説明

内燃機関のピストンと該ピストンの製造法及び摺動部材

【課題】ピストンリング溝を構成する比重の大きな耐摩環を備えたピストンであっても、重量増加を十分に抑制できる内燃機関のピストンを提供する
【解決手段】冠部2にピストンリング溝5の形成用の耐摩環8を有する内燃機関のピストン1であって、前記耐摩環8を、ピストン1のアルミニウム合金(Al)母材よりも高硬度でかつ比重が大きなニレジスト鋳鉄の切粉を圧縮した圧粉体である多孔質の仮成形体10によって成形し、仮成形体は、平均粒径が100〜1000μm以上でかつ密度が3.0〜6.0g/cm3以上に設定され、仮成形体の加熱温度が1000℃で、加熱時間を30分間とした。また、仮成形体を含浸させて多孔質の多孔空間内に浸透させるAl合金とMg合金の溶湯における前記Mg合金量を60〜90重量%の範囲に設定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冠部に耐摩環が鋳込まれた内燃機関のピストンと、該ピストンの製造方法及び摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、内燃機関のピストンにあっては、軽量化の要請からピストン本体をアルミニウム合金材によって形成しているが、このピストンの上端部に有する冠部に掛かる燃焼圧力が高いことから、前記冠部の外周にピストンリング溝を形成し、ここに直接ピストンリングを設けると、ピストンリング溝が破損するおそれがある。このため、前記冠部の内部にニレジスト鋳鉄製の耐摩環を埋設し、この強度の高い耐摩環の外周にピストンリング溝を形成するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−96022号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記特許文献1に記載のピストンは、耐摩環としてニレジスト鋳鉄などの単体で比重の大きな材料を用いているため、ピストン全体の重量が大きくなってしまうといった問題がある。
【0005】
本発明は、前記従来技術の技術的課題に鑑みて案出されたもので、ピストンリング溝を構成する耐摩環を備えたピストンであっても、重量増加を十分に抑制できる内燃機関のピストンを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、冠部にピストンリング溝形成用の耐摩環を有する内燃機関のピストンであって、前記耐摩環を、ピストンの母材よりも高硬度でかつ比重が大きい材料によって成形された多孔質の仮成形体の多孔空間内に、マグネシウムが20重量%以上含有した材料が含浸した部材によって形成したことを特徴としている。
【0007】
請求項2に記載の発明は、冠部にピストンリング溝形成用の耐摩環を有する内燃機関のピストンの製造方法であって、前記ピストンの母材よりも高硬度でかつ比重が大きい金属酸化物の粉体を固めて成形された仮成形体の多孔空間内に、前記ピストン母材よりも比重が小さい金属材料を前記仮成形体との酸化還元反応によって含浸させて前記耐摩環を形成し、その後、前記耐摩環を前記ピストン母材に鋳ぐるみ固定したことを特徴としている。
【0008】
請求項3に記載の発明は、母材よりも耐摩耗性の高い耐摩耗部が部分的に設けられた摺動部材であって、前記耐摩耗性部を、前記母材よりも高硬度でかつ比重が大きな材料によって成形された多孔質の仮成形体の多孔空間内に、マグネシウムが20重量%以上含有した材料が含浸した成形体によって形成したことを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
請求項1〜3に記載の各発明によれば、耐摩環を特異な成形材料と成形方法によって成形することによって、ピストン全体の重量の増加を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施形態に供されるディーゼル機関用のピストンを示す斜視図である。
【図2】図1のA−A線断面図である。
【図3】本実施形態に供される耐摩環を示す斜視図である。
【図4】A〜Cはパンチ成形機による圧粉体を成形する工程を示している。
【図5】本実施形態に供される仮成形体の斜視図である。
【図6】本実施形態に供されるピストン鋳造装置によって耐摩環を鋳込む状態を示す装置の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る内燃機関用ピストンと、この製造装置及び摺動部材の実施形態及び実施例を図面に基づいて詳述する。なお、本実施形態に供されるピストンは、レシプロ・ディーゼル内燃機関に適用したものである。
〔実施形態〕
前記ピストン1は、母材としてAC8A Al−Si系のアルミニウム合金によって一体に成形され、図1及び図2に示すように、ほぼ円筒状に形成されて、冠面2a上に燃焼室を画成する冠部2と、該冠部2の下端外周縁に一体に設けられた円弧状の一対のスラスト側及び反スラスト側のスカート部3と、該各スカート部3の円周方向の両側端に各連結部位を介して連結された一対のエプロン部4と、を備えている。この各エプロン部4には、図外のピストンピンの両端部を支持する一対のピンボス部4aが一体に形成されている。
【0012】
なお、前記ピストン1の母材としては、前記アルミニウム合金をベースとする以外に、このアルミニウム合金をベースとしてここにマグネシウム合金を含有させることも可能であり、これによって、ピストン母材自体の軽量化を図ることも可能である。
【0013】
前記冠部2は、比較的肉厚に形成された円盤状を呈し、冠面2a上に燃焼室を構成する断面ほぼ逆M状の凹部2bが形成されていると共に、後述する鋳造後の外周面に切削・研磨などの機械加工がなされて図外のプレッシャリングやオイルリングなどの3つのピストンリングを保持する上下三段のピストンリング溝5,6,7がそれぞれ形成されている。
【0014】
また、冠部2の内部には、摺動部材としての耐摩環8が埋設されていると共に、該耐摩環5の内周側には内部に冷却用オイルを循環させる環状空洞部9が形成されている。
【0015】
前記耐摩環8は、図2及び図3に示すように、前述した冠部2の外周部の研磨後に、最上段側の前記プレッシャリングを保持するピストンリング溝5を形成するためのものであって、前記ピストン1のアルミニウム合金母材よりも高硬度でかつ比重の大きな鉄系金属であるニレジスト鋳鉄の圧粉体をベースとして、ここにアルミニウム合金(Al)とマグネシウム合金(Mg)を含浸させた成形体によって円環状一体に形成されている。この耐摩環8は、具体的には後述するように本願発明者の数多くの実験によって成形されたものである。
【0016】
前記環状空洞部9は、前記耐摩環8とピストン1の中心軸線と同軸上に配置されて前記耐摩環8の内周面から径方向内側へ僅かな隙間幅長さ、たとえば約3mm程度の隙間幅長さをもって近接配置されていると共に、ピストン軸方向で互いにほぼ全体がオーバーラップする位置に配置されている。
【0017】
前記耐摩環8と環状空洞部9内部の冷却用オイルは、燃焼室の高熱を吸収して外部との熱交換を効率良く行うために、燃焼室(凹部2b)に近い冠部2の内部上端側に可及的に近づけことが望ましいため、ピストン軸方向の位置で両者8,9をオーバーラップさせるようになっている。
【0018】
前記耐摩環8は、前記従来の技術的課題を踏まえた軽量化の実現と、成形作業の容易性や成形作業コストの低減化などを考慮して、本願の発明者において以下の数多くの実験を重ねた結果から得られたものである。
〔実施例〕
以下、耐摩環8を成形する材料及び実験を交えて行った基本的な成形方法について具体的に説明する。
(第1工程)
まず、耐摩環8のベース材料としては、金属酸化物(鉄系材料)であるニレジスト鋳鉄の切粉を粉砕し、この切粉を圧縮して多孔質の圧粉体である仮成形体10を予め成形する。なお、この仮成形体10は、基本的に圧粉体を称するが、便宜上、以下の多孔空間にAlとMgの溶湯が含浸され後の第7工程まで仮圧粉体と称する。
【0019】
前記ニレジスト鋳鉄の切粉は、実験的には、一般的な試験研究用の小型振動ミルによってロッドで約8時間、ボールで4時間の合計12時間を掛けて粉砕して得られたものであり、その平均粒径(μm)を、50、100、200、400、600、800、1000になるように分級した。
(第2工程)
次に、前記ニレジスト鋳鉄の切粉を、図4に示す通常のパンチ成形機11によって加圧して図5に示す仮成形体10を成形する。つまり、まず、図4Aに示すように、成形型12の円柱状キャビティ12a内に下方から成形ピン13aを内挿した下パンチ13を挿入させて位置決め保持した状態で、前記ニレジスト鋳鉄の切粉14をキャビティ12a内に充填する。
【0020】
続いて、図4Bに示すように、上パンチ15をキャビティ12aの上方から挿入下降させて前記下パンチ13と一緒に上下方向から前記切粉14を所定の圧力で加圧して円筒状の圧粉体である仮成形体10を成形する。
【0021】
その後、図4Cに示すように、下パンチ13と上パンチ15を、同期させながら上昇させて前記仮成形体10を成形型12から取り出せば、図5に示す外径16mm、内径8mm、高さ10mmの円筒状の仮成形体10が得られる。
【0022】
実験では、前記パンチ成形機11による成形の際に、前記上下パンチ13,15のストロークを変えて、前記仮成形体10の成形密度(g/cm3)を、3,4,5,6,7,7.8とそれぞれ変化させた。
【0023】
このニレジスト鋳鉄の仮成形体10は、鉄(Fe)をベースとして、表1に示すような、炭素(TC)と、シリコン(Si)、マンガン(Mn)、リン(P)、硫黄(S)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、銅(Cu)などの材料が最大(MaX)、最小(Min)で示す割合でそれぞれ含まれている。
【0024】
【表1】

【0025】
また、この仮成形体10は、熱膨張係数が19.3×10-6で、密度が3.0〜7.8になっている。
(第3工程)
次に、前記仮成形体10を、水素ガスと窒素ガスの混合がH2:N2=3:1の割合の雰囲気ガス中で以下の条件で焼結成形した。
【0026】
つまり、最初に600℃で1分間加熱し、次に、600℃で10分間均熱し、3番目に再び1150℃で15分間加熱した。続いて4番目に1150℃で1時間均熱し、5番目に800℃で15分間降熱し、6番目に800℃で10分間均熱した。さらに、7番目に500℃で15分間降熱し、8番目に500℃で10分間均熱し、最後の9番目に150℃で5分間降温して終了した。
【0027】
一方、焼結成形が完了した前記仮成形体10を浸漬するアルミニウム合金材(Al)とマグネシウム合金材(Mg)の混合溶湯を予め準備した。
【0028】
つまり、前記Al合金のインゴットと、Mg合金を、坩堝に投入して750℃で溶解して溶湯を作るが、実験では、以下の表2に示すように、前記AlとMgの投入量の比率(重量%)を変化させて溶湯を作った。
【0029】
【表2】

【0030】
また、実験では、前記平均粒径の異なる複数の仮成形体10に、大気中において以下の各温度条件下にて30分間加熱して仮成形体10の切粉の表面を酸化させた。この温度条件としては、1番目は未加熱(常温RT)の状態で酸化させた場合、2番目は500℃で加熱して酸化させた場合、3番目は1000℃で加熱して酸化させた場合とした。
(第4工程)
次に、前述した前記平均粒径や密度及び加熱条件がそれぞれ異なる各仮成形体10を、表2に示した前記Al合金とMg合金の相対的な含有量を変化させた溶湯(750℃)に10分間浸漬する含浸処理を行った。
(第5工程)
その後、各仮成形体10を、溶湯温度が780℃の99.7%の純アルミニウムに近いAl合金の溶湯に浸漬して、前記仮成形体10の表面にAl合金を付着させた。これによって、Mgの大気中における酸化を抑制する。
(第6、第7工程)
続いて、前記仮成形体10を常温にて所定時間の間、冷却保管し(第6工程)、その後、前記仮成形体10を99.7%のAl合金の溶湯へ再浸漬して予熱する(第7工程)。このAl合金の溶湯温度は、780℃に設定した。
(第8工程)
次に、前記溶湯内から取り出された成形体(耐摩環8)を、図6に示すピストンの鋳造金型16内に形成されたキャビティ16b内の所定位置にセットする。その後、前記金型16の注湯口16aからキャビティ16b内にピストン1の母材であるAl合金の溶湯を注湯して前記耐摩環8を鋳ぐるむ。この場合の溶湯温度は750℃に設定し、前記Al合金の溶湯材料としては、Alの他にMgやZn、Mnを含有したAZ91Cを用いた。これによって、耐摩環8が鋳込まれたピストン1の成形作業が完了する。
【0031】
以上の一連の工程によって耐摩環8を有するピストン1が成形されるわけであるが、本願発明者は、前記第4工程が終了した段階で以下の実験を行った。
【0032】
すなわち、前記Al合金とMg合金の混合溶湯への浸漬後に取り出した複数の成形体10を、横方向(径方向)から切断して内部まで前記溶湯の含浸性(浸透性)を検証した。この結果を示す以下の表3〜表5に示し、表3では前述した仮成形体10の加熱温度が常温の場合、表4では500℃の場合、表5では1000℃の場合である。この各表中、溶湯が仮成形体10の内部まで十分に浸透している場合を○、未浸透部がある場合を×とした。
【0033】
【表3】

【0034】
【表4】

【0035】
【表5】

【0036】
表3をみると、前記切粉14の平均粒径が100μm以上で、仮成形体10の成形密度が3.0〜6.0g/cm3、前記溶湯のMgの含有量が60〜90重量%の場合で十分浸透していることがわかった。また、表4をみると、前記切粉14の平均粒径が100μm以上で、仮成形体10の成形密度が3.0〜6.0g/cm3、前記溶湯のMgの含有量が40〜90重量%の場合で十分浸透していることがわかった。表5では、前記切粉14の平均粒径が100μm以上で、仮成形体10の成形密度が3.0〜6.0g/cm3、前記溶湯のMgの含有量が20〜90重量%の場合で十分浸透していることがわかった。
【0037】
したがって、前記表3〜表5のうち、少なくとも○が記載された範囲であれば、仮成形体10に対する溶湯の十分な浸透性が得られるのである。よって、これらのいずれかを選択することによって所望の耐摩環8を得ることができる。
【0038】
また、前記各表3〜5に示す実験結果からして、ニレジスト鋳鉄の切粉14の平均粒径が600μmで、成形密度6.0g/cm3の場合のMg量と酸化温度の関係は表6のようになる。
【0039】
【表6】

【0040】
この表をみると、前記仮成形体10の加熱温度(常温RT〜1000℃)がいずれの場合でもMg量が60重量%で浸透し、前記加熱温度が1000℃の場合はMg量が20重量%で浸透することが明らかである。この範囲で各条件を定めれば、より最適な溶湯の浸透性を確保できることが明らかである。
【0041】
次に、焼結条件として加熱温度を1000℃、加熱時間を10分間として得られた仮成形体10をMg量が90重量%の溶湯に浸漬した場合の前記仮成形体10の切粉14の平均粒径(μm)と密度(g/cm3)の関係を表7に示す。
【0042】
【表7】

【0043】
この表をみると、前記切粉14の平均粒径は100μm以上で、成形密度が6.0g/cm3以下であれば仮成形体10の多孔空間内に前記溶湯が十分に浸透することがわかった。
【0044】
以上の各表に表れた実験結果からして、ニレジスト鋳鉄の切粉14の平均粒径を100〜1000μmとすると共に、仮成形体10の成形密度を3.0〜6.0g/cm3とし、前記仮成形体10の加熱温度が1000℃で、加熱時間を30分間とし、溶湯のMg量が60〜90重量%の範囲の条件下で成形すれば、前記仮成形体10に対するAlとMgの混合溶湯を十分に浸透させることが可能になる。
【0045】
好ましくは、ニレジスト鋳鉄の切粉14の平均粒径が600μmにすると共に、仮成形体10の成形密度を5.0g/cm3とし、前記仮成形体10の加熱温度を1000℃で加熱時間を30分間とし、溶湯のMg量を90重量%に設定すれば最良の耐摩環8が得られる。
〔実施例における溶湯の自発浸透のメカニズム〕
以下、前記第4工程での仮成形体10に対するAl、Mgの混合溶湯の自発浸透のメカニズムを考察する。
【0046】
前記第4工程で仮成形体10(焼結体)が前記溶湯中に浸漬された直後、閉じこめられた空気は、マクロ的にはモル数とボイル・シャルル法則に基づいた圧力を保持している。これに対して、外力として大気圧と前記AlとMgの混合溶湯の重力を合わせた圧力が焼結仮成形体10に作用する。したがって、浸漬の直前に仮成形体10の温度を溶湯の温度近傍に予熱しておくことは、浸漬後の仮成形体10の内圧(空気のモル数)を低いレベルにするためにも有効と考えられる。
【0047】
ミクロレベルにおいて酸化マグネシウム(MgO)の被膜に覆われた前記溶湯は、仮成形体10に対して濡れないので、界面張力の働きで溶湯の浸入を妨げる方向に浸透圧が存在する。
【0048】
前記溶湯は、約1023K(750℃)になると、成分中のマグネシウムが雰囲気中に蒸発し、窒化マグネシウム(Mg32)が生成し、仮成形体10の多孔空間内の窒素を消耗する。
【0049】
N2(G)+3Mg(G)→Mg32(S)
生成した窒化マグネシウムMg32は、仮成形体10の切粉の粒子表面をコーティングして溶湯の酸化膜を還元し溶湯との濡れ性を改善することによって浸透圧を大きくする。
【0050】
前記溶湯の振動などで前記MgOの被膜が壊れて溶湯が仮成形体10の鉄酸化物に接触すると、テルミット反応が開始される。
4Mg+Fe304=4Mg+3Fe−77kcal/mol
Mg+FeO=MgO+Fe−80.5kcal/mol
この発熱反応によりMg32(S)の生成及び酸化膜(MgO)の還元が進み、空気と接触している溶湯表面には、仮成形体10内のO2による酸化が進む。
【0051】
窒素と酸素は消費されて分圧は減少してMgの蒸気圧に近づき、大気圧と溶湯の重力との合力によって前記溶湯は十分に仮成形体10の多孔空間内に浸透するのである。
【0052】
このような浸透メカニズムによって、前記溶湯が仮成形体10の内部に十分に浸透することから、最終的に得られた耐摩環8は、ニレジスト鋳鉄の多孔質化と、浸透したAl、Mgの金属材料の大幅な軽減化によって、前記従来のニレジスト鋳鉄の単体よりも重量(比重)が大幅に低減する。
【0053】
この結果、この耐摩環8が鋳込まれたピストン1全体の軽量化が図れる。これによって、機関の振動音を抑制できると共に、耐摩環8とシリンダボアとのフリクションを低減させることができる。
【0054】
しかも、前記浸透メカニズムによって仮成形体10内への溶湯の浸透時間を短くすることができるので、製造作業能率の向上が図れると共に、製造コストの低減化が図れる。
【0055】
さらに、本実施例では、前記仮成形体10に対する前記AlとMgの混合溶湯を、溶湯圧力によって含浸させるのではなく、酸化還元反応による発熱を利用して含浸させるようにしたことから、大型な圧力装置などが全く不要になるので、この点でも製造コストの大幅な低減化が図れる。
【0056】
さらに、前記仮成形体10を、ニレジスト鋳鉄の切粉を利用して成形するため、材料コストの低減化も図れる。
【0057】
本発明は、前記実施例における成形方法などに限定されるものではなく、例えば、仮成形体10の材料としてニレジスト鋳鉄の粉体を使用せずに、別の鉄系金属の粉体を使用することも可能である。
【0058】
また、前記第3工程の仮成形体10の焼結作業を省略して圧粉体のままで次の第4工程作業を行うことも可能であり、この工程の省略によって作業性の向上が図れる。
【0059】
さらに、前記第6工程と第7工程である成形体10の冷却保管と前記成形体10の溶湯への再浸漬を省略することも可能である。つまり、前記第6,第7工程は、次の第8工程までのサイクルを合わせるためのものであるから、このサイクルタイミングが合えば前記工程を省略することも可能である。これによって、さらに作業性が向上する。
【0060】
また、前記第6、7工程の他に第5工程のアルミニウム溶湯への浸漬作業も、前記第4工程から第8工程への作業が素早く行われて、Mgの酸化が抑制できるのであれば省略することが可能である。
【0061】
また、摺動部材としては、前記耐摩環8に限定されるものではなく、他の機器や機関などの用いられるものであればいずれのものであってもよい。
【0062】
前記実施形態から把握される前記請求項以外の発明の技術的思想について以下に説明する。
〔請求項a〕請求項1に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記多孔質の仮成形体は、金属粉体を固化して成形されていることを特徴とする内燃機関のピストン。
〔請求項b〕請求項aに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記仮成形体は、圧粉体であることを特徴とする内燃機関のピストン。
〔請求項c〕請求項aに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記仮成形体の粉体は、平均粒径が100μm以上でかつ密度が3.0g/cm3以上に設定されていることを特徴とする内燃機関のピストン。
〔請求項d〕請求項aに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記粉体は、鉄系金属であることを特徴とする内燃機関のピストン。
〔請求項e〕請求項dに記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記粉体は、ニレジスト鋳鉄によって形成されていることを特徴とする内燃機関のピストン。
〔請求項f〕請求項1に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記ピストン母材は、アルミニウム合金材であることを特徴とする内燃機関のピストン。
〔請求項g〕請求項1に記載の内燃機関のピストンにおいて、
前記ピストン母材は、マグネシウム合金材であることを特徴とする内燃機関のピストン。
【0063】
この発明によれば、ピストン全体のさらなる軽量化が図れる。
〔請求項h〕請求項2に記載の内燃機関のピストンの製造方法において、
前記仮成形体は、粉体を加圧するだけで成形される圧粉体によって形成したことを特徴とする内燃機関のピストンの製造方法。
〔請求項i〕請求項2に記載の内燃機関のピストンの製造方法において、
前記ピストンの母材よりも比重が小さい金属材料は、大気圧によって前記仮成形体に浸透することを特徴とする内燃機関のピストンの製造方法。
〔請求項j〕請求項2に記載の内燃機関のピストンの製造方法において、
前記成形された耐摩環をアルミニウム合金とマグネシウム合金の溶湯に浸漬し、その後、該耐摩環を前記ピストンの母材に鋳ぐるむことを特徴とする内燃機関のピストンの製造方法。
【0064】
この発明によれば、耐摩環をアルミニウム合金とマグネシウム合金の溶湯に浸漬した後に、酸化しないうちに速やかにピストン母材に鋳ぐるむことによって、成形作業時間を短縮することが可能になる。
【符号の説明】
【0065】
1…ピストン
2…冠部
3…スカート部
4…エプロン部
5〜7…ピストンリング溝
8…耐摩環
10…仮成形体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冠部にピストンリング溝形成用の耐摩環を有する内燃機関のピストンであって、
前記耐摩環を、ピストンの母材よりも高硬度でかつ比重が大きい材料によって成形された多孔質の仮成形体の多孔空間内に、マグネシウムが20重量%以上含有した材料が含浸した部材によって形成したことを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項2】
冠部にピストンリング溝形成用の耐摩環を有する内燃機関のピストンの製造方法であって、
前記ピストンの母材よりも高硬度でかつ比重が大きい金属酸化物の粉体を固めて成形された仮成形体の多孔空間内に、前記ピストン母材よりも比重が小さい金属材料を前記仮成形体との酸化還元反応によって含浸させて前記耐摩環を形成し、
その後、前記耐摩環を前記ピストン母材に鋳ぐるみ固定したことを特徴とする内燃機関のピストン製造方法。
【請求項3】
母材よりも耐摩耗性の高い耐摩耗部が部分的に設けられた摺動部材であって、
前記耐摩耗性部を、前記母材よりも高硬度でかつ比重が大きな材料によって成形された多孔質の仮成形体の多孔空間内に、マグネシウムが20重量%以上含有した材料が含浸した成形体によって形成したことを特徴とする摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−137075(P2012−137075A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−291662(P2010−291662)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】