説明

冷涼感に優れた発酵アルコール飲料

【課題】(1)口に含んだ際に、口の中でひんやりとした冷涼感が感じられ、そして、(2)咽喉を通過した後、ひんやりとした冷涼感が感じられる、「冷涼感」に優れた爽快な味覚のビールや発泡酒或いはその他の雑酒等のホップを用いた発酵アルコール飲料、及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】ホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に際して、用いる製造原料及び/又は製造条件を選択することにより、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(1)〜(3)の条件を満足するように調整し、冷涼感に優れた発酵アルコール飲料を製造する:(1)β−ユーデスモール:20ppb以上;かつ(2)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06;かつ(3)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、「冷涼感」に優れた爽快な味覚の発酵アルコール飲料及びその製造方法に関する。特に、(1)口に含んだ際に、口の中でひんやりとした冷涼感が感じられ、そして、(2)咽喉を通過した後、ひんやりとした冷涼感が感じられる、すなわち、「冷涼感」に優れた爽快な味覚のビールや発泡酒等の発酵アルコール飲料、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ビールや発泡酒及びその他の雑酒のような発酵アルコール飲料において、香味の多様化等の目的から、種々の原料、種々の添加物を用いて、多種の味覚及び風味を有する発酵アルコール飲料の製造方法が開示されている。例えば、麦芽以外の原料を用いるものとして、麦汁を、小麦、馬鈴薯、トウモロコシ、もろこし、大麦、米、又はタピオカから得たデンプンに基くグルコースシロップ及び可溶性タンパク質材料、水及びホップから調製し、これを発酵させてビールタイプ飲料を製造する方法(特開2001−37462号公報、特開2001−37463号公報)等が開示されている。
【0003】
また、添加物を用いて、種々の風味等を付与するものとして、例えば、茶や茶エキス(抹茶や抹茶エキス)を添加して、茶風味の発泡酒を製造するもの(特開2001−29060号公報、特開平11−127838号公報)、紅茶葉やレモン果汁を添加して、紅茶或いはレモン果汁添加紅茶風味の発泡酒を製造するもの(特開平10−179119号公報、特開平10−179113号公報)、コーヒー豆を添加して、コーヒー風味の発泡酒を製造するもの(特開平11−75808号公報)、脱脂ココアパウダーを原料の一部として用いるもの(特開2006−101751号公報)等各種の添加物を用いるものが開示されている。
【0004】
更に、近年の健康志向から、種々の添加物を用いて、健康機能を付与するものとして、例えば、ビールに霊芝を添加したもの(特開2001−231535号公報)、生薬を含有させたビールを製造するもの(特開平9−313160号公報)、ハーブを添加したもの(特開2006−109795号公報)等各種のものが開示されている。また、ビールや発泡酒等の原料であるホップの香気成分を利用して、芳香性の高いビールを製造する方法も開示されている。例えば、生のホップをメタノール等で抽出・分離して樹脂成分として利用する方法(特公昭35−9586号公報)、ホップから精油成分等を抽出し、該成分を用いてビールを製造する方法(特開昭61−1374号公報、特開平6−240288号公報)、及び、収穫後乾燥することなく凍結した生ホップをフレーバーとして用いて発酵麦芽飲料を製造する方法(特開2004−81135号公報)が開示されている。
【0005】
上記のように、ビールや発泡酒及びその他の雑酒のような発酵アルコール飲料において、香味の多様化等の目的から、種々の原料、種々の添加物を用いて、多種の味覚及び風味を有する発酵アルコール飲料の製造方法が開示されている。しかし、現在のビールや発泡酒のようなホップを用いた発酵アルコール飲料は、ホップの付与する苦味や香りにより、その発酵麦芽飲料に苦味や香りを形成し、その香味の基本としている。すなわち、ビールや発泡酒のような発酵アルコール飲料においては、ホップを用いることにより、ホップ特有の苦味や渋み及びその他の香味を発酵麦芽飲料に付与し、該香味により、発酵麦芽飲料に苦味や止渇感を持たせ、フローラルな香りを付与して、爽快感及び芳醇さのある発酵麦芽飲料を製造している。また、ホップは多くのポリフェノールを含有し、麦芽由来のタンパクと麦汁煮沸時などに結合することでビールや発泡酒のような発酵アルコール飲料の安定性を保持し、発酵アルコール飲料の安定化に寄与している。
【0006】
このように、ビールや発泡酒のようなホップを用いた発酵アルコール飲料において、ホップはビールに爽快な苦味と香りを付与し、ホップアロマ香はビールのキャラクター形成に大きな影響を与えている。したがって、ビールを飲んだときに感じる独特の「ふくみ香」や溜飲した後のアロマ香については、従来より、着目され、ホップの使用方法がこれらの香味に及ぼす影響について研究が行われてきた。これらホップアロマ香を構成しているのがホップのルプリン粒に含まれるホップ精油である。ホップ精油について具体的な物質例を挙げると、リナロールはホップ精油に含まれる代表的なテルペン化合物であり、発酵アルコール飲料にフローラル感を付与する物質である。
【0007】
その他、モノテルペンであるミルセンやα−,β−ピネン、セスキテルペンにα−フムレンやβ−カリオフィレンなど、精油を構成する化合物は現在までに約300以上同定されている。これらの精油成分が、発酵アルコール飲料のフローラル感や果実様ビールフレーバーに影響を与えているため、ビールや発泡酒等の発酵アルコール飲料の製造に際して、これらの精油成分をコントロールすることで、ホップ感の強弱の違う発酵アルコール飲料の造りこみを行っている。
【0008】
このように従来から、ホップアロマ香を構成しているホップ精油を構成する化合物の発酵アルコール飲料に対するフローラル感や果実フレーバーのような香味の付与の観点からの研究が行なわれてきたが、しかしこれまでホップ精油がビール等の発酵アルコール飲料の「冷涼感」という観点からの香味に及ぼす影響について検討・評価された例はなく、必然的にホップ精油のコントロールによりビール等の発酵アルコール飲料に「冷涼感」を付与させるという取り組みは行われていない。
【0009】
他方で、飲料における「冷涼感」という香味の評価については、ソフトドリンクのような飲料においては知られている。例えば、特開2005−143461号公報には、果汁含有飲料の製造に際して、メントール、メントン、カンファー、ハッカオイル、ペパーミントオイルのような清涼感物質や、3−1−メントキシプロパン−1、2−ジオール、N−エチル−p−メンタン−3−カルボキサミド等の冷感剤物質を添加することにより、「清涼感」、「冷感」を付与したさっぱりした果汁含有飲料を製造することが開示されている。このように、ソフトドリンクにおいてはメントールなど合成香料を添加物として使用することにより「スーッとした」といった表現で形容されるような飲用時に咽喉元周辺に冷たい印象を意図的に付与させる手段が従来行われている。
【0010】
しかしながら、ビール等においては、酒税法により使用できる原料が指定されており、上記のような手段を用いることはできない。また、前記のように、ホップ品種により、相違するビールの香気を評価することは行われていたが、飲用時の「冷涼感」という観点からの香味の検討は行われておらず、まして、ホップ由来の物質について、該観点に及ぼす影響についての評価・研究はこれまでに行われていなかった。
【0011】
【特許文献1】特公昭35−9586号公報。
【特許文献2】特開昭61−1374号公報。
【特許文献3】特開平6−240288号公報。
【特許文献4】特開平9−313160号公報。
【特許文献5】特開平10−179113号公報。
【特許文献6】特開平10−179119号公報。
【特許文献7】特開平11−75808号公報。
【特許文献8】特開平11−127838号公報。
【特許文献9】特開2001−29060号公報。
【特許文献10】特開2001−37462号公報。
【特許文献11】特開2001−37463号公報。
【特許文献12】特開2001−231535号公報。
【特許文献13】特開2004−81135号公報。
【特許文献14】特開2005−143461号公報。
【特許文献15】特開2006−101751号公報。
【特許文献16】特開2006−109795号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、「冷涼感」に優れた爽快な味覚の発酵アルコール飲料及びその製造方法を提供することにあり、特に、(1)口に含んだ際に、口の中でひんやりとした冷涼感が感じられ、そして、(2)咽喉を通過した後、ひんやりとした冷涼感が感じられる、「冷涼感」に優れた爽快な味覚のビールや発泡酒或いはその他の雑酒等のホップを用いた発酵アルコール飲料、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らのこれまでの経験から、ホップ品種ドイツ・ヘルスブルッカー種、ドイツ・スパルトセレクト種、チェコ・ザーツ種の種々の組み合わせで試験醸造した場合、強弱の違いがあるものの「冷涼感」があるとの評価結果を得た。表1は試醸サンプル(ドイツ・ヘルスブルッカー種を主体)を一般消費者(パネル数=29)が官能評価した際の結果である。
【0014】
【表1】

【0015】
上記のような知見を参考に、本発明者は、ホップが与える発酵アルコール飲料の「冷涼感」という香味について鋭意研究する中で、ホップに含有される特定の成分が発酵アルコール飲料の「冷涼感」という香味に関与することを見い出し、ホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に際して、該成分を特定な条件に調整することにより、冷涼感に優れた発酵アルコール飲料を製造できることを見い出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、ホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に際して、用いる製造原料及び/又は製造条件を選択することにより、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(1)〜(3)の条件を満足するように調整することを特徴とする冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法:(1)β−ユーデスモール:20ppb以上;かつ(2)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06;かつ(3)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下からなる。
【0016】
すなわち、本発明者は、上記課題を解決すべく、ホップが与える発酵アルコール飲料の「冷涼感」という香味について研究する中で、ホップの品種、ホップの使用方法について検討し、ホップの香気バランスが飲用時の印象に与える影響に着目した。そして、ホップに含有される成分が発酵アルコール飲料の「冷涼感」に与える影響について分析した。そこで、成分指標を用いた「冷涼感」のコントロールのため、マススペクトロメーター検出器付きガスクロマトグラフィー(以下、GC/MS)により、「冷涼感」を感じるビールで特徴的に検出できる成分の探索を行った。「冷涼感」の強度とホップに由来する化合物を統計解析し、指標成分が得られるかを検討した。
【0017】
そして、ホップ由来化合物として、これまでの経験的推測から、α−ユーデスモール(α−Eudesmol)、β−ユーデスモール(β−Eudesmol)、リモネン(Limonene)、α−テルピネオール(α−Terpineol)、4−テルピネオール(4−Terpineol)及びミルセン(Myrcene)に相関している可能性が考えられ、分析対象成分とした。そして、上記本発明の構成のとおり、β−ユーデスモールの含有量、及び、リモネン、α−テルピネオールのβ−ユーデスモールに対する含有バランスが、発酵アルコール飲料の「冷涼感」に関与することを見い出した。
【0018】
本発明において、発酵アルコール飲料の製造に用いる製造原料及び/又は製造条件の選択としては、用いるホップの種類、製造工程におけるホップの添加時期、用いる酵母の種類からなる条件の1以上の条件の選択が採用される。用いるホップの種類としては、ドイツ・ヘルスブルッカー種が特に好ましいホップの種類として挙げられる。また、製造工程におけるホップの添加時期としては、発酵アルコール飲料の製造工程における煮沸工程終了直前、乃至ワールプールタンクでの静置中が好ましい。用いる酵母の種類としては、下面発酵酵母が好ましい。
【0019】
本発明において、発酵アルコール飲料の製造工程における、β−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整は、GC/MSの分析値を指標にして行なうことができる。また、該β−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、パネルによる官能評価により定めた冷涼感官能スコアーを指標にして行なうことができる。本発明の発酵アルコール飲料の製造方法は、ビール、発泡酒、又はその他の雑酒のようなホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に適用して冷涼感に優れた発酵アルコール飲料を製造することができる。
【0020】
すなわち具体的には本発明は、[1]ホップを用いた発酵アルコール飲料において、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(ア)〜(ウ)の条件を満足するように調製されたことを特徴とする冷涼感に優れた発酵アルコール飲料;
(ア)β−ユーデスモール:20ppb以上、かつ
(イ)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06、かつ
(ウ)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下
や、[2]発酵アルコール飲料が、ビール、発泡酒、又はその他の雑酒であることを特徴とする上記[1]記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料や、[3]ホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に際して、ヘルスブルッカー種のホップを用い、該ホップを発酵アルコール飲料の製造工程における煮沸工程終了直前乃至ワールプールタンクでの静置中に添加することにより、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(ア)〜(ウ)の条件を満足するように調整することを特徴とする冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法;
(ア)β−ユーデスモール:20ppb以上、かつ
(イ)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06、かつ
(ウ)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下、
からなる。
【0021】
また本発明は、[4]用いる酵母の種類が、下面発酵酵母であることを特徴とする上記[3]記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法や、[5]飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、マススペクトロメーター検出器付きガスクロマトグラフィーの分析値を指標にして行なうことを特徴とする上記[3]又は[4]記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法や、[6]飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、パネルによる官能評価により定めた冷涼感官能スコアーを指標にして行なうことを特徴とする上記[3]〜[5]のいずれか記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法からなる。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、ビールや発泡酒、或いはその他の雑酒のようなホップを用いた発酵アルコール飲料において、「冷涼感」に優れた爽快な味覚の発酵アルコール飲料を提供することができる。本発明の発酵アルコール飲料は、(1)口に含んだ際に、口の中でひんやりとした冷涼感が感じられ、そして、(2)咽喉を通過した後、ひんやりとした冷涼感が感じられる、「冷涼感」に優れた味覚の発酵アルコール飲料であり、本発明は、従来にない爽快な味覚の発酵アルコール飲料を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明は、ホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に際して、用いるホップの種類、製造工程におけるホップの添加時期、用いる酵母の種類からなる、用いる製造原料及び/又は製造条件を選択することにより、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(1)〜(3)の条件を満足するように調整することにより冷涼感に優れた発酵アルコール飲料を製造することからなる:(1)β−ユーデスモール:20ppb以上、かつ;(2)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06、かつ;(3)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下。
【0024】
本発明において、用いるホップの種類としては、ドイツ・ヘルスブルッカー種、ドイツ・スパルトセレクト種、チエコ・ザーツ種のようなホップの品種を挙げることができるが、β−ユーデスモールを高含有するホップの品種として、ドイツ・ヘルスブルッカー種が特に好ましい。本発明において、用いるホップの形態は、該ホップ品種の毬花、ホップペレット、ホップエキス等の適宜の形態のものを用いることができる。用いる酵母の種類としては、下面発酵酵母が好ましい。通常、ビール等の醸造において用いられている下面発酵酵母を用いることができる。
【0025】
本発明において、発酵アルコール飲料の製造工程におけるホップの添加時期は、ワールプールタンクでの静置中に添加することが好ましいが、ワールプールタンクにホップ添加設備が伴っていない場合は、できるだけ煮沸終了時付近で添加することが望ましい。ホップをワールプールタンクでの静置中に添加した場合、最も冷涼感スコアが高まることが確認されているが、通常の発酵アルコール飲料の製造工程において、ホップ添加は麦汁煮沸中に行うことが普通であり、ワールプールタンクでホップ添加設備は備えていないのが普通である。したがって、機械に頼ることなく人力で添加する必要があるが、100kgを単位した多量のホップを仕込毎に添加するのは労力上支障と成り得る。そこで、煮沸終了直前に既存の煮沸釜ホップ添加設備を使用し、添加することもできる。
【0026】
本発明において、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、GC/MSの分析値を指標にして行なうことができる。本発明に用いるGC/MSは市販の装置であれば問題なく使用可能である。
【0027】
[GC/MSによるホップ香気成分の分析]
本発明において、ビール中の香気成分をC18固相カラムで抽出し、それをGC/MSに供し、分析することができる。定量はあらかじめ標品を用いて作成した検量線を用い、内部標準法にて実施する。内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用いた。GC/MSにおけるホップ香気成分の分析条件は表2のとおりである。なお、標品の入手ができなかった4−テルピネオール(4−Terpineol)、α−ユーデスモール(α−Eudesmol)は内部標準物質ボルネオール(Borneol)のイオン110m/zに対するそれぞれ93m/z、149m/zのレスポンス比を定量値とした。
【0028】
【表2】

【0029】
本発明において、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、パネルによる官能評価により定めた冷涼感官能スコアーを指標にして行なうことができる。
【0030】
[パネルによる官能評価:「冷涼感」スコアー]
ビール官能評価のためのトレーニングを受けたパネル(通常3名)によって、試醸サンプルの「冷涼感」の評価を行う。サンプル評価においては、専用の評価用紙を用い、各々のサンプルを1から10段階に「冷涼感」のランク付けを行い実施する。10段階の官能評価は、冷涼感が最も強いサンプルを10、最も弱いあるいは感じないサンプルを0とし、強度順に並べ替えを行う順位法で評価する。ここで、記述している「冷涼感」とは、一般の消費者がビールを飲用した際の印象として、「ひやっとする」や「クール感がある」といったコメント(表1)をもとに、評価する。具体的にはパネルがこの「冷涼感」を評価する際には、事前にパネル間で擦り合わせを行ない、(1)ビールを口に含んだ際に、口の中でひんやりとした冷涼感が感じられる、(2)咽喉をビールが通過した後、ひんやりとした冷涼感が感じられる、ことを満足することと定義付けした。サンプルの「冷涼感」スコアーは、通常3名のパネルの合計値により、表示する。
【0031】
本発明において、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、GC/MSの分析値を指標にして、或いは、パネルによる官能評価により定めた冷涼感官能スコアーを指標にして行なうには、目標とする成分が得られるかを、該指標により、冷却麦汁の段階で決定することにより行なうことができる。本発明において、β−ユーデスモールの冷却麦汁から発酵期間での挙動を調査した結果、冷却麦汁から発酵7日までで、僅か4ppb程度の低下は認められるものの、その後はほぼ一定となっている。したがって、目標とする成分が得られるかは、冷却麦汁の段階で決定することができ、ワールプールタンク或いは煮沸釜、いずれかでのホップ添加によらず、冷却麦汁の分析値をもとに添加量の調整を行い目標成分値に達したかを確認することによって、発酵アルコール飲料の「冷涼感」をコントロールすることができる。
【0032】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
[官能評価パネルを用いたビールサンプルの官能評価]
(1)評価用サンプルの調製:
評価に用いた貯酒サンプルは1.5Lスケールの装置を用いて作製した。仕込麦汁13.5度に調整した仕込麦汁(仕込時の麦芽使用比率67%,副原料(米・コーングリッツ・コーンスターチ)使用比率33%)をサンプルとして煮沸試験に用いた。電気ヒーターで麦汁を加温煮沸し、煮沸強度は一定で、90分間で蒸発率が10%となるようにコントロールして行い、煮沸終了後、蒸発量と同量の水をサンプルに追加した上で、95℃で60分麦汁静置させた。ろ紙ろ過後、氷水で麦汁を冷却させた麦汁にビール酵母を添加し、1週間主発酵、4日間後発酵を行なったサンプルを試飲用貯酒サンプルとした。酵母種[ドイツ酵母バンクから選んだ上面酵母2種(上面1:W68、上面2:136)・下面酵母3種(下面A:W34、下面1:Rh、下面2:Hebru)]・ホップ添加タイミング・ホップ添加量・主発酵温度を表3(試験条件)のとおり様々な条件で実施した。
【0034】
【表3】

【0035】
(2)パネルによる官能評価:
上記「パネルによる官能評価:「冷涼感」スコアー」に従って、試醸サンプルの「冷涼感」の評価を実施した。すなわち、ビール官能評価のためのトレーニングを受けたパネル(通常3名)によって、評価を実施した。サンプル評価においては、前記のとおり専用の評価用紙を用い、各々のサンプルを1から10段階に「冷涼感」のランク付けを行った。
10段階の官能評価は、冷涼感が最も強いサンプルを10、最も弱いあるいは感じない
サンプルを0とし、強度順に並べ替えを行う順位法で評価した。ここで、記述している
「冷涼感」とは、一般の消費者がビールを飲用した際の印象として、「ひやっとする」や
「クール感がある」といったコメント(表1)をもとに、評価した。具体的にはパネル
がこの「冷涼感」を評価する際には、事前にパネル間で擦り合わせを行ない、(1)ビー
ルを口に含んだ際に、口の中でひんやりとした冷涼感が感じられる、(2)咽喉をビール
が通過した後、ひんやりとした冷涼感が感じられる、ことを満足することと定義付けし
た。評価結果を表3に示す。
【0036】
[GC/MSによるホップ香気成分の分析]
上記「GC/MSによるホップ香気成分の分析」の方法にしたがって、ホップ香気成分の分析を行った。すなわち、ビール中の香気成分をC18固相カラムで抽出し、それをGC/MSに供した。定量はあらかじめ標品を用いて作成した検量線を用い、内部標準法にて実施した。内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用いた。GC/MSにおけるホップ香気成分の分析条件は表2の条件によった。なお、標品の入手ができなかった4−テルピネオール(4−Terpineol)、α−ユーデスモール(α−Eudesmol)は内部標準物質ボルネオール(Borneol)のイオン110m/zに対するそれぞれ93m/z、149m/zのレスポンス比を定量値とした。
【0037】
[評価]
「官能評価パネルを用いたビールサンプルの官能評価」及び「GC/MSによるホップ香気成分の分析」によって得られた、サンプルの冷涼感スコア(3名のパネルの合計値)及びホップ香気成分分析値を表4に示す。また表5には、基本統計量の平均値、標準偏差、最大値、最小値を示した。
【0038】
【表4】

【0039】
【表5】

【0040】
これらのデータを用いて変数選択型(Fin=4.00)の重回帰分析を実施した。その結果、重相関係数R=0.83の以下の重回帰式が得られた。
【0041】
(式1)
「冷涼感」スコア=0.35[β−Eudesmol]+22.3[Limonene/ β−Eudesmol]−70.22[α−Terpineol/β−Eudesmol]+8.40
【0042】
冷涼感スコアに対しては、β−ユーデスモールは正に相関し、リモネンとα−テルピネオールはβ−ユーデスモールとの比率が影響を及ぼすことが確認された。各成分間には、高い相関関係もあり(表6:成分間の相関係数)、例えばα−テルピネオールと4−テルピネオールには0.92、β−ユーデスモールとα−オイデスモールにも0.95の関係にあった。このことは、上記、重回帰式に選択された成分は、統計的解析の結果、得られた指標としての成分であり、変数選択型重回帰分析の解析過程でこれらの成分に相関する他の成分は、みかけ上、結論から除外されている。重回帰式に選択されなかった成分が、冷涼感スコアと無関係とは端的に解釈できない。例えばβ−ユーデスモールを相関の高いα−ユーデスモールに代替したとしても、本方法の目的である冷涼感の成分指標として満足しうるものであり、したがって、上記重回帰式に含まれた成分に加え、それらに相関する他の成分でも「冷涼感」のコントロール指標とみなしうる。
【0043】
【表6】

【0044】
上記回帰式を最大化し冷涼感を強調しうる各成分の範囲は、表4から次のように特定できる:すなわち、(1)β−ユーデスモール(β−Eudesmol)は、20ppb以上、かつ;(2)リモネン/β−ユーデスモール(Limonene / β−Eudesmol)は、0.03〜0.06、かつ;(3)α−テルピネオール/β−ユーデスモール(α−Terpineol / β−Eudesmol)は、0.15以下。これらの範囲は、容易に冷涼感として認識できる冷涼感スコア15以上を目標としたものである。
【0045】
表7に、国内で販売されている各社製品のβ−ユーデスモールの値を示した。β−ユーデスモールは、上記回帰式に含まれており、冷涼感スコアと密接な関係にある重要成分であるが、ppb一桁台と低く、表4に示したように今回の試験品のように20ppb以上の製品は無かった。したがって、冷涼感という香味特徴を生かした製品は存在していないことになる。
【0046】
【表7】

【0047】
図1(冷涼スコアの予測値と実測(観測値))に、重回帰式から予測された冷涼スコアと実際のスコアの関係を示した(図中、「ケース」は、表3の試験Noに相当する)。最もスコアが高くなるサンプルは、試験5、6、すなわちワールプールタンクでの静置中にホップを添加した場合であり、最もスコアが低くなるのは、試験7、8、10、すなわち上面酵母を使用した場合であった。以上の重回帰式を踏まえ、「冷涼感スコア」を高める具体的な発酵アルコール飲料の製造条件として、以下が望ましいことが確認された。
【0048】
[ホップの種類]
<β−ユーデスモールを高含有するホップ品種およびその加工品(例えばヘルスブルッカー種を使用した毬花・ホップペレット・ホップエキス等)を使用すること>:
表8にホップの品種とβ−ユーデスモールの値(発酵後)を示した。ヘルスブルッカー種は17.1ppbと最も高い値を示したのに対し、他の品種は一桁台以下と低い値を示した。このことは、現時点でヘルスブルッカー種以外では、冷涼感の達成は難しいことを示している。しかしながら、表8に含まれず分析対象とならなかった品種、さらには今後、育成されるであろう将来品種でヘルスブルッカー種と同様に高いβ−ユーデスモールが得られた場合、同様の冷涼感が期待できるものであり、本発明である「冷涼感」の指標によるコントロールは達成しうるものと考える。
【0049】
【表8】

【0050】
[ホップの添加時期]
<ホップ添加時期は、ワールプールタンクでの静置中に添加か、ホップ添加設備が伴っていない場合は、できるだけ煮沸終了時付近すること>:
図1及び表4では、ホップをワールプールタンクでの静置中に添加した場合、最も冷涼感スコアが高まることを示しているが、ホップ添加は麦汁煮沸中に行うことが通常であり、ワールプールタンクでホップ添加設備は備えていない。したがって、機械に頼ることなく人力で添加する必要があるが、100kgを単位した多量のホップを仕込毎に添加するのは労力上支障と成り得る。そこで、煮沸終了直前に既存の煮沸釜ホップ添加設備を使用し、添加する場合も想定した。
【0051】
表9にβ−ユーデスモールの冷却麦汁から発酵期間での挙動を示した(ヘルスブルッカー種をα酸添加量80ppm、煮沸85分後に添加した)。麦汁中のβ−ユーデスモールは、冷却麦汁から発酵7日までで、僅か4ppb程度の低下は認められるものの、その後はほぼ一定となっている。したがって、目標とする成分が得られるかは、冷却麦汁の段階で決定しており、ワールプールタンクあるいは煮沸釜、いずれかでのホップ添加によらず、冷却麦汁の分析値をもとに添加量の調整を行い目標成分値に達したか確認することによって、冷涼感をコントロールし得る。
【0052】
【表9】

【0053】
[酵母の種類]
<下面発酵酵母を使用すること>:
図1では、2種の上面発酵酵母を使用した場合、ホップ添加量を変えても低い冷涼感スコアしか得られないことが示された。一方、ビール醸造に使用される酵母を含めた3種の下面発酵酵母では、ホップ添加時期、添加量を同じ条件としても(表1、表4参照)、上面発酵酵母より高いスコアが得られており、このことは冷涼感の達成には、下面発酵酵母の方が、上面発酵酵母に比べ有利であることを示している。表1と表4に示した様に、発酵温度を変えた条件検討も行った。下面発酵酵母で9℃と12℃、上面発酵酵母では15℃としたが、後者、上面発酵酵母では、15℃以下の温度では発酵自体が不良となるためである。上面、下面発酵酵母の冷涼感の違いは、この発酵温度の影響も否定はできないが、下面発酵酵母での2つの温度条件での際は、明瞭ではなく、したがって下面発酵酵母では、発酵温度の影響は少ないと考えられる。
【0054】
以上を総合して、発酵アルコール飲料の製造において、冷涼感を強調するには、ヘルスブルッカー種のようなホップの種類の選択、ホップの添加をワールプールタンクか、若しくは煮沸終了時煮沸釜で行うことのホップ添加時期の選択、及び、下面発酵酵母を使用することの酵母の種類の選択を行うことにより、β−ユーデスモールの含有量、及び、リモネン、α−テルピネオールのβ−ユーデスモールに対する含有バランスを所定の値に調整することにより、達成できるものであり、かかる調整により、冷涼感に優れた発酵アルコール飲料を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の実施例における分析試験において、重回帰式から予測された冷涼スコアと実際のスコアの関係を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホップを用いた発酵アルコール飲料において、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(1)〜(3)の条件を満足するように調製されたことを特徴とする冷涼感に優れた発酵アルコール飲料。
(1)β−ユーデスモール:20ppb以上、かつ
(2)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06、かつ
(3)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下。
【請求項2】
発酵アルコール飲料が、ビール、発泡酒、又はその他の雑酒であることを特徴とする請求項1記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料。
【請求項3】
ホップを用いた発酵アルコール飲料の製造に際して、ヘルスブルッカー種のホップを用い、該ホップを発酵アルコール飲料の製造工程における煮沸工程終了直前乃至ワールプールタンクでの静置中に添加することにより、飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量を以下の(1)〜(3)の条件を満足するように調整することを特徴とする冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法。
(1)β−ユーデスモール:20ppb以上、かつ
(2)リモネン/β−ユーデスモール:0.03〜0.06、かつ
(3)α−テルピネオール/β−ユーデスモール:0.15以下。
【請求項4】
用いる酵母の種類が、下面発酵酵母であることを特徴とする請求項3記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法。
【請求項5】
飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、マススペクトロメーター検出器付きガスクロマトグラフィーの分析値を指標にして行なうことを特徴とする請求項3又は4記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法。
【請求項6】
飲料中のβ−ユーデスモール、リモネン、α−テルピネオールの含量の調整を、パネルによる官能評価により定めた冷涼感官能スコアーを指標にして行なうことを特徴とする請求項3〜5のいずれか記載の冷涼感に優れた発酵アルコール飲料の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−63431(P2010−63431A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−234956(P2008−234956)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【Fターム(参考)】