説明

切削工具

【課題】 切刃においても耐欠損性を損なうことなく耐摩耗性が向上できる切削工具を提供する。
【解決手段】 逃げ角β1、β2が正で基体15の表面に被覆層16が形成され、かつ外刃すくい面28と外刃逃げ面29との交差稜線部に続く外刃逃げ面29側に着座面14に対して垂直のストレート20が形成され、外刃6の交差稜線部18からストレート20にかけての被覆層16の膜厚が4〜15μmであり、かつ外刃逃げ面29における被覆層16の膜厚よりも厚いスローアウェイインサート3等の切削工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体の表面に被覆層が形成された切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、切削加工を行う切削工具においては、より高硬度な被削材や熱伝導性の悪い被削材等のような難削材の切削加工が求められており、工具のより高い耐摩耗性および耐欠損性が求められている。そこで、かかる切削工具においては、表面に被覆層を形成して切刃の耐摩耗性を向上することが行われている。
【0003】
このような被覆層に関して、特に物理蒸着(PVD)法にて被覆層を成形する場合には、切刃稜近傍にて被覆層の膜厚が厚くなって、切刃においてチッピングが発生やすくなる傾向にある。
【0004】
そこで、例えば、特許文献1では、切刃稜近傍の被覆層を研磨加工して膜厚を切刃稜に向かって滑らかに薄くして、切刃におけるチッピングを防止することが記載されている。
【0005】
また、特許文献2によれば、シャープエッジ形状の切刃およびすくい面の表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜を0.01〜0.3μmの厚みと薄く被覆することによって、DLC膜がエッジ部のみに異常に厚く形成されることなく、チッピング等が抑制できることが記載されている。
【0006】
さらに、特許文献3によれば、シャープエッジ形状の切刃等において、PVD法で成膜させた被覆層が切刃部で厚く成膜されかつ内部応力によってチッピングしやすい傾向にあるという問題に対して、切刃における被覆層を予め欠如させることによって切刃における耐欠損性を向上させたことが記載されている。
【0007】
一方、特許文献4によれば、超硬合金基体の表面にダイヤモンド被覆層を被着形成した切削工具において、ダイヤモンド被覆層が剥離しやすいという課題に対して、超硬合金基体に加熱処理を施すと切刃稜線部にフランジ状膨出部が形成されるので、これにダイヤモンド被覆層を被着形成すると被覆層の密着性が向上して切削性能が向上することが記載されている。
【特許文献1】特公平5−9201号公報
【特許文献2】特開2006−123022号公報
【特許文献3】特開2005−103658号公報
【特許文献4】特開平10−296507号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1のように切刃において被覆層を研摩加工して薄くする方法、または特許文献2のように被覆層そのものを薄く成膜する方法では、切刃における被覆層の膜厚が薄くせざるを得ないので、さらなる耐摩耗性の向上は困難であった。また、特許文献3のように切刃において被覆層の欠如部を形成する方法でも、切刃における耐摩耗性は低いので耐摩耗性の改善が課題であった。
【0009】
さらに、特許文献4のように、基体の形状自体を変えて切刃に膨出部を形成する方法では、基体が切削時の衝撃に耐えられず基体ごと欠損してしまうおそれがあった。
【0010】
本発明は、切刃において耐欠損性を損なうことなく耐摩耗性が向上できる切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の切削工具は、逃げ角が正の基体の表面に被覆層が形成された切削工具であって、前記基体のすくい面と逃げ面との交差稜線部に続く前記逃げ面側に着座面に対して垂直のストレートが形成されているとともに、前記交差稜線部から前記ストレートにかけての前記被覆層の膜厚が4〜15μmであり、かつ該ストレートに続く前記逃げ面における前記被覆層の膜厚よりも厚いことを特徴とするものである。
【0012】
ここで、上記構成において、前記ストレートにおける前記被覆層の厚みをt、前記逃げ面における前記被覆層の厚みをtとしたときに、t/tが1.2〜2であることが望ましい。
【0013】
さらに、上記構成において、前記ストレートの長さLiが0.01mm〜0.095mmであることが望ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の切削工具によれば、逃げ角が正の基体のいわゆるポジチップにおいて、交差稜線部に続く前記逃げ面側に着座面に対して垂直のストレートが形成された状態で被覆層を形成するので、前記交差稜線部から前記ストレートにかけての前記被覆層の膜厚が4〜15μmと厚く形成しても被覆層が内部応力によって欠損等することが抑制されて、交差稜線部から前記ストレートにかけての前記被覆層の膜厚を前記逃げ面における前記被覆層の膜厚よりも厚くすることもできる。
【0015】
ここで、上記構成において、前記ストレートにおける前記被覆層の厚みをt、前記逃げ面における被覆層の厚みをtとしたときに、t/tが1.2〜2であることが、切刃における耐欠損性をさほど低下させずに耐摩耗性の向上ができる点で望ましい。なお、逃げ面においては時折衝突する切屑によって被覆層が剥離しないように被覆層の厚みが薄いほうがよい。
【0016】
さらに、上記構成において、前記ストレートの長さLiが0.01mm〜0.095mmであることが、切刃の切れ味を高めることができるとともに、切刃における被覆層の耐摩耗性を向上できる点で望ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の切削工具について、その好適例であるスローアウェイドリルの一例を基に説明する。図1は、本実施形態にかかるドリルを示す概略側面図である。図2は、図1のドリルを先端から見た概略正面図である。図3は、図1のドリルを用いて切削した際の外刃と内刃の配置を説明するための模式図である。なお、図3中、破線で示すインサートは、実線で示すインサートが180度回転したときの位置を示している。
【0018】
図1に示すように、本実施形態にかかるドリル1は、中心が回転軸Oとなる工具本体2の先端部に、後述する2つのスローアウェイインサート(以下、単にインサートと略す)3をそれぞれ装着したものである。一方のインサート3aは工具本体2の先端に内刃5が突出するようにネジ4によって装着され、他方のインサート3bは、工具本体2の先端のインサート3aよりも径方向外側であって工具本体2の外周方向から工具本体2の先端にわたって外刃6が突出するようにネジ4によって装着されている。すなわち、内刃5が工具本体2から突出するインサート3aは外刃6が工具本体2から突出するインサート3bよりも径方向内側に設けられている。
【0019】
そして、ドリル1は、内刃5が被削材(図示せず。)の穴底面内周側を切削し、外刃6が被削材(図示せず。)の穴底面外側および外周面を切削するが、図2、図3に示すように、内刃5と外刃6との回転軌跡が互いに交叉して両方の切刃でドリル1の先端から外周までをカバーするように配置されている。
【0020】
ドリル1には後述するインサート3が装着されているので、切削加工時には、内刃5、外刃6のいずれの切刃によっても切削抵抗が過大とならずかつ切刃の欠損も抑制されて良好な切削加工が可能となる。その結果、優れた加工精度を示すことができ、より厳しい切削条件や難易度の高い被削材に対しても良好な仕上げ面を得ることができる。
【0021】
なお、工具本体2は略円柱状をなして、ドリル1の回転軸(図3の線O)を有し、後端側に自身を工作機械に固定するためのシャンク部8を有するとともに、シャンク部8よりも先端側には切屑を工具本体2の先端から後端へと排出するための切屑排出溝9が螺旋状に形成されている。また、工具本体2の先端部には、インサート3を取り付けるためのインサートポケット10(10a、10b)が2つの位置に設けられ、内側のインサートポケット10aは工具本体2の軸線方向先端側に開放されてインサート3aが装着され、外側のインサートポケット10bには工具本体2の軸線方向先端側から外刃にかけて開放されてインサート3bが装着される。
【0022】
ドリル1に装着されるインサート3の詳細について説明する。図4は、本実施形態のインサートを示す平面図である。図5は、図4のインサートを(a)矢印A側から見た側面図であり、(b)矢印B側から見た側面図である。図6は、図4のインサートについて(a)I−I線の断面を示す拡大図であり、(b)II−II線の断面を示す拡大図、図7は、図6のインサートの断面について(a)I−I線の断面の切刃(外刃)周辺の要部拡大図であり、(b)II−II線の断面の切刃(内刃)周辺の要部拡大図である。
【0023】
図4〜7に示す実施形態にかかるインサート3は、上面視が略多角形の板状をなし、上面11の中央部には貫通穴14が形成されている。また、インサート3は、図7に示すように、基体15の表面に被覆層16が被着形成されており、インサート3の上面11と側面12との交差稜辺部18には互いに隣接して内刃5および外刃6が形成されている。
【0024】
そして、図6、7に示すように、外刃6は、外刃逃げ角β2(外刃逃げ面29(側面12)と下面17に垂直な線L1とがなす角度)が正であり、上面11と側面12との交差稜線部18に続く側面12側に下面(着座面)17に対して垂直のストレート20が形成されている。そして、外刃6からストレート20にかけての被覆層16の膜厚が4〜15μmであり、かつ外刃逃げ面29における被覆層16の膜厚よりも厚い構成となっている。かかる構成によって、被覆層16の膜厚が4〜15μmと厚いにも関わらずストレート20の存在によって被覆層16の耐欠損性が高いものである。
【0025】
また、内刃5も、内刃逃げ角β1(内刃逃げ面23(側面12)と下面17に垂直な線L1とがなす角度)が正であり、上面11と側面12との交差稜線部18に続く側面12側に下面(着座面)17に対して垂直のストレート19が形成されているが、切削加工時に回転軸中心(線O)に近い内刃5は切削速度が小さくて摩擦抵抗が大きいので、内刃5からストレート19にかけての被覆層16の膜厚は、外刃6側のストレート20の被覆層16の膜厚よりも薄いものであっても良い。
【0026】
このとき、内刃5におけるストレート19に成膜される被覆層16の膜厚tsiは外刃6からストレート20にかけての被覆層16の膜厚tsoに対して、tsi/tsoの比が0.5〜0.9の範囲内であることが、より耐欠損性を向上させ、かつ、内刃として十分な耐摩耗性を維持することができるため望ましい。ここで、tsi/tsoの比が0.5以上であれば高い耐摩耗性を得ることができる。また、tsi/tsoの比が0.9以下であれば被覆層の剥離や切刃のチッピングを抑え、耐欠損性を向上させることができる。なお、被覆層16の望ましい厚みは耐摩耗性と耐欠損性の点で、外刃6のストレートにおける被覆層16の厚みtsoが4.5〜9μmであり、内刃5の被覆層16の厚みtsiが4〜8μmである。
【0027】
ここで、内刃5のストレート19の長さを外刃6のストレート20の長さよりも長くすることによって、欠損しやすい内刃5の耐欠損性を高めることができる。また、内刃5のストレート19の長さを外刃6のストレート20の長さよりも長くすると、外刃6の先端形状はストレート20が形成されているものの内刃5に比べて若干鋭利な切刃形状となっている。そのために、内刃5のストレート19における被覆層16の厚みが外刃6のストレート20における被覆層16の厚みよりも薄くなるので、欠損しやすい内刃5の耐欠損性をさらに高めることができる。
【0028】
このとき、上記構成の外刃6において、ストレート20における被覆層の厚みをt、外刃逃げ面29における被覆層16の厚みをtとしたときに、その比率であるt/tが1.2〜2であることが、外刃6における耐欠損性をさほど低下させずに耐摩耗性の向上ができる点で望ましい。なお、外刃逃げ面29においては時折衝突する切屑によって被覆層16が剥離しないように被覆層16の厚みが薄いほうがよい。また、すくい面(内刃すくい面22、外刃すくい面28)から交差稜線部18(内刃5、外刃6)を経由して逃げ面(内刃逃げ面23、外刃逃げ面29)に至る領域において、被覆層16の厚みが急激に変化する特異点が存在することなく徐変することが望ましい。
【0029】
さらに、外刃6のストレート20の長さをLiとすると、Li=0.01mm〜0.095mmであることが、外刃6の切れ味を高めることができるとともに、外刃6における被覆層16の耐摩耗性を向上できる点で望ましい。
【0030】
また、インサート3が複雑な形状であっても、内刃5のストレート19の長さLiおよび外刃6のストレート20の長さLoが切刃稜線部18の全周にわたって0.005mm以内のばらつきで均一であるために、内刃5の切刃強度、および外刃6での被覆層16の耐摩耗性のバラツキを小さくできる。
【0031】
さらに、内刃5と外刃6との両方を具備するインサート3を2つ以上用いて、一方は内刃5が工具本体2の先端に突出するように装着され、他方は外刃6が工具本体2の外周から先端にわたって工具本体2から突出するように装着された構成、すなわち1つのインサート3内に内刃5と外刃6との両方が形成されたインサート形状においても、後述する金型に工夫を加えることによって、インサート3内に上記内刃5のストレート19と外刃6のストレート20の構成を実現することができる。
【0032】
なお、図6(a)に示すように、内刃5は、インサート3の上面11(内刃すくい面22)と側面12(内刃逃げ面23)との交差稜線部18に形成されているが、図6(a)に示すように、この内刃5から順に0.05〜0.15mmの内刃ランド21と、内刃すくい角α1(内刃すくい面22の仮想延長線L2と、下面17に平行な線L3とがなす角度)が5°〜25°で下向きに傾斜している内刃すくい面22とが続いて形成されている。また、内刃5の側面12には内刃逃げ面23が形成されている。
【0033】
一方、外刃6は、図6(b)に示すように、上面11(外刃すくい面28)と側面12(外刃逃げ面29)との交差稜線部18に形成されており、図4に示すように、その一端側に上面視でインサート3から外方に突出した突出部25を有している。そして、図6(b)に示すように、この外刃6から順に、0.05〜0.15mmの外刃ランド26と、幅1.2〜2mmで深さ0.03〜0.15mmの外刃ブレーカ溝27と、外刃陸部24とが続いて形成されている。また、外刃6の側面12には外刃逃げ面29が形成されている。
【0034】
外刃ブレーカ溝27は、すくい角α2(外刃すくい面28の仮想延長線L4と、下面17に平行な線L3とがなす角度)が5°〜25°の下向きに傾斜した外刃すくい面28と、この外刃すくい面28からインサート3の中央側(貫通穴14側)に向かって立ち上がり角γ(外刃立ち上がり面30の仮想延長線L5と、下面17に平行な線L3とのなす角度)20°〜45°で立ち上がた外刃立ち上がり面30とからなる。
【0035】
また、インサート3を構成する基体15は、例えば超硬合金、サーメット、セラミックス、ダイヤモンド、cBN等の硬質焼結体からなる。
【0036】
また、上記ストレート19、20を形成する方法について、図8に示すインサート3の成形体を作製するための成形用金型におけるダイスの一例を基に説明する。
【0037】
本発明においては、成形体を作製するための顆粒として弾性の高いバインダを添加する。これによって、プレス成形時に成形体がスプリングバックによって膨張して切刃となるエッジ部が金型の壁面にこすれて摩耗する形態とする。
【0038】
また、外刃6のストレート20の長さLoを内刃5のストレート19の長さLiよりも小さくする方法について図8を基に説明する。図8にはインサート用の成形体を作製するためのプレス成形用金型におけるダイスの一例についての(a)概略平面図、(b)(a)のA−A断面(外刃)の要部拡大断面図を示す。図9には図8のプレス成形用金型を用いて(a)成形体を加圧している状態、(b)プレス成形体を取り出す状態を示す模式図を示している。
【0039】
図8、9に示すように、プレス成形用金型38は、内側の外刃側(A−A断面側)に、逃げ角β2(>0)のインサート3を成形するために上部に向かって幅が広がる成形体部31と、成形体部31の外刃6の上端面Xの直上に位置して垂直壁面部32の高さtとの比t/成形体部31の高さt=0.03〜0.35の垂直壁面部32と、垂直壁面部32の直上に位置して垂直壁面部32よりも角度θ(θ>β)で幅(w)が広がる逃がし部33とを具備する形状の空洞34が形成されたダイス35と、棒状をなす上パンチ36および下パンチ37の一対のパンチとからなる。
【0040】
このプレス成形用金型38を用いて成形すると、図9に示すように、成形体39をダイス35から取り出す際に外刃6側においては、成形体39がスプリングバックによって膨張しても垂直壁面部32の長さ分だけしか成形体39の上面側側面端部40が干渉しないので、成形体39の上面側側面端部40の形状が潰れることなく擦れ摩耗部が小さくなる。また、一対のパンチ36、37で加圧する際に成形体部31の上面から上横部に押し出された粉末は、通常上パンチ36とダイス35との間に挟まれてバリを生じさせてしまうこともあるが、本発明によれば、この押し出された粉末が逃がし部33に抜けてゆくのでさほど高い圧力で加圧されることもなくて発生するバリを極薄くかつ低密度なものとすることができる。そのため、成形後にエアを吹き付けるようなわずかな力で容易にバリ取りをすることができる。その結果、成形体39の外刃6側のストレート20を小さくして鋭利なエッジとすることができる。なお、金型38の内刃5の形成部側には逃がし部33を設けずに、垂直壁面部32が前記高さt2よりも高くなる、もしくはそのまま金型38の上面まで続く形状とすることにより、成形体39をダイス35の上部に押し上げて取り出す際に内刃5、外刃6の部分がダイス35の内壁面に干渉して成形体39の側面12の交差稜線部18の直下に擦れ摩耗によるストレート19、20を形成できる。
【0041】
また、焼成後の基体15に被覆層16の成膜方法としてはイオンプレーティング法等の物理蒸着(PVD)法が好適に適応可能である。詳細な成膜方法の一例について、アークイオンプレーティング成膜装置(以下、AIP装置と略す。)50の模式図である図10を参照して説明する。
【0042】
図10のAIP装置50は、真空チャンバ51の中にNやAr等のガスをガス導入口52から導入し、カソード電極53とアノード電極54とを配置して、両者間に高電圧を印加してプラズマを発生させ、このプラズマによってターゲット55から所望の金属あるいはセラミックスを蒸発させるとともにイオン化させて高エネルギー状態とし、このイオン化した金属を試料(基体15)の表面に付着させて、基体15の表面に被覆層16を被覆する構造となっている。また、図10によれば、基体15は試料支持冶具56に設けられた複数の試料支持部58それぞれにすくい面がターゲット55に対向するように載置されてタワー57が複数(図10では試料支持冶具56が8セット、タワー57が2セット図示されている。)配置された構成となっている。また、タワー57および試料支持冶具56はそれぞれ回転しており、各試料が順にターゲット55に対向して被覆層の厚みは均一となるように配慮されている。この構成によって、各試料の切刃全周の厚みばらつきを小さくできるので、全体の厚みが厚くなっても部分的に欠損しやすい部分ができにくい。
【0043】
さらに、図10によれば、基体15を加熱するためのヒータ59と、ガスを系外に排出するためのガス排出口60と、基体15にバイアス電圧を印加するためのバイアス電源61が配置されている。そして、ターゲット55を用いて、アーク放電やグロー放電などにより金属源を蒸発させイオン化すると同時に、窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスと反応させることにより、基体15の表面に被覆層7が堆積する。
【0044】
なお、ターゲット55としては、例えば、金属チタン(Ti)、金属アルミニウム(Al)、金属M(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素およびSiから選ばれる1種以上)をそれぞれ独立に含有する金属ターゲット、これらを複合化した合金ターゲット、これらの化合物粉末または焼結体からなる混合物ターゲットを用いることができる。
【0045】
また、プラズマを発生するためにはアーク放電やグロー放電などを用い、導入ガスとしては窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスを用いることができる。そして、窒素(N)ガスやアルゴン(Ar)ガスを流した状態で成膜する。また、成膜時のバイアス電圧は被覆層16の内部応力を小さくするために30〜125Vに設定することが望ましい。
【実施例】
【0046】
WC粉末、Co粉末、Cr粉末およびTaC粉末を混合し、これにバインダとしてパラフィンを添加、造粒して平均粒径100μmの造粒粉末を調整した。次に、所定部分が図7に示す断面の形状で、京セラ製スローアウェイドリルの型番ZCMT06T204、インサートの厚み(成形体部の高さ)t=3.79mm、内刃逃げ角β1=7°、外刃逃げ角β2=13°のインサートを成形できる図8のダイスと、これに嵌め込まれる一対のパンチを準備し、これに図9のように、上記造粒粉末を充填してプレス成形し、エアブラシによってバリ取り加工を施し、逃げ角が正のポジチップ形状の成形体を得た。この成形体を脱バインダ処理して真空焼成して研削加工およびホーニング加工を行った後、図10の状態で試料を成膜装置内に載置して、窒素(N)ガスをチャンバ内に導入してバイアス電圧50Vの条件でPVD法によって表1に示す厚みのTiAlN被覆層を成膜してインサートを作製した。なお、試料No.10、11についてはTiAlN被覆層を成膜した後、被覆層の表面をブラシ研磨して被覆層の厚みを調整した。
【0047】
得られたインサートの切刃部を投影機にて観察し、内刃と外刃における逃げ面の切刃直下にストレートが形成されたか否か、およびその長さを測定した。測定に際しては、ストレート長さの測定は形状測定器を用いて行った。より具体的には、インサートの側面を形状測定器で観察して写真のコントラストからストレート長さを測定した。なお、測定に際して切刃にホーニングが形成されている場合には、ホーニング加工された部分の下限を基準点として逃げ面側に伸びるストレート長さを測定した。また、この方法でストレート長さがわからないときには、交差稜線部を含む断面でインサートを切断し、その断面を顕微鏡にて観察してストレート長さを計測した。また、試料の断面観察を行って、ストレート、逃げ面それぞれにおける被覆層の厚みを測定した。なお、逃げ面の被覆層の厚みは逃げ面の中間における被覆層の厚みを測定した。結果は表1に示した。また、内刃および外刃にバリの残存はなかった。
【0048】
【表1】

【0049】
そして、このインサートを図1の工具本体(京セラ製スローアウェイドリルホルダS25−DRZ1734−06)に装着して以下の切削試験を行い、切削性能を評価した。
切削方法:穴あけ(ドリル加工)
被削材 :SCM440H
切削速度:150m/分
送り :0.1mm/刃
切り込み:穴径20mm、穴深さ20mm
切削状態:湿式
評価方法:800穴加工を上限として切削を行い、内刃(あるいは外刃)に欠損が生じるまでの加工数を記録した。さらに、外刃については400穴加工後における逃げ面摩耗量を計測して耐摩耗性の比較も行った。なお、摩耗量の測定の際にはホーニング長さを摩耗量に含めないようにして測定した。結果は表2に示した。
【0050】
【表2】

【0051】
表1、2の結果から明らかなように、外刃および内刃におけるストレートの長さが0.005mm未満とストレートが形成されていない試料No.8では、内刃が早期に欠損し、外刃における摩耗も大きいものであった。また、内刃および外刃のストレートにおける被覆層の厚みが逃げ面における被覆層の厚みより小さくした試料No.10では、耐摩耗性が悪いものであった。さらに、内刃および外刃のストレートにおける被覆層の厚みが逃げ面における被覆層の厚み同じ試料No.9では、外刃における摩耗の進行が速くて、内刃においてはチッピングも発生した。
【0052】
これに対して、本発明に従い、内刃と外刃にストレートを形成して被覆層を5〜厚みをするとともに、ストレートにおける被覆層の厚みを逃げ面における被覆層の厚みよりも厚くした試料No.1〜7では、いずれも耐欠損性および耐摩耗性に優れたものであった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の回転工具の一実施形態にかかるドリルを示す概略側面図である。
【図2】図1のドリルを先端から見た概略正面図である。
【図3】図1のドリルによって切削した際の外刃と内刃の配置を説明するための模式図である。
【図4】図1のドリルに装着されるスローアウェイインサート(インサート)を示す平面図である。
【図5】図4のインサートを(a)矢印A側から見た側面図であり、(b)矢印B側から見た側面図である。
【図6】図4のインサートについて(a)I−I線の断面を示す拡大図であり、(b)II−II線の断面を示す拡大図である。
【図7】図7は、図6のインサートの断面について(a)I−I線の断面の切刃(外刃)周辺の要部拡大図であり、(b)II−II線の断面の切刃(内刃)周辺の要部拡大図である。
【図8】図4のインサートの製造方法を説明するための図であり、インサート用の成形体を作製するためのプレス成形用金型におけるダイスの一例を示し、(a)概略平面図、(b)(a)のA−A断面の要部拡大断面図である。
【図9】図8のプレス成形用金型を用いて(a)成形体を加圧している状態、(b)プレス成形体を取り出す状態を示す模式図である。
【図10】図7のインサートの被覆層の成膜方法の一例であるアークイオンプレーティング成膜装置の模式図である。
【符号の説明】
【0054】
1 ドリル
2 工具本体
3 スローアウェイインサート(インサート)
3a 一方のインサート
3b 他方のインサート
4 ネジ
5 内刃
6 外刃
8 シャンク部
9 切屑排出溝
10 インサートポケット
10a 内側のインサートポケット
10b 外側のインサートポケット
11 上面
12 側面
14 貫通穴
15 基体
16 被覆層
17 下面(着座面)
18 交差稜線部
19、20 ストレート
21 内刃ランド
22 内刃すくい面
23 内刃逃げ面
24 外刃陸部
25 突出部
26 外刃ランド
27 外刃ブレーカ溝
28 外刃すくい面
29 外刃逃げ面
30 外刃立ち上がり面
31 成形体部
32 垂直壁面部
33 逃がし部
34 内側の空洞
35 ダイス
36 上パンチ
37 下パンチ
38 プレス成形用金型
39 成形体
40 上面側側面端部
50 アークイオンプレーティング成膜装置(AIP装置)
51 真空チャンバ
52 ガス導入口
53 カソード電極
54 アノード電極
55 ターゲット
56 試料支持冶具
57 タワー
58 試料支持部
59 ヒータ
60 ガス排出口
61 バイアス電源
O ドリルの回転軸
Li 内刃のストレートの長さ
Lo 外刃のストレート長さ
L1 下面(着座面)に垂直な線
L2 内刃すくい面の仮想延長線
L3 下面(着座面)に平行な線
L4 外刃すくい面の仮想延長線
L5 外刃立ち上がり面の仮想延長線
α1 内刃すくい角
α2 外刃すくい角
β1 内刃逃げ角
β2 外刃逃げ角
γ 立ち上がり角
成形体部の高さ
垂直壁面部の高さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
逃げ角が正の基体の表面に被覆層が形成された切削工具であって、前記基体のすくい面と逃げ面との交差稜線部に続く前記逃げ面側に着座面に対して垂直のストレートが形成されているとともに、前記交差稜線部から前記ストレートにかけての前記被覆層の膜厚が4〜15μmであり、かつ該ストレートに続く前記逃げ面における前記被覆層の膜厚よりも厚いことを特徴とする切削工具。
【請求項2】
前記ストレートにおける前記被覆層の厚みをt、前記逃げ面における前記被覆層の厚みをtとしたときに、t/tが1.2〜2であることを特徴とする請求項1記載の切削工具。
【請求項3】
前記ストレートの長さLiが0.01mm〜0.095mmであることを特徴とする請求項1または2記載の切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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