説明

円すいころ軸受用保持器及び円すいころ軸受

【課題】円すいころの全長を長くして負荷容量の増加を図ることができ、しかも強度的にも安定するとともに、組込性に優れた円すいころ軸受用保持器及びこのような保持器を用いた円すいころ軸受を提供する。
【解決手段】保持器4aは、小径リング部9と、大径リング部10と、これらの間に配設される複数の柱部とを備える。大径リング部10に軸受内輪2の大径側端部に設けられた大鍔8aと係合可能な引っ掛け部15を有する。ポニフェニレンサルファイドに樹脂強化材を充填させてなり、樹脂強化材の充填率をMとしたときに、0重量%<M<10重量%とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円すいころ軸受用保持器及びこの円すいころ軸受用保持器を用いた円すいころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車におけるエンジンの駆動力は、トランスミッション、プロペラシャフト、ディファレンシャル、ドライブシャフトのいずれか又は全てを含む動力伝達系を介して車輪に伝達される。
【0003】
このトランスミッション(変速機)の一例として、図6に示す同期噛合式変速機がある。この変速機では、所定間隔で平行配置された主軸95と副軸(図示省略)とがミッションケース(図示せず)に回転自在に支持され、その主軸95は出力軸(駆動車輪側)に連動され、副軸は入力軸(エンジン側)に連動される。
【0004】
副軸には、副軸歯車96が一体(又は別体)に設けられ、主軸95には円すいころ軸受Aを介して主軸歯車91が回転自在に装着される。主軸歯車91の外周面の中央部分には副軸歯車96と常時噛合する歯部91aが一体に設けられ、両端部分にはクラッチギヤ97が係合連結される。クラッチギヤ97は、外周にスプライン歯97a、一側に円錐形のコーン97bを一体に有し、クラッチギヤ97に近接してシンクロ機構98が配設される。
【0005】
シンクロ機構98は、セレクタ(図示せず)の作動によって軸方向(同図で左右方向)に移動するスリーブ81と、スリーブ81の内周に軸方向移動自在に装着されたシンクロナイザーキー82と、主軸95の外周に係合連結されたハブ83と、クラッチギヤ7のコーン7bの外周に摺動自在に装着されたシンクロナイザーリング84と、シンクロナイザーキー82をスリーブ81の内周に弾性的に押圧する押さえピン85及びスプリング86とを具備する。
【0006】
同図に示す状態では、スリーブ81及びシンクロナイザーキー82が押さえピン85によって中立位置に保持されている。この時、主軸歯車91は副軸歯車96の回転を受けて主軸95に対して空転する。一方、セレクタの作動により、スリーブ81が同図に示す状態から例えば軸方向左側に移動すると、スリーブ81に従動してシンクロナイザーキー82が軸方向左側に移動し、シンクロナイザーリング84をクラッチギヤ7のコーン7bの傾斜面に押し付ける。これにより、クラッチギヤ97側の回転速度が落ち、逆にシンクロ機構98側の回転速度が高められる。
【0007】
そして、両者の回転速度が同期した頃、スリーブ81がさらに軸方向左側に移動して、クラッチギヤ97のスプライン歯97aに噛み合い、主軸歯車1と主軸5との間がシンクロ機構98を介して連結される。これにより、副軸歯車6の回転が主軸歯車91によって所定の変速比で減速されて、主軸95に伝達される。この時、主軸歯車91は、主軸95及び円すいころ軸受Aの軸受内輪92と同期回転する。
【0008】
自動車の同期噛合式変速機の主軸歯車機構に用いた前記円すいころ軸受Aは、軸受外輪と兼用した主軸歯車91と、外周面に軌道面92aを有し、主軸95の外周に嵌装された一対の軸受内輪92と、主軸歯車91の複列の軌道面91cと一対の軸受内輪2の軌道面2aとの間に配された複列の円すいころ93と、各列の円すいころ93をそれぞれ保持する一対の保持器94とで構成される。軸受内輪92の軌道面92aの小鍔を形成すると共に大径側に大鍔を形成している。保持器94には、円すいころ93が保持されるポケットが周方向に沿って所定ピッチで複数個配設されている。
【0009】
ディファレンシャルは、図7に示すように、デファレンシャルケース41の前部にドライブピニオン軸42を配置し、一対の円すいころ軸受44,45で回転自在に支持させている。ドライブピニオン軸42の前端部はプロペラシャフト(図示せず)と連結し、後端部には、リングギヤ(減速大歯車)46とかみ合うドライブピニオンギヤ(減速小歯車)43を固定し、あるいは一体に形成してある。
【0010】
リングギヤ46は差動歯車ケース47に取り付けてあり、差動歯車ケース47は一対の円すいころ軸受48,49でデファレンシャルケース41に対して回転自在に支持される。差動歯車ケース47の内部に、一対のピニオンギヤ50と、これとかみ合う一対のサイドギヤ51とがそれぞれ配置してある。ピニオンギヤ50はピニオン軸52に固定し、サイドギヤ51はスラストワッシャを介して差動歯車ケース47に装着してある。図示してない左右のドライブシャフトが、それぞれに対応するサイドギヤ51にセレーション等によりトルク伝達可能に結合される。
【0011】
プロペラシャフトの駆動トルクは、ドライブピニオンギヤ43→リングギヤ46→差動歯車ケース47→ピニオンギヤ50→サイドギヤ51→ドライブシャフトという経路で伝達される。一方、タイヤの駆動抵抗は、ドライブシャフト→サイドギヤ51→ピニオンギヤ50へと伝達される。
【0012】
また、図7に示す各円すいころ軸受は、いわゆる単列である。このような単列の円すいころ軸受は、図8に示すように、外周面に円すい状の軌道面75を有する内輪72と、内周面に円すい状の軌道面76を有する外輪71と、内輪72の軌道面75と外輪71の軌道面76との間に転動自在に介在した複数の円すいころ73と、複数の円すいころ73を軸受周方向に所定の間隔を隔てて保持する保持器74とを主要な構成要素としている。また、内輪72には、軌道面75の小径側に小鍔77が形成され、軌道面75の大径側に大鍔78が形成されている。この場合の保持器74も、円すいころ73が保持されるポケットが周方向に沿って所定ピッチで複数個配設されている。
【0013】
ところで、車内空間の拡大化に伴いエンジンルームの縮小化、エンジンの高出力化、燃費向上のためのトランスミッションの多段化などが進む中、そこに使用される円すいころ軸受の使用環境は年々厳しくなってきている。その使用環境の中で軸受の寿命を満足するためには、更なる軸受の長寿命化が必要である。
【0014】
そこで、円すいころの本数を増やすか、円すいころの全長を長くすることによって、同一寸法で負荷容量を現状よりも上げて、軸受の長寿命化を図ることを提案できる。しかし、保持器に保持された円すいころの脱落を防止するために、図6と図8に示すように、円すいころ小端側の内輪外周には小鍔67(77)が設けられている。このため、円すいころ93(73)の全長を長くすることができない。また、各円すいころ93(73)間には円すいころ93(73)を保持するための保持器の柱部(隣合うポケット間)が存在する。このため、円すいころ93(73)の本数を増やすことができない。すなわち、この小鍔67(77)や柱部によって、負荷容量を上げるには限度があった。
【0015】
そのため、円すいころ小端側の内輪外周の小鍔を省略したものがある(特許文献1)。すなわち、内輪の外周の大端側にのみ環状の大鍔を形成し、内輪の小径側においては鍔部(小鍔)を省略している。そして、保持器の大端側に、内輪と係合可能の引っ掛け部を設けることにより、円すいころ3が保持器4から脱落することを防止している。
【0016】
前記のようにトラミッションやデファレンシャルに使用される円すいころ軸受における保持器は、主に鉄製保持器(鉄板保持器)が用いられるが、近年では樹脂保持器が用いられることが多くなっている。
【0017】
樹脂保持器のメリットは、射出成形により大量生還が可能であり、生産性が良い点、プレス加工で成形される鉄板保持器と比較して、射出成形により成形される樹脂保持器は、形状に自由度がある。
【0018】
また、円すいころ軸受は特に樹脂への攻撃性の高い油が多用されているデファレンシャルにて多く用いられるため、樹脂製の保持器を採用する場合にはスーパーエンプラの中で耐油性が高く、強度及び靭性に優れているPPS(ポニフェニレンサルファイド)が好適である。
【0019】
円すいころ軸受にPPS製樹脂保持器を適用させた場合、機械的特性を向上させるため強化材としてガラス繊維・炭素繊維等の短繊維(樹脂補強材)を混入させる場合がある(特許文献3及び特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】実開昭58−165324号公報
【特許文献2】特開2002−54638号公報
【特許文献3】特許第2628674号公報
【特許文献4】特開2004−76747号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
小鍔をなくした場合、円すいころ全長を長くすることができるが、円すいころの全長を長くする分、保持器に小径リング部の内輪等からの突出量が大きくなり、他部品との干渉が生じる。特に、このような単列の円すいころ軸受を重ね合わせ状として、複列円すいころ軸受を構成した場合、対向する保持器同士が互いに干渉する。
【0022】
しかも、保持器に内輪の大鍔に係合可能な引っ掛け部を備えたものでは、組込作業性を考慮すれば、保持器は柔軟性を必要とする。しかしながら、保持器に樹脂補強材を充填した樹脂を使用した場合、強度向上を図ることができても柔軟性に劣ることになる。このため、組込時に保持器が損傷したりすることがある。
【0023】
本発明は、上記課題に鑑みて、円すいころの全長を長くして負荷容量の増加を図ることができ、しかも強度的にも安定するとともに、組込性に優れた円すいころ軸受用保持器及びこのような保持器を用いた円すいころ軸受を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明の円すいころ軸受用保持器は、車両用のトランスミッションを回転自在に支持する円すいころ軸受に用いる保持器であって、小径リング部と、大径リング部と、これらの間に配設される複数の柱部とを備え、大径リング部に軸受内輪の大径側端部に設けられた大鍔と係合可能な引っ掛け部を有し、ポニフェニレンサルファイドに樹脂強化材を充填させてなり、樹脂強化材の充填率をMとしたときに、0重量%<M<10重量%としたものである。
【0025】
本発明の円すいころ軸受用保持器によれば、ポニフェニレンサルファイドに樹脂強化材を充填させてなるものである。ポニフェニレンサルファイド(PPS)とは、フェニル基(ベンゼン環)とイオウ(S)が交互に繰り返される分子構造を持った高性能エンジニアリング・プラスチックである。結晶性で,連続使用温度は200℃〜220℃,高荷重(1.82MPa)での荷重たわみ温度が260℃以上と耐熱性に優れ,しかも引っ張り強さや曲げ強さが大きい。成形時の収縮率は0.3〜0.5%と小さいので寸法安定性が良い。難燃性や耐薬品性の点でも優れている。PPSは,架橋型,直鎖型,半架橋型の3種に大別できる。架橋型は低分子量ポリマーを架橋して高分子量化したもので,脆く,ガラス繊維で強化したグレードが中心である。直鎖型は重合段階で架橋工程がなしに高分子量化したもので,靭性が高い。半架橋型は,架橋型と直鎖型の特性を併せ持つ特徴を持っている。このため、樹脂への攻撃性が高い油が多用されるデファレンシャル装置やトランスファ装置に対して最適となる。
【0026】
強化材を0重量%より多く10重量%未満で充填させたものであり、強度向上を図ることができる。また、樹脂強化材の充填量が10重量%未満であるため、樹脂の流動性としても、樹脂強化材を充填しないものとあまり変化がない。
【0027】
樹脂強化材が炭素繊維やガラス繊維等の繊維強化材であってもよい。炭素繊維であっても、ガラス繊維であってもよい。ここで、炭素繊維とは、アクリル繊維またはピッチ(石油、石炭、コールタールなどの副生成物)を原料に高温で炭化して作った繊維である。前者の原料を使った炭素繊維はPAN(Polyacrylonitrile)、後者を使った炭素繊維はPITCHと区分される。広義の意味で炭素の集合体である。グラファイトの結合により高い強度を得ている。グラファイトとは、炭素から成る元素鉱物である。炭素繊維は、耐摩耗性、耐熱性、熱伸縮性、耐酸性、電気伝導性、耐引張力などに優れ、アルミニウムなどの金属に比べても軽量である利点がある。また、ガラス繊維とは、溶融したガラスを細く引き伸ばし急冷固化して作られた繊維状材料である。繊維形式によって長繊維、短繊維に分類され、また組成によってアルカリガラス繊維と含アルカリガラス繊維に大別される。ガラス繊維は、耐食性,耐熱性,耐湿性,電気絶縁性に優れる。このため、樹脂に炭素繊維やガラス繊維を混ぜることで、軽量かつ強度のある素材となる。
【0028】
また、大径リング部に軸受内輪の大径側端部に設けられた大鍔と係合可能な引っ掛け部を有するので、保持器に保持された円すいころの脱落も防止され、軸受内輪の小鍔を無くすことができる。また、軸受内輪の軸方向長さの拡大を抑えつつ、軌道面の長さおよび円すいころの長さを拡大することができるので、軸受の負荷能力を向上させることができる。
【0029】
本発明の円すいころ軸受は、請求項1又は請求項2に記載の円すいころ軸受用保持器を用いた円すいころ軸受であって、ころ係数γが0.94を超えるものである。ここで、ころ係数γは、次式で定義される。
【0030】
ころ係数γ=(Z・DA)/(π・PCD)
ここで、Z:ころ本数、DA:ころ平均径、PCD:ころピッチ円径
【0031】
本発明の円すいころ軸受は、請求項1又は請求項2に記載の円すいころ軸受用保持器を用いた円すいころ軸受であって、保持器のポケットの窓角度を55°以上80°以下とするものである。ここで、ポケット(周方向に沿って隣合う柱部間)の窓角とは、柱部の、円すいころの転動面と接する面がなす角度をいう。
【0032】
一対の内輪の小径側端面を突合せた際に、一対の保持器の小径リング部が接触しない程度に、小径リング部の小径側端面と、円すいころの小端面の外周縁の最外径部とが、軸受中心軸と直交する平面上にほぼ配置され、もしく小径リング部の小径側端面が軸受中心軸と直交する平面上よりも内側にあるのが好ましい。これによって、他の部材や保持器同士との小径リング部の干渉を防止することができる。
【0033】
また、内輪の大径側端部に設けられた大鍔には前記引っ掛け部が掛合する周方向溝を有するのが好ましい。大鍔に周方向溝を有することによって、引っ掛け部の大鍔に対する係合性の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明の円すいころ軸受用保持器では、保持器の大径側に軸受内輪の大鍔と係合可能な引っ掛け部を備えるので、保持器に保持された円すいころの脱落も防止され、軸受内輪の小鍔を無くすことができる。また、軸受内輪の軸方向長さの拡大を抑えつつ、軌道面の長さおよび円すいころの長さを拡大することができるので、軸受の負荷能力を向上させることができる。
【0035】
樹脂製としたことによる利点(生産性が良い、特殊形状の適用が容易等)を有し、しかも使用する樹脂としても樹脂強化材が充填されているので、強度向上を図ることができ、機械的特性を向上させることができる。特に、ポニフェニレンサルファイドは、スーパエンプラの中で耐油性が高く、強度及び靭性に優れている。このため、このポニフェニレンサルファイドに樹脂強化材を充填してなる保持器は、樹脂への攻撃性の高い油が多用されるデファレンシャル装置やトランスミッション装置に使用される円すいころ軸受に最適となり、この保持器を用いた円すいころ軸受は、長期にわたって安定した機能を発揮することができる。
【0036】
樹脂強化材の充填率は、0重量%<M<10重量%としたものであるので、柔軟性を具備し、組込時において、係合部(引っ掛け部)が大鍔を乗り越える組込作業を安定して行うことができ、しかも、この組込時に引っ掛け部等を破損させることがない。すなわち、樹脂強化材が充填されなければ、保持器の強度向上を望めず、逆に樹脂強化材の充填率が10重量%以上では、剛性が大となって、柔軟性に劣り、組込み時に引っ掛け部等が破損するおそれがある。
【0037】
樹脂強化材の充填率が10重量%未満であるので、樹脂の流動性としても、樹脂強化材を充填しないものとあまり変化がなく、樹脂は、小径リング部形成用のキャビテイ内においても流れにくくなることなく流れる。このため、小径リング部におけるウェルド部の発生を抑えることができ、ウェルド部が小径側に生じない保持器を提供することができる。これによって、保持器のウェルド部に起因する早期破損を防止できる。
【0038】
樹脂強化材が炭素繊維であっても、ガラス繊維であってもよく、これらによって、使用する樹脂が軽量かつ強度のある素材となる。このため、このような樹脂強化材がポニフェニレンサルファイドに充填されてなる保持器は、強度向上を安定して図ることができるとともに、耐熱性、難燃性、耐油性、及び耐薬品性等に優れる。しかも、優れた寸法安定性を発揮することができる。
【0039】
ころ係数γが0.94を越えるようにすれば、軸受寸法を変更することなく、負荷容量を総ころ軸受(保持器を用いていない軸受)のレベルまで上げることが可能となる。これによって、接触面圧を低減でき、停止状態での面圧が緩和され、耐フレッティング性が向上する。しかも、保持器と円すいころとは良好な接触状態を確保することができ、ころは円滑な回転が得られる。
【0040】
また、保持器の窓角を55°以上としたことによって、保持器の柱幅を大きくすることができ、さらに、円すいころとの良好な接触状態を確保することができ、保持器の窓角を80°以下としたことによって、半径方向への押し付け力が大きくならず、円滑な回転が得られる。
【0041】
小径リング部の小径側端面と、円すいころの小端面の外周縁の最外径部とが、軸受中心軸と直交する平面上にほぼ配置されるもの等では、他の部材や複列組合せとした場合の保持器同士との小径リング部の干渉を防止することができる。
【0042】
引っ掛け部が周方向溝に掛合することによって、引っ掛け部の大鍔に対する係合性の向上を図ることができ、円すいころの脱落防止の信頼性が向上する。しかも、周方向溝を形成したことによる軽量化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施形態を示す保持器を用いた円すいころ軸受の要部断面図である。
【図2】前記円すいころ軸受の要部拡大断面図である。
【図3】前記保持器の平面図である。
【図4】前記円すいころ軸受の要部拡大断面図である。
【図5】本発明の実施形態を示す保持器を用いた他の円すいころ軸受の要部断面図である。
【図6】トランスミッション装置の断面図である。
【図7】デファレンシャル装置の断面図である。
【図8】前記図7のデファレンシャル装置に使用される従来の円すいころ軸受の要部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
図1は、本発明にかかる保持器を用いた円すいころ軸受の実施形態を示すもので、特に
図6に示すようなトラミッション装置に使用される。すなわち、図示省略しているが、ト
ラミッション装置は、所定間隔で平行配置された主軸と副軸とがミッションケースに回転
自在に支持され、その主軸は出力軸(駆動車輪側)に連動され、副軸は入力軸(エンジン
側)に連動されている。そして、主軸が本発明に係る円すいころ軸受(図1に示す円すい
ころ軸受)にて支持されている。
【0045】
図1に示す円すいころ軸受は、外周に円すい状の軌道面5a、5bを有する内輪(軸受内輪)2a、2bと、図示しないハウジング等に固定され、内周に円すい状の軌道面6a、6bを有する外輪(軸受外輪)1と、内輪2a、2b及び外輪1の軌道面間に介在させた複数の円すいころ3a、3bと、複数の円すいころ3a、3bを円周方向で等間隔に保持する保持器4a、4bとを備える。内輪2a、2bの外周の大端側には、環状の鍔部(大鍔)8a、8bが形成されている。この種の円すいころ軸受では、その軸方向両端をシール装置でシールする場合が多いが、図面ではこのシール装置の図示を省略してある。
【0046】
保持器4a、4bは、図3に示すように、小径リング部9と、大径リング部10と、この間に配設される複数本の柱部11を備え、柱部11の相互間に円すいころ3a、3bを保持するポケット12を形成したものである。各ポケット12にそれぞれ円すいころ3a、3bが回転自在に収容されている。なお、この実施形態では、25個のポケット12が形成されている。
【0047】
図1に示すように、保持器4a、4bの大端側に内輪2a、2bの大鍔8a、8bと係合可能の係合部(引っ掛け部)15が形成される。この引っ掛け部15は、内輪2a、2bの最大外径部(大鍔8a、8bの外周面)を超えて内径側に延びている。内輪2a、2bの大鍔8a、8bには、図2に示すように、大鍔8a、8b外周面よりも内径側に突出した引っ掛け部15を収容するため、環状の周方向溝(係合溝)17a、17bが形成されている。引っ掛け部15と周方向溝17a、17bとの間には軸方向および半径方向に僅かな隙間があり、これより保持器4a、4bは軸方向および半径方向に僅かな移動が可能である。引っ掛け部15の数は、少なくとも一つあれば足りるが、円周方向の複数箇所に形成してもよい。この実施形態では、周方向に沿って60°ピッチで6個配設されている。
【0048】
すなわち、引っ掛け部15は、内輪2a、2bと円すいころ3a、3bと保持器4a、4bが組立状態を保てるような引っ掛かりが内輪2a、2bの鍔部8a、8bに対してあり、保持器4a、4bが軸中心Lに対し中立状態では鍔部8a、8bに非接触であり、運転中には鍔部8a、8bに非接触もしくは、鍔部8a、8bに接触する場合は、引っ掛け部内面30と鍔部8a、8bの周方向溝17a、17bの底面31が接触状態となる。
【0049】
小径リング部9の小径側端面9aと、円すいころ3a(3b)の小端面20aの外周縁の最外径部21とが、軸受中心軸Lと直交する同一平面上にほぼ配置される。すなわち、小径リング部9の肉厚tを小としている。これによって、図1に示すように、内輪2a、2bの小径側端面を突合せた際に、保持器4a、4bの小径リング部9が接触しないように設定している。
【0050】
この保持器は樹脂保持器である。この樹脂としてはエンジニアリングプラスチックのPPS(ポニフェニレンサルファイド)を用いる。ここで、エンジニアリングプラスチックとは、合成樹脂のなかで主に耐熱性が優れ、強度が必要とされる分野に使うことができるものであって、エンプラと略される。また、エンジニアリングプラスチックは、汎用エンジニアリングプラスチックとスーパエンジニアリングプラスチックとがある。
【0051】
PPSとは、フェニル基(ベンゼン環)とイオウ(S)が交互に繰り返される分子構造を持った高性能エンジニアリングプラスチックである。結晶性で,連続使用温度は200℃〜220℃,高荷重(1.82MPa)での荷重たわみ温度が260℃以上と耐熱性に優れ,しかも引っ張り強さや曲げ強さが大きい。成形時の収縮率は0.3〜0.5%と小さいので寸法安定性が良い。難燃性や耐薬品性の点でも優れている。PPSは,架橋型,直鎖型,半架橋型の3種に大別できる。架橋型は低分子量ポリマーを架橋して高分子量化したもので,脆く,ガラス繊維で強化したグレードが中心である。直鎖型は重合段階で架橋工程がなしに高分子量化したもので,靭性が高い。半架橋型は,架橋型と直鎖型の特性を併せ持つ特徴を持っている。
【0052】
樹脂製保持器を構成する樹脂に樹脂強化材を0重量%より多く10重量%未満で充填している。すなわち、樹脂強化材の充填率をMとしたときに、0重量%<M<10重量%としている。強化材としては、樹脂強化材が炭素繊維(CF)やガラス繊維(GF)等の繊維強化材であってもよい。ここで、炭素繊維とは、アクリル繊維またはピッチ(石油、石炭、コールタールなどの副生成物)を原料に高温で炭化して作った繊維である。前者の原料を使った炭素繊維はPAN(Polyacrylonitrile)、後者を使った炭素繊維はPITCHと区分される。広義の意味で炭素の集合体である。グラファイトの結合により高い強度を得ている。グラファイトとは、炭素から成る元素鉱物である。炭素繊維は、耐摩耗性、耐熱性、熱伸縮性、耐酸性、電気伝導性、耐引張力などに優れ、アルミニウムなどの金属に比べても軽量である利点がある。また、ガラス繊維とは、溶融したガラスを細く引き伸ばし急冷固化して作られた繊維状材料である。繊維形式によって長繊維、短繊維に分類され、また組成によってアルカリガラス繊維と含アルカリガラス繊維に大別される。ガラス繊維は、耐食性,耐熱性,耐湿性,電気絶縁性に優れる。このため、樹脂に炭素繊維やガラス繊維を混ぜることで、軽量かつ強度のある素材となる。
【0053】
保持器4a、4bは、柱部11の柱面40の窓押し角(窓角)θ(図5参照)は、例えば、55°以上80°以下とする。
【0054】
ころ係数γが0.94を越えるように設定している。ここで、ころ係数γは、次式で定義される。また、ポケット(周方向に沿って隣合う柱部間)12の窓角θとは、柱部の、円すいころ3a(3b)の転動面と接する面がなす角度をいう。
【0055】
ころ係数γ=(Z・DA)/(π・PCD)
ここで、Z:ころ本数、DA:ころ平均径、PCD:ころピッチ円径
【0056】
本発明では、内輪(軸受内輪)2a、2bの大鍔8a、8bと係合可能な引っ掛け部15を備えるので、円すいころ3a、3bの脱落も防止される。すなわち、円すいころ軸受を機械に組込むまでの間は、円すいころ3a、3bはその自重によって小端側に脱落しようとし、これに伴って保持器4a、4bにも同方向の押圧力が作用する。これに伴い、引っ掛け部15が内輪2a、2bに設けられた周方向溝17a、17bに係合するため、保持器4a、4bのそれ以上の小端側への変位が規制される。この場合、円すいころ3a、3bは、その小端側への変位がポケット12の小端側ポケット面によって規制されているため、円すいころ3a、3bの内輪2a、2bからの脱落を確実に防止することが可能となる。このため、内輪2a、2bの小鍔を無くすことができる。これによって、軸受の軸方向寸法の小型化や軽量化と共に、円すいころ長さの延長による負荷能力の向上を図ることができる。また、内輪2a、2bの軸方向長さの拡大を抑えつつ、軌道面5a、5b、6a、6bの長さおよび円すいころ長さを拡大することができるので、軸受の負荷能力を向上させることができる。
【0057】
しかも、小径リング部9の小径側端面9aと、円すいころ3a、3bの小端面20aの外周縁の最外径部21とが、軸受中心軸と直交する平面上にほぼ配置されるので、保持器を付き合わせ使用する場合の複列円すいころ軸受の対向する保持器同士又は単列の円すいころ軸受の場合はハウジング等の相手部品との干渉を防止することができる。このため、装着性(他の部材への組み込み性)に優れる。
【0058】
特に、保持器4a、4bを樹脂製としたことによる利点(生産性が良い、特殊形状の適用が容易等)を有し、しかも使用する樹脂としても樹脂強化材が充填されているので、強度向上を図ることができ、機械的特性を向上させることができる。特に、ポニフェニレンサルファイドは、スーパエンプラの中で耐油性が高く、強度及び靭性に優れている。このため、このポニフェニレンサルファイドに樹脂強化材を充填してなる保持器4a、4bは、樹脂への攻撃性の高い油が多用されるトランスミッション装置等に使用される円すいころ軸受に最適となり、この保持器を用いた円すいころ軸受は、長期にわたって安定した機能を発揮することができる。
【0059】
また、樹脂強化材の充填率は、0重量%より多く10重量%未満であるので、柔軟性を具備し、組込時において、引っ掛け部15が大鍔を乗り越える組込作業を安定して行うことができ、しかも、この組込時に引っ掛け部15等を破損させることがない。すなわち、樹脂強化材が充填されなければ、保持器4a、4bの強度向上を望めず、逆に樹脂強化材の充填率が10重量%以上では、剛性が大となって、柔軟性に劣り、組込み時に引っ掛け部15等が破損するおそれがある。なお、保持器4a、4bの強度向上をより発揮させるためには、樹脂強化材の充填率が5重量%以上であるのが好ましい。
【0060】
充填率が10重量%未満であるので、流動性において、強化材を充填しないものとあまり変化がなく、樹脂は、小径リング部形成用のキャビテイ内においても流れにくくなることなく流れる。このため、小径リング部9におけるウェルド部の発生を抑えることができ、ウェルド部が小径側に生じない保持器4a、4bを提供することができる。これによって、保持器のウェルド部に起因する早期破損を防止できる。
【0061】
樹脂強化材としては、前記したように、炭素繊維であっても、ガラス繊維であってもよく、これらによって、使用する樹脂が軽量かつ強度のある素材となる。このため、このような樹脂強化材がポニフェニレンサルファイドに充填されてなる保持器4a、4bは、強度向上を安定して図ることができるとともに、耐熱性、難燃性、耐油性、及び耐薬品性等に優れる。しかも、優れた寸法安定性を発揮することができる。
【0062】
ころ係数γが0.94を越えるようにすれば、軸受寸法を変更することなく、負荷容量を総ころ軸受(保持器を用いていない軸受)のレベルまで上げることが可能となる。これによって、接触面圧を低減でき、長期にわたって円滑な運転(回転)が可能となる。
【0063】
また、保持器4a、4bの窓角θを55°以上としたことによって、保持器の柱幅を大きくすることができ、円すいころ3a、3bとの良好な接触状態を確保することができ、保持器4a、4bの窓角を80°以下としたことによって、半径方向への押し付け力が大きくならず、円滑な回転が得られる。
【0064】
本発明の円すいころ軸受として図5に示すような単列のものであってもよい。すなわち、この円すいころ軸受は、外周面に円すい状の軌道面65を有する内輪62と、内周面に円すい状の軌道面66を有する外輪61と、内輪62の軌道面65と外輪61の軌道面66との間に転動自在に介在した複数の円すいころ63と、複数の円すいころ63を軸受周方向に所定の間隔を隔てて保持する保持器64とを主要な構成要素としている。また、内輪62には、軌道面65の大径側に大鍔18が形成されている。この場合の保持器64も、円すいころ63が保持されるポケットが周方向に沿って所定ピッチで複数個配設されている。
【0065】
また、保持器64は、小径リング部69と、大径リング部70とを備え、大径リング部70に引っ掛け部15が設けられている。内輪62の大鍔68には、保持器64の引っ掛け部15が係合する周方向溝17が形成されている。
【0066】
そして、このように構成された円すいころ軸受を図7に示すようなデファレンシャル装置に使用することも可能である。すなわち、デファレンシャル装置は、図示省略するが、デファレンシャルケースと、このデファレンシャルケース内に配置される差動減速機構と、差動減速機構のリングギヤに噛合するピニオンギヤと、ピニオンギヤを支持するピニオン軸とを備える。そして、ピニオン軸が本発明に係る円すいころ軸受(図5に示す円すいころ軸受)にて支持されている。
【0067】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、保持器4a、4bのポケット12の数は、保持される円すいころ3a、3bの数に応じて種々変更できる。また、柱部11の長さや肉厚寸法等も、円すいころ3a、3bを保持することが可能な限り種々変更できる。円すいころ軸受として単列のものであってもよい。充填する強化材としては、CFやGF以外に、強度の高い樹脂繊維であるアラミド繊維等であってもよい。ここで、アラミド繊維とは、その分子骨格が芳香族(ベンゼン環)からなるポリアミド繊維(aromatic polyamide fiber)である。
【0068】
前記実施形態では、大鍔8に周方向溝17を設けたが、このような周方向溝17を設けなくてもよく、また、周方向溝17に代えて、引っ掛け部15に対応した位置に周方向に沿って所定ピッチで切欠部を形成してもよい。
【実施例】
【0069】
本発明において使用したPPSと、他のスーパエンプラであるPA46(ポリアミド46)、PA66(ポリアミド66)に対して油浸漬試験を行ってその結果を次の表1と表2に示した。表1は引張り強さの強度低下率を示し、表2は曲げ強さの強度低下率を示す。
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
油は、三菱純正ダイヤクイーン「スーパーハイポイドギアオイル SAE90 GL−5」を使用した。また、供試体として、BASFジャパン(株)製:ウルトラミッドA3HG5(PA66にGF(ガラス繊維)を25重量%で充填したもの)と、DSMJSRエンプラ(株)社製:TW200F5−70G320(PA36にGFを25重量%で充填したもの)と、大日本インキ化学工業(株)社製:Z230とZ200−5Eとの混合物(PPSにGFを7.5重量%で充填したもの)とを使用し、それぞれ、いわゆるダンベル試験片を製作した。
【0072】
また、試験としては、各試験片を前記油に浸漬し、浸漬後と、浸漬前とにおいて、引張り強さ試験と曲げ強さとを行った。この場合、500時間毎の強度劣化を確認した。表1及び表2から分かるように、PPSを使用した場合、浸漬時間が2000時間を越えても引張り強度と曲げ強さ強度とに劣化が見られなかった。
【0073】
保持器の柔軟性についての試験を行って、その結果を次の表3に示した。円すいころ軸受として、NTN(株)社製の「30206U:内輪の内径寸法が30mm、外輪の外径寸法が62mm、軸方向寸法が17.25mm」を使用して、内輪には、小鍔と大鍔とを備えたものとした。組み込み方法としては、ころを保持器のポケットに入れた後、内輪の小鍔を乗り越えて組み込む方法を採用した。また、保持器として、PPSにGF(ガラス繊維)を30重量%で充填したもの、PPSにGFを15重量%で充填したもの、PPSにGFを10重量%で充填したもの、PPSにGFを5重量%で充填したものの4種類を製造した。
【表3】

【0074】
組み込みに必要な径方向の伸び寸法を基準として適用可否を確認した、表3からわかるように、充填率が15%以下が適用可能範囲と思料される。このように、充填率が15%を越えると組み込み性に問題があることが分かる。
【符号の説明】
【0075】
2 内輪
4 保持器
8 大鍔
9 小径リング部
9a 小径側端面
10 大径リング部
11 柱部
15 引っ掛け部
17 周方向溝
20a 小端面
21 最外径部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両用のトランスミッションを回転自在に支持する円すいころ軸受に用いる保持器であって、
小径リング部と、大径リング部と、これらの間に配設される複数の柱部とを備え、大径リング部に軸受内輪の大径側端部に設けられた大鍔と係合可能な引っ掛け部を有し、ポニフェニレンサルファイドに樹脂強化材を充填させてなり、樹脂強化材の充填率をMとしたときに、0重量%<M<10重量%としたことを特徴とする円すいころ軸受用保持器。
【請求項2】
樹脂強化材が繊維強化材であることを特徴とする請求項1に記載の円すいころ軸受用保持器。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の円すいころ軸受用保持器を用いた円すいころ軸受であって、
前記ころ係数γが0.94を超えることを特徴とする円すいころ軸受。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の円すいころ軸受用保持器を用いた円すいころ軸受であって、
保持器のポケットの窓角度を55°以上80°以下とすることを特徴とする円すいころ軸受。
【請求項5】
前記引っ掛け部の内径縁が平坦面状とされ、かつ、保持器の大径側端面乃至大鍔外端面と小径側端面とが平行面をなすことを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の円すいころ軸受。
【請求項6】
一対の内輪の小径側端面を突合せた際に、一対の保持器の小径リング部が接触しない程度に、小径リング部の小径側端面と、円すいころの小端面の外周縁の最外径部とが、軸受中心軸と直交する平面上にほぼ配置され、もしくは小径リング部の小径側端面が軸受中心軸と直交する平面上よりも内側にあることを特徴とする請求項3〜請求項5のいずれか1項に記載の円すいころ軸受。
【請求項7】
内輪の大径側端部に設けられた大鍔には前記引っ掛け部が掛合する周方向溝を有することを特徴とする請求項3〜請求項6のいずれか1項に記載の円すいころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−211700(P2012−211700A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−150474(P2012−150474)
【出願日】平成24年7月4日(2012.7.4)
【分割の表示】特願2008−69877(P2008−69877)の分割
【原出願日】平成20年3月18日(2008.3.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】