説明

加圧スチーム延伸装置およびアクリル系繊維の製造方法

【課題】 毛羽の発生、工程トラブルおよび延伸切れを防止でき、繊維品質を高く且つ安定的に維持することのできる実生産に好適な加圧スチーム延伸装置、及び高品質のアクリル系繊維を実生産するに好適なアクリル系繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】 加圧スチームが導入される加圧スチーム延伸室内で繊維束を延伸する加圧スチーム延伸装置において、加圧スチーム延伸室内に加圧スチームを噴き出すスチーム噴き出しヘッダーを有し、互いに離間して配された複数の管を有しかつ該複数の管に連通し複数の孔が配された管を複数有する梯子状構造をスチーム噴き出しヘッダーが有する。加圧スチームを用いてアクリル系繊維束を延伸する加圧スチーム延伸工程を有するアクリル系繊維の製造方法において、加圧スチーム延伸工程で上記装置によりアクリル系繊維束を延伸する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維の延伸装置に関し、特に加圧スチームを用いて繊維束を延伸する加圧スチーム延伸装置に関する。また本発明は、延伸工程を有するアクリル系繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維製造において加圧スチームを利用した延伸方法は従来から知られている。大気圧下の熱水よりも高温が得られるとともに、水分の存在が繊維素高分子の可塑化効果を生み、高倍率の延伸が可能となるためである。特にアクリル系繊維は他の熱可塑性繊維と異なって融点が存在せず、熱の効果だけでは実質的に延伸が不可能なため、加圧スチーム延伸がアクリル系繊維の延伸に適用されている。
【0003】
加圧スチームを使用する延伸装置内では噴き出すスチームによって繊維束がばたついて装置のスリットやガイドに接触することにより擦られたり、スチームによって乱されることにより、遊離した単繊維が装置内部やガイドで擦られたりする場合があった。また乱された繊維束の一部の単繊維が斜行するために均一な延伸が施されず、単繊維が切断したり、ループ状になったりする場合があった。炭素繊維用前駆体繊維を製造する場合には、これらのダメージにより毛羽が誘発され、引き続く耐炎化、炭素化などの工程において毛羽が発生し得られる炭素繊維の品位を損なうだけでなく、発生する毛羽によって各所排気ダクトの閉塞を引き起こす場合もあり、操業性の低下を引き起こすと考えられている。
【0004】
加圧スチームを使用する延伸装置内に加圧スチームを供給する方法として、これまでに特許文献1(特開平5−44132号公報)、特許文献2(特開平6−57572号公報)、特許文献3(特開平6−57573号公報)、特許文献4(特開平7−70862号公報)、特許文献5(特開平8−246284号公報)、特許文献6(特開2001−140161号公報)等に開示がある。
【0005】
例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3及び特許文献6では、多孔体あるいは多孔板を通じて加圧延伸室にスチームを供給する方法が示されている。しかしこれらの方法では加圧室内の全域にわたって均一にスチームを噴き出させることが困難な場合があり、その結果延伸斑が発生し毛羽の発生や延伸切れを起こす場合があった。
【0006】
また、特許文献4では繊維束に対しスチームが当たる直前にスチームによる繊維束の拡がりを防ぐために繊維束絞り部品を設け、かつ繊維束の走行方向に対するスチーム噴き出し口を直角にすることにより繊維束のばたつきや撚りが入ることを防ぐことが出来ると述べられている。しかし、この方法でばたつきや撚りが入ることが防げたとしても、複数の繊維束を延伸装置で処理する場合には装置が複雑になり、更には繊維束絞り部品に糸通しすることも冶具などを用いねばならず、実際の生産技術としては更なる改善が望まれるところであった。
【0007】
さらに、特許文献5ではスチームボックス内に、スチームが直接繊維束に当たって単糸切れすることを防ぎ、スチームボックス内にスチームを均一に行きわたらせるようにスチーム供給口の出側に遮蔽板を備えることが好ましいと述べられている。しかしこの方法ではスチームが直接繊維束に当たって単糸切れすることを防ぐことが出来たとしても、スチームが直接繊維束に噴き付けられないために延伸に必要な熱を繊維束に与えるための時間が長くなり、十分な延伸性を確保するためには加圧スチーム延伸装置を長くしなくてはならず、実際の生産技術としては更なる改善が望まれるところであった。
【特許文献1】特開平5−44132号公報
【特許文献2】特開平6−57572号公報
【特許文献3】特開平6−57573号公報
【特許文献4】特開平7−70862号公報
【特許文献5】特開平8−246284号公報
【特許文献6】特開2001−140161号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、繊維に加圧スチーム延伸を施す場合において、毛羽の発生、工程トラブルおよび延伸切れを防止でき、繊維品質を高く且つ安定的に維持することのできる、実際の生産に好適な延伸装置を提供することである。
【0009】
本発明の別の目的は、高品質のアクリル系繊維を実生産するに好適なアクリル系繊維の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、加圧スチーム延伸室内に加圧スチームを供給するスチーム噴き出しヘッダーを備えることにより、加圧スチーム延伸室内の繊維束全域に適度な噴き出し線速を有する加圧スチームを良好な均一性をもって直接当てることが出来ることを見出した。特にスチーム噴き出しヘッダーを、配管を組み合わせた梯子状の構造にすることにより、加圧スチーム延伸室が長大化あるいは拡幅化しても加圧スチーム延伸室内の繊維束全域に適度な噴き出し線速を有する加圧スチームをより均一に斑なく直接当てることが出来ることを見出し、更にスチーム噴き出しヘッダーのスチーム噴き出し口に緩衝材を設置して加圧スチームの噴き出しを整流することが極めて有効であることを見出し本発明に至った。
【0011】
本発明により、加圧スチームが導入される加圧スチーム延伸室内で繊維束を延伸する加圧スチーム延伸装置において、
該加圧スチーム延伸室内に加圧スチームを噴き出すスチーム噴き出しヘッダーを有し、
互いに離間して配された複数の管を有しかつ該複数の管に連通し複数の孔が配された管を複数有する梯子状構造を、該スチーム噴き出しヘッダーが有することを特徴とする加圧スチーム延伸装置が提供される。
【0012】
前記孔が配された管が円形断面を有することが好ましい。
【0013】
前記スチーム噴き出しヘッダーが可動式であることが好ましい。
【0014】
前記複数の孔に緩衝材を有することが好ましい。
【0015】
前記緩衝材が金属金網および金属不織布から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0016】
この緩衝材の目開きが50μm以上、100μm以下であることが好ましい。
【0017】
本発明により、加圧スチームを用いてアクリル系繊維束を延伸する加圧スチーム延伸工程を有するアクリル系繊維の製造方法において、
該加圧スチーム延伸工程を、上記加圧スチーム延伸装置によりアクリル系繊維束を延伸することによって行うことを特徴とするアクリル系繊維の製造方法が提供される。
【0018】
前記アクリル系繊維が、炭素繊維用アクリル系前駆体繊維であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、繊維束へ直接当たるスチームの噴き出し線速を適度な値とすることができ、繊維束のばたつきを削減し、擦れや斜行によるダメージを削減し、毛羽の発生やそれに起因する工程トラブルや延伸切れなどのトラブルを防止し、繊維品質を高く且つ安定的に維持することを可能とする加圧スチーム延伸装置が提供される。しかもこの装置は、加圧スチーム延伸室の繊維束全域にわたって優れた均一性をもってスチームを噴出させることができ、さらに、装置が複雑になったり大きくなったりすることを回避でき、複数の繊維束を延伸する場合であっても治具を使用しないですみ、実生産に好適である。
【0020】
このような加圧スチーム延伸装置を用いれば、アクリル系繊維、炭素繊維用アクリル系前駆体等の繊維の細繊度化に適する繊維の延伸を行うことができる。
【0021】
また本発明により、加圧スチーム延伸工程を有するアクリル系繊維の製造方法において、延伸の際に発生する毛羽や延伸の際のダメージに起因する毛羽の発生を抑制でき、延伸切れを防止できる、高品質なアクリル系繊維を実生産するに好適なアクリル系繊維の製造方法が提供される。
【0022】
例えば、このようなアクリル系繊維を用いて炭素繊維用アクリル系前駆体を製造し、その炭素繊維用アクリル系前駆体から炭素繊維を製造すれば、得られる炭素繊維の耐炎化、炭素化の際の毛羽発生を抑制し、炭素繊維の品位を向上させ、発生する毛羽による各所排気ダクトの閉塞を削減し操業性を向上することすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0024】
本発明の加圧スチーム延伸装置が適用できる範囲は、繊維の種類、工程等によって特に限定されないが、特に、細繊度の繊維や高配向の繊維を得ようとする場合、高い紡糸速度を要求される場合に有効であり、特にアクリル系繊維、なかでも炭素繊維用アクリル系前駆体繊維等の繊維の細繊度化や生産性向上に適する。なぜなら水の可塑化効果により乾燥緻密化後の延伸において、高倍率の延伸が可能となりトータル延伸倍率を高く設定することが可能となる。それによって最終紡糸速度を高くすることが可能となる他、高配向の繊維が得やすくなるためである。
【0025】
加圧スチーム延伸の前後に、繊維製造の分野、特にはアクリル系繊維もしくは炭素繊維用アクリル系前駆体繊維の製造において公知の工程を適宜行うことができる。
【0026】
例えば、アクリル系繊維を溶液紡糸する場合は、原料重合体としてアクリロニトリルのホモポリマー、あるいはコモノマーを含んだアクリロニトリル系共重合体を、公知の有機又は無機溶剤に溶解した溶液を紡糸した後、延伸する際に本発明の加圧スチーム延伸装置を用いることができる。この場合、紡糸方法はいわゆる湿式、乾湿式、乾式のいずれでも良く、その後の工程で脱溶剤、浴中延伸、油剤付着処理、乾燥等を施すことができる。スチーム延伸は繊維製造の所望の段階で適宜実施することができるが、溶液紡糸の場合は繊維束中の溶剤をある程度除去した後、すなわち洗浄後又は浴中延伸後、あるいは乾燥後が好ましく、高配向の繊維を得る観点から乾燥後がより好ましい。
【0027】
図5に本発明の加圧スチーム延伸装置の一形態を示す。加圧スチーム延伸装置は、加圧スチーム延伸室6とその前後に配された加圧スチームの漏れを防ぐためのシール部7を備えており、複数の繊維束8は加圧スチーム延伸装置の前壁部に形成された繊維束入口21から装置内へと導入され、装置の全長にわたって延びる走行路を水平方向にシート状に並列して走行し、加圧スチームが導入され所定の圧力に保たれた加圧スチーム延伸室で可塑化され延伸が行われた後に装置の後壁部に形成された繊維束出口22から導出される。
【0028】
加圧スチーム延伸装置は、複数の繊維束(例えば複数のアクリル系繊維束)を並列に走行させて一括してスチーム延伸させることができる構造であることが操作性、設備設置上等から好ましい。例えば、繊維束走行面において分割可能な構造とすることにより、糸通し作業時は分割した状態とすれば特別な冶具等を用いず短時間で作業することが可能となる。分割した本体同士の開閉機構は特に限定されるものではなく、例えば分割した本体同士をヒンジで連結して開閉する構造などを採用できる。或いは水平方向に複数の繊維束が走行する横置きタイプにあっては、分割した上側の部分を吊り上げるなどして開閉する方法を採用しても良い。
【0029】
また加圧スチーム延伸室およびシール部における繊維束の走行路断面形状は矩形であることが好ましい。矩形にすることにより繊維束を扁平な状態に保ちつつ、加圧スチーム延伸室を通過させることが可能となる。このように繊維束を扁平に保つことにより、スチームの繊維束内部への侵入、到達を促進し、短時間での均一な加熱が可能となるので好ましい。
【0030】
加圧スチーム延伸装置を構成する部材の材質としては、加圧スチームに耐え、スチームの漏れを防ぐためのシールを行うに充分な機械強度を有する公知の材質から適宜選んで用いることができる。装置内面の繊維束に接する可能性のある部分の材質として、スチームに対する耐腐食性をもち、接触した場合の繊維束へのダメージを抑制するといった観点から、例えば、ステンレス、チタン、または硬質クロムメッキ処理を施した鉄鋼材料を用いることができる。
【0031】
延伸雰囲気のスチーム圧は、加圧状態すなわち大気圧より高い圧力で、目的に添う圧力を適宜採用できる。すなわち延伸する繊維の種類、スチーム延伸の前工程での処理状態、あるいは目的とする繊維特性等によりスチームの圧力が適宜調整される。
【0032】
加圧スチーム延伸室内の繊維束に向けて噴き出す加圧スチームの温度、及び流速は極力均一にすることが好ましい。これらを均一にすることにより延伸室に導入された繊維束中1本1本の単繊維、導入された繊維束自身、及び延伸室内の複数の繊維束それぞれに均一に熱を供給することが可能となり、その結果均一に延伸することが可能となるので好ましい。
【0033】
加圧スチーム延伸室のような空間に加圧スチームのような流体を供給する場合、通例、部位によって加圧スチームの流速の分布が存在する。流体の流速は、流体の供給部近辺では大きく、供給部から遠ざかるに従って小さくなる傾向がある。この結果加圧スチーム延伸室の繊維束走行面には加圧スチームの流速分布が存在し、繊維束に優れた均一性をもって熱を供給することは困難であった。この流速が早い部位を削減するために流体の供給部に遮蔽板等を設置することがある。しかしこの方法では供給部より鉛直方向の加圧スチームの流速を調整することは出来るが、加圧スチーム延伸室全体の加圧スチームの流速を調整することは困難であった。また多孔体あるいは多孔板を加圧スチーム延伸室と加圧スチームの供給部の間に設置することがあるが、同様に多孔体あるいは多孔板と加圧スチームの供給部の間に流速の分布が存在し、その結果加圧スチーム延伸室全体の加圧スチームの流速を調整することは困難であった。
【0034】
以上のような問題に対し、加圧スチーム延伸室の内部に加圧スチームを供給するヘッダーを設置することにより加圧スチーム延伸室の繊維束走行面の全域にわたってより均一な流速の加圧スチームを供給することが可能となる。すなわち加圧スチーム延伸室内部の複数の繊維束走行面に対して極力全面に加圧スチームを供給するヘッダーを設置し、ヘッダー内のスチームの圧力を均一な状態とする。ヘッダー内のスチームの圧力を均一な状態とするには、ヘッダー自体の大きさや形状を供給するスチーム流量や加圧スチーム延伸室の大きさに応じて設計することにより可能となる。このようなヘッダーを設けることによりそこから加圧スチームを加圧スチーム延伸室の内部の繊維束に対してより均一に噴き出すことが可能となり、その結果より均一な熱を繊維束に供給出来る。
【0035】
特にスチーム噴き出しヘッダーが配管を組み合わせた梯子状構造を有することが効果的である。梯子状構造は、互いに離間して配された複数の管(以下場合により、主管という。)を有し、この複数の管に連通し複数の孔を有する管(以下場合により、枝管という)を複数有するものである。
【0036】
例えば、互いに離間して配された二本の主管を有し、かつこの二本の主管に連通し複数の孔が配された管を複数有する梯子状構造(以下、この構造を「梯子状構造A」という)をスチーム噴き出しヘッダーが有することができる。図1にスチーム噴き出しヘッダーの例を示す。ここでは、二本の主管11が平行に離間して配され、これと垂直に7本の枝管12が配される。それぞれの枝管は、その両端において二本の主管に連通し、またスチーム噴き出しのための複数の孔2を有する。
【0037】
スチーム噴き出しヘッダーの大きさにより主管の本数を三本やそれ以上とすることも可能であるし、主管同士は平行にも平行でない状態にもすることも可能であるが均一にスチームを噴き出させる観点及びヘッダーを製作する簡易さの観点から主管同士は並行とするのがより好ましい。また主管と枝管を直角に配置したり直角ではない配置にしたりすることも可能であるが、均一にスチームを噴き出させる観点及びヘッダーを製作する簡易さの観点から直角に配置することがより好ましい。更に場合によっては主管にスチーム噴き出しのために孔を設けることも可能である。
【0038】
例えば、上記梯子状構造Aをスチーム噴き出しヘッダーが一つだけ有していてもよいし、複数有していてもよい。また、この梯子状構造Aを複数有する場合、それぞれの梯子状構造Aが独立に複数存在していてもよいし、複数の梯子状構造Aが連結されていても良い。連結される場合について説明すると、例えば、梯子状構造Aが二つ並列に並び、梯子状構造Aが一つの主管を共有している(主管は合計で3本となる)形態がある。あるいは同様に梯子状構造Aが三以上並列に並び、隣り合う梯子状構造A同士で主管を共有している形態もある。つまり、図9に主管と枝管のみ示すと、主管31aおよび31bと枝管32aによって梯子状構造Aが形成され、主管31bおよび31cと枝管32bによって梯子状構造Aがもう一つ形成され、主管31bは二つの梯子状構造Aによって共有される。
【0039】
スチーム噴き出しヘッダーが、上記梯子状の構造を有することにより、スチームを適度な線速で優れた均一性をもって繊維束に当てることが容易となり、加圧スチーム延伸室が長大化あるいは拡幅化したとしてもスチームヘッダーをそれに合わせて長大化、拡幅化することが容易である。梯子の段数(枝管の本数)及び組み合わせる枝管の径を適宜選択し、梯子状の構造のスチーム噴き出しヘッダーから加圧スチームをより均一に斑無く噴き出すことが出来る。
【0040】
枝管の径は使用する加圧スチームの量によって適宜決定することが出来る。配管径を大きくすると使用する加圧スチームの量が多くても圧損が小さい傾向があり、配管径を小さくすると配管内のスチームの流速がより均一になる傾向がある。
【0041】
特に主管及び枝管の断面を円形にすることで、すなわち主管及び枝管を丸パイプとすることで、配管内の加圧スチームの圧力を更に均一にすることが出来るので更に好ましい。また配管を丸断面とすることは、梯子状構造を有するスチーム噴き出しヘッダーを作成するうえで比較的容易である点においても好ましい。
【0042】
本願発明のスチーム噴き出しヘッダーにあるスチーム噴き出し孔の孔径孔数、および配置を適宜選択することにより加圧スチーム延伸室に供給する加圧スチームの流速を調整することが可能である。この場合の加圧スチームの流速は加圧スチームの噴き出し線速に言い換えられ、以下の式、
(加圧スチームの噴き出し線速)=(加圧スチーム噴き出し孔1個あたりから噴き出す加圧スチーム流量)÷(加圧スチーム噴き出し孔1個あたりの面積)
より求めることが出来る。
【0043】
加圧スチームの噴き出し線速は、大きくすると熱伝導の効率が高くなる傾向があり、小さくするとトウのばたつきが発生し難くなる傾向がある。
【0044】
孔径は、小さくすれば圧損が大きくなり梯子状のスチーム噴き出し部のそれぞれの孔から噴き出す流速に分布が発生し難くなる傾向があり、大きくすれば圧損が小さくなり易く使用する加圧スチームの使用量が増加しない傾向がある。
【0045】
孔数は、数を減らすと圧損が大きくなり流速分布が発生し難くなる傾向があり、数を増やすと圧損が小さくなり使用する加圧スチームの使用量が低減する傾向がある。
【0046】
本発明のスチーム噴き出しヘッダーは、加圧スチーム延伸室に繊維束面に向かって加圧スチームが噴き出す位置に設置することができる。繊維束面を挟んで一対のヘッダーを配置することが、熱を伝える効率に優れる傾向があるため好ましく、特に、繊維束の単繊維の数を多くする場合、単繊維の直径を大きくする場合、加圧スチーム延伸室で延伸する倍率を大きくする場合、及び加圧スチーム延伸室で短い時間で延伸する場合に効果的である。
【0047】
繊維束面を挟んで一対のヘッダーを配置する場合、面対称な構造を有するヘッダーを面対称に配置することができる(例えば図5に示される配置)。この場合、それぞれのヘッダーにあるスチーム噴き出し孔は、対向するヘッダーの面対称な位置にあるスチーム噴き出し孔と同一直線上に存在することになる。あるいは、これ以外の構造および配置を採用することも可能である。例えば、面対称な構造を有する一対のヘッダーを、面対称な位置からずらして配置することができる(例えば図6に示される配置)。面対称な構造を有さない一対のヘッダーを用いてもよい。さらに、繊維束面の片面のみにスチーム噴き出しヘッダーを配置することも出来る。片面のみの配置の場合は加圧スチーム中のドレンの排除が容易なことから繊維束面に対して上方にスチームを噴き出す位置にヘッダーを配置するのが好ましい(例えば図7に示される配置)。
【0048】
本発明においてスチーム噴き出しヘッダーは、加圧スチーム延伸室により均一にスチームを噴き出す観点から、加圧スチーム延伸室の繊維束走行面と平行な面内において全面に配置するのが好ましい。
【0049】
更に本願発明のスチーム噴き出しヘッダーの加圧スチーム噴き出し孔と繊維束走行面との距離(全てのスチーム噴き出し孔が一つの面上に整列する場合はその面と繊維束走行面との距離)を適宜選択することにより加圧スチームを繊維束に所望の線速度で直接当てることが容易となる。
【0050】
スチーム噴き出しヘッダーのスチーム噴き出し孔と繊維束の距離を小さくとるとスチームが直接繊維束に噴き付ける力が大きくなり、延伸に必要な熱を与えるための時間が短くなる傾向がある。一方スチーム噴き出しヘッダーのスチーム噴き出し孔と繊維束の距離を大きくとるとスチームが直接繊維束に噴き付ける力が小さくなり、繊維束のばたつきを抑制することがより容易である。これらを考慮して、スチーム噴き出しヘッダーのスチーム噴き出し孔と繊維束の距離は、延伸を行う繊維束の延伸装置内への投入量、単繊維数及び延伸装置内へ供給する加圧スチームの圧力などに応じて適宜調節できる。
【0051】
更に、スチーム噴き出しヘッダーに油圧式やウォームギアによるスクリュージャッキ式のものやボールねじ式等の昇降装置を設け可動式とし、スチーム噴き出し孔と繊維束走行面との距離を調節可能とすることが好ましい。加圧スチーム延伸室に供給する加圧スチームの噴き出し線速を調整するために、孔径や孔数を変えることもできるが、上記距離を調節することが可能であれば、スチーム噴き出しヘッダーを交換することなく異なる仕様の繊維束を良好に延伸することも可能となる。
【0052】
更にスチーム噴き出しヘッダーにあるスチーム噴き出し孔の繊維束走行面に対する孔の角度(孔からのスチーム噴出方向)は、垂直にすることも可能であり、垂直から繊維束の進行方向に傾けることも可能であり、あるいは垂直から繊維束の進行方向に対して逆方向に傾けることも可能である。
【0053】
スチーム噴き出しヘッダーには、外部から加圧スチームを供給することが可能である。例えば図1に示すように、加圧スチーム供給管5がそれぞれの主管11に接続され、加圧スチーム供給管からヘッダーに加圧スチームが供給される。
【0054】
加圧スチーム供給管はそれぞれの主管に1箇所あるいは複数設けることが出来る。加圧スチーム延伸室が大きい場合には、スチーム噴き出し部に均一に加圧スチームを供給することが容易になることから、それぞれの主管に加圧スチーム供給管を複数配置することが好ましい。
【0055】
加圧スチーム供給管には本発明のスチーム噴き出しヘッダーに導入され噴き出す加圧スチームがショートパスして噴き出すのを防ぐために遮蔽板を設置しても良い。
【0056】
以上のように、加圧スチームの噴き出し線速及び加圧スチーム噴き出し孔と繊維束走行面の距離を適宜選択することなどにより、適度な線速を有する加圧スチームを繊維束に直接均一に当てることが可能となる。このようにして加圧スチームを繊維束に良好な均一性をもって直接当てることにより、繊維束内部への熱伝導が容易になり繊維束中の単繊維1本1本に熱伝導が可能となり、繊維束全体により均一に熱伝導が行われる。その結果熱伝導の斑によって昇温が十分されていない部分が延伸されて破断することを防止でき、毛羽の発生を防ぐことが出来る。これは繊維束の単繊維の数を多くする場合、単繊維の直径を大きくする場合、加圧スチーム延伸室で延伸する倍率を大きくする場合、及び加圧スチーム延伸室で短い時間で延伸する場合に特に有効である。
【0057】
また加圧スチーム延伸室にて複数の繊維束を処理する場合など、加圧スチーム延伸室が長大化あるいは拡幅化した場合であっても、加圧スチーム延伸室の内部に加圧スチームを供給する梯子状の構造を有するスチーム噴き出しヘッダーを設置することにより、加圧スチーム延伸室の繊維束走行面の全域にわたってより均一に斑なく加圧スチームを供給することが可能となるので、加圧スチーム延伸室中の繊維束それぞれにより均一に斑なく加圧スチームを当てることが可能となる。その結果複数の繊維束間での熱伝導の差が起こることなく何れの繊維束もより均一に延伸が行われる。
【0058】
更に本発明においては、加圧スチームを使用する延伸装置内に加圧スチームを供給するスチーム噴き出しヘッダーにあって、スチーム噴き出し孔に緩衝材を有することが好ましい。水やスチームのような流体の孔出口付近の流速はその噴き出し方向に大きい傾向があり、流体の出口に遮蔽板や多孔板のような緩衝材を設置し、それらに流体を一度衝突させることで流体の流速を緩衝し、この流速分布を削減し均一化させることが可能である。本発明のスチーム噴き出しヘッダーのスチーム噴き出し孔においても出口付近の流速はその噴き出し方向に大きい傾向がある。本発明では、繊維束に直接スチームを当てることが重要であるため、スチームを繊維束に直接あてることと緩衝材に衝突させて流体の流速を緩衝することが同時に要求される。そのためにはスチームの一部が通過できかつ他の部分が衝突する程度の空隙率をもった部材を緩衝材に用いることが好ましく、このような緩衝材としては、金属金網、金属不織布などを好ましく用いることができる。延伸室内に加圧スチームを供給するスチーム噴き出しヘッダーに上記緩衝材を有することにより、スチーム噴き出しヘッダーから延伸装置内に噴出するスチームの噴出が緩衝材を通過して分散され、繊維束へ直接当たるスチームを制限することにより繊維束のばたつきを優れて抑制し、擦れや斜行によるダメージを優れて抑え、毛羽の発生やそれに起因するトラブルを優れて防止することができる。
【0059】
複数のスチーム噴き出し孔に緩衝材を有する構造としては、スチーム噴き出しヘッダーに設けられた複数の全ての孔に緩衝材を有することが好ましい。全ての孔が緩衝材を有することにより延伸室内の複数の繊維束の全てに線速が制限されたスチームをあてることが可能となる。スチーム噴き出しヘッダー全面に緩衝材を設置することもできるが、ドレン排除の観点から、スチームヘッダーを構成する枝管のスチーム噴き出し孔に近接して緩衝材を設置するのが好ましい。例えば図3または図4に示すように、緩衝材を枝管に巻き付けることができる。巻き付け方としては図3または図4のように一重でも、数回巻き付けて二重、三重とすることもできる。
【0060】
緩衝材としては、金属金網、金属不織布が好ましく用いられる。これらを用いれば、延伸雰囲気のスチーム圧やスチーム流量を損なうことがないように金属金網、金属不織布の目開きを適宜選択することが可能であり、場合によっては複数枚を積層することもでき、熱による劣化に対しても強い。また金属不織布と同様の連続多孔質構造を有する部材としてゴアテックス(GORE−TEX(登録商標))を用いても良いし、ステンレススチールたわしを用いても良い。
【0061】
緩衝材の目開きは、圧力損失を抑制する観点から、好ましくは50μm以上、より好ましくは60μm以上、さらに好ましくは70μm以上とし、緩衝材の設置によるスチームの噴き出しの整流効果の観点から、好ましくは100μm以下、より好ましくは95μm以下、さらに好ましくは90μm以下とする。
【0062】
緩衝材の目開きは、例えば金属金網であれば二つの近接する縦線又は横線の内径を測定することにより求められる。金属不織布であればバブルポイント法(JIS B 8356−2)によりファーストバブルポイントを測定し、この値より最大孔径を算出することにより求められる。
【0063】
以上のような緩衝材をスチーム噴き出しヘッダーに設置することにより、噴き出したスチームが緩衝材を通って多方向に分散され、スチームの噴き出し線速が小さくなり、繊維束に直接当たるスチームが減少し、繊維束のばたつきが低減される。
【0064】
スチーム噴き出しヘッダーのスチーム噴き出し孔と繊維束の距離を大きくするなどして繊維束のばたつきを小さくすることができるが、加えて緩衝材を用いることにより繊維束のばたつきを小さくすることが可能となる。
【0065】
緩衝材を設置すること無しに噴き出すスチームを多方向に分散させ、スチームの噴き出し線速を小さくすることもできる。例えばスチーム噴き出しヘッダーの主管及び枝管を丸断面とし、それぞれの断面の円周方向及び幅方向に複数の噴き出し孔を設けることが出来る。しかし、繊維束走行面全域においてより均一にスチームの噴き出しを行う観点からは、緩衝材を用いるほうがより好ましい。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0067】
(毛羽発生頻度の評価)
毛羽発生頻度の評価は以下の方法により実施した。すなわち、加圧スチーム延伸機から延伸されて出てきた走行中の複数の繊維束において、1時間あたりに発生する毛羽の数を測定し繊維束1本あたりの平均発生回数を算出した。評価基準を表1に示す。毛羽の平均発生回数は次の式により求めた。
(毛羽の平均発生回数)=(加圧スチーム延伸機から延伸されて出てきた走行中の複数の繊維束において、1時間あたりに発生する毛羽の総数)÷(加圧スチーム延伸機に投入した繊維束数)
【0068】
【表1】

【0069】
(ストランド特性)
炭素繊維のストランド強度及びストランド弾性率は、JIS R 7601に記載された試験法に準拠して測定した。
【0070】
(実施例1)
アクリル系繊維を製造するにあたり、加圧スチーム延伸のために図5に示す構成の加圧スチーム延伸装置を用いた。
【0071】
この加圧スチーム延伸装置は、繊維束の走行路を含む平面において分割可能なボックス型の容器9の内部にボックス型の加圧スチーム延伸室6とラビリンス構造のシール部7が形成されている。繊維束8は、加圧スチーム延伸装置の前壁部に形成された繊維束入口21から装置内へと導入され、装置の全長にわたって延びる走行路を水平方向にシート状に並列して走行し、加圧スチームが導入され所定の圧力に保たれた加圧スチーム延伸室で延伸が行われた後に装置の後壁部に形成された繊維束出口22から導出される。
【0072】
繊維束の入口および出口にはラビリンス構造の圧シール7が配される。ラビリンスシール部における繊維束の走行路断面は矩形形状で、ラビリンスシール部は板片からなるラビリンスノズルが前記ラビリンスシール部の内壁面から走行繊維束に向けて直角に延び、且つ同繊維束の走行方向に多段に配されてなる。同ラビリンスノズルの前記内壁面からの延設長さLと、前後のノズル間のピッチPとの比(L/P)の値は0.5であり、前記ラビリンスノズルの段数が入口側および出口側のラビリンスシール部ともにそれぞれ80段である。繊維束の走行路断面の矩形形状は、同走行路断面の左右幅Wと高さHの比(H/W)が1/200である。
【0073】
加圧スチーム延伸室内には、繊維束に向かってスチームが噴出する位置に、図1に示す梯子状スチーム噴き出しヘッダー1が一対、対向して全面に配置される。
【0074】
梯子状スチーム噴き出しヘッダー1においては、形状及び寸法が同一である二本の主管が平行に離間して配され、両端において二本の主管に連通する7本の枝管が主管と直角に配される。主管11、枝管12とも、断面形状は正方形である。枝管の繊維束走行面側の面には、均等な間隔で直径3mmのスチーム噴き出し孔2が配される。一対のヘッダーは、繊維束走行面を挟んで面対称な構造である。それぞれの主管の繊維束走行面とは反対側にはスチーム供給管5が2つずつ接続され、スチーム3はスチーム供給管から供給され、スチーム噴き出し孔から繊維束に向けて鉛直方向に噴出する。
【0075】
アクリロニトリル94.5質量%、メタクリル酸1質量%、アクリル酸メチル4.5質量%が共重合したアクリロニトリル系ポリマーのジメチルアセトアミド溶液を12000ホールのノズル6個から凝固液中に吐出して6本の繊維束を湿式紡糸し、熱水浴中にて脱溶剤及び5倍に相当する前延伸を行った。次いで油剤付着及び乾燥処理を行った後、6本の繊維束を上述の加圧スチーム延伸装置室に導き、140℃で飽和状態の加圧スチームにより3倍の延伸を行った。スチーム圧(ゲージ圧)は0.27MPaとした。加圧スチーム延伸装置で延伸を行った繊維束を表面温度が175℃のローラーに導き熱セットを行い、空冷ロールで室温まで温度低下させた後にそれぞれ繊維束ごとにワインダーによりボビンに巻き取った。このようにして炭素繊維用アクリル系前駆体の繊維束を得た。
【0076】
加圧スチーム延伸装置で延伸を行っている間に加圧スチーム延伸以降での毛羽の発生頻度を評価した結果を表2に示した。前駆体繊維束の製造中、繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口での繊維束の擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。
【0077】
この繊維束を空気中230〜260℃の熱風循環式耐炎化炉にて5%の伸張を付与しながら30分熱処理し、繊維密度が1.368g/cm3の耐炎化繊維とした(耐炎化工程)。引き続きこの繊維を窒素雰囲気下最高温度600℃、伸張率5%にて1.5分間低温熱処理し、さらに同雰囲気下で最高温度が1300℃の高温熱処理炉にて−4%の伸張の下、約1.5分処理し、炭素繊維を得た(炭素化工程)。
【0078】
耐炎化及び炭素化工程での毛羽の発生はなく、得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は5,000MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0079】
(実施例2)
図2に示すように、主管および枝管の全てを、円形の断面形状を有する管としたこと以外は実施例1と同様にして炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0080】
前駆体繊維束の製造中、複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は5,000MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0081】
(実施例3)
図3に示すように、実施例1で用いた加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーに、目開きが87μm、使用線径0.04mmのステンレス金網の緩衝材4を設置した。具体的には、この緩衝材を全ての枝管12の周囲に一周巻き付けた。
【0082】
これ以外は実施例1と同様にして炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0083】
前駆体繊維束の製造中、複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は5,100MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0084】
(実施例4)
図4に示すように、実施例2で用いた加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーに、目開きが87μm、使用線径0.04mmのステンレス金網の緩衝材4を設置した。具体的には、この緩衝材を全ての枝管12の周囲に一周巻き付けた。
【0085】
これ以外は実施例1と同様にして炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0086】
前駆体繊維束の製造中、複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は5,100MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0087】
(実施例5)
ステンレス金網の緩衝材に替えて、目開きが87μmのステンレス金属不織布の緩衝材を設置した以外は実施例4と同様にして炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0088】
前駆体繊維束の製造中、複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は5,100MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0089】
(実施例6)
図6に示すように、実施例2で用いた一対の加圧スチーム延伸装置を、面対称な位置からずらして配置した。
【0090】
これ以外は実施例1と同様にして、炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0091】
前駆体繊維束の製造中、複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は5,000MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0092】
(実施例7)
図7に示すように、実施例2で用いた加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーを一つだけ用い、これを繊維束面の下側に配置した。
【0093】
これ以外は実施例1と同様にして、炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0094】
前駆体繊維束の製造中、加圧スチーム延伸以降での毛羽の発生頻度を評価した結果を表2に示した。紡糸中複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきは無く、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなく安定にスチーム延伸が実施できた。耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は4,900MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。
【0095】
(実施例8)
6000ホールのノズルを使う以外は実施例4と同様にして炭素繊維用アクリル系前駆体束を製造したところ、実施例4に比較して繊維束のばたつきがわずかに観察された。そこで実施例4で用いた加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーをボールねじ式の昇降装置を備えたものに変更し、スチーム噴き出し孔面と繊維束走行面との距離を離す方向で変更した。その結果前駆体繊維束の製造中、紡糸中複数の繊維束のそれぞれにおいてばたつきが全く無くなり、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生もなくなり安定にスチーム延伸が実施できた。実施例4と同様に炭素繊維を製造したところ、耐炎化および炭素化工程での毛羽の発生はなく得られた炭素繊維の品位は良好であった。得られた炭素繊維のストランド強度は4,950MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞もなく操業性は良好であった。実施例4と同様の評価を行った結果を表2に示す。
【0096】
(比較例1)
スチーム噴き出しヘッダー1に替えて、図8に示すように、加圧スチーム延伸室6の繊維束走行面に均等な間隔で直径3mmのスチーム噴き出し孔を有する多孔板10を配し、加圧スチームを片側2箇所ずつから供給し、それぞれを更に二分割して片側4箇所ずつ(両側合わせて8箇所)からスチームを供給し、それぞれのスチーム供給口に遮蔽板11を設け、、多孔板10のスチーム噴き出し孔からスチームを繊維束に向けて噴き出すようにした加圧スチーム延伸装置を用いた以外は実施例1と同様にして炭素繊維を製造した。また実施例1と同様にして評価を行った結果を表2に示す。
【0097】
前駆体繊維束の製造中、複数の繊維束のばたつきが発生し、ばたつきによる延伸装置出入り口でのトウの擦れによる毛羽の発生が起き易かった。また複数の繊維束のなかで、最両端の繊維束はスチームの噴き付けが不十分と思われる延伸切れが起こる傾向があった。耐炎化および炭素化工程でいずれも毛羽が発生し易く得られた炭素繊維の品位は実用に耐えるものの、上記実施例に比較して悪かった。得られた炭素繊維のストランド強度は4,500MPa、ストランド弾性率は235GPaであった。また毛羽による各所排気ダクトの閉塞が発生し易く毛羽による各所ロールへの巻付きも発生し易かった。
【0098】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明の加圧スチーム延伸装置は、繊維製造において加圧スチームによって繊維を延伸する際に好適に利用できる。
【0100】
また、本発明のアクリル系繊維の製造方法は、アクリル繊維、特には炭素繊維用アクリル系前駆体繊維を製造するために有用である。本発明のアクリル系繊維の製造方法によって製造された炭素繊維用アクリル系前駆体繊維は、炭素繊維の前駆体として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】本発明の加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーの一例を示す模式図である。
【図2】本発明の加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーの別の例を示す模式図である。
【図3】本発明の加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーの別の例を示す模式図である。
【図4】本発明の加圧スチーム延伸装置のスチーム噴き出しヘッダーの別の例を示す模式図である。
【図5】本発明の加圧スチーム延伸装置の一例を示す断面模式図である。
【図6】本発明の加圧スチーム延伸装置の別の例を示す断面模式図である。
【図7】本発明の加圧スチーム延伸装置の別の例を示す断面模式図である。
【図8】比較例で用いた加圧スチーム延伸装置を示す断面模式図である。
【図9】梯子状構造の例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0102】
1 スチーム噴き出しヘッダー
2 スチーム噴き出し孔
3 加圧スチーム
4 緩衝材
5 スチーム供給管
6 加圧スチーム延伸室
7 シール部
8 繊維束
9 容器
10 多孔板
11 遮蔽板
21 繊維束入口
22 繊維束出口
31 主管
32 枝管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加圧スチームが導入される加圧スチーム延伸室内で繊維束を延伸する加圧スチーム延伸装置において、
該加圧スチーム延伸室内に加圧スチームを噴き出すスチーム噴き出しヘッダーを有し、
互いに離間して配された複数の管を有しかつ該複数の管に連通し複数の孔が配された管を複数有する梯子状構造を、該スチーム噴き出しヘッダーが有することを特徴とする加圧スチーム延伸装置。
【請求項2】
前記孔が配された管が円形断面を有する請求項1記載の加圧スチーム延伸装置。
【請求項3】
前記スチーム噴き出しヘッダーが可動式である請求項1または2記載の加圧スチーム延伸装置。
【請求項4】
前記複数の孔に緩衝材を有する請求項1〜3の何れか一項記載の加圧スチーム延伸装置。
【請求項5】
前記緩衝材が金属金網および金属不織布から選ばれる少なくとも一種である請求項4記載の加圧スチーム延伸装置。
【請求項6】
前記緩衝材の目開きが50μm以上、100μm以下である請求項5記載の加圧スチーム延伸装置。
【請求項7】
加圧スチームを用いてアクリル系繊維束を延伸する加圧スチーム延伸工程を有するアクリル系繊維の製造方法において、
該加圧スチーム延伸工程を、請求項1〜6の何れか一項記載の加圧スチーム延伸装置によりアクリル系繊維束を延伸することによって行うことを特徴とするアクリル系繊維の製造方法。
【請求項8】
前記アクリル系繊維が、炭素繊維用アクリル系前駆体繊維である請求項7記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−241641(P2006−241641A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−60405(P2005−60405)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】