説明

動物の自然発生腫瘍に対する光感受性色素剤を用いた光線力学的温熱化学療法およびそれに用いる装置

【課題】「第4の癌治療法」として、光線力学的温熱化学療法およびそれに用いる装置を提供する。
【解決手段】動物の自然発生腫瘍またはその外科切除部位に、光感受性色素剤を酸性液剤の形態で局所注入し、該光感受性色素剤が吸収、発熱する波長の出力波長の光を照射することを特徴とする動物の自然発生腫瘍の光線力学的温熱化学療法、および光源から導出される光を導光部を有するプローブで動物の自然発生腫瘍部またはその外科切除部位に局所的に光照射できる装置であって、出力5000mW以上で、出力波長600〜1600nmの連続波またはパルス波の光照射をできるようにしたことを特徴とする光線力学的温熱化学療法用装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の自然発生腫瘍に対する光感受性色素剤を用いた光線力学的温熱化学療法およびそれに用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ペット等の動物の寿命が延長するにつれて、それに伴う種々の疾病も増加している。癌はそれらの疾患の一つであり、最近はペットを家族の一員と考える飼い主が急増しており、癌の治療、特に、より高度な治療が要望されている。すなわち、ヒト以外の動物の癌に対する治療法は、ヒトと同様に、外科手術、化学療法、放射線療法が3大治療として挙げられる。しかし、獣医領域においては、放射線療法は国内では限られた施設にしか設置されていない状況にある。このような状況の中で、これら3大治療では治療できない癌も急増しており、医学と同様に獣医領域においても早急に「第4の癌治療法」を模索している。
非特許文献1には、光に反応して発熱するインドシアニングリーン(以下、ICGと略記する場合がある)を含有する、ナノ粒子が集合したカプセルの合成が開示されており、これを光熱療法に利用することが示唆されている。また、非特許文献2には、家兎VX−7移植舌腫瘍への磁場誘導組織内加温法(IHS)を用いた温熱化学療法が開示されており、IHSの温熱療法とシスプラチンとペプロマイシンの化学療法との併用療法を行い、IHSを用いた温熱化学療法が、QOL向上を目指した治療法として期待できることを示唆している。
【非特許文献1】Chem. Mater, Vol. 19, No, 6 pp. 1277-1284 (2007.03.30)
【非特許文献2】医学のあゆみ別冊12月、pp89-92(1999.12.15)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、「第4の癌治療法」として、光線力学的温熱化学療法(以下、PHCTと略記する場合がある)およびそれに用いる装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、光感受性色素剤、特に、ICGの光に反応して発熱する性質に着目し、これを用いた癌に対する温熱療法について研究を重ね、本発明に到達した。
ICGは、医学領域では肝胆道系検査試薬として広く利用されている物質であり、その安全性はすでに確立されている。しかし、この物質を用いた癌の温熱療法はこれまでに報告がない。
【0005】
すなわち、本発明は、
(1)動物の自然発生腫瘍組織またはその外科切除部位に、光感受性色素剤を酸性液剤の形態で局所注入し、該光感受性色素剤が吸収、発熱する出力波長の光を照射することを特徴とする動物の自然発生腫瘍の光線力学的温熱化学療法、
(2)酸性液剤がpH4.0〜6.8の液剤である上記(1)記載の光線力学的温熱化学療法、
(3)出力波長が600〜1600nmである上記(1)記載の光線力学的温熱化学療法、
(4)光感受性色素剤が、インドシアニングリーンである上記(1)記載の光線力学的温熱化学療法、
(5)光感受性色素剤と共に、抗癌剤を局所注入する請求項1記載の光線力学的温熱化学療法、
(6)光感受性色素剤と共に、エタノールを局所注入する請求項1記載の光線力学的温熱化学療法、
(7)抗癌剤がシスプラチンである上記(5)記載の光線力学的温熱化学療法、
(8)抗癌剤がブレオマイシンである上記(5)記載の光線力学的温熱化学療法、
(9)抗癌剤がパクリタキセルである上記(5)記載の光線力学的温熱化学療法、
(10)抗癌剤がカルボプラチンである上記(5)記載の光線力学的温熱化学療法、
(11)5000mW以上の出力での光照射を、複数回行う上記(1)〜(6)いずれか1項記載の光線力学的温熱化学療法、
(12)動物がヒト以外の動物である上記(1)〜(7)いずれか1項記載の光線力学的温熱化学療法、
(13)光源から導出される光を導光部を有するプローブで動物の自然発生腫瘍組織またはその外科切除部位に局所的に光照射できる装置であって、出力5000mW以上で、出力波長600〜1600nmの連続波またはパルス波の光照射をできるようにしたことを特徴とする光線力学的温熱化学療法用装置、
(14)光源がハロゲンランプである請求項13記載の光線力学的温熱化学療法用装置などを提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
温熱療法(ハイパーサーミア(HT))は40〜45℃の温度を使った治療法である。単独で行う場合は正常組織と腫瘍組織の熱耐性の差を利用して腫瘍細胞を死滅させることを目的としている。具体的には細胞が死滅する42.5℃を目安として患部を42〜43℃に加温する。当然、施術時には正常細胞も加温されるが、正常組織は血流量を増やして熱による障害を軽減させ、腫瘍組織は系統だった血管組織がないため強く障害を受け、死滅すると考えられる。温熱療法は化学療法や放射線療法と組み合わせるとその効果を増強させる役割があることが確認されている。
本発明では、光感受性色素剤が光に反応して発熱することを利用して局所加温をする。この方法は人医領域で実施されている温熱療法に比べて装置が単純で操作が簡便である。また、光感受性色素剤、例えば、ICGは幅広い波長の光を吸収して活性酸素を発生する(PDT効果)ことも確認されており、ICGを用いたPHCTは、単に温熱効果だけでなく、PDT効果も付与された治療法と考えられる。さらに少量の抗癌剤を添加することにより、より腫瘍細胞に対して障害を与えることができる。特に、ICG溶液を酸性にし、さらに少量の抗癌剤を添加することにより、よりその治療効果が増強されることが判明した。またエタノールはICGのPDT効果を増強することが確認されている。エタノールを事前に腫瘍組織内に投与あるいはICGと混和して投与することにより、腫瘍に対する障害を増強させることが判明した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のPHCTの対象とする動物としては、例えば、イヌ、ネコ、トリ、ウマ、ウシ、ウサギ、モルモット、ラット、フェレット、ハムスター、トカゲ、サル、リス、ブタなどが挙げられ、また、本発明のPHCTはヒトにも適用可能である。
対象とする自然発生腫瘍としては、例えば、乳腺癌、線維肉腫、扁平上皮癌、血管肉腫、悪性黒色腫、皮脂腺癌、基底細胞癌、脂肪肉腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、肥満脂肪腫、甲状腺癌、リンパ腫などの表在性の癌や、胃癌、移行上皮癌、肝細胞癌、腎細胞癌、副腎腫瘍 骨肉腫、滑膜肉腫、肺癌、大腸癌、などの内臓癌等が挙げられる。また、リンパ系や、血液由来性の腫瘍に対して、光感受性色素剤の液剤を血管内に注入し、血管を露出させ、光照射することにより治療効果が期待できる。
【0008】
用いる光感受性色素剤としては、ICGが挙げられる。
ICGは、通常、2〜5mg/mlのpH4.0〜6.8、好ましくはpH約5の局所投与用の生理食塩水溶液として用いる。所望により、この水溶液に、例えば、シスプラチン、カルボプラチン、ブレオマイシン、パクリタキセルなどのような抗癌剤を少量、例えば、シスプラチンの場合、通常の全身への用量の1/20 〜1/10 程度を添加して用いてもよい。
【0009】
本発明のPHCTを実施するには、まず、腫瘍組織部位またはその外科切除部位に、上記のICG液剤を局所投与する。投与量は、対象とする動物、腫瘍等により適宜選択できるが、通常、2〜5mg/mlICG液剤として、1〜10ml程度である。
ついで、温度センサーを組織内に設置して、組織温度(照射部位温度、体表面および/または深部温度)をモニターしながら、皮膚表面温度が45℃以上に上昇して火傷を起こさないように光源出力を制御しつつ、適宜の光源と、照射手段を備えた装置を用いて光照射を行う。照射する光としては、好ましくは、5000mW以上の高出力の、出力波長600〜1600nmのラジオ波やマイクロ波の光が使用され、特に、ICGの場合は、805nmの光を吸収して発熱することを利用して局所加温することができる。光源としては、例えば、ハロゲンランプ、LED、レーザー、放電ランプ、有機EL等が使用できる。光は連続波でもパルス波でもよく、症例に応じて選択でき、より深部へ到達させるためには、パルス波が望ましい。
照射部位表面は、平面ではないので、できるだけ均一に光が照射できるように、照射手段または照射対象を適宜動かして光照射を行う。
照射は、1回15〜40分程度で、複数回、通常、5〜7日間隔で3〜5回繰り返す。望ましくはその後、照射間隔を10〜14日間隔で3〜5回実施する。これ以降、維持治療として1〜3か月間隔で繰り返す。
【0010】
本発明のPHCTを実施するために使用する装置は、特に限定するものではなく、いわゆる赤外線治療器を使用することができる。
本発明はまた、特にPHCT用に改良した赤外線治療器も提供するものである。本発明の赤外線治療器は、光源から導出される光を導光部を有するプローブで動物の自然発生腫瘍組織またはその外科切除部位に局所的に光照射できる装置であって、出力5000mW以上で、出力波長600〜1600nmの連続波またはパルス波の光照射をできるようにしたことを特徴とする光線力学的温熱化学療法用装置である。
【0011】
添付の図中、図1は本発明の装置の1例の光源本体の平面図、図2は、図1の装置のハンドピースの正面図、図3は、同ハンドピースの側面図、図4は、ハンドピースの先端に取り付ける導光部を有するプローブの側面図である。
本発明装置は、本体1内の制御部2で設定した照射条件に基づきハロゲンランプへ供給する電力を発生させ、ケーブル4を通じてハンドピース6に内蔵されたハロゲンランプへ伝達し、導光部7を通じて目的部位に照射することができる。また、本体1はハンドピース置き3と商用コンセントに繋がる電源ケーブル5を有している。ハンドピース6の先端部には、図4に示すプローブ7を挿入する挿入口8が設けられている。
本装置の使用に際しては、電源(図示せず)を入れ、所定の出力、出力波長、波形(連続波、パルス波)等を制御部2で調節して、使用する。
光源としては、ハロゲンランプに限らず、上記したLED、レーザー、放電ランプ、有機EL等を用いてもよい。
制御部には、タイマーを装着して照射時間を調節してもよく、出力波長は、可変装置にて閾値を変更したり、単一に設定できるようにしてもよい。また、PDT効果による一重項酸素量を公知の方法で適時測定し、光源の出力を調節できるようにしてもよい。照射部位温度を感知して、光源の出力を調節できるようにしてもよい。
また、照射面への均一な照射を図るために、プローブが可動な構造としたり、長時間の照射可能なように、ハンドピースの代わりにスタンド等を設けてもよい。
さらに、広範囲の部位に照射可能なように、複数のプローブを搭載可能にしてもよく、プローブを、鼻腔内、口腔内、腹腔内、臓器内用等の適用箇所に適した構造、形状のものとしてもよい。
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
口腔内に発生した悪性腫瘍の2症例(起源不明の肉腫、悪性黒色腫)に対し、ICGを用いた光線力学的温熱化学療法を実施した。2症例の経過は順調で1年経過後も再発・転移は確認されていない。
口腔内に発生した悪性腫瘍は、一般に局所再発や遠隔転移を起こし易く、予後は悪いが、口腔内に発生した悪性腫瘍で遠隔転移の徴候が見られなかった症例に対して、ICG(ジアグノグリーン、第一製薬)を用いた光線力学的温熱化学療法(PHCT)を実施したところ、良好な経過が得られた。
【0013】
症例1
雑種ネコ、去勢オス、8歳齢、体重7.8kg。下顎門歯部分の腫瘤に気づき来院した。
初診時肉眼所見:腫瘤は下顎門歯部分の歯肉前面に直径5mmの疣状に突出していた。
初診時血液検査所見:ASTの軽度の上昇。
生検時X繊所見:口内法撮影で下顎への浸潤認められず。胸部単純撮影で転移巣認めず。
病理組織診断名:起源不明の肉腫(切除生検:第1病日)。
切除状態:不明。
治療および経過:第17病日まで腫瘤の再発を認めたため、第46病日に以下のとおり、PHCT実施した。
pH5に調整した生理食塩水9mlにシスプラチン(ランダ注)1mlを加えた液でICGを溶解後、腫瘍組織内に2ml局注し、温度センサーを組織内に設置して、光照射した。光源装置として、ハロゲンランプを光源とし、図1〜3に示す装置を用い、出力5000mWで波長600〜1600nmの光を照射した。1回の治療時間は20分間とした。同時に再発した腫瘤を切除し、再検査を依頼したが診断名は変わらず、また、切除は不完全と診断された。
その後、PHCTを10〜14日間隔で3回実施した。480病日経過後も、再発、転移の兆候は見られていない。
【0014】
症例2
ゴールデンレトリバー、オス、10歳齢、体重31.0kg。下顎口腔面(舌の下側)に黒い腫瘤に気づき来院した。
初診時血液検査所見:特に異常を認めず。
切除生検時肉眼所見:腫瘤は下顎口腔面、中央よりやや左犬歯に近い部分に存在。直径は約20mm、色は黒色で有茎であり、下顎骨に癒着していた。また、腫瘤は非常に固く(軟骨程度)、完全切除は困難であった。
病理組織診断名:悪性黒色腫。切除状態不明。
治療および経過:第15、23、30病日に、症例1と同様にPHCT実施。
第87病日、同部位がやや盛り上がってきたとの報告。
第94病日、再切除生検と4回目のPHCT実施。病理組織診断名は同じく悪性黒色腫。
第118、175病日、PHCT実施。
第217病日、7回目のPHCT実施。同時に施療部の組織を採取し再度病理組織検査。診断は「メラニン色素の沈着を伴う線維化」であったことから、治療を一旦終了した。
360病日を過ぎても、再発、転移兆候は認められない。
【0015】
これら2症例は比較的、転移、再発の多いとされる口腔内悪性腫瘍であり、従来であれば下顎切除が適応となったと思われる。しかし、顔面の拡大手術は飼い主の心理的抵抗や術後管理の負担も大きいことから、PHCTのような侵襲の少ない方法で腫瘍を制御できた意義は非常に大きい。
【産業上の利用可能性】
【0016】
以上記載したごとく、本発明によれば、光感受性色素剤が光に反応して発熱することを利用して局所加温をすることにより、温熱療法に比べて装置が単純で操作が簡便な、侵襲の少ない方法で腫瘍を制御できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の装置の1例の光源本体の平面図である。
【図2】図1の装置のハンドピースの正面図である。
【図3】図2のハンドピースの側面図である。
【図4】ハンドピースの先端に取り付ける導光部を有するプローブの側面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物の自然発生腫瘍組織またはその外科切除部位に、光感受性色素剤を酸性液剤の形態で局所注入し、該光感受性色素剤が吸収、発熱する出力波長の光を照射することを特徴とする動物の自然発生腫瘍の光線力学的温熱化学療法。
【請求項2】
酸性液剤がpH4.0〜6.8の液剤である請求項1記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項3】
出力波長が600〜1600nmである請求項1記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項4】
光感受性色素剤が、インドシアニングリーンである請求項1記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項5】
光感受性色素剤と共に、抗癌剤を局所注入する請求項1記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項6】
光感受性色素剤と共に、エタノールを局所注入する請求項1記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項7】
抗癌剤がシスプラチンである請求項5記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項8】
抗癌剤がブレオマイシンである請求項5記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項9】
抗癌剤がパクリタキセルである請求項5記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項10】
抗癌剤がカルボプラチンである請求項5記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項11】
5000mW以上の出力での光照射を、複数回行う請求項1〜6いずれか1項記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項12】
動物がヒト以外の動物である請求項1〜7いずれか1項記載の光線力学的温熱化学療法。
【請求項13】
光源から導出される光を導光部を有するプローブで動物の自然発生腫瘍組織またはその外科切除部位に局所的に光照射できる装置であって、出力5000mW以上で、出力波長600〜1600nmの連続波またはパルス波の光照射をできるようにしたことを特徴とする光線力学的温熱化学療法用装置。
【請求項14】
光源がハロゲンランプである請求項13記載の光線力学的温熱化学療法用装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−69001(P2010−69001A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−239476(P2008−239476)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【出願人】(591125393)東京医研株式会社 (4)
【Fターム(参考)】