説明

前立腺癌腫瘍マーカー

本発明は、前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で免疫した哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合して得られ、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生する、ハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、前立腺癌の診断に有用なタンパク質、該タンパク質に特異的なモノクローナル抗体、該モノクローナル抗体を生産するためのハイブリドーマ及び該モノクローナル抗体を用いた前立腺癌の検出方法に関する。
【背景技術】
前立腺癌は、60歳代より急激な患者人口の増加が認められ、70代では潜伏癌も含めて30%台にのぼる高齢者の高リスク癌の一つである。現状では、老人健診や、前立腺肥大等の疑いで精査されて発見されるケースがほとんどである。前立腺癌の診断においては、血尿等通常の一次検診で発見しやすい症状を呈さないことがほとんどであるために、見落とされることが多い。根治療法としては、原発巣の外科的切除が有効であることは他の癌と同じであるが、前立腺癌はしばしば早期段階での診断が困難であり、年齢と癌の進行度合いにより手術不能例が多く、転移(骨転移)が高率に起こって、予後不良となる例が多い。従って、前立腺癌の早期診断・治療を可能にする簡便で安価な技術開発は急務であった。
一方、前立腺癌の診断と経過観察のために有用な抗原として、前立腺特異抗原(PSA)(Wang MC,et al.,Invest Urol 17,159−163,1979)が知られているが、この抗原は、多くの他の腫瘍マーカーと同様に癌特異的ではない。従って、前立腺特異抗原分子そのものの存在は、必ずしも癌細胞の検出に有用ではなく、良性前立腺疾患による偽陽性の可能性を常に念頭におく必要があり、前立腺肥大症と前立腺癌を識別可能な診断技術が望まれていた。
【発明の開示】
本発明の課題は、前立腺肥大症と前立腺癌を識別しうる新規な前立腺癌腫瘍マーカーを見出し、前立腺癌を効果的に検出できる方法を提供することである。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討の結果、Mac−2結合タンパク質を腫瘍マーカーとして、これに特異的に反応する抗体を用いることにより、上記課題が解決できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で免疫した哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合して得られ、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生する、ハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株。
(2)(1)に記載のハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株が産生する、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体。
(3)前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で哺乳動物を免疫し、該哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合させ、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株を選択し、該ハイブリドーマを培養し、該モノクローナル抗体を回収することを特徴とする、(2)に記載のモノクローナル抗体の製造方法。
(4)(2)に記載のモノクローナル抗体を用いて、試料中のMac−2結合タンパク質を免疫学的に測定し、前立腺癌を検出する方法。
(5)試料中のMac−2結合タンパク質を測定することにより、前立腺癌を検出する方法。
(6)Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体を用いて、試料中のMac−2結合タンパク質を免疫学的に測定し、前立腺癌を検出する方法。
(7)Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体を含む前立腺癌診断薬。
(8)Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体を含む前立腺癌診断用キット。
(9)Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体の製造方法であって、前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で免疫した哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合し、得られたハイブリドーマから前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生するものを選択し、これを培養して該モノクローナル抗体を回収することを特徴とする該方法。
抗体の作成
本発明のモノクローナル抗体は、ヒト前立腺肥大症組織から分離された上皮細胞で免疫した哺乳動物の免疫細胞をもとに公知の方法によって得ることができる。免疫細胞とは、当技術分野における通常の意味を有し、例えば、マクロファージ、T細胞、B細胞、抗原提示細胞、プラズマ細胞等が含まれるが、特に抗体産生細胞を意味する。
ヒト前立腺肥大症組織由来の上皮細胞を免疫原として用いる場合、通常、前立腺から分離した上皮組織片を生理食塩水等のバッファーに懸濁させて動物に投与する。また、全前立腺を細断して生理食塩水に懸濁させ、上皮組織片を分離することなくこの懸濁液をそのまま抗原として用いてもよい。
モノクローナル抗体は、ケラーらの細胞融合法(G.Koehler et al.,Nature,256,495−497,1975)によって産生されたハイブリドーマから得ることができる。また、得られたハイブリドーマを、更に無血清培地や低血清培地でも増殖可能にした該ハイブリドーマに由来する細胞株を抗体産生細胞として用いることもできる。細胞融合法によるモノクローナル抗体の調製は、以下の操作により行うことができる。
まず、前記免疫原を哺乳動物(マウス、ラット等、例えば近交系マウスのBALB/c)に免疫する。免疫原の免疫量は、免疫動物の種類、免疫注射部位等により適宜決めることができる。
免疫注射は、皮下、静脈内、腹腔内又は背部等の部位に行えばよい。初回免疫後、1〜3週間間隔で皮下、静脈内、腹腔内又は背部等の部位に免疫原を追加免疫注射する。この追加免疫注射の回数としては2〜6回が一般的である。この場合も免疫原はアジュバントを添加混合して追加免疫注射をすることが好ましい。
初回免疫の後、免疫動物の血清中の抗体価の測定をELISA法等により繰り返し行い、抗体価がプラトーに達したら、免疫原を生理食塩水(0.9%塩化ナトリウム水溶液)に溶解したものを静脈内又は腹腔内に注射し、最終免疫とする。この最終免疫の3〜5日後に、免疫動物の脾細胞、リンパ節細胞又は末梢リンパ球等の抗体産生能を有する細胞を取得する。
この免疫動物より得られた抗体産生能を有する細胞と哺乳動物(マウス、ラット等)のミエローマ細胞とを細胞融合させるが、ミエローマ細胞としてはヒポキサンチン・グアニン・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(HGPRT)又はチミジンキナーゼ(TK)等の酵素を欠損した細胞株のものが好ましく、例えば、BALB/cマウス由来のHGPRT欠損細胞株である、P3−X63−Ag8株(ATCC TIB9)、P3−X63−Ag8−U1株(癌研究リサーチソースバンク(JCRB)9085)、P3・NS−1/1・Ag4.1株(JCRB 0009)、P3−X63−Ag8・653株(JCRB 0028)又はSP2/O−Ag−14株(JCRB 0029)などを用いることができる。
細胞融合は、各種分子量のポリエチレングリコール(PEG)やリポソーム等の融合促進剤を用いて行うか、又は電気融合法により行うことができる。ミエローマ細胞がHGPRT欠損株又はTK欠損株のものである場合には、ヒポキサンチン・アミノプテリン・チミジンを含む選別用培地(HAT培地)を用いることにより、抗体産生能を有する細胞とミエローマ細胞のハイブリドーマのみを選択的に培養し、増殖させることができる。
このようにして得られたハイブリドーマの培養上清を一次抗体として蛍光免疫染色法等で前立腺肥大症組織及び精液に含まれる前立腺分泌液を染色し、ヒト前立腺分泌細胞と特異的に反応するが間質には反応しない抗体を産生するハイブリドーマを選択する。抗体産生細胞のクローニングは、限界希釈法等の公知のクローニング方法を組み合わせて行うことができ、本発明のモノクローナル抗体を生産する細胞株を単離して得ることができる。染色するための前立腺肥大症組織は、例えば、無固定で液体窒素によって凍結したもの、又は緩衝ホルマリン固定後パラフィン包埋したものの切片を使用できる。前立腺分泌液は、精液に含まれているので、これを凍結保存して使用することができる。
本明細書において、前立腺分泌細胞とは、前立腺の本体となる腺管を構成し、内部に分泌顆粒を含む腺上皮細胞を意味し、間質とは、腺管と腺管の間隙を埋める、平滑筋を含む結合組織を意味する。
具体的には、ヒト前立腺分泌細胞に対する反応性を指標に、目的とする抗体を産生する細胞をスクリーニングし、クローニングして細胞株とする。得られた細胞株を適当な培地で培養して、その培養上清から本発明のモノクローナル抗体を得ることができる。サブクラスは、例えば、マウスモノクローナル抗体アイソタイピングキット等を用いて決定できる。
培地としてはDMEM培地、RPMI1640培地又はASF培地103等の培地を用いることができる。無血清培地又は低濃度血清培地等を用いてもよく、この場合は抗体の精製が容易となる点で好ましい。
また、モノクローナル抗体産生細胞株を、これに適合性がありプリスタン等であらかじめ刺激した哺乳動物の腹腔内に注入し、一定期間の後、腹腔にたまった腹水より本発明のモノクローナル抗体を得ることもできる。
このようにして得られたモノクローナル抗体は、硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウム等による塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過法、又はアフィニティークロマトグラフィー等の方法、あるいはこれらの方法を組み合わせることにより、精製することができる。
作成された抗体の反応性評価
上記のようにして得られたモノクローナル抗体を一次抗体として蛍光免疫染色法によって前立腺癌症例のホルマリン固定パラフィン切片を染色した。その結果、前立腺癌細胞は、前立腺肥大症組織の分泌細胞と同様に良好な染色性を示し、試験した前立腺癌組織のうちの94%が陽性を示した。高分化癌が最も高い陽性率を示した。既存の腫瘍マーカーである前立腺性酸性フォスファターゼ(PAP)や前立腺特異抗原(PSA)についても、同一の前立腺癌組織試料を用いて反応性を試験した。その結果、前立腺特異抗原を用いた場合の陽性率は58%、前立腺性酸性フォスファターゼを用いた場合の陽性率は71%であり、それぞれ有意に本発明のモノクローナル抗体を用いた場合の陽性率の方が高いことが示された。
また、前立腺癌に罹患していなかった男性3症例と女性2症例の剖検で得られた各種臓器のホルマリン固定パラフィン切片を用いて、上記と同様に上記抗体を一次抗体として蛍光免疫測定法によって染色を行ったところ、本発明の抗体が前立腺組織に高い特異性で反応することが確認された。
さらに、上記のような蛍光免疫染色法で前立腺癌細胞を染色した場合に、その組織片に含まれる癌細胞の2/3以上が陽性を示す癌細胞陽性患者群とそうでない患者群とを比較すると、前者の患者群の方が生存率が良好であった。同様に、癌の非進展率についても、前者の患者群の方が良好であった。一般に、生存率および癌の非進展率が良好な癌は、細胞の分化度が高い、すなわち悪性度の低いものであると考えられる。上記の反応性評価においては、細胞レベルでの染色性が良好なものほど生存率及び癌非進展率が良好であったことから、上記モノクローナル抗体と反応する抗原は、分化抗原であると考えられる。
抗体が認識する抗原の同定
作成された抗体が認識する抗原を検出するために、第一段階としてヒト混合精漿を試料として電気泳動を行った。次に、ゲルからタンパク質をニトロセルロース膜に転写した。この膜を、今回作成した抗体を一次抗体として免疫染色した。ウェスタンブロット解析の結果、還元条件下で本発明のモノクローナル抗体は分子量約70kDaのタンパク質を抗原として認識することが明らかとなった。
次に、作成された抗体を利用した免疫アフィニティーカラムで対応抗原の精製を行った。精製した抗体をアフィニティー精製用ゲルに結合させカラムに組んだ。このカラムに混合精漿を通して精漿中の抗原とカラムの抗体を反応させ、十分に洗浄して非特異的結合物質を除去後、抗原を抗体から解離させ回収した。回収した精製抗原を電気泳動し、染色にてタンパク質を可視化させ当該部位のバンドをゲルから切り出した。そのゲル片からタンパク質を抽出後、酵素処理にて断片化し、それぞれをエドマン法によってアミノ酸配列分析した。その結果、N末端を含めて計51残基の配列が全て完全にMac−2結合タンパク質と同一であることを確認した。以上から、本発明のモノクローナル抗体に対する抗原はMac−2結合タンパク質であることが明らかとなった。
Mac−2結合タンパク質とは、乳癌細胞株の培養上清から発見された567個のアミノ酸からなる糖タンパク質であり、Mac−2タンパク質のリガンドと考えられている。
このタンパク質は分子量約90kDaで、25kDaと65kDaに断片化すると報告されている。このことから、上記のようにして得られた本発明の抗体に対するMac−2結合タンパク質の抗原決定基は、われわれの電気泳動では約70kDaと判断された後者の65kDaの断片上に存在すると考えられる。
従って、本発明における別の態様においては、Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応する抗体を用いて、前立腺癌の検出を行うことができる。すなわち、Mac−2結合タンパク質又はその断片を免疫原として免疫した哺乳動物の免疫細胞をもとに上記と同様の方法によって得られたモノクローナル抗体を用いて前立腺癌の検出を行うことができる。ここで、Mac−2結合タンパク質の断片とは、前立腺肥大症組織の上皮細胞で免疫した哺乳動物から上記のようにして得られた本発明の抗体と結合することができるMac−2結合タンパク質の断片を意味し、好ましくは上記の65kDaの断片を意味する。Mac−2結合タンパク質を免疫原として用いる場合は、当該タンパク質は以下のようにして得ることができる。
免疫原としてのMac−2結合タンパク質の作成
本発明において免疫原として使用可能なMac−2結合タンパク質のアミノ酸配列及び該タンパク質をコードするcDNA配列は、例えば、GenBankにおいてアクセッション番号L13210として公開されている。従って、公開されているアミノ酸配列情報を利用して、当技術分野で公知の手法、例えば固相ペプチド合成法などにより、免疫原として使用するためのMac−2結合タンパク質を合成することができる。
また、公知の遺伝子組換え手法を利用して、Mac−2結合タンパク質をコードするcDNAの情報を用いてMac−2結合タンパク質を生産することも可能である。以下、組換え手法を用いたMac−2結合タンパク質の生産に関して説明する。
Mac−2結合タンパク質生産用組換えベクターは、上記公開されているcDNA配列を適当なベクターに連結することにより得ることができ、形質転換体はMac−2結合タンパク質生産用組換えベクターを、Mac−2結合タンパク質が発現し得るように宿主中に導入することにより得ることができる。
ベクターには、宿主微生物で自律的に増殖し得るファージ又はプラスミドが使用される。プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET21a、pGEX4T、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YEp24、YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
ベクターにMac−2結合タンパク質cDNAを挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
その他、哺乳動物細胞において用いられるMac−2結合タンパク質生産用組換えベクターには、プロモーター、Mac−2結合タンパク質cDNAのほか、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などが連結されていてもよい。
DNA断片とベクター断片とを連結させるには、公知のDNAリガーゼを用いる。そして、DNA断片とベクター断片とをアニーリングさせた後連結させ、Mac−2結合タンパク質生産用組換えベクターを作成する。
形質転換に使用する宿主としては、Mac−2結合タンパク質を発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、細菌(大腸菌、枯草菌等)、酵母、動物細胞(COS細胞、CHO細胞等)、昆虫細胞が挙げられる。
一例として、細菌を宿主とする場合は、Mac−2結合タンパク質生産用組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、Mac−2結合タンパク質DNA、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えばエッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)BRLなどが挙げられ、枯草菌としては、例えばバチルス・ズブチリス(Bacillus subtills)などが挙げられる。プロモーターは、大腸菌等の宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
酵母、動物細胞、昆虫細胞などを宿主とする場合には、同様に、当技術分野で公知の手法に従って、Mac−2結合タンパク質を生産することができる。
本発明において免疫原として使用するMac−2結合タンパク質は、上記作成した形質転換体を培養し、その培養物から採取することにより得ることができる。「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。上記形質転換体を培地で培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。
大腸菌や酵母菌等の微生物を宿主として得られた形質転換体を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
培養は、通常、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、37℃で6〜24時間行う。培養期間中、pHは中性付近に保持する。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
培養後、Mac−2結合タンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合には、菌体又は細胞を破砕することによりタンパク質を抽出する。また、Mac−2結合タンパク質が菌体外又は細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体又は細胞を除去する。その後、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、前記培養物中からMac−2結合タンパク質を単離精製することができる。
Mac−2結合タンパク質が得られたか否かは、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により確認することができる。
癌の検出方法
本発明の癌の検出方法は、上記の方法に従って、前立腺肥大症組織の上皮細胞を免疫原として得られるモノクローナル抗体又はMac−2結合タンパク質若しくはその断片を免疫原として得られるモノクローナル抗体を用いて、試料中の前立腺癌細胞に由来するMac−2結合タンパク質を免疫学的に検出又は測定することを特徴とする。
本発明の検出方法は、抗体を用いる測定法、すなわち免疫学的測定法であればいずれの方法においても、その測定法で使用される抗体として本発明の上記モノクローナル抗体を用いることができ、例えば、酵素免疫測定法(ELISA、EIA)、蛍光免疫測定法、放射免疫測定法(RIA)、発光免疫測定法、免疫比濁法、免疫比ろう法、ラテックス凝集反応、ラテックス比濁法、赤血球凝集反応、粒子凝集反応又はウェスタンブロット法等により本発明の検出方法は実施される。
本発明の検出方法において被検対象となる試料としては、前立腺癌細胞に由来するMac−2結合タンパク質が含まれる可能性のある生体試料であれば特に限定されるものではない。例えば、血液、血清、血漿、リンパ球培養上清、尿、髄液、唾液、汗、腹水などが挙げられ、細胞又は臓器の抽出液等も使用することができる。特に、血液、血清、血漿のような試料において、本発明のモノクローナル抗体を用いて得られたMac−2結合タンパク質の測定値は、前立腺癌の指標として有用である。
本発明の検出方法を、酵素免疫測定法、蛍光免疫測定法、放射免疫測定法又は発光免疫測定法等の標識を用いた免疫測定法により実施する場合には、本発明のモノクローナル抗体を固相化するか、又は試料中の成分を固相化して、それらと免疫学的反応を行うことが好ましい。
固相担体としては、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリビニルトルエン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ナイロン、ポリメタクリレート、ラテックス、ゼラチン、アガロース、セルロース、セファロース、ガラス、金属、セラミックス又は磁性体等の材質よりなるビーズ、マイクロプレート、試験管、スティック又は試験片等の形状の不溶性担体を用いることができる。固相化は、固相担体と本発明のモノクローナル抗体又は試料成分とを物理的吸着法、化学的結合法又はこれらの併用等の公知の方法に従って結合させることにより行うことができる。
本発明においては、本発明のモノクローナル抗体と、試料中の前立腺癌細胞に由来するMac−2結合タンパク質との反応を容易に検出するために、本発明のモノクローナル抗体を標識することにより該反応を直接検出するか、又は標識二次抗体を用いることにより間接的に検出する。本発明の検出方法においては、感度の点で、後者の間接的検出(例えばサンドイッチ法など)を利用することが好ましい。
標識物質としては、酵素免疫測定法の場合には、ペルオキシダーゼ(POD)、アルカリホスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ、ウレアーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、乳酸脱水素酵素、アミラーゼ又はビオチン−アビジン複合体等を、蛍光免疫測定法の場合には、フルオレセインイソチオシアネート、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、置換ローダミンイソチオシアネート、ジクロロトリアジンイソチオシアネート、Alexa480又はAlexaFluor488等を、そして放射免疫測定法の場合には、トリチウム、ヨウ素125又はヨウ素131等を用いることができる。また、発光免疫測定法は、NADH−FMNH−ルシフェラーゼ系、ルミノール−過酸化水素−POD系、アクリジニウムエステル系又はジオキセタン化合物系等を用いることができる。
標識物質と抗体との結合法は、酵素免疫測定法の場合にはグルタルアルデヒド法、マレイミド法、ピリジルジスルフィド法又は過ヨウ素酸法等の公知の方法を、放射免疫測定法の場合にはクロラミンT法、ボルトンハンター法等の公知の方法を用いることができる。
測定の操作法は、公知の方法(日本臨床病理学会編「臨床病理臨時増刊特集第53号 臨床検査のためのイムノアッセイ−技術と応用−」,臨床病理刊行会,1983年,石川榮治ら編「酵素免疫測定法」,第3版,医学書院,1987年,北川常廣ら編「タンパク質核酸酵素別冊No.31酵素免疫測定法」,共立出版,1987年,入江實編「ラジオイムノアッセイ」,講談社サイエンティフィク,1974年,入江實編「続ラジオイムノアッセイ」,講談社サイエンティフィク,1979年)により行うことができる。
例えば、本発明のモノクローナル抗体を直接標識する場合には、試料中の成分を固相化し、標識した本発明のモノクローナル抗体と接触させて、Mac−2結合タンパク質−本発明のモノクローナル抗体の複合体を形成させる。そして未結合の標識モノクローナル抗体を洗浄分離して、結合標識モノクローナル抗体量又は未結合標識モノクローナル抗体量より試料中のMac−2結合タンパク質量を測定することができる。
また例えば、標識二次抗体を用いる場合には、本発明のモノクローナル抗体と試料とを反応させ(一次反応)、さらに標識二次抗体を反応させる(二次反応)。一次反応と二次反応は逆の順序で行ってもよいし、同時に行ってもよいし、又は時間をずらして行ってもよい。一次反応及び二次反応により、固相化したMac−2結合タンパク質−本発明のモノクローナル抗体−標識二次抗体の複合体、又は固相化した本発明のモノクローナル抗体−Mac−2結合タンパク質−標識二次抗体の複合体が形成する。そして未結合の標識二次抗体を洗浄分離して、結合標識二次抗体量又は未結合標識二次抗体量より試料中のMac−2結合タンパク質量を測定することができる。
具体的には、酵素免疫測定法の場合は標識酵素にその至適条件下で基質を反応させ、その反応生成物の量を光学的方法等により測定する。蛍光免疫測定法の場合には蛍光物質標識による蛍光強度を、放射免疫測定法の場合には放射性物質標識による放射能量を測定する。発光免疫測定法の場合は発光反応系による発光量を測定する。
本発明の検出方法は、免疫比濁法、ラテックス凝集反応、ラテックス比濁法、赤血球凝集反応又は粒子凝集反応等の免疫複合体凝集物の生成を、その透過光や散乱光を光学的方法により測るか、目視的に測る測定法により実施する場合には、溶媒としてリン酸緩衝液、グリシン緩衝液、トリス緩衝液又はグッド緩衝液等を用いることができ、更にポリエチレングリコール等の反応促進剤や非特異的反応抑制剤を含ませてもよい。
以下に、本発明の検出法の好ましい実施態様の一例を示す。最初に、本発明のモノクローナル抗体を一次モノクローナル抗体として不溶性担体に固定する。そして好ましくは、抗原が吸着していない固相表面を、抗原とは無関係のタンパク質(仔ウシ血清、ウシ血清アルブミン、ゼラチンなど)によりブロッキングする。続いて、固定化された一次モノクローナル抗体と被検試料とを接触させる。次いで、上記一次モノクローナル抗体と異なる部位で、Mac−2結合タンパク質と反応する標識二次抗体とを接触させ、該標識からの信号を検出する。
ここで用いる「一次モノクローナル抗体と異なる部位で、Mac−2結合タンパク質と反応する二次抗体」は、一次モノクローナル抗体とMac−2結合タンパク質との結合部位以外の部位を認識する抗体であれば特に制限はなく、免疫原の種類を問わず、ポリクローナル抗体、抗血清、モノクローナル抗体のいずれでもよく、またこれらの抗体のフラグメント(Fab、F(ab’)、Fab’等)を用いることもできる。更に、二次抗体として複数種のモノクローナル抗体を用いてもよい。
またこれとは逆に、本発明のモノクローナル抗体に標識を付して二次抗体とし、本発明のモノクローナル抗体と異なる部位で、Mac−2結合タンパク質と反応する抗体を一次抗体として不溶性担体に固定し、この固定化された一次抗体と被検試料とを接触させ、次いで、二次抗体として標識を付した本発明のモノクローナル抗体とを接触させ、前記標識からの信号を検出してもよい。
本発明のMac−2結合タンパク質は、試料中において二量体以上で存在し、強い還元条件下でのみ単量体となる。従って、一次抗体、二次抗体とも同一のモノクローナル抗体を使用して検出することもできる。
癌の診断薬
また本発明のモノクローナル抗体は、上述したように、前立腺癌細胞に由来するMac−2結合タンパク質と特異的に反応するため、癌の診断薬として用いることができる。
本発明の診断薬は、本発明のモノクローナル抗体を含むものであり、従って、本発明の診断薬を用いて、前立腺癌への罹患が疑われる個体から採取した試料中に含まれる前立腺癌細胞に由来するMac−2結合タンパク質を検出することによって、該個体の前立腺癌の罹患を診断することができる。
また本発明の診断薬は、免疫学的測定を行うための手段であればいずれの手段においても利用することができるが、当技術分野で公知の免疫クロマト用テストストリップなどの簡便な手段と組み合わせて用いることによって、さらに簡便かつ迅速に癌を診断することができる。免疫クロマト用テストストリップとは、例えば、試料を吸収しやすい材料からなる試料受容部、本発明の診断薬を含有する試薬部、試料と診断薬との反応物が移動する展開部、展開してきた反応物を呈色する標識部、呈色された反応物が展開してくる提示部などから構成されるものであり、妊娠診断薬と同様の形態とすることができる。まず、試料受容部に試料を与えると、試料受容部は試料を吸収して試料を試薬部にまで到達させる。続いて、試薬部において、試料中の前立腺癌細胞由来のMac−2結合タンパク質と本発明のモノクローナル抗体との反応が起こり、反応した複合体が展開部を移動して標識部に到達する。標識部においては、上記反応複合体と標識二次抗体との反応が起こって、その標識二次抗体との反応物が提示部にまで展開すると呈色が認められることになる。
上記免疫クロマト用テストストリップは、使用者に対し苦痛や試薬使用による危険性を一切与えないものであるため、家庭におけるモニターに使用することができ、その結果を各医療機関レベルで精査・治療(外科的切除等)し、転移・再発予防に結びつけることが可能となる。また現在、このテストストリップは、例えば特開平10−54830号公報に記載されるような製造方法により安価に大量生産できるものである。
また、本発明の診断薬と前立腺特異抗原を含む既知の前立腺癌の腫瘍マーカーに対する診断薬とを組み合わせて使用することにより、さらに信頼性の高い診断が可能になる。
診断結果
前立腺癌患者の血清中におけるMac−2結合タンパク質濃度を、Mac−2結合タンパク質の濃度を定量するためのMac−2結合タンパク質測定キットで定量した。前立腺特異抗原濃度も同時に定量し、比較した。その結果、同一患者群での前立腺特異抗原濃度が非常に低い場合であってもMac−2結合タンパク質濃度は測定上方限界を超える症例が存在するなど、両者の相関係数は低かった。Mac−2結合タンパク質濃度が10.0μg/mlを越える数値を示した症例の転帰は極めて不良で、全例が癌死した。以上の結果から、Mac−2結合タンパク質は、確立された前立腺癌の腫瘍マーカーである前立腺特異抗原とは独立したマーカーとして使用できることが示された。
また、健常者、前立腺肥大症患者及び前立腺癌患者の血清中におけるMac−2結合タンパク質濃度を、Mac−2結合タンパク質測定キットで定量した。その結果、Mac−2結合タンパク質の濃度は、前立腺癌患者において統計学的に有意に高いことが明らかとなった。従って、本発明の癌検出方法により、これまで識別の困難であった前立腺肥大症と前立腺癌とを識別することが可能になることが明らかとなった。
本明細書は、本願の優先権の基礎である特願2002−317348号の明細書及び/又は図面に記載された内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
図1は、実施例4において、前立腺癌患者の血清中におけるMac−2結合タンパク質(Mac2BP)濃度及び前立腺特異抗原(PSA)濃度を定量し、x軸にPSA濃度の対数、y軸にMac−2結合タンパク質濃度をとって比較したものである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例により、本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されるものではない。
(実施例1 モノクローナル抗体の作成)
免疫原の準備
免疫原としてのヒト前立腺肥大症組織は滋賀医科大学、京都大学医学部附属病院及び両者の関連病院の泌尿器科から手術又は剖検によって得られたものを使用した。一部は無固定でただちに液体窒素で凍結処理し、−80℃で保存した。残りは10%緩衝ホルマリン固定後、最終的にパラフィン包埋された。
上記のヒト前立腺肥大症組織からOishi K.et al.,Prostate 2,281−289,1981の方法に準じて上皮細胞を分離し、これを免疫原として用いた。すなわち、タンパク質分解酵素は使用せずに、鋏で組織を細切し、それを用手的に圧迫することによって組織片から細胞を押し出すように解離させ、組織片から出た細胞を培養液で洗浄回収した。
免疫・細胞融合
免疫動物には7週齢のBALB/cメスマウスを使用した。上記のようにして得られた前立腺肥大症の上皮細胞を10個、2週間ごとに3回腹腔内注射して免疫した。最終免疫から3日のちにマウスから脾臓を摘出し、この脾細胞とマウスミエローマ細胞P3−X63−Ag8・653株(JCRB 0028)を50%ポリエチレングリコール1,500(BDH Limited,England)を用いて常法に従って細胞融合させた。得られた融合細胞を96ウェルマイクロプレート(Corning社)に0.1mlずつ播き、RPMI1640培地(日水社)に15%ウシ胎児血清(Filtron社)を添加したHAT選択培地で培養を続けた。約2週間で必要量のモノクローナル抗体が培地中に分泌される。
スクリーニング法
ヒト前立腺肥大症組織を未固定のままでO.C.T.Compound(Miles社)に包埋し、液体窒素で凍結した。低温ミクロトーム(Reichert社)を用いて6〜8μ厚の凍結切片を作成し、Neopreneを塗布したスライドガラスに添付した。96ウェルマイクロプレート中の培養液0.1mlを取り出して凍結切片に加え、約30分後に生理食塩水で洗浄し、FITCでラベルしたウサギIgG抗マウスIg(二次抗体;DAKO社)で30分間処理した。次いで、洗浄した後、蛍光顕微鏡(ニコン社)を用いて培養液中の抗体が反応する組織部位を観察した。前立腺において前立腺分泌細胞と反応するが間質とは反応しない抗体が産生されているウェルを選択した。
選択したウェル中のハイブリドーマを限界希釈法でクローニングし、抗体サブクラスはMouse monoclonal antibody isotyping kit(Amersham社)で決定した。
その結果、クローン8−9Eが選択された。このクローンは、2002年10月29日付け(原寄託)で、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に受託番号FERM BP−08507として寄託されている(2003年10月15日付で原寄託よりブダペスト条約に基づく寄託への移管請求受領)。
抗体の調製及び精製
クローニングした抗体産生細胞を、あらかじめプリスタン(Aldrich社)処理したBALB/cマウスの腹腔内に注射した。これにより腹水内に大量のモノクローナル抗体が存在するようになる。得られた腹水を20〜50%飽和硫安で粗精製した。続いて、プロタミンセファロース(Sigma社)を利用して精製した。こうして得た抗体は95%以上、通常99%に精製されていた。
(実施例2 8−9E抗体の前立腺癌組織との反応性の検討)
組織学的検討のために、52例の前立腺癌患者の標本を使用した。それらは1982年から1991年の期間に滋賀医科大学付属病院で診断された患者に由来する。平均年齢は70.3歳(53〜87歳)であった。3例が臨床病期A、2例がB、14例がC、33例がD2であった。平均観察期間は39.4ヶ月(2〜118ヶ月)であった。臨床病期D2群は、基本的に内分泌療法(両側精巣摘除、エストロゲン療法など)で加療されていた。これらの患者の前立腺癌組織を無固定でただちに液体窒素で凍結処理後−80℃で保存した。前立腺分泌液は精液に含まれているので、これを健常ボランティアから採取し、−80℃で凍結保存した。
モノクローナル抗体の前立腺分泌細胞に対する反応性は、融合細胞の培養上清を一次抗体として蛍光免疫染色法で検討した。上記の前立腺癌組織の凍結切片を検索に用いた。免疫染色法としてアビジン−ビオチン−コンプレックス(ABC)法を用いた。まず、ブロックエース(大日本製薬株式会社)で切片に対する抗体の非特異的吸着を抑えた。一次抗体は上記のように作成した本発明の抗体を、二次抗体はウマ抗マウス免疫グロブリンG抗体(Vector Laboratories,Inc)を、ABC法にはベクタステインABCキット(Vector Laboratories,Inc)を用いた。最後に、0.005%H、0.2mg/ml DAB(3,3’ジアミノベンジジンテトラヒドロクロリド)溶液を反応させて発色させ、ヘマトキシリンで核染色した。
52症例の前立腺癌組織のうち49例が様々な程度の陽性所見を示した。その程度は、2/3以上の癌細胞が陽性か否かの2群に分類すると、組織学的分化度と統計学的に有意に相関した(p=0.0001)。高分化癌が最も高い陽性率を示していた。ホルモン療法を施行された33例の臨床病期D2群について、5年生存率と癌非進展率を検討した。経過観察期間中に17例が前立腺癌死し、4例が循環器疾患又は他疾患で死亡した。脱落症例は2例であった。2/3以上の癌細胞が陽性を示す患者群はそうでない患者群に対して有意に生存率良好であった(p<0.05)。同様に癌の非進展率も前者が良好であった(p=0.0260)。また、この抗体は前立腺分泌液にも良好に反応した。
(実施例3 8−9E抗体の臓器特異性の検討)
前立腺癌に罹患していなかった男性3症例と女性2症例の剖検で得られた大脳2例、脊髄2例、肺5例、甲状腺5例、胃3例、小腸3例、結腸2例、脾臓4例、肝臓5例、膵臓5例、腎臓5例、精巣2例、子宮1例、上皮小体2例、骨髄4例、食道3例の各種臓器のホルマリン固定パラフィン切片を用いて、上記と同様の方法によって反応性を調べた。
その結果、脳、肺、甲状腺、胃、小腸、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、膀胱を含む各種臓器の99%以上の上皮細胞が陰性と判断された。
(実施例4 8−9E抗体によって認識される抗原の解析)
前立腺分泌細胞に反応し、間質には反応しない抗体がヒトから得られた材料において実際にどのような抗原に反応するのか調べるため、ウェスタンブロットを実施した。まず、前立腺肥大症患者の精漿を2%SDS、10%メルカプトエタノール含有バッファー(第一化学薬品)と混和し、100℃で2分間還元後、4〜20%SDSポリアクリルアミドゲル(SDS PAGE mini:テフコ株式会社)にアプライし、電気泳動した。ついでこのゲルからタンパク質を電気的にニトロセルロース膜に転写した。この膜にブロックエースを作用させたのち、今回作成したモノクローナル抗体を一次抗体としてABC法で染色した。ウェスタンブロットの結果、還元条件下で8−9E抗体は分子量約70kDaのタンパク質を抗原として認識することが明らかになった。
次に、例えば、Int.J.Urol 1995,2,261−266に記載されるように、作成された抗体を利用した免疫アフィニティーカラムで対応抗原の精製を行った。すなわち、精製した抗体をAffi−Gel 10(バイオラッド社)10mlに結合させた(ゲル1mlあたり2mg)。この抗体結合ゲルと混合精漿とを、4℃で2時間にわたり、撹拌しながらインキュベートした。そして、0.1%のCHAPSを含むリン酸緩衝化食塩水でゲルを十分に洗浄した後、0.1%のCHAPSを含む50mMクエン酸で対応抗原を溶出した。還元条件下(0.2M ジチオスレイトール)でSDS−PAGEを実施し、精製抗原を評価した。タンパク質のバンドはクーマシーブリリアンドブルー(和光純薬工業株式会社)を用いて可視化した。バンドをゲルから切り出し、ゲル片からタンパク質を抽出後、酵素処理にて断片化し、それぞれをエドマン法によってアミノ酸配列分析した。
このタンパク質のN末端部分15残基のアミノ酸配列は、既に一次構造が報告されていたMac−2結合タンパク質のそれと完全に一致した。精製抗原を酵素処理にて断片化し、3個のポリペプチドについて可及的多くの部分アミノ酸配列を解読した。その結果、N末端を含めて計51残基の配列が全て完全にMac−2結合タンパク質と同一であることを確認した。以上から、本発明のモノクローナル抗体に対する抗原はMac−2結合タンパク質であることが明らかとなった。
(実施例5 前立腺癌患者血清における8−9E抗原の測定)
実施例4の結果より8−9E抗体が特異的に認識する抗原がMac−2結合タンパク質であることが明らかになったので、Mac−2結合タンパク質測定用キットを用いて、前立腺癌患者血清中のMac−2結合タンパク質濃度を測定した。
前立腺癌患者38例の血清中におけるMac−2結合タンパク質濃度をEIAキット(human 90K/Mac−2BP ELIZA;Bender Medsystems,Austria)によって定量した。また、同一血清における前立腺特異抗原濃度も測定し、両者の測定値を比較した。
まず、固定化抗Mac−2結合タンパク質抗体と試料を反応させる。次にHRP(西洋ワサビペルオキシダーゼ)等によって標識した抗Mac−2結合タンパク質抗体を反応させる。標識に対する基質を加えて発色させた後、酸にて酵素反応を停止させる。450nmで吸光度測定し、標準曲線と比較することよって抗原濃度を算出する。結果を図1に示す。
Mac−2結合タンパク質濃度の測定値は、最低0.99μg/mlから測定限界の10.0μg/mlまで幅広く分散した。同一検体群での前立腺特異抗原濃度が1ng/ml以下でもMac−2結合タンパク質濃度は測定上方限界値を越える症例が存在するなど、両者の相関係数は低かった(r=0.245、p=0.138)。10.0μg/mlを越える数値を示した3症例の転帰は極めて不良で、全例癌死した。以上からMac−2結合タンパク質は、確立された前立腺癌の腫瘍マーカーである前立腺特異抗原からは独立したマーカーであることが示された。
前立腺肥大症患者の血清に対する反応性との比較
健常者、前立腺肥大症患者及び前立腺癌患者の血清中におけるMac−2結合タンパク質濃度を、上記のEIAキットで定量した。結果を以下に示す。

t検定結果
1vs3 p=0.0373
2vs3 p=0.0329
1+2vs3 p=0.0039
以上から、Mac−2結合タンパク質の濃度は、前立腺癌患者において統計学的に有意に高いことが明らかとなり、本発明の方法によって、前立腺肥大症と前立腺癌患者を識別可能に診断できることが示された。
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。
【産業上の利用の可能性】
本発明により、簡易かつ安価な方法で、前立腺癌を効果的に検出することができるため、前立腺癌の早期発見、診断及び治療が可能になる。また、本発明の方法により、前立腺肥大症と前立腺癌を識別できるため、治療方針の決定、治療効果の経過観察、予後の予測に有用である。
【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で免疫した哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合して得られ、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生する、ハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株。
【請求項2】
請求の範囲第1項に記載のハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株が産生する、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体。
【請求項3】
前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で哺乳動物を免疫し、該哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合させ、前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ又はそれに由来する細胞株を選択し、該ハイブリドーマを培養し、該モノクローナル抗体を回収することを特徴とする、請求の範囲第2項に記載のモノクローナル抗体の製造方法。
【請求項4】
請求の範囲第2項に記載のモノクローナル抗体を用いて、試料中のMac−2結合タンパク質を免疫学的に測定し、前立腺癌を検出する方法。
【請求項5】
試料中のMac−2結合タンパク質を測定することにより、前立腺癌を検出する方法。
【請求項6】
Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体を用いて、試料中のMac−2結合タンパク質を免疫学的に測定し、前立腺癌を検出する方法。
【請求項7】
Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体を含む前立腺癌診断薬。
【請求項8】
Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体を含む前立腺癌診断用キット。
【請求項9】
Mac−2結合タンパク質又はその断片と特異的に反応するモノクローナル抗体の製造方法であって、前立腺肥大症組織の上皮組織片又は上皮細胞で免疫した哺乳動物の免疫細胞と哺乳動物のミエローマ細胞とを融合し、得られたハイブリドーマから前立腺分泌細胞に対して反応するが間質には反応しないモノクローナル抗体を産生するものを選択し、これを培養して該モノクローナル抗体を回収することを特徴とする該方法。

【国際公開番号】WO2004/039844
【国際公開日】平成16年5月13日(2004.5.13)
【発行日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−548109(P2004−548109)
【国際出願番号】PCT/JP2003/014015
【国際出願日】平成15年10月31日(2003.10.31)
【出願人】(502396373)TSSバイオテック株式会社 (4)
【Fターム(参考)】