説明

内皮機能不全の処置を目的とする医薬を製造するためのイバブラジンの使用

【課題】内皮機能不全の処置を目的とする医薬の提供。
【解決手段】内皮機能不全の処置を目的とする医薬を製造するための、イバブラジン、すなわち3−{3−[{[(7S)−3,4−ジメトキシビシクロ[4.2.0]オクタ−1,3,5−トリエン−7−イル]−メチル}−(メチル)−アミノ]−プロピル}−7,8−ジメトキシ−1,3,4,5−テトラヒドロ−2H−3−ベンゾアゼピン−2−オン、薬学的に許容され得る酸とのその付加塩、およびそれらの水和物の使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、式(I):
【0002】
【化1】

【0003】
で示されるイバブラジン、すなわち3−{3−[{[(7S)−3,4−ジメトキシビシクロ[4.2.0]オクタ−1,3,5−トリエン−7−イル]−メチル}−(メチル)−アミノ]−プロピル}−7,8−ジメトキシ−1,3,4,5−テトラヒドロ−2H−3−ベンゾアゼピン−2−オン、その薬学的に許容され得る酸との付加塩、および該付加塩の水和物の、内皮機能不全の処置を目的とする医薬を製造するための使用に関する。
【背景技術】
【0004】
イバブラジン、ならびにその薬学的に許容され得る酸との付加塩、より特別にはその塩酸塩、および該付加塩の水和物には、非常に貴重な薬理学的および治療的特性、特に負の変時特性(心拍数の減少)があって、そのために、これらの化合物は、心筋虚血に付随する様々な心血管性疾患、たとえば狭心症、心筋梗塞、および関連する律動疾患はもとより、律動疾患が関与する様々な病態、特に上室性律動疾患および慢性心不全の治療、予防、および予後の改善に役立てられる。
【0005】
イバブラジン、ならびにその薬学的に許容され得る酸との付加塩、より特別にはその塩酸塩の製造、および治療のための使用は、欧州特許第0 534 859号公報(EP 0 534 859)に記載されている。
【0006】
[発明の開示]
本出願人は、ここに、イバブラジンおよびその付加塩、より特別にはその塩酸塩が、内皮機能不全の処置に用いられるのを許す価値ある特性を有することを発見した。
【0007】
正常な生理学的条件下では、内皮は、静脈であると動脈であるとを問わず、血液の循環性要素と、すべての血管壁との間に半透性の層を形成する。細胞の単一の層によって形成されるものの、その全容積は、肝臓のそれに匹敵し[Hunter & Gabbiani, "Vascular endothelium in hypertension", Hypertension, ed. Genest, J., Kuchel, O., Hamet, P. & Cantin, M., New York; McGraw-Hill, 1983, p.473-488]、その活性は、非常に多岐にわたる。数多くの物質(循環するホルモン、サイトカイン類、医薬)、物理的または化学的刺激(剪断力、圧力変化、pH)に応答して、内皮細胞は、血管形成、炎症性応答、止血、血管緊張、細胞外基質の合成および分解、ならびに血管透過性を調整する様々な因子を、合成し、かつ放出する[Feletou & Vanhoutte, Am. J. Phisiol. Heart Circ. Physiol., 2006, 291:985-1002]。
【0008】
内皮が合成する主要な防護物質の一つは、一酸化窒素または酸化窒素(NO)である。NOは、平滑筋を弛緩させ、血小板の凝固を阻害する。
【0009】
内皮機能不全は、内皮細胞の正常な機能の変化である。それは、環境に適応し、そして生理学的刺激に応答するための血管の進行性の不能によって特徴付けられる。
【0010】
内皮機能不全を特定する最初の論文は、1980年代に始まる。高血圧のラット[Lockette et al., Hypertension, 1986, 8: 1161-1166]、または高コレステロール血症のウサギ[Verbeuren et al., Cir. Res., 1986, 58: 552-564]の大動脈で測定された、内皮依存性弛緩の低下が観察された。そうして、類似の所見が、アテローム性動脈硬化症の患者の冠動脈について報告されて、内皮機能不全は、アテローム性動脈硬化症の初期指標であり得ることが示唆された[Ludmer et al., New. Engl. J. Med., 1986, 315: 1046-10611]。
【0011】
現在、それは、高血圧またはアテローム性動脈硬化症ばかりでなく、その他の生理学的および病態生理学的過程、たとえば年齢、心不全または腎不全、冠動脈症候群、IおよびII型糖尿病、肥満、勃起不全、炎症、血栓症、敗血症等々とも関連するとされている[Feletou & Vanhoutte, Am. J. Phisiol. Heart Circ. Physiol, 2006, 291:985-1002]。
【0012】
内皮機能不全は、広い各種の病態として記載されてはいるが、共通する特徴:すなわち酸化的ストレスが特定されている。血管の生理学および生理病理学では、フリーラジカルが中心的な役割を果たしていて、それらは、内皮依存性血管拡張の主要な三経路(一酸化窒素、プロスタサイクリンおよび内皮依存性過分極因子)を特に阻害することができる。
【0013】
本出願人は、ここに、イバブラジンが、内皮の機能が変化した動物における、冠動脈、腎動脈および脳動脈の内皮機能を回復できることを見出した。
【0014】
この効果は、イバブラジン、薬学的に許容され得る酸とのその付加塩、およびそれらの水和物の使用を、特に心不全、異常脂質血症、糖尿病もしくは高血圧を有するか、または代謝症候群に罹患した患者の内皮機能不全の処置、ならびに冠動脈のアテローム性動脈硬化症およびその心性合併症、脳のアテローム性動脈硬化症ならびにその虚血性および血栓性の合併症、ならびに動脈樹の全段階でのアテローム性動脈硬化症の予防、寛解および治療に考慮することを可能にする。
【0015】
加えて、脳動脈に対するイバブラジンの有益な効果(内皮機能不全の予防、および血管順応性の改善)は、神経防護にイバブラジンの使用を考慮することを可能にする。実際、内皮機能不全は、脳虚血およびアルツハイマー病に関連性がある[Cippola et al., Stroke, 2000, 31: 940-945;Elesber et al., Neurobiology of Aging, 2006, 27: 446-450]。
【0016】
したがって、本発明は、イバブラジン、薬学的に許容され得る酸とのその付加塩、およびそれらの水和物の使用であって、その血管性、心性および脳性合併症を予防するための内皮機能不全の処置を目的とする薬学的組成物を製造するための使用に関する。
【0017】
この薬学的組成物は、経口、非経口、貫皮、経鼻、直腸または経舌経路による投与に適切な形態で、また特に注射可能製剤、錠剤、舌下錠、舌剤、ゼラチンカプセル剤、カプセル剤、トローチ剤、坐剤、クリーム剤、軟膏、経皮ゲルの形態で提供されることになろう。
【0018】
本発明による薬学的組成物のうちでも、より特別には、経口、非経口もしくは経鼻投与、錠剤もしくは糖衣錠、舌下錠、ゼラチンカプセル剤、トローチ剤、坐薬、クリーム剤、軟膏、経皮ゲルに好適であるもの、および制御放出、徐放、長期放出または遅延放出の薬学的組成物を挙げることができる。
【0019】
イバブラジン、その薬学的に許容され得る酸との付加塩の1つ、またはイバブラジンの水和物の1つもしくはその付加塩の水和物の1つのほかに、本発明による薬学的組成物は、1種類またはそれ以上の賦形剤もしくは担体、たとえば希釈剤、滑剤、結合剤、崩壊剤、吸収剤、着色剤または甘味料を含有する。
【0020】
例示のため、かついかなる限定も含まないで、
・希釈剤としては、乳糖、デキストロース、ショ糖、マンニトール、ソルビトール、セルロース、グリセリンが、
・滑剤としては、シリカ、タルク、ステアリン酸ならびにそのマグネシウム塩およびカルシウム塩、ポリエチレングリコールが、
・結合剤としては、ケイ酸アルミニウムおよびケイ酸マグネシウム、デンプン、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウムおよびポリビニルピロリドン(PVP)が、
・崩壊剤としては、寒天、アルギン酸およびそのナトリウム塩、発泡性混合物
を挙げることができる。
【0021】
有用な投与量は、患者の性別、年齢および体重、投与経路、疾患および付随する何らかの処置の性質に応じて変動し、24時間あたりイバブラジン1〜500mg、より特別には1日につき10〜15mg、さらにより特別には1日につき5〜15mgにわたる。
【実施例】
【0022】
例1:薬理学的研究
異常脂質血症のマウスおよび心不全のラットにおける塩酸イバブラジンの内皮機能不全に対する効果
単純化するために、以下の例1では、「塩酸イバブラジン」を「イバブラジン」に置き換えた。
【0023】
イバブラジンによる処置の内皮機能に対する衝撃を、二つの病理学的動物モデルとして、異常脂質血症のマウス、および心不全のラットで、異なる4種類の血管床、すなわちマウスの腎動脈および脳動脈、ラットの冠動脈および腸間膜動脈について調べた。内皮機能の研究は、血管が様々な刺激、たとえばアセチルコリンに応答して拡張できる能力を測定すること、または血管内の流量の増加を測定することを含む。
【0024】
数匹の動物を、1日につき10mg/kgのイバブラジンで3ヵ月間処理した。異常脂質血症のマウス、心不全のラット、非処理の健康なマウス(野生型)および健康なラットを、対照として行動させた。処理期間の終点で、動脈を単離し、筋運動記録装置に取り付けて、アセチルコリンの適用後のその直径を測定するか、または流量の増加を測定した。内皮機能不全に付随する機序をより厳密に探求するため、血管拡張の主要経路のインヒビター、すなわちフリーラジカルキレート化剤、一酸化窒素産生インヒビター、プロスタサイクリン経路インヒビターを試験した。
【0025】
マウスの脳動脈の順応性(経壁圧力が増大するにつれて血管が拡張できる能力)も評価した。
【0026】
結果
心不全のラット(HF)、および異常脂質血症のマウス(DL)では、調べた血管のすべてに内皮機能不全が観察された。健康な動物と比較すると、これらの血管が拡張できる能力は、冠動脈、腎動脈および脳動脈で約20%低下し、HFラットの腸間膜動脈ではゼロであった(図1)。
【0027】
3ヵ月の処理の後、イバブラジンは、心拍数の有意な減少(10〜20%)を導き出した。イバブラジンは、冠動脈、腎動脈および脳動脈における内皮機能不全を完全に防止した。これらの動脈で測定された拡張は、健康な動物からの動脈で測定されたのと同様であった(図1A、C、D)。処理されたHFラットの腸間膜動脈が拡張できる能力(図1B)は、HFラットの動脈に比して、認め得るほどに改善された。
【0028】
イバブラジンのこれらの有益な効果に関与する機序は、酸化的ストレスの低下、および一酸化窒素経路の保存である。
【0029】
最後に、処理されたマウスの単離された脳動脈の順応性が改善された。
【0030】
例2:薬学的組成物
イバブラジン基剤5mgの用量をそれぞれ含有する1,000錠を製造するための配合:
塩酸イバブラジン.......................5.39g
トウモロコシデンプン.....................20g
無水コロイド状シリカ.....................0.2g
マンニトール.........................63.91g
PVP............................10g
ステアリン酸マグネシウム...................0.5g
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1A、C、Dは、イバブラジンによる、冠動脈、腎動脈および脳動脈で測定された拡張が、健康な動物からの動脈で測定されたのと同様であったことを示すグラフである。図1Bは、処理されたHFラットの腸間膜動脈を拡張できる能力が、HFラットの動脈に比して、認め得るほどに改善されたことを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イバブラジン、すなわち3−{3−[{[(7S)−3,4−ジメトキシビシクロ[4.2.0]オクタ−1,3,5−トリエン−7−イル]−メチル}−(メチル)−アミノ]−プロピル}−7,8−ジメトキシ−1,3,4,5−テトラヒドロ−2H−3−ベンゾアゼピン−2−オン、その薬学的に許容され得る酸との付加塩、又はその水和物の、内皮機能不全の処置を目的とする医薬を製造するための使用。
【請求項2】
心不全、異常脂質血症、糖尿病もしくは高血圧を有するか、または代謝症候群をわずらっている患者の内皮機能不全の処置を目的とする医薬を製造するための、請求項1記載の使用。
【請求項3】
アテローム性動脈硬化症の予防、寛解または治療を目的とする医薬を製造するための、請求項1記載の使用。
【請求項4】
神経防護を目的とする医薬を製造するための、請求項1記載の使用。
【請求項5】
脳虚血またはアルツハイマー病の処置を目的とする医薬を製造するための、請求項1記載の使用。
【請求項6】
イバブラジン、すなわち3−{3−[{[(7S)−3,4−ジメトキシビシクロ[4.2.0]オクタ−1,3,5−トリエン−7−イル]−メチル}−(メチル)−アミノ]−プロピル}−7,8−ジメトキシ−1,3,4,5−テトラヒドロ−2H−3−ベンゾアゼピン−2−オン、その薬学的に許容され得る酸との付加塩、又はその水和物を、薬学的に許容され得る1種類またはそれ以上の賦形剤と組み合わせて含有する、内皮機能不全の処置に用いるための薬学的組成物。
【請求項7】
心不全、異常脂質血症、糖尿病もしくは高血圧を有するか、または代謝症候群をわずらっている患者の内皮機能不全の処置に用いるための、請求項6記載の薬学的組成物。
【請求項8】
アテローム性動脈硬化症の予防、寛解または治療に用いるための、請求項6記載の薬学的組成物。
【請求項9】
神経防護に用いるための、請求項6記載の薬学的組成物。
【請求項10】
脳虚血またはアルツハイマー病の処置に用いるための、請求項6記載の薬学的組成物。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2008−169213(P2008−169213A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2008−3835(P2008−3835)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(500287019)レ ラボラトワール セルヴィエ (166)
【Fターム(参考)】