説明

刃物及びその製造方法

【課題】 非磁性刃物として、セラミックは硬度が高いが靭性に劣るために欠けやすく、Ti合金の一種であるTi−6Al−4V合金は硬度が不十分のために耐磨耗性に劣り、イオンプレーティングなどの表面処理で硬度を上げても硬化層が脆くて剥離しやすい、ランニングコストが高いなどの問題があった。
【解決手段】 合金組成が重量%で少なくとも、Co30〜40%、Ni30〜35%、Cr18〜26%、Mo6〜11%、かつNb又はWの少なくとも一方を重量%で0≦Nb≦2%、0≦W≦8%含むCo−Ni基合金を用いて刃物にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性、耐摩耗性、強度、靭性に優れてなおかつ非磁性である刃物及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、海水などの腐食環境下で使うダイバー用ナイフ、海釣り用ナイフなどの刃物は、ステンレス鋼、Ti合金、金属間化合物を析出させたNi基合金などを用いて製造されていた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、非磁性を必要とする刃物、例えば、磁気影響を嫌う磁気テープの裁断用刃物としては、セラミック、Ti合金、Ti合金へのイオンプレーティングなどの表面処理、NiTi金属間化合物を析出させたNiTi合金刃物などが知られていた(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平5−117828公報(第2項から第3項)
【特許文献2】特開平5−318380公報(第2項から第3項)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ステンレス鋼やTi合金製刃物は、耐食性に優れているが硬度や強度が低く、すぐに切れ味が悪くなったり、折れ曲がったり、破断したりして、満足できるものではなかった。金属間化合物を析出させたNi基合金を用いた刃物もあるが析出硬化処理時間が長くかかるなどの課題があった。
【0005】
非磁性刃物として、セラミックは靭性が低いために刃が欠けやすく、Ti合金は硬度が不十分のために刃の磨耗が早く、Ti合金へのイオンプレーティングは硬化層が剥離しやすいなどの問題があった。また、NiTi金属間化合物を析出させたNiTi合金刃物は、セラミックやTi合金製刃物に比べ優れているが、さらなる硬度、強度の向上が求められていた。
【0006】
本発明は、耐食性、引張り強度、靭性に優れてなおかつ非磁性である刃物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る刃物は、Co−Ni基合金を用いる。Co−Ni基合金の組成は、重量%で少なくとも、Co30〜40%、Ni30〜35%、Cr18〜26%、Mo6〜11%、かつNb又はWの少なくとも一方を重量%で0≦Nb≦2%、0≦W≦8%含む。
【0008】
本発明は、前記Co−Ni基合金を熱間圧延する工程と、溶体化処理する工程と、冷間塑性加工を施す工程と、時効処理する工程と、研磨する工程とからなる。
【0009】
好ましくは、Co−Ni基合金の冷間塑性加工の加工率は70%以上である。
【0010】
また、用途によっては刃物の刃先よりも峰の加工率が低くなるように塑性加工を施すことにより、刃先のみを高硬度にして、刃物全体は適度な靭性を有して刃物を破断し難くしても良い。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来の耐食性刃物に比べ、耐磨耗性、強度に優れているため、刃先が磨耗したり欠けたりし難く、強靭で破断し難い刃物を実現できる。例えば、ダイバー用、海釣り用のレジャーナイフなどとして適している。
【0012】
また、本発明に係る刃物は非磁性であるため、非磁性を必要とする刃物、例えば、磁気テープの裁断用刃物に適している。磁気テープに磁気影響を与えず、耐摩耗性に優れて刃先の鋭利さを長く保つため、再研磨するまでの使用時間、すなわちランニングタイムを長くすることができる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る刃物に用いるCo−Ni基合金の組成は重量%で少なくとも、Co30〜40%、Ni30〜35%、Cr18〜26%、Mo6〜11%、NbもしくはWの少なくとも一方を含み、前記元素の重量%が0≦Nb≦2%、0≦W≦8%である。このCo−Ni基合金は、硬度、強度、耐食性に優れ、非磁性である。この合金を好ましくは真空溶解にて溶製し、インゴットに鋳造する。そのインゴットを用いて鍛造、熱間圧延加工を行い、1100℃〜1200℃で溶体化処理し、その後、冷間塑性加工を施す。
【0014】
この合金の母相はオーステナイト単一相であり、冷間塑性加工を施すことにより母相内に微細なΣ3変形双晶が形成され加工硬化させ、その後、時効処理を施すことによりひずみ時効硬化させて硬度、強度をさらに増大させる。この合金の母相は非常に安定したオーステナイト相であるために、冷間塑性加工を施しても加工誘起マルテンサイト相などのような磁性相の生成がない。加工硬化、時効硬化は全てオーステナイト相内で起こるので、非磁性を維持したまま強度を増大することができる。
【0015】
刃物としての十分な硬度、強度を得るためには、70%以上、好ましくは80%以上の塑性加工を施す。ただし、加工率が高くなりすぎると靭性は低下してくるので、用途によっては刃物の峰の加工率が40%以上、刃先の加工率が70%以上になるように塑性加工を施す。刃先の加工率を峰の部分より高くすることにより、刃先のみを高硬度にして、刃物全体は適度な靭性を有して刃物を破断し難くくすることが可能である。
【0016】
塑性加工は通常の圧延、鍛造などでよい。この合金は冷間塑性加工率を高めても加工誘起マルテンサイト相のような磁性相を生じることはない。その後、時効処理を施すことによりひずみ時効硬化して、さらに硬度、強度が増大する。ひずみ時効硬化は母相内で溶質原子が積層欠陥に偏析して転位を固着することにより硬化するものである。このように、冷間塑性加工や時効処理を施して合金の硬度や強度を刃物に適するまで増大させても、母相はオーステナイト相のままであり非磁性を維持する。時効処理は400℃〜650℃、好ましくは500℃〜600℃の温度範囲で1〜2時間行う。400℃未満の温度での時効処理では十分な時効硬化が得られず、650℃を越える温度での時効処理では焼鈍領域に入ってしまい硬度が低下するからである。時効処理後、各種刃物に適した形状に研磨して仕上げる。
【0017】
なお、刃物全体を前記Co−Ni基合金で作製しても良いし、Ti合金など他の非磁性耐食合金と組み合わせたクラッド構造にして刃先のみを前記Co−Ni基合金にしても良い。
【0018】
次に、合金の組成を前記の範囲とした理由を述べる。
【0019】
Co30〜40%、Ni30〜35%としたのは、安定したオーステナイト相を形成し、良好な塑性加工性と高い加工硬化能を得るための最適範囲であることによる。Crは耐食性を向上させる効果、及び積層欠陥エネルギーを低下させて加工硬化能を高める効果があるが、優れた耐食性を得るためには18%以上必要であり、26%を越えると金属間化合物のσ相を析出して脆くなる危険性があることから、18〜26%が最適範囲である。Moはオーステナイト相を固溶強化する効果、及びCrと共に用いることにより耐食性を向上させる効果がある。十分な効果を得るためには6%以上必要であるが、11%を越えると金属間化合物のσ相を析出して脆くなる危険性があることから、6%〜11%が最適範囲である。Nbはひずみ時効硬化能を高める効果があるが、2%を越えると塑性加工性が低下するため、0≦Nb≦2%が最適範囲である。Wはオーステナイト相を固溶強化する効果があるが、8%を越えると塑性加工性が低下するため、0≦W≦8%が最適範囲である。
【実施例】
【0020】
以下実施例により詳細に説明する。
(実施例1〜14)
高周波誘導式の真空溶解炉を用いて各種組成のCo−Ni基合金を溶製して20kgのインゴットを鋳造し、鍛造、溶体化、熱間圧延、焼鈍の工程を経た後、圧延加工率40%、60%、70%、80%の冷間圧延により厚さ2mmに仕上げ、その後、350℃〜750℃の各温度で2時間の時効処理を行った。
【0021】
表1に本発明に係る合金a〜合金iの組成を示す。
【0022】
【表1】

表2に実施例1〜14の製造条件と、そのときのビッカース硬度(Hv)、引張り強さ(MPa)、14kOe磁場中での飽和磁束密度(kG)を示す。実施例1〜14は、合金aから合金iを用いており、それぞれの合金の厚さ2mmの圧延材を用いて刃物を作製した。
【0023】
Ti−6Al−4V合金、NiTi合金、Ni基合金(14Cr−16Mo−4W−5Fe−残Ni)を用いて作製した従来例1〜3の製造条件と各測定結果も合わせて表2に示す。
【0024】
【表2】

実施例1〜5は本発明に係るCo−Ni基合金を用いており鋭利な刃物として望ましい硬度Hv550以上を示している。
【0025】
実施例6〜14は、圧延加工率が70%以上で、かつ時効処理温度が400℃〜650℃の間で2時間処理したものである。
実施例6〜14は、実施例1〜5に比べ更に硬度が高く、特に鋭利な刃物として望ましい硬度Hv650以上を示していた。特に圧延加工率が80%で、温度が500℃、及び600℃で2時間時効処理したものはHv700を越える高い硬度を示している。実施例6〜14の引張り強さは全て2600MPa以上の高い値を示している。従来例に比べて、硬度、引っ張り強さが高く、刃物として優れており、容易に刃が磨耗したり欠けたりしないことを示している。飽和磁束密度は0.01kG前後の値を示しており非磁性である。
【0026】
一方の従来例1、従来例2は硬度が低く刃物には不適である。従来例3は、硬度は高いものの引張り強さが弱く、やはり刃物に適していない。
(実施例15)
曲げ負荷に対しての破断し難さを重視した刃物が実施例15である。
実施例15として、合金b製の厚さ6mmの焼鈍材を用いて、冷間圧延により図1に示す厚さイ(3.6mm)、厚さハ(1.8mm)、幅ロ(20mm)の楔形断面の異形材に加工した。
イ:楔形刃物の峰の厚さ
ロ:楔形刃物の幅
ハ:楔形刃物の刃先の厚さ
ニ:楔形刃物の峰の断面硬度測定部
ホ:楔形刃物の峰と刃先の中間の断面硬度測定部
ヘ:楔形刃物の刃先の断面硬度測定部
このときのイの圧延加工率は40%で、ハの圧延加工率は70%である。その後、500℃で2時間時効処理を施し、研磨して楔形断面の刃物に仕上げた。刃物の楔形断面における峰付近ニ部、峰と刃先の中間付近ホ部、刃先付近ヘ部の硬度(Hv)、および刃物を刃物の長手方向と直角に90度折り曲げたときの破断の有無を表3に記した。実施例15は、刃先付近の硬度はHv725と刃物として十分の硬度になっているが、峰部付近の硬度はHv466と低いため、90度曲げに対して柔軟性があり破断しなかった。比較として前述の実施例8の刃物について同様の折り曲げを行ったが、こちらは破断してしまった。刃物の刃先よりも峰の加工率が低くなるように塑性加工を施すことにより、刃先のみを高硬度にして刃物全体は適度な靭性を有することにより、刃物の硬度と折れ難さを両立した。
【0027】
【表3】

(実施例16)
刃先のみを本発明のCo−Ni基合金で作り、残りの刃物の部分をTi合金と組み合わせたクラッド構造にしたものが実施例16である。図2に実施例16の断面図を示す。刃物1の先端の刃先2が本発明のCo−Ni基合金で作られており、残りの刃物の部分をTi合金作製した。高耐食性であり、かつ非磁性の刃物が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の刃物の断面図である。
【図2】本発明の刃物の断面図である。
【符号の説明】
【0029】
1 刃物
2 刃先

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合金の組成が重量%で少なくとも、Co30〜40%、Ni30〜35%、Cr18〜26%、Mo6〜11%、かつNb又はWの少なくとも一方を重量%で0≦Nb≦2%、0≦W≦8%含むCo−Ni基合金を用いて、熱間圧延する工程と、溶体化処理する工程と、冷間塑性加工を施す工程と、時効処理する工程と、研磨する工程を含むことを特徴とする刃物の製造方法。
【請求項2】
冷間塑性加工の加工率は70%以上であることを特徴とする請求項1に記載の刃物の製造方法。
【請求項3】
刃物の刃先よりも峰の加工率が低くなるように冷間塑性加工を施し、刃物の峰の冷間塑性加工率は40%以上であり、刃先の冷間塑性加工率は70%以上であることを特徴とする請求項1に記載の刃物の製造方法。
【請求項4】
時効処理温度が400℃〜650℃であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一つに記載の刃物の製造方法。
【請求項5】
少なくとも刃先が請求項1から4のいずれか一項に記載の製造方法により製造されたことを特徴とする刃物。
【請求項6】
刃物の合金母相がオーステナイト単一相であり、母相内に微細な変形双晶が形成されていることを特徴とする請求項5に記載の刃物。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載の刃先となるように他の金属と組み合わせたクラッド構造を有することを特徴とする刃物。
【請求項8】
合金の組成が重量%で少なくとも、Co30〜40%、Ni30〜35%、Cr18〜26%、Mo6〜11%、かつNb又はWの少なくとも一方を重量%で0≦Nb≦2%、0≦W≦8%含むCo−Ni基合金を用いたことを特徴とする刃物。

【図1】
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【図2】
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