冷凍すり身の製造方法
【課題】解凍すり身の加熱ゲルが所望の強度を有する冷凍すり身を凍結変性防止剤を添加することなく得る。
【解決手段】魚介類から肉を採取する採肉工程と、キレート剤を含む水で該肉を晒す晒し工程と、該肉を冷凍する冷凍工程とからなる。キレート剤としてはフィチン酸又はクエン酸を使用することができる。プロテアーゼ活性の高い魚介類から冷凍すり身を製造する方法として好適である。
【解決手段】魚介類から肉を採取する採肉工程と、キレート剤を含む水で該肉を晒す晒し工程と、該肉を冷凍する冷凍工程とからなる。キレート剤としてはフィチン酸又はクエン酸を使用することができる。プロテアーゼ活性の高い魚介類から冷凍すり身を製造する方法として好適である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品添加物の含有量の少ない冷凍すり身の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冷凍すり身とは、大量に捕獲されるスケトウダラ等の魚介類の肉の部分をすり身にして凍結させたものをいい、解凍してかまぼこ、ちくわ等の練り製品の原料として使用されるものである。
【0003】
冷凍すり身は魚介類の肉の部分を長期間に亘って保存可能とする技術であり、冷凍すり身の開発により、大量に捕獲された魚介類のタンパク質を食べられる状態のまま時間をかけて漁場から持ち帰ることができるようになり、また、大量に獲れた魚介類のタンパク質を食べられる状態で倉庫に保管することができるようになり、従って、漁業資源が有効に活用できるようになった。
【0004】
冷凍すり身は次のようにして製造されている。すなわち、鮮魚等の頭部及び内臓を除去し、洗浄した後、可食肉を皮及び骨から機械的に分離して得られた魚肉落とし身をさらに洗浄(水晒し)水切り、筋や黒皮、小骨等を機械的に除去精製し、脱水したものに砂糖やリン酸塩などの冷凍変性抑制剤を混合し、凍結することによって冷凍すり身は製造されている。
【0005】
ところで、魚介類の肉にはタンパク質分解酵素であるプロテアーゼが含まれており、プロテアーゼの含有量が特に多い魚介類の場合、すり身のゲル形成能に関与するタンパク質がこのプロテアーゼによって分解させられ、すり身になった魚肉のゲル形成能が低下し、所望の物性を有する練り製品を得ることができないという問題があった。
【0006】
そこで、従来は魚介類の肉の部分を十分に水で晒してプロテアーゼを洗い流したり、すり身にした魚肉にプロテアーゼインヒビターを添加してプロテアーゼの活性を抑えていた。
【0007】
また、すり身にした魚肉等はそのまま凍結させると、凍結の過程で肉のタンパク質が変性し、解凍後のすり身のゲル形成能が低下し、所望の物性を有する練り製品を得ることができないという問題があった。
【0008】
そこで、現在はすり身に蔗糖、ソルビトール、重合リン酸塩等の凍結変性抑制剤を添加して肉のタンパク質の凍結変性を抑制する方法が採られている。
【特許文献1】特公昭61−42552号公報
【特許文献2】特開2002−335915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、人体への食品添加物の影響を考慮すると、すり身への凍結変性抑制剤(食品添加物)の添加はできるだけ抑えた方が良い。
【0010】
例えば、蔗糖を凍結変性抑制剤として添加する場合は8%程度の添加が必要であるが、蔗糖をこのような量添加すると練り製品が甘くなり過ぎ、カロリーも多くなり過ぎて好ましくない。また、ソルビトールや重合リン酸塩といった食品添加物の添加は消費者に敬遠されているので、できれば添加しない方が好ましい。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、所望の物理的特性を有する練り製品を得るためには冷凍すり身にある程度の量の食品添加物を含有させざるを得ない点である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、所望の物理的特性を有する練り製品を得るため、キレート剤を含む水で魚介類の肉を晒すことを最も主要な特徴とする。
【0013】
すなわち、本発明にかかる冷凍すり身の製造方法は、魚介類から肉を採取する採肉工程と、キレート剤を含む水で該肉を晒す晒し工程と、該肉を冷凍する冷凍工程とを備えたことを特徴とするものである。
【0014】
ここで、キレート剤としてはEDTA、EGTA、フィチン酸、クエン酸、リン酸又はポリリン酸を使用することができるが、プロテアーゼを活性化させる金属をマスキングすることができるものであれば、これら以外の化合物を使用してもよい。一方、食品添加物としては、フィチン酸が好適であり、次にクエン酸が適する。
【0015】
また、魚介類としては魚、イカ、タコ、エビ又はオキアミを使用することができるが、本発明はソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)、イトヨリダイ、ウマズラハギのようなプロテアーゼ活性の高い魚介類の冷凍すり身を製造するのに好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明のすり身の製造方法は、すり身に凍結変性抑制剤を添加しなくてもタンパク質の凍結変性が抑制できるので、すり身に含まれる食品添加物の含有量を大幅に低減させることができ、従って、食品添加物の添加量の極めて少ない練り製品を消費者に提供することができるという効果がある。
【0017】
また、本発明のすり身の製造方法は、魚介類がソデイカの場合、プロテアーゼを多く含むソデイカを保存可能なすり身に加工することができるので、大量に獲れるソデイカの肉由来のタンパク質を保存可能とし、有効に利用することができるという効果がある。
【0018】
また、本発明のすり身の製造方法は、ヒトが既に長年摂取してきて安全性に問題が無いと考えられている米糠由来成分であるフィチン酸を使って所望の特性の冷凍すり身を得ることができるので、安全性の高い練り製品を消費者に提供することができるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
冷凍すり身、ひいては練り製品に含まれている食品添加物の含有量を減らすという目的を、簡単な方法で、練り製品の物理的な諸特性を害することなく実現した。
【実施例1】
【0020】
図1は実施例1,2の実験の操作手順を示す工程図である。図1の工程図を参照しながら実施例1の実験の操作手順について説明する。
【0021】
まず、ソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)とスルメイカ(Todarodes pacificus)を実験試料として準備した。ソデイカは沖縄県近海で漁獲された後、直ちに-20℃で凍結保存されたものである。スルメイカは購入後、即殺して直ちに−20℃に3週間凍結保存したものである。
【0022】
これらソデイカとスルメイカを流水で解凍し、表皮を除去し、胴部の肉を内径 5mmのミンチ器に2回通し、NaClを添加し、水分を調整して肉糊を得た。肉糊のNaClの濃度は2.5%、水分は80%とした。
【0023】
肉糊をステンレス製円筒容器(直径 3.0cm×高さ 3.0cm)に充填し、80℃で20分間加熱し、その後直ちに氷水中で10分間冷却し、室温(23℃)に30分間放置し、ゲル化した肉糊の破断強度(g)及び破断凹み(cm)を測定した。
【0024】
破断強度(g)及び破断凹み(cm)はテクスチャーアナライザー(Stable Micro Systems社製TA.XT2型)を用いて測定した。破断強度(g)及び破断凹み(cm)の測定には、直径5mmの球状プランジャーを用い、1.0mm/sのスピードで20mm押し込むことで測定した。破断強度(g)及び破断凹み(cm)は表1及び図2、図3に示す通りであった。
【0025】
また、破断強度(g)と破断凹み(cm)の積よりゲル強度(g・cm)を算出した。ゲル強度(g・cm)は表1及び図4に示す通りであった。
【0026】
【表1】
【0027】
表1及び図4に示すように、2.5%NaClを添加したソデイカの肉糊は加熱後室温に放置した時、ゲル強度は246.5±26.4(g・cm)であった。また、2.5%NaClを添加したスルメイカの肉糊は加熱後室温に放置した時、ゲル強度は104.7±14.7(g・cm)であった。これらの結果から、ソデイカのゲル強度(g・cm)はスルメイカのゲル強度(g・cm)の約2.5倍とかなり大きいことがわかる。
【0028】
なお、スルメイカの場合、凍結保存中にゲル形成能が低下することが知られているが、凍結直後のスルメイカ筋肉のゲル強度(g・cm)を測定したところ、202.0(g・cm)であった。図4で示したスルメイカのゲル強度104.7±14.7(g・cm)は3週間凍結保存した後に測定した値である。従って、この実験に供したスルメイカ筋肉のゲル強度(g・cm)は凍結直後のスルメイカ筋肉のゲル強度(g・cm)の約半分にまで低下していることがわかる。
【0029】
これに対し、ソデイカの場合、凍結直後のデータはないものの、今回用いた試料が1ヶ月以上凍結保存したものであり、スルメイカより凍結時間が長いことを考慮すると、やはりソデイカ筋肉のゲル形成能はスルメイカ筋肉のゲル形成能に比べてかなり優れていることがわかる。
【0030】
また、同様の条件で測定したスケトウダラSA級および2級冷凍すり身のゲル強度はそれぞれ520.5(g・cm)および169.3(g・cm)であり、ソデイカ筋肉のゲル形成能はスケトウダラSA級冷凍すり身の約半分程度である。また、ソデイカの破断凹み(cm)はスケトウダラの破断凹み(cm)の約半分であり、破断凹み(cm)の低下がソデイカ筋肉のゲル形成能の低さの主たる要因の一つであると云える。
【実施例2】
【0031】
肉糊調製時に用いたNaClをクエン酸ナトリウムに置き換え、他は実施例1と同様の実験をした。結果は表1及び図2〜図4に示す通りであった。表1及び図2〜図4に示す結果から、スルメイカ筋肉のゲル物性は10%クエン酸ナトリウムの添加によって顕著に改善されることがわかる。
【0032】
ソデイカでも10%クエン酸ナトリウムの添加によって若干ゲル強度が増加しているが、スルメイカの時ほど顕著ではない。従って、ソデイカの筋肉とスルメイカの筋肉ではゲル形成の様式が多少異なる可能性が考えられる。
【実施例3】
【0033】
図5は実施例3の実験の操作手順を示す工程図である。図5の工程図を参照しながら実施例3の実験の操作手順について説明する。
【0034】
まず、実施例1と同様にしてソデイカのミンチ肉を得、このミンチ肉を4倍量の各種晒し液(蒸留水、0.1%クエン酸ナトリウムまたは0.1%フィチン酸)に20分間晒し、遠心分離して晒し肉を得、この晒し肉を直ちに-30℃で凍結させて冷凍すり身とし、冷凍庫で凍結保存した。なお、比較のため、晒し液に晒さなかったミンチ肉も、同様に、-30℃で凍結させて冷凍すり身とし、冷凍庫で凍結保存した。
【0035】
次に、冷凍庫で凍結保存して1ヶ月経過した後、凍結保存してあった晒し肉、無晒し肉を解凍し、NaClを2.5%添加し、擂潰する。80℃で20分間あるいは80℃で60分間加熱し、氷水中で10分間冷却し、室温(23℃)に30分間放置し、実施例1と同様にして破断強度(g)、破断凹み(cm)及びゲル強度(g・cm)を求めたところ、表2及び図6〜図8に示す通りであった。
【0036】
【表2】
【0037】
表2及び図6〜図8に示す結果から、ソデイカのミンチ肉を晒し処理を行わずに凍結した場合、得られる加熱ゲルのゲル強度は60(g・cm)程度と低い値であったが、蒸留水、0.1%クエン酸ナトリウム又は0.1%フィチン酸溶液でミンチ肉を予め晒し処理した場合、得られる加熱ゲルのゲル強度は無晒し肉に比べて高い値になることがわかる。
【0038】
そして、80℃で60分間の加熱ゲル同士あるいは80℃で20分間の加熱ゲル同士で比較すると、蒸留水で晒したものより、クエン酸で晒したものはゲル強度が少し高い値であるが、フィチン酸溶液で晒したものはゲル強度が特に高い値(80℃60分間では、209.28±38.6g・cm)になることがわかる。
【実施例4】
【0039】
図9は実施例4の実験の操作手順を示す工程図である。図9の工程図を参照しながら実施例4の実験の操作手順について説明する。
【0040】
実施例3と同様の条件でソデイカのミンチ肉を得、このミンチ肉を表3に示すような条件で処理して冷凍すり身を得、この冷凍すり身を冷凍庫で凍結保存した。ここで、表3の晒し条件の欄には晒しの有無と、晒し液の種類及び濃度が記載され、凍結変性防止剤の欄には凍結変性防止剤の添加の有無と、凍結変性防止剤の種類と濃度が記載されている。
【0041】
【表3】
【0042】
次に、実施例3と同様にして、冷凍庫で凍結保存して1ヶ月経過し後、凍結保存してあった冷凍すり身を解凍し、NaClを2.5%添加し、擂潰する。80℃で20分間加熱し、氷水中で10分間冷却し、室温(23℃)に30分間放置し、その破断強度(g)及び破断凹み(cm)を測定し、ゲル強度(g・cm)を求めたところ、表3のゲル物性の欄及び図10〜図12に示す通りであった。
【0043】
表3及び図10〜図12に示すように、ソデイカのミンチ肉をフィチン酸水溶液で晒し処理をしたものは凍結変性防止剤を添加しないにもかかわらず、破断強度が245.33(g)、破断凹みが0.71(cm)、ゲル強度が176.99(g・cm)という優れたゲル特性が得られることがわかる。
【実施例5】
【0044】
加熱ゲルを得る際の加熱時間を60分とした以外は実施例4と同様の実験をしたところ、破断強度(g)、破断凹み(cm)及びゲル強度(g・cm)は表4に示す通りであった。
【0045】
【表4】
【0046】
表4に示すように、実施例5の実験結果からも、フィチン酸晒しが有効であることがわかる。
【実施例6】
【0047】
各種晒し処理を行なったソデイカ冷凍すり身の加熱過程における動的粘弾性挙動と、冷却過程における動的粘弾性挙動を求めた。結果は図13及び図14に示す通りであった。この結果から、フィチン酸晒しを行なった冷凍すり身のG'値が最も高く、フィチン酸晒しによりゲル物性が改善されることがわかる。さらに、このフィチン酸晒しによる物性の改善は、加熱中のみならず、加熱後の冷却過程において顕著に表れることが特徴的である。
【0048】
動的粘弾性とは、振動的変形や振動的外力に対する物体の力学的特性のひとつであり、今、試料を正弦波的に振動させた時の歪(ε)と応力(σ)の関係から、G’(貯蔵弾性率あるいは動的弾性率)と、G”{損失弾性率(粘性成分)}を求めることができる。本実施例では、動的粘弾性の測定は、オシレーション測定機能を備えた同軸シリンダー型レオメータ(英弘精機株式会社:HAAKE RheoStress、RS50)を使用し、冷凍すり身を解凍し、NaClを2.5%添加し、擂潰した試料を加熱しながら歪みを与えたときの貯蔵弾性率とその後の冷却しながらの貯蔵弾性率を測定した。
【0049】
なお、フィチン酸は、主に米ぬかや小麦の外皮に多く存在するビタミンB複合体の一種であるが、肝硬変の治療薬として用いられているほか栄養ドリンク剤や粉ミルクなどにも配合されているイノシトールのリン酸エステルである。このフィチン酸が天然の金属キレート剤としてプロテアーゼの活性阻害を引き起こし、結果としてソデイカ胴肉のゲル形成性が向上したものと判断される。
【0050】
したがって、フィチン酸のような天然の金属キレート剤の添加によりミオシン重鎖の分解を抑制した上で他の弾力増強剤を併用すれば、ゲル物性の高い練り製品がソデイカから製造できる可能性が大きいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
上記実施例ではソデイカについてゲル特性の実験をしたが、他の魚介類についても予めキレート剤で晒し処理をすれば、凍結変性防止剤を添加しなくても所望のゲル特性のものが得られることが予想されるので、この発明は他の魚介類にも同様に適用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】実施例1,2の実験の操作手順を示す工程図である。
【図2】実施例1,2の解凍すり身の破断強度(g)を示すグラフである。
【図3】実施例1,2の解凍すり身の破断凹み(cm)を示すグラフである。
【図4】実施例1,2の解凍すり身のゲル強度(g・cm)を示すグラフである。
【図5】実施例3の実験の操作手順を示す工程図である。
【図6】実施例3の解凍すり身の破断強度(g)を示すグラフである。
【図7】実施例3の解凍すり身の破断凹み(cm)を示すグラフである。
【図8】実施例3の解凍すり身のゲル強度(g・cm)を示すグラフである。
【図9】実施例4の実験の操作手順を示す工程図である。
【図10】実施例4の解凍すり身の破断強度(g)を示すグラフである。
【図11】実施例4の解凍すり身の破断凹み(cm)を示すグラフである。
【図12】実施例4の解凍すり身のゲル強度(g・cm)を示すグラフである。
【図13】各種晒し処理を行なったソデイカ冷凍すり身の加熱過程における動的粘弾性挙動を示すグラフである。
【図14】各種晒し処理を行なったソデイカ冷凍すり身の冷却過程における動的粘弾性挙動を示すグラ
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品添加物の含有量の少ない冷凍すり身の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冷凍すり身とは、大量に捕獲されるスケトウダラ等の魚介類の肉の部分をすり身にして凍結させたものをいい、解凍してかまぼこ、ちくわ等の練り製品の原料として使用されるものである。
【0003】
冷凍すり身は魚介類の肉の部分を長期間に亘って保存可能とする技術であり、冷凍すり身の開発により、大量に捕獲された魚介類のタンパク質を食べられる状態のまま時間をかけて漁場から持ち帰ることができるようになり、また、大量に獲れた魚介類のタンパク質を食べられる状態で倉庫に保管することができるようになり、従って、漁業資源が有効に活用できるようになった。
【0004】
冷凍すり身は次のようにして製造されている。すなわち、鮮魚等の頭部及び内臓を除去し、洗浄した後、可食肉を皮及び骨から機械的に分離して得られた魚肉落とし身をさらに洗浄(水晒し)水切り、筋や黒皮、小骨等を機械的に除去精製し、脱水したものに砂糖やリン酸塩などの冷凍変性抑制剤を混合し、凍結することによって冷凍すり身は製造されている。
【0005】
ところで、魚介類の肉にはタンパク質分解酵素であるプロテアーゼが含まれており、プロテアーゼの含有量が特に多い魚介類の場合、すり身のゲル形成能に関与するタンパク質がこのプロテアーゼによって分解させられ、すり身になった魚肉のゲル形成能が低下し、所望の物性を有する練り製品を得ることができないという問題があった。
【0006】
そこで、従来は魚介類の肉の部分を十分に水で晒してプロテアーゼを洗い流したり、すり身にした魚肉にプロテアーゼインヒビターを添加してプロテアーゼの活性を抑えていた。
【0007】
また、すり身にした魚肉等はそのまま凍結させると、凍結の過程で肉のタンパク質が変性し、解凍後のすり身のゲル形成能が低下し、所望の物性を有する練り製品を得ることができないという問題があった。
【0008】
そこで、現在はすり身に蔗糖、ソルビトール、重合リン酸塩等の凍結変性抑制剤を添加して肉のタンパク質の凍結変性を抑制する方法が採られている。
【特許文献1】特公昭61−42552号公報
【特許文献2】特開2002−335915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、人体への食品添加物の影響を考慮すると、すり身への凍結変性抑制剤(食品添加物)の添加はできるだけ抑えた方が良い。
【0010】
例えば、蔗糖を凍結変性抑制剤として添加する場合は8%程度の添加が必要であるが、蔗糖をこのような量添加すると練り製品が甘くなり過ぎ、カロリーも多くなり過ぎて好ましくない。また、ソルビトールや重合リン酸塩といった食品添加物の添加は消費者に敬遠されているので、できれば添加しない方が好ましい。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、所望の物理的特性を有する練り製品を得るためには冷凍すり身にある程度の量の食品添加物を含有させざるを得ない点である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、所望の物理的特性を有する練り製品を得るため、キレート剤を含む水で魚介類の肉を晒すことを最も主要な特徴とする。
【0013】
すなわち、本発明にかかる冷凍すり身の製造方法は、魚介類から肉を採取する採肉工程と、キレート剤を含む水で該肉を晒す晒し工程と、該肉を冷凍する冷凍工程とを備えたことを特徴とするものである。
【0014】
ここで、キレート剤としてはEDTA、EGTA、フィチン酸、クエン酸、リン酸又はポリリン酸を使用することができるが、プロテアーゼを活性化させる金属をマスキングすることができるものであれば、これら以外の化合物を使用してもよい。一方、食品添加物としては、フィチン酸が好適であり、次にクエン酸が適する。
【0015】
また、魚介類としては魚、イカ、タコ、エビ又はオキアミを使用することができるが、本発明はソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)、イトヨリダイ、ウマズラハギのようなプロテアーゼ活性の高い魚介類の冷凍すり身を製造するのに好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明のすり身の製造方法は、すり身に凍結変性抑制剤を添加しなくてもタンパク質の凍結変性が抑制できるので、すり身に含まれる食品添加物の含有量を大幅に低減させることができ、従って、食品添加物の添加量の極めて少ない練り製品を消費者に提供することができるという効果がある。
【0017】
また、本発明のすり身の製造方法は、魚介類がソデイカの場合、プロテアーゼを多く含むソデイカを保存可能なすり身に加工することができるので、大量に獲れるソデイカの肉由来のタンパク質を保存可能とし、有効に利用することができるという効果がある。
【0018】
また、本発明のすり身の製造方法は、ヒトが既に長年摂取してきて安全性に問題が無いと考えられている米糠由来成分であるフィチン酸を使って所望の特性の冷凍すり身を得ることができるので、安全性の高い練り製品を消費者に提供することができるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
冷凍すり身、ひいては練り製品に含まれている食品添加物の含有量を減らすという目的を、簡単な方法で、練り製品の物理的な諸特性を害することなく実現した。
【実施例1】
【0020】
図1は実施例1,2の実験の操作手順を示す工程図である。図1の工程図を参照しながら実施例1の実験の操作手順について説明する。
【0021】
まず、ソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)とスルメイカ(Todarodes pacificus)を実験試料として準備した。ソデイカは沖縄県近海で漁獲された後、直ちに-20℃で凍結保存されたものである。スルメイカは購入後、即殺して直ちに−20℃に3週間凍結保存したものである。
【0022】
これらソデイカとスルメイカを流水で解凍し、表皮を除去し、胴部の肉を内径 5mmのミンチ器に2回通し、NaClを添加し、水分を調整して肉糊を得た。肉糊のNaClの濃度は2.5%、水分は80%とした。
【0023】
肉糊をステンレス製円筒容器(直径 3.0cm×高さ 3.0cm)に充填し、80℃で20分間加熱し、その後直ちに氷水中で10分間冷却し、室温(23℃)に30分間放置し、ゲル化した肉糊の破断強度(g)及び破断凹み(cm)を測定した。
【0024】
破断強度(g)及び破断凹み(cm)はテクスチャーアナライザー(Stable Micro Systems社製TA.XT2型)を用いて測定した。破断強度(g)及び破断凹み(cm)の測定には、直径5mmの球状プランジャーを用い、1.0mm/sのスピードで20mm押し込むことで測定した。破断強度(g)及び破断凹み(cm)は表1及び図2、図3に示す通りであった。
【0025】
また、破断強度(g)と破断凹み(cm)の積よりゲル強度(g・cm)を算出した。ゲル強度(g・cm)は表1及び図4に示す通りであった。
【0026】
【表1】
【0027】
表1及び図4に示すように、2.5%NaClを添加したソデイカの肉糊は加熱後室温に放置した時、ゲル強度は246.5±26.4(g・cm)であった。また、2.5%NaClを添加したスルメイカの肉糊は加熱後室温に放置した時、ゲル強度は104.7±14.7(g・cm)であった。これらの結果から、ソデイカのゲル強度(g・cm)はスルメイカのゲル強度(g・cm)の約2.5倍とかなり大きいことがわかる。
【0028】
なお、スルメイカの場合、凍結保存中にゲル形成能が低下することが知られているが、凍結直後のスルメイカ筋肉のゲル強度(g・cm)を測定したところ、202.0(g・cm)であった。図4で示したスルメイカのゲル強度104.7±14.7(g・cm)は3週間凍結保存した後に測定した値である。従って、この実験に供したスルメイカ筋肉のゲル強度(g・cm)は凍結直後のスルメイカ筋肉のゲル強度(g・cm)の約半分にまで低下していることがわかる。
【0029】
これに対し、ソデイカの場合、凍結直後のデータはないものの、今回用いた試料が1ヶ月以上凍結保存したものであり、スルメイカより凍結時間が長いことを考慮すると、やはりソデイカ筋肉のゲル形成能はスルメイカ筋肉のゲル形成能に比べてかなり優れていることがわかる。
【0030】
また、同様の条件で測定したスケトウダラSA級および2級冷凍すり身のゲル強度はそれぞれ520.5(g・cm)および169.3(g・cm)であり、ソデイカ筋肉のゲル形成能はスケトウダラSA級冷凍すり身の約半分程度である。また、ソデイカの破断凹み(cm)はスケトウダラの破断凹み(cm)の約半分であり、破断凹み(cm)の低下がソデイカ筋肉のゲル形成能の低さの主たる要因の一つであると云える。
【実施例2】
【0031】
肉糊調製時に用いたNaClをクエン酸ナトリウムに置き換え、他は実施例1と同様の実験をした。結果は表1及び図2〜図4に示す通りであった。表1及び図2〜図4に示す結果から、スルメイカ筋肉のゲル物性は10%クエン酸ナトリウムの添加によって顕著に改善されることがわかる。
【0032】
ソデイカでも10%クエン酸ナトリウムの添加によって若干ゲル強度が増加しているが、スルメイカの時ほど顕著ではない。従って、ソデイカの筋肉とスルメイカの筋肉ではゲル形成の様式が多少異なる可能性が考えられる。
【実施例3】
【0033】
図5は実施例3の実験の操作手順を示す工程図である。図5の工程図を参照しながら実施例3の実験の操作手順について説明する。
【0034】
まず、実施例1と同様にしてソデイカのミンチ肉を得、このミンチ肉を4倍量の各種晒し液(蒸留水、0.1%クエン酸ナトリウムまたは0.1%フィチン酸)に20分間晒し、遠心分離して晒し肉を得、この晒し肉を直ちに-30℃で凍結させて冷凍すり身とし、冷凍庫で凍結保存した。なお、比較のため、晒し液に晒さなかったミンチ肉も、同様に、-30℃で凍結させて冷凍すり身とし、冷凍庫で凍結保存した。
【0035】
次に、冷凍庫で凍結保存して1ヶ月経過した後、凍結保存してあった晒し肉、無晒し肉を解凍し、NaClを2.5%添加し、擂潰する。80℃で20分間あるいは80℃で60分間加熱し、氷水中で10分間冷却し、室温(23℃)に30分間放置し、実施例1と同様にして破断強度(g)、破断凹み(cm)及びゲル強度(g・cm)を求めたところ、表2及び図6〜図8に示す通りであった。
【0036】
【表2】
【0037】
表2及び図6〜図8に示す結果から、ソデイカのミンチ肉を晒し処理を行わずに凍結した場合、得られる加熱ゲルのゲル強度は60(g・cm)程度と低い値であったが、蒸留水、0.1%クエン酸ナトリウム又は0.1%フィチン酸溶液でミンチ肉を予め晒し処理した場合、得られる加熱ゲルのゲル強度は無晒し肉に比べて高い値になることがわかる。
【0038】
そして、80℃で60分間の加熱ゲル同士あるいは80℃で20分間の加熱ゲル同士で比較すると、蒸留水で晒したものより、クエン酸で晒したものはゲル強度が少し高い値であるが、フィチン酸溶液で晒したものはゲル強度が特に高い値(80℃60分間では、209.28±38.6g・cm)になることがわかる。
【実施例4】
【0039】
図9は実施例4の実験の操作手順を示す工程図である。図9の工程図を参照しながら実施例4の実験の操作手順について説明する。
【0040】
実施例3と同様の条件でソデイカのミンチ肉を得、このミンチ肉を表3に示すような条件で処理して冷凍すり身を得、この冷凍すり身を冷凍庫で凍結保存した。ここで、表3の晒し条件の欄には晒しの有無と、晒し液の種類及び濃度が記載され、凍結変性防止剤の欄には凍結変性防止剤の添加の有無と、凍結変性防止剤の種類と濃度が記載されている。
【0041】
【表3】
【0042】
次に、実施例3と同様にして、冷凍庫で凍結保存して1ヶ月経過し後、凍結保存してあった冷凍すり身を解凍し、NaClを2.5%添加し、擂潰する。80℃で20分間加熱し、氷水中で10分間冷却し、室温(23℃)に30分間放置し、その破断強度(g)及び破断凹み(cm)を測定し、ゲル強度(g・cm)を求めたところ、表3のゲル物性の欄及び図10〜図12に示す通りであった。
【0043】
表3及び図10〜図12に示すように、ソデイカのミンチ肉をフィチン酸水溶液で晒し処理をしたものは凍結変性防止剤を添加しないにもかかわらず、破断強度が245.33(g)、破断凹みが0.71(cm)、ゲル強度が176.99(g・cm)という優れたゲル特性が得られることがわかる。
【実施例5】
【0044】
加熱ゲルを得る際の加熱時間を60分とした以外は実施例4と同様の実験をしたところ、破断強度(g)、破断凹み(cm)及びゲル強度(g・cm)は表4に示す通りであった。
【0045】
【表4】
【0046】
表4に示すように、実施例5の実験結果からも、フィチン酸晒しが有効であることがわかる。
【実施例6】
【0047】
各種晒し処理を行なったソデイカ冷凍すり身の加熱過程における動的粘弾性挙動と、冷却過程における動的粘弾性挙動を求めた。結果は図13及び図14に示す通りであった。この結果から、フィチン酸晒しを行なった冷凍すり身のG'値が最も高く、フィチン酸晒しによりゲル物性が改善されることがわかる。さらに、このフィチン酸晒しによる物性の改善は、加熱中のみならず、加熱後の冷却過程において顕著に表れることが特徴的である。
【0048】
動的粘弾性とは、振動的変形や振動的外力に対する物体の力学的特性のひとつであり、今、試料を正弦波的に振動させた時の歪(ε)と応力(σ)の関係から、G’(貯蔵弾性率あるいは動的弾性率)と、G”{損失弾性率(粘性成分)}を求めることができる。本実施例では、動的粘弾性の測定は、オシレーション測定機能を備えた同軸シリンダー型レオメータ(英弘精機株式会社:HAAKE RheoStress、RS50)を使用し、冷凍すり身を解凍し、NaClを2.5%添加し、擂潰した試料を加熱しながら歪みを与えたときの貯蔵弾性率とその後の冷却しながらの貯蔵弾性率を測定した。
【0049】
なお、フィチン酸は、主に米ぬかや小麦の外皮に多く存在するビタミンB複合体の一種であるが、肝硬変の治療薬として用いられているほか栄養ドリンク剤や粉ミルクなどにも配合されているイノシトールのリン酸エステルである。このフィチン酸が天然の金属キレート剤としてプロテアーゼの活性阻害を引き起こし、結果としてソデイカ胴肉のゲル形成性が向上したものと判断される。
【0050】
したがって、フィチン酸のような天然の金属キレート剤の添加によりミオシン重鎖の分解を抑制した上で他の弾力増強剤を併用すれば、ゲル物性の高い練り製品がソデイカから製造できる可能性が大きいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
上記実施例ではソデイカについてゲル特性の実験をしたが、他の魚介類についても予めキレート剤で晒し処理をすれば、凍結変性防止剤を添加しなくても所望のゲル特性のものが得られることが予想されるので、この発明は他の魚介類にも同様に適用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】実施例1,2の実験の操作手順を示す工程図である。
【図2】実施例1,2の解凍すり身の破断強度(g)を示すグラフである。
【図3】実施例1,2の解凍すり身の破断凹み(cm)を示すグラフである。
【図4】実施例1,2の解凍すり身のゲル強度(g・cm)を示すグラフである。
【図5】実施例3の実験の操作手順を示す工程図である。
【図6】実施例3の解凍すり身の破断強度(g)を示すグラフである。
【図7】実施例3の解凍すり身の破断凹み(cm)を示すグラフである。
【図8】実施例3の解凍すり身のゲル強度(g・cm)を示すグラフである。
【図9】実施例4の実験の操作手順を示す工程図である。
【図10】実施例4の解凍すり身の破断強度(g)を示すグラフである。
【図11】実施例4の解凍すり身の破断凹み(cm)を示すグラフである。
【図12】実施例4の解凍すり身のゲル強度(g・cm)を示すグラフである。
【図13】各種晒し処理を行なったソデイカ冷凍すり身の加熱過程における動的粘弾性挙動を示すグラフである。
【図14】各種晒し処理を行なったソデイカ冷凍すり身の冷却過程における動的粘弾性挙動を示すグラ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚介類から肉を採取する採肉工程と、キレート剤を含む水で該肉を晒す晒し工程と、該肉を冷凍する冷凍工程とを備えたことを特徴とする冷凍すり身の製造方法。
【請求項2】
前記キレート剤がフィチン酸又はクエン酸であることを特徴とする請求項1に記載の冷凍すり身の製造方法。
【請求項3】
前記魚介類が魚、イカ、タコ、エビ又はオキアミであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の冷凍すり身の製造方法。
【請求項4】
前記イカが、ソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)であることを特徴とする請求項3に記載の冷凍すり身の製造方法。
【請求項1】
魚介類から肉を採取する採肉工程と、キレート剤を含む水で該肉を晒す晒し工程と、該肉を冷凍する冷凍工程とを備えたことを特徴とする冷凍すり身の製造方法。
【請求項2】
前記キレート剤がフィチン酸又はクエン酸であることを特徴とする請求項1に記載の冷凍すり身の製造方法。
【請求項3】
前記魚介類が魚、イカ、タコ、エビ又はオキアミであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の冷凍すり身の製造方法。
【請求項4】
前記イカが、ソデイカ(Thysanoteuthis rhombus)であることを特徴とする請求項3に記載の冷凍すり身の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2008−22710(P2008−22710A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−195205(P2006−195205)
【出願日】平成18年7月18日(2006.7.18)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年7月18日(2006.7.18)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【Fターム(参考)】
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