説明

冷間加工用β型チタン合金材の製造方法及びβ型チタン合金材の冷間加工方法

【課題】十分な加工性を維持しつつ、冷間加工時の潤滑特性に優れた酸化膜を有する冷間加工用β型チタン合金材の製造方法を提供する。
【解決手段】大気中で、一段目に700〜900℃の高温で1〜30分、二段目に450〜650℃の低温で5〜60分または5〜120分の、二段階からなる大気加熱処理を施すことによって、冷間加工時の潤滑性と耐久性に優れた酸化皮膜を形成できる。また、β型チタン合金のβ変態点と一段目の加熱温度に応じて、二段目の加熱時間を制限することによって、二段目の低温側の熱処理で生じる時効硬化を極力抑制することができ、十分な加工性を維持できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間鍛造や冷間伸線などの冷間加工時にその金型やダイスとβ型チタン合金が焼き付くのを抑制するための、素材となるβ型チタン合金材の製造方法及びβ型チタン合金材の冷間加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β型チタン合金は、冷間鍛造や冷間伸線などの冷間加工時にその金型やダイスなどの工具と焼き付きやすいことが知られており、この焼き付きによって量産性が阻害させる場合がある。具体的には、ボルトやナットなどに冷間鍛造する際や、メガネフレーム用やばね用などの線材を冷間伸線する際、更には深絞り加工などのプレス成形の際に、この焼き付きが課題となる。
【0003】
焼き付きは、加工によって発生したチタンの新生面(活性な金属チタン)が工具(金型やダイス等)と接触し、その接触面圧が高い場合などに発生する。β型チタン合金は鋼やα型チタンに比べヤング率が低く且つ高強度であるため工具への接触面圧が高く、更にチタンの熱伝導率が低いことが起因して、焼き付き現象は特にβ型チタン合金で発生しやすいことが知られている。
【0004】
これまで、焼き付きを低減するためにチタンに適した潤滑剤と工具材質の適用の他に、チタン材の表面に大気加熱などによって酸化膜を付与する方法が適用されている。以降、大気加熱によって形成した酸化膜を単に「酸化膜」と表記する。この酸化膜は、鋼などの金属からなる工具と金属チタンとの金属同士の接触を抑制し、更に酸化膜は酸化チタンからなることから潤滑効果も有している。
【0005】
この大気加熱の条件は、チタン全般として、冷間伸線用に550〜745℃(特許文献1参照。)、冷間鍛造用に450〜600℃で10〜60分(特許文献2参照。)や450〜745℃で10〜60分(特許文献3参照。)といったものがある。但し、特許文献2や特許文献3に記載の発明では、Zrを添加したチタン合金に適用するもので材質面からも温度が制約されている。耐焼き付き性という観点からは、特許文献2や特許文献3に記載の発明では、各々450〜650℃、450〜800℃の大気加熱で効果があることが記載されている。
【0006】
これに対してβ型チタン合金は、上述のようにチタンの中でも焼き付きやすいことに加えて、β変態点未満の温度で熱処理した場合にはα相の析出によって時効硬化し加工性が低下してしまう。そのためβ型チタン合金に適した種々の大気加熱条件が考案されており、冷間伸線用に600℃〜β変態点未満の温度で0.1〜0.3μmの酸化膜を形成する方法(特許文献4,特許文献5参照。)や、600〜800℃で大気加熱する方法(特許文献6参照)がある。600℃よりも低温側では酸化膜が薄く耐焼き付きに効果がなく、更に時効硬化によって加工性が低下することが懸念される。一方、β変態点および800℃よりも高温側では酸化による厚い酸化硬化層が形成されるため材質や加工性に影響を及ぼすことが懸念されるとともに、形成された酸化膜の密着性が悪く潤滑性を確保できなくなる。なお、いずれの従来技術も、酸化膜を付与するための大気加熱は一段しか実施されていない。
【0007】
【特許文献1】特開平04−066213号公報
【特許文献2】特開昭63−186841号公報
【特許文献3】特開昭63−183144号公報
【特許文献4】特開昭63−072420号公報
【特許文献5】特開平02−205661号公報
【特許文献6】特開平02−061042号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のような、β型チタン合金の潤滑処理として600〜800℃または600℃〜β変態点の大気加熱で形成される酸化膜は、冷間伸線の加工度を示す断面減少率(以降、伸線率)が30%程度になると酸化皮膜が分断されて剥離が進むために潤滑性が維持できなくなり焼き付きが発生する。そのために、再度、大気加熱処理を施す必要が生じる場合がある。このように酸化膜の耐久性に課題がある。ボルトなど絞り加工を伴う冷間鍛造でも同様の課題がある。
【0009】
そこで、本発明は、冷間加工用β型チタン合金材として、十分な加工性を維持しつつ、冷間加工時の潤滑性と耐久性に優れた酸化膜を形成する製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1) 冷間加工前に、一段目の大気加熱を700〜900℃で1〜30分間施し、その後、二段目の大気加熱を、450〜650℃で、一段目の加熱温度または対象となるβ型チタン合金のβ変態点のどちらかが745℃以下の場合には5〜120分間、一段目の加熱温度とβ変態点の両方ともが745℃を超える場合には5〜60分間施すことを特徴とする、冷間加工用β型チタン合金材の製造方法。
(2)一段目の大気加熱を700〜900℃で1〜30分間施し、その後、二段目の大気加熱を、450〜650℃で、一段目の加熱温度または対象となるβ型チタン合金のβ変態点のどちらかが745℃以下の場合には5〜120分間、一段目の加熱温度とβ変態点の両方ともが745℃を超える場合には5〜60分間施し、その後断面減少率が35%以上の冷間加工を施すことを特徴とするβ型チタン合金材の冷間加工方法。
(3)冷間加工が冷間伸線、冷間圧縮、冷間鍛造、深絞り加工のいずれかであることを特徴とする上記(2)に記載のβ型チタン合金材の冷間加工方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、十分な加工性を維持しつつ、潤滑性と耐久性に優れた酸化膜を有する冷間加工用β型チタン合金材の製造方法及び断面減少率の高いβ型チタン合金材の冷間加工方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、冷間加工用β型チタン合金材として、十分な加工性を維持しつつ、潤滑性と耐久性に優れた酸化膜を形成する製造方法について、鋭意研究を重ねた結果、以下のことを見出した。大気中で、一段目に700〜900℃の高温で1〜30分、二段目に450〜650℃の低温で5〜60分または5〜120分の、二段階からなる大気加熱処理を施すことによって、冷間加工時の潤滑性と耐久性に優れた酸化皮膜を形成できる。また、β型チタン合金のβ変態点と一段目の加熱温度に応じて、二段目の加熱時間を制限することによって、二段目の低温側の熱処理で生じる時効硬化を極力抑制することができる。
【0013】
一段目の大気加熱では潤滑性を高めるために高温で厚めの酸化膜を形成する。そして、二段目の大気加熱によって、加工度の高い領域まで潤滑性を確保できるように酸化膜の密着性を良くして耐久性を更に高める。
【0014】
以下に本発明の各要素の設定根拠について説明する。
【0015】
[一段目の大気加熱条件]
酸化膜の潤滑性と耐久性は、冷間伸線によって評価することができる。700〜900℃で1〜30分の大気加熱にて酸化処理を施した場合には、一段のみの加熱処理でも伸線率が20〜30%までは焼き付きが発生せず伸線できる。一方、700℃未満または1分未満では、形成される酸化膜は薄く伸線率が20%に達しない段階で焼き付きが発生し、十分な潤滑効果が得らない。900℃を超える温度や加熱時間が30分を超えるような場合には、形成される酸化硬化層が厚くなり冷間伸線の初期に表面が微細に割れて酸化膜が剥離してしまい、加工条件によっては、潤滑性が維持できなくなり、かえって焼き付きが早期に発生する場合がある。
【0016】
図1に、一段目と二段目の大気加熱温度と焼き付きが発生した伸線率の関係を示す。なお、加熱時間は一段目が5分、二段目が30分の場合である。用いたβ型チタン合金素材は、アルゴンガス中でβ変態点以上の800℃で溶体化処理したTi−15V−3Cr−3Sn−3Al(以降、Ti15333)の直径9mmの線材である。
【0017】
図1より、一段目のみの大気加熱(○)で焼き付きが発生する伸線率が30%以上となり潤滑性に効果があった700〜900℃の範囲で、二段目の大気加熱を一段目よりも低温である450,550,650℃(■、▲、◇)で施すことによって、焼き付きが発生する伸線率が約40〜60%と更に高まり、酸化膜の耐久性が向上することがわかった。一段目の大気加熱温度が950℃と高い場合には、二段目の大気加熱後も伸線率が約20〜30%で焼き付きが発生してしまう。また、一段目の加熱時間が1分でも上述の効果が得られており、一方、30分を超えると一段目の加熱温度が800〜900℃と高温側では、かえって伸線率20〜30%と低い段階で焼き付きが発生する場合がある。
【0018】
二段加熱すると焼き付き発生限界伸線率が向上する理由は、二段目の大気加熱によって、酸化膜と母材チタンの界面で酸素とチタンが相互拡散することによって界面の密着性が高まるため、伸線率が高い領域でも酸化膜の剥離が抑制されて潤滑性が維持できようになるからであると考えられる。一段目の大気加熱は比較的高温から冷却されるために、酸化膜と金属チタンの熱収縮の差によって酸化膜の界面がダメージを受けており、場合によっては酸化膜に極微細な割れが発生し母材部分が露呈したような部分ができることがある。二段目の低温側での大気酸化によって、界面のダメージを修復し、さらに露呈した母材部にも酸化膜を付与することができる。一方で、一段目の大気加熱の温度が高すぎたり或いは時間が長すぎたりして酸化膜が厚くなり過ぎると、二段目の大気酸化を施しても、冷間伸線の初期に厚く脆い酸化膜の表面に微細な割れが発生し、酸化膜が剥離しやすくなるために潤滑性が維持できなくなると考えられる。
【0019】
以上より、二段の大気加熱処理によって焼き付きが発生する伸線率が高まることから、本発明の請求項1では一段目の大気加熱の温度を700〜900℃、時間を1〜30分とした。なお、この一段目の大気加熱は、焼鈍と兼ねて同時に実施しても、その効果は変わらない。また、本発明の二段階からなる大気加熱酸化後に、その表面にフッ素樹脂やステアリン酸カルシウム、二硫化モリブデン、金属石けんなど、通常実施される潤滑表面処理を施したり潤滑剤を使用した方が、当然ながら潤滑性が高まることから好ましい。
【0020】
[二段目の大気加熱条件]
上述したように、図1より、一段目のみの場合に比べて焼き付きが発生する伸線率が、二段目の大気加熱の温度が450〜650℃の範囲で更に高まった。しかし、二段目の大気加熱温度が450℃よりも低くなると上述のような向上効果が得られない。650℃を超えると、一段目の加熱温度が800〜900℃と高温側の場合には、酸化膜が厚くなり過ぎるため、かえって伸線率が20〜30%と低い段階で焼き付きが発生する場合がある。なお、二段目の大気加熱の時間は、450〜650℃のいずれにおいても、5分以上で耐焼き付き性が高まり、焼き付きが発生する伸線率は約40%以上になる。したがって、本発明の請求項1では二段目の加熱時間を5分以上とした。
【0021】
一方で、β型チタン合金はα+β二相域の熱処理によってα相が析出し時効硬化するため、延性の低下に伴い加工性が低下してしまう場合がある。つまり、α+β二相域で実施する二段目の大気加熱では、時効硬化の抑制が課題となる。そこで、β型チタン合金の限界圧縮率と時効硬化の関係を調べると、時効硬化がβ単相域で溶体化処理した硬さに比べてビッカース硬さで20ポイント増加する程度では、限界圧縮率は依然として70〜80%あり、ほとんど影響しないことが分かった。ここで、圧縮率とは高さ「h0」の円柱形試料を高さが「h1」まで圧縮したとき、(h0−h1)/h0×100で表され、そのとき表面に割れが発生しない最大の圧縮率を限界圧縮率とした。このことから、本発明では、二段目の大気加熱の時間は、β単相域で溶体化処理したビッカース硬さに対してプラス20ポイント以下となる時間を上限とした。
【0022】
図2に、二段目の大気加熱時間と二段目の大気加熱後の断面ビッカース硬さ増分(以降、ΔHv)の関係を示す。ここで、ΔHvは、β型チタン合金をβ単相域で溶体化した後の断面ビッカース硬さをベースとし、二段目の大気加熱後の断面ビッカース硬さとの差である。なお、図2では、二段目の加熱温度は550℃で実施しており、二段目の加熱温度範囲である450〜650℃内で50℃刻みで時効硬化挙動を比較すると、550℃が最も硬化代が大きいことから、二段目の加熱時間の上限は550℃を用いて設定するのが妥当である。
【0023】
図2より、ケース1,ケース2,ケース3,ケース4のように、β型チタン合金のβ変態点や一段目の大気加熱温度によって、二段目の大気加熱によるΔHvが異なる。使用したβ型チタン合金の種類は、ケース1とケース2はTi15333、ケース3とケース4はTi−3Al−8V−6Cr−4Mo−4Zr(以降、BetaC)であり、β変態点は各々760℃,730℃である。ケース1(●)はβ変態点760℃で一段目の大気加熱800℃5分、ケース2(■)はβ変態点760℃で一段目の大気加熱730℃5分、ケース3(△)はβ変態点730℃で一段目の大気加熱800℃5分、ケース4(◇)はβ変態点730℃で一段目の大気加熱700℃5分である。ΔHvが20以下となる二段目の加熱時間は、ケース1で60分以下、ケース2,3,4で120分以下である。同じTi15333を用いたケース1とケース2を比較すると一段目の加熱温度が低いケース2の方が二段目の加熱での時効硬化が遅く120分でもΔHvは20未満である。一方、元々β変態点が730℃と低いケース3は、一段目の加熱温度が同じ800℃のケース1と比べて時効硬化が遅く、120分でもΔHvは20未満である。
【0024】
したがって、β変態点と一段目の加熱温度に応じて、二段目の加熱時間の上限を決める必要がある。図3に一段目にβ変態点より高い800℃で加熱した場合のβ変態点とΔHvの関係(○)、および一段目の加熱温度とΔHvの関係(■、▲)を示す。ここで二段目の大気加熱は550℃で120分実施した。図3より、二段目に120分加熱してもΔHvが20以下となるβ変態点は745℃以下である(図3の○印を参照)。β変態点が745℃を超える760℃であるTi15333では一段目の加熱温度が745℃以下で、ΔHvは20以下となる(図3の■印を参照)。一方、β変態点が730℃と745℃以下であるBetaCでは、一段目の加熱温度を変化させてβ変態点を超える温度にしてもΔHvは20以下のままである(図3の▲印を参照)。
【0025】
このように、745℃を境に二段目の大気加熱での時効硬化挙動が変わることから、ΔHvを20以下とするために、本発明の請求項1では二段目の大気加熱時間「t」を、一段目の加熱温度または対象となるβ型チタン合金のβ変態点のどちらかが745℃以下の場合には120分以下、一段目の加熱温度とβ変態点の両方ともが745℃を超える場合には60分以下とした。
【0026】
β型チタン合金の時効硬化は、時効熱処理前に存在しているβ相の安定度が高いほど時効硬化は遅くなる。一段目の大気加熱をβ変態点を超える温度で実施した場合には、β相の安定度はその加熱温度によらず変わらないが、一段目の大気加熱をβ変態点以下で実施した場合には、加熱温度が低いほどβ相のβ安定度が高まり時効硬化が遅くなる。図2,図3は、このような現象を反映したものと考えられる。
【0027】
なお、最も厳しい酸化条件として、一段目で900℃30分、二段目で650℃120分の大気加熱を実施しても、焼き付きが発生する伸線率は約40%と一段目のみに比べて耐焼き付き性が良いことを確認した。
【0028】
以上、棒線の冷間伸線や冷間圧縮を例に説明してきたが、絞り加工を伴う冷間鍛造や、板の深絞り加工にも、本発明は同様の潤滑効果が得られる。
【0029】
また、本発明のβ型チタン合金材の冷間加工方法においては、上記記載した二段熱処理を実施し、その後断面減少率が35%以上の冷間加工を施す。二段熱処理によって焼き付きを十分に防止し、かつ時効硬化を抑制して高い冷間加工性を保持しているので、断面減少率が35%以上という高度の冷間加工を行うことができる。より好ましくは断面減少率が39%以上の冷間加工とする。
【0030】
本発明のβ型チタン合金材の冷間加工方法においては、冷間加工方法として冷間伸線、冷間圧縮、冷間鍛造、深絞り加工のいずれを用いても同様の効果を発揮することができる。
【実施例】
【0031】
本発明を、以下の実施例を用いて更に詳細に説明する。以下の表1〜表4において、本発明範囲から外れる数値にアンダーラインを付している。
【0032】
表1と表2に、一段目と二段目の大気加熱条件、ΔHv、冷間伸線の焼き付き発生伸線率、限界圧縮率を示す。用いたβ型チタン合金は、表1ではTi15333,表2ではBetaCで、β変態点は各々、760℃,730℃である。いずれも素材として直径9mmの棒線を用いた。冷間伸線は孔型ダイスを用いて伸線率が10.8,17,21,30.6,34.2,39.5,47.8,55.6,62.7%となる加工を実施して、焼き付きの発生を評価した。圧縮試験は、直径9mm、高さ15mmの線材を用いて、高さが11〜1mmとなるように1mm間隔で圧縮した後に割れの発生を評価し、限界圧縮率を求めた。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
表1より、一段目のみの大気加熱を実施したNo.A1,A2の焼き付き発生伸線率は34.2%、限界圧縮率は80%である。これに対して、一段目の大気加熱条件が700〜900℃で1〜30分、二段目の大気加熱条件が450〜650℃で5〜60分であるNo.A4〜A8,A11〜A17は、焼き付き発生伸線率が39.5〜62.7%と高くなり、且つ、ΔHvも20以下で限界圧縮率は73.3〜80%と十分に高い。また、一段目の大気加熱をβ変態点以下で且つ745℃以下である730℃で実施した場合には、No.A20〜A22のように二段目の大気加熱の時間が120分でも、焼き付き発生伸線率は47.8〜55.6%と高くなっており、且つΔHvは20以下で限界圧縮率は73.3〜80%と高い値を維持している。
【0036】
一方、一段目の大気加熱が700〜900℃で1〜30分の範囲から外れているNo.A10,A18,A19、および二段目の大気加熱の温度が450〜650℃の範囲から外れているNo.A3,A9は、焼き付き発生伸線率が34.2%以下であり、一段目のみを実施したものと同等以下である。
【0037】
一段目の大気加熱温度が800℃と745℃を超えている場合には、二段目の大気加熱時間が120分と長くなると、No.A24のようにΔHvが30と高く限界圧縮率が53.3%まで低下している。一段目の大気加熱温度が730℃と745℃以下の場合には、二段目の大気加熱時間が240分と長くなると、No.A23のようにΔHvが31と高く限界圧縮率が53.3%まで低下している。このように、β変態点が745℃を超える場合には、ΔHvが20以下となる二段目の加熱時間は、一段目の加熱温度が745℃以下では120分以下、一段目の加熱温度が745℃を超えると60分以下の条件である。
【0038】
表2より、一段目のみの大気加熱を実施したNo.B1の焼き付き発生伸線率は34.2%、限界圧縮率は80%である。これに対して、一段目の大気加熱条件が700〜900℃で1〜30分、二段目の大気加熱条件が450〜650℃で5〜120分であるNo.B3〜B8,B11〜B14は、焼き付き発生伸線率が47.8〜62.7%と高くなり、且つ、ΔHvも20以下で限界圧縮率は73.3〜80%と十分に高い。BetaCは、β変態点が745℃以下であることから、一段目の加熱温度によらず二段目の加熱時間が120分でもΔHvは20以下になっている。
【0039】
一方、一段目の大気加熱が700〜900℃で1〜30分の範囲から外れているNo.B15,B16、および二段目の大気加熱の温度が450〜650℃の範囲から外れているNo.B2,B10は、焼き付き発生伸線率が34.2%以下であり、一段目のみを実施したNo.B1と同等以下である。また、二段目の加熱時間が240分と長いNo.B9は、ΔHvが27と20を超えており、限界圧縮率は53.3%に低下している。
【0040】
【表3】

【0041】
【表4】

【0042】
表3は、表1,表2と同様に直径9mmの棒線を用いた冷間鍛造による軸絞り加工の例である。表3より、一段目の大気加熱のみであるNo.C1とNo.D1と比べて、本発明の範囲内の条件で二段の大気加熱を実施したNo.C2〜C6とNo.D2〜D4は、軸絞り加工にて焼き付きが発生した絞り率は高い値を示している。本発明の二段の大気加熱は、冷間伸線の場合同様に、冷間鍛造の軸絞りでも潤滑性が向上している。
【0043】
表4は、厚み0.8mmの冷間圧延・焼鈍板を用いたビード付き引き抜き試験(ドロービード試験)の例である。同一板の引き抜き試験を焼き付きが発生するまで繰り返し実施し、焼き付きが発生した引き抜き回数を比較した。この繰り返しドロービード試験は、板が工具と繰り返し擦れて接触する状態を模擬したものであり、多段の深絞り加工など板のプレス加工を模擬したものである。ドロービード試験は、肩半径2mmで高さ4mmのビードを付けたSKD11製の工具で板を挟み、1000mm/分で板を引き抜いた。そのとき板は、ビード付き工具で9.8kN(1ton)の荷重で挟んだ。表4に、繰り返しドロービード試験にて、潤滑剤なしの場合と潤滑剤として二硫化モリブデンを使用した場合の焼き付きが発生した引き抜き回数を示す。一段のみの大気加熱であるNo.E1に比べ、一段目の大気加熱条件が700〜900℃で1〜30分、二段目の大気加熱条件が450〜650℃で5〜120分であるNo.E2〜E4とF1,F2は、焼き付きが発生した引き抜き回数が潤滑剤なしで8〜9回、潤滑剤有りで11回と高く、板でも本発明によって潤滑性がより高まっている。また、潤滑剤として二硫化モリブデンを用いた方が、焼き付きが発生した引き抜き回数は増加しており、潤滑剤を使用した場合にも本発明は効果があることが分かる。
【0044】
以上のように、棒線の冷間伸線や冷間鍛造、板のプレス成形などに代表される冷間加工にて、本発明のβ型チタン合金材の製造方法を実施することによって、より高い潤滑特性を示している。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】一段目と二段目の大気加熱温度と焼き付きが発生した伸線率の関係を示す図である。
【図2】二段目の大気加熱時間と断面ビッカース硬さの増分ΔHvを示す図である。
【図3】一段目にβ変態点より高い温度で加熱した場合のβ変態点とΔHvの関係、および一段目の加熱温度とΔHvの関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間加工前に、一段目の大気加熱を700〜900℃で1〜30分間施し、その後、二段目の大気加熱を、450〜650℃で、一段目の加熱温度または対象となるβ型チタン合金のβ変態点のどちらかが745℃以下の場合には5〜120分間、一段目の加熱温度とβ変態点の両方ともが745℃を超える場合には5〜60分間施すことを特徴とする、冷間加工用β型チタン合金材の製造方法。
【請求項2】
一段目の大気加熱を700〜900℃で1〜30分間施し、その後、二段目の大気加熱を、450〜650℃で、一段目の加熱温度または対象となるβ型チタン合金のβ変態点のどちらかが745℃以下の場合には5〜120分間、一段目の加熱温度とβ変態点の両方ともが745℃を超える場合には5〜60分間施し、その後断面減少率が35%以上の冷間加工を施すことを特徴とするβ型チタン合金材の冷間加工方法。
【請求項3】
冷間加工が冷間伸線、冷間圧縮、冷間鍛造、深絞り加工のいずれかであることを特徴とする請求項2に記載のβ型チタン合金材の冷間加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−321187(P2007−321187A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−151565(P2006−151565)
【出願日】平成18年5月31日(2006.5.31)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】