説明

動圧軸受装置用軸部材およびその製造方法

【課題】高い動圧作用を発揮し得る動圧軸受装置用の軸部材を低コストに提供する。
【解決手段】 軸素材11に転写形成すべき凹部7に対応した形状の凸部12bを設けた一対の転造ダイス12、13で、軸素材11の外周面11aに動圧発生用の凹部7を転造形成する。この転造に伴い、元々凹部7にあった肉が周囲に押し出され、周囲領域8の凹部7近傍に隆起部15が生じる。次に、一方の転造ダイス16の対向面16aに平面部16bを設けた転造ダイス16、17で、凹部7を形成した軸素材11に対して平面転造を行う。これにより、凹部7の周囲領域8に生じた隆起部15が平面部16bにより平坦化され、周囲領域8の表面8aが平滑な状態に均される。押し潰された隆起部15の下層部には、平面転造による第2の加工硬化層18が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動圧軸受装置用軸部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動圧軸受装置は、軸受隙間に生じる流体の動圧作用で軸部材を相対回転自在に支持するものであり、最近では、その優れた回転精度、高速回転性、静粛性等を活かして、情報機器をはじめ種々の電気機器に搭載されるモータ用の軸受装置として、より具体的には、例えば、HDD等の磁気ディスク装置、CD−ROM、CD−R/RW、DVD−ROM/RAM等の光ディスク装置、MD、MO等の光磁気ディスク装置等に搭載されるスピンドルモータ用の軸受装置として、レーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンスキャナモータ、プロジェクタのカラーホイールモータ、あるいはファンモータなどのモータ用軸受装置として使用されている。
【0003】
例えば、HDD用スピンドルモータに組み込まれる動圧軸受装置において、軸部材をラジアル方向に支持するラジアル軸受部又はスラスト方向に支持するスラスト軸受部の双方を動圧軸受で構成したものが知られている。この場合、軸受スリーブの内周面と、これに対向する軸部材の外周面との何れか一方に動圧発生部としての動圧溝が形成されると共に、両面間のラジアル軸受隙間にラジアル軸受部が形成されることが多い。また、軸部材に設けたフランジ部の一端面と、これに対向する軸受スリーブの端面との何れか一方に動圧溝が形成されると共に、両面間のスラスト軸受隙間にスラスト軸受部が形成されることが多い(例えば、特許文献1を参照)。
【0004】
上記動圧溝は、例えば軸部材の外周面にへリングボーン形状やスパイラル形状等に配列した状態で形成される。この種の動圧溝を形成するための方法として、例えば切削加工(例えば、特許文献2を参照)や、エッチング(例えば、特許文献3を参照)などが知られている。
【0005】
また、上記切削加工やエッチングに比べて廉価に動圧溝を形成可能な加工手段として、例えば転造加工が知られている。この場合、転造加工後に研削を行い、素材の表面仕上げを行うことが多い(例えば、特許文献4を参照)。
【特許文献1】特開2003−239951号公報
【特許文献2】特開平08−196056号公報
【特許文献3】特開平06−158357号公報
【特許文献4】特開平07−114766号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この種の研削は、被加工物(軸部材)のサイズ上、センタレス加工で行われることが多いが、この方法だと、研削時の加工中心(研削加工中心)と、動圧溝転造時の加工中心(転造加工中心)とが必ずしも一致せず、加工条件によっては相当量ずれることもある。この場合、研削面の真円度は保たれるものの、外周面の研削代は場所によって大きく異なる。そのため、外周面上に転造形成される動圧溝の深さが大きくばらつき、十分な動圧作用を発揮できない可能性がある。
【0007】
また、研削等の機械加工では、切粉の発生が避けられない。そのため、動圧溝内に残った切粉を除去するための洗浄工程を入念に行う必要が生じ、コストアップを招く。
【0008】
本発明の課題は、高い動圧作用を発揮し得る動圧軸受装置用の軸部材を低コストに提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明は、軸受隙間に流体の動圧作用を生じるための凹部が転造で形成されたものにおいて、転造により凹部の周囲領域に生じた隆起部が平面転造により平坦化されていることを特徴とする動圧軸受装置用軸部材を提供する。また、本発明は、軸受隙間に流体の動圧作用を生じるための凹部を転造で形成する第1転造工程と、第1転造工程により凹部の周囲領域に生じる隆起部を平面転造で平坦化する第2転造工程とを含む動圧軸受装置用軸部材の製造方法を提供する。ここでいう凹部は、軸受隙間に流体の動圧作用を生じるためのものであればよく、その形状は問わない。例えば軸方向溝状、円周方向溝状、傾斜溝状、交差溝状、軸方向又は円周方向の断続的な溝形状、くぼみ状(ディンプル状)等が凹部に含まれる。
【0010】
動圧発生用の凹部を軸部材の表面に転造で形成した場合、かかる凹部とその周囲領域との間には転造に伴い凹部の周囲に押し出された肉が隆起部として残る。この種の隆起部は、本来軸受面となるべき周囲領域の表面上に形成されるため、隆起部の表面があたかも軸受面の如く機能し、支持面積の減少(接触面圧の増加)を招く。これでは、隆起部へ負荷が集中し、かかる箇所が損傷することで、軸受面の形状が損なわれ、結果として軸受性能の低下あるいは軸部材の耐久性低下につながる恐れがある。
【0011】
これに対して、本発明では、転造形成された凹部の周囲領域に生じた隆起部を平面転造により平坦化するようにした。平面転造は、平面を有する一対の転造型を所定の対向間隔に保った状態で被加工物の転動成形を行うものであるから、その対向間隔を高精度に管理することは比較的容易であり、研削加工に比べてその加工中心が凹部の転造加工中心とあまりずれることはない。従って、隆起部を確実に除去しつつも、周囲領域の表面および凹部形状を高精度に保って、特に動圧発生用凹部の深さを均一に保って、高い軸受性能を発揮し得る軸部材を得ることができる。また、対向間隔を一定に保った状態で、軸部材の外周面を順次かつ部分的に押圧することで、軸受面となる周囲領域の表面を過度に押圧することなく、隆起部のみを確実に押し潰して平坦化することができる。また、切粉がほとんど発生しないので、研削等の機械加工のように、切粉を除去するための洗浄工程を入念に行わずに済む。従って、洗浄工程を簡略化して、加工コストの低減を図ることができる。
【0012】
上述のように、隆起部が平坦化された軸部材において、凹部の深さdに対する隆起部の高さhの比h/dは0.1以下であることが好ましい。一般に、動圧発生用凹部の深さは、その軸受隙間の大きさに応じて決定するのが好ましく、また、要求される軸受隙間が小さくなるにつれて該軸受隙間を形成する軸受面にも高い面精度(例えば真円度や円筒度)が求められる。上記比h/dはかかる観点から設定されたもので、凹部の深さdに対する隆起部の高さhの比が上記範囲内となるよう平面転造で隆起部を除去することで、高い動圧作用を発揮し得る凹部および軸受面を得ることができる。
【0013】
隆起部が完全に除去されていることが望ましいことから、上記の比h/dは0であることが当然に望ましいが、実際には、加工精度上の問題から、あまりにh/d=0に近い精度を狙い過ぎると、却って周囲領域の表面を変形させ、軸受面精度の低下を招く。そのため、比h/dの下限を0.01と定めて、あるいはこの値を狙って加工するのがよい。もちろん、動圧軸受に要求される機能、精度、コストなども考慮してh/dを上記範囲内で設定するのがよい。
【0014】
上記構成の動圧軸受装置用軸部材は、例えばこの軸部材を備えた動圧軸受装置として好適に提供可能である。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、本発明によれば高い動圧作用を発揮し得る動圧軸受装置用の軸部材を低コストに提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態を図1〜図4に基づいて説明する。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態に係る動圧軸受装置1の断面図を示す。同図において、動圧軸受装置1は、軸部材2と、軸部材2を内周に挿入可能な軸受部材3とを備える。
【0018】
軸受部材3は、この実施形態では、電鋳部4と成形部5とからなる有底筒体で、マスターと一体又は別体の電鋳部4をインサート部品として樹脂で一体に射出成形される。軸部材2の外周面2aと対向する電鋳部4の内周面4aは真円形状をなしている。
【0019】
軸部材2は径一定の軸状をなすもので、例えば各種炭素鋼、クロム鋼、ステンレス鋼や各種合金鋼など、比較的加工性の高い金属材料(硬度でいえば、200Hv〜400Hv程度)から製作される。もちろん、素材全体の硬度を焼入れ等により上記数値範囲にまで高めたものを使用することもできる。
【0020】
軸部材2の外周面2aの全面あるいは一部領域には、外周面2aと電鋳部4の内周面4aとの間のラジアル軸受隙間6に潤滑油の動圧作用を生じるための複数の凹部7が形成されている。この実施形態では、凹部7は、円周方向一端側で連続し、かつ円周方向他端側に向けて互いに離隔する方向に傾斜した傾斜溝9aと傾斜溝9bとからなる。かかる形状をなす複数の凹部7は、いわゆるへリングボーン形状となるように、円周方向に所定の間隔を置いて配列されている。この場合、各凹部7(傾斜溝9a、9b)とこれらの周囲領域8とで、ラジアル軸受隙間6に潤滑油の動圧作用を生じる動圧発生部10が構成される。また、上記構成の動圧発生部10は、この実施形態では、軸方向上下に離隔して2箇所設けられている。
【0021】
軸部材2の一端面2bは略球面状をなし、軸部材2を軸受部材3の内周に挿入した状態では、対向する電鋳部4の底部4bの上端面4b1に当接する。
【0022】
軸受部材3と軸部材2との間のラジアル軸受隙間6の大気解放側から潤滑油が注油される。これにより、ラジアル軸受隙間6を含む軸受内部空間を潤滑油で充満した動圧軸受装置1が完成する。
【0023】
上記構成の動圧軸受装置1において、軸部材2の相対回転時、軸部材2の外周面2aに設けられた動圧発生部10、10と、これらに対向する電鋳部4の内周面4aとの間のラジアル軸受隙間6に潤滑油の動圧作用が生じる。これにより、軸部材2をラジアル方向に相対回転自在に支持する第1ラジアル軸受部R1と第2ラジアル軸受部R2とがそれぞれ形成される。
【0024】
また、軸部材2の相対回転時、軸部材2の一端面2bが底部4bの上端面4b1に接触支持(ピボット支持)される。これにより、軸部材2をスラスト方向に相対回転自在に支持するスラスト軸受部T1が形成される。
【0025】
以下、軸部材2の製造工程の一例を、図2〜図4に基づいて説明する。
【0026】
図2は、上記材料からなる軸素材11の外周面11aに、図1に示す形状の凹部7を転造で形成する工程(凹部転造工程)を概念的に示したものである。一対の転造ダイス12、13(この図示例では平ダイス)のうち、一方の転造ダイス12の対向面12aには、軸素材11に転写形成すべき凹部7に対応した形状の凸部12bが設けられている。図3(a)に示すように、転造前の状態では、軸素材11の外周面11aは平滑である。
【0027】
軸素材11を、転造ダイス12、13間に導入し、他方の転造ダイス13を一方の転造ダイス12に対して相対摺動させることで、軸素材11が転造ダイス12の凸部12b形成領域上を押圧転動する。これにより、一方の転造ダイス12側から、軸素材11に例えば図1に示す形状の凹部7(動圧発生部10)が転造形成される。
【0028】
この際、軸素材11の外周面11aに形成される凹部7の表層部14には、図3(b)に示すように、転造による第1の加工硬化層14aが形成される。また、転造に伴い、元々凹部7にあった肉が周囲に押し出される。その結果、図3(b)に示すように、周囲領域8の凹部7近傍に盛り上がり(隆起部15)が生じる。
【0029】
軸素材11に転造で凹部7を形成した後、かかる軸素材11に平面転造を行う(平面転造工程)。ここで使用する転造ダイス16、17は、例えば図4に示すように、転造ダイス12、13と同形であり、かつ一方の転造ダイス16の対向面16aには、凹部7に対応した形状の凸部12bに代えて、平面部16bが設けられている。
【0030】
軸素材11を、図4に示すように、転造ダイス16、17間に導入し、他方の転造ダイス17を一方の転造ダイス16に対して相対摺動させることで、軸素材11が一方の転造ダイス16の平面部16b形成領域上を押圧転動する。これにより、凹部7の周囲領域8に生じた隆起部15が対向面16aに設けられた平面部16bにより押し潰され、周囲領域8の表面8aが、例えば図3(c)に示すように平滑な状態に均される(平坦化される)。この場合、押し潰された隆起部15の下層部には、平面転造による第2の加工硬化層18が形成される。
【0031】
このように、凹部7を転造で形成した軸素材11を平面部16bで転造成形することで、軸素材11の外周面11aが順次かつ部分的に押圧される。そのため、軸受面となる周囲領域8の表面8aを過度に押圧することなく、必要箇所すなわち隆起部15のみを確実に押し潰して平坦化することができる。また、転造ダイス16、17間の対向間隔が高精度に管理可能であることから、従来の加工手段(研削加工など)に比べ、平面転造時の加工中心が凹部7転造時の加工中心とずれるのを極力防ぐことができる。従って、軸受面(表面8a)や凹部7の形状精度を高く保ちつつ、特に凹部7の深さを均一に保ちつつ、隆起部15を除去することができ、ラジアル軸受隙間6、6で十分な大きさの潤滑油の動圧作用を安定して発揮することができる。特に、この実施形態のように、比較的加工性に優れた金属材料(硬度でいえば200Hv〜400Hv)から製作される軸素材11を使用することで、凹部7の転造時に生じる隆起部15を平面転造加工により容易に除去することができる。また、全面プレス等と比べて軸素材11の変形抵抗が小さいため、転造型(ダイス16、17)にかかる負担も小さくて済み、型の長寿命化を図ることができる。
【0032】
また、上記隆起部15の除去を研削等の機械加工で行う場合には切粉の発生が避けられないが、本発明のように、隆起部15の除去を平面転造で行うことで、切粉の発生を極力減じることができる。これにより、その後の洗浄工程を簡略化することができ、コストダウンが達成可能となる。
【0033】
上記平面転造を施した後の軸素材11(軸部材2)において、例えば図3(d)に示すように、凹部7の深さdに対する隆起部15の高さhの比h/dが0.1以下であることが好ましい。この図示例では、凹部7の深さdは、軸受面となる表面8aから凹部7の底面7aまでの半径方向距離で表され、また、隆起部15の高さhは、表面8aから平坦化された隆起部15の頂部15aまでの半径方向距離で表される。上記比h/dが上記範囲内となるよう平面転造で隆起部15を平坦化することで、隆起部15の頂部15aのみが軸受面となり、実質的に軸受面積が減少するのを防いで、高い動圧作用を発揮し得る凹部7および軸受面(表面8a)を得ることができる。その一方で、あまりにh/dの値を0に近づけようとすると、すなわち完全に隆起部15を除去しようとすると、加工精度上の問題から、隆起部15だけでなく周囲領域8の表面8aを変形させる恐れがあり、これにより軸受面精度の低下が懸念される。そのため、実際には、比h/dの下限を0.01と定め、この値を狙って加工するのがよい。
【0034】
もちろん、軸受面の矯正を兼ねる目的であって、加工上特に問題がないのであれば、上記比h/dが0となるように、すなわち隆起部15のみならず、軸受面となる周囲領域8の表面8aも積極的に押圧するように転造ダイス16、17の対向間隔を調整して転造を行うことも可能である。
【0035】
なお、上記平面転造後、必要に応じて、熱処理等の後処理を施すことも可能である。これは、軸部材2の回転時、特に起動停止時、凹部7の周囲領域8の表面8aは、対向する電鋳部4の内周面4aと摺動接触する場合があるためで、例えば上述のように熱処理を施すことで、かかる軸受面(表面8a)を含む表層部の硬度を高めることができる。これにより、凹部7や軸受面となる表面8aの磨り減りを抑えて、高い動圧作用を長期に亘って安定的に発揮することができる。なお、熱処理としては、種々の手段が使用可能であるが、熱処理時の変形を極力避ける目的から、できるだけ低温で実施可能な熱処理、例えば窒化処理を使用するのが好ましい。
【0036】
また、この実施形態では、一方の対向面12aに凹部7を転造するための凸部12bを設けた転造ダイス12、13と、同じく一方の対向面16aに凹部7の転造により生じる隆起部15を平坦化するための平面部16bを設けた転造ダイス16、17とをそれぞれ用いた場合を説明したが、これらを一体化したものを使用して一連の転造成形を行うこともできる。図5はその一例を示すもので、例えば一方の転造ダイス19の、他方の転造ダイス20との対向面に、凹部7を転造するための凸部12bと、隆起部15を平坦化するための平面部16bとがそれぞれ設けられている。この場合、凸部12bおよび平面部16bは、被加工物(軸素材11)の押圧転動に伴い、凸部12bが平面部16bより先に軸素材11の外周面11aを押圧するように配設されている。
【0037】
かかる転造型(転造ダイス19、20)を用いて軸素材11の転造を行うことで、軸素材11の外周面11aにまず凹部7が転造形成され、続いて転動方向前方に設けられた平面部16bにより、周囲領域8の凹部7周辺に生じた隆起部15が押し潰され、平坦化される。従って、凹部7の転造形成と隆起部15の除去(軸受面となる周囲領域表面8aの平滑化)とを一の工程で行うことができ、工程の簡略化が図られる。加えて、共通の転造型で凹部7の転造形成と、隆起部15の除去とを行うことで、使用する転造型19、20の対向間隔を変えることなく両工程を行うことができる。そのため、凹部7転造時の加工中心と、平面転造時の加工中心とをずらすことなく一連の転造を行うことができる。従って、隆起部15を除去した後の凹部7深さをばらつきなく一定に保って、高い動圧作用を発揮し得る軸部材2を製造することができる。
【0038】
また、この実施形態のように、溝状の凹部7(傾斜溝9a、9b)を転造で形成することで凹部7の周縁部にバリが発生することもあるが、平面部16bを有する転造型で転造を行うことで、かかるバリを除去して、あるいは凹部7の周縁部を適度に面取りすることができる。これにより、軸部材2の相対回転時、摺動相手面となる電鋳部4の内周面4aの摩耗を極力避け、あるいはかじり等の損傷を避けて、軸受の耐久性を向上させることができる。
【0039】
また、この実施形態では、軸部材2に転造で形成された凹部7(傾斜溝9a、9b)との間にラジアル軸受隙間6を形成する軸受部材3の内周面を、電鋳部4の内周面4aで形成したので、かかる内周面4aを高精度に形成でき、これにより、ラジアル軸受隙間6をより狭小に設定することができる。むしろ、必要とされる軸受性能にもよるが、ラジアル軸受隙間6の幅を小さくかつ高精度に管理できるのであれば、複数の凹部7を複雑な形状(へリングボーン形状など)に配列させる必要はない。例えば後述する軸方向溝22や、ディンプル32のようなシンプルな形状の(より加工が容易な形状の)凹部7で構成される動圧発生部であっても、ラジアル軸受隙間に高い動圧作用をもたらすことが可能となる。
【0040】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明は、この実施形態に限定されることなく、他の構成を採ることもできる。以下、本発明の他構成を、図6〜図9に基づいて説明する。
【0041】
上記実施形態では、凹部7を傾斜溝9aと傾斜溝9bとで構成し、かかる形状の凹部7をへリングボーン状に配列形成した場合を例示したが、例えば図6(a)に示すように、軸部材21の外周面21aに、凹部7としての軸方向溝22を形成することもできる。この場合、複数の軸方向溝22は、図6(b)に示すように、円周方向に所定間隔おきに形成される。これら軸方向溝22と、その周囲領域23とで動圧発生部24が構成される。従って、図示は省略するが、この軸部材21を、図1に示す軸受部材3の内周に挿入し、軸部材21を軸受部材3に対して相対回転させた状態では、潤滑油で満たされたラジアル軸受隙間に、動圧発生部24による潤滑油の動圧作用が生じ、これにより軸部材21を軸受部材3に対してラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部が形成される。
【0042】
軸方向溝22を有する軸部材21は、上記実施形態と同様に、凹部転造工程および平面転造工程を経て形成される。これにより、例えば図7(a)に示すように、軸方向溝22の表層部25に、凹部転造工程による第1の加工硬化層25aが形成される。また、周囲領域23の表面23aの軸方向溝22周辺に生じる隆起部26(同図中破線部分)が平面転造により平坦化され、かかる隆起部15の下層部に、平面転造による第2の加工硬化層27が形成される。この場合、例えば図2や図4に示す転造ダイス12、13、16、17の他、図5に示す転造ダイス19、20を使用することもできる。
【0043】
この実施形態においても、凹部7(軸方向溝22)の転造により周囲領域23に生じる隆起部26を平面転造で平坦化することで、軸受面(表面23a)や凹部7(軸方向溝22)の形状精度を高く保ちつつ、特に軸方向溝22の溝深さdを均一に保ちつつ、隆起部26を除去することができ、高い動圧作用を発揮することができる。
【0044】
形成可能な軸方向溝22としては、図7(a)に示すように、断面形状が軸方向中心に向けて凸となる断面円弧状の曲面22aの他、例えば図7(b)に示すように、断面形状が外周面21aの円弧に対して弦となる平面22bで構成される軸方向溝22が考えられる。あるいは、図7(c)に示すように、平面22bと外周面21aとの間に段差が形成されるように、平面22bの円周方向両端に立ち上がり部22cを設けた構成の軸方向溝22や、図7(d)に示すように、溝深さが軸方向および円周方向に一定で、外径側に向けて凸となる断面形状の曲面22dで構成される軸方向溝22などが形成可能である。
【0045】
軸部材21の外周に形成される軸方向溝22の本数は、潤滑油の動圧作用を考慮すると、3本以上が好ましい。同様の理由で、軸方向溝22の円周方向幅を示す円周角αは10°以上60°以下、軸方向溝22の溝深さdは2μm〜20μmとするのが好ましい。また、低トルク化と高剛性化の両面から見た場合、周囲領域23の表面23aの全面積に対する、軸方向溝22の全面積の比(軸方向溝22の軸方向長さが均一とすると、上記面積比は{α/(360°−α)}となる。)は15%〜70%とするのが好ましい。
【0046】
また、図6では、ラジアル軸受部を形成すべき領域(動圧発生部24)全体に亘って軸方向に延びた複数の軸方向溝22を円周方向に並列配置した構成を例示したが、この他にも、例えば図8に示すように、軸方向溝22を軸方向に断続的に設けた構成を採ることもできる。この他の構成は、動圧発生部24の軸方向全長に亘って延びる軸方向溝22を設ける場合に準じるので説明を省略する。
【0047】
上記実施形態では、凹部7として傾斜溝9a、9bや軸方向溝22を例示したが、もちろん溝以外の形状をなす凹部7を形成することも可能である。図9(a)は、その一例を示すもので、軸部材31の外周面31aの一部領域に、凹部7としての複数のディンプル32が分散して配列されている。この場合、複数のディンプル32とそれらの周囲領域33とで動圧発生部34が構成される。従って、図示は省略するが、この軸部材31を、図1に示す軸受部材3の内周に挿入し、軸部材31を軸受部材3に対して相対回転させた状態では、潤滑油で満たされたラジアル軸受隙間に、動圧発生部34による潤滑油の動圧作用が生じ、これにより軸部材31を軸受部材3に対してラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部が形成される。
【0048】
ディンプル32を有する軸部材31は、上記実施形態と同様に、凹部転造工程および平面転造工程を経て形成される。これにより、例えば図9(b)に示すように、ディンプル32の表層部35に、凹部転造工程による第1の加工硬化層35aが形成される。また、周囲領域33の表面33aのディンプル32周辺に生じる隆起部36(同図中破線部分)が平面転造により平坦化され、かかる隆起部36の下層部に、平面転造による第2の加工硬化層37が形成される。この場合、例えば図2や図4に示す転造ダイス12、13、16、17の他、図5に示す転造ダイス19、20を使用可能な点は軸方向溝22の場合と同じである。
【0049】
この実施形態においても、凹部7(ディンプル32)の転造により周囲領域33に生じる隆起部36を平面転造で平坦化することで、軸受面(表面33a)や凹部7(ディンプル32)の形状精度を高く保ちつつ、特にディンプル32の深さdを均一に保ちつつ、隆起部36を除去することができ、高い動圧作用を発揮することができる。
【0050】
ディンプル32の大きさとしては、例えば図9(a)や図9(b)に示すように、ディンプル32の長軸方向の幅aの、軸径Aに対する比a/Aを0.1以上0.4以下とするのが好ましい。また、ディンプル32の深さdは、例えば軸部材31の外周面31aが臨むラジアル軸受隙間の幅の1〜10倍程度であることが好ましい。このサイズのディンプル32であれば、従来、軸部材に設けられる類のディンプルとは異なり、高い動圧作用を生じる動圧発生部34を構成可能であり、かつラジアル軸受隙間の幅が小さい場合でも、油溜りとして有効に作用する。また、低トルク化と高剛性化との観点から、周囲領域33の表面33aの全面積に対する、ディンプル32形成領域の総面積の比は10%〜70%とするのが好ましい。また、ディンプル32の形状として、例えば図9(c)に示すように、短軸幅bに対する長軸幅aの比a/bは、1.0(真円形状)以上2.0以下の範囲内であるのが実用上好ましいが、特に上記範囲外の形状をなすディンプル32であっても問題なく形成可能である。
【0051】
上記実施形態では、凹部7として、傾斜溝9a、9bや軸方向溝22、ディンプル32などを例示したが、本発明は、ラジアル軸受隙間6などの軸受隙間に、潤滑油の動圧作用を生じるための凹部である限り、上記以外の形状をなす凹部7についても同様に適用することができる。
【0052】
以上説明した動圧軸受装置用軸部材およびこれを備えた動圧軸受装置は、例えば情報機器用のスピンドルモータに組み込んで使用可能である。以下、動圧軸受装置用軸部材31を上記モータ用のスピンドルに適用した構成例を、図10に基づいて説明する。なお、図1〜図9に示す実施形態と構成・作用を同一にする部位および部材については、同一の参照番号を付し、重複説明を省略する。
【0053】
図10は、動圧軸受装置41を組み込んだモータ40の断面図を示している。このモータ40は、例えばHDD等のディスク駆動装置用のスピンドルモータとして使用されるものであって、軸部材31を回転自在に非接触支持する動圧軸受装置41と、軸部材31に装着されたロータ(ディスクハブ)42と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル43およびロータマグネット44と、ブラケット45とを備えている。ステータコイル43は、ブラケット45の外周に取付けられ、ロータマグネット44はディスクハブ42の内周に取付けられている。ディスクハブ42には、磁気ディスク等のディスクDが一又は複数枚(図10では2枚)保持されている。ステータコイル43に通電すると、ステータコイル43とロータマグネット44との間の電磁力でロータマグネット44が回転し、それによって、ディスクハブ42及びディスクハブ42に保持されたディスクDが軸部材31と一体に回転する。
【0054】
この実施形態において、動圧軸受装置41は、軸受部材46と、軸受部材46の内周に挿入される軸部材31とを備えている。軸受部材46は、一端を開口した有底筒状の電鋳部47と、電鋳部47と一体に形成される成形部48とからなる。軸受部材46は、例えばマスターと一体又は別体の電鋳部47をインサート部品として樹脂で成形部48と一体に射出成形される。
【0055】
軸部材31の外周面31aには、図10に示すように、凹部7としての複数のディンプル32が形成されている。また、軸部材31の一端面31bは球面状をなし、軸部材31を軸受部材46の内周に挿入した状態では、対向する電鋳部47の底部47bの上端面47b1に当接する。また、軸部材31の外周面31aのうち、ディスクハブ42の固定領域となる端部領域には円環溝31cが形成される。円環溝31cを有する軸部材31は、例えば軸部材31をインサート部品とする型成形によりディスクハブ42と一体に形成される。この場合、円環溝31cは、ディスクハブ42の軸部材31に対する抜止めとして作用する。円環溝31cの他、軸部材の外周面に加工が必要なもので、上述の転造工程で転造加工できる形状のものは、同時に加工することも可能である。これ以外の構成は、上記実施形態における記載に準じるので説明を省略する。
【0056】
上記構成の軸部材31を軸受部材46の内周に挿入し、軸受部材46の内部空間に潤滑油を注油する。これにより、電鋳部47の内周面47aや底部47bの上端面47b1と、これらに対向する軸部材31の外周面31aとの間の隙間空間、および軸部材31に形成されたディンプル32を含む軸受内部空間を潤滑油で充満した動圧軸受装置41が完成する。
【0057】
上記構成の動圧軸受装置41において、軸部材31の回転時、軸部材31の外周面31aに形成された動圧発生部34は、対向する軸受部材46の内周面(電鋳部47の真円内周面47a)との間にラジアル軸受隙間49を形成する。そして、軸部材31の回転に伴い、ラジアル軸受隙間49の潤滑油が動圧発生部34による動圧作用を生じ、その圧力が上昇する。これにより、軸部材31をラジアル方向に回転自在に支持するラジアル軸受部R11が形成される。同時に、軸部材31の一端面31bと、これに対向する電鋳部47の上端面47b1との間に、軸部材31をスラスト方向に回転自在に支持するスラスト軸受部T11が形成される。
【0058】
このように、隆起部36が平坦化され、高い面精度を有する軸受面(表面33a)を設けた軸部材31を動圧軸受装置41の軸部材として使用することにより、かかる軸部材31と軸受部材46との間の摺動摩耗を低減することができ、またラジアル軸受隙間49の幅が高精度に管理できる。従って、軸部材31に設けられたディンプル32あるいはその周囲領域33の摩耗によりラジアル軸受隙間49に生じる動圧作用が低下するといった事態を極力避けて、安定した軸受性能を長期に亘って発揮することが可能となる。
【0059】
また、軸部材31の側に動圧発生部34(動圧作用を生じるための凹部7)を設けることで、かかる動圧発生部34を軸受部材46の側に設ける場合と比べ加工(特に、転造加工)が容易である。そのため、上記モータの小サイズ化に対する要求にも容易に対応することができる。
【0060】
なお、上記実施形態では、軸受部材3、46を、電鋳部4、47と樹脂製の成形部5、48とで構成した場合を例示したが、特にこの構成に限る必要はない。例えば、電鋳部4、47の代わりに、焼結金属製のスリーブ体を使用して軸受部材を構成することもできる。また、金属材料で軸受部材3、47を一体に形成したり、摺動性や耐摩耗性を高めた樹脂組成物で軸受部材3、47を一体に形成することも可能である。あるいは、モータ40側の部材であるブラケット45を、軸受部材46と同一の材料(金属又は樹脂など)で一体に形成することも可能である。また、形成方法も特に問わず、機械加工や塑性加工、あるいは射出成形等種々の成形手段を採ることが可能である。
【0061】
なお、図1や図10では、スラスト軸受部T1、T11をいわゆるピボット軸受で構成した場合を例示しているが、本発明は、上記ピボット軸受を、動圧溝等の凹部とその周囲領域とで構成される動圧発生部で軸部材2をスラスト方向に非接触支持する動圧軸受としたものにも適用可能である。この場合、軸部材2に、図示は省略するが、例えば軸部材2の外径側に張り出すフランジ部を設け、フランジ部の端面に、傾斜溝やディンプル等の動圧発生用の凹部を転造で形成し、次いで端面を、例えば平滑な円筒面を有する丸ダイスなどで転造成形することで、凹部の転造により生じる隆起部を平坦化して、スラスト軸受面となる面(凹部の周囲領域の表面)の面精度を高めることができる。
【0062】
また、以上の実施形態では、動圧軸受装置1、41の内部に充満し、ラジアル軸受隙間等に動圧作用を発生させる流体として、潤滑油を例示したが、それ以外にも軸受隙間に動圧作用を生じ得る流体、例えば空気等の気体や、磁性流体等の流動性を有する潤滑剤、あるいは潤滑グリース等を使用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の一実施形態に係る動圧軸受装置の断面図である。
【図2】動圧軸受装置用軸部材に凹部を転造する工程を概念的に示す図である。
【図3】(a)は転造前の軸部材の外周面表層部付近の断面図、(b)は凹部転造後の凹部およびその周辺領域の表層部付近の断面図、(c)は平面転造後の凹部およびその周辺領域の表層部付近の断面図、(d)は平面転造後の隆起部周辺の拡大断面図である。
【図4】動圧軸受装置用軸部材の外周面を平面で転造成形する工程を概念的に示す図である。
【図5】他形態に係る平面転造工程を概念的に示す図である。
【図6】(a)は本発明の他実施形態に係る軸部材の側面図、(b)は軸部材の軸直交断面図である。
【図7】(a)は軸部材に形成された軸方向溝の一形状を示す拡大断面図、(b)〜(d)は何れも軸方向溝の他形状を示す拡大断面図である。
【図8】本発明の他実施形態に係る軸部材の側面図である。
【図9】(a)は他実施形態に係る軸部材の側面図、(b)は軸部材に形成されたディンプルの断面形状を示す拡大図、(c)はディンプルの平面形状を示す拡大図である。
【図10】本発明に係る動圧軸受装置を組込んだ情報機器用モータの一構成例を概念的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0064】
1、41 動圧軸受装置
2 動圧軸受装置用軸部材
3 軸受部材
4 電鋳部
6 ラジアル軸受隙間
7 凹部
8 周囲領域
9a、9b 傾斜溝
10 動圧発生部
11 軸素材
12、13 転造ダイス
12b 凸部
14a 第1の加工硬化層
15 隆起部
16、17 転造ダイス
16b 平面部
18 第2の加工硬化層
21 軸部材
22 軸方向溝
23 周囲領域
26 隆起部
31 軸部材
32 ディンプル
33 周囲領域
36 隆起部
40 モータ
d、d、d 凹部の深さ
h 隆起部の高さ
R1、R2、R11 ラジアル軸受部
T1、T11 スラスト軸受部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受隙間に流体の動圧作用を生じるための凹部が転造で形成された動圧軸受装置用軸部材において、
前記転造により前記凹部の周囲領域に生じた隆起部が平面転造により平坦化されていることを特徴とする動圧軸受装置用軸部材。
【請求項2】
前記凹部の深さdに対する前記隆起部の高さhの比h/dが0.1以下である請求項1記載の動圧軸受装置用軸部材。
【請求項3】
前記凹部の深さdに対する前記隆起部の高さhの比h/dが0.01以上である請求項1又は2記載の動圧軸受装置用軸部材。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の動圧軸受装置用軸部材を備えた動圧軸受装置。
【請求項5】
軸受隙間に流体の動圧作用を生じるための凹部を転造で形成する第1転造工程と、前記第1転造工程により前記凹部の周囲に生じる隆起部を平面転造で平坦化する第2転造工程とを含む動圧軸受装置用軸部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−218379(P2007−218379A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−41223(P2006−41223)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】