説明

凝集系構造体の製造方法および凝集系構造体の製造装置

【課題】 簡便に混合層を製造することができて安価にかつ大量に凝集系構造体を製造することができる凝集系構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】 CaO層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、凝集系構造体に対して重水素を流して、核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造方法であって、CaO層は、Pd基板23を設置した気密容器72中にCaOのアルコキシドを導入した後に、水分を気密容器72中に導入することによってPd基材23上に製膜されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凝集系構造体の製造方法および凝集系構造体の製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
パラジウム等の固体からなる凝集系構造体に対して、核種反応を施す物質を接触させ、凝集系構造体に対して重水素を流し、凝集系反応を生じさせて核種変換を行う方法は、種々報告されている(例えば特許文献1参照)。
このような凝集系構造体は、Pd基板上に、CaO層とPd層とが交互に積層された混合層を備えている(特許文献1の図5(a)参照)。この混合層は、例えばスパッタ法によって形成される。
【0003】
【特許文献1】特開2002−202392号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
混合層を形成する際にスパッタ法を用いると、高真空を実現する真空チャンバを始め、多数の製膜装置が必要となる。また、CaO層とPd層に応じてターゲットを変更する必要があり、バッチ処理とならざるを得ない。このような理由から、スパッタ法では、混合層を大量に製造することができないという問題がある。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、簡便に混合層を製造することができて安価にかつ大量に凝集系構造体を製造することができる凝集系構造体の製造方法および凝集系構造体の製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の凝集系構造体の製造方法および凝集系構造体の製造装置は以下の手段を採用する。
すなわち、本発明にかかる凝集系構造体の製造方法は、CaO層又はY2O3層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造方法であって、前記CaO層又はY2O3層は、前記基材を設置した減圧容器中にCaOのアルコキシドまたはY2O3のアルコキシドを導入した後に、水分を該減圧容器中に導入することによって前記基材上または前記Pd層上に製膜されることを特徴とする。
【0007】
例えば1Torr程度とされた減圧容器中に、CaO又はY2O3のアルコキシドを導入する。そして、例えば減圧容器中に大気を少しずつリークすることによって大気に含まれる水分を減圧容器中に導入する。これにより、基材上またはPd層上でアルコキシドが加水分解してCaO層又はY2O3層が製膜されることになる。このように、高い真空度を要求しない減圧容器を用いるだけでCaO層又はY2O3層を形成することができるので、CaO層又はY2O3層を備えた凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
また、基材上の所望領域にのみCaO層又はY2O3層を形成するために、基材をマスキングすることが好ましい。
なお、凝集系構造物に用いられる基材としては、パラジウム(Pd)またはPdの合金、あるいはその他の水素を吸蔵する金属(例えば、Ti等)またはこれらの合金が挙げられる。
【0008】
さらに、本発明の凝集系構造体の製造方法は、CaO層又はY2O3層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造方法であって、前記CaO層又はY2O3層が製膜された前記基材を一方の電極に設置し、PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出する状態でかつ他方の電極に接液する状態で該PdNO水溶液を収容し、前記電極間に所定電圧を印可した状態で前記CaO層又はY2O3層と前記PdNO水溶液の膨出した頂部とを接触させることにより、前記Pd層を製膜することを特徴とする。
【0009】
PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出した状態で当該水溶液を他方の電極に収容し、この膨出した頂部を対向する電極に設置されたCaO層又はY2O3層に接触させることとしたので、Pd膜の製膜位置が容易に決定される。したがって、迅速に位置決めしてPd膜を電着により製膜することができるので、凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
また、CaO層は水に溶けやすいので、迅速に電着が開始することによりPdNO水溶液の水分中にCaO層が溶出することがない。
【0010】
さらに、本発明の凝集系構造体の製造方法は、上記の凝集系構造体の製造方法によって前記基材上に前記CaO層又はY2O3層を製膜した後に、上記の凝集系構造体の製造方法によって前記基材上に製膜された前記CaO層上又はY2O3層上に前記Pd層を製膜し、これら工程を繰り返すことによって前記混合層を形成することを特徴とする。
【0011】
上述の製造方法によってCaO層又はY2O3層を製膜した後に、上述の製造方法によってPd層を製膜し、これら工程を繰り返して混合層を形成することとしたので、凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
【0012】
また、さらに、本発明の凝集系構造体の製造装置は、CaO層又はY2O3層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造装置であって、前記基材が設置されるとともに減圧可能とされた容器と、該容器内にCaOのアルコキシド又はY2O3のアルコキシドが導入可能とされたアルコキシド供給手段と、前記容器内に水分を含むガスが導入可能とされた水分供給手段とを備え、前記基材を設置した前記容器中に前記アルコキシド供給手段からCaOのアルコキシド又はY2O3のアルコキシドを導入した後に、前記水分供給手段から水分を前記容器中に導入することによって、前記基材上または前記Pd層上に前記CaO層又はY2O3層が製膜されることを特徴とする。
【0013】
例えば1Torr程度に減圧された容器中に、アルコキシド供給手段からCaOのアルコキシド又はY2O3のアルコキシドを導入する。そして、例えば大気に接続されたバルブ(水分供給手段)を徐々に開放して大気を少しずつリークすることによって大気に含まれる水分を容器中に導入する。これにより、基材上またはPd層上でアルコキシドが加水分解してCaO層又はY2O3層が製膜されることになる。このように、高い真空度を要求しない減圧容器を用いるだけでCaO層又はY2O3層を形成することができるので、CaO層又はY2O3層を備えた凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
また、基材上の所望領域にのみCaO層又はY2O3層を形成するために、基材をマスキングすることが好ましい。
なお、凝集系構造物に用いられる基材としては、パラジウム(Pd)またはPdの合金、あるいはその他の水素を吸蔵する金属(例えば、Ti等)またはこれらの合金が挙げられる。
【0014】
さらに、本発明の凝集系構造体の製造装置は、CaO層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造装置であって、前記CaO層が製膜された前記基材が設置可能とされた一方の電極と、PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出する状態でかつ他方の電極部に接液する状態で該PdNO水溶液を収容する他方の電極と、前記電極間に所定電圧を印可する電源とを備え、該電源によって前記電極間に所定電圧を印可した状態で、前記一方の電極と前記他方の電極とを接近させ、前記CaO層と前記PdNO水溶液の膨出した頂部とを接触させることにより、前記Pd層を製膜することを特徴とする。
【0015】
PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出した状態で他方の電極に設置し、この膨出した頂部を対向する電極に設置されたCaO層又はY2O3層に接触させることとしたので、Pd膜の製膜位置が容易に決定される。したがって、迅速に位置決めしてPd膜を電着により製膜することができるので、凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
また、CaO層は水に溶けやすいので、迅速に電着が開始することによりPdNO水溶液の水分中にCaO層が溶出することがない。
【発明の効果】
【0016】
CaOまたはY2O3のアルコキシドの加水分解によって1Torr程度の減圧容器内でCaO層又はY2O3層を製膜することとしたので、高真空が要求される真空容器を用いるスパッタ法に比べて、CaO層又はY2O3層を備えた凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
また、PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出した頂部を対向する電極に設置されたCaO層又はY2O3層に接触させることとしたので、迅速に位置決めしてPd膜を製膜することができ、凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明にかかる一実施形態について、図面を参照して説明する。
先ず、凝集系構造体を用いた凝集系核反応を説明した後に、本発明の凝集系構造体の製造方法および凝集系構造体の製造装置について説明する。
【0018】
図1には、凝集系核反応を実現する装置10の概略が示されている。
この装置10は、パラジウム(Pd)またはPdの合金、あるいはその他の水素を吸蔵する金属(例えば、Ti等)またはこれらの合金等からなる、例えば略板状の構造体(凝集系構造体)11を備えている。この構造体11の一方の表面11A上には、核種変換を施す物質14が接触させられている。この一方の表面11A側は、例えば加圧あるいは電気分解等によって、重水素の圧力が高い領域12とされている。構造体11の他方の表面11B側は、例えば真空排気等により重水素の圧力が低い領域13とされている。これにより、構造体11内に重水素の流れ15が生成され、重水素と核種変換を施す物質14とが反応することによって核種変換が行われる。
ここで、構造体11は、図2に示すように、好ましくはPd基板23の表面上に、相対的に仕事関数が低い物質つまり電子を放出し易い物質(例えば、仕事関数が3eV未満の物質)とPdとの混合層22が形成され、この混合層22の表面上にPd層21が積層されて形成されている。
【0019】
図3には、図1に示した装置10をさらに具体化した核種変換装置30が示されている。核種変換装置30は、内部が気密保持可能とされた吸蔵室31と、この吸蔵室31の内部にて多層構造体32を介して気密保持可能に設けられた放出室34と、バリアブルリークバルブ33を介して吸蔵室31内に重水素を供給する重水素ボンベ35と、放出室34内の真空度を検出する放出室真空計36と、例えば多層構造体(凝集系構造体)32から生成されるガス状の反応生成物を検出すると共に放出室34内の重水素量を計測することにより多層構造体32を透過する重水素の透過量を評価する質量分析器37と、放出室34内を常に真空状態に保つターボ分子ポンプ38と、放出室34及びターボ分子ポンプ38内を荒引きするためのロータリーポンプ39とを備えて構成されている。
【0020】
さらに、核種変換装置30は、例えばX線や電子線、粒子線等の照射により励起された多層構造体32の表面上の原子から放出される光電子やイオン等を検出する静電アナライザー40と、多層構造体32の両面のうち吸蔵室31内の重水素に曝される表面上にX線を照射するXPS(X-ray Photo-electron Spectrometry:X線照射光電子スペクトル分析)用のX線銃41と、内部に重水素が導入された吸蔵室31内の圧力を検出する圧力計42と、例えばベリリウム窓43を有する高純度ゲルマニウム検出器44からなるX線検出器と、吸蔵室31内の真空度を検出する吸蔵室真空計45と、例えば重水素の導入以前等に吸蔵室31内を真空状態に保持する真空バルブ46と、吸蔵室31を真空状態にするターボ分子ポンプ47と、吸蔵室31及びターボ分子ポンプ47内を荒引きするためのロータリーポンプ48とを備えて構成されている。
【0021】
そして、多層構造体32の吸蔵室31側を相対的に重水素の圧力が高い状態とし、多層構造体32の放出室34側を相対的に重水素の圧力が低い状態として、多層構造体32の両面において重水素の圧力差を形成することで、吸蔵室31側から放出室34側へ重水素の流れを作り出す。ここで、例えば図4に示すように、多層構造体32は、Pd基板23の表面上に相対的に仕事関数が低い物質(例えば、仕事関数が3eV未満の物質)とPdとの混合層22が形成され、この混合層22の表面上にPd層21が積層され、さらに、Pd層21の表面上に核種変換を施す物質としてセシウム(Cs)層52が添加(接触)されて構成されている。
【0022】
本実施の形態による核種変換装置30は上記構成を備えており、次に、この核種変換装置30を用いて核種変換を行う方法について添付図面を参照しながら説明する。
【0023】
先ず、例えば図2に示すPd基板23(例えば、縦25mm×横25mm×厚さ0.1mm、純度99.5%以上)をアセトン中で所定時間に亘って超音波洗浄することにより脱脂する。そして、真空中(例えば、1.33×10-5Pa以下)において、例えば900℃の温度で所定時間(例えば、10時間)に亘ってアニールつまり加熱処理を行う(ステップS01)。次に、例えば室温でアニール後のPd基板23を重王水により所定時間(例えば、100秒間)に亘ってエッチング処理を施して表面の不純物を除去する(ステップS02)。
【0024】
次に、アルゴンイオンビームによるスパッタ法を用いて、エッチング処理後のPd基板23上に成膜処理を施して構造体11を作成する。ここで、例えば図2に示すPd層21の厚さは400・10-10mとし、仕事関数の低い物質とPdとの混合層22は、例えば図5(a)に示すように、例えば厚さ100・10-10mのCaO層57と、例えば厚さ100・10-10mのPd層56とを交互に積層して形成し、この混合層22の厚さを1000・10-10mとした。そして、混合層22の表面上にPd層21を400・10-10mで成膜することにより、構造体11を形成した(ステップS03)。
【0025】
次に、CsNO3のD2O希薄水溶液(CsNO3/D2O溶液)の電気分解により、核種変換を施す物質として、例えばCsを構造体11の成膜処理表面に添加する。例えば、図6に示す電着装置60のように、1mMのCsNO3/D2O溶液を電解液62として、電源61の陽極に白金陽極63を接続し、陰極に構造体11を接続して、例えば1Vの電圧で10秒間に亘って電気分解を行い、構造体11の表面上で下記化学式に示す反応を発生させてCs層52を添加して、多層構造体32を形成する(ステップS04)。
Cs+e→Cs
【0026】
そして、多層構造体32のCs層52を吸蔵室31側に向けて、多層構造体32を介在させて吸蔵室31と放出室34とをそれぞれ気密状態に閉塞して、先ず、放出室34をロータリーポンプ39およびターボ分子ポンプ38により真空排気する。そして、バリアブルリークバルブ33を閉じ、真空バルブ46を開いて吸蔵室31をロータリーポンプ48およびターボ分子ポンプ47により真空排気する(ステップS05)。次に、吸蔵室31の真空度が充分安定した後(例えば、1×10-5Pa以下の状態)に、XPSにより吸蔵室31側の多層構造体32の表面上に存在する元素を分析する(ステップS06)。すなわち、X線銃41からのX線を多層構造体32の表面に照射して、このX線の照射により励起された多層構造体32の表面上の原子から放出される光電子のエネルギーを静電アナライザー40により検出する。これにより、多層構造体32の吸蔵室31側の表面上に存在する元素を同定する。
【0027】
次に、多層構造体32を、加熱装置(図示略)により例えば70℃の温度で加熱した後、真空バルブ46を閉じて吸蔵室31の真空排気を停止して、バリアブルリークバルブ33を開いて吸蔵室31内に所定のガス圧力で重水素ガスを導入して、核種変換の実験を開始する。ここで、重水素ガスを導入する際の所定のガス圧力は例えば1.01325×105Pa(いわゆる1気圧)とした。そして、放出室34の質量分析器37でガス状の反応生成物(例えば、質量数A=1〜140)の測定を行い、多層構造体32を透過して放出室34内に放出された重水素の拡散挙動の評価を行う。また、多層構造体32の吸蔵室31側の高純度ゲルマニウム検出器44によりX線の測定を行う(ステップS07)。なお、多層構造体32を透過して放出室34内に放出された重水素量は、例えば放出室真空計36により検出される放出室34内の真空度と、ターボ分子ポンプ38の排気速度とに基づいて算出する。
【0028】
吸蔵室31内に重水素ガスの導入を開始してから所定時間、例えば数十時間後に、多層構造体32の温度を常温に戻す。そして、バリアブルリークバルブ33を閉じて吸蔵室31内への重水素ガスの導入を停止して、さらに、真空バルブ46を開いて吸蔵室31を真空排気して核種変換の実験を終了する。そして、吸蔵室31内の真空度が充分安定した後(例えば、1×10-5Pa以下の状態)に、XPSにより吸蔵室31側の多層構造体32の表面上に存在する元素を分析して生成物の測定を行う(ステップS08)。
【0029】
そして、上述したステップS06〜ステップS07の処理を繰り返して、核種変換反応の時間変化を測定する(ステップS09)。そして、多層構造体32を核種変換装置30から取り出して、核種変換の実験を終了する(ステップS10)。
【0030】
以上の実験により、以下の核反応が確認された(詳細には特許文献1参照)。
133Cs→141Pr
【0031】
次に、上述した凝集系核反応に用いられる凝集系構造体の製造方法および製造装置について説明する。
図7には、Pd基板(基材)23(図4及び図5参照)上にCaO層を製膜するCaO製膜装置(凝集系構造体の製造装置)の概略が示されている。
CaO製膜装置70は、1Torr程度まで減圧できる程度の気密とされた気密容器72を備えている。気密容器72には、ドライポンプ等の真空ポンプ74が排気バルブ75を介して接続されている。
また、気密容器72には、大気導入管76が接続されており、大気導入管76に設けられた大気用バルブ77によって、気密容器72内部と大気とが連通可能となっている。
さらに、気密容器72には、アルコキシド用バルブ78を介してアルコキシド供給源79が接続されている。アルコキシド供給源79には、CaOのアルコキシド(alkoxide)であるCa(OCH3)
2が貯留されている。
気密容器72内には、Pd基板23が設置可能となっている。Pd基板23には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製のマスク82によってマスキングが施されており、CaO層を製膜する領域83のみが露出されるようになっている。
【0032】
上記構成のCaO製膜装置70は以下のように用いられる。
先ず、気密容器72内にマスキングされたPd基板23を設置する。そして、大気用バルブ77及びアルコキシド用バルブ78を閉じた状態で、排気バルブ75を開け、真空ポンプ74によって気密容器72内を1Torr程度まで減圧する。
その後、排気バルブ75を閉じ、アルコキシド用バルブ78を開け、1μL(マイクロリットル)〜10μLのCaOアルコキシドを気密容器72内に導入する。
数分間待機した後に、大気用バルブを徐々に開けていき、大気圧まで10分程度かけて気密容器72内に大気を導入する。大気には、湿分が含まれているため、所定量の水分が気密容器72内に導入されることになる。この水分により、CaOアルコキシドが加水分解し、Pd基板23の表面にCaO層が製膜される。この反応は以下の通りである。
Ca(OCH3)2+H2O→CaO+2CH3OH
その後、Pd基板23を覆っているマスク82を取外し、CaO層が製膜されたPd基板23を100℃程度まで加熱し、余分なCaOアルコキシドを除去する。
【0033】
このようにCaO層が製膜されたPd基板23は、図8に示すPd製膜装置(凝集系構造体の製造装置)85に取り付けられる。
図8に示すPd層製膜装置85は、負極電極87と、正極電極88と、これら電極87,88間に所定電圧を印可する直流電源(図示せず)とを備えている。
なお、詳細な構造は示していないが、負極電極87と正極電極88とは、互いに接近離間できるようになっている。
【0034】
負極電極87は、ステンレス製とされた電極板89を備えており、この電極板89に電気的に接触するようにPd基板23が取り付けられる。このときPd基板23は、製膜されたCaO層57が正極電極88を向くように取り付けられる。
正極電極88は、ステンレス製の基部91と、この基部91に形成した凹所に嵌合された白金(Pt)電極92と、基部91及び白金電極92上に設けられた収容部94とを備えている。
収容部94は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等の電気絶縁性を有する材料で形成されている。収容部94は、図8から分かるように、縦断面視した状態で側部から中央にかけて肉厚が大きくなる略山形形状となっている。この山形形状の中央には、底部まで貫通する孔部94aが形成されており、この孔部94aの底部を白金電極92で塞ぐことによって、孔部94a内に水溶液95が貯留できるようになっている。したがって、孔部94a内に貯留された水溶液95は白金電極92に接液することとなる。孔部94aの径は、孔部94a内に水溶液95を入れた場合に、水溶液95の表面張力によって水溶液95の上部95aが上方に膨出する程度の径が選定される。また、孔部94aの径は、Pd基板23に製膜されたCaO層57の径と同等かそれよりも僅かに小さい径とされる。
孔部94a内に貯留される水溶液としては、PdNO水溶液が用いられる。
【0035】
上記構成のPd製膜装置85は以下のように用いられる。
負極電極87の電極板89に対して、Pd基板23を取り付ける。また、正極電極88の孔部94a内に、1mmol/L〜1mol/L程度のPdNO水溶液を供給する。このときに、PdNO水溶液95の上部95aが上方に膨出し、収容部94よりも上方に突出するまでPdNO水溶液を供給する。
そして、図示しない直流電源によって1V〜3V程度の電圧を電極87,88間に印可した状態で、負極電極87と正極電極88とを近付けて、Pd基板23上に製膜したCaO層57とPdNO水溶液95の上部95aとを接触させる。このとき、既に電圧が印可されているので、PdNO水溶液95がCaO層57に接触すると同時に電着(めっき)が進行する。電着によりCaO層57上にPd層が製膜される。
所定時間経過後、電極87,88間を離間させ、電着を終了させる。
電着終了後、純水で洗浄して乾燥させる。
【0036】
このようにしてPd基板81上にCaO層とPd層が交互に形成される。そして、CaO製膜装置70によってPd層上に更にCaO層を製膜し、Pd製膜装置85によってCaO層上にさらにPd層を製膜する。この工程を繰り返すことにより、CaO層とPd層が所定回数繰り返された混合層22(図4,図5等を参照)が形成されることになる。
【0037】
上述したCaO製膜装置70およびPd製膜装置85を備えた凝集系構造物の製造装置によれば、以下の作用効果を奏する。
本実施形態のCaO製膜装置70によれば、気密容器72内にアルコキシドを導入する湿式法によりCaO層を製膜することができるので、高い真空度を要求する真空容器を必要としない。したがって、簡便にCaO層を形成することができるので、CaO層を備えた凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
本実施形態のpd製膜装置85によれば、PdNO水溶液95が表面張力によって上方に膨出した状態で当該水溶液95を正極電極88の孔部94aに収容し、この膨出した頂部を対向する負極電極87に設置されたPd基板23上のCaO層57に接触させることとしたので、Pd膜の製膜位置が容易に決定される。したがって、迅速に位置決めしてPd膜を電着により製膜することができるので、凝集系構造体を安価にかつ大量に製造することができる。
また、CaO層は水に溶けやすいので、迅速に電着が開始することによりPdNO水溶液の水分中にCaO層が溶出することがない。
また、PdNO水溶液95がCaO層57に接触すると同時に電着を開始することとしたので、水に溶けやすいCaO層を劣化させることなくPd層を製膜することができる。これにより、膜質に優れた混合層を形成することができる。
【0038】
なお、図7に示したマスク82に加えて、図9に示すようにPd基板23と電気接触する銅線96を設けることとしても良い。この銅線96によってマスク82内のPd基板23とマスク82外との電気的導通をとることができるので、図7に示したCaO製膜装置70によってCaOを製膜した後にマスク82を取り外すことなく、図8に示したPd製膜装置の負極電極89に取り付けることができる。
また、図10に示すように、Pd基板23を金属板97によって挟み込み電気的導通を得ることとしても良い。この場合、Pd基板23の周囲はPTFE等の絶縁性シール98によって保護することが好ましい。
【0039】
また、上記実施形態では、CaOアルコキシドを用いてCaO層を製膜する方法について説明したが、CaO層に代えて、Y2O3のアルコキシド(Y(OCH3)3)を用いて同様にY2O3層を製膜することとしても良い。Y2O3アルコキシドの加水分解の反応は下式の通りである。
2Y(OCH3)3+3H2O→Y2O3+6CH3OH
このようにして得られたY2O3層とPd層とが交互に形成された混合層についても、凝集系核反応に用いられる凝集系構造物に好適に適用することができる(例えば特開2000−258573号公報の段落[0012]参照)。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の前提として用いられる核種変換方法の原理を説明する概略図である。
【図2】図1の核種変換方法にて使用される構造体を示す断面図である。
【図3】核種変換方法を実現する核種変換装置の構成図である。
【図4】図3に示す核種変換装置で使用する多層構造体を示す断面図である。
【図5】(a)は混合層の断面構成図であり、(b)は混合層を含む構造体の断面図である。
【図6】構造体に核種変換を施す物質を添加する装置の概略構成図である。
【図7】本発明の一実施形態にかかるCaO製膜装置を示した概略構成図である。
【図8】本発明の一実施形態にかかるPd製膜装置を示した概略構成図である。
【図9】図7に示したマスクの変形例を示した縦断面図である。
【図10】図7に示したマスクの他の変形例を示した縦断面図である。
【符号の説明】
【0041】
22 混合層
23 Pd基板(基材)
70 CaO製膜装置(凝集系構造体の製造装置)
72 気密容器(減圧容器)
82 マスク
85 Pd製膜装置(凝集系構造体の製造装置)
87 負極電極(一方の電極)
88 正極電極(他方の電極)
95 PdNO水溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CaO層又はY2O3層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、
前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造方法であって、
前記CaO層又はY2O3層は、前記基材を設置した減圧容器中にCaOのアルコキシドまたはY2O3のアルコキシドを導入した後に、水分を該減圧容器中に導入することによって前記基材上または前記Pd層上に製膜されることを特徴とする凝集系構造体の製造方法。
【請求項2】
CaO層又はY2O3層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、
前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造方法であって、
前記CaO層又はY2O3層が製膜された前記基材を一方の電極に設置し、
PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出する状態でかつ他方の電極に接液する状態で該PdNO水溶液を収容し、
前記電極間に所定電圧を印可した状態で前記CaO層又はY2O3層と前記PdNO水溶液の膨出した頂部とを接触させることにより、前記Pd層を製膜することを特徴とする凝集系構造体の製造方法。
【請求項3】
請求項1記載の凝集系構造体の製造方法によって前記基材上に前記CaO層又はY2O3層を製膜した後に、請求項1記載の凝集系構造体の製造方法によって前記基材上に製膜された前記CaO層上又はY2O3層上に前記Pd層を製膜し、これら工程を繰り返すことによって前記混合層を形成することを特徴とする凝集系構造体の製造方法。
【請求項4】
CaO層又はY2O3層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、
前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造装置であって、
前記基材が設置されるとともに減圧可能とされた容器と、
該容器内にCaOのアルコキシド又はY2O3のアルコキシドが導入可能とされたアルコキシド供給手段と、
前記容器内に水分を含むガスが導入可能とされた水分供給手段とを備え、
前記基材を設置した前記容器中に前記アルコキシド供給手段からCaOのアルコキシド又はY2O3のアルコキシドを導入した後に、前記水分供給手段から水分を前記容器中に導入することによって、前記基材上または前記Pd層上に前記CaO層又はY2O3層が製膜されることを特徴とする凝集系構造体の製造装置。
【請求項5】
CaO層とPd層とが交互に積層された混合層を基材上に備えた凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、
前記凝集系構造体に対して重水素を流して、前記核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応に用いる凝集系構造体の製造装置であって、
前記CaO層が製膜された前記基材が設置可能とされた一方の電極と、
PdNO水溶液が表面張力によって上方に膨出する状態でかつ他方の電極部に接液する状態で該PdNO水溶液を収容する他方の電極と、
前記電極間に所定電圧を印可する電源とを備え、
該電源によって前記電極間に所定電圧を印可した状態で、前記一方の電極と前記他方の電極とを接近させ、前記CaO層と前記PdNO水溶液の膨出した頂部とを接触させることにより、前記Pd層を製膜することを特徴とする凝集系構造体の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−249559(P2008−249559A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−92517(P2007−92517)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】