説明

光学素子および光ヘッド装置

【課題】偏光依存性の小さい光学素子およびこれを用いた光ヘッド装置を提供する。
【解決手段】液晶レンズ素子21は、第1の透明基板22と第2の透明基板23の間に設けられた液晶層29と、これらの透明基板と液晶層29の間にそれぞれ設けられた第1の電極層24および第2の電極層26を有する。液晶層29は、1軸性液晶と2軸性液晶を含む液晶組成物からなっていて、この液晶組成物は、数式0.8≦(|nx1−ny1)/(|ny2−nz2)≦1.2を満足する。(式中で、aは、複屈折性物質中における一方の液晶の含有率(モル%)を、bは、複屈折性物質中における他方の液晶の含有率(モル%)をそれぞれ示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子および光ヘッド装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、対向する一対の透明な基板に液晶層が挟持された液晶セルを有する液晶レンズ素子が知られている。液晶レンズ素子は、液晶層に印加する電圧に応じて、液晶層を透過する光の焦点距離を変えることのできる光学素子である。
【0003】
例えば、誘電異方性が正であって、電圧無印加時に液晶分子が基板に対し平行に配向している液晶層を用いて、液晶レンズ素子を構成する。そして、この液晶レンズ素子に閾値以上の電圧を印加すると、液晶分子は電界に沿って配向するようになる。このとき、印加する電圧の大きさを制御すれば、液晶分子の配向方向は、基板に平行な方向から基板に垂直な方向まで連続的に変化する。したがって、液晶セルの見かけの屈折率は、液晶分子の配向方向に偏光した入射光に対して、異常光に対する値から常光に対する値まで連続的に変化するようになる。このように、印加電圧により液晶分子の配向方向を制御して、液晶セルの見かけの屈折率を変えることによって、レンズの焦点距離を、異常光に対する値から常光に対する値まで、連続的に変化させることが可能となる。
【0004】
しかし、上記のような液晶レンズ素子では、入射光の偏光方向を液晶分子の配向方向と一致させるために、液晶セルの入射光側に偏光板を設けることが必要となる。このため、入射光の一部が偏光板で吸収されて、透過損失が大きくなるという問題があった。
【0005】
これに対して、特性が同じである2つの液晶レンズ素子を、電圧が印加されていないときの各々の液晶分子の配向方向が互いに直交するようにして重ね合わせたものが開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この液晶レンズ素子によれば、偏光板を不要とすることができる。これは、次の理由によるものである。
【0006】
例えば、第1の液晶レンズ素子と第2の液晶レンズ素子とで構成される液晶レンズ素子について考える。各々の液晶レンズ素子には、同一の特性を有する液晶が用いられており、また、各液晶分子の配向方向は、互いに直交するようにして重ね合わせられているとする。
【0007】
液晶レンズ素子に入射する光は、互いに直交する2つの偏光成分、すなわち、第1の液晶レンズ素子における液晶分子の配向方向に平行な偏光成分と、これに直交する偏光成分とに分解される。
【0008】
第1の液晶レンズ素子に、その液晶分子の配向方向に平行な偏光が入射した場合、この偏光は第1の液晶レンズ素子に対して異常光となる。そして、第1の液晶レンズ素子に電圧を印加すると、液晶分子は電界に沿って配向するようになるので、第1の液晶レンズ素子の見かけの屈折率は、電圧の大きさに応じて、異常光に対する値から常光に対する値まで連続的に変化する。
【0009】
一方、第1の液晶レンズ素子に対しての異常光は、第2の液晶レンズ素子では常光となる。したがって、第2の液晶レンズ素子の見かけの屈折率は変化しない。
【0010】
次に、第1の液晶レンズ素子に、第2の液晶レンズ素子の液晶分子の配向方向に平行な偏光が入射した場合について考える。この偏光は、第1の液晶レンズ素子に対して常光となる。したがって、第1の液晶レンズ素子の見かけの屈折率は変化しない。一方、第2の液晶レンズ素子に対しては異常光となるので、上述した第1の液晶レンズ素子に異常光が入射した場合と同様に、第2の液晶レンズ素子の見かけの屈折率は連続的に変化する。
【0011】
第1の液晶レンズ素子と第2の液晶レンズ素子に同じ電圧を印加すれば、これらは、互いに等しい焦点距離可変の効果を生じる。したがって、これらを組み合わせた液晶レンズ素子は、あらゆる方向の光に対して、焦点距離を変えることのできる素子として機能するようになる。つまり、第1の液晶レンズ素子と第2の液晶レンズ素子を、電圧無印加時における液晶分子の配向方向が互いに直交するよう重ね合わせて配置することにより、偏光板を必要とせずに焦点距離を変えることのできる液晶レンズ素子とすることができる。
【0012】
ところで、上記の液晶レンズ素子の他に、光多重通信の分野においても、液晶を用いた光学素子が知られている。
【0013】
光多重通信は、送信された多数の波長の光信号の中から、所望の波長の光信号を選択して受信するものである。このため、光多重通信では、所望の波長の光のみを選び出す波長選択フィルタが用いられる。その1つとして、従来より液晶エタロンが知られている(例えば、特許文献2参照。)。
【0014】
液晶エタロンは、例えば、反射膜、透明電極および配向膜が設けられた一対の透明基板によって液晶が挟持された構造を有する。透明電極間に電圧を印加すると、電圧の大きさに応じて液晶の屈折率が変化する。すると、これに伴って光路長が変化するので、一対の反射膜によって構成される光共振器の共振波長が変化する。すなわち、液晶エタロンでは、印加電圧の大きさによって共振波長を変えることができるので、電圧に応じた波長の光信号を選択することが可能となる。
【0015】
【特許文献1】国際公開2005−076265号明細書
【特許文献2】特開2004−191729号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、従来の液晶レンズ素子の場合、上記のように2つの液晶レンズ素子を重ね合わせる構成では、液晶レンズ素子全体の厚みが増して重くなる上に、コストがかかるという問題があった。
【0017】
また、液晶エタロンの場合、入射光の偏光状態によって共振波長が異なる値をとる。具体的には、液晶エタロンにS偏光が入射すると、共振波長は印加電圧により変化するが、P偏光が入射した場合には、印加電圧を変えても共振波長は変化しない。したがって、従来の液晶エタロンでは、液晶分子の配向方向に平行な偏光に対しては共振波長を変えることができるものの、配向方向に垂直な偏光に対しては共振波長を変えることができない。
このため、偏光依存損失(Polarization Dependence Loss)が大きくなるという問題があった。
【0018】
本発明はこうした問題点に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明は、偏光依存性の小さい光学素子を提供することを目的とする。より詳しくは、従来より簡単な構成で焦点距離を変えることのできる液晶レンズ素子と、これを用いた光ヘッド装置とを提供することを目的とする。また、従来より偏光依存損失を小さくすることのできる波長選択フィルタを提供することを目的とする。
【0019】
本発明の他の目的および利点は、以下の記載から明らかとなるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の第1の態様は、一対の透明基板に挟持された複屈折性物質と、該複屈折性物質に電圧を印加する電極とを備えた光学素子であって、
前記複屈折性物質は、前記電圧の大きさに応じて入射光に対する屈折率が変化するとともに、電圧無印加時および電圧印加時のいずれかにおいて、前記一対の透明基板の面内で屈折率が最大となる方向が同じとなる複数の物質を含み、
前記複数の物質には、前記複屈折性物質に入射した互いに直交する2つの直線偏光の一方に対してのみ屈折率を変化させるものと、前記直線偏光の他方に対してのみ屈折率を変化させるものとがあり、
前記複屈折性物質では、前記一方の直線偏光に対する屈折率の変化量と、前記他方の直線偏光に対する屈折率の変化量とが略等しいことを特徴とするものである。
【0021】
前記複数の物質には、2種類の液晶が含まれており、
これらの液晶が水平配向をした際に前記屈折率が最大となる方向をx軸、前記一対の透明基板の面内で前記x軸に直交する方向をy軸、前記x軸と前記y軸に直交する方向をz軸とすると、前記液晶の一方にはnx1>ny1=nz1の関係が成立し、他方にはny2>nz2の関係が成立し、さらに、前記複屈折性物質は下記の数式を満足することが好ましい。


(式中で、aは、複屈折性物質中における一方の液晶の含有率(モル%)を、bは、複屈折性物質中における他方の液晶の含有率(モル%)をそれぞれ示す。)
【0022】
前記他方の液晶は、nx2>ny2>nz2の関係が成立するバナナ型液晶とすることができる。
【0023】
前記バナナ型液晶において、分子の略中央部に位置した分子単位に結合する側鎖間でのなす角度は、60度以上で160度以内であることが好ましい。
【0024】
前記他方の液晶は、nx2=ny2>nz2の関係が成立するディスコティック液晶とすることができる。
【0025】
前記光学素子は、液晶レンズ素子とすることができる。
【0026】
前記光学素子は、波長選択フィルタとすることができる。
【0027】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様による液晶レンズ素子を有することを特徴とする光ヘッド装置に関する。
【発明の効果】
【0028】
本発明の第1の態様によれば、複数の物質には、複屈折性物質に入射した互いに直交する2つの直線偏光の一方に対してのみ屈折率を変化させるものと、他方に対してのみ屈折率を変化させるものとがあり、複屈折性物質では、一方の直線偏光に対する屈折率の変化量と、他方の直線偏光に対する屈折率の変化量とが略等しいので、偏光依存性の小さい光学素子とすることができる。
【0029】
本発明の第2の態様によれば、従来より簡単な構成で焦点距離を変えることのできる液晶レンズ素子を使用するので、薄型化および軽量化された光ヘッド装置を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明では、説明の都合上、「1軸性液晶」とは、前記の一方の液晶であるn>n=nの関係を有する1軸性液晶を意味することとし、n=n>nの関係を有する1軸性のディスコティック液晶はこれに含まれないこととする。尚、x、y、z方向の定義は前記した通りである。
【0031】
本実施の形態では、1軸性液晶と2軸性液晶を混合して得られる液晶組成物を光学素子に適用する。ここで、1軸性液晶と2軸性液晶は、液晶組成物に入射した互いに直交する2つの直線偏光に対し、電圧の印加状態を変えることにより、反対の位相変化を示すものとする。すなわち、電圧の印加状態を変えることにより、1軸性液晶は、一方の直線偏光に対してφの位相変化を生じ、他方の直線偏光に対してはφの位相変化を生じる(φ≠φで、一方は0であってもよい。)。また、2軸性液晶は、1軸性液晶とは反対の挙動を示し、1軸性液晶がφの位相変化を生じる直線偏光に対してはφの位相変化を生じ、1軸性液晶がφの位相変化を生じる直線偏光に対してφの位相変化を生じる(φ≠φで、一方は0であってもよい。)。例えば、S偏光に対して、1軸性液晶ではφの位相が進むが、2軸性液晶ではφ位相が進む。一方、P偏光に対して、1軸性液晶ではφの位相が進むが、2軸性液晶ではφの位相が進む。このような1軸性液晶と2軸性液晶を、互いの位相変化量が等しくなる(φ+φ≒φ+φとなるように)ような組成比で混合することにより、液晶組成物に入射するあらゆる偏光に対して依存性を有しない、偏光無依存の光学素子を実現することができる。本実施の形態においては、2軸性液晶としてバナナ型液晶を用いることができる。但し、本発明における液晶組成物は、必ずしも1軸性液晶と2軸性液晶の混合物である必要はない。例えば、2軸性液晶に替えて1軸性のディスコティック液晶を混合して得られる液晶組成物を光学素子に適用することもできる。また、本発明における光学素子としては、液晶レンズ素子または液晶エタロンなどの波長選択フィルタなどが挙げられるが、偏光無依存性が必要とされる用途に用いられるものであれば、これらに限られるものではない。
【0032】
液晶組成物にした場合に、組成物としてそろった挙動をするので、1軸性液晶における最大屈折率をもつ光軸と、2軸性液晶における最大屈折率をもつ光軸とは、互いに一致する。一般に、最大屈折率をもつ光軸は、分子の長軸に一致するので、1軸性液晶の分子の長軸と、2軸性液晶の分子の長軸とが、互いに一致していると言い換えることもできる。
以下では、最大屈折率をもつ光軸を液晶分子の長軸として説明する。
【0033】
本発明において、1軸性液晶と2軸性液晶を混合して得られる液晶組成物は、数式(I)を満足することが好ましい。さらに、光学素子の偏光依存性を小さくする点から、数式(II)が成立することが好ましく、数式(III)が成立することがより好ましい。但し、同一面内で直交する2つの軸をx軸およびy軸とし、これらの軸に直交する軸をz軸としたとき、1軸性液晶および2軸性液晶の分子の長軸は、x軸に一致しているものとする。また、1軸性液晶について、x軸、y軸およびz軸の各方向における屈折率をnx1,ny1,nz1とし、2軸性液晶については、それぞれ、nx2,ny2,nz2とする。さらに、液晶組成物中における1軸性液晶の含有率(モル%)をaとし、液晶組成物中における2軸性液晶の含有率(モル%)をbとする。
【0034】
尚、正の誘電異方性の液晶組成物の場合には、電圧無印加時に基板面に平行に液晶分子が配向するので、その長軸方向をx軸とし、同じ基板面内でx軸に直交する方向をy軸とし、x軸、y軸に直交することになる基板面に垂直な方向をz軸とする。以下の説明では、z軸に平行な方向に電場が印加されるとし、正の誘電異方性の液晶組成物を例に説明する。なお、負の誘電異方性の液晶組成物などで電圧無印加時に基板面に垂直な方向に液晶分子が配向する場合には、電圧印加時に基板面に平行に液晶分子が配向するので、その長軸方向をx軸とし、同じ基板面内でx軸に直交する方向をy軸とし、x軸、y軸に直交することになる基板面に垂直な方向をz軸とする。
【0035】

【0036】

【0037】

【0038】
本実施の形態において、1軸性液晶の長軸の方向は、配向処理の方向に一致する。同様に、2軸性液晶の長軸の方向も、配向処理の方向に一致する。したがって、1軸性液晶と2軸性液晶を混合して得られた液晶組成物において、それぞれの液晶の長軸の方向は、配向処理の方向に一致する。それ故、1軸性液晶の屈折率nx1,ny1,nz1は、組成物中でも変わらず、2軸性液晶の屈折率nx2,ny2,nz2も、組成物中で変わらない。
【0039】
上述したように、最大屈折率をもつ光軸は、長軸、すなわち、x軸の方向である。したがって、1軸性液晶では、x軸方向の屈折率(nx1)が最大値となり、数式(IV)の関係が成立する。
x1>ny1=nz1 (IV)
【0040】
2軸性液晶において、nx2,ny2,nz2は、互いに異なる値をもつ。ここで、最大屈折率をもつ光軸は、長軸、すなわち、x軸の方向であるので、nx2が最大値となる。本実施の形態においては、一般に数多く存在するネマティック相を発現する液晶を用いる点から、
x2>ny2>nz2 (V)
の関係が成立することが好ましい。
【0041】
以上のことを、図1(a)および(b)を用いて、より詳しく説明する。
【0042】
図1(a)は、電圧印加の有無によって、1軸性液晶の分子の配向方向が変化する様子を模式的に示したものである。この図の例では、電圧無印加時における液晶分子1は、基板2に対して平行に配向している。このとき、液晶分子1の長軸は、x軸に一致している。電圧を印加すると、液晶分子1は、基板2に対して垂直に配向するようになる。
【0043】
図1(b)は、電圧印加の有無によって、2軸性液晶の分子の配向方向が変化する様子を模式的に示したものである。電圧無印加時には、基板4と平行に液晶分子3が配向し、電圧を印加すると、基板4に対して垂直に液晶分子3が配向するようになるのは、1軸性液晶の場合と同様である。また、2軸性液晶の分子の長軸は、1軸性液晶の分子の長軸に一致する。したがって、この図の例では、x軸に一致している。
【0044】
図1(a)に示す1軸性液晶では、電圧印加の有無により、x軸方向に偏光した光の位相が変化する一方で、y軸方向に振動する光の位相は変化しない。すなわち、x軸方向に偏光した光が入射すると、電圧無印加時にnx1(n)であった屈折率は、電圧印加時には、ny1=nz1(n)となる。一方、y軸方向に偏光した光が入射すると、電圧無印加時にny1(n)であった屈折率は、電圧印加時にもny1=nz1(n)であり、電圧印加の有無によって変化しない。
【0045】
これに対して、図1(b)に示す2軸性液晶では、電圧印加の有無により、x軸方向に偏光した光の位相は変化しないが、y軸方向に偏光した光の位相が変化する。すなわち、x軸方向に偏光した光が入射すると、電圧無印加時にnx2であった屈折率は、電圧印加時にもnx2であり、電圧印加の有無によって変化しない。一方、y軸方向に偏光した光が入射すると、電圧無印加時にny2であった屈折率は、電圧印加時にはnz2に変化する。
【0046】
このように、1軸性液晶と2軸性液晶は、x軸方向に偏光した光と、y軸方向に偏光した光に対して、光学的に反対の挙動を示す。すなわち、1軸性液晶では、x軸方向に偏光した光に対してのみ位相変化を生じる。これに対して、2軸性液晶では、y軸方向に偏光した光に対してのみ位相変化を生じる。
【0047】
次に、上記の1軸性液晶と2軸性液晶を同量(a:b=1:1)混同して得た液晶組成物について考える。
【0048】
x軸方向に偏光した光が入射すると、電圧無印加時に(nx1+nx2)/2であった屈折率は、電圧印加時には(ny1+nx2)/2となる。したがって、
x1=1.55,ny1=1.47,nz1=1.47
x2=1.71,ny2=1.61,nz2=1.53
とすると、電圧印加の有無による屈折率の変化量は、
(nx1+nx2−ny1−nx2)/2=(nx1−ny1)/2=0.04
である。
【0049】
一方、y軸方向に偏光した光が入射すると、電圧無印加時に(ny1+ny2)/2であった屈折率は、電圧印加時には(ny1+nz2)/2となる。したがって、電圧印加の有無による屈折率の変化量は、
(ny1+ny2−ny1−nz2)/2=(ny2−nz2)/2=0.04
である。
【0050】
このように、液晶組成物中において、電圧印加の有無によるx軸方向とy軸方向の屈折率の変化量は同じ値となる。つまり、1軸性液晶と2軸性液晶は、x軸方向に偏光した光とy軸方向に偏光した光に対して光学的に反対の挙動を示すが、屈折率の変化量は等しい値となる。このことは、屈折率の変化(位相の変化)が、偏光方向によらず同じとなることを示している。したがって、この液晶組成物を用いれば、偏光無依存の光学素子を得ることが可能となる。
【0051】
上記の例では、電圧印加の有無による屈折率の変化量が、x軸方向とy軸方向で同じ値となった。したがって、この場合には、偏光無依存の光学素子を実現することができる。
しかし、屈折率の変化量が完全に一致していなくても、略一致していれば、偏光依存性の小さい(実質的には偏光無依存の)光学素子を得ることが可能である。具体的には、(|nx1−ny1|a)/(|ny2−nz2|b)の値を数式(I)〜(III)に示した範囲とすることにより、偏光無依存または偏光依存性の小さい光学素子を得ることができる。
【0052】
本発明における液晶組成物からなる液晶層に電圧を印加すると、液晶分子は電界に沿って配向するようになる。このとき、印加する電圧の大きさを制御すれば、液晶分子の配向方向を連続的に変化させることができる。
【0053】
まず、液晶層に対して、1軸性液晶の分子の配向方向に平行な偏光が入射した場合について考える。このとき、屈折率は、電圧によって、異常光に対する値(n)から常光に対する値(n)まで連続的に変化する。一方、1軸性液晶の分子の配向方向に垂直な偏光が入射した場合、屈折率は、電圧によらずnで一定となる。尚、ここで、1軸性液晶における屈折率nx1およびny1は、それぞれnおよびnに対応するものとする。
【0054】
次に、液晶層に対して、2軸性液晶の分子の配向方向に平行な偏光が入射した場合について考える。このとき、屈折率は、電圧によらずnで一定である。一方、2軸性液晶の分子の配向方向に垂直な偏光が入射した場合、屈折率は、電圧によって、異常光に対する値(nes)から常光に対する値(n)まで連続的に変化する。尚、ここで、2軸性液晶における屈折率nx2、ny2およびnz2は、それぞれn、nesおよびnに対応するものとする。
【0055】
このように、数式(I)の関係が成立する液晶組成物では、所定の偏光が入射した場合における1軸性液晶の屈折率変化と2軸性液晶の屈折率変化とは、互いに反対の挙動を示し、一方の直線偏光の位相の変化量は他方の直線偏光の位相の変化量に略等しくなる。したがって、この液晶組成物を用いれば、入射光の偏光方向に対して依存性の小さい光学素子を得ることができる。このことを、図2(a)〜(c)を用いてさらに詳しく説明する。
【0056】
図2(a)は、本発明において、電圧印加の有無による1軸性液晶の分子の配向変化を模式的に示した図である。符号5は、電圧が印加されていない状態の液晶分子を示しており、符号6は、電圧が印加された状態の液晶分子を示している。この場合、液晶の屈折率は、電圧を印加することによりnからnまで変化する。
【0057】
図2(b)は、本発明において、電圧印加の有無による2軸性液晶の分子の配向変化を模式的に示した図である。符号7は、電圧が印加されていない状態の液晶分子を示しており、符号8は、電圧が印加された状態の液晶分子を示している。また、点線は、分子の回転軸を表している。この場合、液晶の屈折率は、電圧を印加することによりnからnまで変化する。
【0058】
電圧印加の有無により、1軸性液晶の分子と2軸性液晶の分子とが、それぞれ図2(a)および(b)に示すような動きをすると、入射光に対する屈折率変化の様子は、1軸性液晶と2軸性液晶とで反対となる。したがって、液晶層を透過する光の屈折率変化を入射光の偏光方向に無関係とすることができる。
【0059】
これに対して、2軸性液晶の屈折率が、電圧印加の有無によりnとnの間で変化する場合について考える。
【0060】
図2(c)は、本発明の比較例であって、電圧印加の有無による2軸性液晶の分子の配向変化を模式的に示す図である。符号9は、電圧が印加されていない状態の液晶分子を示しており、符号10は、電圧が印加された状態の液晶分子を示している。この場合、液晶の屈折率は、電圧を印加することによりnからnまで変化する。
【0061】
電圧印加の有無により、1軸性液晶の分子と2軸性液晶の分子とが、それぞれ図2(a)および(c)に示すような動きをすると、入射光に対する屈折率変化の様子は、1軸性液晶と2軸性液晶とで同じとなる。この場合、一方の直線偏光の位相の変化量と他方の直線偏光の位相の変化量とを略等しくすることはできないので、これらの液晶を混合した液晶層を用いても、入射光の偏光方向に対する依存性の小さい光学素子は得られない。
【0062】
以上述べたように、1軸性液晶と2軸性液晶を混合した液晶組成物を用い、且つ、液晶組成物の屈折率が数式(I)の関係を満たすようにすることにより、これを用いた光学素子の偏光依存性を小さくすることができる。
【0063】
次に、本発明に好適な1軸性液晶と2軸性液晶について述べる。
【0064】
1軸性液晶としては、棒状液晶を用いることができる。棒状液晶は、最も一般的な液晶性化合物であり、分子形状が棒状とみなせる化合物の総称である。具体的には、分子の長軸をα、分子の短軸をβとしたとき、(α/β)の値が十分に大きいものを言う。例えば、(α/β)≧2であれば、棒状液晶として好ましく用いられる。
【0065】
具体的な棒状液晶としては、アゾメチン類、アゾキシ類、シアノビフェニル類、シアノフェニルエステル類、安息香酸エステル類、シクロヘキサンカルボン酸フェニルエステル類、シアノフェニルシクロヘキサン類、シアノ置換フェニルピリミジン類、アルコキシ置換フェニルピリミジン類、フェニルジオキサン類、トラン類およびアルケニルシクロヘキシルベンゾニトリル類などが挙げられる。
【0066】
2軸性液晶としては、バナナ型液晶を用いることができる。これらの液晶において、分子の略中央部に位置する分子単位に結合している側鎖は、同じであってもよく、異なっていてもよい。さらに、2軸性液晶は、液晶状態での光学軸が2つ存在する液晶性化合物、すなわち、液晶相の3軸方向の屈折率が全て異なっていて、且つ、一定の配向を付与できる化合物であれば、上記に限定されるものではない。
【0067】
バナナ型液晶は、ベント型の分子構造を有する液晶化合物である。具体的には、分子の略中央部に分子を屈曲させる分子構造を備えている。例えば、化学式(1)に示す化合物が挙げられる。但し、化学式(1)において、Arは、単環、多環および複素環を含む芳香環を、ArおよびArは、単環、多環および複素環を含む芳香環を、それぞれ示している。また、Xは、−COOまたは−CONHなどの連結部であり、RおよびRは、それぞれ炭素数1〜16のアルキル基または炭素数1〜16のアルコキシ基、シアノ基若しくはハロゲン原子である。RおよびRは、それぞれ脂環若しくは単環、多環および複素環を含む芳香環または脂環および芳香環の組み合わせとすることができる。
【0068】
化学式(1)

【0069】
化学式(1)で表される化合物の具体例としては、例えば、化学式(2)〜(5)に示す化合物が挙げられる。また、特開2005−35950号公報に開示された化合物を用いることもできる。
【0070】
化学式(2)

化学式(3)

化学式(4)

化学式(5)

【0071】
バナナ型液晶において、分子の略中央部に位置する分子単位に結合する側鎖は、化学式(2)〜(5)に示すように同じであってもよいが、異なっていてもよい。
【0072】
本発明においては、2軸性液晶に代えて、ディスコティック液晶を用いることもできる。ディスコティック液晶を用いた場合にも、2軸性液晶を用いた場合と同様の効果が得られる。ここで、ディスコティック液晶が水平配向をした際に、屈折率が最大となる方向をx軸、x軸と同じ基板面内でx軸に直交する方向をy軸、x軸およびy軸に直交する方向をz軸とすると、n=n>nの関係が成立する。
【0073】
図3(a)〜(c)は、電圧印加の有無によって、ディスコティック液晶の分子の配向方向が変化する様子を模式的に示したものである。この例では、電圧無印加時における液晶分子11は、図3(a)に示すように、基板12に対して平行に配向している。このとき、液晶分子11の長軸は、x軸に一致している。電圧を印加すると、液晶分子11は、図3(b)または(c)に示すように、基板12に対して垂直に配向するようになる。ここで、液晶分子が図3(b)のように変化する場合には、液晶層に対し、液晶分子の配向方向に平行な偏光(x方向)が入射すると、屈折率は、電圧によらずnで一定となる。一方、液晶分子の配向方向に垂直な偏光(y方向)が入射すると、屈折率は、電圧によってnからnまで連続的に変化する。ここで、nは上記のnおよびnに、nはnに対応する。但し、n>nである。上述の通り、1軸性液晶では、分子の配向方向に平行な偏光(x方向)が入射すると、屈折率は、電圧によってnからnまで連続的に変化する。一方、分子の配向方向に垂直な偏光(y方向)が入射したした場合には、常光の屈折率は電圧によらずnで一定となる。したがって、数式(I)


の関係が成立する液晶組成物では、所定の偏光が入射した場合における1軸性液晶の屈折率変化とディスコティック液晶の屈折率変化とは、互いに反対の挙動を示し、一方の直線偏光の位相の変化量は他方の直線偏光の位相の変化量に略等しくなる。したがって、この液晶組成物を用いれば、入射光の偏光方向に対して依存性の小さい光学素子を得ることができる。
【0074】
しかしながら、電圧印加時に液晶分子が図3(c)のように変化する場合には、本発明の効果を得ることはできない。この場合、液晶層に対し、液晶分子の配向方向に平行な偏光(x方向)が入射すると、屈折率は、電圧によってnからnまで連続的に変化する。一方、液晶分子の配向方向に垂直な偏光(y方向)が入射すると、屈折率は、電圧によらずnで一定となる。すなわち、入射光に対する屈折率変化の様子は、1軸性液晶とディスコティック液晶とで同じとなる。この場合、一方の直線偏光の位相の変化量と他方の直線偏光の位相の変化量とを略等しくすることはできない。したがって、これらの液晶を混合した液晶層を用いても、入射光の偏光方向に対する依存性の小さい光学素子は得られない。
【0075】
ディスコティック液晶としては、例えば、化学式(6)に示す化合物を用いることができる。化学式(6)において、Arは、単環、多環および複素環を含む芳香環を、Ar、ArおよびArは、単環、多環および複素環を含む芳香環を、それぞれ示している。また、XおよびYは、−COOまたは−CONHなどの連結部である。但し、本発明においては、連結部を持たなくてもよい。R、RおよびRは、それぞれ炭素数1〜16のアルキル基または炭素数1〜16のアルコキシ基である。R、RおよびRは、それぞれ脂環若しくは単環、多環および複素環を含む芳香環または脂環および芳香環の組み合わせとすることができる。
【0076】
化学式(6)

【0077】
また、ディスコティック液晶として、化学式(7)(ただし、Rは化学式(8)または〜(9))に示す化合物を用いることもできる。さらに、特開2005−225986号公報または特開2005−338744号公報に開示された化合物を用いることもできる。
【0078】
化学式(7)

化学式(8)

化学式(9)

【0079】
本発明の2軸性液晶では、分子の略中央部に位置した分子単位に結合する側鎖について、側鎖間でのなす角度が180度未満となる必要があり、60度以上で160度以内となることがより好ましい。このことを、図4(a)〜(d)に示す模式図を用いて詳しく説明する。
【0080】
図4(a)〜(d)において、符号101,201は、分子の略中央部に位置する分子単位を表している。例えば、符号101は、化学式(1)のアリール基(Ar)に対応する。また、符号102,103,202,203は、上記分子単位に結合する側鎖を表している。例えば、符号102,103は、それぞれ化学式(1)の−Ar−X−R−Rと−Ar−X−R−Rに対応する。尚、図4(b)は図4(a)を、図4(d)は図4(c)を、それぞれ紙面に平行な方向から見た図である。これらの図に示すように、隣接する側鎖のなす角度θは、180度未満である必要がある。例えば、化学式(2)に示す液晶化合物の場合、θ=134度である。
【0081】
また、ディスコティク液晶において、分子の略中央部に位置した分子単位に結合する側鎖が3つ以上ある場合には、この内の少なくとも2つの側鎖のなす角度が180度未満とされ、60度以上で160度以内となることがより好ましい。θがこの範囲であれば、液晶分子がエネルギー的に安定な構造をとることができる。このことを、図5(a)および(b)に示す模式図を用いて詳しく説明する。
【0082】
図5(a)および(b)において、符号301,401は、分子の略中央部に位置する分子単位を表している。例えば、符号301は、化学式(6)のアリール基(Ar)に対応する。また、符号302〜304,402〜405は、上記分子単位に結合する側鎖を表している。例えば、符号302〜304は、それぞれ化学式(6)の−X−Ar−Y−R−R、−X−Ar−Y−R−R、−X−Ar−Y−R−Rに対応する。これらの図において、θは、180度未満であるので、図5(a)および(b)に示す構造は、どちらも本発明に使用できる構造である。
【0083】
本発明においては、1軸性液晶と2軸性液晶を各々1種類ずつ混合してもよいし、少なくとも一方を複数種類として混合してもよい。但し、混合して得られた液晶組成物は、特定の温度で液晶性を示すことが必要とされる。したがって、1軸性液晶と2軸性液晶とを混合することによって、液晶性が消失したり、相分離を起こしたりするものは、本発明で使用される液晶組成物として適さない。例えば、化学式(2)の液晶化合物の場合、液晶組成物に対して50モル%程度まで相溶性に支障を来たさずに混合することができる。
【0084】
液晶性を示す温度域や平均屈折率を調整するために、数式(I)を満足する1軸性液晶および2軸性液晶に、他の液晶化合物や非液晶化合物を添加することができる。但し、添加量は、液晶組成物に対して20質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。
【0085】
液晶組成物は、紫外線吸収剤や酸化防止剤などを含有していてもよい。紫外線吸収剤としては、例えば、ベンゾフェノン類、ベンゾエート類またはトリアゾール類などが挙げられる。また、酸化防止剤としては、例えば、フェノール類または有機硫黄化合物などが挙げられる。紫外線吸収剤または酸化防止剤の添加量は、液晶組成物に対して1質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましい。
【0086】
以上述べたように、1軸性液晶と2軸性液晶を混合した液晶組成物を用い、且つ、液晶組成物の屈折率が式(I)の関係を満たすようにすることにより、これを用いた光学素子を偏光依存性の小さいものにすることができる。尚、本発明では前記したように、2軸性液晶の代わりにディスコティク液晶を用いることもできる。また、本発明の液晶組成物は、ネマティック液晶またはスメクティック液晶のいずれの状態で用いてもよいが、ネマティック液晶状態で用いることが好ましい。
【0087】
上述した本発明における液晶組成物を用いて、光学素子を作製することができる。
【0088】
本発明による光学素子は、一対の透明基板に挟持された複屈折性物質と、この複屈折性物質に電圧を印加する電極とを備えており、複屈折性物質は、電圧の大きさに応じて入射光に対する屈折率が変化するとともに、基板面に平行に配列した際に屈折率が最大となる方向が同じとなる複数の物質を含む。
【0089】
すなわち、第1の複屈折性物質は、電圧の印加状態の変化により、一方の直線偏光に対してφの位相変化を生じ、他方の直線偏光に対してはφの位相変化を生じる(φ≠φで、一方は0であってもよい。)。また、第2の複屈折性物質は、電圧の印加状態の変化により、第1の複屈折性物質とは反対の挙動を示し、第1の複屈折性物質がφの位相変化を生じる直線偏光に対してはφの位相変化を生じ、第1の複屈折性物質がφの位相変化を生じる直線偏光に対してφの位相変化を生じる(φ≠φで、一方は0であってもよい。)。例えば、S偏光に対して、第1の複屈折性物質ではφの位相が進むが、第2の複屈折性物質ではφ位相が進む。一方、P偏光に対して、第1の複屈折性物質ではφの位相が進むが、第2の複屈折性物質ではφの位相が進む。このような第1の複屈折性物質と第2の複屈折性物質とを、互いの位相変化量が等しくなる(φ+φ≒φ+φとなるように)ような組成比で混合することにより、複屈折性物質に入射するあらゆる偏光に対して依存性を有しない、偏光無依存の光学素子を実現することができる。
【0090】
より具体的には、複数の複屈折性物質として、複屈折性物質に入射した互いに直交する2つの直線偏光の一方に対してのみ屈折率を変化させるものと、他方に対してのみ屈折率を変化させるものとを用いる。そして、複屈折性物質では、一方の直線偏光に対する屈折率の変化量と、他方の直線偏光に対する屈折率の変化量とが略等しいものとする。このような光学素子であれば、複屈折性物質の見かけの屈折率が、入射光の偏光方向に依存して変化するのを抑制することができる。
【0091】
複屈折性物質は、上記の液晶組成物から構成されるものとすることができるが、他の複屈折材料でも同等の挙動を示すものは使用できる。
【0092】
実施の形態1.
本実施の形態では、上述した液晶組成物を液晶レンズ素子に適用した場合について述べる。
【0093】
図6は、本実施の形態における液晶レンズ素子の断面模式図である。
【0094】
図6に示すように、液晶レンズ素子21は、第1の透明基板22と、これに対向する第2の透明基板23とを有する。
【0095】
第1の透明基板22の上には、第1の電極層24と、第1の配向膜25とがこの順に形成されている。一方、第2の透明基板23の上にも、第2の電極層26と、第2の配向膜27とがこの順に形成されている。第1の透明基板22と第2の透明基板23とは、シール材28を介して貼り合わされており、これらの間に液晶層29が充填されて、液晶セル30が構成されている。
【0096】
第1の電極層24および第2の電極層26は、ITO(Indium Tin Oxide)などの透明電極材料からなり、同心円状にパターニングされていたり、あるいは、同心円状のフレネルレンズボディの表面上面若しくは下面に形成されていたりする。但し、これらの内の一方は、全面ベタの電極とすることもできる。また、フレネルレンズボディの下面に形成された場合は、両方がベタ電極であってもよい。
【0097】
第1の電極層24および第2の電極層26を介して液晶層29に適切な電圧を印加すると、液晶層29を構成している液晶の配向が印加電圧に応じて変化する。これにより、液晶層29の実質的な屈折率が変わるので、液晶層29を透過する光の焦点距離を変化させることができる。
【0098】
第1の配向膜25および第2の配向膜27は、例えば、ポリイミドなどの有機材料を適当な溶剤に溶解し、これをスピンコート法などで基板の上に塗布した後に熱処理を行うことによって形成される。これらの配向膜に対しては、電圧印加時の液晶分子の動作方向を均一にするために、ラビング法などによる配向処理が施される。
【0099】
液晶層29には、1軸性液晶と2軸性液晶を混合した、本発明における液晶組成物を用いる。
【0100】
例えば、液晶層29に用いる液晶分子の誘電異方性を正とした場合、液晶レンズ素子21の液晶分子は、初期配向状態である電圧無印加時には基板に対して概ね水平に配向する。電源31を介して、第1の電極層24と第2の電極層26に電圧を印加すると、1軸性液晶を構成する液晶分子と、2軸性液晶を構成する液晶分子とは、第1の透明基板22と第2の透明基板23に対して立ち上がり、それぞれの屈折率は電圧の大きさに応じた量で変化する。
【0101】
尚、本実施の形態においては、液晶層29に用いる液晶分子の誘電異方性を負とすることもできる。この場合、液晶レンズ素子21の液晶分子は、初期配向状態である電圧無印加時には基板に対して概ね垂直に配向するが、電源31を介して第1の電極層24と第2の電極層26に電圧を印加すると、基板に対して概ね水平に配向するようになる。1軸性液晶では、電圧無印加時には基板に垂直なz方向がnであり、電圧印加時には基板に水平なx方向がnであるとすると、他の液晶として、2軸性液晶を用いる場合には、電圧無印加時はz方向がnes、x方向がn、y方向がnであり、電圧印加時はz方向がn、x方向がn、y方向がnesとすればよい。また、他の液晶として、ディスコティック液晶を用いる場合には、電圧無印加時はz方向並びにx方向がn、y方向がnであり、電圧印加時はz方向がn、x方向並びにy方向がnとすればよい。
【0102】
液晶セル30に入射する光は、互いに直交する2つの偏光成分に分解される。すなわち、水平配向したときの液晶分子の配向方向に平行な偏光成分と、これに垂直な偏光成分とに分解される。液晶分子に対して、前者は異常光となり、後者は常光となる。本実施の形態では、異常光に対する屈折率変化と常光に対する屈折率変化とは、1軸性液晶と2軸性液晶とで反対の挙動を示す。すなわち、これらは、一方の直線偏光の位相の変化量が他方の直線偏光の位相の変化量に略等しくなる関係となっている。これにより、液晶セル30を透過する光の屈折率変化を入射光の偏光方向に無関係とすることができる。
【0103】
このように、本実施の形態によれば、偏光板を用いる必要がなく、また、2つの液晶セルを重ね合わせる必要もない。したがって、従来より簡単な構成で焦点距離を変えることのできる液晶レンズ素子とすることができる。
【0104】
以下に、液晶光学素子の具体例を示す。
【0105】
厚さ0.5mmの2枚の無アルカリガラス基板を対向させて、エポキシ化合物を主成分とするシール材で貼り合せて液晶セルを構成する。尚、シール材には、基板の間隔を10μm程度に保つため、ガラス製のスペーサが含有されている。それぞれの基板の表面には、厚さ10nmのITO(Indium Tin Oxide)からなる透明電極が設けられており、さらに、この上には、ポリイミドからなる配向膜が設けられている。透明電極を介して液晶に電圧を印加すると、液晶が駆動する。ここで、配向膜には、電圧を印加したときの液晶の配向方向を揃えるために、ラビング法による配向処理が施されている。配向処理は、上下の基板で配向方向が平行となるようにする。
【0106】
2軸性液晶としては、上記の化学式(5)の材料を用いる。この2軸性液晶の波長589.3nmにおける屈折率は、既知の液晶との混合評価から、nx2=1.71、ny2=1.61、nz2=1.53と見積もられた。ny2−nz2=0.08であるので、この値と略等しい屈折率異方性を有する1軸性液晶として、メルク株式会社製のMLC−6252(商品名)を用いた。この1軸性液晶の波長589.3nmにおける屈折率は、nx1=1.55、ny1=1.47、nz1=1.47であった。1軸性液晶と2軸性液晶の屈折率の関係から、これらの混合比を1:1として液晶組成物を調整し、これを上記の液晶セルに注入して液晶光学素子を作製した。
【0107】
得られた液晶光学素子に対し、配向処理の方向に直線偏光を入射すると、液晶組成物と基板との屈折率差によって、これらの界面で直線偏光が反射して干渉スペクトルを生じる。このスペクトルの振幅から、液晶組成物の屈折率を見積もることができる。すると、液晶の配向方向に平行な直線偏光に対し、温度120℃で波長589.3nmにおける液晶組成物の屈折率は、電圧0Vのとき1.567であり、電圧136Vのとき1.515であった。したがって、この場合の屈折率の変化量は0.052であった。一方、液晶の配向方向に垂直な直線偏光に対しては、同様の条件下で、電圧0Vのとき1.704であり、電圧136Vのとき1.645であった。したがって、この場合の屈折率の変化量は、0.059であった。これらのことから、本発明による液晶光学素子では、印加電圧を変えたときの屈折率変化が、直交する2つの直線偏光に対して略同じであることが分かった。つまり、直交する2つの直線偏光に対して略同じ位相変化を生じることが分かった。
【0108】
上記と同様の基板で一方の基板にはフレネルレンズ状の凸部を同心円状に設けた基板を用い、全面ベタの透明電極を設け、他方の基板は平面の基板で同心円状に6〜10重程度の輪状電極を設けた基板を用いて、上記と同様の液晶組成物を挟持することにより、液晶レンズ素子を構成することができる。
【0109】
図7は、図6の液晶レンズ素子21を用いた光ヘッド装置の構成図の一例である。
【0110】
図7に示す光ヘッド装置32では、光源33から出射された光は、回折格子34、液晶レンズ素子21および位相差素子35を順に透過した後、対物レンズ36によって、2層の記録層37a,37bを有する光ディスク38に集光される。次いで、記録層37a(または、記録層37b)で反射した光は、再び対物レンズ36、位相差素子35および液晶レンズ素子21を順に透過した後、回折格子34によって回折されて、光検出器39,40に到達する。
【0111】
光源33には、通常の光ヘッド装置に使用される通常のレーザ光源が使用される。具体的には、半導体レーザが好適であるが、他のレーザであってもよい。
【0112】
回折格子34は、ホログラムおよびビームスプリッタのいずれであってもよい。ビームスプリッタを用いた場合には、記録層37a(または、記録層37b)からの反射光の光路を変えて、光源33とは異なる方向に配置された光検出器(図示せず)に光を導くことができる。
【0113】
位相差素子35としては、1/4波長板が用いられる。これにより、光の偏光面を回転させて、光源33からの往路の光と、記録層37a(または、記録層37b)からの復路の光との偏光方向を変えることができる。
【0114】
液晶レンズ素子21は、上述の通り、電圧印加の有無によって焦点距離を変えることができる。したがって、例えば、液晶レンズ素子21に電圧が印加されていない場合には、記録層37aに焦点が合うようにし、液晶レンズ素子21に電圧が印加されている場合には、記録層37bに焦点が合うようにすることができる。また、液晶レンズ素子21に電圧が印加されていない場合には、記録層37bに焦点が合うようにし、液晶レンズ素子21に電圧が印加されている場合には、記録層37aに焦点が合うようにすることもできる。
【0115】
尚、上記説明では、液晶レンズを、記録層37a(または、記録層37b)との間での焦点距離の切換に用いているが、複数の光ディスク、例えば、CD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disk)、HD−DVD(High Definition - Digital Versatile Disk)若しくはBD(Blu-Ray Disk)等の焦点距離の切換、3層以上の光ディスクの焦点距離の切換、または、これらの組み合わせの焦点距離の切換等にも使用可能である。
【0116】
本実施の形態によれば、従来より簡単な構成で焦点距離を変えることのできる液晶レンズ素子を使用するので、薄型化および軽量化された光ヘッド装置を提供することが可能となる。
【0117】
尚、本発明による液晶レンズ素子および光ヘッド装置は、図6および図7の構造に限られるものではない。また、さらに偏光依存性を小さくするために、補正のための位相差板を付加してもよい。この位相差板は、素子に一体化されていてもよく、分離されていてもよい。本発明は、透明基板の間に設けられた液晶層と、透明基板と液晶層の間にそれぞれ設けられた透明電極層とを備えた液晶レンズ素子、および、この液晶レンズ素子を有する光ヘッド装置に適用することができる。
【0118】
実施の形態2.
本実施の形態では、上述した本発明における液晶組成物を波長選択フィルタに適用する場合について述べる。波長選択フィルタとしては、液晶エタロンを用いる。
【0119】
図8は、本実施の形態における液晶エタロンの断面模式図である。
【0120】
図8に示すように、液晶エタロン41は、第1の透明基板42と、これに対向する第2の透明基板43とを有する。
【0121】
第1の透明基板42の上には、第1の反射膜44と、第1の電極層45と、第1の配向膜46とがこの順に形成されている。一方、第2の透明基板43の上にも、第2の反射膜47と、第2の電極層48と、第2の配向膜49とがこの順に形成されている。第1の透明基板42と第2の透明基板43とは、間隔を一定に保つために、スペーサ50を介して重ね合わせられている。また、第1の透明基板42と第2の透明基板43の間には、上述した本発明における液晶組成物が充填されており、液晶層51を形成している。
【0122】
第1の透明基板42で、第1の反射膜44などが設けられている面と反対側の面には、入射光や透過光の反射を抑制することを目的として、第1の反射防止膜52が設けられている。同様に、第2の透明基板43で、第2の反射膜47などが設けられている面と反対側の面にも、第2の反射防止膜53が設けられている。尚、これらは必要に応じて設ければよく、本実施の形態においてはなくてもよい。
【0123】
第1の電極層45および第2の電極層48は、ITO(Indium Tin Oxide)などの透明電極材料からなる。これらの間に電圧を印加すると、電圧の大きさに応じて液晶の屈折率が変化する。これに伴って光路長が変化するので、第1の反射膜44と第2の反射膜47によって構成される光共振器の共振波長が変化する。ここで、本実施の形態で使用される液晶組成物は、液晶層51を透過する光の屈折率変化を入射光の偏光方向に無関係とすることができるので、偏光方向にかかわらず共振波長を変えることが可能となる。
【0124】
つまり、液晶エタロン41にS偏光が入射した場合、1軸性液晶の屈折率は、電圧によらずnで一定である。これに対して、液晶エタロン41にP偏光が入射した場合、1軸性液晶の屈折率は、電圧に応じてnからnまで変化する。一方、液晶エタロン41にS偏光が入射した場合、2軸性液晶の屈折率は、電圧に応じてnesからnまで変化する。これに対して、液晶エタロン41にP偏光が入射した場合、2軸性液晶の屈折率は、電圧によらずnで一定である。尚、1軸性液晶における屈折率nx1およびny1は、それぞれnおよびnに対応するものとし、2軸性液晶における屈折率nx2、ny2およびnz2は、それぞれn、nesおよびnに対応するものとする。
【0125】
このように、本実施の形態においては、液晶層51に所定の偏光が入射した場合における1軸性液晶の屈折率変化と2軸性液晶の屈折率変化とが、互いに反対の挙動を示す。これにより、一方の直線偏光の位相の変化量は他方の直線偏光の位相の変化量に略等しくなるので、入射光の偏光方向に依存しない液晶エタロンとすることができる。すなわち、入射光の偏光状態によらずに共振波長を変えることが可能となるので、偏光依存損失の小さい液晶エタロンとすることができる。
【0126】
尚、本実施の形態における液晶エタロンは、図8に示す構造以外のものであってもよい。さらに偏光依存性を小さくするために、補正のための位相差板を付加してもよい。この位相差板は、素子に一体化されていてもよく、分離されていてもよい。また、本発明の波長選択フィルタは、液晶エタロン以外のものであってもよい。すなわち、本発明は、透明基板の間に設けられた液晶層と、透明基板と液晶層の間にそれぞれ設けられた透明電極層とを備えた波長選択フィルタに適用することができる。
【0127】
尚、本発明は上記各実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、種々変形して実施することができる。
【0128】
例えば、本発明は、上記各実施の形態以外にも、一対の透明基板に挟持された複屈折性物質と、この複屈折性物質に電圧を印加する電極とを備えた光学素子に適用することができる。さらに、本発明は、偏光無依存性が必要とされる用途または偏光依存性が小さいことが必要とされる用途の光学素子に適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0129】
【図1】(a)および(b)は、電圧印加の有無による液晶分子の配向変化の模式図である。
【図2】(a)〜(c)は、電圧印加の有無による液晶分子の配向変化の模式図である。
【図3】(a)〜(c)は、電圧印加の有無によるディスコティック液晶分子の配向変化の模式図である。
【図4】(a)〜(d)は、本発明における2軸性液晶の分子の形状の説明図である。
【図5】(a)および(b)は、本発明におけるディスコティック液晶の分子の形状の説明図である。
【図6】実施の形態1における液晶レンズ素子の断面模式図である。
【図7】実施の形態1における光ヘッド装置の構成図の一例である。
【図8】実施の形態2における液晶エタロンの断面模式図である。
【符号の説明】
【0130】
21 液晶レンズ素子
22,42 第1の透明基板
23,43 第2の透明基板
24,45 第1の電極層
25,46 第1の配向膜
26,48 第2の電極層
27,49 第2の配向膜
28 シール材
29,51 液晶層
30 液晶セル
31 電源
32 光ヘッド装置
33 光源
34 回折格子
35 位相差素子
36 対物レンズ
37a,37b 記録層
38 光ディスク
39,40 光検出器
41 液晶エタロン
44 第1の反射膜
47 第2の反射膜
50 スペーサ
52 第1の反射防止膜
53 第2の反射防止膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の透明基板に挟持された複屈折性物質と、該複屈折性物質に電圧を印加する電極とを備えた光学素子であって、
前記複屈折性物質は、前記電圧の大きさに応じて入射光に対する屈折率が変化するとともに、電圧無印加時および電圧印加時のいずれかにおいて、前記一対の透明基板の面内で屈折率が最大となる方向が同じとなる複数の物質を含み、
前記複数の物質には、前記複屈折性物質に入射した互いに直交する2つの直線偏光の一方に対してのみ屈折率を変化させるものと、前記直線偏光の他方に対してのみ屈折率を変化させるものとがあり、
前記複屈折性物質では、前記一方の直線偏光に対する屈折率の変化量と、前記他方の直線偏光に対する屈折率の変化量とが略等しいことを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記複数の物質には、2種類の液晶が含まれており、
これらの液晶が水平配向をした際に前記屈折率が最大となる方向をx軸、前記一対の透明基板の面内で前記x軸に直交する方向をy軸、前記x軸と前記y軸に直交する方向をz軸とすると、前記液晶の一方にはnx1>ny1=nz1の関係が成立し、他方にはny2>nz2の関係が成立し、さらに、前記複屈折性物質は下記の数式を満足することを特徴とする請求項1に記載の光学素子。


(式中で、aは、複屈折性物質中における一方の液晶の含有率(モル%)を、bは、複屈折性物質中における他方の液晶の含有率(モル%)をそれぞれ示す。)
【請求項3】
前記他方の液晶は、nx2>ny2>nz2の関係が成立するバナナ型液晶であることを特徴とする請求項1または2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記バナナ型液晶において、分子の略中央部に位置した分子単位に結合する側鎖間でのなす角度が60度以上で160度以内であることを特徴とする請求項3に記載の光学素子。
【請求項5】
前記他方の液晶は、nx2=ny2>nz2の関係が成立するディスコティック液晶であることを特徴とする請求項1または2に記載の光学素子。
【請求項6】
前記光学素子は、液晶レンズ素子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項7】
前記光学素子は、波長選択フィルタであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項8】
請求項6に記載の液晶レンズ素子を有することを特徴とする光ヘッド装置。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−197640(P2008−197640A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−7444(P2008−7444)
【出願日】平成20年1月16日(2008.1.16)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】