説明

動物幹細胞培養用無血清培地

【課題】 組織再生医療等において用いられる動物幹細胞を培養、増殖するために、血清を用いた場合に匹敵する十分な増殖を得られる、動物幹細胞培養用無血清培地、及び、該無血清培地を用いた動物幹細胞の培養方法を提供すること。
【解決手段】 血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、特定のアミノ酸配列を有する抗菌ペプチドを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地からなり、該抗菌ペプチドは、合成によって調製することができる。また、動物幹細胞培養用無血清培地は、血清を用いた場合の様々な問題の発生するのを防止し、しかも、血清を用いた場合に匹敵する十分な増殖効果を奏することができ、組織再生医療等において用いられる間葉系幹細胞等、動物幹細胞の培養、増殖のための優れた培地を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞のような動物幹細胞を血清非存在下において培養することが可能な動物幹細胞培養用無血清培地、及び、該無血清培地を用いた動物幹細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医科歯科領域においては、組織再生医学に関する研究及び臨床応用が趨勢を極めており、バイオビジネスの分野においても、組織再生医療、すなわち事故や病気や生活習慣病で組織や臓器を欠損させてしまった場合、欠損組織等に分化する機能を保持した幹細胞を用いて欠損部分を元の組織に再生させる再生医療が注目を集めている。このような組織再生には、主として患者から採取した自己細胞(特に幹細胞)を体外で培養、増殖、分化させ、再生した組織を移植するという型がとられている。
【0003】
従来、哺乳動物細胞を培養するための培養用培地としては、生体に近い条件を作り出すために血清を加えたものを使用するのが主流であり、この血清としてはウシ胎児血清(FBS)が最も一般的に用いられている。しかしながら、血清は狂牛病をはじめとする外来性の汚染やウイルスの感染源となり得るため、人体に用いるための細胞の増殖やワクチンの製造といった分野では問題が生じる虞があった。組織再生医療において、幹細胞の培養は、現在のところ、ヒトあるいは仔牛胎児血清を用いた培養が主流であるが、しかし、自己血清では十分な増殖を得られないケースもあり、また自己血清以外の血清を用いた培養は事業化・実用化の過程で、BSEやウィルス性疾患の水平感染などの様々な問題を含んでいる。
【0004】
従来より、上記のような問題を解決するために、動物細胞を血清の非存在下で培養するための無血清細胞培養培地の開発が行われている。例えば、特開平6−78759号公報には、基礎培地に、ヒトトランスフェリン、ヒトインスリン、エタノールアミン及び亜セレン酸ナトリウムを添加した動物タンパク質を含まない無血清細胞培養培地が開示され、特開平7−8273号公報には、細胞接着活性を有するコラーゲン、ゼラチン、ケラチン、フィブロネクチン、ビトロネクチン及びラミニンからなる群より選択される天然高分子化合物を、細胞培養用担体の表面に存在させ、血清を含有せず、血清アルブミンを含有する無血清培地が開示されている。
【0005】
また、特開平7−23780号公報には、増殖因子であるタンパク質を全く含有せず、グリシルグリシンを含有する動物細胞の高密度培養用の完全無タンパク培地が、特開平9−252767号公報には、インスリン、ペプトン及びトランスフェリンを含有する動物細胞用の無血清培地が、特表平11−506610号公報には、最小必須培地、血清アルブミン、鉄源、インスリン或いはインスリン状成長因子、及び、グルタミン、アルギニン及びシステインから選択される少なくとも1個のアミノ酸を含むヒト間葉幹細胞培養用無血清培地が、開示されている。
【0006】
更に、特開2004−135672号公報には、アルブミン代替物、トランスフェリン代替物及びインスリン代替物を含む組成物であって、アルブミン代替物が1重量%未満の量のポリエチレングリコールである、動物タンパク質を含まない動物細胞培養用の培地が、及び、特開2004−275047号公報には、基礎培地に、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、イソロイシン、ロイシン、リジン、セリン、スレオニン、バリンを添加した哺乳動物細胞培養用の無血清培地が開示されている。
【0007】
上記のとおり、動物細胞培養用の無血清培地は、種々のものが開示されているが、組織再生医療において、移植用の幹細胞を大量に、培養、増殖するためには、幹細胞の分化機能を保持したままの細胞を、血清非存在下において効率的に培養、増殖できる無血清培地が必要となり、そのための細胞増殖能の優れた培地の開発が更に望まれている。
【0008】
【特許文献1】特開平6−78759号公報。
【特許文献2】特開平7−8273号公報。
【特許文献3】特開平7−23780号公報。
【特許文献4】特開平9−252767号公報。
【特許文献5】特表平11−506610号公報。
【特許文献6】特開2004−135672号公報。
【特許文献7】特開2004−275047号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、組織再生医療等において用いられる動物幹細胞を培養、増殖するために、安全性を担保すること、すなわち、BSEやウィルス性疾患の水平感染などの血清を用いた場合の様々な問題の発生するのを防止し、しかも、血清を用いた場合に匹敵する十分な増殖を得られる、動物幹細胞培養用無血清培地を提供すること、及び、該無血清培地を用いた動物幹細胞の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋭意検討する中で、血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、特定の抗菌ペプチドを添加することにより、動物幹細胞の培養において、血清の非存在下であっても、血清を用いた場合に匹敵する十分な増殖が得られ、しかも、分化能など動物幹細胞としての機能をそのまま保持した動物幹細胞の培養、増殖が可能であることを見い出し、該抗菌ペプチドを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地として調製して、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、配列表の配列番号1に示される抗菌ペプチドを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地よりなる。本発明の抗菌ペプチドは、配列表の配列番号1に示される構造のペプチドであり、合成によって調製することができる。
【0011】
更に、本発明においては、該動物幹細胞培養用無血清培地に、bFGF(繊維芽細胞成長因子)及び/又はPDGF(血小板由来成長因子)、及び、インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸からなるグループから選択される1又は2以上の成分を添加して、増殖能の高い動物幹細胞培養用無血清培地を提供することを可能とした。本発明において、血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、配列表の配列番号1に示される抗菌ペプチドと、2種の発育因子すなわち、bFGF及びPDFGを応用して、間葉系幹細胞のような動物幹細胞を無血清で培養することを可能とし、従来技術による無血清培養に比べて約100倍の増殖能を与える増殖能の高い動物幹細胞培養用無血清培地を提供することを可能とした。本発明は、本発明の動物幹細胞培養用無血清培地を用いて、間葉系幹細胞のような動物幹細胞の培養を行う方法を包含する。
【0012】
すなわち具体的には本発明は、(1)血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、配列表の配列番号1に示される抗菌ペプチドを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地や、(2)上記(1)記載の動物幹細胞培養用無血清培地に、bFGF及び/又はPDGFを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地や、(3)上記(2)記載の動物幹細胞培養用無血清培地に、インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸からなるグループから選択される1又は2以上の成分を添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地や、(4)上記(1)記載の動物幹細胞培養用無血清培地にbFGF、PDGF、インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸を添加してなる上記(3)記載の動物幹細胞培養用無血清培地からなる。
【0013】
また本発明は、(5)動物幹細胞が、間葉系幹細胞であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載の動物幹細胞培養用無血清培地や、(6)上記(1)〜(5)のいずれか記載の動物幹細胞培養用無血清培地を用いて、動物幹細胞を培養することを特徴とする動物幹細胞の培養方法や、(7)動物幹細胞を、血清を含む動物細胞用培地で培養し、培地を上記(1)〜(5)のいずれか記載の動物幹細胞培養用無血清培地に交換して、動物幹細胞培養することを特徴とする動物幹細胞の増殖、培養方法からなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の動物幹細胞培養用無血清培地は、血清の非存在下で、血清を添加した培地に匹敵する動物幹細胞の増殖効果を示し、しかも、動物幹細胞の幹細胞としての機能を保持しつつ、培養、増殖することが可能であり、組織再生医療等に用いる動物幹細胞用の培養用の培地として、実用上有用な無血清培地を提供する。本発明の動物幹細胞培養用無血清培地によって、血清を用いることによって発生する、BSEやウィルス性疾患の水平感染などの様々な問題を回避することができ、本発明の無血清培地は、特に、組織再生医療等に用いる間葉系幹細胞等、動物幹細胞の調製のための手段として大きく貢献することができる。
【0015】
更に、従来、動物の細胞培養には、ペニシリンや、ストレプトマイシン等の抗生物質或いはアンホテリシンなどの抗真菌物質の少量添加が必須とされており、これらの抗生物質、抗真菌物質には動物細胞増殖の抑制作用があるといわれていたが、これらの抗生物質、抗真菌物質は、細胞を再び生体にもどす再生医療を行う場合には、添加する物質として好ましい物質ではなかった。本発明の抗菌ペプチドはこのような動物細胞増殖の抑制作用はなく、抗菌性と抗真菌性があることが分かっており、本発明の無血清培地は、再生医療用の幹細胞の増殖培地として用いるに非常に好ましいものである。特に、本発明の抗菌ペプチド+PDGF+bFGF+ITS(インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸)の組み合わせは10%FBSに匹敵する細胞増殖能を示したことから、再生医療用の幹細胞の増殖培地として特に優れた動物幹細胞培養用無血清培地を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、配列表の配列番号1に示される抗菌ペプチドを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地からなる。
本発明で使用する動物細胞培養用基礎培地としては、動物細胞培養用に使用されている適宜の基礎培地を使用することができるが、DMEM(Dulbeco改変Eagle培地)が有利に使用することができる。
【0017】
本発明の動物幹細胞培養用無血清培地の調製に使用される抗菌ペプチドは、Lys-Arg-Leu-Phe-Arg-Arg-Trp-Gln-Trp-Arg-Met-Lys-Lys-Tyrからなるペプチド(以下、「8194抗菌ペプチド」という)であり((配列表の配列番号1)、抗菌ペプチドとして、公知のペプチドである(Oral Disease、10,4,221-228;特許第3472821号)。
【0018】
本発明のペプチドは、ぺプチド合成法で取得することができる。ペプチド合成には、液相法及び固相法が存在するが、本発明のペプチドは、液相法及び固相法のいずれの方法も使用することができる。液相法は、反応を溶液状態で行い反応混合物から生成物を単離精製し、この生成物を中間体として次のペプチド伸長反応に用いる方法である。一方、固相法は、反応溶媒に不溶の固相担体にアミノ酸を結合させ、このアミノ酸に準じ縮合反応を行いペプチド鎖を伸長させていく方法である。
【0019】
ペプチドの化学合成は、カルボキシル基を保護したアミノ酸にアミノ基を保護したアミノ酸を脱水縮合させ、ペプチド結合を形成させ、次にアミノ保護基を除去後、遊離したアミノ基に次のアミノ基保護アミノ酸を順次、C末端からN末端に向かって一つずつ延長していく方法が基本である。脱水縮合反応では、カルボキシル基を活性化して、結合させようとするアミノ基と反応させる。この活性化には、ジシクロへキシカルボジイミド(DCC)法、活性エステル法、酸無水物法、アジド法等があるがその反応性の高さとラセミ化その他の副反応を考慮して選ばれる。縮合反応時の副反応を防止するためにアミノ酸のアミノ基、カルボキシル基、側鎖(R)の官能基には保護基が導入される。これらの保護基は、縮合反応の条件で安定であり、必要なときには速やかに除去されるものが好ましい。また、アミノ基の保護基とカルボキシル基の保護基とは互いに選択的に除去されることが好ましい。
【0020】
縮合反応は、カルボジイミド等の縮合剤の存在下、あるいはN−保護アミノ酸活性エステル又はペプチド活性エステルを用いて実施する。縮合反応終了後、保護基は除去されるが、固相の場合は更に、ペプチドのC末端と樹脂との結合を切断する。製造されたペプチドは通常の方法に従い精製される。例えば、イオン交換クロマトグラフィー、逆相液体クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等が挙げられる。合成したペプチドは、エドマン分解法でC-末端からアミノ酸配列を読み取るプロティンシークエンサー、GC−MS、TOF−MS等で分析される。
【0021】
本発明の動物幹細胞培養用無血清培地の調製において、動物細胞培養用基礎培地に添加される、bFGF(繊維芽細胞成長因子)、PDGF(血小板由来成長因子)、及び、ITS(インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸)は、適宜市販のものを用いることができる。
【0022】
本発明の無血清培地は、組織再生医療等の分野において、本発明の無血清培地を用いて、間葉系幹細胞のような動物幹細胞の培養、増殖を行うには、該無血清培地を用いて、採取した幹細胞を、動物細胞の通常の培養条件に従って培養することにより、行うことができる。また、採取した細胞を、予め、ウシ胎児血清(FBS)を添加した培地で培養して、細胞を増殖し、その後、本発明の無血清培地に、培地交換することにより、効率的に動物幹細胞の無血清培養を行うことができる。
【0023】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
(材料と方法)
使用した細胞:ヒト腸骨由来骨髄間葉系幹細胞(CAMBREX社より購入)(以下「MSC」という)。
培養条件:通法に従って培養したMSCを24穴培養皿に5000細胞/穴になるような密度で10%ウシ胎児血清(FBS)と抗生物質を含むDMEM(Sigma社)培地にて播種、培養した。翌日にFBSを含まないDMEM(抗生物質は含む)に培地交換し、被検因子を添加し、3日後に増殖した細胞を培養穴からトリプシンを用いて剥離し、コールターカウンター(ベックマン社)によって実細胞数を計測した。対照には、被検因子を希釈するのに用いた0.3%BSA/PBSのみを添加した。N=3で、平均と標準偏差をグラフ化した。
【0025】
被検因子:濃度は培地添加後の終濃度をあらわす。(a)8194抗菌 ペプチド(合成依頼品)10マイクロM;(b)bFGF (Sigma社製)10ng/ml;(c)PDGF−BB(R&D社製)10ng/ml(ここではPDGFと略す);(d)ITS(BD Biosciences社製、Insulin, Transferrin, Selenious Acid,Linoleic Acidの混和物) メーカー指定で最終倍率1となるように希釈した。(a)〜(d)の混和物をDMEMに添加した。
【0026】
(結果)
結果を図に示す。縦軸は各条件での培養穴中の細胞数を、横軸には添加物を示す。横軸の添加物にさらに8194抗菌ペプチド、若しくは、ITS+8194抗菌ペプチドを添加したグラフを付している。10%FBSとはウシ胎児血清を最終濃度10%となるようにDMEMに混和した条件である。10%FBS添加群は対照(0.3%BSA in PBS)と比べて細胞増殖を引き起こした。8194抗菌ペプチド+PDGF+bFGF+ITSの4因子を混和したものは、10%FBSに匹敵する増殖性を示した。各因子の欠けたものはそれぞれ増殖性が強く示されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施例において、培地に添加したファクターに対する細胞数/培養穴の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血清を含有しない動物細胞培養用基礎培地に、配列表の配列番号1に示される抗菌ペプチドを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地。
【請求項2】
請求項1記載の動物幹細胞培養用無血清培地に、bFGF及び/又はPDGFを添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地。
【請求項3】
請求項2記載の動物幹細胞培養用無血清培地に、インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸からなるグループから選択される1又は2以上の成分を添加してなる動物幹細胞培養用無血清培地。
【請求項4】
請求項1記載の動物幹細胞培養用無血清培地にbFGF、PDGF、インスリン、トランスフェリン、セレン酸及びリノール酸を添加してなる請求項3記載の動物幹細胞培養用無血清培地。
【請求項5】
動物幹細胞が、間葉系幹細胞であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の動物幹細胞培養用無血清培地。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載の動物幹細胞培養用無血清培地を用いて、動物幹細胞を培養することを特徴とする動物幹細胞の培養方法。
【請求項7】
動物幹細胞を、血清を含む動物細胞用培地で培養し、培地を請求項1〜5のいずれか記載の動物幹細胞培養用無血清培地に交換して、動物幹細胞培養することを特徴とする動物幹細胞の増殖、培養方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−37426(P2007−37426A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−223242(P2005−223242)
【出願日】平成17年8月1日(2005.8.1)
【出願人】(503328193)株式会社ツーセル (24)
【出願人】(505290601)
【Fターム(参考)】