説明

光応答性メソポーラス体とその徐放機能

【課題】単なる拡散ではない化合物の運搬・移動を光の刺激により促進し、それによりメソポーラス体内部の化合物の外部空間への放出を光で制御することを可能にする技術を提供する。
【解決手段】可逆的光異性化基を細孔内に有する光応答性メソポーラス体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メソポーラス体の細孔に内包した化学物質の放出速度を光照射により制御する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
化学物質を固体材料内に包含し、材料内部から外部へ化学物質が放出される機能を用いる技術はコントロールリリースシステムと呼ばれ、近年注目されている技術である。産業での利用としては、例えば、医薬、農薬、化粧品類、種々の触媒、肥料、香料等、与えられた環境に応じて、種々の機能を発揮する化学物質を必要な時、必要な量供給できる技術となる。このことは、化学物質の有効利用のみならず、環境へのリスク(化学物質による汚染)の低減や医療においては副作用の抑制(ドラッグデリバリーシステム)等の先端技術とも直結する。
【0003】
材料に内包された化合物の放出には、大きく分けて二つの仕様がある。一つは、材料が壊れてそれと同時に内包化合物も放出されるものである。この場合は、一度に全ての化合物が外部へと放出されることになる。もう一つは、材料そのものは壊れずに化合物が拡散により材料外部へとゆっくりと放出されるものである。この場合の化合物の放出は、物質の濃度勾配による拡散を駆動力とするため、ゆっくりとした放出すなわち徐放となることが多い。前者の技術は、医療のドラッグデリバリーシステムの本命として活発に研究され、多くの優れた成果が出されている(非特許文献1:総説:永井恒司監修「ドラッグデリバリーシステムの新展開」シーエムシー出版、2004年)。一方、後者の場合は、生体内や環境中で容易には破壊・分解されない固体マトリックスを用いることになり、多孔性固体が用いられ、その一つとして無機メソポーラス体も用いられている。
【0004】
無機メソポーラス体の一つであるシリカを用いた、化学物質の徐放機能に関しては既存の特許が多数存在する。例えば、特開2003-040707(特許文献1)は除草剤成分をシリカ
に染みこませて徐放させるものである。また、特開平11-319059(特許文献2)は、シリ
カ等の多孔材に芳香剤を入れ込み、外部の気流により内包化合物の放出を制御するというものである。特開平09-249510(特許文献3)は、オゾンをシリカに充填させて袋に封入
し、温度の上昇に伴いオゾンを放出するという制御技術である。また、特開平08-277216
(特許文献4)は、シリカに有機基を修飾しての薬物徐放制御であるが、シリカへの有機基の修飾の程度・特性、すなわち修飾した有機基と内包物との相互作用により徐放速度を制御するもので、外部刺激により応答して徐放速度を変化させるものではない。同様に、特開平05-271056(特許文献5)も薬物徐放性はあるが、外部刺激応答性は付与されてい
ない。一方、光に関連した化合物の放出に関しての技術としては特開平07-113272(特許
文献6)があるが、吸湿材に吸着した水分を光触媒により放出させて吸湿機能を再生させるというものであり、光刺激による内包化学物質の放出制御ではない。
【0005】
最近の特許では、シリカゲルやカプセル状シリカに徐放のオン−オフ制御機能を持たす技術も特許出願されている(特許文献7〜9:特開2001-213992、特開2001-131249、特開2000-279817)。一方、細孔の直径や配置構造が規則正しいMCM−41シリカ等のメソ
ポーラス体は、この内包化合物の徐放機能材料への応用に対し有望である。最近、MCM−41内に包含された薬物の自然拡散による徐放の特性について報告がなされた(非特許文献2〜3:M. Vallet-Regi et al.: Chem. Mater., 13, 308 (2001);B. Munoz et al.: Chem. Mater., 15, 500 (2003))。この報告は、応答性の無い単なる徐放であるが、その後、外部応答によるオン−オフ制御が報告された(例えば、非特許文献4〜7:C.-Y. Lai et al.: J. Am. Chem. Soc., 125, 4451 (2003);R. Hernandez et al.: J. Am. Che
m. Soc., 126, 3370 (2004);Q. Fu et al.: Adv. Mater., 15, 1262 (2003);R. Casasus et al.: J. Am. Chem. Soc., 126, 8612 (2004))。またすでに発明者らも、無機メソ
ポーラス体に、光照射により可逆的に二量化する有機分子を修飾させて、いわば分子の「ドア」として作用させることにより、内包化学物質の外部への放出をオン−オフで制御する技術を発明し、特許出願し(特許文献10:特開2004-026636)、論文発表も行った(
非特許文献8〜9:N. K. Mal, M. Fujiwara and Y. Tanaka: Nature, 421, 350 (2003)
;N. K. Mal et al.: Chem. Mater., 15, 3385 (2003))。しかしながら、上記のシリカ
の徐放のオン−オフ制御機能やMCM−41類を用いた応答性ドラッグデリバリーシステムも、内包化合物を外部刺激を受けるまで貯めておくという機能はあっても、外部刺激を受けた後の放出は拡散でのみ起こり、その速度を向上させるという機能は全くない。このように、従来の全ての発明・技術は、メソポーラス体等に内包された化合物の放出は、拡散をドライビングフォース(駆動力)とする徐放であり、その徐放速度を向上させる・制御するという技術は存在していなかった。
【特許文献1】特開2003-040707
【特許文献2】特開平11-319059
【特許文献3】特開平09-249510
【特許文献4】特開平08-277216
【特許文献5】特開平05-271056
【特許文献6】特開平07-113272
【特許文献7】特開2001-213992
【特許文献8】特開2001-131249
【特許文献9】特開2000-279817
【特許文献10】特開2004-026636
【非特許文献1】総説:永井恒司監修「ドラッグデリバリーシステムの新展開」シーエムシー出版、2004年
【非特許文献2】M. Vallet-Regi et al.: Chem. Mater., 13, 308 (2001)
【非特許文献3】B. Munoz et al.: Chem. Mater., 15, 500 (2003)
【非特許文献4】C.-Y. Lai et al.: J. Am. Chem. Soc., 125, 4451 (2003)
【非特許文献5】R. Hernandez et al.: J. Am. Chem. Soc., 126, 3370 (2004)
【非特許文献6】Q. Fu et al.: Adv. Mater., 15, 1262 (2003)
【非特許文献7】R. Casasus et al.: J. Am. Chem. Soc., 126, 8612 (2004)
【非特許文献8】N. K. Mal, M. Fujiwara and Y. Tanaka: Nature, 421, 350 (2003)
【非特許文献9】N. K. Mal et al.: Chem. Mater., 15, 3385 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、メソポーラス体からの化合物の放出を拡散以外の方法により制御する技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題に鑑み検討を重ねた結果、メソポーラス体の細孔内に可逆的光異性化基を導入し、細孔内に化学物質を内包ないし充填させた状態で光照射を行うことで、細孔内の化学物質の放出を制御できることを見出した。
【0008】
本発明は、以下の光応答性メソポーラス体及びその製造方法に関する。
1. 可逆的光異性化基を細孔内に有する光応答性メソポーラス体。
2. 可逆的光異性化基がアゾベンゼン部分、スピロピラン部分及びスピロオキサジン部分からなる群から選ばれる少なくとも1種の部分(moiety)を有する項1に記載の光応答性メソポーラス体。
3. メソポーラス体がメソポーラスシリカである項1に記載のメソポーラス体。
4. 化学物質を細孔に内包してなる項1〜3のいずれかに記載のメソポーラス体。
5. 前記細孔の両端部に光により開閉可能な制御機構を備える項1〜4のいずれかに記載のメソポーラス体。
6. メソポーラス体の細孔内に可逆的光異性化基を導入する工程、前記化学物質を前記細孔に内包させる工程を有する、光照射に伴う光異性化基の可逆的異性化により細孔内の化学物質の放出を促進可能な光応答性メソポーラス体の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、光応答性メソポーラス体に光照射を行うことで、その細孔内に内包された化学物質の放出速度を制御させることができる。例えばメソポーラス体の細孔は細長い形状を有しており、両端に近い部分は速やかに放出されても、中心付近の物質の放出は遅かったが、本発明によれば、細孔の中心付近の物質も有効に放出させることができる。
【0010】
本発明によれば、自然な拡散以上の速度で化学物質が拡散・放出されるため、ドラッグデリバリーシステムやマイクロチップ等の技術に特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の可逆的光異性化基は、光に応答して可逆的に分子形態を変えることができる。このような光異性化基に適当な強度及び波長の光を照射することで、光異性化基の可逆的形態変化を引き起こすことができる。
【0012】
狭い細孔内におけるこのような形態変化は、光異性化基に挟まれる物質の放出をむしろ阻害すると考えられたが、実際に光異性化を起こさせると、物質の放出を著しく促進した。
【0013】
可逆的光異性化基としては、光照射により、可逆的に2またはそれ以上の異性体の間を可逆的に変化する基であればどのような官能基であっても良い。このような官能基は、アゾベンゼン部分、スピロピラン部分、スピロオキサジン部分などの(これらに限定されない)光異性化可能な部分(moiety)を有するものである。光異性化可能な部分は、メソポーラス体の細孔の内部に、直接或いは適当なスペーサーを介して結合される。スペーサーとしては、アルキレン基(-(CH2)n、n=1〜6の整数)、カルボニル基(-CO-)、アミド基(-CONHまたは-NHCO)、イミノ基(-NH-)、エーテル基(-O-)、チオエーテル基(-S-)、エステル基(-COO-または-OOC-)、シラノール基(-Si(O)m、m=1,2,3)などが挙げられ、これらを単独で或いは2種以上を組み合わせてスペーサーを構成する。
【0014】
アゾベンゼン部分、スピロピラン部分、スピロオキサジン部分は、非置換であっても良く、置換基を有していても良い。置換基としては直鎖又は分枝を有するC〜Cアルキル基(メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチルなど)、直鎖又は分枝を有するC〜Cアルコキシ基(メトキシ、エト
キシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、sec-ブトキシ、tert-ブトキシなど)、アリールオキシ(フェニルオキシ、ナフチルオキシなど)、アラルキ
ルオキシ(ベンジルオキシ、フェネチルオキシなど)、ハロゲン原子(F,Cl,Br,I)、ニ
トロ、シアノ、ヒドロキシ、アミノ、モノアルキルアミノ(メチルアミノ、エチルアミノ、n-プロピルアミノ、イソプロピルアミノ、n-ブチルアミノ、イソブチルアミノ、sec-ブチルアミノ、tert-ブチルアミノなど)、ジアルキルアミノ(ジメチルアミノ、ジエチル
アミノ、ジn-プロピルアミノ、ジイソプロピルアミノ、ジn-ブチルアミノ、ジイソブチルアミノ、ジsec-ブチルアミノ、ジtert-ブチルアミノなど)、アルカノイル(アセチル、
プロピオニル、n-ブチリル、イソブチリル、sec-ブチリル、tert-ブチリルなど)、アシ
ルオキシ(アセチルオキシ、プロピオニルオキシ、n-ブチリルオキシ、イソブチリルオキ
シ、sec-ブチリルオキシ、tert-ブチリルオキシ、バレリルオキシ、ベンゾイルオキシ)
などが挙げられる。
【0015】
本発明の光応答性メソポーラス体は、可逆的光異性化基以外は主として無機材料から構成される。光応答性メソポーラス体を構成する無機材料としては、シリカ、チタニア、ジルコニア、アルミナ或いはこれらの複合酸化物(例えばシリカ−アルミナ、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニア、シリカ−チタニア−ジルコニアなど)、リン酸アルミニウム、リン酸チタン、リン酸スズ等の金属リン酸塩などが挙げられる。
【0016】
光応答性メソポーラス体は、Si-(フェニレンまたはアルキレン)-Siのような有機無機ハイブリッド部分構造を有する材料から構成されてもよい。
【0017】
細孔の直径は、2nm程度以上の直径を有することが望ましく、好ましくは2〜20nm程
度、より好ましくは2〜15nm程度である。細孔直径が小さすぎると可逆的光異性化基を導入するのが困難になる。一方、細孔直径が大きすぎると拡散でも細孔内部の化学物質の放出速度が速くなるため、本発明による細孔内部の化学物質の放出促進ないし制御の必要性が小さくなる。
なお、細孔の「直径」は、細孔が円筒型のみならず筒状(断面が4角形、5角形、6角形、8角形など)の場合にも、円筒型に換算した値が使用される。
細孔に内包される化学物質としては特に限定されず、天然及び合成の低分子化合物、モノマー、オリゴマー、ポリマー等が広く包含され、例えばコレスタン、コレステロール、プロゲステロン、テストステロン、エストラジオール等のステロイド類や、ビタミンA、ビタミンD等のビタミン類、アドレナリン、ノルアドレナリン、アセチルコリン、成長ホルモン、甲状腺ホルモン、オピオイドペプチド、副腎皮質刺激ホルモン、プロスタグランジン類などの生理活性物質、ペニシリン、イブプロフェン等の医薬化合物、リン酸エステル類等の農薬化合物、アルカロイド等の植物由来の化合物、アミノ酸、単糖類、多糖類を含む糖類、脂肪ないしは脂肪酸、タンパク質、核酸等を用いることができる。
本発明の光応答性メソポーラス体は、細孔の両端部に光により開閉可能な制御機構を備えるのが好ましい。このような制御機構としては、特許文献10に記載されるような、2つのクマリン残基を各細孔端部に結合させ、光によりクマリン二量体を形成させて細孔端部を開口し、クマリン二量体に光照射してクマリン単量体に解離させ、細孔端部を開放する機構が挙げられる。このクマリン二量体を用いた開閉システム以外にも、開閉可能なシステムであれば特に制限なく細孔端部に導入することができる。
本発明の光応答性メソポーラス体として、メソポーラスシリカからなるメソポーラス体の調製法を以下に例示する。メソポーラスシリカ以外のメソポーラス体についても、以下の記載を参考にして当業者であれば容易に調製することができる。
【0018】
既知の方法あるいは既知の方法を改良した方法で、界面活性剤を鋳型として調製したMCM−41型メソポーラスシリカの鋳型除去前の粗生成物を得る。この際用いる鋳型としての界面活性剤は、水溶液中で良好なヘキサゴナル構造ミセルを作るものなら特に限定されず、臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム、臭化オクタデシルトリメチルアンモニウム、臭化デシルトリメチルアンモニウム、臭化ドデシルトリメチルアンモニウム、臭化ヘキサデシルジメチルエチルアンモニウム、ヘキサデシルアミン、ドデシル硫酸ナトリウム等をあげることができる。また、中性の界面活性剤であるPluronic P123(EO20PO70EO20)類でも良い。この際の、EO-PO-EOの比率
も良好なヘキサゴナルミセルを構築できるものならば、特に限定されない。また、Brij類の界面活性剤(例えば、Brij56の組成はC16H33(OCH2CH2)10OH))も同様に、その疎水性
炭化水素と親水性ポリエチレングリコールの比は良好なヘキサゴナルミセルを構築できるものならば、特に限定されない。また、メソポーラス体の組成は、種々の条件で安定に細孔構造を維持できるものならば、シリカに限定されるものではなく、他のメソポーラス体
、例えば、シリカ・アルミナ、シリカ・チタニア等のシリカ系複合酸化物、チタニア、ジルコニア、アルミナ等のシリカ以外の酸化物、およびリン酸アルミニウム、リン酸チタン、リン酸スズ等の金属リン酸塩等でも良い。
【0019】
こうして得られた粗メソポーラス体から、鋳型となった界面活性剤を除去するが、その際の方法は、鋳型を除くことで構造が壊れない限り、特に限定されない。例えば、1Mの塩酸のエタノール溶液に上記粗メソポーラス体を加え(粗メソポーラス体1gに対し、エタノール溶液50−1000ml)還流処理を行うことで、鋳型界面活性剤はそのメソポーラス構造を壊すことなく除去することができる。完全に除去できたかは、赤外線スペクトル等により、鋳型に由来する吸収が消失したことにより確認することができる。
【0020】
このようにして得られた、2nm程度以上、好ましくは2〜20nmの細孔径がよく揃っ
た無機メソポーラス体に、光により分子の形が変化する、すなわち異性化する有機基を導入する。このような可逆的光異性化基としては、アゾベンゼン部分、スピロピラン部分及びスピロオキサジン部分からなる群から選ばれる少なくとも1種の部分(moiety)を有する基が挙げられ、好ましくは、アゾベンゼン部分を有する基(以下、「アゾベンゼン誘導体」ということがある)が挙げられる。アゾベンゼン誘導体で修飾されたメソポーラス体は、例えば下記スキーム1のように合成することができる。この際、アゾベンゼン誘導体としては、光照射や加熱により可逆的に異性化するものならば、特に限定されない。また、アゾベンゼン・シラン化合物(例えば、原料3)のメソポーラス体への修飾方法も、有機基が細孔内に有効に分散されて修飾されるならば、特に方法は限定されない。さらに、アゾベンゼン以外にも、スピロピラン、スピロオキサジン等のような可逆的に光異性化する有機化合物ならば良い。
スキーム1
【0021】
【化1】

【0022】
なお、上記の例では、「アゾベンゼン部分」とは、「C6H5-N=N-C6H4-」であり、「-CONH-(CH2)3-Si(O)3-」はスペーサーに対応する。
【0023】
こうして得られた原料3の光応答性有機官能基をメソポーラス体に導入するためには、通常シランアルコキシド(原料3においてはSi(OEt)3の部分)とメソポーラス体の表面の水酸基(シリカの場合はシラノール基:Si-O-H)とを縮合させることにより合成でき、用いる有機官能基が反応を起こさない条件であるならば、反応方法は特に限定されない。また、用いるシラン化合物(原料3)のメソポーラス体への割合は特に限定されないが、メソポーラス体の重量を基準として1〜20重量%が好ましく、特に5〜15重量%が良い。
【0024】
本発明において、光応答性有機官能基はメソポーラス体100重量部に対し、0.01〜20重量部程度、好ましくは0.5〜15重量部程度の割合で導入され得る。
上記の方法で合成された光応答性有機官能基修飾メソポーラス体による、内包化合物の外
部への放出速度の光制御は、例えば以下のように行うことができる。
【0025】
例えばコレステロ−ルを十分な時間(3〜5日)をかけて細孔内に充填させる。その後、石英セル中でn−ヘキサン溶液にこのコレステロール入りメソポーラス体を懸濁させ、光を照射する。光の照射仕様としては3種類の方法がある。アゾベンゼンは、通常の状態ではトランス体(図1)であるが、300〜350nmの紫外線を吸収してシス体へと異性化する。しかしながら、このシス体は波長が400〜450nmの光や熱により元のトランス体へと戻る。通常この光反応を行う場合、必要としない光の影響をなくすためにフィルターを用いて不必要な光を遮断する。例えば、トランス体をシス体に異性化させる反応のみを行いたい場合は、400nm以上の波長の光を遮断し、一方、シス体のトランス体への異性化反応のみを行いたい場合は、400nm以下の波長の光を遮断することになる。
【0026】
図2には、アゾベンゼン誘導体修飾MCM−41メソポーラスシリカ体、およびコレステロールを内包させた同メソポーラス体の紫外線スペクトルを示す。フィルターを用い、300−400nmのUVのみを照射した場合は、350nmの吸収が減少し、430nmの吸収が増大しているが、フィルターを用いない場合はその増加の割合が少なく、平衡に達していると思われる。したがって、本メソポーラス体にはアゾベンゼン誘導体が修飾されており、照射により光異性化反応が普通のアゾベンゼンと同様に起こることが確認された。
【0027】
図3には、コレステロールを内包させた光応答性有機官能基修飾メソポーラス体をn−ヘキサン溶液に懸濁させ、種々の条件で光を照射させたときのコレステロールの放出量の経時変化を示す。図3において、「a」はフィルターを通じずにランプの全波長域の光をサンプルに照射したもの、「b」および「c」は300−400nmの紫外線のみを透過するフィルターを通して光をサンプルに照射したもの(「b」と「c」の違いは、フィルターの違いで「b」の方が透過された光強度が高い;「b」:58mW、「c」:36mW)、「d」はランプの光を照射しなかったものである。図3より明確にわかるように、通常の単なる拡散によるコレステロールのメソポーラス体からの放出は、光の照射を行わない「d」であるが、光を照射することにより細孔内のコレステロールの放出が促進されている。特にフィルターを通じず、ランプからの全波長の光が照射された場合(a)の放出の促進効果は顕著である。この場合、アゾベンゼン基の部分は、シス体への異性化とそうして生成したシス体のトランス体への異性化が細孔内で同時に起こっていることになる。フィルターを通じて400nm以上の光を遮断した場合(b、c)においても、室温、あるいは室内の自然光によりシス体のトランス体へ異性化は起こる。
【0028】
図3に示されたように、シス体からトランス体への異性化が促進される条件(a:フィルター無しで、光照射)でのコレステロールの放出が速く、単にメソポーラス体の細孔内にアゾベンゼン基がシス体になることにより内包される化学物質のアクセスが容易になったことによる効果ではないことが示された。
【0029】
本発明は、アゾベンゼンの可逆的異性化反応の二つの反応(トランス→シス、シス→トランス)を起こす光を同時に照射することにより、細孔内部からの外部への放出を促進する。理論に拘束されることを望むものではないが、本発明条件下では、アゾベンゼンは細孔内でトランス体とシス体の間の異性化反応を頻繁に起こしており、その異性化の分子構造の変化が細孔内に分子の動きを促進して、いわば分子の「撹拌」効果が起き、それにより内包された化合物の外部への放出が促進され、単なる拡散以上の速度で放出が起こったものと考えられる。
【0030】
本発明と特開2004-026636の技術とを複合させると、メソポーラス体の内包物の次のよ
うな完全な放出制御が実現できる。すなわち、クマリン基を細孔の出口に修飾し、アゾベンゼン基を細孔内に修飾することによりクマリン基に二量化により細孔内の内包物を放出せずに貯蔵することができ、クマリン二量体を開裂させて細孔内より内包物を放出する際には、アゾベンゼンへの光照射によりその放出速度を制御することができる。図4に、クマリン二量体を開裂させた後のコレステロールの溶媒への放出を挙動を示す。(a)は図3の(a)と、(b)は図3の(c)と、(c)は図3の(d)と同様な条件下での放出挙動である。この場合においても、アゾベンゼンのトランス・シスの異性化の両反応が進行する条件での放出が速く、自然拡散による放出は著しく遅い。
【実施例】
【0031】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0032】
実施例1:細孔径が2から6nmのメソポーラス体の合成
細孔径が2から6nmのメソポーラス体の合成は、イオン性界面活性剤(カチオン型およびアニオン型界面活性剤)やBrij等の分子鎖の短い中性界面活性剤を用い、金属酸化物やそのアルコキシド等から合成できる。この方法は以下の参考文献に従い実施できる:C. T. Kresge et al., Nature, 359, 710 (1992);D. Zhao et al., Science, 279, 548 (1998);D. Zhao et al., J. Am. Chem. Soc., 120, 6024 (1998);D. M. Antonelli et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 34, 2014 (1995);T. Martin et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 41, 2590 (2002)など。
例えば、細孔径が3nm程度になるメソポーラスシリカ体の合成は、以下のように行うことができる。水酸化ナトリウム2.70g(67mmol)と臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム9.85g(27mmol)を100mlの水に加え、十分撹拌して溶解させる。この均一な水溶液をテフロン(登録商標)製ビーカー容器に移し替え、シリカゲル16.24g(270mmol)を加え、ビーカーごとオートクレーブに入れて、135℃で24時間静置下で反応させた。反応終了後、ろ別し、十分にイオン交換水で洗浄し、120℃で12時間乾燥させ、MCM−41型メソポーラスシリカの鋳型除去前の粗生成物を得た。この粗生成物を2g取り、1M塩酸のエタノール溶液(400ml)に加え、環流処理を4時間行った。この処理を赤外線スペクトルより界面活性剤が完全になくなったことを確認するまで行った。通常は2〜3回程度で完了した。

参考例2:細孔径が6nm以上のメソポーラス体の合成
細孔径が6nm以上のメソポーラス体の合成は、分子鎖の長いPluronic P123等の中性
界面活性剤を用い、金属塩化合物やそのアルコキシド等から合成できる。この方法は下記の参考文献に従い実施可能である:D. Zhao et al., Science, 279, 548 (1998);D. Zhao et al., J. Am. Chem. Soc., 120, 6024 (1998)など。
【0033】
例えば、細孔径が約7nm程度になるメソポーラスシリカ体の合成は、以下のように行うことができる。8.0gのPluronic P123(平均分子量5800)を60mLのイオン
交換水に溶かし、240mLの2M塩酸水溶液に加えた。この液にテトラエトキシシラン(17.06g:82mmol)を加え、350℃で20時間反応させた。さらに静置下で80℃で24時間反応させた後、ろ別し、十分にイオン交換水で洗浄し、120℃で12時間乾燥させ、メソポーラスシリカ体の鋳型除去前の粗生成物を得た。この粗生成物を2g取り、エタノール溶液に加え、環流処理を4時間行った。この処理を赤外線スペクトルより界面活性剤が完全になくなったことを確認するまで行った。通常は2〜3回程度で完了した。

参考例3:アゾベンゼン・シラン化合物の合成
式−1の原料3の合成法を示す。0.244gの塩化4−(フェニルアゾ)ベンゾイル
(原料1)(1mmol)を脱水トルエン(10ml)に溶解させ、これに0.221gの3−アミノプロピルトリエトキシシラン(1mmol)を加え、20時間110℃で反応させた。反応終了後、溶媒や副生した塩酸をエバポレーターや真空ポンプで十分に除去して、原料3を得た(0.41g;収率96%)。

実施例1:アゾベンゼン・シラン化合物のメソポーラス体への修飾
参考例3で合成されたアゾベンゼン・シラン化合物0.08g(0.19mmol)を脱水トルエン10mlに溶かし、この溶液に参考例1で得られたメソポーラス体1gを加え、80℃で1時間加熱撹拌した。この反応液から揮発成分をロータリーエバポレーター(80℃、2時間)および真空ポンプ(90℃、24時間)で留去し、得られた固体をトルエンとエタノールで洗浄後、80℃で12時間乾燥させ、目的物を得た。図5−7に、得られた生成物の拡散反射の紫外線スペクトル(図5)、赤外線スペクトル(図6)、熱分析(図7)結果を示す。図5の紫外線スペクトルにはアゾベンゼン特有の吸収(〜330nm、〜430nm)が観測され、また図6の赤外線スペクトルより、アルキル基特有の2900〜3000cm−1の吸収が確認できた。さらに、図7と非修飾のメソポーラスシリカ(図8)の熱重量分析(TGA)の結果より、4〜5重量%分の有機基が修飾されていることも確認できた。以上のことより、メソポーラスシリカにはアゾベンゼン基が確かに修飾されていることがわかった。
実施例2:アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカ体による内包化合物の外部への放出
実施例1で得られた1gのアゾベンゼン修飾メソポーラスシリカ体を、1gのコレステロールが溶解したn−ヘキサンとエタノールの混合溶液(20ml、体積比=3:1)に加え、40℃で3、5日間撹拌した。その後、ろ別、n−ヘキサンで十分に洗浄した後、60℃で12時間乾燥させた。こうして得られたサンプル1gを紫外線スペクトル用石英セルに入れ、n−ヘキサンを加え、ランプで光を照射した。ランプとしては、ウシオ電機UXL−500SXを用いた。紫外線フィルターとしては、UV−D36A(c)、UV−D36C(b)を用いた。また、放出されたコレステロールの量は、溶液を一部抜き取り、ガスクロマトグラフィーにより定量した。結果は、図3に示すように、光の照射の仕様により、コレステロールの外部への放出速度は著しく変化した。
実施例3:アゾベンゼン・シラン化合物およびクマリン・シラン化合物のメソポーラス体への修飾
参考例1で合成したメソポーラスシリカの粗生成物(界面活性剤入り)を用い、特開2004-026636で述べた方法によりクマリン修飾メソポーラスシリカを合成した。界面活性剤を
溶媒抽出により除去したこの材料に、実施例1と同様の方法でアゾベンゼン・シラン化合物を修飾し、アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカを合成した。この場合、アゾベンゼン基は細孔全体に修飾されているが、クマリンは細孔の出口近傍にのみ修飾されている。図9−14に、得られた生成物の拡散反射の紫外線スペクトル(クマリン修飾メソポーラスシリカ:図9、アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカ:図10)、赤外線スペクトル(アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカ:図11、アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカ:図12)、熱分析(クマリン修飾メソポーラスシリカ:図13、アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカ:図14)結果を示す。図9,10の紫外線スペクトルより、クマリン基とアゾベンゼン基が修飾されていることが観測され、またこのことは、図11,12の赤外線スペクトルでのアルキル基等の吸収で追認できた。さらに、図8,13,14の熱重量分析(TGA)結果の比較より、メソポーラスシリカには1〜2重量%のクマリン基と4〜5重量%分のアゾベンゼン基が修飾されていることも確認できた。以上のことよりに、メソポーラスシリカには、クマリン基およびアゾベンゼン基が確かに修飾されていることが確認できた。
実施例4:アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカ体による内包化合物の外部への放出
実施例2と同様な方法で、アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカ体の細孔内にコレステロールを充填した。このサンプルにウシオ電機製高圧水銀ランプUM−452を
パイレックス(登録商標)ガラスを通じて30分照射してクマリン部を光二量化させた。十分に溶媒で洗浄の後、実施例5と同じ条件で、内包されたコレステロールの放出を試みたが、溶媒中に検出可能な量のコレステロールは見いだせなかった。このサンプルをろ別後、ウシオ電機製低圧水銀ランプ(ULO−6DQ)を用いて250−260nmの紫外線を2.5分間照射した。得られたサンプルを再び実施例5と同様な方法で、溶媒へのコレステロールの溶出を分析した。この際、光照射の条件は実施例5と同様な方法で行った。その結果は図4に示したが、実施例2、図3と同様に、結果は、図4に示すように、光の照射の仕様により、コレステロールの外部への放出速度は著しく変化した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本特許で新しく調製され見いだされた材料の応用は、種々想定されるが、例えば以下のような応用が考えられる。例えば、細孔内に種々の薬物を封入しておき、外部のセンサーとの連動により、内包された化合物を高速に放出するというドラッグデリバリーシステムが構築できると期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】メソポーラス体に修飾されたアゾベンゼン誘導体の光異性化反応
【図2】(a)アゾベンゼン誘導体修飾MCM−41メソポーラスシリカ体、(b)コレステロールを内包させた同メソポーラス体。「UV」は、フィルターを用いて300−400nmの紫外線のみを照射した場合。「UV−Vis」はフィルターを用いずに全波長域の光(200−500nm)を照射した場合。
【図3】アゾベンゼン誘導体修飾メソポーラスシリカ体からのコレステロールの放出
【図4】アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカによるコレステロールの放出挙動
【図5】アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカの拡散反射紫外線スペクトル
【図6】アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカの赤外線スペクトル
【図7】アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカのTGA
【図8】非修飾のメソポーラスシリカのTGA
【図9】クマリン修飾メソポーラスシリカの拡散反射紫外線スペクトル(as-prepared)と紫外線照射(>310nm)によるスペクトルの変化
【図10】アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカの拡散反射紫外線スペクトル
【図11】アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカの赤外線スペクトル
【図12】アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカの赤外線スペクトル
【図13】アゾベンゼン修飾メソポーラスシリカのTGA
【図14】アゾベンゼン・クマリン修飾メソポーラスシリカのTGA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可逆的光異性化基を細孔内に有する光応答性メソポーラス体。
【請求項2】
可逆的光異性化基がアゾベンゼン部分、スピロピラン部分及びスピロオキサジン部分からなる群から選ばれる少なくとも1種の部分(moiety)を有する請求項1に記載の光応答性メソポーラス体。
【請求項3】
メソポーラス体がメソポーラスシリカである請求項1に記載のメソポーラス体。
【請求項4】
化学物質を細孔に内包してなる請求項1〜3のいずれかに記載のメソポーラス体。
【請求項5】
前記細孔の両端部に光により開閉可能な制御機構を備える請求項1〜4のいずれかに記載のメソポーラス体。
【請求項6】
メソポーラス体の細孔内に可逆的光異性化基を導入する工程、前記化学物質を前記細孔に内包させる工程を有する、光照射に伴う光異性化基の可逆的異性化により細孔内の化学物質の放出を促進可能な光応答性メソポーラス体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2006−256885(P2006−256885A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−74209(P2005−74209)
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】