説明

全反射顕微鏡装置、及び蛍光試料分析方法

【課題】本発明の目的は、全反射顕微鏡局において、温調装置により試料溶液を温度調節しつつ、温調装置からの自家蛍光を回避し、単一分子蛍光を観察することに関する。
【課題手段】本発明は、プリズムと温調装置を有する全反射顕微鏡において、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口を備えたり、当該部分を他の部分と比較して自家蛍光の少ない材料で構成したりすることに関する。本発明により、温調装置の自家蛍光を抑制できるため、試料溶液温度を高精度に制御しながら高感度な蛍光観察が可能となる。これにより、例えば、全反射顕微鏡を用いた単一分子DNAシークエンスのスループットを向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全反射顕微鏡の温度制御に関する。
【背景技術】
【0002】
全反射顕微鏡法は、ナノスケールの局所励起を可能とする高SN比の観察手法である。この手法の最大の特徴は、屈折率の異なる2物質界面での光の全反射に伴い発生するエバネッセント波を用いる点にある。屈折率n1の物質1と、屈折率n2の物質2との界面に、屈折率の大きい物質2側から臨界角以上で光が入射すると、その界面で光は全反射されるが、界面から屈折率の小さい物質1側に指数関数的に減衰するエバネッセント波が発生する。エバネッセント波は全反射界面から数十〜数百nm程度の領域に僅かに染み出す光であるため、全反射顕微鏡法においては、蛍光染色した試料とスライドガラスの界面でエバネッセント波を発生させることにより、スライド近辺の試料の極一部に限定した高いSN比での蛍光観察が可能となり、1分子観察にも応用できる。
【0003】
全反射顕微鏡を用いたアプリケーションとしては、細胞生物分野における細胞膜活性や単分子事象の観察が非特許文献1に、電気化学分野におけるコロイド粒子の電気的特性が非特許文献2に記載されている。また、ブラウン運動の実験的解明が非特許文献3に記載されているなど、全反射顕微鏡は多分野で大きく貢献しており、近年では核酸配列解析(DNAシークエンス)への応用が試みられている。これについて以下に説明する。
【0004】
現在のDNAシークエンス法は、主にサンガー法と呼ばれるDNA断片調整法と電気泳動法を組み合わせたキャピラリーシークエンス方式が用いられており、ヒトゲノム解析などに用いられて大きな成果をあげている。しかしながら、テーラーメイド医療などの観点から個人のゲノム解析を考えたとき、キャピラリーシークエンスで一度に解析できるDNA断片の長さよりもはるかに長い断片を、迅速・簡便・安価に解析できる技術が強く求められている。従来のヒトゲノム解析では一人のヒトゲノムを解読するのに約1000万ドルが必要であったが、将来、10000分の1の1000ドルでヒトゲノム解析を行うことが可能となれば、シークエンスの医療分野への応用が飛躍的に進むと期待されている。従来のキャピラリー法の改良のみではこれらの要求に応えることは不可能である。究極的には、解読したい核酸をPCRなどの核酸増幅を行うことなく、単一分子レベルでシークエンスできれば、核酸増幅が無い分、試薬代が安価であり、迅速・簡便なシークエンスが可能となる。更に、単一分子シークエンスでは、核酸増幅に起因する増幅効率の差が無いため、従来法と比較して細胞中で発現しているmRNAなどの個数をより高精度に定量することが可能となる。従って、新たな方式に基づく単一分子DNAシークエンスが待望されている。
【0005】
これを実現するための新しい方式に基づく手法として、走査型電子顕微鏡を用いてDNAを直接シークエンスする方法や、1本鎖DNAがナノメートルサイズの孔(ポア)を通過するときの電圧値がA,G,C,Tの塩基で異なることを利用してシークエンスするナノポア法が提唱されている。但し、いずれの方法も技術的課題が多く、実用化は難しいと考えられている。
【0006】
それらに代わるDNAシークエンスの最も有望な方法として、光技術を用いた超並列解析法が提唱されており、既に数社から化学発光や蛍光の原理に基づく装置が市販されている。これらの方法の特徴は、マイクロビーズや微細加工技術を用いて反応場を区分けすることにより、超並列解析を可能にしたことである。従来のキャピラリーシークエンス方式では、多チャンネル化(〜384本)によって解析効率の向上が図られているが、本方式では1億個以上の超並列解析も可能であり、キャピラリーシークエンス方式と比較して圧倒的に多い。従って、読み取り塩基長では100塩基以下と1000塩基近い解読が可能なキャピラリーシークエンスに劣るものの、スループットとしては、例えば100塩基×1億個(108)で1日当たり10ギガ(1010)塩基となり、キャピラリー方式と比較して1000倍以上のスループットが達成が見込める。また、超並列解析により1サンプル当たりの試薬量は少なくなるため、結果的に試薬コストの低下に繋がる。従って、解析コストは、現状、ヒトゲノム一人当たり約10万ドルとキャピラリーシークエンス方式の約100分の1となっている。但し、これらの方式の場合、解読したい核酸を核酸増幅してシークエンスしているため、これ以上の解析コスト低減は難しい。
【0007】
更なる解析コスト低減を達成するために、光技術を用いた超並列解析法による単一分子DNAシークエンスする方法が非特許文献4で提唱されている。これについて以下詳細に説明する。
【0008】
レーザーとして波長532nmおよび635nmを用い、それぞれ蛍光体Cy3および蛍光体Cy5の蛍光検出に用いている。試料溶液を2枚のスライドガラス間に挟んでから、ビオチン−アビジン結合を利用して、スライドガラスと試料溶液との屈折率境界平面上の溶液層側に、単一の標的DNA分子を固定化する。次に、溶液中にCy3標識したプライマーを溶液交換によって一定濃度になるように導入すると、単一のCy3標識プライマー分子が標的DNA分子にハイブリダイズして、核酸二本鎖を形成する。その後、洗浄操作により未反応のCy3標識プライマー分子を除く。
【0009】
標的DNA分子にハイブリダイズしたCy3標識プライマー分子はエバネッセント場の特定の位置に存在するため、標的DNA分子の結合位置を蛍光検出によって確認することができる。標的DNA分子にハイブリダイズするCy3標識プライマー分子が、エバネッセントの1視野内に複数存在する場合は、Cy3標識プライマー分子の位置を全て把握しておくことにより、以降のシークエンスを並列的に行うことができる。更に、標的DNA分子にハイブリダイズするCy3標識プライマー分子が、エバネッセントの1視野内に複数存在し、かつ複数視野に跨って存在する場合には、スライドガラスを保持しているステージを動かすことにより、視野を移動させながらCy3標識プライマー分子の位置を全て把握しておくことにより、以降のシークエンスを超並列的に行うことができる。配列解析のスループットを上げるためには、顕微鏡を低倍率にして視野を大きくしたほうが良い。またステージの移動速度を上げて、蛍光観察できない視野間の移動時間を短くしたほうが良い。
【0010】
全てのプライマー分子の位置を確認後、高出力の励起光をCy3に一定時間照射して蛍光退色(消光)させることにより、以降の蛍光発光を抑制する。これは次工程以降でCy3を用いる際に、前工程のCy3が検出されてしまうことを防ぐのが目的である。次工程以降でCy3と異なる蛍光色素を用いる場合には、必ずしも消光しなくてよいが、Cy3の蛍光波長領域が他の蛍光色素の蛍光波長領域とオーバーラップする可能性もあるため、極力消光しておくことが望ましい。
【0011】
次に、二本鎖核酸に塩基を付加する酵素と、Cy5で蛍光標識したdNTP(NはA(アデニン),C(シトシン),G(グアニン),T(チミン)のうちの1種類)を含む溶液を、溶液交換によって一定濃度となるように導入する。標的DNA分子に対して相補鎖の関係(AとT,CとG)である場合に限り、蛍光標識したCy5−dNTP分子が、二本鎖核酸の片一方の鎖であるプライマー分子の伸長鎖に取り込まれる。通常、Cy5で蛍光標識したdNTPがプライマー分子の伸長鎖に取り込まれると、酵素は次の塩基を取り込もうとするが、例えば、Cy5−dNTP分子の塩基の部分に特定の分子を結合させておき、2塩基以上は連続して取り込まないような仕組みとなっている。その後、洗浄操作により、未反応のCy5−dNTP分子を除く。
【0012】
伸長鎖に取り込まれたCy5−dNTPは、エバネッセント場の特定の位置に存在するため、蛍光検出によってCy5−dNTPの結合位置を確認することができる。更に、Cy5−dNTPの結合位置と、前記標的DNA分子の結合位置が一致する箇所を特定することにより、エバネッセント場の特定位置に固定された標的DNA分子の配列を解読することができる。プライマー分子の伸長鎖に取り込まれるCy5−dNTPが、エバネッセントの1視野内に複数存在する場合は、結合したCy5−dNTPの位置を全て把握しておくことにより、標的DNA分子の配列を並列的に解読することができる。また、プライマー分子の伸長鎖に取り込まれるCy5−dNTPが、エバネッセントの1視野内に複数存在し、かつ複数視野に跨って存在する場合には、スライドガラスを保持しているステージを動かし、視野を移動させながらCy5−dNTPの位置を全て把握しておくことにより、標的DNA分子の配列を超並列的に解読することができる。配列解析のスループットを上げるためには、顕微鏡を低倍率にして視野を大きくしたほうが良い。また、ステージの移動速度を上げて、蛍光観察できない視野間の移動時間を短くしたほうが良い。
【0013】
全てのCy5−dNTPの配列(1塩基)を確認後、高出力の励起光をCy5に一定時間照射して蛍光退色(消光)させることにより、以降の蛍光発光を抑制する。次工程以降でCy5と異なる蛍光色素を用いる場合には、必ずしも消光しなくてよいが、Cy5の蛍光波長領域が他の蛍光色素の蛍光波長領域とオーバーラップする可能性もあるため、極力消光しておくことが望ましい。Cy5消光後、2塩基以上連続して取り込まないようにCy5−dNTP分子に結合させた特定の分子を、触媒や光解離などの手段を用いて切り離す。これで次の塩基を伸長させることができる。
【0014】
以上のCy5−dNTPの伸長反応プロセスを、例えばdATP→dCTP→dGTP→dTTP→dATPのように、4種類の塩基について順番に繰り返して行うことにより、固定された標的DNA分子の塩基配列を決定することができる。dNTPの伸長反応プロセスを超並列処理することによって、複数のターゲットDNA分子を超並列的にシークエンスできる。この単一分子シークエンスの原理はCy3,Cy5の2色の蛍光色素を例に挙げて説明したが、これら2つの色素に限定されるものではなく、他の蛍光色素や方法で実現可能である。例えば4種類の異なる蛍光色素でdNTPをそれぞれ標識することにより、前記に示したdATP→dCTP→dGTP→dTTP→dATPの4種類の塩基を順番に繰り返して伸長反応させる必要がなくなるため、スループットは単純計算で4倍速くなる。またプライマー分子とdNTPを全て同じ蛍光色素(1色)で標識することもできる。
【0015】
前記文献よりも更にハイスループットな単一分子DNAシークエンスの方法として、リアルタイムでの単一分子シーケンスが非特許文献5で報告されている。従来のDNAシークエンスの多くは、酵素としてDNAポリメラーゼを利用しているが、前記文献のように伸長反応とシークエンスを一塩基ごとに行う方法では、酵素に備わっている連続的に塩基を取り込む能力を無駄にしている。DNAポリメラーゼ1分子が塩基を取り込む能力は、1秒に約1000塩基で、10万塩基以上の長さにわたって読み取ることができ、更に取り込む塩基の正確性も非常に高い。そこで2つの技術を用いて、核酸を連続的に伸長させながらリアルタイムでシークエンスしている。
【0016】
1つ目の技術は、蛍光標識を塩基ではなく、末端のリン酸にホスホリンクヌクレオチドをつけ、酵素が塩基を取り込む過程で蛍光色素を切り離す仕組みである。これにより塩基を取り込んだ後には、完全に自然な二本鎖DNAが残る。酵素が塩基を取り込む時の塩基に対応した蛍光を、リアルタイムに検出することにより、連続的なシークエンスが可能である。但し、4種類の塩基はそれぞれ異なる蛍光標識をしておく必要がある。なお、酵素が取り込むまでの一定時間のみ、蛍光色素はエバネッセント場の特定の場所に存在するため、この時の位置を把握することでシークエンスできる。尚、2つ目の技術により、蛍光色素が切り離された後は、蛍光色素はブラウン運動で溶液中を漂うことになるため、シークエンスへの影響はない。また、伸長反応とシークエンスを一塩基ごとに行う方法のように、高出力のレーザーを照射して蛍光色素を消光する工程も必要としない。
【0017】
2つ目の技術は、単一分子検出を可能にしたゼロモード導波技術である。これによりナノメートルサイズの穴内部の蛍光色素のみを測定できるため、塩基から切り離された蛍光色素や、伸長反応に寄与していない未反応の蛍光標識塩基を洗浄操作により除去すること無く測定できる。これらの技術によりリアルタイムDNAシークエンスの実現性が示唆されている。
【0018】
リアルタイムでの単一分子シークエンスにおいては、連続的に伸長反応が進むため、1回のシークエンスが終了するまでは、通常視野を固定する必要がある。従ってスループットを上げるためには、顕微鏡を低倍率にして視野をできるだけ大きくすることが有効である。但し、非特許文献5では対物レンズ型全反射顕微鏡を使用しているため、60倍以上の高倍率検出に制限される。以下に単一分子シークケンスなどに利用されている2種類の全反射顕微鏡について説明する。
【0019】
全反射顕微鏡で現在一般的に用いられているものは、対物レンズ型全反射顕微鏡である。倒立型にして対物レンズをスライドガラスの下方に油浸オイルを介して位置を決め、その対物レンズを経てエバネッセント波発生用のレーザー光をスライドガラス下方から斜めに入射させ、スライドガラス上の試料が置かれた界面近傍にエバネッセント波を発生させる。この配置の場合、対物レンズ上方の空間が自由に扱えるため操作性と利便性に優れており、かつ非常に明るい蛍光画像が得られるのが特徴である。しかし、高開口数油浸対物レンズを用いるという原理上の制約により、倍率が60倍以上の高倍率観察に制限されるのが欠点である。
【0020】
高倍率観察に制限されない別の種類の全反射顕微鏡として、プリズムを介してレーザーを入射するプリズム型全反射顕微鏡が用いられている。この顕微鏡では、試料を2枚のスライドガラス間、またはスライドガラスとカバーガラス間などに挟み、上方のスライドガラス上にプリズムを載せて、そのプリズムを経て、エバネッセント波発生用のレーザー光を上方のスライドガラスの上方に斜めに入射させ、そのスライドガラスの試料と接する界面近傍にエバネッセント波を発生させる。この配置の場合、レーザー光を効率的に入射できることから、対物レンズ型よりも更に高いS/N比での観察が可能である。また、対物レンズ型全反射顕微鏡とは異なり、倍率の制約がないため、低倍率観察も容易である。低倍率観察により1視野は大きくなるため、例えば、非特許文献5におけるスループットは向上する。従って、対物レンズ型よりもプリズム型全反射顕微鏡の方が、スループット向上の観点からは適していると言える。但し、プリズム型全反射顕微鏡では、対物レンズ上方の空間がプリズムで塞がれてしまうため、試料の操作性や標本の自由度が著しく低いのが欠点である。試料の操作性と標本の自由度に優れ、他の光学観察手法との併用が容易でかつ低倍率観察を可能とするプリズム型全反射顕微鏡システムの開発が期待されている。
【0021】
プリズム型全反射顕微鏡を用いて試料の操作性と標本の自由度を上げるために、下記のような取り組みが行われてきた。
【0022】
まず、非特許文献6では、入射プリズムと放射プリズムをスライドガラス下面に接着して、入射プリズムからスライドガラス内にレーザー光を導入してスライドガラス内で多重全反射させ、その多重全反射の際に、スライドガラス上面近傍にエバネッセント波を発生させて試料を励起し、多重全反射で導波されたレーザー光を放射プリズム経由で外へ出す方式が提案されている。
【0023】
また、非特許文献7では、スライドガラスの端を加工して、傾斜端面としてこの傾斜端面からスライドガラス内にレーザー光を導入してスライドガラス内で多重全反射させ、その多重全反射の際にスライドガラス上面近傍にエバネッセント波を発生させて試料を励起し、多重全反射で導波されたレーザー光を傾斜端面に対向する端面から外へ出す方式が提案されている。
【0024】
これらの方式は、標本上方の空間が自由であり低倍率観察も容易であるという特徴を持つ一方、スライドガラス厚が約0.2mmと制限されていて薄いため、多重全反射回数が多くなり、全反射による散乱光の発生,導波光の減衰,試料の蛍光退色が起きやすく、S/N比が低下する。更に、レーザー光の入射位置と放射位置が固定されているため、試料観察位置を変更するためには、対物レンズの移動が必要となり、操作は容易でない。従って、プリズム型全反射顕微鏡の場合、対物レンズ上方の空間がプリズムで、下の空間が対物レンズで塞がれてしまうため、試料の操作性や標本の自由度が低い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】Alelrod, D. et al vol.2, pp.764-774, (2001)
【非特許文献2】Prieve, D. C. and Frej, N. A., Langmuir, 6, pp.396-403
【非特許文献3】Kihm, K. D. et al., in Fluids, 37, pp.811-824, (2004)
【非特許文献4】PNAS 2003, Vol.100, pp.3960-3964
【非特許文献5】PNAS 105(4): 1176-1181. (2008)
【非特許文献6】Conibear, P. B. and Bagshaw, C. R., Journal of Microscopy, Vol.200, Pt3, pp.218-229, (2000)
【非特許文献7】Teruel, M. N. and Meyer, T., Science, Vol.295, pp.1910-1912, (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
本願発明者が全反射顕微鏡を用いたDNAシーケンスについて鋭意検討した結果、次のような知見に至った。
【0027】
DNAシークエンスのスループット向上のためには、一度に検出できる視野を広くすることが重要である。対物レンズ型全反射顕微鏡では倍率60倍以上の高倍率観察に限定されるが、プリズム型エバネッセント方式では倍率の制約が無いため、低倍率観察することによりスループットは向上する。例えば、40倍の対物レンズの視野は60倍の対物レンズのそれと比較して2倍以上である。従って、プリズム型全反射顕微鏡を採用した場合、スループットは2倍以上向上すると期待される。
【0028】
また、スループット向上のためには、酵素の反応速度を上げることも重要である。酵素の反応速度を上げる方法としては、基質濃度を高くすること、至適pHにすることの他に、酵素の至適温度にすることが考えられる。この中で基質濃度とpHに関しては、溶液中の組成を変えることで実現できる。但し、酵素の至適温度(反応温度)の管理に関しては、温度調節を行う装置が別途必要となる。酵素の反応速度は温度とともに上昇するが、酵素はタンパク質であるために高温では変性する。従って、酵素活性は逆に低下する。一般的に動物の酵素では40〜50℃、植物の酵素では50〜60℃である。但し、好熱性細菌のように80〜90℃(超高熱菌には90℃以上)のものもある。以上より、温度制御機能付きのプリズム型全反射顕微鏡を用いることにより、装置としてのスループットを最大にできると考えられる。
【0029】
プリズム型全反射顕微鏡における温調方式としては、空気温調と局所温調の2つに大別することができる。空気温調は加温または冷却装置と温調用の箱を用いて、保温したい箱の空気温度を調節する方法である。温度安定性は高いが、温度到達までの時間が長いこと、60℃以上の高温は難しいといった課題がある。プリズム型全反射顕微鏡で空気温調用の箱を用いる場合、例えばスライドガラスを保持する顕微鏡ステージ,プリズム,対物レンズ全てを覆うとすれば、それらの熱膨張の影響が懸念される。特に、対物レンズに関しては、高温での使用はメーカーの仕様範囲外であるため、極力室温に保つことが望ましい。
【0030】
一方、局所温調は、加温または冷却装置を温度制御したい部分に直接接触させることにより、温度調節する方法である。従って、空気温調で懸念されるような対物レンズの熱膨張は発生しない。局所温調は空気温調と比較して温度安定性に劣るものの、温度到達までの時間が短いこと、60℃以上の高温も制御可能という特徴を持つ。例えば、酵素反応と洗浄で温度を変える必要がある場合や、高耐熱性酵素を使用する場合には、空気温調よりも局所温調方式が適している。
【0031】
但し、上述したように、プリズム型全反射顕微鏡を用いた局所温調に関する制約事項として、測定基板の直ぐ上にはプリズムがあり、測定基板の下にはイマージョンオイルを介して対物レンズが一般的に0.5mm以下の距離で存在するため、局所温調装置の設置方法に工夫が必要となる。そのような方法として、プリズムと対物レンズを避けた測定基板の両側から温調する方法や、プリズムを直接温調する方法が考えられるが、熱伝導率などの観点から効率的ではなく、高い温度での温調は困難である。
【0032】
これを解決する別の方法として、プリズムと測定基板との間に局所温調装置を配置する方法がある。尚、対物レンズと測定基板の間は0.5mm以下に保持する必要があるため、この間隔に局所温調装置を配置することは事実上困難である。プリズムと測定基板との間隔に制約は無いが、局所温調装置を透過してエバネッセント波が発生するためには、局所温調装置の屈折率がプリズムのそれに近く、光透過性の高いものを用いることが望ましい。プリズムは通常石英を用いるため、局所温調装置の例としてはガラスヒーターが考えられる。ガラスヒーターは透明であるため、流路を観察できることも好ましい。
【0033】
ガラスヒーターは透明導電膜を耐熱ガラスに蒸着させ、通電することで発熱するヒーターである。ガラスの持つ光透過性や耐食性をそのままに、低消費電力で高い熱量を得られるのが特徴で、熱応答性が高く、大きな温度変化にも素早く追従できる。透明導電膜としては、酸化インジウム,酸化錫などを主体としてグラファイト,クロム,ニッケルなどを含有させた薄膜形成半導体が主に用いられる。例えば、化学気相蒸積法により高温蒸着させ、膜厚2000〜7000Åの強靭な透明導電膜を耐熱ガラスにコーティングしたものがある。電極を取り付けることにより、通電すると透明膜電膜が発熱し、透明性と導電性を併せ持つ高温発熱ガラスヒーターとなる。蒸着した透明導電膜に通電させることにより、抵抗によるジュール熱が発生し、ナノレベルで膜厚を均等に蒸着させることで、より温度勾配の少ない発熱を実現できる。導電膜は王水に浸けても変化はないため、破損しない限り半永久的に使用可能である。但し、膜厚が場所により異なる場合には、急激な温度変化によりヒーターが割れる危険性がある。
【0034】
そして、プリズムと測定基板との間に局所温調装置を配置して単一分子計測を行った結果、入射光と反射光位置において、ガラスヒーターの透明導電膜成分である酸化インジウムや酸化錫が自家蛍光を発するために、測定基板からの単分子蛍光が観察できないことを見出した。蛍光光度計を用いて488nmにおける厚さ1mmの石英ガラスとガラスヒーターの蛍光強度を測定したところ、それぞれ0.006と0.316となり、ガラスヒーターの方が約50倍高いバックグラウンドを示した。従って、通常の石英ガラスでは自家蛍光が低いために単一分子蛍光が観察できるが、ガラスヒーターを使用する場合には、ヒーターからの自家蛍光を避けなければ単一分子蛍光を観察することが難しい。
【0035】
本発明の目的は、全反射顕微鏡局において、温調装置により試料溶液を温度調節しつつ、温調装置からの自家蛍光を回避し、単一分子蛍光を観察することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0036】
本発明は、プリズムと温調装置を有する全反射顕微鏡において、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口を備えたり、当該部分を他の部分と比較して自家蛍光の少ない材料で構成したりすることに関する。
【発明の効果】
【0037】
本発明により、温調装置の自家蛍光を抑制できるため、試料溶液温度を高精度に制御しながら高感度な蛍光観察が可能となる。これにより、例えば、全反射顕微鏡を用いた単一分子DNAシークエンスのスループットを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】実施例1における温調機能付きプリズム型全反射顕微鏡。
【図2】実施例1における局所温調装置の部分断面拡大図。
【図3】実施例2における局所温調装置の部分断面拡大図。
【図4】実施例3における局所温調装置の部分断面拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0039】
実施例では、プリズム型全反射顕微鏡において、局所温調装置の自家蛍光を発する透明導電膜成分などをレーザービームが通過することにより単一分子観察できなくなることを防ぐために、入射光と反射光の通過部分に穴を有する加温または冷却機能付き局所温調装置を、測定対象となる基板に接触させて温度調節を行うことを開示する。穴に相当する部分を、温調装置の他の部分と比較して自家蛍光の少ない材料で構成することも開示する。
【0040】
また、実施例では、蛍光試料溶液を保持する基板と、プリズムと、励起光を照射する励起光源と、蛍光を検出する測定器と、を備え、プリズムと基板との間に温調装置が配置され、プリズムと温調装置を通過して基板内に入射された励起光が、基板と試料溶液の界面で全反射する全反射顕微鏡装置において、温調装置における励起光の入射光と反射光の通過部分を、他の部分より自家蛍光の少ない材料で構成することを開示する。
【0041】
また、実施例では、プリズムと基板との間に温調装置が配置された全反射顕微鏡装置を準備し、基板に蛍光試料溶液を保持し、プリズムと温調装置を通過して基板内に入射された励起光が、基板と試料溶液の界面で全反射するように励起光を照射し、蛍光試料溶液からの蛍光を検出する蛍光試料分析方法において、温調装置における励起光の入射光と反射光の通過部分を、他の部分より自家蛍光の少ない材料で構成することを開示する。
【0042】
また、実施例では、単一分子DNAシークエンスするように全反射顕微鏡装置が構成されていることを開示する。
【0043】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口に、自家蛍光が石英より小さい液体、又は固体が配置されていることを開示する。
【0044】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口にグリセロールが配置されていることを開示する。
【0045】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口にシリコン樹脂が配置されていることを開示する。
【0046】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口にPDMSが配置されていることを開示する。
【0047】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に2つの開口がそれぞれ設けられ、当該開口にそれぞれプリズムが配置されていることを開示する。
【0048】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に一体型の開口が設けられ、当該開口に一つのプリズムが配置されていることを開示する。
【0049】
また、実施例では、温調装置が、導電性膜や導電物質を有する光透過性材料を含み、入射光と反射光の通過部分以外の導電性膜や導電物質が配置されていることを開示する。
【0050】
また、実施例では、温調装置が、透明導電膜を有するガラスヒーターであり、当該ガラスヒーターにおける入射光と反射光の通過部分に透明導電膜が配置されていないことを開示する。
【0051】
また、実施例では、温調装置が、透明導電膜を有するガラスヒーターであることを開示する。
【0052】
また、実施例では、温調装置が、ラバーヒーター,熱線ヒーター、又はフィルムヒーターを含むことを開示する。
【0053】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口の穴径がそれぞれφ10mm以下であることを開示する。
【0054】
また、実施例では、温調装置における入射光と反射光の通過部分に一体型の開口が設けられ、当該開口の大きさが縦1〜10mm,横4〜40mmであることを開示する。
【0055】
また、実施例では、基板を保持するステージを備え、当該ステージが、温調装置及び温調装置に対して独立に駆動することを開示する。
【0056】
また、実施例では、励起光が、レーザービームであることを開示する。
【0057】
以下、上記及びその他の本発明の新規な特徴と効果について図面を参照して説明する。尚、図面は説明のために用いるものであり、権利範囲を限定するものではない。また、各実施例は適宜組み合わせることが可能である。
【実施例1】
【0058】
図1は、局所温調機能付きプリズム型全反射顕微鏡の概要である。全反射顕微鏡であり、入射光と反射光の部分に穴を有する加温または冷却装置を、測定対象となる基板に接触させて温度調節を行っている。
【0059】
レーザー101から発振されたレーザービームは、λ/4波長板102で円偏光となり、集光レンズ103を通した後に、プリズム104へ垂直入射される。プリズム用ガラスは、極めて高い均質性で製造可能な光学ガラスが求められるため、合成石英、又は高透過率で高均質なBK7、若しくはBSC7が一般的に用いられる。
【0060】
レーザービームは、局所温調装置制御ユニット108により温度制御された局所温調装置105の穴の開いた部分を通過して、測定基板用ステージ107に設置された測定基板106の屈折率境界平面、即ち測定基板106と溶液の界面に対して、入射角度約68°で入射する。そして、レーザービームは全反射し、エバネッセント波が形成される。尚、局所温調装置105の穴の開いた部分は、プリズム104と屈折率の近いグリセロールを充填することにより、プリズム104と局所温調装置105の穴の開いた部分でレーザービームが全反射することを防いでいる。同様の理由から、局所温調装置105と測定基板106の間もグリセロールで充填されている。但し、グリセロールは高粘度の液体ではあるが、穴から測定基板106へ漏れやすい。少しでもプリズム104と局所温調装置105の穴の開いた部分との間に空気層が入ると、その部分でレーザービームは全反射してしまう。これを防ぐ方法として、局所温調装置105の穴を自家蛍光の少ない液体材料で穴を塞いだ後に、液体材料を固化させることが考えられる。そのような材料としては、例えばシリコン樹脂であるPDMSが挙げられる。PDMSは弾性材料のため、プリズム104と測定基板106にそれぞれ押し付けることにより、空気層を無くすことができる。これによりグリセロールを使用する必要が無いため、測定基板106の設置が容易であり、装置の自動化にも有利である。また、穴に相当する部分を自家蛍光の少ない材料で予め形成しておく方法もある。例えば、ガラスヒーターの透明導電膜を化学気相蒸積法により高温蒸着させる場合、レーザービームが局所温調装置105に入射する箇所と反射する箇所に相当する位置を、蒸着膜が塗布されないように予めマスクをして局所温調装置105を形成することにより、自家蛍光の主要因である酸化インジウムや酸化錫がレーザービームに当たらないようにできる。また、透明導電膜の代わりに微小な導電性の配線を張り巡らせて温調する方式においても、穴に相当する部分に配線を行わないことにより、自家蛍光を低減することができる。従って、蛍光1分子観察することが可能となる。
【0061】
エバネッセント場では、励起光強度が屈折率境界平面から離れるに従って指数関数的に減衰し、50〜150nm程度の距離で励起光強度が1/e(eは自然対数)になる。落射蛍光検出と比較して、励起光照射体積が大幅に低減できるため、溶液中に浮遊している遊離蛍光体の蛍光発光や、水のラマン散乱を始めとする背景光を飛躍的に低減することが可能となる。エバネッセント波による蛍光は、対物レンズ用Z軸ステージ110で焦点を合わせた対物レンズ109から、フィルタユニット111を通して不要な波長成分を除去した後に、結像レンズ112を経て2次元検出器であるCCD113上に結像する。結像した信号は制御用PC114で処理され、結果がモニタ115に表示される。
【0062】
また、試薬容器116から分注ユニット117で吸引した試薬を、送液チューブ118を通して測定基板106の屈折率境界平面と平行に送液できる機構を備えている。これにより連続的に異なる試薬を送液することができる。送液した試薬は廃液チューブ119を通って、廃液溜め120へ回収される。
【0063】
穴の開いている顕微鏡用の温度制御装置として、対物レンズを近づけるためのφ20〜50程度の穴を有する顕微鏡ステージそのものを温調することにより、顕微鏡に設置した測定基板を温調する装置が既に市販されている。図1における測定基板用ステージ107を温調する方式といえる。
【0064】
既製品と本実施例との違いは大きく分けて下記の3点に集約される。
【0065】
第1番目は、既製品の穴径がφ20以上と大きいことである。これは、穴を開ける目的が、対物レンズを測定基板に近づけることに起因する。従って、必然的に対物レンズの径以上の穴を開ける必要がある。一方、本実施例は、自家蛍光を下げることを目的としているため、レーザービームの入射光と反射光が温調装置を通る部分にだけ穴が開いていれば十分である。レーザービームの直径は約1ミリメートルであるため、穴径としては数ミリメートルあれば十分である。既製品の温調装置には数ミリメートルの穴径のものは存在しない。
【0066】
第2番目は、既製品の温調効率が悪いことである。これは、既製品では対物レンズを近づけるためにφ20以上の穴を開ける必要があるため、顕微鏡視野(穴の中心)までは少なくとも10mmの距離がある。測定基板106の厚さがスライドガラスと同じ1mmであると仮定すると、測定基板106の両面からの熱拡散の影響が大きく、視野中心に伝達される熱量はごくわずかとなる。従って、温度分布は視野中心に行くに従い急激に減少する。60℃以上の温調を行う場合には、ステージを90〜100℃にする必要があることを見出している。ステージなど装置の熱膨張の影響が大きいと予想されることや、装置の安全面などを考えると、この方式は好ましくない。一方、本実施例では、測定基板106の直ぐ上を局所温調装置105で温調できるため、熱伝達効率が非常に高く、温度応答性も非常に速いのが特徴である。測定基板の厚さが1mmの場合、ガラスヒーターと測定基板との温度差は5度以下であることを見出した。更に、穴径が数ミリメートルと小さいため、穴を開けた部分とそれ以外の部分での温度差も殆ど無いことを確認している。
【0067】
第3番目は、既製品ではステージが温調装置を兼ねているため、測定基板がステージと一体となっていることである。従って、異なる視野を観察する場合には、ステージを移動させて測定基板を移動させる必要があり、顕微鏡視野は必然的に穴の中心から外れていく。そのため、顕微鏡視野における温度は一定ではなく、穴の縁に近づくほど温度は高くなる。従って、温度が反応に大きな影響を与える場合には、本方式の適用は難しい。ステージを動かして顕微鏡視野の温度を一定にするためには、ステージから測定基板を一旦離す必要がある。一方、本実施例では、測定基板用ステージ107と局所温調装置105は、独立の制御系となっているために、別々に動作させることが可能である。従って、測定基板用ステージ107のみを動かすことにより、顕微鏡視野を常に局所温調装置105の特定の位置に設定できるため、同じ温度での観察が可能である。
【0068】
図2を用いて単分子DNAシークエンスの工程を説明する。図2は、図1におけるプリズム104,局所温調装置105,測定基板106を拡大、かつ詳細表示したものである。尚、試薬は図1に示すフローシステムを用いて供給している。特に指定が無い場合には、温調装置105を25℃に設定して実験を行った。
【0069】
測定基板204と溶液205との屈折率境界界面の溶液側に、ビオチンBSAとストレプトアビジンの結合を介して、ビオチン化プライマー208を固定する。次に、シークエンス対象の標的核酸209をフローさせて、ビオチン化プライマーとハイブリダイズさせる。これにより、ビオチン化プライマー208と標的核酸209との2本鎖核酸が形成される。尚、各工程の間では、トリスバッファーなどの洗浄液で洗浄することにより、未反応の試薬を除去している。次に、図1の温調装置105を37℃に設定し、T4 DNA polymeraseとCy3−dNTP210(Cy3で標識された1種類の塩基のdNTP(NはA,C,G,Tのいずれか))を導入すると、標的核酸209に対して相補鎖を形成できる場合に限り、Cy3−dNTP分子がビオチン化プライマー208の伸長鎖に取り込まれる。
【0070】
伸長反応終了後に図1の温調装置105を60℃に設定し、未反応のCy3−dNTPを洗浄液で除去したのちに、図1の温調装置105を25℃に戻す。その後、伸長したCy3−dNTPを検出するためのレーザーとして、アルゴンレーザー206(波長:514.5nm)から発振されたレーザービームをプリズム201に垂直入射させ、局所温調装置202の穴の開いた部分に充填されたグリセロール203を通過させて、測定基板204と溶液205との屈折率境界界面で全反射させる。
【0071】
局所温調装置202の穴の開いた部分にプリズム201と屈折率の近いグリセロール203を充填することにより、レーザービームがプリズム201と局所温調装置202の穴の開いた部分で全反射することを防いでいる。同様の理由から、局所温調装置202と測定基板204の間もグリセロールで充填する。
【0072】
屈折率境界界面でレーザービームを全反射させると、Cy3はエバネッセント波207で励起されるため、標的核酸の結合位置における蛍光検出により検出できる。Cy3の位置を確認後にCy3を高出力の励起光で照射することにより蛍光退色させ、以降の蛍光発光を抑制する。以上のdNTPの伸長反応を、塩基の種類をA→G→C→T→Aのように段階的に繰り返すことによって、標的核酸分子の塩基配列を決定することが可能である。また、蛍光検出する視野内に複数の標的DNAを固定して、上述した伸長反応を並列処理することにより、複数の標的核酸の同時シークエンスが可能となる。
【0073】
図2における局所温調装置202では、入射光と反射光の通過する部分に穴をあけた構造となっている。入射光と反射光の通過する部分の穴径は、測定基板204の厚さls,局所温調装置202の厚さlp,測定基板204と局所温調装置202境界面への入射光角度θg,測定基板204と局所温調装置202境界面への透過光角度θs,グリセロール203の屈折率,測定基板204の屈折率,溶液205の屈折率より算出される。スネルの法則よりθsを全反射が発生する角度に設定することにより、θgを一意的に決定することができる。従ってRs=ls・tanθs,Rp=lp・tanθg+Rsとなる。
【0074】
グリセロール203の屈折率を1.47、溶液205の屈折率を1.33、測定基板204の厚さlsを1mm,局所温調装置202の厚さlpを1mmとした場合、測定基板204の屈折率を1.47から1.78まで変化させたときのRsとRpは、上述した式に当てはめることで以下の通り計算される。
【0075】
【表1】

【0076】
例えば、測定基板204の屈折率がスライドガラスを想定した1.47の場合、入射光部分と反射光部分の穴径の最小値は4.433−2.124=2.309mmとなる。但し、実際にはレーザービームの広がりを考慮して、穴径を広げる必要がある。ビームの直径が1mmとすると、4mm程度の穴径にすることにより、レーザービームが局所温調装置202に当たらなくなる。尚、紙面に垂直方向の穴径に関しては、レーザービームの直径よりも大きければよい。1mm以上あればレーザービームが局所温調装置202に当たらなくなる。従って、1mm×4mmの穴径の穴が、入射光と反射光の通過箇所に相当する2箇所にあればよい。
【0077】
測定基板204の屈折率が1.47の場合、局所温調装置202bの直径は2×Rsで最大4.248mmとなる。局所温調装置202bがエバネッセント波207の直ぐ上にあることで、温調効果は高くなる。一方、顕微鏡ステージそのものを温調する方式では、対物レンズを近づけるためにφ20〜50の穴を開けているため、エバネッセント波207の直ぐ上にヒーターは存在しない。
【0078】
更に、穴径や穴の位置は測定基板204の厚みlsや局所温調装置202の厚さlpなどで決定されるため、穴加工しやすい条件に合わせることができる。例えば、局所温調装置202の厚さlpと測定基板204の厚みlsが固定されている場合には、測定基板204と局所温調装置202の間にグリセロール203を一定の厚さで満たすことにより、穴径や穴の位置を調節できる。
【0079】
図2において、局所温調装置202の穴は入射光と反射光の2つであってもよいが、202bの部分を除いて2つの穴を一体とすることも可能である。測定基板204の屈折率が1.47の場合、一体型の穴の直径は2×Rpより8.866mmとなる。レーザービームの広がりを考慮すると、10mm程度の穴径となる。従って、穴径は1mm×10mm程度となる。
【0080】
また、穴を開ける方式の場合、穴の部分にグリセロール203を満たせばよいことから、局所温調装置の材料はガラスに限らず、非透過性の材料であっても構わない。従って、ラバーヒーター,熱線ヒーター,フィルムヒーターなどでも代用可能である。また、グリセロール203の部分にガラス,PDMS,プラスチックなどを代用することもできる。
【実施例2】
【0081】
本実施例は、局所温調装置の穴の開いた2箇所の部分に、グリセリロールの代わりに2個のプリズムを埋め込むものである。以下、実施例1との相違点を中心に説明する。
【0082】
本実施例では、図3に示すように、局所温調装置302の穴の開いた2箇所の部分に、2個のプリズム301をそれぞれ埋め込んでいる。プリズム301は測定基板304と密着している。プリズムの大きさは、1mm×4mmから4mm×40mm程度が望ましい。レーザービーム303をプリズム301に垂直入射させると、プリズム301は測定基板304と密着しているため、グリセロールを使用しなくても、測定基板304と溶液305の間で全反射が発生する。
【実施例3】
【0083】
本実施例は、局所温調装置の穴の開いた1箇所の部分に、グリセリロールの代わりに1個のプリズムを埋め込むものである。以下、実施例1及びとの相違点を中心に説明する。
【0084】
本実施例では、図4に示すように、局所温調装置402の穴の開いた1箇所の部分に、プリズム401を埋め込んでいる。プリズムの大きさは、1mm×10mmから4mm×40mm程度が望ましい。レーザービーム403をプリズム401に垂直入射させると、プリズム401は測定基板404と密着しているため、グリセロールを使用しなくても測定基板404と溶液405の間で全反射が発生する。
【符号の説明】
【0085】
101 レーザー
102 λ/4波長板
103 集光レンズ
104,201,301,401 プリズム
105 温調装置
106,204,304,404 測定基板
107 測定基板用ステージ
108 局所温調装置制御ユニット
109 対物レンズ
110 対物レンズ用Z軸ステージ
111 フィルタユニット
112 結像レンズ
113 CCD
114 制御用PC
115 モニタ
116 試薬容器
117 分注ユニット
118 送液チューブ
119 廃液チューブ
120 廃液溜め
202,302,402 局所温調装置
203 グリセロール
205,305,405 溶液
206 アルゴンレーザー
207 エバネッセント波
208 ビオチン化プライマー
209 標的核酸
210 Cy3−dNTP
303,403 レーザービーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光試料溶液を保持する基板と、プリズムと、励起光を照射する励起光源と、蛍光を検出する測定器と、を備え、
プリズムと基板との間に温調装置が配置され、プリズムと温調装置を通過して基板内に入射された励起光が、基板と試料溶液の界面で全反射する全反射顕微鏡装置であって、
前記温調装置における前記励起光の入射光と反射光の通過部分が、他の部分より自家蛍光の少ない材料で構成されている装置。
【請求項2】
請求項1記載の全反射顕微鏡装置であって、
単一分子DNAシークエンスするように構成されていることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1記載の全反射顕微鏡装置であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口に、自家蛍光が石英より小さい液体、又は固体が配置されていることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口にグリセロールが配置されていることを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口にシリコン樹脂が配置されていることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口にPDMSが配置されていることを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に2つの開口がそれぞれ設けられ、当該開口にそれぞれプリズムが配置されていることを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に一体型の開口が設けられ、当該開口に一つのプリズムが配置されていることを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置が、導電性膜や導電物質を有する光透過性材料を含み、前記入射光と反射光の通過部分以外の前記導電性膜や導電物質が配置されていることを特徴とする装置。
【請求項10】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置が、透明導電膜を有するガラスヒーターであり、当該ガラスヒーターにおける前記入射光と反射光の通過部分に透明導電膜が配置されていないことを特徴とする装置。
【請求項11】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置が、透明導電膜を有するガラスヒーターであることを特徴とする装置。
【請求項12】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置が、ラバーヒーター,熱線ヒーター、又はフィルムヒーターを含むことを特徴とする装置。
【請求項13】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に開口が設けられ、当該開口の穴径がそれぞれφ10mm以下であることを特徴とする装置。
【請求項14】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記温調装置における前記入射光と反射光の通過部分に一体型の開口が設けられ、当該開口の大きさが縦1〜10mm,横4〜40mmであることを特徴とする装置。
【請求項15】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記基板を保持するステージを備え、当該ステージが、前記温調装置及び前記温調装置に対して独立に駆動することを特徴とする装置。
【請求項16】
請求項1記載の全反射顕微鏡であって、
前記励起光が、レーザービームであることを特徴とする装置。
【請求項17】
プリズムと基板との間に温調装置が配置された全反射顕微鏡装置を準備し、
前記基板に蛍光試料溶液を保持し、
プリズムと温調装置を通過して前記基板内に入射された励起光が、基板と試料溶液の界面で全反射するように励起光を照射し、
前記蛍光試料溶液からの蛍光を検出する蛍光試料分析方法であって、
前記温調装置における励起光の入射光と反射光の通過部分が、他の部分より自家蛍光の少ない材料で構成されている方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−181148(P2010−181148A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22096(P2009−22096)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】