説明

分離方法

【課題】簡単な操作で、リン脂質を含有する試料液中から、リン脂質を選択的に分離し得る分離方法を提供すること。
【解決手段】本発明の分離方法は、リン脂質を含有する試料液中から、前記リン脂質を選択的に分離する方法であり、少なくとも表面がリン酸カルシウム系化合物で構成された充填剤に、カルシウムを吸着させるカルシウム吸着工程と、前記充填剤が、充填空間の少なくとも一部に充填されてなる装置内に、前記試料液を供給する供給工程と、前記装置内に、有機溶媒系の溶出液を供給して、前記装置内から流出する流出液を、所定量ずつ分画することにより、この分画された各画分の流出液中に、前記リン脂質を分画する分画工程を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料液中からリン脂質を選択的に分離する分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン脂質は、その構造中にリン酸エステル部位を備える脂質であり、両親媒性を有することから、脂質二重層を形成するため、糖脂質やコレステロールとともに細胞膜の主要な構成成分となる他、生体内でのシグナル伝達にもかかわる。
【0003】
そのため、かかる性質を利用して、リン脂質を、サプリメントおよび化粧品の有効成分や、ドラッグデリバリーシステム(DDS)に用いることが検討されており、その利用範囲に広がりを見せている。
【0004】
このようなリン脂質は、卵黄や大豆等に多く含まれており、これらの中から効率よく分離・精製する方法が求められており、近年、その分離方法として、カラムクロマトグラフィー法が着目され、例えば、シリカゲルクロマトグラフィー法を用いて、単離・精製することが試みられている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0005】
しかしながら、シリカゲルクロマトグラフィー法では、シリカゲル担体表面の官能基や、担体の表面に残存するシラノール基がリン脂質の吸着・溶出に悪影響をおよぼす他、通常用いられる溶出液が、クロロホルム、メタノールおよびヘキサン等の混合物であり、その調製が煩雑である。さらに、担体に対するリン脂質の吸着が強いためカラムの洗浄が困難であり、繰り返しの使用が困難である等の問題を有する。
【0006】
そのため、シリカゲルクロマトグラフィー法に代わる方法として、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー法を用いることも検討されているが、ハイドロキシアパタイトで構成される充填剤(担体)にリン脂質を吸着させる方法、吸着されたリン脂質を流出液中に溶出させる方法、さらには、流出液中に溶出したリン脂質を検出する方法等の検討が十分に行われていないのが実情である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】伊原博隆,「高分子被覆シリカの機能設計と高選択性の発現」,第14回吸着シンポジウム,熊本.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、簡単な操作で、リン脂質を含有する試料液中から、リン脂質を選択的に分離し得る分離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的は、下記(1)〜(10)に記載の本発明により達成される。
(1) リン脂質を含有する試料液中から、前記リン脂質を選択的に分離する分離方法であって、
少なくとも表面がリン酸カルシウム系化合物で構成された充填剤に、カルシウムを吸着させるカルシウム吸着工程と、
前記充填剤が、充填空間の少なくとも一部に充填されてなる装置内に、前記試料液を供給する供給工程と、
前記装置内に、有機溶媒系の溶出液を供給して、前記装置内から流出する流出液を、所定量ずつ分画することにより、この分画された各画分の流出液中に、前記リン脂質を分画する分画工程を有することを特徴とする分離方法。
【0010】
これにより、簡便な操作で、リン脂質を含有する試料液中から、リン脂質を選択的に分離することができる。
【0011】
(2) 前記カルシウム吸着工程は、カルシウムを含有するカルシウム含有液を前記充填剤に接触させることにより行われる上記(1)に記載の分離方法。
【0012】
かかる方法によれば、前記装置内にカルシウム含有液を供給するという簡単な操作で、確実にカルシウムを充填剤に吸着させることができる。
【0013】
(3) 前記カルシウム含有液は、塩化カルシウム水溶液である上記(2)に記載の分離方法。
【0014】
これにより、リン酸カルシウム系化合物に、悪影響を及ぼすことなく、カルシウムを確実に吸着させることができる。
【0015】
(4) 前記試料液は、リン脂質がリポソームを形成しているリン脂質リポソームを含有する上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の分離方法。
【0016】
これにより、試料液を前記装置内に供給した際に、リン脂質が備えるリン酸基がリン脂質リポソームの外側に露出した状態となっているため、リン脂質リポソームとして存在しているリン脂質を、充填剤に確実に吸着させることができる。
【0017】
(5) 前記分画工程において、前記溶出液は、有機溶媒としてイソプロパノールを含有する上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の分離方法。
【0018】
これにより、吸着剤に吸着しているリン脂質を吸着剤から確実に溶出させることができるとともに、リン脂質以外の挟雑物と分離した状態でリン脂質を各分画内に確実に溶出させることができる。
【0019】
(6) 前記分画工程において、前記溶出液は、イソプロパノールの含有量が0〜80%まで上昇するリニアグラジエント溶液である上記(5)に記載の分離方法。
【0020】
これにより、リン脂質を、リン脂質以外の挟雑物と分離した状態で、より確実に各分画内に溶出させることができる。
【0021】
(7) 前記分画工程において、前記溶出液の流速は、0.1〜10mL/分である上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の分離方法。
【0022】
このような流速で、リン脂質の分離を行うことにより、分離操作に長時間を要することなく、目的とするリン脂質を確実に分離すること、すなわち、高純度なリン脂質を得ることができる。
【0023】
(8) 前記分画工程において、前記リン脂質の検出は、前記各画分の190〜230nmの吸光度を観察することにより行われる上記(1)ないし(7)のいずれかに記載の分離方法。
【0024】
かかる範囲の波長は、リン脂質に含まれるリン酸基に起因する吸収が認められる範囲であるため、かかる範囲の波長における吸光度を観察することにより、流出液中におけるリン脂質を確実に検出することができる。
【0025】
(9) 前記分画工程において、前記リン脂質の検出は、予め測定した前記溶出液の吸光度を、観察される前記各画分の吸光度から差し引いて行われる上記(1)ないし(8)のいずれかに記載の分離方法。
【0026】
これにより、溶出液に起因する吸光度を相殺することができる。すなわち、溶出液に起因するノイズを取り除くことができるため、流出液中におけるリン脂質をより高い感度で検出することができるようになる。
【0027】
(10) 前記リン酸カルシウム系化合物は、ハイドロキシアパタイトを主成分とするものである上記(1)ないし(9)のいずれかに記載の分離方法。
【0028】
ハイドロキシアパタイトは、特に、生体を構成する成分に近いため、リン脂質を吸着・分離する際に、このリン脂質が変質(変性)するのを好適に防止することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、試料液中に含まれるリン脂質を充填剤に吸着させ、さらに、吸着させたリン脂質を選択的に流出液中に溶出させることができるので、リン脂質を含有する試料液中から、高純度でリン脂質を分離することができる。
【0030】
また、リン脂質を含有する流出液を観察する条件を適宜設定することにより、流出液中のリン脂質を高い感度で検出することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明で用いる吸着装置の一例を示す縦断面図である。
【図2】レシチンリポソーム含有液中に含まれるレシチンリポソームの粒度分布図である。
【図3】リン脂質を含有する試料液を吸着装置に供給した際の流出液で測定された吸光度曲線である。
【図4】リン脂質を含有する試料液を吸着装置に供給した際の流出液で測定された吸光度曲線である。
【図5】4STD試料に含まれるタンパク質を、リン脂質リポソームが吸着した吸着剤を備える吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【図6】4STD試料に含まれるタンパク質を、各種溶媒で洗浄した後の吸着剤を備える吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【図7】各種溶媒で洗浄した後に吸着剤に残留している残留有機物量を示す図である。
【図8】試料液に含まれるレシチンを、吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【図9】試料液に含まれるレシチンを、吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【図10】試料液に含まれる卵黄由来のリン脂質を、吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【図11】試料液に含まれる赤血球膜由来のリン脂質を、吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【図12】試料液に含まれるエンドトキシンを、吸着装置を用いて分離した際に測定された吸光度曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の分離方法を添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
まず、本発明の分離方法について説明するのに先立って、本発明で用いられる吸着装置分離装置)の一例について説明する。
【0033】
図1は、本発明で用いる吸着装置の一例を示す縦断面図である。なお、以下の説明では、図1中の上側を「流入側」、下側を「流出側」と言う。
【0034】
ここで、流入側とは、目的とするリン脂質を分離(精製)する際に、例えば、試料液(試料を含む液体)、有機溶媒系の溶出液等の液体を、吸着装置内に供給する側のことを言い、一方、流出側とは、前記流入側と反対側、すなわち、前記液体が流出液として吸着装置内から流出する側のことを言う。
【0035】
なお、以下では、吸着装置1を用いて、卵黄に由来する試料中から、これに含まれるリン脂質を選択的に分離する場合について説明する。
【0036】
試料液中からリン脂質を分離(単離)する、図1に示す吸着装置1は、カラム2と、粒状の吸着剤(充填剤)3と、2枚のフィルタ部材4、5とを有している。
【0037】
カラム2は、カラム本体21と、このカラム本体21の流入側端部および流出側端部に、それぞれ装着されるキャップ(蓋体)22、23とで構成されている。
【0038】
カラム本体21は、例えば円筒状の部材で構成されている。カラム本体21を含めカラム2を構成する各部(各部材)の構成材料としては、例えば、各種ガラス材料、各種樹脂材料、各種金属材料、各種セラミックス材料等が挙げられる。
【0039】
カラム本体21には、その流入側開口および流出側開口を、それぞれ塞ぐようにフィルタ部材4、5を配置した状態で、その流入側端部および流出側端部に、それぞれキャップ22、23が螺合により装着される。
【0040】
このような構成のカラム2では、カラム本体21と各フィルタ部材4、5とにより、吸着剤充填空間20が画成されている。そして、この吸着剤充填空間20の少なくとも一部に(本実施形態では、ほぼ満量で)、吸着剤3が充填されている。
【0041】
吸着剤充填空間20の容積は、試料液の容量に応じて適宜設定され、特に限定されないが、試料液1mLに対して、0.1〜100mL程度が好ましく、1〜50mL程度がより好ましい。
【0042】
吸着剤充填空間20の寸法を上記のように設定し、かつ後述する吸着剤3の寸法を後述のように設定することにより、試料液中から目的とするリン脂質を選択的に単離(精製)すること、すなわち、リン脂質と、試料液中に含まれるリン脂質以外の夾雑物とを確実に分離することができる。
【0043】
また、カラム2では、カラム本体21に各キャップ22、23を装着した状態で、これらの間の液密性が確保されるように構成されている。
【0044】
これらキャップ22、23のほぼ中央には、それぞれ、流入管24および流出管25が液密に固着(固定)されている。この流入管24およびフィルタ部材4を介して吸着剤3に、前記試料液(液体)が供給される。また、吸着剤3に供給された試料液は、吸着剤3同士の間(間隙)を通過して、フィルタ部材5および流出管25を介して、カラム2外へ流出する。このとき、試料液(試料)中に含まれるリン脂質とリン脂質以外の夾雑物とは、後に詳述するが、カルシウムを吸着させた吸着剤3に対する吸着性の差異および有機溶媒系の溶出液に対する親和性の差異に基づいて分離される。
【0045】
各フィルタ部材4、5は、それぞれ、吸着剤充填空間20から吸着剤3が流出するのを防止する機能を有するものである。これらのフィルタ部材4、5は、それぞれ、例えば、ポリウレタン、ポリビニルアルコール、ポリプロピレン、ポリエーテルポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等の合成樹脂からなる不織布、発泡体(連通孔を有するスポンジ状多孔質体)、織布、メッシュ等で構成されている。
【0046】
吸着剤3は、その少なくとも表面が、リン酸カルシウム系化合物で構成されている。かかる吸着剤3には、後に詳述するように、カルシウムが吸着され、このカルシウムが吸着した吸着剤3に、リン脂質が、このもの固有の吸着(担持)力で特異的に吸着し、その吸着力の差に応じて、リン脂質以外の夾雑物と分離・精製される。
【0047】
リン酸カルシウム系化合物としては、特に限定されず、例えば、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))、TCP(Ca(PO)、Ca、Ca(PO、DCPD(CaHPO・2HO)、CaO(POや、これらの一部が他の原子または原子団で置換されたもの等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0048】
中でも、リン酸カルシウム系化合物は、ハイドロキシアパタイトを主成分とするものが好ましい。特に、ハイドロキシアパタイトは、生体を構成する成分に近いため、リン脂質を吸着・分離する際に、このリン脂質が変質(変性)するのを好適に防止することができる。
【0049】
また、前述の吸着剤3の形態(形状)は、図1に示すように、粒状(顆粒状)のものであるのが好ましいが、その他、例えばペレット状(小塊状)、ブロック状(例えば、隣接する空孔同士が互いに連通する多孔質体、ハニカム形状)等とすることもできる。なお、吸着剤3を粒状とすることにより、その表面積を増大させることができ、リン脂質の分離特性の向上を図ることができる。
【0050】
粒状の吸着剤3の平均粒径は、特に限定されないが、0.5〜150μm程度であるのが好ましく、10〜80μm程度であるのがより好ましい。このような平均粒径の吸着剤3を用いることにより、前記フィルタ部材5の目詰まりを確実に防止しつつ、吸着剤3の表面積を十分に確保することができる。
【0051】
なお、吸着剤3は、その全体がリン酸カルシウム系化合物で構成されたものであってもよく、担体(基体)の表面をリン酸カルシウム系化合物で被覆したものであってもよいが、その全体がリン酸カルシウム系化合物で構成されたものであるのが好ましい。これにより、吸着剤3の強度をさらに向上させることができ、多量のリン脂質を分離する際の使用に適したカラム2を得ることができる。
【0052】
なお、その全体がリン酸カルシウム系化合物で構成された吸着剤3は、例えば、湿式合成法や乾式合成法を用いて、リン酸カルシウム系化合物粒子(一次粒子)を得、かかるリン酸カルシウム系化合物粒子を含有するスラリーを、乾燥や造粒することにより、乾燥粒子を得、さらに、この乾燥粒子を焼成する等して得ることができる。
【0053】
一方、担体の表面をリン酸カルシウム系化合物で被覆した吸着剤3は、例えば、樹脂等で構成される担体に、前記乾燥粒子を衝突(ハイブリダイズ)させる方法等により得ることができる。
【0054】
また、本実施形態のように、吸着剤3を吸着剤充填空間20にほぼ満量充填する場合には、吸着剤3は、吸着剤充填空間20の各部において、ほぼ同一の組成をなしているのが好ましい。これにより、吸着装置1は、リン脂質の分離(精製)能が特に優れたものとなる。
【0055】
なお、吸着剤充填空間20の一部(例えば流入管24側の一部)に吸着剤3を充填し、その他の部分には他の吸着剤を充填するようにしてもよい。
【0056】
次に、このような吸着装置1を用いたリン脂質の分離方法(本発明の分離方法)について説明する。
【0057】
[1] 試料液調製工程
まず、試料としての卵黄を用意し、例えば、この卵黄に含まれる総脂質が抽出された試料液を調製する。
【0058】
卵黄から総脂質を抽出する方法としては、特に限定されず、有機溶媒を用いた各種抽出方法が好適に用いられ、例えば、クロロホルムとメタノールとを用いたBligh−Dyer法やFolch法等が挙げられる。
【0059】
ここで、総脂質には、単純脂質と複合脂質とが含まれ、さらに、複合脂質には、リン脂質と糖脂質とが含まれる。
【0060】
そして、本実施形態で用意した卵黄には、リン脂質として、ホスファチジルコリン(レシチン)、リゾホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、リゾホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリン、ホスファチジルイノシトール、プラズマローゲン等が含まれ、吸着装置1を用いたリン脂質の分離方法により、これらリン脂質が総脂質を含有する試料液中から単離(分離)される。
【0061】
また、吸着装置1に供される試料液は、卵黄から抽出されたリン脂質が含まれていれば、如何なるものであってもよいが、当該試料液中において、リン脂質がリポソームを形成しているリン脂質リポソームを含有するものであるのが好ましい。これにより、後工程[3]において、試料液を吸着装置1内に供給した際に、リン脂質が備えるリン酸基がリン脂質リポソームの外側に露出した状態となっているため、リン脂質リポソームとして存在しているリン脂質を、充填剤3に確実に吸着させることができる。
【0062】
このようなリン脂質リポソームを含有する試料液は、例えば、卵黄から抽出された総脂質を含有する抽出液に水を添加し、激しく攪拌することにより得ることができる。
【0063】
また、試料液中に含まれるリン脂質リポソームの平均粒径は、特に限定されないが、10〜1000nm程度であるのが好ましく、50〜200nm程度であるのがより好ましい。平均粒径がかかる範囲内であるリン脂質リポソームは、試料液を吸着装置1内に供給した際に、充填剤3に対して確実に吸着し得るものとなる。
【0064】
[2] カルシウム吸着工程
次に、充填剤3に、カルシウムを吸着させる。
【0065】
ここで、リン脂質は、グリセリンやスフィンゴシンを中心骨格として有するものであり、これに脂肪酸とリン酸とが結合し、さらに、リン酸にアルコールがエステル結合した構造を有している。かかる構成のリン脂質において、リン酸は、3つのヒドロキシル基のうち2つが、それぞれ、中心骨格およびアルコールに結合し、残りの1つが電離することによりマイナスに帯電するリン酸サイトを形成している。
【0066】
また、リン酸カルシウム系化合物は、Ca10(POで表され、Ca/P比が1.0〜2.0のものが用いられ、プラスに帯電するカルシウムイオン(カルシウムサイト)と、マイナスに帯電するリン酸基(リン酸サイト)とが高密度に規則的に配列した構造を有し、両性イオン交換体として静電相互作用に基づく吸着能を有する。このため、リン酸カルシウム系化合物は、リン酸サイトを有するリン脂質に対して、カルシウムサイトにおいて静電相互作用に基づく吸着能を発揮するが、リン酸サイトにおいては、ともにマイナスに帯電しているために斥力が生じる。
【0067】
このように、マイナスに帯電するリン脂質を、リン酸カルシウム系化合物に対して吸着させようとすると、リン酸カルシウム系化合物が、プラスおよびマイナスの双方に帯電している両性イオン交換体としての静電相互作用に基づく吸着能を有することに起因して、充填剤3に十分に吸着させることができなかった。
【0068】
これに対して、本発明では、充填剤3にカルシウムを吸着させるため、リン酸カルシウム系化合物が有するリン酸サイトがカルシウムと結合し、これに起因して、吸着剤3における、カルシウムサイトが増加し、かつ、リン酸サイトが減少することとなる。その結果、マイナスに帯電するリン脂質の充填剤3に対する吸着能がより向上する。
【0069】
なお、リン酸カルシウム系化合物の実質全てのリン酸サイトにカルシウムが結合するのが好ましいが、少なくとも外表面のリン酸サイトにカルシウムが結合すればよい。外表面におけるリン酸サイトのカルシウムとの結合割合は、5〜100%程度であるのが好ましく、10〜100%程度であるのがより好ましく、20〜100%であるのがさらに好ましい。リン酸サイトへのカルシウムの結合割合は、リン酸カルシウム系化合物を充填した吸着装置に、リン酸サイトに吸着するタンパクを流し、そのタンパクの吸着量から判断すればよく、リン酸サイトにカルシウムが100%結合している場合は、リン酸サイトに吸着するタンパクが素通りすることになる。
【0070】
充填剤3にカルシウムを吸着させる方法としては、特に限定されないが、例えば、カルシウムを含有するカルシウム含有液を充填剤3に接触させる方法が挙げられる。かかる方法によれば、カルシウム含有液を充填剤3に接触させること、すなわち、吸着装置1内にカルシウム含有液を供給するという簡単な操作で、確実にカルシウムを充填剤3に吸着させることができる。
【0071】
また、カルシウム含有液としては、特に限定されないが、例えば、塩化カルシウム水溶液、乳酸カルシウム水溶液および硝酸カルシウム水溶液等が挙げられるが、これらの中でも、塩化カルシウム水溶液であるのが好ましい。かかる水溶液を用いれば、リン酸カルシウム系化合物に、悪影響を及ぼすことなく、カルシウムを確実に吸着させることができる。
【0072】
塩化カルシウム水溶液中における塩化カルシウムの含有量は、特に限定されないが、0.5〜10mM程度であるのが好ましく、1〜3mM程度であるのがより好ましい。
【0073】
また、塩化カルシウム水溶液のpHは、特に限定されないが、5.0〜9.0程度であるのが好ましく、6.0〜8.0程度であるのがより好ましい。
【0074】
塩化カルシウム水溶液の条件を上記のように設定すれば、塩化カルシウム水溶液中に含まれるカルシウムを確実に充填剤3に吸着させることができる。
【0075】
[3] 供給工程
次に、前記工程[1]で調製した試料液を、流入管24およびフィルタ部材4を介して吸着剤3に供給して、カラム2(吸着装置1)内を通過させて、前記工程[2]においてカルシウムが吸着された吸着剤3に接触させる。
【0076】
ここで、本発明では、前記工程[2]で説明したように、充填剤3にカルシウムが吸着しているため、カルシウムが吸着した吸着剤3に対して吸着能が高いリン脂質や、リン脂質以外の挟雑物(例えば、単純脂質や糖脂質)の中でもかかる吸着剤3に対して比較的吸着能の高いものは、カラム2内に保持される。そして、吸着剤3に対して吸着能の低い夾雑物は、フィルタ部材5および流出管25を介してカラム2内から流出する。
【0077】
[4] 分画工程
次に、流入管24からカラム2内に、リン脂質を溶出させるための溶出液として、有機溶媒系の溶出液を供給して、カラム2内から流出管25を介して流出する流出液を、所定量ずつ分画(採取)する。
【0078】
このように、本発明では、リン脂質を溶出させるための溶出液として、有機溶媒系の溶出液を供給する。かかる有機溶媒系の溶媒を用いれば、本発明者の検討により、カルシウムが吸着した吸着剤3に対して高い吸着能で吸着しているリン脂質をも確実に溶出液中に溶出させ得ることが判っている。
【0079】
そのため、有機溶媒系の溶出液の種類、溶出液中の有機溶媒の含有量等を適宜設定することにより、吸着剤3に吸着している卵黄由来のリン脂質、および、それ以外の夾雑物を、それぞれ、これら化合物(リン脂質や挟雑物)が有する吸着剤3に対する吸着力の差に応じて、各分画内に溶出した状態で回収(分離)することができる。
【0080】
有機溶媒系の溶出液としては、水溶性の有機溶媒を含有する水溶液が好適に用いられる。また、水溶性の有機溶媒としては、特に限定されないが、例えば、イソプロパノール、ブタノール、アセトニトリル、ピリジンおよびN,N−ジメチルホルムアミド等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。これらの中でも、イソプロパノールを用いるのが好ましい。これにより、吸着剤3に吸着しているリン脂質を吸着剤3から確実に溶出させることができるとともに、リン脂質以外の挟雑物と分離した状態でリン脂質を各分画内に確実に溶出させることができる。
【0081】
また、水溶性の有機溶媒としてイソプロパノールを用いる場合、溶出液としては、溶出液中のイソプロパノールの含有量が漸増するリニアグラジエント溶液を用いるのが好ましく、イソプロパノールの含有量が0〜80%まで上昇するリニアグラジエント溶液を用いるのがより好ましい。これにより、リン脂質を、リン脂質以外の挟雑物と分離した状態で、より確実に各分画内に溶出させることができる。
【0082】
溶出液のpHは、特に限定されないが、6〜8程度であるのが好ましく、6.5〜7.5程度であるのがより好ましい。これにより、分離するリン脂質の変質(変成)を防止することができ、その特性が変化するのを防止することができる。また、吸着剤3の変質(溶解等)を好適に防止することができ、吸着装置1における分離能の変化を防止することもできる。
【0083】
この溶出液の温度も、特に限定されないが、30〜50℃程度であるのが好ましく、35〜45℃程度であるのがより好ましい。これにより、分離するリン脂質の変質(変成)を防止することができる。
【0084】
したがって、かかるpH範囲および温度範囲のリン酸系緩衝液を用いることにより、目的とするリン脂質の回収率の向上を図ることができる。
【0085】
さらに、溶出液の流速は、0.1〜10mL/分程度であるのが好ましく、1〜5mL/分程度であるのがより好ましい。このような流速で、リン脂質の分離を行うことにより、分離操作に長時間を要することなく、目的とするリン脂質を確実に分離すること、すなわち、高純度なリン脂質を得ることができる。
【0086】
また、何れの分画内にリン脂質が溶出しているかの検証、すなわち、各分画内におけるリン脂質の検出は、如何なる手法を用いてもよいが、各分画の吸光度を観察することにより行うのが好ましい。これにより、各分画すなわち流出液の吸光度を経時的に観察するという、比較的簡単な操作で、何れの分画内にリン脂質が溶出しているかを知ることができる。
【0087】
各分画におけるリン脂質の検出を、各分画(流出液)の吸光度を観察することにより行う場合、その波長は、190〜230nm程度であるのが好ましく、200〜210nm程度であるのがより好ましい。かかる範囲の波長は、リン脂質に含まれるリン酸基に起因する吸収が認められる範囲であるため、かかる範囲の波長における吸光度を観察することにより、流出液中におけるリン脂質を確実に検出することができる。
【0088】
さらに、この場合、予め溶出液の吸光度を測定しておき、観察される各分画(流出液)の吸光度から、測定された溶出液の吸光度を差し引いて各分画の吸光度を観察するのが好ましい。これにより、溶出液に起因する吸光度を相殺することができる、すなわち、溶出液に起因するノイズを取り除くことができるため、流出液中におけるリン脂質をより高い感度で検出することができるようになる。
【0089】
以上のように、本発明によれば、リン酸カルシウム系化合物で構成された充填剤にカルシウムを吸着させ、この充填剤に、リン脂質を含有する試料液を接触させた後に、有機溶媒系の溶出液を供給させるという比較的簡単な操作で、所定の画分に、高純度で卵黄由来のリン脂質を分離(回収)することができる。
【0090】
以上の説明では、卵黄由来のリン脂質を総脂質中から抽出する場合を一例として説明したが、かかる場合に限定されず、本発明によれば、例えば、大豆のような豆類、赤血球、グラム陰性菌のような各種細胞およびウイルス等に含まれるリン脂質をも容易かつ高純度で分離することが可能である。
【0091】
以上、本発明の分離方法について説明したが、本発明は、これに限定されるものではない。例えば、任意の目的で、1以上の工程を追加することができる。
【実施例】
【0092】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.リン脂質リポソームの調製
(レシチンリポソーム含有液)
−1A− まず、卵黄由来のレシチン(和光純薬工業社製、Lot No.126-00812)を用意し、攪拌した後に、このもの60μLを、エタノール1.94mLに加え、ローテーター(TAITEC社製、「RT−50」)を用いて、30rpm×15min(室温)の条件で攪拌した。
【0093】
−2A− 次に、攪拌後のレシチン・エタノール添加物を、8000rpm×5min(室温)の条件で遠心分離した。
【0094】
−3A− 次に、水30mLを攪拌しつつ、このものに、前記工程−2A−で得られた遠心上清(エタノール可溶性分画)1.5mLを、クロマトインジェクト用500μLマイクロシリンジ(イトー社製、「MS−R500」)を用いて、3回に分けて勢いよく注入し、その後、約3min程度攪拌して、レシチンリポソーム含有液を調製した。
【0095】
以上のようにして得られたレシチンリポソーム含有液について、合計3回、動的散乱粒度分布装置(ベックマンコールター社製、「N5」)を用いて、レシチンリポソーム含有液中に含まれるレシチンリポソームの大きさを測定した。
その結果を、図2および表1に示す。
【0096】
【表1】

【0097】
図2および表1から明らかなように、攪拌状態の水に対してエタノール可溶性分画を勢いよく注入することにより、水中にレシチンリポソームを作製することができ、そのサイズが粒径100nm程度のものと、このものが凝集または大きな単層リポソームが形成された粒径500nm程度のものが形成されていると推察された。
【0098】
2.リン脂質リポソームの吸着剤に対する吸着
(リン酸ナトリウム緩衝液による検討)
−1B− まず、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0099】
−2B− 次に、リン脂質吸着用の緩衝液として、1mMのリン酸ナトリウム緩衝液(以下、「NaPB」と略す。;pH6.8)と、400mMのNaPB(pH6.8)とを用意した。
【0100】
−3B− 次に、カラム内を1mM・NaPB(初期バッファー)で置換(平衡化)した後、前記1.で調製したリン脂質リポソーム100μLを試料液としてカラムに供給(アプライ)した。
【0101】
−4B− 次に、1mM・NaPBを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、1mM・NaPBおよび400mM・NaPBを、それらの容量比が400mM・NaPBが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、400mM・NaPBを1mL/minの流速で3分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。
その結果を、図3に示す。
【0102】
図3から明らかなように、吸着剤として、カルシウムが吸着していないハイドロキシアパタイトビーズを用いた場合では、リン脂質リポソームが吸着剤に吸着することなく、流出液中に溶出することが判った。
【0103】
なお、前記工程−3B−において、初期バッファーとして純水を用い、カラム内を純水で置換した場合についても、前記と同様の検討を行ったが、この場合についても、リン脂質リポソームは、吸着剤に吸着することなく、流出液中に溶出する結果が得られた。
【0104】
(塩化カルシウム水溶液による検討)
前記工程−3B−および前記工程−4B−を、以下のように変更したこと以外は、前記リン酸ナトリウム緩衝液による検討と同様にして、充填剤に対するリン脂質リポソームの吸着を試みた。
【0105】
−3B’− カラム内を5mM・MESバッファー−3mM・CaCl(pH6.8)で置換した後、前記1.で調製したリン脂質リポソーム100μLを試料液としてカラムに供給(アプライ)した。
【0106】
−4B’− 5mM・MESバッファー−3mM・CaClを1mL/minの流速で5分間供給し、次いで、純水を1mL/minの流速で5分間供給した後、さらに純水および400mM・NaPBを、それらの容量比が400mM・NaPBが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、400mM・NaPBを1mL/minの流速で5分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。
その結果を、図4に示す。
【0107】
図4から明らかなように、5mM・MESバッファー−3mM・CaClの供給直後に見られるリン脂質リポソームの溶出は僅かしか認められなかった。このことから、吸着剤に、5mM・MESバッファー−3mM・CaClを接触させることにより、カルシウムが吸着し、その結果として、カルシウムが吸着したハイドロキシアパタイトビーズに、リン脂質リポソームが吸着していることが推察された。
【0108】
3.吸着剤に吸着したリン脂質リポソームの溶出
(リン脂質リポソーム吸着カラムのタンパク質分離能の評価)
[リン脂質リポソーム吸着カラムの製造]
−1C− まず、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0109】
−2C− 次に、400mMのNaPB(pH6.8)を、カラム内に、1mL/minの流速で10分間供給し、その後、純水を同様の条件で供給することにより、充填剤を洗浄した。
【0110】
−3C− 次に、5mM・MESバッファー−3mM・CaCl(以下、「MES−Caバッファー」と略す。;pH6.8)を、カラム内に、1mL/minの流速で20分間供給することにより、充填剤にカルシウムを吸着させた。
【0111】
−4C− 次に、カラム内に、MES−Caバッファーを1mL/minの流速で供給しつつ、前記1.で調製したリン脂質リポソーム100μLを2min間隔毎に合計15回カラムに供給(アプライ)した後、純水で5min間洗浄した。
【0112】
−5C− 次に、カラム内に、400mMのNaPB(pH6.8)を1mL/minの流速で10分間洗浄し、その後、10mMのNaPB(pH6.8)を1mL/minの流速で20分間洗浄することにより、カラム内を10mMのNaPB(pH6.8)で平衡化した。
【0113】
以上のような工程を経て、リン脂質リポソームが吸着した吸着剤を備えるカラム(吸着装置)を得た。
【0114】
[リン脂質リポソーム吸着カラムによるタンパク質の分離]
−1D− まず、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0115】
−2D− 次に、カラム内に、400mMのNaPB(pH6.8)を1mL/minの流速で10分間洗浄し、その後、10mMのNaPB(pH6.8)を1mL/minの流速で20分間洗浄することにより、カラム内を10mMのNaPB(pH6.8)で平衡化した。
【0116】
−3D− 次に、前記工程−2D−で得られたカラムに、ミオグロビン 0.5mg/mL、オバルブミン 1mg/mL、α−キモトリプシノーゲンA 0.5mg/mL、チトクロムC 0.5mg/mLとなるように、1mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)に溶解させた試料(以下、「4STD試料」と言う。)50μLを供給した。
【0117】
−4D− 次に、10mM・NaPBを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、10mM・NaPBおよび400mM・NaPBを、それらの容量比が400mM・NaPBが0%〜75%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、400mM・NaPBを1mL/minの流速で5分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。
【0118】
−5D− 次に、前記工程−5C−で得られた、リン脂質リポソームが吸着した充填剤を備えるカラムについても、前記工程−3D−と同様にして、4STD試料50μLを供給した。
【0119】
−6D− 次に、前記工程−4D−と同様にして、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。
【0120】
前記工程−4D−および前記工程−6D−において、それぞれ、測定された流出液の280nmにおける吸光度を図5に示す。
【0121】
図5から明らかなように、吸着剤にリン脂質リポソームが吸着することにより、リン脂質リポソームを吸着させる前の吸着剤と比較して、4STDの分離能に変化が認められることが判った。
【0122】
[リン脂質リポソーム吸着カラムに対する溶媒洗浄による影響]
−1E− まず、前記工程−5C−で得られた、リン脂質リポソームが吸着した充填剤を備えるカラムに対して、各種溶媒(アセトニトリル、イソプロパノール、1M水酸化ナトリウム)100CV(カラム容量)を用いて、それぞれ、洗浄した。
【0123】
−2E− 次に、充填剤が各種溶媒で洗浄されたカラムについて、それぞれ、400mMのNaPB(pH6.8)を1mL/minの流速で10分間供給し、その後、10mMのNaPB(pH6.8)を1mL/minの流速で20分間供給することにより、カラム内を10mMのNaPB(pH6.8)で平衡化した。
【0124】
−3E− 次に、充填剤が各種溶媒で洗浄されたカラムについて、それぞれ、4STD試料50μLを供給した。
【0125】
−4E− 次に、4STD試料50μLを供給された各カラムについて、それぞれ、10mM・NaPBを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、10mM・NaPBおよび400mM・NaPBを、それらの容量比が400mM・NaPBが0%〜75%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、400mM・NaPBを1mL/minの流速で5分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。
【0126】
その結果を、図6に示す。なお、図6(a)は、アセトニトリルで洗浄されたカラムの流出液で測定された吸光度、図6(b)は、イソプロパノールで洗浄されたカラムの流出液で測定された吸光度、および、図6(c)は、水酸化ナトリウムで洗浄されたカラムの流出液で測定された吸光度をそれぞれ示す。
【0127】
図5と図6とを比較して明らかなように、リン脂質リポソームが吸着した吸着剤を各種溶媒で洗浄することにより、4STDの分離能が、リン脂質リポソームを吸着させる前の吸着剤における4STDの分離能に近似していることが判った。これにより、吸着剤を各種溶媒で洗浄することにより、リン脂質リポソームを吸着剤から溶出し得ることが判った。このような傾向は、溶媒として有機溶媒系のものを用いたとき(図6(a)および図6(b))に顕著に認められ、特に、溶媒としてイソプロパノールを用いたとき(図6(b))により顕著に認められることが判った。
【0128】
−5E− また、充填剤が各種溶媒で洗浄されたカラムおよび充填剤が溶媒で洗浄される前のカラムについて、それぞれ、充填剤を取り出し、37℃で1日間乾燥させた。
【0129】
−6E− 次に、乾燥させた充填剤10mgについて、カラム毎に熱重量・示差熱同時分析計(島図製作所社製、「DTG60H」)を用いて、熱重量変化を測定した。なお、測定条件は、温度レート5℃/min、目標温度1200℃とし、26.17〜400℃における減量変化を測定した。
【0130】
その結果を、図7に示す。なお、図7に示す残留有機物量は、CHT TypeIIにおける残留有機物量を差し引いて、各充填剤で測定された熱重量変化の値から算出した。
【0131】
図7から明らかなように、リン脂質リポソームが吸着した吸着剤を各種溶媒で洗浄することにより、吸着剤に吸着している残留有機物量が減少することが判った。これにより、吸着剤を各種溶媒で洗浄することにより、リン脂質リポソームを吸着剤から溶出し得ることが判った。このような傾向は、溶媒として有機溶媒系のものを用いたとき(図6(a)および図6(b))に顕著に認められ、特に、溶媒としてイソプロパノールを用いたとき(図6(b))により顕著に認められることが判った。
【0132】
4.リン脂質リポソームの吸着剤による分離
(レシチンの検出:実施例1)
−1F− まず、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0133】
−2F− 次に、MES−Caバッファーを、カラム内に、1mL/minの流速で20分間供給することにより、充填剤にカルシウムを吸着させた。
【0134】
−3F− 次に、カラム内をMES−Caバッファーで置換(平衡化)した後、前記1.で調製したリン脂質リポソーム100μLを試料液としてカラムに供給(アプライ)した。
【0135】
−4F− 次に、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーおよび80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを、それらの容量比が80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で3分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。なお、カラム内から流出する流出液中のリン脂質の検出は、202nmの吸光度を測定することにより行った。
その結果を、図8(a)に示す。
【0136】
−5F− 次に、5%エタノール水溶液をブランク試料としてカラムに供給し、その後、前記工程−4F−と同様の溶出液をカラムに供給することにより、溶出液に起因する202nmにおける吸光度を測定した。
その結果を、図8(b)に示す。
【0137】
−6F− 次に、前記工程−4F−で測定されたリン脂質を含有する溶出液の202nmにおける吸光度曲線から、前記工程−5F−で測定された溶出液に起因する202nmにおける吸光度曲線を差し引いた。
その結果を、図9に示す。
【0138】
図9から明らかなように、レシチンの吸収極大付近の波長202nmで溶出液の吸光度を観察し、さらに、イソプロパノールを含有する溶出液に起因する吸光度分を差し引くことにより、3.5min後および5min後程度に認められるレシチンに由来するピークを高感度で観察し得ることが判った。
【0139】
(卵黄からのリン脂質の分離:実施例2)
−1G− まず、卵黄(朝霧高原たまご)5gを攪拌しつつ、メタノール18mLおよびクロロホルム9mLをこの順で添加し、その後、30分間放置した。
【0140】
−2G− 次に、このものを攪拌しつつ、純水10.8mLおよびクロロホルム9mLをこの順で添加した後、遠心分離装置(KUBOTA社製、「5930」)を用いて3000rpm×10min(4℃)の条件で遠心分離することにより、上層(水層)、中間層(変性タンパク質等による層)および下層(クロロホルム層)に分離させた。
【0141】
−3G− 次に、下層をシリンジで回収することにより、全量で15mLの下層を回収した。
【0142】
−4G− 次に、15mLの下層をナスフラスコに移し、エバポレーター(東京理化社製、「N−1000」)を用いて、減圧乾固した後、ナスフラスコをデシケーター中に入れて、1時間吸引乾燥することにより、約1.5gの卵黄由来の総脂質を抽出した。
【0143】
−5G− 次に、ナスフラスコ中に純水50mLを添加した後、ボルテックスを用いて攪拌しつつ、湯煎により総脂質の相転移温度以上に加熱することにより、脂質懸濁液を得た。
【0144】
−6G− ここで、脂質懸濁液中に含まれる脂質は、多重層リポソームを形成していると推察されるが、脂質懸濁液を、超音波発生装置(トミー精工社製、「UR−20P」)を用いて1分間処理して多重層を破砕することにより、卵黄由来の総脂質リポソームを得た。
【0145】
−7G− 次に、得られた卵黄由来の総脂質リポソームを純水で20倍希釈することにより、カラムに供給する試料液を調製した。
【0146】
−8G− 次に、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0147】
−9G− 次に、MES−Caバッファーを、カラム内に、1mL/minの流速で20分間供給することにより、充填剤にカルシウムを吸着させた。
【0148】
−10G− 次に、カラム内をMES−Caバッファーで置換(平衡化)した後、前記工程−7G−で調製した試料液100μLをカラムに供給(アプライ)した。
【0149】
−11G− 次に、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーおよび80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを、それらの容量比が80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、100%イソプロパノールを1mL/minの流速で3分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。なお、カラム内から流出する流出液中のリン脂質の検出は、202nmの吸光度を測定することにより行った。
その結果を、図10(a)に示す。
【0150】
−12G− 次に、純水をブランク試料としてカラムに供給し、その後、前記工程−11G−と同様の溶出液をカラムに供給することにより、溶出液に起因する202nmにおける吸光度を測定した。
その結果を、図10(b)に示す。
【0151】
−13G− 次に、前記工程−11G−で測定されたリン脂質を含有する溶出液の202nmにおける吸光度曲線から、前記工程−12G−で測定された溶出液に起因する202nmにおける吸光度曲線を差し引いた。
その結果を、図10(c)に示す。
【0152】
図10から明らかなように、リン脂質の吸収極大付近の波長202nmで溶出液の吸光度を観察し、さらに、イソプロパノールを含有する溶出液に起因する吸光度分を差し引くことにより、3.5min後程度にリン脂質に由来するピークが認められるため、このピークに該当する画分に卵黄由来のリン脂質が分離されていることとなる。
【0153】
(赤血球膜からのリン脂質の分離:実施例3)
−1H− まず、ガチョウ血球(日本バイオテスト)4gを攪拌しつつ、純水100mLを添加することにより、赤血球を溶血させた。
【0154】
−2H− 次に、このものを攪拌しつつ、遠心分離装置(KUBOTA社製、「5930」)を用いて3500rpm×30min(4℃)の条件で遠心分離することにより、上層と下層とに分離させた。
【0155】
−3H− 前記工程−1H−および前記工程−2H−を3回繰り返して行い、各回ごとに下層を回収した。
【0156】
−4H− 次に、回収した下層を攪拌しつつ、PBS8mL、メタノール20mLおよびクロロホルム10mLをこの順で添加し、その後、30分間放置した。
【0157】
−5H− 次に、このものを攪拌しつつ、クロロホルム10mLおよび純水10mLをこの順で添加した後、遠心分離装置(KUBOTA社製、「5930」)を用いて3000rpm×10min(4℃)の条件で遠心分離することにより、上層(水層)、中間層(変性タンパク質等による層)および下層(クロロホルム層)に分離させた。
【0158】
−6H− 次に、下層をシリンジで回収することにより、全量で15mLの下層を回収した。
【0159】
−7H− 次に、15mLの下層をナスフラスコに移し、エバポレーター(東京理化社製、「N−1000」)を用いて、減圧乾固した後、ナスフラスコをデシケーター中に入れて、1時間吸引乾燥することにより、約15mgの赤血球膜由来の総脂質を抽出した。
【0160】
−8H− 次に、ナスフラスコ中に純水10mLを添加した後、ボルテックスを用いて攪拌しつつ、湯煎により総脂質の相転移温度以上に加熱することにより、脂質懸濁液を得た。
【0161】
−9H− ここで、脂質懸濁液中に含まれる脂質は、多重層リポソームを形成していると推察されるが、脂質懸濁液を、超音波発生装置(トミー精工社製、「UR−20P」)を用いて1分間処理して多重層を破砕することにより、赤血球膜由来の総脂質リポソームを得た。
【0162】
−10H− 次に、得られた赤血球膜由来の総脂質リポソームを純水で2倍希釈することにより、カラムに供給する試料液を調製した。
【0163】
−11H− 次に、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0164】
−12H− 次に、MES−Caバッファーを、カラム内に、1mL/minの流速で20分間供給することにより、充填剤にカルシウムを吸着させた。
【0165】
−13H− 次に、カラム内をMES−Caバッファーで置換(平衡化)した後、前記工程−10H−で調製した試料液100μLをカラムに供給(アプライ)した。
【0166】
−14H− 次に、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーおよび80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを、それらの容量比が80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で3分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。なお、カラム内から流出する流出液中のリン脂質の検出は、202nmの吸光度を測定することにより行った。
その結果を、図11(a)に示す。
【0167】
−15H− 次に、純水をブランク試料としてカラムに供給し、その後、前記工程−13H−と同様の溶出液をカラムに供給することにより、溶出液に起因する202nmにおける吸光度を測定した。
その結果を、図11(b)に示す。
【0168】
−16H− 次に、前記工程−14H−で測定されたリン脂質を含有する溶出液の202nmにおける吸光度曲線から、前記工程−15H−で測定された溶出液に起因する202nmにおける吸光度曲線を差し引いた。
その結果を、図11(c)に示す。
【0169】
図11から明らかなように、3.5min後程度にリン脂質に由来するピークが認められるため、本発明によれば、赤血球膜からもリン脂質を選択的に分離し得ることが判った。
【0170】
(エンドドキシンの検出:実施例4)
−1I− まず、Control Standard Endotoxin(以下、端に「エンドトキシン」という。;和光純薬工業社製)を用意し、このもの500ngに、純水2.6mLを加え、ローテーター(TAITEC社製、「RT−50」)を用いて、30rpm×15min(室温)の条件で攪拌した後、超音波処理することにより、エンドトキシンを含有する試料液を得た。
【0171】
−2I− 次に、カラム(吸着装置)として、ハイドロキシアパタイトビーズ(CHT TypeII、平均粒径40μm、HOYA社製)を4×10mmのステンレス管に充填したものを用意した。
【0172】
−3I− 次に、MES−Caバッファーを、カラム内に、1mL/minの流速で20分間供給することにより、充填剤にカルシウムを吸着させた。
【0173】
−4I− 次に、カラム内をMES−Caバッファーで置換(平衡化)した後、前記工程−1I−で調製した試料液100μLをカラムに供給(アプライ)した。
【0174】
−5I− 次に、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で1分間供給し、次いで、5%イソプロパノール含有MES−Caバッファーおよび80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを、それらの容量比が80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーが0%〜100%に連続的に変化するように、1mL/minの流速で3分間供給し、その後、80%イソプロパノール含有MES−Caバッファーを1mL/minの流速で3分間供給して、カラム内から流出する流出液を1mLずつ分画した。なお、カラム内から流出する流出液中のエンドトキシン(リン脂質)の検出は、202nmの吸光度を測定することにより行った。
その結果を、図12(a)に示す。
【0175】
−6I− 次に、純水をブランク試料としてカラムに供給し、その後、前記工程−5I−と同様の溶出液をカラムに供給することにより、溶出液に起因する202nmにおける吸光度を測定した。
その結果を、図12(b)に示す。
【0176】
−7I− 次に、前記工程−5I−で測定されたリン脂質を含有する溶出液の202nmにおける吸光度曲線から、前記工程−6I−で測定された溶出液に起因する202nmにおける吸光度曲線を差し引いた。
【0177】
なお、溶出液中に含まれるエンドトキシンが微量であるため、流出液中の吸光度の測定にではその検出が不可能であったため、流出液中のエンドドキシンの検出は、流出液のエンドトキシンの活性を測定することにより行った。
その結果を、図12(c)に示す。
【0178】
図12から明らかなように、0.5min後程度および3min後程度に挟雑物に由来するピークが認められ、さらに、4min後程度にエンドトキシン(リン脂質)に由来するピークが認められるため、本発明によれば、エンドトキシンについても試料液中から分離し得ることが判った。
【符号の説明】
【0179】
1 吸着装置
2 カラム
20 吸着剤充填空間
21 カラム本体
22、23 キャップ
24 流入管
25 流出管
3 吸着剤
4、5 フィルタ部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン脂質を含有する試料液中から、前記リン脂質を選択的に分離する分離方法であって、
少なくとも表面がリン酸カルシウム系化合物で構成された充填剤に、カルシウムを吸着させるカルシウム吸着工程と、
前記充填剤が、充填空間の少なくとも一部に充填されてなる装置内に、前記試料液を供給する供給工程と、
前記装置内に、有機溶媒系の溶出液を供給して、前記装置内から流出する流出液を、所定量ずつ分画することにより、この分画された各画分の流出液中に、前記リン脂質を分画する分画工程を有することを特徴とする分離方法。
【請求項2】
前記カルシウム吸着工程は、カルシウムを含有するカルシウム含有液を前記充填剤に接触させることにより行われる請求項1に記載の分離方法。
【請求項3】
前記カルシウム含有液は、塩化カルシウム水溶液である請求項2に記載の分離方法。
【請求項4】
前記試料液は、リン脂質がリポソームを形成しているリン脂質リポソームを含有する請求項1ないし3のいずれかに記載の分離方法。
【請求項5】
前記分画工程において、前記溶出液は、有機溶媒としてイソプロパノールを含有する請求項1ないし4のいずれかに記載の分離方法。
【請求項6】
前記分画工程において、前記溶出液は、イソプロパノールの含有量が0〜80%まで上昇するリニアグラジエント溶液である請求項5に記載の分離方法。
【請求項7】
前記分画工程において、前記溶出液の流速は、0.1〜10mL/分である請求項1ないし4のいずれかに記載の分離方法。
【請求項8】
前記分画工程において、前記リン脂質の検出は、前記各画分の190〜230nmの吸光度を観察することにより行われる請求項1ないし7のいずれかに記載の分離方法。
【請求項9】
前記分画工程において、前記リン脂質の検出は、予め測定した前記溶出液の吸光度を、観察される前記各画分の吸光度から差し引いて行われる請求項1ないし8のいずれかに記載の分離方法。
【請求項10】
前記リン酸カルシウム系化合物は、ハイドロキシアパタイトを主成分とするものである請求項1ないし9のいずれかに記載の分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−68785(P2011−68785A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−221301(P2009−221301)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】