説明

光電変換素子、その製造方法、それに用いられる陽極酸化基板及び太陽電池

【課題】陽極酸化基板を用いた光電変換素子において、陽極酸化基板にアルカリ金属をドープすることを可能とする。
【解決手段】Alを主成分とする金属基材11の少なくとも一方の面側に陽極酸化膜12が形成された陽極酸化基板10上に、下部電極20、光電変換層30および上部電極50の積層構造を有する光電変換素子1において、陽極酸化基板10が、陽極酸化膜12に少なくとも1種のアルカリ金属がドープされたものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽極酸化膜を有する陽極酸化基板上に、下部電極、光電変換層および上部電極の積層構造を有する光電変換素子、その製造方法、それに用いられる陽極酸化基板及びそれを用いた太陽電池に関する。
【背景技術】
【0002】
下部電極(裏面電極)と光吸収により電流を発生する光電変換層と上部電極(透明電極)との積層構造を基板上に有する光電変換素子が、太陽電池等の用途に使用されている。従来、太陽電池においては、バルクの単結晶Si又は多結晶Si、あるいは薄膜のアモルファスSiを用いたSi系太陽電池が主流であったが、近年Siに依存しない化合物半導体系太陽電池の研究開発がなされている。化合物半導体系太陽電池としては、GaAs系等のバルク系と、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素とからなるCIS(Cu−In−Se)系あるいはCIGS(Cu−In−Ga−Se)系等の薄膜系とが知られている。CIS系あるいはCIGS系は、光吸収率が高く、高い光電変換効率が報告されている。
【0003】
CIS系あるいはCIGS系等の光電変換素子においては、アルカリ金属、好ましくはNaを光電変換層に拡散させることで、光電変換層の結晶性が良くなり、光電変換効率が向上することが知られている(非特許文献1)。従来は、Naを含むソーダライムガラス基板を用いて、光電変換層にNaを拡散させることがなされている。
【0004】
また、太陽電池用基板としてはガラス基板が主に使用されているが、可撓性を有する金属基板を用いることが検討されている。金属基板を用いた太陽電池は、基板の軽量性および可撓性(フレキシビリティー)という特徴から、ガラス基板を用いたものに比較して、広い用途へ適用できる可能性がある。さらに、金属基板は高温プロセスにも耐えうるという点で、光電変換特性が向上し太陽電池のさらなる光電変換効率の向上が期待できる。金属基板を用いる場合、金属基板とその上に形成される電極及び光電変換層との短絡が生じないよう、金属基板の表面に絶縁膜を設ける必要がある。
【0005】
太陽電池用基板の一例として、Al基材の表面に陽極酸化膜(Al)を形成した陽極酸化基板を用いることが提案されている。かかる方法では、大面積基板を用いる場合も、その表面全体にピンホールがなくかつ密着性の高い絶縁膜を簡易に形成することができる。
【0006】
しかし、陽極酸化基板にはアルカリ金属が含まれていないため、太陽電池用基板として陽極酸化基板を用いてCIS系あるいはCIGS系等の光電変換層の結晶性を上げるためには、アルカリ金属を別途ドープする必要がある。このようなアルカリ金属のドープ方法としては例えば、陽極酸化基板と光電変換層との間にアルカリ金属を供給するアルカリ金属供給層を設ける方法(特許文献1)や、下部電極上にIn、Cu及びGa金属元素を含有成分としたプリカーサを形成した後、このプリカーサ上にアルカリ金属供給層を形成する方法(特許文献2)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−86167号公報
【特許文献2】特開2006−210424号公報
【特許文献3】特開2003−340280号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】濱川圭弘 編著、「太陽電池」、コロナ社出版、2004年7月16日、P.144
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1および2のように別途アルカリ金属供給層を形成する方法では、光電変換素子の製造工程が多くなり製造コストが上がる恐れがある。また、特許文献1および2のようにNaを含有する化合物を用いた方法では、当該化合物のNa以外の元素が不純物として残り、光電変換特性に悪影響を及ぼす恐れがある。例えば、特許文献2の場合には、ポリモリブデン酸ナトリウムを焼結すると、若干の酸素が残ってしまい、電極の伝導性に悪影響を与える。したがって、陽極酸化基板上に下部電極、光電変換層および上部電極の積層構造を有する光電変換素子において、陽極酸化基板にアルカリ金属をドープする方法が望まれている。
【0010】
また特許文献3では、陽極酸化基板にRu、PtおよびRhの少なくともいずれかを担持させ、さらにアルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類、MnおよびZrの少なくともいずれかを担持させることによって、CO選択酸化触媒の酸化性能を向上させる報告がなされている(請求項4)。アルカリ金属を担持させる方法は、NaNO3、KNO3又はCsNO340mg/lのアセトン溶液300mlに、室温にて24時間基板を浸漬するものである。しかし、上記のような方法はほぼ中性の溶液を用いたものであるため、アルカリ金属のドープ量は少ないと考えられる。特許文献3はCO選択酸化触媒としての報告であるため、低濃度のドープ量でも効果を得られたと考えられるが、光電変換素子に応用するためにはドープ量が少なく困難であると考えられる。また特許文献3は、陽極酸化基板にアルカリ金属を単独でドープしているものではない。
【0011】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、金属基材と陽極酸化膜とを有する陽極酸化基板を用いた光電変換素子において、陽極酸化膜にアルカリ金属がドープされた陽極酸化基板を用いることによって、高い光電変換効率を有する光電変換素子およびその製造方法を提供することを目的とする。また、陽極酸化膜にアルカリ金属がドープされた陽極酸化基板、上記の光電変換素子を用いた高い光電変換効率を有する太陽電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明に係る光電変換素子は、
Alを主成分とする金属基材の少なくとも一方の面側に陽極酸化膜が形成された陽極酸化基板上に、下部電極、光電変換層および上部電極の積層構造を有する光電変換素子において、
陽極酸化基板は、陽極酸化膜に少なくとも1種のアルカリ金属がドープされたものであることを特徴とするものである。
【0013】
ここで、「Alを主成分とする金属基材の主成分」は、含量98質量%以上の成分であると定義する。金属基材は、微量元素を含んでいてもよい純Al基材でもよいし、Alと他の金属元素との合金基材でもよい。また、上記陽極酸化基板上に形成された層(下部電極、光電変換層、上部電極およびその他必要に応じて設けられる任意の層)の「主成分」は、含量75質量%以上の成分であると定義する。
【0014】
さらに、本発明に係る光電変換素子において、陽極酸化膜はアルカリ金属以外の金属がドープされていないものであることが好ましく、アルカリ金属はNaであることが好ましい。
【0015】
また、陽極酸化基板は、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板に対して少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を有する製造方法により製造されたものであることが好ましい。この場合、アルカリ性水溶液がNaを含有するものであることが好ましい。アルカリ性水溶液は、NaOH、NaCO、Na(C)、CHCOONaおよびHCOONaからなる群より選択される少なくとも1種の化合物の水溶液であることが好ましく、特にNaOHであることが好ましい。
【0016】
光電変換層の主成分は、少なくとも1種のカルコパイライト構造の化合物半導体であることが好ましく、光電変換層の主成分は、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素とからなる少なくとも1種の化合物半導体であることがより好ましい。
【0017】
また、光電変換層の主成分は、
Cu及びAgからなる群より選択された少なくとも1種のIb族元素と、
Al,Ga及びInからなる群より選択された少なくとも1種のIIIb族元素と、
S,Se,及びTeからなる群から選択された少なくとも1種のVIb族元素とからなる少なくとも1種の化合物半導体であることが好ましい。
【0018】
本明細書における元素の族の記載は、短周期型周期表に基づくものである。本明細書において、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素とからなる化合物半導体は、「I−III−VI族半導体」と略記している箇所がある。I−III−VI族半導体の構成元素であるIb族元素、IIIb族元素、及びVIb族元素はそれぞれ1種でも2種以上でもよい。
【0019】
さらに、本発明に係る光電変換素子の製造方法は、
上記の光電変換素子の製造方法において、
陽極酸化基板の製造工程が、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板に対して、少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を含むことを特徴とするものである。
【0020】
また、本発明に係る陽極酸化基板は、
Alを主成分とする金属基材の少なくとも一方の面側に陽極酸化膜が形成された陽極酸化基板において、
陽極酸化膜に金属としてアルカリ金属のみがドープされたものであることを特徴とするものである。
【0021】
そして、本発明に係る陽極酸化基板において、下部電極、光電変換層および上部電極の積層構造を有する光電変換素子用の基板であることが好ましい。
【0022】
さらに、本発明に係る太陽電池は、上記の光電変換素子を備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る光電変換素子、その製造方法、それに用いられる陽極酸化基板及び太陽電池は、陽極酸化基板の陽極酸化膜に少なくとも1種のアルカリ金属がドープされたものであることを特徴とする。これにより、別途アルカリ金属供給層を形成する等しなくとも、CIS系あるいはCIGS系等の光電変換層にアルカリ金属を拡散させて、当該光電変換層の結晶性を高めることができる。この結果、CIS系あるいはCIGS系等の光電変換素子において、光電変換効率の向上が可能となる。
【0024】
また、本発明において、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板に対して少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を有するものとすれば、大型の装置等を用いることなく、陽極酸化膜に少なくとも1種のアルカリ金属をドープすることができる。この結果、光電変換素子の製造において、簡易なプロセスで低コスト化を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1A】実施形態に係る光電変換素子の短手方向の模式断面図
【図1B】実施形態に係る光電変換素子の長手方向の模式断面図
【図2】陽極酸化基板の構成を示す模式断面図
【図3】陽極酸化基板の製造方法を示す斜視図
【図4】Naがドープされた陽極酸化基板を示す模式断面図
【図5】I−III−VI化合物半導体の格子定数とバンドギャップとの関係を示す図
【図6A】実施例3におけるCIGS結晶の電子顕微鏡写真
【図6B】比較例2におけるCIGS結晶の電子顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明するが、本発明はこれに限られるものではない。なお、視認しやすくするため、図面中の各構成要素の縮尺等は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0027】
「光電変換素子の実施形態」
図面を参照して、本発明に係る実施形態の光電変換素子の構造について説明する。図1Aは光電変換素子の短手方向の模式断面図、図1Bは光電変換素子の長手方向の模式断面図、図2は陽極酸化基板の構成を示す模式断面図である。
【0028】
光電変換素子1は、陽極酸化基板10上に、下部電極(裏面電極)20と光電変換層30とバッファ層40と上部電極(透明電極)50とが順次積層された素子である。上記各層は、絶縁膜としての陽極酸化膜上に形成されている。
【0029】
光電変換素子1には、短手方向断面視において、下部電極20のみを貫通する第1の開溝部61、光電変換層30とバッファ層40とを貫通する第2の開溝部62、及び上部電極50のみを貫通する第3の開溝部63が形成されており、長手方向断面視において、光電変換層30とバッファ層40と上部電極50とを貫通する第4の開溝部64が形成されている。
【0030】
上記構成では、第1〜第4の開溝部61〜64によって素子が多数のセルCに分離された構造が得られる。また、第2の開溝部62内に上部電極50が充填されることで、あるセルCの上部電極50が隣接するセルCの下部電極20に直列接続した構造が得られる。
【0031】
(陽極酸化基板)
本実施形態において、陽極酸化基板10はAlを主成分とする金属基材11の少なくとも一方の面側を陽極酸化して得られた基板である。すなわち、陽極酸化基板10は、陽極酸化により形成された陽極酸化膜12と陽極酸化されず金属基材が残った部分であるAl層11とからなる。陽極酸化基板10は、図2の左図に示すように、金属基材の両面側に陽極酸化膜12が形成されたものでもよいし、図2の右図に示すように、金属基材の片面側に陽極酸化膜12が形成されたものでもよい。光電変換素子の製造過程において、Alと陽極酸化膜との熱膨張係数差に起因した基板の反り、及びこれによる膜剥がれ等を抑制するには、図2の左図に示すように金属基材の両面側に陽極酸化膜12が形成されたものが好ましい。陽極酸化基板10の両面側に陽極酸化膜12を形成する場合、基板両面の熱応力のバランスを考慮して、2つの陽極酸化膜12の膜厚をほぼ等しくする、若しくは光電変換層等が形成されない面側の陽極酸化膜12を他方の陽極酸化膜12よりもやや厚めとすることが好ましい。
【0032】
陽極酸化基板10は、陽極酸化膜12に少なくとも1種のアルカリ金属がドープされたものである。これにより、CIS系あるいはCIGS系等の光電変換層30のアニール時にアルカリ金属イオンが光電変換層30に拡散し、そのことにより光電変換層30の結晶性が向上し、光電変換効率が向上させることができる。アルカリ金属としてはLi,Na,K,Rb,及びCsが挙げられる。ここで、陽極酸化膜12は、アルカリ金属以外の金属がドープされていないものであることが好ましい。また、アルカリ金属は特に制限されないが、CIS系あるいはCIGS系等の光電変換層の結晶性の向上の観点から、Naが好ましい。アルカリ金属をドープする場所は、特に制限されず、陽極酸化膜12の表面(微細孔内を除く)でもよく、微細孔内の表面でもよく、また陽極酸化膜12全体に分布していてもよい。なお、アルカリ金属の拡散の観点から、ある程度の濃度が電極側にあることが好ましい。
【0033】
また、陽極酸化基板10は、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板10に対して少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を有する製造方法により製造されたものであることが好ましい。アルカリ性水溶液はNaを含有するものであることが好ましい。この場合、アルカリ性水溶液は、NaOH、NaCO、Na(C)、CHCOONaおよびHCOONaからなる群より選択される少なくとも1種の化合物の水溶液であることが好ましく、特にNaOHであることが好ましい。
【0034】
金属基材11としては、日本工業規格(JIS)の1000系純Alでもよいし、Al−Mn系合金、Al−Mg系合金、Al−Mn−Mg系合金、Al−Zr系合金、Al−Si系合金、及びAl−Mg−Si系合金等のAlと他の金属元素との合金でもよい(「アルミニウムハンドブック第4版」(1990年、軽金属協会発行)を参照)。
【0035】
陽極酸化は、必要に応じて洗浄処理・研磨平滑化処理等が施された金属基材11を陽極とし陰極と共に電解質に浸漬させ、陽極陰極間に電圧を印加することで実施できる。陰極としてはカーボンやAl等が使用される。電解質としては制限されず、硫酸、リン酸、クロム酸、シュウ酸、スルファミン酸、ベンゼンスルホン酸、及びアミドスルホン酸等の酸を、1種又は2種以上含む酸性電解液が好ましく用いられる。
【0036】
図3は陽極酸化基板の製造方法を示す斜視図である。図3に示すように、Alを主成分とする金属基材11を陽極酸化すると、表面11sから該面に対して略垂直方向に酸化反応が進行し、Alを主成分とする陽極酸化膜12が生成される。陽極酸化により生成される陽極酸化膜12は、多数の平面視略正六角形状の微細柱状体12aが隙間なく配列した構造(ポーラス層)を有するものとなる。各微細柱状体12aの略中心部には、表面11sから深さ方向に略ストレートに延びる微細孔12bが開孔され、各微細柱状体12aの底面は丸みを帯びた形状となる。通常、微細柱状体12aの底部には微細孔12bのないバリア層(通常、厚み0.01〜0.4μm)が形成される。陽極酸化条件を工夫すれば、微細孔12bのない陽極酸化膜12を形成することもできる。なお、バリア層の厚さを大きくする目的で、酸系電解液で製膜後、中性電解液で再処理するポアフィリング法等も使用することが可能である。
【0037】
金属基材11の厚みは特に制限されない。陽極酸化前の金属基材11の厚みは、陽極酸化基板10の機械的強度、薄型軽量化および材料特性の応力計算結果から適宜選択できるが、例えば0.05〜0.6mmが好ましく、0.1〜0.3mmがより好ましい。なお、陽極酸化基板10を構成する際に、Al材11は陽極酸化、及び陽極酸化の事前洗浄や研磨により厚さが減少するため、それを見越した厚さとしておく必要がある。一方、陽極酸化膜12の厚みは、基板の絶縁性、機械的強度および材料特性の応力計算結果から適宜選択できるが、例えば0.1〜100μmが好ましい。
【0038】
陽極酸化膜12にアルカリ金属をドープする方法は、例えば、陽極酸化処理が施された陽極酸化基板10を、アルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液に浸漬させ、その後純水で洗浄することにより実施できる。必要に応じてその後乾燥させる工程を行ってもよい。上記の方法において、アルカリ金属としてNaを含有するアルカリ性水溶液を用いることが好ましく、例えばNaOH、NaCO、Na(C)、CHCOONa、HCOONa等が挙げられ、特に強アルカリであるNaOHを用いることが好ましい。水溶液の温度は、室温〜100℃であり、より好ましくは60℃〜100℃である。浸漬時間は、上記の温度にもよるが、通常0.5〜48時間であり、より好ましくは1〜24時間である。
【0039】
アルカリ金属のドープは、下記式(1)に示す結合を形成することにより成されていると考えられる。下記式(1)において、AlおよびOはそれぞれ陽極酸化膜中のアルミニウムおよび酸素を表し、Mはアルカリ金属を表す。図4は例えばアルカリ金属としてNaがドープされている場合の概略断面図である。
式(1):Al−O−M
【0040】
式(1)の結合が形成されるのは、陽極酸化膜表面に存在するAl−O−Hという水酸基のプロトンとアルカリ金属とがイオン交換するためと考えられる。このような水酸基は、水溶液のアルカリ性が強いほど多く存在するようになるため、アルカリ性水溶液を用いて処理することにより、多くのNaをドープさせることが可能となる。したがって、水溶液のpHは、8以上であることが好ましく、13以上であることがより好ましい。
【0041】
(光電変換層)
光電変換層30は光吸収により電流を発生する層である。その主成分は特に制限されず、少なくとも1種のカルコパイライト構造の化合物半導体であることが好ましい。また、光電変換層30の主成分は、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素とからなる少なくとも1種の化合物半導体であることが好ましい。
【0042】
さらに光吸収率が高く、高い光電変換効率が得られることから、
光電変換層30の主成分は、
Cu及びAgからなる群より選択された少なくとも1種のIb族元素と、
Al,Ga及びInからなる群より選択された少なくとも1種のIIIb族元素と、
S,Se,及びTeからなる群から選択された少なくとも1種のVIb族元素とからなる少なくとも1種の化合物半導体であることが好ましい。
【0043】
上記化合物半導体としては、
CuAlS,CuGaS,CuInS
CuAlSe,CuGaSe,CuInSe(CIS),
AgAlS,AgGaS,AgInS
AgAlSe,AgGaSe,AgInSe
AgAlTe,AgGaTe,AgInTe
Cu(In1−xGa)Se(CIGS),Cu(In1−xAl)Se,Cu(In1−xGa)(S,Se)
Ag(In1−xGa)Se,及びAg(In1−xGa)(S,Se)等が挙げられる。
【0044】
光電変換層30は、CuInSe(CIS)、及び/又はこれにGaを固溶したCu(In,Ga)Se(CIGS)を含むことが特に好ましい。CIS及びCIGSはカルコパイライト結晶構造を有する半導体であり、光吸収率が高く、高い光電変換効率が報告されている。また、光照射等による効率の劣化が少なく、耐久性に優れている。
【0045】
光電変換層30には、所望の半導体導電型を得るための不純物が含まれる。不純物は隣接する層からの拡散、及び/又は積極的なドープによって、光電変換層30中に含有させることができる。光電変換層30は、I−III−VI族半導体以外の1種又は2種以上の半導体を含んでいてもよい。I−III−VI族半導体以外の半導体としては、Si等のIVb族元素からなる半導体(IV族半導体)、GaAs等のIIIb族元素及びVb族元素からなる半導体(III−V族半導体)、及びCdTe等のIIb族元素及びVIb族元素からなる半導体(II−VI族半導体)等が挙げられる。光電変換層30中のI−III−VI族半導体の含有量は特に制限されず、75質量%以上が好ましく、95質量%以上がより好ましく、99質量%以上が特に好ましい。
【0046】
CIGS層の成膜方法としては、1)多源同時蒸着法(J.R.Tuttle et.al ,Mat.Res.Soc.Symp.Proc., Vol.426 (1996)p.143.およびH.Miyazaki, et.al, phys.stat.sol.(a),Vol.203(2006)p.2603.等)、2)セレン化法(T.Nakada et.al,, Solar Energy Materials and Solar Cells 35(1994)204-214.およびT.Nakada et.al,, Proc. of 10th European Photovoltaic Solar Energy Conference(1991)887-890.等)、3)スパッタ法(J.H.Ermer,et.al, Proc.18th IEEE Photovoltaic Specialists Conf.(1985)1655-1658.およびT.Nakada,et.al, Jpn.J.Appl.Phys.32(1993)L1169-L1172.等)、4)ハイブリッドスパッタ法(T.Nakada,et.al., Jpn.Appl.Phys.34(1995)4715-4721.等)、及び5)メカノケミカルプロセス法(T.Wada et.al, Phys.stat.sol.(a), Vol.203(2006)p2593等)等が知られている。また、その他のCIGS成膜法としては、スクリーン印刷法、近接昇華法、MOCVD法、及びスプレー法などが挙げられる。例えば、スクリーン印刷法あるいはスプレー法等で、Ib族元素、IIIb族元素、及びVIb族元素を含む微粒子膜を基板上に形成し、熱分解処理(この際、VIb族元素雰囲気での熱分解処理でもよい)を実施するなどにより、所望の組成の結晶を得ることができる(特開平9−74065号公報、特開平9−74213号公報等)。
【0047】
図5は、主なI−III−VI化合物半導体における格子定数とバンドギャップとの関係を示す図である。組成比を変えることにより様々な禁制帯幅(バンドギャップ)を得ることができる。バンドギャップよりエネルギーの大きな光子が半導体に入射した場合、バンドギャップを超える分のエネルギーは熱損失となる。太陽光のスペクトルとバンドギャップの組合せで変換効率が最大になるのがおよそ1.4〜1.5eVであることが理論計算で分かっている。光電変換効率を上げるために、例えばCu(In,Ga)Se(CIGS)のGa濃度を上げたり、Cu(In,Al)SeのAl濃度を上げたり、Cu(In,Ga)(S,Se)のS濃度を上げたりしてバンドギャップを大きくすることで、変換効率の高いバンドギャップを得ることができる。CIGSの場合、1.04〜1.68eVの範囲で調整できる。
【0048】
(電極およびバッファ層)
下部電極(裏面電極)20及び上部電極(透明電極)50はいずれも導電性材料からなる。光入射側の上部電極50は透光性を有する必要がある。
【0049】
例えば、下部電極20の材料としてMoを用いることができる。下部電極20の厚みは100nm以上であることが好ましく、0.45〜1.0μmであることがより好ましい。下部電極20の成膜方法は特に制限されず、電子ビーム蒸着法やスパッタリング法等の気相成膜法が挙げられる。上部電極50の主成分としては、ZnO,ITO(インジウム錫酸化物),SnO,及びこれらの組合わせが好ましい。上部電極50は、単層構造でもよいし、2層構造等の積層構造もよい。上部電極50の厚みは特に制限されず、0.3〜1μmが好ましい。バッファ層40としては、CdS,ZnS,ZnO,ZnMgO,ZnS(O,OH) ,及びこれらの組合わせが好ましい。
【0050】
以上の好ましい組成の組合わせとしては例えば、Mo下部電極/CIGS光電変換層/CdSバッファ層/ZnO上部電極が挙げられる。
【0051】
(その他の層)
光電変換素子1は必要に応じて、上記で説明した以外の任意の層を備えることができる。例えば、陽極酸化基板10と下部電極20との間、及び/又は下部電極20と光電変換層30との間に、必要に応じて、層同士の密着性を高めるための密着層(緩衝層)を設けることができる。
【0052】
前述したように、光電変換素子においては、アルカリ金属(例えばNa)が例えばCIGS膜に拡散することにより、光電変換効率が高くなることが報告されている。アルカリ金属の拡散方法としては、下部電極上に蒸着法またはスパッタリング法によってアルカリ金属を含有する層を形成する方法(特開平8−222750号公報等)、下部電極上に浸漬法によりNaS等からなるアルカリ層を形成する方法(WO03/069684号パンフレット等)、下部電極上に、In、Cu及びGa金属元素を含有成分としたプリカーサを形成した後このプリカーサに対して例えばアルカリ金属供給層を形成する方法(特許文献2)等が挙げられる。
【0053】
しかしながら、上記のような方法はすべてアルカリ金属を単独でドープするものではない。これは、アルカリ金属単体での不安定性に起因するものである。
【0054】
本発明に係る光電変換素子、その製造方法、それに用いられる陽極酸化基板及び太陽電池は、陽極酸化基板の陽極酸化膜に少なくとも1種のアルカリ金属がドープされたものであることを特徴とする。これにより、別途アルカリ金属供給層を形成しなくとも、CIS系あるいはCIGS系等の光電変換層にアルカリ金属を拡散させて、当該光電変換層の結晶性を高めることができる。この結果、CIS系あるいはCIGS系等の光電変換素子において、光電変換効率の向上が可能となる。
【0055】
また、本発明において、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板に対して少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を有するものとすれば、大型の装置等を用いることなく、陽極酸化膜に少なくとも1種のアルカリ金属をドープすることができる。この結果、光電変換素子の製造において、簡易なプロセスで低コスト化を実現することが可能となる。
【実施例】
【0056】
本発明に係る光電変換素子の実施例および比較例について説明する。
【0057】
(実施例1)
厚さ300umおよび純度99.5%のAl基板を0.5mol/lの(COOH)水溶液中で、溶液温度16℃、電圧40Vおよび印加時間1Hの条件の下、陽極酸化を行うことにより、9μmの陽極酸化膜を有する陽極酸化基板を得た。その後、容量200mlのオートクレーブ中に、9cmの陽極酸化基板を配置し、0.1mol/lのNaOHを100ml加え、60℃のオーブンで1日処理を行った。そして、陽極酸化基板を取り出し純水で洗浄した。以上の工程により得られた陽極酸化基板に対して、XRF測定装置(50kV、60mA)によりNaKα線の量で、Naドープ量を測定した。
【0058】
(実施例2)
実施例1と同様の方法により、9μmの陽極酸化膜を有する陽極酸化基板を得た。その後、容量200mlのオートクレーブ中に、9cmの陽極酸化基板を配置し、1.0mol/lのNaOHを100ml加え、60℃のオーブンで1日処理を行った。そして、陽極酸化基板を取り出し純水で洗浄した。
【0059】
(比較例1)
Naを含有する一般的な基板であるソーダライムガラス(SLG)基板を比較例とした。
【0060】
(Naドープ量の測定)
上記実施例1、実施例2および比較例1において得られたそれぞれの陽極酸化基板について、XRF測定装置(50kV、60mA)によりNaKα線の量で、Naドープ量を測定した。ここでSLG基板は、当該基板全体にNaを含有する。したがって、入射X線の潜り込み深さがおよそ10〜20μm程度であることを考慮し、基板表面近傍の単位体積当たりのNaについてNaKα線強度を比較例に対する相対強度をして評価した。
【0061】
(評価1)
上記実施例1、実施例2および比較例1において得られたそれぞれの基板についてXRF測定を行った結果を表1に示す。これより、SLG基板のNaドープ量は、そのNaKα線の測定値から1.7×−6mol/cmであることが分かった。そして、比較例に対するNaKα線の相対強度から、実施例1および実施例2の基板のNaドープ量は、それぞれ2.4×−6mol/cmおよび7.0×−6mol/cmであることがわかった。これより、実施例1および実施例2の基板には、SLG基板よりも多くのNaがドープされていることが分かった。特に実施例2においては、単位体積当たりSLG基板の4倍以上のNaがドープされていることがわかった。
【0062】
【表1】

【0063】
(実施例3)
実施例2で得られた陽極酸化基板上に、下部電極として120℃の基板温度で800nmのMoスパッタを行った後、CIGS蒸着を行った。CIGS蒸着法は以下のとおりである。
真空容器内部にCIGSの主成分であるCuの蒸着源、Inの蒸着源、Gaの蒸着源、およびSeの蒸着源を用意し、真空度約10−7Torrのもとで、Cu、In、Ga、およびSeの蒸着源ルツボを加熱し、各元素を蒸発させた。その際、ルツボの温度は適宜調節した。CIGS薄膜は、以下に示すように2層構成とした。すなわち、1層目はInとGaの合計の原子組成に対してCuの原子組成が過剰になるように膜を形成したものであり、続く2層目はCuの原子組成に対してInとGaの合計の原子組成が過剰になるように膜を形成したものである。基板温度は550℃で一定とした。そして1層目を約2μm蒸着した。この際、原子組成比はCu/(In+Ga)=約1.0〜1.2であった。次に2層目を約1μm蒸着し、最終的な原子組成比がCu/(In+Ga)=0.8〜0.9になるよう蒸着した。
【0064】
(比較例2)
Naをドープしていない陽極酸化基板上に、実施例3と同様の方法により、CIGSの結晶を成長させた。
【0065】
(結集粒の測定)
上記実施例3および比較例2において得られたそれぞれのCIGS結晶について、電子顕微鏡によりその結晶粒の大きさを確認した。
【0066】
(評価2)
図6Aは実施例3のCIGS結晶の電子顕微鏡写真であり、図6Bは比較例2のCIGS結晶の電子顕微鏡写真である。これより、Naをドープする陽極酸化基板を用いることにより、CIGS結晶の粒径が増大することが分かった。
【符号の説明】
【0067】
1 半導体素子(光電変換素子)
10 陽極酸化基板
11 金属基材(Al層)
12 陽極酸化膜
20 下部電極
30 光電変換層
40 バッファ層
50 上部電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alを主成分とする金属基材の少なくとも一方の面側に陽極酸化膜が形成された陽極酸化基板上に、下部電極、光電変換層および上部電極の積層構造を有する光電変換素子において、
前記陽極酸化基板は、前記陽極酸化膜に少なくとも1種のアルカリ金属がドープされたものであることを特徴とする光電変換素子。
【請求項2】
前記陽極酸化膜は前記アルカリ金属以外の金属がドープされていないものであることを特徴とする請求項1に記載の光電変換素子。
【請求項3】
前記アルカリ金属がNaであることを特徴とする請求項1または2に記載の光電変換素子。
【請求項4】
前記陽極酸化基板が、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板に対して少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を有する製造方法により製造されたものであることを特徴とする請求項1から3いずれかに記載の光電変換素子。
【請求項5】
前記アルカリ性水溶液がNaを含有するものであることを特徴とする請求項4に記載の光電変換素子。
【請求項6】
前記アルカリ性水溶液が、NaOH、NaCO、Na(C)、CHCOONaおよびHCOONaからなる群より選択される少なくとも1種の化合物の水溶液であることを特徴とする請求項5に記載の光電変換素子。
【請求項7】
前記アルカリ性水溶液が、NaOHであることを特徴とする請求項6に記載の光電変換素子。
【請求項8】
前記光電変換層の主成分が、少なくとも1種のカルコパイライト構造の化合物半導体であることを特徴とする請求項1から7いずれかに記載の光電変換素子。
【請求項9】
前記光電変換層の主成分が、Ib族元素とIIIb族元素とVIb族元素とからなる少なくとも1種の化合物半導体であることを特徴とする請求項8に記載の光電変換素子。
【請求項10】
前記光電変換層の主成分が、
Cu及びAgからなる群より選択された少なくとも1種のIb族元素と、
Al,Ga及びInからなる群より選択された少なくとも1種のIIIb族元素と、
S,Se,及びTeからなる群から選択された少なくとも1種のVIb族元素とからなる少なくとも1種の化合物半導体であることを特徴とする請求項9に記載の光電変換素子。
【請求項11】
請求項1から3いずれかに記載の光電変換素子の製造方法において、
前記陽極酸化基板の製造工程が、アルカリ金属が未ドープの陽極酸化基板に対して、少なくとも1種のアルカリ金属を含有するアルカリ性水溶液を接触させる工程を含むことを特徴とする光電変換素子の製造方法。
【請求項12】
Alを主成分とする金属基材の少なくとも一方の面側に陽極酸化膜が形成された陽極酸化基板において、
前記陽極酸化膜に金属としてアルカリ金属のみがドープされたものであることを特徴とする陽極酸化基板。
【請求項13】
下部電極、光電変換層および上部電極の積層構造を有する光電変換素子用の基板であることを特徴とする請求項12に記載の陽極酸化基板。
【請求項14】
請求項1から10いずれかに記載の光電変換素子を備えることを特徴とする太陽電池。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【公開番号】特開2010−232427(P2010−232427A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−78385(P2009−78385)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】