微生物は、菌体または該菌体の処理物、例えば培養液、分離菌体、菌体破砕物、さらには精製した生体触媒として反応に使用される。また、常法に従って菌体またはその処理物を固定化して生体触媒して使用することもできる。
【0018】
原料の一般式(1)で示されるアミノ酸アミドに対する微生物の菌体または菌体処理物の使用量は、乾燥菌体に直して重量比で0.0001〜3倍量の範囲になるように添加することが好ましく、0.001〜1倍量の範囲になるようにすることがより好ましい。重量比が0.0001倍量を下回る場合には反応速度が遅いため、処理に長時間を要することになる。3倍量を超える場合には反応時間は短くなるものの、生体触媒としての利用効率の面から好適とは言えず、しかも反応後の菌体または菌体処理物の分離に労力を要することとなり工業的に不利となる。
【0019】
基質濃度を上げ生産効率を高めるため、有機溶媒を水に添加する。その際に使用される有機溶媒は水との相溶性を有し、かつ一般式(1)で示す芳香族アミノ酸アミドに対して反応性を有さないことが必要である。そのような例としては、メタノールやエタノールなどのアルコール類、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフランやジオキサンなどのエーテル類が挙げられ、そのうちでもメタノール、エタノール、アセトンまたはテトラヒドロフランが好ましい。
【0020】
水に添加する有機溶媒の量は水溶液中の濃度として30〜90体積%の範囲が好ましく、30〜70体積%の範囲がより好ましい。有機溶媒の水溶液中の濃度が30体積%を下回っていても生体触媒反応は進行するが、アミノ酸アミドの溶解度が落ちるために効率的とは言いがたい。例えば、4−クロロフェニルグリシンアミドを基質とした場合、メタノール30体積%水溶液は基質を5重量%溶解することが可能であるが、有機溶媒を含まない水の場合は、基質濃度は1重量%にしか満たない。従って、生体触媒反応を水のみで行った場合、反応を完結することが出来ても酵素反応一回あたりの光学活性4−クロロフェニルグリシ取得量は、メタノール30体積%水溶液を用いた場合の五分の一に過ぎない。一方、有機溶媒濃度が70体積%を超える場合は、過剰量の有機溶媒の存在によって菌体または菌体処理物の生体触媒活性が損なわれ、反応速度が著しく低下することになる。
【0021】
反応温度は10〜60℃の範囲が好ましい。有機溶剤の含有量が少ない場合には高温域である40〜60℃の範囲が好ましく、例えば、メタノール30体積%の水溶液中では、50℃において好適に反応が進行する。一方、有機溶剤の含有量が多い場合には低温域である10〜40℃の範囲が好ましく、例えば、メタノール70体積%の水溶液中では、30℃において好適に反応が進行する。反応温度が10℃を下回る場合は反応速度が遅いため処理時間が長くなり不利となる。一方、反応温度が60℃を超える場合は、菌体または菌体処理物の生体触媒活性が失活により低下し、アミノ酸アミドの非酵素的分解も随伴するようになるので光学純度が低下し不利となる。また、工程間で反応液の昇温、冷却に多くのエネルギーを必要とするようになり不利となる。
【0022】
有機溶媒を含む反応混合液のpHはガラス電極式pH計による測定値として塩基性であるpH7.5〜10.5の範囲、好ましくはpH8〜10の範囲、より好ましくはpH9〜10範囲が望ましい。なお、反応基質として遊離体の芳香属アミノ酸アミドを使用した場合には、溶液pHが9〜10となるため、酸や塩基の添加によるpH調整が必要なくかつ反応後の塩の除去も必要なくなるので都合がよい。pH7.5を下回る場合は、菌体または菌体処理物の触媒活性が低下し反応が殆ど進行しなくなる。一方、pH10.5を上回る場合は、塩基による非酵素的な加水分解反応が無視できなくなり、見掛け上の反応率は高くなるものの光学純度が低下してしまうため不都合である。
【0023】
次いで、反応終了液から、例えば、遠心分離機または限外濾過膜等を用いた通常の固液分離手段により微生物菌体やその処理物を除く。また、塩が存在する場合には電気透析やイオン交換樹脂を用いることにより脱塩を行うとよい。このようにして得られた溶液を濃縮した後、濃縮液に光学活性芳香族アミノ酸に対する貧溶媒を添加して、光学活性芳香族アミノ酸を優先的に析出させる。このとき用いる有機溶媒はアミノ酸が不溶でアミノ酸アミドが可溶のものであれば特に制限はないが、例えば、アルコール類が挙げられ、その例として2−メチル−1−プロパノール、iso−プロパノール、n−プロパノール、iso−ヘプタノールまたは2−エチル−1−ヘキサノールなどが挙げられる。また、アルコール以外の有機溶媒としては、1,4−ジオキサン、アセトニトリル、アセトンまたはテトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0024】
結晶として析出した一般式(2)で示される光学活性芳香族アミノ酸を遠心または濾過などの公知の方法により分離することによって、溶液中に溶解している一般式(3)で示される光学活性芳香族アミノ酸アミドと分けることができる。一方、結晶として析出した光学活性芳香族アミノ酸を除いた母液から、光学活性芳香族アミノ酸アミドを得ることができる。即ち、得られた母液をそのまままたは濃縮した後に塩酸、硫酸、硝酸などの鉱酸を添加することにより光学活性アミノ酸アミドの酸塩を析出させ、遠心または濾過などの公知の分離法により回収する。次いで、得られた光学活性アミノ酸アミドの酸塩に水を加え還流下に加水分解した後、必要に応じて再結晶、電気透析、イオン交換樹脂処理などの脱塩処理を行うことにより、一般式(2)で示される光学活性芳香族アミノ酸に対して鏡像関係にある光学活性芳香族アミノ酸を得ることができる。
本発明の方法によって、例えば、Rが4−ハロゲン置換フェニル基であり難水溶性である4−クロロフェニルグリシンアミドから、同じく難水溶性のL−4−クロロフェニルグリシンおよびD−4−クロロフェニルグリシンを製造することができる。
【実施例】
【0025】
実施例および比較例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例にのみ限定されるものではない。
なお、基質の芳香族アミノ酸アミド、反応生成物である光学活性芳香族アミノ酸、光学活性芳香族アミノ酸アミドの量または光学純度は以下のHPLC条件で測定した。
(1)反応率の測定
カラム:Lichrosorb R4−18(4.6φ×250mm)
カラム温度:40℃, 検出:220nm吸収
溶離液:過塩素酸50mM水溶液, 流速:1.0mL/min
(2)光学純度の測定
カラム:Sumichiral OA−5000(150mm)
カラム温度:30℃, 検出:254nm吸収
溶離液:2mM硫酸銅水溶液/iso−プロパノール(95/5), 流速:1.0mL/min
【0026】
実施例1
(1)Mycoplana ramosa ATCC49678の培養
水に溶けにくい芳香族アミノ酸アミドを有機溶剤存在下でも効率良く立体選択的に加水分解することが判明したMycoplana ramosa ATCC49678を表1に示す培地に接種し、30℃で3日間振盪培養した。得られた培養液を遠心離し濃縮菌体液26gを得た(表1)。
表1.培地組成(下記組成液を20%水酸化ナトリウム水溶液でpH7.0に調整して使用した)
グルコース 10g
ポリペプトン 5g
酵母エキス 5g
KHPO 1g
MgSO・7HO 0.04g
MnCl・4HO 1mg
FeSO・7HO 1mg
O 1000mL
(2)芳香族アミノ酸アミドの加水分解
試験管でラセミ体の4−クロロフェニルグリシンアミド0.02gを各種組成の有機溶媒水溶液に溶解して基質溶液1gを調製した。各々の基質溶液に、(1)で取得したMycoplana ramosa ATCC49678の濃縮菌体液を0.005gずつ添加し、振盪下30℃で24時間反応させた。反応液をHPLCで測定したところ、何れもL−4−クロロフェニルグリシンアミドに対し、高い収率で加水分解が進行した。また、加水分解により生成した4−クロロフェニルグリシンは何れの試験区でもL体であり、99%ee以上の光学純度を示した(表2)。
【表2】

【0027】
実施例2
(1)その他菌株の培養
実施例1のMycoplana ramosa ATCC49678と同様に、スクリーニングによって選抜したMycoplana dimorpha ATCC4279T、Mycoplana dimorpha NCIB9439T、Mycoplana dimorpha 4N−27(K−208)、TK0066、Mycobacterium methanolica P−86、Mycobacterium smegmatis ATCC19420Tの各菌株を、表1に示した培地に接種し振盪下30℃で3日間培養した。得られた培養液を遠心分離し濃縮菌体液を取得した(表3)。
【表3】

(2)芳香族アミノ酸アミドの加水分解
試験管でラセミ体の4−クロロフェニルグリシンアミド0.02gを下表4に示す組成の有機溶媒水溶液に溶解して基質溶液1gを調製した。各々の基質溶液に、上記(1)で取得した各濃縮菌体液を0.005gずつ添加し、振盪下30℃で24時間反応させた。反応液をHPLCで測定したところ、何れもL−4−クロロフェニルグリシンアミドに対し高い収率で加水分解が進行した。また、何れも加水分解により生成した4−クロロフェニルグリシンはL体であり、99%ee以上の光学純度を示した(表4)。
【表4】

【0028】
比較例1
(1)Xanthobacter Flavus NCIB10071Tの培養
アミノ酸アミド加水分解活性を有する微生物Xanthobacter Flavus NCIB10071Tを表1に示す培地に接種し、30℃で48時間振盪培養した。得られた培養液を遠心離し濃縮菌体液10gを得た(表5)。
表5.培地組成(下記組成液を20%水酸化ナトリウム水溶液でpH7.0に調整して使用した)
グルコース 10g
ポリペプトン 5g
酵母エキス 5g
KH2PO4 1g
MgSO4・7H2O 0.4g
FeSO4・7H2O 0.01g
MnCl2・4H2O 0.01g
水 1L
(2)芳香族アミノ酸アミドの加水分解
試験管でラセミ体の4−クロロフェニルグリシンアミド0.02gを実施例1に示す表2と同様の各種組成の有機溶媒水溶液に溶解して基質溶液1gを調製した。各々の基質溶液に、(1)で取得したXanthobacter Flavus NCIB10071Tの濃縮菌体液を0.05gずつ添加し振盪下30℃で24時間反応させた。反応液をHPLCで測定したところ、何れも4−クロロフェニルグリシンアミドの加水分解は進行しなかった。
【0029】
実施例3
50mLナスフラスコへ、ラセミ体の4−クロロフェニルグリシンアミド0.2gを仕込み、あらかじめメタノール30mLと水70mLを混合しておいた溶媒を分注し20gの混合溶解液を調製した。さらに、HORIBA pHメータF−8Eにて混合溶解液のpHを測定しながら20%水酸化ナトリウム水溶液を添加してpHを8〜10に調整した基質溶液を用意した。これらの基質溶液に、参考例1で取得したMycoplana ramosa ATCC49678の濃縮菌体液を0.05g添加し、30℃にて24時間振盪下で反応させた。反応液をHPLCで分析し反応の進行度および立体選択性を測定したところ、何れもL−4−クロロフェニルグリシンアミドに対し高い収率で加水分解が進行した。また、何れも加水分解により生成した4−クロロフェニルグリシンはL体であり、99%ee以上の光学純度を示した(表6)。
【表6】

【0030】
比較例2
50mLナスフラスコへラセミ体の4−クロロフェニルグリシンアミド0.2gを仕込み、あらかじめメタノール30mLと水70mLを混合しておいた溶媒を分注し、20gの混合溶解液を調製した。さらに、HORIBA pHメータF−8Eにて混合溶解液のpHを測定しながら、濃塩酸または20%水酸化ナトリウム水溶液を添加して、pHを3、7、11に調整した基質溶液を用意した。これらの基質溶液に実施例1で取得したMycoplana ramosa ATCC49678の濃縮菌体液を0.05g添加し、30℃にて24時間振盪下反応させた。反応液をHPLCで分析し反応の進行度および立体選択性を測定したところ、pH3,7の酸性条件下では4−クロロフェニルグリシンアミドの加水分解は殆ど進行しなかった。一方、pH11の強塩基性条件下では4−クロロフェニルグリシンアミドの加水分解は見掛け上良好に進行したが、生成物はラセミ体の4−クロロフェニルグリシンであり、強塩基性条件における非酵素的な加水分解反応が起こり、立体選択性が失われていた(表7)。
【表7】

(a)はL−4−クロロフェニルグリシンアミド基準の反応率を示す。
(b)はD−4−クロロフェニルグリシンアミド基準の反応率を示す。
【0031】
実施例4
ラセミ体の4−クロロフェニルグリシンアミド1gを、メタノール30体積%含有水溶液に溶解し50gの基質溶液を得た。この基質溶液に、実施例1と同様にして得られたMycoplana ramosa ATCC49678の菌体濃縮液0.25gを添加し、攪拌下30℃で24時間反応させた。反応液をHPLCで分析したところ、原料中のL−4−クロロフェニルグリシンアミドの全量が加水分解しL−4−クロロフェニルグリシンになっていた。反応液から限外濾過によって菌体成分を除いた後、得られた限外濾過液をエバポレータで濃縮し、さらに40℃で真空乾燥して白色乾固物を取得した。この白色乾固物にイソプロパノール10mL加え30分間攪拌して懸濁させた後、吸引濾過によって濾過ケーキを回収した。濾過ケーキはアセトン10mLにてリンスを行った後、40℃にて真空乾燥を行った。その結果、白色粉末としてL−4−クロロフェニルグリシン0.48gを取得した。原料のL−4−クロロフェニルグリシンアミド基準で96%の収率であった。また、取得したL−4−クロロフェニルグリシンの光学純度は99%eeであった。なお、結晶取得時に使用する添加溶媒をイソプロパノールからアセトニトリル、1,4−ジオキサン、n−プロパノールまたはテトラヒドロフランに換えてL−4−クロロフェニルグリシンの収率および光学的純度に対する影響を確認した。
1,4―ジオキサンにおいて回収率98%と若干高かった以外は光学純度を含めて何れの添加溶媒でも変わりがなかった。
【0032】
実施例5
実施例4の吸引濾過時に回収されたイソプロパノール濾液に、36%濃塩酸0.28gを添加し、D−4−クロロフェニルグリシンアミドを塩酸塩として析出させた。析出した塩酸塩を吸引濾過にて回収し、10mLのアセトンで洗浄後、40℃にて真空乾燥した。取得したD−4−クロロフェニルグリシンアミド塩酸塩は0.51gであり、ラセミ体中のD−4−クロロフェニルグリシンアミド基準で86%の回収率であった。さらに、D−4−クロロフェニルグリシンアミド塩酸塩に36%濃塩酸10gを加え、還流下、反応を1時間行った。この操作によりD−4−クロロフェニルグリシンアミドは全量、加水分解され、D−4−クロロフェニルグリシンと塩化アンモニウムを含む溶液が得られた。反応液をエバポレートで濃縮し、さらに40℃で真空乾燥を行いD−4−クロロフェニルグリシンを含む白色粉末を取得した。取得した白色粉末にエタノール90gを添加し懸濁させ、室温にて30分撹拌した後、懸濁液を吸引濾過しD−4−クロロフェニルグリシンを回収した。回収したD−4−クロロフェニルグリシンを40℃で真空乾燥し、白色粉末として0.34gのD−4−クロロフェニルグリシンを取得した。ラセミ体中のD−4−クロロフェニルグリシンアミド基準で回収率は68%であった。また、取得したD−4−クロロフェニルグリシンの光学純度は99%eeであった。
【0033】
実施例6
メタノール水溶液を溶媒として、実施例1と同様に基質溶液1gを調製し、各々の基質溶液にMycoplana ramosa ATCC49678の菌体濃縮液を0.005gずつ添加し、振盪下40、50、60℃で24時間反応させた。反応液をHPLCで測定したところ、何れもL−4−クロロフェニルグリシンアミドに対し高い収率で加水分解が進行した。各々の反応温度およびメタノール・水混合液中での酵素反応結果を表5に示す。また、何れも加水分解により生成した4−クロロフェニルグリシンはL体であり、99%ee以上の光学純度を示した(表8)。
【表8】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mycoplana属若しくはMycobacterium属に属する微生物の菌体またはその処理物を、有機溶媒水溶液中、pH7.5〜10.5の塩基性条件下で生体触媒として作用させることにより、一般式(1)に示す芳香族アミノ酸アミドを立体選択的に加水分解して、一般式(2)に示す光学活性芳香族アミノ酸および対掌体として含まれていた一般式(3)に示す光学活性芳香族アミノ酸アミドを得ることを特徴とする、光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【化1】

(但し、一般式(1)、(2)、(3)中のRはフェニル基であり、フェニル基上の水素原子がハロゲン原子、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数6以下の酸素含有基または炭素数6以下の窒素含有基に置換していてもよい。)
【請求項2】
Mycoplanaに属する微生物が、Mycoplana ramosaまたはMycoplana dimorphaである、請求項1に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項3】
Mycoplana ramosaが、Mycoplana ramosa ATCC49678である、請求項2に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項4】
Mycoplana dimorphaが、Mycoplana dimorpha ATCC4279T、NCIB9439T、4N−27(K−208)またはTK0066である、請求項2に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項5】
Mycobacteriumに属する微生物が、Mycobacterium methanolicaまたはMycobacterium smegmatisである、請求項1に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項6】
Mycobacterium methanolicaが、Mycobacterium methanolica P−86である、請求項5に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項7】
Mycobacterium smegmatisがMycobacterium smegmatis ATCC19420Tである、請求項5に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項8】
有機溶媒水溶液中に含まれる有機溶媒がメタノール、エタノール、アセトンから選ばれる一種以上の有機溶媒である、請求項1に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項9】
有機溶媒水溶液中に含まれる有機溶媒の量が30〜90体積%である、請求項1に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。
【請求項10】
一般式(1)、(2)、(3)中のRが4−クロロフェニル基である、請求項1に記載の光学活性芳香族アミノ酸および光学活性芳香族アミノ酸アミドの製造方法。

【公開番号】特開2009−278914(P2009−278914A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−134303(P2008−134303)
【出願日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】