説明

免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子

【課題】生分解性のナノ粒子に対して、表面に抗体を立体障害無く高密度で整列提示可能とし、さらにビオチンを介することで高感度な免疫学的測定を可能とするツールおよびそれを用いた免疫学的測定方法を提供することを課題としている。
【解決手段】自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されている、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直径がナノサイズの粒子がビオチン化された免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子および免疫学的測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ELISA(enzyme−linked immunosorbent assay)、western blotting、組織染色などに代表される免疫学的測定は、1941年、Coonsらによる蛍光色素を標識した抗体で形質細胞のIgGを検出した蛍光抗体法の確立から端を発しており、次いでNakane、Pierceらによる酵素抗体法の開発(1966年)を受け、peroxidase−anti−peroxidase;PAP法(1970年)、avidin−biotylated−peroxidase complex;ABC法(1981年)、labeled streptavidin biotynlated antibody;LSAB法(1984年)などが開発されてきた(非特許文献1参照)。
【0003】
免疫学的測定は、抗原に対する特異抗体を反応させ、さらなる抗原−抗体反応、あるいは化学反応を巧みに組み合わせて特異抗体と標識物質の免疫複合体を形成し、最終的に標識酵素の発色反応や標識蛍光の蛍光強度によって抗原の存在を可視化・定量化する原理に基づいており、抗体を用いることでクルードなサンプル中においても抗原(検出のターゲット物質;タンパク質、ペプチド、核酸、糖鎖、化合物など)のみを選択的に染色することができる優れた研究手法である。これによって、検出のターゲットである抗原を精製せずしてその存在量を定量したり、細胞内における抗原の局在場所を特定することができるため、免疫学的測定技術はライフサイエンス分野やバイオ研究分野において広く普及している。
【0004】
免疫学的測定の感度を向上させる手法が精力的に研究されており、その一例として、免疫学的測定に用いられる抗体をビオチンで標識し、アビジンと酵素の複合体やストレプトアビジンと酵素の複合体を結合させることによる免疫学的測定の高感度化が知られており、研究分野をはじめとして広く利用されている。
【0005】
近年、ナノサイズのマテリアルを用いて、免疫学的測定の感度を向上させる手法が研究されており、その一例として、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質が、自己組織化によって細胞内の脂質2重膜を取り込むことにより形成した中空ナノ粒子を用いた物質のセンシング方法が開示されている(特許文献1参照)。生分解性の該中空ナノ粒子の表面に抗体などの物質認識分子を提示させ、物質のセンシングへの適用する技術が開示されている。これは、自己組織化能を有するタンパク質が、脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子を用いた免疫学的測定について開示している。しかしナノサイズの粒子表面に抗体を立体障害無く高密度で整列提示することが依然として課題であり、その解決方法は開示されていない。また、自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子の標識にビオチンを用いる免疫学的測定の高感度化の記載はなく、さらに、標識されるビオチンの数を増加させる手法およびその効果も記載されていない。
【0006】
一方、B型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質を含む中空ナノ粒子の表面に抗体結合部位を介して抗体を提示した例が知られているが(特許文献2参照)、組織特異的な薬剤の運搬や導入すなわちドラッグデリバリーシステムに関する発明であり、免疫学的測定を可能にするものではない。
【非特許文献1】ウルリケら(Ulrike、K.et al.)、ジャーナルオブヒストケミストリアンドサイトケミストリ(Journal of Histochemistry and Cytochemistry)、2001年、第49巻、p623−630.
【特許文献1】国際公開第2005/095968号パンフレット
【特許文献2】特開2004−2313号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のような状況に鑑み、本発明では、
1)生分解性であり
2)表面に抗体を立体障害無く高密度で整列提示可能であり
3)ビオチンを介して高感度な免疫学的測定を可能とする
免疫学的測定用のビオチン化ナノ粒子を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決する手法を鋭意検討した結果、自己組織化能を有するタンパク質が、脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されている、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いることにより、上記課題を解決できることを見出し本発明に至ったものである。
【0009】
本発明は、以下の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子、該粒子を用いた免疫学的測定方法、及び、該粒子の免疫学的測定用の使用に関する。
1. 自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されている、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
2. 抗体結合部位が、ZZタグである項1記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
3. 自己組織化能を有するタンパク質が、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質である項1または2に記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
4. ビオチンが、タンパク質のリジン残基もしくはN末端アミノ酸残基に結合していることを特徴とする項1から3のいずれかに記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
5. 項1から4のいずれかに記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子に、酵素とビオチン結合性タンパク質の複合体を結合させ、さらに抗体結合部位に抗体を結合させ、前記抗体により認識される測定対象物質を、前記酵素を用いて測定する、免疫学的測定方法。
6. 測定対象物質が抗体である、項5に記載の免疫学的測定用方法。
7. ビオチン結合性タンパク質が、アビジン、ストレプトアビジンもしくはニュートラアビジン(NeutrAvidin)である、項5または6に記載の免疫学的測定方法。
8. 自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されているビオチン化ナノ粒子の、免疫学的測定のための使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を、現在広く用いられているwestern解析やELISAなどの免疫学的測定に用いることにより、より高感度な免疫学的測定を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
この発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。また、この発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, 「Molecular Cloning−A Laboratory Manual」, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., 「Current Protocols in Molecular Biology」, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。
【0012】
本発明は、「自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されている、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子」に関するものである。
【0013】
本発明における「免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子」とは、免疫学的測定に用いられる生分解性のビオチン化ナノ粒子を示し、自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であり、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されているものを示す。
【0014】
本発明における免疫学的測定とは、目的とする物質の存在や局在などの検出において、抗体を用い、かつ検出においては吸光、発光、蛍光、放射線、呈色、濁度などの変化を利用する手法を示す。本発明における免疫学的測定において、測定対象物質の種類は、特に制限はなく、DNAやRNA、タンパク質、糖鎖などの生体物質、細胞、ウイルス、ファージ、および化学物質などが挙げられる。例えば、DNAもしくはRNAを目的物質とする免疫学的測定の一例として、各種メンブレンもしくは樹脂包埋組織切片上の核酸にDigoxigeninやFluoresceinを結合したDNAやRNAをハイブリダイズさせ、DigoxigeninやFluoresceinに対する抗体を用いて目的とするDNAもしくはRNAを検出する工程を含むSouthern hybridizationやin situ hybridization、northern hybridizationなどが挙げられる。タンパク質を目的物質とする免疫学的測定の例としては、western blottingや免疫組織染色、免疫電子顕微鏡観察、EIA(Enzymeimmunoassay 酵素免疫検定法)、ELISA(Enzyme−Linked Immunosorbent Assay 固相酵素免疫検定法)、RIA(Radioimmunossay 放射線免疫検定法)、FIA(Fluorescenceimmunoassay 蛍光免疫検定法)、FLISA(Fluorescence−Linked Immunosorbent Assay 固相蛍光免疫検定法)、ELISPOT(Enzyme−Linked Immuno−Spot)、イムノクロマトなどが挙げられる。細胞、ウイルス、ファージ、および化学物質などを目的物質とする免疫学的測定としては、免疫組織染色、免疫電子顕微鏡観察、EIA(Enzymeimmunoassay 酵素免疫検定法)、ELISA(Enzyme−Linked Immunosorbent Assay 固相酵素免疫検定法)、RIA(Radioimmunoassay 放射線免疫検定法)、FIA(Fluorescenceimmunoassay 蛍光免疫検定法)、FLISA(Fluorescence−Linked Immunosorbent Assay 固相蛍光免疫検定法)、ELISPOT(Enzyme−Linked Immuno−Spot)、フローサイトメトリー、イムノクロマトなどが挙げられる。
【0015】
本発明における測定対象物質の種類は、好ましくは抗体であり、更に好ましくはアレルギーや感染症などの疾患に関連する血中抗体である。
【0016】
本発明における免疫学的測定は、目的に応じて、
1)抗体により目的とする物質を直接認識し、抗体にビオチン化ナノ粒子を結合させ、ビオチンを検出する直接法、
2)目的とする物質を抗体により認識し、目的物質と結合した抗体を、標識もしくは未標識の2次抗体により認識し、2次抗体にビオチン化ナノ粒子を結合させ、ビオチンを検出する間接法、
3)競合法、
4)目的とする物質を固相化した抗体により捕捉し、さらに別の標識もしくは未標識の2次抗体により認識し、2次抗体にビオチン化ナノ粒子を結合させ、ビオチンを検出する二抗体サンドイッチ法、
5)目的とする物質を固相化した抗体により捕捉し、さらに別の抗体により目的とする物質を認識し、目的とする物質を認識した抗体をさらに別の標識もしくは未標識の3次抗体により認識し、3次抗体にビオチン化ナノ粒子を結合させ、ビオチンを検出する三抗体サンドイッチ法、
などが選択される。
【0017】
上記1)〜5)において用いられるビオチン化ナノ粒子と結合させる抗体は、ビオチン化ナノ粒子の持つ抗体結合部位との結合力が高い抗体が望ましく、マウス由来IgG、ウサギ由来IgG、ヒト由来IgG、イヌ由来IgGが好適に用いられる。
【0018】
本発明の免疫学的測定法において、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子は、抗体と同時に加えてもよく、予め抗体を該ナノ粒子の抗体結合部位に結合させた後に、従来の抗体として加えてもよく、抗体を加えた後に該ナノ粒子を加えてもよい。好ましくは抗体とナノ粒子は同時に加えるか、抗体を加える前にナノ粒子を加える。
【0019】
抗体とナノ粒子が同時に加えられる場合、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の使用量は、粒子と結合する抗体の分子数の、0.01〜10倍量程度の分子数、好ましくは0.05〜1倍量程度の分子数を使用する。粒子と結合する抗体の量(分子数)と比べて、ビオチン化ナノ粒子の使用量(分子数)が少なすぎると、該粒子による感度上昇効果が少なくなり、使用量が多すぎると、測定のバックグラウンドが高くなる。
【0020】
本発明において「自己組織化能を有するタンパク質」とは、疎水的相互作用などのタンパク質間相互作用により自己集合する性質をもつタンパク質である。タンパク質間相互作用により自己集合する性質をもつタンパク質であることは、タンパク質が溶解した溶液の温度やpH、塩濃度や溶媒を変化させることでタンパク質どうしで多量体を形成することにより確認することができる。
【0021】
「自己組織化能を有するタンパク質」としては、種々のウイルスから得られるウイルス粒子構成タンパク質を適用することができる。具体的には、B型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus:HBV)やC型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus)、マイクロウイルス(Micro virus)、ファージウイルス(phage virus)、アデノウイルス(adeno virus)、ヘパドナウイルス(hepadna virus)、パルボウイルス(Parvo virus)、パポバウイルス(papova virus)、レトロウイルス(Retro virus)、レオウイルス(Reo virus)、コロナウイルス(Corona virus)、カイコ細胞質多角体病ウイルス(Bombyx mori cytoplasmic polyhedrosis virus)、カリシウイルス、ノロウイルス、サポウイルスなどの構成タンパク質や膜タンパク質、表面抗原タンパク質、または多角体タンパク質等が例示される。
【0022】
「自己組織化能を有するタンパク質」は、例えば、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、ウィルス、ファージ、細菌類、菌類等に由来する天然タンパク質や遺伝子工学的に組み替えられたタンパク質、種々の合成タンパク質等である。「自己組織化能を有するタンパク質」は、好ましくは、ウイルス由来タンパク質、更に好ましくは肝炎ウイルス由来のタンパク質、更に好ましくはB型肝炎ウイルス由来のタンパク質が用いられる。最も好ましくはB型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質が用いられる。このとき、自己組織能が失われない限りにおいて、種々の変異を持つ変異体であってもよく、HBsAgタンパク質のpreS領域のアミノ酸の一部を欠失させることにより、ナノサイズの粒子の生産量や安定性を高めることができる。
【0023】
本発明において、「自己組織化能を有するタンパク質」が、ウイルス由来タンパク質であることか好ましく、ウイルス(特にB型肝炎ウイルス)の表面抗原タンパク質を用いることがより好ましい。「自己組織化能を有するタンパク質」として、ウイルス(特にB型肝炎ウイルス)の表面抗原タンパク質を用い、酵母、昆虫細胞、哺乳類細胞(例えばCHO細胞)などの真核細胞内で発現させることで、このタンパク質が宿主真核細胞の小胞体の脂質2重膜を取り込みながら自己組織化を起こし、物理的にも強度の強い、直径がナノサイズの粒子を効率的に作ることができる。このタンパク質を酵母内で発現させることで、数〜数十mg/L培養のナノ粒子を生産できるため、非常に高効率な粒子の生産が可能であり、粒子生産のコストを非常に低くすることができる。これは、産業的に該粒子を利用する上でも重要なことである。
【0024】
ウイルス表面抗原タンパク質が作り出すナノ粒子は物理的に非常に安定で、60〜80℃といった高温や8Mのウレア、または種々の界面活性剤存在下でもその形態を維持できる。このような粒子の安定性は様々な免疫学的測定手法に適用が可能になるため汎用性が高い、また保存性が高く、ハンドリングしやすい、さらには、測定中に他の不純物を除去する、あるいは非特異的結合を軽減するための洗浄処理(例えば、変性剤や界面活性剤による洗浄が可能になる)を加えることが可能になるため、検出の精度を上げられる。従って、ウイルス表面抗原タンパク質が作り出すナノ粒子を使うことで、免疫学的測定手法の幅が格段に広がる効果が期待できる。
【0025】
本発明における「自己組織化能を有するタンパク質」は、抗体結合部位を有している。「自己組織化能を有するタンパク質」が抗体結合部位を有することにより、本発明における免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の表面には「自己組織化能を有するタンパク質」の自己組織化の効果により抗体結合部位を高密度で整列させることが可能となる。その結果免疫学的測定に用いる抗体を、ナノ粒子表面に高密度で整列固定することが可能となり、そのため高感度で高精度な免疫学的測定が可能となる。
【0026】
本発明における抗体結合部位は、抗体の抗原認識部位以外の領域と結合もしくは相互作用し得るポリペプチドであり、より好ましくは抗体Fc領域との結合部位である。本発明における抗体結合部位は、好ましくはFcレセプター、protein A、Protein G、Protein A/G、protein L、ZZタグのいずれかの全長もしくは一部およびそれらの変異体であり、さらに好ましくは、抗体結合部位が、ZZタグである。自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位としてZZタグを有しており、該自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子を、ZZ粒子と表記する。
【0027】
本発明において、ZZタグとは、Z領域と呼ばれるprotein Aのもつ「抗体Fc領域との結合部位」がタンデムにならんだ領域を示す。ZZタグのアミノ酸配列は、次のような繰返し配列もしくはその変異体である。AQHDEAVDNKFNKEQQNAFYEILHLPNLNEEQRNAFIQSLKDDPSQSANLLAEAKKLNDAQAPKVDNKFNKEQQNAFYEILHLPNLNEEQRNAFIQSLKDDPSQSANLLAEAKKLNDAQAPK(配列番号1)。ZZタグは分子量が小さく立体障害を起こさない観点からも好ましく用いられる。このZZ領域(ZZタグ)と呼ばれるポリペプチドもしくはその変異体を用いることで、立体障害なく、抗体を高密度でナノ粒子表面に整列提示することが可能となり、免疫学的測定をより高感度にすることが可能となる。つまり本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子では、「自己組織化能を有するタンパク質」が抗体結合部位としてZZタグを有することにより、免疫学的測定に用いる抗体を、ナノ粒子表面に、立体障害無く、より高密度で整列固定することが可能となり、そのためより高感度で高精度な免疫学的測定が可能となる。
【0028】
また、ZZタグ配列は、122個のアミノ酸配列中に、12個ものリジン配列を有しており、側鎖にアミノ基が豊富である。一方、特許文献1に記載の、自己組織化能を有するタンパク質であるB型肝炎ウイルスの表面抗原タンパク質は僅か3個しかリジン基を有しておらず、N末端アミノ酸残基を含めても、4カ所しかアミノ基を有していない。従って、アミノ基を標的としてビオチン化を行ったとき、最大でも4カ所しかビオチン化されない。一方、ZZタグ配列を有することにより、リジンの数は3個から15個に増加し、N末端アミノ酸残基を含めて16カ所のアミノ基を標的にしたビオチン化が効率的に起こり、結果としてビオチンがナノ粒子の表面に多く局在することになる。その結果、ビオチン結合性タンパク質と酵素の複合体が、ZZタグを持たない時と比較し、より多く結合することになり、免疫学的測定の感度は、ZZタグを持たない場合と比較し向上する。
【0029】
本発明のナノ粒子は、自己組織化能を有するタンパク質が約100個で1つの粒子を形成する。従って、本発明の粒子1つあたりのビオチンないし酵素標識の程度は、自己組織化能を有するタンパク質1つあたりの標識量の、約100倍となる。
【0030】
本発明の粒子1個あたりのビオチン化の程度は、自己組織化能を有するタンパク質1分子あたり、1〜15個、好ましくは2〜12個、より好ましくは3〜10個である。
【0031】
本発明の粒子1個あたりの酵素等の標識の数は、自己組織化能を有するタンパク質1分子あたり、0.1〜10個、好ましくは0.1〜5個、より好ましくは0.1〜1個である。
【0032】
本発明の粒子1個あたりに結合されたビオチン残基が少なすぎれば、粒子に結合される酵素などの標識の数が少なくなり、感度が低下する。一方、ビオチンの数が多すぎれば、抗体と抗体により認識される測定対象物質の結合に影響する可能性がある。
【0033】
本発明の粒子1個あたりに結合された酵素等の標識の数が少なすぎれば測定感度が低下し、酵素などの標識の数が多すぎれば、抗体と抗体により認識される測定対象物質の結合に影響する可能性がある。
【0034】
ビオチン結合性タンパク質は、ビオチン化された自己組織化能を有するタンパク質とビオチン化酵素などのビオチン化標識物質を連結できるものであればよく、アビジン、ストレプトアビジン、ニュートラアビジンが好ましく例示されるが、それ以外にもストレプトアビジン、ニュートラアビジン(NeutrAvidin)やアビジンが複数個結合した融合タンパク質(リンカーで化学的に結合されていてもよい)などの、複数のビオチンと結合可能なビオチン結合性タンパク質は広く包含される。
【0035】
本発明の粒子は、自己組織化能を有するタンパク質の抗原結合部位に抗体が高密度で結合されているにもかかわらず、抗体による測定対象物質の認識能には影響がなく、少ない量の粒子で測定対象物質の高感度測定が可能である。
【0036】
このように、自己組織化能を有するタンパク質が、抗体結合部位としてZZタグを有することは、抗体を立体障害無く高密度で整列提示可能とすることに加え、アミノ基を標的としたビオチン化を効率的に起こし、標識されるビオチンの数を増加させる効果を与える。これにより免疫学的測定の感度は大きく向上する。本発明者は、ZZタグなどの抗体結合部位のLys残基にビオチンを1個または複数個結合させた場合にも、抗体結合能は維持されることを確認した。
【0037】
抗体結合部位は「自己組織化能を有するタンパク質」と疎水的に結合していてもよく、化学結合などにより共有的に結合しても良い。抗体結合部位は、融合タンパク質として「自己組織化能を有するタンパク質」に融合していることが好ましい。また融合の部位は、自己組織化能を失わない限りにおいて、N末端からC末端までの全ての場所に存在し得るが、粒子を形成したときに外側に存在することが好ましい。
本発明において脂質2重膜とは5〜20nmの厚さで2枚の脂質の層からなっており、それぞれの層の中で、両親媒性脂質の極性の頭が親水系の溶媒と接触しており、非極性の炭化水素の部分が2重層の内部を向いているものをいう。脂質2重膜の例としては、細胞膜や核膜、小胞体膜、ゴルジ体膜、液胞膜のような生細胞における生体膜、または人工的に作製したリポソーム等が挙げられる。中でも小胞体膜由来の脂質2重膜がより好ましい。脂質2重膜としては、真核生物、例えば、動物細胞、植物細胞、真菌細胞、昆虫細胞など由来のものが好ましく、特に好ましくは酵母由来の脂質2重膜が用いられる。
【0038】
本発明においてナノ粒子とは20〜500nmの粒子である。本発明のナノ粒子は、好ましくは50〜200nm、更に好ましくは80〜150nmの直径を持つ粒子である。また、本発明のナノ粒子は、好ましくは内部に中空の空間を持つ中空ナノ粒子であり、その空間は必ずしも気体系の空間である必要はなく、溶液系の空間であってもよい。
【0039】
本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子が、自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されることにより、目的とする物質以外の物質が免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子に非特異的に吸着・相互作用することを抑制し、免疫学的測定のノイズを低下させる効果や精度を向上させることができる。また、目的とする物質が抗体を介さず、直接、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子と吸着・相互作用することによるノイズ抑制の効果を持つ。このことは免疫学的測定において重要なことであり、検出の精度を決める最重要因子となる。
【0040】
本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子は、好ましくは、主にタンパク質と脂質、糖を主要な構成成分とし、そのうち主要な成分はタンパク質である。
【0041】
抗体結合部位を持つタンパク質が自己組織化する能力を有することは、抗体の高密度整列、高密度提示を可能にし、免疫学的測定における感度の向上において重要な性質である。さらに、自己組織化する能力を有することは、自己組織化の過程で、他の夾雑タンパク質を排除することを示し、これは免疫学的測定の精度を向上(非特異的シグナルを抑制)させる上で重要な性質である。さらに、脂質2重膜を取りこむことで、非特異的吸着や相互作用を抑制し、免疫学的測定の精度を向上(非特異的シグナルを抑制)させることもできる。
【0042】
本発明の、自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子を生産する生物種にとくに制限はなく、真核生物、原核生物いずれによる生産であっても良いが、自己組織化能を高めるため、真核生物による生産が好ましく、さらに好ましくは酵母細胞による生産である。ウイルス、ファージなどの感染工程を含むことや、組換え体も、本発明のナノサイズの粒子を生産する生物種の範囲である。
【0043】
本発明における「ビオチンによる標識」の手法に特に制限はなく、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、水酸基などを標的に標識する市販のビオチン化試薬を用いることができる。好ましくは、自己組織化能を有するタンパク質にビオチンが標識されており、更に好ましくはZZタグ配列中にはリジン残基が豊富に含まれることから、リジン残基のアミノ基やN末端アミノ酸残基のアミノ基を標的とする試薬が用いられる。これによりビオチン標識量を増加させることができる。また、親水性や自由度を付与するスペーサーを有する試薬を用いても良い。
【0044】
本発明における「酵素とビオチン結合性タンパク質の複合体」とは、免疫学的測定に用いる酵素とビオチン結合性タンパク質との複合体を示し、架橋剤による結合により複合体を形成していても良く、ビオチンを介して複合体を形成していても良い。また融合タンパク質として複合体を形成していてもよい。好ましくは、ビオチン化された酵素と、アビジン、ストレプトアビジン、NeutrAvidinなどのビオチン結合性タンパク質が結合している複合体が好ましい。
【0045】
本発明における酵素とは、免疫学的測定の検出において用いられる酵素であれば特に制限はなく、ペルオキシダーゼやアルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ、グルコースオキシダーゼ、ベータガラクトシダーゼなどが用いられる。好ましくは西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(HRP)が用いられる。
【0046】
本発明において抗体結合部位と結合する抗体とは、天然に産生されるか、または全体的にもしくは部分的に合成され産生されるかのいずれかの免疫グロブリンを意味する。抗原認識能を維持するその全ての誘導体や変異体も含まれる。抗体はモノクローナルまたはポリクローナルであり得る。好ましくはFc領域を持つ抗体であり、さらに好ましくはFcレセプター、protein A、Protein G、Protein A/G、protein L、ZZタグのいずれかと結合し得る抗体を示す。抗体結合部位に結合する抗体は、酵素やビオチンなどで標識されていてもよい。
【0047】
本発明における抗体の標識に特に制限はなく、抗体の抗原認識能が失われておらず、かつ検出可能な標識であれば良い。例えば、アルカリフォスファターゼやペルオキシダーゼ、ルシフェラーゼ、グルコースオキシダーゼ、ベータガラクトシダーゼなどの酵素やその変異体による標識であっても良く、フルオレセイン、ローダミン、テキサスレッド、ダンシル、ルシファーイエローVS、ウンベリフェリル、希土キレート、Cy2、Cy3、Cy5、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、TRITC、ALEXA(登録商標)(Molecular Probe社)、量子ドットなどの蛍光物質による標識であっても良い。さらに、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、金粒子、鉄粒子、磁性粒子、磁気ビーズによる標識であっても良い。様々な環境に合わせて容易に標識物質を選ぶことが可能であり、複数の標識を組み合わせて用いることも可能である。汎用性と安全性の点から、好ましくはアルカリフォスファターゼやホースラディッシュペルオキシダーゼ、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート、ALEXA(登録商標)、ビオチン、金粒子が用いられる。更に好ましくは、アルカリフォスファターゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、ビオチンが標識されている。
【0048】
本発明における抗体Fc領域とは、抗体をパパインで消化して得られる抗原認識能を持たないフラグメントであり、一般に抗体のH鎖のC末端フラグメントの2量体である。
【0049】
本発明における「自己組織化能を有するタンパク質」と抗体との結合様式は、抗体の抗原認識能が失われない限りにおいてとくに制限はなく、イオン結合、疎水結合、水素結合、金属結合、あるいはジスルフィド結合などの共有結合等、あるいはこれらの組み合わせであって良い。本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の抗体結合部位と抗体との結合は、好ましくは免疫学的測定の過程での抗体の脱落を防止する目的から、共有結合であることが好ましく、さらに好ましくは架橋剤による共有結合である。
【0050】
本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子は、ビオチン以外にも標識を有していても良い。免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の標識にとくに制限はなく、抗体との結合能が失われておらず、かつ検出可能な標識であれば良い。
【0051】
免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の標識の一例として、例えば、アビジン、ストレプトアビジン、NeutrAvidinなどのビオチン結合性タンパク質が用いられる。また、ナノ粒子がビオチンで標識されており、ビオチンをビオチン結合性タンパク質と酵素の複合体で標識するナノ粒子の間接標識を用いることもできる。
【0052】
本発明において抗体の変異体もしくは「自己組織化能を有するタンパク質」の変異体もしくは抗体結合部位の変異体、ZZタグの変異体、ビオチン結合性タンパク質の変異体とは、1)これらタンパク質に遺伝子工学的に点、あるいは複数のアミノ酸置換を起こしたもの、2)タンパク質の全長から一部を削り取るか、新しくタンパク質配列を付け加えたもの、3)核酸・糖・脂質・化合物等によってタンパク質の一部に修飾を施したもの、であって、
4)変異を起こす前の抗体と同一の物質を認識する能力を持つ抗体変異体、
5)変異を起こす前の「自己組織化能を有するタンパク質」と同様に脂質2重膜を取りこんで自己組織化によりナノ粒子を形成する能力を有する変異体、
6)変異を起こす前の抗体結合部位やZZタグと同様に、抗体のFc領域と相互作用する能力を有する変異体、
7)変異を起こす前のビオチン結合性タンパク質と同様に、ビオチンとの結合能を保持する変異体を示す。
このような変異体を作製するには該タンパク質を発現する遺伝子を含む環状プラスミド上でアミノ酸の欠失、置換若しくは付加を行うためのプライマーとQuikChange site−directed mutagenesis kit、またはQuikChange multi site−directed mutagenesis kit、またはQuikChange XL site−directed mutagenesis kit(STRATAGENE社)等の変異を起こすためのキットを用いて12〜18サイクルのPCRを行い、その産物を制限酵素DpnIで切断し、大腸菌に形質転換することにより可能である。
【0053】
さらに、ランダム変異導入法、部位特異的変異導入法、遺伝子相同組換え法、またはポリメラーゼ連鎖増幅法(PCR)を単独または適宜組み合わせて行うことができる。例えば亜硫酸水素ナトリウムを用いた化学的な処理によりシトシン塩基をウラシル塩基に置換する方法や、マンガンを含む反応液中でPCRを行い、DNA合成時のヌクレオチドの取り込みの正確性を低くする方法、部位特異的変異導入のための市販されている各種キットを用いることもできる。例えばSambrook等編[Molecular Cloning-A Laboratory Manual、第2版]Cold Spring Harbor Laboratory、1989、村松正實編[ラボマニュアル遺伝子工学]丸善株式会社、1988、エールリッヒ、HE.編[PCRテクノロジー、DNA増幅の原理と応用]ストックトンプレス、1989等の成書に記載の方法に準じて、あるいはそれらの方法を改変して実施することができる。また、核酸・糖・脂質・化合物等によってタンパク質の一部に修飾を施したものとして具体的にはリン酸化酵素によるタンパク質中のセリン、またはスレオニン残基のリン酸化、糖鎖付加酵素によるアスパラギン、またはセリン、またはスレオニン残基の糖鎖付加、または還元・アルキル試薬によるシステイン残基の還元・アルキル化のようなものを例示することができ、これらのものを作製するにはタンパク質にリン酸、または糖鎖等を混ぜて、リン酸化酵素や糖鎖付加酵素を加え、その酵素が働く最適な条件(温度、pH、塩濃度等)を維持したり、タンパク質の入った溶液に還元剤であるジチオツレイトールやメルカプトエタノール等を終濃度で5mM濃度になるように入れ、温度60℃付近、pH中性以上で1時間反応させ、更にアルキル化剤として5〜15mM濃度のヨードアセトアミドを加え室温で1時間以上反応させることにより可能である。もちろん例示した上記の修飾以外にもタンパク質に対する様々な修飾が考えられる。
【0054】
本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いる免疫学的測定方法は、各種のwestern blottingや免疫組織染色、免疫電子顕微鏡観察、EIA、ELISA、RIA、FIA、FLISA、ELISPOT、イムノクロマト、免疫電子顕微鏡観察、フローサイトメトリーなどに有効である。
【実施例】
【0055】
本発明を以下の実施例によって更に詳細に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0056】
参考例1
(遺伝子組換え酵母によるZZタグを付加したナノ粒子(ZZ粒子)の発現)
特開2004−002313号公報実施例記載の方法に基づいて、抗体結合部位であるZZタグが融合したB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質を酵母で発現させ、ZZタグをもつナノ粒子(ZZ粒子)を作製した。PBSに溶解し、使用するまで4℃にて保存した。これをビオチン化されていない免疫学的測定用ナノ粒子として用いた。
【0057】
参考例2
(遺伝子組み換え酵母によるZZタグを持たないナノ粒子(野生型ナノ粒子)の発現)
特開2001−316298号公報実施例記載の方法に基づいて、B型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質を酵母で発現させ、抗体結合部位もしくはZZタグを持たないナノ粒子(野生型ナノ粒子)を作製した。PBSに溶解し、使用するまで4℃にて保存した。
【0058】
実施例1
(ZZ粒子と野生型ナノ粒子のビオチン化反応、ビオチン標識)
参考例1記載のZZ粒子溶液、実施例2記載の野生型ナノ粒子を、600μg/ml以上の濃度まで限外濾過フィルター(ミリポア社製)を用いて濃縮した。ZZナノ粒子、野生型ナノ粒子溶液100μlをEZ−Link Sulfo−NHS―Biotinylation Kit(Pierce社製)を用いて、添付のプロトコルに従って30分間室温でビオチン化反応させ、リジン残基のアミノ基およびN末端アミノ基をビオチン標識した。フリーの未反応ビオチンを、ZebaTM Desalt Spin Columns(Pierce社製)を用いて、添付のプロトコルに従って除去した。ZZ粒子をビオチン化したビオチン化ZZ粒子を免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子として用い、対照として、野生型ナノ粒子をビオチン化した野生型ビオチン化ナノ粒子を用いて、以降の実験を行った。
【0059】
実施例2
(免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子と、野生型ビオチン化ナノ粒子のビオチン定量)
EZTM Biotin Quantitation Kit(Pierce社製)を用いて、添付のプロトコルに従ってビオチン定量を行った。タンパク質の定量にはQuantiPro BCA Assay Kit(SIGMA社製)を用いて、添付のプロトコルに従って行った。吸光度の測定は、分光光度計マルチスキャンスペクトラム(サーモラボシステム社製)を使用した。抗体結合部位であるZZタグが融合したB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質の分子量を48kDa、ZZタグを持たないB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質の分子量を44kDaとし、タンパク質あたりのビオチン標識数を評価した。ZZタグが融合したB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質の分子量1分子あたり6分子のビオチンが標識されていたのに対し、ZZタグを持たないB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質1分子あたり3分子のビオチンが標識されていた。この結果から、側鎖にアミノ基をもつリジン残基を多く含むZZタグを抗体結合部位として用いることによる、ビオチン標識効率の向上が確認された。自己組織化能を有するタンパク質であるB型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質およそ100分子で、1つの粒子を形成する。従って、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子1つあたり約600個のビオチンを有していると考えられる。一方、野生型ビオチン化ナノ粒子1つあたり約300個のビオチンを有していると考えられる。
【0060】
実施例3
(免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子と野生型ビオチン化ナノ粒子、ビオチン標識されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた、免疫学的測定)
抗原としてOvalbumin(SIGMA社製)溶液20μg/mlをマルチウエルプレート中でPBSにより約19.5ng/mlまで順次2段階希釈し、100μlを4℃にて終夜静置し固層化させた。0.05%Tween20を含むPBST溶液で3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈した、Ovalbuminに対するマウスモノクローナル抗体(Abcam社製)400ng/mlを1次抗体として加え、室温にて1時間振とうした。PBSTで3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈した酵素標識抗体、HRP標識Rabbit抗マウスIgG抗体(SIGMA社製)溶液2μg/mlを室温にて1時間振とう反応させた。このとき、酵素標識抗体溶液に、何も加えないものと、実施例1で作製したZZ粒子を免疫学的測定用ナノ粒子として2.4μg/ml添加したもの、実施例1で作製したビオチン化ZZ粒子を免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子として2.4μg/ml添加したもの、実施例1で作製した野生型ビオチン化ナノ粒子を抗体結合部位を持たないビオチン化ナノ粒子として2.4μg/ml添加したものを同時に行った。酵素標識抗体反応後、PBSTで3回洗浄した。酵素とアビジンの複合体としてビオチン化HRPとアビジンの複合体であるABC試薬(PIERCE社製)を添付のプロトコルに従ってウェルに加え、室温で30分間反応させた。PBSTで5回洗浄後、TMB試薬を加え発色反応を行った。2N硫酸により反応停止後、450nmでの吸光度を測定した。測定には分光光度計マルチスキャンスペクトラム(サーモラボシステム社製)を使用した(図1)。検出感度の上昇倍率は、吸光度がある値を与えるときの抗原濃度から算出した。その結果、ナノ粒子を用いないときと比較し、抗体結合部位を持たないビオチン化ナノ粒子である野生型ビオチン化ナノ粒子を用いた場合に感度が全く向上しなかったのに対し、免疫学的測定用ナノ粒子を用いた場合、約15倍検出感度が向上した。一方、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いた場合、30倍以上検出感度が向上した。つまり免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いることにより、ビオチン化されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた場合と比較して、さらに2〜4倍感度が向上した。これは抗体結合部位としてビオチン標識効率の高いZZタグを用いることにより、自己組織化能を有するタンパク質のビオチン化効率を上げた結果、感度が向上したことを示す。
【0061】
実施例4
(免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子と野生型ビオチン化ナノ粒子、ビオチン標識されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた、免疫学的測定)
実施例3に記載の実験を、酵素標識抗体の代わりにビオチン標識抗体を用いて実験を行った。具体的には、抗原としてOvalbumin(SIGMA社製)溶液20μg/mlをマルチウエルプレート中でPBSにより約19.5ng/mlまで順次2段階希釈し、100μlを4℃にて終夜静置し固層化させた。0.05%Tween20を含むPBST溶液で3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈した、Ovalbuminに対するマウスモノクローナル抗体(Abcam社製)400ng/mlを1次抗体として加え、室温にて1時間振とうした。PBSTで3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈したビオチン標識抗体、ビオチン標識Rabbit抗マウスIgG抗体(SIGMA社製)溶液1.5μg/mlを室温にて1時間振とう反応させた。このとき、ビオチン標識抗体溶液に、何も加えないものと、参考例1で作製したZZ粒子を免疫学的測定用ナノ粒子として2.4μg/ml添加したもの、実施例1で作製したビオチン化ZZ粒子を免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子として2.4μg/ml添加したもの、実施例1で作製した野生型ビオチン化ナノ粒子を抗体結合部位を持たないビオチン化ナノ粒子として2.4μg/ml添加したものを同時に行った。ビオチン標識抗体反応後、PBSTで3回洗浄した。酵素とアビジンの複合体としてビオチン化HRPとアビジンの複合体であるABC試薬(PIERCE社製)を添付のプロトコルに従ってウェルに加え、室温で30分間反応させた。PBSTで5回洗浄後、TMB試薬を加え発色反応を行った。2N硫酸により反応停止後、450nmでの吸光度を測定した。測定には分光光度計マルチスキャンスペクトラム(サーモラボシステム社製)を使用した(図2)。検出感度の上昇倍率は、吸光度がある値を与えるときの抗原濃度から算出した。その結果、ナノ粒子を用いないときと比較し、抗体結合部位を持たないビオチン化ナノ粒子である野生型ビオチン化ナノ粒子を用いた場合に感度が全く向上しなかったのに対し、免疫学的測定用ナノ粒子を用いた場合、約2倍程度の検出感度向上であった。一方、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いた場合、4倍以上検出感度が向上した。つまり免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いることにより、ビオチン化されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた場合と比較して、さらに2〜4倍感度が向上した。ここれは抗体結合部位としてビオチン標識効率の高いZZタグを用いることにより、自己組織化能を有するタンパク質のビオチン化効率を上げた結果、感度が向上したことを示す。
【0062】
実施例5
(免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いた疾患関連血中抗体の免疫学的測定)
PBSで希釈したOvalbumin(SIGMA社製)溶液15μg/mlをマルチウエルプレート中に、100μlずつ加え4℃にて終夜静置し固相化させた。溶液を破棄した後、PBSTで希釈した1/4容量のブロックエースを200μlをウェルに加え、室温にて1時間ブロッキングを行った。PBSTで3回洗浄後、ヒト血清で希釈した抗オボアルブミンマウスIgE抗体(AbD serotec社製)250pg/mLを100μLずつウェルに加え、室温にて1時間静置し反応させた。次に、PBSTで3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈したHRP標識抗マウスIgEウサギ抗体(コスモバイオ社製)溶液5μg/mlを酵素標識抗体溶液として各ウェルに100μlずつ加え、室温にて1時間静置し反応させた。このとき、酵素標識抗体溶液に、何も加えないものと、参考例1で作製したZZ粒子を免疫学的測定用ナノ粒子として2.4μg/ml添加したもの、実施例1で作製したビオチン化ZZ粒子を免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子として2.4μg/ml添加したものを同時に行った。酵素標識抗体反応後、PBSTで3回洗浄し、酵素とアビジンの複合体としてビオチン化HRPとアビジンの複合体であるABC試薬(PIERCE社製)を添付のプロトコルに従ってウェルに加え、室温で30分間反応させた。PBSTで5回洗浄後、TMB試薬を加え発色反応を行った。2N硫酸により反応停止後、450nmでの吸光度を測定した。測定には分光光度計マルチスキャンスペクトラム(サーモラボシステム社製)を使用した。検出感度の上昇倍率は、250pg/mLでの発色値を比較して算出した。その結果、ナノ粒子を用いないときの発色値平均が0.42だったのに対し、免疫学的測定用ナノ粒子を用いた場合は1.37であり、約3倍検出感度が向上した。一方、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いた場合は1.56であり、約3.7倍以上検出感度が向上した。つまり免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いることにより、ビオチン化されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた場合と比較して、さらに約1.2倍感度が向上した。これは抗体結合部位としてビオチン標識効率の高いZZタグを用いることにより、自己組織化能を有するタンパク質のビオチン化効率を上げた結果、感度が向上したことを示す。
【0063】
比較例1
(市販キットを用いた抗体価の免疫学的測定)
市販されているマウス抗オボアルブミンIgEの測定キットとしてDSマウスIgE ELISA(大日本住友製薬株式会社製)およびレビスOVA-IgEマウス(株式会社シバヤギ製)を選定し、添付のプロトコルに従って、n=24での測定によりそれぞれの検出限界の判定を行った。標準液としてマウス抗オボアルブミンIgE抗体(AbD serotec社製)を用いた。抗オボアルブミンIgEの検出限界の判定は、IgE濃度ゼロの時の平均値+2SDと重ならない平均値-2SDを示す濃度を検出限界値とした。なお、本発明との比較を行うため、DSマウスIgE ELISAでの測定に用いた検体量は100μlとしている。
【0064】
DSマウスIgE ELISAのマウス抗オボアルブミンIgE検出限界値は2ng/mlであり、検出限界値でのCV値は10%であった(図3)。
レビスOVA-IgEマウスのマウス抗オボアルブミンIgE検出限界値は2ng/mlよりも高い濃度であり、2ng/mlを検出することはできなかった。
【0065】
実施例6
(ビオチン標識されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた、抗体価の免疫学的測定)
ビオチン標識されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いて、マウス抗オボアルブミンIgEの測定を行った。n=24での測定によりそれぞれの検出限界の判定を行った。標準液としてマウス抗オボアルブミンIgE抗体(AbD serotec社製)を用いた。抗オボアルブミンIgEの検出限界の判定は、IgE濃度ゼロの時の平均値+2SDと重ならない平均値-2SDを示す濃度を検出限界値とした。
【0066】
PBSで希釈したOvalbumin(SIGMA社製)溶液15μg/mlをマルチウエルプレート中に、100μlずつ加え4℃にて終夜静置し固相化させた。溶液を破棄した後、PBSTで3回洗浄し、洗浄液を破棄した。PBSTで希釈した1/4容量のブロックエースで希釈した抗オボアルブミンマウスIgE抗体(AbD serotec社製)2000〜0pg/mLを100μLずつウェルに加え、室温にて1時間静置し反応させた。次に、PBSTで3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈したHRP標識抗マウスIgEウサギ抗体(コスモバイオ社製)溶液5μg/mlを酵素標識抗体溶液として各ウェルに100μlずつ加え、室温にて1時間静置し反応させた。このとき、酵素標識抗体溶液に、何も加えないものと、参考例1で作製したZZ粒子を免疫学的測定用ナノ粒子として2.4μg/ml添加したものを同時に行った。PBSTで5回洗浄後、TMB試薬を加え発色反応を行った。2N硫酸により反応停止後、450nmでの吸光度を測定した。測定には分光光度計マルチスキャンスペクトラム(サーモラボシステム社製)を使用した。ビオチン標識されていない免疫学的測定用ナノ粒子を用いた時のマウス抗オボアルブミンIgE検出限界値は250pg/mlであり、検出限界値でのCV値は8.1%であった。免疫学的測定用ナノ粒子を用いていないときのマウス抗オボアルブミンIgE検出限界値は500pg/mlであり、検出限界値でのCV値は7.4%であった。
【0067】
実施例7
(免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いた、抗体価の免疫学的測定)
本発明の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いて、マウス抗オボアルブミンIgEの測定を行った。n=24での測定によりそれぞれの検出限界の判定を行った。標準液としてマウス抗オボアルブミンIgE抗体(AbD serotec社製)を用いた。抗オボアルブミンIgEの検出限界の判定は、IgE濃度ゼロの時の平均値+2SDと重ならない平均値-2SDを示す濃度を検出限界値とした。
【0068】
PBSで希釈したOvalbumin(SIGMA社製)溶液15μg/mlをマルチウエルプレート中に、100μlずつ加え4℃にて終夜静置し固相化させた。溶液を破棄した後、PBSTで3回洗浄し、洗浄液を破棄した。PBSTで希釈した1/4容量のブロックエースで希釈した抗オボアルブミンマウスIgE抗体(AbD serotec社製)250〜0pg/mLを100μLずつウェルに加え、室温にて1時間静置し反応させた。次に、PBSTで3回洗浄後、1/4容量のブロックエースを含むPBSTで希釈したビオチン標識抗マウスIgEウサギ抗体(コスモバイオ社製)溶液5μg/mlを酵素標識抗体溶液として各ウェルに100μlずつ加え、室温にて1時間静置し反応させた。このとき、ビオチン標識抗体溶液に、何も加えないものと、実施例1で作製したビオチン標識したZZ粒子を免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子として2.4μg/ml添加したものを同時に行った。PBSTで3回洗浄し、酵素とアビジンの複合体としてビオチン化HRPとアビジンの複合体であるABC試薬(PIERCE社製)を添付のプロトコルに従ってウェルに加え、室温で30分間反応させた。PBSTで5回洗浄後、TMB試薬を加え発色反応を行った。2N硫酸により反応停止後、450nmでの吸光度を測定した。測定には分光光度計マルチスキャンスペクトラム(サーモラボシステム社製)を使用した。免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いた時のマウス抗オボアルブミンIgE検出限界値は40pg/mlであり(図4)、検出限界値でのCV値は7.1%であった。免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いていないときのマウス抗オボアルブミンIgE検出限界値は250pg/mlであった。
【0069】
以上の結果、市販のキットと比較して、免疫学的測定用ナノ粒子を用いていないとき、測定限界値は4倍低下した。免疫学的測定用ナノ粒子を用いたとき、市販のキットと比較して測定限界値は8倍低下した。免疫学的測定用ナノ粒子や免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子を用いず、酵素とアビジンの複合体であるABC試薬を用いたとき、市販のキットと比較して測定限界値は8倍低下した。さらに、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子と酵素とビオチン結合性タンパク質の複合体であるABC試薬を用いたとき、市販のキットと比較して測定限界値は50倍低下した。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1は、免疫学的測定における免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の効果を示す図である。
【図2】図2は、免疫学的測定における免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子の効果を示す図である。
【図3】図3は、市販キットの検出限界を示す図である。
【図4】図4は、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子に、酵素とビオチン結合性タンパク質の複合体を結合させて用いたときに、検出限界が低下することを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されている、免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
【請求項2】
抗体結合部位が、ZZタグである請求項1記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
【請求項3】
自己組織化能を有するタンパク質が、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質である請求項1または2に記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
【請求項4】
ビオチンが、タンパク質のリジン残基もしくはN末端アミノ酸残基に結合していることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の免疫学的測定用ビオチン化ナノ粒子に、酵素とビオチン結合性タンパク質の複合体を結合させ、さらに抗体結合部位に抗体を結合させ、前記抗体により認識される測定対象物質を、前記酵素を用いて測定する、免疫学的測定方法。
【請求項6】
測定対象物質が抗体である、請求項5に記載の免疫学的測定用方法。
【請求項7】
ビオチン結合性タンパク質が、アビジン、ストレプトアビジンもしくはニュートラアビジン(NeutrAvidin)である、請求項5または6に記載の免疫学的測定方法。
【請求項8】
自己組織化能を有するタンパク質が脂質2重膜を取り込むことにより形成されるナノサイズの粒子であって、自己組織化能を有するタンパク質が抗体結合部位を有しており、自己組織化能を有するタンパク質がビオチンで標識されているビオチン化ナノ粒子の、免疫学的測定のための使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−191143(P2008−191143A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−1124(P2008−1124)
【出願日】平成20年1月8日(2008.1.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度生物系特定産業技術研究支援センター「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(503100821)株式会社ビークル (12)
【Fターム(参考)】