動脈硬化の評価法
【課題】動脈硬化は脳梗塞や心筋梗塞を誘発する。動脈硬化の正確な病態を把握し適切な治療法の選択や進行予測を可能にするマルチマーカー(因子群)と、当該マーカー群を指標とする動脈硬化の診断、予防又は治療の評価方法が求められていた。
【解決手段】動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップ
を含む方法。
【解決手段】動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップ
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈硬化を評価するための方法、キット及び装置に関する。より具体的には、本発明は、新規マーカータンパク質の発現に基づいて動脈硬化を評価する方法に関する。また本発明は、動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化とは、加齢や生活習慣を含む様々な要因によって動脈壁が肥厚し、弾力性が低下して、内腔に狭窄を生じる疾患の総称である。長い年月をかけて自覚症状がないうちに進行し、心筋梗塞等の心血管疾患、脳梗塞や脳出血等の脳血管疾患を誘引する。そのため、動脈硬化の重症度や進行度、治療効果を簡便で確実に検定する方法の開発が重要である。従来においては、血圧値や脂質マーカー値(血清総コレステロール・LDLコレステロールの高値、HDLコレステロールの低値)に加え、炎症マーカーである高感度C反応性タンパク質hs-CRP(high sensitive C-reactive protein)、血清アミロイドA(SAA)、酸化ストレス関連因子ホモシスチン等の血中濃度を指標にした検定法が多数の疫学的研究において検討されている。しかしながら、これらの因子は他の疾患でも変動するため、より選択的な疾患特異性の高いマーカーの探索が課題であった。また動脈硬化は、血管内膜における脂質の沈着、炎症性細胞浸潤、平滑筋細胞の増殖、マクロファージ・平滑筋細胞の泡沫化、間質マトリックスの形成等、多面的な過程をたどり、各々の過程で様々な因子が相乗的に病変の進行に関与していることが示され(非特許文献1)、病態の正確な把握には複数のマーカーを組み合わせた検定法が有効であると考えられている。
【0003】
疾患プロテオミクスは、血液、唾液、尿等の体液や組織試料を材料に、健常状態と比較して特定の疾患によって変動するタンパク質の増減を網羅的に探索する手法であり、従来疾患との関連が知られていなかった複数の因子を同時に抽出・検出できるという特徴がある。二次元電気泳動法、タンパク質マイクロアレイや質量分析装置等の測定装置の多検体化、高感度化が実現し、データ解析技術が整備され、癌や免疫疾患、感染症等の様々な疾患におけるマーカー探索に応用されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Packard R.R.及びLibby P., Clinical Chemistry, 第54巻第24-38頁, 2008年
【非特許文献2】Hanash S., Nature, 第422巻第226-232頁, 2003年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
動脈硬化は、今や生活習慣や社会構造の変化に伴い、中高年のみならず若年層における発症が問題となるなど、その診断と発症予防が重要な課題となっている。動脈硬化の的確な評価が可能になれば、生活習慣改善等による予防、早期診断、進行・悪化の防止、治療の可能性が生じる。このことは健康な生活の実現への一助となり、その一方で超高齢化社会において、医療費上昇による財政負担の軽減が見込まれるなど社会問題解決への糸口となる。よって、動脈硬化の有無や進行を的確かつ具体的に予測・判定できる技術の開発が求められている。
【0006】
従って、本発明の目的は、動脈硬化の進行に従ってその発現が変動するタンパク質群をプロテオミクス的手法により同定し、その変動を発現プロファイルデータベースとして記録し、被験者より得たサンプル中のタンパク質の発現変動と照らし合わせて、動脈硬化の進行ステージを同定することによる、動脈硬化の診断、予防又は治療の評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、動脈硬化を好発しかつ高脂肪食の投与と週齢によってその進行が促進されるApoE欠損マウスと野生型マウスより血漿を得て、血漿に含まれるタンパク質の発現量を質量分析装置により網羅的に比較解析した。動脈硬化の進行程度の異なる12、18、25及び35週齢の各時点において得られた血漿に含まれるタンパク質発現量比の測定値を用いて発現プロファイルデータベースを構築し、動脈硬化の発症や進行(悪化)と各タンパク質の発現量比の変動傾向が相関し、その傾向が複数のグループに分類できることを見出した。また、本発明者らは、動脈硬化の特定のステージに特徴的な発現傾向を示すタンパク質を特定することに成功し、かかるタンパク質を動脈硬化の発症の可能性の程度、リスクの高低と病状進行の可能性を評価するためのマーカーとして使用できるという知見を得、本発明を完成した。
【0008】
従って、本発明は以下を提供する。
[1]動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップ
を含む方法。
[2]被験者由来のサンプル中のCD5抗原様タンパク質、Igμ鎖C領域、ヘパリン補因子2、血漿プロテアーゼC1インヒビター、及びトロンボスポンジン-4からなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、[1]に記載の方法。
[3]被験者由来のサンプル中のα-2-マクログロブリン、補体成分C9、フェツイン-B、及びビタミンK依存性タンパク質Cからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]被験者由来のサンプル中の抗トロンビン-III、補体C1q亜成分サブユニットB、補体因子H、EGF含有フィブリン様細胞外マトリックスタンパク質1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H2、及びプロパージンからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5]動脈硬化の評価が、被験者における動脈硬化の存在の判定、被験者に存在する動脈硬化のステージの決定、被験者に存在する動脈硬化の治療効果の評価、被験者に存在する動脈硬化の予後の予測である、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が初中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
[7]動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
[8]評価ステップが、健常者サンプルにおける発現の測定値、及び動脈硬化の既知のステージに罹患している被験者のサンプルにおける発現の測定値から選択される基準値との比較を含む、請求項[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9]フォン・ウィルブランド因子の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[6]及び[8]のいずれかに記載の方法。
[10]補体因子Dの発現が基準値と比較して低減していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[6]、[8]及び[9]のいずれかに記載の方法。
[11]補体成分C8の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[5]、[7]及び[8]のいずれかに記載の方法。
[12]ビタミンK依存性タンパク質Zの発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[5]、[7]、[8]及び[11]のいずれかに記載の方法。
[13]発現の測定が、タンパク質又は該タンパク質をコードするmRNAの発現の測定である、[1]〜[12]のいずれかに記載の方法。
[14]タンパク質の発現の測定を、該タンパク質に対して特異的に結合する物質を用いて、又は質量分析法若しくは二次元電気泳動法により行う、[13]に記載の方法。
【0009】
[15]動脈硬化の評価用キットであって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段
を含むことを特徴とするキット。
[16]初中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
[17]中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
[18]測定手段が抗体である、[15]〜[17]のいずれかに記載のキット。
[19]抗体が固相支持体に固定されている、[18]に記載のキット。
[20]動脈硬化の評価用装置であって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段、
(c)(a)の手段及び/又は(b)の手段により得られる測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価する手段
を含むことを特徴とする装置。
[21]動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法であって、
(a)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて動脈硬化に対する被験治療薬又は治療法の有効性を評価するステップ
を含む方法。
[22]被験治療薬又は治療法による処置を行う前に、動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子若しくは補体因子Dの発現、及び/又は補体成分C8若しくはビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップをさらに含む、[21]に記載の方法。
[23]動脈硬化を有する動物が、動脈硬化を有するヒト、又は動脈疾患モデル動物である、[21]又は[22]に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、これまで初期診療や健康診断において、従来の方法により見落とされていた動脈硬化と、それにより生じた障害の発生と進行の可能性を検定することが可能となる。本発明を使用して、被験者のサンプル中に含まれるタンパク質群の標準サンプルに対する発現量比とその時間経過に伴う変動を測定し、予め記録しておいた発現プロファイルデータベースに照らし合わせることにより、動脈硬化とそれに起因する障害の発生と症状進行の可能性を評価することが可能となる。また本発明は、的確かつ簡便に動脈硬化とそれに起因する障害発生と進行の可能性に関する検査又は分析、様々な試薬や医薬の開発や、関連装置の開発にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】発現プロファイルがカテゴリー1に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図2】発現プロファイルがカテゴリー2に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図3】発現プロファイルがカテゴリー3に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図4】発現プロファイルがカテゴリー4に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図5】発現プロファイルがカテゴリー5に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図6】発現プロファイルがカテゴリー6に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図7】特徴的な発現変動パターンを示す4種のマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図8】ApoEマウスの18週齢で発現の極大を示すマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図9】ApoEマウスの25週齢で発現の極小を示すマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図10】ApoEマウスにおいて週齢(疾患ステージ)の上昇と共にその発現が単調に減少するマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図11】マウス実験により選別したマーカータンパク質による、別系統疾患マウスの動脈硬化進展ステージの評価を示す表である。数値は、疾患マウスと健常マウスの定量比の対数値と、別系統疾患マウスと健常群の定量比の対数値の差の二乗和平均値である。
【図12】マウス実験により選別したマーカータンパク質による、ヒト被験者の動脈硬化進展ステージの評価を示す表である。数値は、疾患マウスと健常マウスの定量比の対数値と、ヒトの疾患(群)と健常群の定量比の対数値の差の二乗和平均値である。
【図13】女性患者群Fについて、マーカーの組み合わせP1、P1+2、P1+2+3、及びP1+2+3+4を用いて動脈硬化の疾患ステージを評価したグラフである。
【図14】男性患者Mについて、マーカーの組み合わせP1、P1+2、P1+2+3、及びP1+2+3+4を用いて動脈硬化の疾患ステージを評価したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、動脈硬化を評価するための新規なマーカー及びマーカー群を提供する。本発明により提供されるマーカー及びマーカー群は、動脈硬化の進行に伴ってその発現が特徴的に変動するタンパク質であるため、動脈硬化の発症の予測や、動脈硬化のステージの判定、予後の予測、被験者に存在する動脈硬化の治療効果の評価、動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価などに有用である。従って、本発明に係る動脈硬化の評価方法は、被験者由来のサンプル中において、動脈硬化の特定の疾患ステージに特徴的な発現パターン(発現の変動)を示すマーカーの発現を測定するステップと、その測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップを含む。
【0013】
なお、本明細書中で使用する用語「マーカー」とは、本発明に従って動脈硬化を評価するためにその発現を測定する対象となるタンパク質又は該タンパク質をコードする遺伝子(mRNA)を意味する。また「マーカー群」とは、2以上のマーカーからなる組み合わせである。また「発現」とは、当該マーカータンパク質又は該マーカータンパク質をコードする遺伝子(mRNA)のサンプル中の存在量を意味する。
【0014】
本発明において使用するマーカーを以下の表1〜4にまとめる。表中、「特徴」の欄には、「タンパク質名」の欄に記載されたマーカーの発現パターンの特徴を示す。この「特徴」の欄に示されている「18週齢極大」及び「18週齢極小」とは、マーカーの発現がApoE欠損マウスの18週齢においてそれぞれ極大及び極小を示すことを意味する。また、「増加傾向」及び「減少傾向」とは、そのマーカーの発現が週齢に伴って継続的に増加または減少するが、一部の週齢間で有意な変動がみられないことを意味する。さらに「単調減少」とは、そのマーカーの発現が週齢に伴って継続的に減少することを意味する。具体的な発現パターンの特徴については本明細書において後述する。
【0015】
また、表中の「マウス」及び「ヒト」の欄には、それぞれ「エントリー名」及び「アクセッション番号」の項目があるが、それらはそれぞれ「マウス」及び「ヒト」のマーカータンパク質のUniProtKB/Swiss-Prot(http://www.uniprot.org/)における名称及びアクセッション番号を示す。
【0016】
【表1】
【0017】
【表2】
【0018】
【表3】
【0019】
【表4】
【0020】
表1に示すタンパク質は、単独で使用することにより動脈硬化の特定の疾患ステージを評価することができるマーカーである。本発明においては、表1に示す4種のタンパク質のうち少なくとも1種をマーカーとして使用する。なお、表及び本明細書中で記載するApoE欠損マウスの12週齢、18週齢、25週齢及び35週齢とは、その週齢に相当する疾患ステージであることを意味する。ApoE欠損マウスの週齢と疾患ステージとの関連性については、例えばMatsushima, Y. et al., J. Atheroscler. Thromb. 8:71-79, 2001;Nakashima, Y. et al., Arterioscler Thromb. 14:133-140, 1994;Zhao, Y. et al., J. Nucl. Med. 49:1707-1714, 2008などに報告がある。具体的には、12週齢では動脈内膜が肥厚し脂質の蓄積が認められる程度であるが(ステージ1)、18週齢では脂質の蓄積により泡沫細胞が形成され(ステージ2)、25週齢になると動脈広範囲に不安定な粥状プラークが多数観察され(ステージ3)、粥状硬化性動脈硬化症の最も危険な段階を迎え、35週齢では繊維化・石灰化の進んだ安定型病変が多く観察される(ステージ4)。従って、本明細書において、ApoE欠損マウスの「12週齢」は動脈硬化の初期ステージに相当し、「18週齢」は動脈硬化の初中期ステージに相当し、「25週齢」は動脈硬化の中期ステージに相当し、「35週齢」は動脈硬化の後期ステージに相当するものとする。
【0021】
具体的には、表1のフォン・ウィルブランド因子は、ApoE欠損マウスの18週齢において発現の極大を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の初中期ステージであるか否かを評価することができる。また表1の補体因子Dは、ApoE欠損マウスの18週齢において発現の極小を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の初中期ステージであるか否かを評価することができる。
【0022】
また表1の補体成分C8は、ApoE欠損マウスのオスでは週齢の上昇と共に増加傾向を示し、メスでは25週齢において発現の極大を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の中期ステージであるか否かを評価することができる。表1のビタミンK依存性タンパク質Zは、ApoE欠損マウスのオスでは25週齢において発現の極大を示し、メスでは週齢の上昇と共に減少傾向を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の中期ステージであるか否かを評価することができる。
【0023】
本発明では、マーカーを少なくとも2つ組み合わせて使用することによって、より正確かつ高精度な動脈硬化の評価が可能となる。好ましくは、ApoE欠損マウスの18週齢に発現の極大又は極小を示すマーカーと、25週齢に発現の極大又は極小を示すマーカーとを選択して組み合わせる。具体的なマーカーの組み合わせとしては、以下が挙げられる:
(i)フォン・ウィルブランド因子と補体成分C8との組み合わせ、
(ii)フォン・ウィルブランド因子とビタミンK依存性タンパク質Zとの組み合わせ、
(iii)補体因子Dと補体成分C8との組み合わせ、
(iv)補体因子DとビタミンK依存性タンパク質Zとの組み合わせ、
(v)フォン・ウィルブランド因子、補体因子D及び補体成分C8の組み合わせ、
(vi)フォン・ウィルブランド因子、補体因子D及びビタミンK依存性タンパク質Zの組み合わせ、
(vii)補体因子D、補体成分C8及びビタミンK依存性タンパク質Zの組み合わせ、
(viii)フォン・ウィルブランド因子、補体因子D、補体成分C8及びビタミンK依存性タンパク質Zの組み合わせ。
【0024】
また本発明では、表1に示す少なくとも1つのマーカーを、表2〜4に示されるマーカーより選択される少なくとも1つのマーカーと組み合わせることができる。表2には、表1に示すマーカーと組み合わせることが特に好ましい追加のマーカーを、表3には、表1に示すマーカーと組み合わせることが好ましい追加のマーカーを、表4には、表1に示すマーカーと組み合わせることが可能な追加のマーカーを示している。マーカーの組み合わせは、表1に示すマーカーを少なくとも1つ含む限り、任意の数及び種類のマーカーの組み合わせとすることができる。例えば、表1に示すマーカーの1つ又は上記(i)〜(viii)の組み合わせと、表2に示すマーカーの1つ、2つ、3つ、4つ又は5つを組み合わせることができる。あるいは、表1に示すマーカーの1つ又は上記(i)〜(viii)の組み合わせと、表2に示すマーカーの1つ、表3に示すマーカーの1つ、表4に示すマーカーの1つを組み合わせてもよい。このような組み合わせは、被験者の種類、性別、年齢や、動脈硬化の評価の目的、評価対象となる疾患ステージなどに応じて、適宜選択することができる。
【0025】
あるいは、表2〜4に示すマーカーの2種以上を組み合わせることも可能である。例えば、表2〜4に示すマーカーの2、3、4、5、10又は15個を組み合わせることによって、好ましくは表2に示すマーカーのうち4つを組み合わせることによって、動脈硬化の評価を行うことができる。
【0026】
上述の通り、上記のマーカー又はマーカー群は、動脈硬化の特定の疾患ステージに特徴的な発現パターンで発現される。そのため、本発明に係る動脈硬化の評価方法では、被験者由来のサンプルにおいて上記のマーカー又はマーカー群の発現を測定する。2以上のマーカーについて発現を測定する場合、各マーカーの発現を測定するステップは、同時に行ってもよいし、前後して行ってもよい。また本発明では、「マーカー(群)の発現」とは、マーカータンパク質又はその派生物又は誘導体の発現であってもよいし、あるいは該タンパク質をコードする遺伝子(mRNA)の発現であってもよい。「派生物」又は「誘導体」とは、マーカータンパク質から派生する物質又はマーカータンパク質の由来する物質を意味し、例えばシグナルペプチドを含むタンパク質、タンパク質の特定のサブユニット分子、修飾タンパク質、タンパク質断片などが含まれるが、これに限定されるものではない。例えば、表1に示す補体成分C8はα鎖、β鎖及びγ鎖を含むが、本発明においては補体成分C8のインタクト分子の発現を測定してもよいし、その派生物であるα鎖、β鎖又はγ鎖のいずれかを測定してもよい。
【0027】
使用するサンプルは、動脈硬化について評価しようとする被験者に由来するサンプルであれば特に限定されるものではなく、マーカーの発現を測定するための方法又は手段の種類に応じて適宜選択される。例えば生体液サンプル(血液、血清、血漿、尿、唾液、涙、髄液、腹水等)、組織又は細胞サンプル(動脈の組織又は細胞等)が挙げられ、採取の容易性の点から、血液、血清又は血漿などをサンプルとして用いることが好ましい。血漿を使用する場合には、抗凝固剤としてEDTAを使用することが好ましいが、ヘパリン、クエン酸ナトリウムなど当該分野で公知又は汎用されているものを使用することができる。血液サンプルの場合、採血後は氷冷又は冷蔵保存することが好ましい。また、組織又は細胞サンプルは、採取後に液体窒素、ドライアイスなど当該分野で公知又は汎用されている方法で直ちに凍結し、冷凍保存することが好ましい。
【0028】
また被験者は、ヒト、及びその他の哺乳動物、例えば霊長類(サル、チンパンジーなど)、家畜動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジなど)、ペット用動物(イヌ、ネコなど)、実験動物(マウス、ラット、ウサギなど)であり、さらには爬虫類及び鳥類などであってもよい。
【0029】
マーカーの発現の測定は、サンプル中のその量又は濃度を、好ましくは半定量的又は定量的に測定することに関し、その量は、絶対量であってもよいし又は相対量であってもよい。測定は、直接的又は間接的に行うことができる。直接的な測定は、サンプル中に存在するマーカータンパク質又はmRNAの分子数と直接相関するシグナルに基づいて、その量又は濃度を測定することに関する。そのようなシグナルは、例えばタンパク質又はmRNAの特定の物理的又は化学的な特性に基づいている。間接的な測定は、二次成分(すなわちマーカータンパク質又はmRNA以外の成分)、例えば抗体やアプタマーなどのリガンド、標識又は酵素反応生成物から得られるシグナルの測定である。
【0030】
本発明の一実施形態では、マーカータンパク質の発現の測定は、サンプル中のタンパク質の量を測定するための手段によって行うことができる。そのような手段は当技術分野で公知であり、例えば免疫アッセイの方法及び試薬などがある。またマーカータンパク質の発現の測定は、マーカータンパク質に特有の物理的又は化学的特性を測定するための手段、例えば正確な分子量又はNMRスペクトル等を測定するための手段によって行うことができる。マーカータンパク質の発現の測定するための手段としては、バイオセンサー、プロテインチップ、免疫アッセイと連結した光学装置、質量分析計、NMR分析計、二次元電気泳動装置又はクロマトグラフィー装置等の分析装置が挙げられる。
【0031】
好ましい実施形態において、マーカータンパク質の発現の測定は、質量分析法(MS)を使用して行うことができる。特に液体クロマトグラフィーと連結した質量分析計(LC/MS)による解析は鋭敏であるため有利である。例えば、(1)サンプルからタンパク質成分を調製する工程、(2)タンパク質・ペプチドに標識する工程、(3)タンパク質・ペプチドを分画する工程、(4)タンパク質・ペプチドを質量分析に供する工程、(5)質量分析値からマーカータンパク質群を同定する工程からなる方法が挙げられる。標識としては、当技術分野で公知の同位体標識試薬を用いることができ、適当な標識試薬を市販品として入手することができる。また分画も当技術分野で公知の方法により行うことができ、例えば市販の強陽イオンカラム等を用いて行うことができる。
【0032】
また別の実施形態では、サンプル中のマーカータンパク質の発現の測定は、免疫アッセイ(免疫学的測定法)により行うことができる。すなわちサンプル中のマーカータンパク質と、該タンパク質に特異的に結合する抗体との反応に基づいて、該タンパク質の発現を測定する。免疫アッセイは、当該分野で汎用されている方法であれば液相系及び固相系のいずれで行ってもよい。検出の容易性の点で、固相系を利用することが好ましい。また免疫アッセイの形式も限定されるものではなく、直接固相法の他、サンドイッチ法、競合法、ウエスタンブロッティング法、ELISA(enzyme linked immunosorbent assay)法などであってもよい。
【0033】
本発明に従った測定では、各マーカータンパク質に対する抗体はモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよいし、あるいは各マーカータンパク質のエピトープに結合することができるFab、Fvフラグメントなどであってもよい。一次抗体と二次抗体を使用する場合には、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。抗体は、当技術分野で公知の方法により調製することができ、また市販品として入手してもよい。
【0034】
マーカータンパク質と抗体との結合は、周知の方法に従って測定しうる。当業者であれば、採用する免疫アッセイの種類及び形式、使用する標識の種類などに応じて、各アッセイについての有効かつ最適な測定方法を決定することができる。例えば、サンプル中のマーカータンパク質と抗体との結合を容易に検出するために、該抗体を標識することにより該結合を直接検出するか、又は標識二次抗体若しくはビオチン−アビジン複合体等を用いることにより間接的に検出する。
【0035】
免疫アッセイとして固相系を選択する場合には、例えばサンプル中のタンパク質成分を固相に固定化することができ、例えば、(1)サンプルからタンパク質成分を調製する工程、(2)SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分画する工程、(3)ゲル上のタンパク質を固相に転写する工程、(4)各マーカータンパク質と特異的に結合する抗体(一次抗体)と反応させる工程、(5)固相を洗浄する工程、(6)固相に一次抗体に対し特異的に結合する標識抗体(二次抗体)を接触させる工程、(7)固相を洗浄する工程、(8)該標識を用いて各タンパク質の発現量を測定する工程からなる方法を採用することができる。あるいは、抗体を固相に固定してもよい。この方法は、いわゆる「サンドイッチ法」と呼ばれる方法であり、マーカーとして酵素を用いる場合には、「ELISA」として広く用いられている方法である。このような固相系の方法は、極微量のタンパク質の検出と操作の簡便化のため好ましい方法である。
【0036】
固相系においては、抗体又はサンプル中のタンパク質成分を固相(プレート、膜、ビーズ等)上に固定化し、この固相上においてマーカータンパク質と固体との免疫学的結合を試験する。固相は、当技術分野で慣用的に使用されているものであれば特に限定されるものではなく、例えば市販のニトロセルロース膜又はPVDF膜を用いることができる。抗体又はサンプル中のタンパク質成分を固相上に固定化することによって、未結合のサンプル成分や試薬を容易に除去することができる。また特に、数十種類の抗体を固定化したメンブレンを用いるタンパク質アレイ法では、少量の被験者由来のサンプル(血漿など)を用いて多種類のマーカータンパク質の発現を短時間で解析することができる。またこのような免疫アッセイは、例えば操作が簡便なテストストリップにおいても実施することができる。
【0037】
免疫アッセイとして液相系を選択する場合には、例えば、標識化抗体とサンプルとを接触させて標識化抗体とマーカータンパク質を結合させ、この結合体を分離し、標識シグナルを検出する。あるいは、マーカータンパク質に対する抗体(一次抗体)とサンプルとを接触させて一次抗体とマーカータンパク質を結合させ、この結合体に標識化抗体(二次抗体)を結合させ、この三者の結合体における標識シグナルを検出する。あるいは、さらにシグナルを増強させるためには、非標識の二次抗体を先ず抗体+マーカータンパク質結合体に結合させ、この二次抗体に標識物質を結合させるようにしてもよい。このような二次抗体への標識物質の結合は、例えば二次抗体をビオチン化し、標識物質をアビジン化しておくことによって行うことができる。
【0038】
免疫アッセイにおいて使用する抗体を標識するための標識としては、酵素、放射性同位体、蛍光色素又はアビジン−ビオチン系を使用することができる。酵素としては、通常の酵素免疫アッセイ(EIA)に用いられる酵素、例えば、パーオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等を用いることができる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。放射性同位体としては、125Iや3H等の通常のラジオイムノアッセイ(RIA)で用いられているものを使用することができる。蛍光色素としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。
【0039】
ビオチン−アビジン複合体系を利用する場合には、ビオチン化した抗体とサンプルとを反応させ、得られた複合体に標識を付加したアビジンを反応させる。アビジンは、ビオチンと特異的に結合することができるため、アビジンに付加した標識のシグナルを検出することによって、抗体とマーカータンパク質との結合を測定することができる。アビジンに付加する標識は特に限定されるものではないが、例えば酵素標識(ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼなど)が好ましい。
【0040】
標識シグナルの検出もまた、当技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、酵素標識を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。基質は、使用する酵素の種類に応じて異なり、例えば酵素としてパーオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。放射性標識を用いる場合には、放射性標識の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。蛍光標識は、例えば蛍光顕微鏡、プレートリーダー等を用いて検出及び定量することができる。
【0041】
また本発明においては、マーカータンパク質の発現の測定は、サンプル中の該タンパク質をコードするmRNAの量を測定するための手段によって行うことができる。そのような手段は当技術分野で公知であり、例えば、マーカータンパク質をコードするDNAの全部若しくは一部の配列又はその相補配列を含むプライマーDNA又はプローブDNAがある。該プライマーDNA又はプローブDNAは、被験者由来のサンプル中に発現しているマーカータンパク質のmRNA又は該mRNAに対応するcDNAと特異的に結合して、サンプル中のマーカータンパク質の発現を検出することが可能である。
【0042】
プライマーDNA及びプローブDNAは、マーカータンパク質をコードするDNAの塩基配列に基づいて、公知のプログラムにより容易に設計することができ、また当業者に公知の方法に従って調製することができる。
【0043】
被験者由来のサンプルにおけるマーカータンパク質の発現を測定するためには、上記プライマーDNA及び/又はプローブDNAをそれぞれ増幅反応又はハイブリダイゼーション反応において用い、その増幅産物又はハイブリッド産物を検出する。そのような反応を行う場合には、通常は、当技術分野で周知の方法を使用して被験者由来のサンプルからmRNA又は該mRNAに対応するcDNAを調製する。例えば、RNAを抽出する場合には、グアニジン−塩化セシウム超遠心法、ホットフェノール法、又はチオシアン酸グアジニウム−フェノール−クロロホルム(AGPC)法などを利用することができる。cDNAは、公知の逆転写酵素を利用して調製することができる。以上のように調製したサンプルを用いて、以下に示す増幅反応及び/又はハイブリダイゼーション反応を行う。
【0044】
プライマーDNAを用いてmRNA又はcDNAを鋳型とした増幅反応を行い、その特異的増幅反応を検出することにより、サンプル中のマーカータンパク質の発現の測定を行うことができる。増幅手法としては、特に限定されないが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の原理を利用した公知の方法(PCR、RT-PCR、リアルタイムPCRなど)を挙げることができる。増幅産物の検出には、増幅反応により得られる増幅産物を特異的に認識することができる公知の手段を用いることができる。例えば、アガロースゲル電気泳動法等を利用して、特定のサイズの増幅断片が増幅されているか否かを確認することにより、特異的な増幅反応を検出することができる。
【0045】
あるいは、増幅反応の過程で取り込まれるdNTPに、放射性同位体、蛍光物質、発光物質などの標識体を作用させ、この標識体を検出することができる。放射性同位体としては、32P、125I、35Sなどを用いることができる。また蛍光物質としては、例えば、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、スルホローダミン(SR)、テトラメチルローダミン(TRITC)などを用いることができる。また発光物質としてはルシフェリンなどを用いることができる。これら標識体の種類や標識体の導入方法等に関しては、特に制限されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。例えば標識体の導入方法としては、放射性同位体を用いるランダムプライム法が挙げられる。
【0046】
標識したdNTPを取り込んだ増幅産物を観察する方法としては、上述した標識体を検出するための当技術分野で公知の方法であればいずれの方法でもよい。例えば、標識体として放射性同位体を用いた場合には、放射活性を、例えば液体シンチレーションカウンター、γ-カウンターなどにより計測することができる。また標識体として蛍光を用いた場合には、その蛍光を蛍光顕微鏡、蛍光プレートリーダーなどを用いて検出することができる。
【0047】
また、プローブDNAを用いてサンプルに対するハイブリダイゼーション反応を行い、その特異的結合(ハイブリッド)を検出することにより、マーカータンパク質の発現を測定することもできる。ハイブリダイゼーション反応は、プローブDNAがサンプル中のマーカータンパク質に由来するmRNA又はcDNAのみと特異的に結合するような条件、すなわちストリンジェントな条件下で行う必要がある。ハイブリダイゼーションを行う場合には、プローブDNAに蛍光標識(フルオレセイン、ローダミンなど)、放射性標識(32Pなど)、ビオチン標識等の適当な標識を付加することができる。
【0048】
標識化プローブDNAを用いた検出は、サンプル又はそれから調製したmRNA若しくはcDNAとプローブDNAとをハイブリダイズ可能なように接触させることを含む。具体的には、サンプル又はmRNA若しくはcDNAを適当な固相に固定化し、標識を付加したプローブDNAを添加することにより、あるいは標識プローブDNAを適当な固相に固定化し、サンプル又はmRNA若しくはcDNAを添加することにより、プローブDNAとサンプル又はmRNA若しくはcDNAとを接触させてハイブリダイゼーション反応を行い、ハイブリダイズしなかったプローブDNAを除去した後、サンプル又はmRNA若しくはcDNAとハイブリダイズしているプローブDNAの標識を検出する。標識が検出された場合には、サンプル中にマーカータンパク質のmRNAが発現していることとなる。標識化プローブDNAを用いた発現の測定方法の例としては、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等を挙げることができる。
【0049】
以上のようにして、被験者由来のサンプル中のマーカータンパク質の発現を測定し、その結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価することが可能である。本明細書中、「動脈硬化の評価」とは、被験者における動脈硬化の存在を判定すること、被験者に存在する動脈硬化のステージを決定すること、被験者に存在する動脈硬化の治療効果を評価すること、被験者に存在する動脈硬化の予後を予測することを意味する。また本発明において「評価」は、既に評価又は診断された動脈硬化の継続的なモニタリング、及び既に行った動脈硬化の評価又は診断の確認も包含する。
【0050】
当業者であれば、本発明の目的である評価は、評価しようとする被験者の全て(すなわち100%)について必ず正しい結果が得られるものではないことを認識している。本発明においては、「評価」は、統計学的に有意な割合の被験者を評価できることを意図しており、統計的に有意な割合は、様々な周知の統計評価ツール、例えば信頼区間の決定、p値の決定、スチューデントのt検定、マン・ホイットニー検定等を用いて決定することができる。好ましい信頼区間は、少なくとも90%である。p値は、好ましくは、0.1、0.01、0.005又は0.0001である。より好ましくは、被験者の少なくとも60%、少なくとも80%又は少なくとも90%を、本発明によって適切に評価することができる。
【0051】
評価を行う際、被験者由来のサンプル中のマーカータンパク質の発現を、基準値と比較する。基準値は、健常者サンプルにおけるマーカータンパク質の発現の測定値、特定のステージであるという診断がなされた被験者サンプルにおけるマーカータンパク質の発現の測定値、治療前の被験者サンプルにおけるマーカータンパク質の発現の測定値などである。個々の被験者に適用する基準値は、被験者の種類、年齢、性別などの様々な生理学的パラメータに応じて変化しうる。 好ましくは、動脈硬化に罹患した個体群を疾患の進行程度(ステージ)に従って分類し、それぞれのステージに属する個体群と正常状態に属する個体群よりサンプルを得て、サンプル中のマーカータンパク質の発現変動と進行ステージとの相関を発現プロファイルデータベースとして記録する。そして、被験者由来のサンプル中のマーカータンパク質の発現について、予め準備した標準サンプルとの発現量比を測定し、得られた測定値を発現プロファイルデータベースに参照することができる。このような発現プロファイルデータベースは、被験者の動脈硬化の有無や進行ステージ、動脈硬化の発症又は進行程度の指標となる「基準値」又は「基準範囲」として有用である。基準値は、単一のカットオフ値、例えば平均値や中央値であってもよいし、あるいは特定の範囲、例えば四分位を範囲とするものであってもよい。データベースを利用して評価する場合、例えば、被験者由来サンプルと標準サンプルにおける発現量比R(i)を測定し、そのうち1又は2以上のマーカータンパク質(i=1-N)を測定し、その測定値をデータベース上に記録した各進行ステージにおける値(Rj(i)、jはステージ番号;0-4)と比較して、被験者の動脈硬化の進行ステージを解釈できる。比較は、例えばΣ{R(i)-Rj(i)}2(i=1〜N)が最小となるステージjを求めることなどによって行うことができる。
【0052】
なお、ヒトを被験者として評価を行う場合には、基準値もヒトにおけるマーカータンパク質の発現の測定値であることが好ましいが、実施例3に示すように、マウスなどの実験動物において得られた基準値も外挿することができる。
【0053】
動脈硬化の評価の具体例は次のとおりである。被験者由来のサンプルにおけるフォン・ウィルブランド因子の発現が基準値と比較して上昇していることは、該被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。また被験者由来のサンプルにおける補体因子Dの発現が基準値と比較して低減していることは、該被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。被験者由来のサンプルにおける補体成分C8の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。被験者由来のサンプルにおけるビタミンK依存性タンパク質Zの発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。
【0054】
さらに本発明の動脈硬化の評価方法は、他の公知の動脈硬化の診断方法と組み合わせて行ってもよい。そのような公知の動脈硬化の診断方法としては、動脈硬化の生理学的及び生化学的マーカーの測定(例えば高血圧、コレステロール値、トリグリセリド値)、心電図による測定、動脈脈波伝播速度(PWV:pulse wave velocity)の測定、血管内造影法が挙げられる。
【0055】
本発明の動脈硬化の評価方法によって、動脈硬化の存在を早期に判定することができる。すなわち、現在利用可能な診断手法又は基準によっては認識されない初期及び初中期ステージの動脈硬化の有無を判定することができる。また、動脈硬化が存在する場合には、その疾患ステージを詳細に特定することができる。そのため、被験者は、動脈硬化の治療を早期に、かつ疾患ステージに適切な治療を適時に受けることが可能となる。本発明の方法は、動脈硬化を信頼性をもって、迅速にかつ低コストで評価できるという利点もある。
【0056】
本発明の動脈硬化の評価方法は、上記マーカーの発現を測定するための手段を備えたキット及び/又は装置を用いることによって、容易かつ簡便に行うことができる。 本発明に係る動脈硬化の評価用キットは、少なくとも以下の(a)又は(b)の手段を含む:
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段。
【0057】
本発明のキットの一例は、質量分析用試薬セットであり、例えば同位体標識試薬、分画用ミニカラム、緩衝液、手順書等により構成される。また本発明のキットの別の例は、免疫アッセイ用試薬セットであり、マーカータンパク質に対する抗体試薬、希釈や洗浄用緩衝液、標準抗原、各抗体試薬に特異的に結合をする標識抗体試薬、発色・発光・蛍光を生じさせる基質試薬、手順と評価方法を記載した手順書等により構成される。キットに含まれる抗体は、予め標識されたものであってもよいし、又は標識されていなくてもよい。また抗体は、固相支持体(例えば、メンブレン、ビーズ等)に固定されていてもよい。本発明のキットのさらに別の例は、サンプル中のマーカータンパク質のmRNAの発現を測定するための手段(プライマーDNA、プローブDNAなど)を含むものであってもよい。
【0058】
本発明のキットは、本発明の方法を実施するための手順及びプロトコールを記載した説明書、動脈硬化の評価において使用する基準値又は基準範囲を示した表などを含んでもよい。
【0059】
本発明のキットに含まれる構成要素は、個別に提供されてもよいし、又は単一の容器内に提供されてもよい。好ましくは、本発明のキットは、本発明の方法を実施するために必要な構成要素の全てを、即時に使用することができるように、例えば調整された濃度の構成要素として含む。
【0060】
本発明に係る動脈硬化の評価用装置は、以下の(a)及び/又は(b)の手段と、(c)の手段とを備える:
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段、
(c)(a)の手段及び/又は(b)の手段により得られる測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価する手段。
【0061】
本発明の装置は、本発明の方法を実施することができるように、(a)及び/又は(b)の手段と、(c)の手段とが互いに動作可能なように連結されたシステムである。
【0062】
(a)及び/又は(b)の手段は、例えば質量分析部分に続きシグナルを検知して数値化する測定部分、又は発色・発光・蛍光よりシグナルを検知して数値化若しくは画像化する光学測定部分とすることができる。また(c)の手段は、例えば測定部分から得られる測定値を処理するソフトウエアと計算機よりなるデータ解析部分とすることができる。好ましい装置は、専門の臨床医の知識がなくても使用することができるものであり、例えば、単にサンプルを付加すればよいテストストリップ又は電子的装置がある。具体的な装置は、測定部分(例えば、バイオセンサー、アレイ、マーカーに対する抗体を固定合した固相支持体、質量分析装置、表面プラズモン共鳴装置、NMR分析装置等)と、データ解析部分(例えば、シグナル表示部分、測定値を分析するユニット、コンピュータユニット等)とを含む。
【0063】
さらに、上記マーカー又はマーカー群を利用して、動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性を評価したり、動脈硬化の治療薬候補をスクリーニングすることができる。具体的には、本発明のそのような方法は、
(a)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて動脈硬化に対する被験治療薬又は治療法の有効性を評価するステップ
を含む。
【0064】
本発明の方法では、動脈硬化を有する動物、すなわち動脈硬化を発症している又は発症リスクのある動物からサンプルを採取し、該サンプル中のマーカータンパク質の発現を測定する。好ましくは、被験治療薬又は治療法による処置を行う前に、動脈硬化を有する動物からサンプルを採取し、サンプル中のマーカータンパク質の発現を測定して、処置前に動脈硬化のどの疾患ステージであるのかを確認する。動脈硬化を有する動物に被験治療薬又は治療法による処置が行われた後、適当な時期にサンプルを採取して、サンプル中のマーカータンパク質の発現を測定する。例えば、処置の直後、30分後、1時間後、3時間後、5時間後、10時間後、15時間後、20時間後、24時間(1日)後、2〜10日後、10〜20日後、20〜30日後、1ヶ月〜6ヵ月後にサンプルを採取する。サンプルの採取、サンプル中のマーカータンパク質の発現の測定、動脈硬化の評価については、前記と同様に行うことができる。
【0065】
対象となる動物は、動脈硬化を有するヒトであってもよいし、あるいは動脈疾患モデル動物、好ましくは動脈硬化モデル実験動物(マウス、ラット、ウサギなど)であってもよい。一般的には、モデル動物において被験治療薬又は治療法の有効性が確認された後に、ヒトにおいて、例えば臨床試験などにより有効性の評価が行われる。
【0066】
評価又はスクリーニングの対象となる被験治療薬又は治療法の種類は特に限定されるものではない。例えば、被験治療薬又は治療法は、任意の物質的因子、具体的には、天然に生じる分子、例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、炭水化物(糖等)、ステロイド、グリコペプチド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど;天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体、例えば、ペプチド擬態物、核酸分子(アプタマー、アンチセンス核酸、二本鎖RNA(RNAi)等)など;天然に生じない分子、例えば低分子有機化合物(無機及び有機化合物ライブラリー、又はコンビナトリアルライブラリー等)など;並びにそれらの混合物を挙げることができる。また治療薬又は治療法は、単一物質であってもよいし、複数の物質から構成される複合体や、食品及び食餌等であってもよい。さらに、被験治療薬又は治療法は、上記のような物質的因子に加えて、放射線、紫外線などであってもよい。
【0067】
動物の被験治療薬又は治療法による処置は、その治療薬又は治療法の種類により異なるが、当業者であれば容易に決定することができる。例えば、被験治療薬の投与量、投与期間、投与経路などの投与条件は、当業者であれば適切に決定することができる。
【0068】
また、被験治療薬又は治療法の有効性は、いくつかの条件で検討することも可能である。そのような条件としては、被験治療薬又は治療法で処置する時間又は期間、量(大小)、回数などが挙げられる。例えば、被験治療薬の希釈系列を調製するなどして複数の用量を設定することができる。
【0069】
さらに、複数の被験治療薬又は治療法の相加作用、相乗作用などを検討する場合には、治療薬又は治療法を組み合わせて用いてもよい。
【0070】
被験治療薬又は治療法の処置後の動物のサンプル中のマーカータンパク質の発現を、処置前の発現と比較することによって、被験治療薬又は治療法が、動脈硬化の改善(例えば中期ステージから初中期若しくは初期ステージへの改善)、動脈硬化の進行の停止又は減速化(例えば、何も処置を行わなかった場合と比較して、中期ステージから後期ステージへの進行が停止する)に有効であるか否かを評価することができる。
【0071】
以上から、本発明に係る動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法により、動脈硬化を治療又は予防するための治療薬又は治療法を見出し、さらには治療薬又は治療法の有効性を確認することができる。動脈硬化は、特に早期段階(初期、初中期のステージ)では何らかの兆候を検知することができないため、ある被験者において初期又は初中期のステージの動脈硬化であると評価し、何らかの処置を行ったとしても、その処置の有効性を評価することが困難である。そのため、本発明の方法は、動脈硬化の早期段階の治療に有効な治療薬又は治療法を同定するために特に有効といえる。
【0072】
上記の方法と同様にして、ある物質又は因子が動脈硬化に及ぼす影響を判定することも可能であり、動脈硬化の進行の原因となる物質又は因子を同定することもできる。
【0073】
以下に実施例を例示し、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のために提供するものであり、本出願において開示する発明の範囲を限定したり制限したりするものではない。当業者には、本明細書に記載した本発明の発想に基づく様々な実施形態が可能であることは明らかである。
【0074】
[実施例1]
動脈硬化のモデルとして脂質代謝関連ApoEタンパク質を欠損したApoE欠損マウス(ApoED;B6・KOR/StmSlc-Apoeshl)を用いた(Matsushima, Y. et al., J. Atheroscler. Thromb. 8:71-79, 2001; 日本エスエルシー)。このApoEDマウスは高脂肪食投与により病変進行が促進される。また病変は週齢に従って進行し、12週齢では動脈内膜が肥厚し脂質の蓄積が認められる程度であるが(ステージ1)、18週齢では脂質の蓄積により泡沫細胞が形成され(ステージ2)、25週齢になると動脈広範囲に不安定な粥状プラークが多数観察され(ステージ3)、粥状硬化性動脈硬化症の最も危険な段階を迎える。35週齢では繊維化・石灰化の進んだ安定型病変が多く観察される(ステージ4)。そこで本実施例では、12、18、25及び35週齢の野生型マウス(WT;C57BL/6)及びApoEDマウス(オス及びメス各9個体)より血液を採取し、そのうち血液より10%EDTA・2K溶液を用いて血漿(プラズマ)試料を調製した。
【0075】
上記WT及びApoEDマウス血漿試料はまず、マルチアフィニティ除去カラムマウス血漿用(Ms-3; 4.6 x 100 mm; Cat. No.5188-5218; アジレント)を用いて血漿中のアルブミン、イムノグロブリン及びトランスフェリンを除去し、タンパク質濃度を測定してCleavable Isotope-Coded-Affinity-Tag(cICAT)試薬標識試薬(cICAT(登録商標) Reagent 10-assay Kit; Cat. No.4339036; アプライドバイオ)による同位体標識に供した。
【0076】
血漿タンパク質画分各1mgを、終濃度6M尿素、0.05%SDS、50mM Tris pH8.5、5mM EDTA、10mM TBP、それぞれ総容量800μlになるよう調製し、37℃で30分変性処理した。ここに200μlのアセトニトリルで溶解した「Light標識試薬」をWTマウス試料に、「Heavy標識試薬」をApoEDマウス試料に添加して37℃で2時間標識反応を行った。10mM Tris pH8.0緩衝液を800μl添加してpHを調整後、125μg/mlに調製したトリプシン溶液(Trypsin、TPCK Treated; Cat. No.4352157; アプライドバイオ)を160μl添加し、その後両者を等量混合して37℃で16時間トリプシン消化反応を行った。さらに、トリプシン処理して得たペプチド断片をSCXカラム(poly Sulfoethyl A; 4.6 x 100 mm; ポリエルシー)に供して溶出液を25画分に分離した。分離は溶離液A[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN]及び溶離液B[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN、0.5M KCl]を用い、Bの割合(%)が10分−0%、70分−20%、85分−50%、90分−60%、95分−60%、100分−100%のリニアグラジエントにより行った。各画分はおよその液量が1/4程度になるまで減圧濃縮し、脱塩カラム(CAPCELL C18 MG; 2.0 x 10 mm; 資生堂)にて脱塩後減圧乾固した。脱塩には溶離液A[2%ACN、0.05%Trifluoroacetic acid(TFA)]及び溶離液B(80%ACN、0.05%TFA)を用いた。
【0077】
SCX各画分をそれぞれ質量分析装置と装置付属のLCシステム装置(NanoFrontier LD; 日立ハイテク)を用いて解析した。緩衝液Aを4〜10μl(水:98%、ACN:2%、ギ酸:0.1%)にて上記試料を溶解し、うち1μLを装置に供した。LCシステムの試料分離カラムにはMonoCap for Fast-flow(50μm φx 150mm; C18; GLサイエンス)を用い、緩衝液Aと緩衝液B(水:2%、ACN:98%、ギ酸:0.1%)が120分で緩衝液B 2%〜30%のリニアグラジエント、流量は200nL/minになるよう設定して行った。装置本体のトラップカラムにはMonolith Trap (50μm φx 150mm; Cat. No.C18-50-150; 日立ハイテク)またカラム先端には石英製噴霧チップ、Picotip(外径360μm、内径50μm、先端内径10μm; ニューオブジェクティブ)を用い、エレクトロスプレーイオン化によるポジティブイオンモードで質量分析を行った。各25画分より得た試料に対し、IBA(Information Based Acqisition)を用いてそれぞれ2回分析を行った。IBAは1回目に測定したターゲット情報(m/z、電荷数、保持時間)を装置内部データベースに保存し、2回目の分析でターゲット情報とは一致しないイオンに対し、分析を実施する手法であるが、これにより微弱なイオンが分析され、同定数を増やすことが期待された。他の装置条件は以下のとおりである:Curtain Gas Flow 0.7L/min; Spray potential 1700V; Detector potential 2200V; Isolation Time 5ms; Isolation Width 10Da; CID Time 10ms。測定データはICAT比較定量用に開発したソフトウエアに供し、WTマウスとApoEDマウスの2群間の比較解析データを得た。
【0078】
その結果、4種類の週齢すべてで発現が確認されたタンパク質は、少なくとも144種類であった。WTマウス(野生型)と比較してApoE欠損マウスで1.5倍以上存在量が増加/減少するタンパク質は、18週齢を例にとると、少なくとも31種類見出すことができた。また、週齢によって特徴的な変動を示すタンパク質も多数見出された。特に不安定プラークとの関連が示唆される18週齢(ステージ2:初中期)から25週齢(ステージ3:中期)にかけて発現が極大/極小となるタンパク質については、少なくとも12種類検出された。以上の全ての結果を発現プロファイルデータベースとして記録した。
【0079】
またこれらの結果を用いて、各タンパク質の発現量比を病変の進行ステージに対してプロットし、その傾向を6つのパターンに分類した(図1〜6)。図1で示されるカテゴリー1では、ステージが上がるに従って発現量も有意に増大するタンパク質群を集積している。図2で示されるカテゴリー2では、ステージが上がるに従って発現量が有意に減少するタンパク質群を集積している。図3で示されるカテゴリー3では、ステージが1から2に上がる際に発現量が有意に増大し、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に減少し、ステージ3から4に上がる際に発現量が減少するか変動しないタンパク質群を集積している。図4で示されるカテゴリー4では、ステージが1から2に上がる際に発現量が有意に減少し、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に増大し、ステージ3から4に上がる際に発現量が増大するか変動しないタンパク質群を集積している。図5で示されるカテゴリー5では、ステージが1から2に上がる際に発現量が増大するか変動せず、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に増大し、ステージ3から4に上がる際に発現量が有意に減少するタンパク質群を集積している。図6で示されるカテゴリー6では、ステージが1から2に上がる際に発現量が減少するか変動せず、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に減少し、ステージ3から4に上がる際に発現量が有意に増大するタンパク質群を集積している。
【0080】
上記の発現プロファイルデータベースに含まれるタンパク質のうち、特に顕著な変動を示すタンパク質を20種類選択し、変動の大きさに従って優先順位を1〜4に定めた(表5)。
【0081】
【表5】
【0082】
表5において、優先順位の欄に「1」と表示されたタンパク質は、その各タンパク質を単独で使用して、動脈硬化の特定の疾患ステージを評価することができるものである。優先順位の欄に「2」、「3」又は「4」と表示されたタンパク質は、その各タンパク質を他のマーカータンパク質と組み合わせて使用して、より正確にかつ高精度に動脈硬化を評価することができるものである。表5における数値は、12週、18週、25週又は35週齢の疾患マウスにおけるタンパク質発現量の、健常マウスの発現量に対する定量比を、メスマウス及びオスマウスについてそれぞれ示している。
【0083】
またこれらの結果を用いて、各タンパク質の発現量比を病変の進行ステージに対してプロットし、その傾向を複数のパターンに分類した(図7〜10)。図7は表5において優先順位1と表示したタンパク質群の発現の変動を示し、図8はマウス18週齢において極大を示すタンパク質群の発現の変動を示し、図9はマウス25週齢において極小を示すタンパク質群の発現の変動を示し、図10は週齢(疾患ステージ)が上がるにつれ有意に発現量が減少するタンパク質群の発現の変動を示す。
【0084】
[実施例2]
本実施例においては、実施例1において選定したマーカーを利用して、実際にマウスの動脈硬化を評価した。
【0085】
通常食を投与した12週齢のApoEノックアウトマウス(メス)(ApoEKO; B6.129P2-ApoetmlUnc/J)25個体より採血し、実施例1に記載の方法と同様に血漿(プール)を調製した。ApoEKOは実施例1に記載のApoEDとは別系統で(Piedrahita, JA. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89:4471-4475, 1992; 日本チャールス・リバー)、事前の予備検討により動脈に病変が形成されていないことを確認した(データは示さない)。血漿中の脂質の濃度は総コレステロール539 mg/dl、トリグリセリド49 mg/dl、LDLコレステロール404 mg/dl、HDLコレステロール143 mg/dlを示した。実施例1に記載の方法により、同12週齢の野生型マウス(WT;C57BL/6)25個体より得た血漿(プール)を標準として、血漿中に含まれるタンパク質の発現量比を網羅的かつ定量的に解析した。
【0086】
実施例1により同定したタンパク質群(表5)と共通なタンパク質20種類の発現量比を図11に示す。これらの結果に基づいて、実施例1の発現プロファイルを参照して、ステージ評価を行った。すなわち、上記20タンパク質について、マウス被験者のサンプルにおける発現量比の自然対数値と、発現プロファイルデータにおける進行ステージ1(12wkに該当)から4(35wkに該当)までのマーカータンパク質の発現量比の自然対数値の差の自乗和を計算した。図11において、グレーで示す欄は、そのマーカーの発現量と標準との差が大きいことを示し、点で示す欄は、そのマーカーの発現量と標準との差が小さいことを示す。
【0087】
その結果、図11に示す通り、フォン・ウィルブラント因子だけで動脈硬化を評価する場合にはステージ2(18wkに該当)、補体因子Dだけで評価する場合にはステージ1(12wkに該当)、補体成分C8のα、β又はγ鎖だけで評価する場合にはいずれもステージ1(12wkに該当)、ビタミンK依存性タンパク質Zだけで評価する場合にはステージ1(12wkに該当)と判定することができる。従って、フォン・ウィルブラント因子と補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはステージ1又は2(12wk又は18wkに該当)、フォン・ウィルブラント因子とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはステージ1又は2(12wk又は18wkに該当)、補体因子Dと補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはステージ1(12wkに該当)、補体因子DとビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはステージ1(12wkに該当)と判定することができる。さらに、4種のマーカーを組み合わせることで、ステージ1又は2(12wk又は18wkに該当)と判定することができる。最終的に、図11に示すように、ステージ1(12wk;初期)、2(18wk;初中期)、3(25wk;中期)、4(35wk;後期)におけるマーカーそれぞれの値が、ステージ1(12wk)で最も小さく、被験者のマウスは動脈硬化の進行ステージ1(12wk;初期)にある可能性が最も大きいと判定され、本発明のマーカーの有効性が示された。
[実施例3]
【0088】
本実施例においては、実施例1においてマウスについて選定したマーカーに対応するヒトタンパク質を利用して、実際にヒト患者の動脈硬化を評価した。
【0089】
女性健常ボランティア3名(健常群F)、女性動脈硬化患者3名(疾患群F)より採取した購入血漿(バイオプレディック、EDTA・3K)をそれぞれプールした。また男性健常ボランティア4名(健常群M)より採取した購入血漿(バイオプレディック、EDTA・3K)をプールし、疾患対象として男性動脈硬化患者1名(疾患M)より採取した購入血漿(バイオプレディック、EDTA・3K)を準備した。
【0090】
血漿中のLDLコレステロール、総コレステロール、HDLコレステロール及びトリグリセリドの値は、表6に示す通りである。疾患群FのLDLコレステロール、総コレステロール及びトリグリセリド値は基準より高いが、HDLコレステロール値は正常値を示した。疾患個体MはLDLコレステロール、総コレステロール、HDLコレステロール及びトリグリセリドの値が基準値外で、問診により動脈硬化の既往があり、コレステロール低下薬Zocor(シンバスタチン)の服薬治療中であることがわかっている。
【0091】
【表6】
【0092】
血漿試料はまず、マルチアフィニティ除去カラムヒト血漿用(Hu-6; 4.6 x 100 mm; Cat. No.5188-5333; アジレント)を用いて血漿中のアルブミン、イムノグロブリンG、イムノグロブリンA、トランスフェリン、ハプトグロビン及びアンチトリプシンを除去し、タンパク質濃度を測定してCleavable Isotope-Coded-Affinity-Tag(cICAT)試薬標識試薬(cICAT(登録商標) Reagent 10-assay Kit; Cat. No.4339036; アプライドバイオ)による同位体標識に供した。
【0093】
血漿のタンパク質画分各1mgを終濃度6M尿素、0.05%SDS、50mM Tris pH8.5、5mM EDTA、10mM TBP、それぞれ総容量800μlになるよう調製し、37℃で30分変性処理した。ここに200μlのアセトニトリルで溶解した「Light標識試薬」を健常群に、「Heavy標識試薬」を疾患(群)に添加して37℃で2時間標識反応した。10mM Tris pH8.0緩衝液を800μl添加してpHを調整後、125μg/mlに調製したトリプシン溶液(Trypsin、TPCK Treated; Cat. No.4352157; アプライドバイオ)を160μl添加し、その後両者を等量混合して37℃で16時間トリプシン消化反応を行った。さらに、トリプシン処理して得たペプチド断片をSCXカラム(poly Sulfoethyl A; 4.6 x 100 mm; ポリエルシー)に供して溶出液を25画分に分離した。分離は溶離液A[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN]及び溶離液B[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN、0.5M KCl]を用い、Bの割合(%)が10分−0%、70分−20%、85分−50%、90分−60%、95分−60%、100分−100%のリニアグラジエントにより行った。各画分はおよその液量が1/4程度になるまで減圧濃縮し、脱塩カラム(CAPCELL C18 MG; 2.0 x 10 mm; 資生堂)にて脱塩後減圧乾固した。脱塩には溶離液A[2%ACN、0.05%Trifluoroacetic acid(TFA)]及び溶離液B[80%ACN、0.05%TFA]を用いた。
【0094】
SCX各画分をそれぞれ質量分析装置と装置付属のLCシステム装置(NanoFrontier LD; 日立ハイテク)を用いて解析した。緩衝液Aを4〜10μl(水:98%、ACN:2%、ギ酸:0.1%)にて上記試料を溶解し、うち1μLを装置に供した。LCシステムの試料分離カラムにはMonoCap for Fast-flow(50μm φx 150mm; C18; GLサイエンス)を用い、緩衝液Aと緩衝液B(水:2%、ACN:98%、ギ酸:0.1%)が120分で緩衝液B 2%〜30%のリニアグラジエント、流量は200nL/minになるよう設定して行った。装置本体のトラップカラムにはMonolith Trap(50μm φx 150mm; Cat. No.C18-50-150; 日立ハイテク)またカラム先端には石英製噴霧チップ、Picotip(外径360μm、内径50μm、先端内径10μm; ニューオブジェクティブ)を用い、エレクトロスプレーイオン化によるポジティブイオンモードで質量分析を行った。各25画分より得た試料に対し、IBA(Information Based Acqisition)を用いてそれぞれ2回分析を行った。IBAは1回目に測定したターゲット情報(m/z、電荷数、保持時間)を装置内部データベースに保存し、2回目の分析でターゲット情報とは一致しないイオンに対し、分析を実施する手法であるが、これにより微弱なイオンが分析され、同定数を増やすことが期待された。他の装置条件は以下のとおりである:Curtain Gas Flow 0.7L/min; Spray potential 1700V; Detector potential, 2200V; Isolation Time 5ms; Isolation Width, 10Da; CID Time, 10ms。
【0095】
測定データはICAT比較定量用に開発したソフトウエアに供し、健常群と疾患(群)の2群間の比較解析データを得た。その結果を表7に示す。表7において、「ヒト女性」及び「ヒト男性」と表示するカラムが、各ヒトタンパク質の発現量について、疾患(群)の健常群に対する定量比を示している。
【0096】
【表7】
【0097】
実施例1により抽出したマーカー群の各疾患ステージ(週齢)における疾患マウスと健常マウスの定量比(表5)の対数値と、上述のように得られた疾患(群)と健常群の定量比の対数値(表7)の差の二乗和平均を計算した結果を図12にまとめた。すなわち、図12の「(マウス各週齢−ヒト)2」の値が小さいほど、そのマウス週齢に相当するステージであることが予想される。
【0098】
その結果、図12に示す通り、女性患者群Fでは、フォン・ウィルブラント因子だけで評価する場合にはマウス18週又は35週に相当するステージ、補体因子Dだけで評価する場合にはマウス18週に相当するステージ、補体成分C8のα、β又はγ鎖だけで評価する場合にはいずれもマウス12週に相当するステージ、ビタミンK依存性タンパク質Zだけで評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージと判定することができる。従って、フォン・ウィルブラント因子と補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージ、フォン・ウィルブラント因子とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージ、補体因子Dと補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージ、補体因子DとビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージと判定することができる。さらに、4種のマーカーを組み合わせることで、マウス12週又は18週に相当するステージと判定することができる。最終的に、女性患者群Fはマウス12週において二乗和平均値が最も小さくなるマーカーが多く、疾患初期のステージ1であると評価した。
【0099】
他のマーカーと組み合わせることにより、高精度に女性患者群Fの動脈硬化を評価することができることを確認するため、表5において優先順位1と表示したマーカーの組み合わせ(P1)、優先順位1及び2のマーカーの組み合わせ(P1+2)、優先順位1〜3のマーカーの組み合わせ(P1+2+3)、優先順位1〜4のマーカーの組み合わせ(P1+2+3+4)について、上記と同様に定量比対数の二乗和平均を求めた。その結果、図13に示されるように、いずれの組み合わせでも女性患者群Fはマウス12週に相当するステージ、すなわち初期ステージであることがわかる。
【0100】
男性患者Mでは、図12に示すように、フォン・ウィルブラント因子だけで評価する場合にはマウス18週に相当するステージ、補体成分C8のα、β又はγ鎖だけで評価する場合にはいずれもマウス18週に相当するステージ、ビタミンK依存性タンパク質Zだけで評価する場合にはマウス25週に相当するステージと判定することができる。従って、フォン・ウィルブラント因子と補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはマウス18週に相当するステージ、フォン・ウィルブラント因子とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス18週又は25週に相当するステージ、補体成分C8のα、β又はγ鎖とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス18週又は25週に相当するステージと判定することができる(図12)。さらに、3種のマーカーを組み合わせることで、マウス18週又は25週に相当するステージと判定することができる。最終的には、男性患者Mはマウス25週において二乗和平均値が最も小さくなるマーカーが多く、疾患中後期のステージ3であると評価した。
【0101】
他のマーカーと組み合わせることにより、高精度に男性患者Mの動脈硬化を評価することができることを確認するため、上記と同様のマーカーの組み合わせP1、P1+2、P1+2+3、及びP1+2+3+4について同様に定量比対数の二乗和平均を求めた。その結果、図14に示されるように、いずれの組み合わせでも男性患者Mはマウス25週に相当するステージ、すなわち中期ステージであることがわかる。
【0102】
以上の結果から、疾患女性群Fは動脈硬化の初期ステージに該当し、疾患男性Mは心筋梗塞や脳梗塞等のリスクが高いステージにあることが推測され、血漿脂質の値や問診結果と矛盾しなかった。従って、実施例1及び2のマウス実験から同定されたマーカー及び発現量のデータをヒトにも適用可能であることがわかった。ヒトにおけるマーカーの発現量に関するデータベースを作成することによって、ヒトにおける動脈硬化の評価をさらに正確に実施することができると予想される。
【0103】
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。そのため本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも特許請求の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明により、動脈硬化症の発症の有無とその進行を予測する技術が提供される。本発明により、動脈硬化の有無とその状態又は進行の程度を高精度かつ簡便に判定できるので、動脈硬化の予防又は治療の分野で有用である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈硬化を評価するための方法、キット及び装置に関する。より具体的には、本発明は、新規マーカータンパク質の発現に基づいて動脈硬化を評価する方法に関する。また本発明は、動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化とは、加齢や生活習慣を含む様々な要因によって動脈壁が肥厚し、弾力性が低下して、内腔に狭窄を生じる疾患の総称である。長い年月をかけて自覚症状がないうちに進行し、心筋梗塞等の心血管疾患、脳梗塞や脳出血等の脳血管疾患を誘引する。そのため、動脈硬化の重症度や進行度、治療効果を簡便で確実に検定する方法の開発が重要である。従来においては、血圧値や脂質マーカー値(血清総コレステロール・LDLコレステロールの高値、HDLコレステロールの低値)に加え、炎症マーカーである高感度C反応性タンパク質hs-CRP(high sensitive C-reactive protein)、血清アミロイドA(SAA)、酸化ストレス関連因子ホモシスチン等の血中濃度を指標にした検定法が多数の疫学的研究において検討されている。しかしながら、これらの因子は他の疾患でも変動するため、より選択的な疾患特異性の高いマーカーの探索が課題であった。また動脈硬化は、血管内膜における脂質の沈着、炎症性細胞浸潤、平滑筋細胞の増殖、マクロファージ・平滑筋細胞の泡沫化、間質マトリックスの形成等、多面的な過程をたどり、各々の過程で様々な因子が相乗的に病変の進行に関与していることが示され(非特許文献1)、病態の正確な把握には複数のマーカーを組み合わせた検定法が有効であると考えられている。
【0003】
疾患プロテオミクスは、血液、唾液、尿等の体液や組織試料を材料に、健常状態と比較して特定の疾患によって変動するタンパク質の増減を網羅的に探索する手法であり、従来疾患との関連が知られていなかった複数の因子を同時に抽出・検出できるという特徴がある。二次元電気泳動法、タンパク質マイクロアレイや質量分析装置等の測定装置の多検体化、高感度化が実現し、データ解析技術が整備され、癌や免疫疾患、感染症等の様々な疾患におけるマーカー探索に応用されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Packard R.R.及びLibby P., Clinical Chemistry, 第54巻第24-38頁, 2008年
【非特許文献2】Hanash S., Nature, 第422巻第226-232頁, 2003年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
動脈硬化は、今や生活習慣や社会構造の変化に伴い、中高年のみならず若年層における発症が問題となるなど、その診断と発症予防が重要な課題となっている。動脈硬化の的確な評価が可能になれば、生活習慣改善等による予防、早期診断、進行・悪化の防止、治療の可能性が生じる。このことは健康な生活の実現への一助となり、その一方で超高齢化社会において、医療費上昇による財政負担の軽減が見込まれるなど社会問題解決への糸口となる。よって、動脈硬化の有無や進行を的確かつ具体的に予測・判定できる技術の開発が求められている。
【0006】
従って、本発明の目的は、動脈硬化の進行に従ってその発現が変動するタンパク質群をプロテオミクス的手法により同定し、その変動を発現プロファイルデータベースとして記録し、被験者より得たサンプル中のタンパク質の発現変動と照らし合わせて、動脈硬化の進行ステージを同定することによる、動脈硬化の診断、予防又は治療の評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、動脈硬化を好発しかつ高脂肪食の投与と週齢によってその進行が促進されるApoE欠損マウスと野生型マウスより血漿を得て、血漿に含まれるタンパク質の発現量を質量分析装置により網羅的に比較解析した。動脈硬化の進行程度の異なる12、18、25及び35週齢の各時点において得られた血漿に含まれるタンパク質発現量比の測定値を用いて発現プロファイルデータベースを構築し、動脈硬化の発症や進行(悪化)と各タンパク質の発現量比の変動傾向が相関し、その傾向が複数のグループに分類できることを見出した。また、本発明者らは、動脈硬化の特定のステージに特徴的な発現傾向を示すタンパク質を特定することに成功し、かかるタンパク質を動脈硬化の発症の可能性の程度、リスクの高低と病状進行の可能性を評価するためのマーカーとして使用できるという知見を得、本発明を完成した。
【0008】
従って、本発明は以下を提供する。
[1]動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップ
を含む方法。
[2]被験者由来のサンプル中のCD5抗原様タンパク質、Igμ鎖C領域、ヘパリン補因子2、血漿プロテアーゼC1インヒビター、及びトロンボスポンジン-4からなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、[1]に記載の方法。
[3]被験者由来のサンプル中のα-2-マクログロブリン、補体成分C9、フェツイン-B、及びビタミンK依存性タンパク質Cからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]被験者由来のサンプル中の抗トロンビン-III、補体C1q亜成分サブユニットB、補体因子H、EGF含有フィブリン様細胞外マトリックスタンパク質1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H2、及びプロパージンからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5]動脈硬化の評価が、被験者における動脈硬化の存在の判定、被験者に存在する動脈硬化のステージの決定、被験者に存在する動脈硬化の治療効果の評価、被験者に存在する動脈硬化の予後の予測である、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が初中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
[7]動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
[8]評価ステップが、健常者サンプルにおける発現の測定値、及び動脈硬化の既知のステージに罹患している被験者のサンプルにおける発現の測定値から選択される基準値との比較を含む、請求項[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9]フォン・ウィルブランド因子の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[6]及び[8]のいずれかに記載の方法。
[10]補体因子Dの発現が基準値と比較して低減していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[6]、[8]及び[9]のいずれかに記載の方法。
[11]補体成分C8の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[5]、[7]及び[8]のいずれかに記載の方法。
[12]ビタミンK依存性タンパク質Zの発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、[1]〜[5]、[7]、[8]及び[11]のいずれかに記載の方法。
[13]発現の測定が、タンパク質又は該タンパク質をコードするmRNAの発現の測定である、[1]〜[12]のいずれかに記載の方法。
[14]タンパク質の発現の測定を、該タンパク質に対して特異的に結合する物質を用いて、又は質量分析法若しくは二次元電気泳動法により行う、[13]に記載の方法。
【0009】
[15]動脈硬化の評価用キットであって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段
を含むことを特徴とするキット。
[16]初中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
[17]中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
[18]測定手段が抗体である、[15]〜[17]のいずれかに記載のキット。
[19]抗体が固相支持体に固定されている、[18]に記載のキット。
[20]動脈硬化の評価用装置であって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段、
(c)(a)の手段及び/又は(b)の手段により得られる測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価する手段
を含むことを特徴とする装置。
[21]動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法であって、
(a)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて動脈硬化に対する被験治療薬又は治療法の有効性を評価するステップ
を含む方法。
[22]被験治療薬又は治療法による処置を行う前に、動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子若しくは補体因子Dの発現、及び/又は補体成分C8若しくはビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップをさらに含む、[21]に記載の方法。
[23]動脈硬化を有する動物が、動脈硬化を有するヒト、又は動脈疾患モデル動物である、[21]又は[22]に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、これまで初期診療や健康診断において、従来の方法により見落とされていた動脈硬化と、それにより生じた障害の発生と進行の可能性を検定することが可能となる。本発明を使用して、被験者のサンプル中に含まれるタンパク質群の標準サンプルに対する発現量比とその時間経過に伴う変動を測定し、予め記録しておいた発現プロファイルデータベースに照らし合わせることにより、動脈硬化とそれに起因する障害の発生と症状進行の可能性を評価することが可能となる。また本発明は、的確かつ簡便に動脈硬化とそれに起因する障害発生と進行の可能性に関する検査又は分析、様々な試薬や医薬の開発や、関連装置の開発にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】発現プロファイルがカテゴリー1に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図2】発現プロファイルがカテゴリー2に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図3】発現プロファイルがカテゴリー3に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図4】発現プロファイルがカテゴリー4に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図5】発現プロファイルがカテゴリー5に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図6】発現プロファイルがカテゴリー6に属するタンパク質群(A)とその発現変動パターンのグラフ(B)を示す。
【図7】特徴的な発現変動パターンを示す4種のマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図8】ApoEマウスの18週齢で発現の極大を示すマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図9】ApoEマウスの25週齢で発現の極小を示すマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図10】ApoEマウスにおいて週齢(疾患ステージ)の上昇と共にその発現が単調に減少するマーカータンパク質(A)とその発現変動グラフ(B)を示す。
【図11】マウス実験により選別したマーカータンパク質による、別系統疾患マウスの動脈硬化進展ステージの評価を示す表である。数値は、疾患マウスと健常マウスの定量比の対数値と、別系統疾患マウスと健常群の定量比の対数値の差の二乗和平均値である。
【図12】マウス実験により選別したマーカータンパク質による、ヒト被験者の動脈硬化進展ステージの評価を示す表である。数値は、疾患マウスと健常マウスの定量比の対数値と、ヒトの疾患(群)と健常群の定量比の対数値の差の二乗和平均値である。
【図13】女性患者群Fについて、マーカーの組み合わせP1、P1+2、P1+2+3、及びP1+2+3+4を用いて動脈硬化の疾患ステージを評価したグラフである。
【図14】男性患者Mについて、マーカーの組み合わせP1、P1+2、P1+2+3、及びP1+2+3+4を用いて動脈硬化の疾患ステージを評価したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、動脈硬化を評価するための新規なマーカー及びマーカー群を提供する。本発明により提供されるマーカー及びマーカー群は、動脈硬化の進行に伴ってその発現が特徴的に変動するタンパク質であるため、動脈硬化の発症の予測や、動脈硬化のステージの判定、予後の予測、被験者に存在する動脈硬化の治療効果の評価、動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価などに有用である。従って、本発明に係る動脈硬化の評価方法は、被験者由来のサンプル中において、動脈硬化の特定の疾患ステージに特徴的な発現パターン(発現の変動)を示すマーカーの発現を測定するステップと、その測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップを含む。
【0013】
なお、本明細書中で使用する用語「マーカー」とは、本発明に従って動脈硬化を評価するためにその発現を測定する対象となるタンパク質又は該タンパク質をコードする遺伝子(mRNA)を意味する。また「マーカー群」とは、2以上のマーカーからなる組み合わせである。また「発現」とは、当該マーカータンパク質又は該マーカータンパク質をコードする遺伝子(mRNA)のサンプル中の存在量を意味する。
【0014】
本発明において使用するマーカーを以下の表1〜4にまとめる。表中、「特徴」の欄には、「タンパク質名」の欄に記載されたマーカーの発現パターンの特徴を示す。この「特徴」の欄に示されている「18週齢極大」及び「18週齢極小」とは、マーカーの発現がApoE欠損マウスの18週齢においてそれぞれ極大及び極小を示すことを意味する。また、「増加傾向」及び「減少傾向」とは、そのマーカーの発現が週齢に伴って継続的に増加または減少するが、一部の週齢間で有意な変動がみられないことを意味する。さらに「単調減少」とは、そのマーカーの発現が週齢に伴って継続的に減少することを意味する。具体的な発現パターンの特徴については本明細書において後述する。
【0015】
また、表中の「マウス」及び「ヒト」の欄には、それぞれ「エントリー名」及び「アクセッション番号」の項目があるが、それらはそれぞれ「マウス」及び「ヒト」のマーカータンパク質のUniProtKB/Swiss-Prot(http://www.uniprot.org/)における名称及びアクセッション番号を示す。
【0016】
【表1】
【0017】
【表2】
【0018】
【表3】
【0019】
【表4】
【0020】
表1に示すタンパク質は、単独で使用することにより動脈硬化の特定の疾患ステージを評価することができるマーカーである。本発明においては、表1に示す4種のタンパク質のうち少なくとも1種をマーカーとして使用する。なお、表及び本明細書中で記載するApoE欠損マウスの12週齢、18週齢、25週齢及び35週齢とは、その週齢に相当する疾患ステージであることを意味する。ApoE欠損マウスの週齢と疾患ステージとの関連性については、例えばMatsushima, Y. et al., J. Atheroscler. Thromb. 8:71-79, 2001;Nakashima, Y. et al., Arterioscler Thromb. 14:133-140, 1994;Zhao, Y. et al., J. Nucl. Med. 49:1707-1714, 2008などに報告がある。具体的には、12週齢では動脈内膜が肥厚し脂質の蓄積が認められる程度であるが(ステージ1)、18週齢では脂質の蓄積により泡沫細胞が形成され(ステージ2)、25週齢になると動脈広範囲に不安定な粥状プラークが多数観察され(ステージ3)、粥状硬化性動脈硬化症の最も危険な段階を迎え、35週齢では繊維化・石灰化の進んだ安定型病変が多く観察される(ステージ4)。従って、本明細書において、ApoE欠損マウスの「12週齢」は動脈硬化の初期ステージに相当し、「18週齢」は動脈硬化の初中期ステージに相当し、「25週齢」は動脈硬化の中期ステージに相当し、「35週齢」は動脈硬化の後期ステージに相当するものとする。
【0021】
具体的には、表1のフォン・ウィルブランド因子は、ApoE欠損マウスの18週齢において発現の極大を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の初中期ステージであるか否かを評価することができる。また表1の補体因子Dは、ApoE欠損マウスの18週齢において発現の極小を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の初中期ステージであるか否かを評価することができる。
【0022】
また表1の補体成分C8は、ApoE欠損マウスのオスでは週齢の上昇と共に増加傾向を示し、メスでは25週齢において発現の極大を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の中期ステージであるか否かを評価することができる。表1のビタミンK依存性タンパク質Zは、ApoE欠損マウスのオスでは25週齢において発現の極大を示し、メスでは週齢の上昇と共に減少傾向を示すため、この発現量に基づいて動脈硬化の中期ステージであるか否かを評価することができる。
【0023】
本発明では、マーカーを少なくとも2つ組み合わせて使用することによって、より正確かつ高精度な動脈硬化の評価が可能となる。好ましくは、ApoE欠損マウスの18週齢に発現の極大又は極小を示すマーカーと、25週齢に発現の極大又は極小を示すマーカーとを選択して組み合わせる。具体的なマーカーの組み合わせとしては、以下が挙げられる:
(i)フォン・ウィルブランド因子と補体成分C8との組み合わせ、
(ii)フォン・ウィルブランド因子とビタミンK依存性タンパク質Zとの組み合わせ、
(iii)補体因子Dと補体成分C8との組み合わせ、
(iv)補体因子DとビタミンK依存性タンパク質Zとの組み合わせ、
(v)フォン・ウィルブランド因子、補体因子D及び補体成分C8の組み合わせ、
(vi)フォン・ウィルブランド因子、補体因子D及びビタミンK依存性タンパク質Zの組み合わせ、
(vii)補体因子D、補体成分C8及びビタミンK依存性タンパク質Zの組み合わせ、
(viii)フォン・ウィルブランド因子、補体因子D、補体成分C8及びビタミンK依存性タンパク質Zの組み合わせ。
【0024】
また本発明では、表1に示す少なくとも1つのマーカーを、表2〜4に示されるマーカーより選択される少なくとも1つのマーカーと組み合わせることができる。表2には、表1に示すマーカーと組み合わせることが特に好ましい追加のマーカーを、表3には、表1に示すマーカーと組み合わせることが好ましい追加のマーカーを、表4には、表1に示すマーカーと組み合わせることが可能な追加のマーカーを示している。マーカーの組み合わせは、表1に示すマーカーを少なくとも1つ含む限り、任意の数及び種類のマーカーの組み合わせとすることができる。例えば、表1に示すマーカーの1つ又は上記(i)〜(viii)の組み合わせと、表2に示すマーカーの1つ、2つ、3つ、4つ又は5つを組み合わせることができる。あるいは、表1に示すマーカーの1つ又は上記(i)〜(viii)の組み合わせと、表2に示すマーカーの1つ、表3に示すマーカーの1つ、表4に示すマーカーの1つを組み合わせてもよい。このような組み合わせは、被験者の種類、性別、年齢や、動脈硬化の評価の目的、評価対象となる疾患ステージなどに応じて、適宜選択することができる。
【0025】
あるいは、表2〜4に示すマーカーの2種以上を組み合わせることも可能である。例えば、表2〜4に示すマーカーの2、3、4、5、10又は15個を組み合わせることによって、好ましくは表2に示すマーカーのうち4つを組み合わせることによって、動脈硬化の評価を行うことができる。
【0026】
上述の通り、上記のマーカー又はマーカー群は、動脈硬化の特定の疾患ステージに特徴的な発現パターンで発現される。そのため、本発明に係る動脈硬化の評価方法では、被験者由来のサンプルにおいて上記のマーカー又はマーカー群の発現を測定する。2以上のマーカーについて発現を測定する場合、各マーカーの発現を測定するステップは、同時に行ってもよいし、前後して行ってもよい。また本発明では、「マーカー(群)の発現」とは、マーカータンパク質又はその派生物又は誘導体の発現であってもよいし、あるいは該タンパク質をコードする遺伝子(mRNA)の発現であってもよい。「派生物」又は「誘導体」とは、マーカータンパク質から派生する物質又はマーカータンパク質の由来する物質を意味し、例えばシグナルペプチドを含むタンパク質、タンパク質の特定のサブユニット分子、修飾タンパク質、タンパク質断片などが含まれるが、これに限定されるものではない。例えば、表1に示す補体成分C8はα鎖、β鎖及びγ鎖を含むが、本発明においては補体成分C8のインタクト分子の発現を測定してもよいし、その派生物であるα鎖、β鎖又はγ鎖のいずれかを測定してもよい。
【0027】
使用するサンプルは、動脈硬化について評価しようとする被験者に由来するサンプルであれば特に限定されるものではなく、マーカーの発現を測定するための方法又は手段の種類に応じて適宜選択される。例えば生体液サンプル(血液、血清、血漿、尿、唾液、涙、髄液、腹水等)、組織又は細胞サンプル(動脈の組織又は細胞等)が挙げられ、採取の容易性の点から、血液、血清又は血漿などをサンプルとして用いることが好ましい。血漿を使用する場合には、抗凝固剤としてEDTAを使用することが好ましいが、ヘパリン、クエン酸ナトリウムなど当該分野で公知又は汎用されているものを使用することができる。血液サンプルの場合、採血後は氷冷又は冷蔵保存することが好ましい。また、組織又は細胞サンプルは、採取後に液体窒素、ドライアイスなど当該分野で公知又は汎用されている方法で直ちに凍結し、冷凍保存することが好ましい。
【0028】
また被験者は、ヒト、及びその他の哺乳動物、例えば霊長類(サル、チンパンジーなど)、家畜動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジなど)、ペット用動物(イヌ、ネコなど)、実験動物(マウス、ラット、ウサギなど)であり、さらには爬虫類及び鳥類などであってもよい。
【0029】
マーカーの発現の測定は、サンプル中のその量又は濃度を、好ましくは半定量的又は定量的に測定することに関し、その量は、絶対量であってもよいし又は相対量であってもよい。測定は、直接的又は間接的に行うことができる。直接的な測定は、サンプル中に存在するマーカータンパク質又はmRNAの分子数と直接相関するシグナルに基づいて、その量又は濃度を測定することに関する。そのようなシグナルは、例えばタンパク質又はmRNAの特定の物理的又は化学的な特性に基づいている。間接的な測定は、二次成分(すなわちマーカータンパク質又はmRNA以外の成分)、例えば抗体やアプタマーなどのリガンド、標識又は酵素反応生成物から得られるシグナルの測定である。
【0030】
本発明の一実施形態では、マーカータンパク質の発現の測定は、サンプル中のタンパク質の量を測定するための手段によって行うことができる。そのような手段は当技術分野で公知であり、例えば免疫アッセイの方法及び試薬などがある。またマーカータンパク質の発現の測定は、マーカータンパク質に特有の物理的又は化学的特性を測定するための手段、例えば正確な分子量又はNMRスペクトル等を測定するための手段によって行うことができる。マーカータンパク質の発現の測定するための手段としては、バイオセンサー、プロテインチップ、免疫アッセイと連結した光学装置、質量分析計、NMR分析計、二次元電気泳動装置又はクロマトグラフィー装置等の分析装置が挙げられる。
【0031】
好ましい実施形態において、マーカータンパク質の発現の測定は、質量分析法(MS)を使用して行うことができる。特に液体クロマトグラフィーと連結した質量分析計(LC/MS)による解析は鋭敏であるため有利である。例えば、(1)サンプルからタンパク質成分を調製する工程、(2)タンパク質・ペプチドに標識する工程、(3)タンパク質・ペプチドを分画する工程、(4)タンパク質・ペプチドを質量分析に供する工程、(5)質量分析値からマーカータンパク質群を同定する工程からなる方法が挙げられる。標識としては、当技術分野で公知の同位体標識試薬を用いることができ、適当な標識試薬を市販品として入手することができる。また分画も当技術分野で公知の方法により行うことができ、例えば市販の強陽イオンカラム等を用いて行うことができる。
【0032】
また別の実施形態では、サンプル中のマーカータンパク質の発現の測定は、免疫アッセイ(免疫学的測定法)により行うことができる。すなわちサンプル中のマーカータンパク質と、該タンパク質に特異的に結合する抗体との反応に基づいて、該タンパク質の発現を測定する。免疫アッセイは、当該分野で汎用されている方法であれば液相系及び固相系のいずれで行ってもよい。検出の容易性の点で、固相系を利用することが好ましい。また免疫アッセイの形式も限定されるものではなく、直接固相法の他、サンドイッチ法、競合法、ウエスタンブロッティング法、ELISA(enzyme linked immunosorbent assay)法などであってもよい。
【0033】
本発明に従った測定では、各マーカータンパク質に対する抗体はモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよいし、あるいは各マーカータンパク質のエピトープに結合することができるFab、Fvフラグメントなどであってもよい。一次抗体と二次抗体を使用する場合には、両方ともモノクローナル抗体を用いることもでき、あるいは、一次抗体と二次抗体のいずれか一方をポリクローナル抗体とすることもできる。抗体は、当技術分野で公知の方法により調製することができ、また市販品として入手してもよい。
【0034】
マーカータンパク質と抗体との結合は、周知の方法に従って測定しうる。当業者であれば、採用する免疫アッセイの種類及び形式、使用する標識の種類などに応じて、各アッセイについての有効かつ最適な測定方法を決定することができる。例えば、サンプル中のマーカータンパク質と抗体との結合を容易に検出するために、該抗体を標識することにより該結合を直接検出するか、又は標識二次抗体若しくはビオチン−アビジン複合体等を用いることにより間接的に検出する。
【0035】
免疫アッセイとして固相系を選択する場合には、例えばサンプル中のタンパク質成分を固相に固定化することができ、例えば、(1)サンプルからタンパク質成分を調製する工程、(2)SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分画する工程、(3)ゲル上のタンパク質を固相に転写する工程、(4)各マーカータンパク質と特異的に結合する抗体(一次抗体)と反応させる工程、(5)固相を洗浄する工程、(6)固相に一次抗体に対し特異的に結合する標識抗体(二次抗体)を接触させる工程、(7)固相を洗浄する工程、(8)該標識を用いて各タンパク質の発現量を測定する工程からなる方法を採用することができる。あるいは、抗体を固相に固定してもよい。この方法は、いわゆる「サンドイッチ法」と呼ばれる方法であり、マーカーとして酵素を用いる場合には、「ELISA」として広く用いられている方法である。このような固相系の方法は、極微量のタンパク質の検出と操作の簡便化のため好ましい方法である。
【0036】
固相系においては、抗体又はサンプル中のタンパク質成分を固相(プレート、膜、ビーズ等)上に固定化し、この固相上においてマーカータンパク質と固体との免疫学的結合を試験する。固相は、当技術分野で慣用的に使用されているものであれば特に限定されるものではなく、例えば市販のニトロセルロース膜又はPVDF膜を用いることができる。抗体又はサンプル中のタンパク質成分を固相上に固定化することによって、未結合のサンプル成分や試薬を容易に除去することができる。また特に、数十種類の抗体を固定化したメンブレンを用いるタンパク質アレイ法では、少量の被験者由来のサンプル(血漿など)を用いて多種類のマーカータンパク質の発現を短時間で解析することができる。またこのような免疫アッセイは、例えば操作が簡便なテストストリップにおいても実施することができる。
【0037】
免疫アッセイとして液相系を選択する場合には、例えば、標識化抗体とサンプルとを接触させて標識化抗体とマーカータンパク質を結合させ、この結合体を分離し、標識シグナルを検出する。あるいは、マーカータンパク質に対する抗体(一次抗体)とサンプルとを接触させて一次抗体とマーカータンパク質を結合させ、この結合体に標識化抗体(二次抗体)を結合させ、この三者の結合体における標識シグナルを検出する。あるいは、さらにシグナルを増強させるためには、非標識の二次抗体を先ず抗体+マーカータンパク質結合体に結合させ、この二次抗体に標識物質を結合させるようにしてもよい。このような二次抗体への標識物質の結合は、例えば二次抗体をビオチン化し、標識物質をアビジン化しておくことによって行うことができる。
【0038】
免疫アッセイにおいて使用する抗体を標識するための標識としては、酵素、放射性同位体、蛍光色素又はアビジン−ビオチン系を使用することができる。酵素としては、通常の酵素免疫アッセイ(EIA)に用いられる酵素、例えば、パーオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等を用いることができる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。放射性同位体としては、125Iや3H等の通常のラジオイムノアッセイ(RIA)で用いられているものを使用することができる。蛍光色素としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。
【0039】
ビオチン−アビジン複合体系を利用する場合には、ビオチン化した抗体とサンプルとを反応させ、得られた複合体に標識を付加したアビジンを反応させる。アビジンは、ビオチンと特異的に結合することができるため、アビジンに付加した標識のシグナルを検出することによって、抗体とマーカータンパク質との結合を測定することができる。アビジンに付加する標識は特に限定されるものではないが、例えば酵素標識(ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼなど)が好ましい。
【0040】
標識シグナルの検出もまた、当技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、酵素標識を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。基質は、使用する酵素の種類に応じて異なり、例えば酵素としてパーオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。放射性標識を用いる場合には、放射性標識の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。蛍光標識は、例えば蛍光顕微鏡、プレートリーダー等を用いて検出及び定量することができる。
【0041】
また本発明においては、マーカータンパク質の発現の測定は、サンプル中の該タンパク質をコードするmRNAの量を測定するための手段によって行うことができる。そのような手段は当技術分野で公知であり、例えば、マーカータンパク質をコードするDNAの全部若しくは一部の配列又はその相補配列を含むプライマーDNA又はプローブDNAがある。該プライマーDNA又はプローブDNAは、被験者由来のサンプル中に発現しているマーカータンパク質のmRNA又は該mRNAに対応するcDNAと特異的に結合して、サンプル中のマーカータンパク質の発現を検出することが可能である。
【0042】
プライマーDNA及びプローブDNAは、マーカータンパク質をコードするDNAの塩基配列に基づいて、公知のプログラムにより容易に設計することができ、また当業者に公知の方法に従って調製することができる。
【0043】
被験者由来のサンプルにおけるマーカータンパク質の発現を測定するためには、上記プライマーDNA及び/又はプローブDNAをそれぞれ増幅反応又はハイブリダイゼーション反応において用い、その増幅産物又はハイブリッド産物を検出する。そのような反応を行う場合には、通常は、当技術分野で周知の方法を使用して被験者由来のサンプルからmRNA又は該mRNAに対応するcDNAを調製する。例えば、RNAを抽出する場合には、グアニジン−塩化セシウム超遠心法、ホットフェノール法、又はチオシアン酸グアジニウム−フェノール−クロロホルム(AGPC)法などを利用することができる。cDNAは、公知の逆転写酵素を利用して調製することができる。以上のように調製したサンプルを用いて、以下に示す増幅反応及び/又はハイブリダイゼーション反応を行う。
【0044】
プライマーDNAを用いてmRNA又はcDNAを鋳型とした増幅反応を行い、その特異的増幅反応を検出することにより、サンプル中のマーカータンパク質の発現の測定を行うことができる。増幅手法としては、特に限定されないが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法の原理を利用した公知の方法(PCR、RT-PCR、リアルタイムPCRなど)を挙げることができる。増幅産物の検出には、増幅反応により得られる増幅産物を特異的に認識することができる公知の手段を用いることができる。例えば、アガロースゲル電気泳動法等を利用して、特定のサイズの増幅断片が増幅されているか否かを確認することにより、特異的な増幅反応を検出することができる。
【0045】
あるいは、増幅反応の過程で取り込まれるdNTPに、放射性同位体、蛍光物質、発光物質などの標識体を作用させ、この標識体を検出することができる。放射性同位体としては、32P、125I、35Sなどを用いることができる。また蛍光物質としては、例えば、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、スルホローダミン(SR)、テトラメチルローダミン(TRITC)などを用いることができる。また発光物質としてはルシフェリンなどを用いることができる。これら標識体の種類や標識体の導入方法等に関しては、特に制限されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。例えば標識体の導入方法としては、放射性同位体を用いるランダムプライム法が挙げられる。
【0046】
標識したdNTPを取り込んだ増幅産物を観察する方法としては、上述した標識体を検出するための当技術分野で公知の方法であればいずれの方法でもよい。例えば、標識体として放射性同位体を用いた場合には、放射活性を、例えば液体シンチレーションカウンター、γ-カウンターなどにより計測することができる。また標識体として蛍光を用いた場合には、その蛍光を蛍光顕微鏡、蛍光プレートリーダーなどを用いて検出することができる。
【0047】
また、プローブDNAを用いてサンプルに対するハイブリダイゼーション反応を行い、その特異的結合(ハイブリッド)を検出することにより、マーカータンパク質の発現を測定することもできる。ハイブリダイゼーション反応は、プローブDNAがサンプル中のマーカータンパク質に由来するmRNA又はcDNAのみと特異的に結合するような条件、すなわちストリンジェントな条件下で行う必要がある。ハイブリダイゼーションを行う場合には、プローブDNAに蛍光標識(フルオレセイン、ローダミンなど)、放射性標識(32Pなど)、ビオチン標識等の適当な標識を付加することができる。
【0048】
標識化プローブDNAを用いた検出は、サンプル又はそれから調製したmRNA若しくはcDNAとプローブDNAとをハイブリダイズ可能なように接触させることを含む。具体的には、サンプル又はmRNA若しくはcDNAを適当な固相に固定化し、標識を付加したプローブDNAを添加することにより、あるいは標識プローブDNAを適当な固相に固定化し、サンプル又はmRNA若しくはcDNAを添加することにより、プローブDNAとサンプル又はmRNA若しくはcDNAとを接触させてハイブリダイゼーション反応を行い、ハイブリダイズしなかったプローブDNAを除去した後、サンプル又はmRNA若しくはcDNAとハイブリダイズしているプローブDNAの標識を検出する。標識が検出された場合には、サンプル中にマーカータンパク質のmRNAが発現していることとなる。標識化プローブDNAを用いた発現の測定方法の例としては、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等を挙げることができる。
【0049】
以上のようにして、被験者由来のサンプル中のマーカータンパク質の発現を測定し、その結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価することが可能である。本明細書中、「動脈硬化の評価」とは、被験者における動脈硬化の存在を判定すること、被験者に存在する動脈硬化のステージを決定すること、被験者に存在する動脈硬化の治療効果を評価すること、被験者に存在する動脈硬化の予後を予測することを意味する。また本発明において「評価」は、既に評価又は診断された動脈硬化の継続的なモニタリング、及び既に行った動脈硬化の評価又は診断の確認も包含する。
【0050】
当業者であれば、本発明の目的である評価は、評価しようとする被験者の全て(すなわち100%)について必ず正しい結果が得られるものではないことを認識している。本発明においては、「評価」は、統計学的に有意な割合の被験者を評価できることを意図しており、統計的に有意な割合は、様々な周知の統計評価ツール、例えば信頼区間の決定、p値の決定、スチューデントのt検定、マン・ホイットニー検定等を用いて決定することができる。好ましい信頼区間は、少なくとも90%である。p値は、好ましくは、0.1、0.01、0.005又は0.0001である。より好ましくは、被験者の少なくとも60%、少なくとも80%又は少なくとも90%を、本発明によって適切に評価することができる。
【0051】
評価を行う際、被験者由来のサンプル中のマーカータンパク質の発現を、基準値と比較する。基準値は、健常者サンプルにおけるマーカータンパク質の発現の測定値、特定のステージであるという診断がなされた被験者サンプルにおけるマーカータンパク質の発現の測定値、治療前の被験者サンプルにおけるマーカータンパク質の発現の測定値などである。個々の被験者に適用する基準値は、被験者の種類、年齢、性別などの様々な生理学的パラメータに応じて変化しうる。 好ましくは、動脈硬化に罹患した個体群を疾患の進行程度(ステージ)に従って分類し、それぞれのステージに属する個体群と正常状態に属する個体群よりサンプルを得て、サンプル中のマーカータンパク質の発現変動と進行ステージとの相関を発現プロファイルデータベースとして記録する。そして、被験者由来のサンプル中のマーカータンパク質の発現について、予め準備した標準サンプルとの発現量比を測定し、得られた測定値を発現プロファイルデータベースに参照することができる。このような発現プロファイルデータベースは、被験者の動脈硬化の有無や進行ステージ、動脈硬化の発症又は進行程度の指標となる「基準値」又は「基準範囲」として有用である。基準値は、単一のカットオフ値、例えば平均値や中央値であってもよいし、あるいは特定の範囲、例えば四分位を範囲とするものであってもよい。データベースを利用して評価する場合、例えば、被験者由来サンプルと標準サンプルにおける発現量比R(i)を測定し、そのうち1又は2以上のマーカータンパク質(i=1-N)を測定し、その測定値をデータベース上に記録した各進行ステージにおける値(Rj(i)、jはステージ番号;0-4)と比較して、被験者の動脈硬化の進行ステージを解釈できる。比較は、例えばΣ{R(i)-Rj(i)}2(i=1〜N)が最小となるステージjを求めることなどによって行うことができる。
【0052】
なお、ヒトを被験者として評価を行う場合には、基準値もヒトにおけるマーカータンパク質の発現の測定値であることが好ましいが、実施例3に示すように、マウスなどの実験動物において得られた基準値も外挿することができる。
【0053】
動脈硬化の評価の具体例は次のとおりである。被験者由来のサンプルにおけるフォン・ウィルブランド因子の発現が基準値と比較して上昇していることは、該被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。また被験者由来のサンプルにおける補体因子Dの発現が基準値と比較して低減していることは、該被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。被験者由来のサンプルにおける補体成分C8の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。被験者由来のサンプルにおけるビタミンK依存性タンパク質Zの発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す。
【0054】
さらに本発明の動脈硬化の評価方法は、他の公知の動脈硬化の診断方法と組み合わせて行ってもよい。そのような公知の動脈硬化の診断方法としては、動脈硬化の生理学的及び生化学的マーカーの測定(例えば高血圧、コレステロール値、トリグリセリド値)、心電図による測定、動脈脈波伝播速度(PWV:pulse wave velocity)の測定、血管内造影法が挙げられる。
【0055】
本発明の動脈硬化の評価方法によって、動脈硬化の存在を早期に判定することができる。すなわち、現在利用可能な診断手法又は基準によっては認識されない初期及び初中期ステージの動脈硬化の有無を判定することができる。また、動脈硬化が存在する場合には、その疾患ステージを詳細に特定することができる。そのため、被験者は、動脈硬化の治療を早期に、かつ疾患ステージに適切な治療を適時に受けることが可能となる。本発明の方法は、動脈硬化を信頼性をもって、迅速にかつ低コストで評価できるという利点もある。
【0056】
本発明の動脈硬化の評価方法は、上記マーカーの発現を測定するための手段を備えたキット及び/又は装置を用いることによって、容易かつ簡便に行うことができる。 本発明に係る動脈硬化の評価用キットは、少なくとも以下の(a)又は(b)の手段を含む:
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段。
【0057】
本発明のキットの一例は、質量分析用試薬セットであり、例えば同位体標識試薬、分画用ミニカラム、緩衝液、手順書等により構成される。また本発明のキットの別の例は、免疫アッセイ用試薬セットであり、マーカータンパク質に対する抗体試薬、希釈や洗浄用緩衝液、標準抗原、各抗体試薬に特異的に結合をする標識抗体試薬、発色・発光・蛍光を生じさせる基質試薬、手順と評価方法を記載した手順書等により構成される。キットに含まれる抗体は、予め標識されたものであってもよいし、又は標識されていなくてもよい。また抗体は、固相支持体(例えば、メンブレン、ビーズ等)に固定されていてもよい。本発明のキットのさらに別の例は、サンプル中のマーカータンパク質のmRNAの発現を測定するための手段(プライマーDNA、プローブDNAなど)を含むものであってもよい。
【0058】
本発明のキットは、本発明の方法を実施するための手順及びプロトコールを記載した説明書、動脈硬化の評価において使用する基準値又は基準範囲を示した表などを含んでもよい。
【0059】
本発明のキットに含まれる構成要素は、個別に提供されてもよいし、又は単一の容器内に提供されてもよい。好ましくは、本発明のキットは、本発明の方法を実施するために必要な構成要素の全てを、即時に使用することができるように、例えば調整された濃度の構成要素として含む。
【0060】
本発明に係る動脈硬化の評価用装置は、以下の(a)及び/又は(b)の手段と、(c)の手段とを備える:
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段、
(c)(a)の手段及び/又は(b)の手段により得られる測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価する手段。
【0061】
本発明の装置は、本発明の方法を実施することができるように、(a)及び/又は(b)の手段と、(c)の手段とが互いに動作可能なように連結されたシステムである。
【0062】
(a)及び/又は(b)の手段は、例えば質量分析部分に続きシグナルを検知して数値化する測定部分、又は発色・発光・蛍光よりシグナルを検知して数値化若しくは画像化する光学測定部分とすることができる。また(c)の手段は、例えば測定部分から得られる測定値を処理するソフトウエアと計算機よりなるデータ解析部分とすることができる。好ましい装置は、専門の臨床医の知識がなくても使用することができるものであり、例えば、単にサンプルを付加すればよいテストストリップ又は電子的装置がある。具体的な装置は、測定部分(例えば、バイオセンサー、アレイ、マーカーに対する抗体を固定合した固相支持体、質量分析装置、表面プラズモン共鳴装置、NMR分析装置等)と、データ解析部分(例えば、シグナル表示部分、測定値を分析するユニット、コンピュータユニット等)とを含む。
【0063】
さらに、上記マーカー又はマーカー群を利用して、動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性を評価したり、動脈硬化の治療薬候補をスクリーニングすることができる。具体的には、本発明のそのような方法は、
(a)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて動脈硬化に対する被験治療薬又は治療法の有効性を評価するステップ
を含む。
【0064】
本発明の方法では、動脈硬化を有する動物、すなわち動脈硬化を発症している又は発症リスクのある動物からサンプルを採取し、該サンプル中のマーカータンパク質の発現を測定する。好ましくは、被験治療薬又は治療法による処置を行う前に、動脈硬化を有する動物からサンプルを採取し、サンプル中のマーカータンパク質の発現を測定して、処置前に動脈硬化のどの疾患ステージであるのかを確認する。動脈硬化を有する動物に被験治療薬又は治療法による処置が行われた後、適当な時期にサンプルを採取して、サンプル中のマーカータンパク質の発現を測定する。例えば、処置の直後、30分後、1時間後、3時間後、5時間後、10時間後、15時間後、20時間後、24時間(1日)後、2〜10日後、10〜20日後、20〜30日後、1ヶ月〜6ヵ月後にサンプルを採取する。サンプルの採取、サンプル中のマーカータンパク質の発現の測定、動脈硬化の評価については、前記と同様に行うことができる。
【0065】
対象となる動物は、動脈硬化を有するヒトであってもよいし、あるいは動脈疾患モデル動物、好ましくは動脈硬化モデル実験動物(マウス、ラット、ウサギなど)であってもよい。一般的には、モデル動物において被験治療薬又は治療法の有効性が確認された後に、ヒトにおいて、例えば臨床試験などにより有効性の評価が行われる。
【0066】
評価又はスクリーニングの対象となる被験治療薬又は治療法の種類は特に限定されるものではない。例えば、被験治療薬又は治療法は、任意の物質的因子、具体的には、天然に生じる分子、例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、炭水化物(糖等)、ステロイド、グリコペプチド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど;天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体、例えば、ペプチド擬態物、核酸分子(アプタマー、アンチセンス核酸、二本鎖RNA(RNAi)等)など;天然に生じない分子、例えば低分子有機化合物(無機及び有機化合物ライブラリー、又はコンビナトリアルライブラリー等)など;並びにそれらの混合物を挙げることができる。また治療薬又は治療法は、単一物質であってもよいし、複数の物質から構成される複合体や、食品及び食餌等であってもよい。さらに、被験治療薬又は治療法は、上記のような物質的因子に加えて、放射線、紫外線などであってもよい。
【0067】
動物の被験治療薬又は治療法による処置は、その治療薬又は治療法の種類により異なるが、当業者であれば容易に決定することができる。例えば、被験治療薬の投与量、投与期間、投与経路などの投与条件は、当業者であれば適切に決定することができる。
【0068】
また、被験治療薬又は治療法の有効性は、いくつかの条件で検討することも可能である。そのような条件としては、被験治療薬又は治療法で処置する時間又は期間、量(大小)、回数などが挙げられる。例えば、被験治療薬の希釈系列を調製するなどして複数の用量を設定することができる。
【0069】
さらに、複数の被験治療薬又は治療法の相加作用、相乗作用などを検討する場合には、治療薬又は治療法を組み合わせて用いてもよい。
【0070】
被験治療薬又は治療法の処置後の動物のサンプル中のマーカータンパク質の発現を、処置前の発現と比較することによって、被験治療薬又は治療法が、動脈硬化の改善(例えば中期ステージから初中期若しくは初期ステージへの改善)、動脈硬化の進行の停止又は減速化(例えば、何も処置を行わなかった場合と比較して、中期ステージから後期ステージへの進行が停止する)に有効であるか否かを評価することができる。
【0071】
以上から、本発明に係る動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法により、動脈硬化を治療又は予防するための治療薬又は治療法を見出し、さらには治療薬又は治療法の有効性を確認することができる。動脈硬化は、特に早期段階(初期、初中期のステージ)では何らかの兆候を検知することができないため、ある被験者において初期又は初中期のステージの動脈硬化であると評価し、何らかの処置を行ったとしても、その処置の有効性を評価することが困難である。そのため、本発明の方法は、動脈硬化の早期段階の治療に有効な治療薬又は治療法を同定するために特に有効といえる。
【0072】
上記の方法と同様にして、ある物質又は因子が動脈硬化に及ぼす影響を判定することも可能であり、動脈硬化の進行の原因となる物質又は因子を同定することもできる。
【0073】
以下に実施例を例示し、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のために提供するものであり、本出願において開示する発明の範囲を限定したり制限したりするものではない。当業者には、本明細書に記載した本発明の発想に基づく様々な実施形態が可能であることは明らかである。
【0074】
[実施例1]
動脈硬化のモデルとして脂質代謝関連ApoEタンパク質を欠損したApoE欠損マウス(ApoED;B6・KOR/StmSlc-Apoeshl)を用いた(Matsushima, Y. et al., J. Atheroscler. Thromb. 8:71-79, 2001; 日本エスエルシー)。このApoEDマウスは高脂肪食投与により病変進行が促進される。また病変は週齢に従って進行し、12週齢では動脈内膜が肥厚し脂質の蓄積が認められる程度であるが(ステージ1)、18週齢では脂質の蓄積により泡沫細胞が形成され(ステージ2)、25週齢になると動脈広範囲に不安定な粥状プラークが多数観察され(ステージ3)、粥状硬化性動脈硬化症の最も危険な段階を迎える。35週齢では繊維化・石灰化の進んだ安定型病変が多く観察される(ステージ4)。そこで本実施例では、12、18、25及び35週齢の野生型マウス(WT;C57BL/6)及びApoEDマウス(オス及びメス各9個体)より血液を採取し、そのうち血液より10%EDTA・2K溶液を用いて血漿(プラズマ)試料を調製した。
【0075】
上記WT及びApoEDマウス血漿試料はまず、マルチアフィニティ除去カラムマウス血漿用(Ms-3; 4.6 x 100 mm; Cat. No.5188-5218; アジレント)を用いて血漿中のアルブミン、イムノグロブリン及びトランスフェリンを除去し、タンパク質濃度を測定してCleavable Isotope-Coded-Affinity-Tag(cICAT)試薬標識試薬(cICAT(登録商標) Reagent 10-assay Kit; Cat. No.4339036; アプライドバイオ)による同位体標識に供した。
【0076】
血漿タンパク質画分各1mgを、終濃度6M尿素、0.05%SDS、50mM Tris pH8.5、5mM EDTA、10mM TBP、それぞれ総容量800μlになるよう調製し、37℃で30分変性処理した。ここに200μlのアセトニトリルで溶解した「Light標識試薬」をWTマウス試料に、「Heavy標識試薬」をApoEDマウス試料に添加して37℃で2時間標識反応を行った。10mM Tris pH8.0緩衝液を800μl添加してpHを調整後、125μg/mlに調製したトリプシン溶液(Trypsin、TPCK Treated; Cat. No.4352157; アプライドバイオ)を160μl添加し、その後両者を等量混合して37℃で16時間トリプシン消化反応を行った。さらに、トリプシン処理して得たペプチド断片をSCXカラム(poly Sulfoethyl A; 4.6 x 100 mm; ポリエルシー)に供して溶出液を25画分に分離した。分離は溶離液A[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN]及び溶離液B[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN、0.5M KCl]を用い、Bの割合(%)が10分−0%、70分−20%、85分−50%、90分−60%、95分−60%、100分−100%のリニアグラジエントにより行った。各画分はおよその液量が1/4程度になるまで減圧濃縮し、脱塩カラム(CAPCELL C18 MG; 2.0 x 10 mm; 資生堂)にて脱塩後減圧乾固した。脱塩には溶離液A[2%ACN、0.05%Trifluoroacetic acid(TFA)]及び溶離液B(80%ACN、0.05%TFA)を用いた。
【0077】
SCX各画分をそれぞれ質量分析装置と装置付属のLCシステム装置(NanoFrontier LD; 日立ハイテク)を用いて解析した。緩衝液Aを4〜10μl(水:98%、ACN:2%、ギ酸:0.1%)にて上記試料を溶解し、うち1μLを装置に供した。LCシステムの試料分離カラムにはMonoCap for Fast-flow(50μm φx 150mm; C18; GLサイエンス)を用い、緩衝液Aと緩衝液B(水:2%、ACN:98%、ギ酸:0.1%)が120分で緩衝液B 2%〜30%のリニアグラジエント、流量は200nL/minになるよう設定して行った。装置本体のトラップカラムにはMonolith Trap (50μm φx 150mm; Cat. No.C18-50-150; 日立ハイテク)またカラム先端には石英製噴霧チップ、Picotip(外径360μm、内径50μm、先端内径10μm; ニューオブジェクティブ)を用い、エレクトロスプレーイオン化によるポジティブイオンモードで質量分析を行った。各25画分より得た試料に対し、IBA(Information Based Acqisition)を用いてそれぞれ2回分析を行った。IBAは1回目に測定したターゲット情報(m/z、電荷数、保持時間)を装置内部データベースに保存し、2回目の分析でターゲット情報とは一致しないイオンに対し、分析を実施する手法であるが、これにより微弱なイオンが分析され、同定数を増やすことが期待された。他の装置条件は以下のとおりである:Curtain Gas Flow 0.7L/min; Spray potential 1700V; Detector potential 2200V; Isolation Time 5ms; Isolation Width 10Da; CID Time 10ms。測定データはICAT比較定量用に開発したソフトウエアに供し、WTマウスとApoEDマウスの2群間の比較解析データを得た。
【0078】
その結果、4種類の週齢すべてで発現が確認されたタンパク質は、少なくとも144種類であった。WTマウス(野生型)と比較してApoE欠損マウスで1.5倍以上存在量が増加/減少するタンパク質は、18週齢を例にとると、少なくとも31種類見出すことができた。また、週齢によって特徴的な変動を示すタンパク質も多数見出された。特に不安定プラークとの関連が示唆される18週齢(ステージ2:初中期)から25週齢(ステージ3:中期)にかけて発現が極大/極小となるタンパク質については、少なくとも12種類検出された。以上の全ての結果を発現プロファイルデータベースとして記録した。
【0079】
またこれらの結果を用いて、各タンパク質の発現量比を病変の進行ステージに対してプロットし、その傾向を6つのパターンに分類した(図1〜6)。図1で示されるカテゴリー1では、ステージが上がるに従って発現量も有意に増大するタンパク質群を集積している。図2で示されるカテゴリー2では、ステージが上がるに従って発現量が有意に減少するタンパク質群を集積している。図3で示されるカテゴリー3では、ステージが1から2に上がる際に発現量が有意に増大し、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に減少し、ステージ3から4に上がる際に発現量が減少するか変動しないタンパク質群を集積している。図4で示されるカテゴリー4では、ステージが1から2に上がる際に発現量が有意に減少し、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に増大し、ステージ3から4に上がる際に発現量が増大するか変動しないタンパク質群を集積している。図5で示されるカテゴリー5では、ステージが1から2に上がる際に発現量が増大するか変動せず、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に増大し、ステージ3から4に上がる際に発現量が有意に減少するタンパク質群を集積している。図6で示されるカテゴリー6では、ステージが1から2に上がる際に発現量が減少するか変動せず、ステージ2から3に上がる際に発現量が有意に減少し、ステージ3から4に上がる際に発現量が有意に増大するタンパク質群を集積している。
【0080】
上記の発現プロファイルデータベースに含まれるタンパク質のうち、特に顕著な変動を示すタンパク質を20種類選択し、変動の大きさに従って優先順位を1〜4に定めた(表5)。
【0081】
【表5】
【0082】
表5において、優先順位の欄に「1」と表示されたタンパク質は、その各タンパク質を単独で使用して、動脈硬化の特定の疾患ステージを評価することができるものである。優先順位の欄に「2」、「3」又は「4」と表示されたタンパク質は、その各タンパク質を他のマーカータンパク質と組み合わせて使用して、より正確にかつ高精度に動脈硬化を評価することができるものである。表5における数値は、12週、18週、25週又は35週齢の疾患マウスにおけるタンパク質発現量の、健常マウスの発現量に対する定量比を、メスマウス及びオスマウスについてそれぞれ示している。
【0083】
またこれらの結果を用いて、各タンパク質の発現量比を病変の進行ステージに対してプロットし、その傾向を複数のパターンに分類した(図7〜10)。図7は表5において優先順位1と表示したタンパク質群の発現の変動を示し、図8はマウス18週齢において極大を示すタンパク質群の発現の変動を示し、図9はマウス25週齢において極小を示すタンパク質群の発現の変動を示し、図10は週齢(疾患ステージ)が上がるにつれ有意に発現量が減少するタンパク質群の発現の変動を示す。
【0084】
[実施例2]
本実施例においては、実施例1において選定したマーカーを利用して、実際にマウスの動脈硬化を評価した。
【0085】
通常食を投与した12週齢のApoEノックアウトマウス(メス)(ApoEKO; B6.129P2-ApoetmlUnc/J)25個体より採血し、実施例1に記載の方法と同様に血漿(プール)を調製した。ApoEKOは実施例1に記載のApoEDとは別系統で(Piedrahita, JA. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89:4471-4475, 1992; 日本チャールス・リバー)、事前の予備検討により動脈に病変が形成されていないことを確認した(データは示さない)。血漿中の脂質の濃度は総コレステロール539 mg/dl、トリグリセリド49 mg/dl、LDLコレステロール404 mg/dl、HDLコレステロール143 mg/dlを示した。実施例1に記載の方法により、同12週齢の野生型マウス(WT;C57BL/6)25個体より得た血漿(プール)を標準として、血漿中に含まれるタンパク質の発現量比を網羅的かつ定量的に解析した。
【0086】
実施例1により同定したタンパク質群(表5)と共通なタンパク質20種類の発現量比を図11に示す。これらの結果に基づいて、実施例1の発現プロファイルを参照して、ステージ評価を行った。すなわち、上記20タンパク質について、マウス被験者のサンプルにおける発現量比の自然対数値と、発現プロファイルデータにおける進行ステージ1(12wkに該当)から4(35wkに該当)までのマーカータンパク質の発現量比の自然対数値の差の自乗和を計算した。図11において、グレーで示す欄は、そのマーカーの発現量と標準との差が大きいことを示し、点で示す欄は、そのマーカーの発現量と標準との差が小さいことを示す。
【0087】
その結果、図11に示す通り、フォン・ウィルブラント因子だけで動脈硬化を評価する場合にはステージ2(18wkに該当)、補体因子Dだけで評価する場合にはステージ1(12wkに該当)、補体成分C8のα、β又はγ鎖だけで評価する場合にはいずれもステージ1(12wkに該当)、ビタミンK依存性タンパク質Zだけで評価する場合にはステージ1(12wkに該当)と判定することができる。従って、フォン・ウィルブラント因子と補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはステージ1又は2(12wk又は18wkに該当)、フォン・ウィルブラント因子とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはステージ1又は2(12wk又は18wkに該当)、補体因子Dと補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはステージ1(12wkに該当)、補体因子DとビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはステージ1(12wkに該当)と判定することができる。さらに、4種のマーカーを組み合わせることで、ステージ1又は2(12wk又は18wkに該当)と判定することができる。最終的に、図11に示すように、ステージ1(12wk;初期)、2(18wk;初中期)、3(25wk;中期)、4(35wk;後期)におけるマーカーそれぞれの値が、ステージ1(12wk)で最も小さく、被験者のマウスは動脈硬化の進行ステージ1(12wk;初期)にある可能性が最も大きいと判定され、本発明のマーカーの有効性が示された。
[実施例3]
【0088】
本実施例においては、実施例1においてマウスについて選定したマーカーに対応するヒトタンパク質を利用して、実際にヒト患者の動脈硬化を評価した。
【0089】
女性健常ボランティア3名(健常群F)、女性動脈硬化患者3名(疾患群F)より採取した購入血漿(バイオプレディック、EDTA・3K)をそれぞれプールした。また男性健常ボランティア4名(健常群M)より採取した購入血漿(バイオプレディック、EDTA・3K)をプールし、疾患対象として男性動脈硬化患者1名(疾患M)より採取した購入血漿(バイオプレディック、EDTA・3K)を準備した。
【0090】
血漿中のLDLコレステロール、総コレステロール、HDLコレステロール及びトリグリセリドの値は、表6に示す通りである。疾患群FのLDLコレステロール、総コレステロール及びトリグリセリド値は基準より高いが、HDLコレステロール値は正常値を示した。疾患個体MはLDLコレステロール、総コレステロール、HDLコレステロール及びトリグリセリドの値が基準値外で、問診により動脈硬化の既往があり、コレステロール低下薬Zocor(シンバスタチン)の服薬治療中であることがわかっている。
【0091】
【表6】
【0092】
血漿試料はまず、マルチアフィニティ除去カラムヒト血漿用(Hu-6; 4.6 x 100 mm; Cat. No.5188-5333; アジレント)を用いて血漿中のアルブミン、イムノグロブリンG、イムノグロブリンA、トランスフェリン、ハプトグロビン及びアンチトリプシンを除去し、タンパク質濃度を測定してCleavable Isotope-Coded-Affinity-Tag(cICAT)試薬標識試薬(cICAT(登録商標) Reagent 10-assay Kit; Cat. No.4339036; アプライドバイオ)による同位体標識に供した。
【0093】
血漿のタンパク質画分各1mgを終濃度6M尿素、0.05%SDS、50mM Tris pH8.5、5mM EDTA、10mM TBP、それぞれ総容量800μlになるよう調製し、37℃で30分変性処理した。ここに200μlのアセトニトリルで溶解した「Light標識試薬」を健常群に、「Heavy標識試薬」を疾患(群)に添加して37℃で2時間標識反応した。10mM Tris pH8.0緩衝液を800μl添加してpHを調整後、125μg/mlに調製したトリプシン溶液(Trypsin、TPCK Treated; Cat. No.4352157; アプライドバイオ)を160μl添加し、その後両者を等量混合して37℃で16時間トリプシン消化反応を行った。さらに、トリプシン処理して得たペプチド断片をSCXカラム(poly Sulfoethyl A; 4.6 x 100 mm; ポリエルシー)に供して溶出液を25画分に分離した。分離は溶離液A[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN]及び溶離液B[10mM KH2PO4(pH2.8)、25%ACN、0.5M KCl]を用い、Bの割合(%)が10分−0%、70分−20%、85分−50%、90分−60%、95分−60%、100分−100%のリニアグラジエントにより行った。各画分はおよその液量が1/4程度になるまで減圧濃縮し、脱塩カラム(CAPCELL C18 MG; 2.0 x 10 mm; 資生堂)にて脱塩後減圧乾固した。脱塩には溶離液A[2%ACN、0.05%Trifluoroacetic acid(TFA)]及び溶離液B[80%ACN、0.05%TFA]を用いた。
【0094】
SCX各画分をそれぞれ質量分析装置と装置付属のLCシステム装置(NanoFrontier LD; 日立ハイテク)を用いて解析した。緩衝液Aを4〜10μl(水:98%、ACN:2%、ギ酸:0.1%)にて上記試料を溶解し、うち1μLを装置に供した。LCシステムの試料分離カラムにはMonoCap for Fast-flow(50μm φx 150mm; C18; GLサイエンス)を用い、緩衝液Aと緩衝液B(水:2%、ACN:98%、ギ酸:0.1%)が120分で緩衝液B 2%〜30%のリニアグラジエント、流量は200nL/minになるよう設定して行った。装置本体のトラップカラムにはMonolith Trap(50μm φx 150mm; Cat. No.C18-50-150; 日立ハイテク)またカラム先端には石英製噴霧チップ、Picotip(外径360μm、内径50μm、先端内径10μm; ニューオブジェクティブ)を用い、エレクトロスプレーイオン化によるポジティブイオンモードで質量分析を行った。各25画分より得た試料に対し、IBA(Information Based Acqisition)を用いてそれぞれ2回分析を行った。IBAは1回目に測定したターゲット情報(m/z、電荷数、保持時間)を装置内部データベースに保存し、2回目の分析でターゲット情報とは一致しないイオンに対し、分析を実施する手法であるが、これにより微弱なイオンが分析され、同定数を増やすことが期待された。他の装置条件は以下のとおりである:Curtain Gas Flow 0.7L/min; Spray potential 1700V; Detector potential, 2200V; Isolation Time 5ms; Isolation Width, 10Da; CID Time, 10ms。
【0095】
測定データはICAT比較定量用に開発したソフトウエアに供し、健常群と疾患(群)の2群間の比較解析データを得た。その結果を表7に示す。表7において、「ヒト女性」及び「ヒト男性」と表示するカラムが、各ヒトタンパク質の発現量について、疾患(群)の健常群に対する定量比を示している。
【0096】
【表7】
【0097】
実施例1により抽出したマーカー群の各疾患ステージ(週齢)における疾患マウスと健常マウスの定量比(表5)の対数値と、上述のように得られた疾患(群)と健常群の定量比の対数値(表7)の差の二乗和平均を計算した結果を図12にまとめた。すなわち、図12の「(マウス各週齢−ヒト)2」の値が小さいほど、そのマウス週齢に相当するステージであることが予想される。
【0098】
その結果、図12に示す通り、女性患者群Fでは、フォン・ウィルブラント因子だけで評価する場合にはマウス18週又は35週に相当するステージ、補体因子Dだけで評価する場合にはマウス18週に相当するステージ、補体成分C8のα、β又はγ鎖だけで評価する場合にはいずれもマウス12週に相当するステージ、ビタミンK依存性タンパク質Zだけで評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージと判定することができる。従って、フォン・ウィルブラント因子と補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージ、フォン・ウィルブラント因子とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージ、補体因子Dと補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージ、補体因子DとビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス12週又は18週に相当するステージと判定することができる。さらに、4種のマーカーを組み合わせることで、マウス12週又は18週に相当するステージと判定することができる。最終的に、女性患者群Fはマウス12週において二乗和平均値が最も小さくなるマーカーが多く、疾患初期のステージ1であると評価した。
【0099】
他のマーカーと組み合わせることにより、高精度に女性患者群Fの動脈硬化を評価することができることを確認するため、表5において優先順位1と表示したマーカーの組み合わせ(P1)、優先順位1及び2のマーカーの組み合わせ(P1+2)、優先順位1〜3のマーカーの組み合わせ(P1+2+3)、優先順位1〜4のマーカーの組み合わせ(P1+2+3+4)について、上記と同様に定量比対数の二乗和平均を求めた。その結果、図13に示されるように、いずれの組み合わせでも女性患者群Fはマウス12週に相当するステージ、すなわち初期ステージであることがわかる。
【0100】
男性患者Mでは、図12に示すように、フォン・ウィルブラント因子だけで評価する場合にはマウス18週に相当するステージ、補体成分C8のα、β又はγ鎖だけで評価する場合にはいずれもマウス18週に相当するステージ、ビタミンK依存性タンパク質Zだけで評価する場合にはマウス25週に相当するステージと判定することができる。従って、フォン・ウィルブラント因子と補体成分C8のα、β又はγ鎖とを組み合わせて評価する場合にはマウス18週に相当するステージ、フォン・ウィルブラント因子とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス18週又は25週に相当するステージ、補体成分C8のα、β又はγ鎖とビタミンK依存性タンパク質Zとを組み合わせて評価する場合にはマウス18週又は25週に相当するステージと判定することができる(図12)。さらに、3種のマーカーを組み合わせることで、マウス18週又は25週に相当するステージと判定することができる。最終的には、男性患者Mはマウス25週において二乗和平均値が最も小さくなるマーカーが多く、疾患中後期のステージ3であると評価した。
【0101】
他のマーカーと組み合わせることにより、高精度に男性患者Mの動脈硬化を評価することができることを確認するため、上記と同様のマーカーの組み合わせP1、P1+2、P1+2+3、及びP1+2+3+4について同様に定量比対数の二乗和平均を求めた。その結果、図14に示されるように、いずれの組み合わせでも男性患者Mはマウス25週に相当するステージ、すなわち中期ステージであることがわかる。
【0102】
以上の結果から、疾患女性群Fは動脈硬化の初期ステージに該当し、疾患男性Mは心筋梗塞や脳梗塞等のリスクが高いステージにあることが推測され、血漿脂質の値や問診結果と矛盾しなかった。従って、実施例1及び2のマウス実験から同定されたマーカー及び発現量のデータをヒトにも適用可能であることがわかった。ヒトにおけるマーカーの発現量に関するデータベースを作成することによって、ヒトにおける動脈硬化の評価をさらに正確に実施することができると予想される。
【0103】
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。そのため本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも特許請求の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明により、動脈硬化症の発症の有無とその進行を予測する技術が提供される。本発明により、動脈硬化の有無とその状態又は進行の程度を高精度かつ簡便に判定できるので、動脈硬化の予防又は治療の分野で有用である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップ
を含む方法。
【請求項2】
被験者由来のサンプル中のCD5抗原様タンパク質、Igμ鎖C領域、ヘパリン補因子2、血漿プロテアーゼC1インヒビター、及びトロンボスポンジン-4からなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験者由来のサンプル中のα-2-マクログロブリン、補体成分C9、フェツイン-B、及びビタミンK依存性タンパク質Cからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被験者由来のサンプル中の抗トロンビン-III、補体C1q亜成分サブユニットB、補体因子H、EGF含有フィブリン様細胞外マトリックスタンパク質1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H2、及びプロパージンからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
動脈硬化の評価が、被験者における動脈硬化の存在の判定、被験者に存在する動脈硬化のステージの決定、被験者に存在する動脈硬化の治療効果の評価、被験者に存在する動脈硬化の予後の予測である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が初中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
【請求項7】
動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
【請求項8】
評価ステップが、健常者サンプルにおける発現の測定値、及び動脈硬化の既知のステージに罹患している被験者のサンプルにおける発現の測定値から選択される基準値との比較を含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
フォン・ウィルブランド因子の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜6及び8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
補体因子Dの発現が基準値と比較して低減していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜6、8及び9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
補体成分C8の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜5、7及び8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
ビタミンK依存性タンパク質Zの発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜5、7、8及び11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
発現の測定が、タンパク質又は該タンパク質をコードするmRNAの発現の測定である、請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
タンパク質の発現の測定を、該タンパク質に対して特異的に結合する物質を用いて、又は質量分析法若しくは二次元電気泳動法により行う、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
動脈硬化の評価用キットであって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段
を含むことを特徴とするキット。
【請求項16】
初中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
【請求項17】
中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
【請求項18】
測定手段が抗体である、請求項15〜17のいずれか1項に記載のキット。
【請求項19】
抗体が固相支持体に固定されている、請求項18に記載のキット。
【請求項20】
動脈硬化の評価用装置であって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段、
(c)(a)の手段及び/又は(b)の手段により得られる測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価する手段
を含むことを特徴とする装置。
【請求項21】
動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法であって、
(a)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて動脈硬化に対する被験治療薬又は治療法の有効性を評価するステップ
を含む方法。
【請求項22】
被験治療薬又は治療法による処置を行う前に、動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子若しくは補体因子Dの発現、及び/又は補体成分C8若しくはビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
動脈硬化を有する動物が、動脈硬化を有するヒト、又は動脈疾患モデル動物である、請求項21又は22に記載の方法。
【請求項1】
動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価するステップ
を含む方法。
【請求項2】
被験者由来のサンプル中のCD5抗原様タンパク質、Igμ鎖C領域、ヘパリン補因子2、血漿プロテアーゼC1インヒビター、及びトロンボスポンジン-4からなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験者由来のサンプル中のα-2-マクログロブリン、補体成分C9、フェツイン-B、及びビタミンK依存性タンパク質Cからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被験者由来のサンプル中の抗トロンビン-III、補体C1q亜成分サブユニットB、補体因子H、EGF含有フィブリン様細胞外マトリックスタンパク質1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H1、インターαトリプシンインヒビター重鎖H2、及びプロパージンからなる群より選択される少なくとも1つの発現をさらに測定する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
動脈硬化の評価が、被験者における動脈硬化の存在の判定、被験者に存在する動脈硬化のステージの決定、被験者に存在する動脈硬化の治療効果の評価、被験者に存在する動脈硬化の予後の予測である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が初中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
【請求項7】
動脈硬化の評価方法であって、
(a)被験者由来のサンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(b)(a)の結果に基づいて、被験者が中期ステージの動脈硬化を有するか否かを評価するステップ
を含む方法。
【請求項8】
評価ステップが、健常者サンプルにおける発現の測定値、及び動脈硬化の既知のステージに罹患している被験者のサンプルにおける発現の測定値から選択される基準値との比較を含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
フォン・ウィルブランド因子の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜6及び8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
補体因子Dの発現が基準値と比較して低減していることは、被験者に初中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜6、8及び9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
補体成分C8の発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜5、7及び8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
ビタミンK依存性タンパク質Zの発現が基準値と比較して上昇していることは、被験者に中期ステージの動脈硬化が存在することを示す、請求項1〜5、7、8及び11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
発現の測定が、タンパク質又は該タンパク質をコードするmRNAの発現の測定である、請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
タンパク質の発現の測定を、該タンパク質に対して特異的に結合する物質を用いて、又は質量分析法若しくは二次元電気泳動法により行う、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
動脈硬化の評価用キットであって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段
を含むことを特徴とするキット。
【請求項16】
初中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
【請求項17】
中期ステージの動脈硬化の評価用キットであって、
サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段を含むことを特徴とするキット。
【請求項18】
測定手段が抗体である、請求項15〜17のいずれか1項に記載のキット。
【請求項19】
抗体が固相支持体に固定されている、請求項18に記載のキット。
【請求項20】
動脈硬化の評価用装置であって、
(a)サンプル中のフォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するための手段、
(b)サンプル中の補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するための手段、
(c)(a)の手段及び/又は(b)の手段により得られる測定結果に基づいて被験者における動脈硬化を評価する手段
を含むことを特徴とする装置。
【請求項21】
動脈硬化の治療薬又は治療法の有効性の評価方法であって、
(a)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子及び/又は補体因子Dの発現を測定するステップ、
(b)被験治療薬又は治療法による処置を受けた動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、補体成分C8及び/又はビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップ、
(c)(a)及び(b)の結果に基づいて動脈硬化に対する被験治療薬又は治療法の有効性を評価するステップ
を含む方法。
【請求項22】
被験治療薬又は治療法による処置を行う前に、動脈硬化を有する動物からのサンプルにおいて、フォン・ウィルブランド因子若しくは補体因子Dの発現、及び/又は補体成分C8若しくはビタミンK依存性タンパク質Zの発現を測定するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
動脈硬化を有する動物が、動脈硬化を有するヒト、又は動脈疾患モデル動物である、請求項21又は22に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−232218(P2011−232218A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−103672(P2010−103672)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
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