説明

円筒成形加工用材料の設計方法および円筒成形加工品

【課題】多種多様な機械特性や板厚を有する材料を円筒成形加工した後のスプリングバック角を所定値にすることのできる機械特性を有する材料を設計する方法および加工品を提供することを目的とする。
【解決手段】曲げ加工による円筒成形加工が施される金属材料を設計するにあたり、金属材料を曲げ曲率半径rが5mm以上、曲げ角θが90度以上180度以下の条件で円筒成形加工を施したときのスプリングバック角Δθが所定値となるように、前記金属材料の降伏強度YP、ヤング率Eおよび板厚tを算出し、該算出された降伏強度YPおよびヤング率Eを有するように前記金属材料を設計することを特徴とする円筒成形加工用材料の設計方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円筒成形加工時のスプリングバック角を所定値とすることのできる金属材料の設計方法および円筒成形加工品に関する。
【背景技術】
【0002】
食品容器、医療機器、金属容器、装置部品などでは、金属材料を曲げ加工による円筒成形加工(以下、円筒成形加工という)を施して製造した円筒状の加工品が使用される。例えば、蓋、胴、底からなるスリーピース缶では、胴部に円筒成形加工が施された円筒状の加工品が用いられる。
【0003】
一般に、金属材料(金属板)に円筒成形加工を施し、その後に除荷すると、弾性的な回復により金属材料はスプリングバックを起こし、その結果円筒形状が変化する。従って、円筒成形加工を行なう場合は、予めこのスプリングバックを考慮して加工条件を決定する必要がある。
【0004】
最近の傾向として、素材コストの低減を図るために金属材料の板厚を薄くすること(以下、薄肉化ともいう)が求められている。ところが、薄肉化するとスプリングバック角が大きくなって所定の円筒形状、すなわち所定の巻幅が確保できなくなるという問題がある。ここで、スプリングバック角とは、曲げ加工において、負荷時の曲げ角から除荷後の曲げ角への変化量で定義される。また、巻幅とは、図1に示すように、円筒成形加工により円筒状になった金属板の一端と反対側の端との間隔として定義されるもので、両端が突き合わさった状態を0とし、開いた状態をプラス、重なった状態をマイナスの値で表される。
【0005】
薄肉化により巻幅が変化すると、その後の工程(例えば端部を溶接してスリーピース缶の胴部にする工程)を阻害するため、薄肉化しても巻幅が変化しないようにする必要がある。そのためには、円筒成形加工工程において、板厚が厚い金属材料から薄い金属材料に切り替わる場合、成形加工条件を設定しなおすかあるいは成形装置を改造するしかなく、生産性向上やコストダウンの妨げになっている。
【0006】
そこで、板厚を低減した場合であっても所定の円筒形状(巻幅)が得られるような金属材料を設計することができれば、成形加工条件の再設定や成形装置の改造は不要となる。すなわち、板厚を変更しても板厚変更前と同等のスプリングバック角を得ることのできる金属材料を設計する必要がある。
【0007】
ところで、加工に供する金属材料が加工硬化しない完全弾塑性体であると仮定すると、スプリングバック角は理論的に下記式(2)で算出することができる(非特許文献1参照)。
【0008】
Δθ/θ= 3(YP・r)/(E・t)−4[(YP・r)/(E・t)]3 ・・・ (2)
ここで、Δθ:スプリングバック角(度)、θ:曲げ角(度)、r:曲げ曲率半径(mm)、t:板厚(mm)、YP:降伏強度(MPa)、E:ヤング率(MPa)である。
【0009】
従って、式(2)を用いて目標とする板厚やスプリングバック角から金属材料に必要な機械特性(ヤング率、降伏強度)を算出し、この機械特性を有する金属材料を設計すればよい。
【0010】
ところが、非特許文献2によると、上記式(2)で表される理論式は必ずしも実験事実を正確に再現しないと報告されている。更に、非特許文献2ではステンレス鋼板を対象とした実験式を提案しているが、金属材料がステンレス鋼板に限定されており、多種多様な金属材料に適しているものとは言えず、汎用性の点で課題を残していた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】馬場、橋田:鉄と鋼 日本鉄鋼協会会誌、49(3)(1963)P507
【非特許文献2】杉本、福井、三井、渡辺、中村:鉄と鋼、66(1980)S976
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたもので、多種多様な機械特性や板厚を有する金属材料を円筒成形加工したときのスプリングバック角を算出する方法を新規に見出し、これを用いてスプリングバック角を所定値にすることのできる材質(機械特性)を有する金属材料を設計する方法およびこの方法で設計された金属材料に円筒成形加工を施して製造される加工品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1]曲げ加工による円筒成形加工が施される金属材料を設計するにあたり、金属材料を曲げ曲率半径rが5mm以上、曲げ角θが90度以上180度以下の条件で円筒成形加工を施したときのスプリングバック角Δθが所定値となるように、前記金属材料の降伏強度YP、ヤング率Eおよび板厚tを下記式(1)に基づいて算出し、該算出された降伏強度YPおよびヤング率Eを有するように前記金属材料を設計することを特徴とする円筒成形加工用材料の設計方法。
Δθ/θ= −5.52[(YP・r)/(E・t)]2+4.13(YP・r)/(E・t) ・・・ (1)
ここで、Δθ:スプリングバック角(度)、θ:曲げ角(度)、YP:降伏強度(MPa)、E:ヤング率(MPa)、t:板厚(mm)、r:曲げ曲率半径(mm)である。
[2]前記[1]に記載の方法によって設計された金属材料に曲げ加工による円筒成形加工を施して製造されたことを特徴とする円筒成形加工品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、スプリングバック角を所定値にすることのできる金属材料を容易に設計することができ、円筒成形加工工程における生産性向上やコストダウンに大きく寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】巻幅を説明するための模式図
【図2】Δθ/θと(YP・r)/(E・t)との関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0016】
同じ機械特性を有した板厚の異なる金属材料に、同一条件で円筒成形加工を施すと、板厚の違いによってスプリングバック角が異なってしまい、一定の巻幅(円筒形状)を得ることが困難である。そのため、生産現場で円筒成形加工を行なう場合には、板厚が変わる都度成形装置を改造するか、板厚に応じて加工条件を調整するしかなく、生産性等を阻害していた。この問題を解決するには、板厚に応じて機械特性が異なる別の金属材料に変更することが考えられる。すなわち、板厚をtからtに変更する場合、板厚tの金属材料のスプリングバック角と同等となるような機械特性を有する金属材料を使用すれば、円筒成形加工後の巻幅が変化しない加工品が得られることになる。
【0017】
そのためには、金属材料の板厚、機械特性および成型加工条件などの各因子がスプリングバック角に及ぼす影響を明確にする必要がある。そこで、本発明者らはまず、各因子の中でどの因子がスプリングバック角に影響を及ぼすかについて検討した。その結果、これらの因子は、曲げ角、曲げ曲率半径、板厚、降伏強度およびヤング率であることを確認した。
【0018】
次いで、これらの因子を様々に変化させた条件下で曲げ加工を行なってスプリングバック角を測定し、各因子の影響度を定量的に評価してスプリングバック角とこれらの因子との関係を与える実験式を導出した。以下、詳細に説明する。
【0019】
前述したように、通常、金属材料に曲げ加工を加えた後に除荷すると、弾性的な回復により、負荷状態の形状から多少変化する。これをスプリングバックと呼ぶ。スプリングバックにより曲げ角θ(度)がθ’(度)に変化したとすれば、スプリングバック角Δθ(度)は、式(3)で表される。また曲げ加工において、円周方向のひずみ変化のない面の曲率半径がスプリングバックによってr(mm)からr’(mm)に変化したとすると、下記式(4)で表される関係が得られる。
Δθ=θ−θ’ ・・・ (3)
Δθ/θ=(1/r−1/r’)/(1/r’) ・・・ (4)
除荷前後で上記ひずみ変化のない面が板厚の中央位置にあるとすると、除荷による曲率変化に対して上記式(4)を用いて下記式(5)が成り立つ。
Δθ/θ=(M・r)/(E・I) ・・・ (5)
ここで、Mは曲げモーメント(MPa・mm3)、Iは断面2次モーメント(mm)である。
【0020】
単純曲げ理論によれば、曲げモーメントMは下記式(6)で表されるので、上記式(5)に式(6)を代入することによって、下記式(7)が得られる。なお、金属材料が加工硬化しない完全弾塑性体であると仮定すると、n(加工硬化指数)=0であるから、式(7)から前記の式(2)が得られる。しかし、実際の金属材料でn=0とするのは妥当ではなく、nの値は金属材料によって異なる。
【0021】
【数1】

【0022】
【数2】

【0023】
前述の非特許文献2では、ステンレス鋼板を対象にした実験から、Δθ/θと(YP・r)/(E・t)との間に相関があることを見出し、式(8)を導出している。しかし、対象がステンレス鋼板に限定されていることから、Δθ/θを決定できる因子の範囲が狭く(0<(YP・r)/(E・t)≦0.11)、汎用性に欠ける。
Δθ/θ=1.9[(YP・r)/(E・t)]0.62 ・・・ (8)
そこで、本発明者らは、多種多様な金属材料(アルミニウム板、銅板、ステンレス鋼板、鋼板)および板厚条件で、実際に曲げ加工を施してスプリングバック角を測定した。この際、曲げ曲率半径は5mm以上の範囲、曲げ角は90〜180度の範囲とした。さらに板厚については、0.1〜2.0mmの範囲としている。これらの範囲であれば、食品容器、医療機器、金属容器、装置部品等の分野では十分に実用に耐えることができ、汎用性を有しているためである。
【0024】
Δθ/θと(YP・r)/(E・t)との関係で整理した結果を図2に示す。図中、○が本測定結果である。これらの測定結果から精度良く再現できる回帰式を求め、前記式(1)を得た(図中の実線参照)。この式(1)は、(YP・r)/(E・t)が0.33以下の領域で使用でき、非特許文献2の使用範囲より格段に広くなっている。すなわち、この式(1)は多種多様な金属材料に適用でき、この式から、所望の板厚において所定のスプリングバック角となる機械特性(YP、E)を算出することができる。そしてこの算出された機械特性を有するような金属材料を設計すればよい。また、所定の機械特性を有する金属材料において所定のスプリングバック角となる板厚を求めることもできる。さらに、所望の板厚および機械特性からスプリングバック角を算出することも可能である。なお、図2において、非特許文献2での測定データを△、式(8)を点線で示すとともに、理論式である式(2)も点線で示している。
【0025】
以下、円筒成形加工が施される金属材料の板厚を低減する場合、板厚が変化してもスプリングバック角を変化させない(巻幅を変化させない)ための金属材料を設計する手順について説明する。
【0026】
まず、板厚変更前のスプリングバック角Δθを測定する。任意の寸法を有する試験片を、例えば曲げ曲率半径12.7mmおよび曲げ角180度の条件で曲げ加工を行なう。次に除荷後の試験片の曲げ角θ’を測定し、前記式(3)からスプリングバック角Δθを算出する。スプリングバック角Δθを既存データとして保有している場合は、この手順を省略してもよい。
【0027】
上記のようにして得られたスプリングバック角Δθおよび曲げ角θ(=180°)を式(1)に代入することで、右辺から、曲げ曲率半径rと板厚tは既知であるから、降伏強度とヤング率の比(YP/E)の取るべき値が定まる。次いで、円筒成形加工が施される金属材料の仕様を考慮しつつ、上記求められたYP/Eから、降伏強度YP及びヤング率Eを決定し、この機械特性を有する金属材料を設計する。なお、材料の設計は、金属材料データベースから上記機械特性を満足するものを選定してもよいし、データベースから見つからない場合には、このYPおよびEを指標として新規材料を設計すればよい。
【0028】
別の実施形態として、円筒成形加工が施される金属材料の機械特性を変更する場合について説明する。まず、機械特性を変更する前の金属材料を上記と同様にして曲げ加工し、スプリングバック角を求めておく。次に、前記スプリングバック角と、予め決められている降伏強度YPおよびヤング率Eと、曲げ加工条件(曲げ曲率半径、曲げ角)をもとに、式(1)から板厚tを計算する。この板厚および機械特性を有する金属材料を円筒成形加工すれば、機械特性を変更する前と同等の巻幅が得られることになる。
【0029】
上述したように本発明では、金属材料の要求特性(板厚や機械特性)を変更する場合、まず変更以前の金属材料のスプリングバック角を明確にし、その後、式(1)を満たすという条件の下で金属材料の特性を順次決定していくことで、円筒成形後において所定の巻幅が確保できる。
【実施例】
【0030】
円筒成形加工が施される金属材料の板厚が低減された場合において、板厚低減以前と同等の巻幅が求められる金属材料について材質設計を行なった。まず、板厚低減前の金属材料の仕様が、t=0.153mm、YP=400MPa、E=206000MPa、Δθ=96度、θ=180度、r=12.7mm、巻幅=−10.5〜−9.0mm(平均値:−9.6mm)の鋼板をt=0.117mmまで低減した場合において、板厚低減以前と同等の巻幅を得るために、スプリングバック角が一定となるように降伏強度YPの最適化を検討した例を示す。式(1)において、Δθ=96度、E=206000MPa、t=0.117mmを代入すると、YPが310MPa程度であれば、目的を達成するとの結果を得た。
【0031】
この結果をもとに、板厚が0.117mmで降伏強度YPが異なる鋼板2種類を作製し、各々寸法165.4mm×136.5mmの試験片10枚を切り出して板厚低減以前と同じ条件で円筒成形加工を行なった。円筒成形後の巻幅を測定した結果を表1に示す。板厚低減以前の金属材料と同等の巻幅を得られているかの合否判定は、巻幅のばらつきを考慮して現行材の平均巻幅±10%以内にあれば合格とした。YP=300MPaの鋼板(No.2)を用いた円筒成形後の巻幅は平均値で−10.5mmとなり、板厚低減以前の金属材料とばらつきを含めて同程度の巻幅を得ることができた。一方、YP=362MPaの鋼板(No.3)を用いた円筒成形後の巻幅は平均値で+5.0mmとなり、板厚低減以前の金属材料と同程度の巻幅を得ることはできなかった。
【0032】
【表1】

【0033】
次に、板厚低減前の金属材料の仕様が、t=0.242mm、YP=310MPa、E=206000MPa、Δθ=54.3度、θ=180度、r=12.7mm、巻幅=−12.0〜−8.0mm(平均値:−10.0mm)の鋼板をt=0.226mmまで低減した場合において、板厚低減以前と同等の巻幅を得るために、スプリングバック角が一定となるようにヤング率Eの最適化を検討した例を示す。式(1)において、Δθ=54.3、YP=310〜320MPa、t=0.226mmを代入すると、Eが230000MPa程度であれば、目的を達するとの結果を得た。
【0034】
この結果をもとに、板厚が0.226mmでヤング率Eが異なる鋼板2種類を作製し、各々寸法165.4mm×136.5mmの試験片10枚を切り出して板厚低減以前の条件で円筒成形加工を行なった。それぞれの円筒成形後の巻幅を測定した結果を表2に示す。板厚低減以前の金属材料と同等の巻幅を得られているかの合否判定は、巻幅のばらつきを考慮して現行材の平均巻幅±10%以内にあれば合格とした。E=231000MPaの鋼板(No.2)を用いた円筒成形後の巻幅は平均値で−10.5mmとなり、板厚低減以前の金属材料とばらつきを含めて同程度の巻幅を得ることができた。一方、E=214000MPaの鋼板(No.3)を用いた円筒成形後の巻幅は平均値で−2.4mmとなり、板厚低減以前の金属材料と同程度の巻幅を得ることはできなかった。
【0035】
【表2】

【0036】
上記の実施例では、板厚を低減する場合に、降伏強度およびヤング率のいずれか1つを固定して他方を最適化する例について説明したが、両方を変化させてもよい。また、上記実施例では、板厚を低減する場合に、スプリングバック角(巻幅)を板厚低減の前後で変化しないような降伏強度またはヤング率の最適化を行なう例について説明したが、スプリングバック角をある値に変化させるようにしてもよい。さらに、降伏強度およびヤング率を変えずに、板厚を変化させた場合のスプリングバック角を求めることもできる。あるいは、降伏強度およびヤング率を変えずに、所望のスプリングバック角となる板厚を求めることもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
曲げ加工による円筒成形加工が施される金属材料を設計するにあたり、金属材料を曲げ曲率半径rが5mm以上、曲げ角θが90度以上180度以下の条件で円筒成形加工を施したときのスプリングバック角Δθが所定値となるように、前記金属材料の降伏強度YP、ヤング率Eおよび板厚tを下記(1)式に基づいて算出し、該算出された降伏強度YPおよびヤング率Eを有するように前記金属材料を設計することを特徴とする円筒成形加工用材料の設計方法。
Δθ/θ= −5.52[(YP・r)/(E・t)]2+4.13(YP・r)/(E・t) ・・・ (1)
ここで、Δθ:スプリングバック角(度)、θ:曲げ角(度)、YP:降伏強度(MPa)、E:ヤング率(MPa)、t:板厚(mm)、r:曲げ曲率半径(mm)である。
【請求項2】
請求項1に記載の方法によって設計された金属材料に曲げ加工による円筒成形加工を施して製造されたことを特徴とする円筒成形加工品。

【図1】
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【図2】
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